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I ベートーヴェン中後期ピアノ作品におけるペダル奏法の考察

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静岡大学教育学部研究報告 (人 文・ 社会科学篇 )第 51号 (2001.3)95〜 108

ベー トーヴェン中後期 ピアノ作品におけるペダル奏法の考察

―― 楽器 の構造 と音響学的見解 一一

Consideration a style of the pedal of the Piano music by nliddle and late in life of Beethoven

一一A view of acoustics Piano structure― ―

柳 沢 信 芳・ 高 久 新 吾 Nobuyoshi YANAGISAWA and Shingo TAKAKU

(平 成12年 10月 10日 受理 )

序章

は じめに

ベー トーヴェンのピアノ作品の演奏 においては様々な問題点がつきまとう。本論ではその中 か らペダルの問題 を取 り上 げて、中後期作品に見 られる彼 自身によるペグルの指示 とその奏法 について考察 したい と思 う。彼がヴィーンにて円熟 した作曲活動 を行 っていた時期か ら、既に 約二百年の年月が経過 した今、彼の作品を演奏・ 解釈する時、ペダル奏法の面では何が必要不 可欠なのだろうか。歴史的にみると彼の時代 と現代 とでは、楽器の構造や性能が大 きく異な り、

また演奏会場等の環境 にも大 きな変化 をもた らされた。 このような変化の中で、彼の哲学を現 代 のスタイルで芸術的に表現する際 にペダルの扱いが大 きな課題 となって くると思 う。

そこで今回の研究 にあたっては当時の楽器の一つである、1802年 にイギ リスで製造 されたブ ロー ドウッド製のピアノ (以 下、 B製 ピアノ )と 、現代のフル・ コンサー トピアノ (以 下、 フ ル・ コン )の 実物 を用意 した。そして、ベー トーヴェン自身の指示 したペダル奏法について中 後期 に作曲された主な作品を取 り上 げて、その楽器構造並びに音響学的な違いを考察 し、演奏 にどのように反映 させた らよいか述べてみたい。 まず、 ピアノの歴史 と構造やペダル機能につ いての考察か ら入 りたい と思 う。

第 1章   ピアノ楽器

I  楽器構造 と歴史的背景

1.ピ アノ発祥か らベー ト…ヴェンの時代 まで

ピアノの歴史 は、弦楽器などと比較すると浅い。 その前身はチェンバロで、前者は共鳴弦を

叩いて発音す るのに対 して後者 は引っ掻 くが、その力は一定で強弱の付 けられようもな く、独

奏楽器 としての音楽的表現 には今ひ とつ といった感 は否 めなかった回。そのような欠点 を解決

す るべ く発明 されたのが、共鳴弦 を引っ掻 くのではな くて、 「叩 く」方法で発音す る楽器である。

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強弱が自在 に付 けられ るこの楽器 はフォルテ (強 い )も ピアノ (弱 い )も 表現可能であるとし て、当時「 ピアノフォルテ」 と命名 され、後 に「 ピアノ」 と略 されて現代 までその呼び名 は続 いている。チェンバ ロを発展 させたようなこの楽器 は、ハイ ドン、モーツァル トらによってこ の世 に広め られ、ベー トーヴェンによって大 きな発展 を遂 げた。 この ことは彼 自身が当時のピ アノメーカーに相当な助言 をし、それ らの会社か ら幾つかの楽器 を贈与 されていることか らも、

それを伺 い知 ることが出来 る。

2.ベ ー トーヴェンの時代か ら現代 まで

時代の流れの中で当然の事 なが ら、ベー トーヴェンが使 った ピアノと現在我々が使 っている ピアノ とは、大 きく異なってきている。 また、演奏会の音環境 も今 とは違 っていた筈である。

そこで、次項では主な点 を取 り上 げて比較分析 してみたい。

(1)楽 器の大 きさ

先ず鍵盤数であるが、ベー トーヴェンが最初 に弾いていた ピアノは、たった 4オ クターブの 音域 しか持たなかったツーフェンブル ッフ回とい う古い ドイツ製の楽器であったがその後、彼 は幾つかのピアノメーカーか ら楽器 を贈与 され る。1818年 に、今回の考察 に使 った楽器 と同 じ メーカーである、ブロー ドウッド社か ら贈 られた ものは 6オ クターブにまで広が り回、そして彼 が最後 に使 った ピアノは、1825年 にヴィーンのコンラッド ・グラフ社回か ら贈 られた 6オ クター ブ半の楽器である。現代のピアノは、約 7オ クターブ半であるか ら、彼の晩年 に使用 した物 と は、1オ クターブ半 しか進歩 していないように見 えるが、実 は大 きさに相当な違いが見 られる。

