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教育の機会均等原則の再検討(1)

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(1)

教育の機会均等原則の再検討(1)

黒 崎

II教育の機会均等概念の展開

A 機会の平等と結果の平等(1)

1. 教育の機会均等の新しい概念

 1970年代の教育の機会均等原則の新しい理解の出発点となったのは,Cole・

manレポートにおける教育の機会均等についての再定義であった。 Coleman の再定義はCivil Rights Act of 1964セこもとついておこなわれたEqual Educational OPPortunity Survey(EEOS)の理論的前提作業としてなされた

ものであった。Civil Rights Actのsection 402は,次のように規定してい

る。

 「402 (教育局)長官は,個人が教育の機会を平等に利用することについ  て,アメリカ合衆国とその領土およびコロンビア地域のあらゆる段階の公共  教育機関において,人種,皮膚の色,宗教,出身国を理由に不十分な点がな  いかどうかを,この法律の発効時から2年以内に調査して大統領と連邦議会  とに報告すること」

 さて,EEOSにおいて採用され,1970年代の教育の機会均等原則をめぐる論 争に,共通のパラダイムとしての役割を担うにいたったColemanの教育の機 会均等原則の再定義ないし教育の機会均等についての新しい概念の提唱は,以 下のようなものである。まず,Colemanは教育の機会均等についての定義を,

次のように類型化する。

 (1)生徒1人当たりの教育費,学校の施設・設備,教師の資格等の教育条件   の平等。

(2)

 (2)学校の人種的構成の平等。

 (3)カリキュラム・教師のモラール・生徒の学習意欲など学校の無形の特徴   の平等。

 (4>平等な背景と能力をもつ生徒に対して与える学校の結果の平等。

 (5)不平等な背景と能力をもつ生徒に対して与える学校の結果の平等。

 以上の諸類型のうち,(1)から(3ほでの定義において平等を達成することが伝 統的な教育の機会均等概念の理解である。そこでは,すべての子どもにたいし て均しい機会と資源を用意することが求められる。そして,この機会と資源と をどのように有効に使うか(すなわち,どのような学業成績をあげるか)は,

子どもと家庭の責任である。これに対して,(4)と(5)は新しい教育の機会均等概 念の理解である。通常,伝統的な概念はinputの平等としての教育の機会均等

と呼ぼれ,これに対して新しい概念はresultの平等と呼ぽれている。しかし,

新しい概念については,さらに正確な理解が必要であろう。

 (4)の定義による教育の機会均等とは,次のように理解されるべきものであ る。もし,同一の家庭的背景(あるいは社会的経済的背景)と同一の1Ω (そ れ以外の指標が可能であれぽ,それでも良いが)をもつ生徒が異なる学校へ通 い,その結果,異なる学業成績をあげる場合,この2つの学校がたとえ(1)から

(3)の定義において平等であったとしても,教育の機会均等は実現されていると はいえない。この(4)の定義では,単なる教育の条件ではなく,教育の結果に及 ぼす効果が平等化されるべきであると主張される。さらに,そうした教育の結 果を達成することは学校の側の責任となる。これは確かにresultの平等と呼ば れうる新しい概念ではあるが,補償教育政策の必要を導くものではない。ここ

で達成される平等は,いわば,「最小限の効果をあげるにすぎず,教育的に恵 まれた家庭の子ども達は,そうでない子ども達より教育の機会をよりいっそう 享受することになる」〔Coleman,1968:210〕にすぎない。

 補償教育政策による教育の機会均等概念は(5)の定義によるものである。それ は,次のように理解されるべきものである。同じ1Ωをもち,異なる家庭的背 景を持つ生徒は,同一の,または異なる学校において同一の成績をあげること が求められる。社会諸グループ間に潜在的能力が等しく分散しているという仮

(3)

定から出発するならぽ,この新しい概念は,教育の実際の結果が各社会グルー プ間で同一の状態となったときに教育の機会均等は達成されたとする。具体的 にいえぽ,社会の支配的グループ(Colemanは白人のミドル・クラスを想定 する)における個人の学力の分散とマイノリティ・グループあるいは貧困層に おける各個人の学力の分散とが重なるようになった時に,教育の機会均等は達 成されたとするのである。したがって,これはすべての個人の学力の達成を同 じレベルのものとして平等化することを意味するものではない。それは学力の 達成水準を生徒それ自身の能力と努力の結果にのみ依存するものとし,生徒の 社会的経済的家庭的背景とは独立したものとすることを目標とする。この目標 を達成することは,子どもや家庭の側の責任なのではなく,学校の側の責任と なる。この目標の達成の為には,機会や資源を平等化するだけでなく,教育に とって効果を持つものを平等化することが必要であり,さらに必要ならぽ,資 源は不均等に配分されるべきである。

 こうして,教育の機会均等の新しい概念は正確には,inputの効果(effect),

schoolingの効果の平等であり(4,5),同じ能力のものは社会のどのグループ に属しているかに関係なく,同じ教育の結果(result)を得るという目標の実 現を求めるものであった(5)。

 Colemanの新しい概念の提唱の要点は,能力に応じて教育の機会を配分する とされる教育の機会均等原則が,事実上,能力以外の要因による機会の配分に 終り,階級社会の再生産の為に機能していることに対する批判意識にあった。

Blackstoneの言葉は,こうした,新しい概念の理解の背景にある感情を適切

に表現している(2)。

 「(「必要に応ずる」という原理なしに)能力に応じるという原理に優先権を  与えることは,本人には何の落度もなく,彼が左右できない環境と欠陥とを  通して,その人がゲームに勝てないのを知りながら,財(goods)の分配の  ゲームに対して,すべての人が平等であるという振りをするようなものであ  る」〔Blackstone,1969:165〜6〕。

2. 必要に応じる教育と能力に応じる教育

(4)

 Blackstoneは教育の機会均等原則に先立って,その前提として認められるべ き道義的優先事項があることを主張していた。彼は,プラトンの国家論につい て論じたFrankena(1966)を参照しつつ,「メリットによって諸個人を格差的 に取扱うことは不可避的だが,そこでは,まず,これらのメリットを発達させ る機会が与えられているという公正さが要求される」〔Blackstone,1969:165〕

