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博士論文 相対論的場の方程式に関する基礎的諸問題の研究

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博士論文

相対論的場の方程式に関する基礎的諸問題の研究

Fundamental problems of relativistic field equations

早稲田大学大学院 理工学研究科 物理学及応用物理学専攻 素粒子理論研究

工藤 知草

2005 年 3 月

(2)
(3)

3

目 次

第1章 序論 5

1.1 本研究の目的 . . . . 5

1.2 量子化法 . . . . 7

1.2.1 正準量子化法 . . . . 8

1.2.2 経路積分量子化法 . . . . 8

1.2.3 確率過程量子化法 . . . . 10

1.2.4 量子化法の対応関係 . . . . 11

1.2.5 波束と通過時間 . . . . 12

1.3 本論文の構成 . . . . 14

第2章 Kleinパラドックス 17 2.1 概要 . . . . 17

2.2 Kleinパラドックス . . . . 18

2.2.1 外場中の電子 . . . . 18

2.2.2 Dirac方程式が孕むパラドックス . . . . 19

2.3 量子系の時間発展 . . . . 20

2.3.1 波束による解析 . . . . 20

2.3.2 波束の群速度 . . . . 28

2.4 第2章のまとめ . . . . 28

第3章 Poisson過程によるDirac方程式の導出 31 3.1 概要 . . . . 31

3.2 相対論的粒子に対する確率過程 . . . . 32

(4)

4

3.2.1 Feynman確率過程量子化法 . . . . 32

3.2.2 KacのPoisson過程 . . . . 45

3.3 Poisson確率過程量子化法 . . . . 49

3.3.1 Gaveau et al.の量子化法 . . . . 49

3.3.2 McKeonとOrdの量子化法 . . . . 53

3.3.3 通過時間 . . . . 57

3.4 外場中のDirac方程式の導出 . . . . 62

3.4.1 McKeonとOrdの量子化法の拡張 . . . . 62

3.4.2 Gaveau et al.の量子化法の拡張 . . . . 65

3.5 第3章のまとめ . . . . 66

第4章 Poisson過程による光子波動方程式の導出 69 4.1 概要 . . . . 69

4.2 1階微分演算子型光子波動方程式 . . . . 70

4.2.1 光子波動関数 . . . . 70

4.2.2 位置演算子 . . . . 74

4.2.3 1階微分演算子型光子波動方程式 . . . . 77

4.3 媒質中の1階微分演算子型光子波動方程式 . . . . 78

4.3.1 媒質中の1階微分演算子型光子波動方程式の拡張 . . . . 78

4.3.2 1階微分演算子型光子波動方程式の導出 . . . . 80

4.3.3 媒質中の通過時間 . . . . 81

4.3.4 時間シフト生成作用素 . . . . 83

4.3.5 双対場の1階微分演算子型光子波動方程式 . . . . 85

4.4 第4章のまとめ . . . . 87

第5章 まとめと将来の展望 89

(5)

5

第 1 章 序論

1.1 本研究の目的

20世紀初期に登場した量子力学と相対性理論は革命をもたらした.電子のようなミク ロな世界ではNewton力学が適用できなくなり量子力学が必要になった.電子の波動性と 粒子性は,波動関数を確率解釈することにより記述される.量子力学は物理学,化学,工 学などの様々な分野で成功を収め,現在では疑う余地がない.その一方で,量子力学の理 論形式に対する議論は現在でも続いている.

本研究の研究主題は,相対論的波動方程式において現在でも議論されているパラドック スの考察と,微分演算子に関して1階の波動方程式を用いた新しい第一量子化法の定式 化にある.本論文では,確率振幅としての量子化(第一量子化)を取り扱い,いわゆる 場の量子化,第二量子化は取り扱わない.電子に対する相対論的場の方程式としてDirac 方程式,光子に対する相対論的場の方程式として1階微分演算子型光子波動方程式が扱 われる.まず第一に,Kleinパラドックスに対して波束の運動の数値計算プログラムを作 成する.時間依存する解の解析により電子-陽電子対生成が引き起こされることが示され る.次いで,Poisson確率過程量子化法が,外場が存在する系に拡張される.この量子化 法は更に,スピン1/2のフェルミオンばかりでなく,スピン1のボソンに対しても拡張さ れる.本研究の解析方法の重要な点として,群速度や通過時間のような観測可能な量の理 論値が得られることが挙げられる.

相対論的波動方程式には,スピン0のボソンを記述するKlein-Gordon方程式,スピン 1/2のフェルミオンを記述するDirac方程式がある.Klein-Gordon方程式は時間・空間微 分演算子に関して2階であり,粒子流には時間の1階微分が含まれるので,粒子密度の正 値確定は保障されない.波動関数を確率解釈すれば,確率密度が負になる問題が起きた.

Diracは正で有限な確率密度を得るために,方程式は時間・空間微分演算子に関して1階

(6)

6 第1章 序論 であることを要請し,確率密度は正値確定のスカラー密度となった.しかしながら,負の エネルギーが存在する問題が生じた.Dirac方程式は正のエネルギー解と負のエネルギー 解で完備系をなし,負のエネルギー解を物理的に意味のない解として捨て去ることは数学 的に困難であった.この問題を解決するために,Diracは真空状態の解釈を変更し,真空 は負のエネルギーの電子で完全に埋めつくされた状態であるという空孔理論を提案した.

正のエネルギーの電子が負のエネルギー状態に落ちることがないことは,Pauliの排他律 より説明され,一つの負のエネルギー状態に,二つ以上の電子が占有することは禁止され る.負のエネルギーの電子がDiracの海から欠ければ空孔が一つ存在し,この空孔は電子 の反粒子である陽電子と予言され,Andersonにより実験で観測された.

Dirac方程式に関するパラドックスとして,Kleinパラドックスと呼ばれるものがある.