実際、今回の考察 に使用 した B製 ピアノを秤 にかけ、奥行 きを計 ってみると、重量 は 98kg、 奥 行 き 228cmで あった。 フル・コンはハ ンブルク製スタインウェイ回の場合、重量 480kg、 奥行 き

274cmで あるので、かな り大 きな楽器 に発展 した ことが分かる。 このスタインウェイのフル・

コンは、現在か ら丁度百年前の1900年 に発表 されたが、現在 まで基本的な設計・ 構造 は変わっ てい花 でい。

(2)楽 器の材質

材質の変化 を見 ると、主な ところではフレームが木材か ら鉄骨 に変わ ることにより、共鳴弦 の張力が増大 し、アクションではハ ンマーヘ ッドが、 シカの皮か ら圧縮 した羊毛 に変わること により音のダイナ ミックシンジが増加 した。 さらに楽器全体の大型化 によるプラスチ ックと金 属類の使用や、本材の無垢 よりも合板 を用いることによって、均整の とれた楽器 を大量 に生産 出来 るようにな り、その技術が機械化などにより大 きく進歩 した。

(3)音 楽会の環境

18世紀か ら、19世紀初期 にかけてのピアノの演奏会 は、宮殿同での こじんまりとした会場が主

であ り、大聖堂国に比べて長い残響の少ない響 きはきわめて直接的で、楽器 0奏 者 と客席 との間

隔 もかな り接近 していた。 またピアノ協奏曲を演奏する場合で も、オーケス トラが小編成だつ

たため、 ソリス トが指揮者の役割 も兼ねた、いわゆる弾 き振 りをして演奏 していた。 ロマン派

以降になると、交響曲・協奏曲な どの管弦楽曲が、約100人 近い大規模 なオーケス トラヘ と発展

し、 ピアノ協奏曲において も、指揮者が確立するようになる。それに併せて演奏会場 も宮殿か

ら大人数収容のコンサー トホールヘ と移行 していつた。 このようにピアノ楽器 は、巨大化す る

演奏会場 と、協奏曲における大編成のオーケス トラサウン ドにも、充分 に対抗で きる楽器 とし

ての発展 も遂 げていつたのである。

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ベー トーヴェン中後期 ピアノ作品におけるペグル奏法の考察

Ⅱ   ペダル機能

普通ペダル と言 えば、音 を長 く伸 ばした り響かせた りす るペダルの ことを指す。 これを「ダ ンパーペダル」と呼んでいるが、他 にも二つのペダルが存在する。一つは「 ソフ トペダル」、 も う一つは「 ソステヌー トペダル」である。

1.ダ ンパーペダル

現代のピアノは、 88の 鍵盤 と約240本 の共鳴弦 回を持 っている。これ ら共鳴弦は、中高音域で は ,音 につ き 3本 、低音域では 1本 か ら 2本 張 られてお り回、羊毛 を圧縮 して作 った「ハ ンマー」

で叩 く。その振動 は共鳴弦か ら響版へ伝わ り、 ピアノの音 となるわけである。その振動 を止め た り、共鳴弦 を解放する役割 をしているのが「ダンパー」回 と呼ばれる羊毛 と木材で出来ている ものである。ダンパーペダル を踏む と全ダンパーが、梃子の仕組みによリー斉 に共鳴弦から離 れ、 この時 に鍵盤 を叩 くと音が伸びた状態になる。それが複数になればなるほど音が混濁する ので、 このペダルの使い方が問題 になって くる。 また、ベー トーヴェンの時代ではダンパーの ことを、sOrdinoと 今でいう弱音器 を意味する言葉で表 していた。ピアノソナタ作品 27の 2「 月 光」第一楽章では、senza sordinoと 彼 自身の指示があるが、 これは「 ソフ トペダルを使用 しな い」の意ではな く、ダンパーなしにつまり、「ダンパーペグルを多用 し、共鳴弦か らダンパーを な くして演奏せ よ」との解釈である。 また このダンパーペダルは「ラウ ドペダル」とも呼ばれ、

大音量 を得 るペダルの意味 を持つ。

2.ソ フ トペ グル

その名の とお り、音色 をソフ トな ものにして尚かつ音量 を抑 えるペダルである。 ソフ トペダ ルを踏む と、鍵盤 とハ ンマーが連動 したアクションと呼ばれる機能が右に数 ミリスライ ドし、