と述べている。

 教育は人間の権利であり,教育機会の利用可能性がその人の能力にかかって いるとしても,人々の間に能力の差異があるということによっては,教育が権 利としてすべての人に保障されるぺきであるということをいささかも否定でき るものではない。こうして,Blackstoneは教育の機会均等原則に先立つ道義的 優先事項として「必要に応じる」教育機会の保障の原理を提唱し,次のような 結論に達する。

 「教育の権利の理想的な充足は,社会的・経済的・教育的条件を保障し,す  べての人が,その人の能力(capacity)を充足することを可能にさせること  にある」〔Blackstone,1969:166〕。

 BlackstoneはClark(1968)のアメリカ公教育の階級差別的な状況に対す る批判を肯定して,補償教育のあらゆる試みに支持を与え,「経費は高くつく が,我々は,それをしないわけにはいかない」としたのであった。教育の機会 均等原則の意義は否定しうるものではないが,これに何の留保を付け加えない でおくこともまた,正当化しえないというのが,1970年代の教育の機会均等原 則をめく・る諸議論に共通した背景をなす関心であったとみることができよう。

このColemanの提唱に促されて,教育の機会均等原則を「能力に応じる」教 育の機会の配分の原理と「必要に応じる」教育の機会の配分の原理という複合 的な原理から理論構成しようとしたのは,T. F. Green(1g71)であった。

 GreenはColemanの新しい概念の前提には,次の2つの弱点があるとみな

していた。

(1)潜在的な能力が社会の各グループ間にランダムに分散しているという前   提は,科学的研究の結果によって妥当性が疑われる惧れがある。

(2)学校外の影響を相殺する教育力が学校にあり,かつ,その教育力が教育

(5)

  的に不利な階層にのみ有利に利用されるという前提を満たすことはほとん   ど不可能である。

 これらの弱点を克服し,新しい概念の意図するところを実現するために,

Greenは能力に応じる教育の機会の配分という原理に加えて,必要に応じる教 育の機会の配分という原理を導入する。この必要に応じる教育の機会の配分と いう原理に立てば,Colemanの新しい概念は,次のように理解される。すなわ ち,教育の結果が社会のグループ間において平等になるという目標が与えられ るとすれば,この目標を実現する「必要」に応じて,教育の機会および資源 は,個人の能力とは独立に分配されるべきである,と。この原理に従えぽ,能 力が各グループ間にランダムに分散しているかどうかということとは関係な

く,現に乏しい教育の結果しか持ちえていないグループには他のグループと同 様の水準の達成を実現させることが教育制度の側の責任となる。それは無能力

ですらも病気や障害であると考え,これを治療ないし補償することが社会的正 義に合致すると考えることに等しい。Greenはこれを「必要に応じる」原理の 第1理論(first version)と呼んだ。

 しかし,この第1理論はGreenが先にあげた弱点の第1のものを避けるこ とは出来るものの,第2の弱点をまぬがれるものではない。さらに,この第1 理論に与えられる目標の当否自体が闘題となるときには,この第1理論はなん

ら積極的役割を果すことができない。Colemanの新しい概念の真の意義は補償 教育政策による教育機会の不平等な配分( 逆差別 的配分)を正当化する ことにあったわけだが,そうした意義を,この第1理論は持ちえなくなる。

Greenの新しい原理は,それに相応しい第2の理論(second version)を促す。

それは最低賃金制(あるいは最小限度の生活を保障する社会福祉制度)が正義 とみなされるように,能力や社会的有用性という観点とは無関係に,すべての 人に「必要」な教育の水準のミニマムがあるという主張である。第1理論が社 会の諸グループ間の教育の結果の分散を平等にするための必要を原理としてい たのに対して,第2理論は特定の社会生活のための最小限の教育の結果を達成 するという必要を原理としていた。Greenはこの第2理論を,そのままでは教 育の機会均等の概念とは見なしえないとする。なぜなら,教育の機会均等概念

(6)

はすべての人に等しい教育の結果を達成しようとする原理ではなく,相対的に 稀少な資源をどのような原理に従って分配することが正義に適うかという問題 を取扱うものであるからであった。Greenは,同一年齢で,ある一定の教育の 水準については,すべての人が達成できるようにし,それを超える水準の教育 機会については能力に応じて配分されるべきだ,という条件を追加することに

よって,第2理論は初めて教育の機会均等概念の1つの理解となりうるとした

のであった。

 こうして,Greenの新しい原理は能力に応じた教育の機会の配分の原理を廃 止するものではなく,この2つの原理は異なった教育制度のレベルにそれぞれ 適用されるべきものだということになる。すなわち,教育制度の基底的部分

(例えぽ義務教育)では必要に応じて教育の機会の保障の原理が適用され,そ れに継続する部分(例えぽ高等教育)では能力に応じた教育の機会の配分の原 理が適用されるべきである。もし,すべての教育制度が必要に応じた教育の機 会の保障を原理とすることになれば,社会は稀少資源の配分と分業のための公 正な原理を失うことになるからであった。それは,能力に応じる教育の機会の 保障の原理と必要に応じる教育の機会の保障の原理の適用に,それぞれ制限を 加え,この2つの原理を一組のものとして教育制度の理論を構成しようとする

ものであり,極めて示唆に富む議論と評価することができよう。

 2−2. ところで,Greenの議論そのものにはかなり多くの難点が含まれてい た。たとえぽ,Greenが自らの検討の結論として提示した第2理論は,そこで 説明される限りでは,すでに義務教育制度として定着しているものと異なると

ころがない。また,GreenはColemanのいうinputの平等とresultの平等 という2つの観点をresourceとbenefitの観点と呼びかえ,新しい原理の第

1理論をresourceの観点からの教育の機会均等概念の理解であるとしていた。

しかし,この第1理論は,本稿が評価するようにColemanの新しい概念と同 一のものを指すとする以外には適切な対象は見当たらず,これをresourceの 観点と断定するならば,bene丘tの観点とはなにを指すことになるのか,見極 め難いことになる。これらの論点は,ほとんどすべてReagan(1971)にょっ

(7)

て,ほぼ的確に指摘されていた。Colemanの新しい概念の有効性を具体的,体 系的に検討したとされるGreenの議論の正確な理解のために,以下, Reagan の批判と対比して,その議論の意義と特徴とを更に吟味しておきたいと思う。

