経 営 組 織
お り る 支 配
原 理
、 J
」
職 能 の
(‑)
あらためて云
ふま
でもなく経営経済上組織読の問題が大ぎな課題とし
て坂上げられるに至ったのは近代経営の大規模化と云ふ
事震
にそ
の根
拘留
か置くも
ので
あるが︑然らばこの相場合大規模化と云ふことは如何な
る意
味関腕において﹁組織﹂わ問閣か捜起十るに至ったのであら
4
か︒蛇黙に闘しては苦々は凡そ
こづ
め
夜展
的背
中鎚
た崎
町摘
せね
ばな
ら
ないのである
が︑その先づ第一のものは近代経吟の大規綴化に伴ふ経営職僚の高度化
事門化
と一
式ふ
こと
であ
る︒之ル機的的に見た場合そもそも経営なるもの
がゐらゆる経済活動の持滋的反鋭的沿る統一能であ
るこ
とはすでに論者
︿
I J
によって指摘されてゐる所であるが︑今活動とはとりも直さず職託た質践的に遂行する渇程に外ならないのであるから︑
怨間
百
とはあらゆる職能
の統↓的組織問
U T
あると
も一
五へ
ょう
︑沼代経
営の
大規模化
はか
︑る経営
構成の訪職能た億よ高度化幕門化せしめたのである︒例へば今之たあら
ゆる経営中その最も奥羽一的なものとされる工業経管に就いて貌みるなら
ばそこではこの鰹管の本源的な職併である生産機
能が
極めて隠た仕領域
か占めて高度化幕門化
して
m u
︑附倒的な機能である調達職院第務職陛
経営組織における支配の原理と椴俳の原理
0)
原 理
坂
車 字 生 口
阪東職能財務機疋伝ども叉え々の鎖妓におい
て高
・般
化専門化
し樹
立の
部
門俗なして全経管た構成して
ゐる
︑殊に調達職法や傍緒戦能に至つては
( 2 )
今日と雄も命生蓬職
一 ほ の
中に之ル包
含せ
しめ
る
綬管並び
に闇
申者
も︑
決し
て防︿はないのであるが︑然し籾管の繍類︑炉
規
模の
ふ八
小により斯る険舵
さへもが今日
では
次第に樹立化しっ︑あること門現前の本質である︒
この事は更に之在これらの部門機能の夫々の内部に入ってその構成ル
見る
とき 一
層明確と仕る︒例へば生産職陪
‑
においては近代経 一質 問
担
展
の最
初の契機となった技術職舵が最も高・肢に設淫し︑健験仰究︑製品設計︑
工具設備設計︑製作技術等のあらゆる職舵
が夫
︑立 高
度的に分化猫立して
腐り
︑科
感・
的管
迎法
相成
鮮の
母胎
と なっ
た製溢職能においては企費及統制
︑ζ現場における製造賀行職能とが裁然と底分され︑更に之等の各々が多
般の専門機能に細分化されて
ゐる
︑官際今日多くの工場生産にあっては
個別生産的に多数の製治命令書が而かも夫々幾つもの製諮工程に分
れて
階居的に進行せしめられ︑之に関係して来る機械原材料努働等が梅めて
多数に上る上に所京の期日までに所定の賀︑
口 語
︑原債の製浩ら発行する
こと
は
淘に歪総な活動と一千中べくそれ丈に麹浩細部職舵の
高・
度化
傾雑
化
は往々婿大せざる令得ない︒
経 営 と 経 済
次に之や阪資機能に就いて見るもそれは常に生産職能︑財務職能との密
接なる相関関係において逐行されねばならず︑叉阪支機能そのものに就
いて見ても心渡的に需要た喚起開援する蹟告職能と
山中 質的 に需
要ら把綴
確定する狭義の奴喪服能とは夫々別個の職較と
して
の獄立た必要とすべ
︿︑更に後者に就いてはこの需裂の把握確定た最も科観的合理的ならし
めるために︑阪支のけ盆議統制と鴛行とや分︒り︑前者において企
諸国 の基 礎
資料か提供すべ寺浴在的新底的市場分桃︑金翠の師同腹た形成すべき商品
別︑地域別︑期間別の政責務算︑版富民の金量と貸績とルたへず比較機討
して統制ら行ふ政資分株等あらゆる専門的な職硲が獄立的に必要とされ
るに至ったことは叉
必然
の制
捜展
G
ある︒叉之た財務職舵の内部構成に就いて見るもこでは経営に必要なる資金払資本の形において鈎外的に磁
保して来る調達機能と財蓬の形において針内的に之
が護
展維持ルはかる
運用職胞とは明確に分離せざるた一得なくなった︑而かも前者に就いては
経管資本の鱗成ル常に念頭に置?ながら他方では特定の選接原理によっ
