Ⅰ.問題の所在 本稿の目的は,1994 年から 2012 年の高齢者 の胃ろう1 )に関する日本国内の新聞記事の内容 の分析を通じて,1994 年以降の胃ろうの語られ 方の変容を明らかにすることである。 胃ろうは経口摂取ができなくなった患者に行 う人工栄養法の一つである。1822 年に William 1 ) 胃ろうとは,人工栄養の一つで開腹手術や内視鏡 を用いて人工的に作成した胃と皮膚の瘻孔をさ し,近年では内視鏡で行われる PEG(経皮内視鏡 的胃ろう造設術)が主流である。便宜上,術式も 含めて胃ろうと呼ばれている。経口からの栄養摂 取が不可能になった時,栄養摂取の手段として行 われる。現在では主流である PEG を便宜上胃ろ うと呼んでいる。本稿では,表記上の混乱を避け るために新聞記事の表現に合わせて,「胃瘻」で はなく,「胃ろう」と表現を統一している。 Beaumont が銃外傷による胃を治療したことが きっかけとなって,1870 年代に欧米で開腹下で の胃ろう造設術が行われるようになった。その 後,約 1 世紀を経て,1979 年に小児のために米 国で開発された開腹を必要としない「経皮内視 鏡的胃ろう造設術」(以下 PEG と表記)が行わ れるようになった。PEG による胃ろう手術は短 時間でリスクが少ないことから,高齢社会に直 面した日本でも,高齢者医療を中心に 1995 年頃 から急速に普及し始めた(以下,PEG と胃ろう は区別しない)。2010 年の日本病院協会による 全国推計2 )では全国の胃ろう造設を 26 万人と推 2 ) 全日本病院協会による「胃ろう造設高齢者の実態 把握及び介護施設・住宅における管理等のあり方 の調査研究事業報告」。2010 年に調査し 2011 年 3 月に報告された。数の報告において実際に調査さ れている唯一の報告である。
原著論文
高齢者の胃ろうをめぐる社会意識の変容
―1994 年∼ 2012 年の新聞記事の分析を通して―
杉 島 優 子
(立命館大学大学院先端総合学術研究科) 本研究の目的は 1994 年から 2012 年の高齢者の胃ろうに関する新聞記事と歴史的な経過の分析を 通じて,1994 年以降の胃ろうをめぐる社会意識の変容を明らかにすることである。本研究は,1994 年から 2012 年までの 4 大新聞の新聞記事を分析対象とする。研究方法として,量的および質的分析 を採用した。分析は 2 段階方式で行い,1 段階目ではカテゴリー別に基礎集計を行い,後に記事内容 を分析した。その結果は概ね 3 点にまとめられる。1)新聞記事で胃ろうが語られているのは主に高 齢者であった。中でも,疾患をもつ高齢者が 7 割を占めていた。2)記事内容に注目すると,胃ろう の受け止め方として,是か非かの判断をしていない場合が圧倒的に多かった。3)胃ろうをめぐる語 られ方の変化が明らかになった。胃ろうをめぐる記事は,1994 年から主に「新技術」「医療事故」と して紹介された。2000 年代に入り,特に 2005 年から 2006 年頃に,胃ろうをめぐる介護の問題など 家族の苦悩などが語られるようになった。2010 年頃から胃ろうをめぐる是非論が議論されるように なって生命倫理の問題へと変容するに至った。 キーワード:胃ろう,高齢者,社会意識 立命館人間科学研究,No.32,19 33,2015.定している(全日本病院協会 2011)。当初は画 期的な「福音」とされた胃ろうであるが,近年 は高齢者への胃ろう造設に対して疑問の声が上 がっている。2012 年の老年医学会の高齢者への 胃ろうの差し控えや中止の議論に至る経緯を追 うことで,背景にある課題や高齢者への影響が 明らかになると考える。 まず,本稿に関わりがある医学の論文と人文 社会科学の論文を検討する。医学の論文では, 日本で最初に日本式の PEG を開発した上野文昭 が,胃ろうの技術史を簡潔に整理した。現在の 主 流 で あ る PEG の 前 史 と い え る 開 腹 手 術 と PEG の経緯を含めて紹介した。上野は,自身が 開発した日本独自の PEG の紹介と,胃ろうの普 及と改良について述べ,他の内視鏡治療手技は それ自体で意味を持つが,胃ろうは造っただけ では意味を持たないと指摘する(上野 2003)。 鈴木裕は,日本における PEG の変遷を紹介し, 日本と欧米の違いに触れ,欧米の報告に比べて 長期生存が得られていることを指摘して,日本 が抱える問題点に言及している(鈴木 2010)。 人文社会科学では,医療倫理学者の会田薫子 と社会学者の天田城介が胃ろうを論じている。 会田は「技術による医的介入が患者の負担とな り益が見いだせない状態になったら,その介入 を終了することも適切な選択肢」であると論じ る(会田 2011: 222)。会田は米国や英国の例を 引き,日本でも認知症の患者は治療の差し控え や中止を行うことを推奨する(会田 2011: 213)。 他方,天田は近年 10 年の胃ろうをめぐる変遷を 整理した(天田 2012)。天田は二つの問いを提 示している。一つ目は,なぜこれほど胃ろうが 普及したのか。二つ目は,なぜ胃ろう治療の見 直しに向かったのか。天田は,「この 10 年にお いて,尊厳死システムは多数派たる高齢者たち の医療システムのもとでの在宅医療化・地域医 療化において,遂行されている胃ろう治療体制 で胃ろう差し控え,中止するための体制へと完 全に移行・変容したのだ」(天田 2011: 175)と 指摘する。 では,以上の先行研究について検討しよう。 上野は,胃ろうは使いこなしてこそ意味がある と指摘するが,使用する患者への具体的な提案 はない。鈴木は PEG が有用なツールとして,適 応や見直しの議論は急務と述べている。医学的 視点のみで歴史が捉えられ,患者や家族の視点 を含め,社会が胃ろうをどのように捉えたかと いう視点が欠けている。会田は実証研究から論 を立てているが,調査対象が医師に限定されて いる。看護師やその他の医療従事者,患者や家 族の思いを含めた広範な考察となっていない。 天田の考察は近年の 10 年に限られ,日本で胃ろ うが広がり 2012 年のガイドラインができるまで の期間を通しては論じられていない。 胃ろうをめぐる様々な環境があり,そのなか の一つとしてメディアの環境がある。しかし, メディアをめぐる状況やその中で語られてきた 胃ろうについての研究は管見の限り見当たらな い。そこで,人工栄養の分野まで視野を広げると, 生川浩子による「新聞の家庭欄からみた戦後の 家庭生活の変化」がある。生川は人工栄養と乳 児との関連を論じている(生川 1972)。高齢者 に関わる人工栄養とメディアに関する先行研究 も見当たらない。ほかの主題のメディア研究で は新聞記事を分析した研究は多い。社説から読 者の投書,連載記事まで分析した研究もあり, 研究手法も多岐に及んでいる(赤羽 2012; 山本 2014)。 胃ろうや高齢者の人工栄養に関する先行研究 はないが,新聞記事がもたらす議論を喚起する 機能は注目すべきだろう。本稿で新聞記事に着 目したのは,数多くあるマスメディアの中でも 幅広い世代との関わりのある媒体だからである。 さらに加えて過去の記事についても十分にアー カイブ化されているために,研究資料として利 用が可能である。社会心理学者の橋元良明の調
