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宣 告 猶 予 の 目 的

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(1)言. 1刑事政策学的試論ー. 宣告猶予の目的. 序. 起訴猶予との関係. 執行猶予との関係 語. 須. 々. 木. 主. 一. 宣告猶予ということでは︑刑の宣告猶予と︑有罪判決の宣告猶予とが区別される︒刑の宣告猶予というのは︑. 結. 一. 宣告猶予の目的. 一三五. と区別し︑それを量刑の猶予とでも名付け︑後者をこそ︑刑の宣告猶予とすべきものかも知れない︒これにたいし︑. 刑の量定の手続そのものを猶予するばあいもあるから︑量刑をすましたうえでなおかつ刑の宣告を猶予するばあい. 有罪の言渡はするが︑刑の宣告は猶予するものである︒もっとも︑一般に刑の宣告猶予と呼ばれるもののなかには︑. 一. 一 一. 一. 四一一.

(2) 論. 説︵須々木︶. 二二六. 有罪判決の宣告猶予というのは︑そもそも有罪の判決を猶予するものであり︑その結果︑およそ刑の宣告のことは. 問題となりえないばあいである︒もっとも︑一般に有罪判決の宣告猶予と呼ばれるもののなかには︑事実認定の手. 続自体を中止するばあいもあるから︑事実認定をすましたうえでなおかつ有罪の判決を猶予するばあいと区別し︑. それを事実認定の猶予とでも名付け︑後者をこそ︑有罪判決の宣告猶予とすべきものかも知れない︒. 宣告猶予は︑起訴猶予︑執行猶予︑仮釈放とならぶ猶予制度の一つである︒起訴猶予が検察官の権限による猶予. 制度であり︑仮釈放が行刑機関の権限によるそれであるのに対し︑執行猶予と宣告猶予とは︑裁判所の権限による猶. 予制度である︒猶予制度の特徴は︑二つの点に見出される︒その一つは︑その制度の構造的中核に︑﹁猶予されるも. の﹂と﹁猶予させるもの﹂との拮抗︑あえて言うことが許されるならば︑矛盾・葛藤があるということ︑いま一つ は︑その制度に刑事政策的目的が付加されているということである︒. ところで︑わが国にあっては︑現在のところ︑宣告猶予はいまだ採用されるに至っていない︒その点︑起訴猶予︑. 執行猶予︑仮釈放の三者が︑比較法的に見て︑かなり大胆に行なわれていると言って良い状態にあるのに比べ︑や. や意外の感がある︒しかし︑また︑考えようによっては︑そのような状況にあるからこそ︑宣告猶予の採用が遅れ. ていると言えるのではないかとも思われる︒検察官︑裁判所︑行刑機関という広義における刑事手続の各段階にお. ける主要機関の手にすでに猶予制度が備わっている以上︑今また裁判所に宣告猶予の途を与えるとすれば︑屋上屋 を架すことになるのではないか︒. しかし︑そのような思わくをよそに︑当該制度採用へのうごきは︑かなり以前から現われている︒﹁刑法改正ノ.

(3) 綱領﹂ ︵大正一五年︶は︑つとに︑その第一一項に﹁有罪判決ノ宣告猶予ヲ為シ得ヘキ規定ヲ設クルコト﹂としてお ︵一︶ ︵二︶ り︑刑法改正予備草案︵昭和二年﹀︵以下に予備草案と略すぼ︑その八一条以下に宣告猶予を規定し︑刑法改正仮案︵昭和. 一五年︶︵以下に仮案と略す︶も︑第一一章一〇五条以下にこれを規定した︒そして︑昭和三五年未定稿として発表され︑ ︵三︶ 翌年確定稿として発表された改正刑法準備草案︵以下に準備草案と略す︶では︑第一一章八四条以下が宣告猶予の規定 にあてられている︒. 予備草案︑仮案︑準備草案は︑それぞれ︑どのような形式の宣告猶予を考えているであろうか︒法文の示すとこ. ろによれば︑予備草案は刑の宣告猶予︑仮案と準備草案は︑有罪判決の宣告猶予である︒しかし︑仮案と準備草案 ︵四︶ とのあいだにも相違があるらしく︑前者のそれが事実認定の手続の中止をかんがえていたと思われるのにたいし︑. 後者のそれは︑裁判の内部的成立を前提とする菅罪判決および刑の言渡の猶予である︒つまり︑わが国では︑宣告. 猶予採用の方針は一貫して変るところがないが︑宣告猶予の形式をどのようにするかについては帰一するところが. ない︒既存の法制のうえですでに形式的に有罪決定の手続と量刑の手続とを段階的に区別している国で発生し︑発. 展した当該制度を︑両者の段階的区別が観念的には可能であると言いうるにすぎない法制のもとに移入することか らする困難が︑ここに露呈されている︑とでもみるべきであろうか︒. 一三七. 六月ノ懲治又ハ禁鋼以下ノ刑ヲ言渡スヘキ場合二於テ刑ノ執行猶予ノ要件具備シ情状特二欄諒スヘキモノト認ムルトキ. ︵一︶ 予備草案の規定は︑次のとおりである︒. 八一条. ハ罪ト為ルヘキ事実ヲ認定シテ刑ノ宣告ヲ猶予シ又ハ罪ヲ免除スルコトヲ得. 宣告猶予の目的.

(4) 論. 説︵須々木︶. 一三八. 前項ノ規定二依リ刑ノ宣告ヲ猶予スルニハ左二掲クル事項ノ全部又ハ一部ヲ命シ其ノ遵守ノ誓約ヲ為サシムヘシ 一 住居ヲ定メ正業二従事スルコト. 三 其ノ他善行ヲ保持スルコト. 酩酊二因リ罪ヲ犯シタル者二付テハ酒類ヲ飲用セサルコト. ニ 不良ノ徒ト交際セス又ハ裁判所ノ指定スル場所二出入セサルコト. 四. 猶予ノ言渡後犯シタル罪二付資格停止以上ノ刑二処セラレタルトキ. 八二条刑ノ宣告ヲ猶予セラレタル者二付左ノ事由アルトキハ宣告猶予ノ言渡ヲ取消シ刑ノ言渡ヲ為スヘシ 一. 刑ノ宣告猶予ノ言渡ヲ取消サルルコトナクシテニ年ヲ経過シタルトキハ罪ト為ルヘキ事実ノ認定ハ其ノ効力ヲ失フ. ニρ善行保持ノ誓約二背キ其ノ情状重キトキ. 八五条. 三年以下ノ懲治︑禁鋼又ハ資格喪失︑資格停止ノ言渡ヲ為スヘキ場合二於テ本人罪ヲ犯ス前五年以内二資格停止以上ノ. なお︑執行猶予の条件とは︑次のとおりである︒. 七五条. 刑二処セラレタルコトナキ者ナルトキハ一年以上五年以下ノ期間其ノ刑ノ執行ヲ猶予スルコトヲ得. 五百円以下ノ罰金ノ言渡ヲ為スヘキ場合二於テ本人罪ヲ犯ス前三年以内二罰金以上ノ刑二処セラレタルコトナキ者ナルトキ ハ六月以上一年以下ノ期間内其ノ刑ノ執行ヲ猶予スルコトヲ得. 本法二定ムル罪ヲ犯シ拘留又ハ科料ノ言渡ヲ為スヘキ場合二於テ本人罪ヲ犯ス前一年以内二刑二処セラレタルコトナキ者ナ ルトキ気六月以上一年以下ノ期間内其ノ刑ノ執行ヲ猶予スルコトヲ得. 刑ノ執行猶予ハ特二欄諒スヘキ情状アリテ再ヒ罪ヲ犯スノ虞ナク且公益上害ナシト認ムル場合二非サレハ之ヲ言渡スコトヲ 得ス.

