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(1)

災害道徳の教育 : 「防災道徳」授業の実践と哲学 教育への可能性 (第三六回大会シンポジウム : 災 害の哲学と倫理)

著者 藤井 基貴

雑誌名 文化と哲学

巻 31

ページ 21‑40

発行年 2014‑08‑28

出版者 静岡大学哲学会

URL http://doi.org/10.14945/00008060

(2)

災 害 道 徳

の 教

﹁防 育

災 道 徳

﹂ 授 業 の 実 践 と 哲 学 教 育 の へ 可 能

は じ め に 東

本日 大震 災 にお け る

﹁想定

﹂外 と言 われ た巨 大 地な 震 や津 波 のな かで も︑

﹁釜 石 の奇 跡

﹂ 代に 表 され るよ う に︑ 学 校 にお け 地る 道 な防 災教 育 の取 り組 みに よ てっ 救 われ た多 く の命 あが る︒ 大震 災 以降 防︑ 災 教育 の要 学が 校教 育 あに る こと もま た社 会 の共 通認 識 とし て広 りが つつ あ る︒ こう たし な か で防 災研 者究 から 従は 来 の

﹁おは もし

﹂式 避 難訓 練だ け では 大規 模災 害 を生 き残 れな いと うい 指 摘 相が 次 いで いる

︒ 二〇 一二 年七 月 出に され た

﹁東 本日 大震 災 受を たけ 防 災教 育

・防 災管 理等 関に す る有 識 者会

﹂議 最 終報 告

︵以下

︑ 終﹃最 報 告し では

﹁現︑ 在 の学 校教 育 にお てい は︑ 災防 含を めた 安全 教育 の時 間数 は限 られ てお り︑ 主体 的 に行 動 す る 態度 育の 成 には 不十 分 あで り︑ 各学 校 にお てい 関︑ 連 す 教る 科等 ので 指導 の時 間 確が 保 でき よる う検 討 す る必 要 あが

﹂る

︵傍 点

¨筆 者

︶ とし て︑ 災防 関に す る知 識 や災 害時 にと る べき 動行 に つい て 一方 的 伝に 達 す るだ け でな く︑ 児童 生 徒 主が 体的 判に 断

・行 動 す るた め の防 災 安・ 全 育教 プ ログ ラ ム の開 発 を求 てめ いる

園 井

(3)

我が国における防災教育の取り組みにおいては︑これまでにも優れた教材が開発されてきた︒なかでも︑阪神大震 災を契機に開発された﹁クロスロード﹂や﹁災害図上訓練∪Hの﹂などが広く知られている︒これらの教材は︑災害時 における複雑かつ多義的な状況を擬似体験させ︑よりよい判断力や行動力を育てることをねらいとしている︒加えて︑ 参加型の学習スタイルを取り入れることによって︑行政や災害の専門家に依存した防災管理体制および防災教育の在 り方に再考を促し︑行政・専門家・市民の一体化を目指す取り組みとしても注目を集めている︒これからの防災教育 は行政や専門家が主導する﹁専門知に基づく教育﹂型のアプローチだけでなく︑関係するそれぞれの主体間での情報 交換・合意形成を促す﹁リスクコミュニケーション﹂型のアプローチの両輪によって推進されていくこととなろう︒ 私の研究室では︑二〇一一年四月より︑こうした先行教材の成果や知見に学びつつ︑年間三十五授業時間が確保さ れている﹁道徳の時間﹂を活用した防災教育︵以下︑﹁防災道徳しの授業およびカリキュラム開発を学生たちと進め てきた︒そのねらいは災害時における自律的な判断力および行動力の育成︑防災市民意識の形成︑持続可能な実践の 構築にある︒本論文では︑授業の基本構想︑これまでの取り組み︑二〇一三年度に実施した﹁防災道徳﹂授業実践を 紹介し︑取り組みの成果と課題について検討するとともに︑哲学教育との接続可能性についても言及してみたい︒ 一﹁防災道徳﹂授業の開発プロジェクト

一︱一 防災教育と道徳教育の連携

現在︑中央教育審議会では﹁防災・安全﹂の教科化が検討されている︒同教科が設置されたとしても一授業時間枠 にとどまることのない教育課程全体を通じた防災教育の設計は必要となる︒本研究室では﹁防災道徳﹂授業も含めて︑

(4)

各教 科 特︑ 別活 動 総︑ 合 的な 学 習 の時 間 と い たっ 全 教育 課程 と の横 断的 体で 系的 な連 携 をと り︑

﹁防

﹂災 を ーキ ーワ ド と たし

﹁ク スロ カリ キ ラュ

﹂ム の設 計 を目 指 し てき た︒ もそ もそ 日本 の小

・中 学校 の教 育 課程 は基 本的 に

﹁各教

﹂科︑

﹁道徳

﹂︑﹁特 別活 動﹂︑ 合﹁総 的な 学 習 の時

﹂間 の四 つに 区分 され て いる 現︒ 行 の小 学 校 の学 習指 導 要領 を みる と︑ 防 災 に関 す る内 容 は

﹁第 二章  各 教科

﹂ の

﹁社会

﹂ およ び

﹁理

﹂科 等 に含 ま れ る︒ かし しな が ら︑ 教 科 の授 業 のな か 児で 童 生徒 防が 災 関に す る 一定 知の 識 学を ぶ とこ は きで て も︑ 災害 時 にお け 主る 体的

︒自 律的 判な 断力 形を 成 す るた め の授 業 を行 う こと は実 質的 に難 くし

︑ そ のこ とは

﹃最 終 癬埜 こ にお いて も指 摘 され て いる 通 り であ る︒ そ たの め昨 今 では 抜 き打 ち の避 難訓 練 や避 難所 生活 を体 験す る防 災 キ ャ ンプ な ど

﹁考 え る防 災教

﹂育 と呼 ば れ る取 り組 みが 各地 で進 めら れ て いる

﹁考 え る防 災教 育﹂ と うい 観点 おに いて 重要 とな る のは 学︑ 校 児が 童生 徒 に主 体的 な判 力断 や行 動 力 習を 得 させ るた め の教 育内 容 を いか に開 発

