奥行知覚研究の動向
−19 7 7−
ASurveyofPapersontheVisualDepthPerception
−1977−
林 部 敬 吉
Keikichi HAYASHIBE
(Recieved Oct.9,1980)
Ⅰ はじめに
‡ 奥行知覚の手がかり
(1)両眼調節作用.両眼臨検作用
Ⅲ 実体鏡視
(1)両眼視差
(2)発達的研究
(3)その他の研究
Ⅳ 大きさ一距離関係
(1)大きさの恒常性
(2)発達的研究
(3)その他の研究
Ⅴ 運動の奥行視
目 次
57 Ⅵ 平面画像の奥行視
(1)幾何学的錯視とperspective theory
(2)交差文化的研究
(3)発達的研究
Ⅶ ヒトの乳児及び動物を対象とした 奥行知覚研究
(1)視覚的断崖及び視覚的陥穴法 による研究
(2)その他の研究
Ⅶ その他の奥行知覚研究………72
Ⅸ おわりに
Ⅰ は じめに
本報には,奥行知覚研究に関連した論文を,PsychologicalAbstruct誌の1977年版から,心 理学諸雑誌に発表されたものに限定し,取捨選択の後,目次に示した各領域に分類して紹介し た。
Ⅰ 奥行知覚の手がかり分析
(1)両眼調節作用,両眼轄棲作用
網膜にシャープな映像を結ぶために行う最初の生体の反応は眼球調節である。従来,眼球調 節の測定は,retinoscopyなどの手段を用いてなされたが,十分なものではなかった。知覚研究 を進めるには,まず,被験者がどこに眼球調節を行っているかを正確に知る必要がある。Lei・
bowitz&Hennessy(29)は,レーザー光線を応用した眼球調節測定装置(laser optometer)
を考案した。レーザー光は,これを散乱させてものの表面に投映すると,その反射光はきらき
58 林 部 敬 書
らと斑紋状に輝いてみえる0弱いレーザー光を眼球に投映し反射させた場合,眼球の表面が動 いている時には・その斑紋も動いて見えるが・しかし被験者が刺激面に眼球調節した時には,
その斑紋は静止して見える0もし・被験者が焦点を合わせた面より遠くあるいは近くに眼球調 節を移動させると,斑紋も動いて見え・しかもその動きの方向は眼球調節の大小に依存する。
Leibowitzらは,このレーザー光の性質を利用して・図1に示されたような眼球調節測定装置
図11aseroptometer(Leibowitz,H・W・&Hennessy,R・R・1975)
を作成した0実際の測定にあたってほ・被験者に斑紋が動いているか否かを報告させ,動いて いる場合にはその動きの方向をもとめる0そして・装置に設定されたドラムを前後に移動させ,
斑紋が静止してみえる位置を決める。眼球調節の量は・このドラムの位置をもとにして,ある 公式から算出される。この測定装置の開発により,従来あいまいなままに残されていた問題,
例えば・SPeCificdistancetendencyと眼球調節・あるいは大きさの恒常における眼球調節の役 割などの研究が大いに進展すると期待される。
Owens&Leibowitz(39)は,動眼手がかりが視えの奥行絶対距離をどの程度規定するかを Iaseroptometerを用いてしらべた0まず,darkfocus時の眼球調節作用と両眼転換作用が測 定された。次いで・同様にdarkfocus時の祝えの奥行絶対距離を,Gogel&Teiz(1973)に よって考案されたapparentmotiontechniqueによって測定した0この技法は,距離を異にし て提示した暗室中の小光点を・頭部を動かしながら単眼観察させ,小光点が頭部の動きと同方 向にみえるか否かを判断させるものである。実験の結果,darkfocus時の祝えの奥行絶対距離 は,darkfocus時の眼球調節よりも両眼編棒作用と良く相関することが兄い出された。このこ
とから,刺激縮減下では視えの奥行絶対距離を規定している要因は,両眼臨検作用であり,し たがってSpeCificdistancetendencyも・同様に両眼編操作用によって規定されていると考え
運動視差,両眼視差および経験的要因を欠く事態でも・単一の対象を一定の奥行距離に定位 して知覚することができる0このことが可能なのは,残存している動眼手がかりを利用する他
に,手がかりを全く欠いている場合一定の近距離(観察者から2m位)に対象を位置づける傾 向(specificdistancetendency)に依る。Gogel(1972)は,このしくみをegocentricreference tendencyと呼ぶ。Mershon,Voncannon&Windes(32)は,2個の対象が奥行手がかりを
欠く事態に奥行距離を異にして提示された場合,この種の傾向によってその奥行距離が決まる か否かについて検討した。刺激として,2個の大きさの異なる矩形が観察者の正中線上に上下 に距離212cmと158cmの位置に提示された。遠対象の大きさは,視角にして幅1.380,長さ 0・880,近対象のそれは幅2.720,長さ1.700であった。刺激の周囲は完全に等質にされ,動眼
壷→毎 壷→毎 ゐ→ゐ
P川OT NEAR PlVOT州DDLE
02 rl
■■一一●一一一一一一一一一一●一一一一一●一 ■一一tt■
■−■ 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一■−
▲ Lr
l ヽ rノ
ヽ−ヾ一一
HヒAU POSl¶ON
′′▲ヽ
2ぐ う〉
l
− − ■− ■−
− −
●● ■● − − − ■■ −
◆●
PlVOT FAR
C
M
POSl¶ON
●之
____∫ユ___■_
‥拝
− ■■■ ■■ ■−■ − − ■■ ●11■
Ll
一〇埠=======蓮=誓ヨ5−
帳AR
Ll鵬丁
FAR LIMT
(b)
図2 adjustablepivotmethodの原理(a)とその測定装置(b)
(Gogel,W・C・&Newton,R.E.1976)
60 林 部 敬 吉
以外の手がかりはすべて除去された。奥行距離の推定は,すべて単眼視下でインチまたはフィ ートで行われた。実験の結果,単独対象提示下での近・遠対象の視えの奥行距離推定値からそ の中央値をとりegocentric referencedistanceとし,2個の対象が同時提示された場合の各々 の対象の推定値と比較すると,遠対象はegocentric referencedistanceの近傍に定位されるの に対し,近対象は観察者により近づけられて知覚される傾向にあることが明らかにされている。
Gogel&Newton(19)は,視えの奥行距離を測定するための新しい技法を考案した。Gogel らによれば,知覚現象の測定法は直接法と間接法の2種類に大別されるという。直接法とは,
精神物理学的測定法や量推定法のように,測定すべき当該事象をある基準によって直接判断す るように求めるものをいい,間接法とは,測定すべき事象をその事象との関係が確定されてい る他の知覚現象を尺度とすることによって推定する方法とされる。例えば,間接法で視えの奥 距離を測定する場合,これを直接測定するのではなく,大きさ距離不変仮説を利用し視えの大 きさを測定することによって視えの奥行距離を算出する。今回,新たに開発された技法は視え の奥行距離を求める間接法で,その原理は図2−aに示されている。いま,単一の矩形刺激の 位置をnlからn2へ移動させ,これに伴なって観察者の頭部を位置1から2へ回転させる。こ
