修士論文発表要旨
(2008
年度)カルマンフィルタ有限要素法を用いた河川の解析に関する研究
Estimation of River Current Using Reduced Kalman Filter Finite Element Method
土木工学専攻 10号 尾島 康則
Yasunori OJIMA
1
はじめに近年,水質汚染は非常に深刻な環境問題になっている.
水質汚染とは火山・海藻の異常発生や暴風雨及び地震と 同様に水質と水系の生態系の状態における大きな変質を 招くものなのだが,河川の水質がある基準を超えた時にこ れを汚染という. そのため,人々が生活をするに当たり, 河川の状態を把握することは大変重要である. その状態 を把握するために,様々な観測が行われるが,必要な観測 データの入手が困難であることや, 観測する際に機械誤 差, 人為誤差や自然誤差など様々な誤差が含まれるとい う問題点がある. そこで,本研究では有限要素法を用いた カルマンフィルタ理論を適用し,モデルの不確実性を確率 過程に基づいて修正し,推定を行う. カルマンフィルタ理
論
[1][2]
とは,確率過程に基づいた解析手法の一つであり誤差を含む観測値から,その誤差を考慮しながら推定,同 定,制御,予測,データ同化等様々な分野で用いられるフィ ルタリング理論の一つである.そして,このカルマンフィ ルタ理論と有限要素法を組み合わせることによって,時系 列のみならず空間方向にも解析が可能となる.
本研究では,数値解析例として,日本でも有数の汚染河 川である千葉県手賀沼を実在のモデルとして扱った. 特 に河川の汚染を表す指標である溶存酸素量の推定に非常 に影響をもつ拡散係数に着目し,拡散係数を同定し,同時 に推定を行った. 同定をするためにフィルタリング理論 である拡張カルマンフィルタと有限要素法を組み合わせ た拡張カルマンフィルタ有限要素法を用いる. また, 多 くの解析時間及び計算容量がかかってしまうという拡張 カルマンフィルタ有限要素法の問題の削減を目的とした, 縮小カルマンフィルタ有限要素法を提案する. 新手法で ある縮小カルマンフィルタ有限要素法を河川に適用し,有 効性を検証する. また有限要素法の基礎方程式として浅 水長波方程式を用いる.
2
数値解析手法2.1
カルマンフィルタカルマンフィルタとは, 確率過程に基づいた推定手法 の一つである. 本手法を用いることによりモデルの不確
実性を確率過程に基づいて修正し, 状態量を逐次決定的 に推定することができる. 同定問題は非線形問題となる ため,カルマンフィルタを拡張する必要がある. 拡張カル マンフィルタの状態空間モデル,システム方程式
(1)
と観 測方程式(2)
をそれぞれ以下に示す.x k+1 = f k (x k ) + G k w t (1) y k = h k x k + v k (2)
ここでx k
は状態量,f k (x k )
は状態遷移行列,G k
は駆動 行列,y k
は観測値,h k
は観測行列である.w k
及びv k
は システムノイズ及び観測ノイズと呼ばれ, 平均0,
共分散 行列に従う正規白色ノイズである.x k
の関数で表される 状態遷移行列f k (x k )
と観測行列h k (x k )
を線形化するた めに以下に示す高次の項を無視したテイラー展開を適用 する.f k (x k ) f k (x ∗ k/k ) + F k (x k − x ∗ k/k ) (3) h k (x k ) h k (x ∗ k/k−1 ) + H k (x k − x ∗ k/k−1 ) (4)
この行列をそれぞれ式(1), (2)
へ代入すると以下の線形 化された状態空間モデルを得ることができる.x k+1 = F k x k + G k w k + f k (x ∗ k/k ) − F k x ∗ k/k (5) y k = H k x k + v k + h k (x ∗ k/k−1 ) − H k x ∗ k/k−1 (6)
上式のF k ,H k
は感度行列と呼ばれ,以下のように表される.F k = ∂f k
∂x k
x k =x ∗ k/k
, H k = ∂h k
∂x k
x k =x ∗ k/k−1
ここで
∂x k/k
は観測データy 0 · · · y t
が与えられたときのx k/k
の最小分散推定値である. 以下にカルマンフィルタ のアルゴリズムを示す.1. [ˆΓ 0|−1 ] = [Γ x 0 ] , { x ˆ 0|−1 } = { ¯ x 0 }
2. [K k ] = [ˆΓ k|k−1 ][H k ] T ([R v k ] + [H k ][ˆΓ k|k−1 ][H k ] T ) −1 3. [ ˆ P k|k ] = ([I] − [K k ][H k ])[ˆΓ k|k−1 ]
4. [ˆΓ k+1|k ] = [F k ][ ˆ P k|k ][F k ] T + [G k ][Q w k ][G k ] T 5. { x ˆ k+1|k } = [F k ] { x ˆ k|k }
