経営管理思想史研究の一断面 : 「経営管理思想の 進化」新版によせて
その他のタイトル A Cross Section of the Study for History of Management Thought
著者 廣瀬 幹好
雑誌名 關西大學商學論集
巻 33
号 2
ページ 144‑166
発行年 1988‑06‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/00020580
64(144) 関西大学商学論集第33巻第2号 (1988年6月)
経営管理思想史研究の一断面
ー 「 経 営 管 理 思 想 の 進 化 」 新 版 に よ せ て 一 一
目 次 はじめに
I 体系的管理の位置づけ ]I 科学的管理の影響 III 科学的管理と社会人の時代 N ManagementとAdministration
v 人間関係運動の評価 VI 過程,世代,実践
おわりに
は じ め に
廣 瀬 幹 好
(1)
本稿は, DanielA. Wren氏 の 大 著 『 経 営 管 理 思 想 の 進 化 』 の 第2版 (1979年)と第3版 (1987年)とを比較し,その改訂の主たる内容を検討す ることを課題としている。
アメリカ経営学会の理論機関誌の書評欄において, ArtherG. Bedeian は, 1976年に,その4年前の1972年に出版されたレン氏の上記書物の第1版
(1) The Evolution of Management Thought (2nd ed.). New York: John Wiley & Sons Inc., 1979. 車戸寅監訳「現代経営管理思想ーーその進化の系譜 ー」(上・下)マグロウヒル好学社, 1982年。 TheEvolution of Management Thought (3rd ed.). New York: John Wiley & Sons Inc., 1987.以下では第
2版を旧版,第3版を新版と記す。なお,第2版への参照は訳書のページのみを 示すが,その訳文は必ずしも訳書に従ってはいない。
経営管理思想史研究の一断面(廣瀬) (145)65
(2)
を評して,「本書は現在すでに『古典』とみなされている」と絶賛した。ま た,本書第2版日本語訳の監訳者である車戸賓氏も「本書はすべての点で,
(3)
管理思想史を扱う文献の最高峰であり最も権威あるものとみて差支えない。」
とレン氏の著書を評している。
筆者もまた両者と同じ見解を持っている。
そこで,本稿により筆者は,このように評価の高い本書の改訂版の主内容 を読者に紹介することをまず意図している。また,新版が単なる表面上の改 訂ではなく,内容的に重視すべき改変がいくつか行なわれていることの指摘 の意図もある。そして以上を通じて,アメリカでの経営管理思想史研究の一
. . .
断面を,筆者は読者とともに見ることにしたい。したがって,一断面を見る にすぎない本稿でアメリカでの経営管理思想史研究の全体的傾向を推測する ことはできないし,またそのようなことを行なってもいないのは当然であ る。
以下の議論の参考までに両版の章別構成を比較しておくことにする。
旧版の構成
第I部初期の管理思想 第1章過去への序幕 第 2章工業化以前の管理 第 3章産業革命ーー問題点と展望 第 4章工場制度と管理のパイオニア 第5章 アメリカにおける初期の管理 第1I部科学的管理の時代
第 6章科学的管理の出硯 第 7章能率主義の普及
第 8章欧米における科学的管理の発展 第 9章人間要因ー一方法の準備 第10章管理論の登場
第11章科学的管理と組織労働者 第12章科学的管理の回顧
(2) Academy of Management Review, January 1976, p. 96. (3) 旧版, viページ。
66(146) 第 33巻 第 2 号 第11I部 社 会 人 の 時 代
第13章 ウェスタン・エレクトリック社での意外な発見 第14章 組 織 的 統 合 の 探 究
第15章 人 間 と 組 織 第16章 組 織 と 人 間
第17章 社 会 人 仮 説 と そ の 批 判 第18章 社 会 人 の 回 顧 第w部 硯 代
第19章 原則と過程ー一統一の探究
