三木清における≪存在≫と≪根拠≫の再‑結合 : 『 構想力の論理 第二』を中心に
著者 佐々木 健
雑誌名 星薬科大学一般教育論集
号 4
ページ 13‑46
発行年 1986
URL http://id.nii.ac.jp/1240/00000157/
三木清にお
ける︽存在︾と︽根拠︾の再ー結合
ー﹃構想力の論理 第二﹄を中心にー
佐々木 健
は じめに
本 稿は︑敗戦後に刊行された三木清の遺著﹃構想力の論理 第二﹄︵一九四六年六月︶ー第四章﹁経験﹂の部分
ーに即して︑ ﹁構想力の論理﹂という形をとった﹁三木哲学﹂が︑究極的には︑何を目指していたのかを確定し
ようとするものである︒
ヘ ヘ ヘ へ もとより︑三木哲学が最終的にいかなる﹁現実形態﹂をとったであろうか︑については︑三木その人が不幸にも︑
ヘ ヘ ヘ へ志半ぽで非業の死を遂げた以上︑何ともいうことができない︒しかしながら︑三木が実際に遺した著作に関するか
ぎり︑遺著﹃構想力の論理﹄全四章を通しての議論を辿るとき︑そこに︑三木哲学の主旋律をなす一つのライト・
モテ ィフが貫いている事情を看取することができる︒
13
141 ﹁構想力の論理﹂と﹁経験﹂
1 ︽実体︾概念と︽関係︾概念
﹃構想力の論理 第二﹄は︑﹃構想力の論理 第こ︵昭和一四年五月︶に収められた﹁神話﹂︑﹁制度﹂︑および﹁技術﹂
の三章に続く第四章にあたり︑ここでは﹁経験﹂がテーマとして取り上げられる︒
先 ず︑第四章全体の構成を概観しておく︒この章は二二節から成っており︑大きく分けて︑次の三つの部分から構成さ
れている︒
一 ﹁経験﹂とは何かが規定され︑三木哲学における﹁経験﹂概念が提示される部分︵第一節﹁第三節︶︒
二 一八世紀イギリスの哲学老ヒューム︵O騨く嵐出已目P嵩巳㎏Φ︶の﹁人間悟性﹂に関する二つの論孜1﹃人間本
性 論﹄第一篇﹁悟性について﹂︵︾弓﹃8註ωoo︵出已日餌昌Z①言﹃o°ロooπH°Oh庄od昌画o諺けロ昌合目σq嵩ωΦ︶︑および
﹃人 間悟性に関する研究﹄︵い目国昌ρ巳昌oo⇒oo﹃巳昌ひqロc日①口ζ昌αo房9ロ合⇒ぴqu﹂忘︒︒︶1に即して︑ヒューム哲学に
お
け る﹁構想力︵‖想像力︶﹂︵︷日①σqぎp江oロ︶と﹁習慣﹂︵6已ω9日●①ぴぱ︶との意義が解明される部分︵第三節ー第七
節︶︒
三 一八世紀ドイツの哲学者カント︵﹈出Pb9①目已O一 一︵①口汁﹀ ﹈°やN止1﹈°◎OO十︶の﹁批判哲学﹂が取り上げられ︵第八節−二二
節︶︑カントにおける﹁構想力﹂︵国︷コぴ一一●ρ口σqoD犀﹁口時古︶の位置と意義との解明が︑﹃純粋理性批判﹄︵民﹁庄πユo吟吟oぎop
<o日已昆古嵩︒︒P陪ΦP已巳①⑰qP嵩︒︒べ︶︑および﹃判断力批判﹄︵民﹃︷け汗αo﹁d詳o︷尻寄忠・巳ΦO︶に即して行われる部
分︵ 第一批判は第八節−第一二節︑第三批判については第二二節ー第二二節︶︒
以下︑第四章﹁経験﹂における三木の議論を右の順予で考察することにする︒先ず︑本章では︑三木における﹁経験﹂
概 念の規定を検討し︑あわせて第四章﹁経験﹂がそれに先行する章といかに連関するかを確定しよう︒
﹁経験﹂についての﹁正統的学説﹂である﹁イギリスの経験論の哲学﹂は︑その元来の﹁動機﹂においては︑﹁実証的客
観 的﹂であろうとしたにもかかわらず︑その﹁帰結﹂においては﹁主観主義と観念論に陥つた﹂︒経験論における経験の
主観化 は︑この哲学が経験を主として﹁知識﹂の問題とみなし︑知識の立場において経験を﹁単に意識の事柄﹂に局限し
たことと関連している︒i三木は第四章の冒頭で︑J・ロックに始まりG・バークリを経てヒュームに至る一八世紀イ
ヘ ヘ ヘ ヘ ギリスの経験心理学的人間学︑いわゆる﹁イギリス経験論﹂にふれて︑このように書いている︒︵﹃全集﹄第八巻二五八−
六〇 頁︒以下︑この巻からの引用は頁数のみを︑その他の巻からのそれは巻・頁数を記す︶︵一八世紀イギリスの経験心
合縮 理学 的人間学を﹁イギリス経験論﹂なる呼称で総括するのは︑この人間学を﹁認識論﹂に局限しようとする哲学史上の俗
礪 説であって︑イギリス﹁経験論﹂は個々の経験を問題とするかぎり経験的ではあっても︑個々の経験を個々の経験たらし
ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ醐 め︑経験をそれとして成立せしめる論理的根拠を問いえていないかぎり︑﹁経験論﹂とはなっていない︒その根拠を問い︑くと 経験がそれとして成立しうる論理的地平を切り拓いたのはカントであって︑彼においてはじめて︑﹁経験論﹂は﹁経験論﹂
ヘ ヘ へ擁 となる︒このことを踏まえたうえで︑以下︑イギリス﹁経験論﹂の呼称を使用する︒︶
くる このような意識内部性に照準した経験の﹁主観化﹂に対して︑三木は﹁行為﹂の立場から経験を考えようとする︒行為
け輪 の立
場 とは﹁歴史を作る行為の立場﹂を意味し︑﹁構想力の論理﹂における基本的な立場である︒この立場に立つならば︑
撤ヨ ﹁
経 験の主体は単なる意識である.﹂とができず︑経験箪に立.識の現象である.︑とができない︒.﹂の場A・︑経験の主体即
ち行為す るものは自体を有するものでなければならず︑経験は意識の現象に止まることなく︑客観的世界における出来事
らー でなけれぽならぬL︒︵二六一頁︶経験とは︑意識主観がこれから分離された対象的世界に対してあり︑これに外側から向
6 ぎ合う﹁意識﹂の経験ではなくして︑﹁客観的世界における出来事﹂たることという客観的意義を有する︒この点を敷行しー
て︑三木は次のように述べている︒
