1.事実の概要1
平成
29
年6
月22
日、国会議員である原告A
および原告B
は、憲法53
条後段および国 会法3
条に基づいて、他の衆議院議員118
名 とともに連名で衆議院議長経由で要求書を提 出し、安倍内閣に対して臨時会を召集するよ う要求した。また、「原告C
および原告D
は、同日、他の参議院議員
70
名とともに連名で、憲法
53
条後段および国会法3
条に基づいて、内閣に対し、参議院議長経由で要求書を提出 して、臨時会を召集するよう要求した(以下
「本件参議院召集要求」といい、本件衆議院
召集要求と併せて「本件召集要求」という)。本件衆議院召集要求を行った衆議院議員の 総数は、衆議院議員
475
名中120
名であり、本件参議院召集要求を行った参議院議員の総 数は、参議院議員
242
名中72
名である。し たがって、いずれも憲法53
条後段所定の(各)議院の総議員の 4
分の1
以上による召 集要求となった。「本件召集要求の理由は、平成 29
年開催の 第193
回通常国会において、いわゆる森友学 園・加計学園問題について十分な審議が尽く されておらず、国民に広がる政治不信を解消するためには、国会が国民の付託に応え、疑 惑の真相解明に取り組むことが不可欠である という国民に広がる政治不信を解消するため というものであった」。
内閣は、平成
29
年6
月22
日、本件召集要 求の要求書を受領した。内閣は、同年9
月22
日、臨時会を同月28
日に召集することを持 ち回り閣議で決定し、同日に衆議院及び参議 院を召集した(以下、「本件召集」という)。しかし、安倍内閣は、本件召集に基づいて開 催された臨時会の冒頭において衆議院を解散 したため、参議院は同時に閉会となり(憲法
54
条2
項)、臨時会において原告らが求める ような実質的な審議は行われなかった。したがって、98日が経過した同年
9
月28
日まで臨時会が召集されなかったため、内閣 は合理的な期間内に臨時会を召集するべき義 務があるのにこれを怠ったものであり、その 結果、原告らが臨時会において国会議員とし ての権能を行使する機会を奪われたとして、国家賠償法(以下「国賠法」という)1条
1
項に基いて、被告たる国に対して原告らそれ ぞれにつき損害金である100
万円の一部請求 として1
万円及びこれに対する臨時会の召集 期限といえる同年7
月12
日の翌日である同憲法 53 条の国会召集をめぐる 那覇地裁判決に関する一考察
The Naha District Court Decision on Article 53 of the Constitution Regarding the Convention of Extraordinary Diet Sessions
伊 藤 純 子
1
平成30
年(ワ)第803
号、判例集未搭載。本件意見書に基づく論説として、高作正博「内閣による臨 時国会不招集の違憲性と国会賠償法」関西法学70
巻1
号(2020年)69頁以下、本判決の評釈として、志田陽子「解釈すれども判断せず−憲法
53
条訴訟那覇地裁判決が投げかけたもの」法と民主主義550
号(2020年7
月)50頁以下、宮村教平「憲法53
条に基づく臨時会召集権限の行使と国家賠償(那覇地 裁判決)」新・判例解説Watch
憲法174
号(2020年8
月)1頁以下。月
13
日から支払済みまで民法所定の年5
分 の割合による遅延損害金の支払を求めたもの である。2.判旨
「内閣は、国会の臨時会の召集を決定する
権限があり(憲法53
条前段)、議院の総議員 の4
分の1
以上の要求があれば、臨時会の召 集を決定しなければならない(同条後段)。憲法
53
条前段の規定に基づく内閣による臨 時会の召集は、それ自体、内閣が時々刻々動 く政治状況・政治情勢、審議すべき事項等を 勘案した上で、召集の可否及び召集時期を定 めてこれを行うものであり、高度の政治性を 有するものであることは否定できない。しか しながら、憲法53
条後段に基づく内閣の臨 時会の召集については、議院の総議員の4
分 の1
以上の要求がある場合において、内閣が 憲法上の要請に基づき行う必要があるもので あって、これは単なる政治的義務と解される ものではなく、憲法上明文をもって規定され た法的義務と考えられる。また、憲法53