・提 案 し︑ そ たの め の時 枠間 を ど のよ う 確に 保 す るか と いう こと にあ る︒ 村越

︵二

〇 一三 年

︶ 指が 摘 す ると おり 災︑ 害時 には 日常 的 な判 断 を超 えた 慣﹁超 習的

﹂ 判な 断 や行 動 求が めら れ る場 合 あが る︒ 児童 生徒 基が 本的 な防 災上 の知 識

︵防 災 リテ ラ シー

︶を 備 えた 上 で︑

﹁想定

﹂外 に対 てし も柔 軟 に対 応 きで 資る 質 育を 成 す る こと 学が 校 にお け る防 災教 育 必に 要 と され て いる

︒ うこ たし 背景 か ら︑ 防災 教育 のカ リ キ ラュ ム

・デ ザ イ ンを 検 討 す るな か 学で 生 たち から

﹁道 徳 の時

﹂間 に防 災教 育 を取 り 入 れ る とこ 発が 案 され

︑ これ 受を け て授 業 くづ り が スタ ー トし た︒

(5)

︱二 防災道徳の授業構想

︱一TI¨ 道徳教育における﹁伝続主義的アプローチ﹂と﹁進歩主義的アプローチ﹂ 防災教育を道徳教育のなかに位置づけることは﹁道徳の時間﹂の在り方自体を見直す作業を伴う︒現行の学習指導 要領において道徳教育の目標は﹁道徳的な心情﹂︑﹁判断力﹂ ︑﹁実践意欲と態度﹂の三つの道徳性を養うことと記されて いる︒これまでの道徳授業においては﹁読み物資料﹂や﹁視聴覚教材﹂を活用して︑登場人物の気持ちを読み取らせ ながら︑﹁道徳的な心情﹂を育む﹁伝統主義的アプローチ﹂が主流をなしてきた︒防災教育に関連づけられた道徳教材 についても︑過去の災害における逸話や美談を﹁読み物資料﹂としてまとめて︑資料の読み取りを通して登場人物の 勇敢さや社会奉仕の精神を学ぼせようとするものが多い︒その一方で︑災害時に求められる判断力や行動力の育成に 資する道徳教材や授業案についてはほとんど見当たらないのが実情である︒﹁読み物資料﹂を用いた授業は︑日本では もっとも広く普及している授業スタイルであり︑調査によれば︑小学校では九六%︑中学校では八八・四%の教員が﹁読み物資料﹂を﹁道徳の時間﹂において﹁よく使う﹂ ︑﹁時々使う﹂資料として挙げている︵姫野ら︑二〇〇六年︶︒そ

の一方で︑﹁読み物資料﹂による授業は︑物語の登場人物の心情の読み取りを通して︑資料に内在する道徳的価値を伝 達するだけの﹁価値注入型﹂授業に陥りやすいことが指摘されてきた︵宇佐美︑ 一九八九年

スタイ加えて授業ル︶ ︒︑ が次第に固定化・硬直化し︑魅力ある教材や多様な指導法が生まれにくい状況に陥りやすい︒道徳教育研究者の水田 繁雄はその傾向を道徳教育の﹁あり地獄﹂と評している︵永田︑二〇一一年

︶ ︒ これに対して︑一部の研究者が一九八〇年代後半から﹁進歩主義的アプローチ﹂と呼ばれる﹁モラルジレンマ授業

﹂ ︑

﹁構成的グループエンカウンター﹂︑﹁アイベート﹂といった児童生徒の主体性および﹁道徳的価値の創造﹂を重視した 授業研究を開始した︒なかでも大学発の道徳教育の授業実践として注目を集めてきたのがモラルジレンマ授業である︒

(6)

モラ ルジ レン マ授 業 では 道︑ 徳 的価 値 の葛 藤 を含 んだ 資料 児が 童 生徒 示に され 討︑ 議 展が 開 され る︒ 授業 中 は多 く の 時間 が話 合し い活 動 にあ てら れ てお り︑ 締 めく くり に際 し ても 教師 が正 答 をま と め るよ う な こと はし な い

︱︱︵ オ ープ ン エン 方ド 式︶︒

教師 には 基本 的な 知識 や設 定 を説 明す 力る 量だ けで な く︑ 児童 生徒 の積 極的 な発 言 引を き出 すた め の 発間 の工 夫 求が めら るれ

︒ モラ ルジ レン マ授 業 は 一九

〇九 年 代後 半 か ら日 本 の学 校 に導 入 され て いる

︒ ただ し︑ 二〇

〇八 年 に静 岡 県浜 松市 の 全 小学 校教 員 を対 象 に行 たっ 調査 では

︑ モラ ルジ レン マ授 業 実を 践 たし とこ のあ る教 員 は四 割程 度 にと まど てつ おり

︑ 員教 間 では まだ まだ 馴染 みが 薄 く︑ 指 導法 も十 分 浸に 透 し て いな い

︵藤 井

・加 藤

︑ 二〇

〇八 年︶︒ 価値 の葛 藤 に焦 点を あ て思 考力 や判 断力 育を てる モラ ルジ レン マ授 業 は本 授業 の構 想 に適 う も ので あり

︑ 既存 の モラ ルジ レ マン 授業 の理 論 よお 実び 践 研の 究 を重 ね て︑

﹁防災 道

﹂徳 の教 材 お よび 授業 の開 発を 進 め てき た︒ 以下 では

﹁防 災道 徳

﹂ の授 業開 発 と モラ ルジ レ ン マ授 業 の理 論 と 関の 係 に つい て整 理し てお うこ

︒ 一︱

ニー ニ  モラ ルジ ンレ マ授 業 の理 論 モラ ルジ レ ン マ授 業 は︑ メア カリ の心 理 学者 コー バル ーグ

︵r

﹂o● 8 ス0 こげ 9 おミ 8銘

︶ 提が 案 たし 認知 的道 徳性発達理論に基礎を置いている︒コールバーグは︑病気の妻のために薬屋に泥棒に入ることは許されるかという﹁ハ イ ンツ のジ レ マン