﹁行為の立場においては︑主体は身体を具へたものであり︑物が主体の外にあるといふことは単に意識の外にあるとい
ふことではなく︑むしろ自己の身体の外にあるといふことでなけれぽならぬ︒かかるものとして初めて物は独立であると
いひ得る︒主体はまた単なる意識でなく︑独立な存在である︒行為の主体であるものとこの主体に関係附けられるものと
は共に一つの世界においてあり︑この世界におけるそれぞれ独立な存在である︒かくして経験とは独立な存在と存在との
ヘ へ 関係である︒独立なものと独立なものとの関係にして真の関係であり︑それらのものは一つの世界においてあることによ
つて関係することができる︒経験は独立なものと独立なものとのいはば出会である︒⁝⁝経験は動的な行為的な関係とし
ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ
て出来事の意味を有し︑この根源的な意味において歴史的である︒知識も単に意識と物即ちいはゆる主観と客観との関係
として考へられるべきではなく︑存在と存在との或る特定の関係として考へられねぽならぬ︒経験的知識といふものは意
識的 自己の受動的状態として考へられるのでなく︑行為的自己と環境との行為的関係から考へられねぽならぬ︒⁝⁝感覚
は行為的自己の尖端として経験の尖端である︒﹂︵二六二ー三頁︶
ここに︑三木における経験概念を構成する二つの基本的なモメントが描出されている︒すなわち︑﹁世界における出来
事﹂としての経験は︑第一に︑独立なものと独立なものとの関係として経験であるということ︑第二に︑それは主体と環
境との相互規定的な動的行為的関係として︑歴史的世界における歴史的出来事であるということの二つの側面を含んでい
る︒ 先ず︑第一の側面についてみれぽ︑﹁形の論理﹂としての﹁構想力の論理﹂において︑経験が独立なものと独立なもの ヘ へ との関係・出会として︑あるいは︽我ー汝︾の根源語に立つ﹁関係の世界﹂︵M・ブーバー︶としてあるとは︑﹁形﹂は
﹁珍﹂ぼ朴いい﹁珍﹂︹かかということ︵第一章﹁神話﹂︑四三1四頁参看︶を意味する︒すなわちそれは︑歴史的世界の
対象的な場面においてある自立的な客観的な﹁形﹂を具えた﹁個性﹂的な︽我︾が︑これまた同様の﹁形﹂を具えた個性
ヘ ヘ へ 的 な︽汝︾に向き合い︑また同時に︽汝︾が︽我︾として︑︽汝︾としての︽我︾に向き合う事態にほかならない︒﹃人生
論ノート﹄のなかで描かれている次のような事態は︑こうした経験の一つの具体相を言表している︒﹁物が真に表現的な
ものとして我々に追るのは孤独においてである︒そして我々が孤独を超えることができるのはその呼び掛けに応へる自己
の表現活動においてのほかない︒アウグスティヌスは︑植物は人間から見られることを求めてをり︑見られることがそれ
にとつて救済であるといつたが︑表現することは物を救ふことであり︑物を救ふことによつて自己を救ふことである︒か
や うにして︑孤独は最も深い愛に根差してゐる︒そこに孤独の実在性がある︒﹂︵第一巻二六五頁︶第四章で経験が取り上
合± げられるのは︑以上のような﹁形の論理﹂の立場から︑︽我ーそれ︾の根源語に立つ︑﹁対象立目心識﹂に即した﹁経験﹂概念
礪 を批判 的に吟味しようとするモティフからであった︒
獺 ところで︑独立なものと独立なものとの関係としての経験という事態について︑次の二点を確認しておく必要がある︒
く ヘ ヘ ヘ へと 第一に︑この事態は︑人間の疎外状況を克服したあるべき関係の場面として設定され︑疎外状況に対置されているという 擁 ことである︒三木における経験の世界は︑若き日のK.マルクスが世界に対する人間の﹁人間的﹂な関係として設定したくる 場面︑E・フロムが﹁生産的志向﹂の一局面として描出した﹁愛﹂の場面に構造的に対応する︒﹃経済学・哲学草稿﹄第
け議 三 草稿﹁四 貨幣﹂のなかで︑マルクスはこう書いている︒﹁人間を︹跡として︑また世界に対する人間の関係を人間的
徹詠 な関係として前提してみたまえ︒そうすれば︑君は愛をただ愛と︑信頼をただ信頼とだけ︑交換する.﹂とができる︒君が
芸術を享受 したいと欲するならぽ︑君は芸術的に自己形成した人間にならなければならない︒⁝⁝人間に対する また
− 自然に対するー君のあらゆる関係は︑君の恥奏断︑個樫的か生命の弥確か発於︑しかも君の意志の対象に対応する発恥
8︵昌︒ぴ︒ω・巨葺◎臼︒日○︒︒・自ωg巨臼書︒ωヨ忌ロω⑦§胃︒合︒註︒︾昆2§三昌︒ωS邑亘︒三邑一く匡︒Fl o目9冨ロω︶でなければならない︒L︵〇六〇昌9B︷ωoげも庁=oωob巨ωoげΦ﹈≦①ロ已ω吋民弓けP 出06冨﹈日﹂ΦべP o力゜NNΦ︶また︑
フロムは﹃正気の社会﹄のなかで︑人間および自然に対する人間の﹁活動的︑創造的な関係性﹂を﹁生産的志向﹂︵許o
O﹃8ξ亘くoo菖⑦暮①註o⇒︶と呼び︑その一つの局面としての愛を﹁自分自身の自己の独立性と全体性を保持するという条
件のもとでの︑自分の外の人間または物との結合﹂と規定している︒︵弓庁ooり①oooり06狂薯︑﹂綜μ司①≦oo暮㊥已ぴ一︷oo江8ω︑
℃巽゜6裕℃°旨O山︶主観的なものと客観的なもの︑ロゴス的なものとパスト的なもの︑内と外︑内在と超越︵存在と根拠︶︑ ヘ ヘ ヘ へ 個別と一般︵多と一︶等の統一︑相即がそこにおいて現実的に達成され︑人間がそこにおいてはじめて主体的11客体的な へ ものとして全的存在たりうる自立的な客観的な﹁形﹂のあり方を追究すること︑さらに︑そうした﹁形﹂の技術的︑対象
的な形成と︑これに即した︑これまた技術的︑対象的な人間の自己形成の場面を切り拓くことが︑特に第二章﹁制度﹂お
ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ よび第三章﹁技術﹂における課題であった︒第四章の初めでは︑そうした自立的な﹁形﹂と自立的な﹁形﹂との関係性が
問
題 となっているのである︒
第二点は︑それゆえ︑独立なものと独立なものとの関係の追究ということで︑︽実体︾概念と︽関係︾︵11︽機能︾︶概念
との綜合が目指されているということである︒この点に関して︑三木はこう書いている︒﹁古代は実体概念によつて思考
し︑近代は関係概念或ひは機能概念︵函数概念︶によつて思考した︒新しい思考は形の思考でなけれぽならぬ︒形は単な
る実体でなく︑単なる関係乃至機能でもない︒形はいはば両者の綜合である︒﹂︵﹃人生論ノート﹄第一巻二七五頁︒また
﹃構想 力の論理﹄二七一−二頁の註︑参看︶ここで︑﹁実体概念と機能概念とが一つであるところに形が考へられる﹂とさ
ヘ ヘ ヘ へ れ るときの﹁形﹂とは︑﹁形﹂は﹁形﹂に対して﹁形﹂であるという規定を含む︒右のように立言されるとき︑先ず明らか
で あることは︑そこでは︑﹁経験の形式﹂として︑存在範鴫としてのアリストテレス的カテゴリアと思惟範疇としてのヵ
ゾ ト的純粋悟性概念︵カテゴリー︶との綜合が目指されていることである︒﹁知識においても形が考へられ︑その最も根
本的 な形は範疇と呼ばれるものである︒範疇は単に知識の形式もしくは思惟の形式でなく︑また実在の形式でなければな
らぬ︒⁝⁝経験の形式は知識の形式であると共に実在の形式であると考へられてゐる︒﹂︵二七六頁︶しかし︑︽実体︾概念
と︽関係︾概念との綜合というとき︑それは右のことにとどまらない︒ここにいう綜合とは︑一切の物を関係の一義性に
解 消しようとする傾向に対して︑旧き実体概念をそのまま回復することではない︒一方で︑﹁主語となって述語とならな
い もの﹂︵11﹁基体﹂︶︑あるいは︑それが存在するためには他のいかなるものをも必要としない自存的自体的なものをその へ まま前提し︑他方で︑一切の物を関係項に転化し︑あるいは作用・働きに解消する事態を置いて︑そのうえで両者を結合
ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ す ることでもない︒そうではなく︑その綜合の課題において問題となるのは︑真に自立的な﹁形﹂の形成は﹁形﹂が﹁形﹂
合
︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑
糸 に対 して﹁形﹂たりうる局面を切り拓くことであり︑このことは同時に︑旧き関係性の変革は新しい﹁形﹂が新しい﹁形﹂
礪 として自立的たりうる地平を開馨することであるという問題局面︑すなわち連結の弥断︵実体性の回復︶は連結の確立
醐 ︵新たな関係性の設定︶であるという構造連関である︒
烈 樺 2 環境と行為 習慣・技術・経験ー
くる 三木における経験概念の第二の構造契機をなすのは︑主体と環境との相互規定的な動的行為的関係という側面である︒
け議 ここでの議論は︑第二章﹁制度﹂における習慣論および第三章﹁技術﹂での技術的︑対象的な人間の自己形成︵‖教養︒
撤木 ロ匡口ρ⇒σq︶に関する議論と︑モティフのうえで連続している︒
三 三木によれぽ︑経験は環境と人間との関係であり︑両者の﹁﹃間における活動﹄ρo江く含でOo古司①o⇒﹂を離れては経験の
19 ﹁実在性﹂はありえない︒およそすべての行動は﹁環境における行動﹂であって︑そのかぎりにおいて環境は行動にとっ
20 て不可欠の﹁構成的要 素﹂である︒行動は環境の﹁函数﹂として︑主観的であると同時に客観的であり︑受動的な反応で
あると同時に能動的な活動である︒こうした行動を通して行為と環境とは相互規定的な﹁不可分の関係﹂にある︒﹁環境
が行為を作 り︑行為が環境を作り︑両者は一つに結び附いてゐる︒かやうにして我々の行為は成全的行動一暮oぽq日江くo
ひ6庁餌く日叶といはれる︒成全とは二つの活動即ち主体の活動と環境の活動が関係することの間における結合であり︑この
結合は機械的でなく創造的綜合であつて︑そのさい価値が創造されるのである︒行動は単に主体的なものでなく︑全体的
行動︵11時間的には過去と未来とに連関し︑主観的・客観的な全体的状況にかかわる行動 引用者︶としてかかる成全
的行動である︒成全作用一暮①ぴq日江opは創造的原理である︒﹂︵二六七頁︶このことから︑次の二つのことが帰結する︒
第一に︑経験は行為の﹁自律性﹂を表現する行為の﹁形﹂を作り︑行為は﹁形﹂を有することにより﹁斉合﹂的となる︒
﹁我々の行為はすべて形を有してゐる︒形は全体性を意味してゐる︒行為が形を有するといふことは︑先ず第一に︑行為
が主体と環境との間における活動であるところに生ずるのである︒もし行為が単に主観的なものであるならぽ︑行為の形
といふものは考へられない︒形は主観的と客観的との統一である︒しかし第二に︑行為が形を有するといふことは︑主体
と環境との活動の間における結合が主体の側において︑まさに行為そのものにおいて成全するところに生ずるのである︒
⁝⁝行為の自律性といふこともそこに考へられねばならぬ︒行為の形はその自律性の表現であり︑もし行為が自律的でな
いならぽ︑行為は形を有することができぬ︒⁝⁝行為の自律性は︑行為が循環反応︵11環境に対する主体の反応は︑環境
と主体との関係性および前者の後者に対する作用のし方を変じ︑そのことによって︑環境に対する主体の反応は一段高い
レヴェルで行 なわれるようになる事態を指すー引用者︶として有する自己創造的な斉合性にほかならない︒⁝⁝行為の
