列王記、ダニエル書
著者 石川 立, 加藤 哲平
雑誌名 基督教研究
巻 71
号 2
ページ 141‑161
発行年 2009‑12‑03
権利 基督教研究会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012449
ヒエロニュムス「ウルガータ聖書序文」
翻訳と注解(1)
ガリア詩篇、ヘブライ語詩篇、サムエル記・列王記、ダニエル書
Jerome’s Prologues of the Vulgate: Japanese Translation with Commentary (1)
Gallican Psalter, Hebrew Psalter, Samuel / Kings, Daniel
石川 立 加藤 哲平
Ritsu Ishikawa Teppei Kato
1キーワード:
ヒエロニュムス、聖書、ウルガータ、序文、詩篇、サムエル記、列王記、ダニエル書
KEY WORDS
Jerome, the Bible, the Vulgate, Prologue, Psalms, Samuel, Kings, Daniel
ヒエロニュムスの生涯
エ ウ セ ビ ウ ス・ ソ フ ロ ニ ウ ス・ ヒ エ ロ ニ ュ ム ス2(Eusebius Sophronius
Hieronymus)は347年、ダルマティアのストリドンに生まれた3。両親は裕福なキリ
スト教徒で、ヒエロニュムスが地元の学校で初等教育を修めると、直ちに彼をローマ に送り出し、高名な文法学者であるアエリウス・ドナトゥスのもとで古典文学と文法 学を学ばせた。
ローマでの学びを終えると、ヒエロニュムスと友人のボノススは官僚のポストを求 めてガリアの植民都市アウグスタ・トレウェロルムに赴いた。しかしここでヒエロ ニュムスは突然世俗の野心を捨て、キリスト教徒としての生き方を選ぶことを決意す る。そこで彼はアクィレイアに移り、修道士のサークルと関係を持つようになった。
しばらくして彼はエルサレムを巡礼しようとするが、その途次、病に伏せってしま
う。この闘病中、非常に印象的な回心体験をしたといわれている(Epistula 22.30、以 下Ep.と略す)4。この体験を経て、より本格的な修道生活を求めた彼は、シリア付近 のカルキス砂漠に居を定めた(374年)。この地で彼はアラム語(またはシリア語)、
ヘブライ語の学習を始めたようである。
健康上の理由からカルキスを後にしたヒエロニュムスは、司教パウリノスの勧めで アンティオケイアに移り、そこで叙階された(379年)。翌年、公会議が開かれていた コンスタンティノポリスに移ると、その地でナジアンゾスのグレゴリオスやニュッサ のグレゴリオスに師事した。さらに翌年、今度はローマに移り、教皇ダマスス一世の 秘書として働いた。教皇はヒエロニュムスを聖書学者として篤く信頼し、ついには福 音書と詩篇の改訂を依頼するに至った。一方で彼はローマの貴族の女性サークルに紹 介され、修道生活及び聖書の教師として信頼を得た。特に親しかったのは寡婦マルケ ラ、同じく寡婦パウラ、その長女ブレシッラ、三女ユリア・エウストキウムらであっ た。ところが384年、ブレシッラが過度の禁欲生活のために突然死する。むろん指導 者であった彼は激しい非難を浴び、ローマを退去せざるを得なくなってしまった。
ヒエロニュムスは終の棲家をベツレヘムに定め、そこにパウラと共にそれぞれ男女 別の修道院を建てた(385年)。そして彼は畢生の大作である、ヘブライ語原典からの ラテン語聖書翻訳を始めたのだった。彼はまず、詩篇、サムエル・列王記、預言書、
ヨブ記を立て続けに訳した(392⊖393年)。続いてエズラ・ネヘミヤ記、歴代誌を394⊖
396年に、箴言、コヘレトの言葉、雅歌を398年に、モーセ五書、ヨシュア記、士師 記、ルツ記、エステル記を398⊖405年に訳した。しかしこの新たなラテン語聖書は、
神の霊感を得て訳されたと信じられていたセプトゥアギンタ(以下LXX)や古ラテ ン語訳(LXXをラテン語に重訳したもの)の権威の前で、強い拒否反応を引き起こ し、かつては親しい友人であったルフィヌスやアウグスティヌスらとの間で激しい論 争が起こった。ヒエロニュムスの死は420年頃と言われているが、それまでに、パウ ラの死、ローマの陥落、修道院の焼き討ち、そしてエウストキウムの死などが相次 ぎ、あまり幸せな晩年ではなかったようである。
翻訳と注解
凡 例
・ 底 本 と し てWeber, R. / Gryson, R. (eds.), Biblia Sacra iuxta Vulgatam Versionem (Stuttgart: Deutsche Bibelgesellschaft, 2007 [1969]) を 用 い、Migne, J.-P (ed.), Patrologia Latina 28 (Paris: 1890)の各項も参照した。近代語訳としてはSchaff, P. / Wallace, R.H. (eds.), Nicene and Post-Nicene Fathers: Second Series Vol. VI (New York:
The Christian Literature Company, 1893)があるが全訳ではない。
・翻訳部分において、( )は訳者による補足、〈 〉は原文、「 」は引用句、また は原文がギリシア語の部分、〔 〕は引用箇所を示す。
・聖書の引用句は、新共同訳を参看しつつ、文意に則して訳し直した。
・単語の音引きは原則として省略するが、慣例に従ったものもある(例:ウルガー タ)。
・人名は原文ではすべてラテン語表記だが、ギリシア語で著作した作家はギリシア語 読みに改めた(例:Africanus→アフリカノス)。
・著作名は、邦訳のあるものは日本語で、ないものは慣例に従って記した。
2つの詩篇の前文
解 題
382⊖385年、ヒエロニュムスはローマに住んでいた。そこで教皇ダマススの知遇を 得て、写本間の異読の甚だしかった古ラテン語訳の福音書と詩篇の改訂を依頼され た。現在のウルガータ訳に収録されている福音書はこのときの作であるが、詩篇の方 は失われている。ベツレヘムに移ったあと(386年)、彼はヘクサプラに含まれる LXX詩篇をギリシア語からラテン語に訳した。さらに392年にはヘブライ語詩篇から の翻訳を作成している。つまりヒエロニュムスの詩篇は、ローマで古ラテン語を改訂 した「ローマ詩篇」、ベツレヘムでLXXから訳した「ガリア詩篇」、同地でヘブライ 語から訳した「ヘブライ語詩篇」の三種があるわけだが、このうち後代にまで強い影 響を残したのはガリア詩篇であった。この名は、8世紀のラテン文法家であるアル クィンが、当時ガリア地方で普及していたこの版を優遇したことに由来する。以下に 訳出した2つの詩篇の前文は、ガリア詩篇とヘブライ語詩篇に付されたもので、前者 は387⊖8年頃パウラとエウストキウムに、後者は392年に友人のソフロニオスに宛てて 書かれた5。
翻 訳
詩篇におけるエウセビウス・ヒエロニュムスの前文が始まる
以前ローマに居を定めていた折、私は(古ラテン語訳の)詩篇を改訂し、セプトゥ アギンタの翻訳者たちに従って、駆け足にではあるが、大部分を修正したのだった。
