マス・メディアとスポーツ報道をめぐる問題
――朝日新聞における2002年W杯報道を事例に―― 松 本 悦 子
1)はじめに
地球規模の人の移動、インターネットの普及、
多国籍企業の進出などにより、ポピュラー・カル チャーは容易に国境を越えるようになった。
なかでも「スポーツ」は、受け手の価値観が多 様化するなかで、言語の問題が支障をきたさない こと、エンターテイメント性が高いこと等を理由 にマス・メディアのグローバル・コンテンツとし てさらなる注目を集めている。
2002年6月、日韓共催というかたちで開催され たFIFAワールド・カップ(以下W杯)は、それ を象徴するスポーツの国際的イベントであった。
初めての二カ国による共催、加えてその二カ国が 歴史的な深いかかわりを持つ日本と韓国であると いうこともあり、文化的、政治的、経済的な側面 から注目される大会となった。その大会期間中、
朝日新聞のスポーツ面の隅に、通常よりもはるか に小さい文字で以下の断り書きが連日記された。
「朝日新聞の記事はFIFA、JAWOCと関係なく独 自の取材と判断に基づいています」。これは朝日 がW杯に「スポンサー」としてかかわったためで ある。マス・メディアの一つである朝日が、主催・
後援という形ではなく、スポンサーとしてスポー ツ・イベントにかかわるのは初めての試みである。
では、このような「スポーツ」のメディア・イ ベントに、スポンサーとしてかかわったマス・メ ディア(朝日新聞)は、何を、どのように報道し たのだろうか。そして、それはいかなる問題をは らんでいるのだろうか。
本稿では、まず、「メディア・スポーツ」とス ポーツの違いについて触れ、今日の社会における
「メディア・スポーツ」の位置づけを示す。国際 的なスポーツ・イベントの場合、「スポーツ」文 化は、「ナショナリズム」との関係性から語られ ることが多く見られた。しかし、本稿では、「メ ディア・スポーツ」の「コスモポリタニズム」的 側面に注目しながら、マス・メディアであり、か つスポンサーでもある朝日新聞が紙面を通じて
「何を語ったのか」を見ていく。ここでは、ニュー ス性の高い一面、専門性をおびるスポーツ面では なく、大会期間中の社会面の構成に注目した。そ して、朝日新聞の紙面構成および記事内容を分析 し、代表的一般紙である毎日新聞、読売新聞と比 較検討した。そこで何が、どのように可視化され ているのかについて触れ、「メディア・スポーツ」
と朝日新聞の戦略との関係性を提示する。最後に グローバル社会における一ローカル・メディアと してのマス・メディアと、スポーツ報道をめぐる 問題点を指摘する。
2)コミュニケーションのメディアとしての
「メディア・スポーツ」
スポーツが何であるかという議論は割愛する が、本稿で取り上げるスポーツと「メディア・ス ポーツ」(本稿では「スポーツ」とも表記して用 いる)が異なることはあらかじめ言及しておく必 要があろう。
ジョン・ハーグリーブズは、スポーツと「メ
ディア・スポーツ」を区別している。後者は、マ ス・メディアが 今ある世界 を受け手に提供す るのではなく、それ自身の推論的な枠組みによっ てその世界を再現し、メディア・イベントを創り 出すのであり、よってスポーツ以上に文化と権力 が複雑に絡み合った文脈上に位置づけることがで きるとしている(ハーグリーブズ1 9 9 3)。メ ジャーなスポーツは、プライムタイムに多額の資 金を投入して、より視覚的に受け手を引き込むよ う「スポーツ」として編成し放送され、さらなる 人気を得る一方で、マイナーなスポーツ、人気の ないスポーツは、テレビで中継されることすらも ままならない。
また、今日の「スポーツ」を資本制のシステム と結び付ける見方も「メディア・スポーツ」につ いて言及する際、有効であろう。内田隆三は、「ス ポーツ」は社会性のレベルにあるゲームであると 指摘している。つまり、「観客=大衆」、「多様な メディア」、「高度なテクノロジー」、「膨大な資 本」という四つの要素が複合しながら構成される 現在の「スポーツ」は、身体のゲームというより、
これらの要素の社会性そのものが織りなす複雑で 過酷なゲームとなっているのである(内田1999:
34)。
また、同様の立場から、「スポーツを問うこと は社会を問うことである」(多木1995: 23)とす る多木浩二は、以下の様に指摘している。「今日 のスポーツのさまざまな様相を社会が生み出した ものとして、その諸現象を社会的要因に還元して 解釈するのではなく、逆に社会そのものが可視化 し、人間性を顕在化せしめる形式のひとつとして スポーツを考えるのが妥当であろう」(多木1992:
391)。
つまり、今日の「スポーツ」は、「社会的コミュ ニケーションの媒体として異様に高い価値をもっ ているのである」(内田1999: 30)。
「メディア・スポーツ」を取り上げる場合、そ れらは主にテレビによって中継され、構成される
「スポーツ」を指す。「スポーツ」には結果の速報
性が求められるが、テレビ、インターネット、携 帯端末等が普及する今日のメディア環境において は、勝敗の結果を確認するのに、翌日の新聞の朝 刊を待つまでもない。では、マス・メディアの一 つであり、即効性という特性では他のメディアに 太刀打ちできない新聞が、このような「メディ ア・スポーツ」にかかわることで、何が可視化さ れ、いかなる問題が存在するのであろうか。