第20章 組織とヒューマニズムーー調和の探究 第21章 経 営 科 学 一 秩 序 の 探 究
第22章 序 幕 と し て の 過 去
新版の構成 第I部 初 期 の 管 理
第1章 過 去 へ の 序 幕 第 2章 工 業 化 以 前 の 管 理 第 3 章産業革命—問題点と展望 第 4章初期の工場と管理のパイオニア 第5章 アメリカにおける産業革命 第 6章 産 業 の 発 展 と 休 系 的 管 理 第Il部 科 学 的 管 理 の 時 代
第 7章 科 学 的 管 理 の 出 現 第 8章 能 率 主 義 の 普 及 第 9章 人 間 要 因 ー 一 方 法 の 準 備 第10章 管理と組織の理論の登場 第11章 科 学 的 管 理 の 理 論 と 実 践 第12章 科 学 的 管 理 の 回 顧 第 皿 部 社 会 人 の 時 代
第13章 ホーソン実験 第14章 組 織 的 統 合 の 探 究 第15章 人 間 と 組 織 第16章 組 織 と 人 間
第17章 人 間 関 係 の 概 念 と 実 践 第18章 社 会 人 の 回 顧 第w部 現 代
経営管理思想史研究の一断面(廣瀬)
第19章管理の理論と実践_統合の探究
第20章 組織における人間行動と組織論ー一調和の探究 第21章経営科学ー一秩序の探究
第22章序幕としての過去
I 体 系 的 管 理 の 位 置 づ け
(147)67
新旧両版を比べると,第I部「初期の管理」において,旧第5章「アメリ 力における初期の管理」が,新版では2章すなわち,第5章「アメリカにお ける産業革命」,第6章 「 産 業 の 発 展 と 体 系 的 管 理 」 に 分 れ て い る 。 そ の 他 の章にはほとんど変更がない。
もう少し詳しく対照してみよう。
旧第5章の構成
第1節南北戦争以前の産業と管理 1. 初期の工業の発達
第 2節鉄道一ーアメリカ的管理のさきがけ 1. ダニエル・マッカラムーシステムと組織 2. ヘンリー• V・プーアーー管理の視点の拡大 3. 体系的管理一ー結び
第3節 ビッグ・ビジネスと環境の変化 1. 経済的環境ーー経営資源の蓄積 2. 社会的漿堺—泥棒貴族か篤志家か 3. 政治的漿境ーーアダム・スミスから20世紀へ 新第5• 6章の構成
第5章第1節南北戦争以前の産業と管理 1. 初期の工業の発達
2. 製造の「アメリカン・システム」
第 2 節鉄道—アメリカ的管理のさきがけ 1. ダニエル・マッカラム_システムと組織 2. ヘンリー• V ・プーアー~管理の視点の拡大 3. 要約
第6章第1節 アメリカ企業の成長 1. 経営資源の蓄積
2. カーネギーと企業の成長
68(148) 第 33巻 第 2 号 第2節体系的管理の興隆
1. 技師とエコノミスト 2. 「労働問題」
第3節 ビッグ・ビジネスと環境の変化 1. ビジネスと社会ー一泥棒貴族か篤志家か 2. ビジネスと労働—労働者の状態
3. ビジネスと政府—改革の種
どこが変更されているか,以上の対照でかなり明らかになっている。つま り,旧版では一項設けてはいるもののほとんど叙述がなかった「体系的管 理」について,新版ではそれにふさわしく位置づけたことである。第5章第 1節「製造の『アメリカン・システム』」第6章第2節「休系的管理の興隆」
において,この点の説明を行なっている。
不思議なことだが,旧版では,休系的管理についてほとんどふれられなか った。旧第 5章は「アメリカにおける初期の管理」と題されているが,ここ で「初期」とは,実質的には南北戦争以前であって,「管理」は鉄道業の「管 理」のことであった。第 3節「ビッグ・ビジネスと現境の変化」で南北戦争 後の政治・経済・社会全体にわたる文化的状況の変化について概説した後,
第6章「科学的管理の出硯」へと話が移り,鉄道業の発展を除いては,南北 戦争後の産業の発展がほとんどといってよいくらい説明されていなかった。
わずかにチャンドラー (AlfredD. Chandler, Jr.)に依拠して,この時期
(4)
が,「経営資源の蓄積」の時期だ,と指摘するにとどまっていたのである。
第6章「科学的管理の出硯」の前文において, 19世紀最後の数十年間に,