て支配されてゐる投資市揚より之島調達して来なければなムなレのであ
るから調達資本の白釣と種類によって夫々専門的な刈識と判断とた裂す
ぺく包後者に就レては経営活動の種類規模︑結後給付の分量︑経営償値
循援の法
4民︑期間等に鉛みて最も合理的に財産め構成と︑運用とた闘る必‑ M
要ゐるべく︑馬一
ι
姿求せられる関係職能は往々高度化されざるた得ない︒斯くて一切の抑越後活動は斯る資本と剣墜とを基礎として展倒せられ
その結栄は一丹び資本並に財産の縫化増減となって鶴結するのであるが滋
では斯くの如き経管活動たその過程並に結果について詳細に計算表示す
る篤複維なる曾計職僚の援遠ら見てゐるし︑現今のより一一層高度化せる
経営においてはそれが期間計算たると四単位計算たるとか問はず今や斯る 曾計織抽出は従前の如︿単に報告的計算の鎖撲のみに緩止
f
ることか許さず統制管理的な計算領按にまで次第に渡良しっあることは周知の事貨
である︑換言すれは﹁計算による合理化﹂﹁計算的思考﹂乙そ新たに前要
なる減法と化しつhあるのである︒
(
註1
﹀ 宮 田 喜 代 賊 経 営 原 理 五
J一
官 民
l五問頁
(詰2)(0
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叩E E E C
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4
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﹃ 同 自 己
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吋・白品﹀
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、
一 ー)
近代綾畿の犬規模化に伴ふ第
二の
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展的事賞円相蹴符における支配の磁化と云ふことである
︑ 制際
都山 乃至 は経 営経 淵聞 の持 つ本 質
的な民性の一つが
経済性遁求のために統一芯芯によって支悶されてゐる﹁意思経済
﹂乃
至
は﹁管理経済﹂たる絡に存することに就いてはすでに論者によって脳々
(I) 指摘されてゐる所であるが︑今斯る支配が大規模化と比八に担徐々強化され
ざるた得なくなったことが指摘されねばならないの
であ る︒
尤も滋で苦
々が一際吟味して置かねばならないことは斯くの如き場合﹁支配﹂と一五
ふことの中には経営‑経済的に如何なる意味
一 例
容が含まれてゐるものであ
るかと云ふことである︑此鴇に闘しては従来乙の言染が騒々用ひられて
ゐる割合にはその具鋭的な明確さら示して
ゐな
い︑ そ
れは論者による御
念規定上の選嫁如何にもよるのであるが叉同時に期る支配戦前出が各経営
経済の割以展の異なるに磁じて分化未分化様々の奈々とってゐることにも
基一因するものと云ふこと
が向
山本
る︑
然し
今少
くと
もす
同・
肢に
設
展せる近代
経部品の賞状に錐みるとぎそこでは凡そ次の如︑ざ支配職能が主照的に存し
てゐることは充分に之た識別しうる所であらう︒
て 企 業 的 支 配 経 済 の 情 況 た 判 断
して危険ル回国しても数へておし以て
その結果た自ら
権時
曲せ
んとする者則ち﹁エシタ
プラ
イズ
﹂し
アシ
ダ1テ
l
する者が企業の
p
創設︑解散 ︑
合併︑譲渡︑経営者任免︑損往路分
等企等経営の取立そのも
の並
にその結果につ
いて
一昨
日大
なる
窓志を決定
し命令する尽の支配
ご
︑ 経 管 的 支 配 企 業
的支配の下に経営最高の方針︑組級︑討蜜を決定
し之ら命令し調整する絡の支配即ちアド
4
ニストレ
1シ
ヨ ・ シ
的
支配
一 ニ
︑管理的支
配 紛 管
的支配によって決定され命令されたものた執行に
移すことた跨晶画するものであるが更にこの執行そのものに就いて詳細
具鴎的仕方針︑組級︑引川寄与決定し命令し調整する岱の支配︑即ちマ