3)「メディア・スポーツ」と「コスモポリタ ニズム」
マス・メディアのグローバル・コンテンツとし て注目される「メディア・スポーツ」は、コミュ ニケーションのメディアとして高い価値をもつ一 方で、長らく国家の統制と結び付けられ、「ナ ショナリズム」の主要なメディアとしても重要視 されてきた。世界的なスポーツのメディア・イベ ント、オリンピックがそのよい例であろう。オリ ンピックをはじめとするワールド・カップなど、
スポーツの国際的なイベントは、グローバル化に 伴う近年の「ナショナルなもの」への関心の高ま りともあいまって、ナショナリズム論、メディア 文化論など、さまざまな側面から注目されている1。 例えば、商業化が進む今日のオリンピックとナ ショナリズムの結びつきに関して、ピエール・ブ ルデューは以下のような指摘をしている。
「テレビ映像は、経済的に支配的な諸国のプラ イムタイムにあわせて提供されなければならず、
視聴者の需要に従属しなくてはならない。つま り、特定のスポーツに対する各々の国の視聴者の 好み、あるいは、その国民的なまたはナショナリ ズム的な期待に順応するために、自国民が勝っ て、視聴者のナショナリズムを満足させることの できる種目や試合を周到に配慮して選択するので ある。したがって、例えば、スポーツに関する国 際組織における様々なスポーツの相対的な比重 は、それらのテレビ放送上の成功とそれに相関す る経済的な利益に、ますます依存する傾向にある
(ブルデュー2000: 142)」。
国家的イベントであるオリンピックとメディア の関係性について、「支配階級はいかにして政治 的に利用したのか」、「メディアはいかにしてナ ショナリズムを高揚してきたか」といった、国家 主義的、大衆社会論的な視点からの議論がこれま で多く見られてきたなかで2、商業化とナショナ リズムの関係性という点に注目したブルデューの 指摘は鋭い。ブルデューが述べているように、マ ス・メディアは、スポーツをただ中継するため の、グローバル・コンテンツとして注目している のではない。放映時間に合わせて試合時間を設定 し、視聴者の期待に沿うように編集するなど、ス ポーツそのものに影響を与えている。つまり、わ れわれが今日、目にするスポーツは「メディア化 されたスポーツ」=「メディア・スポーツ」なの であり、そこには社会的、文化的側面のみなら ず、商業的側面においても「ナショナリズム」に かかわる問題が深く関係していることはいうまで もない。「ナショナリズム」の定義、またスポー ツとの関係性における「ナショナリズム」の定義 は、論者によってさまざまであるが、メディア・
コンテンツとしての「スポーツ」と「ナショナリ ズム」の結びつきは、今日では自明のものとみな されている。
しかし、「メディア・スポーツ」と「ナショナ リズム」の結びつきを所与のものとみなすこと は、選手の移籍や帰化、メディア技術の発展と多 様化等により、複雑化する今日のメディアとポ ピュラー・カルチャーとしての「スポーツ」の関 係性を、単純なものにしてしまうのではないだろ うか。多木はこの点について、以下の様に指摘し ている。
「国民国家という概念がすでに過去のものであ るのに、いまのところ、地球全体を覆うスポーツ の場では国家が競争単位となっていることは否定 できない。現代社会におけるスポーツが政治的に 中立でないことは確かである。大会が地球規模に なると、基本的にナショナルな政治的単位が現出
してくる。現代社会の諸現象、それを発生させて いる力は、こうした国家の存在を無意味にするよ うに働いているのに(たとえばマネーの動きはも はや国家を超えている)、他方ではそれと反対の ヴェクトルも強力に作用しているわけである」。
そして「スポーツほどナショナリズムが露骨にな る機会はないといってよい。いまオリンピックや 国際大会は、それに参加することによってある国 家を世界化するメカニズムの一つになっている」
ことを肯定したうえで、「しかし」と付け加える。
「それらのことを実態として認めても、ナショナ リズムでは、世界を覆い少なくともかつては見え なかった社会を可視化している超近代的スポーツ の過剰な力は説明できない」としている(多木 1992: 394)。
ハーグリーブズが指摘するようにスポーツはポ ピュラー・カルチャーであり、消費文化でもある ため、われわれの日常生活の文脈に位置づけられ る一方で、国家や国民の統制に利用されてきた し、また、国際的なスポーツ・イベント、特にオ リンピックでは、国威発揚が常に付きまとってき た。よって、スポーツと政治を分けるべきである とする立場と、スポーツはナショナリズムの抑揚 と明白な結びつきをもつとする視点との間で、国 際的なスポーツ・イベントは、「コスモポリタニ ズムかナショナリズムか」という、二項対立の図 式にさらされてきた。
しかし、多木が指摘するように、資本の移動そ のものである選手のグローバルな移動、コミュニ ケーションの多様化が進む今日の社会における
「メディア・スポーツ」では、国という枠組みは あまり意味をなさなくなる一方で、それらの関係 性はさらに複雑になっており、「ネーション」3に かかわる問題が色濃く反映する傾向にあることも 事実である。つまり、阿部が指摘しているように