条 後段は、議院の総議員の4
分の1
以上の要求 があった場合に内閣に臨時会の召集を義務付 けるものの、その召集時期については何ら定 めを置いていないが、召集の要求がされてか ら合理的期間内に臨時会を召集する義務があ ると解される」。「そして、憲法 53
条後段に基づく臨時会の 召集要求がされた場合に、内閣が臨時会の召 集を合理的期間内に行ったかどうかについて は、合理的期間の解釈問題であって、法律問 題といえるのであるから、法律上の争訟とし て、裁判所がこれを判断することが可能な事 柄であるといえる」。「憲法 53
条後段に基づく適法な召集要求が あった場合、内閣としては、臨時会の召集を 行う憲法上の義務を負うものであるところ、例えば、通常国会の開催時期が近接している とか、内閣が憲法
53
条前段に基づき独自に 臨時会を開催するなどの特段の事情がない限 り、同条後段に基づく臨時会を召集する義務 があるのであって、上記のような特段の事情 の有無を考慮する以外に、臨時会を召集する かしないかについて、内閣に認められる裁量 の余地は極めて乏しいものと考えられる。ま た、臨時会の召集決定を行うべき時期につい てみても、内閣は、憲法53
条後段に基づく 適法な召集要求があり、臨時会の召集が憲法 上一義的に義務付けられている以上、仮に被 告が主張するとおり、臨時会の召集時期の決 定について政治的要素を考慮するなどの裁量 を残す余地があるとしても、召集をしないと いう判断が原則としてできない以上は、召集 時期に関する裁量も必ずしも大きいものとは 考えられない。そうすると、内閣の臨時会の 召集が高度に政治性の高いものであるとして も、憲法53
条後段に基づく内閣の臨時会の 召集決定については、憲法上の規律が比較的 明確であり、仮に内閣の裁量が認められると しても限定的なものといえる。これに対し、衆議院の解散については、これにより衆議院 議員の議員としての資格を失わせた上、新た な衆議院議員選挙が行われて衆議院の構成が 変更され、新たな特別会が開催されるなど
(憲法 54
条1
項)、国政に与える影響が極め て重大である上、内閣による衆議院の解散権 には憲法上の制約もないなど、国政に与える 影響力という面からも、憲法上の規律の面か らも、憲法53
条後段に基づく内閣の臨時会 の召集決定とは大きく異なるものといえる」。「そして、国会による立法行為(立法不作為
も含む)の違法性については、司法審査の対 象となるものと解されており(最高裁昭和60
年11
月21
日第一小法廷判決・民集39
巻7
号1512
頁)、さらに、立法の前提である内閣 の法案提出行為の違法性についても、裁判所 が審理判断を行うことができることが前提とされていること(最高裁昭和
62
年6
月26
日 第一小法廷判決・民集151
号147
頁参照)を も考慮すれば、憲法53
条後段に基づく臨時 会の召集決定は、それ自体、裁判所の審査権 の範囲外であり、その判断の適否を最終的に は国民の政治判断に委ねられているものと解 する根拠に乏しいものといわざるを得ない」。「したがって、憲法 53
条後段に基づく内閣 の臨時会の召集決定は、昭和35
年最判にい う「直接国家統治の基本に関する高度に政治 性のある国家行為」又はそれに準じるものと はいえず、司法審査の対象外であるというこ とはできない」。「被告は、憲法 53
条後段に基づく内閣の臨 時会の召集決定が司法審査の対象となると、憲法が定める議院内閣制(憲法
7
条3
号、66 条3
項、68条1
項、69条、72条等)の下に おける国会と内閣との均衡・抑制関係ないし 協働関係を損なうおそれがあり、したがって、その適否は最終的には国民の政治判断に委ね られるべきであるなどと主張する。しかし、
憲法
53
条後段に基づく内閣の臨時会の召集 決定は、「議院の総議員の 4
分の1
以上の要求」という同条の規定する要件を満たした場合に は、内閣が臨時会の召集決定を行う憲法上の 義務を負うものであり、仮に内閣がこの義務 を履行しない場合(不当に召集が遅延した場 合を含む。)には、憲法
53
