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研究者と図書館
(承前)翟たくえいめい永明(Zhai Yongming,1955 ~)
は中国当代で最も優れた女性詩人として、広く 知られている。1984年、彼女は最初の大型組詩
『女人』を完成させた。その中に含まれる二十 首の抒情詩は、独特の奇異な言語スタイルと世 俗を驚き恐れさせる女性の立場で以て、文壇を 震撼させた。
今夜光という光はただあなたのためにだけ輝 き/今夜あなたは小さな殖民地/久しき逗留、
憂いがあなたの体内から/にじみでる、細かな 水滴を帯びて
月はさながらなめらかに芳しい肉体/うっと りと眠り、匂い立つ吐息/ふたつの白昼がひと つの夜をはさみ/その間に、あなたの黒い眼の ふち/欣よろこびを持続させている
いかなる喧騒が堆積しわたしの体となったのか
/慰めるすべもなく、ある物体がやがて形造られ ようとしている/夢の中の壁が黒ずみ/あなたの 眼に三角形の氾濫する影をとどける/全身の毛孔 のすべてが開き/とらえようのない意味/星は夜 空に人間を寄せつけぬ光を放ち/あなたの瞳につ めこまれる/太古からの悲哀と心地よさ
満ち足りた痛み/あなたに優しく見つめら れ、悪魔の力もて/この刻ときを、消しさるすべの ない記憶へと変える(『渇望』、翟永明『女人』
漓江出版社1988.3. 翻訳者是永駿『中国現代詩 三十人集』凱風社1992.2.28.所収)
翟永明は『女人』を書いたときの心境につ いて次のように語っている。「おそらく『女人』
を書いた頃の状況は特にすんなりと事が運ば ず、特に抑圧されていた。この抑圧は様々な面 があり、まず仕事の上で、私はある研究所にい たが、私は仕事が嫌いだった。私たちの職場は 科学研究を行っていたが、職場の人は私の創作 にわりと反感を抱いていたし、私もわりと抑圧 を感じていた。仕事と職場のことで、家の中も けんかをして楽しくなかった。だから私が『女 人』を書いた時の執筆状態と生活状態は全く 一致する。心の中に、苦しみを感じて、『女人』
を書いたのは、第一に排泄するため、第二に治
療をするためである。『女人』、以降の作品の執 筆を通して、心の中の洗浄を行い、内心の特に 良くない感じ、抑圧をこの種のやり方で、きれ いに洗い流したのである。」
「以前の女性詩人が女性を主題に書いたのは、
発言権がなかったからである。もし発言権があ れば、私たちは男性のように詩を書くことがで きるし、本当に‘良い詩’書いたとも言える。女 性の強い関心と自分が関係する主題は何も悪 くはないが、意を尽くして回避する必要はな い。」「私も多くの男性がこのような見方につい て言っているのを聞く。第一に、きれいな女性 は才能がない。第二に、もしきれいな女性に才 能があれば、それは美しさがあなたにチャンス を与えてくれたのだ。今、時代は変わった。女 性も男性も機会均等で、資源を共有し、容貌 だけでチャンスが訪れるのではない。」(china.
com.cn.2007.9.6 )
彼女は詩を愛する、詩は彼女に清楚で上品な、
のんびりと落ち着いた生活を与えてくれるから だ。ずっと、詩は自分が深く信じた宗教のよう であり、彼女を成都というこの土地の上であり のままに、快適に暮らさせてくれる。
あまたの文化人は成都にやって来ると、「白 夜バーに行って、妖艶な詩人翟永明を見たい」
という同じ思いを抱く。巷間に伝えられる翟永 明に対する称賛の声が二つある。「一つは詩が 良い、もう一つは容貌が美しい。」成都の玉林 路ではさらに「彼女は煙草を吸い、酒を飲み、
バーの店を開き、きれいな服を尊び、出かける のが好き、一貫したフェミニズムの主張」の情 報を耳にする。
かげやま たつや(非常勤講師・中国文学)
中国のほんの話(77)
荒れ放題の花壇に咲く薔薇(その二)
~ 女性詩人 翟永明 ~
蔭山達弥