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構文 être à + infinitif の否定的価値をめぐって 三浦龍介 1. はじめに話主の否定的評価ならびに 肯定的評価を表す表現は 機能語 一般語彙 構文をはじめとして通範疇的な現象で 特にこれらの評価に特化した文法形式や語彙を特定するのは困難である モーダルな価値とは無関係にみえる語彙や

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(1)

構文 être à + infinitif の否定的価値をめぐって

三 浦 龍 介

1. はじめに

 話主の否定的評価ならびに、肯定的評価を表す表現は、機能語、一般語 彙、構文をはじめとして通範疇的な現象で、特にこれらの評価に特化した 文法形式や語彙を特定するのは困難である。モーダルな価値とは無関係に みえる語彙や表現の中には、統語環境(動詞、副詞、目的語の性質など)次 第で肯定・否定のいずれかへの偏りをみせるものがある1)。現代フランス語 辞書類に照らせば、構文être à + inf.は事態の「展開中」を示す純粋なアス ペクト表現とされ、同様に「展開中」を示すêtre en train deの類義表現とさ れている。Damourette & Pichonは« [Le sujet] est présenté comme simplement plongé dans la durée de l’action. »(Damourette & Pichon 1911-1933 : 654)(「主 語は単に動作の継続の中に置かれている」)と記述し、20世紀初期において 純粋な進行相を示す例を挙げてはいるが、むしろ現代語においては純粋な 進行相の表現として使用されることは少なく、話主の事行に対するなんら かのモダリティ(否定的評価)を含んでいる場合が多い。

(1) Eh ! non, elle est toujours à me lancer des mots malins. (Picard Louis- Benoît, La petite ville, 1801) (Gougenheim 1929:54)

(2) Celui-là ! il est toujours à se mêler de ce qui le regarde pas ! (Saunier 1999 : 270)

 Gougenheim (1929) に挙げられている例を見てみると、時代が下がるにつ れて、多くの場合、toujours, encore, làといった時間的・空間的副詞をとも

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1)例えば日本語の補助動詞「テシマウ」という文法形式は、一般に完了相を示 すアスペクトマーカーとされるが、藤井 (1992) や 鈴木 (1998) といった近年の日 本語研究が示すように実際には話主の否定的評価を含意する場合が多い。

(2)

ない、相手に対する非難、あるいは話主にとっての不利益といった否定的 価値を示し、19世紀に入ると単純な進行相としての解釈が困難になる例が 見られる(cf. (1)(4))。

(3) Tu es toujours à te promener ou à jouer. (Pierre de Larivey (1541-1619), La Constance, 1611, Ⅲ, 4, Ⅵ, 244) (Gougenheim 1929 : 51) 2)

(4) Mais vous ne travaillez pas, mesdemoiselles ! vous êtes là à bavarder.

(Labiche (1815-1888), La Commode de Victorine, sc, 2) (Gougenheim 1929 : 55)

(5) Il était toujours à courir après toutes les filles, il la malmenait, puis quelquefois il s’avisait de faire le jaloux. (M984 / MÉRIMÉE Prosper / Carmen / 1845 / page 56) (FRANTEXT)

(6) Il est toujours à se plaindre, ils sont toujours à se quereller, il ne cesse de se plaindre, ils ne cessent de se quereller. (Littré : être) (Gougenheim 1929 : 51) (7) Je ne te comprends pas. Tu es toujours à te plaindre. Ta position est pourtant

superbe. (S811 / MAUPASSANT Guy de / Bel-Ami / 1885 / page 330 / DEUXIÈME PARTIE, VII) (FRANTEXT)

 事実、(8)-(10) を辞書が示すとおり単なる進行相として片付けることには 疑問の余地があり、少なくとも現代語においては、時間的・空間的副詞を 伴わない(9)のような発話は極めて不自然と言わざるを得ない。(8) 及び (9) の日本語訳は当該の辞書に記述してあるものである。

