1)岡山万里・高橋敏之:「大原美術館における幼児のための鑑賞プログラム」,『大学美術教育学会誌』第 41 号,大 学美術教育学会,2009年,72頁.
2)大原美術館教育普及活動この10年の歩み編集委員会/編:『かえるがいる―大原美術館教育普及活動この10年の歩
み1993-2002』,財団法人大原美術館・株式会社人文経済研究所,2003年,47頁.
3)大原美術館教育普及活動この10年の歩み編集委員会,前掲著2),47-48頁.
第4節 美術館を知る活動
Ⅰ.幼児対象プログラムにおける美術館を知る活動の位置付け
本節では、「全体鑑賞」及び「美術館探検」について考察する。幼児対象プログラムで は、(1)絵画鑑賞プログラム「対話」「パズル」「模写」「絵探し」「お話作り」、(2)彫刻鑑 賞プログラム「対話」「自由制作」「模刻」、(3)「全体鑑賞」、(4)「美術館探検」の内容 を単独もしくは組み合わせて実施している 1)。「全体鑑賞」及び「美術館探検」は、単独 で実施する場合が多いが、保育施設からの希望により絵画鑑賞プログラム「対話」などと 組み合わせて行う場合や、「全体鑑賞」と「美術館探検」を組み合わせて行う場合がある。
幼児対象プログラムの目的は、次のように説明されている2)。 (1)美術作品に親しんでもらう。美術作品を楽しんでもらう。
(2)美術館に親しんでもらう。美術館を楽しんでもらう。
(3)豊かな感性、人間性を育む。
個々の目的には補足説明があり、(1)(2)については、次の通りである3)。
(1)さまざまなかたちの鑑賞により、美術作品と仲良く、親しくなるような体験をし てもらう。作品とじっくり向き合う体験をしてもらう。大切なものを、自ら、より大 切にする心を養う。
(2)美術館を身近で、気軽な場所に感じてもらう。美術館のさまざまな側面を知って もらう。自然、仲間、先生、自分自身などとの、出会いの場としてもらう。
幼児対象プログラムの目的は「美術の普及」及び「美術館の普及」であるが、主眼となる 側面はプログラムによって異なる。「全体鑑賞」の目的は、「大原美術館の全体像をつか
4)大原美術館教育普及活動この10年の歩み編集委員会,前掲著2),86頁.
5)大原美術館教育普及活動この10年の歩み編集委員会,前掲著2),86頁.
6)大原美術館教育普及活動この10年の歩み編集委員会,前掲著2),82頁.
7)文部科学省:『幼稚園教育要領解説』,フレーベル館,2008年,261頁.
8)文部科学省,前掲著7),131頁.
む」4)ことであり、「美術館をあらゆる角度から楽しみ、その雰囲気に触れ、味わう」5)こ とである。「美術館探検」の目的は、「作品保護や環境整備、安全確保等のための工夫や 努力を知り、そこから作品保護への意識を高め、美術館への興味関心を増すこと」6)であ る。「全体鑑賞」は「美術の普及」及び「美術館の普及」の両面が等しく含まれるが、「美 術館探検」は「美術館の普及」を主眼としていると言えよう。
「全体鑑賞」及び「美術館探検」を、保育の観点から『幼稚園教育要領』との関連で捉 えると、領域「環境」との関わりが指摘できる。領域「環境」の内容には「(10)生活に関 係の深い情報や施設などに興味や関心を持つ」7)と示され、『幼稚園教育要領解説』では
「様々な公共の施設を利用したり、訪問したりする機会を設け、幼児が豊かな生活体験を 得られるようにすることが大切である」8)とある。
そこで本節では、先ず、「全体鑑賞」及び「美術館探検」の概要や特徴を述べる。次に、
プログラム実施後に保育者と美術館職員が相互に反省事項を記入する「ふりかえりシート」
への保育者の記述から、プログラムを通した幼児の学びと育ちについて検討する。最後に、
幼児が美術館の全展示室を巡ったり、バックヤードを見学することの意義を考察する。
これまで「美術の普及」を主眼とするプログラムを中心に考察を行ってきたことに加え、
本節で「美術館の普及」を主眼とするプログラムについて考察することにより、幼児対象 プログラムの意義や教育的価値をより明確にする。
「美術館探検」という名称による鑑賞プログラムは、宮城県立美術館を始め日本の多く の美術館で行われている。内容は、幼児対象プログラムのように、バックヤードを見学す るもの、作品鑑賞をするもの、両者を組み合わせたものなど様々である。目的も、美術館 理解を始め、作品鑑賞へ向けて観察眼を養うためや、集中力を高めるためと位置付けるな ど様々である。また、公共ホールなどでも、「劇場探検」などの名称によりバックヤード を見学する機会が提供されており、公共文化施設の普及活動の1つの手法となっている。
本節は、「美術館探検」及び公共文化施設が行う「探検」プログラム全般を扱うものでは なく、幼児対象プログラムにおける「美術館探検」について検討するものである。
9)岡山・高橋,前掲著1),75頁.