ところが、あなたがたが今度も見ているように、おおパウラとエウストキウムよ、そ れは写字生たちの過失によって損なわれてしまっているし、改訂済みの新版よりも間
違いだらけの旧版の方がなお優勢という有様だ。そこであなたがたが思いついたの は、喩えるなら、私が耕地においてはすでに開墾された畑を耕し直し、畔道の斜面に おいては(何度刈っても)再び生えてくる茨を根こそぎにすることであった(1)。そし てまた、あなたがたがそう言うのももっともなことだが、不快にも頻繁にはびこるも のなどは、それを上回る頻繁さで刈り取られねばならないということであった。そこ でいつもの前文によって、あなたがたには次のことを覚えておいていただきたい。と いうのも、あなたがたのせいで、思いがけず(私は)かかる大仕事に汗水たらすこと となったのだから。同様に、私が細心の注意を払った改訂版を自ら注意しいしい書き 写すほどに、この種の写しをご所望だった方々にも覚えておいていただきたい。すな わち、読者は各々、横線や放射状の印、つまりオベルス(÷)やアステリスクス
(※)を自分で識別してほしい。そして、例えばどこかで小さな棒印(オベルス)が 先行しているのを見つけたら、そこから我々が印をつけてある二つの点(:)まで は、セプトゥアギンタの翻訳者たちの版においては(その部分が)足されていると知 ることができるのである。一方、星に似た印(アステリスクス)に気づいたら、それ はヘブライ語の巻物から付加されたものであると知ることになる。こちらも同様に、
二つの点(:)までである(2)。正確にいうと、テオドティオンの版に従えば(そう なっている)(3)。このテオドティオン訳というのは、言葉の素朴さに関してセプトゥ アギンタの翻訳とそう違うものではない。私は、あなたがたのために、また勉強熱心 な各々方のためにこの仕事をしたのだと自覚しているが、疑いもなく、(私への)妬 みや傲慢によって、「非常に優れたものを学ぶよりも、それを侮っていると見られる ことを好む(4)」者どもや、また澄み切った泉よりも濁った小川から飲むことを好む者
ども(5) がたくさん出てくるだろう。
前文終わり
訳 注
(1) 畑の比喩で、パウラとエウストキウムは再度の改訂・翻訳を依頼している。
(2) オベルス記号は、ヘブライ語原文に対し、LXXでは付加されている箇所(例 5:7 perdes÷omnes:qui loquuntur mendacium)、アステリスクス記号は、ヘブ ライ語原文に対し、LXXでは訳し落とされている箇所(例8:4 quoniam videbo caelos※tuos:opera digitorum)を示す。これはオリゲネスがヘクサプラで採 用 し た 方 法 で あ る(Jobes, K. H. / Silva, M., Invitation to the Septuagint (Micigan: Baker Academic, 2005): 48⊖53参照)。記号自体はアレクサンドリア図 書館でホメロスの叙事詩を校訂した古典学者たちが発明した。L・D・レイノ
ルズ/N・G・ウィルスン『古典の継承者たち ギリシア・ラテン語テクス トの伝承にみる文化史』(国文社、1996年、24⊖25頁)参照。
(3) 「ヘブライ語の巻物から」とあるが、ヒエロニュムスはヘブライ語ではなくテ オドティオン訳を参照していた。オリゲネスもLXXと原典との比較にアクィ ラ訳を用いた(テオドティオン、アクィラ訳についてはヘブライ語詩篇の注
(9) を 参 照 )。Stemberger, G., “Exegetical Contacts between Christians and Jews in the Roman Empire,” Hebrew Bible / Old Testament: The History of Its Interpretation (Göttingen: Vandenhoeck & Ruprecht, 1996) 1: 579.
(4) 出典不明。ヘブライ語詩篇の前文にも同様の表現がある。
(5) ヒエロニュムスの新しい訳ではなく、従来の古ラテン語訳を使い続けようとす る者たちのこと。
同じ書物(詩篇)への別の前文が始まる
エウセビウス・ヒエロニュムスが、親愛なるソフロニオス(1)に挨拶を送る。
ある者たちが、詩篇は5つの書物に分割されると考えていることを私は知ってい る(2)。つまりセプトゥアギンタの翻訳者たちの訳において、「ゲノイト、ゲノイ ト(3)」、すわなち「そうあれかし、そうあれかし」と書かれているところで、本が終 わるというのである。これの代わりに、ヘブライ語では「アーメン、アーメン」と読 まれる。しかし、我々はといえば、ヘブライ人たちと、そしてとりわけ新約聖書の中 で常に「詩篇の書(sg.)」と呼んでいる使徒たちの権威に従い〔ルカ20:42、使徒1:20 参照〕、これを一巻の巻物であると主張する。我々は、表題に置かれている次のよう な著者たちの詩篇全体を、証拠として出す。すなわち、ダビデはむろん、アサフ〔詩 篇50, 73など〕やエドトン〔62〕、コラの子たち〔42, 44など〕、エズラ人ヘマン
〔88〕、モーセ〔90, 91〕、ソロモン〔72, 127〕や他の者たちの詩である。これらをエズ ラは一巻に収めているのだ(4)。というのも、もしアーメンという語が これの代わ りに、アクィラは「信じられるように(5)」と翻訳しているが それほどの数(5つ)
の書物の最後に置かれており、文章や文の頭や末尾にほとんど置かれていないのな ら、救い主も福音の中で、「アーメン、アーメン、私はお前たちに言っておく」〔ヨハ ネ1:51〕などとは決して言わなかっただろうし、パウロの書簡も作中にこの言葉を含 んだりはしなかっただろう。また自らの巻物の途中にしばしばアーメンと挿入する モーセやエレミヤやその他の者たちも、多くの書物を今あるようなかたちにすること はなかっただろう。そして(もし詩篇が5部に分かれてしまうのなら)、ヘブライ語の 書物の22という数字や、それと同じ数の神秘も変わってしまうことだろう(6)。そもそ
も、ヘブライ語のセファル・タッリーム〈Sephar Thallim〉という書名自体 すな わち賛歌の巻物と訳されるものであるが 、これ自体が使徒の権威に一致して、複 数の書物ではなく、一巻の巻物であることを示している(7)。
さて、君は最近あるヘブライ人と議論して、詩篇から救い主なる主のための証言を 示したが(8)、そのヘブライ人は君を馬鹿にするために、ほとんど一語一語を通じて、
ヘブライ語では君がセプトゥアギンタの翻訳者たちに基づいて反論したようにはなっ ていないと主張したものである。そこで君は非常に勉強熱心なことに、アクィラ、
シュンマコス、そしてテオドティオン(9) のあとに続く新しい版を、私が(ヘブライ 語から)ラテン語に翻訳するように求めてきた。というのも君が言うには、(上記)
翻訳者たちの多様さのせいで君はすっかり混乱してしまっているし、君が陥っている ところの(私への買い被りの)愛によって、私の訳(10)、あるいは私の見解で満足し ているとのことである。君に押し切られてしまったので まったく君に対しては、