(5) ︵二︶. 仮案 の 規 定 は ︑ 次 の と お り で あ る ︒. 六月以下ノ懲役若ハ禁鋼︑資格喪失︑資格停止︑五百円以下ノ罰金︑拘留又ハ科料ヲ言渡スヘキ場合二於テ情状特二. 第一一章宣告猶予 一〇五条. 欄諒スヘキモノト認ムルトキハ判決ノ宣告ヲ猶予スルコトヲ得. 一〇六条 宣告ヲ猶予セラレタル者猶予中罪ヲ犯シ資格停止以上ノ刑二処セラレタルトキハ判決ノ宣告ヲ為スコトヲ得. 判決ノ宣告ヲ受クルコトナクニ年ヲ経過シタルトキハ免訴ノ言渡アリタルモノト看徹ス. 準備草案の規定は︑次のとおりである︒. 一〇七条 ︵三︶. 第一一章. 八四条 前に禁固以上の刑に処せられたことのない者に対し︑六月以下の懲役もしくは禁固︑三万円以下の罰金又は拘留もしく. は科料を言い渡すべき場合において︑第四七条に規定する刑の適用に関する一般基準の趣旨を考慮し︑判決の宣告を留保す. ることを相当とする情状があるときは︑六月以上二年以下の期間︑その宣告を猶予することができる︒. 判決の宣告を猶予された者を保護観察に付すること︒. 判決の宣告を猶予するときは︑次の付随処分をすることができる︒. 一. 金額︑期間又は方法を定めて︑犯罪によって生じた損害の賠償を命ずること︒. 八五条. 二. 宣告猶予の期間内に犯した罪により刑に処せられたとき︒. =二九. 八六条 判決め宣告を猶予された者について︑その猶予期間内に次に記載する事由の一があるときは︑判決を宣告することがで. 一. 保護観察の順守事項を順守せず︑その情状が重いとき︒. きる︒. 二. 宣告猶予の目的.

(6) 論 三. 八七条. 説︵須々木︶. 一四〇. 裁判所の命じた損害賠償を履行しないとき︒但し︑その履行の誠意が認められるときは︑この限りでない︒. 判決の宣告を猶予された者が︑その宣告を受けることなく︑猶予の期閥を経過したときは︑免訴の言渡が確定したもの. とみな す ︒. なお︑準備草案四七条は︑次のとおりである︒. 四七条①刑は︑犯人の責任に応じて量定しなければならない︒. ②刑の適用においては︑犯人の年令︑性格︑経歴及び環境︑犯罪の動機︑方法︑結果及び社会的影響並びに犯罪後におけ. る犯人の態度を考慮し︑犯罪の抑制及び犯人の矯正に役立つことを目的としなければならない︒. ③刑の種類及び分量は︑法秩序の維持に必要な限度を超えてはならない︒死刑の適用は︑特に慎重でなければならない︒ 保護観察のばあいの順守事項は︑次のとおりである︒. 一. 一定の住居に居住し︑正業に従事すること︒. 善行を保持すること︒. 法定順守事項︵九五条︶としては︑. 二. 住居を転じ︑又は長期の旅行をするときは︑あらかじめ︑保護観察を行なう者の了解を得ること︒. 三 犯罪性のある者又は素行不良の者と交際しないこと︒. 四. 二. 一. いかがわしい場所に出入しないこと︒. 麻薬ヌは覚せい剤を使用しないこと︒. 酒類を過度に飲用しないこと︒. また︑裁量による順守事項︵九六条︶として挙げられているものは︑次のとおりである︒. 三.

(7) 四. 犯罪の用に供する可能性のある物件を保特しないこと︒. その他 適 当 な 事 項 ︒. 刑法並びに監獄法改正調査委員会議事速記録︑法務資料別冊二三号︵昭和三二年︶一五七頁︒. このようにして︑わが国では︑少なくとも︑立法事業の過程をみるかぎりでは︑宣告猶予の採用をつねに肯定. ︵四︶. 二. 定的にうけとってきたものとす后ごとができるが︑戦後のドイツでつづけられている立法事業のなかでは︑これに. たいする否定的態度がうちだされている︒刑の執行猶予にたいしてすら消極的態度を保持し︑一九〇三年以降︑恩. 赦法の分野で条件付刑の延期をみとめてはきたものの︑一九五三年にいたるまでかたくなにも当該制度を刑法典中. に規定することをあえてせず︑財産刑については依然としてこれを認めないドイツのこととしては︑さもありなん. の感慨が先にたつが︑それはともかく︑宣告猶予を採用しない理由は︑一九六二年草案理由書の示すところによれ ︵一︶ ば︑次のとおりである︒. 第一に︑有罪の宣告猶予は︑もっぱら訴訟法上の問題であるから︑刑法典にこれを規定すべきいわれはなく︑ま た︑宣告猶予をみとめること自体︑法治主義の原則に反すると考える︒. 第二に︑刑の宣告猶予については︑実体法上︑責任刑法の観点よりして疑問がある︒荊の言渡をともなわない有. 罪の宣告をもって安易にも軽い刑罰とかんがえさせてしまう危険がある︒この点では︑宣告猶予に﹁誕責﹂を付す. ることも解決策として考えられないわけではないが︑上記の危険はこれで解消されるものでもない︒また︑手続上︑. 一四一. 宣告猶予が取消されたばあいに言渡すべき刑罰との関係で問題が生ずる︒仮りに︑前もって刑の量定をしておかな. 宣告猶予の目的.

(8) 論. 説︵須々木︶. 一四二. いことにすれば︑宣告猶予が取消されたその時になって行なわれる刑の量定には証拠方法上の困難がともなう︒の. みならず︑先の犯罪以後の行為が︑独立の処罰理由として採用される危険がある︒そこで︑仮りに︑前もって刑を. 確定しておくことにしても︑刑事司法の弱体化︑また場合によっては刑罰体系の複雑化は避けがたいところと考え. られる︒ーi. 宣告猶予の採用をみあわせたこのような理解のなかには︑刑事司法の根本にかかわる問題意識がある︒理論の国. であるドイツにおいてかかる結果があらわれている事実をみるとき︑何故︑わが国で︑学者のあいだから︑例えば. 応報刑論にたち︑行為責任主義を奉持し︑法治国思想を強調する学者のあいだから︑宣告猶予制度の採用にたいす ︵二︶ る疑問が︑理論的に徹底したかたちで提起されないのか︑不思議に思わずにはいられない︒また︑そのこととこの. こととが矛盾なく︑理論的に筋をとおして説明することができるのであるならば︑何故︑そのような所説が活溌な ヤ. ヤ. ヤ. ペ. 議論を呼ぶことにならないのか︑これまた︑不思議におもわずにはいられない︒. 私が危催するところは︑刑事政策的要請にたいする論者の理解ある態度がたまたまこのような結果を招来してい ︑ ︑ ︑ ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︵三︶. るのではないかという点にある︒︑最近︑痛感することといえば︑わが国の学者たちの﹁刑事政策的要請﹂にたいす. るものわかりのよさと︑刑事政策ということ自体にかんする学問的検討の不十分さである︒宣告猶予の採用をめぐ. る立法技術上のこまかな問題を検討することはもとより必要不可欠であり︑立法事業に関心を寄せる論者としては. それはあまりにも当然なことではあるが︑従来とくに刑法学の領域ではげしく争われた刑事政策にかかわる問題が︑. 今や︑刑事訴訟法学の分野で争われなければならない時点にあることだけは確かである︒理論の場における問題の.