Ⅱ.「全体鑑賞」の概要と特徴
1.「全体鑑賞」の概要
1993(平成5)年から 2006(平成 18)年までの 14
年間に実施された幼児対象プログラムは1122
回あり、うち「全体鑑賞」を含む活動は95
回ある。「全体鑑賞」の概要を説明する。(1)実施手順
「全体鑑賞」の実施手順は、表1に示す通りである9)。
表1.「全体鑑賞」の実施手順
経過 活動 職員の行動と幼児の活動
00(分) 挨拶 ①幼児を迎える.挨拶し,歓迎の意を伝える.
03 移動 ①建物の中へ誘導する.②初めの展示室を一巡し,アトリウムへ誘導する.
05 導入 ①美術館はどのような所か伝える.②美術館での約束を話し合う.③どんな作品があ るか見に行こうと促す.
15 鑑賞 ①展示室を巡り,鑑賞する.②幼児の興味や集中具合,展示室内の状況により,立ち 止まったり座ったりしながら,対話を通し鑑賞する.③工芸・東洋館では,入口で靴と 靴下を脱ぎ素足になり入館し,展示作品に加え床など建築物としての特徴を体感でき るようにする.
50 総括 ①活動を振り返る.
55 移動 ①出口へ移動する.
58 挨拶 ①挨拶し,再訪を期待する意を伝える.
(2)実施場所
「全体鑑賞」は、大原美術館を構成する4つの建物のうち、本館と工芸・東洋館で行う ことが多い。「全体鑑賞」は、幼児対象プログラム立ち上げ当初から協同している保育所
「若竹の園」の保育士から「幼児に大原美術館の全体像をつかませたい。すべての展示作 品を見せたい」という希望があり、考案した。そのため、1999(平成
11)年に初めて「全
体鑑賞」を実施した当初は、分館を含めた3つの館を巡っていた。しかし、60 ~90
分の 実施時間の中で幼児が移動するには敷地が広く、疲労のため活動に集中できなくなったり、活動が散漫になるため、現在では2つの館に限定して行う場合が多い。
(3)実施時期
年間計画の初めに行うことが多い。大原美術館の全体像を把握した上で、絵画鑑賞や彫 刻鑑賞など対象や活動方法を焦点化したプログラムに移行するためである。
(4)実施形態
10
数名から30
名程の幼児と1~3名の職員で行う。職員の役割は、プログラム全体を 進行する「進行」と、進行の補助をする「補助」である。2.「全体鑑賞」の特徴
「全体鑑賞」では様々な展示室をめぐり、図1に示すように、多様な作品を鑑賞する。
また、工芸・東洋館では、図2に示すように、素足になり床の感触を体感したり、音の響 きを確認したりする。また、展示室内ばかりでなく、窓からの風景や、図3に示すように、
美術館を取り囲む環境全体を鑑賞対象とする。
図1.床に座り感想などを話し合いながら鑑賞する幼児
図2.素足で工芸・東洋館の床の感触を確かめる幼児
10)岡山・高橋,前掲著1),76頁.