条後段の趣旨すな わち少数派の国会議員による国会の召集要求 の途を開け、少数派の国会議員の意見を国会 に反映させるという趣旨が没却されるおそれ があるのであって、そのような事態が生じる 場合には、議院内閣制の下における国会と内 閣との均衡・抑制関係ないし協働関係が損な われるおそれがあるというべきであるから、司法審査の対象とする必要性が高いというべ きである。また、憲法
53
条後段に基づく臨 時会の召集決定が政治性のある行為であるこ とは否定できないものの、そのような行為で あるとしても、憲法上の適否は判断が可能であるし、昭和
35
年最判が司法審査の対象外 であるとした衆議院の解散と同程度ないしそ れ以上の高度の政治性のある行為であるとま では解し難い。確かに内閣による臨時会の召 集決定を司法審査の対象とし、違憲判断をし た場合には、国政に与える事実上の影響が少 なくないことは否定できないものの(原告ら は、仮に本件において違憲判断かがされた場 合でも、被告に慰謝料の支払義務が発生する にすぎないなどと主張するが、現実の影響を 考慮すると、同主張は採用することができな い。)、前記のとおり、内閣が憲法53
条後段 に違反して臨時会を召集しない場合には、議 院内閣制の下における国会と内閣との均衡・抑制関係ないし協働関係が損なわれる可能性 があると考えられる以上、これを司法審査の 対象から外すことが相当であるとはいえな い。これに反する被告の主張は採用すること ができない」。
「国賠法 1
条1
項は、国又は公共団体の公 権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対 して負担する職務上の法的義務に違背して当 該国民に損害を加えたときに、国又は公共団 体がこれを賠償する責任を負うことを規定す るものである(前記最高裁昭和60
年11
月21
日判決参照)。したがって、内閣の憲法53
条後段に基づく臨時会の召集行為が国賠法1
条1
項の適用上違法となるというためには、議院の総議員の
4
分の1
以上の召集要求が あったにもかかわらず、内閣が臨時会を一定 期間召集しなかった行為が、個別の国民(本 件では国会議員)に対して負う職務上の法的 義務に違反したと認められる必要がある」。「憲法 53
条後段は、『いづれかの議院の総 議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。』と定め ており、この規定の趣旨は、前記のとおり、
少数派の国会議員による臨時会の召集要求を 認め、内閣ではなく少数派の国会議員の主導 による議会の開催を可能にするという趣旨に
基づくものと解され、その文言からも、内閣 は憲法
53
条後段に基づく要求を受けた場合、臨時会を召集すべき憲法上の義務があるとい うべきである」。
「しかし、内閣が、憲法 53
条後段に基づき、臨時会召集の要求を行った個々の国会議員に 対して、憲法上、臨時会召集の義務を負担す るものかどうかは、同条後段の文言上からは 必ずしも明らかでない。この点、国会議員に は憲法上、歳費請求権(憲法
49
条)、不逮捕 特権(憲法50
条)、発言表決の無答責(憲法51
条)といった権利が認められるところ、こ れらの権利に係る条文は、いずれも「両議院 の議員」を主語としており、文言上も、議員 としての具体的権利を定めていることが明ら かであるが、憲法53
条後段はそのような規 定となっておらず、ほかに憲法上、個々の国 会議員に内閣に対する臨時会の召集要求権を 認める趣旨の明文の規定は見当たらない。ま た、憲法53
条後段は、「議院の総議員の4
分 の1
以上」の召集要求に対して内閣が臨時会 の召集をしなかった場合の具体的効果につい て規定しておらず、内閣に臨時会の召集を強 制することができる旨をうかがわせる規定も 存在しない(ただし、このことをもって、憲 法53
条後段に基づく内閣の臨時会の召集義 務が単なる政治的義務にとどまるものと解す ることはできない。)。そして、憲法53
条後 段は、「議院の総議員の4
分の1
以上の要求」がある場合に内閣に臨時会の召集を義務付け ているところ、その文言からは、「議院の総議 員の
4
分の1
以上の召集要求」があった場合 に、内閣に臨時会を召集するべき憲法上の義 務が生じるものと解するのが自然であって、それを超えて、「議院の総議員の