ネージメント的支間
四︑作業的地出働管理的支聞の決定
と命
令に基ぎ生産調達財務等夫々の
領域において喰作業的資行のみに賞る︑若し斯る段構において支配あ
りとするならばそれは自己白趨並に作業務働の直接的手段劉衆に血判し
てで丸る︒
右の 中桝 刊に 注意
J午 前討 する ば経 管
的支聞と管理的支配に就
いて
で
ある
︑
今日愚者の中山同少なからダ為者は﹀吉
E E E H
' Z
ロ三宮E m 2
足三と今概念的にも内容的にも阿別けず雨者ル未分化
のま
に
門司に別ひたり内容
(2) 的には隠別しても別語的には悶者会噌全く泊に用ゐてゐる者
もな
いではな
いが此の間別と分化はシエ凡ド
y m
Tフ
ロ
ーレンヌによって明総に規定づ
(3) けられて以来今日℃は最半決定的なものと一去ってよい︑唯
問問 凶は 雨者 の
担問食糧滅的仕分化治程そのものにあるE換言す
れば
経続続済上管
制時
的支
配股献が如何にして分鰍樹立するに南北ったかと一弐ふ駄目にある︒然るに今
との
分
化過僅
か具
さに吟味するとき等しく管現
職能
と一
五 ふも
それは誠謹
総間営組殺における支配の原視と機能の
版制
版画且︑財務等における揚合と生蓬における場合とだは明かに異った温程
か辿ってゐることや測るのである︑即ち企業経営職能の分化に於いて最
も苧く企業経営者より分献したものは生窟的努働
であ
ったことは周知の
事費であるが滋では技術的な生蓬に闘する限りそれは一切勢働者の側に
任され︑企業経営者は所詔企業的支配と経営的支配換
号 一 目 す
れば民務︑調
達︑阪貿等の所諮商業的経情的支阻職階は
レつ 仲間 でも 自己 に掌 擬 して
ゐ
たのである︑然るにその後生産職慌の複雑化と共にこの一度大寺︑︿分敵
した生態勢働の中には職舵的な止揚が行はれて職長と云ふ管観的支短磁
拙配者が生れ更に生産の高度化と共に全
開 軍
部組
織と
一
X
ふ安全なる管期
的
官民間職舵が出現した︑然るに前述せる財務︑調達︑販貰等の職舵につレ
ては企業的支配般能から経営的支配般的がそ
して
縫笹的支配帥明記から更
に執
行的 な管 迎支 配般 的恥 が分 敵す ると 一五 ふ践 に一 去は
直縫的な分化渇程J V
おとったのである︑つまり生産純蛇にお
いて
は
最初大きく全精的に執行
部出
働と
しで
それが企業者
般 的批
より分離陣しその執行努働の領域において止
協的に再び泊の方向に管制的支阻職託がヴ
イナ
スのマイナ
スと
して
一
去は
ず一
粧の
迂副た注
して
分敵樹立し︑之が経営支配職能から直進的下際的
に分隊して来た財務︑調
達 ︑
阪質上の執行的管甥戦前恥とA
口践
して
令一
経笹
中における管理的支配職慌た存立せしめるに
一去 った ので ある
︒
きて符般的支配は以上の如く作業務働と共に楽々経営執行活動の銭械
に附するもの勺あるが然しそれは本質的に支配的なものル持ってゐると
云
ふ意
味におレて明らかに経営的支配︑企業的
z X
配に法るものであるとすることが川来る︑従って今純然たる執行動作業務働ル二万に針資
して
考へるときは若々はこれ等
一週
の勝
一糸
ら以て
経俊 一に おけ る
﹁支配職能の
融 制系
﹂と呼ぶことが山来る︑近代経管がその大規織化と共に従々締管支
間岨管と極端開
醍の強化
ら促
するに至っ
たと
一 玄
ふ場合唱印ふ所の﹁交問﹂とは斯る支配職
院の待︒系ら通じて涜れる支開力の強化と一疋ふことに外な
らな
い︒
然らば
A 7
斯る
間凶
いな
川︑
・
L
の縫管支配が近代経管の大規織化に作って何故に強化されねばならなかったか︑滋MhLZ口々は二つの契機や桁拙附するこ
とが
山川
来る
一
つは云ふぎ℃もたく企業資本の抜本的な
M Z
求か
ら日
米る
強
化
であ
句二つは銀資技術の合理的な嬰求から来る強化小いにある︒改
めて
一試
ふ
まで
もなく近代資本は絞大利潤の獲得と一式ふ・﹂とたその本本的な内的
衝動として持
って
ゐるものであり斯る円的が生蓬ル手段とし市抑制ら坊と
L
て貸
出吋
され
るも
のである関係からその支配力か精力的に強大ならしめ