(9) 解決を逃避して事実的解決のなかに安住する傾向があると語るのは︑果して︑暴言であろうか︒学派の争いは終っ. ていないという学者の声は︑もはや耳を傾けるに価しない響しか持ちえないのであろうか︒. もっ と も ︑ 古 く は ︑ 小 野 清 一 郎 ︑. 刑の執行猶予と有罪判決の宣告猶予及び其の他︵昭和六年︶三頁ー一二五頁︑最近では︑. ︵一︶ 浮一ぎ馬豊霧幹声凝①ω①欝ゴ3霧巴り露良ωお〜ぎ身轟﹂︒貫oo﹂㊤鋒 ︵二︶. もっとも︑例えば︑古くは︑木村亀二︑刑事政策の基礎理論︵昭和一七年︶三頁ー九一頁︑最近では︑小川太郎︑刑事政策. 平野竜一︑犯罪者処遇法の諸問題︵昭和三八年︶六頁f六八頁のようなすぐれた研究がないというのではない︒ ︵三︶. 論︵昭和三八年︶のようなすぐれた研究がないというのではない︒ただ︑残念ながら︑われわれは︑それらに従うことができな い. 以下の論述は︑刑事政策学の視点から︑準備草案の規定する宣告猶予について︑若干の検討を試みようとす. 宣告猶予の目的. 一四三. 宣告猶予にたいし無造作に刑事政策制度であるというレッテルをはりつけることには︑もとより問題もあるが︑. れを刑事政策制度として︑その制度的意義を分析的にたずねるということである︒. こともあるので︑ここではとくに触れないが︑刑事政策学の視点から宣告猶予をみるという意味は︑ここでは︑そ. ︵一︶. 現する︵刑事政策活動︶ものであると考える︒刑事政策と刑事政策学とにかんする若干の検討は︑他の場所で試みた. の総体を意味し︑それは︑一方において法制度に化体し︵刑事政策制度︶︑他方において個々の具体的な活動として発. 刑事政策学は︑刑事政策を学問の対象とする︒ここで刑事政策とは︑犯罪の防圧を目的とする国の組織的な活動. るものである︒. 三. 。.

(10) 論. 説︵須々木︶. 一四四. およそ社会的事物たる制度的事実にたいしては︑事実上︑さまざまの視点よりする意味理解が可能であり︑とくに. わが国では猶予制度一般について刑事政策的要請を重視する傾向があるから︑いまだ草案に規定されたにすぎない制. ︵二︶. 度についてであるとしても︑それの刑事政策においてもつべき意味をたずねることは︑許されてよいはずである︒. そして︑このばあい︑事柄の性質上︑準備草案の理由書の説明に問題検討の手がかりを求めることになるのは︑や むをえない︒. 当然のことではあるが︑理由書の説明は︑宣告猶予を採用する必要のあることを強調する︒そこで問題となるの. は︑起訴猶予︑執行猶予および保護観察にたいする関係である︒宣告猶予の形式にかんする問題も重要ではあるが︑. ︵三X四︶. われわれの視点にあっては︑とくにその点にかぎって所説をなす必要はあるまい︒また︑保護観察も︑宣告猶予自. きわめて不十分ではあるが︑須々木︑刑事政策の方法に関する一考察︑斉藤先生還暦祝賀論文集︵昭和三九年︶二三五頁−. 体の問題ではないから︑必要の限度でその問題にふれる程度にとどめることが許されるであろう︒ ︵一︶. 二六二頁︑同︑刑法学と刑事政策の動向︑刑政七七巻一二号︵昭和四一年︶一七頁参照︒なお︑未刊ではあるが︑矯正協会の矯正. ︵二︶. 以下の論述については︑法制審議会刑事法特別部会第二小委員会議事要録︵一︶︑︵二︶を参照した︒. なお︑浦辺衛︑刑事実務上の諸問題︵昭和三六年︶六七頁−六八頁を補足的に参照した︒. 論集所載の﹁刑の執行猶予の構造﹂に︑やや詳しく触れている︒. ︵三︶.

(11) 宣告猶予の目的. ︵一︶. 一四五. ここで重視することには疑問がある︒起訴猶予自体の問題性︑その欠陥の補正は︑端的に︑宣告猶予の採用をまつ. じようとするところに︑宣告猶予の制度的意義がみとめられていることになる︒しかし︑起訴猶予の制度的欠陥を. 要するに︑起訴猶予との関係では︑その制度的欠陥を補正し︑起訴猶予の趣旨を司法機関において生かす途を講. あるし︑裁判所がこのような権限をもつことも訴訟の建前と矛盾するわけではない﹂と︒. 起訴不相当と判明した場合に︑有罪無罪の判定のほかに起訴猶予に相当する権限を行使することが刑事政策的考慮から必要なことが. 起訴されると︑裁判所は犯罪の証明がある限り︑たとえ不当な起訴であっても有罪判決をしなければならない︒裁判所が審理の結果. ることもないとはいえない︒見込みちがいや多少とも政治的な考慮から起訴が妥当を欠く場合が絶無ではないであろう︒しかも一旦. 決を受ける場合でない限り︑これを是正する方法がない︒起訴便宜主義の趣旨からすれば本来起訴すべきでなかった事件が起訴され. 分を是正する方法としては︑きわめて十分ながら検察審査会及び準起訴手続の制度があるが︑不当な起訴に対しては︑それが無罪判. その処分の当不当について証拠を検討する機会も与えられない︒又検察官の起訴・不起訴が常に妥当とは限らない︒不当な不起訴処. ﹁起訴猶予の制度には長所もあるが︑短所もなくはない︒被猶予者はいつ起訴されるかもわからぬという不安定な地位におかれるし︑. すなわち︑ !. のような法制のもとにあって︑準備草案があえて宣告猶予を採用することにふみきった理由は︑次のとおりである︒. ︵二︶. 一 わが国における起訴便宜主義は︑他に例をみないほど徹底したかたちで行なわれていると言われている︒こ. 二.