4
分の1
以 上の召集要求」があった場合において、内閣 が、当該召集要求をした個々の国会議員に対 し、臨時会を召集する(国賠法1
条1
項の)職務上の法的義務を負担することまでを規定 したものとはただちにはいえない。なお、臨
時会の召集要求をした「議院の総議員の
4
分 の1
以上」の国会議員総体について、憲法上、内閣に対する臨時会の召集要求権を観念した 上で、内閣は、召集要求をした「議院の総議 員の
4
分の1
以上」の国会議員総体に対し、臨時会を召集する(国賠法
1
条1
項の)職務 上の法的義務があると解する余地もあるが、この場合において、内閣が召集要求をした国 会議員に対し、国賠法
1
条1
項に基づく損害 賠償義務を負うと解するならば、結局、個々 の国会議員に対する内閣の臨時会の召集義務 を認めたことと同一の結果となる」。「そして、憲法 53
条後段に基づき召集され る臨時会には、召集要求をした国会議員のみ ならず召集要求をしなかった国会議員も出席 することが予定されるところ、憲法53
条所定 の臨時会の召集要求があったにもかかわらず、内閣が臨時会を召集しなかったというような 場合(不当に臨時会の召集を遅延した場合も 含む。)には、召集要求をした国会議員のみな らず、召集要求をしなかった国会議員もその 出席の機会を奪われることになるが、召集要 求をしなかった国会議員についてまで、内閣 が国賠法
1
条1
項所定の損害賠償義務を負う ものとは考えにくい。そうすると、仮に内閣 が本件召集要求を行った国会議員に対しての み国賠法1
条1
項所定の損害賠償義務を負う と解した場合には、召集要求を行った国会議 員と行っていない国会議員とを区別すること となるが、いずれの国会議員も「全国民の代 表」(憲法43
条1
項)として基本的には同一 の地位ないし役割(多様な国民の意向を汲み つつ国民全体の福祉の実現を目指して行動す ることなど)を有することに照らすと、臨時 会の召集が適法に行われないという全国会議 員にとって共通の出来事について、召集要求 をした個々の国会議員に対してのみ、国賠法1
条1
項に基づく損害賠償を認めるというの は、いささか不自然の感を否めない。そして、国賠法
1
条1
項は、民法709
条と同様、公務員が故意または過失により違法に国民の権利 利益を侵害して、国民が具体的な損害を被っ たという場合に、その損害を賠償させること により、被害者である国民が被った具体的な 損失を回復させることを目的とするものと考 えられるところ、憲法
53
条後段所定の召集 要求がされたにもかかわらず、内閣が当該召 集要求に従わずに臨時会を召集しなかったと いうような場合において、当該召集要求をし た国会議員が被る不利益ないし損失というも のは、臨時会における自由な討論等を通じて「全国民の代表」としての国会議員の役割を
果たすことができなくなるというものであり、こうした臨時会を開催されることによる国会 議員としての利益は、極めて政治的な性格を 有するものであって、国会議員の個人的な利 益
(私益)
ではなく、国民全体のための利益(公
益)といえるものである。そうすると、憲法53
条後段に基づく召集要求があったにもかか わらず、内閣が適法に臨時会を開催しないと いった事態は、当該召集要求をした個々の国 会議員に対する金銭賠償を行うことによって てん補されることで回復するといった性質の ものとは考えにくいところであって、国賠法 がある行為を違法と評価することによってそ の行為の適法性を確保するという機能を営む ものであるとしても、このような場合の救済 として、国賠法1
条1
項に基づく損害賠償を 認めることは、国賠法1
条1
項の制度趣旨に 必ずしも沿うものとはいえない。そして、前 記のとおり、内閣に臨時会の召集を強制する ことができる旨をうかがわせる規定も存在し ていないことからすると、国賠法1
条1
項に 基づく損害賠償を認めることによって、事実 上、内閣に対し、臨時会の召集を間接的に強 制する結果となることも憲法上は予定されて いないものと考えられる。以上によれば、仮 に原告らが主張するとおり、個々の国会議員 が憲法53