「コスモポリタニズムもナショナリズムも」 とい う「二項共立の状態」 であるといえる(阿部 2001)。
「コスモポリタニズム」は、「ナショナリズム」、
あるいは「ローカリズム」、または「ファンダメ ンタリズム」4の対語として用いられ、論者によっ て定義もさまざまである。「メディア・スポーツ」
を考える際、「国家」はより包括的な世界のなか での中間的、一時的機構以上のものではないが、
参加する単位もメディアの受け手も、「ネーショ ン」が基本的な単位となっている以上、ここでは
「コスモポリタニズム」の対語は「ナショナリズ ム」と考えることが妥当であろう。
以上をふまえた上で本稿では、「メディア・ス ポーツ」がはらむナショナリズム的な側面ではな く、「コスモポリタニズム」の側面に注目してい く。なお、ここでは、「コスモポリタニズム」の 定義については、「国家の限界や偏見から自由」
であり、「直接自分に関わりのあるローカルな問 題だけにこだわらず、グローバルな帰属、参加、
責任などといったものを意識し、こうした大きな 問題を日常生活の活動の中に組み入れることので きるような文化的気質を持つこと」を指すものと する(トムリンソン1999= 2000: 320)。つまり、
「メディア・スポーツ」との関係性における「コ スモポリタニズム」とは、グローバル化のなか で、「ネーション」の枠組みを超える(ことを目 指す)ことであるといえよう。
4)朝日新聞とワールド・カップ
①ブランド構築のためのイメージ戦略
これまで、朝日新聞は高校野球をはじめ、全日 本学生駅伝など、スポーツ・イベントの主催・後 援を担ってきた。それは「朝日新聞社の社会貢献 として、スポーツの応援をしていこうという企業 理念」に合致しているためだとする。しかし、今 日の社会においては、「スポーツに対する興味が 流動化し、拡散化」している。そのような中で、
「非常に大きな潮流として出てきたのがサッカー」
であり、W杯だった。そして、先にも述べたよう に、朝日はメディアとして初めてW杯の公式スポ ンサーとなった。
朝日はW杯のスポンサーになることに対し、
「(前略)今までメディアがスポーツ・イベントの スポンサーになることはタブーに近い感覚があっ てその根幹にはスポンサーとして当事者になって しまうと、どうしてもメディアの生命線である事 実の公正な報道、あるいは批判精神が損なわれる のではないかという危惧があった」としている。
しかし、「報道に関してはサプライヤーになった からといって特典は何もない。その代わり、私た ちはサプライヤーになるけれども、事実の公正な 報道に関しては今までの独自の姿勢を貫く」とい うことをFIFAに了解させた。
このような「タブー」を犯してまで、スポン サーになった理由の一つとして次のように、ブラ ンド構築としてのイメージ戦略をあげている。
「メディアは今まであまり自分のブランド戦略 やイメージ戦略を自覚してこなかった。しかし、
最近の情勢からすれば、メディアもひとつのブラ ンドを自分でコントロールしていく必要が生じて きている」。
そして、マーケティング戦略も公式スポンサー になったことをブランド構築のうえでどう生かし ていくかに基づいており、そのうえでもっとも重 要なのは紙面であるとしている。「多角的な報道、
特集記事、広告企画などすべてを使って(中略)
量的にも質的にも大展開して盛り上げ、サポート していく。それによって、朝日の先進的イメージ を若い層へも訴求していこうと」(『Advertising』 vol.7、2002、電通、p26)。
この基本方針にのっとり、販売店組織(ASA)の 活用により、朝日は自治体への協力、チケットキャ ンペーンの展開など、大々的に展開していく。
②社会面の構成
新聞各紙は大会期間中、それぞれ「Wの記憶」
(朝日新聞)、「星々の輝き」(毎日)、「熱狂の主役 たち」(読売)5というタイトルをつけて、社会面 において、W杯の模様を連日シリーズ化して報じ た。開催国であり、ニュース素材に事欠かないこ
と、取材力(人的資本・機材・資金等を含む)を 最大限発揮できること、時差がないことなどの理 由とも相まって、各紙の紙面は連日それぞれのタ イトルのもと、社会面(社会面および第二社会 面)において大きな紙面が割かれている。特に6 月4日の日本対ベルギー戦、9日の日本対ロシア 戦、14日の日本対チュニジア戦、そして18日決 勝トーナメントに進んでからのトルコ戦が行われ た翌日は、社会面においてはほぼ5割近くの紙面 がさかれている(グラフ参照)6。
先にも触れたように、各社はそれぞれ社会面に おいてW杯の特集を組んだ。紙面の占有率は若干 のばらつきがあるものの、ほぼ各紙、同じような 傾向を示している。それぞれ紙面の構成には特色 があるが、朝刊夕刊ともに毎日これらの「タイト ル」を掲げ、常に社会面におけるW杯を読み手の 目に触れさせ続けたのは朝日であった。朝日は今 回、初めてメディアとしてはW杯のスポンサーに なった。つまり、朝日は開催国の一マス・メディ アとしてW杯を報道する以上に、スポンサーとし てW杯を盛り上げ、オリンピック期間中、日本の 購読者に関心を持たせ続け、開催国としての盛り
上がりを保ち続ける必要があった。
ここで注目しておきたい点は2点ある。まず、
朝日新聞の紙面構成である。グラフからもわかる ように、各紙若干のばらつきはあるものの、各紙 連日ほぼ同じ割合でW杯の話題に紙面を割いてい る。