(8) Il est à son travail [à travailler]. 彼は仕事中である.(『小学館ロベール 仏和大辞典』, 1988, 小学館)

(9) Il est à écrire une lettre. 彼は手紙を書いているところだ.(『プチ・ロ ワイヤル仏和辞典』, 2010, 旺文社)

(10) Il est encore à travailler, à dormir : il travaille, il dort encore. (Le Grand Robert de la langue française, 2001, ed.2ème, Paris, Le Robert)

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2)文脈がないと非難を示すのか、単に進行相を示すのかという明確な判断は難 しいとのインフォーマントの意見があったが、少なくともLa Constanceの当該 箇所では「あんたって人はいつもブラブラしたり、遊んだりしてるのね」とい う相手に対する文句を示し、単なる進行相とは解釈できない。

(3)

 être à + inf.に関する先行研究はほとんどなく3)、相変わらずêtre en train deの類義表現として記述されるにとどまっている。確かに、être à + inf.は 事態の「展開中」をマークする場合がある(後述cf. 3.1.)が、両者の示す

「展開中」という未完了アスペクトの違いについても、être à + inf.が示す否 定的価値についても未だ詳しい検討がなされていないのが現状である。本 稿では、進行相という価値において競合関係にあるêtre en train deとの比較 において、être à + inf.のアスペクト価値の構築様式を同定し、一見すると モーダルな価値とは無縁にみえるアスペクトマーカーêtre à + inf.がなぜ話 主の否定的評価を示すのか、その否定的価値の構築メカニズムの根拠を明 らかにすることを目的とする。

2. être en train deと「展開中」の事行 - procès en cours -

 アスペクトに関わる様々な文法形式は、事行を構成する開始・展開・終 了という局面において、それぞれが固有の境界設定の様式を有する。例え ば、se mettre à (起動相)、finir de (終止相)は事行の始点と終点をそれぞれ ハイライトすることができる。進行相というアスペクト価値が問題とする のは始点と終点の中間領域ということになるが、フランス語では直説法現 在形 (PR)とならんでêtre en train deが「展開中」を示す典型的形式となろ う。

 Franckel (1989) はêtre en train deが示すアスペクト価値は、当該事行にお ける « le fait » (「すでに実現した」)と « le à faire » (「これから実現する」) の 共存によって得られると述べる。

(11) Le gâteau est en train de cuire. (Franckel 1989 : 71) (12) Je suis en train de planter mes fleurs. (Franckel 1989 : 67)

上例では、事行pに対して、話主はpの完了点(完全に焼きあがった状態

3)Gougenheim (1929 : 50-56) あるいはDamourette & Pichon (1911-1933 : 653-658) に言及がある程度であり、とりわけ話主の評価にかかわるモダリティ的特質を 論じる研究は管見の限り存在せず、唯一Saunier (1999 : 270) が[X être à Zinf., X rester à Zinf.]が示す否定的評価を示唆している。通時的意味変遷については Gougenheim (1929) を参照されたい。

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(4)

avoir fini de cuire)をあらかじめ到達すべき終点として想定しており、事行 は到達すべき目標である終点を目指す。事行p全体(totalité de p)には、« le fait » (実際に植えた: J’ai planté)と « le à faire » (これから植える: Je dois planter)が共存し、実際に植え始め、植えているが、想定されている完了点

(J’ai fini de planter)にはまだ到達していない。到達すべき終点は想定されて いるものの、まだ事行p全体は完了しておらず、アスペクトの面での不一 致が進行中 (procès en cours)という価値を構築する。加えて、本稿が注目 したいのは、その構築様式の特質によりêtre en train deはconation (努力, 試 み)、あるいはintentionnalité (志向性)という固有の意味価値を持つという

Franckelの指摘である。

(13) La voiture, ils sont en train de la réparer. (Franckel 1989 : 70) (14) Il est en train d’enfoncer la porte. (Franckel 1989 : 71)