労働問題と並んで差し迫った問題の一つに体系的管理の問題があったとの指 摘を行ない, リッテラー CJoseph A. Litterer)の体系的管理に関する著名 な論稿 2篇の参照をうながしているが,それだけだった。
「19世紀最後の数十年間は,アメリカ産業に未曽有の資源の蓄積をもた らした。資源の蓄積と技術の発展に伴って,産業における生産性の増加
経営管理思想史研究の一断面(廣瀬) (149)69 に対する大きな障害は,この大量資源の成果を開発し,組織し,統制 し,そして経営する諸形態の未熟さに現われた。これは企業内の生産工 場自体の中で最も決定的であった。労働は高度に専門化されたが,標準 的な方法および手続きはまだ十分に準備されず,しかも作業を調整し,
(5)
統合し,休系化する点にほとんど重点がおかれていなかった。」
旧版における休系的管理に開する記述は,以上がそのすべてであった。
休系的管理と科学的管理との相互関係をどう見るかという問題は,硯在の ところ,我国においても研究の途上にあり,確固たる評価が与えられている
(6)
ようには思われない。旧版ではその説明すらほとんどなかったことからして
<I日 版 >
南北戦争以前のアメリカに おける産業革命
組織と方法に焦点
マッカラム、プーア 人間の問題を認識
南北戦争後の産業の拡大
科 学 的 管 理 へ
(旧版、 132ページ)
(4) 同書, 121ページ。
(5) 同書, 141ページ。
く新 版〉
南北戦争以前のアメリカに おける産業革命
組織と方法に焦点 マッカラム、プーア
人間の問題を認識 プーア
南北戦争後の産業の拡大
体 系 的 管 理 科 学 的 管 理 へ の 序 曲
(新版、 98ページ)
(6) 次の文献を参照のこと。稲村毅「経営管理論史の根本問題」ミネルヴァ書房,
1985年,第1I部第1章「経営管理論の生成」。今井斉「体系的管理と科学的管理」
「名城商学」第31巻第3• 4合併号, 198碑三3月。今井斉「近代経営管理論の生 成」小林康助編著「企業管理の生成と展開」ミネルヴァ書房, 1987年。また次の 文献が最も本格的な研究書である。西郷幸盛・相馬志都夫「アメリカ経営管理発 展の研究」八千代出版, 1988年。
70(150) 第 33 巻 第 2 号
も,レン氏の新版で, 以上の点が整理されているわけではない。その意味 で,この点に関しては彼の著書から新たに学ぶべきことはほとんどないとい ってよい。
本稿では,新版において体系的管理が,正当に位置づけられていることを
(7)
確駆しておけばよい。この点前頁の二つの図を参照されたい。
I[ 科学的管理の影響
旧版第Il部「科学的管理の時代」での構成上の大きな変更は,第11章「科 学的管理と組織労働者」が削除されているこ とである。その他構成上に大き な変更はみられないが内容的に幾分変更されているいくつかの章がある。
本節では,主に科学的管理の影響について扱っている箇所を検討しよう。
すなわち, 旧版では第 8章「欧米における科学的管理の発展」,新版では第 11章「科学的管理の理論と実践」がそれに対応する。
後者の前文にはこう書かれている。
「テイラーやその他のパイオニアたちが科学的管理を推進している一方 で,多くの領域でこの運動を発展させていた数多くの人々がいた。第1 に,産業の指導者を教育することと同時に大学のカリキュラムの中に管 理研究を制度化する必要性が駆識されるようになった。第 2に,科学的 管理がアメリカ産業において実践にうつされ,またイギリス, ヨーロッ パ, ソ連, 日本において管理に対する国際的関心をひきおこした。最後 に,他の諸科目が科学的管理の影響をうけ,その理念は,工場管理をこ えて,組織構造,政策,原理,大規模企業の出硯としてあらわされる全
(8)
般管理へと広がった。」
(7) なお一言すれば,レン氏は,体系的管理の帰結として科学的管理を理解してい るように思われる。この点については,新版第11章「科学的管理の理論と実践」
第3節「要約」 (215ページ)を参照のこと。
(8) 新版, 199ページ。
経営管理思想史研究の一断面(廣瀬) (151)71 第1の点と第2の点は,第1節「科学的管理の研究と実践」で扱われてい るが,旧版と比べてみると,科学的管理の実践がより広い視野から取り扱わ れている点で内容が補充されていることを除けば, ほとんど変化していな
ぷ
?