ハ ンマーが打弦する位置が若干ずれる。一般には共鳴弦を、 3本 か ら 2本 (2本 弦 は 1本 へ )

減 らすペグル と解釈 され るが、物理的には、羊毛でできたハ ンマーの普段使われない、即ち共

鳴弦の溝が出来ていない柔 らかい部分 を使 うためのペダル と言って良い。 したがって、音量 を

抑 え且つ音色 もブ リリアン トな ものか ら、 ソフ トな柔 らかい音色 を得ることができ、音楽的に

はかな り静寂 な表現に多用 される。 このペダルは演奏者の判断で使用されることが多いが、例

えばベー トーヴェンでは特 に後期作品において、部分部分に彼 自身の「踏む」 と「離す」の細

かい指示が多 く見 られるように、作曲者 自身の意図 もある。楽譜上の指示では、 ソフ トペダル

を踏 む場合 は、 una cOrdaと 表 し、直訳すれば「 1本 弦で」の意であるが、現代の楽器では構

造上 2本 弦で演奏する。離す場合 は、tre cOrdeと 表 し、 これ も直訳すれば「 3本 弦で」の意で

あるが、 また別の表 し方で、 tutte le cordeと も表示 され、 こち らは「全弦で」の意で前者 と同

じ解釈 ととらえて差 し支 えないだろう。 このような、現代の楽器には不可能である表示方法を

していたのは理由がある。実 は、今回の考察 に使用 した B製 ピアノをはじめ、実際にベー トー

ヴェンが使 っていた、1818年 製ブロー ドウッドゃ、1803年 製のナネッテ 0シ ュ トライヒャーの

ピアノには、 3本 弦か ら段階的に、 2本 1本 と 2段 階の操作が可能なソフ トペダルが搭載 さ

れていたため、 このような表示になっていたのである。現代のピアノにはないこのペグルの見

解 については、第 2章 のⅡで述べ ることにする。

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3.ソ ステヌー トペグル

このペダルは、特定のダンパーのみを離れさせ るもので、鍵盤 を弾いた まま離 さないでいる 時 このペダルを踏む と、その鍵盤の音だけのダンパーが開放 された状態 にな り、その後手 を離

して もこのペダルを踏 んだ ままであれば、その音だけを伸 ばす ことがで きるとい うものである。

しか し、 このペダルはあまり使用 されることがない。ベー トーヴェンではおろか、ロマン派の 楽曲で も使用 されることは稀である。 しか し、現代曲では割 と頻繁 に楽譜 に指示があ り、現代 曲のためのペダル と言 つて も過言ではないだろう。筆者 も、アーロン ・コープランド作曲の 「 ピ アノ・ ヴ ァリエー シ ョン」 (譜 例 1)で 、1990年 の リサイタルで一度 だ け使用 しただ けで あ

る llll。 したがつて今回の考察では、 このソステヌー トペダルについては、一切の見解 を加 えな

い。

譜例 1( Sust Ped"と 記 されている。下段譜 は、 ソステヌー トペダルが搭載 されていないピ アノで演奏する場合の楽譜である。 3小 節 目で菱形の音符が見 られ るが、 これは打 弦することな く鍵盤 を下 げ、ダンパーを開放 させ る意味であ り、 ソステヌー トペダ ル と似た効果 を得 られることがで きる。 )

θ ・ ・ ・

→ b… 鶴 mm̲3g脚 Qan7

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ベー トーヴェン中後期 ピアノ作品におけるペダル奏法の考察

第 2章   中後期の主なソナタ及び協奏由についての考察

I  ダンパーペダルで問題 になる作品例

1.ビ アノソナタ第17番   二短調   作品 31‑2「 テンペス ト」

この作品での、ダンパーペダルの指示は譜例 2に みるように、

る。

第 1楽

踏み続 けるよう指示 されてい

譜例 2

この場合、混濁するという物理学的な現象が起 こるが、何故 このようなペタリングをベー トー ジェンは指示 したのだろうか。一つには、当時のピアノは、楽器の構造が現在の ものに比べ単 純で、特 に木製 フレームに薄い響版 による音響の減衰が著 しく早かった為 と考 えられ る。二つ 目には、当時の流行 となっていた ことであるが、程良い混濁 は、かえって芸術性が高い ともて はや されていた風潮があ り、ベー トーヴェンはそれ を表現 したかったのではないだろうか。 し か し、現代の楽器が響 きすぎてしまって混濁 を嫌 う傾向が強いが、 もし彼が程良い混濁 を望ん だのであれば、ペダルは踏み換 えなしで演奏 されてか まわないだろう。実際に B製 ピアノでは、