私は自分にはできないことでさえできないと断れない 、再び私は自分を中傷者ど もの罵りに引き渡すことになった。といっても、君が友情における私の思いよりも、
私の能力こそを必要としてくれていることは、むしろ好ましく思われた。私は自信を 持って言おう。この仕事についての多くの証人を呼んだっていい。私は少なくとも自 分がヘブライ語の真理〈hebraica veritas〉(11) から変え改めたことなど何もないとわき まえているのだから。それゆえに、もしどこか私の版が諸々の旧版と一致していない ところがあったなら、誰でもいいからヘブライ人に尋ねてみたまえ。そうすれば、君 ははっきりと、私が敵どもから故もなく糾弾されていることに気づくだろう。彼ら
「非常に優れたものを学ぶよりも、それを侮っていると見られることを好む(12)」者ど もときたら、何とも本末転倒な輩である。連中は常に新しい享楽を追い求めており、
その欲望ときたら海のごとしで、満足するということがない。それにもかかわらず、
どうしてことに聖書の勉強に限っては、古い味に引き寄せられてしまうのだろう か(13)。自分の先行者(セプトゥアギンタの翻訳者)たちに噛みついているからと いって、私は、彼らの訳などこき下ろされて当然と思っているわけではない。かつて 私は、彼らの翻訳を入念に改訂した上で、私の言葉(ラテン語)を話す人々に与えた ものである。そうではなく、キリストに信仰を持つ人々の教会において詩篇を読むこ とと、個々の言葉について咎め立てしてくるユダヤ人に言い返すこととはまた別物だ と私は言いたいのである。
もし私の小品を、申し出てくれたように君が、「嘲りを向けてくる者たちをむしろ 愛しつつ(14)」翻訳しようとしているのなら(15)、また非常に博学な者たちをして私の 無知の証人と為さしめようとしているのなら、君にかの一節、「森に木を運び込むべ からず(16)」と言っておこう。こうした慰めがこの先私にないとすれば(17)、共同の仕
事における私への称賛や非難さえも君と共同のものであると、私が信ぜんことを。君 が主イエスにおいて健勝なることを願うとともに、私のこともお忘れなきように。
前文終わり
訳 注
(1) ソフロニオス(De viris illustribus 134、以下vir. ill.と略す)。ヒエロニュムス の友人。ギリシア語の著作を数作ものした。注(15)も参照。
(2) 1⊖41、42⊖72、73⊖89、90⊖106、107⊖150篇の5部。
(3) γενοιτο γενοιτο.原文の通り、アクセント・気息記号は付さない。以下同様。
(4) エズラが詩篇をまとめたというユダヤ伝承は、ミドラッシュ(聖書解釈)集、
雅歌ラバー4.4.1にある。
(5) πεπιστωμενως.
(6) 列王記の序文参照。
(7) ヘブライ語ではセフェル・テヒリーム( )。セフェル(巻物)が単 数形であることから、詩篇は一巻の巻物だと主張している。
(8) 議論とは、例えば110:1についてなど。「わが主に賜った主の御言葉」という一 節の「わが主」を、ヤハウェと取るか、ダビデと取るか、またイエスと取るか は、議論する者の立場によって変わったはずである。この場合、ソフロニオス はこれをイエスと取るが、それに対しユダヤ人が、彼を「馬鹿にするために」
反論したであろうことは想像に難くない。
(9) 後1⊖2世紀、LXXがキリスト教徒の聖書として定着してしまったことに対し、
ユダヤ教側から新しいギリシア語訳聖書を作ろうという気運が生まれた。そう してできたのがアクィラ、シュンマコス、テオドティオンの諸訳である。総じ てLXXより正確で、しばしばユダヤ教聖書解釈を取り入れた訳となっている
(Jobes / Silva, Invitation to the Septuagint, 37⊖42参照)。
(10) ガリア詩篇のこと。
(11) ヒエロニュムスの有名な術語。聖書におけるヘブライ語の優位を説いている
(Rebenich, “Jerome: The Vir Trilinguis and the Hebraica Veritas,” 50-77; Brown, D., “Jerome and the Hebraica Veritas,” Vir Trilinguis: A Study in the Biblical Exegesis of Saint Jerome (Kampen: Kok Pharos Publishing House, 1992): 55-86等 を参照)。
(12) 出典不明。ガリア詩篇の前文にも同様の表現がある。
(13) いつも目新しいものを求めているのに、聖書に関しては頑なに古ラテン語訳に
固執し、ヒエロニュムスの新訳を認めない者たちを皮肉っている。代案「彼ら は常に新たな享楽を追い求めており、その食道楽〈gula〉は近くの海(の幸)
だけでは足りないにもかかわらず…」。gulaは、古典期では「喉、食道」から 転じて「食道楽」の意であったが、ヒエロニュムスはAdversus Iovinianum 1.36において、「肉欲」として用いている(Souter, A., A Glossary of Later Latin to 600 A.D. (Oxford: Clarendon Press, 1949) :166)。
(14) αντιφιλονεικων τοις διασυρουσιν.
(15) ソフロニオスは、ヒエロニュムスのEp. 22、Vita S. Hilarionis、またヘブライ 語からラテン語に訳した「詩篇」と「預言書」を、ラテン語からギリシア語に 訳した(vir. ill. 134)。
(16) ホラティウス『諷刺詩』1.10。釈迦に説法の意。自分の無知は自分が一番良く 知っているということか。
(17) 自らの無知に開き直るという「慰め」。しかしこれはヒエロニュムス一流の韜 晦趣味であり、自分を無知とは考えていないだろう。
列王記(サムエル記・列王記)の序文
解 題
「兜を被った序文」(Prologus Galeatus)の異名を取る有名な序文。文中の、「この 書物への序文は、あたかも兜を被った原理原則〈galeatum principium〉として、我々 がヘブライ語からラテン語へと翻訳するすべての書物に相応しいものとなり得る」と いう箇所に由来する。ヒエロニュムスの新しい訳を非難し、LXXや古ラテン語訳の 権威を主張する者らに対して、この序文は「兜を被」り、hebraica veritasを主張し ているのである。こうした宣言めいた内容を持っているために、本序文は彼の一大翻 訳事業において最初に書かれたものだと考えられてきた6。そこから、翻訳自体もサ ムエル記・列王記から為されたと断定されたが、一方で序文と翻訳の年代は必ずしも 一致しないとする意見もある。つまり序文のみ先行し、翻訳はあとから為されたかも しれないということである(逆の可能性もある)7。そもそも翻訳は、友人から要請さ れた順に始められたので8、序文となる書簡を書いたのちに翻訳に着手したというこ とは十分に考えられる。ともあれ、この序文は一般的には391年頃の作とされ、パウ ラとエウストキウムに宛てられている。