条後段の規定に基づき内閣に対し て臨時会の召集要求権を有するものと解したとしても、これは、国会議員の内閣に対する 主観的請求権として、それが履行されない場 合に国に対する損害賠償請求権に転化すると いう性質のものであるとはいえない。そうす ると、内閣は、憲法
53
条後段所定の召集要 求があった場合において、臨時会を開催する べき憲法上の義務を負うとしても、当該義務 は、国賠法上、個々の国会議員に対する職務 上の義務であるということはできないから、憲法
53
条後段に基づく臨時会の召集要求に 対する内閣の召集決定については、国賠法1
条1
項の適用上、違法と評価する余地はない ものというほかない」。「原告らは、選挙権、接見交通権のような
公務的性格を有する権利も主観的権利として 認められていることから、国会議員の内閣に 対する臨時会の召集要求権も同様に、国会議 員の主観的請求権として認められるべきであ ると主張する。しかし、選挙権は公務的な性 格を有するものの、国民主権を採用する憲法 上国民に明示的に認められた権利であり(憲 法15
条1
項)、個々の国民が公務員の違法行 為によって自己の選挙権を侵害されたという 場合には、それに基づく国民の個人的な利益 ないし損失が発生することは否定できないの であるから、「権利」としての明示的な規定 のない国会議員の内閣に対する臨時会の召集 要求権を、国民の選挙権と同列に扱うべき格 別の根拠はない。また、接見交通権について は、憲法34
条前段の弁護人依頼権に由来す るものであり、身柄を拘束中の被疑者・被告 人の権利を守るために刑事訴訟法上認められ た弁護人(又は弁護人になろうとする者)の 固有権として理解されており(最高裁昭和53
年7
月10
日第一小法廷判決・民集32
巻5
号820
頁、最高裁平成11
年3
月24
日大法廷 判決・民集53
巻3
号514
頁、最高裁平成25
年12
月10
日第三小法廷判決・民集67
巻9
号1761
頁参照)、弁護人が公務員による違法 行為によって接見交通権を侵害されたという場合には、身柄拘束中の被疑者・被告人のみ ならず自己の弁護人としての法的利益も侵害 されるとはいえるものの、この法的利益も結 局のところ、身柄拘束中の被疑者・被告人の 防御権という私人の私的な利益を守るために 与えられているものであるから、これも国民 全体のための利益(公益)に関係する国会議 員の内閣に対する臨時会の召集要求権とは異 なるものといえる。そうすると、選挙権や接 見交通権が侵害された場合に国賠法上の違法 性が認め得るとしても、これらの権利は国会 議員の召集要求権とは異質なものといえるか ら、憲法
53
条後段に基づく臨時会の召集要 求に対する内閣の召集決定について、国賠法 上の違法性が認められる論拠とはならない」。「原告らは、臨時会の召集が合理的期間を
超えて行われたことにより、臨時会で行使で きたはずの質問権等の諸権利を侵害されたと 主張する。しかし、前記のとおり、国会議員 の召集要求権は、内閣に対して国賠法1
条1
項の職務上の義務を負わせるものと解するこ とはできないのであるから、臨時会の召集が 合理的期間内に行われないことによって原告 らの国会議員として質問権等の諸権利が害さ れたとしても、これをもって、国賠法1
条1
項所定の損害賠償請求権が発生するとは解さ れない」。「憲法 53
条後段に基づく臨時会の召集要求 に対して、内閣は臨時会を召集するべき憲法 上の義務があるものと認められ、かつ当該義 務は単なる政治的義務にとどまるものではな く、法的義務であると解されることから、同条後段に基づく召集要求に対する内閣の臨時 会の召集決定が同条に違反するものとして違 憲と評価される余地はあるといえるものの、
他方、憲法
53
条後段に基づく臨時会の召集 要求をした国会議員に対して、内閣が国賠法1
条1
項所定の職務上の義務として臨時会の 召集義務を負うものとは解されないのである から、内閣が召集要求をした個々の国会議員 に対し、国賠法1
条1
項所定の損害賠償義務 を負う余地はなく、政治的責任を負うにとど まるものといわざるを得ない」。3.検討
(1)過去の国会召集の遅延
憲法
53
条をめぐる訴訟は岡山地裁と東京 地裁でも同様に提起されており、その先鞭を つける形で出されたのが本判決である。憲法