Ⅲ.「美術館探検」の概要と特徴
1.「美術館探検」の概要
1993
年から2006
年までの14
年間に実施された幼児対象プログラムのうち「美術館探 検」を含む活動は180
回ある。「美術館探検」の概要を説明する。(1)実施手順
「美術館探検」の実施手順は、表2に示す通りである10)。
表2.「美術館探検」の実施手順
経過 活動 職員の行動と幼児の活動
00(分) 挨拶 ①幼児を迎える.挨拶し,歓迎の意を伝える.
03 移動 ①建物の中へ誘導する.②初めの展示室を一巡し,アトリウムへ誘導する.
05 導入 ①美術館はどのような所か伝える.②美術館での約束を話し合う.③美術館には作品 を守るための仕組みや工夫がかくされていることを伝え,探検をして見に行こうと促 す.④「探検リュック」の紹介をする.⑤施錠箇所を開閉する警備職員の紹介をする.
15 探検 ①貯水タンク,変電設備,空調設備,収蔵庫などを見てまわる.
50 総括 ①展示室へもどり.活動を振り返る.
55 移動 ①出口へ移動する.
58 挨拶 ①挨拶し,再訪を期待する意を伝える.
図3.「モネの睡蓮の池」を見る幼児
(2)実施場所
主に本館のバックヤードを見学する。幼児対象プログラムを始めた当初は、分館のバッ クヤードも見学していたが、「全体鑑賞」を2つの館で行うようになった同様の理由から、
現在は本館のみで行っている。本館は
1930(昭和5)年の創立時に建設された部分と 1991
(平成3)年に増築された部分から構成される。「探検」の対象となる収蔵庫や空調設備な どは、主に増築されたアトリウムと新展示棟の地下に設置されており、それらの場所を見 学する。(3)実施時期
年間計画の初め、もしくは終盤に行うことが多い。年間計画の初めに設定する場合は、
「探検」という幼児にとって魅力ある言葉で説明される活動を初めに体験することにより、
美術館そのものへの関心を増そうという意図からである。終盤に設定する場合は、数回の プログラムを経て多様な作品を鑑賞した上で、作品保護のためにどのような仕組みがある かを知らせる意図からである。
(4)実施形態
「美術館探検」は、10 数名から
30
名程の幼児と3名の職員で行う。職員の内訳は、プ ログラム全体を進行し各設備について説明する「進行」と、進行の補助をする「補助」、そして施錠箇所の開閉を行う警備職員である。
2.「美術館探検」の特徴
「美術館探検」では、図4に示すように、変電設備や収蔵庫など、一般来館者が見るこ とのできない設備を見学する。内容の性質から、進行による設備の説明が中心になる。そ のため、図5に示すように、トイレットペーパーを使って空調について説明するなど、分 かりやすい説明を工夫する。また、図6に示すように、警備職員など多様な職種の職員と 交流することができる。
図4.変電設備の説明を聞きながら見学する幼児
図5.トイレットペーパーを使った空調の説明を聞く幼児
図6.警備職員が解錠する様子を見守る幼児
11)文部科学省,前掲著7),263頁.
12)文部科学省,前掲著7),160頁.