内容的にも極めて重要であり、例えば当時のユダヤ教とキリスト教の正典観、LXX におけるテトラグラムの表記法、トーラー・ネビイーム・ケトゥビームの構造理解、
マソラー学者以前のヘブライ語発音など、多くの興味深い問題が含まれている9。
翻 訳
列王記(1) における聖ヒエロニュムスの序文が始まる
ヘブライ人のもとでは文字は22であることを、シリア人やカルデア人の言葉が証明 している(2)。それらの言葉は大体ヘブライ語に似たものである。確かに彼らも、同じ 響きだが異なった字体で22字を持っている。サマリア人もまた、モーセ五書を同数の 文字で書いているが、それらは形と尖り方(3)に関してだけ異なっている。確かなの は、書記であり律法学者であるエズラが、エルサレムの捕囚や、ゼルバベルのもとで の神殿再建後〔エズラ3:8⊖6:22参照〕、現在我々が使っている(それまでとは)別の文 字を作り出したということである。というのも、その当時まではサマリア人とヘブラ イ人の字体は同じであったからである(4)。民数記においても、この同じ算定(文字 数)が、レビ人や祭司らの人口調査のもとで神秘的に示されている〔民数記3:39参 照〕(5)。そして主の名であるテトラグランマトン(神聖四文字)は、あるギリシア語 の巻物の中では、今日まで古代の文字で表されていることを我々は発見した(6)。また 詩篇36篇〔37〕、110篇〔111〕、111篇〔112〕、118篇〔119〕、144篇〔145〕もまた、異 なった詩型で書かれている一方で、同数のアルファベットで編まれている(7)。そして エレミヤの哀歌(1⊖4)や彼の祈り、ソロモンの箴言もまた、「たくましい妻を見いだ すのは誰か」〔箴言31:10〕と書いてある箇所から最後のところ〔⊖31〕において、(詩 篇と)同数のアルファベット、あるいは同じ分け方によって算定される。さらに5つ の文字は、ヘブライ人のもとでは二重になっている。すなわちハフ〈chaph〉、メム
〈mem〉、ヌン〈nun〉、フェー〈phe〉、サデー〈sade〉である。というのも彼らはこ れらに関して、語の先頭や中間と、終わりとを別様に書くのである。ここから、多く の書物のうちの5書も二重であると判断されている(8)。つまりサムエル記、列王記、
歴代誌、エズラ記(エズラ+ネヘミヤ)、キノット付きのエレミヤ書 キノットと は彼の哀歌である(9) のことである。それゆえに、我々が話すことすべてをヘブラ イ語で書くのに必要な22の文字があり、また人間の声が理解されるために基礎となる 22の文字があるように、22の巻物が算定されるのだ。神の教えにおいては、この22の 巻物の文字によって、またそれを取っ掛かりとして、道理をわきまえた大人たちでさ えも、まだ乳を飲んでいるかよわい幼児のごとく教育されるのだ。
第一の書は彼らのもとでブレシート〈Bresith〉と呼ばれている。これを我々は創 世記と言う。第二はヘッレスモート〈Hellesmoth〉で、出エジプト記と呼ばれる。第 三 は ウ ァ イ エ ク ラ ー〈Vaiecra〉、 す な わ ち レ ビ 記、 第 四 は ウ ァ イ エ ダ ッ ベ ル
〈Vaiedabber〉、すなわち我々が民数記と呼ぶものである。第五はアッダバリーム
〈Addabarim〉、すなわち申命記と題されているものである(10)。以上がモーセの五書で
あり、彼らはこれらを特別にトーラット〈Thorath〉、律法と呼んでいる(11)。
彼らは、第二を預言者の順番とする。そしてナウェの息子イエス、すなわち彼らの もとでイォスエ・ベンヌム〈Iosue Bennum〉と言われるイエス(ヨシュア記)から 始める。それからソプティーム〈Sopthim〉、士師記を挿入する。また同じところに ルツ〈Ruth〉を付け加える。なぜなら(ルツ記では)士師たちの時代に起きた出来 事が語られているからである。第三はサムヘル〈Samuhel〉が続き、これを我々は王 国記の第一、第二と言う。第四はマラヒーム〈Malachim〉、つまり列王記で、王国記 の第三と第四の巻物が繋がったものである。マラヒーム、すなわち列王記と言う方 が、マラホット(12)、すなわち王国記と言うよりもはるかに良い。というのもこの書 物は多くの民族の諸王国を書き表しているのではなく、12の部族によって形作られ る、一つのイスラエルの民のことを書き表しているからである。第五はエサイアス
〈Esaias〉、第六はヒエレミアス〈Hieremias〉、第七はヒエゼキヘル〈Hiezecihel〉、第 八は十二預言書、すなわち彼らのもとでタレアスラ〈Thareasra〉と呼ばれているも のである(13)。
第三の順序は「アギオグラファ(14)」となる。第一の書物であるイォブ〈Iob〉から 始まり、第二はダウィド〈David〉、すなわち5部に分割されるも、詩篇の一巻にまと められたものである(15)。第三はサロモン〈Salomon〉で、以下の3書を持っている。
箴言、つまり彼らが格言、マサロット〈Masaloth〉と呼んでいるもの(16)。次に伝道 の書、すなわちアッコエレト〈Accoeleth〉。そして雅歌、すなわち彼らがシラッシ リーム〈Sirassirim〉と題したものである。第六はダニヘル〈Danihel〉、第七はダブ レイアミン〈Dabreiamin〉、すなわち歴代誌であり、これを我々は聖なる歴史全体を より明確に表す「クロニコン(17)」と呼べよう。この書物は我々のもとでは、パラリ ポメノン(18)(補遺)の第一または第二と書かれている。第八はエズラス〈Ezras〉 で、これ自体はギリシア人と同様に、ラテン人のもとでも2書(エズラ記、ネヘミヤ 記)に分けられている。第九はヘステル〈Hester〉(19)。
つまり合計22の古い律法の書物は、(我々が知っているのと)同様に次のように なっている(20)。すなわちモーセの5書、預言者の8書、そしてアギオグラファの9書で ある。しかしながら、ある人はルツ記とキノット(哀歌)とをアギオグラファの中に 書き入れ、これらをアギオグラファの数の中に算定されるべきものと見なすかもしれ ないし、さらにこのことを通して、古代の律法の書は24書であるとするかもしれな い(21)。ヨハネ黙示録は24という数字を、子羊を讃え、また自分たちの冠を、顔を伏 せて示している24人の長老たちの24という数字をもとにして引き出している。彼らは 前も後ろも、すなわち過去へも未来へも目をやることのできる4匹の獣の前に立ち、
疲れを知らぬ声で叫ぶのだった。「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、全能の主
なる神、かつておられ、今おられ、やがて来られる方」〔ヨハネ黙示録4:8〕。
この書物への序文は、あたかも兜を被った原理原則(22) として、我々がヘブライ語 からラテン語へと翻訳するすべての書物に相応しいものとなり得るので、これらの書 物以外はどれも、アポクリファの中に分けられるべきだと我々は知ることができる。
