別紙1
論 文 審 査 の 要 旨
報告番号 甲第 2787 号 氏 名 立川 哲史
論文審査担当者
主査 教授 上條 竜太郎 副査 教授 高橋 浩二 副査 教授 代田 達夫 副査 教授 泉崎 雅彦
(論文審査の要旨)
学位申請論文「Coordinated Respiratory Motor Activity in Nerves Innervating the Upper Airway Muscles in Rats」について、上記の主査1名、副査2名が個別に審査を行った。
血中二酸化炭素(CO2)濃度の上昇により動脈血液中の pH が低下すると、中枢の化学受容器や末梢の化 学受容器が興奮し、呼吸リズムを変化させることが知られている。上気道を開存させておく筋肉には、上気 道自体を構成する舌根部(オトガイ舌筋や舌骨舌筋)、下咽頭収縮筋、気道の直接の門である声門開大・閉鎖 筋などがある。これらは横隔膜のように、直接呼吸運動に関わるわけではないが、その横隔膜や胸隔の上下 運動によって生み出される気流を障害しないために、重要な役割を担っているが、上気道の形態に影響を与 える舌根部及び喉頭周囲筋の活動に対するCO2濃度上昇の影響の詳細は明らかでない。そこで本研究では、
CO2濃度が、喉頭周囲筋を支配する運動神経の活動に及ぼす影響を検討した。本研究では生後 21~35 日齢 のラットを用いて除脳灌流標本を作製し、95% O2、5% CO2混合ガスで曝気した人工脳脊髄液(pH7.4)を 灌流させた。横隔神経(PN)、舌骨下筋群を支配する第一、第二頸髄神経の枝(CN)、上喉頭神経(SLN)、舌 根を支配する舌下神経(HGN)、声門の開大と、閉鎖を支配する反回神経(RLN)から、吸引電極を用いて呼吸 に同期した複合活動電位を記録した。また、胸郭の運動を司る肋間筋を支配する、肋間神経(ICN)からも同 様の手順にて神経活動を記録した。その結果CO2濃度上昇により、呼吸数は有意に低下し、呼気時間は延長 した。吸気時間、及びPNにおける積分波形でのピークへの所要時間が短縮された。神経活動の振幅は、記 録した全ての神経において有意に増大した。さらに、CNの神経活動に比べて、PNの活動開始のタイミング が CO2濃度の上昇により有意に遅れて記録された。また、SLN、HGN、RLN でも同様の傾向が認められ、
CN、SLN、HGNとRLNの間には有意な差が見られた。ICNでは呼息相に活動が見られ、CO2濃度を上昇さ
せた場合ではCNとICNの神経活動開始のタイミング違いには相関性があった。以上より、横隔膜の呼吸性 神経活動と協調して、CN、SLN、HGN、RLN、ICNの神経活動が記録でき、神経毎に CO2濃度に対する感 受性の違いがある事がわかった。これは、吸気時に気道を開大させ、気流を阻害しないよう、気道を確保す る役割のためと考えられる。また、CO2濃度の上昇により、上気道構成筋群や、胸郭の運動に変化を引き起 こしている可能性が示唆された。
本論文の審査において、副査の大正高橋委員および平成代田委員、泉崎委員から多くの質問があり、そ の一部とそれらに対する回答を以下に示す。
高橋委員の質問とそれらに対する回答:
1.本研究と嚥下時無呼吸との関連性とその根拠を説明せよ。
(嚥下は短時間に多くの筋が収縮し、複雑な構造を持つ嚥下関連器官が決められた順序で運動し,遂行され る特異な反射である。過去の研究からその CPG は脳幹にあるとされている。経動脈除脳灌流標本でも嚥下 の CPG は健常状態であり、嚥下様の神経活動を記録する事が出来た。嚥下様の神経活動が起きるタイミン
グは、吸気相が終わった直後に見られ、その神経活動が起きた後、呼吸のリズムは一度リセットされる事も 実験にて記録された。過去の研究から、上喉頭神経を刺激すると、嚥下を誘発できる事から、本研究におい ても、上喉頭神経を刺激し、嚥下運動を誘発できれば、嚥下時無呼吸との関連性が解明されると考えられる。)