上例では、事行の終点(「車が修理され, 直った状態」/「ドアが開いた状 態」)が話主によって、あらかじめ到達すべき目標として想定されており、

その結果conationという意味価値が得られる(「車を修理し終えようと努力

する」、「ドアをこじ開けようとする」)。単にある事態が進行中であること を描写する場合にはPRが用いられる。Franckel (1989 : 79) が指摘するよう に、« Alors, il est fait, ce rapport? » という質問には、PRを用いず、「レポー トの完成を目標とし、そこに到達しよう努力している」という含み出すた めに « Je suis en train de le rédiger » と答えるのが自然である。Franckel (1989)

は, conationやintentionnalitéといった価値における、当該事行の成立、つま

り終点への到達という事行の潜在的な完了は話主にとって好ましい(bonne valeur)ものとしている(cf. p.66)。

 Franckelの考察にならい、本稿ではêtre en train deの境界設定を「事行内 部から終点への移行」と規定する。事行の終点は到達すべき目標として主 観的に設定され、展開中の時点から終点への潜在的移行とその未達成(終 点への志向性)がハイライトされる。発話時点には、すでに事行の内部に いるのでとりわけ始点は考慮されない。以下に図示する。(]) は終点が潜在 的であることを示す。

(5)

問題となるのは、事行内部のすでに「実現された」部分ではなく、「これか ら実現される」未実現の部分(図の////部)であり、「埋めるべき不足」が 示される(cf. (13)(14))。以上、être en train deのアスペクト価値の特質と固 有の意味価値を確認したところで、être à + inf.の分析に移る。

3. être à + inf.のアスペクトとモダリティ

 être à + inf.は、もっぱら話主の否定的評価を示すが(cf.(15)(16))、他方、

単なる進行相(「~して時間をすごす」)として解釈される場合がある。(17) 及び (18) に話主の否定的評価を積極的に見出すことは困難である。

(15) Eh ! non, elle est toujours à me lancer des mots malins. (= (1)) (16) Celui-là ! il est toujours à se mêler de ce qui le regarde pas ! (= (2)) (17) Il est là à regarder le ciel.

(18) Il est dans son bureau à parler avec son camarade.

 前者を評価用法、後者をアスペクト用法とすれば、2つの用法が混在す ることになるが、実際には、現代語におけるêtre à + inf.は裸で用いられ る(être ø à + inf.)ことは極めてまれ4)であり(cf. ??Il est à travailler)、義務 的に付加される時間的・空間的副詞によって次のように容易に用法を判別 することができる。比較的具体的な場所を示す補語(dans sa chambre, dans

son bureau, au parcなど)を伴う場合は進行相を示し、副詞toujours, encore

を伴う場合は話主の否定的評価に特化した構文となる。以下、前者をêtre LOCALISATION (LOC.) à + inf.、後者をêtre toujours à + inf.と記述する。本稿 では、前者における「展開中」という未完了アスペクトの構築様式と否定 的価値を主に論じる。

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4)Gougenheim (1929 : 53) は、être à + inf. があまりに多義で誤読を招きやすいた め、裸での使用が制限されていったとの指摘をしている。

être en train de --- [--- + //// (]) →

+ (発話時点) / [(事行の始点) / ](事行の終点) / → (ハイライトされる時点)

図 1. être en train deにおけるアスペクト価値の構築様式

(6)

3.1. être LOC. à + inf.の境界設定

 être en train deは、事行に到達すべき目標として潜在的に終点を導入し、

その終点への志向性をマークするという境界設定の特質により、固有の意

味価値conationを持つことはすでにみた。

(19) Ils sont en train de réparer la voiture.

(20) Ils sont dans le garage à réparer la voiture.