﹂ の事 例 用を いて 世界 各 国 で道 徳性 の発 達 段階 を検 証 たし

︒ 検 証 の結 果

︑ コー ルバ ーグ は道 徳性 には 世界 共通 し て六 段階 に区 分 され る発 達段 階 あが ると 結論 づけ る︒ 六段 階 と は

﹁前 慣習 的 段階

﹂ と され る①

﹁懲 罰志 向

﹂︑②

﹁快楽 志向

﹂ の段 階

﹁慣︑ 習 的段 階

﹂ と され る③

﹁よ い子 志

﹂向︑

﹁法 と秩 序志 向﹂ の段 階

﹁超︑ 慣 習的 段階

﹂と され る⑤

﹁社会 契約 志向

﹂︑

⑥ 霊日遍 的 な倫 理的 原理 志工型

の段 階 であ る︒ 二五

(7)

貫一 性 に基 くづ 主体 的な 判断 力 獲を 得 し︑ 他律 的 生な き方 から 自律 的 な生 き方 へと 転 回を とげ もる のと され る︒ 彼 の理 論 には 自身 の師 あで る心 理学 者 ピ アジ ェ

︵浄

● 8︼ 8 ポあ

︐8 8

︶ の発 達 理論 の影 響 顕が 著 に認 めら れ る︒ 彼 はピ アジ にェ なら てつ 知認 構造 と環 境構 造 と の相 互作 用 と し て人 間 の発 達 をと えら た︒ コー バル ーグ に よれ ば︑ 人 間 外は から の環 境構 造 と認 知 構造 と の間 生に じ る葛 藤 克を 服す るた めに 認︑ 知 の分 化

・統 合 およ 均び 衡化 よに る

﹁再 織組 化﹂ 促を 進 す ると いう

︒ そ のプ ロセ スを 通 てじ 獲得 され る内 的構 造を 彼 は

﹁道 徳性 の発

﹂達 と てし 形式 化 たし

︒ また

︑ ーコ ルバ ーグ の理 論 普は 遍性 や公 平 性 と い たっ

﹁公 正 の倫

﹂理 に立 脚 し て るい 点 もに 特徴 持を つ︒ 社 会 を人 間 の外 部 にあ る環 境 構造 と し て捉 え︑ そ こに 含 まれ る法 や宗 教 や道 徳 によ てっ 説 明 され る

﹁公 正さ

﹂を 知認 し︑ そ こ のへ 内的 適合 およ 均び 衡化 を はか る こと に よ てっ 道 徳性 の発 達 促を す︒ こう たし 認 知 のプ ロセ スは 物理 的 な認 知 とは 異な り︑ 他者 の視 点 立に つと いう

﹁役 割取 得

﹂含 α RF

″︼●

し を経 験 す る とこ 必が 要 さと れ る︒ そ のた め コー バル ー グ は実 践 面 にお てい 割﹁役 取 得 の機

﹂会 与を え る こと 重を 視 たし

︒ そ の こと まは た︑ 個人

が 体﹁全 とし て の社

﹂会 の在 り方 に 属﹁従

﹂C 0 8 計 R じ する 段階 経を る こと 意を 味 す る︒ 彼 そは の段 階を

﹁法 と秩 序思 考﹂ の段 階︑ すな わち 慣 習的 段階 と し て定 置 し︑ そ の段 階を 超 克 す る︑ より 上位 の段 階 と し て

﹁超 慣習 的段 階

﹂を 設 定 たし

︒ コー ルバ ーグ 理論 既は 存 の社 会 備が える 公 正さ の構 造 を超 えた 普 遍的 次 元 の道 徳的 規範 獲の 得 展を 望 す るよ う設 計 され てお り︑ より 高 次 で理 想的 な社 会構 造 のへ 認 知を 衡﹁均

﹂化 およ び

﹁再組 織 化

﹂ に よ てっ 導出 す る こと を 見据 え るも ので あ たっ

︒ これ 対に し て︑ フ ミェ ニズ ム の哲 学者 ギリ ガ ン

︵〇 8︼ 9

﹃ P お繋

← やノ デ ィ ング ズ

︵Z2 oZヽヽヨ

蓼I So

← ら は

﹁ヤ マア ラ とシ モグ ラ の家 族﹂ の事 例を 用 いて

︑ コー ルバ ーグ 理論 が特 定 の社 会的 価値 重に きを 置 きす ぎ て いる 点

(8)

批を 判 たし

﹁ヤ マア ラ シと モグ ラの 家

﹂族 の事 例 概の 略 次は の通 り あで る︒ 寒 さを し のぐ ため にヤ マア ラ シは 洞窟 住に む モグ ラ の家 族 のも とに 身 寄を せた

︒ かし し︑ ヤ マア ラ シが 動 くた び に モグ ラ家 族 はそ の針 に身 体 を傷 つけ られ るた め︑ 洞窟 から 出 て い てっ も うら よう 申 し出 る︒ と ころ ヤが マア ラ シは モグ ラ家 族 に出 て行 く よう 要求 す る︒ ギ リガ ンの 研究 よに れば 男︑ 性 の多 く は モグ ラ家 族 の権 利 を認 め︑ ヤ マア ラ シの 要 求 を退 け る きべ だ と考 えた

︒ こ にれ 対 し て女 性 の多 くは

﹁ヤ マア ラ シに 毛布 を かけ れば いい

﹂ と いう よう に双 方 幸が 福 にな れ るよ う な

﹁ジ レン マく だ

﹂さ の選 択肢 提を 案 す る傾 向 認が めら れた と いう ギ︒ リガ ンは

﹁他 者 のへ タア

︵= ケ アの 理倫 と 意の 識 高に い道 徳 性 を認 めた

﹁正︒ 義 倫の

﹂理 根に すざ ーコ ルバ ーグ の理 論 おに てい は︑

﹁他 者 への ケ

﹂ア は

﹁③ よ い子 志向

﹂ と混 同 さ れ︑

﹁慣 習的 段階

﹂ とに まど る低 い道 徳 性 と みな され やす い︒ ギリ ガ ンら は コー バル ーグ の理 論 男が 性中 心的 偏で たっ 社会 的価 値 に根 ざし もた ので あ とる 批 判 し て︑

﹁ケ アし タア され

﹂る 応答 的 な人 間関 係 に こそ 徳道 性 基の 礎 あが とる 主 張 たし

︒ 一︱

ニー 一二  モラ ルジ ンレ マ授 業 の実 践 こう たし 理論 上 の課 題を 抱 え つつ も︑ ーコ ルバ ーグ の理 論 日は 本 への 紹 介者 あで る元