るためひたむきに大規燥化の傾向に借地んで来た︑このな味よりするなら
ば大規際化の前にこそむしろ支飢の要求が前挺されてゐると去へる︑然
しこ
の事
ば坑
民本
主
義が高度化の段階に入ると共にむしろ競隠し犬規模化
の故にこそ市場ば閉塞化し回定義は増大し斯るヂレシマより脱却する俗
往々資本の支配強力化が要請されて来る︑而して
A 7
紡
る要
請に
・阪
じて
現
ばれ
て京
市た
もの
こ
そが近代企業の集中形怒に外ならなレが此納に就レて
は詳述の要はないで
私ら
う︒
次には経営の大規模化に作ふ縫管技術的な研究求から来る支配の強化︑
つまり経皆様溢が合理的なものでありうる億に技術的に営然必要とされ
る支配の強化であるが斯る支配はこれま℃資本主義的企業
ω
歴史的認展渇程においては隠然とその陰にかくされ︑資本
の附
常利
的支
配
の下に一悦
化され
て間
以慶
して
来た
︑然し到論的には明確に識別ずベぎものであらう︑
一段に斯くの如き綴管技術的な支配の嬰求は近伏縫管の品川脳たるマヌ
7
7Fチユアにすでにその服組か見ることが川町氷るの一にある︑周'川の如く
マヌアアクチユアは手工業
F L
おける似人的な生産性の限界ル打似するた四
めに多散のす工併働者ル
一立 に集
め各人が分業的に協力し方に他に依存
十る事な︿しては自らのが率ゐもあげ得ない股な鯨管締法たうちたてる
町中によってみ一泊程的に生湾内の禍明大か閑らんとしたものであるが︑斯く
の如く個々の加働者の生建力の算術的飽和以上に即ちエ凡マンスキー
( 4 )
の所説﹁飢餓合計﹂ら貸仰せんとすれば全治怒ら国滅に調和進行せしめ
る縞之ら統路︑制撃ナる脈拍肌即ち支配は経営技術的合一創性から一去っても
どうしても不可献に必裂なものたらざるた俗ない︑出削る支配は資本の営
利的な支配とは別倒に︑初くも多数の者が宍伺して努刷附する場合には必
ず技術的に必要なもの明にある︒
然しながらマヌ
7
アタチユアに於ける
鎚澄技術的な支配力は未だ向強
力なものではあり得なか
った
︑
何故ならば滋で
は側
々の
錦町
働者
と附
労働
者
とか結合するメカニズムが未だ完成
され
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ない
と仕
ハに
生産
の・
主般
を
な
すものは依然として子工祭働であったからである︑蓋し手工努倒なるも
のにその生産性の根本が制止の傍働者め制へ的な黙練め問に包括的に内
在してゐるものであり︑之ル生産技術的に外部よ
U
喰入って支配し滑大せしめる乙とは不可能でないまでも官時としては側めて閃燥なことに厨
した
からである︒斯くて芳し斯ゐ場合側
K
の努働者た的象としてその
明訓
練の中に内在する生産性た培大せしめんとするならば唯之島外部より泡
立式に雌回附するかは賃銀と一去ふ刺滋
K
よっ
てその翠怠ル間間接せしめる以
外には未だ完全なる支配方式はなかった︑即ち館営技術的必支配よりも
賛本的支配により需品貼が低かれざるた得なかったのである︑斯くて所部
ど司
︒
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手口
唱
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・ と
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一 五
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か如
々︑
支配 万
式がその後工場制度の成熱期
まで
幾久しく採用されて行ったのも之が俗
であ
った
︒
然しながら斯くの如寺︑泡立式督凶や刺戦日ドよる支阻方式にはそれが如
何に合理的に行はれたとしても尚一定の限界がおる︒所詮似
K
の掛
町山
間の
生産性と一式ふものが究極的に努働者の個人的熱線の中に内在するもので
あり而かも尚之ル合躍的に精進するととが必要とされるならば斯る熱線