若干の混濁 はあるものの全 く気 にな らない程度の ものであ り、フル・コンで もかな りのピアニ ッ シモで弾 けば目立った混濁 はな く、音楽的表現の限度 を超 えるものではなかった。 また CDで

も、マウリッツィオ・ポ リーニをはじめ、多 くの奏者がペダルを踏み変 えないで演奏 している。

2.ピ アノソナタ第21番   ハ長調   作品53「 ヴァル トシュタイン」 第 3楽

この作品は、彼が33歳 か ら34歳 にかけて作曲された ものであ り、中期 ソナタの中では後述の

「熱情」 と並んで、規模・ 内容共 に傑作である。 この作品では、ダンパーペダルの指示がかな り細か く楽譜 に加 えられるようにな り、 また後述するが、特に離す箇所 にも注 目すべ きものが ある。

先ず譜例 3で あるが、 これは譜例 2の 場合 とほぼ同 じ解釈である。

譜例 3

Rondo

Allegretto moderato

con ea?reseioru e senqtlice

mod.erato

― ―

(6)

⌒ 落 落

.

但 し唯一異なる点 は、譜例 2は 、単音であるのに対 し、譜例 3は 伴奏形 を伴 っているとい う ことである。従 って この伴奏形 を目立つように弾いてはいけないし、左の主旋律 も幻想的な静 寂 さが求め られ、微妙なタッチの変化が要求 されるところである。

譜例 4は 、左の急速 なスケール と、 トリルを伴 った主旋律が フォルテシモで奏 されるところ であるが、 この場合のペダルは、ラウ ドペダルの意味 を持つ。つ まり、 この 2小 節全体 を大 き く響かせ ることを、ベー トーヴェンは強調 したかつたのであって、今 までのような繊細で且つ、

幻想的な表現 を求めているのではない。彼 はピアノの性能 をフルに生か して響かせたい楽想 を もって、 このようなペダル指示 を残 したのである。

謹粥可 4

次の譜例 5は 、上述 したペグルを離す位置 についての考察である。ハ長調の属七和音 を、オ クターブ 3音 で よリフォルテシモか ら雄大 に下降 し、次第 に消 えるようにピアニシモで、締 め くくる。 ここで問題 になるのは、ペダルを離す記号 と、その位置 にある 8分 休符 2つ について の謎である。何故彼 はこの体符 を、 4分 休符一つではな く、 8分 休符 2つ で表 したのだろうか。

課粥可 5

当然 1つ 前の小節では 2泊 目の休上記号 は 4分 休符 1つ で書かれている。事実、ベー トーヴェ ンの自筆楽譜 を見 ると、最初 はそれぞれ 2小 節の休符 とも、 4分 休符で示 してあった。しか し、

だ 落

l 一 一

(7)

ベー トーヴェン中後期 ピアノ作品におけるペダル奏法の考察

それでは正確 にペダルを離す位置が示 されない と思ったのだろう、最後の小節だけ 4分 休符 を

8分 休符 2つ にして、丁度 2つ 目の 8分 休符の位置 にペダルを離す記号 を、赤いクレヨンで書 き直 したのである。こういう楽譜 に直面すると、この位置で正確 にペダルを離 さなければ、ベー

トーヴェンの芸術作品 としての価値が半減することは否めない。

3.ピ アノ協奏曲第 3番   ハ短調   作品 37  第 2楽

この作品では、冒頭の第 1主 題 はオーケス トラ無 しのピアノソロで奏 される。 この主題 は和 音 を伴い、ソプラノが主旋律である。譜例 6に みるようにベー トーヴェンの指示では、ダンパー ペダルを 3小 節 にわた り、踏み続 けるよう指示 しているが、 フル 0コ ンで この指示 された とお

り演奏すると極端 に混濁 し、芸術作品 として聴 くに耐 えかねるものになって しまう。

課窃 16

しか し B製 ピアノで演奏 してみると、混濁があまり気にならな くむしろ幻想的な表現が可能 なことが分かった。これは、200〜 300席 の演奏会場で も充分 に対応出来 るペダリングであろう。

だが、あ くまで も当時の楽器だか らこそ、 このペダ リングが可能であって、現代のフル・ コン でのペダ リングでは、その都度の踏み換 えが必要不可決 になって くる。そこで、それに相応 し いペダ リングの一例 を譜例 7と して示す。尚 CDな どでは、ほ とん どのピアニス トはこのペダ リ ングを譜例 7の ように、踏み変 えて演奏 している。

譜例 7

Ъ .物 .