最後の点は,旧版では明確ではなかった点だが,新版では一節を設け,第
2節「全般的管理の出現」で扱われている。第2節の前文は次のようにのベ ている。
「科学的管理の思考が19世紀の終わりと20世紀の初期には支配的であっ たけれども,より広い管理概念について,いくらかの初期の徴侯が存在
していた。これらの考えは大部分科学的管理を基礎としており,そして 組織の業績達成を休系的に合理的に行うことの必要性から出てきた。ゎ れわれは,科学的管理が組織の成長への対応であり,組織の実践を調査 し洗練することの必要性への対応であったことを思いおこさねばならな い。科学的管理は,事務管理,マーケティング,会計といったその他諸 科目を刺激し,組織設計の理論と実践に対する関心をうながし, ビジネ
(10)
ス・ボリシーの研究の基礎を与え,管理の原理を生みだした。」
このようにのべた上で,順次各項目が検討される。すなわち, 1「他の諸 科目への科学的管理のインパクト」, 2「初期の組織理論」, 3「デュポンと (9) 旧版の不備を補って, 一項を設け(「国際的科学的管理運動」), 科学的管理運 動の展開の事例が日本などを中心に詳しく記されている (201‑05ページ)。この 点に関する我国での近年の研究の進展は著しい。次の文献を参照のこと。 奥田健 二「人と経営一一日本経営管理史研究」マネジメント社, 1985年,第1部。斎藤 毅憲「上野陽一ー一人と業績」産業能率大学, 1983年。斎藤毅憲「上野陽ーと経 営学のパイオニア」産業能率大学, 1986年。佐々木聡「我が国における科学的管 理運動展開の一側面—戦間期における政府と財界団体の認識と施策ーー」「経 営論集」(明治大学)第3磋 籟51号, 1984年10月。佐々木聡「東京万国工業会議 における科学的管理問題」「明治大学大学院紀要」第22集, 1985年2月。 (10) 新版, 208ページ。
72(152) 第 33巻 第 2 号
GMでの科学的管理」, 4「ビジネス・ボリシーと原理」がそれである。
しかしながら, 1と2と3での科学的管理への影響に関する説明は明快だ が, 4については明瞭でないように思われる。確に初期のビジネス・スク
(11)
ールでの科学的管理の影響は大きかったと思われるが, ビジネス・ボリシ ーと科学的管理との関係は理解に苦しむし, チ ャ ー チ (AlexanderH. Church)やシェルドン (OliverSheldon)の管理の原理 (philosophy)と 科学的管理との関係は簡単に処理すべき問題ではない。
ここでは全般的管理と科学的管理との関係についてのレン氏の評価を記す にとどめたい。
「科学的管理は,(1)管理研究の制度化,(2)アメリカ,イギリス, ヨーロ ッパ, 日本,ソビエトでの管理実践,(3)ショップの管理をこえて他の諸 科目への運動の広がりのための道の準備,(4)組織の研究,(5)ビジネス・
ボリシーと管理の原理に対する重要な力であった。テイラーは剌激を与 えたが,科学的管理の影響が広まったのは多くの人々の努力によつてで あった。実践において,科学的管理が常に純粋に理想どおりに行なわれ たわけではなかった。すなわち,組織労働は,科学的管理を交渉での有 利な立場をとることへの脅威だとしてこれに抵抗したし,様々の国が国 家目標を達成する手段としてこれを用い,時には歪曲した。そして製造 業者は,しばしばテクニックをつかんで原理を忘れた。しかし,科学的 管理は失敗したのではなかった。ビジネスの実践を体系化することの必 要性から生まれ出た科学的管理は,能率と合理性に声を,実践に目的 を,そして理論には内容を与えたのである。その青年期はたくましく,
成熟期は実り多かった。そして知的な子供たちを世界中に残した。彼ら は,今なお科学的管理の教えについて書き,研究し,それを実践してい
(11) たとえば次の文献を参照のこと。廣瀬幹好「ビジネス・スクールと管理論の生 成ーーウォートン・スクールの事例を素材に‑‑‑」「高知論叢(社会科学)」第29 号. 1987年7月。
経営管理思想史研究の一断面⑲t瀬) (153)73 る。科学的管理はその時代の精神の反映であった。そしてそれに続く発展の
(12)
道を準備した。」