の中にまで科態的に喰入って才ル分析し︑そこで努働や支配しでゐる科
感性た客梱倒的に外に取出し︑斯の科感性た会理化的見地より支配掌握す
ることによって務働の生産性ル支配し似てその能率ら高めてゆく所にま
で進まねばならぬ︑斯る支配与可能ならしめる綴な路管檎治が若
し打
ち
立て得られる&するならばそれこそ岡県に技術的に合鯉化された経営であ
り︑かる鰹管様治において占める支聞こそ異に資本的支阻止は別個に
その
E20
国民P 2
お主張しうべき支配である︑マ買アアクチユアれ経営住駒迭は中がて哀類し・機械技術と駁械鶴来たとり入れた鰹皆様活︑更に
企震部たとり入れた経管橋治が次第に打立てられて行ったのであるが斯
くの如ず経営橋治の問何度こ之は正に上越せる如き技術的支配の合理性た
一つ
一
つ資現した現賢治程に外ならない︑何故ならば斯る機械技術品T企
震技術こそは労働の資践内谷の奥ふかくまで喰入り之ら力感的︑ヱ態的
に︑或は動作祈究的︑時間研究的に分訴しその中最も熱線や思考
4ヤ
要す
(5しVる部分与キムボ
lλ
の所謂﹁黙練移輔の原理﹂によって取出し之ら科摩的合録的に解決把握し斯る把握ル遜じて務倒た支配し統制し以てその生
産性た高めんとするものに外ならないからである︑勿論斯くの如ぎ方式
による支配はそれ白胞がすでに電大なる研究た要する職能とならう︑然
し今若し斯る技術的支配たその中に総合的に結集した経管憐治が一部門かなして形成されるとぎ今や鈴働過程の主間的支配者は最皐個々の努働者
では なく 一
つの集圏︑部門︑大にしては経営陸それ自身となり究械的
経桜一組織における支配の原裂と職酔4の原理 には夫々の領域における活動が支配為って支配なぎが如ぎ自働化の竣に濯しうるのmに
ある
︒
さて近代総脇田は右の如︿その大規様化の過程において資本的要求と経
営技術的要求とからして往々その支配性た強化せしめざるた得なくなっ
た︑勿論先ぎにも一言せる如︿斯る鰹鵬首技術的要求からする支配はそも
/¥斯る技術的合理化た負跨して立つベキ‑鱈管そのものが原初的に資本
カによって斜
・合
構成
さ
れてゐるものである闘係上︑少くとも従来の企業
経営においては資本的支配の下に従属し資本的支配の掌援者たるものに
同時に締崩せしめて来た︑而かも向この揚合以口々が斯る近代経営におけ
る支
配の
一試
は﹁
v
一一 道的
性格﹂沿識別せんと欲する所以のものは︑第一
には資本的要求からする支配が如何に強烈なもの勺あっても所詮それは
技術的合理性の要求する支配と矛盾することか許されなかった所以や川町
かにしたい隠と第二には斯る技術的な合現性からする支配こそ経営の自
主化が次第に凝展せんとする今後の畑町管に
ξ
って・最も必要且つ電大な意談た有する所以た明かにしたい隠に外ならない︑何故ならば蛇管の自
主化とはとりも前さず鰐が資本的支配から一歩一歩隣脱することに外
ならないのであるが︑然しそれ故にこそ反って技術的合迎性の要求する
(
6 )
支配には従々服従してゆかねばならないからである︒
(註
l )
培地膚次郎全釘経営削討論二ハ頁向井鹿総統制悩諸問原理一一一六頁
( 一 誌
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町立
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聞JSla
Hι一( 註
6
﹀近時総管自主化の傾向は経俊民主化の迩勧と相侠って経営 に
おける 支配の 強化か弱化 せ し め ん と す るかの勢にある 然 し な
がら鰹管の民主化は経管支配
の燃
淑における燐成鐙化ル意味す
るも のであって 支 配力 そ のものの弱化た締結する
も の
ではな
い ︑ 民 主 化
され た
制 世
間 百
と 裁
も
新し
す 際
︑ 娠
の 上
に 立 つ
限 り支配力
か弱化す
ぺ ぎ
性 質のものでなく
︑むしろ陀同憶の鱗成よ技術的合政性の
芸求 から は後 九ベ 強
化 さるべきである︒
〆画、、
ー ー
一 、 ー ‑
以上苦々は経営組織論の問題ルとり上げるに曾ってそ
れが問題提起 の