6. { x ˆ k|k } = { x ˆ k|k−1 } + [K k ]( { y k } − [H k ] { x ˆ k|k−1 } )
ここで
K k
はカルマンゲイン, ˆP k|k
は推定誤差共分散行 列, ˆΓk+1|k
は予測誤差共分散行列,Q wk , R vk
は共分散行 列である.2.2
縮小カルマンフィルタ有限要素法前述した拡張カルマンフィルタには物理モデルが含ま れていない, そこで有限要素法で近似した有限要素方程 式を物理モデルとして拡張カルマンフィルタに組み込む ことで拡張カルマンフィルタ有限要素法を導く. カルマ ンフィルタに物理モデルを組み込む方法は大別して
2
種 類ある. 一つは状態方程式に組み込む方法,もう一つは観 測方程式に組み込む方法である. 前者の方は,時系列過程 を追従することができるので, 前述したカルマンフィル タのアルゴリズムをそのまま用いることができる.本手法を拡張カルマンフィルタ有限要素法と呼ぶ. 本手 法を用いることにより, 状態量の時間的分布のみになら ず空間的分布においても推定が可能となる. また,本研究 では共分散行列に
4
次スプライン関数,S = ¯ S{1 . 0 − 6 . 0
„ r i
d m
« 2 + 8 . 0
„ r i
d m
« 3
− 3 . 0
„ r i
d m
« 4 } (7)
を提案する. ここで,Sは共分散の空間分布を,r i , d m
は 節点間距離,最大節点間距離を表している. また,観測誤 差v k ,
システム誤差w k
は観測値と推定値の差,最適推定 値と推定値の差によってそれぞれ求めることができる.共分散の空間分布を節点周りに定義することによってカ ルマンフィルタ有限要素法が持つ解析時間及び解析容量 が増加する問題点を解決することが出来る.そこで本研究 では縮小カルマンフィルタ有限要素法を提案し, 解決す る. 観測点付近の情報のみでカルマンフィルタ理論を適 用するために式
(1)
を変化させ,x k+1 z k+1
=
F k L k M k N k
x k z k
+
Gw k
0
(8)
このように, 観測点付近とそれ以外に分離させる. こ れによりカルマンゲイン
K
を求めるために用いる行列がF k
のみとなり計算要領と時間の削減を行うことが可能と なる.dm ri
main point related point
図
1;
節点及び節点周りの領域0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
Quartic Spline Function
Quartic Spline Function
図
2; 4
次スプライン関数2.3
状態方程式流れの状態を表す方程式として以下に示す非線形浅水 長波方程式と移流拡散方程式を用い, Galerkin法を適用 することにより,有限要素近似を行う.
<非線形浅水長波方程式>
u ˙ i + u j u i,j + g(η + H + h), i −ν(u i,j + u j,i ) ,j = 0 (9) η ˙ + { (η + H)u i } ,i = 0, (10)
<移流拡散方程式>
c ˙ + u i c, i −κc, ii = 0 (11)
ここで,ui
はx,y
方向の流速,gは重力加速度,ηは水位変 動量,H は基準水深,hは河床勾配,νは渦動粘性係数,cは 溶存酸素量,κは拡散係数を表している. そして空間方向 の離散化に有限要素法を用い,時間方向の離散化に陽的Euler
法を用いることで,以下の有限要素方程式を得る.M ¯ αiβj u n+1 βj = ˜ M αiβj u n βj − ∆t(K αβγj u n βj u n γi (12) +D αiβj u n βj − H αiλ η λ n + Ω n αi )
M ¯ λµ η n+1 µ = ˜ M λµ η µ n − ∆t(A λµβj u n βj η n µ + B λβj u n βj ) (13)
M ¯ αβ c n+1 β = ˜ M αβ c n β − ∆t(K αβγj c n β u n γj (14) +D αβ c β + Ψ α )
ここで,質量集中行列
M ¯ αβ
とselective lumping parame- ter
を用いた混合質量行列M ˜ αβ
は以下のように表される.M ¯ αβ = ∆ 3
⎡
⎢ ⎢
⎣
1 0 0 0 1 0 0 0 1
⎤
⎥ ⎥
⎦ (15)
M ˜ αβ = e M ¯ + (1 − e)M (16)
ここで,e
はlumping parameter
で本研究では0.9
を用 いている.2.4
同時推定同定手法溶存酸素量に非常に関係のある拡散係数のパラメータ 同定を行う事で最適な拡散係数を導出し, 得られた拡散 係数の値で推定を同時に行う新しい手法を提案した. 同 時推定同定手法として, 定数である拡散係数を以下のよ うに展開を行う.