ポテンシャルが超臨界状態になる場合に,1次元Dirac方程式の正エネルギー解と負エネ ルギー解が接続する.このときに,ポテンシャル壁で反射された電子の確率密度流が,入 射電子の確率密度流より増加するパラドックスが生じる.実際に,超臨界ポテンシャルが 存在するような系としては,電荷をもつブラックホール,重イオン-重イオン衝突などが 挙げられる.電荷をもつブラックホールでは,シュワルツシルドの障壁付近においてポテ ンシャルが超臨界状態になり,電子-陽電子対が生成され,ブラックホールの蒸発の起き ることが示唆されている.一方,重イオン-重イオン衝突においては,重イオンが接近す ることにより,そのイオン間のポテンシャルが超臨界状態になり,電子-陽電子対が生成 されることが示されている.従来は,定常解を調べて,電子-陽電子の対生成が予言され てきた.本研究では,時間に依存した解を解析し,超臨界状態で電子-陽電子対生成が起 きることが示される.

1階微分演算子型波動方程式に関する時間に依存した解の解析手法は,このように相対 論的場の方程式が孕むKleinパラドックスを動的に説明する手助けとなるばかりでなく,

確率過程量子化法を拡張する手助けにもなる.

量子力学における代表的な量子化には正準量子化法とFeynmanによる経路積分量子化 法がある.経路積分量子化では,作用が最小であるような経路のまわりのすべての経路に ついての振幅からの寄与を足し合わせることによりSchr¨odinger振幅が求められ,量子化 がなされる.経路積分の概念から波及した量子化法として確率過程に基づく量子化法があ

(7)

1.2. 量子化法 7 る.Feynmanは,光円錐上でジグザグ運動するすべての経路についての振幅からの寄与 を足し合わせることにより量子化をおこなった.これにより,1次元のKlein-Gordon方程 式の振幅が得られる.一方,確率過程として,Poisson過程を用いた量子化法がある.Kac は,電信方程式の解を調べることにより,粒子が離散的な格子点上ではなく連続な空間上 を運動する場合のPoisson過程の数学的基礎を構築した.量子化は光円錐上でPoisson過 程で時間発展するすべての経路についての振幅からの寄与を足し合わせることによりおこ なわれ,この定式化から3次元Dirac方程式が得られる.このPoisson確率過程量子化法 は,電信方程式に関連するような1階微分演算子型波動方程式と密接に関連している.こ のような例として,電子に関してはDirac方程式が挙げられるが,光子に関しては,近年 提案されている1階微分演算子型光子波動方程式が挙げられる.光子に関して,波動関数 の確率解釈が可能であるかどうかは,量子力学誕生まもなく議論され始め,さまざまな視 点から研究されてきた.光子に対して波動関数が定義されなかった原因は,光子の位置演 算子が定義されていなかったことに起因している.量子力学においては,粒子の位置が観 測可能であれば位置演算子の存在は不可欠である.1949年にNewtonとWignerは,光子 の位置演算子の導入を試みたが,光子の質量がゼロであることが原因で成功しなかった.

これにより,50年間,光子に関する第一量子化の枠組みは存在しないものと考えられて きた.Newtonは,1999年に,位置と運動量に関する通常の交換関係を満たすような光子 の位置演算子を定義することに成功した.1階微分演算子型波動方程式に従う光子波動関 数は規格化可能であることが示され,光子波動関数の確率解釈がはじめて可能になった.

このような背景により,本研究においては,この光子波動関数に関連する1階微分演算子 型光子波動方程式を一般化し,更に光子に対するPoisson確率過程量子化法を構築するこ とを一つの目的にしている.

1.2 量子化法

本研究の導入として,正準量子化法,経路積分量子化法,確率過程量子化法について,

どのように量子化おこなわれるのかを,その特徴を含め簡単に説明する.このような量子 化法を前提とし,本研究ではどうして確率過程量子化法の適用範囲の拡大に重点をおいた

(8)

8 第1章 序論 のかその問題意識を述べる.また,確率過程量子化法の有用性について言及する.また,

本研究で波束と通過時間の解析をおこなう理由について述べる.

1.2.1 正準量子化法

力学量F =F(q1,· · ·, qn;p1,· · ·, pn)は正準力学変数qi, pj (i, j = 1,· · ·, n)の関数で,そ の時間的変化は

dF

dt = ∂F

∂t +{F, H} (1.1)

である.ここで{ , }はPoisson括弧式は {A, B}=

Xn

i=1

∂A

∂qi

∂B

∂pi ∂A

∂pi

∂B

∂qi (1.2)

と定義される.ハミルトニアンH= (q1,· · ·, qn;p1,· · ·, pn)を正準力学変数の関数とする.

正準量子化の手続きは,正準変数qi, pj に対するPoisson括弧式{ , }を演算子qˆi,pˆjに対 する交換関係[ , ]に,

{qi, pj}=δij 1

i¯hqi,pˆi] = δij (1.3) のように置き換えることによりなされる.力学量F に対する運動方程式(1.1)は

dF

dt = ∂F

∂t + i

¯

h[H, F] (1.4)

のように置き換えられる.正準量子化で得られるHeisenberg表示から,Schr¨odinger表示 に移ることができる.

正準量子化法の手続きは,(A-1) ハミルトニアンを与える,(A-2) c数の正準力学変数 はq数の演算子に置き換え,(1.3)のようにPoisson括弧式を交換関係に置き換える,こと によりなされる.

1.2.2 経路積分量子化法

Feynmanの経路積分の前段階の研究は文献[1]とDiracの教科書[2]のp.127,p.128に ある.Diracは,粒子が時刻t0に位置xt0から出発し時刻tに位置xtに到るSchr¨odinger

(9)

1.2. 量子化法 9 方程式を満たすGreen関数hxt|xt0i

hxt|xt0i= exp

·i

¯ hS

¸

(1.5) とおいた.振幅hxt|xt0iの絶対値の2乗|hxt|xt0i|2は,粒子が位置xt0 から出発し位置xt

に到る確率を表す.Diracは(1.5)で定義されたSh¯ 0の極限で古典的な作用に一致 することを示したばかりでなく,彼は時刻t0から時刻t0+ ∆tまでの無限小時間間隔δtで の振幅hxt0+δt|xt0i

exp

·i

¯

hL(t0)δt

¸

(1.6) に類似することをみつけた.ここでL(t0)は古典的なラグランジアンである.