の時,観察者には対象がその頭部運動に伴なって移動するような随伴運動現象が知覚される。
もし,対象までの視線の交点が手前にあれば(Pn),対象の随伴運動現象の方向は頭部運動と は逆方向に知覚され,逆に視線の交点が遠点にあれば(Pf),それは頭部運動と同方向になる。
そして,もし視線の交点が中間点Pmにあれば頭部が回転しても対象は静止してみえる。一方,
視えの運動量(M′),感覚された頭部回転量(A′),及び位置1から2までの視線の感覚された 変化量(¢′)の関係は,次式で与えられる。
M′=A′−¢′D′(D′は視えの奥行絶対距離量)
この式で,M′=0であれば,D′=A′/¢′である。もしA′/¢′=A/少であれば,この時にのみ 視線の物理的交点距離DpはD′と等価となる。換言すれば,観察者が対象を追視する際の自
己の頭部運動を正しく知覚することができる時に,頭部運動に伴う随伴運動現象が生起しない ところの交点距離(pivotdistance,Pm)をもとめることができれば,それは対象までの視え の絶対奥行量を間接的に示すことになろう。このadjustable pivotmethodの利点は,直接法 がしばしば認知的要因に影響を受けるのに対し,その影響を回避できる点にある。Gogelらは,
この技法による実験装置を開発し,公開している(図2−b)。
Gogel(17)は,このadjustablepivotmethodを用い,認知的要因のひとつであるfamiliar Sizeが視えの奥行絶対距離に与える影響を確かめた。刺激図形には,矩形(10.45×5.22cm),
鍵形(縦11.35cm),サングラス形(横9.60cm),ギター形(縦10.40cm)が使用され,観察 距離133cmの位置に提示された。測定は,adjustable pivotmethodの他,視えの奥行距離を feetで報告させる直接法にもよったが,この場合,視えの奥行距離をそのまま報告させるもの
と,その視えの距離を,別に設定されたCalibration alley(観察者から40,100,200,350,
5(泊,650cmの位置の各々に白色カードを提示した事態で距離評定の主観的尺度の補助わため に設定)の観察にもとづいて修正させるものとの2種類の評定を求めた。実験の結果,直接法 による祝えの奥行絶対距離は,familiar size によって変化するのに対し,adjustable pivot methodによる間接法の場合には,familiar sizeが視えの奥行距離を変えるものの,その変化
の幅は比較的小さく,しかも対象の定位がその位の大きさの対象ならばここら辺にあるに違い ないというfamiliar sizeによってSimulate された距離になされるのではなく,SPeCific di−
StanCe tendencyの傾向を示すことが明らかにされた。これらのことから,familiar sizeの奥
行手がかり効果は,容易にSpeCiticdistancetendencyへと修正されてしまう程度のものであ り,一方,直接法によるとその効果が大きく出現するのは,知覚された対象の大きさが通常の それよりもどの程度隔たっているかを推定する認知的な働きによるためであって知覚的要因に よるものではないためと考えられる。
また,Gogel(18)は,adjustablepivotmethodを用い,眼球調節作用や両眼転換作用の効 果をしらべた。刺激は小光点で観察距離33.3(近),53.3(中),133.3cm(遠)のところに視 角が一定になるように提示された。測定は間接法の他,feetによる視えの奥行絶対距離の評定
による直接法によった。特に評定では,視えの距離の評定に際し,Calibrationalleyによって 修正・報告させるものを付け加えた。観察条件は単眼視と両眼視の2通りとしたが,単眼視条 件では,動眼手がかり効果を無効にするために,観察眼に観察距離に関係なく常に2mの眼球 調節をもたらす特殊レンズを装着させた。実験の結果,adjustablepivotmethod及びcalib−
rationalleyを用いての直接法による視えの奥行絶対距離は,動眼手がかりが固定されている 単眼祝条件では一定となるが,両眼視条件では観察距離の変化に対応して変ることが示された。
そこで,小光点刺激の代わりに,トランプカード,矩形,正方形,円形を用い,視角がほぼ一 定となるように提示し,同様な方法を用いて祝えの奥行絶対距離をもとめた。観察は動限手が かりが利いている両眼視条件で行われた。その結果,adjustablepivotmethod及びcalibration alley使用の直接法ともに,観察距離の変化に対応して視えの奥行距離が変化すること,その 変化の割合はadjustablepivotmethodの方が大きいこと,さらにトランプカードと幾何学的 図形では視えの奥行距離に差が生じなく,したがってfamiliarsizeが手がかり効果をもたない
ことなどが示された。これらのことから,adjustable pivotmethodは,祝えの奥行絶対距離 を測定するための技法としてほ精度が高く有効な方法であること,また動限手がかり,特に両 眼幅較作用は奥行手がかりとして有効であることが明らかにされている。
Ⅱ 実体鏡視
(1)両眼視差
Kaulman(26)は,両眼視差が大きい場合,二重像が生起するにもかかわらず立体視が可能 なことについて理論的な検討を加えている。仮に,図3のドットを凝視して実体鏡祝すると,
図3 2垂線の前面にドッ
トの浮き出るステレ オグラム
(Kaulman,L・1976)
ドットは2重線分の手前にあるように見える。この現象を説明す るために2つの仮説が設定される。第1に,単眼への視差のない 線分は,ホロブター上の転較距離に位置づけて知覚される。第2 に,視差をもつ線分があれば,その交差,非交差の程度に応じて 転換距離の位置づけをはなれて定位される。この仮説に立って先 のケースを説明すると,図中の2線分は視差が大きすぎるので各
々独立した単眼要因として機能してしまい,したがって転換距離 のところに定位して知覚されるが,一方ドッ 卜は適度に交差した 視差をもっている故に,単眼要因である線分より手前にみえるこ とになる。この仮説によれば,両眼視差が大きすぎて融合しないが,しかし立体感の生起する ステレオグラムは,Paunamの融合事態の複雑な場合とみなされ,凝視時に視差をコントロー ルすることによってその奥行感を生起させていると考えられる。
Ramachandran&Nelson(40)は,図4のような両眼視差を欠いているのに実体鏡祝する と立体感が生起する現象について検討した。図中(a)は,Tausch(1953)の考案になるものであ
62
● ● ●
●●● ● ●
● ● ● ● ●
ユ●・.●J●●
●∴:●・●
● ● ●
∴∴・J●
.・・.●・:●ご
●.●∴・
(a)
㌔吏
/トゞJ
薄1、
′トゞJ
● ● ●
.●‥●∴
●●●●●●●●
●.●∴●・●
・∴・∴●・
●・ペ●∴
●・ミ:・
●
林 部 敬 吉
kl■t
色
(b)
●● ●● ●● ●● ●● ●●
