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アラブ人の霊からイタリア人の霊へ?

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Academic year: 2021

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Field+ 2010 01 no.3  東アフリカ海岸地方。スワヒリ・コースト

とも呼ばれるこの地域には、ラム、マリン ディ、モンバサ、ザンジバルなどといった港 町が、インド洋や内陸部との交易ネットワー クと密接につながりながら形成されてきた。

また、こうした沿岸都市部の住民は、古くか らイスラームを受容してきたことが知られて いる。実際、これらの都市にはいくつものモ スクが立ち並び、大勢のムスリムたちが暮 らしている。

 ところが、沿岸都市部からほんの数キロ でも後背地に入って行くと、不思議なこと に、景色のなかからイスラーム色は影を潜 めることになる。沿岸都市部と後背地にお けるイスラームと非イスラームという宗教上 のコントラストは、誰の目にも一目瞭然だ。

 だが、そんな後背地にあっても、フィール ドに腰を据えて見つめていれば、少数派な

がらもムスリムたちの暮らしを見出すことが できる。その生活世界は、イスラームに対し てわたしたちが抱くイメージと比べると、だ いぶ風変わりな様相を呈しているのだが。

 フィールドワークを通して、わたしが 1993年以来お世話になってきたカウマとい う人々は、後背地に居住する小規模な焼畑 農耕民だ。宗教の面では、カウマの全人口 に占めるムスリムの割合は、多めに見積もっ ても10%に満たない。キリスト教徒を自認 する人々の方がその何倍もの数にのぼる。

キリスト教徒及びムスリム、そのどちらで もない人々に共通するのは祖先崇拝であり、

そして人間に死や病をもたらす妖術や憑依 霊といった容易には制御しがたい諸力の存 在を前提とした世界観である。なかでも憑 依霊信仰は、ムスリムの暮らしに深く関わっ ている。

 この地域では、人間に取り憑いて心身の 様々な異常をもたらすとされる諸々の精霊 は、ペポ(またはニャマ)と呼ばれている。

異常の原因として憑依霊の仕業が疑われた 場合には、「憑依霊の踊り」と呼ばれる治療 目的の儀礼が執り行われることになる。

 霊は、沼、ブッシュ、バオバブ、洞窟、学 校、モスク、海などに棲んでいて、近くを通 りかかった人に取り憑くと言われる。これら

アラブ人の霊からイタリア人の霊へ?

ケニア海岸地方後背地におけるムスリムの生活世界 菊地滋夫

きくち しげお / 明星大学、AA 研共同研究員

のうち、モスクや海に棲む霊によって憑依さ れた人は、イスラーム的生活規範に従うよ う要求される。カウマにおけるムスリムの大 半は、実はこのような経験を通してイスラー ムに改宗した人々であり、多くは女性であ る。もっとも、このような人々を「ムスリム」

と呼ぶべきかどうかについては、現地の人々 の間でも意見は分かれるのだが。

 ところで、治療のための儀礼では、たと えば患者に取り憑いている、カウマ語でいう シンバ、つまりライオンの霊が呼び出されれ ば、その人はライオンとして振る舞うことに なる。それこそライオンのごとく吠えたり、

飛び掛かったり、といった具合に。あるいは ムアラブ、つまりアラブ人の霊にも取り憑か れていて、シンバに続いてそれが呼び出さ れれば、彼女/彼はまさにもはやカウマ民族 ではなく、アラブ人のムスリムとして振る舞 うことになる。両手でクルアーン(コーラン)

を持つような身振りをしつつ、「アッラー・

アクバル」などと唱えながら。

 だが、儀礼の進行とともに夜が更ける頃 には、彼女/彼はイタリア人として振る舞う かもしれない。近年この地方では、ムイタリ ア(イタリア人)という霊がいると噂されて いるのだ。イタリア人の霊の登場は、1970 年代以降、インド洋に面したマリンディや ワタムなどといったリゾート地にイタリア人 のコミュニティが築かれるようになったこと や、イタリア人旅行者の増加といった現象と も無関係ではないだろう。

 後背地から望む沿岸地方は、長らくアラ ブ人などのイスラーム教徒と結びつけられ る形でイメージされてきたし、今でもそのイ メージは健在である。しかし、上述のように 最近では沿岸地方へのイタリア人の進出に 関連して、「彼らはマフィアとつながってい るのさ」などと言う人が少なくないのも確か である。後背地の人々から見て、彼らの隣 人たる沿岸部の人々のイメージは、ひょっと するとアラブ人からイタリア人へと変わりつ つあるのかもしれない。

 だとすれば、後背地に暮らすムスリムの 生活世界は、これからどのように変容しよう としているのだろうか。それとも案外変わり はしないのだろうか。想像力の乏しいわたし は、ただ静かに見つめるほかないようだ。

カウマの伝統家屋。

トウモロコシを収 穫する母と娘。

「憑依霊の踊り」(治 療儀礼)に集まっ た女性たちと呪医。

母と娘(娘は憑依霊 の要求に応えてイ スラーム的生活規 範に従っている)。

ケ ニ ア

ナイロビ モンバサ

スワヒリ・コースト ビクトリア湖

ケ ニ ア

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