´共庫 教育 大学 の荒 紀木 幸 よに つ て︑ モラ ルジ レ マン 授 業 へと 実践 的 な応 用 およ び ア レ ンジ 進が めら れ てき た

︵荒 木  ︑ 一九 八六 年︶︒

荒 本 が開 発 たし 庫﹁兵 教育 大学 方

﹂式 と呼 ば るれ モラ ルジ レ ン マ授 業 は 二時 限 でひ と つの ジ レン マ教 材を 用 いる 点 に特 徴 あが る︒ 初 回 と 二回 目 の時 間 を 一週 間 ほど あけ る こと で︑

﹁価 値 の葛 藤状

﹂況 に対 てし 児童 生徒 各が 自 でじ くっ りと 考 える こと が で き よる う配 慮 され て るい 未︒ 完 了課 題 は完 了課 題 より も よく 覚 えて いる と いう

﹁ツ イア ガ ル ニッ ク効

﹂果 用を てい 討 二七

(9)

二八 議 の内 容 理 解 を深 め る こと が ね ら いだ

︒ し か し な が ら︑ 林 指が 摘 す る と お り コ﹁ ー ルバ ーグ に従 え ば

︑ 道 徳 教 育 の目 的 は 道︑ 徳 性 を 一段 階 上 上に げ ると いう こと あで る が︑ 日本

の実 践 で は︑ 学 習 指 導 要 領 に記 さ れ た 内 容 項目 を ジ レ ン マ討 論 を 通 じ て教 え ると いう スタ イ

﹂ル

︿林

〇二

〇 九 年

︶ と し て実 践 普が 及 し た た め︑ 道 徳 的 価 値 の伝 達 に も 重 点 が 置 か れ てき た

︒ ま た

︑ これ ま で の実 践 に お てい しば しば 指 摘 さ れ てき た こと は

︑ 教 師 の授 業 理 解 力や 量 が と も な わ な い場 合 に お い て︑ 舌 フル ジ レ ン マ授 業 は 児童 生 徒 間 の価 値 の相 違 を 認 め る だ け の

﹁価 値 相 対 主 義

﹂ 授 業 に陥 り や す い と うい 問 題 であ

たっ

︒ 一︱

︱ 四   コー ルバ ーグ 理論

への 再評 価

﹁防 災 道 徳

﹂ 授 業 の構 想 で は︑ 既 存 の モラ ルジ レ ン マ授 業 の取 り 組 みに 学 び つ つ︑ 上 述 の理 論 的 お よ 実び 践 的 な 課 題 を 乗 り 越 え るた め の授 業 デ ザ イ ンに 取 り組 ん きで た

︒ そ の際 に あ ら た め て注 目 たし のが コー ル ーバ グ の

﹁プ ラ ス

・フ 方ン 略

﹂ と 呼 ば れ る学 習 理 論 と晩 年 の

﹁ジ ャ スト

コ・ ミ ュ ニテ

﹂イ と 呼 ば れ る道 徳 教 育 理論 あで

︵荒 本

︑ 二〇 一三 年 プ ︶︒

ラ ス

・フ ン方 略 と は︑ 道 徳 性 の発 達 段 階 に お てい

︑ より

一段 高 い段 階 の理 由 に ふ れ ると  ︑ 一段 階 低 いあ る いは 二 段 階 高 い理 由 に ふ れ る と き より も 学︑ 習 者 は お のず と より 高 い道 徳 性 の段 階 に引 き 上 げ ら れ る と うい 学 習 理 論 であ る︒ 一斉 授 業 では

︑ 授 業 者 は みず か 想ら 定 し た 指 導 上 の

﹁ね ら

﹂い

︵内 容 項 目

︶ を 児 童 生 徒 に浸 透 さ せ うよ と す るあ ま り︑ 学 習 者 同 士 の話 合し

い学 習 の効 果 を捉 え に く い︒ と うい のも

︑ 教 師 学は 習 の生 成 教を 師 と児 童 生 徒 の間 で お も に想 定 す る傾 向 を 持 つた め あで る︒ プ ラ スー 方 略 の観 点 に立 てば

︑ モラ ルジ レ ン マ授 業 の特 質 は︑ 教 師 と児 童 生 徒 の間 だ け でな く

︑ 児 童 生 徒 の間 もに 学 習 のダ イ ナ ミク スが 生 じ る点 にも 認 め ら れ る︒ さ ら に 言 えば

︑ 授業 で は

﹁A か B か

﹂ だ

(10)

け でな く︑ 学 習者 の間 第で 二 の選 肢択 に つい て吟 味 し︑ ジ レ マン 状 況を 回避 よし う とす る知 恵 開が かれ る点 も重 要 と な る︒ ま た︑ 晩年 コー ルバ ーグ は みず から の理 論 心が 理学 の実 験 に よ てっ つく られ もた のに すぎ ず︑ 実際 の学 校 現場 の実 践 にお いて 有効 に機 能 なし か たつ こと を

﹁心 学理 者 の誤 謬﹂ と表 現 し︑ 認知 的道 徳性 発達 理論 から

﹁ジ スャ ト コ・ ミ ュ ニテ

﹂イ と呼 ばれ るよ り実 践 的な 道徳 教育 理論 を展 開 たし

﹁ジ︒ スャ ト

・コ ミ ニュ テ

﹂イ

︵= 正義 の共 同社 会

︶ の実 践 に お てい 視重 され た のは 抽︑ 象的 な価 値 に つい ての 討論 では なく 多︑ 様 価な 値 を含 込み んだ 実現 の社 会 生活 に根 ざ たし 諸問 題 に つい て の討 論 であ たっ

︒ コー バル ーグ 討は 論 の場 に子 もど た ちが 参加 す る こと を通 てじ

︑ カリ キ ラュ ム全 体 影に 響を 波 及さ せ︑ 学校 の

﹁道徳 的雰 囲気

﹂自 体 の変 革 を目 指 たし と うい

︒ うこ たし 構想 参を 照 し︑

﹁防災 道徳

﹂授 業 に お てい は︑ 害﹁災 時 のジ レン マ﹂ 等 の社 会 現実 を既 存 の教 育 課程 のな か 位で 置 づ け︑ カリ キ ラュ 横ム 断的 な授 業 くづ り を目 指 し てき た︒ 一︱

