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基 本 権 保 障 の 本 質 と 抵 抗 権 の 理 論

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(1)説. 基本権保障の本質と抵抗権の理論. 序. 論. 日本国憲法と抵抗権の存在 結. 論. 抵抗権の本質及び最終的基本権としての性格. 抵抗権理論の淵由とその史的概観. 基本権保障の背景規範とそれに基づく保障権. 一 二 三 四. 五 六. 序. 松. 本. 昌. 悦. 今日の憲法は︑その全てが例外なく基本権保障規定を置くものである︒もとよりそれらの保障規定がヴァージニア ︵一︶. 権利章典≦お三帥切三9家讐富︵一七七六年︶︑あるいはフランス人権宣言∪9再蝕9号ω辞o器留浮oヨBo. 鼻畠窪︵一七八九年︶に起源を有することはよく知られている︒しかしそれ以前に︑すでにイギリスにおいて︑大憲. 一一五. 章鼠お墨魯震9︵一二一五年︶︑権利請願評蜂δ昌9園蒔算︵一六二七年︶︑それに権利章典匹=9困讐諾︵一 基本権保障の本質と抵抗権の理論.

(2) 基本権保障の本質と抵抗権の理論. 一一六. 六八九年等︶が存し︑人民が自からの基本的な権利を確認し︑宣言していることもまた同様知られるところである︒. だが︑かかる諸宣言が︑いずれも同じ性格を持ち︑同じ形式をもって宣言されたものではない︒その時代を異にし︑ 成立事情を全く異にするものである︒. しかるにヴァージニア権利宣言以後の諸宣言では︑・ックあるいはルソi等の自然法思想︑それに基く社会契約論. の直接的影響の下に︑すべて個人には︑天与の権利のあることを確認し︑保持するものとして創設的に宣言された︒. しかし大憲章を始め権利請願︑権利章典等のイギリスのそれらは︑新たに創設されたと云うのでなく︑既存の慣習法 ︵二︶︵三︶. の確認であったと言える︒即ち︑国王の暴政を抑制せんがために貴族あるいは人民の諸々の要求条項を国王をして受. 認せしめたものであった︒大憲章は︑その第六一条に於いて︑選挙によって選ばれた二五人からなる抵抗委員会毛一− ︵四︶. 8お母巳葵o巨鼠oを設け︑国王の法律違反︑法律義務不履行に対しては強制措置がとられる旨規定が置かれた︒即. ち︑換言すれば︑国王が法律義務を履行しない場合に貴族に抵抗権が生じ︑なおかつ強制手段に訴えて︑彼等の権利 ︵五︶. を実質的に守ることが許されたものである︒ここに於いて︑実定法上︑権利保障のための抵抗権概念の登場を明確に 知ることができるのである︒. しかし︑抵抗権の理論は︑初期キリスト教法思想及びゲルマン法思想の甲に存在した︒先ず前者に於いては︑その ︵六︶. ︵七︶. 抵抗権論は三つの原則によって示される︒即ち︑国家は原則として神によって望まれたものとして存立しうる︒更. に︑国家の権威には個人の良心による限界がある︒そしてこれらの原則によって認められる抵抗権には﹁汝殺す勿. れ﹂と言う神の命による限界がおかれた︒かくして︑初期キリスト教法思想では︑消極的意味の抵抗権は認めるもの.

(3) ︵八︶ であったが︑積極的意味のそれは認めなかったと言われる︒ところで︑ゲルマン法思想は︑国家はその構成員の綜体. であり︑すべて個人は共同善に対して連帯して責任を負うと言う基本原理に立脚して︑君主と臣民との関係を相互的. 契約の関係として捉える︒もし君主が法を破れぱ臣民は契約上の義務から解放されて抵抗の権利・義務を持つに至る ︵九︶ ものであるとし︑初期キリスト教の法思想と異って︑積極的抵抗権を肯定するものである︒かような二つの思想を基. 礎として︑中世抵抗権論が展開されるに至る︒それは二世紀から一二世紀にかけての国王の叙任権争いから活発に. なるのである︒しかし︑ここにおいてはすでにキリスト教法思想も積極的意味の抵抗権を認め︑ゲルマン法思想との ︵一〇︶. 融合を見るのである︒かくして・ての後に至っては︑抵抗権論の最も徹底した形態である暴君殺害の理論が登場するの であった︒. 以上の如く︑基本権保障の役割を担って抵抗権の理論は古くから現われ︑諸宣言にて確認され︑今日の憲法におい ︵一一︶ て︑その発展的形態として認められるところである︒. ところで︑かかる抵抗権を認める明文が各国の憲法に必ずしも規定されているわけではない︒その明文を持つ憲法. は極くわずかに留まる︒しかしそのことが直ちに抵抗権の存在の否定を意味するのては決してない︒むしろその存在. が当然のこととして規定されないこともあれば︑その本質が実定化に親しまないとして明文化されない場合もあろ うo. ともかく本稿においては抵抗権の概念を検討し︑その拠って来たるべき根拠を明らかにし︑その埋論の経緯をたど. 一一七. り︑実体を明らかにしたい︒更に︑それが最終的人権保障権として認め得られるか否か︑その本質︑性格の卒直な判 基本権保障の本質と抵抗権の理論.

(4) 基本権保障の本質と抵抗権の理論. 一一八. 断を通じて︑私見を展開しなければならない︒もちろん理念上抵抗権の存在を肯定するものであるが︑それが日本国. 憲法との関係において実際上認めらるべきであるか︑もし認められるならば︑その所在を明確にし︑その法理論解釈. を試みようと思う︒唯その前に︑抵抗権の拠って来たるべき背景︑そしてその最終的基本権として容認されるべき一. oω卑有倉遼吉教授は︑基本権の憲法的保障に関し﹁天賦人 い=色日oき閃9耳︵U器国ωO昌国勾H国蚤内02y這呂・ω﹄O. 般的背景を考察しなければならない︒ ︵一︶. 権思想﹂を背景とする基本権規定の起源は≦茜ぎ壁切崖9菊眞プ富であること︑そのことをO︒︸①臣希犀が著書U一①. 国詩富歪ロ磯αR蜜8ω98g⇒αω震鴨霞9露o︵一〇〇3︶で論証して以来︑通説となった旨︑述べておられる︒有倉遼吉﹁新. 竃濃召Oげ胃富. の成立に際して︑その根本に於いては初期キリスト教法思想とゲルマン法思想の影響によるものである. 版憲法講義﹂上巻︑一一六頁︒ ︵二︶. が︑時のジョン王が即位して以来︑しばしば封建契約に違反したためバローン達はジョン王に強い不満をいだくに至った︒. しかもジョン王が教皇に王権を主張した︒教皇は対抗手段として全イギリス国民に︑国王に対する忠誠義務を免除した◎こ. のことにバ・ーンはカを得て要求条項︵鏡三ユ8亀ω巽o拐︶の受認を国王に強要した︒その時︑バローンは都市の商人を. 彼等の味方にして抗争を続けたが︑ついにジョン王は彼等に屈し︑その要求のほとんどを容れるに至ったQこのようにして. B品器魯胃3は成立することとなった︒しかし元来それはヴァージニア権利章典等の如く︑個人の自由︑その他の基本権. を直接保障せんがために定律されたわけではない︒その文書における﹁自由﹂はバローンが国王からの支配を受けずに︑彼等. の従臣を支配しうると云うことを意味した︒だがバローン達は国王に対する要求実現には都市商人の多大な助勢を得た︒従. って︑そのことは商人の希望をそれにかなり反映させざる得なかったものである︒しかるにヨ諾暴9畦貫はそのような.

(5) 形で人民の苦情を救済することを約した文書となったわけである◎パウンドはωoξ8ヨ緯R凶巴として>岳9窃9ω畦o房. を掲げている︒戸℃o仁口阜↓﹃①Uo<o一〇℃ヨo耳900昌ω自窪臨oロm一〇目帥鍔具8ω9ピま①暮ざ一〇零︸戸二㎝h. ︵三︶ ところで竃囲きOび帥洋帥は︑その後も歴代の国王によって︑しばしば確認されるところであったがその重要性は徐々に. 減少して行ったoチュードル朝の絶対主義時代は︑ことにそうであったが︑しかしそれが再び活力を呈したのはスチュアー. ト朝初期においてである︒絶対主義に対抗したコークが︑彼の著書において寓鎖αq量9巽5に近代的な解釈を与えてから. のことである︒彼の解釈は一般に受け入れられ︑議会もこの立場に立って︑当時興りつつあった王権神受説と対決したoか. くて︑一≦品昌螢o訂昌帥は封建的文書の性格を棄てイギリス人民の自由と権利を保障する近代的憲法の元祖と考えられるよう. 9畦8算ぎα震ピ魯器<o日≦一8お富昌α段g耳α3<o涛窃鴨鴨昌. になったQ松本平治︑﹁イギリス憲政史﹂アテネ文庫三九頁参照︒界勺8昌90や9fやミ︷・ ︵四︶ <尊訳β昌≦o冨8勉自ヌω富讐段8拝仁昌畠2. U598. 9①爵ρ旨①=Φ耳しOS︶ψミ●高木・末延・宮沢編﹁人権宣言集﹂五一頁以下参照︒. 話畠岳惹登鵯>霧まq凝αRω什器仲ω鴨語犀︵q暮Rω8ゲ彗磯8N畦α︒暮ω畠gω貫讐ωiF寄︒窪路8︒浮鐸pげ﹃茜. く. ρ国昌﹃ロ. U器譲凌震曾睾q段8耳留の. ︵五︶ もっとも︑中世初期においては抵抗権は主に慣習法にその根拠をおくものであったが︑既に多少の成文化も見られるもの. である︒その初めの例は八四二年のカロリンガー国家契約であるといわれる︒. ﹁すべての人︑上にある権威に従うべし︑それは神によらぬ権威なく︑あらゆる権威は神によりて立てらる﹂︒新約聖書︑. <o鱒oω讐一 〇 q O ︑ ω ● 置 融 ●. ︵六︶. ﹁ペテロ及び他の使徒たちは答えて言うo﹃人に従わんより神に従うべきなり﹄﹂前掲︑使徒行伝第五章第二九節︒. パウロ︑ロマ書第コニ章第一節・ ︵七︶. であるが︑そ. 一一九. ︵八︶ 栗城寿夫﹁抵抗権と国家権力の限界﹂法哲学年報︵一九五九年︶︑一二〇頁o栗城教授の本研究は﹁書評﹂. 基本権保障の本質と抵抗権の理論.