 後によりいっそう普遍的な形で議論を展開することになるが,Greenの教育 の機会均等原則への関心には,教育システムについての一般理論を構成しよう

とする意図が孕まれていた。Colemanの新しい概念の提唱が特定の教育政策の 正当化という具体的な利害と強く密着していたのと対比して,これはGreenの 議論の際立った方法上の特質をなしていた。Colemanの提唱を,その概念構成 の妥当性に即して理論的に検討したとされたGreenの議論への評価〔Griffin,

1977〕は,いわぽ両者のこうした関心の所在の相違から派生していたともみら れるべきであろう。

 さて,Greenは教育システムを,教育のgoodないしbenefitの配分という 機能において把握し,教育の機会均等原則を,この機能において把握される教 育システムの中心的原理とみている。この場合,特徴的なことは,教育システ ムが配分機能をはたす当の教育のgoodないしbenefitを知識 技術,観賞 力,資格に限定し,収入,職業機会,社会的地位をそこに含めることを拒否し ていることであった。

 「私は,これら〔収入など〕がそれぞれの強さで教育の成果と結びついてい  ることをよく知っている。しかし,なんであれ,私はそれらを教育のbenefit  に関係しているとはみるが,それ自体を教育のbene丘tとはみなさない」

 〔Green,1971:95〕。

 教育システムをこのように規定した上で,Greenは次のように議論を展開す

る。

 (1)教育の機会均等原則について,resourceの平等の観点からachievement   の平等の観点への移行が迫られている。この新しい観点を教育の機会均等   原則のbenefitの観点と呼んでおこう。

 (2)教育の機会均等原則のbene丘tの観点は,すべての人が同じアチーヴメ   ソトになるということではない。アチーヴメントの格差とその中での分散   という,2つの問題が各社会的グループについて同じであることだけを,

(8)

  それは意味している。

 (3)bene丘tの観点はresourceの面では不平等な機会を要請する。この点が   resourceの観点との決定的な違いである。

 (4)教育の機会均等原則によってbenefitの平等を要求することはあやまり   ではあるが,benefitの平等が実現するなら,そこには教育の機会均等が   実現していると評価することはできる。

 この議論において,Greenのいうbenefitの観点がColemanの新しい概念 の提唱(resultの平等)に照応したものであることは明らかであろう。しか

し,Greenのいうbene丘tの観点とresourceの観点の対比はColemanの inputとresultの平等の対比そのものではなかった。それは, Colemanの resultの平等の提唱の非現実性をも踏まえた「新しい概念」の再定式化であっ

た。

 すでに述べたようにGreenはColemanの提唱が環境の影響に対抗できる 程の「巨大な教育力をもったシステムとしての学校を要請」するものであり,

それは事実上,ほとんど不可能であろうと判断している〔p.95〕。では,教育の 機会均等原則についてのresultの観点は幻想におわり,ふたたびinputの観 点に後退すべきかといえば,そうではないと,Greenは主張する。 Coleman によって新しい概念として提唱されたものの意義は,resourceの形式的平等を 保障し,そのことによって,事実上,教育制度は「教育的に適切な」能力に応

じて教育のbene丘tとresourceとを分配することになるという伝統的な教育 の機会均等概念に対して,必要ならぽ教育のbene丘tとresourceとは能力と は独立して配分されることを正当化するところにあった。それが「必要に応じ

る」教育の機会の保障の原理に他ならない。

 ここまでの議論においては,Greenのbenefitの観点とColemanのresult の平等とは同一の対象を内容としている。にもかかわらず,Colemanのresult の平等と同一の内容をもつ「必要に応じる」教育の機会の保障原理の第1理論 がなぜ,resourceの観点にたつものとされたのであろうか。確かに, Greenの いうように,この第1理論は「特定の分配の必要を実現する為のresourceに ついて指示を与えるものである」〔Green,1971:96〕ことはそのとおりであ

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る。しかし,もし,この理由で,これをresourceの観点というのであれば,

教育の機会均等原則は,それ自体,いかなる理解においてもresourceの観点 のものということになる外はないのではないだろうか。Reagan(1971)の,

この点についての次の批判は適切なものであったといえよう。

 「〔Greenの2つの観点の〕区別は有効だと思う。しかし,この2つの観点 ともある意味では resource の観点のように思われる。ただ何が適切なreso・

urceであるかを決定する基準が違っているのであり,つまり, resourceの配 置が適切であるかどうかをどのように知るかという問題に対する答が違ってい

る。(略)第1理論の観点はbene丘tの分配という根拠によってではなく,

resourceの分配によるものだとGreenはいっている。これがreseurceの観 点だというのは正しいと思うが,しかし,まさにこの意味で,これがoriginal l)enefit viewと違っているようにはみえない」〔Reagan,1971:152−4〕。

 すくなくとも,これ以後の議論においてはGreenのresourceの観点と benefitの観点という対比は, Colemanのinputの平等とresultの平等とい

う対比とは同一のものではなくなっている。(Reaganが上の批評の中で,

original bene丘t viewという用語を使っているのも,これと同じ理解にたつ ものであるように思われる。)

 Colemanの提唱が「必要に応じる」教育機会の保障の原理を導き出すこと になったことは,Blackstoneなどによって,すでに論じられていたところで ある。Greenのbene丘tの観点とresourceの観点との対比は,この「必要に 応じる」教育機会の保障の原理を導きだすだけでなく,この「必要に応じる」

原理をさらに分析的に類型化するために仮説されたものであった。すなわち,

この2つの観点の対比は「必要に応じる」原理がもちうる2つの理論に対する 評価基準となるものであった。Greenは第1理論の内容をrbene丘tの特定の 分配を実現するのに必要な方法で教育のresourceを分配すべきである」と把 握し,ここでの「必要」とは,「こうした結果〔社会諸グループ間の教育のア

チーヴメソトの平等〕をもたらすのに必要なresource(とはなにか)という 形で定義される。これは根本的には教育のresourceの分配にとっての基準で あって,bene丘tの基準ではない」〔Green,1971:97〕としたのであった。こ

(10)

れに対して,第2理論では「教育のbene丘tを受けるという点で最小限のレベ ルを設けて」,これをすべての人に実現するということが「必要」の内容とな る。こうして,Greenはbenefitの観点とresourceの観点の対比をもって,