κ k+1 m = κ k m + κ k m,β (c k β − c k+1 β ) + · · · (17)
次に,展開して得られた式(17)
を式(14)
に代入し展開す ることで以下の式を得ることができる.» M ¯ αβ 0 0 E mn
– j c β
κ m
ff k+1
= »
H αβ G αn
A βn E mn
– j c β
κ n
ff k
− B βm
ここで,H
αβ
は状態遷移行列,Gαn
は拡散行列,Aβn
は感 度行列,Emn
は単位行列,B βm
は既知項である. 本研究で は以上の式を用いて,推定と同定を同時に行った.2.5
新アルゴリズム以上に基づいて前述したアルゴリズムの改良を以下に 示す.
⎧ ⎪
⎪ ⎪
⎪ ⎨
⎪ ⎪
⎪ ⎪
⎩ u v η c
⎫ ⎪
⎪ ⎪
⎪ ⎬
⎪ ⎪
⎪ ⎪
⎭
k+1
= [D k ]
⎧ ⎪
⎪ ⎪
⎪ ⎨
⎪ ⎪
⎪ ⎪
⎩ u v η c
⎫ ⎪
⎪ ⎪
⎪ ⎬
⎪ ⎪
⎪ ⎪
⎭
k
+ { A k } , (18)
ここで,D
k
を式(8)
のように4
分割することで状態遷 移行列F k
を得ることができる. またA k
は既知項として 扱う. 以下に新アルゴリズムを示す.<縮小カルマンフィルタ有限要素法>
1 . [ˆ Γ 0|−1 ] = [Γ x 0 ] , { ˆ x 0|−1 } = { x ¯ 0 }
2 . [ K k ] = [ˆ Γ k|k−1 ][ H k ] T ([ R v k ] + [ H k ][ˆ Γ k|k−1 ][ H k ] T ) −1 3 . [ ˆ P k|k ] = ([ I ] − [ K k ][ H k ])[ˆ Γ k|k−1 ]
4 . [ˆ Γ k+1|k ] = [ F k ][ ˆ P k|k ][ F k ] T + [ G k ][ Q w k ][ G k ] T 5 . { x ˆ k+1|k } = [ F k ] { x ˆ k|k } + {M k }
6 . {M k } = {A k−1 } + {C k }
7 . {C k } = {L k ( M k−1 x k−1 + N k−1 z k−1 + V k−1 ) } + {U k } 8 . { x ˆ k|k } = { x ˆ k|k−1 } + [ K k ]( {y k } − [ H k ] { x ˆ k|k−1 } )
3
数値解析例3.1
解析モデル数値解析例として, カルマンフィルタ有限要素法を用 いて千葉県手賀沼
(図 3)
における流況を推定する. モデ ルである千葉県手賀沼は全長4km,
面積6.5km 2 ,
最大水深
3.8m,
平均水深0.9m
である. 解析領域である有限要素分割図は有限要素分割図は総節点数
1316,
総要素数は2378
であり,図4
に示す. 本研究では2003
年8
月16
日における流速
u, v
と水位変動量η
及び溶存酸素量c
を観 測値として用いた.図
3;
手賀沼全景提供;国土交通省
No.2 No.1
No.3 No.4
図
4;
有限要素分割図流入条件に観測地点
1
番で得られた観測データを与え ました. 図5〜8
に観測地点1
番における流速u, v
と水 位変動量η
及び溶存酸素量c
の観測値をそれぞれ示す.-0.1 -0.05 0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3
4 8 12 16 20 24
X-Velocity
Time Observed Data
図
5; x
方向の流速-0.15 -0.1 -0.05 0 0.05 0.1 0.15 0.2
4 8 12 16 20 24
Y-Velocity
Time Observed Data
図
6; y
方向の流速1.24 1.26 1.28 1.3 1.32 1.34 1.36 1.38
4 8 12 16 20 24
Water Elevation
Time Observed Data
図
7;
水位変動量4 4.5 5 5.5 6 6.5 7
4 8 12 16 20 24
Dissolved Oxygen
Time Observed Data
図
8;
溶存酸素量 提供;利根川下流河川事務所 また,3日前からの観測データを解析の初期条件とする. 図9
及び10