Feynmanはhxt0+δt|xt0i= exp[iL(t0)δt/¯h]とおいて計算したところ,これらは一致しな いことに気がつき,彼は,ある因子を指数関数に掛けるとこれらが一致することを見出し た.Feynmanは振幅K(t, t0)を

K(t, t0) =

Z xt

xt0

Dx(t) exp

·i

¯ hS

¸

(1.7) のように定義した[3].ここで積分は,位置xt0 から位置xtに到るすべての経路について の振幅の和をとることを意味する.粒子が時刻t0に位置xt0から出発し時刻tに位置xtに 到る確率P(t, t0)は,振幅K(t, t0)の絶対値の2乗P(t, t0) =|K(t, t0)|2である.ここで作 用Sは,ラグランジアンLを用いて

S =

Z t

t0

L(τ)dτ (1.8)

で表される.粒子が時刻t0に位置xt0から出発し,時刻t0+∆tに位置xtに到るSchr¨odinger

振幅は Ã

2πi¯h∆t m

!

exp

·i

¯

hL(t0)∆t

¸

(1.9) となる(L(t0) = (m/2)(xt−xt0)2/∆t2−V).Diracは,無限小の時間間隔の振幅は(1.6) に類似することを見出し,一方,Feynmanは,無限小の時間間隔の振幅が(1.9)と等価に なることを示した.

端点を固定し,その途中のあらゆる経路から寄与する経路積分量子化法の手続きは,

(B-1)ラグランジアンを与える,(B-2) (1.7)のように振幅を足し上げてSchr¨odinger振幅 を定義する,ことによりなされる.

(10)

10 第1章 序論

1.2.3 確率過程量子化法

正準量子化法,経路積分量子化法と等価であるが,理論形式が異なるような量子化法 がある.そのような量子化法として確率過程量子化法があり,非相対論的粒子に対しては Nelsonの量子力学[4]がある.相対論的粒子に対してはFeynman確率過程量子化法[3]と

Poisson確率過程量子化法[5]がある.本研究では,確率振幅としての量子化を取り扱う

が,場の理論に確率過程を用いた理論形式としてはParisi-Wuの量子化法がある[6].

Nelsonの量子力学では確率過程としてWiener過程が用いられる.これは,古典的New-

ton方程式に,背景場によるBrown運動の量子論的ゆらぎの効果を取り入れた理論であ る.Schr¨odinger方程式は,時間微分演算子に関して1階,空間微分演算子に関して2階で ある.一方,Dirac方程式は時間・空間微分演算子に関して1階であり,相対論的粒子に対 するPoisson確率過程量子化法では,∆x∆tであるようなPoisson過程が適用される.

Feynman確率過程量子化法

Feynman確率過程量子化法については,3.2.1節で詳しく説明する.ここでは,量子化

の手続きについて言及する.Feynmanは,粒子が光円錐上を光速cで進み,ある確率過程 にしたがって空間反転するような経路についての振幅からの寄与を足し合わせることによ り量子化をおこなった[3].時空点aから出発し時空点bに到る振幅は,(1.7)のかわりに

K(b, a) =X

R

N(R)(a²)R (1.10)

のように定義される.Rは経路に沿っての方向転換の数,N(R)はR回の反転をともなう 経路の数を表す.ここでa

a↔im0c2

¯

h    (1.11)

と表される.振幅K(b, a)は虚数時間の方向にジグザグ運動するすべての経路について の振幅からの寄与を足し合わせることにより得られる.3.2.1節で詳しく説明するが,こ の振幅は1次元Klein-Gordon方程式の解になる.

量子化の手続きは,(C-1)光円錐上にジグザグ運動を導入する, (C-2) (1.11)のように置 き換える,ことによりなされる.

(11)

1.2. 量子化法 11 Poisson確率過程量子化法

Poisson確率過程量子化法については,3.2.2節以降で詳しく説明するが,ここでは量子

化の手続きを述べる.Kacは,粒子が離散的な格子点上ではなく連続な空間上を運動す る場合のPoisson過程の数学的基礎を構築した[7].P+(x, t)は時空点(x, t)の粒子が右に 進む確率密度,P(x, t)は時空点(x, t)の粒子が左に進む確率密度を表す.粒子が光円錐 上を光速cで進むとき,3.2.2節で示すように,Poisson過程に対する発展方程式からマス ター方程式

∂P±

∂t =−a(P±−P)∓v∂P±

∂x (1.12)

が得られる.マスター方程式(1.12)は,

a ↔ −im0c2

¯

h (1.13)

のようにおくと,確率密度を振幅,確率を虚数にするような操作はあるが,位相因子 exp[im0c2t/¯h]を除いて1次元のDirac方程式のWeyl表現に等しくなる.

量子化の手続きは,(D-1)光円錐上の運動に確率過程を導入する, (D-2) (1.13)のように 置き換える,(D-3) (1.12)で記述されるような∆x ∆tであるPoisson過程を適用する,

(D-4) 3次元空間シフト生成作用素LはPauli行列を含む,ことによりなされる.(D-4)は

3.3.1節で詳しく説明される.

1.2.4 量子化法の対応関係

ここでは,正準量子化法,経路積分量子化法,確率過程量子化法の対応関係を簡単に説 明する.

Klein-Gordon方程式の導出には,(E-1)相対論的分散関係: E2 = (pc)2+ (m0c2)2を適 用する,(E-2) E →i¯h∂/∂t,p→ −i¯h∇で量子化をおこなう,ことが要請され,Dirac方 程式の導出には,更に,(E-3)方程式を時空・空間微分演算子に関して1階にする,(E-4) 多成分波動関数とする,すなわち,Pauliの行列で構成されるDirac行列を用いて,方程 式にスピンを取り込む,ことが要請される.ここで,(E-1)は特殊相対性の原理から導か れる.(E-3)は共変性と正で有限な確率密度を定義するための要請である.

(12)

12 第1章 序論 はじめに,(A)正準量子化法,(B)経路積分量子化法,(E)相対論的波動方程式の導出 の理論形式の対応関係を説明する.(A-1),(B-1),(E-1)は,それぞれ,ハミルトニアン,

ラグランジアン,エネルギーを要請したもので,(A-2),(B-2),(E-2)は,プランク定数

¯

hを取り込むことにより量子化の要請をしたものである.