(19)では、話主はあらかじめ当該事行に到達すべき目標として終点を設定 し、事行はその終点(「車がすっかり修理された」)へと向かう。その結果

「彼らは車の修理を完了しようと努力している」という含みが出るのに対し、

être LOC à + inf.に置き換えた (20) では、そうした含みは感じられず、単に

展開中の事態が描写されている印象を受ける(「彼らはガレージで車を修理 している」)。このことから両者は共に未完了アスペクトを示すものの、そ の境界設定の仕方は異なるといえる。être LOC à + inf.が当該事行の終点を 到達すべき完了点として想定するならば、être en train deと同様の意味価値 が得られるはずだからである。それではêtre LOC à + inf.はどのように「展 開中」というアスペクト価値を構築するのか。事態が未完了であるという ことは、その終点の想定は不可欠であるがêtre LOC à + inf.が事行に想定す る潜在的終点はどこにあるのか。ここで、être LOC à + inf.の境界設定を同 定するうえで重要な文脈的要請を指摘したい。être LOC à + inf.は後続文に 突発性の表現(soudain, d’un seul coupなど)を要求する強い文脈的要請5)

があり、être LOC à + inf.で示される当該事行の中断と後続する事態の突発 が示唆される。下例のように、時の副詞節が後置される文脈6)が容易に想

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5)フランシュコンテ大学のDaniel Lebaud氏にご指摘していただいた。

6)事行の中断を示す[IMP (半過去)quand PS (単純過去)]という配置は「語り」

に特有であるが、PRのみで「語り」を構成できる以上、[PR quand / lorsque PR]

も存在し、また非常にまれではあるが主節の動詞がêtre en train deに置かれる配 置もありうる。Chuquet (1994 : 135) は、[être en train de quand / lorsque PR]にお いて、être en train deは当該のイベントが、後続するイベントの予期しない突発

(irruption)によって即時に中断されることをマークすると指摘している。後述 するが、この場合問題となるのはもっぱら迂言形に置かれたイベント (e1) の「突 発的中断」であり、être LOC à + inf.のように自律的に後続イベント (e2) の生起

(7)

定される。

(21) Il est dans son bureau à parler avec son camarade (quand tout à coup le téléphone sonne.)

(22) J’étais là à parler avec mes copines (quand soudain on m’a dit “Ah !, t’as gagné au loto.”)

(23) Elle était là à admirer les étoiles, (quand soudain…)

(24) Un jour pendant qu’il est au parc à lire son journal, Walter note une nouvelle qui le frappe. (映画Nessun messaggio in segreteria, 2005のレ ジュメより抜粋)

(21) では、後置されたquand節により当該事行「同僚と話す」の中断が示さ

れるのに加え、突発性の副詞的表現soudainにより「電話が鳴る」という後 続の事態の突発がマークされる。また (24) においても「突然、驚くべき記 事を見つける」ことにより「新聞を読む」という事態が中断される。継起 する2つのイベント(e1/e2)間に中断と突発の関係を見出すことができる。

 この文脈的要請を掘り下げるため、突発性の副詞的表現の特徴を概観す る。西村(2014 : 112)はsoudain、tout à coupといった突発性の副詞的表現 は当該事行に成立を保証し(cf.(25))、なおかつその開始を強くハイライト する起動相の表現と非常に相性がいい(cf.(26))ことを指摘している。西村 のいう「事行成立」とは「動詞が表す事柄の開始から終了までの全過程の 実現」(cf. p.94)を示し、(25) では、突発性の副詞的表現tout à coupと共起 した時点で、扉が開き始めてから、完全に開ききるまでの全過程の実現が 当該事行に保証される。

(25) Tout à coup, la porte s’ouvre. (西村2014 : 112) (26) Il se met soudain à pleuvoir. (Ibid.)