1 せノ
.: ∴∴.●ノ●
(e)
図4 視差を欠いているのに立体感が生ずる種々なステレオグラム
(Remachandran,V.S.&Nelson,J.Ⅰ.1976)
lkh【
るが,視差となるべき輪郭線の局所的対応関係がないのに実体鏡祝すると,ゲシタルト要田が 作用して立体感を生じさせる。(b)はWilde(1950)によるもので,視差を欠いているのに線分 や点線が傾いてみえる。(C)はRamachandran の考えたもので,3点群間の距離が左に対し右 の方が短くとってあるために,左から数えてN番目の右の対はN−1番目の左の対に近接して
くるが,これを実体鏡視すると,距離の近接するNとN−1番とが融合するのではなく,N番 目同士が融合して線分の奥行方向への傾きが生起する。これらのデモンストレーションは,実 体鏡視においてほglobalmatchingが局所的な視差情報を規定していることを示している。
Saye(41)は,前年のSaye&Frisby(1975)の研究を継続している。特に今回は,大きな 視差(1017′)をもつランダム・ドット・ステレオグラムの中央領域に単眼視で明らかに知覚で
きる様々な形を誘導図形として導入し,立体視が生ずるまでの潜時を測定した。誘導図形とし てほ,ドットで構成された十字形,T形,コーナー部分のみからなる正方形,コーナー部分を 除いた部分からなる正方形及び円形であった。測定の結果,中央領域を取り囲む形を導入した ステレオグラムでは,その潜時が有意に短いこと,しかし十字形,T字形も試行を重ねると潜 時は顕著に減少することなどが明らかにされた。これらの結果から,中央領域を取り囲む誘導 形の導入が融合を容易にするのは,両眼転換運動を促進し,幅挨角の急激な変化によって生ず る余分なsaccadic eye movementを減じるためであり,また,試行の反復に伴なって潜時が 減少するのは,眼球運動の統御系の知覚学習によるためと思われる。
Whitmore,Lawson&Kozora(46)は,主観的輪郭図形ステレオグラムの視差を変化させ
た時の立体出現の程度及びその際の輪郭線の明瞭度についてしらべた。使用したステレオグラ ムは,実線または点で描かれた2種類のKaniszaパターンである。実験の結果,立体(奥行)
出現の程度は視差量の変化に伴なってほぼ比例的に増大すること,また輪郭線の明瞭度は視差 の量と方向(交差・非交差)によって影響を受けるとともに,点で構成されたパターンで劣る ことが明らかにされた。特に今回の実験で注目すべきなのは,交差視差ではその奥行出現が深 まるとともに輪郭明瞭度も高くなるのに対し,非交差視差では奥行の深さが大きくなっても明 瞭度は逆に著しく悪くなることである。今後の課題と考えられよう。
Lawson,Packard,Lawrence&Whitmore(28)は,反転現象を示すステレオグラムを考 案して実体鏡視の実験を試みた。使用されたステレオグラムは,図5−aに示されているが,
このステレオグラムの左右の各パターンはそ れ自体反転図形となっていて,単眼視でも複 数のコの字形と中央のダイヤモンド形が交互 に浮び出る。このステレオグラムを実体鏡視 すると,同様に,2様の形が交互に浮び出る が,その時の反転頻度や奥行の深さが視差を 変化することによって測定された。なお,対 照図形として図5−bの通常のステレオグラ ムも使用された。その結果,反転図形のステ
レオグラムを実体鏡祝した時奥行が出現するのは,
巨匡図5 反転図形を含んだステレオグラム
(Lawson,R.B.,Packard,S.,
Lawrence,D.&Whitmore,
C・L・1977)
ダイヤモンドが知覚された場合のみであり,
この時の奥行の深さは視差に比例していること,また奥行の深さの程度は対照図形のそれと差 がないことなどが明らかにされた。反転については,その持続時間をとって比較すると,交差 視差ではダイヤモンドが優勢に出現し,非交差ではその反転頻度に差がないこと,また一度反 転すると,その状態でかなり安定して持続することが示された。これらのことから,立体視を 生起させる視差は,主観的輪郭図形のような知覚することによって引き出される形によって影 響を受けると考えられる。
MacCracken&Hayes(30)は,ランダム・ドット・ステレオグラムの両眼視融合に与える 学習効果を検討した。訓練は1日5回,4日間にわたってのJulesz タイプのステレオグラム の観察である。その結果,経験の反復に伴なって融合時までの潜時は有意に減少すること,ま たこの効果は翌日までほ持続しないことが明らかにされた。
近年,ネコとサルの視覚中枢での実体鏡視に関しての神経機構が少しずつ明らかにされてき ている。それによると,視覚中枢を構成する大部分のニューロンは両眼使用で,同一刺激が両 眼に提示された時にのみ反応する傾向を有している。このような反応傾向をもつニューロンか らなる受容野は視差が変化すると別の反応をする。これらの細胞は両眼視差に鋭敏に同期する 特徴をもっているので,両眼視差の特徴検出器ではないかと考えられる。
一方,ヒトの視覚におけるdisparity−SPeCificneuronの実証は,StereOSOPicaftereffectを 利用した精神物理学的研究によってなされてきている。
VanderMeer(44)は,ステレオスコピックな奥行への順応や単眼不等像視への順応が視覚 ストレッジ(STVS)にどのような効果を与えるかについて分析した。STVSは順応刺激打ち 切り後テスト刺激がどの程度保持して知覚されるかを,テスト刺激打ち切り後に時間的長さの 異なるblankfieldを設定することによって測定された。実験の結果,奥行方向に正方形が浮
き出てみえるランダム・ドット・ステレオグラムのSTVSは,このテスト刺激と同方向の視
64 林 部 敬 書
差をもつパターンへの順応後には減少すること,また逆にこれと反対方向の視差をもつパター ンへの順応後には増大することが示された。一方,パターンが奥行方向に傾いてみえるように 水平あるいは垂直方向に単眼不等像を設定したランダム・ドット・ステレオグラムへの順応の 場合は,その拡大方向がテストパターンと同方向の時にはSTVSの増大を,反対の場合には 減少することが示された。STVSの増大が反対方向をもつ視差への順応で生起するとの最初の 結果は次のことを意味していよう。すなわち,いま同一視差方向への順応が生じると,その視 差に対するdisparity−SpeCific neuronの発火レベルの低下をもたらすが,この時反対方向をも つ視差刺激が提示されると,順応されていた神経細胞群の発する抑制効果を失わせ,その結果 順応されていなかったニューロンの反応性を高め STVSの増大をもたらす。これに対し,不 等像をもつステレオグラムの STVSに与える順応効果は,通常のステレオグラムの順応効果 と正反対の結果を示しているが,これは両視差方向への強い歪み効果をもつ不等像への順応が,
両方向への視差のニューロン組織を同時に発火させてしまい,反対方向の歪みをもつ不等像ス テレオグラムが提示されて抑制効果が除去されないためと考えられる。いずれにしても,この 結果から,STVSの働きであるVisualpersistenceには,視覚中枢のdisparity−SpeCificneuron の抑制のメカニズムが関係していると推定される。