根基らなした近代経管の大規模化と云
ふ背 中宵 に湖 り︑
そこでは如何に経
管職能高度 化 専門化的姿求と絞
管支配弧化の要求と
が強化され ざ るら得
なかったから分 排し た︐然らば大規桜 化に仲
ふ か
h
る
二つの要求は 如何
なる意味で﹁組総
論﹂
た間髄化したのであるか︒
縫ふに泣代 鰹管に於ける之等二つの要求は大規出幌経営に伴 ふ
二つの相玄預定的な必然性
) に
はあるが然 し 今才た 少しく吟 味するとき
目 提
等二つの
嬰求は決して相友促滋
的 な闘係 にある ものではなく反って相友 阻止的な
関係に立つ
もの
であ
ることが容易に知
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れ
H
らるの
であ る ︑ 即ゆ り元
来畑
出
管職 能なる も
の は
よ
り 土佐の職 能
に血判
して
は彼
包括的
な 脇
町 聞に立ち︑過
程的な職能に 針しては相互
依存的な相闘々係に立つものだはあるが 然し
ム
/
、
それ
が専門化すればする程その戦能
は 悩立性た袋求 し︑それ
が高度 化 す
れ ば
す
る 程
その機能た姿求する 性質在不可 避 的に内在せしめてゐるも の
である︑換言すゐならば織舵の高度 化と苓 門
化は 阿時に その職舵の自律
性た要求するも のである ︑
絡営破枇 此 の
分 化
と 一
五 ふ
こ と は
量的 な分 化と 云
ふ こ と
もあり
P 3 るが元米は斯くの 如す
質的
な要求から来る分化の方によ
(1)
り 宙天な問題が存してゐるものである︑今経営職能本来の性質た右の如
く解
するならば経管峨能
の高度 化
︑専門化の要求ル充たすことは
同時に
斯る職 能の分 化た
も 持 込
hv
負 撚 して立
た な
けれ ばな ら
ない 事や意味す
る︒然るに近代経営は他方に於いては叉強力なる統一支配の要求らも充
さなけ れ ばならな い
F﹂ 之 上 越 の 如
く で
あ る
︑
一冗来支配なるも
のは
﹁多
﹂
か結
合制製して﹁一﹂
に隠
せしめ以てその
目的とする所た質
現せ
ん
とす
る所 に そ の 本 来の性質
かあ る
︑然 る
に 之
は明らかに職能分化
の要求と
一到
企せざるお得
ない︑而 かも斯くの 如く 相玄に矛盾針立 する
こつ の要 求︑ か
近代経管
に 於
レ
て同時 に必然的 に充たされね ばな ら な い とするならば
︑斯 る
こつ
の
要求ル妥結統一
せ し めてより高次の経佼構法 沿 ヲち打てる総
何 等かのメカニズ ム
が考へられねばならぬ︑市し て斯る矛盾せる
こつの
要求た解決
する過程として提起されて来たものこそ︑外ならぬ続倍 組 織
( 2 )
の問題 なのであ
る ︒
さて組織論の経営経済的意義が右の如
くで
あるとするならば組織の負
はされてゐる運命的
な性格 は 自 ら
明らか℃ある
︑組織がハ計
・費
や制度やハ
3 )
ハ4) 計算と 共に)経営管理の一つのメ カニズム
であり︑道具であり︑機織で(5)
あ る ︑ と 一 疋 ふ こ と は 多 くの患者 によって是
まで
同峰三去はれて来たところ
である︑それが道具の中に待ずるもので
あ れ機械の中に存ずるも
の マ
あ
れ叉組織の中に存するものであ
れ ︑
一冗
来メ
カニ
ズムなる
もの
はそれ自殺
の中に一つの必然性ら持つてゐるものであり︑その単純後雑如何らとは
ず
一度
か
る必然性の日制に始設や加へるならばそれが全機構の中に必
然的に俸はって全館らして自働的に作用せしめ以て最終の目的た寅現し
うる絞に出来てゐるものである︑従って今若し斯るメカニズム
が経
結晶
の
中に組織として完全に坂入れられた相場合には
ーー
その取入れ即ち組織や準備するには多大の努力た必要とずるけれ乞も︑一度準備された時に
は
l
爾後の経営活動は自働的に運行され
l
てゆ
く合理性や保障するもの
であ
る︑
テー
ラー
が 金 調 岡
部組織
の
樹立や提唱するに晶画ってその最も理想的な境地に想到しっ
﹁今
若
