1792 Dec.1981
多 発 性 濾 胞 性 歯 嚢 胞 の2例
山 崎 嘉 幸 ・井 上 温 雄 ・高 橋 聡 明 ・長 尾 文 輝
Multiple dentigerous cyst: Report of two casesYoshiyuki YAMAZAKI •E Atsuo INOUE •E Toshiaki TAKAHASHI •E Fumiki NAGAO
は じ め に 歯 原 性 嚢 胞 の 中 で,濾 胞 性 歯 嚢 胞 は 歯 根 嚢 胞 に 比べ て 発 現 度 は 少 な く,ま た 同一 口腔 内に 多 発 す る こ とは まれ で あ る.最 近 わ た く した ちは,興 味 あ る多発 性 濾 胞 性 歯 嚢 胞 の2例 を 治験 した の で,多 少 の 考 察 を加 え て報 告 す る. 症 例 症 例I 患 者:14歳 男 性. 初 診:昭 和47年5月 日. 主 訴:MM部 の歯 肉腫 脹. 家 族 歴 ・既 往 歴:特 記 事 項 は な い. 現 病 歴:約1年 前,MM部 歯 肉嚢 よ りの排 膿 が認 め ら れ た が,疼 痛 の な い ま ま放 置,3か 月 前 う蝕 処 置 の 目的 で 某 歯 科 医 を 受 診 した と ころ,76遠 心歯 肉部 よ りの 排膿 を指 摘 され て 当科 に 来 院 した. 現 症:体 格 ・栄 養 中 等 度 で,全 身状 態 に著 変 は な か った が,胸 部 の非 対 称 が 認 め られ,顔 貌所 見 で は,左 頬 部 の腫 脹 の他 に,両 眼 隔 離,不 全 唇 裂 が み られ た(写 真 1,2). 口腔 内 所 見 で は,878歯 槽 部 にび まん 性 の 腫 脹,67 部 歯 肉獲 よ りの 排 膿 と,部分 的 に羊 皮 紙 様 感 を 呈 した.歯 噺 見 で は,878/88締 出,6百 欠 如13/5に 歯 列 不 正 が 認 め られ た. エ ッ クス 線 所見 で は,567部,8部,88部 に単 房 性 透 過 像 が認 め られ た.こ の うち,左 上 顎 臼歯 部 の も の は,埋 伏歯 を 眼窩 底 部 に押 し上 げ る巨 大 な嚢 胞 性 透 過 像 写 真1,2 症 例1 1. 顔 貌 所 見 2. 胸 郭 部 を示 した(写 真3∼6). 臨床 検 査 所 見:特 に異 常 所 見 は な い. 処 置 お よび 経 過:手 術 は4回 に 分 け,嚢 胞摘 出,7/88 の埋 伏 歯 の抜 歯 を 行 い,左 右 上 顎 部 の嚢 胞 につ い て は開 放 創 と した.手 術 所 見 で は,嚢 胞 は す べ て単 胞 性 で, 7/ 88の 歯 牙 聴 冠嚢 胞 内に 入 れ て い た.右 上 顎 部 にお い て,上 顎 洞 後 壁 が 消 失 し,上 顎 洞 粘膜 と嚢 胞 壁 が直 接 に接 して,ま た 左 上 顎 部 に おい て,眼 窩 底近 くに 埋伏 歯 とと も に,上 顎 洞 が 押 し上 げ られ て い た.嚢 胞 壁 は0.1 mm前 後 で,567部,8部 に お い て は,膿 汁 様 の 内容 液 を 含 ん で い た. 病 理 組 織 学 的 所見:嚢 胞 上 皮 は薄 くて重 層 扁 平 上皮 よ り成 って お り,rete-pegが な く錯 角 化 層 が 認 め られ,結 合 組 織 内 は 炎 症 性 細胞 浸潤 は 認 め られ な か った(写 真 7).odontogenic kerato-cystと 診 断 した. と ころ が,1年 後 の エ ッ クス線 所 見 で 骨 形成 を示 した 88部 に,約3年 後,茶 褐 色 の 滲 出液 を 伴 う腫 脹 が生 じた.エ ッ クス線 所 見 に おい て,8部 歯 根部 な らび に 6部 よ り下 顎 枝 部 に嚢 胞 形 成 が 認 め られ た(写 真8∼ 11). 処 置:前 回 と 同様 嚢 胞 摘 出 を行 った.と くに 右 側 に 秋 田 大 学 医 学部 附属 病 院 歯 科 口腔 外 科(主 任:山 崎嘉 幸 助教 授)