朝日は連日「Wの記憶」というタイトルのもと で報道するW杯関連の記事とともに、ほぼ毎日1 人、出場選手を紹介する紙面を設けた。5月31日 から7月1日の「Wの記憶」において、取り上げ られたのは25名。初日の5月31日朝刊に取り上 げられたフランスのジネディーヌ・ジダンを除い て、すべての選手が試合後に取り上げられてい る。スポーツ報道において、一選手にスポットを あて、国際的なイベントを読者により身近に感じ させ、興味を引き寄せる手法はよくみられること であるが、さきにふれたように、毎日、読売もほ ぼ同じ割合で紙面を割いている。とすると、他社 がチケット問題や会場の様子、各地の話題を取り 上げているのに対し、朝日は選手紹介にかなりの 比重を置き、多くの紙面をさいている傾向がある といえる。
もちろん選手紹介という形でスポーツを報道す るのは、めずらしいことではない。W杯期間中 も、各紙がそれぞれ一選手にスポットをあて、そ の選手の試合での活躍、感想に加えてこれまでの 経歴、家族や関係者のコメントから織り成す記事 として取り上げている。
しかし加えて、ここでもう一つ注目しておきた いのは、各紙が日本人選手を取り上げた割合であ る。それぞれ朝日16%(25名中4名)、毎日39%
(18名中7名)、読売33%(18名中6名)であっ た7。つまり、朝日新聞はこれまでのように、代 表的な国際的スポーツ・イベント、オリンピック に見られるような「日本人」選手の紹介や活躍を 伝えることに力をいれてはいなかった、もっと適 切な言い方をすれば、「日本人」以外の「外国人」
選手の紹介にかなりの紙面を割いていたというこ とになる。
③「物語性」の重視
以上のように朝日新聞は、今回のW杯報道の社 会面構成において、関連するニュースよりも「選 手紹介」に紙面を割き、かつ「日本人」選手では なく、「外国人」選手の紹介に努めたといえる。さ らにここで強調すべき点はその表現方法である。
朝日は各国選手の活躍を情報として「報道」する のではなく、その選手のスポーツ以外の事柄に注 目し、人間味溢れる話題として伝えた。
一選手にスポットをあて、活躍、感想、経歴、
家族や関係者のコメントから織り成す記事は、一 つの「物語」を構成しており、「メディア・スポー ツ」によく見られる表現手法である。なじみの薄 いスポーツであっても、そこに精神的葛藤や怪我 の克服、支える家族の愛等、スポーツ以外の内容 を盛り込むことで一つの「物語」となり、受け手 の感情的な部分に訴え、興味を抱かせることが可 能となる。メディア環境の変容により、結果のみ が簡単に入手できる今日、むしろ取材力と構成力 を必要とする「物語」は、他のメディアと差異化 するための重要なコンテンツであるといえる。
このような今日の「メディア・スポーツ」の選 手の「物語」を通じて、マス・メディアを介して 伝えられるのは、阿部が指摘するように、もちろ ん勝敗の結果だけではない。それにともなって
「スポーツ以外」の部分として「語られる/表象 されること(representation)」、例えば、選手自身 の挫折と葛藤の日々や、選手を支えた家族の
「絆」や「愛」などは、決して「副次的な現象で はなく」、むしろ「中心的な意味を持つ」。つまり、
ある選手を通じて行われる「語り」は、ひとつの、
「社会のリアリティ」を構築しているといえる
(阿部1999: 109)8。
かつてG.H.ミードは、ジャーナリズムとフィ クションを区分けして、前者を「情報のモデル」、 後者を「物語のモデル」とした。ジャーナリスト の仕事は情報や分析を人々に提供することであ り、「物語をつくる」ことではないとした。「物語 をつくる」ために活動し「真実を伝える」ために 存在しない「リポーター」とは、異なる存在であ ることを強調したのである。しかし、今日のメ ディア環境を考える場合、特に本稿では「メディ ア・スポーツ」を考える場合、そこには「情報の モデル」と「物語のモデル」が混在しているとい える。
くり返しになるが、テレビ、インターネット、
携帯端末等により、即時に情報を入手することが 可能な今日、スポーツの結果を翌日の新聞を待っ て確認する必要はもはやない。よって、新聞が「メ ディア・スポーツ」にかかわる場合、ゲームの結果 という「情報」よりも、選手の「物語」という、結 果以外の部分として語られることは、今日の新聞の 場合には、より中心的なコンテンツなのである。
5)「物語」を通じて可視化されるもの
古くからのスポーツ報道においては、怪我によ る失意からの復活や精神的弱さの克服という、選 手個人の問題に起因する感動の「物語」が中心を なしてきたが、今日の「メディア・スポーツ」に
おいて活用されるのは、それらにとどまらない。
多民族社会での国籍や移民排除の問題。マジョリ ティ社会におけるマイノリティとしての経験。国 家的慢性的貧困と忍耐など、つまりより大きな社 会的文化的枠組みの中での苦悩と克服がそこには 存在する。
朝日が国際的なスポーツ・イベント、特にオリ ンピックの報道の際に、このような選手について の「物語」に力を入れるようになるのは1984年 ロサンジェルス五輪からである。ソビエト連邦や 東欧諸国の不参加により、それまでの国威のメタ ファーとしてのメダル獲得競争を主軸とする報道 形式が一つの限界となったこと等が理由と考えら れる。この「物語」が一つの手法として確立し、