皿 科 学 的 管 理 と 社 会 人 の 時 代
本節は,科学的管理の時代に社会人の時代への準備がどのようになされて いったか,この点を扱っている第9章「人間要因一一方法の準備」をとりあ げる。まず新旧両版の構成を比較しておこう。
旧第9章の構成 第1節 心 理 学 と 個 人
1. 科学的心理学へ 2. 産業心理学の誕生 第 2 節人事管理—二重の遣産
1. 「福利施策」としての人事管理 2. 科学的管理と人事管理 3. 人事管理の一層の発展 第 3節社会人の論拠ー一理論と研究
1. 社会学と産業 2. 初期の経験的調査 第 4節 要 約
新 第9章の構成
第 1 節人事管理—二重の遣産 1. 「福利施策」としての人事管理 2. 科学的管理と人事管理 第2節 心 理 学 と 個 人
1. 科学的心理学へ 2. 産業心理学の誕生
第3節社会人の論拠ー一理論,研究,実践 1. 産業社会学の祖先
2. 社会学の理論と人間関係 3. いくつかの初期の経験的調査
(12) 新版, 215ページ。
74(154) 第 33巻 第 2 号 第4節 意 思 決 定 へ の 従 業 員 参 加
1. 組合と経営との協調の時代 2. 従業員代表プラン 第 5節 要 約
まず旧版の前文をみておこう。
「したがって本章では,科学的管理が産業心理学に対して,どのように その価値休系を提供し,加えて,どのようにして人事管理の領域を,一 つの学問分野として生み出していったのかという点について検討するこ とにしよう。ところで管理思想について時代区分を試みた場合,一般に は相互に重なり合った部分が多く,明確なものではないのが普通であ る。それぞれの時代は,既に先行した理論の中にそのルーツを見出せる ものである。こうしたことから,管理思想の発展史の中で,常に次にや ってくる時代のための知識基盤を予知し,これを作りあげてきた社会学 についても,同じ時期にどのような発展が見られたかを検討しておくこ
(13)
とにしよう。」
新版は次のように言う。
「本章は,科学的管理が,人事管理という形成されつつあった分野にい かにして影響を与えたのか,また産業心理学にいかにして価値体系を提 供したのか,を検討する。また他のもっと広範な社会的影響力が存在し ていた。これらは,人事管理と産業社会学に影響を与えたが故に検討さ れる。両者によって,労使関係,人間関係,結局は組織における人間行
(14)
動への後年の発展の道を準備していた。」
(13) 旧版, 247ページ。
(14) 新版, 157ページ。
経営管理思想史研究の一断面(廣瀬) (155)75 両前文では,ともに社会人の時代を準備した二つの源泉が示唆されてい る。この点に両版の遣いは見い出せない。そして第1の源泉についても全く 変更はない。だが第 2の源泉の説明は両版異なっている。旧版では社会学の 発展が指摘されているが,他方新版では,人事管理と産業社会学に影響を与 えた「広範な社会的影善力」の存在が指摘されている。この点顕著な変更が 見られるが,以下具体的にみておくことにしたい。
新版第 3節「社会人の論拠」中, 「産業社会学の祖先」という一項が設け られている。これは産業社会学のルーツを探ったものであるが次の指摘は興 味深い。
「今日われわれが産業社会学と呼ぶ領域での彼 (WhitingWilliams‑
筆者)の先駆的業績があるにもかかわらず,彼の努力は一般に認められ ていなかった。産業社会学の)レーツをホーソン実験に見るのがこれまで
(15)
の伝統であった。」
「産業社会学のルーツは, 1920年代〜30年代のウェスタン・エレクトリ ック工場でのホーソン実験にではなく,むしろ19世紀末のアメリカの社
(16)
会的福音の中にあったと思われる。」
まず上の前者の引用に指摘されている点について, ウィリアムズの業績が 何故過小評価されてきたのか。レン氏によればその理由は三つある。第1 は,学者以外の者の研究成果に学問的魔心がむけられなかったこと,第2 は, ウィリアムズの著作が当時の学術的な社会学雑誌でほとんどレビューさ れなかったこと,そして最後は,ホーソン実験に関わった指導的な大学の学
(17)
者たちの威信が学問の正当な基礎を提供したことである。
(15) (16) 同書, 169ページ。