53
条は、「いづれかの議院の総議員の 四分の一以上の要求があれば、内閣は、その 召集を決定しなければならない」と規定する が、この4
分の1
という数は、「少数者の権 利保護の機能を期待したものであ」2り、内閣 による召集の決定は政治的な要請にとどまる ものではなく、法的義務であることが学説上 も多数説となっている3。
第二次安倍内閣においては、本件で問題と なった平成
29
年6
月だけでなく、53条に基 づく国会議員たちの要求にもかかわらず、平 成27
年10
月も召集が見送られている。その 理由としては、憲法53
条の解釈につき、臨2
佐藤功『ポケット注釈憲法(下)』(有斐閣,1984年)714頁、宮沢俊義著・芦部信喜補訂『全訂 日本 国憲法』(日本評論社,1978年)399頁、樋口陽一執筆、樋口陽一・中村睦男・佐藤幸治・浦部法穂 編『憲法Ⅲ』(青林書院,1998
年)107頁、辻村みよ子『憲法[第6
版]』(日本評論社,2018
年)375頁、佐藤幸治『日本国憲法論[第
2
版]』(成文堂,2020年)447頁。3
土井真一執筆・長谷部恭男編『注釈日本国憲法(3)』(有斐閣,2020年)666頁、伊藤正己『憲法[第3
版]』(弘文堂,1995年)452頁、清宮四郎『憲法Ⅰ[第3
版]』(有斐閣,1985年)229頁、佐藤功・前掲注
2)714
頁。時国会の召集期日が明文で定められていない ため、内閣に臨時会を召集する法的義務まで 課されていないことが挙げられた。これにつ いては、内閣は「憲法および国会法上召集期 日の指定に関してなんらの規定がなく、要求 者に期日指定権があるとは認められないの で、内閣はその期日に拘束されないが、しか し、内閣は召集要求書の希望する期日に考慮 を加えたうえ、諸般の条件を勘案して合理的 に判断し、最も適当と認める召集時期を決定 すべき」4だとする立場をとっている。しかし、
学説では、内閣が召集に応じなかったり、内 閣側の都合や主観的判断によって大幅に召集 を遅らせることは召集要求の拒否とみなされ るべきものであり、違憲であるとされてきた。
そのため、「その期間が本条の趣旨に沿う相 当な期間であるならば、それを法律で定める ことも、かならずしも違憲ではない」5と解さ れるが、他方で「召集要求の濫用等に対処す るための技術的問題」6も指摘されている。
しかし、本件における最も大きな問題は、
内閣が
53
条に基づいて国会の招集を行わな かったことが、法律上の争訟に当たるかどう かという点であった。(2)憲法 53 条の法的義務の有無
判決は、臨時会の召集時期の決定は、「憲 法上の規律が比較的明確であり、仮に内閣の 裁量が認められるとしても限定的なもの」で あるとする。その上で、内閣が臨時会の召集 決定を行うという憲法上の義務の不履行は、
「少数派の国会議員の意見を国会に反映させ
るという趣旨が没却されるおそれがあ」り、
「議院内閣制の下における国会と内閣との均
衡・抑制関係ないし協働関係が損なわれるお それがある」から、「司法審査の対象とする 必要性が高い」とする。学説においては、内閣が臨時会を恣意的な 判断によって召集期日を決定することは違憲 の疑いが濃く、内閣の政治的責任が生じると した上で7
、「臨時会の召集期日が国民
の権 利義務ないし法律関係の存否に直接関係しな い限り、義務の履行を強制する法的方法はな い」8として、法律上の争訟とはならないと する説が有力に主張されていた。この国会召集の不当な遅延に対する司法審 査が有効か否かを決めるメルクマールは、い わゆる「苫米地事件判決」9を支えた「統治行 為論」を本件に適用するか否かにあった。苫 米地判決は、衆議院の解散は「極めて政治性 の高い国家行為の基本に関する行為」である ために司法審査を行わないとし、請求を棄却 している。本判決は、「苫米地事件判決」で 問題となった衆議院解散権については、「国政 に与える影響が極めて重大であ」り、「憲法上 の規律の面からも、憲法
53
条後段に基づく 内閣の臨時会の召集決定とは大きく異なるも のといえる」のに対し、「憲法53
条後段に基 づく内閣の臨時会の召集決定については、憲 法上の規律が比較的明確であり、仮に内閣の 裁量が認められるとしても限定的なもの」で あるとする。また、臨時会召集時期の決定は「合
