秋山ライダーのドサンコ 120km 挑戦記
表彰式の秋山ライダー 去る 9 月 22 日に長野県飯綱高原で行われた「全日本エンデュランス馬術大会 120 キロ選手 権競技」に、アラビアンホースランチ(AHR)より純血ドサンコ(北海道和種)3 頭で出場さ せていただき、無事に、全頭そろって完走することができました。ちょうど 1 週間が経った今 日はまだどこかフワフワとしていて夢見心地なのですが、この場をお借りしてあの幸せだった 経験を振り返ってみようと思います。 私が馬に乗り始めたのは 2010 年の 3 月でした。同年の 7 月に照月湖で全乗振 3 級を取得し、 10 月に 20 キロのトレーニングライドにドサンコのリサコで出場しました。ドサンコは、それ までの乗馬クラブで乗っていたサラブレッドに比して小さな体躯で体毛もモシャモシャ。どこ か垢ぬけないドサンコを前に私はちょっと浮かぬ顔をしていたのかもしれません。指導してく ださった佐々木保さんが「ドサンコのパワーはすごいんですよ。今は 80 キロまでしか出てな いけれど、いつか 120 キロだって走れるはず」とおっしゃったのを覚えています。そのとき は、まさか自分がその“120 キロを走らせる人”になるなんて思ってもみませんでしたが。 AHR のドサンコたちは、ストレスのない環境で愛情たっぷりに育っているせいか、みな素 直で真面目です。反撞も少ないので長時間乗っても疲れず、また体が小さいので乗り降りもラ ク、という利点は一度お乗りになった方はみなさんご存じかと思います。なかでもムーン号は サクサクと進む速歩が魅力的な月毛の 12 歳。今まで 80 キロを 2 度完走させてもらいました が、そのドサンコとは思えない安定感あるスピードと持久力に「この馬となら 120 キロいけ るのでは」と感じていました。そこに今年の全日本選手権が長野で行われる、という報せです。 2000 年以来、今までに 13 回行われてきた本大会ですが、本州での開催は珍しく、今回で 2 度目とのこと。これを逃してはドサンコで 120 キロに挑戦する機会もそうそうないのでは、 と意を決して蓮見清一・明美オーナーご夫妻に「出場させていただきたい」とお願いをしました。AHR はあくまで世界のエンデュランスシーンで勝負する人馬を育成する場ですので、こ の交渉は難航するかと思われましたが、蓮見さんからは「出場仲間を自分で集めるなら」と条 件つきで OK をいただくことができました。というのも、エンデュランスでは群れで行動する 馬の習性を活かしてグループで走行することがよくあります。ドサンコたちはそれぞれ前進気 勢も強いのですが、初めての場所で馬たちが安心して走行できるよう、仲間を連れていけるな ら、という蓮見さんのあたたかいご配慮でした。そして今思えばそれはまさに賢明なご判断で あり、私たちが完走できたのもそこに秘訣があったのでした。 集まった仲間は中山美由紀さん(若葉号)、吉田康紀さん(グレース)という AHR ではお なじみの方々でした。ですが、ここで特記しておかなくてはいけないのは、この 3 人のライダ ー、3 頭の馬たち全員が 120 キロを走ったことがない、ということでした。誰もが初めての距 離を初めての場所で走る――無謀にも思えますが、なにしろ初めてですので自分たちがどれほ ど無謀かもよくわかっていない。でも情熱だけはある。絶対完走させるんだという不思議な熱 気に包まれたチームが、佐々木さん指導のもと結成されました。 さて当日。飯綱高原での 120 キロは夜中の 3 時スタートで 1 レグ 36 キロ、2 レグ 39 キロ、 3 レグ&4 レグ各 21.5 キロ。途中には長いアスファルトで舗装された部分もあり、また高低差 は最大 400mとなかなかタフなコースです。勝ち負けは考えず、まずは全頭無事に完走させる ことを第一に考えていましたが、「敵」は最低時速 10km というカットオフタイムでした。そ こで佐々木さんの作戦はまず前進気勢の非常に強いグレースに先頭を行かせ、まだ若い若葉を はさんで、ムーンはしんがりを務め、時間をめいっぱい使ってゴールまで帰ってくるというも のでした。 スタート風景
1 レグ。夜間走行の練習は照月湖で積んでいたので不安はありませんでしたが、暗闇でコー スがよくわからず、前の馬についていってしまいコースアウトしました。タイムは 15 分~20 分程度のロスだったでしょうか。よく晴れ、湿度も低く、気温は 12 度と良コンディションで したのでもったいないことでした。平均時速 11.5km。 中山ライダーと若葉号 吉田ライダーとグレース号 秋山ライダーとムーン号