社会面において確固たる地位を築くのは続くソウ ル五輪(88年)以降であり、東西冷戦崩壊後のバ ルセロナ五輪(92年)での日本人女性選手の活躍 でその色彩がさらに強まり、シドニー五輪(2000 年)においては、大会自体のコンセプト「民族の 融和」と相俟ってさらに中心的地位を占めてい く。そして、今回のW杯報道において、朝日は徹 底して、意識的にこの技法を取り入れていくので ある。
そこで活用される「物語」の背景、超えるべき 障害には、大きく分けて2つの傾向が見られる。
一つは人種や民族と社会の問題。つまり「ネー ション」の枠組みに「国籍上」に属しながら、文 化的に排除される人々が、マジョリティ社会のマ イノリティとして描かれる。そこには、欧州にお ける人種差別や移民排斥の問題が可視化される。
そして、いま一つは「貧困」である。これは、国 家の経済危機や慢性的な社会的貧困の問題から、
個人的な貧困まで、レベルは様々である。しか し、多くはグローバル化の過程において、南北問 題などをはじめとするさまざまな格差が生まれ、
再生産されていくなかで起こりうる「貧困」であ ると解釈できる。これらはいずれも明確に分けら れるものではなく、いずれも社会の周縁におかれ ていたことが重要なキーワードとなっている。
①マジョリティ社会とマイノリティ
第一回目の「Wの記憶」は5月31日。大会初日 に試合を控えた、前大会の覇者フランスの司令塔 ジダンが顔写真とともに取り上げられている。ス ポーツ選手によく見られるようなピッチでプレー をする躍動的な姿ではない。ジダンに関する記事 がその日の「Wの記憶」の7割を占める(以下は紙 面の都合上、記事を要約したものである)。
「静かなるジダン 偉ぶらず、常に変わらず」
4年前、開催国だった母国を優勝に導いた「司令 塔」。年収14億の世界最優秀選手だが、1人3,000円 も払えば満腹になるレストランの一番の奥のテーブ ルで家族3人、語らいながらほおばる。好むのは酒よ りミネラル・ウォーター、肉より魚。3人目の子供の 出産に立ち会うため、キャンプ地鹿児島県指宿市に はチームメイトより2日遅れ、2冊の育児書を携えて きた。優勝を誓った父スマイル(65)はアルジェリ ア移民。フランス・マルセイユで夜勤の警備員など をして、5人の子供を育てた。公営住宅に囲まれたコ ンクリートの広場でボールを追っていた末っ子ジダ ンは、W杯の優勝で「多民族統合の象徴」にされた。
再びトロフィーを掲げるのだろうか。
6月1日は同じくフランスのパトリック・ビエ ラが「ビエラ、祖国相手に痛恨」の見出しのもと、
取り上げられている。これはフランスが開幕戦に おいて、セネガルに敗れたためである。フランス はセネガルの旧宗主国であり、セネガルはビエラ の母国でもある。「(前略)『自分が生まれた国と 戦う複雑な感情はもちろんある。でも国歌が流れ たら、気持ちを試合に集中させるつもりだ』2日 前、こう話した。(中略)セネガルの首都ダカー ルで、祖父母と暮らしていたが、母と暮らすため にパリ郊外に移住した。7歳の時だった。」以下、
彼がいかに才能を開花させていくか、その後イギ リスに渡り「サッカーの『母国』のファンの心」
をいかにつかんでいくかがつづられ、「祖国への 恩返しに子どもたちのためのサッカーアカデミー を設立する計画を発表した」が、「思わぬ敗北」と なったと結ばれている。
この日の「Wの記憶」では、大会期間を通じて
唯一、セネガルについての「国」の説明が地図入 りでなされている。
「セネガル:フランスの植民地支配から60年に 独立。62年にFIFA加盟。日本のほぼ半分の国土 に約930万人が住む。首都ダカールは、通称「パ リ・ダカ」ラリーでも知られる。公用語はフラン ス語。国民の9割以上がイスラム教徒」。 セネガルのスポーツ紙の記者の「セネガルはか つてフランスの植民地だった。その意味でこの勝 利は象徴的だ」という言葉とともに、この一試合 が単なるサッカーの試合における一国家の勝利で はないことが修辞的に記されている。つまり、
「祖国」と「国籍のある国」を背負う一選手を主 軸としながら、植民地と旧宗主国という関係性が より身近な問題として可視化されている。
6月7日、やはりフランスの選手、リリアン・
チュラムの場合は、その色彩がより強くなる。
「人種の壁 壊し続け」
4年前、フランス代表は黒人も白人も同じユニホー ムを着て頂点を極め、「多民族国家の象徴」「サッカー ボールが人種の壁を壊した」と賞された。しかし、「世
界最高のDF」チュラム(30)は嘆息する。「あの興
奮は一時のこと。差別はなくなっていない」。チュラ ムの肌は黒い。「だから、人種差別問題は見過ごせな い」。昨年、アルゼンチンで開かれた国際サッカー連 盟の反人種差別会議に出席し、演説した。「フランス が黒人選手を受け入れ、優勝するまでにかかった時 間は長すぎた」。今年4月のフランス大統領選挙第1 回投票で、移民排斥を掲げる極右政党「国民戦線」の ルペン党首が2位につけた。ルペン党首はかつて「国 家も歌えないフランス代表なんてふさわしくない」