Ⅳ.「全体鑑賞」を通した学びと育ち
「全体鑑賞」を通じ、幼児は何を学んでいるのか、「ふりかえりシート」への保育者の 記述から検討する。記述は内容の特徴から、大きく3つに分類することができる。
1.美術館を素足で歩く
【コメント1】工芸館を素足で歩かせて下さり、木や石の感触を直接感じることができました。(2003 年6月 25 日・茶屋町東幼稚園・TT教諭)
【コメント2】裸足になって見学したことは、五感を使っていろいろなことを感じる新鮮な体験でした。(2003 年7月4日・茶屋町西幼稚園・KY教諭)
【コメント3】工芸館では、裸足になり寄木の床の感触を味わうことができて良かったです。いろいろな展示物 に興味を持って見ていました。(2006年12月7日・連島西浦幼稚園・KM教諭)
【コメント4】工芸館では、裸足になり床の感触を味わうことができ、喜んでいました。音の響きも子どもの耳 に入り、日頃では味わえない貴重な体験ができました。(2007年2月6日・三和保育園・HY保育士)
【コメント5】工芸館は素足で感触を確かめながら進み、違った鑑賞の仕方を学びました。子ども心に印象深く 残ると思います。(2006年5月30日・老松幼稚園・TT教諭)
コメント2にもあるように、幼児は「全体鑑賞」で五感を使って美術館を知る。視覚に よる作品鑑賞はもとより、工芸・東洋館に素足で入館し、触覚で建物を感じる。また、聴 覚により音の響きを捉える。進行との対話の中で明確にはされていないが、嗅覚を通し展 示室や各所の空気を嗅ぎ分けているだろう。味覚を具体的に挙げることはできないが、あ る感覚が刺激されることによって、他の感覚も研ぎ澄まされ、活動が活性化されていると 考えることができる。コメント3は、素足での活動により諸感覚が鋭敏になり、作品鑑賞 が活性化されたとも理解することができる。諸感覚を通した鑑賞は、幼児にとって印象深 いものとなるだろう。『幼稚園教育要領』の領域「表現」の内容には「(1)生活の中で様 々な音、色、形、手触り、動きなどに気付いたり、感じたりするなどして楽しむ」11)と示 され、「(幼児は)諸感覚を働かせてそのものを素朴に受け止め、気付いて楽しんだり、そ の中にある面白さや不思議さなどを感じて楽しんだりする。そして、このような体験を繰 り返す中で、気付いたり感じたりする感覚が磨かれ、豊かな感性が養われていく」12)と解
13)文部科学省,前掲著7),261頁.
説されていることにも整合する。
2.標識に関心を持つ
【コメント6】初めに宝物だから大事にしなくてはいけないことを教えてもらい、そのためにこんな約束がある とカードを見せて教えてもらったので、納得して、よく分かったので、その約束を守ろうと努力し、頑張ってい た。(2003年6月4日・若竹の園・MJ保育士)
【コメント7】約束や気を付けることを、分かりやすいカードで示し、子どもからの言葉を引き出して下さり、
ありがとうございました。(2004年5月19日・老松幼稚園・TT教諭)
【コメント8】美術館へ行くのが初めての子が多く、初めにマークの説明や注意する事などをお話をして下さり、
分かりやすく良かったです。(2006年6月2日・新田保育園・SS保育士)
【コメント9】美術館での過ごし方では、絵カードを使って説明して下さった事が、子ども達にも分かりやすかっ たです。園に帰ってからも友達同士で言っていました。(2007年2月6日・三和保育園・HY保育士)
コメントにある「カード」や「絵カード」は、館内禁止事項を示したピクトグラムのこ とである。幼児対象プログラムでは、ピクトグラムを示しながら美術館での行動について 話し合う活動を、すべてのプログラムで行っており、「全体鑑賞」に限った特徴ではない。
しかし、「全体鑑賞」は年間計画の初めに設定されることが多いため、他プログラムに比 べ時間をかけて話し合いを行う。そのため、保育者から多くのコメントが記されている。
「美術館の普及」活動でもあるため、ここで取り上げておこう。
ピクトグラムは、美術館での行動規範を、幼児の視覚に訴えるものである。例えば、手 の形に斜線が引かれたピクトグラムを提示すると同時に、幼児は口々に「さわっちゃだめ」
などと発言する。また、ピクトグラムは一方的に提示するに終始せず、行動の理由を話し 合うための端緒として用いる。そのため、コメントが示すように、幼児は納得し理解しそ のように行動しようと努力すると考えられる。プログラムが「美術館ごっこ」などの遊び に繋がったという事例を、しばしば保育者から報告される。遊びの中で、幼児は率先して ピクトグラムに類似するものを制作するとのことである。ピクトグラムが幼児に親しまれ るものであると同時に、美術館に不可欠なものとして認識されていることが分かる。即ち、
幼児は美術館での行動規範を理解しており、「美術館の理解」に繋がっていると言える。
ピクトグラムの活用は、領域「環境」の内容「(8)日常生活の中で数量や図形などに関心 をもつ」「(9)日常生活の中で簡単な標識や文字などに関心を持つ」13)にも合致する。
14)岡山万里・高橋敏之:「大原美術館における対話による幼児のための絵画鑑賞プログラム」,『美術教育学』第 30 号,美術科教育学会,2009年,160頁.