それゆえ、一般にソロモンによって書かれたとされる知恵の書、イエスの息子シラク の書(シラ書)、ユディト、トビアス(トビト記)と牧者(ヘルマスの牧者)は正典 に入らない。私は、マッカベウスの第一(マカバイ記一)のヘブライ語の書物を発見 したが、第二の書(マカバイ記二)はギリシア語であり、このことはその「言い回 し(23)」からも判断され得る(24)。
このようなことであるから、読者よ、あなたにお願いしたい。どうか私の仕事を古 代の人々(セプトゥアギンタの翻訳者たち)への非難と考えないでいただきたい。神 の天幕(教会)に対しては、めいめいが自分のできることを提供するものだ。ある者 たちは金や銀や高価な大理石を、またある者たちは亜麻布や紫、真紅、緋色(の毛糸 など)を提供する〔出エジプト記25:2⊖7, 35:5⊖9参照〕。もし毛皮や山羊の毛でも提供 したとすれば、我々は正しいとされるだろう。しかし使徒(パウロ)は、より賤しむ べきものこそが、我々にとって、より必要なものだと考えている〔一コリ12:22参 照〕。従って、かの天幕全体の美しさも、また現在と未来それぞれを通して見る教会 の輝きも、毛皮や山羊皮によって覆われているのであり、そうした価値のより少ない ものが、太陽の灼熱や嵐の被害を防いでくれるのだ〔出エジプト記26:7⊖14, 36:14⊖19 参照〕。それゆえに、まず私のサムヘルとマラヒームを読んでいただきたい。私の、
と私は言う。私のと。というのも何度も訳し直し、より注意深く修正することによっ て、我々が学び知ったことは我々のものとなるからである。以前は知らなかったこと を理解するようになったとき、もし感謝の念が湧いてきたら、私を翻訳者として評価 していただきたい。感謝の念が湧かなければ、「言い換え魔(25)」とでも考えればい い。とはいえ私には、自分がヘブライ語の真理〈hebraica veritas〉から何かを変え改 めたという自覚など全く以てないのだが。むろん、もし信じられないのなら、ギリシ ア語やラテン語の写本を読み、それをこちらの不出来な訳と比較してみればいい。そ してどこであれその中で矛盾していると思うところがあれば、ヘブライ人の誰かに尋 ねてみたまえ。ヘブライ人にはより大きな信頼を委ねなければならないはずだ。彼が 我々の訳にお墨付きをくれるなら、まさかあなたは彼のことを、同一箇所で私と同じ ように予言するような占い師だなんて考えたりはしないだろう。
そこで私はキリストの婢女たるあなたがた(26) にお願いする。すなわち、非常に貴 重な信仰という香油によって、(席に)座る主の頭に油注ぎ〔マタイ26:7、マルコ 14:3〕、また今やキリストとして父のもとへと昇っている救い主を、決して墓の中に
探したりしなかった〔ヨハネ20:15⊖17〕あなたがたのことである。どうか、私に対し て凶暴な口振りで怒り狂い、町をうろつき、自らをキリストについて博学だと信じて 吠えている犬野郎どもに対し〔詩篇58(59):7, 15〕(27)、もし彼らが他の者たちから盾を 取り上げるならば、あなたがたの祈りという盾を置いていただきたい。私はおのれの 無力を知っているので、絶えずかの人(ダビデ)の一節を心に留めている。「私の道 を守ろう。舌において罪を犯さぬように。私は我が口に見張りを置いたのだ。私に逆 らう罪人が列なしているから。私は黙り、慎み、そして善きことから沈黙した(28)」
〔詩篇38(39):2⊖3〕。
序文終わり
訳 注
(1) サムエル記、列王記のこと。
(2) カルデア語とはアラム語のこと。ヒエロニュムスはシリア語、アラム語共に習 得していた(Barr, J., “St. Jerome’s Appreciation of Hebrew,” Bulletin of the John Rylands Library 49 (1966-67): 286-88)。ダニエル書の序文を参照。
(3) 「尖り方」〈apex〉は「字画」とも取れる(和田訳57頁)。
(4) バビロン捕囚以前、ヘブライ語はフェニキア文字由来の古ヘブライ文字
(paleo-hebrew character)で記されたが、捕囚以後、アラム語で使われていた
方形文字(square character)に取って代わった。これが現在のヘブライ文字 の原型である。しかし死海文書の一部やサマリア人の間では、方形文字への移 行後も、依然として古ヘブライ文字が使われていた(Gesenius, W. / Kautzsch, E. / Cowley, A.E. [trans.], Gesenius’ Hebrew Grammar (New York: Dover Publications, 2006 [1910]): 24-25; Joüon, P. / Muraoka, T., A Grammar of Biblical Hebrew (Roma: Editrice Pontificio Istituto Biblico, 1993)1: 18-20)。文字の変更が エズラによって為されたとするユダヤ伝承は、タルムード(サンヘドリン21b
⊖22a)に見られるが、ここではアラム文字ではなく「アッシリア文字」となっ ている。Moore, G.F., Judaism: In the First Centuries of the Christian Era: The Age of Tannaim (Peabody: Hendrickson Publishers, 1997 [1927])1: 25; 29ff.も参照。
(5) ヘブライ語上で22×1000であるから、ここにも22があるという解釈。
(6) ユダヤ人は、神の名を表すテトラグラム( )をアドナイ(我が主)と読み かえるが、この慣習の最古の証拠がLXXでの「主」(κύριος)という訳語であ る。しかし、LXXの原テキストではギリシア語文中でもテトラグラムのみ古 ヘブライ文字等で記されたとする説(Waddell, Howard, Kahle)と、最初から
κύριοςと訳されたという説(Baudissin, Hanhart, Wevers, Pietersma)とがあ る。ヒエロニュムスの証言は、前者を支持する。以下を参照。Howard, G.,
“The Tetragram and the New Testament,” Journal of Biblical Literature 96 (1977):
63-83; Pietersma, A., “Kyrios or Tetragram: A Renewed Quest for the Original Septuagint,” De Septuaginta: Studies in Honour of John William Wevers on his sixty-fifth birthday (Ontario: Benben Publications, 1984): 85-101; Wevers, J.W.,
“The Rendering of the Tetragram in the Psalter and Pentateuch: A Comparative Study,” The Old Greek Psalter: Studies in Honour of Albert Pietersma (Sheffield Academic Press, 2001): 21-35.