(6) 基本権保障の本質と抵抗権の理論. 一二〇. の原著は譲置Oお富昌α霞8辟qロαOお自①づ号博ω霊緯躍O類巴計切R8簿¢びR島O↓帥磯ββ凶αR=8房げ三〇凄﹃勺O目け一8ぎ. ミ一のの窪ω畠津①P寓旨畠①P信昌ααR国毒瀬︒一一ωo冨昌>ざ亀o邑ρ↓葺N一躍﹂o︒山O︒冒巳一〇㎝9ぎα震︾ざαo身o↓暮臥彪讐. 冨声房鴨鵯一器昌くo昌国℃一一曾R目ロ含O・田冠日ρ昌昌であるQこれはミユンヘン政治大学とトウチング福音アカデミ薯との. 共同主催で行われた﹁抵抗権と国家権力の限界﹂に関する研究会議の報告集でありプフィステルとヒルトマンの共同編集に. 暴君殺害の理論︵日博彗昌窪ヨo巳巴①ぼ①︶は︑国家権力に対する教会の権力の闘争を通じて国民の抵抗権として理論化. 栗城寿夫︑前掲書︑同頁・. よるものである︒ ︵九︶. ︵一〇︶. されるに至ったのである︒そして︑広く欧洲諸国に影響を及ぼしたと言われる︒溶毛o一器区需ヌω鼠讐段oo拝蝿昌α2㌣ ε畦oo窪︸ω ● O 卑. ヨハネス・メスナーは︑抵抗の最後の形態は権力掌握者を殺害することによる暴力的支配者排除である︑それは伝統的自然. 法論の内外において大いに論争されたと言う︒一六・七世紀に至っては自然法理論の若干のカトリック的代表者は︑特殊な. 条件の下において肯定し︑多数のプロテスタントも同様の結論に到達したことを指摘する︒ヨハネス・メスナー﹁自然法﹂. 今日の憲法に規定がおかれるものとして︑一九四六年︑ヘッセン憲法一四七条一項二項︒同年︑ベルリン憲法二三条三. ︵水波明訳︶第百三十二章Q. ︵一一︶. 一九四九年︑ブレーメン憲法一九条︒同年︑マーク・ブランデンブルク憲法六条二項Q更に一九四九年︑ドイツ民主共. 皿︑. 項︒. 和国憲法四条一項二項等であるQく喀中=暮ΦきO仁亀窪N=ヨ誓鎧賃8算自震Z窪需F切Fρ一〇田・.

(7) 二 基本権保障の背景規範とそれに基づく保障権. 日本国憲法のみでなく近代憲法のほとんどは︑凡そ二面的構成をとるものである︒即ち一面では基本的人権に関す. るものであり︑他面では統治組織︑構造に関するものである︒もとより前者は全べての基本目的であり︑後者はその ︵一︶ より確実な保障のための制度乃至手段としておかれた︒. ところで日本国憲法は︑第九七条において︑基本的人権が過去幾多の試錬を経て現在及び将来の国民に対し︑侵す. ことのできない永久の権利として信託された旨規定されている︒この規定の背景には︑欧米においての自由権獲得の. 激しい闘争の歴史的意味がおかれている︒しかもなおこの規定が一民族を超越した汎人類的な法則を前提として︑そ. の内容を規定する︒即ちその前提法則は︑自然法を予定するものに外ならない︒人々は自由権獲得の長い闘争の過程. を通じて︑自然法をあらゆる基本権保障の根本法則として自覚した︒いわば基本権︑殊にその自由権は︑ほとんど自. 然権の実定化の意味に外ならず︑自然権は自然法に直接的に依拠する前国家的な権利てある︒ ︵二︶ かくの如く一七・八世紀に︑基本権理論の背景として自然法原理は欧米において確立された︒一七七六年六月のヴ. ァージニア権利宣言︑同年七月のアメリカ独立宣言には︑その原理はそれに基づく基本権の確認を通して結実した︒. もとよりロックの自然法思想︑それに基づく社会契約論がアメリカの独立に際して主要な源流を成すものであるが︑ ︵三︶︵四︶. 又実際的に信教の自由を求めてアメリカ大陸に渡った℃凝ユB守9Rωが︑一六二〇年︑植民地を建設した際に契. 一一二. 約により.て社会を創設することを実行した︒まさにこの社会契約理念の現実的行使が︑後の各国の統治形態と諸宣言 基本権保障の本質と抵抗権の理論.

(8) 基本権保障の本質と抵抗権の理論. 乃至は基本法に与えた影響は誠に大きい︒しかし︑社会契約. ︵ωoo芭8旨β簿︶. 一二二. の理論も自然法理論の多義性に応. じて多様であるが︑凡そ︑その形態はホッブス︑・ック︑ルソーによってそれぞれ代表されうる︒その形態如何によ. っては︑またその根本規範たる自然法との関係において︑前実定的権利たる自然権も︑その実定化的権利たる基本権. も︑その保障の関係はかなり異ることとなる︒あるいは又︑根本規範たる自然法の急進主義的性格に淵源を持つ基本 権保障権︑即ち抵抗権の演繹的論理も異らざるを得なくなる︒ そこで︑それぞれの契約論の理論的検討に移ることとする︒ ︵五︶. 自然法学説は︑すでにギリシャ時代に存在した︒しかし近世における自然法学説は︑自然法のその時処を超越した. 普遍性と妥当性を有する本質を︑人間の本性に求める︒しかして自然法規範は︑国家以前の自然状態に於いて妥当し. うるものとし︑人々が自然状態から社会状態に入るに際して︑次の如き論理がとられる︒. 自然人が社会人に移行するに当って︑彼等は契約の形式をもって国家社会を結成する︒その際︑彼等が国家に入る. ことは︑国家権力を認め︑自らそれに服従する義務を負うことをも意味する︒しかしここで︑彼等の意志に基づかな. ︵六︶︵七︶. い国家権力を認めることは︑社会人の独立性を否認することとなる︒むしろ彼等のあえて求める自殺行為である︒市. 民社会への達成はとうてい及ばない︒かくて︑取るべき手段は契約による国家社会の形成を最善のものとする︒しか. して個人が契約によって社会状態乃至国家状態に入ると言うことにおいても︑個人の自然権は国家に対して全部譲渡. するか︑一部譲渡であるか︑あるいは国家に入ることによって自然権を失い︑それと引きかえに新たな市民権を附与 されると言う交換埋論をもってするか︑その立論は様々である︒.

(9) ホッブス︵↓ぎB器=o喜霧︶は自然状態を想定して︑万人に対する万人の闘争であると言った︒即ち︑彼は自然. 状態における人間を自由且奔放であるとし︑・ての本性を自己保存慾におくものである︒それ故︑やがて猜疑心等で満. され︑互に闘争状態に陥って行く︒あるいは自然状態では共通の権力による制限が存しないから万人の万人に対する. 闘争が展開される︒そこにおける人間は貧困︑卑狼且残虐で短命である︒また善悪の区別は存しないから腕力のみが. 支配し︑弱肉強食︑適者生存の原則のみが存する︒人々はこれらの恐怖に追われ︑それから逃れんと欲するに至る︒. それは一面では人々の感情︵℃器巴8︶から︑そして他面理性︵勾$ω9︶から起るものとする︒かくてかかる恐怖か. ら逃れんための感情は闘争から平和への芽ばえであり︑それを要求する理性は秩序保持への法的規範︑即ち自然法の. 発見へ向うのである︒ホッブスは︑自然法とは理性によって発見されたる戒律又は一般原則であるものとし︑この自. ︵九︶. 然法によって人々は全べて生命を殿損し︑あるいは生命の維持及びその手段を剥奪するが如き行為を禁ずるものであ るo. ところで自然法とは﹁心の中の法廷﹂では強制力を有するものであるが︑﹁心の外の法廷﹂では︑即ちその法の執. 行に於いては︑必ずしも強制を持ち得ないとする︒したがってそれは契約の違反︑闘争の防止に対する強制力がな. く︑平和と安全の保障に対する実効性がないものである︒ここで契約の実効性乃至平和確立には︑人々は共同の権力 ︵一〇︶. の保障を必要とする︒かくてこの社会契約に基づいて強大な人工的怪物リヴァイアサンいo<馨冨昌の構想が展開さ. れるのである︒このリヴァイアサンとは︑即ち各個人が創りあげた国家なのである︒人間は一面において自己保存慾. 一二三. を有する︒しかしまた一面では冷静な理性を有するものである︒そして人間は理性によって闘争を脱することが出来 基本権保障の本質と抵抗権の理論.