次に,(C) Feynman確率過程量子化法,(D) Poisson確率過程量子化法の理論形式の対 応関係と特徴を述べる.Klein-Gordon方程式の導出には,(C-1),(D-1)で,光円錐上の運 動に確率過程を導入する, (C-2),(D-2)で,量子化する,ことが必要である.更に,Dirac 方程式の導出には,(D-3) ∆x ∆tであるPoisson過程を適用する,(D-4) 3次元空間シ フト生成作用素LはPauli行列を含む,ことが要請される.これらの理論形式の特徴は,

“光円錐上の運動に確率過程を導入して導いた波動方程式は,Lorentz共変性を満たす”と

いうことである.もし光円錐上でなければ,確率過程も共変にしなければ,一般に得られ る波動方程式の共変性は絶望的である.それに反して,光円錐はどのLorentzフレームか らも光円錐で不変の概念であるから,したがって導かれる波動方程式も共変的になる.

最後に,(C) Feynman確率過程量子化法,(D) Poisson確率過程量子化法と(E)相対論 的波動方程式の導出との理論形式の対応関係を述べる.(C-1),(D-1)と(E-1)との違いは,

相対論的分散関係: E2 = (pc)2+ (m0c2)2の要請なしに,光円錐上の運動に確率過程を導入 することで,得られる波動方程式はLorentz共変になることである.(C-2),(D-2),(E-2) はプランク定数¯hを取り込むことにより量子化の要請をしたものである.(D-3),(E-3)は 共変性と正で有限な確率密度を定義するための要請である.(D-4),(E-4)は方程式にスピ ンを取り込む要請である.

1.2.5 波束と通過時間

ここでは,確率過程量子化法の適用範囲の拡大に対する問題意識と,その有用性につい て述べる.また,波束と通過時間の解析をする理由を簡単に説明する.

確率過程量子化法は,通常の量子力学と等価である.よって,確率過程量子化法で計算 される物理量は,通常の量子力学で計算される物理量と一致する.このことは,確率過程 量子化法から得られるトンネル時間や通過時間が,意味がある物理量であることを示唆す る.とはいうものの,通常の量子力学で計算できるのであれば,わざわざ確率過程量子化

(13)

1.2. 量子化法 13

図1.1 光学ガラスを通過する光子の通過時間の測定 アルゴンイオンレーザーからの光子が,リン酸二水素カリ ウム(KDP)の非線形結晶で,シグナル光子とアイドラー 光子にわかれる.これらは光検出器D1,D2で検出される.

長さLの光学ガラスサンプルがない場合,シグナル光子と アイドラー光子が同時に検出されるように調整する.光学 ガラスがある場合,アイドラー光子が検出されたあとに,

遅れてシグナル光子が検出される.媒質中の光子速度は,

約4 fsecの時間分解能で古典的な群速度によく一致する.

法を持ち出す必要がないという指摘があるのも事実である.しかしながら,前節で言及し たように,これらは理論形式が異なるので,今まで見過ごしてきたような新しい視点から トンネル時間や通過時間が議論できる可能性がある.その意味において,Nelsonの量子力 学は非相対論的粒子のトンネル時間解析で有益な理論体系であり,Poisson確率過程量子 化法は相対論的粒子の通過時間解析で有益な理論体系であるといえる.Nelsonの量子力 学によるトンネル時間解析には,今福・大場・山中[8, 9],原・大場[10, 11]がある.確率 過程を用いないトンネル時間解析には,この他に,Complex time[12],B¨uttiker-Landauer et al.の振動ポテンシャルを用いた解析[13],Lamor時計を用いた解析[14]などがある.本

(14)

14 第1章 序論 研究では,トンネル時間の解析はおこなわないが,通過時間と波束の解析をする.

次に,波束と通過時間の解析について重要な点を述べる.

第2章では,波束の数値計算プログラムの作成をする.この解析により,電子,陽電子 の波束の群速度が導かれる.定常解の解析では,粒子の位置が全空間にひろがっているた め,粒子の位置の時間発展の解析ができない.一方,波束を用いた解析では,粒子の位置 はある有限区間に存在するので,異なる時刻での位置の解析をすることが可能になる.波 束の群速度は観測可能な量なので,これは現実的な系で計算すれば実験値と直接比較する ことが可能になる.

第4章では,光子に対するPoisson確率過程量子化法により,光子が有限区間を横切る 時間と、位相速度からの時間との差の解析をする.現在,光子が媒質中を通過する時間は Hong-Ou-Mandel(HOM)装置[15]を用いて,約4 fsecの時間分解能で観測可能である.

光学ガラスを通過する光子の通過時間が,HOM装置を用いて観測された[16].図1.1は文 献[16]の実験装置を示したものである.この実験では,光学ガラスサンプルとしてSF11 とBK7が用いられた.光子がSF11とBK7を通過する速度は,約4 fsecの時間分解能で,

古典的な群速度とよく一致する.このHOM装置を用いて,一般に媒質中を通過する光子 の通過時間を観測することが可能である.

このように本研究のアプローチでの重要な点として,群速度や通過時間のような観測可 能な量の理論値が得られることが挙げられる.

1.3 本論文の構成

本論文は序論(第1章)を含む5章から構成されている.各章ごとの概要は以下のよう になる.

第2章では,相対論的波動方程式であるDirac方程式に基づいて波束の運動を数値計算 し,量子系の時間発展という立場からKleinパラドックスの内容を説明する.これまで,

ポテンシャル衝突に際して電子-陽電子対が生じていることは,定常的なアプローチで解 明されているが,波束の時間発展を追った分析はなかった.重イオン-重イオン衝突や電 荷をもつブラックホールのシュワルツシルド解の障壁付近のポテンシャルによる散乱では

(15)

1.3. 本論文の構成 15 より詳しい解析がなされなければならないが,本研究では,その基礎として階段型ポテン シャルによる1次元散乱を調べ,超臨界状態にあるとき,電子-陽電子対生成が生成され る様子を波束の数値計算によって明らかにした.

第3章では,光円錐上のPoisson確率過程量子化法を,外場中を運動する電子系に拡張 した.この量子化法は,自由に振舞う電子に対しては定式化されているが,粒子が外場と 相互作用をしながら時間発展するような系では,どのような定式化をすればよいのかが分 かっていなかった.そこで,本研究では,Poisson過程に基づく量子化の定式化を,より 一般的な,外場が存在する電子の系に拡張した.光円錐上のPoisson過程を用いた定式化 には,空間反転のみを考察する定式化と,空間反転ばかりでなく時間反転も考察した定式 化があるが,それぞれを拡張し,時間シフト生成作用素をもつPoisson確率過程量子化法 を構築する.