 また、Piñón (2013) はsoudainは当該のイベントの内的時間構造(始点か ら終点までの時間限定 : intervalle)を破棄することで、イベントの生起その ものを提示すると述べる。事行に開始・展開・終了という局面を見出せな

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が要請されることはないというのが本稿の主張である。

(8)

いので、結果的に、ある事態の生起、つまり事行の開始のみがハイライト される7)

(27) Juliette a soudain couru.

« Juliette s’est soudain mise à courir » (Piñón 2013 : 410) (28) Lionel a soudain aimé Juliette.

« Lionel a soudain commencé à aimer Juliette » (Ibid.) (29) Juliette a couru pendant trente minutes. (Ibid.) (29') Juliette a soudain couru pendant trente minutes. (Ibid.)

 soudainは始点や終点といった境界の導入が任意である継続動詞、あるい は、その本性からして始点・終点が内在しない状態動詞に始点、つまり事 態の開始を導入することができる。(27)、(28) はともに起動相として解釈さ れ事態の始点がハイライトされる。また、前置詞pendantは事行に継続時間 としての時間限定を与えるが(cf. (29))、soudainはその時間限定を破棄し、

事行の生起のみをマークする。(29') は「突然走りだした」というイベント 自体に「30分」を要したとは解釈されない(cf. « *Pendant trente minutes, Juliette s’est soudain mise à courir. » (Ibid.))。

 以上2つの研究をみたが、soudain、tout à coupなどの副詞的表現はその射 程に収める事行の突発的開始をマークする特質を持つ。本稿では継起する 2つのイベント間の中断と突発という関係に注目し以下のように考えたい。

être LOC à + inf.と突発性の副詞的表現を一組の構文[être LOC à + inf. quand

soudain …]としてとらえた場合、être LOC à + inf.は、当該のイベントの中

断と継起する後続イベントの開始を同時にマークすることになる8)。これ

être LOC à + inf.の境界設定の範囲が当該事行にとどまらないことを示し

ている。継起する2つのイベント(e1/ e2)において、être LOC à + inf.は、

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7)Piñón (2013 : 412)は« [...], un syntagme avec soudain dénote le début exact d’une

autre situation. » (「soudainを含む連辞は、新たな事態がまさに開始することを示

す。」)と述べる。

8)隣接する2つのイベントをquandによってつなぐ場合、西村(2014 : 98-101)

が指摘するとおり、quand...で始まる節は事行成立を前提とするので、中断が示 唆される事行はquand節に入ることができずに、〈事行中断 + quand + 事行成立〉

の配置をとる。soudainの付加により(quand soudain...)、「当該事行の中断」よ りも「後続する事行の開始」がより強くハイライトされるといえる。

(9)

e1に終点を導入すると同時に、継起するe2の始点を設置する : Il est dans son bureau à parler avec son camarade (e1「同僚と話す」)quand tout à coup le téléphone sonne (e2「電話が鳴る」)。本稿ではêtre LOC à + inf.の文脈的要請 に鑑みて、その固有の境界設定を以下のように規定する。être LOC à + inf.

が想定する目標としての到達点は、当該事行 (e1) の終点ではなく継起する

事行 (e2) の始点となる。e2の始点への未到達がマークされる。その根拠を

以下に述べる。être LOC à + inf.はêtre en train deのように当該事行e1の終 点を到達すべき目標として設定することができない。conationという意味 価値を示せないからである(cf. (19)(20))。とはいえ、「展開中」という未完 了アスペクトを得るためには、どこかに完了点を想定しなければならない。

être LOC à + inf.はe1の終点を完了点として想定できないので、e2の始点を

到達すべき目標として想定する。前述したようにêtre LOC à + inf.は継起す る新たなイベント (e2) の生起を強く要請する。事行の継起においてe2への 移行にはe1の完了は必須であるため、結果的にêtre LOC à + inf.はe1の即 時中断とe2の生起を同時にマークする。

(30) Il est dans son bureau à parler avec son camarade (quand tout à coup le téléphone sonne.) (= (21))

(31) Un jour pendant qu’il est au parc à lire son journal, Walter note une nouvelle qui le frappe. (= (24))

 (30)では、e2 (「電話が鳴る」)の開始によってはじめて事態は完了する。

同様に (31) では「ニュースに驚く」ことによってe1とe2という2つのイ ベントからなる事行全体が完了することになる。e2の生起なしに事態は完 了しない。このような境界設定の特質から、本稿ではêtre LOC à + inf.