(10) 基本権保障 の 本 質 と 抵 抗 権 の 理 論. 一二四. るものである︒即ち人々は平和状態に移行せんがために自然状態において闘争の原因となった自由平等の自然権を放. 棄し︑これを全べて国家に移譲する︒しかしてこれに服従すべきことを契約する︒かくして成立せしめられた強大な ︵一一︶. る権力が国家︑即ちリヴァイァサンに外ならないのである︒かかる国家が︑例え個人の自由意思により成立したもの. であっても︑一度び成立した以上絶対的専制力を有するものとなる︒個人は少しでも自由なる権利を保持すれば︑直 ︵一二︶ ちに闘争が展開される︒従って︑強大なる国家権力の下においてのみ平和の秩序は維持されるものであるとする︒ホ. ッブスは︑自然状態において自然権は認める︒しかしそれは契約に際して全部譲渡したものであるから︑国家状態の ︵一四︶ 中においてはすでに自然権は存在するものではない︒二のホッブスの理論は︑絶対王政権力の理論的根拠となった︒. 従って︑彼の社会契約論は︑近代憲法における基本的人権の基礎とはならなかったし︑凡そ一切の権利を認めないも のであるから︑基本権保障権︑即ち抵抗権是認の論理も生じないと解されるのである︒. 次に︑・ック︵甘ぎい9ぎ︶も自然状態においては自由平等の自然権を有するものとする︒そして︑その性質を自己. が適当と考える通り行動し︑自己の財産を思うように処理しうることであるとする︒また人々の権利及び裁判権は相. 互的であり︑何人も他人より多くのものを持つことはない︒従って人々の間において服従あるいは従属関係を置くこ. とは許されず︑平等でなければならぬものとする︒かくて・ックの自由の意味は︑全べての規則を無視することでは. なくして︑理性に基づく自然法の範囲内におけるそれを意味する︒更に彼の自然権は第一に生命︑自由︑財産︵=拭. ロぴR9評$8︶を保持する権利と第二に自然法違反者を裁判し︑処罰する権利である︒そして人々が国家を結成. ずるのは︑その生命︑自由︑財産の安全維持を目的とする︒即ち人々の生命︑自由︑財産を確保するためには︑自然.

(11) 状態においては種々な要素を欠くものとする︒一に実定的に確立された法がないこと︑二に争いの生じた場合︑それを. 裁定する裁判官が居ないこと︒三に判決はもとよりありえないが︑それに代る仲裁人の裁定があったとしても︑その. 充分なる執行力はのぞめないこと︒かくして︑国家社会が形成されうるならば︑立法府が置かれ︑立法権︵一㊦ひQ巨蝕話. 宕≦R︶が設けられようし︑また裁判官も置かれ︑法律を適用して判決を下し︑その執行権︵①x①2馨①冒名R︶も存. するに至る︒そこで︑自然状態の下で奔放・自由な行為も︑国家社会の下では︑適切な制限を受けるものとなる︒その制 ︵一五︶ 限も合理的且必要限度に留まらねばならない︒その自然権のうち︑自然法違反者処罰権はこれを放棄するものである︒ ︵一六︶. 即ち︑国家に移譲されることとなる︒しかし︑生命︑自由︑財産に関する権利は︑個人に留保されるものである︒な ぜなら人々はこれらの保障を目的として国家社会を形成するからである︒. かくの如く︑・ックの契約論によれば︑自然権のその大部分は個人に留保され︑その留保に不適切な一部分は放棄. されて国家状態に入るとする︒言うまでもなく留保された自然権は︑国家社会の基本法の下では基本権として発現す コせレ る︒かくて︑基本権の侵害がなされた場合︑抵抗権が成立し︑その行使が可能となる︒ ︵一八V. しかしこの前国家的権利の性格に次の如ぎ重大な特徴をもつ︒即ち︑第一に合理主義に立脚すること︒第二に個人. ︵匡9震魯oヨ8げ窪︶の唱える抵抗権論に存し︑それは︑直接間. 主義的であること︒第三に急進主義的であること︒この第三の性格が︑近世自然法に重要な役割を果していると言わ れる︒この性格はすでに中世のモナルコマツヘン ︵一九︶. 接の影響によって近世自然法に融合した︒しかるにそれにもとづく抵抗権理論が︑このラディカリズムにその根源を. =一五. 有するものと考えうるわけである︒即ち︑生命︑自由︑財産を追求する諸基本権は︑自然権の実定化乃至国家保障的 基本権保障の本質と抵抗権の理論.

(12) 基本権保障の本質と抵抗権の理論. 一二六. 意味であり︑これらを最後的に保障する意味の抵抗権は︑自然法の急進的性格に基づく制度化非適格的自然権なので. ある︒従って前者の自然権は︑第一次的意味の自然権と云え︑後者は︑第二次的意味の自然権と言える︒かくて︑一. 次的意味の自然権︑即ち実定法秩序の下で保障する基本権が侵害されるに至った場合︑その救済のために二次的意味. ︑ ︑ ︑ ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︵二〇︶. の自然権︑即ち︑司法的救済を求める権利︑最後的には抵抗権の発動が可能となるわけである︒このことが︑抵抗権. をして︑基本権を保障するための基本権と云われるゆえんである︒ ︵二一︶ ルソー︵勾05紹窪︶においても︑自然状態における人々の自由平等の自然権を想定する︒自然状態における孤立的散. 在的個人は︑その本性を自己保存慾におくものであるが︑やがて狩猟生活から農耕生活に移るに従い人々の間には不. 平等関係が起る︒この不平等の第一段階は︑富を持っ者と富なき者との対立であり︑第二段階は︑富に留まらず他を. 介在する︒即ち力を背景とする強者と弱者の関係が起る︒第三段階では︑権力を背景とした主人と奴隷の関係が生ず. る︒この第三段階においては︑最強者の意思が︑即ち法律とされるに至り︑強者の弱者支配と云う不合理な新たな自然. 状態の登場となる︒かくて︑人々の社会生活に変革を必要とする︒即ら人々は個々の力を結合して︵総和︶︑その共. 同の力の全体で各人の身体財産を防護し︑各人は全体と結合しながらも︑なおかつ︑自分自身にのみ服従し︑自由で. あるべき結合形式を見出そうとする︒そこで社会状態に移るに際して︑その構成員は︑彼の全権利を共同体に移譲す ︵二二︶ るものとする︒従って︑人々は自己の自由︑身体︑財産の全べてを総意の最高指導の下に置こうとするものである︒. かくの如く人々は︑その全べてを共同体に譲渡するものであるが︑その代り共同体からは市民的自由︑市民的権利を. 受けることとなる︒そしてこれらの新たな自由には総意による制限が置かれる︒しかし︑もしも︑社会契約が破られ︑.

(13) 市民的自由が侵されれば︑すでに譲渡した自然的自由を回復することとなる︒ このルソーの交換説は︑ロックの理論. 基本権はその保障手段を通じて︑より確実に実効性を有するものとして保障されうる︒Pω魯ヨ一9蜀冨浮巴駐お魯8仁昌α. とともに︑近代憲法におけの抵抗権論の重要な理論的基礎となるのである︒ ︵一︶. 井上茂﹁司法権の理論﹂三七四頁以下O. 昌什一〇昌島R即①8げのくR賦の誓伊q堕ω●N窪. ︵二︶. 高木八尺﹁原典アメリカ史﹂第一巻︑=コ頁︒同﹁米国政治史﹂序説五二頁以下︒我妻栄﹁新憲法と基本的人権﹂一四. ぎω二9こo 昌 o = Φ O 畦. ︵三︶. 頁以下参照QR・零℃o§P↓ぎU①︿色o℃B①舜900房二9江8巴O奉量箕8ω9ぼげo旨零戸3︷■ニュープリマス植民. 地を建設する際に︑上陸に先だって︑船上に於いて次の如き植民契約を締結したものであった︒日く﹁⁝⁝ここに本証書に. より厳粛かつ相互に契約して︑神と各自相互の前で︑契約により結合して政治団体を作り︑もって︑われらの共同の秩序と. 一六三八年一月のポ. アメリカの法の形成期には︑ロックのほかにグ・チュース︑モンテスキュi︑プーフェンドルフ等の自然法乃至自然権の. ーツマスの宣言︑更に一六三九年一月コネティカット基本法において見られる︒. 安全とを保ち進み︑かつ上にかかげた目的の遂行をはかろうとする:⁝己︒これと同様の誓約の例は︑. ︵四︶. 理論が大いなる影響を与えたものであるが︑その導入に関し︑法律家達の保持した四命題をパウンドは指摘するoO理性に. よって証明できる自然権が存在しているQそれは永久且絶対的である︒そして︑あらゆる時処において有効に存在しうる︒. 二一七. はこれらの自然権を人々に保障するためにのみ存在する︒四実定法︑即ち裁判所において適用され強要される法は︑国家が. ⇔自然法は︑すべてのこれらの自然権を完全に保障する理性によって確かめられることができる一群の規則である︒㊧国家. その機能を果すための手段であり︑自然法の拘束を受けるo戸℃呂ロ98︒9fやお1謹・. 基本権保障の本質と抵抗権の理論.