自らの議論を次のように要約している。

 「必要は,社会諸グループ間の分配を平均化するために必要なresouceとし  て〔第1理論〕ではなく,特定の社会生活にとって必要とされる最小限の教  育のbeee丘tとして〔第2理論〕定義される」〔Green,1971:98〕。

 Greenの議論は, benefitの観点とresourceの観点との対比によって,

inputの平等とresultの平等との対比と, resultの平等の概念に導かれる「必 要」の原理をさらに分析する,必要なresourceと必要なbene丘tとの対比と いう,2つの,レベルの異なる対比を二重に指示するものとなっていたといえ

よう。

 ところで,Greenの検討の結論ともいうべき第2理論の内容は,すでに指摘 したように義務教育制度として定着している理念と変わりないようにみえる。

この点でもReaganの批判は,その限りで妥当なものとみなされうる。

 rGreenの必要に応じる分配の第2理論は,少なくとも部分的には古いもの  である。エッセンスにおいて,それは我々が提供する格差の底辺をあるレベ  ルにまで高めることで格差の範囲を狭めようという観点である。(略)しか  しながら,このレベルがどのようなものであるべきかの決定に用いられるべ  き基準はまったく与えられていない。minimum benefitは特定の社会におい  て生活するに必要なそれであるべきだということは,ほとんどなにも語って  いないことと同じだといってよいだろう」〔Reagan,1971:155〕。

 しかし,Greenの議論は教育制度のすでに定着している理念を繰り返すもの でも,また,能力に応じる教育の原理と必要に応じる教育の原理とを両立させ ようとするだけのものでもなかった,とみなされるべきであった。inputの平 等とresultの平等の対比に換えて, resourceの観点とbene丘tの観点の対比 を仮説したGreenの議論は,すでに述べたように,必要に応じた教育の原理 の意i義を独自に分析することを課題とするものであったからであり,さらにそ れは具体的な現実的根拠をもつものでもあったからである。その根拠とは何で

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あったのか。次にその点を検討しておこう。

 2−3.Greenの議論がColemanの提唱を肯定的に受止めつつ,補償教育政 策の前提とする教育制度理念が教育システムの現実から飛躍したものであるこ

とを否定的に把握するところから出発していたことは,すでに述べたとおりで

ある。

 resultの平等という主張は補償教育政策の推進力であった。しかし,補償教 育政策は,すくなくとも当初の目標に照らしてみた場合,ほとんどみるべき成 果をあげずにおわっていた。このことは,resultの平等の提唱が,理想として は認められるとしても,現実には不可能なのではないか,あるいは,教育制度 論としての枠組みを超えた観念的な論理の一人歩きがあるのではないかという 反省をうむに至る。こうして,補償教育政策の目標は当初の期待よりも控え目 で,具体的なものに移っていく。

 Gordon(1972)はそうした補償教育政策の新しい目標として,社会のメイ ソストリームへ意味のある参加を可能にする能力の達成をすべての人に保障す ることを提唱した。Gordonは,学力の達成を社会的背景とは独立させるとい

うColemanの新しい概念をそのまま承認したうえで,「民主的な行政による 教育のプログラムおよびそれと結合した教育実践は基礎的学力が普遍的に獲得

されるよう保障すべきである。教育の機会均等は3〜5%の真に精神的な障害 者を除いて,すべての人々が少なくともこうした基礎的学力を獲得するという

ことを意味することになるだろう」〔p.26〕とした。この基礎的学力の内容に ついては,次のように補足されていた。すなわち,民主的社会の教育の目的 が,必要な技術と資格の獲得を通して社会のメインストリームに意味のある参 加をする機会を広げようとするものであれぽ,こうした教育目的がすべての人 々のものになるまでは不平等が存在しているということになる。そして,この 技術と資格の内容は歴史的に変化してきている,と。

 Gordonはこれを必ずしも補償教育政策の新しい目標として提唱しているわ けではない。また,Colemanの主張と区別されるべきものとして,主張して いるのでもなかった。しかし,この主張は,1970年代にNixon政権の下で新

(12)

しく進められた補償教育政策National Right to Read Effort(NRRE)の動 向(3)と照応したものであったようにみえる。そしてまた,Coleman(1974)は あきらかにGordonのこの提唱を,自らの掲げる補償教育政策の目標とは二者 択一的な関係に立つものとみて,次のような関心をよせていた。

 「完全な教育の機会均等は適切な社会政策の目的とはならない。かわりに,

 すべての人にとっての効果的な教育の機会のミニマム・レベルを作る(この  ミニマムは政策的に決定されるべきものである)か,あるいは教育制度を通  して機会の不平等を減少させる〔除去することは不可能であるから〕かのい  ずれかが妥当な政策目標となる。もし,後者が選択されるのであれば,この  目的に用いられるべき資源の総額がまず政策的に決定されなければならな  い」〔Coleman,1974:753〕。

 Colemanのいうresultの平等が,学力の達成を能力にのみ応じるものとさ せ,社会的背景というものとは無関係にさせることを原理的に主張するのに対

して,Gordonの主張は能力とは無関係に,社会生活にとっての最小必要限度 の共通教養をすべての人に達成させようとするものであった。すでに述べたよ

うにGordon自身は,この点でほとんどColemanとの対立を意識していない が,その理論は,必然的に必要に応じる教育の機会の保障という主張の独自の 内容に到達する筈のものであった。

 Green(1971)は,まさにこの問題について, Gordonに先立って検討を加 えていたのであり,Greenの第2理論の具体的な意味内容は,こうした補償教 育政策のより「現実的」なプロラグムに照応するものであったといえよう。し ばしぼ,Greenの議論は「能力」の原理と「必要」の原理との両立を主張した

ものと意義ずけられている。しかし,それはGreenの議論の意図するところ を十分に把握したものとは言えなかった(4)。benefitの観点の仮説は,「必要」

の原理を優先事項とする理論的主張が,一見,極めて明快でありながら,具体 的には極めて非現実的な想定であることを批判的に認識し,教育の機会均等の 新しい概念を現実的な教育政策のプログラムとして提示するためのものであっ たとみることが,Greenの意図には最も近いのではないだろうか。