とサッカーを批判したことがある。チュラムはカリ ブ海外県に浮かぶ島で生まれ、9歳の時、働き口を求 めて渡仏した家族とともに、パリ郊外のアパートに 移り住んだ。白人の友達に肌の色をからかわれた。初 めての体験だった。プロ選手になってからも差別は 続いた。差別をなくすには「教育が一番だ」と考え る。「いろんな肌の人たちが一緒にプレーしている姿 を子どもたちに見てほしい。W杯のピッチは世界の あるべき姿なんだ」。第2戦もまさかの敗北のフラン ス。しかし、決勝トーナメントへの扉はまだ閉まっ ていない。
6月17日、スウェーデンの選手ヘンリク・ラー ションの場合も同様であり、人種差別、貧困、そ して選手としての挫折がより詳細に描かれる。
「『不屈の男』有終の美」
大分でのセネガル戦は延長戦に。紙一重の差で敗 れた。ラーションはピッチの中央で凍りついたまま 動かなかった。父親は西アフリカの島国カボベルデ の出身。「肌が褐色だったから、子どものころ、ひど いあだ名を付けられた。腕力で相手を黙らせるしか なかった」。スウェーデンの下部リーグに入団したの は17歳の時。給料はほとんどもらえず、練習の合間 をぬって、野菜のパック詰めや、子どもの世話をす るアルバイトに精を出した。4年後、地元チームとプ ロ契約を結んだが月給は約6万円。94年、「スウェー デンにいても、サッカーだけでは生活できない」と オランダのクラブに移籍した。だが出場の機会は次 第に減り、代表レギュラーの座も失った。そんな頃、
生まれた長男に米バスケットボール界のスーパース ター、マイケル・ジョーダンにあやかり、ジョーダ ンと名づけた。息子をあやしながらジョーダンのよ うに何事もあきらめちゃいけないと自分に言い聞か せた。99年両足を骨折し、「選手生命の終わり」とい われたが復活を遂げた。「死のF組」を一位で突破。
しかしあと一点に手が届かなかった。
②貧困―国家の経済危機や慢性的な社会的貧困、
個人の貧困―
6月2日は、「国際通貨基金などから『世界で最 も貧しい国』の一つに認定される」カメルーンの 選手、エムボマが取り上げられ、日本のJリーグ で活躍していたころ、「チームメイトのいらなく なったサッカーシューズを集めては、母国の子ど もたちに送った」逸話が記されている。
6月16日、パラグアイの選手、ホセルイス・チ ラベルトにおいては、地元のクラブに所属する も、バス代が工面できず、練習場との往復14キ ロの距離を歩いたこと、諸月給が日本円で1,800 円であり、それでも「大金だった。サッカーで貧 しい両親を助けられることに、誇りを感じた」こ とが紹介されている。いずれも「貧困」が一つの 障害として描かれている。6月26日、7月1日、い
ずれもブラジルの選手を取り上げているが、この 傾向はさらに強く窺える。
「 働く子 あきらめないで 」
ブラジルの攻守に欠かせないロベルトカルロス
(29)。26日夜、決勝進出の瞬間、笑顔で両手を突き 上げた。14年前の出来事が今も忘れられない。「仕事 を辞めてサッカーに専念することを父が認めてくれ た。人生で一番うれしかった日だ」。サンパウロから 車で3時間。サトウキビ畑のなかにある町で育った。
小学校の担任、ベルタニアは幼い姿を覚えている。
「サッカーではだれにも負けなかったし、頭もよかっ た」。だが家計を助けるために働き始めたため、4年 生を修了すると学校に来なくなった。繊維工場に勤 めながら、サッカー選手への思いを募らせた。サッ カーへの専念を勧めるクラブ担当者ベロトに、父オ スカーは「家計が苦しく仕事を辞めさせられない。本 当にプロとしてやっていけるのか」たずねた。サッ カーに専念してからはスターへの街道を一気に駆け 上がった。今でも自分の幼少時代の苦労を貧しい子 供たちに重ね合わせる。「働く子どもは世界中に大勢 いる。だが夢があるのならあきらめないことだ。」こ の4年間、自身も唯一つの「夢」を目指してきた。あ と一歩でそれがかなう。
「王国の 10 最後に笑う」
チームの柱を意味する「10」。最後に笑ったのはリ バウド(30)だった。「最高の時……子どもの誕生。
失望……98年決勝の敗北」。公式ホームページにこう 書き込む。ブラジル北東部のレシフェで生まれた。美 しい海岸線と強い日差し、そして厳しい貧困がある 街だ。家計を支えるため、11歳で学校に行くのをや め、菓子や飲み物を売って歩いた。16歳の時、父が バスにひかれて死んだ。「泣くことはできなかった。
家族を助けるため、仕事をほったらかしにもできな かった」。家族は今もレシフェ郊外の貧しい街に住 む。リバウドの成功によってテレビがカラーになり、
部屋にクーラーがついた。家族は言う。「苦しい暮ら しや多くの競争を乗り越えてきた。彼は、本物の勝 者だ」。今回の予選は苦戦を強いられた。「道を見失っ た」「至上最弱」。メディアにたたかれた。しかしこ の困難による「素晴らしい団結力が優勝をもたらし た」。30日の歓声はまぎれもない勝者への祝福だった。
植民地と旧宗主国、人種差別、国籍、移民と排 斥、経済危機と貧困等、それらを乗り越え栄光を つかむという物語は、国際的なスポーツ・イベン トとしての「メディア・スポーツ」の「物語」を さらに感動的なものに仕上げる。つまり、選手個 人の問題よりも、「ネーション」にかかわる社会 的文化的問題のほうが、より「大きな障害」を用 意し、「物語」の感動に欠かせないものとなる。ま た、そこには、欧州=多民族社会、南米=貧困社 会といったある種のステレオタイプ化された枠組 みが表象され、用いられているのである。