4.ビ ア ノソナ タ第23番   へ短調   作品57「 熱情」   1楽

ベ ー トーヴェンの指示 で は、 フォル テ シモで 4小 節半 にわた る長 いペ ダル を、「ふ みか える な !」 と言わんばか りに 2度 も、 sempre pedと 書 いてい る。 (譜 8)1度 目の sempre pedで は、属七 のアルペ ジオが下降 しきった位置での指示で、同 じ和音、即 ち属七での上昇 アルペ ジ オであ るので、 フル・ コンで も混濁 は全 く問題 はない。 しか し、 2度 目の sempre pedで は、先

Largo.

Lrargo.

(8)

述 した属七の響 きの中で、違 う響 きのテーマが現れる。 これでは、必然的に濁 りは濃 くなって しまうが、 フォルテシモでクライマ ックスを築いた後での余韻 を残す上で、演奏効果 を高める 効果があるとい うことか らも、 この混濁 は芸術的であるという考 えもあるが、響 きすぎるホー ルや、上ヒ較的小 さいホールでの演奏では、やはり耳障 りになってしまうことは否めない。

そこで、音量や余韻 を残 しつつ、濁 りだけを削減する二つの方法 を示 したい と思 う。

(1)ハ ーフペダルを応用 した奏法

2度 目の sempre pedの 位置で、半分だけ踏み換 える方法。半分だけと言って も、ペダルの深 さを半分ではな く、ダンパーが共鳴弦 に触 るか触 らないか とい う位置、 もしくはダンパーが完 全 に共鳴弦の振動 を止めないうちに再びペダルを踏む とい う方法である。そうすることによつ て、前の属七の余韻 を残 しつつ も、耳障 りな混濁 をかな り削減することがで きる。 しか し、技 術的にかな り難易度が高 く、慣れない楽器 E121で あればなおさら難易度が増す。しか も、出来不出 来 により仕上が り具合が安定せず、かな りの熟練 を要する奏法である。

(2)フ ィンガーペダルを応用 した奏法

フィンガーペダル とは、指でダンパーを上 げ、共鳴 させ る効果 を狙 う奏法である。指でダン パーを上 げると言って も、鍵盤 を通 じてであるので、打弦 させ るさせないにかかわ らず、指 は 鍵盤 を弾いている状態 になる。 これを応用 して、混濁 を削減す る例が、 この場合可能である。

譜例 9に 示 した ように、低音域 における属七の構成音、 COE・ GOBの 4音 を、左手 4つ の 指で① の位置 まで保持 しておき、 2度 目の sempre pedと P"と 記 した位置ではきちん と踏み 換 える。 この際、本来左で弾 くべ きテーマは右で弾 く。 この方法 を使 うと、低音での 4つ の共 鳴弦が程良 く響 き、本来踏続 けて弾かなければな らない箇所 を、混濁 をほ とんど気 にすること な く、 また、ダンパーペダルの使用効果 を損ね ることな く表現が可能である。

卍粥 18

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ベー トーヴェン中後期 ピアノ作品におけるペダル奏法の考察

5.ピ アノ協奏曲第 5番   変ホ長調   作品73「 皇帝」 第 2楽

この作品はピアノ協奏曲第 3番 同様、オーケス トラを伴 った協奏曲である。冒頭 は弦楽器 5 部が 口長調での主音 と第 3音 を受 け持 ち、その後 ピアノソロはゆった りとしたエスプレッシー

ボーで、天使が舞い降 りてきたような崇高な旋律 を歌 う。 信剖町 10)こ の旋律 にはスラースタッ カー トが付 けられてお り、ペダルは踏 み換 えることな く表現するよう指示 されている。

10

スラースタカー トとは非常 に矛盾 した表現であるが、一般 には、ノンレガー ト l131と 同 じ意味 として解釈 される例が非常に多い。しか し、ここではペダルを使 うように指示 されている以上、

ノンレガー トでの表現 はあ り得ない。スラースタッカー トの もう一つの解釈 として、ペダルを 使 ったスタ ッカー トとの見方 も出来 るだろう。言い換 えれば、心のスタッカー トである。ペダ ル を踏み続 けた状態でピアノを弾 けば、た とえスタッカー トで弾 こうがレガー トで弾 こうが、

響 きが持続するという点では物理的に同 じである。 しか し、心の中で どう表現 しているかが一

番大切 なのであ り、演奏者 と聴衆が、 コンサー トホールが生み出す響 きの中で、ベー トーヴェ

(10)