査によると,インターネットの信頼性は徐々に 上がってきているとはいえ,新聞の信頼度はイ ン タ ー ネ ッ ト や 雑 誌 を 圧 倒 し て い る( 橋 元 2011)。これらのことからも胃ろうの語られ方の 変容を明らかにするために,新聞記事を活用す ることは有用だといえる。近年,新聞報道の内 容を分析することによって社会意識を探ろうと する研究も行われている(岡野・笹野 2001)。 「社会意識」とは「ある社会集団の成員に共有 されている意識」(見田 1979)である。樋口は, マスメディアの報道内容と,「ある社会集団の成 員に共有されている意識」としての,社会意識 の間には強い関連ないし類似性が生じていると 指摘する(樋口 2014)。同様に本稿でも新聞記 事は読者の関心や認識,つまり社会意識を表し ていると考える。 日本で胃ろうが広がり,2012 年のガイドライ ンができるまでの期間において,社会の中で胃 ろうがどのように語られてきたのかを明らかに した論文は今までにみられない。だからこそ, 本稿では,日本社会で胃ろうをめぐる社会意識 が,どのような経過をたどったのかを明らかに する。胃ろうが社会意識としてどのように受け 止められたのかということは,社会的に構築さ れた現実としての「胃ろう」の変容を跡付ける ものである。技術が普及するかどうかは,その 技術そのものの特徴というよりも,社会がその 技術をどう受け止めるかによって決まる部分が 大きい(Rogers 2003)。日本社会がこの技術(胃 ろう)をどのように受け止めたかという分析が 重要で,それも新聞記事を使った実証的な分析 をすることは,社会的意義があると考える。 本論文で,なぜ内容分析を使用したのかにつ いてここで述べておく。内容分析とはデータを もとにそこから(それが組み込まれた)文脈に 関して再現可能でかつ妥当な推論を行うための 一 つ の 調 査 技 法 で あ る(Krippendorff 1989)。 また,内容分析は,コミュニケーション・メッセー ジの諸特性を体系的・客観的にとらえるための, 主として数量的な処理を行う手続きである(鈴 木 1990)とも言われている。本稿の分析でも, 数量的な処理を行い,他者がおこなっても再現 可能である。加えて,内容分析の特徴の一つに, 明示的な内容のみが対象になる。本稿の分析対 象は新聞記事であり,まさに明示できるもので ある。これらの特徴から本稿の分析方法として, 内容分析が適しているといえる。 本稿の分析においては,量的分析だけでなく, 質的分析も行っている。樋口は Holsti による「量 的分析によってデータの質的側面についての発 見が得られる」との指摘からも,内容分析では 量的方法と質的方法とが互いに相容れない,断 絶した排他的なものとはとらえていないと述べ ている(樋口 2014)。仮に可能な限り厳格な形 で量的分析を行ったとしても,研究のさまざま な段階で,量的ではない質的な作業が必要にな る(樋口 2014)。これらのことからも,内容分 析において量的・質的分析は欠かせないもので あり,本稿でもその分析方法を重視した。 本稿の構成は次の通りである。第 2 章では, 本稿の分析方法とその概要を述べる。第 3 章で は,分析結果について記す。第 4 章では,分析 結果を踏まえて考察を加える。最後に,第 5 章 では,本稿の結論として分析結果からこの十数 年の胃ろうをめぐる社会意識の変容を論じる。 Ⅱ.分析方法と概要 1.分析目的 本稿では,胃ろうの新聞報道から胃ろうをめ ぐる社会意識の変容を分析・解明することを目 的とする。 胃ろうに関する新聞報道には様々な立場の人 たちの胃ろうに対する意見が反映され,当時の 社会意識を読み解く重要な媒体といえる。新聞 報道の分析を通して,胃ろうが普及し問題化さ
れた経過やその要因及び社会構造を明らかにし, 胃ろうに関する語りと変容を俯瞰できると考え る。 2.分析対象の年代 分析対象の年代を 1994 年から 2012 年までと した理由を説明する。端的に言えば,初めて胃 ろうが新聞記事に取り上げられたのが 1994 年 で,2012 年 6 月,日本老年医学会が高齢者の終 末期における指針を決定したからである。最初 に胃ろうを取り上げた新聞報道は 1994 年 6 月 1 日付の『朝日新聞』である。その後,数のばら つきはあるものの胃ろうの報道は徐々に増加し, 現在では高齢者を中心に社会の関心事となった。 2012 年 6 月,日本老年医学会が高齢者の終末期 における胃ろうなどの人工的水分や栄養補給の 導入や中止,差し控えなどを判断する指針を決 定した。この十数年の胃ろうの議論の末に今後 の方向性が示された年として区切りとした。 3.分析方法 分析方法は量的・質的の両方を含めた新聞の 内容分析3 )を行った。分析対象は,1994 年から 2012 年の新聞報道である。具体的には,『毎日 新聞』『朝日新聞』『読売新聞』『日本経済新聞』 の通常の記事や連載記事のほか,投書欄を含め た新聞記事に注目する。投書欄も加えて,当時 の読者の認識を把握する。具体的な方法は以下 の通りである。 1) 分析対象は『毎日新聞』『朝日新聞』『読売 新聞』『日本経済新聞』とする。 2) 『朝日新聞』はデータベース「聞蔵Ⅱビジュ 3 ) 内容分析の特徴として,システム論的アプローチ がある。これは一定期間におけるコミュニケー ション内容の動向を探ろうとする論である。つま り,取り上げられる主題や関心の分布がどのよう に変化してきたか,という問いに対して,新聞記 事からそれを明らかにする,というのが内容分析 の最も一般的な推論の枠組みである(谷・芦田 2013)。 