【学位論文審査の要旨】
植物の光合成は太陽光を利用して水から電子をCO2に移動させることによりエネルギー蓄 積化合物を生産する。地球上における理想的なエネルギー変換・物質変換システムと言え る。化石燃料の枯渇問題や二酸化炭素濃度の増加が世界的な問題となっている現状で、太 陽電池に加えて長期的視点からは人工的な光合成反応系の開発は最も有望な次世代エネル ギー変換・物資変換システムとして世界中で注目されている。本研究では植物の光合成に 代わり得る、水を電子源とする人工光合成システムの構築を目指している。人工光合成で は、水から如何にして電子を取るか?電子を如何にして二酸化炭素に移動させ還元固定す るか?の二点が最も重要な解決課題である。さらに進んでは、反応中心の反応性を如何に して持続させ得るか?が実用展開には大きな課題となる。学位申請者等が属する研究グル ープでは既に、ポルフィリン誘導体の中心金属として、これまでにルテニウム(Ru)、など の希少金属で水の酸化活性化が可能であることを見出してきたが、本研究では新たに金属 元素として地球存在比第1位のアルミニウム(Al)が適用可能であることを基礎に、新規ア ルミニウムポルフィリンの大量合成法を開発し、反応中心の反応性持続につながる超分子 系による反応中心保護作用を見出しており、実用化への手がかりを得ている。
本論文は英文全7章で構成されている。
第1章は緒論であり、人工光合成研究に関する既往の研究、開発の必要性などについて 本論文の背景を総説し、研究目的を述べている。
第2章では水溶性カチオン性アルミニウムポルフィリン誘導体の新規合成方法の開発に ついて報告している。人工光合成系の反応中心となる金属ポルフィリン類は、従来の合成 方法では高温、低収率、少量、多段階、精製困難など多くの問題があった。申請者は、不 均一状態のまま、実験操作上一段階で、室温下、高収率、多量合成、精製が容易という画 期的な新規合成方法の開発に成功している。この方法により、従来報告例の無い新規化合 物4種を含めて合計5種類のアルミニウムポルフィリン誘導体の合成に成功した。
第3章では新規合成したアルミニウムポルフィリン誘導体の軸配位子の解離挙動につい て詳細に検討している。溶液の液性変化による多段階の構造変化を紫外可視吸収スペクト ル、蛍光スペクトル、NMRスぺクトルなどにより明らかにした。中性およびカチオン性アル ミニウムポルフィリンは4段階5種類、アニオン性錯体は5段階6種類の解離平衡体を有 することを明らかにした。また電子励起状態では、軸配位子の解離平衡は励起状態の失活 に対して充分に遅いことを蛍光寿命測定から明らかにした。
第4章では、ピリジル基を有するアルミニウムポルフィリンでは特に8段階9種の解離 平衡体が存在することを、多種類のスペクトル解析から明らかにしている。特にNMRスペク トルによる温度変化を詳細に検討し、メソ位置換の4つのピリジル基に段階的にプロトン 付加することを明確にしている。強酸性から強塩基性にいたる全pH領域で適用可能な反応 特性を見出している。
第5章では、反応中心の保護を目指して大環状化合物による超分子系錯体を合成し、そ の構造解明と反応中心保護機能について検討している。水溶性大環状化合物のシクロデキ ストリン、キュカビトリル誘導体とピリジル置換のアルミニウムポルフィリン誘導体との 超分子錯体形成、NMR、ESI-MSによる構造解析に成功している。特にシクロデキストリンと の超分子系では単結晶の単離に成功し、X線構造解析を行い、超分子錯体の詳細な構造を
明らかにした。この構造解析を基礎に、水溶液中溶媒の水分子が反応中心のどの部位まで 到達し得るかのアクセス解析を行った結果、軸配位までは水分子が接近し得るが、ポルイ フィン環には接近し得ないことを明らかにした。さらに進んで、実際にこの超分子系が反 応中心の保護機能を発現するかどうかについて、水溶液中塩素イオン存在下で電気化学的 1電子酸化反応を行った。シクロデキストリンなしの条件では、アルミニウムポルフィリ ンは速やかに塩素化を受け変質したが、超分子系錯体では全く変化なく、有効に水の酸化 触媒反応性を維持、発揮することを見出した。人工光合成系の保護機能に関する研究はこ れまで報告例が無く本研究が最初の例であり大変興味深い。
第7章ではアルミニウムポルフィリン誘導体を反応中心とする可視光による水の酸化活 性化反応機構についてレーザーフラッシュフォトリシスにより詳細に検討している。膜状 に成型した二酸化チタン微粒子上にアニオン性アルミニウムポルフィリンを吸着させて水 中可視光レーザー光により励起し、過渡吸収測定を行った。レーザー照射直後にアルミニ ウムポルフィリンから二酸化チタンへの電子注入が観測され、明確に1電子酸化体が観測 されると共に、過渡吸収の多段階変化の観測に成功している。減衰挙動の速度解析から反 応機構を提唱している。
第8章は結論であり、人工光合成反応開発について本論文で得られた研究成果と今後の 課題についてについて総括し、将来展望について述べている。
以上の研究成果は、光化学、超分子系化学、錯体化学、物理化学、エネルギー変換科学 領域に寄与するところ大である。よって博士(工学)の学位を授与するに十分な価値を有 するものと認める。