第4章では,Poisson確率過程量子化法の適用範囲を光子系に拡大する.まず最初に導 電性媒質中の光子の挙動が1階微分演算子型光子波動方程式で記述できることを示す.こ の波動方程式は電信方程式に関係があるため,光子も電子と同様にPoisson過程で記述 できる可能性が示唆された.この対応関係を調べることによりPoisson確率過程量子化法 を,光子が媒質中を運動する系に適用することができた.双対場中の光子の挙動に関す

るPoisson確率過程量子化法も構築される.粒子の挙動や速さを求める方法の一つとして,

確率過程を用いる方法がある.光子がPoisson過程でジグザグ運動しているとの仮定のも とでは,ある有限区間を光子が横切る時間(通過時間)の平均を計算することができる.

こうして求められた時間と、波動としての位相速度から求めた時間との差は,本研究にお いて初めて明らかにされる.Poisson過程という基本原理から,通過時間を任意パラメタ を含まずに媒質定数のみで与えることができた.さらに,群速度との関連が明らかになれ ば,粒子性・波動性の関係から,新たな議論が展開できると期待される.また,光子の通 過時間は,将来の量子情報分野において重要になるかもしれない.現在,光子の速さは,

Hong-Ou-Mandel装置を用いて,約4 fsecの時間分解能で観測可能である.特別な媒質を

選べば,この枠組みから求めた光子の通過時間と位相速度との差が数10 fsecと予測でき るので,現在の実験でも十分確認可能になる.実験による観測が待たれる.

第5章では,本研究をまとめ,今後の研究の方向付けを展望する.

(16)
(17)

17

第 2 Klein パラドックス

2.1 概要

電子をV0 > E+m0c2の階段型ポテンシャルに入射した時に,反射した電子は入射電子

より多くなる.ここで入射電子のエネルギーをEとした.これはKleinパラドックスとし て知られている[17, 18, 19, 20].定常的な波動関数を用いた解析によれば,この場合ポテ ンシャル内で電子-陽電子対生成が引き起こされていると考えられている[18, 19, 20].近 年の場の理論による解析においては,対消滅が起きる可能性も示唆されている[21].Klein パラドックスが問題になるような,超臨界ポテンシャルが現れる場合としては,電荷をも つブラックホールや重イオン-重イオン衝突などが挙げられる.前者では,シュワルツシ ルド解の障壁付近の超臨界ポテンシャルにおいて電子-陽電子対生成が引き起こされ,ブ ラックホールが蒸発することが示されている[22].後者では,重イオンが互いに接近する ことにより形成される超臨界ポテンシャルが,電子-陽電子対生成を引き起こし,衝突後 の陽電子の増加が予言されている[20].このような超臨界ポテンシャル付近での電子-陽 電子対生成は,従来定常的なアプローチにより解析されてきたが,時間に依存した解は解 析されてこなかった.

本章では,はじめに従来のKleinパラドックスの定常的なアプローチについて簡単に説 明する.次に,定常的な解析ではなく,波動関数の時間発展としてこの問題を理解するた めに,波束の運動の数値計算プログラムを作成する.その結果は,超臨界ポテンシャル付 近において電子-陽電子対生成が自然に起きていることを物語っており,このパラドック スが時間発展の立場からいかに理解されるかを示している[23].

(18)

18 第2章 Kleinパラドックス

2.2 Klein パラドックス

電子を階段型ポテンシャルに入射させた時,ポテンシャルを大きくしていくと電子は全 反射する.しかしポテンシャルの高さがE+m0c2よりも大きくなった時に入射した電子 より反射した電子の方が多くなる.これはKleinパラドックスとして知られており,入射 電子によってポテンシャル内で電子-陽電子対生成が引き起こされるためであると考えら れている.はじめに定常解を用いた従来の解析を示す.

2.2.1 外場中の電子

電子を階段型ポテンシャル V(x) =

½ 0 (領域I: x <0)

V0 (領域II: x≥0) (2.1)

に左方から入射させたときの定常解ϕ(x)は1次元Dirac方程式

ˆ E(x) =E(x) (2.2)

を満たす.ハミルトニアンHˆ は Hˆ =x

Ã

−i¯h

∂x

!

+σzm0c2 +V(x)I (2.3) である.σx, σzをPauli行列,Iを2×2単位行列,φE(x)を2成分スピノールとした.1 次元空間ではスピン自由度がないため2成分スピノールで記述できるが,3次元空間で は4×4 Dirac行列と4成分スピノールが必要になる.(2.3)に対する定常解は,φE(x) = ϕI(x)θ(−x) +ϕII(x)θ(x)と書ける.ここでϕI(x)とϕII(x)は以下の通りである.

領域I.入射波と反射波

ϕI(x) =A

à 1

cp E+m0c2

!

eip¯hx+A R

à 1

E+mcp

0c2

!

e−i¯hpx, (2.4)

領域II.透過波

ϕII(x) =A T

à 1

p E−V0+m0c2

!

eip¯h¯x, (2.5)

(19)

2.2. Kleinパラドックス 19 また分散関係は

cp =qE2(m0c2)2, cp¯=q(V0 −E)2(m0c2)2 (2.6) である.a, bを

a= cp

E+m0c2, b = c¯p

E−V0+m0c2 (2.7)

とおくと,原点における境界条件

ϕI(x= 0) =ϕII(x= 0) (2.8)

から定数R, T

R = a−b

a+bT = 2a

a+b (2.9)

となる.入射,透過,反射波の確率密度流をそれぞれjin, jref, jtraとおくと,j =c ϕ(x)σxϕ(x) より,

jin = 2ac|A|2,

jref = −2ac|AR|2 =

¯¯

¯¯

¯

a−b a+b

¯¯

¯¯

¯

2

jin, jtra = 2bc|AT|2 = b

a

¯¯

¯¯ 2a a+b

¯¯

¯¯

2

jin (2.10)

となり,確率密度流は

jin =jtra−jref (2.11)

と表される.