アル」,『読売新聞』はデータベース「ヨミ ダス歴史館」,『毎日新聞』はデータベース 「毎日 News パック」,『日本経済新聞』は, データベース「日経テレコン 21」で検索 を行った。それぞれのデータベースから キーワード「胃瘻」と「胃ろう」で検索を 行い,合計 651 件4 )の内容を分析した。 3) 分析は二段階の方法で行った。一段階はカ テゴリー別に基礎集計を行い,後に内容を 分析した。 Ⅲ.結果 1.記事件数の経緯 「胃瘻」あるいは「胃ろう」が新聞各紙に登場 する記事件数を,データベースから拾うと図 1 のようになる。 2.カテゴリー別の基礎集計結果 新聞記事のデータを整理して全体的な傾向を 多角的に分析した。各カテゴリー分類の基準を 示す。すべての記事を胃ろうの施される対象者 の年齢カテゴリーで分類した(以下年齢カテゴ リーと記す)。分類の種類は「高齢者」「成人」「小 児」に分けた。「高齢者」は 65 歳以上,「成人」 は 18 歳から 64 歳,「小児」は 0 歳から 17 歳と した。その際,年齢が不明の記事は「その他」 と位置付けた。また,60 歳代など年齢が特定で きず分類できないものは「年齢不明」とした。 「高齢者」「成人」「小児」をさらに分類した。 例えば「高齢者」も様々な状況がみられ一括り にはできないので,状況に合わせた分析が必要 である。「高齢者」と「成人」は「障害」「認知症」 「疾病」「ALS」の 4 種類に分けた。「障害」は重 度障害,「疾病」は脳梗塞等とした。「認知症」 4 ) データベースによる検索数は,667 件であったが, 読売新聞で 14 件,毎日新聞で 4 件のデータ内容 が記載されておらず,合計数は 651 件となり,そ の内容を確認していった。
と「ALS」は胃ろう造設している人がいること は自明なので,あえて単独で取り上げた。 次に,カテゴリー別の分析結果である。まず, 年齢カテゴリーでは,高齢者カテゴリーが 385 件(83.5%),成人カテゴリーが 52 件(11.3%), 小児カテゴリーが 22 件(4.8%)である。年齢 が特定できる記事では「高齢者」が 8 割以上を 占める。各年齢カテゴリーに分類すると,高齢 者では「疾病」272 件(70.6%),「認知症」100 件(26.0%),「ALS」8 件(2.1%),「障害」5 件 (1.3%)である。高齢者カテゴリーでは「疾病」 が 7 割と圧倒的に多く,「認知症」が 4 分の 1 を 占 め る。 成 人 カ テ ゴ リ ー で は「 疾 病 」29 件 (55.8%),「ALS」12 件(23.1%),「障害」10 件 (19.2%),「認知症」1 件(1.9%)である。成人 カテゴリーでも「疾病」が 5 割以上で最も多いが, 次に多いのは「ALS」で約 4 分の 1 を占める。 小児カテゴリーでは「重症心身障害児」とそれ 以外に分けて分析した。その結果,「重症心身障 害児以外」16 件(72.7%),「重症心身障害児」6 件(27.3%)である。 年齢が明らかでない記事は「不明」として 24 件である。例えば,「60 代」という表現では, 成人期と高齢期のどちらのカテゴリーにも捉え られる。上記の三つの年齢では分類できない「そ の他」の記事,年齢表記がない「セミナーのご 案内」,「新商品の開発」などは 202 件である。 次に,さらに 4 紙に着目した。図 2 に示すよ うに,四つの新聞紙合計での個別記事の種別で は「記事(一般記事)」が 335 件(51.4%),「連載」 204 件(31.4%),「投書」80 件(12.3%),「特集」 27 件(4.1%),「社説」が 4 件(0.6%)であった。 一番多い「記事」と 2 番目に多い「連載」が他 に比べて明らかに多い。 新聞紙別の傾向を分析した。初めに胃ろうを 扱った新聞報道は,1994 年の朝日新聞であった が,その後 2012 年 12 月末までの記事数は,読 売新聞が 245 件,朝日新聞が 234 件,毎日新聞 は 104 件,日本経済新聞は 68 件で,読売新聞と 朝日新聞の記事数が多い。4 紙の記事を年齢別 に見てみると,8 割弱から 9 割近くが高齢者で ある。 次に 4 紙の特徴を述べる。読売新聞は,他紙 の「連載」掲載率が約 2 割に対して 4 割と際立っ て高い。朝日新聞は,他紙の「投書」掲載率が 0 ∼ 1 割強に対して 2 割と多い。日本経済新聞は, 他紙の「一般記事」が 5 割前後に比べて 7 割と 多かった。毎日新聞は,特に特徴は見られなかっ 㻜 㻝㻜 㻞㻜 㻟㻜 㻠㻜 㻡㻜 㻢㻜 㻣㻜 㻤㻜 㻝㻥㻥㻠㻝㻥㻥㻡㻝㻥㻥㻢㻝㻥㻥㻣㻝㻥㻥㻤㻝㻥㻥㻥㻞㻜㻜㻜㻞㻜㻜㻝㻞㻜㻜㻞㻞㻜㻜㻟㻞㻜㻜㻠㻞㻜㻜㻡㻞㻜㻜㻢㻞㻜㻜㻣㻞㻜㻜㻤㻞㻜㻜㻥㻞㻜㻝㻜㻞㻜㻝㻝㻞㻜㻝㻞 (ᖺ) (௳) ẖ᪥ ᮅ᪥ ㄞ ᪥⤒ 図 1 年代別新聞記事データ数の変遷 出典:データベースをもとに筆者作成
た。 年齢と胃ろうに対する受け止め方の関係を各 カテゴリー別に整理する。「肯定」と「否定」に ついてここで,判断の基準を示す。こうした記 述があれば肯定とみなすものとして,「胃ろうを つけて元気になれてよかった」「鼻のチューブが 抜け笑顔が見られるようになった」「顔色がよく なり,動けるようになった」「床ずれがよくなっ て痛みを訴えないようになった」等とした。反 対に否定は「胃ろうをつけても元気にならなかっ た」「再び食べられるようにはならなかった」「胃 ろうをつけて栄養を入れ続けることが本当の医 療の在り方なのか」「介護負担が減らなかった」 などと規定した。「高齢者」の「疾病」は肯定 37 件(9.6 %), 否 定 41 件(10.6 %),「 認 知 症 」 は肯定 8 件(2.1%),否定 24 件(6.2%),「障害」 は肯定 2 件(0.5%),否定は 1 件も見られなかっ た。「ALS」はどちらも 0 件であった。「成人」 の「疾病」は肯定 2 件(3.8%),否定 0 件,「障害」 も肯定 2 件(3.8%),否定 0 件,「認知症」は肯 定 1 件(1.9%),否定 0 件だった。「ALS」はと もに 0 件であった。「小児」の「重症心身障害児 以外」は肯定 1 件(4.5%),否定 0 件,「重症心 身障害児」は肯定否定どちらも 0 件であった。 胃ろうの判断なしは「高齢者」242(62.9%),「成 人」42(80.8%),「小児」21(95.5%)と,いず れの年齢でも割合が高い。