(7) 行の始めの文字がアレフベート順(acrostic)になるため文字数が分かる。『聖 書学用語辞典』(日本キリスト教団出版局、2008年)の飯謙「アルファベット 詩」(18頁)参照。
(8) ヘブライ語の22文字のうち上記5つがソフィート(語末形)を持ち( , , , , )、いわば二重になっているのと同様に、ヘブライ語聖書を構成す る22書のうち5つも、上・下巻と二重になるという解釈。エウセビオス『教会 史』6.25.2には、オリゲネスの失われた詩篇注解から、同様の説明が引用され ている。
(9) キノット( )。哀歌を意味する の複数形。エイハー( )ともい う。
(10) モーセ五書はヘブライ語で、創世記:ベレシート( )、出エジプト記:
シェモット( )、レビ記:ヴァイクラー( )、民数記:ベミドバル
( )、申命記:デヴァリーム( )と表記される。ヒエロニュムスは 出だしの言葉から、出エジプト記を 、民数記を と題してい る。 彼 は こ う し た ユ ダ ヤ 教 文 書 の 命 名 法 を 知 っ て い た(Quaestionum Hebraicarum liber in Genesim 1:1参照、以下Qu. Hebr. Gen.と略す)。ヒエロ ニュムスのヘブライ語転写については、Barr, J., “St Jerome and the Sounds of Hebrew,” Journal of Semitic Studies 12 (1967): 1-36; Sutcliffe, E.F., “St. Jerome’s Pronunciation of Hebrew,” Biblica 29 (1948): 112-25参照。
(11) なぜトーラー( )が、あたかもスミフート形のトーラット( )のご とく転写されているのか不可解である。Nautinはこうしたヘブライ語につい ての誤り(?)に疑義を呈し、かつ注解に含まれるユダヤ教由来の聖書解釈も オリゲネスらの盗用であると断じて、ヒエロニュムスのヘブライ語能力を疑う が、Rebenichは様々な証拠からこれを否定する(Nautin, P., Origène i: Sa vie et son oeuvre (Paris, 1977); “Hieronymus,” Theologishe Realenzyklopädie XV. 1-2
(Berlin, 1986): 304-15; Rebenich, “Jerome: The Vir Trilinguis and the Hebraica Veritas,” 56-58)。
(12) マラホットとは、「王国」マルフート( )のこと。ちなみに「女王」マ ルカー( )の複数形はメラホット( )。
(13) 預言者8書。ヨシュア記( )、士師記( )+ルツ記( )、サムエ ル記( )、列王記( )、イザヤ書( )、エレミヤ書( )
+哀歌( )、エゼキエル書( )、十二預言書( )。ヒエロ ニュムスは十二預言書を一つの書物と数えた(十二預言書の序文を参照)。
(14) αγιογραφα.本来語頭に気息記号がつき、ハギオグラファとなるが、ヒエロ
ニュムスはラテン文字転写の際も気息音を付していない。織田昭『新約聖書の ギリシア語文法第I分冊』(教友社、2003年、44頁)によると、気息音はコイ ネー期以降発音されなかった。
(15) ヘブライ語詩篇の前文を参照。
(16) 箴言はヘブライ語で、マシャール( )の複数形メシャリーム( )の スミフート形ミシュレイ( )と表されるが、ここでヒエロニュムスはメ シャロット( )という形を想定している。
(17) χρονικον.
(18) παραλειπομενονのラテン文字転写。織田(上掲書39頁)によると、eiという 複母音はコイネー期以降i音になっていた。
(19) アギオグラファ9書。ヨブ記( )、詩篇( )、箴言( )、コヘレト
( )、雅歌( )、ダニエル書( )、歴代誌( )、
エズラ記( )、エステル記( )。ここでヒエロニュムスはダニエル書 を、ユダヤ教と同様にアギオグラファ(ケトゥビーム)に収めるが、ウルガー
タではDanihel Prophetaと題し、預言者に含めている。ダニエル書序文注
(20)を参照。
(20) 正典22書。この算定はヨセフス『アピオーンへの反論』1.38にも見られる。後 の教父たちもヨセフスの記述から、正典を22書と説明する(エウセビオス『教 会 史 』6.25.1)。Braverman, J., Jerome’s Commentary on Daniel: A Study of Comparative Jewish and Christian Interpretations of the Hebrew Bible (Washington DC: The Catholic Biblical Association of America, 1978): 37.
(21) 正典24書。預言書において士師記と合わさるルツ記と、エレミヤ書と合わさる 哀歌とをアギオグラファに移し、モーセ5書、預言者8書、アギオグラファ11書 の、合計24書。ダニエル書の序文に同様の説明がある。こちらはユダヤ教の伝 統的な算定と一致する(第四エズラ記14:44⊖46、タルムード〔タアニート8a、
バーバー・バトゥラ14b〕、雅歌ラバー4.11.1、民数記ラバー14.4)。
(22) 解題参照。principiumは「開始、原則」の意だが、複数形で軍事用語として
「前線」の意もある。ここでは「兜を被った」という語が先行していることも あり、この序文が、ウルガータ訳を中傷者たちから守る前線部隊の役目を果た しているというイメージが伺われる。
(23) φρασις.
(24) マカバイ記一は、元来ヘブライ語あるいはアラム語で書かれたとされる。ヒエ ロニュムスはその原本を知っていたようだが、現存しない。対してマカバイ記 二は最初からギリシア語で書かれた(Swete, H.B., An Introduction to the Old Testament in Greek (Oregon: Wipf and Stock Publishers, 2003 [1902]): 276ff.)。
(25) παραφραστης.自分の解釈を交えて本文をパラフレーズしてしまう者のこと。
正確に内容を伝える「翻訳者」〈interpres〉と対比されている。
(26) 明言していないが、パウラとエウストキウムが念頭に置かれている。
(27) Qu. Hebr. Gen.序文では中傷者たちを「豚野郎ども」と悪罵している。
(28) ガリア詩篇からの引用。ここから、この序文が書かれた時点でヘブライ語詩篇 は訳されていなかった可能性を指摘できよう。
ダニエル書の序文
解 題
ヒエロニュムスは当時教会で流布していたギリシア語のダニエル書が、LXXでは なくテオドティオン訳であったという報告から始め、続いてダニエル書がカルデア語
(アラム語)で書かれた文書であることを説明したあと、自らのカルデア語学習の苦 労話について語る。ここはEp. 125におけるヘブライ語学習の苦労話同様、まさに彼 の肉声を聞くかのような箇所である。そしてさまざまな事例を示しながら、ダニエル 書補遺(アザルヤの祈りと三人の若者の賛歌、スザンナ、ベルと竜)はヘブライ語で はなくギリシア語で書かれたものだと説明していくのだが、特にスザンナに関して は、ラテン語の洒落まで持ちだしている。また、ベルと竜についての箇所では、当時 のユダヤ人とキリスト教徒との間で交わされていた議論の一端を垣間見ることができ る。
執筆は392年頃で、パウラとエウストキウムに宛てられている10。
翻 訳
預言者ダニエルにおけるヒエロニュムスの序文が始まる