形は行為が成全的行動 として有する成全的統一であり︑かかるものとしてつねに環境との関係を含み︑従つて行為の形は
機能的全体
を 現してゐる︒﹂︵二六八頁︶
従つて︑第二に︑経験は行為そのもののなかから行為の﹁形﹂を産み出すものとして︑﹁創造﹂・﹁発明﹂の動的過程で
ある︒﹁個体と環境とは相互に他に新たに作り︑両者の関係も新たに作られ︑行動の成全作用は創造的である︒我々は経
験に よつて環境に適応するといはれるが︑この経験は創造的である︒⁝⁝主体の環境に対する適応は適応といふよりも発
明である︒行為の形はかかる発明に属してゐる︒行為の論理は構想力の論理であると私がいふのは︑構想力によつて予め
行 為の形を思ひ浮べ︑これに従つて行為するといふ如きことを意味するのではなく︑行為そのものが構想力の論理に従つ
てゐるといふのである︒行為の形は行為そのものの中から作られてくる︑経験がまさにそのことを示してゐる︒経験は検
証的過程で あるよりも創造であり︑発明である︒﹂︵二七一頁︶
三木は既に第二章と第三章とにおいて︑特に第二章の八節以降で︑習慣︵その自覚的︑方法的形態が技術である︶が人
合+ 間の環境に対する適応として人間の自己形成︑新しい人間の社会的行動様式︑人間的タイプ︵人間類型︶の創出に対して
晒 もつ意味に着目し︑環境が歴史的社会的環境である場合︑人間はこの環境との関係性において︑それに働きかけそれを変
ヘ ヘ へ醐 革す るとき︑そのことを通じてはじめて︑同時に自己を歴史的社会的変革の主体として形成するということを解明した︒
くと 第四章における環境と主体との動的行為的関係としての経験に即した議論は︑右のような人間主体による環境形成と人間
ヘ ヘ ヘ へ硫 主体の自己形成との﹁同時﹂的連関構造を︑環境と主体との﹁間における﹂関係性の転換に即した︑環境と主体との双方
く ヘ ヘ へる の相互規定的な転換という﹁成全作用﹂の過程性において解析するものであるといってよい︒
け齢 ところで︑第二章の第八節以降での習慣論において︑三木はアメリカの哲学者J・デュウイの﹁習慣﹂概念︵﹃人間本性
清ヨ と行為﹄国已日①⇒Z①け已.Φ︒ロ︒︒︒づ臼ロ︒古・︒目参看︶警目し︑習慣の技術的︑行為的︑能動的側面に即してそれを
﹁形の論理﹂のうちへと取りこむのであるが︑ここでも彼はデュウイの﹁経験﹂概念から強力な示唆を得ている︒デュウ
ユ2 イは編著書﹃創造的知性﹄︵○﹃⑦①註くΦ﹈暮o一目oqo⇒oo⁚国︒力ω①冒ω一p葺o勺呂σq日①江o︾暮一言江P ﹂Φ嵩︶に収められた﹁哲学
22 の回 復の必要性﹂︵↓犀oZoo臼臨o叶鱒痴oooくo日o臨㊥ゲ巳oωobげ司︶のなかで︑みずからの経験概念をイギリス経験論にお
けるそれとの対比において︑五ヶ条にわたって提示している︒ ﹁1正統的な見解においては︑経験は主として知識にかかわることがらと見なされている︒しかし旧い眼鏡を通して見 ︵
ない眼に とっては︑経験は確かに︑生命的存在とその自然的および社会的環境との交渉にかかわることがらとして現れる︒ n伝統的見解によれば︑経験は︵少なくとも主として︶徹頭徹尾︑﹃主観性﹄に感染された心的事物である︒しかるに経︵験が自己自身について示すものは︑人間の能動と受動のうちに入り︑人間の反応によって変化を蒙る真に客観的な世界で ある︒皿伝統的学説によって︑単なる現在を超えるものが承認されるかぎり︑もっぼら過去が問題である︒既に生起した ︵ことの登録︑先例事項の参照が経験の本質であると信じられている︒経験論は﹃与えられ﹄たもの︑あるいは﹃与えら
れ﹄ているものに繋縛されていると考えられる︒しかしながら経験はその生命的な形式において実験的であり︑所与のも
のを変化させようとする努力である︒経験は未知なるもののなかへの投射︑つまり未知なるものの前進的獲得によって特
徴 付けられる︒未来との結合がその顕著な特徴である︒W経験論的伝統は排他主義︵O胃江o巳碧︷ω日1ーアト︑ミズムのこと
︵ー引用者︶に陥っている︒結合と連続は経験に無縁なもの︑妥当性の疑わしい副産物であると考えられている︒しかる
に環 境からの受動であると同時に︑新しい方向へ向けての環境の支配への努力である経験は︑結合を孕んでいるのである︒
V伝統的な見解においては︑経験と推理とは対立する概念である︒推理が過去に与えられたものの再生以外のものを意味︵
するかぎり︑推理は経験を超える︒それゆえ︑不確実である︒しかし経験は︑旧来の考え方によって押付けられた制限か
ら解放されると︑推理に満ちている︒明らかに︑推理を含まないいかなる意識的な経験もない︒﹂︵弓庁oζ置合o綱o済ρ
0力o 暮げo日巨日o一ω己巳くo諺︷昌勺おωμ<o一﹂9U9また︑﹃構想力の論理﹄二六四︑二七二︑二七八ー九頁参看︶
デュウイにおける経験が︑環境と主体との動的行為的関係として﹁世界における出来事﹂を意味するかぎりにおいて︑
またその経験が﹁過去の構想的回復﹂︵一日旬σqぎ9江くO﹁68<OqO⌒各Oひ司σqO昌O︶と﹁未来の構想的予測﹂︵一日醇σqぼρ江くO
木o﹁08︒・けo㌣夢o咋暮ξo︶を含み︵一露△︑b°﹂⇔二七五頁参看︶︑心的能力については﹁記憶﹂と﹁想像﹂︑歴史的営為に
即しては﹁伝統﹂と﹁創造﹂という﹁構想力の論理﹂の問題にかかわるかぎりにおいて︑三木はデュウイにおける如上の
経験概念を﹁歴史的創 造の論理﹂︑﹁形の論理﹂の地平に取りこもうとするのである︒そしてイギリス経験論における経験
概 念に対する右のようなデュウイの批判は︑イギリス古典哲学に対する三木の批判の基本視座に対応するといってよい︒