胃ろうに対する肯定 否定の判断を下していない記事が圧倒的に多い ことが明らかになった。 2012 年 6 月 27 日の老年医学会が出した指針 を一つの区切りとして,それ以前,以後で比較 を 行 っ た。 指 針 の 策 定 以 前 は, 肯 定 が 50 件 (8.8%),否定 58 件(10.3%),どちらともいえ ないが 22 件(3.9%)で,判断をしていないが 435 件(77%)と最も多かった。策定以後は, 肯定 6 件(6.5%),否定 10 件(10.8%),どちら と も い え な い が 5 件(5.4 %) 無 判 断 が 72 件 (77.4%)と,上記と同様に判断をしていない記 事が最も多かった。 3.代表的な記事内容 次に,代表的な記事として以下がみられた。 図 3 に示すように,1994 年から 1999 年にか けて胃ろうの記事は 10 件であった。なかでも紙 面をさいて書かれていたのは,3 件の「新技術 の紹介」と 1 件の「医療事故」であった。その ほか,単発の記事として介護問題・介護負担, 倫理問題,リハビリや医療ケアなどが報じられ ୍⯡グ ♫ㄝ ᢞ᭩䠄ኌ䠅 㐃㍕ ≉㞟 ㄞ 㻝㻜㻡 㻜 㻝㻞 㻝㻝㻝 㻝㻣 ᮅ᪥ 㻝㻞㻜 㻞 㻡㻝 㻡㻞 㻥 ẖ᪥ 㻢㻜 㻞 㻝㻣 㻞㻠 㻝 ᪥⤒ 㻡㻜 㻜 㻜 㻝㻤 㻜 㻠⣬ྜィ 㻟㻟㻡 㻠 㻤㻜 㻞㻜㻡 㻞㻣 㻜 㻡㻜 㻝㻜㻜 㻝㻡㻜 㻞㻜㻜 㻞㻡㻜 㻟㻜㻜 㻟㻡㻜 ୍⯡グ ♫ㄝ ᢞ᭩䠄ኌ䠅 㐃㍕ ≉㞟 ㄞ ᮅ᪥ ẖ᪥ ᪥⤒ 㻠⣬ྜィ 図 2 新聞紙別記事内容の変遷 出典:データベースをもとに筆者作成
た。1994 年 6 月, 朝 日 新 聞 に「「 腹 か ら 胃 に 」 管通し栄養補給 北里大東病院が実績を重ねる」 というタイトルで,初めて胃ろうの記事が掲載 された。内容は以下の通りである。 脳卒中の後遺症などで口から食物を取れない患 者に対し,従来の「鼻から胃」ではなく「腹から 胃」に管を通す栄養補給法が,相模原市の北里大 学東病院で実績を上げている。新技術ではないが, 外科的治療を要しない神経内科の分野での普及率 はまだ低い。同病院では「栄養補給が簡単で自宅 療養が可能」と,十月に札幌市である日本消化器 内視鏡学会で成果を発表することにしている。同 病院によると,鼻から胃に管を通す方法は幾つか の欠点がある,という。違和感,かぶれ,外見の 悪さなどだが,最大の難点は自宅療養ができず入 院を余儀なくされることだった。そこで考えられ たのが「内視鏡的胃瘻(ろう)造設」と呼ぶ栄養 管理だ。一九八〇年に米国で開発され,いまは主 流だ。北里大では八七年に採り入れた。胃の中に 内視鏡を入れて空気を送り,膨らんだ胃壁と腹壁 を密着させて腹の皮膚から胃の内部まで穴を開け る。そこから直径八ミリの管を通して先端を胃壁 に固定し,腹部から栄養を注入する。約十分間の 手術だという。同病院の難疾病治療センターでは, これまでに五十四例の実績を持ち「栄養剤の逆流 などがあった二例以外はすべて成功した」(長谷 川一子講師)。うち三十五例の患者が退院してい るが,残りは疾病の重症化で在宅介護が不可能な 例だった。合併症も併発せず,ふろにも入れ,関 連による死亡例もないという。消化器疾病治療セ ンターの嶋尾仁講師は「手術も容易で保険もきく 有効な手段だ。患者や介護者とともに,もっと神 経内科の医師に普及させたい」と話している。 (朝日新聞 1994) 胃ろうによる初の死亡例を報じたのも朝日新 聞であった。「手術ミスで夫死亡 妻ら,国相手 に 損 害 賠 償 訴 訟 高 松 地 裁 へ 5 )」( 朝 日 新 聞 1997)である。1989 年,男性は香川医大病院で 脾臓摘出術を受けた。その後,摘出術の感染が 5 ) 事故が 1992(平成 4)年 3 月で,裁判終結が 2001 (平成 13)年 9 月。血管損傷により出血多量が原 因で死亡に至った。この事件は,医師の責任が明 らかにならず,結局和解になった。当時は簡単な 手術と説明され,手術同意書も求められていない。 当時はまだ胃ろうの数も少なく,今ほど胃ろうが 注目されていなかったことが窺える。 㻜 㻞㻜 㻠㻜 㻢㻜 㻤㻜 㻝㻜㻜 㻝㻞㻜 㻝㻠㻜 㻝㻢㻜 㻝㻤㻜 㻞㻜㻜 㻝㻥㻥㻠ᖺ䡚㻝㻥㻥㻥ᖺ 㻞㻜㻜㻜ᖺ䡚㻞㻜㻜㻥ᖺ 㻞㻜㻝㻜ᖺ䡚㻞㻜㻝㻞ᖺ ᢏ⾡䞉ᨾ ㆤၥ㢟䞉ㆤ㈇ᢸ ⌮ၥ㢟 䛭䛾 図 3 4 紙合計の主な記事内容の変遷 出典:データベースをもとに筆者作成
原因で脳幹に障害が起き,1991 年 3 月に脳梗塞 で右半身不随になった。後に栄養摂取が困難と なって,1992 年 3 月に同病院で PEG を受けた。 その際,手術開始後 6 時間が経過した時点で腹 腔内出血を起こして死亡した。 1990 年代に各社が取り上げた胃ろうの記事は 10 件とまだ少なく,うち 4 割は胃ろうが論点で あった。2000 年代に入ると,4 紙すべてが胃ろ うを扱い始めた。図 3 に示すように介護問題が 3 割弱と多い。他には,新技術の紹介と医療事 故が 2 割弱,倫理問題が 1 割弱であった。その 他は 4 割強で,内容は医療的ケア,リハビリ, 後見人問題,NPO 紹介,地域連携,調査アンケー ト結果,セミナー紹介,新器具の紹介など単発 記事を含めて多岐にわたっていた。 2000 年初めは胃ろうの利点が掲載された。特 に,2001 年 7 月から鈴木が読売新聞に繰り返し 登場したのが大きく影響したと考えられる。報 道の拡大とともに,手術操作が比較的容易だっ たこともあって,多くの医師が胃ろう造設を行 うようになった。鈴木を中心に PEG ドクターズ ネットワーク(PDN)は読売新聞及び日本経済 新聞に紹介された。当時,鈴木は「第二の口, 患者に優しい医療の一つ」「QOL の向上の効果 は大きい」(日経新聞 2000)と胃ろうの有効性 を語っている。その他の専門家も「「胃ろう」知 識あればケアは簡単」(読売新聞 2001)と投書 を寄せた。2003 年,鈴木を中心とする NPO 法 人「NPO ドクターズネット」がホームページで 胃ろうを手がける病院を掲載し始めた。2003 年 1 月には 330 の医療機関が胃ろうを行うように なったことや年間 10 万人以上に PEG が広まっ ていることが掲載された(日本経済新聞 2003)。 このように医療実態と連動した新聞報道によっ て,胃ろうは全国的に周知された。 2000 年代の中ごろから徐々に胃ろうをめぐる 報道も変化した。胃ろうの利点だけでなく,家 族の介護における苦悩や施設入所の困難さが指 摘されるようになった。