(14) ︵五︶. 基本権保障の本質と抵抗権の理論. 一二八. 市村今朝蔵教授は束縛のない自由と完全な自己表現をすることのできる個人の権利を尊重する古代ギリシャのソフィスト. は︑一種の契約説を唱えていたこと︑そして︑それが自然法論に立脚するものであることを説明される︒市村今朝蔵﹁政治. 概論﹂一八一頁︒プラトンの国家起源論は︑その℃○澤o壁において展開されるが︑そこには人間がその生活の必要のため. に互に相寄り︑秩序と調和を図り︑国家が発生することとなると論ぜられるQまた20目9においても同様のことが論ぜら. 山中康雄﹁法と国家﹂︵法律学体系︶六四頁・. o9 ぎαΦ負一3一・戸o. ︵六︶. かような理論をとる近代的意味における自然法学説︑社会契約説の出現は︑ヨーロッパ大陸にあっては中世から近世に移. れ︑契約論の原始形態が見出されるo国ω貰ぎび国器昌のo昌Oo話旨ヨΦ葺. ︵七︶. る社会的事情を背景とするのである︒その第一の理由は︑個人が神の権威から解放せられたことに求められる︒中世のキリ. スト教万能時代には︑人間は無価値で神の意思のみが永久不変であったが︑近世に至って︑その神中心の思想は人問中心の. それに代る︒つとに君主神権説は権力の所在を神から人間たる君主に引き下げ︑社会契約説は更にかかる権威を社会を構成. する個人にまで引き下げたものである︒近世自然法学説の先駆者たるグロチュウスは︑自然法が神の権威から独立し︑人間. の理性に基づき︑普遍妥当的且︑合理的なることを強調し︑この法が神をもってしても︑変更され得ないことを明らかにす. る︒グ・チュウス﹁戦争と平和の法﹂︵一又正雄訳︶第一巻︑第一章︑第一〇節参照︒第二の理由は近代統一国家の成立で. あった︒封建諸侯と独立都市の多元的な対立の中にあって︑封建諸侯の有力者が君主となり︑各地に近代統一国家を建設し. たものである︒これは国家の政治権力が神の権威から解放されつつあったことを示し︑国内におけるあらゆる中間的権力は. ︵八︶. かくて︑闘争状態を去って平和状態に入る揚合には︑次の如き自然法原則が生ずるものである︒まず各個人は平和を欲する. ↓﹃o目霧=o窪①即■①︿富島蝉昌︵℃印昌o昌①y魯昌8﹃一〇〇︒. 解消して国家と個人とは直接に相対するものとなったQ. ︵九︶.

(15) 限り︑これに向って努力しなければならぬ︒各人はその義務を負うものである︒第二に平和及び自己防衛のため必要と認め. る限り︑個人相互におけるカは︑他へもこれを放棄するならは︑自分も放棄しなければならない︒そして他人が自分に対し. て持つことを認めるよう自由権を︑他人に対して自分も持つことで満足すべきであるとする︒第三に︑人々は自分が結んだ. Oo語葛暮︵聖約︶は︑それを履行しなくてはならないとする︒しかして︑かかる自然法がなければOo<Φ墨暮は効力がな. oマo讐O冨や旨●. ラスキーは︑ホッブスの社会契約説によれば国家権力は無制限であり︑将来取消されることのないものであるQ即ち︑. ↓.=oσげ8やoP息梓︒oび四℃.に占9. いこととなり︑それ故自然法は︑正義の源泉であるとする︒9一日︑.類○喜①ω ︵一〇︶. ︵一一︶. ここにおいては︾墨零ξを恐れ︑それから逃れるために専制君主をおくこととなった・.一説明する︒舅トい塁貫馨ぎ・ 賃o山8菖o昌8℃o一凶謡8一一〇U♪マ⑲O︒. ︵二一︶ り国9冨即ピ①≦簿訂昌︵冨辞o冨︶oξ導震鵠. ︵一三︶ 例えば王権神授説が封建的なものの側から王政権力を合理化するものとすれば︑ホッブスの社会契約説は市民的側面か. ら右権力を合理化する結果となったと考えうる︒. o﹃聾PPωoρ一ωO●. ︵一四︶ 近代的観念をもって解すればまさしく︑市民社会人︑即ち︑個人の自殺的社会契約論を代表するもののようにも考えら れるQ山中 康 雄 ﹁ 法 と 国 家 ﹂ 六 四 頁 参 照 ︒ ︵一五︶ 甘び昌一〇〇犀Φ︸↓毛o↓話彗お80昌Oo︿o旨ヨΦ馨. 一二九. ︵一六︶ 旨いo島ρ8.息foゴも Pω8﹂認1おド中島︑服部︑山田﹁憲法学﹂︵新法学選書︶四九頁−五一頁︑更にそこで中. 島義治教授は︑い8ざの立法府に対し︑絶対的必要とする四条件を紹介される︒ ︵一七︶ 山中康雄﹁法と国家﹂六八頁o市村今朝蔵﹁政治概論﹂一八五頁参照︒. 基本権保障の本質と抵抗権の理論.

(16) 8くo一●一●. 一三〇. O似暮お<812緯ξ巴い曽苺︵久保正幡訳︶﹁自然法﹂七一頁Q合理性の意義については︑Oい匡◎○畏80ぎF. 基本権保障の本質と抵抗権の理論 >︒ ℃. ダントレーブ︑前掲書・八六頁以下︒私見によれば︑前記の自然法違反者処罰権も︑自然法のこの急進性にその根拠を. 男象一〇⇒巴凶のヨ言℃o謡菖oω置︑︑些①O曽ヨげユα瞬①旨o仁﹃昌巴..■一〇. ︵一八︶. ︵一九︶. 置くものであると考える︒しかし︑この第二次的自然権は︑本質的には実定化乃至制度化不可能的性格を有すると考えられ. ︵二〇︶. ルノーは︑﹁人間不平等起原論﹂で︑自然状態における人間の﹁本性﹂を分折している︒本田喜代治訳︑﹁人間不平等起. 宮沢俊義﹁憲法﹂H︵法律学全集︶二二五頁︒. る︒しかし実定法内での宣言化は可能であり︑それについては後章で述べる︒. ︵二一︶. 原論﹂第一部︑四六頁以下参照︒ ︵二二︶ 山中康雄﹁法と国家﹂六九頁以下︒. 三 抵抗権理論の淵由とその史的概観 ︵一︶. 中世の抵抗権は序論で述べた如く︑キリスト教法思想︑ゲルマン法思想に根ざすものである.︑ゲルマン法思想の根. 本にあるものは︑支配者と被支配者との間には相互忠誠関係︵O畠窪ω魯蒔霧︑一︑お奉奉浮巴ヨ芭が存するものとし︑. 〃︑こに抵抗権の根拠を見出しうるとされる︒即ち︑既存の法を支配者は︑被支配者の不同意の下に変更することは許. ざ︑れなかった︒そして彼等の法律へ慣習法︶上認められた権利を不当に侵害することも認められるものではなかっ. た︑もし支配者グての義務を怠り︑法を破るときには︐被支配者の忠誠服従義務は消減するものであり︑更に抵抗権の. 生するところとなった︒しかし︑そこにはそれに関する形式かつ具体的な行使の方法までもが存在したわけではなか.

