簿 記 理 論 に 於 け る 原 慣 計 算 の 意 義
木村
蟄我
重
﹁原便﹂といふ語は私経濟學及び國民経濟學のあらゆる方面に廣く用ひられ︑本來如何なる學によつて用ぴら
れ始めたか知らないが現在ではこの語の表はす所は甚だ匠々である︒ご玉では原便の語に簿記理論上の基本概
念の一を表はすものとしての定義を與へてその概念を閲明し︑且簿記に關する限り原債計算は如何なる意義を
有するかを述べんとするのである︒從つて簿記理論或ひは會計學と關係のない學に於ける理論と定義とは問題
とならない︒
邦語の原慣に相當する8︒・け或ひは囚︒︒︒需昌は普通費用・犠牲・代便等の意味を有し︑自然その意味に於て理
論上にも使はれてゐる︒而してこの語が理論上に探用されたに就ては勿論理由があつたであらう︑然しその語
の概念がいつまても常識的なものに止まつてゐなければならないとすれば非常に不便であるばかりでなく誤つ
た理論をさへ産み出す︒邦語の﹁原債﹂は8無或ひは穴8梓§の語程通常語化されてないがその諜請としてそ
れと同じ意味に用ひられる︒しかしこの邦語に今までと梢異つた意味を持たせてもその原語に封して生すべき
㎞蹴⁝甜理紘醐に.於ける原僧埆計曾罪の出思幽義山ハ一
簿認理論に於ける原債計黛の意義六二
程の不都合は生じないであらう︒工場に於て行はれる製造工程に關する原便計算が企業の一般の簿記記録と無
關係であつてはならないとすれば原債及び原憤計算の概念は簿記理論上甚だ重要であつて︑如何に規制されや
うと理論の大局に影響のない枝葉の概念とは異る︒從つてまた原債の概念が如何に規制されてゐるかを見るこ
とにより如何なる簿記理論が根底に存するかをも容易に察知するを得しめる︒讃者が後に見られるであらう如
く原便の概念を確實に規制するには費用及び資産等の概念が先づ正しく把握されてゐることを要するのであ
るQ
工業會計及び原債計算の技術的方面に關する文獄の豊富さは汗牛充棟とでも言ふべき程であるがその中心概
念﹁原債﹂なる語の意昧は読明するにも鯨りに明瞭と考へてか多数の著者は何も言ふ所がない︒しかも尚種々
の読明或ひは定義が存するであらう︒けれども筆者は寡聞にして今まで愛當なる定義の一つをも見出すことを
得なかつたと信する︒それで筆者自身の定義を蓮べる前に一般の原債概念の一端を二三の著者によつて紹介し
やう︒働へば長谷川安兵衛氏(註一)は︑不幸にして現在あらゆる場合を通する原債の統一槻念は得られない︑
親察の見地を異にするによつてその意義に多少の相違生するとなし︑原債を製造企業より観察したるものに制
約して論すれば︑﹁製造企業に於ける原債とは製品の基本たる原料に製造工程を加へこれを製口㎜として販嚢し
得るの歌態に置くまでの総費用をいふし︒と論明される︒これだけで見れば原慣とは製造企業のすべての費用
その巻のか︑或ひはそれを製造高で除して得られた輩位量當りの生産費をいふと解すべきが如くである︒
ところがヒルガート(註二)は一懸8︒・富と6巷⑦蕊8とを匝別して︑﹁製造工業に於て材料及び直接螢働に封す
る支出が要れば共支幽は通常8︒︒齢︒︒と呼ぴ傲さる玉が︑間接材料及び間接勢働に封する支出が要れば其支出は
費用と呼ばれる﹂︒と︑か製る匝別であるならば實際上にも嚴守する必要無しとなすためであらうか︑この爾語
は同義に使用すると断られてある︒
かくの如く原債と費用との爾語が全く同義にさへ用ひられる場合あり極めて近い概念であるとされるので︑
故申村博士(註三)の如く8ω房に相當する邦語を原費と稻さなければならないと主張する論者も出て來る︒而
して同博士によれば原費とは﹁任意企業が費用をかけて取得した有形叉は無形の有便物を利用することによつ
て牧得する便値に封立せしめて意識する該費用のことである︒﹂(註四)それ故原費は﹁或場合特に費用を指摘す
る名稻﹂であるに過ぎない︒(註五)
註 註 詮髭 註 註
五 四 三
長谷川安兵衙氏原便會計學三三頁塗照O
}o鴇嘗溶H崔σqo噌汀60暮︾08ロ見ぢけq♂Hω巴o・・おいα四八頁明大商學論叢第一巻第二號申村茂雄氏﹁醍謂原儂の
概念に醐する若干問題﹂一四〇頁所載によるo
申村氏前掲蓼照o
中村氏晶樹柑姻一M幽山ハ甘ハ︑一四九盲ハO
而して費用に就いては次の如癒観明があろ︑﹁費用とは先づ総資本の申からの喪失便値であつて而して有形と無形と
な問はず有儂物を資産とする爲の犠牲便値である﹂︒中村博士前掲一四一‑一四三頁費用なかくの如く定義するな
簿記理論に於ける原働計算の意義,六三
簿認理論に於ける原便計算の意義宍四
らば原料品な仕入れれ時にも費用が登生すると言はなければならないo
吉田良三氏(註六)及び土岐政藏氏'註七)は主としてシユマーレンバハにより原贋と費用とを次の如く匠別し