(2)発達的研究
Bower(1966)のオペラント条件づけの手法による乳児の知覚恒常性の研究以来,2カ月齢 程度の乳児はすでに奥行視能力を有しているとの多くの研究例が発表されている。
Appel&Campos(1)は,50〜64日齢の乳児40名を対象にし,両眼視差のある投影像に対し てどのように反応するかをしらべた。刺激は乳児の前面のスクリーンにプロジェクターを用い
て投映され,両眼視差のある場合にはおもちゃのうさぎが浮き出てみえる。はじめに,両眼視 差のある投影像,あるいは視差の付していないもののいずれかを3回提示し,次いで互に他の 提示に切り換え,その時の乳児の心拍数,吸綴数,GSRを測定した。実験の結果,視差から 非視差刺激への相互の切り換えは,有意差を示さないものの,心拍数と吸綴数の減少をもたら すことが兄い出された。これらの結果から,2ヵ月の乳児は少くとも視差刺激と非視差刺激の 変化を弁別していると推定される。
Atkinson&Braddick(2)も,49〜63日齢の乳児の実体鏡視能力をしらべた。刺激にはラン ダム・ドット・ステレオグラムが使用され,また視差検出能力をしらべるための指標としては,
凝視偏好と吸綴数が用いられた。凝視偏好を指標とする場合には,左右の各視野に矩形の浮き 出るパターン(両眼視差のある刺激)と平面的にしかみえないパターン(両眼視差の付してな いもの)とを各々位置を変えて提示した。実験の結果,4名中2名は有意に両眼視差刺激を選 択することが示された。また,吸綴数を指標とした場合には,両眼視差パターン,垂直に視差 を付したパターン(奥行は出現しないが,中央領域は弁別できる),あるいは非視差パターン のうちのいずれかを先行提示し,十分にhabituateしたところで,他のパターンに切り換え,
その前後5分間の吸綴数の変化をみる手続がとられた。実験の結果,4名車2名の乳児は,刺 激パターンの切り換えに際しその吸綴数が原著に増大することが示された。これらの結果から,
2ヵ月齢前後の乳児のある者は両眼視差検出能力をもっていると推定できる。
Gordon&Yonas(20)も,20〜26週齢の乳児1名を対象として両眼視差の検出能力をしら べた。実験では,実物を提示した場合とこれを視差によって前方に浮き出るように映像提示し た場合とで,乳児の手伸ばし反応がどのように変化するかが試みられた。その結果,視差によ って浮き出た映像が乳児の手の届かない所にある場合には,姿勢の前方への屈曲反応が生じ,
また映像が手の届くところにある場合には,より多くの手伸ばし反応が生じた。実物対象の提 示の場合・対象が手の届く範囲内にあっても乳児は時に適切にそれに触れることに失敗するこ
とがあることも明らかにされた0いずれにしても,これらの結果から5ヵ月の乳児は両眼視差 情報に対して感受性を有していると推定される。
(3)その他の研究
Julesz,Breitmeyer&Kropfl(25)は・dynamicrandomdotstereogramを用い,視野の 時間的・空間的な解像力の測定が試みられた○そのために,両眼視差をもつ小さなテスト刺激
(矩形)を検索するのに要する時間閥(durationthreshold)が視野内でのテスト刺激の提示位 置(上下・左右方向の種々なる位置)を種々変えて測定された。その結果,非交差の視差をも つテスト刺激が視野の上方に提示された場合は,下方にある場合と比較してそのduration thresholdが短いこと・一方交差的視差をもつテスト刺激の場合にはこの関係は逆転し下方視 野の方が優れていることが示された0これに対し視野の左右方向では,この種の異方性は発見
されなかった。また・上下方向のこの種の異方性は,SPatialresolution(テスト刺激の幅の大 きさを種々変え・祝野内の各位置に提示時間を一定にして瞬間提示し,これが検索されるか否 かをみる)でも同様な傾向が示された0さらに・単眼祝事がかりを導入してやると,この異方 性傾向が消失してしまった0これらのことから,この種の異方性は中枢での両眼視差の検出器
(detector)の時空的特性とその分布を反映したものと考えられている。
Blake,Camisa&Antoinetti(6)は・奥行方向に傾いたテスト指標を用いて奥行視力閥を測 定した0テスト指標には細長いrodを用い,このrodを奥行方向に種々傾けて提示して奥行 マッチングを行わせた0その結果・奥行視力は視標の傾きが垂直方向の時で最大となり,水平 に傾くに従って減少した0奥行視力が視標の方向によって変化するのは,視標の網膜への投影 像の大きさがその傾きとともに変化するためと考えられる。
Wade(45)は,運動残像の両眼間転移を正常な両眼機能を有するものとそうでないものと の間で比較した。一般に・運動しているパターンを凝祝し,次いでその静止パターンを観察す
ると・反対方向への運動残像が生起するが,この残像は両眼間で転移させることもできる。一 万・斜視を有している者は,通常の両眼祝能力を欠いているが,実験の結果,この者には運動 残像の両眼間転移が生じにくいことがわかった0斜視者は片眼が優位眼となり他を抑制してい るとされるが・この中枢での抑制が運動残像の両眼問転移をも阻んでいると思われる。
Ⅳ 大きさ−距離関係
(1)大きさの恒常性
一般に,移動したり動いている対象はその現実性が高まって知覚されるが,Brosgole,Mc−
Nichol・Doyle&Neylon(10)は・このような動きをもつ対象の恒常性を測定し,従来の静止 した対象のそれとの比較を試みた。恒常性の測定は,5〜30ftの観察距離を移動する2つの祝 標間の相対的距離を別の2つのテスト刺激間の相対的距離で調整させることによってなされた。
その結果・静止対象の恒常度に比し動的対象のそれは予想に反して低く,視角の法則への回帰 傾向が示された。これは,対象の移動に伴う大きさの連続的変化が恒常性を抑制してしまうか
らと考えられる。
(2)発達的研究
Field(15)は・15〜24遇齢の乳児の実物対象と描画対象に対する奥行知覚を,手伸ばし反応 を指標として分析した。実物対象には黒縞の付したオレンジ色のシリンダー(高さ,3,7.5,
66 林 部 敬 書
12cm)を,描画対象にはこのシリンダーの描画したものを用い,視角130を常に張るように提 示距離を13,32.5,52cmの位置に定めた。実験の結果,15週齢の乳児の手伸ばし反応は,
52cmの提示距離の対象よりも13cmのそれにより多く生じ,19遇齢以降になると提示距離の 各々に対する手伸ばし反応には有意差が生じ,13cm提示距離でもっとも多くなることが示さ れた。一方,実物対象と描画対象では,いずれの提示距離でも手伸ばし反応に差が生じなかっ たが,凝視時間を指標にとって比較すると実物対象は描画図形より有意に長く凝視されること がわかった。このように,15週齢の乳児は刺激対象の提示距離に応じて手伸ばし反応を調整し
ていることから,奥行距離弁別能力をすでに有していると類推される。