(12) 論. 説︵須々木V. 一四六. までもなく︑起訴猶予制度そのものの改善措置を考えるべきものであろう︒例えば︑理由書の指摘する︑被猶予者. を不安定な地位におくということや︑起訴猶予処分の当・不当について証拠を検討する機会のないことなどば︑こ. れを起訴猶予廃止の論拠とし︑起訴猶予にかわる宣告猶予を論ずることにでもならぬかぎり︑宣告猶予採否の聞題. ペ. ヤ. ペ. ペ. ヤ. ぺ. ぺ. ぺ. と直接関係するところはない︒また︑検察官による猶予制度としての起訴猶予の限界をわきまえることなく︑ここ. でないものねだりをするような結果に通ずる起訴猶予の欠陥の指摘におちいらぬ良識も必要であろう︒つまり︑こ. こで考えなければならないのは︑起訴便宣主義の趣旨を生かしきれなかったばあいにたいする救済措置の問題であ. ろう︒準備草案理由書の用語法にしたがえば︑﹁起訴便宣主義の趣旨からすれば本来起訴すべきでなかった事件が起. 訴されること﹂にたいする解決策の問題である︒つまり︑起訴独占主義のもとにおける検察官の機能的限界の閾題 である︒. ただし︑このばあい︑検察官の見込ちがいのことは問題にする必要はない︒仮りに検察官の判断と裁判所の判断. とのあいだに喰違いを生ずる事態が発生したとしても︑検察官の当初の見込にたつ公訴の提起がそれ固有の意義を. 失うわけではない︒当該裁判所が検察官の地位にあったならば︑起訴便宣主義の趣旨にてらし公訴の提起はしなか. ったであろうという裁判所独自の判断がここでは理解される必要があり︑裁判所と検察官との制度的地位の独自性︑. 宣告猶予がまさに裁判所による猶予制度であることの意味をあいまいにする議論は避ける必要がある︒従って︑例. えば︑検察官の起訴・不起訴の判断がきわめて慎重に行なわれているとか︑公訴取消の制度があるなどということ. を論拠として︑上記の﹁救済措置﹂は不要であると説くようなことは︑およそ筋違いの所説であるとすべきもので.

(13) あろう︒. ︵三︶ さて・そこで問題となるのは︑起訴便宜主義の趣旨とは何か︑ということである︒準備草案の理由書には︑この. 点の理解を示すところがない︒それはすでに自明のことであるというのでもあろうか︒たしかに︑刑訴法二四八条. は・﹁犯人の性格︑年令及び境遇︑犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは︑公訴. を提起しないことができる﹂ことを語ってはいるが︑犯人︑犯罪および犯罪後の情況が具体的にどのようであれば. ﹁訴追を必要としない﹂ことになるかについては︑直接ふれるところがない︒われわれがたずねているのは︑何故︑. ﹁公訴を提起しないことができる﹂のか︑ということである︒それを理解するための手がかりとなる﹁訴追を必要. としないとき﹂とはどういうばあいをいうのかについて説明がない以上︑理由書の言おうとしているところを理解 しかねることになる︒. しかも︑理由書には︑これとの関係で︑﹁不当な起訴﹂という言葉がみえている︒起訴便宜主義の性格からして︑. ﹁訴追の必要性﹂は︑訴訟条件. ﹁正当な理由﹂のあるときにはあえて公訴を提起するには及ばな. このような一藁渠の意味するところを理解することはむずかしい︒ ヤ ヤ 起訴便宜主義が問題となりうるのは︑元来︑公訴の提起が可能のばあいである︒. の問題ではない︒そのようなばあいであっても︑. ︑︑. ︵四V. いというのが起訴便宜主義であり︑このような消極的な意義しかそれはもっていなかったはずである︒わが国では︑. ヤ. ぺ. ぺ. ペ. ヤ. ペ. ヤ. ヤ. ペ. ヤ. ヤ. 起訴便宜主義は起訴合理主義を意味し︑それは起訴法定主義を深化したものであるという説明が広く行なわれては. 一四七. いるが︑そこにある種の起訴法定主義を理解すべきではなく︑起訴便宜主義は公訴の提起が不当なばあいの措置で 宣告猶予の目的.

(14) 論 説︵須々木︶. 一四八. あるという積極的な解墾許す状梶あるとは考・秀れない.もし︑仮りに︑積極的な嚢篶ける起訴便宜主義.. 馨募起訴法定主蓼準備墓の理解するところとみるとすれば︑ここで宣告猶予を考えるのは不当である.検. 察官の同意を要件とすることなく︑ドイツ刑訴法一五三条︵軽微な事件における起訴便宜主義︶三項の手続中止になら うことを考えるべきである︒. 宣告猶予の真面目は︑裁判所独自の判断にもとづく︑裁判所固有の猶予制度を目指すところにある︒その点を確. 認するために・やや迂回した途をたどることにはなるが︑.訴追の必要性﹂について︑刑事政策学の視点から︑若干 の検討を加えてみることにしよう︒. ︵一︶ 起訴便宜主義と起訴猶予との関係については︑須々木︑起訴猶予の目的と保護観察︵一︶︑早稲田法学四〇巻二号︵昭和四〇. 年︶一六九頁ー一七八頁参照︒わが国における起訴便宜主義の制度的発展の経緯については︑平出禾︑起訴猶予制度の沿革︑研修 月報一五︑一六︑一七号︵昭和二四年九月−一一月︶所載に詳しい︒. 中武靖夫︑起訴便宜主義︑刑事訴訟法講座一巻︵昭和三八年︶五五頁−七〇頁︑とくに︑平出禾︑起訴便宜主義︑刑事法講. ︵二︶ 改正刑法準備草案・附同理由書︵昭和三六年︶一六五頁︒. ︵三︶. 座五巻︵昭和二八年︶一〇一五頁ー一〇二〇頁参照︒ただし︑﹁起訴猶予﹂ということは多義的でありすぎるので︑以下において︑ この言葉は で き る だ け 使 わ な い よ う に す る ︒. ︵四︶ 団藤重光︑刑事訴訟法綱要七訂版︵昭和四二年︶三六九頁︑井上︑正治︑全訂刑事訴訟法原理︵昭和二七年︶二六六頁︑. 刑事政策学からみた広義における刑事訴訟の意義は︑刑事政策にたいする制度的規制︑刑罰によって代表さ. ω欝2≧︸鴨需ぎ①ギ自①器器畠琶窪昼這曾あ博N認篤なお︑小野清一郎︑上掲書︑七六頁︑一一一頁以下参照︒ ︵一︶. 二.

(15) れる個人法益の剥奪をともなう刑事政策活動にたいし形式的公正を担保するための制度的措置たる点にある︒自由. 主義的法治国思想のもとでは︑国家権力を背景とし︑個人の法益の剥奪・制約を結果する国の目的活動は︑たとい. それが正当な目的を追及するためのものであるとしても︑その方法および内容において必要にして且つ最少限度の. 形式および程度にとどまるべきは︑あまりに当然である︒すなわち︑ここにおいて︑犯罪防圧の目的を達成するた. めの障碍とならぬかぎり︑国民の自由にたいする侵害は本来的にあってはならぬはずのものであり︑その意昧で︑ ︵二︶ ﹁訴追の必要性﹂は︑まずもって︑処罰︵ないし処分︒以下同旨︶の必要性の趣旨に理解されなければならない︒換言. すれば︑一般予防および特別予防の各目的にてらし︑いずれの方向からみても強行措置を必要としないときは︑﹁訴 追を必要としない﹂ことになる︒. いわゆる微罪処分の観念は︑しばしば訴訟経済の問題とされているが︑このようにして︑刑事政策学の視点から 実質的に理解することが可能である︒. この﹁微罪﹂の観念については︑行為主義的見地からも︑行為者主義的見地からも︑説明が可能である︒明治刑. 訴法のもとで事実上行なわれていた微罪処分は︑なかんずく行為主義的見地にたつ便宜主義的配慮のあらわれであ. り︑大正刑訴法に明文で規定された﹁起訴便宜主義﹂は︑なかんずく行為者主義的配慮を強くうちだしたものであ. るといってよいであろう︒そして︑戦後の刑訴法の改正により﹁犯罪の軽重﹂をも考慮すべき項目に加えたとき︑. 行為者主義的色調をそこで抑制することになったものとみるのが正しい見方であろう︒もとより︑それは︑刑事政策. 一四九. 的考慮の後退を意味するものではない︒この点は︑とくに︑注意を要する︒刑事政策は︑特別予防の目的の追及に 宣告猶予の目的.