理的機関の解釈問題」であり、法律問題であ ると判断している。したがって、憲法53
条に4
憲法調査会第2
委員会『憲法運用の実際についての調査報告書』(1964年)71頁。5
宮沢俊義『全訂 日本国憲法』(日本評論社,1978年)400頁、原田一明執筆、辻村みよ子・山元一編『概
説 憲法コンメンタール』(信山社,2018年)257頁。6
土井真一・前掲注3)666
頁。7
佐藤功・前掲注2)714
頁。8
土井・前掲注3)666
頁、清宮・前掲注3)229
頁、佐藤功・前掲注2)714
頁。9
最大判昭和35・6・8
民集14
巻7
号1206
頁。法的義務を認め、さらに、臨時会召集期日を 合理的期間内に行ったかどうかについては、
「合理的機関の解釈問題であって、法律問題
といえるのであるから、法律上の争訟として、裁判所がこれを判断することが可能な事柄で あるといえる」として、司法審査の対象であ ると明言した。このように、「統治行為論」自 体は否定していないものの10
、本件について
はそれが該当しないという論法を採っている。本判決は、内閣が憲法
53
条に基づく臨時 会召集の要求に対する召集を行わないことに つき、裁判所による審査が可能であるとする その論拠として、2つの判例を挙げる。1つ は国会による立法(立法不作為も含む)の違 法性は司法審査の対象となる旨判示した、い わゆる在宅投票制度訴訟最高裁判決11であ り、もう1
つは、立法の前提である内閣の法 案提出行為の違法性についても、裁判所が審 理判断を行うことができることが前提とされ ているとした戦傷病者戦没者遺族等援護法違 憲訴訟判決12である。しかし、被告たる国側 が論拠とした苫米地事件判決と比較して、本 判決が援用した上記の2
判決は本件と類似性 があまり見られず、司法審査が可能であると する論拠として果たして妥当であったのかど うか、疑問が残る。本件では、国側は「憲法
53
条後段に基づ く内閣の臨時会の召集決定が司法審査の対象 となると、憲法が定める議院内閣制・・・の 下における国会と内閣との均衡・抑制関係な いし協働関係を損なうおそれがあ」るために「その適否は最終的には国民の政治判断に委ね
られるべきである」と主張している。興味深 いのは、それに対して本判決は、「仮に内閣が この義務を履行しない場合・・・には、憲法53
条後段の趣旨すなわち少数派の国会議員に よる国会の召集要求の途を開け、少数派の国 会議員の意見を国会に反映させるという趣旨 が没却されるおそれがあ」り、「議院内閣制の 下における国会と内閣との均衡・抑制関係な いし協働関係が損なわれるおそれがある」か ら、「司法審査の対象とする必要性が高い」と いう逆説的な結論を導出している点である。これは、とりもなおさず、議院内閣制の特質 として、「国会の多数派の意思は内閣の意思と して発現しうることが予定されているのであ るから、この
4
分の1
という数が少数者の権 利保護の機能を期待したもの」13とされる憲法53
条の趣旨に基づくものだと考えられよう。苫米地事件判決が出された
1960
年頃にお いては多党制であり、いわゆる「60年体制」の与党も派閥の緩やかな集合であった。その ため、当時は解散権が濫用されたにもかかわ らず、党利党略による解散が有効な戦略で あったとは言い難いものであった14
。
したがっ て、そのような政治的背景を基に「苫米地事 件判決」は、政治分野の判断を尊重したと解 さ得る15。しかし 1994
年および2001
年の政 治改革と行政改革により、内閣、とりわけ内 閣総理大臣の権限が拡大した。そのため、本 判決にいう、内閣による国会を召集を行わな いことが司法審査の対象とする「必要性が高10
統治行為論を消去可能だとした論稿だとして、宍戸常寿執筆「統治行為論について」浦田一郎・加藤一彦・阪口正二郎・只野雅人・松田浩編『山内敏弘先生古希記念論文集 立憲平和主義と憲法理論』(法 律文化社、2010年)248頁。
11
最大判昭和60・11・21
民集39
巻7
号1512
頁。12
最三小判平成4・4・28
民集164
号295
頁。13
佐藤功・前掲注2)714
頁。14