Collins(12)は,5〜7,9〜11,19〜30才の3段階の年齢群を対象として6mまでの奥行距 離のマッチングをレール上の視標を調整させることによって試みた。実験の結果,年齢ととも に奥行マッチングは正確になるが,その変化は9〜11才群で顕著になることを明らかにしてい る。
(3)その他の研究
Broota(9)は,奥行手がかりが十分に満たされた条件で種々なる距離に短形を提示し,矩 形の大きさとそこまでの視えの奥行絶対距離とを判断させ,あわせて判断が生じるまでの反応 時間を測定した。その結果,大きさ判断についての反応時間は観察距離の増大とともに長くな るのに対し,距離判断のそれはこの種の傾向を示さなかった。このことは,大きさ判断には大 きさと距離の両方の情報を処理する過程が必要なことを示すと考えられる。
Wist&Summons(47)は,刺激縮減下で対象を数分問凝視させた場合,奥行相対距離の知 覚がどのように変容するかをしらべた。実験は,暗室内に2個の凝視対象を距離を違えて提示
し,その間に設けられたテスト対象の祝えの奥行距離を時間的経過に伴なって測定することに ょってなされた。凝視対象は両眼祝,テスト対象は単眼祝で観察されている。実験の結果,テ スト対象の視えの奥行距離は時間の経過とともに大きくなること,またその視えの距離は凝視 対象の位置,大きさによって影響されること,さらに凝視対象相互間の距離も視えの距離に影 響することなどが明らかにされた。これらの結果は,凝視条件が視えの奥行に影響することを 示し,Gogel(1972)の主張するdepthadjacencyprincipleを支持する。
Miskie,Dainoff,Sherman&Johnston(33)は,様々なオープンフィールド事態での祝え の奥行絶対距離を量推定法によってもとめた。オープンフィールドには,大学のフットボール 場から寮の廊下まで5段階の大きさの空間が用いられた。設定された観察距離は,5,13,35,
80,200ftである。実験の結果,観察距離の変化に伴う祝えの奥行絶対距離はStevensのべキ 関数法則に従うこと,またオープンフィールドの拡さが大きくなると,それに伴なって奥行絶 対距離はしだいに過小祝されることが明らかにされている。
Ⅴ 運動の奥行視
Zenhausern(1968)は,台形をオシレイトさせて提示すると回転しているようにみえるとい うAmes現象とは逆の現象を兄い出しているが,今回,Zenhausern,Duffy&Nickel(48)
は,この2種類の台形錯覚現象に単眼視・両眼祝条件がどのような影響を与えるかをしらべて いる。実験の結果,一般に単眼祝は両現象の生起を容易にすること,両眼視は必ずしも錯覚現 象を減じてしまうことはなく,被験者の1/3には麒著に錯覚が生起することが兄い出された0 こ のことから,この種の錯覚現象には知覚的手がかりの他に知覚的スタイルとでもいうべき主体 的要因が絡んでいることが示唆される。
Hershberger,Stewart&Laughlin(23)は.ある次元のモーション・パースペクティブを 他の次元のモーション・パースペクティブと抗争させることによって生ずるkineticdepthの 効果について分析した。刺激はブラウン管上に水平に並列した垂直線を中心を軸として奥行方 向に回転してみえるように提示,その視えの回転方向が被験者にもとめられた。垂直次元(y 軸)と水平次元(Ⅹ軸)でのモーション・パースペクティブの変化は,各々が反対方向の回転 をシミュレートするように操作されている○各々の次元でのモーション・パースペクティブの 量は,各次元のprojection ratioを変えることによって独立に5段階に変化させたので,モ ーション・プロジェクションの組合せは25通りになる。実験の結果,X軸とy軸のPrOjection ratioが無限に等しい場合には,視えの回転の判断はチャンスレベルであるが,y軸のPrOjec−
tionratioが減少するにつれてその視えの回転方向はy軸のモーション・パースペクティブに よってシュミレートされた方向と一致してくること,そしてⅩ軸のprojection ratioが減じた 場合には,その視えの方向はⅩ軸のモーション・パースペクティブによってシュミレートされ
た方向としだいに一致してくることが示された。これらの結児から,単一の知覚システムが両 次元の情報を処理しているのではなく・個々独立した知覚システムが1inearなkineticdepth の効果をあげるように働いていると思われる。
Pulfrich現象は・片眼に装着させたフィルターによって両眼間に情報伝達の遅延が生じ,そ の結果両眼視差を誘導することになり視えの奥行運動が生ずると説明されている。一方,この 種の効果は刺激がストロボスコピックに提示されても出現することが知られている。ここにひ とつの問題が生ずる。というのは,刺激がストロボスコピックに提示された場合には,刺激入 力に時差が生ずるだけであってその空間的位置については何ら変化を誘導しないと考えられる からである。Morgan&Thompson(1975)は,これを次のように考えた。すなわち、刺激入 力に際し網膜レベルではストロボスコピックになされていても,両眼融合以前のあるレベルで その連続性が貯蔵されるとし・これを視えの運動での詰め込み(fillin)効果と呼んだ。Morgan
(34)は,これをさらに確かめるために次の実験を試みた。図6に示されたように,ブラウン管 上に小光点を移動させながら提示するが,この時小光点は同一位置に遅延(20ms)を設けて2 度提示する0この際,先に提示される小光点は下方に垂直にdisplaceされ,また後に提示され
る小光点は上方にdisplaceされた○このようにして小光点は,全体として移動するが,前位置 の小光点と次の位置の小光点聞(80msのinterval)では小光点は一切見えないように操作さ れた。観察の結果,すべての被験者は遅延された小光点が先行する小光点の背後を移動するよ
うに見えると報告した。また,小光 点の遅延を0,10,20,30msと変 化してその視えの運動をしらべたと ころ,遅延が20msの時視えの運動 効果が最大になることが示された。
そこで,小光点を垂直にdisplaceさ せる代わりに,各眼に別々に入力さ せてみた。刺激にはbarを提示し,
同様に同一位置で遅延を設けて2度 提示するが,この時先行刺激を片眼 に,遅延刺激を他眼に入力させる。
観察の結果,左眼に遅延刺激が入力
図6 Pulfrich現象と同様な奥行運動を生じさせるため のダイヤグラム(Morgan,M・J・1975)
68 林 部 敬 書
されると時計廻りの奥行運動が右眼に遅延刺激が入力されると逆方向の運動が生じた。また,
この祝えの奥行運動現象には眼球運動は関係しないこともわかった。これらの結果から,視え の運動における「詰め込み効果」の存在が示唆されている。
Ⅵ 平面画像の奥行視
(1)幾何学的錯視とperspective theory
周知のように,Gregory(1963)は,錯視は錯視図形を描いてある面の肌理が図形特性のも つ奥行性を抑制しているにもかかわらず,恒常性を生起させるメカニズムであるCOnStanCy scalingを自動的に作動させてしまうことから生起すると説明した。その後,この仮説をめぐ