(16) 論. 説︵須々木︶. 一五〇. とどまるものではない︒一般予防の目的の追及も︑また︑刑事政策のことである︒広義における刑事訴訟は︑たし. かに︑特定の個人を前面におしだしたかたちで進められ︑そこに刑事訴訟の対人訴訟的色彩が結果することは﹂理. 論的にはともかく︑事実上は否認しがたいことであり︑特別予防の視点にたつ刑事政策がより鮮明な現実性をもっ. て関係者の関心事とならざるをえない事情にあることはみとめるとしても︑特定の犯罪者にたいする対策のみが刑. 事政策の問題なのではない︒また︑個々の場面で︑一般予防の見地からする帰結と特別予防の見地からする帰結と. が矛盾することがあるとしても︑それは刑事政策そのものに本質的な事態の一場面たるにすぎず︑一義的に一般予. 防または特別予防を偏重したものとして刑事政策があらねばならぬとする根拠にはならない︒. さて︑このようにして︑行為主義的見地と行為者主義的見地とが混在する起訴便宜主義のもとで︑訴追の必要性. の問題は︑どのようなかたちで現れることになるであろうか︒実務における事実的経緯はともかく︑法制の理論的. 1. 把握の仕方としては︑過程的所説として︑次のような図式化を試みることも許されるであろう︒ すなわち︑. ︵一︶ 起訴便宜主義を明文で規定しない明治刑訴法のもとでは︑訴追の必要性観処罰の必要性の判断は︑検察. 処罰の必要性がないと考えられるばあいであっても︑行為. 官において︑行為主義的見地からしか許されておらず︑行為者主義的見地からの判断は裁判官にゅだねちれる︒従 って︑仮りに︑行為者主義的見地からは訴追の必要性. 主義的に軽微なものといえない事件については訴追しなければならない︒行為主義的には軽微な事件であっても︑. 行為者主義的にみれば訴追の必要将処罰の必要があると考えられるばあいはどうか︒現時点の問題と仮定して考え.

(17) るとすれば︑やはり︑訴追が望ましいことにはなるであろうが︑問題は︑そのようなばあいに適切に対処しうる制 度的方法が裁判所に与えられているかどうかにかかわる︒. ﹁起訴便宜主. 処罰の必要性の有無を検討しなければならない︒従って︑結果的には︑行為主義・行為者主義いずれの. ︵二︶ 大正刑訴法のもとにあっては︑検察官は︑行為主義的見地︑行為者主義的見地のいずれの側からも︑訴追. の必要性. 見地からみても犯罪が﹁軽微﹂であるばあい以外は︑訴追しなければならないことになる︒そして︑. 義﹂という言葉の与える印象にさからい︑検察官の負担は過重のものとなり︑裁判所にとってみても︑訴訟経済の. 観念に反する結果をみることにもなりかねない︒ただし︑ここでは︑訴追の必要性目処罰の必要性の判断はもっぱ. ら検察官の権限事項となるから︑その起訴独占主義の趣旨は徹底され︑裁判所は︑﹁訴追の必要性﹂について判断を 下すことを許されないことになる︒. ︵三︶ 現行刑訴法のもとにあっても︑大正刑訴法のばあいと本質的に変るところはないが︑行為主義的色調を 強めたことにより︑制度上︑行為者主義的判断は︑裁判所の問題でもありうる︒. つまり︑図式的理解によれば︑訴追の必要性にかんする判断は︑明治刑訴法のばあいには︑行為者主義的判断に. かぎり裁判所の権限事項に属し︑大正刑訴法のばあいには︑裁判所は︑訴追の必要性にかんする判断を下すことは. 許されない︒現行刑訴法のばあいには︑行為者主義的判断にかぎり︑検察官と裁判所とが共有することになる︒. もとより︑このような一面的な図式化は︑それ自体としては︑学問的な意味をもつものではない︒それにもかか. 一五一. わらず︑ここにあえてこのような技巧的な操作を試みた理由は︑一つのことを指摘したかったからである︒それは︑ 宣告猶予の目的.

(18) 論. 説︵須々木︶. 一五二. 検察官の起訴独占主義にたつ現行刑訴法の﹁起訴便宜主義﹂のもとにあっても︑理論上︑本来的には検察官の権限. ヤ. ペ. ヤ. ペ. に属すべき﹁訴追の必要性﹂にかんする判断の一部が︑裁判所の権限にゆだねられているとすることも可能ではな. いか︑という点である︒起訴便宜主義をある種の起訴法定主義と解するところでは﹁不当な起訴﹂とされるばあい. の一部︑検察官にとって﹁行為者主義的に事件が重大である疑のあるばあい﹂に行為主義的意義における微罪につ. き公訴を提起したとき︑裁判所は︑訴追の必要性の有無を判断し︑訴追の必要なしと判断したばあいには︑有罪の. 判決をすることは許されず︑さればといって︑検察官の起訴独占主義の建前にてらし︑公訴棄却もならず︑そこに︑ ヤ. ペ. ペ. 宣告猶予制度の必要性が認められる︑とすることができるのではないか︒. もし︑仮りに︑ここで︑このような形式論理が許されるとすれば︑現実的な理論の問題としては︑大正刑訴法の. もとでもこれと同様の所説をなすことが可能なはずである︒現実には︑上記のような意味での﹁訴追の必要性﹂に. かんする確実な判断をなしうるほどに検察官の調査にたいする制度的保障は存在しない︒仮りにそれが整備された. としても︑検察官の負担過重の結果的事態の発生は避けがたいことであり︑訴訟経済の観念をここに容れる余地は. ある︒のみならず︑刑事政策の基本的要請の一つである個別処遇の問題は︑一面性にはしる危険のある検察官の手. にもっぱらゆだねることにするよりも︑判断の客観性を確保しうる裁判所の手に多くを期待することに傾く︒この. ようにして︑政策的配慮を前面におしだすことによって︑宣告猶予の必要性を説くことも可能になるのではないか と考える︒. 要するに︑刑事政策学にたって刑事訴訟の意義をたずね︑行為主義的に抑制された起訴便宜主義を理解するとこ.