(17) ︵二︶. った︒支配者の法違反の認定も各個人の良心にまかせられていたのであり︑またそれは各個人のとるべき最終的な緊. 急権とも考えられていたのである︒キリスト教法思想においても︑その初期には消極的意昧の抵抗権のみを認めると. ころであったが︑後に至って積極的な抵抗権及び抵抗義務を是認するに至るわけである︒即ち︑支配者が︑神に対し ︵三︶. て不正を犯した時は︑キリスト教徒は︑この支配者を処罰し︑排除することができ︑また芳︑うしなければならぬとす. る思想が確立するのである︒この思想は︑広く欧洲全城に及ぶに至った︒そこで国家権力に対する教会の権力が成長. するに従い︑国王は・−ーマ法王乃至僧正を通じて権力を得た屯のであり︑︾︑の権力は︑法王・僧正に還さるべきもの. ︵oo感鼠8欝暮︶への移行が行わ. であると云う如き論理が生ずるに至った︒その論理は︑ドイツ︑でタリアの皇帝と法王︵区巴ωR¢且冨℃誓︶︑イギ ︵四︶ リス︑フランスの国王と僧正︵国α三㎎盲α霞ω99窪︶と一一一一・った実際的両者間の抗争において展開された︒これが ︵五︶ 国民の抵抗権の理論として︑やがて暴君殺害理論︵↓胃餌呂窪目o巳ω一Φぼ①︶の基礎として認められるのである︒ 中世後期に至って等族の勢力の増強により封建国家︵冨ぎω欝碧︶から等族国家. れるのである︒等族国家に於いては︑その権力は領主と等族間に二分される二元主義が成立することとなる︒従っ. て︑国内には単一最高権力はなく︑領主も等族︵ω鼠巳o︶も︑それぞれ独立した固有権をもつのであり︑立法︑行 ︵六︶ 政︑司法の全べての領域に亘って︑両者均衡と抑制の関係に於いて︑その役割を果すものである︒しかし︑等族の主. ︵七︶. ︵八︶. ︵九︶. 任務が︑領主の支配権の濫用の防止にあり︑そのことは︑領主と等族との権利保全︑あるいは秩序維持と言う如き共 ︵一〇︶. ︵一一︶. 通目標をもち︑契約によって成り立ったものである︒これがヨー・ヅパ各地域︑即ちU①暮鴇匡きρ勺o一〇Pω9≦80P. 二二一. Oぎ①ヨ帥詩などの等族国家において︑等族の領主に対する抵抗権として実定法上認められるのである.︑も・.︺・ ウ︑. 基本権保障の本質と抵抗権の理論.

(18) 基本権保障の本質と抵抗権の理論. 二二二. この抵抗権が等族によって代表する人民全体の法律上︑政治上の利益の保護のために存したことは確かであるが︑等. ︵一二︶. 族の権利︵知①6洋亀R禦98︶と人民のそれ︵菊Φo算号ω<o涛窃︶とでは︑かなりの違いがあったことも事実であ. ︵=Φ畦鴇冨富く震q濃︶. は︑社会契約の↓内容であるが︑人々が国家社会を形成するに当って自からの譲渡可. る︒そして抵抗権の実際上の行使は等族にのみ存するところであった︒ ︵二5 この等族国家において︑抵抗権の認められた思想的根拠は︑中世の自然法に基ずく支配契約にあるとされる︒支配 契約. ︵一四︶. 能性を有する自然権を譲渡する︒その際︑国家は︑国民の福利のために︑秩序維持を図るべく支配権を獲得するもの. とする︒但し︑支配者の支配権濫用が為された際は︑支配者の更迭も可能とする国民の不可譲渡性の自然権が留保さ. れるわけである︒このような理論に立って︑支配者の支配権力は︑支配者と国民との締結による契約にもとづくもの. であり︑支配者がこの契約にそむくときは︑国民は服従義務がなく︑その代表者たるべく等族を通じて︑支配者に抵 抗を為すとするものであった︒. 近世初期に至って︑ヨーβヅパ思想界に重大なる変動が起ったのである︒批判主義と人間的自覚︑そして人道主義. を標榜するルネッサンス︑そしてカトリヅク教会の権威に正面から対決し︑教皇の絶対的支配から脱却せんとして蜂. 起された宗教改革等︑激しい動揺と発展への契機を見るのである︒この時期において︑絶対的君主に著作を通じて反 ︵一五︶. 抗を為し︑また反抗の教義を弁護した一連の思想家があった︒これを反君主専制主義者︵匡9貰魯oヨ碧げ窪︶と呼ぶ. 冨凝δ乱ωoぼ一ω江き器︶を著し︑そこにおいて抵. ことができよう︒その代表的人物はアルトジュウス≧9諾賞ωであった︒しかし︑その発端を為したのは︑カルヴ ︵一六︶. イン︵O巴く営︶なのであった︒彼はキリスト教綱要︵O拐葺舞δ.

(19) ︵一七︶. 抗権問題を検討している︒. アルトジウスに至って︑反君主専制主義者の理論は︑最盛となるが︑彼は社会契約論から抵抗権を唱える者であ. る︒むしろ︑それまでの君主と国民の支配契約なるものの論理と並行して︑各個人が契約により国家を創設し︑その ︵一八︶ 契約の論理から抵抗権を理論づけるものである︒だが︑反君主専制主義者の抵抗権理論が︑ヴォルツェンドルフの指 ︵一九︶ 摘によると︑ほとんど等族国家の実定法︵℃oω識<8閑9辟︶に依拠するもので︑自然法に依るものでないとする︒こ. れに対しては︑反君主専制主義者の抵抗権論は︑等族国家の実定法を強く顧慮するものではあるが︑しかし︑自然法. 規範の融合は否定できない︑支配契約と言う自然法の基礎原理が︑反君主専制主義者の抵抗権の理論的根拠であり︑ ︵二〇︶. この自然法の基礎原理と等族国家の実定法とが結合して︑反君主専制主義者の理論となったものであるとするハイラ. ントの反対論が存する︒・てして︑等族国家の実定法のみでなく︑自然法の立場からも︑抵抗権の根拠を求め︑その権 利保護の性格を求めるとするのである︒. ルター︵■=9R︶は︑抵抗権論にはあまり貢献はなかった︒トレルチ︵日8Φ冨9︶の指摘によれば︑彼はもとより. 自然法に保守的であり︑その根本思想も実定法秩序を重んじ功利主義的な合目的性を強調したものであった︒従っ. て︑支配権力に抵抗することは自然法則的な秩序概念の否定となり︑あらゆる社会の基礎を破壊することとなるとし ︵二一︶. た︒しかし︑彼は全く抵抗権を否認したか否かは疑問である︒ノルウェーのベルクラーフ ︵望お讐碧︶は︑ドイツ. 軍占領下にあってルターに依拠しつつ抵抗権を説いたと云う︒しかし積極的な抵抗権の是認は見られなかった︒が︑. 一三三. その後︑農民戦争において︑民衆の激しい抵抗運動を経験し︑動揺するに至り︑実定法上の等族の抵抗権を認めるに 基本権保障の本質と抵抗権の理論.

(20) 基本権保障の本質と抵抗権の理論. 二二四. ︵二二︶ 至った︒しかし︑それも実定法にのみ依拠し︑神学的基礎にそれを求めるものではなかったようである︒. 一七世紀に至って︑ヨー・ッパ各国の王権は著るしく伸張し︑中央集権と専制政治が完成するに至る︒従来の君主. と等族に分割され︑二元的であった権力は︑統合され︑不可分の国家権力として君主の手中に置かれる︒即ち等族国 ︵二三︶ 家から絶対制国家への移行である︒従って︑実定法に根拠を置く等族の抵抗権の思想も消滅の方向に向うのである︒. しかしその法理念が消減するものではない︒ここにおいて抵抗権はむしろ本質的に実定法に依拠するものから︑自 然法に根拠を置くものと変って来たものである︒. イギリスにおいては︑チュードル朝の絶対主義の時代に至って︑マグナ・カルタヘの感心が減少した︒しかし︑ス. チュアート朝初期において︑エドワード︑コークが絶対主義に対抗して︑マグナ・カルタに近代的な解釈を与えてか. ら︑その息吹きが認められる︒更に権利請願︑人身保護法︑権利章典等が基本権保全の役割を果すものとして︑国王. に対する議会の抵抗︑即ち議会の背景に位する国民の抵抗の結果としてとらえうるのである︒他面フランスやドイツ. と異って︑そのことはなお国王と議会と云う二元主義の存続を認める︒確かに﹃七世紀は︑イギリス憲政史上誠に重 ︵二四︶. 大な時期であった︒一六〇三年︑エリザベス女王の死後︑スコットランドのスチュアート家出身のジェームス一世が. 即位する︒彼は王権の権威を主張するに急であり︑当時フランスにおいておこりつつあった絶対王政とその理論︑王. 権神授説に共鳴した︒この理論によって王権は神に由来する絶対的なもので︑神にのみ責任をもつと云う立場から議. 会や︑普通法の憲法上の地位は原則的に否定された︒この国王の態度は︑議会と普通法の共同戦線を成立せしめた︒. 即ち普通法の立場はコークによって︑下院はハンプデン︑エリナット︑ピム等の議員によって指導された︒国王側は.