(17) 「ケラー (RobertT. Keller_筆者)によれば,理論を提示する人々の個人 的かつ機関の学問的威信が, その理論の影唇と受容に寄与するのである。」(同 書, 169ページ。)
76(156) 第 33巻 第 2 号
このようにレン氏は「これまでの伝統」を批判・・反省する。旧版において も,「以上のように,社会的存在としての人間という見方と分析は,何もウ ェスクン・エレクトリック社における実験によって始まったわけではなかっ 芝」とのべており,彼は「これまでの伝統」に甘んじていたわけではなか ったが,他方でやはりそれにとらわれてもいた。旧第 9章の本文の中に産業 社会学 (Industrial.Sociology)という用語は使用されていない。更に,彼 自身, 1985年に「産業社会学ー一その祖先に関する見解の修正」なる論文を
(19) (20)
発表し,これに依拠して新版は記述されているからである。
新版では,「これまでの伝統」を批判し, 自らも反省しているのである。
この論点は一考に値するものと思われる。
'
さて,新版では,以上のような学問上社会人の時代がいかにして準備され ていったかということに加え,新たに,社会人の時代への準備が実際の管理 の場においてどのようになされていったのかという視点から叙述されてい る。視野が拡大しているのである。
「産業人生の社会的側面についての理論や研究が発展する一方で,管理
(21)
の実践もまた意思決定に従業員を一層参加させる方向へむかった。」
第 4節「意思決定への従業員の参加」では集団的参加と個人の参加の両面 から1920年代の従業員参加という管理実践に社会人時代の準備がなされてゆ くことがのべられる。集団的参加とは労使協調のプランであり,個人の参加
(18) 旧版, 266ページ。
(19) Daniel A. Wren, "Industrial Sociology: A Revised View of Its Antece‑ dents," Journal of the History of the Behavioral Sciences, Vol. 21, October
1985.
. . . .
(20) この点は,第13章標題が旧版の「ウェスクン・エレクトリック社での意外な発 見(傍点ー一筆者)から単に「ホーソン実験」へと変更されていることからもう かがえよう。
(21) 新版, 172ページ。
経営管理思想史研究の一断面⑮雑員) (157)77 とは従業員代表プランのこ とである。
このように,新版では,旧版にまして,科学的管理が支配的価値であった 時代においても,社会は能率ばかりに焦点をあわせていたのではなくて,人 間要因にも焦点をあわせつつあった,言葉をかえれば,社会人の時代への準 備がなされていったとの主張が,理論の場だけにとどまらず管理の実践の場 をも視野に入れて,広い視点からより説得的に説明されているのである。
N ManagementとAdministration
「彼 (H. ファヨール—筆者)は, その著書の中で, 目的にむけて企 業を導く全般的な任務としてのマネジメントと,『マネジャーの職務の 一部であり構成員に影響を与えることにすぎない』職務としてのアド ミニストレーションとを区別した。 ファヨールの信奉者の一人 Henry Verneyは, 1925年にこの区別をなくし両者を合成した。これが死の直 前のファヨールの見解を反映していたかどうかははっきりしない。今日 ではわれわれは両者を互換性あるものとして使用する傾向にある。だか らこの区別をするかどうかがファヨールの管理思想への貢献を変更させ
(22)
るものではない。」
レン氏はこのようにのべて,新版では Admini~tration をほとんど使用 せず, Managementにおきかえた。旧第10章「管理論の登場」は The Emergence of Administrative Theory"と記されていたのである。旧版 でレン氏は次のようにのべていた。今日, 「多くの人々にとってマネジメン
(23)
トとは『人々を通じて物事をなさしめること』だといわれており」,この解 釈の根拠をファヨールに求めるが,彼はマネジメントをこのように狭義にと らえてはいなかった。