り,種々実験的検討が繰り返されているが,その焦点は錯視図形がはたして遠近法による奥行 手がかりを含んでいて奥行的に見えさせる方向に働いているかに絞られてきている。
Morrison(35)は,不等像視レンズ(aniseikoniclens)を用い,両眼視差に歪みをもたらす ことによって奥行感を変化させ,Gregory仮説の検証を試みた。5%の不等像視レンズ(拡大 率1.05倍)を片眼に装着させ前額平行面を観察すると,レンズをかけた側が奥行方向に後方に 懐いてみえる。そこで,手前方向の奥行手がかりをもつとされる閉形のミュラーリェル錯視図 形を前額平行に提示し,不等像視レンズを片眼に装着させて観察させると,裸眼側の錯視パタ ーンは図形のもつ遠近法的要因と一致して傾くが,レンズ側のそれは図形のもつ遠近法的要因 と相括抗してしまうことになる。このような事態で錯視図形の両端問の祝えの奥行の傾きが測 定された。その結果,祝えの傾きが大きくなるのほ開形ミュラーリェル図形ではなく,閉形型
の場合であった。このことから,奥行効果をもたらしているものは矢羽図形のもつ遠近法的要 因ではなく,錯視によって生じた主線の長さの変化であると考えられ,Gregory説を否定して いる。
一方,Hershberger,Laughlin&Nitschke(22)は,ボンゾー錯視の背景パターンのみを図 7のように布置して奥行方向に回転させた時,水平線分がどのように変容してみえるかを試み た。実験の結果,背景パターンが上方に動く時は水平線分は拡大するように,逆に下方に動く 時は縮少するようにみえることがわかった。この結果は,背景パターンのもつ遠近法的要因の
誘導効果により生じたと考えられ,Gre一 転ミ≡;≡こ、一、、、 gOry説を支持している。
図7 背景となる刺激布置が回転するボンゾー錯視
(Hershberger,W.,Laughlin,N・,&
Nitschke,W.1976)
また,Brislin&Keating(8)は,木で 組み立てた3次元布置のボンゾー錯視を屋 外に設置し,交差文化的研究を試みた。対 象は,アメリカの都会居住者,太平洋の島 民(Samoa,Fiji,Hawai,Tongaなど),
及びフィリッピンの都会居住者である。予 想されたように,太平洋の島民に錯視はあ まり生起しないことが示された。このこと から,日常生活での奥行知覚の体験が錯視
の生起性を高めていると思われる。
(2)交差文化的研究
アフリカ人は平面画像の奥行視や空間の 位置関係の処理において劣っているとの研
究結果が,ここ10年間,数多く報告されている0この結果をめぐり幾通りかの解釈がなされた。
すなわち・平面画像の奥行視が困難なのは,知覚の体制化の様式が異なっているからとする説,
あるいはそもそも網膜の色素形成に原因があるとする説,さらに発達時に空間関係を処理した り複雑な概念を扱ったりする機会を欠いているためとする説などが提出されている。研究の魂 段階としてほ,ひとつはこれらの解釈の正当性について実験的検討がなされるとともに,他に はこれらの実験によく使用されるHudsonテストの妥当性や信頼性の検討が必要とされてい る。
Omari&MacGinitie(37)は,
Hudsonテストの描画中の不自 然な部分を図8のように改め,
タンザニアの都市と地方の児童
(小学校1,3,5の学年)を 対象としてテストを試行した。
その結果,原版と改訂版とを比 較すると,改訂版の方が描画の 中に3次元性をみることが容易 であること,また発達に伴う相 違も改訂版の方がより検出しや すいことが明らかにされた。
Hagen&Johnson(21)も,
Hudsonテストの妥当性につい
(b)
図8 ハドソン絵画テスト原版(a)とその改訂版(b)
(Omari,Ⅰ・M・&MacGinitie,W.H.1974)
て検討した0特に・描画内容や質問のしかたがテストにどのような影響を与えるかを分析した。
使用された描画は,Hudsonのアフリカ原版と原版中の象,かもしか,槍を2人の少女とボー ルに改めたアメリカ版とであり,被験者はアメリカの小学生(1,3,5学年)と大学生であ る0実験の結果,アフリカ版に較べ,アメリカ版はアメリカの児童の各学年層全体にわたって その3次元性が知覚されやすいこと,また「〜に,より近いのは〜」という質問のしかたは,
「〜に・より遠いのは〜」あるいは「〜がねらうのは〜」の聞き方より3次元性の回答をより 引き出しやすいことがわかった。
また,Opolot(38)もHudsonテストでの質問項目について検討した。検討した項目は,
「自分/描画の人」より「より近く/より遠く」にあるのほ「〜か/〜のようか」の3点につ いてであった。ウガンダの小学生240名の結果は・質問のしかたでテストに差が生じ,特に
「〜より近い」のは何かと聞くより・「〜より遠い」のほ何かと尋ねる方が3次元性の回答を より多く引き出すことができたという。
Omari,Hagen,Opolotの結果は,いずれも,テストで使用される描画内容の親近性や座間 に使用される特定のことばがテストの遂行に強く影響することを明らかに●している。
Deregowski(14)は,2次元画像の奥行視にprincipleofeconomyがあてはまるか否かを 検討したoWelford(1971)の提唱したprincipleofeconomyとは,ゲシタルトのp蕗gnancy 原理と同じもので・知覚データの情報処理という考え方から導き出されたものである。すなわ ち,データの変換は・もし変換されなかった時にはそのデータ量が変換のコストを償う位に十 分に大きくなってしまう場合にのみ生起するとする原理である。したがって,幾何学的図形刺 激を用いた場合,非対称図形が固形物とみられるのはこれを非対称の2次元図形とみるより対
70 林 部 敬 吉
』羞ゴ
二三=±コ三=
図9 立体感の生ずる様々な絵画パターン
(Deregowski,J・B・1976)
称な3次元物とみた方がより容易である時である0 反対に,対称図形を対称的な固形物に変換するこ
とは起きにくいし,また対称図形を非対称な固形 物に変換することはさらに抵抗が強い。Dergow−
skiは,図9に示されたような種々のパターンを 提示し,これをスティクを用いて3次元的に構成 させる方法によって3次元にみられているか否か をしらべた。各パターンはすべて同一の構成要素 からなるが,図9に示されたように,(1a,2a),
(1b,2b),(2C),(1C)の順でその対称性が 減じている。実験の結果,ザンビアの少年と少女
(6〜17才)を対象とした場合,1a,1b,1Cではその見方に有意差があり,この順序で3次 元的に見られる頻度が多くなった。このことから,2次元画像の奥行視に働くprincipleof economyが一応支持されている0 なお・年齢差及び交差文化的差(象牙海岸とスコットラン
ドの小学生)は兄い出されていない。
(3)発達的研究
奥行手がかり要因のなかで経験的要田がどのようにして習得されるか,また発達的にみてい っ頃からであるかについては未だ十分な研究がなされていない・