て居られる︒原債計算に於ける原債内8密昌とは一定の経濟行爲の途行により惹起される財の消費を意味し︑
損釜計算に於ける費用とは企業全髄の存在及び活動の爲に惹起される財の浩費を意味する︒前者は翠位給付の
上に計算され後者は期闇計算に於て把握される︒而して損釜計算は勿論︑原債計算も複式簿記の艦系中に組み
入れられ得るのであるから︑一會計期聞の損釜計算の計歎と其期闇中のすべての給付に就ての原債計算の計敏
とは一致するのであらうか︒その答は否定的である︒ただ目的費用N壽︒冨ほ類簿巳と基礎原便O歪巳ぎω需昌と
はその計算範園一致するが︑(註八)損釜計算と原債計算との目的の相違により︑原債に非ざる中性費用Z︒葺学
潜ζ碧穿き畠及び費用にあらざる附加原債N葛暮鐸︒ω叶窪がある︒
原便及び費用の概念は上述のシユマーレンバハによる定義に從つて見れば﹁大いに類似するもの﹂(註九)で
ある︒何となればそのいつれもが﹁財の溝費﹂を意味する︒唯如何なる標識に從つてそれを認めるかにより適
用すべき爾語の差異が生じて來る︒財の浩費といふも此場合或ひはこれを直ちに﹁費用﹂と同一睨してもよい
かも知れないのであるが︑それはと蟷かくとして︑費用の概念を用ひて原債の概念を規制することは可能で
あらう︒もしそれを試みるとするならば原便は︑結局申村博士の読かれた如く︑或場合に1關聯して他方に
﹁牧得する贋値﹂を樹立ぜしめる場合︑從つて實際上直接に樹慮する反封給付が得られる場合にー特に費用
を指していふと解してよいのではなからヶか︒されば簿記理論上費用と原債との爾語を匹別せすに用ふるとし
ても大した不都合のないことにならうし︑匂︒⑦酵汗︒切密旨を原便費用と課しても不調和でもなからうし︑(註一〇)
ン貯自壁9ξぎσq⑦巻窪︒・︒8︒・巳なる熟語の存在も奇異と思はれまい︒(註二)
註六
註七
註八
註九
註一〇
註一一
併しそれで良いだらうか︒それ以外に原債と費用との概念に差違はないのであらうか︒此等の著者の主張に
も關らすか﹂る原慣の概念を複式簿記の理論中に撮取するは困難である︒例へば元帳に於ける原料.牛製品.
完製品等の諸勘定に於て記録するは費用に關してであつて︑此等の勘定の残高のあらなす所は所謂前佛費用な
のであらうか︒保瞼料・地代等一般に費用項目と呼ばれてゐるもの(註=一)につき﹁未経過分﹂はこれを︑
期末貸借鍬照表の爲︑暫時︑資産として認めることは普通である︒然しながら倉庫の申に存在する原料.牛製
品・完製品等も同じく前佛費用であつて︑その意味に於て暫く資塵なのであらうか︒もし総ての資産は前梯費
鏡認理論に於ける原債計算の意義'六五 國民縄濟雑誌四十三ノニ﹁原儂計算の基礎概念﹂七頁以下謬照︒
會計二十九ノ四﹁原領計算の概念﹂一七頁以下謬照︒
但し目的費用の計数と基礎原便の計算とが一致すろ表めにば旗盆計算と原債計算どに於て同一評儂原理が適用されて
なのればならない︒吉田氏前掲一〇i一一頁o
吉田氏前掲六頁︒
上野遣輔簿士貸借劉照衷論︼四一頁︒
ω碧乙興m鱒即oげδヨψぎぎ脳蕩けユ巴臣80琶仲ぎσq●︼七三頁o
簿認理論に於ける原儂計算の意義六六
用であるとする読をとらす費用と資産との爾概念を匿別するならばそれ等こそは明白に企業の所有する資産中
での資産である︒借方勘定なる完製品勘定の借方への記入は完製品の原贋であつてその淺高は所有完製品の手
許在高を示す︒完製品はそのま均商品である︒商品は販費に因りてその存在を喪失してもそれは﹁費用に攣
質﹂したのではないといふのが普通の考へであり︑(註一三)從つて商品は費用の概念とは最も遠いのである︒
然るに一方にてはまた︑この商品の﹁債値﹂を構成するものは種々の原債要素であり︑この商品の生産のため
費された費用であるといふ︒資産・原債・費用の三概念がかくの如く混餓するのは如何なる理論の結果であら
うか︒
簿記の理論の基本概念として資産と費用とは匝別さるべきか︑同一硯さるべきか︒上野博士によればそれは
場合によつて異る︒(註一四)ー‑商業簿記に於ては資産の獲得と費用の獲生とは理論上明確に匠別される︒け
れども工場簿記に於ては﹁損釜勘定殊に費用勘定は資本の減少を記録する所の軍純なる費用︑損失に關する勘
定ではなくて﹂︑寧ろ資産勘定たる性質を有する︒製造に要する諸費用はすべて製造品の原債債値を構成する
砦の故﹁假令そのもの自身としては直ちに財産的のものとは看徹され得ないとしても財産の構成要素たる意味
に於て﹂財産的のものであると言ひ得るのである︒此の意味に於て損釜勘定は財産勘定である︒かく損釜勘定
が商業會計と工場會計とに於て相違る職能を有し︑從つて相異る性質の勘定と認められなければならないとす
れば︑會計學上費用なる概念が頗る不統一且不可解と見ゆるかもしれないが︑その封象とする企業の性質にょ