3.美しいものに出会い感動する
【コメント10】入館して、見たもの、目に映ったものが、子ども達の期待を裏切らない、素晴らしいと感じられ るもので、自分達の普段の生活と別世界のものだったので、驚きや感動が大きかったようだ。帰園しながら「今 日は楽しかったねぇ」「すごい良かった」「おもしろかったなぁ」と友達とおしゃべりしていた。次回を楽しみに している様子が伺われた。(2003年6月4日・若竹の園・MJ保育士)
【コメント11】帰り道、女の子が「楽しかったなー」としみじみとして言っていました。初めての体験、あまり にも大きかったようです。子ども達のこれからの反応が楽しみです。(2004年6月2日・若竹の園・MJ保育士)
【コメント12】子ども達は「おもしろかったなぁ」「大きい絵じゃったな」「絵がいっぱいあった」と口々に楽し そうに話していました。(2004年6月2日・若竹の園・MA保育士)
【コメント13】終わった後、「楽しかった」「また行きたい」と美術館が大好きになったようで、良かったです。(2004 年12月17日・倉敷東幼稚園・AC教諭)
【コメント14】園へ帰りながら「楽しかった」「おもしろかった」と口々に話していました。ありがとうございま した。(2005年12月9日・連島西浦幼稚園・KM教諭)
【コメント15】美術館という所がどういう所か、というのが実際に分かって、よい経験になりました。帰園して からも「楽しかった。また行きたい」などの感想が聞かれ、次回を楽しみにしているようです。(2006 年6月2 日・新田保育園・SS保育士)
幼児は、驚きや感動を素直に表現する。コメントに見られる「楽しかった」「良かった」
「面白かった」「また行きたい」「大きい絵があった」「絵がたくさんあった」などの言葉 は、幼児の心情を素直に表現したものと言える。幼児の驚きや感動の理由を、コメント
10
では「見たもの、目に映ったものが、子ども達の期待を裏切らない、素晴らしいと感じら れるもので、自分達の普段の生活と別世界のものだったので」と分析している。幼児は、自ら関心を持ったもの、興味をひかれたものに、主体的に関わろうとする。コメント
13
に「「また行きたい」と美術館が大好きになった」という記述が見られるように、美術館で 感動した経験は、その後の幼児と美術館との関わりの深化を期待させるものとなる。コメ ント11
では「子ども達のこれからの反応が楽しみです」と、年間計画を見据えた鑑賞の 深化を期待する保育者の眼差しが示されている。「好きな作品」を見つけることが美術館 への関わりの契機になるように 14)、「美術館を好きになる」ことが、作品鑑賞の契機にな ると言えよう。Ⅴ.「美術館探検」を通した学びと育ち
「美術館探検」を通じ、幼児は何を学んでいるのか、「ふりかえりシート」への保育者 の記述から検討する。記述は内容の特徴から、大きく4つに分類することができる。
1.美術館の仕組みを知る
【コメント16】普通では入れない地下の機械室に入らせて頂き、絵を守る為にいろいろな工夫がなされているこ とに関心が持てた。(2002年6月28日・中山保育園・O保育士、IM保育士)
【コメント17】幼児のその都度の疑問に答えて下さったことが、幼児のさらなる質問につながり、興味が深まり ました。(2002年9月19日・中洲幼稚園・SE教諭)
【コメント18】見学させてもらった場所の中身というか内容は、まだ十分に理解できていないかと思うが、次に 訪れる時の「心がわくわくする」ということへの楽しみにつながったのではないかと思い「いろいろ不思議なこ との多い、わくわくする美術館」という思いを焼き付けたようだった。次の日、保護者からの連絡帳に、その興 奮した思いや素晴らしい体験をさせてもらったことのお礼が、たくさん書かれていた。(2003年1月15日・若竹 の園・MJ保育士)