下記は 2007 年に毎日新 聞が取り上げた 49 歳の専業主婦が実家の母親を 介護した深刻ともいえるケースである。 認知症になり,行き場がなくなった母を引き 取った。[……]胃ろうの母に少しでも口から食 べてほしくて,刻み食を作り,母の笑顔を見て私 は幸福だった。オムツ交換も苦痛ではなかった。 そのうち,母の顔から表情がなくなった。何を言っ ても無反応になり,張り詰めていた私の心が壊れ 始めてきた。オムツ交換をしても,すぐにシーツ までボトボトになることが,一日に何度も何度も 続いた。無反応な母を責めた。[……]私は何の ために母を引き取ったのだろう?怖い顔で責め立 てる。今,自分はきっと鬼のような顔をしている だろう。鏡を見るのが怖かった。寝たきりの母も 泣きたかっただろうか?しばらくしたあと,ベッ ドから落ちてけがした母を見て,私の心は砕け 散った。母が入所する施設が決まり,その半年後 に母は亡くなった。[……]3 年たった今も私の 心の中にはほどけない糸がある。 (岡本 2007) 認知症が進行して無反応になる母にいら立つ 娘。介護期間は半年であったが,娘は一人で母 を介護しながら,母だけでなく自分を追いつめ たことが窺える。 2008 年には「栄養補給,胃にチューブで胃ろ う,高齢者に広がる一方で失望の声も」(寺崎 2008)が報じられた。厚生労働省の「高齢者の 医療のあり方検討委員会」調査報告書(2007 年) によると,患者・家族の 107 人のうち 27%が「手 術前に受けた説明と違う」と答えていた。その 理由として「再び口から入るようにならなった」 「合併症が少なくなかった」「介護負担が軽減で きなかった」「栄養管理に手間がかかった」など が挙がった。報告書は,胃ろう造設後も嚥下訓 練などを行うことや,手術前に術後の病状や看
護・介護体制,家族負担について十分説明する 必要があると指摘する。 朝日新聞は「介護職に医療補助作業認めて」 という投書を掲載した。「介護度 4 の妻を在宅で ホームヘルパーの助けを借りながら介護してい る。食べることから排泄まで 24 時間,365 日エ ンドレスで続いている」(渡辺 2009)。74 歳の高 齢の夫が妻を介護しているケースであり,胃ろ うの注入 6 )はヘルパーには禁じられていて,家 族の負担が大きい。医療的ケアの負担の大きさ から,ヘルパーでも医療的ケアを行えるよう家 族が強く希望していることを伝えている。 図 3 に示すように,2010 年には倫理問題が 4 割と多くなった。他には,新技術の紹介と医療 事故が 0.3 割,介護問題が 1 割であった。その 他は 4 割強で,事例報告や医療的ケア,リハビリ, ALS 支援,著書紹介,診療報酬,講演会のお知 らせ,介護型療養施設,介護保険,調査アンケー トの結果,セミナー紹介など多岐にわたってい た。 朝日新聞が「私の視点」として医師の意見を 紹介した。ここでは,3 名の意見を取り上げる。 元自治医大消化器外科教授で療養病床を初めて 担当した医師の笠原小五郎は「入院した 67 人の 患者の主な疾病は脳卒中の後遺症と末期の認知 症で,うち 40 人は胃ろうなどで栄養を補給され, そのうち 17 人は植物状態である」と述べ,「早 期に退院させたい担当医が,『胃ろうをつくらな いと死にますよ』と家族が拒否できない状況の 中で,胃瘻を造設する」と指摘する。その上で, 「わが国では『食べられなくなったら胃ろう』と いう短絡的な思考が許されてきた」「誰のための 終末期医療なのか,という視点がまったく欠け ている」と批判する。笠原は胃ろう患者を 40 万 6 ) 以前より介護士による医療的ケアの実施は家族の 強い要望であった。この要望は,2012 年介護報酬 改定につながり,看護師の指導のもとで研修を受 ければ,介護士は胃ろうや吸引ができるように なった。 人と想定し,毎年 6 千億ものお金が使われてい ると紹介し,終末期医療における胃ろうのあり 方を考え直す時が来ているのではないかと指摘 する(笠原 2011)。 次に,笠原の意見に共感しつつ,脳神経外科 専門医の林俊行は,胃ろうを造設する医師とし て別の見解を述べる。林は胃ろうの効果は十分 にあると認めたうえで「問題はいつ,誰が,栄 養補給を次第に減らしたり,中止したりするこ とを決めるのか。それは,倫理的・法的に許さ れるのかということだ」と述べる。林は自分な りの栄養補充を中止する三つの条件を提案する。 三条件は,①複数の専門医が植物状態と診断す ること。②家族が全員一致で中止を要求するこ と。③医療関係者以外にも構成員に含む病院の 倫理委員会が全員一致で中止を求めることであ る。しかし,現在の医療現場に指針等が未整備 であり,悩ましい状況だと指摘する(林 2011)。 3 人目は介護保険施設長の野間昭夫の意見で ある。先の 2 名の医師の主張に関心を持ち,介 護保険施設の医師として胃ろうを造設された人 の世話をする立場から意見を述べている。林の 「脳卒中後,相当期間が経過しても,胃ろうを造 設するかどうかの判断は困難」という指摘に同 意見だと述べる。その上で「植物状態で長生き することは,人間の尊厳から考えても,また, 公的医療保険の財政面から考えても,あっては ならないことだろう。胃ろう造設を判断する時 期や基準について厚生労働省の主導で十分に議 論し,国民的な合意を得るべきときが来ている」 (野間 2011)と声をあげている。 3 回にわたって,医師が胃ろうに対する慎重 論を唱え,胃ろうの見直しを求める記事が掲載 された。さらに,胃ろうの文字は出てきても, 胃ろうが論点ではない記事が増える。例えば「高 齢 者 医 療 や は り 介 護 型 病 床 は 必 要 」( 吉 岡 2011)などであり,以下に記す。