一二  教材 開発 およ び 指導 上 の工 夫 授業 は︑ 災害 時 の判 断 に迷 う状 況 に つい て考 さえ せる

﹁ジ レ マン 授業

﹂ とジ レ マン あを ら かじ め回 避 す るた め 知の 恵 に つい て考 え る

﹁ジ レ マン くだ き﹂ 授業 の二 段階 方 式 で構 成 たし

︒ 授業 践実 基の 盤 とな る のは 防災 科学 に つい て の

﹁確 かな 知識

﹂に 裏付 けら たれ 教 材 であ る︒ 教 材 の開 発 にあ た てっ は静 岡大 学 防災 総合 セ タン ー の専 家門 や国 内 の地 震 学者 らか 指導 助言 を受 け てき た︒ 実際 の授 業 では

﹁導 入﹂ や 末﹁終

﹂ の場 面 にお いて 防 災科 学 の基 礎デ ー タ や最 新 の 知見 盛を 込り み︑ そ の上 求で めら れ る判 断 や行 動 を

﹁展

﹂開 部 分 で児 童 生徒 考に えさ せる 授︒ 業展 開 は

﹁教 え て考 え さ せる 授業

﹂︵市 川︑ 二〇

〇八 年︶ の枠 組 みを 考参 に し︑ 防 災科 学 の基 本的 知な 見 を児 童 生徒 に

﹁教 え る こと

﹂ と災 害

(11)

三〇 時における葛藤場面について話し合い﹁考えさせること﹂を組み合わせた︒ 優れた防災科学の知見も︑最善解をとるための判断力も ︑他律的・伝達的な指導だけでは習得・形成されえない︒ 津波の際に率先して逃げることを伝えた﹁津波てんでんこ﹂の教えもまた︑家族や共同体における﹁話し合い﹂のな かで人々に根付き︑伝承されてきた歴史を持つ︒困難な現実や想定に向き合ったときに︑自分なりに応答を繰り返し た経験こそが非常時においても﹁生きる力﹂となる︒授業では︑児童生徒に対して﹁揺さぶり﹂発間を投げかけなが ら︑葛藤場面を克服・回避するために必要となる日常の備えや心構え︑話し合いによる合意形成のための資質を育て ることを目指している︒換言すれば︑基本的な﹁防災リテラシー﹂の習得と﹁防災シテイズンシツプ﹂の形成に資す る授業づくりが基本枠組みとなる︒こうした枠組みは﹁専門知に基づく教育﹂としての側面と︑中立性のある対話原 理に即した集団の合意形成や個人の意見形成を目指す﹁リスクコミュニケーション﹂としての側面を両立させようと するものであり︑授業者には﹁説明・指示・発問﹂の内容および配分をめぐる高度な授業技術が求められる︒ 授業では︑児童生徒が発言しやすい環境をつくりだすために︑教室から机を撤去し︑立場や意見に別れて教室の左 右に座席を移動させる︒議論のなかで意見がかわった場合はその都度座席を移動することができる︒授業者はパワー ポイントによるデジタル紙芝居を作成したり︑役割演技を導入するなどして児童生徒が実際の状況を出来るだけ想像 しやすいように工夫する︒また︑﹁ジレンマメーター﹂と名付けた図表を黒板にはりつけてクラスの意見の割合を視覚 化し︑討議の活性化も試みている︒ ジレンマ授業の実践において︑とくに重要となるのは児童生徒を発間で揺さぶりながら判断の根拠を育てることで ある︒授業者は﹁場面転換﹂や児童生徒の意見に対して﹁切り返し﹂や﹁問い返し﹂の発間を繰り返すなどして考え を揺さぶり続ける︒その際には自分の意見と反対の意見に揺さぶる﹁横の揺さぶり﹂だけでなく︑自分の意見をより

(12)

深く考えさせる﹁縦の揺さぶり﹂を意識し︿立体的揺さぶり

タ備て業︶ ︑授業者は発問パーンを十種類以上準し授にの ぞむ︒ また︑二〇一二年度からは授業者が対話や討議の進行に専念しやすいようにチーム・ティーチングを導入し︑知識 や情報を提供するキャラクター・イラストも利用している︒﹁ふじふくろう﹂は防災に関する知識・情報を提供し︑﹁ジ レンマなまず﹂は児童生徒の判断を揺さぶる場面で登場する︒キャラクター・イラストに語らせることによって授業 が親しみやすいものとなり︑難しいテーマでも児童生徒が意見を言いやすい雰囲気を生み出す︒とりわけ︑議論が硬 直した際の﹁場面転換﹂においては有効な

一士 立てとなっている︒ ニ ニ〇一三年度における﹁防災道徳﹂授業の実践

ニー

一  災害情報をめぐるジレンマ授業づくり 上記の授業構想に基づいて私の研究室では﹁防災道徳﹂授業の実践を二〇一一年度から開始し︑授業案の開発およ び改善を繰り返してきた︒教材を開発した学生たちによる授業だけでなく︑これまでに静岡県内外の三十校以上の小・ 中学校︑高校等の現職教員が開発された授業案を利用して﹁防災道徳﹂授業に取り組んでいる︒取り組みはテレビ・ 新間を通じて静岡県内外に紹介され︑二〇一二年度の兵庫県主催

﹁ぼ うさい甲子園﹂では﹁教科アイデア賞﹂を受賞 し︑静岡大学から活動の中心を担った学生たちに学長表彰が与えられた︒二〇一三年度からは内閣府の﹁防災教育チャ レンジプラン﹂に実践団体として採択され︑継続してより体系的な防災教育の開発を進めている︒本節では︑授業実 践の一例として︑二〇一三年に行った土砂災害に関するジレンマ授業を紹介する︒

(13)