ところで︑習慣︑その自覚的︑方法的形態としての技術︑そして環境と主体との動的行為的関係としての経験1これ
らの共通点は︑そのいずれもが﹁自然﹂的質料性にかかわることがらであるという点に存する︒しかるにまた同時に︑習慣︑
ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ
技 術︑経験という展開は構想力による﹁自然﹂的質料性の克服の過程を言表している︒次章で考察するヒュームがその悟性
合縮 論において展 開するのは︑超越的な神学的理性の基軸ではなく内在的な人間的感情の地平において照準された﹁人間の自
礪 然︵11自然本性︶﹂を︽地盤︾とする日常的︑﹁自然﹂的思惟の世界とその批判的解析である︒﹁過去の構想的回顧のうちに未
ゑ醐 来の構想的予料が働き︑未来の構想的予料のうちに過去の構想的回顧が働いてゐる︒構想力によつて生素な経験主義を超
くと えるところに却つて経験の本質があるのである︒﹂︵二七五頁︶とすれば︑この視点から︑ヒュームの﹁人間学﹂における
擁 ﹁構想力﹂と﹁習慣﹂原理との意義が解明されねばならない︒では︑三木において︑﹁自然﹂的質料性の世界とその克服とがくる 問題となるのは何故にか︑またいかなる脈絡においてであるのか︒三木のヒューム論に立ちいる前に︑この点をみておこう︒
け⊇胤木 3 問題の発生状況ー﹁日常﹂的個別性と﹁世界歴史﹂的普遍性l−
三 これまで三木における経験概念に即してみてきたように︑﹁構想力の論理﹂は︑独立なものと独立なものとの関係の確
ヨ2 立を通ずる人間の疎外状況の克服︑新しい人間の﹁形﹂︵タイプ︶の創出による無名・無定形・無性格な現代人の救済︑
4 そして︽実体︾概念と︽関係︾概念との綜合を目指するものであった︒この点に関するかぎり︑﹁構想力の論理﹂は︑二2 シ ヘ ヘ ヘ へ ○世紀前半におけるグローバルな規模での現代的な思想的世界連関網のなかにおける︑まぎれもなく﹁近代﹂の克服を目
指す現代哲学の一試みであったといわなけれぽならない︒しかしまた︑それは一九三〇年代における日本の現実のなかか
ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ ら索出された問題に論理の光を当て︑いわば﹁絶対的通過点﹂︵へーゲル︶としての︽近代︾を媒介とした日本人自身に
おける︽革命︾の論理を構築しようとする企てであった︒
﹁イデーは構想力によつて自然の中から生れ︑そして構想力によつてイデーはいはば自然に還るのである︒﹂︵二二五ー六
ヘ ヘ へ
頁︶ これは︽構想力の現象学︾ともいうべき遺著﹃構想力の論理﹄における基本命題であり︑また︑﹁歴史的なもの﹂
の﹁存在の仕方﹂を現す神話︑制度︑技術︑経験︑そして言語という歴史的社会的現存在の分析を介して︑そのことを解 ヘ へ 明することが﹁構想力の論理﹂の課題である︒﹁自然﹂的質料性からの精神の自律と︑自律的な精神の身体化を通じたそ
ヘ ツ へ の歴史 的社会的質料化とを︑一九三〇年代における日本の現実から索出された問題に即して︑﹁同時﹂に遂行されるべき
ことがらとして引き受けるところに︑﹁構想力の論理﹂という名の﹁歴史的創造の論理﹂の構築が企図されたのである︒
この間の事情を少しく︑みておこう︒
﹁日本においても昨年あたりからインテリゲンチャの精神的状況にかなり著しい変化が現はれて来たのではなからうか︒
ひとはこれを満洲事変といふ重要な事件を目標にして特徴附けて事変後の影響と呼ぶことができる︒事変後の影響によつ
てインテリゲンチャの間に醸し出されつつある精神的雰囲気はほかならぬ﹃不安﹄である︒それは今後多分次第に深さを
増 し︑陰影を濃くして行くのではないかと思はれる︒不安の文学︑不安の哲学等は知らず識らず人々の心のなかに忍び入
り︑やがてその主人となるかも知れない︒﹂︵第十巻二八六−七頁︶三木が評論﹁不安の思想とその超克﹂のなかでこのよ
うに書いたのは︑昭和八年六月のことであつた︒金融恐慌︵昭和二年︶についで︑世界大恐慌︵四年︶の大波に襲われた
日本は︑恐慌からの突破口を﹁満洲﹂侵略にもとめた︒恐慌のあおりを受け︑従来の﹁米と繭﹂の経済構造は解体し︑そ
れに代わる重化学工業への転換によって︑大陸への軍事侵略を挺子とした経済侵略に乗出したのである︒右に掲げた三木
の言葉は︑金融恐慌︑世界大恐慌︑農業恐慌︵六年︶と一連の恐慌にみまわれ︑経済活動が停滞し︑失業者の総数が二百
万人前後に達するまでに事態が深刻化し︑大学を卒業しても職にありつけない﹁インテリ・ルンペン﹂が急増しつつあっ
た社会的状況に照準してのことである︒三木がこの評論を著した昭和八年には︑共産主義はもとより自由主義に対する弾 圧が強化され︑大正一四年に﹁普通選挙法﹂と抱き合せに公布され︑昭和三年に全面的に改悪された﹁治安維持法﹂によ る検挙者数が最高を記録した︒滝川事件︑共産党幹部佐野学・鍋山貞親の獄中での転向声明︑小林多喜二の虐殺もこの年
のことである︒︵以後︑自由主義への弾圧はさらに続き︑一〇年には︑美濃部達吉の﹁天皇機関説﹂排撃運動が起り︑﹁国
合令 体明徴﹂運動が展開された︒=年の二.二六事件︑同年八月の五相会議での﹁国策の基準﹂の決定︑翌七年七月の日中
礪 全面戦争への突入と︑事態は進展してゆく︒︶
醐 この評論のなかで三木は︑﹁不安の思想が社会的不安に制約されてゐることは言ふまでもない︒⁝⁝それ故に社会的不くと 安にして絶滅されない限り︑不安の思想が完全に超克されることは不可能である﹂ゆえに︑﹁最も基礎的な問題﹂は﹁実 擁 践的に・︑の社会を革新すること﹂にある︵同右三9責︶との原則的立場を確認しつつも︑思想そのものに関しては︑