「展開中」というアスペクト価値は以下のように構築されると考える。当該 事行内での終点への未到達をマークすることで未完了アスペクトを得るêtre en train deに対し、être LOC à + inf.は常に後続するe2の始点を考慮し、e1 からe2への移行を問題とする。être LOC à + inf. が到達目標として設定する 終点はe2の始点であり、e2の開始によってはじめて移行は「完了」する。

その移行の未完了がêtre LOC à + inf.のアスペクト価値を構築する。< e2 ne commence pas encore.> と注釈できよう9)。以下のように図示する。([) は始 点が潜在的であることを示す。

(10)

 e1からe2への移行を目指すという特質は、独特の効果を生むと考えられ る。(32) は物語の要約の冒頭部分であるが、être LOC à + inf.は、e1 (「告訴 人の相手をする」)の中断というよりも、e2 (「予期しない相手から電話がか かってくる」) の開始、より正確にいえば目標とするe2への未到達 (図の////

部)をハイライトすることで、物語が新たな局面へと前進、展開することに 貢献しているとみられる。

(32) L’action se déroule entièrement à Paris. Alors qu’il est dans son bureau à écouter les élucubrations d’une plaignante, le commissaire Maigret reçoit un appel téléphonique d’un homme qui se déclare être suivi par un ou plusieurs individus qui veulent attenter à sa vie. (Georges Simenon, Maigret et son mort, 1948のレジュメより抜粋)10)

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9)両連辞(être en train deとêtre LOC à + inf.)の境界設定様式の差異がもたらす、

[en train de quand PR] と [être LOC à + inf. (e1) quand soudain e2]の繊細な解釈の 差異を截然と例証することは容易ではない。後者が突発性の副詞や表現を強く 要請する一方で、[en train de quand PR]もまた、そうした副詞との共起を受け 入れるからである : Il est dans son bureau à parler avec son camarade quand soudain le téléphone sonne. vs Il est en train de parler avec son camarade quand soudain le

téléphone sonne. この場合、はっきりとした解釈の差(前者がe2の開始をハイラ

イトするのに対し、後者はもっぱらe1の中断を際立たせる)を明瞭に感じ取 ることは容易ではなく、前後の文脈に依存することになるだろう。とはいえ、

Chuquet (1994) が指摘するように [en train de quand PR] という配置そのものが非 常にまれ(フランス語として不自然という意味ではない)なため、例そのもの が少なく文脈的例証が難しい。なおかつêtre LOC à + inf.には場所の補語(dans

son bureau)が義務的なため、裸で使用できるêtre en train deとの正確な比較が

困難であることも両配置の差異の分析を困難にしていると思われる。

10)e-book版 の レ ジ ュ メ(https://luckybooks.online/book/0e85cf0feefab7f7bbb2)よ り抜粋。ほどなく電話の主はコンコルド広場で死体となって発見され、メグレ 警視たちの捜査が開始される。それに対し、2016年にテレビドラマ化された 際 の 宣 伝 用 レ ジ ュ メ(http://tvmag.lefigaro.fr/programme-tv/programme/maigret-et- son-mort-f3900)では、Alors qu’il est dans son bureau,...とされており、物語が展 e1 e2

être LOC à + inf. --- [--- + ---(]) //// ([)---

図 2. être LOC à + inf.におけるアスペクト価値の構築様式

(11)

