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荒れ放題の花壇に咲く薔薇(その一) ~ 女性詩人 翟永明 ~

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Academic year: 2021

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研究者と図書館

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 中国(大陸)の文学界において、女性詩とい う概念が現れたのは₁₉₈₀年代中期に於いてであ る。しかもそれは翟永明(₁₉₅₅ ~)の詩の創作 と伴って生まれたと言える。その頃、著名な女 性詩人、舒婷がいたが、女性詩というものは存 在しなかった。₂₀世紀の中国新詩史を大局的に 見ると、男性詩人と比べて、詩の創作に従事し た女性は驚くほど少ない。これは詩歌史が男性 によって書かれたことによるだけでなく、それ によって女性の創作に対する抑圧と軽視が作り 上げられたことは避けられなかったし、それは また女性が詩の創作に参加する社会的物質的基 盤と歴史文化の必要条件にかかわっている。

 ₁₉₂₀年代、ヴァージニア・ウルフ(Virginia Woolf,₁₈₈₂ ~ ₁₉₄₁)が英国の女性と小説に関 する有名な講演の中で、英国で詩の創作に従事 する女性が数えられるほど僅かである原因につ いて理論的に説明を行なったことがある。不幸 なことに、ウルフの説明は再度、中国の現代文 学において、おおむね一致する証拠が見つかっ た。ウルフの女性が「自分の部屋」を有するこ とと、詩の創作という「物質的な環境による」

改善によって得られる「知力の自由」に関する 論述は、本当に現代中国の女性の宿命的な歴史 的境遇とつながっている。社会主義の時代に入 り、中国の女性は基本的な社会的解放と体制内 の保護を与えられ、女性が社会文化の編制の各 方面に参与するために、可能なチャンスが提供 された。他方、この与えられた解放と体制内の 保護があっても、実際には個人の「知力の自由」

という空間に通じる懸け橋に本当に達する方法 がなかった。ここの深層的な原因は社会体制と 文化における複雑な内在する誤った動きに関係 し、文化という煎じ薬をつくるとき、湯は換え ても薬は換えない(形式だけを変えて内容は変 えない)権力構造の問題と関連する。

 創作は個人の精神行動の一種であり、中国の 女性解放という集団的意思とあの打倒された女 性を服従させる集団的意思によって構成されて いるが、相変わらず同一の集団的な強力な意思 であり、これは女性の創造活動に対して言って いることはよりはっきりしている。中国の女性

解放後に獲得した新たな性別身分に関して、例 えば次の二句の詩が「中華の児女は多くは雄志 を抱いている、女らしい服は好まず勇ましい服 を好む(中华儿女多奇志,不爱红妆爱武装)」と 言っているように。実際、一人の強力な男性詩 人が、女性の性別の権威に対して書き換え、あ たかも一つの真新しい籠で女性の「知力の自由」

及び思想と想像力の解放の翼を閉じ込めてし まったかのようである。₁₉₅₀年から₇₀年代にか けての中国の詩は完全に男性の天下であった。

歴史の中に閉じ込められ発掘された詩人、林子 は、₁₉₅₈年に彼女の愛情組詩『彼に贈る(给他)』

を書いたが、₁₉₈₀年になってやっと発表された。

もう一人、₁₉₇₀年代に精神分裂症の状況にあっ て困難な創作を始めた詩人に灰蛙、彼女の詩は

₁₉₉₀年代になってようやく強い関心を集めた。

₃₀年間、中国女性の主体的身分の実質的な欠乏 は、女性が詩歌に参与する「現実」とは無縁で あり、すでに今まで思い出すにはたまらない痛 ましい記憶になっている。

 だから、我々は詩人翟永明が₁₉₈₅年に書いた 短文『夜の意識(黑夜的意识)』の最初の言葉 を読んだ時、それに込められた深い覚醒と自信 に感動させられずにはいられない。「今やっと 私が本当に強大になる時である。」現代の中国 女性詩歌が本当に強大になる時、まさに翟永明 のこの言葉が伝える詩歌に対する信念から始 まったのだ。それは女性の自我の主体性が失わ れまた獲得し、個人の自由意志及び性別意識を 本当に自覚する目覚めである。その表現も男性 詩人のあの反抗的なスタイルよりもより沈着、

明晰、力強い。〔周瓉『当代中国女性詩歌』一 の前半部分を訳出、中国南方出版社『九十年代 以後』₂₀₀₆所収〕

かげやま たつや(非常勤講師・中国文学)

中国のほんの話(₇₆)

荒れ放題の花壇に咲く薔薇(その一)

~ 女性詩人 翟永明 ~

蔭山達弥

中国のほんの話  7 6

参照

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