代田委員の質問とそれらに対する回答:
1.CO2刺激はどのようなメカニズムで神経活動に影響を与えているのか。従来の知見を基に説明せよ。
(呼吸のリズムを血中CO2ガス濃度に応じて修飾するのは化学受容系であり、特にCO2感受性が高いのは central-chemoreceptor(CC)だと言われている。CCの存在場所は延髄の腹側表面と言う説や延髄の弧側核付 近にあるという説が有力ではあるが、未だ決着は付いていない。過去の研究から、そのメカニズムとして、
化学受容野の周辺の脳細胞外液あるいは脳脊髄液(CSF)の[H+]に感受性がある事が判明している。CSFあ るいは脳細胞外液は血液脳関門または、血液脳細胞外液関門によって血液と分離されており、[H+]や HCO3-等は通過しにくく、血液のpH変化によって影響されにくい。しかし、CO2は自由に通過でき、また
CSFや脳細胞外液には蛋白質等の緩衝系が少ないため、PCO2のわずかな変化もCSFの[HCO3-]により、直
ちにCSFのpH変化をもたらす。脳細胞外液またはCSFのPCO2あるいは、[H+]の変化により、化学感受性細 胞の緊張性放電を増加し、これが呼吸ニューロン活動を増加させると考えられている。)
泉崎委員の質問とそれらに対する回答:
1.本標本のオキシゲンテンジョンはどのような状態かを説明せよ。
(経動脈除脳灌流標本は、既存の動脈を利用し、灌流液を組織の深部まで灌流させる事によって、neonatal 以上の週齢の標本を作製することが出来る利点がある。他の経動脈除脳灌流標本の研究によると、標本の オキゲンテンジョンをHypoxia、Normoxia、Hyperoxiaな状態に振り分けて、比較すると、横隔神経の活動 パターンが異なる事が報告されている。その報告によると、normoxia またはhyperoxiaの場合だと、横隔 膜の神経活動は漸増的に増加する活動パターンを示し、hypoxiaであると、横隔神経の活動パターンとし ては逆に漸減的に減少していく事が報告されている。本標本においては、横隔神経の活動パターンはで漸 増的であり、また、組織の酸素分圧は100mmHgある事を、本研究で確認している。そのため、本標本の オキシゲンテンジョンは十分であり、むしろhyperoxiaである事が推察される。)
両副査は、上記を含めた質問に対する回答が、いずれも満足のいくものであることを確認した。
主査 上條委員の質問とそれらに対する回答:
1、経動脈除脳灌流標本の酸素化能について説明せよ
経動脈除脳灌流標本は、既存の動脈を利用し、灌流液を組織に灌流させる事によって、摘出脳幹脊髄標本 では難しかった、組織の深部も十分に酸素化する事が可能な標本である。それにより、neonatal以上の週齢 の標本を作製することや、標本の代謝を抑えるため、低温下にする必要も無い利点がある。しかしながら、
灌流液はヘモグロビンを含まないため、灌流液に溶存している酸素のみが標本の酸素化に関わる事になる。
そこで、灌流液を95%O2と5%CO2の混合ガスにて瀑気し平衡させ、灌流液を灌流させる速度を1分間に全 血量の4倍~5倍と早める事により、酸素の運搬を行った。過去の報告では、同様の方法で瀑気させた灌流 液中の酸素分圧は 600mmHg を超えており、また、本研究にて組織の酸素分圧を直接計測すると 100mmHg 程度である事を確認しており、本標本の酸素化は十分であり、むしろhyperoxiaである事がわかった。
主査の上條委員は、両副査の質問に対する回答の妥当性を確認するとともに、本論文の主張をさらに確認 するために上記の質問をしたところ、明確かつ適切な回答が得られた。
以上の審査結果から、本論文を博士(歯学)の学位授与に値するものと判断した。