しこの企道部が完全に
抗位
するならば個々の部門工
揚谷
会一
工場
は今
や工場長や主任や職長によって動かされるので
はな︿︑組級そのも
の
土例ぎ為通じて白倒的機械的に湾
行してゆき︑従って純恕的に一去ふならば今たと
へ工
場長や主任や胤判長が同時に
一ヶ
月工
場在不在にすることあるとしても工場の遂行は決してい防止するもの
で は
(6
﹀ない﹂と一 去 っ
たのも叉この意味に外ならな
い ︒
然しながら町判官級殊に経営組織は摺に抽象的なメカニズムや
7
レlムνワ
l p
であってよいのではなく
︑そこ
には
経管
支配
の一
興求
主総管職叫高
度化専門化aより際く一般的い云って怨管職能の要求と
が
て阪迎とレて妥結統
一
的に
取入れられ斯る原理に基いて組立てられてあらね
ば
ιげらな
いの
日
にあ
る
︑而して今滋
・ ¥ 必
口々
が是
ま
で 腿 々
別いて来た﹁要求﹂︑こTAふ
言
葉ら﹁
原理
﹂と
一玄
ふ言葉で以て貨議へてゐるのは準なる
言葉の紗
鮮や選揮
の
問題にすぎないのではなく︑そ
れが単なる﹁要求﹂から町墜的な
論理的な分析ル経て組織論上の﹁原斑﹂として確立されたもの︑二TAふこ
とた意味してゐる
のであ
る︑
A7
斯くの如寺︑原理としての縫笥女比の原理
経営組織における支配の原理と職能の原裂
K M
桜管職能の原理が理論的に如何なる分析過程か
刷機
て
打立てられるもの
であるかに就い
ては
別
の機
骨聞
か
侠たねばならないがその内容区別か列認
すれば次の如︿示しうるのであらう︒
支配の原理
H
知悉の原型︑命令鶴一の
原理
︑醐隅賞後任の原理︑等位の
原辺︑協
淵 酬
の僚
組︑
放問
⁝
ハ統制
) 原 理
職能の原理
H
高 度 化 の 原 理 事 門
化の原説︑健資自律化の原理︑分化
獄立の原理
従来組織
の基
本形惑として殴線組織︑政線参謀如帆帆刷︑時限組織の
一 一
一
ったあげるの
が通常の
慣例であるがか
る形態の相濯は主も直さず右の如今
︑
原 理 が
如何に阪迎的
に安結
統一Jせしめられてゐるかの髭閉山に基くものに外ならない︒
勿論組紋の問題付
閉単
に原
判的
な'
もの
であるのではな︿反ってそれはよ
り健践的なものでなければならない
であら
う︑それが応にはよ
︿経路
品
の現質に即して部分と相互及び全臨との関係
︑
目的とされてゐる仕事とその方法と
の関
係︑そこに存在する人的要議とその慌力との闘係等につき充分なる分訴
と 抑 制 政 相 が 施 さ
れた
上の事でなければならないであらう︑否ハ
2)
より究倒的に掘り下げてゆくならば7
アl p
アーも云ふ如く︑組織の
問題
は
結局人々の
組織視︑経営級︑民くしては鴎民性や人生観の問題にま
で測りうるも
のであら
う︑例へば共同践のすぺてた以て﹁機力枇愈﹂と観る者にとっては組織はひたすら支配
の
潟の
組織
田
い に あ
り ︑
一切の徳能は
唯組織の長
官 向
者において絹針である︑すべての職併はかh
る闘
階段
の
HH
腔
的な
初出
現で
あり
一五は
ゾ第
一
一次的な・ものである︑従って組織の階厨た決‑定
七
経 営 と 経 済
するもの
も
亦山 円 高者より下降的に漸次侍承され蚕議された機能であり︑
職能は唯之に仲って生ずるものである
︑従ってその際阪に闘する限り出
来‑つる限り演範に︑市内能的に之た抱賞することがその
際能維持の馬にも
必要なことであると云った綴な組級視が生れそしてか︑
る 叩 臨 念 た 質 現 す
べき組織形
態か と ら
しめ
るに至
るであらう︑斯くして所諮軍隊組織
︑験線級織が生
れる ・
然しながら叉共陶殴のすべてた以て
﹁磁 能
一 位
曾
﹄
と
見る者にとっ て は
枇曾は各人の果す職
能と職能との結合に
よって
成立するものであり
組級とは斯る職能た結合する
録の
メカニズAに外
はらな
い ︑
従って組織にお
い て 先
づ
決定さ
れる も
のは職能であり機能は新る職能た遂行する箆
にの
みそして叉遂行する者にのみ
掛訂 さ
れてあるべきものである
︑斯︿てホl