【コメント19】普段見ることのできない所を探検することができて、嬉しく思いました。貯水タンク、変電設備、
収蔵庫、空気の流れ等、分かりやすい説明で、子ども達も理解することができました。大切な絵を守っていく為 には、いろいろなことをしていることが、子ども達なりに理解できました。家庭に帰っても話題になったようで す。私も勉強になりました。(2007年1月11日・鳥の子保育園・TK保育士)
以上のようなコメントから、職員の説明によって、多くの幼児が美術館の作品保護など の機能を、幼児なりに理解していることが分かる。一方、発達過程から、美術館の機能を 十分理解できない幼児の実態を示す記述もある。しかし、幼児が理解できないことが、説 明を価値のないものにするのではない。多角的な教育普及活動の積み重ねが、「美術館に 親しみ楽しむ」ことに繋がると考えられる。
通常では、一般来館者が見ることのない「貯水タンク、変電設備、空調設備、収蔵庫」
などを幼児に見学させることによって、一般的な美術鑑賞ではなく、「大切な絵を守る」
「来館者が快適に鑑賞できるようにする」などの美術館の機能や役割まで学習させようと する点に、幼児対象プログラムの特色の1つがあると言えよう。
2.美術作品に親しみ大切にする
【コメント20】絵が大切に保管されていることを知った後で、絵を見させていただき、一層絵に関心を持つこと ができて良かったと思います。(2004年5月13日・倉敷東幼稚園・HY教諭)
【コメント21】「ここはどんな部屋だと思う?」という質問に、「宝物が眠っている部屋だと思う」という子ども の答えには、この一年間美術館に来させてもらったからこその答えだと思いました。(2005 年2月9日・若竹の 園・MA保育士)
【コメント22】普段は目にすることのない地下室や抜け道などを見せていただき、幼児達は、大変興味をもって 探検することができました。美しい美術品を大切に保管したり、出し入れするためにどのような工夫がなされて いるかということを知ることができ、美術館への興味や関心が深まり、これまでとは違った見方も今後できるの ではないかと思う。(2005年5月12日・倉敷東幼稚園・HY教諭)
【コメント23】大切な絵を守るために、いろいろな工夫がされていることを、子ども達なりに覚えてくれたら、
また、次回から少し意識して見ることができたら…と思います。貴重な経験をありがとうございました。(2006 年7月5日・茶屋町保育園・OH保育士)
初めて美術館に来た幼児が、その独特の空間に展示された美術作品に強い印象と感銘を 受けることは、容易に想像できる。芸術家が、時代を越えて残してきた造形芸術の迫力を 幼児なりの美的感受性で感じ、受け止めたであろう。その唯一絶対無二の美術作品を「大 切なもの」として指導するところに、幼児対象プログラムの教育的妥当性としての特異性 がある。加えて、「美術館探検」では、美術館の作品保護機能を知らせることから、作品 が我々のみならず、過去から受け継ぎ、次世代へ引き継ぐべき価値あるものであることを、
理解するための端緒を得る。発達過程から、すべてを理解することは難しいだろう。しか し、コメント
22
の「これまでとは違った見方も今後できるのではないかと思う」という 記述や、コメント23
の「大切な絵を守るために、いろいろな工夫がされていることを、子ども達なりに覚えてくれたら、また、次回から少し意識して見ることができたら」とい う記述が示すように、長期的な視点及び期待を持って、幼児に美術館を知るための機会を 提供し続けることにより、興味関心が継続され理解が深まると考えることができる。美術 作品の価値及び美術館の存在意義を理解するための、原初的な一歩を「美術館探検」にお いて踏み出していると言えよう。
3.美術館に親しみ楽しむ
