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感染症学雑誌 第82巻 第 2 号
Voriconazole で治療した Scedosporium apiospermum 皮膚軟部組織感染症の 1 例
1)
奈良県立医科大学感染症センター,
2)同 総合医療学
古西 満
1)米川 真輔
1)中川 智代
1)宇野 健司
1)笠原 敬
1)善本英一郎
1)前田 光一
2)三笠 桂一
1)(平成 19 年 7 月 9 日受付)
(平成 19 年 11 月 27 日受理)
Key words : Scedosporium apiospermum, cutaneous infection, voriconazole
序 文
この数年わが国では,新興真菌感染症の報告,新規 抗真菌薬の登場,血清診断法等の診断技術の進歩,ガ イドラインの発表などによって真菌感染症に対する関 心が高まっている.今回われわれは,コンプロマイズ ドホストに発症した Scedosporium apiospermum 皮膚感 染症を新規抗真菌薬である voriconazole(VRCZ)で 治療し,興味深い経験をしたので,報告する.
症 例
症例:69 歳,男性.
主訴:左第 1 趾の化膿.
既 往 歴:63 歳 糖 尿 病(voglibose の み 服 用),67 歳 急性心筋梗塞.
家族歴:父 胃癌,姉 慢性関節リウマチ.
生活歴:喫煙 60 本! 日(45 年),飲酒 2 合! 日(42 年).
現病歴:平成 11 年に当院呼吸器内科で間質性肺炎 と診断され,副腎皮質ホルモン薬による治療を開始さ れた.Prednisolone(PSL)の減量・増量を繰り返し ながら,経過観察されていた.平成 17 年 3 月に間質 性肺炎の急性増悪のため緊急入院となり,ステロイド パルス療法と cyclophosphamide(CPA)投与を受け 改善した後,PSL(30mg! 日)と CPA(50mg! 日)の 内服を継続していた.
5 月末に左第 1 趾の陥入爪を認め,皮膚科で陥入部 の爪を切除されたが,6 月に同部が化膿した.膿汁か
ら Scedosporium 属を分離したため,当科に紹介となっ
た.
紹介時現症:身長 162cm,体重 61kg.体温 36.2℃,
血圧 148! 82mmHg,脈拍 84! 分・整.顔貌満月様,眼 瞼結膜軽度貧血様,表在リンパ節は触知しなかった.
呼吸数 28 ! 分(胸式呼吸),呼吸音では両側肺底部で 吸気終末に fine crackles を聴取した.左第 1 趾は化 膿し,左足背動脈の拍動は微弱であった.
紹介時検査所見:末梢血では赤血球 285 万! µL,白 血球数 7,100! µL,血小板数 4.6 万! µL で,貧血,血小 板減少は CPA の副作用と考えられた.赤沈は 57mm ! 1 時間,CRP は 1.5mg! dL であった.生化学検査では AST 22 IU! L,ALT 35 IU! L,LDH 340 IU! L,ALP 249 IU! L,γGTP 51 IU! L,BUN 45mg! dL,クレア チニン 1.0mg ! dL,血糖 88mg ! dL,ヘモグロビン A
1C6.8% であった.血液培養は陰性であり,β-D グルカ ン(比濁時間分析法)は 40.1pg! mL であったが,カ ンジダマンナン抗原・アスペルギルス抗原は陰性で あった.
膿汁分離菌はファーストラボラトリーズに送付し,
集落性状,スライドカルチャー所見(Fig. 1)および 遺伝子解析から Scedosporium apiospermum と同定し た.また,同菌の抗真菌薬感受性試験(CLSI 法:M38- A)は天理よろづ相談所病院臨床病理部感染症検査室 で実施し,VRCZ の IC
100が 0.5µg! mL と最も良好な感 受性を示した(Table 1).
治療経過(Fig. 2):S. apiospermum による化膿創と 診断し,VRCZ を常用量・方法で点滴投与(初日 6mg!
kg×2 回,2 日目以降 4mg ! kg×2 回)したところ, β - D グルカン値は 6.7pg! mL まで低下したが,左第 1 趾 の状態はあまり変化しなかった.VRCZ 投与後数日で 肝機能障害が出現し,VRCZ 血中濃度(トラフ値)が 10.06 µ g ! mL と高値であったので,投与を中止した.