(22) 同書, 192ページ。
↓(23) (24)• 旧版, 279ページ。
78(158) 第 33巻 第 2 号
「ファヨールの意図は,『企業が使用できる諸資源を最大限活用するよ うに努めることにより,すなわち六つの基本的職能のスムーズな機能を 確保するよう努めることにより,企業をその目的実現に向けて』導いて ゆくという総体的な職能としてマネジメントの概念を確保することであ った。『アドミニストレーションは,これらの職能のうちの一つにすぎ
(24)
ないのである』」
ところが,広く一般に普及した誤った翻訳によって,ファヨールの意図し たアドミニストレーションが,それよりも広い概念であるマネジメントと同 義なものであるとされ,本来のマネジメントの意味が狭く,「人々を通じて 物事をなさしめること」だと一般に理解されるようになった,このようにレ ン氏は,旧版第10章において「マネジメントかアドミニストレーションか」
との一項を設けて読者に一考をうながしていた。
旧版においてレン氏は,ファヨールがアドミニストレーションよりも広い 概念であるマネジメントの存在をはっきりと駆識していたにもかかわらず,
ほとんどの論者がファヨールを過小評価しているということ,そして,ファ ヨールがその著書で論じたのはアドミニストレーションについてであってマ ネジメントではないことが主張されていた。
しかしながら新版では前記の不明瞭な説明を行なっただけで,この点を不 問にしている。ファヨールが区別した両者の職能の相互関係をどのように理
(25)
解すべきか,という問題は重要である。
旧版における次の指摘は,マネジメントの概念を理解するうえで示唆に富 んでいるように思われる。
「フランス人にとって gouverner とは•…・・全体を目標に向かって導い
(25) 山本安次郎氏は,ファヨールの主著の新訳における自らの「解説」で,この点 について詳しく論じている。山本安次郎訳「産業ならびに一般の管理」ダイヤモ
ンド社, 1985年, 222‑27ページ。
経営管理思想史研究の一断面(廣瀬) (159)79 ていく全般的な職能を意味するものであり,たとえば船長とか,国の元 首,企業の社長といったものである。文章の前後関係で『gouverner』 は船のかじをとることの意味になったり,国家を統治すること,あるい
. . . . . . . .
は企業をマネジすることなどの意味になる。他方,『administrer』とい
.....................
う語もマネジすることを意味するが,それほど幅広い概念ではなく,比
較函ふさん対桑を會痙ナる蒔た自ふらんら(傍点ー一筆羞?」
上記引用ではマネジメント概念の多様性が表明されている。両職能ともに マネジであるとしながら,前者を上位概念,後者を下位概念として区別して いるようでもあり,対象領域の広さによって区別しているようでもある。
すでに見たように,旧版ではファヨールの理論はアドミニストレーション の理論として扱われていた。つまりマネジメントの理論の一部―‑_重要な部 分ではあるが一を彼は論じ,全体を論じていないと主張していた。つま り,ファヨール理論はマネジメントの理論としては枠組として不十分である との主張を行なっていたと解釈せざるをえない。しかるに新版ではこれを不 問にした。その意味では新版のファヨール評価は旧版から大きく後退してい
(27)
るのである。
V 人間関係運動の評価
第皿部「社会人の時代」において,新旧両版の比較に際して重要なのは第 17章である。旧版では「社会人仮説とその批判」,新版では「人間関係の概 念と実践」と題されている。
まず構成を対照しておこう。
(26) 旧版, 278‑79ページ。
(27) このような見解の変更の背後に次の文献の影響があったようである。 JohnD. Breeze and Frederick C. Miner, "Henri Fayal : A New Definition of Administration," Proceed切gs of the Academy of Management, R. C. Huseman'(ed.), Detroit, Michigan, 1980.