介護保険の費用を使って入院する「介護型療養 病床」という医療施設が,全国に 8 万 5 千ベッド ほどある。[……]だが,2006 年の医療改革で「介 護型の療養病床は 11 年度末で廃止し,他の介護 保険施設などに転換する」と決まった。[……] 現場はケアに手が回らず,身体拘束や不要な胃ろ うの造設など,安易な方向に走りかねない。[……] 廃止を猶予するのではなく,廃止の方針自体を撤 回し,その上で,介護型療養病床がどれぐらい必 要か,改めて検討するべきだ。 (吉岡 2011) 2012 年 1 月末,日本老年医学会は「高齢者の 終末期の医療およびケアに関する立場表明」を 発表し,11 年ぶりに内容を見直した。同年 6 月 27 日,日本老年医学会は高齢者の終末期におけ る胃ろうなどの人工的水分・栄養補給について, 患者や家族の事情を考慮して,差し控えや中止 の選択肢を示した(朝日新聞 2012)。新聞では 指針の変更など重要な記事が各社に掲載された。 Ⅳ.考察 1.新聞記事のカテゴリー分析 胃ろうに関する新聞記事が紙面に初めて登場 したのは,朝日新聞の 1994 年 6 月 1 日である。 図 1 に示したように,1990 年代は記事数も少な く年に数件であった。胃ろうの記事が各新聞紙 上で増加傾向を示すのは 2001 年からである。そ の後,記事数は微増であったが,2005 年から 2006 年に記事数が増え,2010 年を境に急増し, 以後,頻繁に登場するようになった。 年齢別では「高齢者」「成人」「小児」のうち「高 齢者」が 83.5%と 8 割以上で圧倒的に多い。特 に「高齢者」の胃ろう造設が様々な議論を呼ん でいる。「高齢者」カテゴリーでは「疾病」が 70.6%と 7 割を占め圧倒的に多い。あくまで新 聞記事の分析なので,現実のすべてを示してい るわけではない。そのことを踏まえたうえで, この結果から,もともと大きな疾病がなかった 人が脳梗塞などの疾病に罹患し,後遺症のため に胃ろう造設を必要としたことが可能性として 考えられる。「疾病」以外には「ALS」2.1%,「障 害」1.3%であった。「認知症」は 26%と 4 分の 1 を占める。胃ろうを論じるうえで,高齢者の 認知症の問題は避けられないことが浮き彫りに なった。 年齢と胃ろうに対する受け止め方について記 す。「高齢者」と「疾病」では肯定 9.6%,否定 10.6%と 1 割前後しか見られない。「認知症」で は肯定 2.1%,否定 6.2%,「障害」では肯定が 0.5%, 否定意見はなかった。「認知症」や「障害」は肯 定や否定の意思表示は極めて少ない。「ALS」は どちらも見られなかった。 「成人」は「疾病」では肯定 3.8%,否定 0,「障 害」では肯定 3.8%,否定 0,「認知症」では肯 定 1.9%,否定 0 であった。「ALS」はともにみ られなかった。「小児」では,重症心身障害児以 外では肯定 4.5%,否定 0,重症心身障害児では 肯定否定どちらも見られなかった。全体的に「成 人」と「小児」の胃ろうの是非の明示はわずか である。 「高齢者」は 6 割,「成人」は 8 割,「小児」は 9 割 が 胃 ろ う の 是 非 の 判 断 を 下 し て い な い。 2014 年 6 月に老年医学会が出したガイドライン 策定前後を比較してみたが,結果は変わらなかっ た。胃ろうの是非に対する無判断の記事がガイ ドライン策定の前後を問わず一番多い。変化と しては,策定前に比べて肯定が減少し,どちら でもないと読み取れる記事が増えた。否定は若 干増えたとはいえ,大きな変化はない。ガイド ライン策定は,胃ろうに対しもともと肯定的で あった人にとっては,自己の判断が正しいかど うかなどを考える契機になったのではないかと いうことが推測できる。
2.年代における胃ろうをめぐる社会意識の変化 (1) 1990 年代―胃ろうにおける普及の開始 時期 新聞記事の胃ろうの語られ方は変化してきた。 1994 年の初出記事では「新技術ではないが,外 科的治療を要しない神経内科の分野での普及率 はまだ低い」と述べている。以前の開腹手術で はないことや当時は PEG が日本で普及していな いことが分かる。「一九八〇年に米国で開発され, いまは主流だ。北里大では八七年に採り入れた」 との記述から,現在では米国で主流ではなくなっ た PEG が当時は米国で広まっていたと読み取れ る。すでに 54 例の実績を持ち,栄養剤の逆流な どのあった 2 例を除いてすべて成功し,そのう ち 35 名の患者は退院している。当初の成績は良 好で胃ろうは画期的技術として迎えられた。当 時は,胃ろうは世に知られてはいなかったが, こうして徐々に報道されるようになった。 1994 年から 1999 年にかけて胃ろうの記事は, 初めは新技術として事実の紹介が行われた。10 件のうち 4 件は,新技術の紹介と医療事故で, その他は一般記事であった。1994 年 6 月,朝日 新聞に「「腹から胃に」管通し栄養補給 北里大 東病院が実績を重ねる」として,初めて胃ろう の記事が掲載された。 胃ろうによる初めての死亡例を報じたのは朝 日新聞であった。「手術ミスで夫死亡 妻ら,国 相手に損害賠償訴訟 高松地裁へ3 )」(朝日新 聞 1997)である。このケースは 1992 年 3 月の 医療事故であるが,訴訟となり報道されたのは 5 年後であった。 この時期,各新聞社が取り上げた胃ろうの記 事は 10 件と少なく,4 割は胃ろうそのものが論 点であった。記事は胃ろうの「新技術の紹介」「医 療事故」が主流であった。 (2) 2000 年代―胃ろうの普及と胃ろう批判の 出現期 2000 年代後半には,「高齢者に広がる一方で, 失望の声も」という記事もあることから,胃ろ うは広がりを見せるが,同様に様々な問題が表 出しつつあったと読み取れる。 先述したケースのように,後悔・苦悩・介護 負担,特に介護者の高齢化に伴う身体的負担と いった介護者の生の声は,すでに 2000 年代前半 から述べられる。困難事例ほど介護者以外の姿 が見えず,介護者の孤軍奮闘が伝わってくる。 2000 年代後半は,施設入所の困難による家族の 不満の増加が特徴である。介護者がショート・ スティを希望しても,胃ろうの医療的ケアを理 由に施設に受け入れられず,介護難民が増えて いる。 記事数の推移で示したように,2005 年から 2006 年ころに介護における家族の不安や苦悩・ 苦痛の声・施設での受け入れ拒否などの諸問題 が記事に取り上げられ,記事数が増加している。 (3) 2010 年∼ 2012 年 ―胃ろうの見直し論 への転換期 胃ろうに関わる重大な出来事として,先述の 鈴木の 2010 年のテレビ出演がある。少し後の 2010 年 12 月に,新聞紙上で鈴木は「回復の見 込みがないまま胃ろうをつけるのがいいのかど うか。胃ろうを試す機会を奪わないのはもちろ んだが,治療効果がなければ使用を見直す機会 があってもいい」と指摘した(読売新聞 2010)。 胃ろうを推進してきた鈴木の発言は,テレビと 同様に注目され,今まで胃ろうに関心を持って いた人にはもちろん,関心のなかった人にも大 きな影響を与えたと思われる。 2010 年を皮切りに胃ろうを取り巻く状況は大 きく動いた。石飛幸三や鈴木の影響で,胃ろう を使用する当事者および家族,その人たちを支 える医療専門職,一般の人々により,新聞報道