(19) ろでは︑裁判所が独立して﹁訴追の必要性﹂を判断する場面が必要であり︑そこに︑起訴便宜主義ないし起訴猶予. であろう︒そして︑同時に︑理論的には︑宣告猶予は︑起訴法定主義のもとでこそ重要な意義をもちう. との関係でみた宣告猶予の制度的意義が見出されることになる︒われわれは︑まずもって︑この点を記憶しなけれ. ばならな. るのではないかという問題意識をもつことも︑必要であるかに思われる︒. ︵一︶ 牧野英一︑刑法の目的︑刑事法講座一巻︵昭和二七年︶一七頁以下︑団藤重光︑刑法と刑事訴訟法との交錯︵昭和三二年︶. 刑の量定の基準については︑佐伯千劔︑刑の量定の基準︑刑法講座一巻. 平出禾︑起訴便宜主義︵上掲︶一〇一三頁︒なお︑尉訴法二四八条にかかげる事項が刑の量定について考慮されるべきであ. 三五頁ー四 四 頁 参 照 ︒. へ二V. るとする一般の理解も︑このような考え方を支援する︒. 牧野英一︑刑事学の新思潮と新刑法︵増訂四版︶︵大正一二年︶二五二頁︒ただし︑そこでは︑一般予防は﹁社会改良﹂の問. ︵昭和三八年︶一一五頁i=二四頁︑刑法雑誌一二巻二・三・四号︵昭和三七年X量刑特集﹀参照︒. ︵三︶. 題としてとらえられているぐとに注意︒それ故︑そこでは︑刑事政策と社会政策との限界があいまいになる︒ 一般予防が社会改良. もとより︑.刑事手続の問題は︑上述のところにとどまらない︒以上のことを前提として︑さらにその先で問. の問題に尽きないことは︑とくに被害者学の発展が端的に物語っている︒. 三. われなければならないのは︑一般予防・特別予防という処罰の必要性の視点のみをもって刑事司法の刑事政策にた. いする意義を尽しうるかという点である︒刑事手続は刑事政策活動にたいする制度的規制であるという理解のなか. には︑一般予防・特別予防の各目的に制約された刑事手続の機能的限界をみるに先立って︑必要性の要求に支援さ. 一五三. れて暴走する危険を孕む刑事政策活動を︑他の視点においてあえて抑止する機能のあることを見る必要があったは 宣告猶予の目的.

(20) 論. 説︵須々木︶. 一五四. ずである︒たまたま起訴便宜主義の検討が先行したため︑刑事政策の側からする刑事手続の機能的限界をみること. が先になったが︑刑法は刑事政策のものであるという考え方が行なわれていることとの関係で︑刑事訴訟法は刑事. 政策のものであるとするかのごとき誤解をうけるおそれもあるので︑刑事手続における︑刑事政策にたいする外部. からの抑制のことについて若干の検討をつけ加えておく必要もあるであろう︒ ︵一︶ り膚鑑お3ほω書鑑鳳浮窪であるという言葉がある︒この刑罰義務を論ずる背景にあるもの ところで︑ここに︑o. は︑応報の観念である︒刑事政策を強調する者は︑しばしば︑応報の観念にたいして否定的であり︑かっては︑応. 報の観念を排斥するところに刑事政策を論ずる者の特徴があり︑その論理的帰結の一つがそこにあるかのような印. 象をさえ与えた︒しかし︑応報刑論者が刑事政策を軽視するものでもなければ︑応報刑論と刑事政策とが両立しな. いというものでもない︒刑事政策を強調するとき︑むしろ︑応報の観念を排斥しえず︑その理論体系的機能に頼る べきものがあるのではないかとさえ思われる︒. ﹁正義﹂と関係させて︑平均的正義による応報刑論︑配分的正義による応報刑論の二つを挙. その間の事情を知るためには︑とくにラートブルッフの所説に学ぶ必要があると考える︒ ︵二︶ 周知のごとく︑ラートブルッフは︑法の理念として︑正義︑合目的性︑法的安定性の三者を想定する︒その刑法 ︵三︶. ﹁合目的性﹂と関係させて︑威嚇説と保安・改善説を挙げ︑﹁法的安定性﹂の理念は︑主として︑保安・. 理論において︑まず︑ げる︒次に︑. 改善説のテロリスト的刑法への傾向を抑制する機能において︑その役割を論じている︒ すなわち︑ i.

(21) 保安・改善説を徹底すれば︑﹁予備一般が処罰され︑﹃犯罪者的環境との関係により︑または以前の行為をとおして危険と判断される﹄. 者すら社会防衛処分に服せしめられることによって︑﹃思想は罰せられない﹄という原則が破られる︒徹底的につきつめられた改善・. 保安説は︑それが法理念における第三の部分思想︑すなわち法的安定性の思想によって切断されないならば︑現実にこうした帰結に. いたるであろう︒特別予防説がそれだけで刑法の形成を決定しえないということ︑刑法の形成はむしろ特別予防的目的思想と正義お. よび法的安定性の理念との協力によってのみ可能であるということは︑この理論の否認しがたい複雑性を意味する︒しかも︑この協. 力は︑単なる相互作用よりも以上のものである︒法理念の内部におけるあの緊張関係は︑刑法の個々の問題のなかでとくに明白に繰. 返される︒法的安定性の理念が︑特別予防の思想の︑刑罰を予備︑心情および思想にまで及ぼすという最後の帰結から守るとき︑等. しからざる人と事情をも等しく取扱うことをある程度要求するところの正義の思想が︑特別予防の目的思想から生ずるような︑最後. まで貫徹された個別化ということに対抗する︒改善・保安刑のうえに建設された刑法のこのような二律背反的形成に比べ︑応報思想. は︑よ与大きな方法論的能力のあることを証明する︒すなわち︑それは︑刑罰の正当化と刑罰の目的規定とに役立ち︑正義分思想と 法的安定性の思想とを同時にみずからのうちに満している﹂と︒. ︵四︶. このようにして︑ラートブルッフは︑応報の観念とくに配分的正義にたつ応報刑論の方法論的有用性をみとめ︑. 応報の観念のなかに︑正義︑合目的性︑法的安定性の各理念の調和の場所を見出している︒しかし︑彼は︑﹁刑法理. 論のあらゆる問題にたいする統一的な解決の可能性としての応報説の方法論的便宜性が真理の標識を示すものでな. いのと同様に︑刑罰の概念が今までの﹃刑﹄法の将来におけ蒼形成にとって標準となるべき規範および限界を示す. ものでないということは︑ほとんど強調される必要がない︒むしろ︑逆に︑刑法の発展が︑将来︑刑法をふみ越え. 一五五. てすすみ︑そして︑刑法の改正が︑一つのより善き刑法に終ることなく︑刑法よりも善く︑刑法よりも聡明でまた 宣告猶予の目的.

(22) 論. 説︵須々木︶. ︵五︶ より人間的であるような一つの改善・防衛法に至るべきものであろう﹂とする︒. 一五六. 刑法の将来のことはここで問うまい︒われわれは︑希望的観測にたつ予言者であることを欲しない︒ただ︑ラー. ぺ. ペ. ヤ. トブルッフの所説をとおして明らかなことは︑現行刑法の解釈論的理解のためには応報の観念を捨てることに疑問. があること︑そして︑現時点の刑罰論における応報刑論の方法論的優越である︒一口に刑罰とは言っても︑刑法と. の関係で﹁刑﹂とくに法定刑と宣告刑が区別されなければならず︑また︑宣告刑が社会的現象としてその内容を実. 現する過程すなわち刑罰の現象はまたそれと区別して論ずべき場面であり︑さらに︑歴史的・社会的に形成されき. たった刑罰の概念︑人々の社会的意識のなかにおのずからにして構成されているこの﹁刑罰﹂という言葉の意味す. るものをも︑各別に考えなければならないから︑﹁応報刑論の優越﹂ということではさらに慎重な検討が予定される ︵六︶ ことにはなるが︑応報の観念を軽視しえないことを十分にわきまえておく必要のある点だけは︑確かであろう︒ ︵七︶. そして︑そのとき︑とくにリストによって指摘された刑罰の客観化︵○ぴU①ζ三霞導αQ偶魯938︶の過程におい. て︑応報感情︑とくに復讐心によって濃く色づけられた私刑罰が︑公刑罰のなかに吸収されてきた経緯を正当に評. 価する必要もあろう︒刑罰の客観化の過程は︑刑罰における目的思想の確認の過程でもあった︒. ただ︑われわれは︑そこで︑﹁応報﹂をたんなる衝動行為︵ギ一菩言乱一琶α⇔︶のこと︑または︑形而上学のことと. 割りきってしまうようであってはなるまい︒﹁応報﹂の観念は︑現実的な︑社会的非行にたいする否定的評価を内容. とする﹁調和感﹂の問題である︒応報の観念を野蛮なものと解し︑進化の過程においてやがて消滅すべきものとす. る評価的態度も︑それはそれとして︑これを一概に否定し去る必要はないが︑しかし︑公刑罰に私刑罰が吸収された.