ン芸術 を表現 0鑑 賞することが要求 される。むやみにペダルを踏み換 えた り、或いは勝手な解 釈で、 この旋律 をぶつ切 りで表現す るとすれば、 もはやそれは芸術 とは言 えない。

Ⅱ   ソフ トペグルで問題 になる作品例

1.ビ アノ協奏曲第 4番   卜長調   作品 58  2楽

ソフ トペダル とは、既 に述べた ようにフェル トでで きたハ ンマーを、アクション全体 を通 じ てスライ ドさせ る機能である。この機能 を最初 に取 り入れ、指示 した作品が この協奏曲である。

その第 2楽 章 に、ベー トーヴェン自らの注意書 きがあることを理解 しなければな らない。以下 その全文 を引用 し、訳す。

AFlmerkungo Wahrend des ganzen Andante's hat der Clavierspieler ununterbrOchen die Verschiebung(una corda)anzuWenden; das Zeichen ̀̀Ped."bezieht sich ausserdem auf denzeitweisen Gebrauch des gewё hnHchen pedalzuges.

(こ のアンダンテ楽章全体 を通 じて、奏者 は常 にソフ トペダルを使 って演奏すること。それ 以外では、ペダル表示の ped"の 印は、今 まで通 りの使用法 に従 った、ダンパーペダルの使用

を意味する。 )

この注意書 きか らも分かるとお リベー トーヴェンは、第 2楽 章全体 を常 にソフ トペダルを使 用 し、ダンパーペダル とを併用することを指示 しているが、実はここでの問題点 はこの ことで はない。譜例 11に 見 られるように、ここでは、常 に踏んだ状態の筈であるソフ トペダル を、 una corda(1本 弦か ら )duc e poi tre corde、 (2本 、そして 3本 弦 )へ と、段階的に解除 してゆ き、再び 1本 弦へ とこれ も段階的に戻 してゆ くという、 こと細かな指示があるということであ る。

譜例 11        .̲,

(11)

ベー トーヴェン中後期 ピアノ作品におけるペダル奏法の考察

この協奏曲 と、ほぼ同 じような例が後期作品にも見 られるので次に示す。

2.ビ アノソナタ第29番   変 日長調   作品 106

「ハ ンマークラヴィア」   第 3楽

このソナタは全楽章 にわた り、 ソフ トペダルの指示が最 も多い楽曲である。第 3楽 章冒頭か

ら既 に、 una cordaの 指示があ り、tre cordeの 指示 と併せて踏んだ り離 した りを幾度 と繰 り返 す。その中で、 ピアノ協奏曲第 4番 で取 り上 げた例 と似た ような指示が見 られるが (譜 例 12)、

若干違 う点がある。前者が、 1本 2本 3本 というきわめて段階的な表 し方だったのに対 し て、 このソナタは、 pocO a poco due ed a1lora tutte le corde、 つ まり「少 しずつ 2本 弦 を経 て、 3本 弦 に移す」 とい う指示である。

奇罫 3112

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(12)

ひ とつ不思議なのは、現代の楽器 は、 B製 楽器 とは比較 にならない発展 を遂 げているにもか かわ らず、何故 1本 弦で演奏で きる機能が搭載 されていないのだろうか。先ず考 えられ るのは、

構造上の問題である。例 えばフル・ コンのハ ンマーは、 B製 ピアノのハ ンマー と比較 してみる と全体的にかな り大 き く、打弦面積が広い ことが分かる。 そして、そのハ ンマーを 1本 だけ打 弦する位置 にず らしてみると、困った ことに、 とな りの共鳴弦 にも当たって しまうのである。

か といって、共鳴弦の各音の間隔を大 きく広げれば良い とも思ったが、今度 はピアノの間口が 相当広い寸法 になって しまうのではないか、とい う疑問 も涌いた。そして、その解決策 として、

B製 楽器のように各 3本 の共鳴弦の間隔を狭 めて、 とな りの共鳴弦 に当た らないようにすると い う方法が思い浮かぶが、果た して解決策 になるだろうか。そこで実際、コンサー トチューナー にその旨を伺い、返答 を求めた。

その結果先ず、共鳴弦の各音の間隔を広げた場合、間口をかな り広げな くてはな らず、やは り楽器全体が非常 に大型化 してしまうとい うことであつた。一方、 3本 の共鳴弦の間隔を狭 め た場合で も、 3本 の張力が 1点 に集中す ることによるフレームの耐久性 に無理がある、 との こ とである。事実、各共鳴弦の 1本 あた りの張力 は約 80kgで あ り、全張力 はおよそ 20ト ンにも及 ぶのである。それをフレームは支 えているのだか ら無理 もないだろう。いずれにせ よこの問題