 Greenの議論の最大の難点は,すでにReaganによっても,また, Griffin

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によっても指摘されていたことであったが,教育のbenefitを知識,技術,資 格等に限定することによって,教育の機会均等原則を社会構成原理とかかわら せて扱うことを問題設定の上で捨象していることであろう。教育のbenfitを知 識,技術等に限定し,収入,職業的機会等を除外することは,教育システムの 一般理論を追及しようとしたGreenにとって,自覚的に選択された方法的立 場であり,また,教育のbenefitと収入等とは偶然的にしか結合していないと する統計的調査(5)の利用も可能であり,さらに,教育を社会的平等の実現とい

った,本来,社会政策の目標を達成するための手段として利用するのではな く,教育制度は教育それ自身の目的にのみ即して理解されるべきであるという 主張(6)も,それぞれ意味のあることではあるが,社会構成原理とのかかわりを 問題設定において捨象してしまうことは,教育の機会均等原則の検討の意i義を 致命的なほどに損うものであるといわざるを得ない。

 Greenの議論が方法上,極めて慎重な概念構成の手続きを踏まえたものであ りながら,ついに,教育の機会均等原則をめぐる諸議論の全体を,その理論の 枠組みに整序しうるものとはみなされなかった原因は,この出発点にあったと いうべきであろう。

 3. 新しい概念のディレンマ

教育の機会均等原則をめぐる論争の口火をきったColemamは,新しい概念 の提唱から十年後に,Oxford Educational Reviewの創刊号を飾った論説(7)

において,教育の機会均等原則をめぐる論争に対する自らの総括を提示してい た。そこでのColemanの総括の内容は,次の・・…」L節に要約される。

 「長期間に及ぶこの論争についての検討の後での私の答は,次のようなもの  である。すなわち,教育の機会均等は意味ある用語(meaningful term)では  ない,と。もし,スクーリングのresultの意味で使えば,それは実現不可能で  あり,input school resourceの意味で使うならぽ,憲法的権利の保障(cons・

 titutional protection)としては無力な用語となる」〔Coleman,1975:27〕。

 Colemanは教育の機会均等原則をめぐる論争が, inputの平等とresultの 平等とのいずれを選択すべきかという点で生じているだけでなく,そのいずれ

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の概念もが適切ではないところに,いわば論争が混乱として生じていると指摘 することから議論を始める。教育の機会均等の新しい概念の提唱となった,自 らの教育の機会均等概念の5つの定義についても,本来,それは「ふつうの子 どもにとって,家庭環境の結果からくる不利益が職業的地位といった成人の生 活の障害となることを防ぐのに十分効果的であるような公教育制度」という理 念であらわされるべきものであったのであり,「平等という言葉をそこで用い

るのは場違いのようにみえる」〔Coleman,1975:28〕とした。提唱された新 しい概念の基本的特微をなしていたresultの平等と平等なresultを達成する 教育制度の側の責任の所在とについても,「平等という言葉は強すぎるし,ま た,機会という言葉は実質的な機会ではなく,真に形式的なものであるとみな されるべきである」とされ,また,「今では,単に学ぶ機会(施設)を整備する ことだけでなく,子ども達を動機づけることも学校の責任と見なされている。

しかし,学ぶことについての子ども自身の責任を免除して,すべてが学校の責 任となるようなことが起らないことだけは確かである」と,いわぽ事実上の自 己批判がなされていた〔Coleman,1975:28〕。

 「真に形式的に定義される以外には教育の機会均等は実現不可能であるにも かかわらず,(それ以上のものをあたかも)実現可能であるかのように示唆す

るという理由で,教育の機会均等の概念は誤った,あるいは方向を誤らせる概 念」だとColemanは総括している。こうした総括の下にColemanが教育の 機会均等の概念に代って提唱する理念は,「平等というよりも不平等の解消」

という理念であり,「成人の機会の平等の方向へ導かれた,効果的な公教育と いう理念」であった。それは,「学校が子どもを,そして彼が多くの時間を過

ごす学校以外の環境を不平等であると知り,これらの環境の差異が,成人とな った時の生活に与える不平等なインパクトとなることを解消することを意味し ている」〔Coleman,1975:28〜29〕。

 この結論にも明らかなように,Colemanは自らの新しい概念の提唱をすべて 水に流しているのではない。伝統的な教育の機会均等概念が無力であることは 変りがない。しかし,これにかえて,教育の機会均等の新しい概念の達成を展 望することには幻想があった,というのがColemanの強調点であった。これ

(15)

は教育の機会均等の概念をめぐる新たな理論的総括というよりは,1970年代に この論争に参加したものが共通に直面した,この概念に孕まれる解き難いディ

レソマを表明するものであったといえよう。

B. 教育の機会均等(原則)をめぐる思惟の諸様式

 1.実質的な平等を意味する場合には実現不可能であり,実現可能な定義に おけるそれは無力であるというディレンマの中で,教育の機会均等の概念それ

自体の否定にいきついたColemanの議論に対して,同じくこのディレソマを 認めつつ,なお,教育の機会均等概念は否定されるべきものではないとしたの はEnnis(1976)であった。 Ennisは教育の機会均等原則をめぐる論争が,事 実の認識についてでも,概念それ自体についてでもなく,「機会の保障(having an opportunity)」という言葉に隠されている価値判断について生じていると 指摘していた。その際,Ennisは機会の保障を妨げている要因をパーソナルな 要因と環境的な要因とに区別し,環境的な要因だけが機会の保障の問題にとっ

て意義があるとした。

 「パーソナルな要因ではなく環境的要因だけが機会の保障を構成する。自ら  の機会を利用しようとしない人々は自動的に機会を持っていないということ

 ではない」〔P.9〕。

 そのうえで,Ennisは教育の機会均等原則についての議論の前提として,2 つの判断基準をあげる。

 (1)他の条件が変らない場合に,その要因を除去することが,XがZをする   ことをよりいっそうやりやすくするということの決定。

 (2)上記の第1基準を満たす要因の中から,XがZを為すことを低めている   ことに責任がある(あるいは部分的にしろ責任がある)と思われるものの

  選択。

 この2つの判断基準を前提としたEnnisの議論は,次のように展開される。

 (1)すくなくとも原理的には,第1基準を満足するかどうかについての論争   は,科学的研究によって解決することができる。

 ② 第2基準については経験科学的要素と価値判断的要素とが含まれてい

(16)