(23) ということは︑応報の観念が公刑罰のなかで雲散霧消したことを意味しない︑という点の確認は必要である︒刑罰. を生みだしたものは︑たとい顕在的なかなちをとらぬとしても︑その固有性を失うことなく公刑罰のなかに生きつ. づけているはずである︒刑罰が︑犯罪における被害者の感情︑犯罪を知った第三者の感覚的な否定的評価を無視し. てよいということにはならない︒換言すれば︑国がほかならぬ国の立場・第三者の立場において社会生活秩序の維. ぺ. ぺ. 持・実現の目的を追及するばあいに︑公刑罰の名において︑被害者および犯罪を知るに至った第三者の手から衝動. 行為の発現の機会を奪い去った事実を看過するわけにはゆかないであろう︒これをいたずらに私的な問題であると. して︑例えば︑民事訴訟の場に追放することは︑刑罰の場において国の芯意を肯定・是認することにも通ずる︒. 刑罰の進化を論ずるのは良い︒その進化の方向を見きわめようとするのも良い︒しかし︑それと同時に︑国が︑. 現時点における刑法︑そして刑罰︑そこで位置づけられるみずからの地位を︑現実的に反省する必要がある︒刑事 政策を権威主義から守る途は︑このところ以外にありうるとは思われない︒ ︵八︶. 起訴便宜主義の内部で法の要求する﹁犯罪後の情況﹂にたいする考察は︑一般予防・特別予防の問題に解消しき. れないことがらであろう︒犯罪という社会的現象の内部にある個々の人間︑とくに加害者以外の人々の問題を軽視. するならば︑国民不在の権威主義的刑事政策への傾斜をおさえきれないことになるのではないか︒この点は︑刑事 政策学を論ずる者としてとくに銘記すべき問題であろう︒. ︵九︶. 一五七. しかし︑だからといって︑ここで応報の観念の絶対性を一義的に主張することになれば︑これまたゆきすぎであ る︒. 宣告猶予の目的.

(24) 論. 説︵須々木︶. 一五八. 第一に︑﹁公﹂刑罰が応報の観念によって支配されるとき︑刑罰は国の応報活動であるとして︑国と犯罪者との対. 立関係を認めることに通ずる危険がある︒犯罪は︑個人の法益︑社会の法益︑国家の法益を侵害することによって︑. 直接・問接に︑社会生活秩序の維持・実現にたいする国の目的にさからっている現象的事実に否定の余地はないし︑. また︑歴史のなかに支配階級と被支配階級との対立抗争を見出そうとする思想も強い発言力をもって行なわれている︒. ヤ. ペ. ヤ. 公刑罰の場面で︑国と犯罪者との対立関係を論ずるだけの条件は備わっている︒しかし︑刑罰の客観化の過程は︑. ヤ. 犯罪における被害者を国と解することを正当化するものではあるまい︒さもなければ︑それは︑刑罰の客観化では ぺ. なくして︑刑罰の主観化の一形式であったことになってしまう︒ ヤ. ヤ. 第二に︑応報の観念が過去の事象にたいする評価を内容とする結果︑将来への視点を公刑罰の場面で保持しがた. いことになってしまう︒過去の事実は︑文字どおり過去の一時点に定着して不変の事実である︒従って︑これにた. いする評価は客観的・一義的に確定することが可能のはずであり︑その結果︑刑罰は︑安定性を確保し︑将来の見. ヤ. 通しをたてるという客観的・一義的確定の困難な問題に決定権をゆだねる冒険を回避することはできるが︑将来へ の見通しを要求する実践的事態にあっては︑主導的な発言をなしえない︒ ペ. 応報の観念を強調することが︑刑罰の客観化の過程でのり越えられた応報感情︑というよりはむしろ復讐心を︑. ふたたび公刑罰の場面に露出させることであってはならない︒刑罰の客観化に逆行するアナクロニズムの誤りを犯. してはならない︒応報の観念は︑一つの等価関係であり︑理論的機能よりすれば︑国の目的活動にたいする形式的. 制約の問題である︒当該犯罪にたいして︑具体的に何が等価関係を構成するものであるかは︑応報の観念自体から.

(25) ︵一〇︶. は出てこないとしても︑既存の社会倫理的価値体系に支援されて一つの刑罰体系は現実に存在しており︑その内部. で︑相対的に︑個々の具体的な関係項を発見することは︑ただに不可能でないばかりでなく︑それを積極的にたず. ねてゆかなければならないというのが︑起訴便宜主義のもとにおける検察官の一つの課題であり︑また︑裁判官に おける本来的な役割の一つでもあるとすべきであろう︒. さらに︑犯罪は︑個人の法益にたいする犯罪にかぎらない︒刑法が︑犯罪と刑罰との関係性を明示することによ ︵一一︶ って︑ソーシャル・コントロールの手段として機能を演じているという理解を許すとすれば︑社会の法益にたいす. る犯罪も︑国家の法益にたいするそれも︑ともに重要な軽視すべからざる犯罪である︒しかし︑ここで個々の犯罪に ヤ. ペ. 論理的に相応する応報感情とくに復讐心のことを論じうるものかどうか︒個人の法益にたいする犯罪のばあいでも︑. 道徳的に卓越した被害者は︑犯罪者にたいする応報的処置を嫌悪することであろう︒また︑社会生活の場における ヤ 道徳的に卑劣な﹁加害者﹂が犯罪における﹁被害者﹂となったとき︑第三者は︑このばあいの犯罪者にたいする応. 報的処置を望みはしない︒公刑罰の問題を復讐の問題に還元しえないことは︑あまりに明らかである︒. また︑応報観念の内容をなす関係項の構成が︑目的思想︑とくに一般予防・特別予防の目的のみに依存するもの. でないことも︑明らかである︒将来への視点においてしかありえないこの一般予防・特別予防の観念は︑あえて過. 去への視点に固執して調和関係を作出しようとする応報の観念を自己のものとしきれないことを率直にみとめるべ. 一五九. きであろう︒たとい︑応報の観念に依存することにより各自の目的をより現実的・より効果的に達成することが可 能になるとしても︑1 宣告猶予の目的.