一一一二 二〇一三年十月十六日︑東京都の伊豆大島では台風二十六号の接近により︑大規模な土石流災害が発生し︑多くの 犠牲者を出した︒東日本大震災以降︑地震・津波災害への対策に人々の関心が集中してきたこともあり︑改めて気象 災害に対する防災意識を社会に喚起するところとなった︒メディアでも国内に五十万箇所以上あるといわれる土砂災 害危険箇所への対応 ︑災害情報や避難情報に対する基本的なリテラシーの向上について議論された︒こうしたなかで 災害時における避難行動を抑制する要因として︑知識の不足︑被災経験の少なさ︑﹁正常化の偏見﹂年の心理的バイア スが指摘され︑地域社会および日常生活に根ざした防災対策が急がれることとなつた︒ 研究室では二〇一三年度秋から土砂災害および避難情報をテーマとした授業開発に着手し︑慶應義藝

一大 学SFCキャ ンパス︵二〇一三年十一月七日

︶ ︑ 静岡市立南中学校︵二〇一三年十一月十一日

︶ ︑ 静岡市立中田小学校︵二〇一三年 十二月十七日

月﹂施同授業協〇一四年二一日︶にて﹁防災道徳授業を実した阜県美濃加茂市社会福祉議会︵二︶ ︑岐︒ は︑これまでに二単位時間で構成されてきた﹁ジレンマ授業﹂と﹁ジレンマくだき授業﹂の要素を一授業時間のなか におさめた形式で構想されている︒遺︐ 入部﹂で︑授業者は先行オーガナイザーとして伊豆大島の上砂災害や実際の土 砂崩れの映像を紹介し︑続いて﹁避難情報﹂について基本的な説明を行い︑生徒の問題意識を喚起する︒﹁展開部﹂は 次の発問から始まる︒ あなたは夕暮れ時に︑

7 0 歳のおばあちゃんと2人で山の麓にある家にいます︒大雨が降り続いていて ︑﹃避難準備情 報﹄が発令されたことを災害無線で知りました︒あなたは避難しますか︒それともそのまま家に残りますか︒ 各自で考えをワークシートに記入し︑周りの人との意見交換の後︑意見を○×プレートで表明させる︒さらに黒板中

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央 には

﹁ジ レン メマ ター

﹂ー をは てっ ク︑ ラ スの 意見 割の 合 を視 覚 化す る

︵写 真 一︶︒

︵写 真 一︶ の静 岡 市立 南 中学 校 に お いて は︑ 最初 の設 定 に対 し て

﹁避 難 す る﹂ 選を 択 たし 生徒 から は 山﹁ の麓 あに るか ら︑ 土砂 崩 れ きが た 家ら が つぶ れ てし うま もか しれ な

﹂い︑ 夕﹁ 暮 れ時 だ から

︑ これ 上以 暗 くな たっ ら道 がわ から なく な

﹂る︑

﹁七 十歳 のお あば ち んゃ だ か ら︑ 走 れな いと 思う し︑ 少 早し めに 避難 たし 方 が いい

﹂と い たっ 意 見が 示 され る︒ これ 対に し て 家﹁ 残に る﹂ を選 択 たし 生徒 は

﹁ま だ避 難 準備 情報 だか ら︑ 警 報 は出 てな いか ら大 丈夫 か な 思と てっ 家︑ 残に るに たし

﹂と 述 たべ

︒ ここ で授 業 者 は

﹁お ば あ ち んや に

﹃腰 も足 も いた く て避 難 たし くな いよ

︒ まだ おう ちに いて も大 丈夫 じ なゃ い﹂ と言 われ た らど う す る﹂

︵揺 さぶ り①

︶︑

周﹁ り 住に む人 避は 難 し て いな よい う だ よ﹂

︵揺 さぶ

②り

︶ と い たっ 揺﹁ さ ぶ り発

﹂問 を繰 り出 す︒ 状況 が変 化 し︑ 複雑 化 す るな か で参 加者 は最 善 の選 択 を模 索す る︒ 周﹁ り の人 避が 難 てし な いな ら︑ 避難 なし く て いい と思 う﹂ と言 てっ 意 見を 変 え る生 徒 もあ らわ れ る︒ さら に授 業 者 は

﹁過 去 に この 地 域 はで 大き な災 害 が起 こ てっ いな

﹂い

︵揺 さぶ

③り

︶と 追 加情 報 を投 げ かけ る︒ 徒生 たち は隣 同士 で話 合し てっ 大﹁ きな 災害 起が こ てっ な い てっ こと は︑ 地域 の防 災意 識 低が く な てっ いる 可能 性 もあ るし 被︑ 災 たし 経験 なが いと す れば 何︑ かあ っ たと き の対 応 うが ま く きで な とい 思う から 避︑ 難 たし

﹂い など と考 えを ま とめ 伝 え る︒ ま た︑ 避﹁ 難 し て るい 途中 土に

(写真―

)静

岡市立南中での授業の様子 (授業者 :村松未央・加藤佑理)

(15)

﹁展

﹂開 後段 部 に は いり 授︑ 業者 は

﹁﹃避 難準 備情

﹄報 は

﹃避 難勧 告﹄ に変 わ りま たし

︒ ただ 自 宅 から 避難 所 ま でに 川は があ り︑ も かし たし 増ら 水 てし るい 能可 性 もあ りま

﹂す

︵揺 さぶ り④

︶と 避難 情報 の変 化 と状 況に つい て説 明 す る︒

﹁川 増が 水 てし るい のだ たっ 避ら 難 は無 理

﹂︑だ

﹁も し行 たけ と てし も︑ 避難 所 とご 流 され るか も れし な

﹂︑い

﹁家 に残 る と決 め つけ る ので はな く 川︑ 増が 水 し て いた もら う 一回 家 に残 れば い いと 思う ので

︑ そ のま ま 一度 避難 を し てみ る の はど う

﹂か と い たっ 意 見 次が 々に 出 され 判︑ 断 必に 要 な情 報 に つい て の質 問 も相 次 ぐ︒ 授業 の

﹁終末

﹂ では 授︑ 業 者 校が 区 の ハザ ード マッ プ 配を 布 し︑ 各自 で地 域 災の 害情 報 確を 認さ せた 加︒ え て︑

﹁避 情難 報

﹂ の区 別

︵避難 準備 情報 避︑ 難勧 告 避︑ 難指 示︶ に つい て再 度 説明 し︑ 複 雑 で多 様 情な 報 のな かか ら最 善 の選 択を 導 き出 す とこ の重 要性 と︑ 日常 にお け 備る えや き杢庭 や地 域 で の意 見交 換 の重 要性 を伝 え て授 業 が締 めく くら たれ