  る。

 (3)第2基準の経験科学的要素とは,第1基準から導かれる諸要因を改善す   ることからいかなる結果が生ずるかを決定することである。

 (4)第2基準の価値判断的要素とは,一連の諸要因に,それぞれどれほどの   責任を帰属させるかということを決定することである。

 Ennisの議論は,具体的には次のようなものである。すなわち,結果におい て教育の機会の不平等が存在する場合,まず,その要因が何であるかを第1基 準にもとついて決定する。例えぽ,それが個人的な動機の欠如にあるとされた 場合,次に,この動機の欠如をパーソナルな要因とみ,これに責任を帰属させ

ることによって,この機会の不平等を教育の機会均等原則の問題とは関係のな いものとみることも許される。しかし,動機の欠如をも環境的要因とみれば,

これを解消する為の諸施策一例えぽ,ある種の補償教育のプログラム・教育 条件の改善・乳幼児期の家庭教育の改善など一の中から,最も改革の対象と

してふさわしいと判断される施策が教育の機会均等原則の実現の為に求められ ることになる,と。

 Ennisは,すでに述べたColemanのディレソマに言及して,次のように論

じている。

 「〔ColemanやGreenなど〕彼等は教育の機会均等原則の理想が早期の育  児,家族の規模,家庭教育といったものを含むあまりにも多くのものを制御  することを意味していると確信したがゆえに,教育の機会均等原則の完全な  実行を避けている。(略)しかし,彼等は,それほど窮屈に感じる必要はな  かった。つまり,他の可能性があるのだから,それらのものを制御すること  などせずに,教育の機会均等原則の完全な実行を一貫して追及することがで  きる一1〔Ennis,1976:15〕。 r補償教育の為の税金を負担するというコストの  方が,乳幼児期の育児などに干渉するといったコストよりも受け入れ易いと  結論するなら,完全な教育の機会均等原則はそうしたやり方で達成されるだ  ろう。(なぜなら,我々は教育の機会均等にかかわる環境的要因のプラスの  側面とマイナスの側面のバランスをとればよいのであって,マイナスの要因  が1つでもあってはいけないというのではないのであるから)」〔Ennis,

(17)

 1976:15〕o

 教育の機会均等原則の実現の如何は,いかなる環境的要因の変化が結果とし ての教育の機会に差異をつくりだすのか,そして,そうした要因の変化の結果 はどのようなものであるのかということについての経験的事実の判断と,教育 の機会の不平等を平等化させるために適切な政策上の焦点についての価値判断 とにかかっている,というのがEnnisの議論の要点であり,こうした複合的判 断の特質を把握することによって,教育の機会均等の概念を実現可能なものと

して理解できるとしたのであった。さらに,教育の機会均等原則に含まれる価 値判断は,最終的には社会的価値意識によって決定されるもの,すなわち,政 治の機能に帰属すべきものとしたところに,Ennisの議論の特徴があった。

Ennisは,教育の機会均等原則の再定義を提唱したColemanが,その調査の 委託に際して,議会によって与えられるべきconceptionを与えられてはいな かったと指摘し,Colemanのいうディレンマは,本来,教育理論の中にでは なく,政治的決定の中に委ねられるべき問題としたのである。

 1−2.Ennisに対してColemanの立場から批判を加えているのは, Har−

vey(1976)である。彼はEnnisの議論が「教育機会の不平等の原因について の経験的問題と特定の解決策の妥当性についての政治的問題とを混同してい る」と指摘し,rEnnisがその議論によって,教育の機会均等論争を整理しう るとなぜ信ずることができたのかを理解することもむずかしいし,彼がその議 論を通じて何をおこなおうと希望したのかを理解することもむずかしい」とま で論難したのであった。Harveyの指摘によれぽ, Ennisの主張する教育の機 会均等概念にしたがうならぽ,もし,Ennisの第1基準からXがZを為す上で

の主要な妨害物としてAがあるという経験科学的証明があたえられ,しかし,

第2基準から我々がAを改革の適当な焦点とはみなしえないという場合,Aの かわりに(たとえAが第一義的な妨害物だと証明されたとしても)より重要性

の低い妨害物であるBという別の要因を改善するならぽ,我々は完全な教育の 機会均等原則の実現を主張できることになる。しかし,我々が教育の機会均等 化のためにAをとりあげることが適当でないと判断するからといって,Aが教

(18)

育の機会の不平等の原因として機能しているという事実が変わることはない。

Ennisは第2基準に経験科学的要素と価値判断(すなわち政治的政策選択)的 要素とが含まれると主張しているが,そこでいわれる経験科学的要素に属する

問題のみが教育の機会均等の概念にかかわるのであり,価値判断的要素は,こ の概念をどこまで完全に実施するかという問題にかかわっているというべきで ある。これがHarveyのEnnisに対する批判の内容であった。

 Harveyによれぽ教育の機会均等論争はrEnnisが信じたように 機会の保 の概念に適用すべき価値判断にしたがって不一致が生じているのではな

く,この概念を完全に実現しようとしているかどうかについて不一一致がある」

と総括されるべきものであった。このHarveyの立場がColeman(1975)の ものでもあったことは,すでに明瞭であろう。

 教育機会の不平等を生ぜしめている一連の諸要因のうち,いずれか改革の焦 点として適当なものを選び,その改革をもって完全な教育機会の均等の達成を 主張しうるとしたEnnisの議論にとっては,それら一連の諸要因のいずれを改 革の焦点としても教育の機会の完全な平等化にいきつけるということが前提で なけれぽならない。しかし,この前提は疑わしいというのが1970年代の教育の 機会均等論争の自明の背景であった。Colemanがディレンマと感じたものは,

寄宿舎学校への強制入学とか私有財産の再配分とかの実現不可能なことをする のでなけれぽ実質的な平等化にいきつくことはできないというところに発して いたのであり,Colemanが不平等の要因として乳幼児期の育児,家族の数,家 庭教育をあげたのは,Ennisが理解したように単に不平等の要因を列挙してみ たというものではなかった。Ennisの議論が暗黙の前提にしていたものが,家 庭的背景などの不平等要因が存在し続けるとしても,これをうち消すだけの補 償教育の効果の存在であったとすれば,その議論は1970年代の教育の機会均等 論争の共通の背景の理解に失敗していたといわざるをえない。Harveyの批判 は,この限りで正当なものであったといえよう。