【コメント24】家族の方にも、どんなに不思議で面白かったかを詳しく話したそうで、何人かの子が、お母さん とまた美術館へ行こうねと言ったとのことである。(2004年1月14日・若竹の園・MJ保育士)
【コメント25】美術館での一つひとつの貴重な経験が、子ども達にとって、かけがえのないものでした。今日も 帰り道、「美術館、楽しかったなぁー!」「あんな大きいエレベーターもあるんじゃな」と会話もはずんでいまし た。(2005年2月9日・若竹の園・MA保育士)
【コメント26】設備の所から出てきたら元の場所だったり、扉を開けると戸外だったり、驚きが大きかったよう です。いろんな場所があって、驚いて、それが美術館は楽しい所だということにも繋がっているようです。(2005 年2月9日・若竹の・MJ保育士)
【コメント27】園に帰ってからも「隊長」「鍵のおじさん」という言葉が聞かれるなど、楽しんで探検に参加させ てもらえ、「また行きたい」と次回に期待している様子が見られる。(2005年6月10日・同心幼稚園・OT教諭、IS 教諭)
【コメント28】前回までのプログラムで館内や絵に親しんでいたことで、「あっ、ここは~をしたとこだ」などと 発見を楽しむことができていたので、プログラムの後半に探検を組むのが、やはり良いと感じました。(2005 年 9月16日・倉敷幼稚園・OR教諭)
美術館に親しみ大切にするための第一歩は、実際に美術館に行くという行為である。し かし、幼児に美術館で自由行動をさせても、深化発展のある学習は、期待できないであろ う。幼児期は、最初の体験が非常に重要であることは、周知の事実である。したがって、
発達過程に即した入念な配慮と指導計画が必要である。
次項で詳しく述べるが、「探検」という遊びの要素を含む活動を通じ、幼児は美術館に 親しみを持つ。コメントには、幼児が家庭で活動内容を話題にしたことや、友達同士感想 を話し合ったことが記述されている。これらから幼児の内面を推察すると、これまで心的 距離のある存在だった美術館が、幼児にとって身近なものとなったことを表していると言 える。心的距離の縮小は、継続的な活動の設定にもよると考えられる。「美術館探検」以 前の活動と照合させ複合させることにより、あるいは「美術館探検」を契機に美術館への 興味関心を深めることにより、達成される。また、保育施設との連携で行う活動であるこ とから、集団教育の形態の中で、幼児が共通体験をすることにより、印象深いものとなり、
より機能することも指摘できる。
4.効果的な演出によって学ぶ
【コメント29】今年のクラスでも「エルマーのぼうけん」の本が子ども達に大人気で、冒険や探検というものが 大好きです。本当にワクワクしながら、たくさんの特別なことに出会えて、とても良いプログラムでした。(2005 年1月18日・佐保幼稚園・KY教諭)
【コメント30】特別にエレベーターを使ったり、普段は入れない部屋を見たりさせていただき、子ども達も興味 をもって美術館の施設や秘密などを知る貴重な体験をさせていただきました。(2005年6月21 日・中島幼稚園・
YM教諭)
【コメント31】日頃入る事のできない場所を探検するということで、子どもも保育士も一緒に、目を輝かせなが ら探検を楽しむことができました。担当の方の小道具の準備、警備の方のシャッターを開けるタイミングも、子 どもの好奇心を倍増させていたと思います。家庭に帰ってからも、美術館の話で、子ども達も興奮していた様子 です。(2006年2月24日・茶屋町保育園・KM保育士)
【コメント32】探検グッズや鍵係の方の登場の仕方など、幼児を魅きつける工夫をたくさんして下さり、幼児は 楽しみながら、美術館について知ることができました。(2006年5月26日・中洲幼稚園・OM教諭)
幼児が、「冒険」「探検」に強い興味関心を示すのは、コメント
29