Department
of Dentistry and Oral Surgery, Akita
University
School of Medicine
(Chief : Associat
Prof. Yoshiyuki Yamazaki)
5 6写真3∼6 症 例1 3.右 上 顎 部,4.左 上 顎 部,5.右 下 顎 部,6.左 下 顎 部 写 真7 症 例I8部 摘 出嚢 胞 病 理 組 織 所 見(H-E染 色) 上 皮 は重 層 扁 平 上 皮 が 錯 角 化 を 示 し,rete-pegが な い. おい て,鶏 卵 大 で下 歯 槽 動 脈 が露 出 し,嚢 胞 壁 と直 接 接 してい た. 症 例II 患 者:34歳 女 性. 初 診:昭 和53年7月 日. 主 訴:M部 の歯 肉腫 脹,排 膿. 家族 歴:特 記 事 項 はな い 。 既往 歴116歳 時,急 性 腎炎 で 治療 を受 けた 以外 特 記 す べ き事 項 は な い . 891011 写 真8∼11 症 例1 8.右 下 顎 部(術 後1年),9.左 下 顎 部(術 後1年), 10.右 下 顎 部(術 後3年),11.左 下 顎 部(術 後3年) 写 真12 症 例II顔 貌 所 見 現 病 歴:数 年 前 よ りM部 よ り 排膿 を認 めた が放 置 1か 月 前 よ り左 側頬 部 の腫 脹 を きた し某歯 科 医 を訪 れ, エ ッ クス 線 写 真 に て 埋 伏 歯 を指 摘 され,当 科 を受 診 し た。 現 症:体 格 ・栄 養 中等 度 で全 身 状 態 に著 変 は なか っ た.右 側 頬 部 よ り鼻 翼,左 頬 部 に腫 脹 が 認 め られ た.顔
1794 日 本 口 腔 外 科 学 会 雑 誌 Dec.1981 写 真13症 例IIオ ル ソ パ ン トモ グ ラ ム 写 真14,15症 例 丑 14.頭 部P-A,15.胸 椎 貌 所 見 で は,両 眼 隔 離 を 呈 し,頭 囲58cm,内 眼 角 の幅 38mm,外 眼 角 の 幅92mmでinteroculer-horbitaI index242で あ った(写 真12)・ 皮 膚 所 見 で は ,啓 部 に 扁 平 母 斑,顔 面 に 尋常 性座 瘡 が み られ た 以 外,手 掌 の pit.腫 瘍 な ど の所 見 は 認 め られ なか った. 口腔 内所 見 は,5678部4321部 に 腫 脹 が 認 め られ, 羊 皮 紙 様 感 を 呈 して い た.ま た7部 に瘻 孔 が み られ,排 膿 を 認 め た. エ ッ クス線 所 見 では,パ ノ ラマ 写 真 で7部,5-1部 塑 【部 に境 界 明瞭 な 単 房性 透 過 像,右 下 顎 枝 部 に 多 房 性 の透 過 像 を認 め た .ま た7部,右 下 顎 枝 部 の もの は 埋 伏 歯 を有 して お り,5-1部 の も の は2と3の 歯 根 離 開 が み られ,球 状 上 顎嚢 胞 様 の所 見 を 呈 した(写 真13). そ の 他 骨 格 系 で は,大 脳 鎌 の石 灰 化,胸 椎 の 軽 度 な 側 轡 が 認 め られ た(写 真14,15). 臨床 検査 所 見:異 常 所 見 はな い. 処 置 お よび 経 過:全 麻 下 で5-1部,76部,右 下 顎 枝 部 の嚢 胞 摘 出 と8抜 歯,右 下 顎 枝 部 は 開放 創 と した. 局 麻 下 で,7部 嚢 胞 摘 出 と7抜 歯 して開 放 創 と した. 7部 は 軟 組 織 が 少 な く完 全 な嚢 胞 壁 を確 認 で きな か っ 写 真16症 例II7部 摘 出 嚢 胞 病 理 組 織 所 見 rete-pegが な く,錯 角 化 層 が み られ る, 写 真17症 例IIM部 摘 出 嚢 胞 病 理 組 織 所 見 嚢 胞 壁 内 に 不 規 則 石 灰 化 物 が み られ る. た,5-1部76部 は 骨 に よ り別 々 に 存 在 し,ま た 上 顎 洞 と の 交 通 が 認 め られ た,嚢 胞 壁 は 厚 さ1mm前 後,黄 色 の 粥 状 の 内 容 物 を 含 ん で い た. 