セプトゥアギンタの翻訳者たちに基づく預言者ダニエル〈Danihel〉を、主なる救 い主の教会は読んでいない。彼らはテオドティオンの版を使っているのだが、なぜこ のようなことが起こったのか私は知らない(1)。というのもそれは、カルデア語がある 独自性を持っているがゆえに我々の言葉(ギリシア語・ラテン語)と合致せず、セプ トゥアギンタの翻訳者たちが翻訳において同じ区切り(2) を維持しようとしなかった からかもしれないし、あるいは彼ら翻訳者たちの名のもとに、十分にカルデア語を知 らない者によって それが誰なのか私は知らないが 、その書物が出版されたか らかもしれない(3)。またあるいは私の知らない何か別の原因があったからかもしれな い。私が確かに言えることはただひとつである。それが多くの点で真理から反してお り、かつ正当な見解によって退けられているということである。確かに知られるべき は、特にダニエル書とエズラ記は、むろんヘブライ文字とはいえ、カルデア語で書か れたこと、そしてエレミヤ書の一節もそうであること(4)、またヨブ記がアラビア語と 非常に多くの結びつきを持っているということである(5)。
さらに若かりし頃(6) には私もクインティリアヌス(7) やトゥッリウス(・キケ
ロー)(8) を読み、レトリックの花に触れたあと、この言語(カルデア語)にパン屋さ
ながら身を粉にして自らを開き、そして多くの汗と長い時間をかけて、やっとのこと でハッと息を吐いたりシュッと音を出したりする言葉を発音し始めた(9)。それはあた かも洞穴を彷徨っているときに上から幽かな光を見始めたかのようであった。ところ が最近私はダニエル書に打ち込んで、すっかりうんざりしてしまった。捨て鉢な気分 になった挙句、昔した仕事を全部反故にしたくなったのである。しかし、あるヘブラ イ人が私を励まし(10)、彼の言葉で繰り返し、「辛い労苦がすべてに打ち勝つ(11)」と私 に言い聞かせてくれた。そこで、自分が彼らの間で似非学者であるような気がしてい た私は、再びカルデア語の一学徒として学び始めた。しかし正直に言えば、今日まで 私は、カルデア語を発音するよりも読解することの方が得意なのである(12)。
それゆえに、諸君にダニエル書の難しさを示してあげよう。この書には、ヘブライ 人の間ではスザンナの物語もなければ、三人の若者の賛歌もなく、またベルと竜の話 もない。しかしこれらは巷間あまねく広まっているため、我々としては串印(÷)を 前に置き、取り除いた上であとに付け加えておいた(13)。これは聖書に通じていない 者たちのもとで、書物の多くの部分を切り離してしまったと思われないための処置で ある。私があるユダヤ人教師たちから聞いたところでは、そのユダヤ人教師の一人は スザンナの物語を小馬鹿にして、それは名もなきギリシア人によって捏造されたもの
だと言ったそうである。これはオリゲネス(14) に対してアフリカノス(15) もまた唱えた 異議であるが、「スキーノス(乳香樹)からスキサイ(裂く)が、そしてプリーノス
(樫の木)からプリサイ(切り裂く)が(16)」という「語源説明(17)」は、ギリシア語に 由来するものなのだ〔Vgダニエル(スザンナ)13:54⊖59〕。こういう洒落の理解を、
我々のラテン語読者に対しては、次のように与えることができる。たとえば我々は、
樫の木からは〈ab arbore ilice〉、「お前はすぐに〈ilico〉死ぬだろう」とダニエルは 言った、と言うことができる。乳香樹からは〈a lentisco〉、「神の使いはお前をレン ズ豆のように〈in lentem〉すり潰してしまうだろう」とか、「間もなく〈non lente〉
お前は死ぬだろう」とか、「lentus、つまり証言を曲げたお前は死刑だ」とか、樹木 の名前に引っ掛けて他にもいろいろと言うことができる(18)。それからそのユダヤ人 教師は三人の若者たちがのんびりしていることを皮肉ったものである。つまり炎を上 げて燃えている炉の中で詩を作って遊び、そして順番に神を賛美するためにあらゆる 事象に呼びかけているほどの落ち着きようのことである〔ダニエル3:51⊖90(アザル ヤ28⊖67)〕。奇跡やら主の使いのひと吹きの描写やらとは何のことなのか。あるいは 瀝青のだんごで殺された竜だの〔ダニエル14:26(ベル27)〕、祭司どもがベル神の動 力装置として捕らえられただの〔ダニエル14:1⊖21(ベル1⊖22)〕、一体何事か。こん なものは預言者の霊によって成し遂げられたことというより、小賢しい者の考えた戯 言に過ぎないのではあるまいか。ハバクク〈Abacuc〉の場面に至り、ハバククがユ ダヤからカルデアへと皿を持ったまま連れ去られたという箇所を読み上げたとき〔ダ ニエル14:32⊖38(ベル33⊖39)〕、ユダヤ人教師はその先例を問うてきたものだった。
つまり旧約聖書の一体どこで、聖者たちのある者が重い体でもって飛んだとか、一瞬 のうちに地のこれほどの距離を移動したとかいうことを我々は読めるのかと。彼に対 し て 我 々 の う ち の あ る 者 が、 待 っ て ま し た と ば か り に 公 然 と、 エ ゼ キ エ ル
〈Hiezecihel〉を例に挙げ、彼はカルデアからユダヤへと移されたのだと言うと〔エ ゼキエル8:3〕、ユダヤ人教師はその者を嘲笑い、そしてエゼキエル書そのものから、
エゼキエルが自ら運ばれたことを見たのは霊においてであったと証明した。さらに 我々の使徒(パウロ)もまた、自明のことだが、教養人として、またヘブライ人から 律法を学んだ者として、自分が体において連れ去られたと断言しようとはしなかっ た。正確には彼は次のように言った。「体においてか、体を離れてか、私は知らな い。神が知っている」〔二コリ12:2〕。ユダヤ人教師は、あれやこれやの議論によっ て、教会の書物の中に偽の物語があることを明らかにしたのだ(19)。
以上のことについては読者の裁量に判断を任せるが、私が注意したいのは、ダニエ ル書はヘブライ人のもとでは預言者の中にはなく、彼らがアギオグラファとして作成 した中にあるということである(20)。書物全体は彼らによって、三つの部分に分けら
れている。つまり律法、預言者、アギオグラファであり、5書、8書、11書であるが、
このことについて今は詳述することができない(21)。ポルフュリオス(22) がこの預言者 から引き出したこと、というよりこの書物に対して投げかけた事柄については、証人 としてメトディオス(23)、エウセビオス(24)、アポッリナリオス(25) がいる。彼らは幾千 行もの文章をもってポルフュリオスの狂気に応えたが、そのことが読者の好奇心を満 足させたかどうかは、私の知るところではない。そこで、私はあなたがたにお願いし たい、おおパウラとエウストキウムよ。私のために主への祈りを確かにして、この小 さな体にいる限り、あなたがたへの何がしかの感謝を、また教会に役立つことを、ま たあとに続く者たちに価値あることを書けるようにしていただきたい〔二ペトロ1:13 参照〕。むろん私は同時代人の判断などによっては決して動揺しない。そんな連中は 好悪の感情(だけ)で、好き嫌いのいずれかに陥ってしまうのだ。
序文終わり
訳 注
(1) ヒエロニュムスの時代以前から、ギリシア語のダニエル書に関しては、テオド ティオン訳がLXXに取って代わっていた。時代を追うごとにLXX版は廃れ、
今日では2つの写本を残すのみである(Jellicoe, S., The Septuagint and Modern Study (Oxford: Clarendon Press, 1968): 83-99; Braverman, Jerome’s Commentary on Daniel, 31)。
(2) 原典の伝統的な読みの区切り方〈linea〉に、LXXが従っていないという可能 性。
(3) ヒエロニュムスはLXXのダニエル書がLXX訳者たちの作ではないことを意識 して書いている。Qu. Hebr. Gen.序文において、彼はヨセフスの証言を引き、
LXX訳者たちが訳したのはモーセ五書のみと述べている。
(4) ダニエル書2:4⊖7:28、エズラ記4:8⊖6:18; 7:12⊖26、エレミヤ書10:11はアラム語。
創世記31:47にもアラム語が含まれている。