の通りである。また、「ワクワクしながら」「興味をもって」「秘密を知る」「目を輝かせながら」「好奇心」「魅 きつける工夫」などの記述から、幼児が楽しんで活動に参加した様子がよく分かる。この ように幼児期の学習には、遊びの要素が必要である。筆者も、プログラムの実施時に「探 検」という言葉を口にした途端、幼児が好奇心に満ちた表情を見せて身を乗り出す姿を、
必ずと言える程見てきた。おそらく「バックヤードを見に行こう」という説明では、幼児 は意欲を持って活動し難いだろう。幼児が進行の話を聞くばかりでなく、「次は何だろう」
「これは何だろう」と意欲的に美術館に関われる端緒となるのが「探検」という言葉によ る説明と言えよう。また、説明のみならず、探検を想起させる具体的な演出により、幼児 の関心や集中を継続させている。例えば、コメントで「探検グッズ」「小道具」と記され ているのは、地図、懐中電灯、トイレットペーパーであり、それらをリュックサックに入 れて、「隊長」である進行が背負う。また、同行し施錠箇所を開閉する警備職員の所在が 一時的に分からなくなり、シャッター前で解錠できず困惑していると、棟内からシャッター を操作し、解錠すると共に再会するという演出も行う。「探検」という演出が、プログラ ムを機能させると共に、美術館への関心や親近感を増す効果があると言えよう。なお、「地 図に関心を持ち、帰園してからの遊びが展開した」という保育者からの報告もあり、ピク トグラムの項でも挙げた領域「環境」の内容(9)にも通じる側面があると言える。
Ⅵ.美術館を知る活動についての総括と今後の課題
本節では、大原美術館の幼児対象プログラムの中から、「全体鑑賞」及び「美術館探検」
について、プログラム実施後の保育者の記述をもとに、幼児の学びと育ちについて検討し、
プログラムの意義を考察した。先ず、「全体鑑賞」では、[1]美術館を素足で歩く、[2]標 識に関心を持つ、[3]美しいものに出会い感動する、に焦点を当てた。次に、「美術館探 検」では、[4]美術館の仕組みを知る、[5]美術作品に親しみ大切にする、[6]美術館に親 しみ楽しむ、[7]効果的な演出によって学ぶ、を取り上げた。
幼児は、「全体鑑賞」及び「美術館探検」を通じ、保育施設では実現できない驚き、印 象、感動、好奇心などを得ると同時に、将来にわたる美術館との関わりの端緒を得ている。
「全体鑑賞」では、展示室を巡りながら多様な作品に触れ、工芸・東洋館を素足で歩くな どにより直接的に美術館と触れ合う。このような体験を通じ、美術館へ親しみを持ち、繰 り返し訪れたいという将来へ繋がる美術館との関わりの端緒を得る。また、ピクトグラム への関心から学んだ作品保護及び鑑賞環境保全のための行動は、公共の場での振る舞いの 基礎となり、幼児期以降も美術館との関わりを円滑にすると考えられる。「美術館探検」
では、「探検」という演出を通じ、幼児なりに美術館の機能を理解し、美術館に親しみを 持つ。また、美術作品が人類共有の財産として「大切なもの」であることを理解する。発 達過程から完全な理解は困難だが、長期的な視点での育ちが期待できる。
生涯学習社会において、美術館などの社会教育施設が有効に機能するため、普及活動な どを通じ人々に働きかけることは当然であるが、施設を十分に活用できる学習者を育成す ることも重要である。生涯にわたり学び続けることの原初的な喜びを知るのは、人格形成 の基礎となる幼児期と言える。幼児期に多様な活動を通じ美術館への親しみを形成するこ とは、生涯を通じた学びへの支援となり得る。
本節では、保育者の評価をもとに考察を行ったが、他の観点や検証方法も検討すること が、今後の課題である。また、幼児対象の鑑賞プログラムを大原美術館と同規模で行って いる美術館が、現在のところ国内に見当たらないため、先行研究の検討を国外の文献に拡 大する必要がある。同時に、幅広い観点から美術館教育及び鑑賞教育について捉え、プロ グラムの独自性について検討することも課題である。