︒ 一T

工一  フ ーイ バド クツ と 課題 上 記授 業 は︑ 慶應 義 塾大 学 SF C キ ンャ パ ス︑ 静 岡市 立 中 田小 学校 岐︑ 阜 県美 加濃 茂 市社 会 福祉 協議 会 にお てい も 実施 され た︒ 慶 應義 塾 学大 で の実 践 おに てい は︑ 防 災教 育 を専 門 すと る学 生 多が 数参 加 し 震︵地 学者 の大 木聖 子准 教 授 の主 催 す る研 室究 の学 生︶︑ 授業 者 に対 し てよ 専り 門的 多で 様 な災 情害 報 や判 材断 料 の提 供 求が めら れ るな ど︑ 災害 時 おに け る多 元的 判な 断 程過 対が 話 を通 てし さ示 たれ

︵写真 一し ま︒ た授 業後 の検 会討 はで 避︑ 難 に必 要と な 判る 材断 料を 考 え さ せる 授業 を つく てつ も いい ので はな いか と いう 重 要な 指摘 もあ たっ

︒ そ の際 に︑ 具体 的 な判 断材 料 と てし 挙 が たっ のは

﹁住 ま のい 立地 条 件

﹂︑﹁上 流 の自 治 体 の動

﹂︑き

﹁避 所難 ま で の距 離

﹂︑

﹁車 使が え るか うど

﹂︑か 雨﹁降

﹂ ︑量

﹁おば あ ち んゃ の体 調 の詳 細

﹂︑﹁他 の家 族 の状

﹂況 等 であ たっ

(16)

中 小田 学校 ので 実 践 は ーコ ルバ ーグ 研究 者 とし ても 知 られ る立 命 館大 学 の荒 木寿 友 准教 授 が参 観 され 授︑ 業 後 には 一般 的 な モラ ルジ レ マン 授業 と の相 違 点 や発 問 よお 板び 書計 画 の工 夫 など に つい て詳 細 な助 言を いた だ いた 従︒ 来 の モラ ルジ レ マン 業授 では 仮﹁ 説 ジ レン マ﹂ 状 況 の設 定 を児 童生 徒 が理 解 す る こと に時 間 多を く費 や し︑ 取 り上 げ る 二 つの 価値 の対 立 焦に 点化 させ て対 話 と思 考 深の 化 を目 指 す︒ これ に対 し て︑ 本実 践 では 初当 場の 面設 定 揺が さぶ り発 間を 通 てし 変容 し て いく 点 に大 きな 違 いが あ る︒ 本授 業 児が 童生 徒 の防 災意 識 や判 断力 の向 上 にど よの う 影な 響 与を え て いる のか 児︑ 童生 徒 の対 話分 析 お よび 評価 方法 の構 築 が今 後 の課 題 とな る︒ ま た 一般 に小 校学 では 学中 校 比に し て︑ 児童 たち の発 言 活が 発 にな され る傾 向 があ る︒ そ の 一方 で︑ 児童 期 は 向﹁ 社会 的行 動

﹂ の発 達段 階 にあ り︑ 活発 な意 交見 換 まは た 他﹁ 者 らか うど みら れ るか

﹂ と いう こと に対 す る意 識 の弱 さ 2異 返 とし も いえ る︒ そ たの め授 業内 意で 見 多は く るで も の の︑ 直感 的 な思 いや 先入 観 とに わら れ て いた り︑ 場 面が 変 化 す るな かで 矛盾 たし 意 見 示が され る こと も往 々に し て見 受け られ る︒ この こと はま たポ スト

・コ ー ルバ ーグ 理の 家論 たち の重 要な 研究 ーテ マの 一つ あで る

﹁道 徳 性発 達 理論

﹂と 向﹁ 社会 行的 動

﹂と の連 関︑ すな わ ち思 考 と行 動 と を つな たぐ め の実 践的 な アプ ロー チ の構 築 とも 接 続 する 課題 とな ろう

︒ さ らに 興味 深 いの は六 十歳 以上 の市 民を 対象 とし た岐 阜県 の社 会福 祉協 議 会 にお け る実 践 であ る

︵写 真 一こ

︒ のこ と き授 業 者 避は 難 共を にす る家 族 の設 定 を

﹁七 十歳 のお ば さあ

﹂ん では な く︑ 五﹁ 歳 の孫

﹂ に変 更 たし 参︒ 加者 の多 く が 始 め から 避﹁ 難す

﹂る と 一貫 てし 主張 たし も の の︑ 途中 で

﹁も 五し 歳 の孫 が いな か たっ らど う すで

﹂か と尋 ね てみ る と︑ 半数 以上 が

﹁家 に残

﹂る に意 見 変を え た ので あ る︒ そ の理 由 の多 く が

﹁孫 の命 を守 る とこ が自 分 の責 任 だ か

﹂ら と いう も ので あ たっ す︒ なわ ち参 加者 の多 く が孫 を守 ると うい 責﹁ 任行

﹂動 と てし 避難 行 動 を捉 え︑ そ こに プ イラ オ リ テイ ーを 置 き つつ 判 断 下を てし たい ので あ る︒ この とこ は事 前 対に 話 繰を り返 し︑ 災害 時 にお てい お互 いを 信頼 し

(17)

自らの責任として避難するとい︐ ﹁つな みてんでんこ﹂の有効性をまた確認する ものともいえる︒これらの実践を通じて ︑ 私の研究室では行動面への直接的な影響 を生み出す実践の理論構築︑発達段階に 応じた﹁リスクコミュニケーション﹂型 教育プログラムづくりの必要性が自覚さ れるところとなった︒