oIson&Boswell(36)は,25〜37月齢の幼児15名を対象として平面画像の中のものの遠近 関係の知覚を分析した。使用された描画図形は・2軒の家が遠近を異にしてみえるように・重 なり要田,相対的配置要因(画面の上方にあるものは遠方にあるようにみえる)及び大きさ要 因を用いて描かれている。手続きは,予備訓練として・実際に遠近の異なる物体の前後関係を 指で指示させることを通して遠近の意味を十分理解させた後に,はじめて描画図形を提示して 対象間の遠近関係を同様に指で指示させる方法によった0実験の結果,この年齢の幼児は重な り要因及び相対的配置要因を手がかりとして描画図形の中の相対的奥行関係を正確によみとる ことが可能であること,しかし相対的大きさ要因は未だ十分な手がかり機能をもっていないこ とが明らかにされた。これらの結果から,平面画像の中の奥行視は20月齢以前にすでに生起し ていると推定される。
Slmkla&Sinha(42)も,ひとつの絵画的手がかりのみからなる特別の描画図形を剛、・
3〜6.5才齢の幼児と児童を対象として経験的要因の発動こついてしらべたが・01sonの結果 と剛京に,重なり,肌理,相対的大きさの各要田は・陰影,線遠近,大気遠近の諸要因より比 較的早くから手かかりとして機能すること,また陰影・線遠近・大気遠近の諸要因も加齢とと
もに急速に習得されることを兄い出しているo
sinha&Mirsa(43)は,さらに,4〜15才までの児童が描いた絵画図形のなかにどの程度 絵画的要因が用いられているかを分析した0その結果,比較的手前の空間関係をあらわす重な りと相対的大きさ要因は早くからもっとも頻繁に用いられるが,肌理と線遠近要因は年齢が進 まないと使用されないことが明らかにされているo
Freeman,Eiser&Sayers(16)は,5〜10才までの児童に遠近を異にする2つの対象を描 画させてみた。その結果,2つの対象が個々別々に措かれ,その遠近関係が適切に表現されな い傾向は年令とともに減少し,その代わりに,幣一被幣の関係で遠近をあらわす傾向がしだい に増大,両傾向の交点は8才前後であることが兄い出されている0
Ⅶ ヒトの乳児及び動物を対象とした奥行知覚研究
(1)視覚的断崖及び視覚的陥穴法による研究
Bradley&Shea(7)は,Mongolian gerbil(meriones ungniculatus)の飼育環境を統制し て視覚的断崖回避に与える経験の効果をしらべた。実験群の被験体は,出生後,物理的断崖が 設けられているホームケージで飼育され,21日齢から60日齢にわたって視覚的断崖テストを受 けた。その結果,21日齢時のテストで断崖回避を示したのは断崖環境飼育群のみであったが,
00日齢時のテストでは通常環境飼育群(フラットケージで飼育)も十分に浅側を選択すること が示された。この結果から,断崖事態を早期に経験することは,奥行や落差を知覚した時それ に対処する遂行能力の発達に役していると考えられる。
Cornwell,Overman,Levitsky&Shipley(13)は,ネコ(mongrelcat81個体)の視覚中 枢の破壊程度を変えた場合,視覚的断崖での回避行動がどのように損われるかをしらべた。破 壊程度は,17,18,19野がほとんど除去されるもの(Marginal+Splenialgroup MS),17,
18,19野を破壊するが,Splenial Sulcus(鳥距溝)の深さの範囲までは手をつけないもの
(Marginalgroup M)及び破壊領域はmarginalcortexの側頭に限られるもの(Extra margi−
nalgroup EM)の3条件とした。手術から回復後,視覚的断崖での回避の可否を試みたとこ ろ,M破壊群とEM破壊群は浅側を有意に選択したが,MS破壊群はチャンスレベルを若干上 回っただけであった。MS破壊群の非回避は視覚中枢のほぼ完全な破壊に帰因すると考えられ るが,しかし次の可能性も否定できない。すなわち視覚中枢は奥行視を直接担っていないが,
その破壊はSuperiorcolliculus(四丘体上丘)のような皮質下の視覚センターの機能を抑制し てしまうため奥行視能力を欠いてしまうのではないかとするものである。事実,ネコのPOSte−
rior neocortex(後頭葉)を大量に破壊すると,Visual placing response(視覚的着地予期反 応)を欠くが,dl−アンフェタミンを投与するとその反応が回復するとの報告がされている。そ こで,MS破壊群にdl−アンフェタミンを大量に授与してみたが,しかし視覚的断崖での回避行 動は回復しなかった。Cornwellらほ,追加実験として,ノーマルなネコにコンタクトレンズ をはめることによって片眼を遮幣し,単眼視下での視覚的断崖の回避を試みている。その結果,
単眼視下でも十分に断崖が回避され,両眼視差要因が断崖回避の必要条件ではないことが確認 された。このことから,視覚中枢破壊による断崖回避は,両眼視差の神経組織の破壊に帰国す るものではないと考えられる。以上の結果を総合してCornwellらは,視覚的断崖での浅側の 選択は視覚中枢の統合下で行われているため,その中枢の全領域の破壊は四丘体上丘の働きを 阻害し,その結果視覚的奥行弁別能力を不能にしてしまうと結んでいる。
Belinky&Belinky(4,5)は,WOOd turtle(clemmysinsculpta)がラセン階段の昇降途 中に設定された物理的間隙や視覚的間隙を回避するか否かをしらべた。その結果,WOOdturtle は,昇降途中で間隙に直面するとこれに気づき,探索し,ついで迂回することが示され,この ことからこの種のカメはかなり奥行弁別能力をもっていると考えられる。
(2)その他の研究
一般に,対象が静止したままでもその大きさが膨張・収縮すると奥行方向に移動するように みえるが,このような場合輪郭の膨張がもたらす情報以外のどんな手がかりが奥行感を生起さ せるのかをBall&Vurpillot(3)は22〜48日齢の乳児を対象としてしらべた。乳児には,円 形要素及びその要素間隙が交互に拡大・収縮する映像を観察させその時の反応を観察した。そ
の結果,刺激要素が視野の周辺へ移動したり,あるいは要素間の間隙が拡大する条件下で奥行
72 林 部 敬 書
視が生じることが明らかにされている。
Cabe(11)は,ハトに実物対象ペアとこれを描画した図形ペアの弁別訓練を試みている。そ の結果,実物対象ペアとその描画ペア間の弁別には差がないことが明らかにされている。
Ⅷ その他の奥行知覚研究
東山(24)は,3,4点実験を用いてLuneburgのモデルに使用されている2つのパラメー ター,げ,Kの変動性について検討した。特に測定日によってパラメーターが変動するか否か,
また刺激布置の大きさが変わった場合にはどうかについてしらべた。実験の結果,数年間にわ たる測定を通じてパラメーターには規則的な変化は生じなかったが,刺激布置の大きさが小さ くなるに従ってK値が大きくなることが示された。このことから,両眼視空間は非等質なもの と推定される。
Lambert(27)は,眼球の動きによって生起した網膜像の変化と対象の「大きさと奥行距離」
知覚との関係を理論的に抽出しようと試みている。
Melson(31)は,body territory としての個人空間(personalspace)の発達を対人関係の 知覚を指標としてしらべている。実験のひとつは,一組の少年・少女,あるいは少年と少女と が距離(5,10,15cm)を隔てて並んでいるカードをみせ,親しい間柄,怒っている間柄,助 けをもとめている間柄のいずれの関係を示しているかを選択させるものであり,他の実験は,