朝日のこの傾向は、他紙の記事と比較すること でより鮮明になる。
例えば、先に触れたフランスのジダン選手の場 合、朝日はアルジェリア移民の子ども、多民族の 象徴として掲げられるジダンを「一選手」として 取り上げている。朝日と同日5月31日に、やはり ジダン選手を取り上げている毎日の場合、「移民 パワーで逆風変える 欧州の右翼化に『負けな い』」という見出しのもと、連覇を目指すフラン ス代表チームを捉えている。
もちろん、記事の中で、ジダン選手がアルジェ リア移民の父を持つこと、移民に対する差別を
「感じる」ことがあることも触れられている。し かし、フランス代表チームの話題を、今春のフラ ンス大統領選や、99年の欧州議会選挙の中道左 派敗北以降、右派政権の誕生が続くことなどと結 びつけながら、(一個人の問題に収斂させること なく)社会問題として捉えていることが窺える。
また、読売の場合、フランスのグループリーグ 敗退が決まった翌日の6月11日に「魔術は日本で 見られない ジダン静かに去る」という見出しを 掲げ、ジダン選手を取り上げている。しかし、
ゲームの内容、ジダンの体調不良、ゲームについ てのコメントに終始し、あくまでスポーツの「報 道」の域にとどまっている。
以上の点からも、朝日が「物語性」を重視し、
いかに一個人にスポットをあて、より人間味あふ れる紙面を作り、また、そのために「ネーション」
にかかわる、社会的文化的問題を活用していたの かが明らかであろう。
6)選手を支える家族の普遍性への収斂
しかし、この朝日の「Wの記憶」において注目 すべき点は、この「物語性」や、「ネーション」に かかわる問題の活用のみではない。さらに重要な のは、「克服すべきもの」としての、選手個人の 複雑な社会的文化的背景が、「それを支えるもの」
としての、親あるいは子、夫婦、兄弟など、家族 との絆の話題に収斂されていることである。「W の記憶」の25名中、家族の話題が取り込まれて いるケースは19。師弟関係の話題が4。その他が 2となっている。また、師弟関係の4ケース中3 ケースが日本人選手。逆の言い方をすれば、日本 人選手を「支えるもの」はすべて師弟関係という 社会や文化の壁とは無縁の個々人のつながりとし て描かれていることになる。つまり、日本人選手 の場合、「ネーション」にかかわる問題としての 障害を書き込むことはほぼ不可能であるため、必 然的により内面的な問題になり、よって師弟関係 に見られる精神の葛藤等に話題が絞られる結果と なる。
一方で日本人以外の選手は、なんらかの社会的 文化的困難があり、それを「支えるもの」として、
「家族」との絆が描かれるパターンが多く見られ るのである。
例えば、3日は偉大なサッカープレーヤーだっ た父をもつアルゼンチンの選手、ファン・セバス チャン・ベロンが取り上げられている。「アルゼ ンチンはいま、経済危機に苦しむ。失業率は20% を超え、昨年末には、対外債務不履行を宣言し た。代表チームの活躍は、より国民のよりどこ ろ」となったが、「父は、その中心に息子がいる ことが何よりもうれしいし、誇りだ」とまとめら れているのが、そのよい例である。妻、子、父や 母、加えて祖父母に及ぶまで取り上げられる家族 は、名前はもちろんのこと年齢も記され、エピ
ソードがつづられる。
人種、民族問題や移民、外国人労働者の問題、
あるいは国家的な経済危機、旧宗主国と植民地な どをめぐる社会的文化的な問題は、選手の克服す べき問題として、「メディア・スポーツ」の「感 動」の「物語」に活用され、受け手に提示される 一方で、支え合う家族との絆というより普遍的な 話題によって回収され、単純化され、可視化され ているのである。
今回の朝日の紙面においては、「ネーション」
にかかわる問題が色濃く反映する傾向にあること は明らかであり、先にふれたように「コスモポリ タニズムもナショナリズムも」という「二項共立 の状態」であるといえるが、「家族」という普遍 的な話題が盛り込まれることによって、コスモポ リタニズム、すなわち国家的偏見にとらわれない 精神が強調される形となって提示されている。
7)「メディア・スポーツ」とコスモポリタニ ズム、グローバル社会とコスモポリタニズム
くり返しになるが、ポピュラー・カルチャーと しての「メディア・スポーツ」にとって、マス・
メディアを介して伝えられるのは勝敗の結果だけ ではない。それにともなって語られる選手の「物 語」は、今日のメディアにおいてはより重要なコ ンテンツとなっている。
そして、その題材はこれまで主流をなしてきた 日本人選手に限ったことではない。さらにいえ ば、日本人選手よりも、より複雑な社会的文化的 背景を持つ外国人選手のほうが、感動の「物語」
を生み出す素材となる。よって「ネーション」に かかわる問題は、「メディア・スポーツ」に見る 感動の「物語」を通じて、われわれの日常生活に 容易に浸透することになる。言い換えるならば、
「メディア・スポーツ」に付与される「コスモポ リタニズム」は、国際的なスポーツ・イベントが これまで担わされてきた普遍性と、グローバル社 会における(ナショナリズムに対する)「コスモ
ポリタニズム」が混在し、一ローカル・メディア である、マス・メディアを通じて、われわれの前 に姿を現すのである。そして、そこでは選手個人 の社会的文化的背景である「ネーション」にかか わる問題が「活用」され、単純化(あるいはステ レオタイプ化)され、可視化されるのである。