は、 ピアノ楽器が発展 した ことによる功罪 と言 える。

このような事実か ら、 もはや現代の楽器では、ベー トーヴェンの指示 した表現 は果た して不 可能 なのであろうか。少な くとも、彼が指示 した とお りの奏法 は無理な ことが分かつたが意図 した演奏、いやそれ以上の芸術的な表現 は、十分 に可能ではないだろうか。今度 は特 に、 ソフ トペダルの踏む深 さによって、音色の違いを比較 した考察 を、 B製 ピアノとフル・ コンで行 っ た。当然、 B製 楽器では 1本 弦か ら 3本 弦 まで、微妙な音量の変化が可能であつたが、音色 に ついては堅 さや柔 らかさといった違いは感 じられなかった。おそらく、本 にシカの皮 を巻 き付 けてあるだけのハ ンマーでは、常 に全体の硬度が一定なのだろう。 しか し、現代 のフル・ コン ではそこに相違がある。羊毛 を圧縮 して作 られたハ ンマーでは、常 に共鳴弦が打弦す る満の堅 い部分 と、そうでない柔 らかい部分 とが、はつきり音色 に表れるのである。 したがつて、ペダ ルを踏む深 さをコン トロールすることにより、堅い部分や柔 らかい部分 を使い分 け、多彩な音 色 を得 ることが可能であつた。その結果、ベー トーブェンの意図 した表現 をするには、十分す ぎるほどの性能 を持 っているとい うことを改めて実感 し、 B製 楽器のように段階的、 或いは徐々 に打弦数 を解除 してゆかな くて も、指の力加減 と現代のソフ トペダルの機能のみで、 きわめて 芸術的な演奏が可能であることが明 らか となった。

終章

考察の まとめ

今回の考察では、実際に B製 ピアノの音色並びに構造 な どを調査 し、現代の楽器 との音色や タッチな どの違いについて比較・ 研究 を行 なうことが出来た。そこで特 に感 じたのは、性能的 に現代のフル・ コンは B製 楽器 と比較 していかに優れているか とい うことであるが、 B製 楽器 はフル・ コンにはない独特の響 きや味わいが感 じられ、その時代背景 を街彿 とさせ る。確かに 年月による隔世の感 は否 めないが、ベー トーヴェンの指示 したペダル奏法 を考察 をす るには、

当時の楽器 を実際に演奏することが必要不可欠であることを実感 した。 また、今回では以上の

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ベー トーヴェン中後期 ピアノ作品におけるペダル奏法の考察

ことに加 えて、 自筆 ファクシミリ版 を研究 した ことによって、楽器 とベー トーヴェン自身の楽 譜両面か ら考察 した見解 を本論で述べ ることが出来た。その結果、ベー トーヴェンの書 き記 し た ことになるべ く忠実であると同時 に、楽器や演奏環境が違 うということか らくる音響の違い

を的確 に認識 し、芸術的な演奏 を心がけねばならない ことを、改めて認識 した。

最後 に、エ ドヴィン・ フィッシャー E143の 引用 をもって本論 を締 め くくりたい。

「演奏家の前 には二つの危険な道がひ らけている。 その一つは、ただ自己の主観的な激情 を 表現するためにベー トーヴェンの音楽 を利用す ること。そして他の一つは、音符 に書 き定めら れている演奏法の指示 に、何の考 えもな く奴隷的に盲従することである。無軌道 に自己自身を 表現することもな く、か といって、原作者の偉大 さに威圧 されて化石するのでな く、 この前門 の虎 と後門の狼 とのあいだを縫 って、われわれは進んでゆかねばならぬ。その とき天の扉 はひ らかれ、神のす くいの声がたか らかに鳴 り響 くのである、…… 彼 と彼の作品をとを愛せ よ。

しか らば、汝 はおのずか ら僕 (し もべ )と な り告知者 とな り、 しか も汝 自身たるを得ん。か く て、汝の力 と、温か き心 と愛 とは、彼の人の力、精神、愛 を人々の胸 に点火 し、人の世 を照 り 輝か しめん "」

今回、本研究 を遂行するにあた り、浜松市楽器博物館館長の鷲頭典利氏 には調査承諾 を、 ま た同館学芸員の佐藤剛氏 には、閉館後 にもかかわ らず深夜 まで貴重な時間を割いて戴 き、多大 な協力 を得 ました。 また、コンサー トチューナーの鈴木敏夫氏 には楽器構造に関する専門的な 助言 を戴 き、記 して感謝いた します。