くる ﹁不安の思想の超克のためには人間に値する新しい人間の定義が与へられねぽならぬ﹂︑すなわち新しい人間の﹁タイプ﹂
け議 ︵11形︶が創出されなけれぽならないと述べて︑こう書いている︒二時マルクス主義が多くの青年の心を捉へたのも︑現
撤ヨ 代の諸哲学において人票︒イブとして崩され︑失はれてゐたとき︑それが﹃フ・レタリ7ト﹄の名のもとに新しい人
間のタイプを与へようとした魅力によるところもあつたであらう︒しかしそこに示された諸要素も︑まだ十分に正確で︑
ら2 明瞭で︑具体的なタイプにまで綜合され︑形成されてゐない︒我々は⁝⁝社会的存在といはれる人間を底の底まで哲学的
6 光のうちに規定し︑形成し直さなけれぽならないであらう︒⁝⁝新しい人間のタイプが心理学や生物学や経済学などの爽2 雑 物としてでなく︑哲学自身の方法及び手段によつて︑統一的に︑具体的に規定され︑構成されることが要求されてゐる
や うに思はれる︒﹂︵同右三〇六頁︒また﹁現代階級闘争の文学﹂八年一月︑第一一巻一六六ー七七頁参看︶ここでは︑昭
和のコ︑︑・ユニズムが新たな人間類型を創出しえなかったことをうけて︑新しい人間のタイプ︵形・類型︶をつくる課題が
設 定されているが︑それはまだ新しい人間の﹁定義﹂の確定という課題にとどまっており︑いかにして新しい人間の﹁形﹂
を作るかという問題領域にまでふみこんでいない︒この問題は以後︑﹁ネオヒューマニズムの問題と文学﹂︵八年一〇月︶︑
﹁性格とタイプ﹂︵同一一月︶︑﹁新しい人間の哲学﹂︵九年七月︶︑﹁人間再生と文化の課題﹂︵一〇年一〇月︶︑﹁ヒューマニ
ズムの哲
学 的基礎﹂︵=年一〇月ー一月︶︑﹁ヒューマニズムの現代的意義﹂︵同一〇月︶等において︑﹁ネオ・ヒューマ
ニズム﹂の主張として︑人間の再生の課題として展開されていく︒その方向は︑一言でいうならば︑人間存在の根拠のか
かわる根源的なパトスの要求を救い上げうるその﹁発展形式﹂としての高次のロゴスと︑それにみあう自立的な客観的な
﹁形﹂を︑歴史的社会的な﹁現実﹂の対象的な場面において構築することであった︒もとより︑これは極めて困難な営為
であって︑その一応の完遂をみるのは﹃構想力の論理﹄の第三章﹁技術﹂においてであった︒
ところで︑このような新しい人間の﹁形﹂は︑﹁日常性﹂︵‖﹁日常﹂的個別性の世界︶と﹁世界歴史性﹂︵‖﹁世界歴
史﹂的普遍性の世界︶とが相互に連結されうるような方向で形成されなけれぽならない︑というのが︑三木の主張であっ
た︒︵﹃哲学的人間学﹄第一八巻一九五ー二〇四頁︑﹁行動的人間について﹂一〇年三月︑第一一巻四二三ー五頁参看︶こ
の主張は︑︽日本への回帰︾現象として生起したコミュニズムからの﹁転向﹂を念頭において展開されている︒たとえぽ︑
コミュニストの大量転向の口火となった佐野・鍋山の転向声明︵﹁共同被告同士に告ぐる書﹂︶は︑みずからのコミュニズ
ムからの離脱を︑コ︑・・ンテルンの原則および﹁日本の情勢と日本共産党の任務に関するテーゼ﹂︵﹁三二年テーゼ﹂︶の抽象
性を衝 き︑革命を日本の歴史的特殊性に即して特殊化する方向で発展させるという口実のもとに正当化している︒﹁日本 の労働者が日本を主として考慮するほど自然且つ必要なことはない︒日本民族が古代より現代に至るまで︑人類社会の発
展段階を順 当に充実的に且つ外敵による中断なしに経過してきたことは︑我我の民族の異常に強い内的発展力を証明して
いる︒⁝⁝この歴史的に蓄積された経験は︑今日の発達した文化と相侯ち︑新時代の代表階級たる労働階級が社会主義へ
の道を日本的に︑独創的に︑個性的に︑且つ極めて秩序的に開拓するを可能ならしめるであろう︒﹂﹁日本の皇室の連綿た
る歴史的存続は︑日本民族の過去における独立不羅の順当的発展ー世界に類例少なきそれを事物的に表現するものであ
って︑皇室を民族的統一の中心と感ずる社会的感情が勤労者大衆の胸底にある︒我々はこの実感を有りの儘に把握する必
要が ある︒﹂︵﹃近代日本思想大系 35・昭和思想集 1﹄三七五ー六頁︶たといコミンテルソの原則が抽象的普遍にすぎ
合 ・・
結
ないにせよ︑またテーゼが抽象的原則の日本の歴史的社会的状況への単なる適用にすぎないにせよ︑それからの離脱は︑
ヘ へ醒 当代の日本においてマルクス主義が代表しえた原理的なるもの一般の放棄を意味した︒コミュニストの転向は︑原理的な
拠
るもの一般の繋縛から解き放たれたとき︑不二的﹁物心一如﹂の﹁自然﹂の世界︑日常的自然主義の世界へと還帰するこ
熊と とを意味していたことを︑この声明は言表している︒三木の評論﹁浪漫主義の拾頭﹂︵九年一一月︶︑﹁非合理主義的傾向 擁 ξいイ︑﹂二〇年九月︶︑百本的性格とフ︒シズム﹂︵=年八月︶︑﹁東洋的人間の批判﹂︵同九月︶等は︑新しい人間
くる の﹁形﹂の形成という視点から︑右のような日常的﹁自然﹂の世界を解析し︑﹁自然﹂的質料性に安らった日本的精神構
けコ 造を別扶しようとする努力の所産であった︒
渦ヨ 三木が﹁自然﹂的質料性の世界とその克服とを問題にし︑習慣の意義に着目するのは︑以上のような日常的﹁自然﹂の
世 界に照準しつつ︑日常性の世界を世界の歴史的形成の︽地盤︾たらしめ︑世界の自己形成の契機へと高める方向で︑さ
2 らに日常性の世界に含まれる歴史の﹁内的契機﹂としての﹁自然﹂︵身体的質料性︶を自覚化し技術化する方向において
8 であった︒そしてこの延長で︑自立的な客観的な﹁形﹂の技術的︑対象的な形成と︑これに即した技術的︑対象的な人間2 の自己形成が要請されるのは︑ー今ここでの問題の脈絡に即していえぽー日本人が統治機構の﹁正当的細胞﹂たる既