これら3通りの間柄を1組の人形を用いてその対人間距離に表現させるというものであった。
実験の結果,3才齢の幼児は対人関係をその対人関係問距離で判断することはできたが,対人 関係を対人問距離に表現することはできなかった。しかし,4才児になると対人関係を対人間 距離で表現することがしだいに可能となることがわかった。
Ⅸ おわりに
本年度の奥行知覚研究の概観を終えるにあたり感じたことを2,3記しておきたい。
筆者の関心は,一貫して奥行知覚の発生の問題にある。そこでまず,Cornwellらによって なされたネコの視覚中枢の損傷程度と視覚的断崖回避の可否をみる研究が特に興味を喚起する。
とりわけ,視覚的断崖回避が新皮質上の視覚中枢ではなく,四丘体上丘でなされているとの推 定は,運動視差の脳生理学的根拠が皮質下にあることを示唆し,注目される。この結果は,筆
者らの視覚的陥穴法を用いて得られた知見ともよく一致するように思われる。というのは,筆 者らは,回避行動には強い情動反応が随伴すること,この陥穴回避は消去しにくいことなどの 事実から,運動視差を一種の無条件反応のようなものと考えていたからである。Cornwellら の結果は,このような意味でわれわれの行動学的所見をよく裏づけていよう。視覚的断崖法や 視覚的陥穴法を用いての手がかり分析や種問比較研究が一段落したいま,この方向での研究の 成果が期待される。
次に関心がもたれるのは,乳児や児童を対象にした発達的研究である。本年度は,実体鏡視,
平面画像の奥行視の領域で顕著にみられる。運動視差と並ぶ重要な手がかり要因である両眼視 差については,Appel&Campos,Atkinson&Braddick,Gordon&Yonasらが50日齢から 26週齢の乳児を対象にしてその検出能力の有無をしらべている。指標とした反応は,心拍数,
吸綴数,または凝視偏好,または手伸ばし反応と各々異なっているが,しかしその結果はいず れもよく一致し,2月齢前後に両眼視差に対して顕著に反応するようになることを明らかにし た。周知のように,Bower(1966)は,2月齢の乳児を対象とした恒常性の研究から,恒常性
生起の基本となる手がかり要因は運動視差であることを示唆している。もし,これらの結果が いずれも信用できるものとすれば・運動視差,両眼視差の検出能力は,少くとも2月齢の乳児 に備わっていることになり注目されよう。
発達的研究でもうひとつ注目されるのは,いわゆる経験的要因の習得についてである。01son
&Boswell,Shukla&Shinha,Sinha&Mirsaらほ,2〜6才前後の幼児・児童を対象とし,
平面画像の奥行関係を再生させたり・あるいは幼児・児童の描いた絵画の中の遠近関係を分析 した結果・重なり要因・大きさ要因・相対的配置要田が,線遠近法,大気遠近法より先に習得 されることを兄い出している0この事実は,奥行視の発達過程を考える際に大いに参考になろ
う。
最後に,Leibowitzの手になるlaseroptometerの開発,及びGogelらのadjustablepivot methodの考案を特筆しておきたい0有効な測定法や精密な測定装置の発明は,それだけで研 究を大いに進展させるであろう。
なお・文献の紹介にあたり・筆者の浅学のためその的確さを欠いている倶れが多い。識者の 御教示を請いたい。
文 献
1)Appel,M・&Campos,J・J・Binocular disparity as a discriminable stimulus parameterfor younginfants・Lhul・nalofE却eri77Wnta C亀ihi月ひChoIpgy,1977,Vol・23,47−56.
2)Atkinson,J・&Braddick,0・Stereoscopicdiscriminationininfants・昆rc4)tion,1976,Vol.5,
3)Ball,W・A・&Vurpillot,E・[Perceptionofdepthininfants・](Fren)Annee靭cholqglque,
1976,No.2,383−399.
4)Belinky・C・R・&Belinky,G・K・Climbing,fallinganddepthperceptionin the wood turtle:
1・挽仏力〟7一刀dJげ′九g‰yor長旅ゆめ毎gcα′励。吋,1973,Vol.10,3−9.
5)Belinky,C・R・&Belinky,G・K・Climbing,fallinganddepthperceptionin the wood turtle:
ⅠⅠ・旅や,血〟r〃dJげどんどルW mr足助や加わgfrα′励C物,1974,Vol・11,32−43.
6)Blake,R・,Camisa,J・M・&Antoinetti,D・N・Binoculardepthdiscriminationdependsonori−
entation・乃7 ̄ 瑠tion&勒chqf・hysics,1976,Vol.20,113−118.
7)Bradley,D・R・&Shea,S・L Theeffectof enviroment on visualcliff performancein the Mongoliangerbil・IbrcQtion&Ebch呼hysics,1977,Vol.2,171−179.
8)Brislin・R・W・&Keating,C・F・Culturaldifferencesintheperceptionofathree−dimensional
Ponzoillusion・hurnalQfCT・055−Chltural勒cholqgy,1976,Vol.7,397−412.
9)Broota,K・D・Chronometricstudyinmakingabsolutesizeand distance judgments.Indian 血〟r乃dJ呼物C肋gッ,1975,Vol.50,58−66.
10)Brosgole,L・・McNichol,D・G・,Doyle,J・&Neylon・A・Dynamicsizeconstancy・Bulletin_げ 純g勒ごろ0乃0′乃fc励rfg砂,1976,Vol.7,12−14.
11)Cabe,P・A・Discriminationofstereometricandplanometricdisplays by pigeons・蕗7・α少tion
d〃d肋fer朗肋,1976,Vol・42,1243−1250.
12)Collins,J・K・Distanceperceptionasafunctionofage・JlustralianJbumalQf勒choloBy,
1976,Vol.詔,109−113.
13)Cornwell,P・・Overman,W・,Levitsky,C・&Shipley,J・Performanceonthevisualcliifbycats Withmarginalgyruslesions・LhurnalofCb 4>aralive&m5,SloIpgical勒cholqgy,1976,Vol.
90,996−1010.