3.2. être LOC à + inf.と話主の否定的評価

 本節では、être LOC à + inf.の「e1からe2への移行の未達成」という境界 設定の特質そのものが、話主の事態への評価に反映されることを指摘した い。事実、être LOC à + inf.はalors qu’il a autre chose à faireのごとき否定的 評価を含意する後続文が想起されやすい文脈的傾向がある。(33)では、他 にやるべきことがあるのにも関わらず、空など眺めているという話主の否 定的評価が見てとれる。

(33) Il est là à regarder le ciel, alors qu’il a autre chose à faire…

 本稿は、être LOC à + inf.はそのアスペクト価値の構築様式の特質上、話 主の否定的評価と結びつきやすく、すでに純粋な進行相としての機能を失 いつつあると主張したい。以下に根拠を述べる。話主は到達すべき目標と してe2の始点を想定する。e2への移行のためにはe1からの離脱が不可欠 である11)ので、いわばe1は移行を妨げる障害物となる。e1は話主にとっ て離脱すべき、望ましくないイベントとなる傾向が強く、結果として話主 の否定的評価につながる。事実、être LOC à + inf.は、否定的評価を内在す る動詞と非常に相性がいい(cf. (34))。 それに対し、(34') のように肯定・否 定の評価を内在しない動詞と組み合わさると許容度が下がる場合がある。

(34) Il est dans sa chambre à rêvasser.

(34') ? Il est dans sa chambre à lire. / ? Il est dans sa chambre à dormir.

しかし、そうした動詞であっても、否定的文脈に置くだけで許容度が改善 し、極めて自然な文をつくる。(35) では、話主(記事の書き手)は、e2を 到達すべき目標として想定している。例えば、部屋に閉じこもっていない

───────────

開する起点というよりも、電話を受けた際の状況を単に描写している印象を受 ける。冒頭のみ抜粋する。« Alors qu’il est dans son bureau, le commissaire Maigret reçoit l’appel téléphonique d’un homme qui dit être suivi depuis la veille par plusieurs individus. L’homme est convaincu qu’on en veut à sa vie et demande à être protégé. » 11)継起する事行の連なりにおいて、当該の事行は、先行する事行の終了があっ

て初めて次の事行に進むことができる。e2に進むためには、e1の終了が不可欠 である。

(12)

で、高校に復学し、規則正しい生活を送るなどのイベントが考えられる。

e2への移行がなされるためにはe1からの離脱は不可欠であり、e1 (部屋で 漫画を読み、ゲームをやり、映画を見る)は話主にとって「終了すべき不快 なイベント」となる。

(35) Julien a 18 ans. Cet ado timide commence à sécher les cours en classe de seconde ; puis il décroche, ne veut plus aller au lycée. A la rentrée suivante, il se réinscrit, mais perd de nouveau pied. Il promet à sa mère de suivre des cours par correspondance. Il le fait… un peu. Le reste du temps ? Il est dans sa chambre, à lire des BD ou des mangas, à jouer aux jeux vidéo ou à regarder des films sur son ordinateur. Il vit la nuit, dort le jour. Julien est un hikikomori. Au Japon, cette pathologie, située entre phobie scolaire et fragilité psychologique, toucherait entre 600 000 et 800 000 jeunes de 12 à 25 ans, essentiellement des garçons. (電 子 版Version Femina, 2014年9月付の記事より抜粋, http://www.femina.fr/Famille/

Adolescent/Ces-jeunes-qui-se-coupent-du-monde)

3.3. être toujours à + inf.における話主の否定的評価

 最後に、紙幅の都合上詳述できないが、評価用法être toujours à + inf.に おける否定的価値の構築様式の概略を示しておきたい。ここでは、副詞

toujoursと共起した場合のみを検討する。

(36) Eh ! non, elle est toujours à me lancer des mots malins. (= (1)) (37) Celui-là ! il est toujours à se mêler de ce qui le regarde pas ! (= (2)) (38) Il est toujours là à se moquer des autres.