80(160) 第 33巻 第 2 号
旧第17章の構成
第1節 ホーソンの再吟味 1. 産業文明の諸前提 2. 調査方法論
3. 社会人に関する諸結論 4. 批判—結び 第2節 要 約
新第17章の構成
第1節教育および実践への人間関係のインパクト 1. 人間関係の拡張と適用
2. 組織労働と人間関係 第2節 ホーソンの再吟味 1. 産業文明の諸前提 2. 研究方法と諸結果 第3節 要 約
まず第1に,新版では,人間関係という思考が,学問の世界や産業実践の 場や組織労働に大きな影響を及ぼした点が指摘されているが,旧版では,こ れらの指摘はほとんどなく,学問的影蓉の面がとりあげられるにとどまって いた。この点は上記の両版の対照からはっきり読みとれるであろう。新版第 1節「教育および実践への人間関係のインパクト」は新たにつけ加えられた ものである。本稿第皿節「科学的管理と社会人の時代」でも指摘しておいた ように,人間関係という思考が実際にどのように発展していったかに関する 実践重視の姿勢が,ここにもはっきりと表われている。
第 2 に,第 1 の点とも幾分関連するが,人間関係運動あるいは思考の Jい—
ツに関する指摘は興味深いものがある。
「人間関係運動は,多くの個人や集団によって進められたし,エルトン
・メイヨーがホーソン工場に入るずっと以前から人間関係という考えは あったのに,文献は伝統的にハーバードの貢献を強調する。何故,もっ
経営管理思想史研究の一断面(廣瀬) (161)81 と以前の仕事の中にではなくホーソン実験に人間関係のルーツを見いだ
(28)
す伝統ができたのだろうか。」
理由は二つある。一つは,学者は自分たちの世界以外の人々の発見した成 果に関心をむけないこと,もう一つは,指導的な機関の学者の威信の力であ
る。
以上の,人間関係運動ないし思考に果たしたホーソン実験とメイヨーたち の貢献の位置づけに関するこの変更は,第11I部の両前文にはっきりと表われ ている。
旧版前文
「第III部では,まず,ホーソン研究と,それに続いて硯われ,人間関係
(29)
運動を先簿似こメイヨーイストの考え方を検討する。」(傍点—筆者)
新版前文
「第III部では,まず,ホーソン研究と,それに続いて現われ,人間関係
. . . . . . . ・ •
(30)運動に学問的威信を与えたメイヨーイストの考え方を検討する。」(傍点
—筆者)
さて第3は,人間関係運動の評価に関してである。旧版は, メイヨーイス トたちに対する諸批判をレビューしたうえで,人間関係運動を擁護するラン ズバーガー (HenryA. Landsberger)の見解を基本的に肯定した。だが そこで,レン氏自らの人間関係運動の評価は明確ではなかった。次のごとく であった。
「批判者たちは人間関係—社会人テーゼの実践と同様,その考え方の
(28) 新版, 314ページ。
(29) 旧版, 360ページ。
(30) 新版, 234ページ。
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多くの側面を問題視した。これらの疑問は諸前提,方法論および産業人 に関する諸結論に対する攻撃のかたちで論じられた。メイヨーと彼の協 力者たちの諸前提は次の章で検討するように,主として時代の産物であ った。方法論はもっと後になってはじめて挑戦されるようになった。そ してたしかにより厳密な調査方法を重視する現代の視点からすれば疑い を残すものである。しかし最初の実験が行なわれた当時の統計学的知識 の状態はせいぜい初歩的なものにすぎなかったことを,全面告発するに 当たって認識しなければならない。あらゆる限界ならびに視野の狭さに もかかわらず,ホーソン実験は管理思想の新しい方向づけを促した。こ
(31)
れらの実験は調査,論議そして管理の諸前提の再検討を刺激した。」
以上のように,旧版では諸批判に対する解答としてはきわめて抽象的なも のにすぎなかったが,新版では,これら諸批判を検討するうえで考慮すべき 点を次のように整理している。
まず,人間関係論者が経済的動機を否定したというのは疑わしいというこ と。第2は,人間関係を築くうえで重要な要因は信頼であるが,この信頼関 係をつくりあげるには一定の時間が必要であり,この点を見ずに人間開係の 改善と生産性の増大との関係の存否を評価すべきではない,ということ。第 3は,人間関係を過大に解釈してはいけないということ。つまり,メイヨー は,「抑圧的一~強迫的な『悲観的幻想』にとりつかれた人々は,他者との (32)
同一化と,彼らの隠された恐怖と欲求不満の建設的な捌け口を求めている」
という「結論」をすでに持っていたのであり,ホーソン実験に「これらの産
(33)
業問題の臨床例」を見い出した。したがって,実験の事実をこえて解釈した 側面がある,ということ。特に最後の点が多くの批判や誤った解釈をひきお こした原因だとのべている。
(31) 旧版, 495ページ。
(32) 新版, 318ページ。
(33) 同書, 323ページ。