 教育機会の不平等の原因を究明することといかなる社会政策が倫理的に望ま しいかということとを同一の問題として扱うことは,結果として倫理的に「望 ましい」範囲に現実の不平等問題を囲いこむことになり,不平等を温存するた

(19)

めの口実をi提供するものとなろう。Ennisの議論は, Colemanとは対照的に,

教育の機会均等の概念をシソボルとしてではなく,社会制度の原理として具体 的に実現を求めうる厳密な概念とすることに集中することによって,逆に内容 的には教育の機会均等の概念それ自身の現状改革的インパクトを著しく失うも

のであったといえよう。いわぽColeman(1975)が教育の機会均等という名 を捨てることによって教育の機会の不平等の解消という実を取ろうとしたのに 対して,Ennis(1976)は名を取ることによって,実を失っているかのように 見えるのである。

 1−3. しかし,教育の機会均等の概念が複合的判断から構成されるものだと するEnnisの指摘は, Harveyには見失われた意義を持つものであった。

Ennisが「教育の機会均等が存在しているかどうかについての論争において」

その判断が複合的要素をもち,なかんずく,その概念は価値判断の側面を含ん で構成されるべきものであるとしたのは,教育の機会均等原則を至上の命題と

し,社会関係のすべてをこの原則に従属させるべきであると主張できるかのよ うな議論の傾向に対して批判的に向けられていた。HarveyはEnnisが価値判 断の側面を強調することを批判して,「金門橋が落ちたとすれば,その原因と 責任は経験的判断によってなされる」ように,教育の機会均等についての原因

と責任も同様になされると述べていた。しかし,この方法的態度こそはCole・

manに教育の機会均等概念を放棄させた原因とEnnisが見たものであった。

 教育の機会の不平等の原因を追求して,家庭的背景の差異,社会的経済的環 境の差異にそれが由来していることを発見した場合,では,教育の機会均等原 則は家庭生活の同一化と私的富の平等化とを求めうるのであろうか。これが架 空の問題設定ではなかったことは,すでにColeman(1975)によってあきら かであろう。Brown裁判の証言台に立ち,統合教育にとっての歴史的判決を 生み出すのに大きな役割をはたした黒人心理学者Clarkは,かつて,補償教育 政策に理論的根拠を与えた文化剥奪論について,社会科学的に合理的で説得力 をもつものではあるが,地域社会の文化的価値剥奪の補償という,環境それ自 体をただちに,一挙に覆すという試みは,あまりに非現実的なことであり,破

(20)

壊された家庭,過密な住宅,低所得と失業という悪条件が教育機会の不平等の 原因であるとしても,そうした悪条件の下であれぽこそ,学校を不平等問題の 解決のための機関とすることが求められると主張していた。ここにこそ,教育 の機会均等原則の真の意義があるというべきであろう。

 教育の機会均等原則は,確かに社会的に広く承認された原則であろう。しか し,それが広く承認されているのは,資本主義社会において自由と平等という 対立的契機を孕む2つの基本的要請を調和させる概念としてである。こうした 理解の枠組みの制約を越えて教育の機会均等の概念を論理的に拡大すること は,この概念に与えられた社会的承認を覆すことに他ならない。教育の機会均 等論争が「混乱」として生じているのは,ここに原因があったとEnnisは見て

いる。

 すでに述べたように,不平等な社会の中にあって,社会の平等化へのインパ クトを教育制度に求めるのは,極めて伝統的な観念である。それはSchaarが 鋭く指摘したように,この体制を支える最も優れたイデオロギーでもあった。

こうした議論を踏まえた上で,なお,教育の機会均等原則にClarkが期待した ような平等化の生きたインパクトを求め得るかどうか,求め得るとすれば,そ の教育の機会均等の概念とはいかなるものであるのか。教育の機会均等論争の 総括の観点は,ここにあるといえよう。

 Harveyにならっていえぽ,我々はEnnisが自らの議論によって教育の機会 均等論争がどうして整理できると信じたかについては〔Harveyと同じように〕

理解し難いとしても,Ennisが何を主張したいと希望していたのかについて は,〔Harveyとはことなって〕理解できるというべきではないだろうか。

 2.教育の機会均等概念の諸様式

 教育の機会均等論争についての最も包括的な整理は,Burbules&Sherman

(1979)によって与えられた。論争の整理に先立って,Burbules&Sherman は教育の機会均等原則の基本的性格として,次の2点を仮説している。

 (1)教育の機会均等原則における「均等」とは「公正」の意味であること。

 (2)この原則は「手続的」なものであり,特定の結果を目指すものではない

(21)

  こと。

 この仮説的前提をもって,教育の機会均等論争は教育の機会均等概念につい ての3つの思惟様式とそれをめぐる是非という論点から構成されていたという のがBurbules&Shermanの整理であった。まず, Burbules&Shermanが 描く3つの思惟様式とは,次のようなものである。

 (1)形式主義(formalism)

   いうまでもなく,最も伝統的な教育の機会均等の概念であり,以下の特   徴を持つ。①教育へのアクセス,例えば入学試験の規則が誰に対しても同   一である時,教育の機会は均等であるとする。②教育機会の配分の基準と   してメリットを強調する。③教育の機会を現実に活用するのは各人の能力   と努力とである。

 (2)現実主義(actualism)

   すべての人々に対して入試制度が同一であったとしても,それに先立つ   機会をすべての人が享受しているのではないような場合には,公正が実現   していないとする立場。この現実主義の立場は,以下なる障害が現実に存   在しているのかを考慮し,形式主義の概念を越えて先へ進むものであり,

  次の諸点を特徴としていた。①必要の原理が考慮され,補償(compen−

  sation)が強調される。②個々人の実際の差異に応じた種々のアクセスの   方途をつくる。③すべての人が機会を活用するに至るような教育機関の責   任が強調される。

 (3) 結果の平等 主i義(equal result)

   Colemanの提唱する概念。平等な結果とは何を意味するかについての   理解にしたがって,次の諸定義に分かれる。①文字どうりの同一の教育結   果を求めるもの(Colemanのグループ間の結果の平等など)。 ②一部の   人がそれ以上先へ進むとしても,すべての人に最小必要限度の教育の結果   の達成を求めるもの(Gordon, T. E Greenの概念)。③比例配分的な結果   の実現を求めるもの(マイノリティ・グループに対する人口比例的入学定   員割り当て方式や雇用に際して男女の同数配分を要求するものなど)。