で胃ろうの是非が検討され始めた。その流れは 2011 年に引き継がれた。造設する医師,造設後 の患者を引き受ける医師の慎重論は,市民に「胃 ろうは問題である」と認識する一つの材料に成 り得たのではないだろうか。2011 年の朝日新聞 では,1 年間の記事数 54 件に対し,投書は 23 件も寄せられるなど反響は大きかった。2011 年 10 月から 11 月にかけて読売新聞では,「[医療 ルネサンス]胃ろうを考える」という連載記事 が掲載され,市民の声が反映された。2011 年 6 月, 石飛は読売新聞からインタビューを受ける。石 飛の著書『「平穏死」のすすめ』は 45,000 部を 売り上げ,100 回の講演を行い,翌年 1 月まで 予定が詰まっている状況であった(藤田 2011)。 いかに石飛の考えが市民から注目を集めたかが 読み取れる。 近年,胃ろうが論点ではない記事も増えてい る。例えば,結果で示した「高齢者医療 やは り介護型病床は必要」(吉岡 2011)がある。上 記記事では介護型療養病床の削減が論点である。 このように胃ろうが論点ではなく,胃ろうが付 随して取り上げられる記事が見受けられる。当 初は,医療事故など胃ろう単独の記事が多かっ たが,2010 年以降,胃ろうが介護問題の一部と して語られることも増えている。胃ろうの語り の位置づけが変化したといえよう。 (4)胃ろうをめぐる社会意識の変容 新聞記事の語りから読み取れることを整理す る。記事内容は,年代とともに変化してきた。 1994 年に始まって 1990 年代は,新技術の紹介 や医療事故などが語られた。2000 年代当初はプ ラス面が多く語られたが,徐々にマイナス面も 語られるようになった。2000 年半ばから胃ろう の問題点が表出し,家族介護の苦悩や施設の患 者受け入れ拒否による家族負担の増加などが報 じられた。高齢者の増加による老老介護や介護 の長期化,患者の回復が思ったほど得られない などの社会問題が語られた。マスメディアは, 初期の技術の紹介や深刻化する介護の家族負担 は事実を紹介するのみだった。ところが 2010 年 から 2012 年には,終末期の生命倫理の問題,価 値判断を含む胃ろうの是非に問題の位相が転換 した。このように,新聞記事では,技術の紹介 から胃ろうをめぐる家族の苦悩や問題点が取り 上げられ,最終的には,生命倫理の問題に焦点 が当てられた。 Ⅴ.結論 本稿では新聞記事分析に基づき,胃ろうをめ ぐる社会意識の変容を明らかにした。 具体的には,以下の 3 点が明らかになった。1 点目に,新聞記事で胃ろうが語られているのは 主に「高齢者」で,特に「疾病」をもつ「高齢者」 が 7 割を占める。2 点目に,胃ろうの受け止め 方として,是非の判断をしていない記事が圧倒 的に多い。3 点目に,胃ろうをめぐる新聞での 語られ方の変化が明らかになった。 3 点目の変化の内容は以下のとおりである。 胃ろうをめぐる社会意識は 1994 年から主に「新 技術」「医療事故」として紹介された。2000 年代, 特に 2005 年から 2006 年ごろから,胃ろうをめ ぐる介護の問題など家族の苦悩などが語られる ようになった。2010 年ごろから胃ろうの是非が 議論され,生命倫理の問題へと変容した。 上記の 3 点の新たな知見は,胃ろうの 10 年の 変遷を論じた天田論文にはなかった点であり, これが本研究のオリジナルな発見であるといえ る。本稿では,全国紙にあたり 651 件の記事を 一つ一つ分析し,量的・質的な分析を行ったか らこそ新たな発見があった。加えて,日本の社 会意識における胃ろうのあり方を実証的に探索 できたことに独自の成果があったといえる。 本稿では新聞記事に注目して,高齢者の胃ろ うをめぐる社会意識の変容を明らかにした。今
後は,さらに著書や雑誌にも着目し,分析対象 を広げることで新たな視座を得られると考える。 今回は,報道内容と胃ろうをめぐる社会意識 にあえて着眼した。しかしマスメディアは,場 合により情報を取捨選択し加工や構成した現実 を提示している面もあるといえるかもしれない。 この点の検討も今後の課題としたい。 本稿では胃ろうの新聞記事を時期ごとに整理 してきた。今回,結果的に 1994 年から 2012 年 を 3 期に分けて検討したが,今後は胃ろうの見 直し論がせり出す 2010 年前後に焦点をあてて検 討する必要がある。加えて,患者や家族,医療 従事者などの複数のアクターを視野に入れた個 別の意見は十分に考察できていない。それらは 別の機会に論考を深めたい。 引用文献 会田薫子(2011)延命治療と臨床現場―人工呼吸器 と胃ろうの医療倫理学.東京大学出版会. 赤羽由紀夫(2012)少年犯罪と精神疾病の関係の語ら れ方―戦後の新聞報道の分析を通じて.犯罪社 会学研究,37,104―118. 天田城介(2012)胃ろうの 10 年―ガイドライン体 制のもとグレーゾーンで処理する尊厳死システ ム.現代思想,40(7),165―181. 橋元良明(2011)インターネット利用における信頼と 不安―国際比較調査による展望.情報の科学と 技術,60(1),8―14. 樋口耕一(2014)社会調査のための計量テキスト分析 ―内容分析の継承と発展を目指して.ナカニシ ヤ出版. 生川浩子(1972)新聞の家庭欄からみた戦後の家庭生 活の変化(第 2 報).金城学院大学論集 家政学編, 12,103―113. 小林直毅(2007)「水俣」の言説と表象.藤原書店. Krippendorff, K.(1980) London: Sage. 三 上俊雄ほか(訳)(1989)メッセージ分析の技法 ―「内容分析」への招待.勁草書房 . 見田宗介(1979)現代社会の社会意識.弘文堂. 岡本智周・笹野悦子(2001)戦後日本の「サラリーマン」 表象の変化―『朝日新聞』を事例に.社会学評論, 52(1),16―32. Rogers, E. M.(2003) New York: The Free Press. 三藤利雄(訳)(2007)イ ノベーションの普及.翔泳社. 鈴木祐久(1990)マス・コミュニケーションの調査研 究法.創風社. 鈴木裕(2010)胃瘻の適否とその功罪.Presented by Medical, 30(10),2531―2533. 