病 理 組 織 学 的 所 見:嚢 胞 上 皮 は 薄 くて 重 層 扁 平 上 皮 よ り成 っ て お り,rete-pegが な く錯 角 層 が み られ た(写 真 16).壁1部 の 嚢 胞 に は 不 規 則 な 石 灰 化 物 が 認 め られ た (写 真17). 以 上 の 所 見 か らodontogenic kerato-cystと 診 断 した, 考 察 濾 胞 性 歯 嚢 胞 は,歯 胚 の 上 皮 組 織 の な か に 嚢 胞 化 が お こ っ て 生 ず る も の と され て い る が,そ の 原 因 は 明 ら か で な く,一 般 に 次 の よ う な 因 子 が あ げ ら れ て い る1)1) 歯 胚 の 転 位 を も た らす よ うな 条 件,2)歯 胚 に 働 く圧 追,機 械 的 刺 激,3)外 傷,4)乳 歯 の 根 尖 性 歯 周 炎 が 永 久 歯 に 及 ぼ す 影 響 な ど で あ る. ま た,村 松2),伊 藤3),川 勝4),新 井5),高 橋6),伊 藤7), BenncttB), Bcyrent9), Oliver10), Catania11), Coldwell12),
ら に よ っ て,同 一 個 体 に 多 数 発 生 す る,い わ ゆ る 多 発 性 濾 胞 性 歯 嚢 胞 が 報 告 さ れ て い る が,こ れ ら の 原 因 と して
表1 多 くは 個 人的 素 因 が考 え られ て い る.し か し,な か に は 家族 的 傾 向 を指 摘 して い る もの もい る7,9,10) またGorlin(1960)B)の 報 告 し た 多 発 性 基 底 細 胞 母 斑,肋 骨 異 常,脊 椎 側轡,手 掌 の 小 陥,前 頭 部 ・頭 頂 部 の突 出,両 眼 隔 離,多 発 性 顎 嚢 胞 を 主 微 とす る基 底 細 胞 母斑 症 候群 に おけ る 分症 と して の 多 発 性 顎 嚢 胞 の 報 告 も 多 い14∼20)-最 近 で は,唇 口蓋裂 を そ の分 症 に 加 え られ て い る21,22). わ た く した ち の 症 例 に お い て,症 例1は 多 発 性 顎 嚢 胞 のほ か に胸 部 の 左右 非 対 称,軽 度 の 脊 椎 側 轡,不 全 唇 裂,症 例IIで は 大 脳 鎌 の 石 灰 化,軽 度 の 胸 椎 の 側 彎,両 眼 隔 離,両 先 天性 冠状 白 内 障,76部 嚢 胞 壁 に異 所 性 石
灰 化 と考 え られ るnumerous calcified bodiesが 認 め ら れ た が,い ず れ も著 明 な もの で な く,2例 とも皮 膚 の多 発 性 基 底 細 胞 母 斑,掌 蹠 の 小 窩,肋 骨 の二 分 裂 は認 め ら れ な か った. 今 まで 報 告 され て い る基 底 細 胞 母 斑 症 候 群 の うち,10 症 例 に つ い て 臨 床 症 状 を 検 索 した(表1).こ の結 果, 各 症 例 と もす べ て の 症 状 が 発 現 して は い な い が,わ た く した ち の2症 例 は,症 状 も極 め て 軽 微 で,臨 床 症 状 と し て も欠 如 が 多 く,基 底 細 胞 母 斑 症 候 群 と して は 不 十 分 で あ る. 一 方 症 例Iに お い て ,本 疾患の878の 埋伏 歯 の ほ か