2.2.2 Dirac 方程式が孕むパラドックス

上で1次元Dirac方程式の定常解と確率密度流を求めたが,左方から入射させた電子が

透過するのか反射するのかは,階段型ポテンシャルV0の大きさに関連している.

入射電子のエネルギーがEで,(a) 0≤V0 < E−m0c2の場合(図2.1),左方から入射 させた電子の一部は透過,一部は反射される.一方,(b) E−m0c2 V0 ≤E+m0c2

(20)

20 第2章 Kleinパラドックス 場合,左方から入射させた電子は全反射される.(c) V0 E +m0c2の場合,Dirac方程 式の正エネルギー解と負エネルギー解が原点で接続する.このときには,入射電子の確率 密度流の大きさより反射電子の確率密度流の大きさの方が大きくなる.これがKleinパラ ドックスである.入射した電子の確率密度流と反射した電子の確率密度流の比は

|jref|

|jin| =|R|2 =

¯¯

¯¯

¯

a−b a+b

¯¯

¯¯

¯

2

>1 (2.12)

である.すなわち,|jref|>|jin|であり,入射した電子以上の電子が反射される.また,分

散関係(2.6)の第2式より,p¯は実数になるので,領域IIの負エネルギー電子帯にも電子

が存在する.このような現象は,領域IIの負エネルギー電子帯の電子を陽電子と解釈し,

左方から入射した電子によって,電子-陽電子対生成が引き起こされたためであると考え られている[18, 19, 20].

実際に左方から入射した電子が原因で,電子-陽電子対生成が引き起こされているかど うかは,波動関数の時間発展を直接調べてみる必要がある.そこで,左方から入射した電 子の波束が原点において,電子の波束と陽電子の波束を生成するかどうかを調べるため,

波束の運動を数値計算によって解析する.

2.3 量子系の時間発展

2.3.1 波束による解析

従来,Kleinパラドックスは定常解に基づいて議論されていた.本研究ではこの問題を 時間に依存する解を数値的に解いて解析する[23].すなわちポテンシャルによる電子の散 乱問題を,次の形の波束

Ψ(x, t) =

Z

DG(p)φE(x)e−iEt/¯hdE (D:{E|m0c2 < E < V0−m0c2}) (2.13) の時間発展を追うことによって明らかにする.原理上はDの領域を有限にすると,初期 波束Ψ(x,0)の形がゆがめられるが,これは深刻な問題ではない.係数G(p)

G(p) =G0e−(p−p0)2/(2σ2)−ipd/¯h (2.14)

(21)

2.3. 量子系の時間発展 21

0 m0c2

−m0c2

m0c2+V0

−m0c2+V0 V0

E 正エネルギー電子帯

負エネルギー電子帯

x= 0

領域I 領域II 図2.1 (a) 0 ≤V0 < E−m0c2の場合

分散関係(2.6)の第2式よりp¯は実数であり,左方から入 射した電子は,一部が反射され,残りは直進する.

(22)

22 第2章 Kleinパラドックス

0 m0c2

−m0c2

m0c2+V0

−m0c2+V0

V0 E

正エネルギー電子帯

負エネルギー電子帯 x= 0

領域I 領域II

図2.1 (b)E−m0c2 ≤V0 ≤E +m0c2の場合 分散関係(2.6)の第2式より,¯pは虚数になるので,左方か ら入射した電子は,全反射する.図2.1 (a),(b)の場合,領 域Iでの電子の振る舞いは非相対論的電子と同様に考えら れる.

(23)

2.3. 量子系の時間発展 23

0 m0c2

−m0c2

m0c2+V0

−m0c2+V0 V0

E 正エネルギー電子帯

負エネルギー電子帯 x= 0

領域I 領域II 図2.1 (c) V0 ≥E+m0c2の場合

相対論的電子では,非相対論的電子にはあらわれない次の ようなパラドックスが生じる.確率密度流の比(2.12)より,

反射した電子の方が,入射した電子より多くなるようなパ ラドックスが生じる.分散関係(2.6)の第2式より,¯pは実 数になるので,領域IIの負エネルギー電子帯にも電子が存 在する.

(24)

24 第2章 Kleinパラドックス と与えることにより,初期波束を図2.2のようにGauss型にすることができる.ここで,

p0は波束の運動量分布の平均値,G0は波束の規格化定数である.初期波束の中心は位置 d(<0)に置かれている.p,p¯はEの関数であり(2.6)で与えられる.確率は領域Iと領域 IIにおいて,それぞれ

PI(t) =

Z 0

−∞ Ψ(x, t) Ψ(x, t)dx, PII(t) =

Z

0 Ψ(x, t) Ψ(x, t)dx (2.15)

である.図2.2に,原子単位系(¯h= m0 =e2 = 1, c = 137)を用いてシミュレーション したものを示す .ここでp0 = 50, σ = 1, V0 = 5[(p0c)2+m0c2]1/2 = 34256.8, d=−3.8と おいた.入射電子の初期波束の中心位置dは原点から十分左にあり,d = 3.8σなので初 期波束は原点ではゼロとみなせる.図2.2でt= 0に領域Iに入射電子の波束をつくると,

領域IIにもう一つの波束が現れる.これは物理的に受け入れられて記述できないことを 示している.

図2.3に, 領域IIの電子の解においてp¯→ −p¯と運動量を変換しても解が存在するの で,そのときの波束の運動を示した.領域IIの超臨界ポテンシャルは,負エネルギー電子 で満たされている.図2.3では電子が領域Iから領域IIに侵入しているため,これはPauli の排他律に矛盾する.

図2.4に,空孔理論を考慮した波束の運動を示す.領域IIの解を荷電共役変換して,x≥0 での陽電子の解は

φ˜II(x) =A T

à p

E−V0+m0c2

1

!

e−ip¯h¯x (2.16) となる.図2.4は超臨界ポテンシャル付近で電子-陽電子対生成が起きていることを示して いる.(2.16)を用いて波束は

Ψ(x, t) =˜

Z

DG(p) ˜φII(x)e−iEt/¯hdE (2.17) と書ける.陽電子の確率は

P˜II(t) =

Z

0

Ψ˜(x, t) ˜Ψ(x, t)dx (2.18) で表せる.対生成した電子と陽電子の電荷はそれぞれQI(t) =−eP˜I(t), QII(t) = +eP˜II(t) であり,各時刻での電荷は常に保存する.