(5) ここで言われているアラビア語と現在のそれとは同一視できない。ユダヤ人教 師からの耳学問と思われるが、Barrはこれを当時の原始的な比較文献学に散 見される誤りと指摘している(“St. Jerome’s Appreciation of Hebrew,” 297)。
(6) アエリウス・ドナトゥスに師事していたローマでの遊学時代。
(7) マルクス・ファビウス・クインティリアヌス。1世紀の修辞学者。『弁論家の教 育』等の著作がある。ヒエロニュムスはローマ遊学時代にクインティリアヌス の修辞学を学んだ。
(8) マルクス・トゥッリウス・キケロー。前1世紀の政治家・哲学者。ヒエロニュ ムスは彼について、「ローマの雄弁術の頂点に立ち、演説とラテン語の王者と して輝かしい栄光に浴していた」(Qu. Hebr. Gen.序文)と最大級の賛辞を送っ ている。
(9) 374⊖379年頃、シリアのカルキス砂漠にいたときのこと。ここでヒエロニュム スは改宗ユダヤ人からヘブライ語、アラム語(またはシリア語)を習った。
anherantiaは帯気音・喉音、stridentiaは歯擦音のこと(Sutcliffe, “St. Jerome’s Pronunciation of Hebrew,” 116-17)。同様の表現がEp. 125.12にもある。
(10) ベツレヘムでのヒエロニュムスのユダヤ人教師として有名なのは、Apologia contra Rufinum 1.13, Ep. 84:3で言及される「バル・ハニナ」〈Baranina〉、ヨブ 記の序文に登場する「リュッダのユダヤ人」、またトビト書の序文に登場する
「カルデア人」の3者。ここで言及されているのは「カルデア人」であろう。む ろん彼ら以外の多くのユダヤ人とも交流があったに違いない。
(11) ウェルギリウス『農耕詩』1.146。「ヘブライ人」がウェルギリウスの一節を
「彼の言葉」、すなわちヘブライ語かアラム語で口にしたということ。
(12) トビト書の序文によると、ヒエロニュムスは同書を訳す際カルデア語写本を底 本としたが、カルデア語に未熟であったため、ヘブライ語とカルデア語を両方 解するユダヤ人を雇い、口頭でヘブライ語に訳してもらった上でラテン語に重 訳した。
(13) ガリア詩篇注(2)参照。ウルガータでは3:24⊖90が「アザルヤの祈りと三人の 若者の賛歌」、13:1⊖64が「スザンナ」、13:65⊖14:41が「ベルと竜」。つまり「ア ザルヤ」は巻末ではなく途中に挿入されている。
(14) オリゲネス(vir. ill. 54)。c.185⊖c.251。アレクサンドリア学派の代表的神学 者。六欄聖書Hexapla、『諸原理について』等の著作がある。ヒエロニュムス は当初オリゲネスに私淑していたが、後年その教説が異端視されるようになる や、口を極めて批判した。親友ルフィヌスとの確執もこのことに起因する
(Rebenich, Jerome, 41-51)。
(15) ユ リ オ ス・ ア フ リ カ ノ ス(vir. ill. 63)。170年 頃 リ ビ ア 生 ま れ。Cesti, Chronographaia等 の 著 作 が あ る。 こ こ で 述 べ ら れ て い る 内 容 はEp. ad Origenem 4-5に見られる。
(16) απο του σχινου σχισαι και απο του πρινου πρισαι.スザンナ54⊖55において、ダ ニエルが長老の一人に、どこでスザンナを見たのかと問い、長老が「乳香樹の 下だ〈ὑπὸ σχῖνον〉」と答えると、ダニエルは「神の使いがあなたを裂く
〈σχίσει〉」と答えた。ギリシア語の「乳香樹」と「裂く」とが洒落になってい
る。58⊖59でも同様に「樫の木」〈πρῖνος〉と「切り裂く」〈πρίσαι〉とが掛 かっている。こうした言葉遊びはもとよりギリシア語で書かれていなければ不 可能というわけである。ちなみにウルガータでは、前者をscinus, scindereと して洒落を保存しているが、後者はprinus, secareとなっている。またπρίσαι はテオドティオン版で、LXXではκαταπρίειν。
(17)ετυμολογιας.
(18) スザンナでのギリシア語の洒落をラテン語で再現して見せている。
(19) 当 時 の ユ ダ ヤ・ キ リ ス ト 教 間 の 論 争 に つ い て、Stemberger, “Exegetical Contacts between Christians and Jews,” 569-86を参照。
(20) Ep. 53.8及びウルガータにおいて、ヒエロニュムスはLXXの伝統からダニエル
書を預言者の中に入れている。一方列王記の序文においてはユダヤ教の伝統か らケトゥビーム(アギオグラファ)に含める。
(21) 正典24書。列王記序文注(21)参照。
(22) テュロスのポルフュリオス。232年頃生まれの新プラトン主義者。Contra
christianosというキリスト教徒への反駁書を書いたとされるが、コンスタン
ティヌス帝により焚書され、現存しない。
(23) オリュンポスのメトディオス(vir. ill. 83)。3世紀後半の神学者。『シュンポシ オンあるいは純潔性について』等の著作がある。ポルフュリオスへの反駁書 Contra Porphyrium de cruceは現存しない。
(24) カイサリアのエウセビオス(vir. ill. 81)。c.260⊖c.338。主著『教会史』『福音 の論証』など。ポルフュリオスへの反駁書は25巻書かれたが、現存しない。
(25) ラオディキアのアポッリナリオス(vir. ill. 104)。c.310⊖c.390。ポルフュリオ スへの反駁書を30巻書いたとされる。ヒエロニュムスは直接彼に師事した
(Ep. 84.3)。
注
1 翻訳・監修を石川が、翻訳・解題・訳注を加藤が担当した。
2 「ヒエロニムス」という表記が一般的だが、H・クラフト『キリスト教教父事典』(水垣渉・泉治典監 修、教文館、2002年)に従い、「ヒエロニュムス」とする。
3 生 年 に つ い て は 諸 説 あ る。Kelly, J.N.D., Jerome: His Life, Writings, and Controversies (London:
Duckworth, 1975): 337-39参 照。 本 稿 で は 年 代 に つ い てRebenich, S., Jerome (London & New York:
Routledge, 2002)に従う。
4 書簡22は邦訳を参照(荒井洋一訳「ヒエロニュムス書簡集」『中世思想原典集成4 初期ラテン教 父』、平凡社、1999年、672⊖733頁)。
5 Rebenich, S., “Jerome: The Vir Trilinguis and the Hebraica Veritas,” Vigiliae Christianae 47 (1993): 50-77 参照。
6 Kelly, Jerome, 160-63.
7 Kedar, B., “The Latin Translation,” Mikra: Text, Translation, Reading, and Interpretation of the Hebrew Bible in ancient Judaism and early Christianity (Massachusetts: Hendrickson Publishers, 2004 [1988]):
320-21; Rebenich, Jerome, 54.
8 Kelly, Jerome, 161.
9 邦訳として、和田幹男「ヒエロニムスのプロローグス・ガレアトゥス」『サピエンチア:英知大学論 叢』第20号(1986年、49⊖65頁)と、小高毅編『原典 古代キリスト教思想史3 ラテン教父』(教文 館、2001年、191⊖195頁)がある。前者は全訳、後者は抄訳である。
10 邦訳として小高(上掲書、197⊖199頁)があるが、抄訳である。