 Franckel (1989) は副詞toujoursの基底的操作を、「当該の述定関係 (X-P) に おいて、あらゆる潜在的差異化が排除され、常に述定関係の妥当性が維持 される」(cf. p.287)と規定する。例えば、« Il est toujours agréable. » (p. 296)

という発話では、起こりうる差異は様々な時点 (classe des t) にかかわり、ど の時点においても、当該の述定関係P <lui - être agréable> が成立する。例え ば、「彼はにこやかだ」といった場合、彼の「にこやかさ」は時点や状況 によっては成立しない可能性をはらんでいる。朝は機嫌が悪いこともある

(13)

だろうし、失恋した際には当該の述定関係P <彼 - にこやかだ> は成立し ないこともあるだろう。このように、様々な時点にP' (non p) が可能性とし て潜むが、toujoursは、想定されうるあらゆる時点(classe des t possibles et envisageables)での可能性としての差異を排除する(「彼はいつでもにこや かだ」)。

 上記のtoujoursの特質をふまえ、本稿はêtre toujours à + inf.における否

定的価値の構築様式を以下のように考える。toujoursはêtre LOC à + inf.が マークするe2への移行を無効にする。話主はe2 ((37) であれば、「(他人の ことに首をつっこんでいる暇があったら)まず自分の抱える問題を解決す る。」などが考えられる)の開始を到達すべき目標として設定し、その移 行の完了を望むが、toujoursによってe2の実現可能性は無効化される。e1 からe2への移行という潜在的差異がtoujoursによってブロックされること で、事態はe1にとどまり、あらゆるe2への移行完了可能性は排除される。

toujoursにより、離脱すべきe1から到達すべきe2の開始への移行が無効化

されることでêtre toujours à + inf.は話主の否定的評価に特化した構文とな る。以下のように図示する。

 事実、être toujours à + inf.で示される事態は、肯定的評価を内在する動詞

(aider, protégerなど)であっても、話主によって否定的に評価される。(39)、

(40)では、「頼んでもいないのに、いつも私におせっかいをやきたがる。あ りがた迷惑なのよ」といった文脈が想定され、Il est toujours là quand j’ai besoin de son aide(「彼は、困ったときいつもそばにいてくれる」)といった 肯定的な解釈は排除される。

(39) Il est toujours là à vouloir m’aider / Il est toujours là à vouloir me protéger.

(40) Il est toujours à vouloir se mettre à côté d’elle.

e1 e2 être toujours à + inf. --- [--- + ---(]) //// ([)--- →/

図 3. être toujours à + inf.における否定的価値の構築様式

(14)

4. まとめ

 être à + inf. (être LOC à + inf. / être toujours à + inf.) が持つアスペクト価値の 構築様式を明らかにし、またその構築様式が話主の否定的評価を示すモー ダルな価値生成の根拠となることを指摘した。本稿の主張は以下の2点に まとめられる。

être en train deは、当該事行e1の終点への未到達をマークすることでア

スペクト価値を得る。それに対し être LOC à + inf.は、突発的表現(quand soudain...)や移行すべき事態(alors qu’il a autre chose à faire)を後続文に要 求する性質が示すように、e1に対し自律的にe2を構築し、継起する2つの イベント間の移行の未達成においてその「展開中」というアスペクト価値 を構築する。移行の完了が達成されないので必然的に未完了となるが、「展 開中」というアスペクト価値はその結果として得られる。

être LOC à + inf.では、そのアスペクトの境界設定様式の性質により、話

主はe1を離脱すべき事態としてとらえるので、否定的評価を示す傾向が強 い。否定的評価はtoujoursの操作によってより鮮明になる。être toujours à + inf.では、話主が到達目標とするe2への移行がtoujoursにより無効化される ことで、話主は、話主にとって離脱すべき不快な事態e1からの離脱不能に 陥る。

(青山学院大学大学院博士後期課程満期退学)

参考文献

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参照

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