成の人倫的組織における擬似自然的関係に自己を埋没せしめ︑擬似普遍的な価値源泉へと自己を心情的に一体化させ︑あ
るいは﹁擬似革命幻想﹂に駆られて﹁破壊﹂︵民族的︽他老︾のそれをも含めて︶に奔走することによって既成の環境か らの擬似超越をはかろうとする事態に︑襖を打ち込もうとする意図からであった︒
皿 経験的構想力と先験的想構力
1思惟の﹁自然﹂的︽地盤︾と﹁自然﹂的思惟の変革ーヒューム 如上の展開を辿る習慣︑技術︑経験に関する議論を承けて︑三木は一八世紀イギリスの哲学者D・ヒュームの﹁人間
悟 性﹂に関する議論を取り上げる︒ヒュームの﹁人間学﹂︵●げO ω○︷OOOO Oh 出口醇問︶において︑﹁習慣﹂原理が重要な位置
を 占めているという意味では︑第二章における習慣論のモティフの延長上でヒュームが取り上げられているといえよう︒
そのか ぎりにおいては︑ヒュームがみずからの哲学の︽地盤︾として定位する世俗的﹁日常性﹂の地平︑そこにおける
﹁自然﹂的思惟のあり様に関心が向けられているといえよう︒しかし︑それのみならず︑ヒュームの処女作﹃人間本性論﹄
は﹁経
験 的︵H実験的︶推論方法を精神上の諸主題に導入する試み﹂︵︾Z>弓弓国呂勺弓8ぎ☆o創已o①汁ゴoo×Oo﹃一目Φロー
古巴呂o日9μoS国8ωo巳目ひq一暮oζ○肉巨↑Oodロ﹈国O弓o力︶という副題が付されており︑ヒュームの﹁人間学﹂はー・
ニュートンの︽自然哲学︾︵昌暮ξ巴O庁匡OωObげぺ︶の実験的方法の︽精神哲学︾︵目自巴U●匡OωO℃げ司︶への自覚的応用の
試みで あったが︑その意味では︑ヒュームへの着目は第三章﹁技術﹂における﹁科学﹂論への問題関心からであったとも
いえよう︒︵﹁イギリスの経験論の哲学の諸体系﹂の背後にある﹁近代科学的意識﹂の最も重要な構成要素たる﹁実証的
精 神﹂への三木の最も早い時期における言及については︑﹁認識論の構造ー特に唯物論に関聯して ﹂昭和四年・第
三巻所収参 看︶
だ が︑看過されてならないことは︑第一に︑﹁構想力の論理﹂の脈絡に即していえば︑﹁構想力によつて生素な経験主義
を超 える﹂局面︑すなわち﹁自然﹂的質料性から精神が自律しようとする局面において︑ヒュームの哲学が取り上げられ
るのであり︑まさにそれゆえに︑そこでの﹁構想力﹂︵‖想像力︶の意義が解明されるということであり︑第二に︑︽近代︾
を媒介とした日本人自身における︽革命︾の論理を構築しようとするかぎり︑デュウイを含むアメリカ・プラグマティズ
ムの源流に遡る方向で︑近代市民社会の形成の原初点に身を置いて︑近代市民社会の理論的地平を定位する役割をになっ
合噺 たヒュームの﹁人間本性﹂の哲学と向き会うことが不可欠であったということである︒
醒 ヒュームは︑J・ロックが﹁人間がこの世においてあるような状態に置かれた理性的被造物﹂に照準して設定した有限
醐 な地上的人間の立場を継承 しつつ︑自らの足場を世俗的な日常性の世界に設定し︑市民社会における日常性の世界が超越
くと 的な神学的理性の基軸にではなく︑内在的な人間的感情の地平の上に成立しているゆえんを明らかにしようとする︒こう
祐 した感情の地平において照準された﹁人間の自然︵11自然本性︶﹂こそが人間的思惟がそこにおいて定位される︽地盤﹀でく
指 ある︒人間的思惟を﹁自然﹂的︽地盤︾に置き︑同時に﹁自然﹂的思惟を批判的に解析することが彼の課題である︒すな
疏 わち︑彼が問おうとするのは︑日常性の世界における経験的﹁事実﹂︵日①けけO﹁ω O︷ h餌O●︶にかかわるさいの悟性‖構想
清ヨ カの機能であって︑悟性1ー構想力の正常な働きのみならず︑それが犯す誤謬をも徹底的に対象化することをつうじて︑そ
れを正 しく導こうとする﹁自然的﹂知性の﹁改善﹂の営みがそこでは遂行されるのであった︒
29 その悟性論においてヒュームは︑意識内部性の地平に立って︑物質的および精神的実体を否定し︑人間の﹁自己﹂を
o ﹁捉えがたい速度で互いに継起しあい︑たえず流動し運動している様々な知覚の束または集合﹂︵﹀弓器①江ψ・oo︹自已日四⇒3 29ξPo臼゜げぺQ力o一ぴ寸頃︷°qσqPO詳o﹁只﹂Φ①○︒廿ふ日︶に分解してみせた︒こうした極端な帰結は︑第一に︑こうした
ヘ ヘ へ 分 解の手続きのはてに回復される日常性の世界は単なる所与の世界ではなく︑新たに創造された日常性の世界であるとい
うこと︑第二に︑﹁知覚の束﹂に分解された﹁心﹂が﹁劇場﹂にたとえられるとすれば︑そこにはすでにして︑同時に﹁観
客﹂が登場しており︑この場面は︑当事者が同時に観察者でもありうるような︽公共性︾の地平を切り拓くものであるこ
とを含意するのである︒ヒュームが道徳︑政治︑経済︑歴史といった市民社会の存立にかかわる問題領域へとその探求領
域を拡張していったのは︑こうした地点からであった︒
さて︑ヒュームが悟性論において論究している論点のなかで︑三木が取り上げているものは︑﹃人間本性論﹄での区分に
従え ば︑第一篇第一部第七節で論じられる﹁抽象観念﹂︵①ぴω叶﹃①Oけ 一臼O餌︶の問題と第三部における﹁原因と結果の観念﹂
︵叶庁O 一口Φ餌 OS Oρ已ωO ①O臼 OShΦO●︶の問題である︒﹁経験論に従へぽ︑経験に与へらるのは個々の特殊なものである︒⁝
⁝従つて経験論に対して提起される重要な問題は︑第一に︑如何にして一般観念は存在するかといふこと︑第二に︑如何
にして個々の感覚や観念は一つの関係に結合されるかといふこと︑である︒﹂︵二七九ー八〇頁︶この設問のもとに︑三木