【 言 日 L】

[1]元 来チェンバ ロは、バ ロック室内楽での通奏低音楽器である。

[2]こ のピアノは、ベー トーヴェンの友人且つパ トロンであった、ヴァル トシュタイン伯爵 か ら贈 られた。第 2章  Iの 2で 取 り上 げた「 ヴァル トシュタインソナタ」は、 この伯 爵に献呈 された。

[3]こ の楽器の制作者、 トーマス 0ブ ロー ドゥッ ドは1818年 、ベー トーヴェンとの友好 を記 念 して、当時最 も新 しい形式で、ヴィーン製 よりもかな り頑丈且つアクション機能に優 れた ピアノを贈 った。 この当時の楽器 には今のピアノにはないダンパーペグルの高音部

と低音部 とが、別々に操作できる機能が搭載 されていた。

[4]こ のピアノは、ベー トーヴェンの難聴 に対応するために、各共鳴弦は 4本 で、奏者 に向 けて、屋根 を開けることが出来た。ボンのベー トーヴェンハウス所有。

[5]ド イツとアメ リカのピアノ製作会社。現代のピアノメーカーを代表 し、その地位 は不動 である。今 日、演奏会やンコーディングで使用される頻度が最 も高い。尚、同社のハ ン ブルグ製 フル・ コンは現在、定価1,500万 円である。

[6]宮 殿 の収容人数 は約100か ら500人 である。

[7]大 聖堂の収容人数 は約2,000か ら8,000人 である。

(14)

[8]中 には88鍵以上のピアノもある。ヴィー ンのピアノメーカーであるベーゼン ドルファー 最高機種、「インペ リアル」 は、 97の 鍵盤数 を持つ。

[9]フ ル・ コンでは、低音域の共鳴弦が 3本 のセクションも存在する。

[10]ダ ンパーの形状 は 4〜 5種 類 あ り、各セクションにより使われる形、大 きさなどが異な る。

[11]中 音域 1本 と低音域 1本 の計 2本 の共鳴弦だけ、 ソステヌー トペダルを使 って開放 し、

他の共鳴弦 を打弦す ることにより、余韻 を残すような効果があることを狙 った変奏 を持 つ曲である。

[12]ス タインウェイ社のビアノは、一昔前 までペダルのバネ機構 に、板バネを使用 していた

が、最近のピアノでは、スプ リングに変わった。 スプ リングは板バネに比べてペダルが 柔 らか く感 じ、体の大 きい人が足 を乗せ るだけで浮いて しまうな どの欠点 もあるが、そ れが逆 に踏みやすい との意見 もある。いずれにせ よ自分 自身の楽器 を持 って歩 くことの 出来ないピアニス トにとって、 慣れた楽器 とそうでない もの との違いは重大問題である。

[13]こ の場合、メゾ・ スタッカー トと同意語であると解釈 して差 し支 えないだろう。

[14]1886年 スイス生 まれのピアニス トで、バ ッハ とベー トーヴェンの演奏・ 解釈で高い評価 を得た。アルフレー ト・ ブレンデルな どのピアニス トを輩出 し、ベル リン国立音楽院教 授 も勤 めた。1960年 没。

【 参考・ 引用文献】

(1)AARON COPLAND PIANO VARIATIONS        B00SEY AND HAWKES (2)BEETHOVEN KLAVIERSONATEN BAND II      G.HENLE VERLAG

(3)BEETHOVEN Konzert fiir Klavier und Orchester Nr.3c‐ moll op.37

EDITION PETERS (4)BEETHOVEN Konzert fur Kla宙 er und Orchester Nr.4G― dur op.58

EDITION PETERS (5)BEETHOVEN Konzertfur Kla宙 er uFld OrChester Nr.5 Es― dur op。 73

Breitkopf&Hartels Partitur‐ Bibliothek (6)エ ドヴィン。フィッシャー著   佐野利勝・木村敏共訳「ベー トーヴェンのピアノソナタ」 み

すず書房  1958年

(7)ジ ョーゼフ 0バ ノウェツ著   岡本秩典訳「 ピアノ・ ペダルの技法」   音楽の友社  1989年 侶 )「 楽器の辞典   ピアノ」   東京音楽社   昭和58年

0)平 野昭著   「ベー トーヴエン研究の現在一演奏 における新 しい視座」 音楽芸術  1996年

3月 号 p25‑29

参照

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