中止 2〜3 週後,左下肢に皮下硬結,皮膚の発赤およ
症 例別刷請求先:(〒634―8522)奈良県橿原市四条町 840 奈良県立医科大学感染症センター 古西 満
S. apiospermum 皮膚軟部組織感染症 83
平成20年 3 月20日
Fig. 1 Colonieson (a)Sabouraud dextrose agaror(b)po tato dextrose agar,and microscopicappearance ofthe slide culture.
び一部自潰・排膿がみられたが(Fig. 3a),表在リン パ節の腫大は認めなかった.この膿汁からも S. apio-
spermum を分離した.下肢超音波検査では,皮下組織
に内部に可動性のある充実エコーを認める管状構造物 があり,静脈との連続性はなかったため,リンパ管を 介した感染の拡大が示唆された(Fig. 4).
そこで,肝機能の改善を確認した後,VRCZ 内服を 100mg! 日から開始し,血中濃度を測定して 200mg!
日まで増量した.CRP は 5.2mg! dL から 0.5mg に,β- D グルカン値は 15.6pg! mL から 9.1pg! mL に低下し,
左下肢・左第 1 趾の化膿病巣も改善した(Fig. 3b).
肝機能検査では,ALP,γGTP 値が上昇したが,AST,
ALT 値は正常値で推移した.VRCZ の内服投与は約 2 カ月間で終了したが,左下肢・左第 1 趾の化膿病巣 は再燃しなかった.
考 察
S. apiospermum は子嚢菌に属する糸状菌で,環境中
に生息し,菌腫(深部皮膚真菌症)の主要な起因菌の 一つとして知られている.ところが,近年コンプロマ
イズドホストに深在性真菌症を発症する頻度が高ま り,これまで病原真菌として認識されていなかった真 菌や表在性または深部皮膚感染症の起因菌として知ら れていた真菌による深在性真菌症が増えており,この ような真菌症は新興真菌感染症と呼ばれている.S.
apiospermum 感染症も新興真菌感染症の一つであり,
肺炎,副鼻腔炎,骨髄炎,関節炎,皮膚・皮下感染症,
髄膜炎,脳膿瘍,眼内炎,全身播種性感染症などのさ
Table 1 Resultsofantifungalsusceptibility against Scedosporium apiospermumisolated from ourcase.
IC100
IC50
0.5 (μg/mL)
0.125 Voriconazole
4.0 4.0
Amphotericin B
> 32.0
> 32.0 Flucytosine
32.0 8.0
Fluconazole
1.0 0.5
Miconazole
1.0 0.5
Itraconazole
> 4.0 0.25
Micafungin
Fig. 2 Clinicalcourse.
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感染症学雑誌 第82巻 第 2 号
Fig. 3 Cutaneous lesions of the left thigh. (a) Discreteerythema and subcutaneous nodules(→) developed in the leftleg.(b)Lesionsameliorated aftertreatment with oralvoriconazole.
Fig. 4 Ultrasonography showed tubularstructureswith substantialechoes(⇒)notconnected with veinsin sub cutaneousleftleg tissue.
まざまな病型を認める
1).本症例も間質性肺炎の急性 増悪に対して副腎皮質ホルモン薬と免疫抑制薬を投与 中に発症し,皮膚・皮下感染症の病型を呈している.
本症例の場合,陥入爪の処置後同部位に初期病巣を認 めており,注目すべき点と考える.Uenotsuchi ら
2)は,
1998 年から 2003 年に報告のあったコンプロマイズド ホストに発症した S. apiospermum 皮膚感染症 19 例に 自験例を加えてまとめ,発症前の外傷既往は 4 例にみ られ,そのうち医療処置はカテーテル挿入の 1 例のみ であったと報告している.したがって,医療処置に関
連して S. apiospermum 皮膚感染症を発症することは
少ないが,コンプロマイズドホストでは注意する必要 がある.
本症例では,VRCZ 投与中断中に感染病巣が左第 1 趾から左下肢皮下に拡大し,超音波検査所見からリン パ管を介して進展したものと推定される.Schaenman ら
3)の報告でも S. apiospermum 皮膚軟部組織感染症は 大半が四肢に病巣があり,約 1 ! 4 の症例でリンパ管性 進展を認めると記載されている.したがって,S. apio-
spermum 皮膚軟部組織感染症ではその経過中にリンパ
管を介して病巣が拡大する可能性があるので,十分に 注意して経過を観察する必要がある.