(25)

2.3. 量子系の時間発展 25

-10 0 10 20

0 0.5 1 1.5

t=0

-100 0 10 20

0.5 1 1.5

t=0.02

-100 0 10 20

0.5 1 1.5

t=0.04

-10 0 10 20

0 0.5 1 1.5

t=0.06

P

-100 0 10 20

1 2 3

t=0.08

-100 0 10 20

0.5 1 1.5

t=0.1

-10 0 10 20

0 0.5 1 1.5

t=0.12

-100 0 10 20

0.5 1 1.5

t=0.14

X

-100 0 10 20

0.5 1 1.5

t=0.16

図2.2

Kleinパラドックスが問題になるような系での波束の運動.

横軸はx軸,縦軸は|Ψ|2 である.点線は,階段型ポテン シャルを表す.t = 0に領域Iに入射電子の波束をつくる と,領域IIにもう一つの波束が現れる.領域IIの波束の 群速度は負(vg = c2p/(E¯ −V0) < 0)なので波束は左に 進む.t = 0に領域IIに波束が存在しているということ は,物理的に受け入れられて記述できないことを示してい る(PI(0) = 1.00, PII(0) = 0.75, PI(0.16) = 1.75).

(26)

26 第2章 Kleinパラドックス

-10 0 10 20

0 0.5 1 1.5

t=0

-100 0 10 20

0.5 1 1.5

t=0.02

-100 0 10 20

0.5 1 1.5

t=0.04

-10 0 10 20

0 0.5 1 1.5

t=0.06

P

-100 0 10 20

0.5 1 1.5

t=0.08

-100 0 10 20

0.5 1 1.5

t=0.1

-10 0 10 20

0 0.5 1 1.5

t=0.12

-100 0 10 20

0.5 1 1.5

t=0.14

X

-100 0 10 20

0.5 1 1.5

t=0.16

図2.3

領域IIの電子の解においてp¯→ −p¯と運動量を変換して も解が存在するので,そのときの波束の運動を示した.領 域IIの波束の群速度は(vg = c2p/(E¯ −V0)> 0)正なので 波束は右に進む.領域IIの超臨界ポテンシャルは負エネル ギー電子で満たされている.図において,電子が領域Iか ら領域IIに侵入しているため,これはPauliの排他律に矛 盾する(PI(0) = 1.00, PII(0) = 0.43, PI(0.16) = 1.16).

(27)

2.3. 量子系の時間発展 27

-10 0 10 20

0 0.5 1 1.5

t=0

-100 0 10 20

0.5 1 1.5

t=0.02

-100 0 10 20

0.5 1 1.5

t=0.04

-10 0 10 20

0 0.5 1 1.5

t=0.06

P

-100 0 10 20

1 2 3

t=0.08

-100 0 10 20

0.5 1 1.5

t=0.1

-10 0 10 20

0 0.5 1 1.5

t=0.12

-100 0 10 20

0.5 1 1.5

t=0.14

X

-100 0 10 20

0.5 1 1.5

t=0.16

図2.4

空孔理論を考慮した波束の運動を示した.電子が領域IIの Diracの海から領域Iに移動すれば,領域IIには空孔(陽電 子)が現れる.それによりポテンシャルバリアによる散乱 後,領域Iでは反射電子の波束は入射電子の波束より大きく なり,領域IIではもう一つの陽電子の波束が生じる.t= 0 での全電荷はQI(0)+QII(0) =−1.00e+0 =−1.00eとなる.

t = 0.1での電荷はQI(0.1) +QII(0.1) =−1.66e+ 0.66e =

−1.00eとなり電荷保存則は保証されている.

(28)

28 第2章 Kleinパラドックス

2.3.2 波束の群速度

図2.4において,領域IIの陽電子の波束は,領域Iの電子の波束より速くなるが,これ は群速度により示される.電子の群速度は

v = pc2

E (2.19)

なので,電子と陽電子の群速度の大きさve, ve+ve = p0c2

q

(cp0)2+ (m0c2)2, (2.20)

ve+ = c

r

(V0q(cp0)2+ (m0c2)2)2(m0c2)2

V0q(cp0)2+ (m0c2)2 (2.21) となる.したがって,V0 ≥E+m0c2の場合,常に

ve+ > ve (2.22)

が成立する.陽電子の波束の群速度ve+ は電子の波束の群速度veより大きい.これは,

領域IIの陽電子の方が領域Iの電子より速く運動することを示す.

2.4 2 章のまとめ

Kleinパラドックスが問題になるような超臨界ポテンシャルを扱わなければならない系

においては,入射電子により電子-陽電子対生成が引き起こされるとされていると理解さ

れてきた[18, 19, 20].しかし,従来の解析は定常解に基づいており,入射電子が原因で,

電子-陽電子対生成が引き起こされるかどうかは明確でなかった.近年,文献[21]では,場 の理論から3体波動関数を求め,その時間発展をシミュレートしたところ,入射電子と陽 電子の対消滅が起きることが示されている.本研究では,3体問題として定式化していな いので,文献[21]とは状況が異なっている.本研究では,波動関数の時間発展を波束の運 動として解析し,その結果,入射電子波束が原因となって,電子波束と陽電子波束の対生 成が引き起こされていることを系の時間発展として明確に示すことができた.

(29)

2.4. 第2章のまとめ 29 超臨界ポテンシャルが実際に問題となるような状況としては,電荷をもつブラックホー ルの蒸発や重イオン-重イオン衝突が挙げられる[20, 22].重イオン-重イオン衝突のよう に,超臨界状況が時間的に変化する系や,電荷をもつブラックホールなど,具体的な系に おいて時間発展を調べ,生成される陽電子数といった実験に対応する物理量を解析するこ とはこれからの課題である.