は二つの論点に関するヒュームの議論を検討する︒
先 ず︑第一の論点である抽象観念の問題に関するヒュームの議論は︑抽象観念と呼ぼれる観念もそれ自身は個別的な観
念であって︑それが他の個別的な観念を代表することにおいて一般的になりうるのであるというG・バークリの﹁発見﹂
ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ を︑習慣と構想力の働きとから根拠付け説明しようとするものである︒﹁個別的な観念は一般名辞に︑すなわち︑習慣的
な結合から他の多くの個別的な観念と関係を有し︑構想力のなかにそれらの観念を即座に喚び起すところの名辞に結び付
け られることによって︑一般的になる︒﹂︵o℃b声古も﹄N︶
第一の論点については︑三木の論評に関する検討を割愛し︑第二の論点︑すなわち︑ヒュームの﹁哲学の決定的な︑ま
た
最 も独創的な仕事﹂とされる﹁原因と結果の観念﹂の批判的分析に焦点を当てることにする︒
ヒュームにおいて因果の関係は︑﹁それによつて二つの観念が構想力において連結され︑⁝⁝その一つが自然的に他を
導 き出す性質﹂を意味する﹁自然的関係﹂︵b﹇①杵q﹃P一 ﹃O一①古一〇口︶であることを特色とするが︑このようなものとしてそれ
は︑分析判断あるいは数学的判断に相当する﹁観念の関係﹂︵﹃O一口け一〇一P O吟 ︷臼OOω︶ではなく︑経験的綜合判断ともいうべ
き﹁事実﹂︵日①古けO︹ω Oh S①6けω︶に関する推理にかかわる唯一の関係である︒﹁印象︵一日胃o・・ざ口︶の観念に対する先行性
の原理﹂から厳密にいえば︑この関係は︑現前する印象が現前しない観念︑しかし構想力において予料された観念と比較
されうる唯一の関係であり︑これによって記憶や感覚を﹁越え﹂ることが可能になる︒こうしたヒュームの問題設定の方
合結 向に関して︑三木は︑ライプニッツにおける﹁理性の真理﹂︵<ひ﹃一古ひ 口O 吋①一ωOコ︶と﹁事実の真理﹂︵<騨詳ひOo喘巴け︶と
一礪 の区別と対比しながら︑次のように評している︒﹁ライプニッツにおいて充足理由の原理が矛盾の原理と何等根本的に対
醐 立す るものでなかつたのに反して︑ヒュームは因果の原理に関していはば構想力の論理を発見したといへるであらう︒﹂
くと︵一二一山ハ頁︶
控 では︑ヒュームが﹁困果の原理に関していはぽ構想力の論理を発見した﹂とは︑いかなる事態をさすのであるか︒困果
くる 関係の本質的な構成要素として挙示される三契機︑原因・結果の﹁近接﹂︵ooロ江oq巳昌︶︑原因が結果に時間的に先行する
け噛 という﹁継起﹂︵ω已OOOωω一〇︼口︶︑および原因と結果との﹁必然的結合﹂︵⇒OOOωω胃司8ロ昌O×合O︶のうちの﹁必然的結合﹂
瀞木 に関するヒュームの見解に︑その点はかかわっている︒
三 ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヒュームは︑外的事物における﹁必然的結合﹂を否定し︑物の側から因果関係を説明する立場を斥け︑これを一八〇度
ユ3 回転ふ心かか向︹︑出心諭の作肝かふそれを解明しようとする︒すなわち︑因果関係は外的事物における客観的な関係では
32 なくして︑まさに構想力における主観的な結合なのである︒こうした連関において︑﹁原因﹂は︑﹁他のものに先行し近接
し︑かつ︑この他のものと構想力において︵日夢o一日①σq︷g江8︶次のように結合しているもの︑すなわち︑そのもの
の観 念が他のものの観念を作るように心を決定し︑またそのものの印象が他のもののより活気のある観念を作るように心
を決定す るようなし方で結合しているもの﹂と定義されるのである︒︵o℃°o罫も﹂討︶それゆえ︑因果関係を成立せしめ
る根拠は何かという問いは︑意識内部性の世界に照準した︽印象1観念︾の原理にもとついて︑現前する印象から︑その ヘ へ原因もしくは結果とされるものの観念を喚び起こす作用はいかなる作用か︑という形で設定される︒記憶あるいは感覚に
現前す る印象から︑原因もしくは結果とされるものの観念への移行は︑原因・結果の﹁不断の結合﹂という過去の経験的
事例の想起にもとづきつつ︑構想力における習慣の作用によるというのが︑ヒュームの結論である︒
この点を総括しながら︑三木は次のように書いている︒﹁ヒュームは因果の必然性の問題を構想力における習慣によつ
て解
決 しようとした︒﹃経験からのあらゆる推理は︑それ故︑理性の結果でなく︑習慣の結果である︒﹄﹃従つて習慣は人生
の偉大 な案内者である︒それは我々の経験を我々にとつて有利ならしめ︑我々をして過去に現れたのと類似の出来事の連
鎖を未来に向つて期待せしめる唯一の原理である︒⁝⁝﹄経験は理性的なものといふよりも自然的なものである︒経験の
原理は因果で ある︒原因と結果⁝⁝が自然的関係であるのは構想力における習慣に基くに依るのである︒﹂︵=二一頁︒三
一五 頁︑三一七ー八頁参看︶こうして三木がヒュームの﹁人間学﹂における構想力と習慣の意義に着目するのは︑﹁あら
ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ
ゆる因果の推理は過去の経験を未来に移し入れる習慣によつて規制される﹂という︑時間的未来への展望を切り拓くそれ
らの作用に即してのことなのである︒三木において︑未来構築的な人生のあり方を切り拓く習慣の意義が正面に据えられ
ていることが︑ここに明らかであろう︒
最後 に︑三木は﹁構想力の先験性﹂にふれて︑ヒュームにおける構想力のあり方に関して次のような批判的総括を行な