谷富夫・芦田徹郎(編)(2009)よくわかる質的社会 調査―技法編.ミネルヴァ書房. 上 野 文 昭(2003)PEG の 歴 史. 臨 床 看 護,29(5), 630―632. 山本昭宏(2011)科学雑誌は核エネルギーを如何に語っ たか―1950 年代の『科学朝日』『自然』『科学』 の分析を手がかりに.マス・コミュニケーション 研究,79,153―170. 山 本 昭 宏(2014)「 原 子 力 の 夢 」 と 新 聞 ―1945 ∼ 1965 年における『朝日新聞』『読売新聞』の原子 力報道に関する一考察.マス・コミュニケーショ ン研究,84,9―27. 柳澤伸司(編)(2004)メディア社会の歩き方―そ の歴史と仕組み.世界思想社. 全日本病院協会(2011)「胃瘻造設高齢者の実態把握及 び介護施設・住宅における管理等のあり方の調査 研 究 」(2012 年 10 月 13 日 取 得 http://www.ajha. or.jp/voice/pdf/other/110416_1.pdf). 新聞記事 浅川澄一(2003)「のみ下せない高齢者,胃に直接栄 養剤―胃ろう」脚光 自宅療養に道.日本経済 新聞 2003 年 2 月 23 日朝刊. 藤田勝(2010)胃ろうの使い方見直す動き 過剰な使 用疑問詞 穏やかな最期へ指針急務.読売新聞 2010 年 12 月 14 日朝刊. 藤田勝(2011)石飛幸三さんに聞く 胃ろうやめ 平 穏死 高齢者 枯れるように.読売新聞 2011 年 6 月 30 日朝刊. 林俊行(2011)「胃ろう」見直し 栄養やめる条件の議 論を.朝日新聞 2011 年 1 月 19 日朝刊. 笠原小五郎(2011)(私の視点)終末期医療 安易な「胃 ろう」やめては.朝日新聞 2011 年 1 月 7 日朝刊. 野間昭夫(2011)(私の視点)「胃ろう」造設 認知症 進行時こそ慎重に.朝日新聞 2011 年 2 月 11 日朝刊. 岡本澄江(2007)女の気持ち : ほどけない糸.毎日新 聞 2007 年 8 月 31 日朝刊. 寺崎省子(2008)栄養補給,胃にチューブで 胃ろう,
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Original Article
Changes in the Social Consciousness on Gastrostomy
for the Elderly: An Analysis of Newspaper Articles
between 1994 and 2012
SUGISHIMA Yuko
(Graduate School of Core Ethics and Frontier Sciences, Ritsumeikan University)
In recent years, there has been a debate over whether or not gastrostomy should be performed on elderly patients. This research attempts to clarify changes in the social consciousness on gastrostomy narratives between 1994 and 2010 by surveying the contents of articles about gastrostomy in four major Japanese newspapers and analyzing the historical development of the narratives. Both quantitative and qualitative methods were used for the research, which was conducted by a two-step procedure: first, the narratives were categorized and basic tallies were made for each category; second, the contents of the narratives were analyzed. The results are summarized as follows.(1)Newspaper articles about gastrostomy focused mainly on elderly people. Specifically, about seventy percent of the articles were about elderly people with diseases. (2)Looking at the contents of the articles, no judgment of approval or disapproval of gastrostomy
was made in the overwhelming majority of cases. (3)The contents of the narratives changed over time. From 1994 to 2000, the narratives were mainly introductions to gastrostomy as a new medical technique or accidents caused by the treatment. Then, from 2000 to 2010, in particular from 2005 to 2006, the focus of the social consciousness changed to issues related to nursing care or the distress of patients families. Finally, from 2010, the social consciousness tended to take on the character of debates about the rightness or wrongness of gastrostomy, thus changing their focus to issues of bioethics.
Key Words : gastrostomy, elderly, social consciousness