おわりに

最後 に 災﹁防 徳道

﹂授 業 の取 り組 みと 哲 学教 育 と の接 続 能可 性 に つい て触 れ てお きた い︒ 年近 地︑ 域 おに け る

﹁哲 学 カ フ

﹂ェ の取 り組 みが 広 りが ま︑ た学 校教 育 に お いて も

﹁哲 学対

﹂話 取を 入り れた 実 践 が注 目を 集 め つつ あ る︒ 埼 玉県 の開 智中 学校 東︑ 京都 の立 教 小学 校︑ 川玉 学 園小 学校 等 はで

︑ マシ ーュ

・リ ップ マン

①l﹇手

日ぼ ヽP 8︑ いP e の提 唱 たし

﹁子ど も の哲 学﹂

●一3

︐ o︼ ヽお

︐ 0 o●︼︼針 ヽ 匡ざ o8r Чヨ 一摯

〇 おこ じ の理 念 基に づ く 学﹁哲 対話

﹂授 業 導が 入 され て いる

︵土屋

︑ 二〇 一三 年︶︒ 関 西 もで 大阪 大学 臨 床哲 学 研究 室を 中心 と し て

﹁哲学 カ フ

﹂エ 践実 の普 及 がは から れ て いる 学︒ 校 を フイ ー ルド と し て実 践 され て いる

﹁哲 学対

﹂話 の多 く は

﹁道 徳 の時

﹂間 を活 用 し て実 施 され て いる と いう 加︒ え て︑ これ ら の取 り組 みは 来旧 の哲 学教 育 の在 り方 を見 直 す契 機 と

(写真二

)他

大学での授業実践

(写真三

)市

民を対象 とした授業実演

(18)

リ プッ マン は ク﹁ ラ スを

﹃探 究 の共 体同

﹄F oB 日L くュ R ρョ Q︶

に作 り かえ る こと

﹂︵匡 や日

︐ P 88

︶ を目 指 す と同 時 に︑ 文献 精読 を中 心と する 哲学 教 育 の在 り方 を︑ 共同 体 にお け る対 話を 通 し て営 もむ の へと 転換 さ せよ うと し た︒ 教 師 は フ シア リ テー タ ーと なり 児︑ 童生 徒 与は え られ た様 々な ーテ マに つい て自 律 的 に思 考 し︑ 考 え を語 り︑ 他 者 の声 に耳 傾を け る︒ ク ラ スを 位単 すと る共 同体 に おけ る探 究作 業 を通 てし

︑ それ ぞ れが 自 ら の考 えを 自 律的 に修 正 X︵ 8竿

﹃﹃ 8 6一︻

︶ し︑ 内 省的 察 を深 める

︒ リ ップ マン の

﹁子 もど の哲

﹂学 実 践 は 一九 六〇 年 代 に創 始 さ れた も ので あ るが

︑ そ こに は コー ルバ ーグ の

﹁ジ スャ ト コ・ ミ ニュ テ

﹂イ 構想 と も連 な る学 校 に おけ 哲る 学教 直 実践 とし ての 足跡 があ る︒ ま た︑ 近年 にな てっ 我︑ が国 に お いて

︑ こう たし 取 り組 みに 関 心が 集 ま るよ う にな たつ 背 景 には

﹁︑ シテ イズ ンシ ツプ

﹂教 育 に関 す 議る 論 及び 実践 の 本格 化 もあ る︒ 子ネ ス コは 二〇

〇 五年 に

﹁哲 学 に つい て の ネユ ス コ間 域戦 略

﹂を 提案 し︑ 対 話型 の哲 学教 育 を推 進 す る こと を通 てじ

︑ シテ イズ ンシ ツプ 教育 展が 開 す る こと へも 期待 を寄 せた

︒ この よう な

﹁子 もど 哲

﹂学 目が 標 とす る協 同 に よる 探究 と探 究 よに る共 同体 形成 本は 稿 述で べた

﹁防 災道 徳

﹂ の実 践 にも 通 るじ と ろこ あが る︒ すな わ ち︑ 災害 時 の判 断 をそ 根の 拠 の レベ ルに お てい 児童 生徒 に問 い直 さ せ︑ 対話 積の み重 ね の中 で自 己あ る いは 他者 判の 断 に対 す る責 任 と信 頼 を形 成 す る こと を目 指 すと いう 点 であ る︒ この 点 にお いて 本 取 り組 みは 近年 の哲 学教 育 の潮 流 と本 質 を同 くじ す るも のと 考 え る こと が きで よう

﹁防 災道

﹂徳 の実 践 おに いて は︑ 授業 終が 盤 さに しか るか と︑

﹁ジ レ マン くだ

﹂き 向に け て︑ 児童 生徒 のあ いだ 共に 了通 解 芽が 生 たえ り︑ 第﹁ 二 の選 択 肢

﹂ へと 議論 が展 開 し て いく 様 子が 認 めら れ る︒ ク ラ ス内 で の意 見 の調 整 や合 意 の 形成 ま︑ た子 もど と し て社 会 にど よの う 貢に 献

・参 加 きで るか と い たっ とこ も話 題 に のぼ る︒ そ こに は旧 来 の道 徳授 三七

(19)

三八 業 のよ う な教 師 が思 い描 く 解﹁正

﹂ のへ 推 論 ダ ー ム で は な く

︑ 具 体 的 な 社 会 的 課 題 に つい て児 童 生 徒 が考 え抜 き︑ 言 語 化 す る過 程 あが る︒ 防 災 を テ ー マと し て扱 いな が ら︑ シ テ イズ ン シ プツ 教 育 と し て の道 徳 教 育

︑ ひ いて 新は た な哲 学教 育 への 可 能 性 も ま た そ こに 開 か れ て いる

※1   災﹁防 徳道

﹂授 業 の詳 細 に つい ては 以下 の報 告書 もご 参照 くだ さ い︒ ﹁道﹁防 ︑  一頁

稿

﹁﹃

﹃静

﹁道

﹁教

﹃学

﹁防

︻参考文献︼

荒本寿友﹃学校における対話とコミュニテイの形成¨コールバーグのジャスト・コミュニテイ実践﹄三省堂︑二〇一三年︒

参照

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雑誌名 哲学・人間学論叢 = Kanazawa Journal of Philosophy and Philosophical Anthropology.

熊 EL-57m 本坑の6.8,,730mx1条 -0.3% 防波堤 -- ̄ --- -8.0% 80N 111. x2条 24m

 TABLE I~Iv, Fig.2,3に今回検討した試料についての

一丁  報一 生餌縦  鯉D 薬欲,  U 学即ト  ㎞8 雑Z(  a-  鵠99