に解析で用いた流速及び溶存酸素量の初期条件 を示す.X (m)
Y(m)
500 1000 1500 2000
200 400 600 800
0.1 m/s
図
9;
流速の初期条件X (m)
Y(m)
500 1000 1500 2000
200 400 600 800
C (ppm) 8 7.375 6.75 6.125 5.5 4.875 4.25 3.625 3 2.375 1.75 1.125 0.5
図
10;
溶存酸素量の初期条件3.2
解析1(推定)
解析
1
では,本来一定でない定数である,拡散係数κ
を0.2
としてカルマンフィルタ有限要素法を用た河川の流況 の推定を行った. 観測点1
番,2番及び4
番の観測値を用 いて,観測値3
番の流況を自作のプログラムにより推定し た. その結果として,図11〜14
に推定点(観測地点 3
番) における流速u, v
と水位変動量η
及び溶存酸素量c
の推 定値の時刻暦と観測値の時刻暦との比較をそれぞれ示す.また表
1
より, 観測値とほぼ同等の推定値が得られてい ることがわかる.-0.03 -0.02 -0.01 0 0.01 0.02 0.03
4 8 12 16 20 24
(M/SEC)
8/16 estimated velocity observed velocity
図
11; x
方向の流速-0.03 -0.02 -0.01 0 0.01 0.02 0.03
4 8 12 16 20 24
(M/SEC)
8/16 estimated velocity observed velocity
図
12; y
方向の流速0.7 0.72 0.74 0.76 0.78 0.8 0.82 0.84
4 8 12 16 20 24
(M)
8/16 estimated water elevation observed water elevation
図
13;
水位変動量3 4 5 6 7 8 9 10
4 8 12 16 20 24
Contaminant Concentration (ppm)
Time (hour) identified value (k=0.2) observed data at No.3
図
14;
溶存酸素量相関係数
x
方向の流速8.3 y
方向の流速8.5
水位変動量9.2
溶存酸素量8.5
表
1;
相関係数3.3
解析2(推定及び同定)
解析
1
では,本来一定でない値であるはずの拡散係数κ
を一定として解析を行ってしまっている. この問題を解 決するために解析2
として, カルマンフィルタ有限要素 法の同定手法を用いることで拡散係数の同定を行い, 同 定を行うと同時に推定を行うことでより実際の現象に近 い溶存酸素量の推定を行った. 拡散係数の同定結果を図15
に,同定された拡散係数を用いた溶存酸素量の推定結 果を図16
にそれぞれ示す. また表2
より,解析1
より良 い精度の解析を行えた.0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3
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Diffusion Coefficient
Time (hour) identified diffusion coefficient
図
15;
拡散係数5 6 7 8 9
4 8 12 16 20 24
Contaminant Concentration (ppm)
Time (hour) estimated contaminant observed contaminant
図
16;
溶存酸素量相関係数 溶存酸素量
9.5
表
2;
相関係数4
まとめ本研究では河川における,流況の推定及び同定手法とし て拡張カルマンフィルタ有限要素法を提案し,その妥当性 の検証を観測データとの比較によって確認した. 誤差を 含む観測データを用いて推定と同定を同時に行い, 拡散 係数を変数として扱うことでより実際の現象に近い解析 を行った. また,今までカルマンフィルタ有限要素法を扱 う上で一番の問題となっていた解析時間と解析容量の大 幅な削減を縮小カルマンフィルタ有限要素法を用いるこ とで可能とした. 今後の課題として,より大規模な実在モ デルへの適用と, 未来を推定する予測問題へ発展させる ことが挙げられる.