 これら3つの教育機会均等の概念のうち,Burbules&Shermanは,第3の

(22)

結果の平等の概念は教育の機会均等の概念とは別のものであると主張する。い うまでもなく,彼等が仮説した教育の機会均等の概念の基本的性格の第2の前 提に反するからであり,「こうした結果志向型の解釈は,結果の平等を求める あまり,能力がありながら 引戻される 生徒の場合のように,ある人々の権 利に深刻に干渉することになる」〔p.107〕と批判していた。

 次にBurbules&Shermanは教育の機会均等原則それ自体に対する批判を 6つの系譜に類型化する。

 (1)教育の機会均等原則は,教育が達成でき,かつ達成すべきものとして共   通に信じられているものとは一致しないような不平等な結果を許容してい   る。Coleman et al.(1966), Jencks et al.(1972), Bowles&Gintis

  (1971)による統計科学的研究にもとつくこうした批判について,Burbul   es&Shermanは一歩進めて「教育の結果をもっと平等なものとすること   には望ましい理由があるが,教育の機会均等原則の中には,理論において   も,実践においても,そうした目標を保証するものは含まれてはいない」

  と主張している。

 (2)Bowles&Gintisが提起する「対応原理(correspondence theory)」

  からは,教育の機会均等原則は学校や教育機関によって社会改革を行おう   とするものであり,そうした「社会の根本的不平等の変革をしない改革へ   の試みは,良くいって誤解と無益であり,悪くすると不平等の教育結果を   持続させ,正当化するために企画された皮肉な仕事となる」〔p.108〕と   いう批判が加えられる。

(3)教育の機会均等原則は,それが提起する教育の質を問題にしようとしな

  いという点で保守的な原理である。Burbules&Shermanは,ここで

  Crittendenの議論を念頭においている。また, Morganは教育の標準化と   官僚化に対する批判として,同様の議論を行っている。

(4)教育の機会均等原則は能力主義的(meritocratical)なものであるがゆえ   に批判を受けている。それはハイアラーキーな社会秩序の構造を問うこと   なく,業績達成による能力主義的な階梯へのアクセスを提供するものであ   る,と。この批判は,いうまでもなくSchaarのものであり, Morgan,

(23)

  Crosland, Bowles&Gintisなどによっても主張されていた。 Burbules&

  Shermanは,この批判に対して,教育の機会均等原則の現実主義の概念に   は補償(教育)の観点があり,必要の原理が考慮されていることを見失っ   ているとみている。

 ⑤ 教育の機会均等原則は個人主義的で競争的なものであるという点で批判   される。Burbules&Srermanは,この批判に対する反論として, TunelI   とCrittendenのSchaarに対する反論を例示している。しかし,これら   の反論は,適切な基準に基づく機会の配分の方が不適切な基準に基づく機   会の配分にまさることは確かなことだとしても,適切な基準とは何である   のかという決定が広く分岐した信念と価値観を媒介として社会的文脈に依   存していることを見失っている点で,致命的な問題点を含んでいるという   のがBurbules&Shermanの見解である。

 (6)教育の機会均等原則は不当に個人の選択と努力とをいいたてることによ   って,敗者を疑めるものである。この批判はRyanに代表されるが, Bur・

  bules&Shermanは「教育の機会均等原則の能力主義的,個人主i義的,

  競争的偏向は,失敗した人々の尊厳と自己認識に対する丁寧で厳しい結果   をもっている」〔p.110〕と,この批判に同意している。

 これらの教育の機会均等原則に対する批判のi整理を通して,Burbules&

Shermanが主張するのは教育の機会均等原則の積極的と否定的との二側面の

指摘であった。

 (1)積極的側面

   教育の機会均等原則は,自由と選択の自由を権利として承認し,教育の   機会の配分を不適切なものを基準としてではなく,適切なものに基づいて   おこなう。それは教育の結果の平等化を期待する政策を支持する。

 (2)否定的側面

   教育の機会均等原則は,教育の目標についての問題に我々を導くことが   ない。それは能力主i義的,個人主義的,競争的な原理であり,教育の結果   の平等化を保証しえず,社会的ないし教育的な結果の格差に関して,保守   的で不確定なものである。

(24)

 Burbules&Shermanの教育の機会均等論争の総括ないし教育の機会均等原 則の検討の結論は,次のように定式化される。すなわち,「教育の機会均等原 則は,それ自身,価値ある教育的理想であるが,それのみでは社会におけるす べての人に充分な教育(decent education)を保障することには不十分であ

り,教育の結果の正義に適う配分を保障することに不十分であり,さらには,

我々が教育によって可能であり,また,すべきこととして希望しているすべて のことに対する規範的基礎を提供することにとっても不十分である。この原理 は,イデオロギーと性格づけるのに十分な原理に依拠している」〔p.111〕と。

要するに,教育の機会均等原則は教育政策の原理として必要であるが十分では なく,社会の一人一人に対して教育機会の正当な分配と充分な教育を保障する 為には,もっと多くのものが必要であること,すなわち,教育の機会均等原 則は,それ自体としては価値ある理想だが,それをもって教育の制度全体が 依拠すべき原理だと主張することはイデナロギー的なものに終るというのが Burbules&Shermanの結論であった。

 では,教育の機会均等原則に追加されるべき原理とは何か。「教育の機会均 等原則は必要ではあるが十分ではないので,Rawlsのいう格差原理によって補 足されなければならない。」これが,教育の機会均等論争の検討から導かれた Burbules&Shermanの教育制度についての必要十分な原理の提唱であった。

 2−2Burbules&Shermanの包括的な整理に対して,批判的にコメンテー ターの役割を担ったのはT・F.Greenであった。その批判的コメントの中で Greenは自らの基本的立場をBurbules&Shermanのいう現実主義におくこ

とを表明して,必要の原理によって補足される教育の機会均等原則は「教育の 事業にとって必要にして十分なものである」〔Green,1979:120〕と主張する。

Greenは,この現実主義の概念が「教育的benefitは人々の間に不平等に分 散している教育に関係のある属性に応じて,人々に不平等に配分される」と 定式化されるものであり,それはイデ1  Pギーではなく,また,Burbules&

Shermanの整理した6類型の批判は,いずれも根拠を失っていると反論し

た。

参照

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