小島慎二執筆「苫米地事件」長谷部恭男編『論究憲法』(有斐閣,2017年)76頁。15
宮村・前掲注1)3
頁。い」とする根拠として、裁判所による「制約 者」としての機能が期待されたとも解され得 る16
。憲法 66
条3
項に定める通り、内閣は 国会に対して責任を負わなければならない が、それが不十分である場合、裁判所による 是正がなされるべきである。(3 )53 条に基づく議員に対する主観的請求権 と国賠法
国賠法に基づく請求権については、本判決 は在宅投票制度訴訟最高裁判決を援用してい る。在宅投票制度訴訟最高裁判決は、国家行 為の違憲性と国場法上の違憲性の区別を前提 としているため、本判決でも憲法
53
条の違 憲性と国賠法上の違法性を分離して判断を 行っている。すなわち、本判決は本件国会召 集の遅延の違憲性を認めたが、原告による賠 償請求については、「個別の国民に対して負 う職務上の法的義務に違反した」と認められ るかどうかが問題となる。本件では、原告ら は国会議員の内閣に対する臨時会の召集要求 権が国会議員の主観的請求権として認められ るべきであると主張した。しかし、本判決は「臨時会を開催されることによる国会議員と
しての利益は、極めて政治的な性格を有する ものであって、国会議員の個人的な利益(私 益)ではなく、国民全体のための利益(公益)といえるものである」から、「『権利』として の明示的な規定のない国会議員の内閣に対す る臨時会の召集要求権を、国民の選挙権と同 列に扱うべき格別の根拠はない」として、原 告の請求権を退けた。
本判決のように、違憲性と国賠法上の違法 性が区別され、賠償請求は認められなかった ものの、違憲判断を導くことによる法改正が 行われた事件として再婚禁止期間事件最高裁 判決が指摘され得るだろう。なぜならば、国 賠訴訟は判決結果だけでなく、裁判の経過や 判決理由等においても適正性を確保する上で 重要な意義があるからである17
。したがって、
本件判決は、臨時会召集の期日の違憲性を検 討することも可能であったが、「司法審査の 対象とする必要性が高い」としながら、それ を行わなかった。憲法
53
条に基づく召集要 求に大幅に遅れて召集が行われた場合、それ は本条前段により内閣が自ら臨時会を召集し たと解されるべきであり、違憲であろう18。
本判決においては賠償請求は認められな かったが、在外国民選挙権制限事件最高裁 判決のように、不特定多数を対象とする立 法行為についての賠償請求が認められた判 例もなかったわけではない19
。しかし、この
ことが憲法53
条後段に基づく臨時会の召集 要求に対する内閣の召集決定について、国 賠法上の違法性が認められる論拠とはなら ないであろう。なぜならば、本判決も述べ ているように、臨時会の召集遅延は、訴訟 を提起した国会議員のみに金銭賠償を行う ことによって回復する性質のものではない ように思われるからである。本件は純粋な 個別的権利とは異なった側面を持っており、その意味においても金銭賠償になじまない と言わざるを得ないであろう20
。原告らに
とっては、司法判断を得るためには国賠訴16
宮村・前掲注1)3
頁。17
宮村・前掲注1)3
頁。18
伊藤・前掲注3)452
頁、清宮・前掲注3)229
頁、佐藤功・前掲注2)714
頁以下、土井・前掲注3)
666
頁。19
この点につき、土井真一「立法行為と国家賠償−2
つの最高裁判例を読む」法教388
号(2012年)97頁 以下、宇賀克哉執筆、宇賀克哉・小幡純子編著『条解国家賠償法』(弘文堂、2019年)197頁参照。20
この点につき、在外国民選挙権制限事件最高裁判決における泉徳治反対意見を参照。21
このような訴訟が、本来の付随的違憲審査制のあり方としての問題を提起する論稿として棟居快行『憲法 の原理と解釈』(信山社,2020年)353頁以下参照。22
棟居・前掲注21)257
頁は、「問題とされる国家行為の違憲性を判示しつつも損害なしとして請求を退けられる判決においては、被損害法益それ自体は定型的には損害賠償の対象となる具体性があることを論証 したうえで、実際の損害の立証が不十分であったという形式の判示がなされている」ことを指摘する。
訟の提起以外に方法がなかったと思われる が21