2 レグ。夜が明けました。グレースの前進気勢はまったく衰えることを知りませんでしたが、 ムーンはアスファルトの舗装路で動きが鈍くなったので下馬し、引いて約 1 キロの坂道を上り ました。この坂道は 4 レグまで共通で通るコースでしたので、すべて引き馬しましたが、私に とってはまさに心臓破りの坂となりました。事前にジョギングしてもっとトレーニングしてお くべきでした。平均時速 10.2km。 3 レグ。ここからが人馬ともに初めての距離となります。コースには大きめな砂利が敷き詰 められている箇所が多かったので足元に気をつけながら走行しました。このあたりから若葉が 疲れてきてやや遅れがちでしたが、私たちの姿が見えなくなると焦るのか、懸命に駈けてきて 距離を詰めます。その姿が愛らしくて、雰囲気を和ませてくれました。スピードが落ちて少し ダレたので「ハイッ」と声を出しつつ気合いを入れます。平均時速 8.3km。 4 レグ。「もうあとは時間をめいっぱい使って帰ってくるように」と佐々木さんからの指示 がでましたが、この時点でカットオフタイムまでギリギリになることが予想されたため、のん びりすることはできませんでした。さすがにグレースも疲れたのか重そうです。吉田さんが脚 を使っているのが後ろからよく見えました。ムーンはさほど重くはならなかったのですが、疲 れと体温の上昇が鞍を通して伝わってくるほどでしたので、なるべく長い距離を引いて歩くよ うに心がけました。そしてゴール。毎回そうでしたが、ゴールラインにクルーのみなさんが待 っていてくれるのが見えたとき、ムーンがホッとするのが馬上にいても感じ取れました。あと で聞くと、他のチームはゴールラインで出迎えることもあまりなかったのだとか。AHR バン ザイです。平均時速 9.6km。 ゴール直前
ゴール! 今回は、生来食が細いムーンがレース中によく食べ、飲んでくれたのがラッキーでした。途 中のクルーポイントでもクルーのみなさんが刈ってくれた青草やニンジンを食べつくす勢い でしたし、水もよく飲みました。ただ、いつもは比較的スムーズに下がる心拍が安定せず、60 台まで下がったかと思うとまた 70 台にまで戻ったりとなかなか下がらなかったため、VET 検査までのクーリングに手間取りました。ここで心強かったのは、私以上にムーンとの付き合 いが長い元吉真弓さんがクルーとして参加してくださったことです。ムーンの状態を的確に見 きわめ、クーリングや引き馬、マッサージ、馬装をしてくれました。おかげで私は強制休止を しっかり休み、食べたり飲んだりして、次のレグに備えることができました。 私たちは 3 頭で完走する、ということしか考えていなかったので、他の馬がどういう状況な のかレースが終わるまでまったく知らなかったのですが、全部で 16 頭エントリーしたなか、 完走は 7 頭。私たちはグレースの 5 位入賞、ムーン 6 位、若葉 7 位という結果に終わりまし た。順位はともかく、3 頭そろって完走するという当初の目標を達成することができて、とて も幸せです。またこの 3 頭そろっていなければ完走はできなかったでしょう。その点でも蓮見 さんのご慧眼にあらためて頭が下がります。 最後の獣医検査で川嶋舟獣医師団長の「はい、完走です」という声が聞こえたとき(私は不 安でもう目を開けていられませんでした)、目の前にあったのは元吉さんのクシャクシャの泣 き顔でした。佐々木さんの目にも涙が光っていた、と思うのは見間違えでしょうか? 素晴ら しいトロットバイでサポートしてくれた、いつもポーカーフェイスの三橋文夫さんもほっとさ れた表情だったように思います。まさに今回の完走はこのチームの「絶対に完走するんだ」と いう強い気持ちがもたらしたものだと思います。貴重な機会をお与えいただき、蓮見さんご夫 妻、三橋さん、佐々木さん、元吉さんほかクルーのみなさまに改めて御礼申し上げます。本当 にありがとうございました。
また最後になりましたが、長い 120 キロの道のりをともにしてくれたムーン号にありった けの感謝と尊敬を。あの小さな身体で懸命に、一度もとまることなく走りぬいてくれました。 強制休止をのぞいた走行時間は 11 時間 47 分。平均時速は 10.2 キロでした。冒頭でまだ夢見 心地だと述べましたが、私のこの 120 キロ競技は、来週末に照月湖を訪れて、ムーンの元気 な姿をふたたび自分の目で見たときに真のゴールを迎えるように感じています。120 キロとい う新たなステージの入り口に立ったとき、馬の生命を削るようにして走るエンデュランス競技 の末端をようやく垣間見た、ということなのかもしれません。 2013 年 9 月 29 日 秋山 都