(21) 当時のヨー占ッパ的傾向の絶対王政を主張するのに対して︑彼等は中世的伝統に依荏して議会と普通法の優超性を主. 張した︑この背景には︑中産階級の発達と下院の成長と云う歴史的発展があo︑下院は︑マグナ・カルタの古い伝統. を全く新しい意味に解釈し︑その立場を主張した︒ここでマグナ・ヵルタは︑封建的文書から︑新しいイギリス人昆 ︵二五︶ の権利を保障する確認書の基礎と考えられるに至った︒. その後︑チャールズ一世が王位を継承し︑彼においても王権神授を主張し議会と対立する︒関税制︑納税徴収制等. に於いて暴政をふるい︑納税を拒否する場合には︑兵役を強制し︑その家屋は︑王の軍隊の宿泊所として没収し︑か. かる行為を不当とした判事は免職した︒これらの暴政に対して︑下院は︑コ!クの指揮の下に権利請願を提出し︑国. 王は敗政困難に直面して︑これを認めざる得なくなった︒即ち議会の承認しない課税︑法によらない禁固︑軍人の私. 人家屋舎営︑平時の人民に対する軍事裁判等の禁止を承認した︒そして︑人身保護法︑権利章典等も同様な経緯をた ︵二六︶ どり︑そこで保障された諸権利が︑イギリス人古来の歴史的権利であることが主張され︑確認されることとなった︒. ﹁王は法の上にある﹂と言う観念と﹁王は法の. 今︑ここに英国法の基本原理とされる法の支配︵叉は法の優位︶勾三①9憲名︵雲ω后おヨきm身9富名︶につ いても︑その淵源をマグナ・カルタに求めうるのである︒英国では︑ ︵二七︶︵二八︶. 下にある﹂とする観念の︑この相矛盾する両者の闘争と妥協の歴史であり︑これが︑そのまま︑人権保障確立の歴史. 過程であった︒﹁法の支配﹂は︑﹁人の支配﹂︑﹁力の支配﹂を否定した法理念であり︑この歴史的闘争過程を通じて生 まれた英国法の中枢原理である︒. 一三五. かくして憲法が︑脅威をうけたる危機に際して︑国民は︑法の優位のうちに論理的に包含せられたる極限の権利− 基本権保障の本質と抵抗権の理論.

(22) 基本権保障の本質と抵抗権の理論 ︵二九︶︵三〇︶. 二一一六. ・ヅクの抵抗権理論であった︒人は自然状態では︑自. 1抵抗権の発動ーにもとずいて行動することを要求されたものであり︑英国法の伝統的性格を付与された法理念で ある︒. イギリス革命︑殊に名誉革命に理論的根拠を与えたのは︑. 由︑平等︑独立で︑その同意なくて︑他人の政治権力に服することはない︒しかし︑安全な平和生活の維持のために. 契約によって社会をっくり︑政府をつくる︒政府は︑自然法に従りて行動する限りにおいて︑その政治権力を信託さ. れる︒もし︑政府が人民の自然権を不当に侵するときは︑人民はその政府を覆えし︑新しい政府を設ける権利と責任 とがある︒. ︵三一︶. ・ヅクの思想は︑イギリスのみでなく︑アメリカ独立宣言︑諸洲の権利章典︑フランス人権宣言に重要な影響を及. ぼしたものである︒一七七六年のアメリカ独立宣言︑ヴァジニア権利章典を始めアメリカ諸洲の権利章典は︑彼の思. 想の影響の下に天賦不可譲の人権を宣言し︑抵抗権にっいて宣言規定を設けた︒しかし︑ここでは信教の自由を求め ︵三二︶ て︑新大陸にわたって来たピューリタンの実際行動の役割を留意しておかなければならない︒. フランスでは︑抵抗権は︑中世に於いて実定法上の制度として認められたが︑一七八九年の革命によって︑新たな展. 開を示すに至った︒即ち抵抗権は︑自然法上の不可譲の基本権として︑アメリカ独立宣言や諸洲の憲法と同一の系譜. に属するものであった︒一七八九年の﹁人および市民の権利宣言﹂では︑﹁あらゆる政治的団結の目的は︑人の消滅. することのない自然権を保全することである.︑これらの権利は︑自由・所有権・安全および圧制への抵抗である﹂. ︵第二条︶と宣言する︒山嶽党権利宣言では︑﹁圧制に対する抵抗は︑それ以外の人権の帰結である﹂︵第三三条︶と.

(23) ︵三三︶. 宣言した︒しかし︑山嶽党権利宣言の前に︑コンドルセの起草にかかるジ・ンド憲法草案がある︒・てこでも︑抵抗権 の規定が見られる︒ ︵三四︶. コンドルセ︵OO包o零9︶は︑抵抗の法的方法︑即ち︑抵抗権の行使の方法が立法されるべきであるとする原則の. 定立を試みたのである︒かくて︑草案に於いて︑抵抗権の発動をもたらすべき圧制の構成要件をも試みている︒. ドイッにおいては︑一七世紀甲葉︑絶対制国家に移行して︑抵抗権の実定法上の規定は消滅したが︑なお自然法思. 想が抵抗権を支えて来た︒しかし︑一九世紀に至って︑この自然法上の支持が漸次崩壊に向った︒即ち︑それまでの ︵三五︶ 実定法と自然法の二元主義が︑カント︑フィヒテ等の抵抗権理論の影響のもとに排除されていったからである︒. ところで︑ドイッに於いては︑一八四八年の革命後︑抵抗権思想は消滅した観を呈したが︑その他の諸国︵イギリ. ス︑アメリカ︑フランス等︶では︑憲法上存続し︑市民の意識の中に活き続けて来た︒このドイッと欧米諸国との重 大な差異は︑次 の 理 由 に 求 め う る と 考 え ら れ る ︒. 抵抗権をめぐって︑相対立する利益が考えうる︒一面には︑個人の基本権に対する法的保護の利益であり︑抵抗権. によって保護される利益である︒今一面には︑国家における秩序の利益︵国家権力の法的安定性の利益︶である︒こ. の相対立する利益に︑いずれを優位に置くかによって︑即ち︑欧米諸国に於いては︑基本権の不可侵の領域を認め︑. 二二七. キリスト教法思想の詳細については︑蜀↓8色霧oFじεωo巴p箒ξ聲α角9ユ毘げ三一Bヨ8ぎ⇒犀崇一〇星一も窪﹂08︒. 国家権力と云えど︑これを侵しうるものでな!︑︑もし侵したる場合︑抵抗権の発動を認める︒これに対し︑ドイッで ︵三六︶ は︑国家秩序の利益を優先せしめ抵抗権を否認する傾向にあったからである︒ ︵一︶. 基本権保 障 の 本 質 と 抵 抗 権 の 理 論.

(24) 基本権保 障 の 本 質 と 抵 抗 権 の 理 論. P=2一鋤&. N<o=・一〇8︒>. ︵二︶. ρ国①二き拝鉾鉾O●一ω︒一〇角●. ︵久保正幡訳︶第二章四五頁以下参照o. ↓益拐一︒ξρ≦岩戸↓訂ωo息巴け89ぎ頒oh島09﹃圃ω蕊き9賃90ω. ︵三︶. 界譲o一Ngαo﹃ヌω貫暮段8耳仁昌αZ②ε畦8げ. ψ①率. ︵四︶. 溶≦o一N8αo無︾. U器≦箆Rω3ロα霞Φo鐸号の<o涛oの. ︵五︶. 橋本公亘︑﹁抵抗権論﹂e法学新報第六十五巻第二号︑一〇二頁︒参照︒. ψS. ︵六︶. 民■≦o一No昌αo﹃ヌω霞簿の話o算仁昌αZ讐仁畦8鐸9ψ器. 9聾●Oこψoo・. ︵七︶. 帥●㊤.○㌔ω.N9. 匿●. ︵八︶. 界妻o一NgOoま 鉾鉾O ω︒謡︒. ℃. ︵九︶ 民・妻O一NO昌αO﹃議. 一三八. 型U仏馨お<①ωZ節g﹃巴い餌≦. 一︶<oq一︑客≦o幕区o良﹄・鉾ρ:諭戸U霧≦こ震の富且巽①o耳α震痘民の感昌畠oぎ宕畏貯8勾8算︑︑ω●鴇箪. ︵一〇︶ 民・≦o一N象α○議︑曽●鉾04ω.8● ︵一. 橋本公亘﹁抵抗権論﹂O法学新報第六十五巻第二号︑一〇三頁︒. ︵一. ︵一三︶. この極端なる場合が︑アンゲルマイヤー︑ボルツエンドルフ︑そしてメスナー等に見られる暴君殺害理論の理論的論拠. 二︶ 民●ミo一Noロαo漆℃鉾寧O●︸ψ譲−認●. ︵一四︶. 久保正幡教授は︑ダントレーブのZ四ε鍔一い餌≦から﹁反君主専政主義者﹂と訳出され︑橋本教授は≦o一器昌αo誌の. となるのであろうo ︵一五︶. 前掲書ω鼠讐巽9算β昌畠Z釦ε賃9算から﹁モナルコマッヘン﹂とされる︒又堀豊彦教授は︑その論文中において﹁暴君放.