VRCZ は,日本では 2005 年 4 月に承認された新規
トリアゾール系抗真菌薬である.従来の抗真菌薬が効 きにくい Candida glabrata,Candida krusei,ならびに Aspergillus 属,Fusarium 属,Scedosporium 属にも抗真 菌活性を発揮する
4)5).本症例でも分離された S. apio- spermum は VRCZ に対して最も高い MIC を示し,内 服薬の投与再開後は治療経過も良好であったことか ら,VRCZ は S. apiospermum 皮膚軟部組織 感 染 症 に 有用な薬剤であると考える.また,Schaenman ら
3)は S. apiospermum 皮膚軟部組織感染症 28 例全例に itora- conazole などの抗真菌薬が投与され,12 例で外科的 処置も併用し,24 例で治癒したと報告している.し たがって,本症は適切な抗真菌薬を選択し,必要であ れば外科的処置を行なうことで治癒可能な疾患である と考える.
VRCZ の副作用は,視覚有害事象,肝機能障害,胃
腸障害などが主なものである.本症例では,VRCZ 投
与開始早期に肝機能障害を認め,その時点での VRCZ
血中濃度(トラフ値)が 10.06µg! mL とかなり高値で
あり,経過とあわせ VRCZ の副作用であると考えら
れる.VRCZ 血中濃度と視覚有害事象や肝機能障害と
は有意な相関があるが,個々の症例では血中濃度に
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よって肝機能障害発生を予測することは困難であると 報告されている
6).また,VRCZ は主に肝代謝酵素チ トクロム 450 の分子種である CYP2C19 で代謝される が,日本人には CYP2C19 活性が低い poor metabo- lizer(PM)の頻度が高く
7),血中濃度が高くなる可 能性が指摘されている.本症例は遺伝子多型解析を 行っていないが,PM の可能性も考えられる.しかし,
実際の臨床では遺伝子多型を解析してから VRCZ を 投与することは現実的ではなく,投与開始初期には注 意深く肝機能検査を行う必要があると考える.
謝辞:分離菌の薬剤感受性試験を実施していただきまし た小松 方先生(前天理よろづ相談所病院臨床病理部)に 感謝いたします.
文 献
1
)Castiglioni B, Sutton DA, Rinaldi MG, Fung J, Kusne S:Psedallescheria boydii (Anamorph Sce- dosporium apiospermum) infection in solid organ transplant recipients in a tertiary medical cen- ter and review of the literature. Medicine 2002;81:333―48.
2
)Uenotsuchi T, Moroi Y, Urabe K, Tsuji G, Koga T, Matsuda T, et al.:Cutaneous Scedosporium apiospermum infection in an immunocompromi-
sedpatient and a review of literature. Acta Derm Venereol 2005;85:156―9.
3
)Schaenman JM, DiGiulio DB, Mirels LF, McClenny NM, Berry GJ, Fothergill AW, et al.:
Scedosporium apiospermum soft tissue infection successfully treated with voriconazole : Potential pitfalls in the transition from intravenous to oral therapy. J Clin Microbiol 2005;43:973―7.
4
)山口英世:Voriconazole の抗真菌活性.日化療 会誌 2005;53(S-2):8―15.
5
)Carrillo AJ, Guarro J:In vitro activities of four novel triazoles against Scedosporium spp. An- timicrob Agents Chemother 2001;45:2151―3.
6
)Tan K, Brayshaw N, Tomaszewski K, Troke P, Wood N:Investigation of the potential relation- ships between plasma voriconazole concentra- tions and visual adverse events or liver function test abnormalities. J Clin Pharmacol 2006;46:
235―43.
7
)Shimizu T, Ochiai H, Fredrik A, Shimizu H, Sai- toh R, Hama Y, et al.:Bioinformatics research on inter-racial difference in drug metabolis. I.
Analysis on frequencies of mutant alleles and poor metabolizers on CYP2D6 and CYP2C19.
Drug Metab Pharmacokinet 2003;18:48―70.
A Case of Scedosporium apiospermum Cutaneous Soft Tissue Infection Treated with Voriconazole Mitsuru KONISHI
1), Shinsuke YONEKAWA
1), Chiyo NAKAGAWA
1), Kenji UNO
1), Kei KASAHARA
1),
Eiichiro YOSHIMOTO
1), Koichi MAEDA
2)& Keiichi MIKASA
1)1)