朝日新聞は、シドニー・オリンピックの際、「抑 制の利いた健全なナショナリズムは、多様な国際 社会に彩りを添える」としていた。スポンサーと なり、大会に受け手を引き付けることが重要課題 であった今回のW杯報道では、スポーツ・イベン トにおける普遍性を前面に押し出しながら、グ ローバル社会におけるブランド・イメージとして の、「コスモポリタニズム」の精神を語ったとい える。このような選手の「物語」の背景として表 象されるものは、「ネーション」にかかわる問題 を大いにはらんでいるといえよう。これらを取り 込みながら、マス・メディアが自らのブランド・
イメージ構築のためにスポーツを利用し、選手を 物語ることにより、一つの国のイメージ、あるい は国際社会の問題が単純化され、構築される一因 になることは否めないのではないか9。グローバ ル社会における「メディア・スポーツ」の、コミュ ニケーション・メディアとしての価値が高まる今 日、マス・メディアとの関係性をより慎重に見て いく必要性があるだろう。
注
1 これまでのナショナリズムとスポーツをめぐる 議論に関しては吉見俊哉「ナショナリズムとス ポーツ」井上俊・亀田佳明編『スポーツ文化を学 ぶ人のために』1999年、世界思想社、など参照。
2 例えば坂上康博『スポーツと政治』2001年、山 川出版社や同じく坂上の『権力としてのスポーツ
―帝国日本の国家戦略』1998年、講談社選書など。
3 スミスによれば、「ネーション」とは、「歴史的 領土、共通の神話と歴史的記憶、大衆的、公的な 文化、(領土内に)共通の経済、全てのメンバーに
共通の法的権利と義務を共有する名前をもった人 間の集まり」である(梶田孝道編『国際社会学』
1999年、名古屋大学出版会)。
4 アンソニー・ギデンズはグローバリゼーション をかたどる一つの座標軸にコスモポリタニズムと ファンダメンタリズムを両極に据えている。前者 は国家的偏見にとらわれない人々であり、後者は
「包囲された伝統」にとらわれた人々であること を示唆している。
5 読売の場合、「ワールド・カップ2002KOREA・
JAPAN」というタイトルがより大きな枠組みとし て見られる。
6 W杯関連記事の面積を割り出し、社会面、第二社 会面面積を100とした場合の、占有割合を算出した。
7 これらはいずれも朝刊社会面で取り上げられた数 である。朝日は徹底して朝刊において、紹介して いるが(中国の選手一名が夕刊において取り上げ られた)、他2紙は、特に意識的にそのような紙面 つくりをしておらず、夕刊においても取り上げる 場合が見受けられる。
8 阿部潔「オリンピック女子マラソンは『何を語っ たか』」伊藤守・藤田真文編『テレビジョン・ポリ フォニー』1999年、世界思想社、p109参照。阿 部は「様々なかたちで語られる『スポーツ以外』の 事柄」に「私たちが生きる現代社会の姿が透かし 出されているようにも感じる」と述べている。
9 また、大会期間中、この「Wの記憶」で取り上げ られた選手の記事は、後日、朝日新聞のH . P、 asahi.com WORLD CUP2002 「プレーヤー:日々 の注目選手に関する話題を集めたコーナー」にお いて「ヒューマンストーリー」として、まとめて 紹介された(http://www2.asahi.com/2002wcup/
player/index.html参照)。
主要参考文献
阿部潔2001「スポーツ・イベントと『ナショナル なもの』」『関西学院大学社会学部紀要』。
―――1999「オリンピック女子マラソンは『何を
語ったか』」伊藤守・藤田真文編『テレビジョ ン・ポリフォニー』世界思想社。
内田隆三1999「現代スポーツの社会性」井上俊・
亀山佳明編『スポーツ文化を学ぶ人のために』
世界思想社。
Gidenns, Anthony, Runaway World: How Globaliza- tion is Reshaping Our Lives, Routledge. (=2001, 佐和隆光『暴走する世界』ダイヤモンド社.) 坂上康博2001『スポーツと政治』山川出版社。
――――1998『権力としてのスポーツ―帝国日 本の国家戦略』講談社選書。
多木浩二1995『スポーツを考える−身体・資本・
ナショナリズム−』ちくま新書。
――――1992「スポーツという症候群」多木浩二・
内田隆三編著『零の修辞学』リブロポート。
Tomlinson, John, 1999, GLOBALIZATION and CUL- TURE, Polity Press. (=2000, 片岡 信訳『グ ローバライゼーション』青土社.)
Hargreaves, John, 1986, SPORT, POWER, and CUL- TURE- A Social and Historical Analysis of Popular Sports in Britain- , Polity Press. (=1992,佐伯 聰夫・阿部生雄訳『スポーツ・権力・文化』不 昧堂出版.)
Pierre, Bourdieu, 1996, Sur la télévision, LIBER éditions.(=2000, 櫻本陽一訳『メディア批判』
藤原書店.)
電通編『Advertising』vol.7、2002、電通。