(25) 伐論者﹂とされる︵国家法学会雑誌第七〇巻第九号︑六二七頁参照︶︒. ︵一六︶ ざ﹃昌︵巴くぼ︵嶺81翫8︶は︑ッワィングリと兵にスイスの宗教改革者である.︑ツワィングリの死後︑彼ガ改革ル︑断.π. したo彼はフランス人であるが︑学生時代ルターの影響を受けて新教徒となり︑迫害を受けるに及んでスイスのバービルに 移ったQ﹁キリスト教綱領﹂はここにおいて執筆されたものである︒. 囚・≦o一8昌αo﹃Bω富讐段9算仁昌α2象仁旨8算こ㍉戸U8≦箆①富3昌α巴Φぼ①αR﹈≦o昌貰魯oヨ8げ①昌︑︑ψ3してこにお. いては︑誰も︑国家権力に抵抗する権利をもつものではない︒が︑もしも君主の恣意を制限するために︑国民の機関が設げられ. ︵一七︶. ているときは︑君主の違法に対抗するものとは︑その機関の為しうるところだし︑また為さねばならぬところ鴫︑あるとする︒. 卑. 国自ヨ勺8一岳く①昌菊g耳..ψ誌oo. ご一一↓①岸戸Uげ白剛蒔仁づ範山段一〇げおα窃︾一些霧ごω.︑ψ旨. 零≦o一認昌α震界勲鉾ρこ篇<︒U器<o旨笹3δ自震ヨo昌貰070ヨ8ど総げoづい①﹃8. o・鉾○ ︵一八︶ 国︒譲o一器昌α9Fg ︵一九︶. ヂまた︑ダントレーブは一群の反君主専政主義者にはカトリック著作家とプ・テスタント著作家が含まれ︑後者は自然法. よりも実定法に抵抗権の根拠を求める傾向であったが︑前者は﹁自然法﹂的な立論に顕著であったと述べる︒久保正幡訳ダ. ︵二〇︶. 鍔ωa9.O酵蒔ぎ片仁且≦置R馨きユ﹂3倉ψ嵩S. 橋本公亘﹁抵抗権論﹂O法学新報第六十五巻︑第二号︑一〇六頁︒. ントレーブ﹁自然法﹂八六頁o. ︵二一︶. ︵二二︶ 野田良之﹁ルタ!における抵抗権の問題﹂法哲学年報︵一九五九年︶︑五二頁以下参照︒阪本仁作﹁ルヅター政治思想. 研究序論﹂法と政治︑第一一巻︑第二号︑二六〇頁以下参照. ︵二三︶ 殊にドイッにおいて一八四八年の革命の失敗を契機に消滅した観を呈したが︑これには︑カントの抵抗権否認論の影響. 二二九. があった︒カントは一国において最高の権力に抵抗する︑より高い権力を認めることは背理であるとする形式論に立ち︑政. 基本権保障の本質と抵抗権の理論.

(26) 基本権保障の本質と抵抗権の理論. ︵二五︶. ︵二四︶. 松本平治︑前掲書︑四六頁以下参照︒. 松本平治﹁イギリス憲政史﹂アテネ文庫︑三九頁︒. O一θ譲●蜜巴讐ご勝9↓げΦOo昌⑦賦ε慧oロ巴=δ8貸9閏昌屯僧づ9一濾鉾㌻ミωh. 一四〇. ≦と∪8津︾αヨぎ冨霞跨一ご八幡大. 府の行為は︑最高権のなすところであるから内容の如何を問わず服従すべしとする国家絶対主義を採った︒結城光太郎﹁憲. ︵二六︶. ﹁法の支配﹂の原理については︑瀬戸山登一教授の詳細な研究がある︒﹁知三〇9い. 法尊重擁護の義務と国民の抵抗権﹂ジュリスト別冊︑一九六二年十一月号参照︒. ︵二七︶. 学論集第七巻二号︒﹁法支配の原則の危機とその批判﹂同︑第八巻二号︒﹁園三①亀一即毛に関するウェードの見解﹂同第一 〇巻二号参照︒. マサチューセッツ憲法. 譲に関するウェードの見解﹂同巻︑同号︑六一頁︒. ︾〜U凶8ざ冒q&8ユ88旨¢ω9身9島①ぴ帥毛9些①Oo拐諏9ユo野マ600跡瀬戸山登一教授はU一8属の指. 9ω︒︾α帥ヨ900昌の二ε二〇p巴頃房8螢9団ロ磯冨pFPおOh●. 摘する﹁法支配﹂の原理の特質を紹介するQ前掲﹁閃三〇亀い. ︵二八︶. ︵二九︶. 且昏︒ωε﹃①ヨ8﹃o︷冨多やo︒㎝い. 例えば︑メリーランド憲法第四条︑ペンシルヴェニア憲法第五条︒ヴァーモント憲法第六条︑. ︵三〇︶R一︒9︒匠霧8●>α邑ロ一弩m牙①冒畏8. ︵三一︶. ロックの抵抗権理論とアメリカ独立宣言の抵抗権観念の現実的意義の差異を鵜飼信成教授は指摘される︒﹁独立宣言以. 第七条︑ニュー・ハンプシャア憲法等である︒. ︵三二︶. 前﹂世界︑一九四九年十二月号︑﹁憲法と裁判官﹂岩波新書︑一六九頁以下参照︒ここで﹁コックの抵抗権はすこぶる制限さ. れたものであったが︑アメリカ独立宣言の立場は︑ロヅク的立憲王政に立っていたイギリスの立揚を>ご︒ao言ぢ号愚9ぼヨ. と断定し︑そのような政府を棄て新しい保障機関を備えることが自らの権利であり義務であると宣言した﹂と言われる︒確.

(27) かにピューリタンの思想と行動とはロヅクの君主政︵イグリス型︶の安ウ︑幅性の信頼の下に説かれた一てれとは︑かなり差異の. あることを否定することはできない︒ ︵三三︶ 高木・末延・宮沢編﹁人権宣言集﹂一四一頁り下参暉C. 橋本公亘﹁抵抗権論﹂法学新報︑第六五巻第二号一二〇頁︒. ︵三四︶ 国●≦o一N窪αo噌拝ω㌶讐巽8窪=昌ユZ餌9震零冥・ψ$OR. ︵三五︶ 橋本公亘︑前掲︑一二三頁︒. 抵抗権の本質及び最終的基本権としての性格. ︵三六︶. 四. ︵一︶ ﹁国家権力の不法な行使に対して︑実力をもって抵抗する自然法上の権利である﹂. 抵抗権の本質が如何なるものであるか︑また︑それが如何なる性格を有するかと言うことについては︑種々の見解 が存する︒. 橋本教授は︑抵抗権について︑. とされる︒そして結城教授は︑ ﹁抵抗権を究極において基礎ずけうるのは︑実定法を超えた自然法領域において確信 ︵二︶. ﹁抵抗権が︑国家権力に対決し︑実定法的に権力の不当違憲の行使に抵抗し且つ反対. されている一定の価値原理なのである︒しかして︑人類普遍の人権︵自然権︶こそ︑この原理に外ならない﹂とされ. ている︒. これに対して︑田畑教授は︑. 一四一. する権利であり︑レジスタンスの権利であることは言うまでもない﹂︑﹁抵抗の権利と義務は︑法上設定されたもので 基本権保障の本質と抵抗権の理論.

(28) 基本権保障の本質と抵抗権の理論. ヤ. 一四二. ヤ. ヤ. も. あるから︑﹃当然にいわゆる非合法的な抵抗権﹄︵宮沢説︶ではない︒従って︑暴君殺し叛乱は抵抗の権利義務の中に. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︵三︶. は入らない︒それは権利を越えた自然法上の事実たる抵抗にすぎない﹂︑﹁つまり︑自然法上の︵抵抗︶が制度化さ. れ︑組識化されて始めて抵抗権に仕上げられることになる﹂とされる︒更に≦o一器区o良においても﹁抵抗権は︑. 権利保護の方法以外の何ものでもあり得ない︒しかし︑権利保護は︑近代国家により独占されている︒即ち︑国家が. 自ら権利保護を行わないときは︑国家はこれを授権する︒国家はこの授権によ︵てのみ︑自救権を認める﹂︑﹁従って. 近代国家においては︑一切の法は︑国家の制定した法かまたは国家の認めた法である︒しかして国家自身が︑国家に ︵四︶. 敵対する権利を認めると云うことは︑決して考えられないところである︵浮9富ω冨鉾のもとでは︑もはや抵抗権の 理論は必要がなくなる︶﹂とされる︒. 右の諸説は︑厳密に云えば︑それぞれ違いをもつが︑前の二説と後の二説は︑根本的には共に類似性を有する︒即. ち︑前者は︑抵抗権は自然法上の権利であると言う立場に立ち︑後者は︑それを認めず︑近代法治国家のもとでは︑. すでに基本権として実定化乃至制度化されるに至り︑実定法にもとずかない権利はあり得ないとされる︒. ︵五︶. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. 従来︑欧米に現われた諸宣言︑諸憲法の抵抗権規定の特色は︑抵抗権が︑一般の基本権が侵害された場合に対する. 救済手段として考えられているのである︒そして︑それが︑それ自体として制度的に組識づけられていないと言うこ. とである.︑そしてこの事実を理論的側面から明確に説明するかの如き学説が存する︒即ち︑○巽あ9昌菖は︑﹁市民. 男法治畷家二おげる基本権とい6のは︑超国家的権利として効力があるのであり︑国家が法律によって与えたもので. はない..才︑して国家は︑そ︑の保護に牽仕する竜のであり︑二こに始めて︑国家の存在理由があるのである︒各人の抵.