(30)
(31)

31

第 3 Poisson 過程による Dirac 方程式 の導出

3.1 概要

量子力学における代表的な量子化法には正準量子化法とFeynmanによる経路積分量子 化法がある.さらに経路積分の概念から波及した量子化法として確率過程を用いた量子 化法がある.Feynmanは,光円錐上でジグザグ運動するすべての経路についての振幅か らの寄与を足し合わせることにより量子化をおこなった[3].このFeynman確率過程量子 化法から1次元のKlein-Gordon方程式の振幅が得られる.このほかに,Gaveau et al.の

Poisson確率過程量子化法[5]がある.Kacは,粒子が離散的な格子点上ではなく連続な空

間上を運動する場合のPoisson過程の数学的基礎を構築した.すなわち光円錐上でPoisson 過程で時間発展するすべての経路についての振幅からの寄与を足し合わせることで,3次

元Dirac方程式が得られる[5, 24].このアプローチでは,粒子は時間軸の前向きにのみ進

むことができるとされている.

3次元Dirac方程式の導出ではPoisson過程の反転確率aは純虚数としなくてはならな

い.これは時間を虚軸に接続すること(t→it)に対応する.一般に拡散方程式は,時間を 虚軸に接続すると双曲線型方程式に変換される[25].MackeonとOrdは,粒子が時間反転 をすることを考慮し,Gaveau et al.のPoisson確率過程量子化法を修正した.彼らは,相 対論的粒子は時間軸の前向きと後向きの両方に進むことができること,及び詳細つりあい を仮定して,それらの過程を関係づけた.この定式化では,反転確率は実数,したがって,

解析接続は不要であり,確率解釈が可能になった[26].また,ベクトルポテンシャル中の 1次元粒子に対する定式化[27]や,1次元Klein-Gordon方程式に関連した定式化[28]があ る.Poisson過程による量子化は,自由に振舞う電子において定式化されているが,スカ ラーポテンシャル中を電子が運動する系においては,どのように定式化すればよいのかが

(32)

32 第3章 Poisson過程によるDirac方程式の導出 分かっていなかった.Gaveau et al.は,外場の効果を,空間シフト生成作用素に取り込 もうとしたが成功していなかった.そこで本研究では,Poisson過程に基づく量子化の定 式化である,MckeonとOrdによる1次元自由粒子に対する定式化とGaveau et al.によ る3次元自由粒子に対する定式化に準拠しながら,自由場の粒子ではなく,外場が存在す る一般的な系に拡張する[29].

3.2 相対論的粒子に対する確率過程

3.2.1 Feynman 確率過程量子化法

この節では,Feynman確率過程量子化法を示す.Feynmanは,粒子が光円錐上をジグ ザグ運動で進むような経路についての振幅からの寄与を足し合わせることにより,量子化 をおこなった[3, 30].ここでは,光速で1次元的に運動する粒子を考える.便宜上,光速,

粒子の質量,プランク定数がすべて1になるような単位系をとる.すると,粒子の運動は x−t平面で±45°の傾きで行きつ戻りつするジグザグの直線として表される.このよう な経路の振幅は以下のように定義される.時間を等しい長さ²の小さな区間に分割する.

粒子の方向転換はこれらの格子点,すなわち時刻t=ta+n²(nは整数)においてのみ起 こると仮定する.このような運動に対する振幅を

φ= (i²)R (3.1)

で表す.ここでRは光円錐の経路における方向転換の数を表す.1回方向転換する経路,

2回方向転換する経路などについての振幅からの寄与が足し合わされると,時空点aを出 発し時空点bに到る振幅

K(b, a) = X

R

N(R)(i²)R (3.2)

が計算される.ここで,N(R)は,R回の反転をともなう可能な経路の数である.時間の 単位を¯h/m0c2で定義すると,計算された振幅は,1次元のKlein-Gordon方程式の解にな ることを示そう.

(33)

3.2. 相対論的粒子に対する確率過程 33

x t

+

+

(1,0) (0,1)

K−+(1,1) K+−(1,1)

a(0,0) 点b(1,1)

図3.1 振幅K(b, a)

時空点aから時空点bに到達する振幅K(b, a) K(1,1) は二つの経路から構成される.一つは,点aから正の速度 (+)で出発して格子点上を右上に1回,左上に1回すすみ 負の速度(−)で点bに到着する経路K−+(1,1)である.も う一つは,点aから負の速度(−)で出発して格子点上を左 上に1回,右上に1回すすみ,正の速度(+)で点bに到着 する経路K+−(1,1)である.

時空点aから時空点bまでの経路をすべて足せば,振幅K(b, a)

K(b, a) =K++(b, a) +K−−(b, a) +K−+(b, a) +K+−(b, a) (3.3) となる.ここで例えばK−+(b, a)の記号−+は,点aから正の速度(+)で出発し点bに負 の速度(−)で到達することを示す.図3.1で座標(n, m)は点線の座標系で表される.点 a(0,0)を出発し点b(1,1)に到る振幅K(b, a) K(1,1; 0,0) K(1,1)は二つの経路から 構成される.図3.1よりK++(1,1) = K−−(1,1) = 0なのでK(1,1)は

K(1,1) =K−+(1,1) +K−+(1,1) (3.4)

(34)

34 第3章 Poisson過程によるDirac方程式の導出

x t

1 2

3 4

5 6

7

1 2 3

0 0

8

a(0,0)

b(8,3)

図3.2 経路K++(8,3)

上図は点aから正の速度(+)で出発し,点bに正の速度(+) で到達する振幅K++(8,3)を表す.細線は点aから点bに 到達する可能なすべての経路を表し,太線はその中の一つ のサンプルを表す.

である.R回の反転をともなう経路に対する振幅は(3.1)より(i²)R ∆tRと表されるの で,1回の反転をともなう経路に対する振幅は∆tと表される.よって(3.4)は

K(1,1) =K−+(1,1) +K−+(1,1) = ∆t+ ∆t= 2∆t (3.5) である.任意の自然数n, mに対するK++(n, m), K−−(n, m), K−+(n, m), K+−(n, m)の具 体的な形を求めるために,まずはn= 8, m= 3のK++(8,3)を求める.図3.2は,点aか ら正の速度で出発し点bに正の速度で到達する振幅K++(8,3)を表す.左上には番号1∼7 の7本の細線があり,右上には番号0∼3の4本の細線がある.太線は一つのサンプルを表 し,左上に2本,右上に3本ある.左上の細線7本から2本の太線を選ぶ確率は7C2であ

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