レ
ツ
ト も
一
宇品数に﹁斯くの如くして今若し機舵なるものが検出胤よ
り︑
傑出
するものであるとするならばそれは職僚の時岡
山 的
な地
位と 云
ふことは無関係である︑
一札 口々 は勿 論粧 品品
部門の長にも懐能た認めるし叉︿技制等
の如
今
︑) 専門
的な抽間違者にも階段た認める︑
然
しそ
れと同時に叉 m
荷 の
順序た決定する
トラ ック
の迩斡手にもその椴舵に
闘す
る限
り長
官向
の懐能
か認めねばならな
い ︑
向荷職能につ
いて は
彼は枇長よりも
より 大
な る
捌 階
段
た有すべきである
斯る 捕
惜 舵
従 つ
ては叉
そ
れへ の
服従
はその職僚が経
営 の
構
成 よ
上
位のもので
あれ下位の も の
で
あれそれに
は鯉関係に
︑唯その駿能に
つい
てのその人の知識と経験から援現して来るもので丸る︑
而して斯
く の
如
ぎ 組 織 問 酬 は 経 管 の
料理化が滋歩すれ
ばする程徒々認識さ
ハ8
﹀れ包
つ 質
調 吋
化 さ
れ
っ
︑あ る
﹂
と一去った援な組織嗣似たとるに至るであらう︑
斯くして訟に
m m
調職
能 組
織な る
ものが
生
れる
︒
こ
む綴
る 意 4 L
組織の問題は或味に於いてはそ の
組織に
関係
して来る
構八
成者の組織酸︑
続 管 制 紙 に も
濁
って決定さ
れて来なければなら
ない
もので
あるかも知
れぬ
︑然しこの事は闘に
皮州 的 に
組
織者
の好き好みによって或は叉あまりにも勾箆に拘泌され
る こ
とによって原躍的には殆ん
ど無性
格な組織や形成することた許容する冒ものではあり得ない︑
如相
級と
一 式
ふ
も
のがあくまで
も経管究磁の目的在員も合理的
に管 現 す る 箆 の 手 段 目 じ あ る
以上その合迎性はあくまで
も組織原理た堅持
しそ
れた と
り入れ
ることに
よ
っ
て貨 か
れねばならぬ
︑喰 ︐
u
後
の問題は斯る諸原理たとり
入れる場合その何れに霊きルおいて選践するかの問勉で
あ る
︑然しそ
れは
そ も /
¥
斯る原理のよに組立てらるベラ組絞そのものがすでに緩管究
僚の目
的資現のおの手段である以上
院以終的には斯る目的か
常に白魔L そ
れに 照
して最も合
目的々に決定する
外はあり得な
い︑若
々
が組織の問題た以て変配
と
職能と
の妥
結統一の問題
であ る
としたのも叉斯る意味での妥
結統二に
あり決して間単なる形式的な折衷た認味するものではない︒
(
誌1
﹀キムポ1 λ
は之と同じ意義の町中た鯨管全般の場合
について
次の如︿
一去 って ゐ
る﹁
織に経営の形が大ぎ
︿な
っ
たと云ふ域自
のおに経管組織が復雑
化したと云
ふこ
とはその態管の性絡や専門化の程度が高度化
した篤に複縦
化したと云 ふ
ととに比すれば
差程章
一大な意義た有するものではたい
﹂︿内
Z E
‑ ‑ u U E
同
JH
おし
( 設 2)
周知の
如くベツケ ラ
lトは企業形態焚展の論理渇程た規定
するに償
っ
てご 方
に
は機併
資本に内在す る
統一 的
企業意志
の
保持
の
要求があり他方
には
この
製求に鈎立せざる
た得な
いと こ
ろの資本結合の要求あり︑此の一一
つの
惣立する要求た如何に
m
支給せしめ
るかその
際件の如何によって企業形態は種々に礎慶する﹄としてゐる資本の集中は必ずしも経営の集中た意味
する
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,ibid. P. 136
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田) M . F"llet t , Bull etin of Tay l or Socl e t y V o l , l X , Nn . 5 P 243
H . P . Kend a ¥l, lb id . 1' .2 5 2
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