(29) 抗権は︑もっとも極端な保護手段であって︑それは不.円譲の権利であり︑本質的に純粋基本権である︒抵抗権は︑そ. の本質上制度化できない権利である︒何故なら︑実定法中に制度化すると言うことは︑個人の抵抗権を単なる法的手. 段とし︑基本権及び自由権を国家により認められ統制される﹁不平を訴える権利﹂に変えることを意味する︒これに. よって︑原則としての人間の自由の無制限性及び国家の制限性が放棄され︑個人は︑もはや基本権及び自由権をもた ︵六︶ ず法律に従って︑一定の訴訟を起す可能性をもつに過ぎないこととなる﹂とされる︑︑. この理論及び従来の諸規定の当否は後に譲るとして︑一九四六年二月︑ヘヅセン憲法は次の如き規定を設けた︑. ﹁憲法に違反して行使された公権力に対する抵抗は︑各人の権利であ9︑義務である﹂︵一四七条第一項︶︑そして︑ ︵七︶. ﹁憲法破壊または憲法破壊を目的とする企図を知︵た者は︑国事裁判所へ訴えて責任者の刑事訴追を要求する義務が. ある︑︑詳細は法律で定める﹂︵一四七条第二項︶−.仁する︒この第二項の規定は︑従来見ることのできなかったもので. あρ︑新しい方向を示したものである︒即ち︑抵抗権の制度化を試みたものであるが︑制度化︑組織化を示すものと. しても︑その理論的根拠が︑ドイッの自然法の再成︑抵抗権論の再成に基ずくものとして︑前述の田畑教授︑≦o一・ No且o集の所説と同一に帰するものではない︒. 思ラに︑抵抗権は︑実定法上合法的に成立している義務を守ることの拒否をての内容とする︒そして︑少なくもそ. 5した拒否が許される場合び︑本来の意味の抵抗権で︑あり︑そ︑の拒否が義務づげられで︑いる場含︑抵抗の義務であ ︵八︶ る︒宮沢教授はこの立論から︑﹁実定法上の義務がそもそも成立していない場合には︑ここに言5抵抗権は存しない﹂. 一口三. −︑㌧される.七して︑実定法上みとめられた異議の申立権の類に︑実定法上の義務の拒否てはないから︑抵抗権でない 基下権保障の本頁と抵抗権の理論.

(30) 基本権保障の本質と抵抗権の理論. 一四四. とされる︒しかし︑この点︑私見は従い得ないものがある︒何故なら︑抵抗権の法理論的分析から︑先ず︑本来の意 ︵九︶. 味の抵抗権︵実質的抵抗権と言えよう︶と形式的意味の抵抗権︵形式的抵抗権と言える︶が考えられる︒その淵源. は︑共に自然法に基ずく自然権に求めうる︒しかるに︑抵抗権は︑合法性に対する正当性の対立︵但し︑自然法の次 ︵一〇︶. 元に立った場合は︑違法性に対する正当性乃至適法性の対立︶として︑とらえうるから実質的抵抗権をその本姿とす. る︒しかし橋本教授の指摘する如く︑抵抗権は革命権とは異り︑その存在も実定憲法中に宣言しうる︒その限りで︑. しかしその意味において︑抵抗権の存在の宣言はもとより︑その構成要件も︑その発動の時期も︑実定憲法に明文化. でき︑その詳細を実定法に委任することもできうるわけである︒少なくも︑ヘッセン憲法におけるが如き特別の訴追. 制度の設置も可能である︒むしろ︑国家権力による基本権侵害のより迅速な治愈制度乃至保障制度として︑右の意味. における制度化は︑積極的に唱えるものである︒しかしもとより︑個人の抵抗権と称される基本権は︑その本質が実. 定化し得ない性格を有する︒実定法上明文化されうるか否か︵従って制度化されうるか否か︶にかかわらず︑超実定. 的権利として存するからである︒橋本教授の所説に見る﹁自然法上の権利﹂であり︑結城教授の﹁人類普遍の自然. 権﹂に︑直接根拠を置くものであるからである︒そして︑憲法上で制度化を試みたとしても︑例えば︑通常の諸基本. 権と同様にその担い手としての保障機関が︑反憲法的に至れば︑その保障は︑全く臨めない︵この意味から︑田畑教 授︑薫o一No呂o臣の所説にも同調はできないのである︶︒. 以上の如ぎ︑その本質は︑実定化し得ないが︑その宣言化は可能であり︑この意味の制度化も組織化もありうる︒. これを形式的抵抗権と云う︒従って︑具体的には︑宮沢教授の否定される行政行為に対する異議申立権も︑不服の申.

(31) 立権も︑私見の立場からすれば︑形式的抵抗権であり︑また他に既存のかかる類似の諸制度があるとすれば︑このよ. うに解することも許されるべきではあるまいか︒ン︑して︑実定化し得ないと言う性格を実質的抵抗権と言うのであ. る︒形式的抵抗権は︑実質的抵抗権の単なる宣言化であめ︑声︑の限りの実定化︑制度化であるから︑終局には︑実質. 的抵抗に帰することとなる︒なお︑形式的抵抗権を認めること及び抵抗権の二段階的な構想の実益を︑基本権保障制. ︵五︶. ︵四︶. ︵三︶. ︵二︶. ︵一︶. ρω3巨罫く震貯器§笹oぼρ這㎝全ψ一爵酔橋本公亘︑﹁抵抗権論﹂法学新報第六五巻第三号一九一頁−一九二頁︒. 宮沢俊義︑﹁憲法∬﹂︵法学全集︶ニニ五頁︒同︑﹁抵抗権の問題﹂法哲学年報︵一九五九年︶四頁︒. 国働≦〇一 N Φ 昌 α o 吋 ヌ ω 富 緯 段 8 窪 仁 昌 α 2. 田畑忍﹁抵抗権と抵抗義務について﹂法哲学年報︑︵一九五九年︶七一頁︒. 結城光太郎﹁憲法尊重擁護の義務と国民の抵抗権﹂ジュリスト別冊︑一九六二年十一月号︑一二四頁︒. 橋本公亘︑﹁憲法原論﹂二四七頁Q. 度の迅速化︑確実化︑明瞭化︑そして抵抗権行使の具体化に求めたいのである︒. ︵六︶. 一九四六年のベルリン憲法二三条︑一九四七年ブレーメン憲法一九条︑又東ドイツのマーク・ブランデンブルク憲法六条. 9畦8犀博ω昼&一ムOP. ︵七︶. ︵八︶. ここで抵抗権の基礎となる自然権を保障的役割をもつ自然権として他の基本権の基礎となる自然権と区別する︒前者を特. 宮沢俊義︑﹁憲法H﹂︵法律学全集︶二子八頁︒. 等にもそれぞれ抵抗権の宣言規定は見られるが︑ヘッセン憲法一四七条第二項の如ぎ抵抗権の制度化を試みたものはない︒. ︵九︶. 一四五. Z暮麩巴い. 類久保. 殊自然権︵二次的意味の自然権︶といい︑後者を一般的自然権︵一次的意味の自然権︶といいうる︒更に前者は自然法の急. 進性を主な要素とし︑後者は合理主義性と個人主義性を主要素とすると考え5る︒︵︾︐Uぴ葺話く8. 基本権保障の本質と抵抗権の理論.

(32) 基本権保障の本質と抵抗権の理論 正幡訳︑﹁自然法﹂七一頁以下参照︶ 一九三頁︒. 目本国憲法と抵抗権の存在. ︵一〇︶ 橋本公亘﹁抵抗権論﹂法学新報第六五巻第三号︑. 五. ︵一︶. 一四六. わが国においても︑明治の初期︑すでに自由民権論者のあいだに︑抵抗権論が見られる︒その論者の代表的人物. は︑植木枝盛であるが︑ルソー等の影響により︑天賦人権説を説き︑自由民権思想を鼓吹した︒しかし︑明治政府の 強力な弾圧により︑天賦人権思想乃至抵抗権思想の発展の余地はなかったものである︒. 日本国憲法は︑明治憲法と異り︑人間尊重を中心価値とする民主主義秩序基盤︑即ち︑人類普遍の原理である自然 ︵二︶. 法をその中核として成立している︒従って︑日本国憲法において︑抵抗権を確認乃至宣言する規定が有る無しにかか. わらず︑実質的抵抗権は存するのである︒更にその宣言化現象として形式的抵抗権を認めうるわけである︒. 実質的抵抗権は︑自然法に直接根拠を置く権利であり.実︑定化し得ない権利である︒従って︑宣言化がなされ︑そ. れによるいかなる綿密な組織化が試みられたにせよ常に外実定的領域に留まる︒然らば︑実質的抵抗権の成立要件は. 如何なるものであるかと言えば︑先ず憲法の基本原理の否定︑即ち民主主義基本秩序の重大なる侵害が行われた時で. ある︒民主主義が︑人間の尊厳を重んずる窮極の原理であるとし︑人間の理性と本性に基ずぐ︑自然法の命ずるところ. であるからである︒そしてその不法が客観的に明白でなければならない︒一私人あるいは少数者の主観によりてのみ. 決せられるときは︑アナーキーに至らざる得なくなる︒従ってその不法の有無の判断は︑国民の大多数の客観的な認.

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