1796 日 本 口 腔 外 科 学 会 雑 誌 Dec.1981 に,153の 位 置 異 常 が認 あ られ た こ の こ とは,歯 の 発 育 途 上 に な ん らか の原 因が あ った と も考 え られ るが,2 症 例 と も既 往歴 に お い て特 記 事 項 は な く,ま た 内 分泌 機 能 に も異常 が な い こ と よ り原 因 は 不 明 で あ る. 濾 胞 性歯 嚢 胞 の発 育 速 度 に つ い て,新 井5)は3年 足 ら ず で驚 鳥卵 大 に達 した と報 告 して い る.わ た く した ち の 症 例 に おけ る症 例1に,約2年 後,818部 に再 発 を きた した.エ ック ス線 像 に お け る変 化 で,1年 後 一 旦 骨 形 成 を示 した 手 術 創 が,な ん ら炎 症性 徴 候 も な く再 発 し,特 に右 側 にお い て,そ の 後2年 足 らず で下 顎 枝 部 よ り6 に及 ぶ 広 範 囲 の 骨 吸 収 を示 した.こ の こ とは,濾 胞 性 歯 嚢 胞 が 緩 慢 で 自律 性発 育 を有 さ ない とす る見 解 に反 す る 結 果 を 示 した. 両 側 性 に 再発 を きた した こ とに つ い て,不 完 全 な嚢 胞 摘 出が そ の 原 因 で あ る が,わ た くした ち の 今 ま で の 治験 例 か ら考 え て 意 外 な結 果 で あ り,何 か 嚢 胞 発生 に 本症 例 が,特 異 な 素 因 を有 す る ので は な い か と も考 え られ る. 結 語 1)14歳 男性,34歳 女 性 に み られ た多 発 性 濾 胞 性 歯 嚢 胞 の2例 を報 告 した. 2)基 底 細 胞 母 斑 症 候 群 との 関係 に お い て,14歳 の 男 性 につ い ては 不 全 唇 裂,軽 度 の脊 椎 側 轡,34歳 の 女 性 で は大 脳 鎌 の石 灰 化,両 眼 隔 離,軽 度 の胸 椎 側 彎,嚢 胞 壁 内 の異 所 性 の 石 灰 化 が認 め られ た のみ で,基 底 細 胞母 斑 症 候 群 に 関 連 づ け る こ とは で き ない. 3)基 底 細 胞母 斑症 候 群 と 明確 に診 断 で きな い 多発 性 顎 嚢 胞 の 成 因 に つ い て,基 底 細 胞 母 斑 症 候 群 を 含 め て, 今 後,多 くの症 例 を考 察 して 考 え て み た い. 本 論 文 の 要 旨 は,第11回 日本 口腔 科 学 会 北 日本 地方 部 会(昭 和48年8月),第5回 日本 口腔 外 科 学 会 北 日本地 方 部 会(昭 和54年7月)に お い て発 表 した. 引 用 文 献 1) 石 川 梧 朗, 秋 吉 正 豊: 口腔 病理 学II. 永 末 書 店 , 京 都, 1975, 846頁. 2) 村 松 隆 丸: 興 味 あ る多 発 性 顎 嚢胞 の1例 . 口病 誌18: 189 1944. 3) 伊 藤 秀 夫, 他: 多 発 性濾 胞 性 歯 嚢 胞 の1例 . 歯 界 展 望14: 1219 1975. 4) 川 勝 賢 作: 多 発 性 歯 嚢 性 歯 嚢 胞 の1例 . 阪 大 歯 誌4: 137 1959. 5) 新 井 良 一 郎, 他: 多 発 性 歯 嚢 性 歯 牙 嚢 胞 の 興 味 あ る1例. 口 外 誌6: 505 1960. 6) 高 橋 庄 二 郎, 他: 多 発 性 濾 胞 性 歯 牙 嚢 胞 の1例 . 歯 科 学 報66: 93 1966. 7) 伊 藤 秀 夫, 他: 多 発 性 濾 胞 性 歯 嚢 胞 の7例 . 日 口 外 誌17: 408 1971.
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dentigerous cysts:
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with a recurrance.
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12) Coldwell, J. B., et al. : Bilateral multilocular
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