(26) 論. 説︵須々木︶. 一六〇. 広義における刑事訴訟が刑事実体法の実現を︑直接・間接に規制する道筋であるとすれば︑その過程において︑. この応報の観念をどのように遇するかは︑理論に課された看過すべからざる問題である︒刑事政策学の視点でこれ. に応答する仕方は︑刑罰論の場面で合目的性の理念にたいし抑制的役割を演じたこの観念から︑まずもって︑訴追. の必要性というこどで一般予防・特別予防の各目的からする要請をみるだけでなく︑応報の観念による正当な意味. 的規制をそこに読みとるということになるであろう︒つまり︑少なくとも︑﹁刑罰﹂をとおして行なわれる刑事政策. は︑犯罪との価値的な相応関係を無視することは許されない︒かりに︑その枠を破らざるをえないときがあるとし. ても︑そこには︑それに応ずるだけの理論︑応報の観念の固有性と実質とを他方において確保しうるだけの理論を 持つ必要があるとすることになるであろう︒. このように応報の観念を重視するばあいに問題となるのは︑そのことが︑起訴便宜主義と調和しうるかどうかで ︵二一︶. ある︒とくに︑わが国の学者の説くところによれば︑なかんずく絶対的応報刑論は︑論理必然的に起訴法定主義に 通ずるものである︒しかし︑そのように考えるべきであろうか︒ ヤ. ヤ. 第一に︑応報の観念が行為刑法という形式のなかでその構成原理にまで高められたとしても︑そのことをもって︑. ただちに︑その刑法を実現する全過程において応報の観念のみが排他的に絶対的機能を演じなければならぬとする. 論理的必然性はない︒たしかに︑刑法における犯罪と刑罰との等価関係︑この関係性は終始保持されなければなら ヤ ないとすべきではあろう︒しかし︑その関係性の保持の仕方はさまざまでありうる︒応報の観念は︑かかる方法に ︵二二︶ ついてまで発言することはできない︒最近の学説によれば︑起訴法定主義を基礎づけるものほ︑法治国思想である︒.

(27) 刑法は︑国家刑罰権の制約原理の具象化でもあるから︑刑罰命題をもってただちに必罰の根拠とすることは許され ない︒. 第二に︑刑法実現の過程は社会的事象であり︑動的事象であり︑実践的事象であるから︑この場面では︑社会生. 活の場に行なわれている社会倫理的要請は︑あれも︑これも︑各自に固有の要請をかかげて働きかけてゆかざるを. えない事情にあり︑ひとり刑事手続のみがそれらと無縁であるべきいわれはない︒その時︑過去への視点をもつに. すぎない応報の観念は︑実践という将来への視点をも要求するこの場面にありながらやみくもに自己を主張するこ. とにはしるとすれば︑障碍を設ける以上の効果をあげうるものかどうか︒仮りに応報の観念が必罰の要請をかかげ. ることになるとしても︑現実には︑いかなる犯罪者も罰すべきではないという要請も働いているのであるから︑そ. れを無視することは許されない︒さらに︑ここではさまざまの政策的考慮が働き︑とくに訴訟経済の問題も軽視す. るわけにはゆかない︒要するに︑社会的・実践的事象にたいするときば︑静的・分析的理論の場面で展開され︑帰 結されたことがらにはつねに限界のあることを弁えておく必要がある︒. ここで一つのことを指摘しておこう︒一般予防・特別予防の目的にてらして起訴便宜主義のことを論じたとき︑. われわれは︑すでに︑犯罪と刑罰との関係性︑刑罰的評価のことを念頭においていた︒﹁軽微な﹂犯罪という観念︑. または軽微な事件という観念は︑一定の対象にたいする刑罰的評価を考えることなしにはありえないことである︒. そこで︑行為主義的見地と行為者主義的見地とのあいだに︑犯罪という人間的・社会的事象においてどの部分に焦. 一六一. 点をあわせるかの相違はあるにしても︑﹁犯罪﹂にたいする刑罰の等価関係に拘束されつつ検討がなされることだ 宣告猶予の目的.

(28) 論. 説︵須々木︶. 一六二. けは否定の余地がない︒そのばあい︑応報の観念を重視するものは︑往々にして︑行為主義的見地を採ることには. なるであろうが︑ありうべきその帰結がただちに起訴法定主義を要請することに通ずるものでないことは︑わが国. ︵一︶. 寄象霊葺閃8ぎω喜ま︒︒o喜5曾>鉱﹃一綿90 0・一①︒︒窮なお︑その醗訳として︑田中耕太郎訳︑法哲学︵昭和三二年︶一〇三頁−. o あるo︒ 田算暑器5U①三の畠霧ω一蜜号3N①ω零①oF一〇︒O︒. の学説的状況が︑事実として︑これを証明している︒. ︵二︶. 一頁︑醗訳と解説を含むものとして︑横川敏夫︑法哲学の根本問題︵昭和二七年︶一六八頁−一八二頁参照︒. ヤ. ヤ. ヤ. 閃&ぼ8ダ費る.Oこoo・8N幽︷こトo①o︒︷●. ヤ. ︵三︶. ただし︑刑罰と処分とを区別するばあいには︑刑罰のなかで二律背反の事態を生ずることは認めざるをえない︒それ故︑応. 匙ぼ8ン勲曽●○こω︒bo8●. ヤ. ヤ. ペ. ヤ. ﹁刑罰﹂ということが種々の視点︑様々の場面で捉えられなければならぬとすることについて︑安平政吉︑刑罰理論の新展開︑. ︵七︶. ︻犯罪後の情況﹂について︑平野竜一︑刑事訴訟法︵昭和三五年︶一二五頁以下は特別予防のこととするが︑団藤重光︑刑. 口ωN一もgN語︒凝Φ魯美①凶ヨ曽壁守①︒ぎ︵﹃湾窪酪く●国藁o罵︶し漣︒︒唱oo︒嶺ーb︒O.. 事訴訟法綱要 ︵上掲︶三七〇頁はこれに社会情勢の変化を含めて理解する︒. ︵八︶. 現代法学の課題 ︵滝川還暦記念︶︵上︶︵昭和三〇年︶三三頁ー七五頁参照︒. ︵六︶. ︵五︶. ︒その詳細は︑拙稿﹁刑の執行猶予の構造﹂︵上掲︶参照︒ とくにこと わ っ て お く. 保することによって︑法的安定性にそった抑制的立論を刑罰のなかで可能にするという︑この点を高く評価する趣旨であることを. ヤ. 報刑論の方法論的優越を︑ たんに統一的理解の可能性にみるのは正しくない︒弁証法的把握は不可避的である︒過去への視点を確. ヤ. ︵四︶. 一.

(29) ︵九︶. 応報刑論の現代的意義について︑とくに︑井上正治︑現代における刑罰思想︑現代法二巻︵昭和四〇年︶一九九頁以下︑. 機能的限界の問題につき︑二〇七頁−二一四頁参照︒ ゆ ︵一〇︶ 口ωN一も●勲Oこの﹄Oー曽︒. ︵一一︶ 平野竜一︑現代における刑法の機能︑現代法一一巻︵上掲︶三頁ー三一頁は︑この見方を重視するものと考えられる︒. なお︑同︑刑法の基礎︵昭和四一年︶九三頁ー一二八頁参照︒また︑田宮裕︑過失にたいする刑法の機能︑過失犯︵一×日沖還暦. 祝賀︶︵昭和四一年︶三二七頁−三四九頁︒ただし︑そこでは︑﹁刑罰﹂がソーシャル・コントロールの手段であるという見方に傾く︒. 中武靖夫︑起訴便宜主義︵上掲︶五五頁以下︑平野竜一︑刑事訴訟法︵上掲︶一二五頁︒なお︑ドイツにおける起訴法定. 疑問である︒なお︑社会統制の問題につき︑碧海純一︑新版法哲学概論く昭和三九年︶八七頁ー一二二頁参照︒. ︵一二︶. 主義にたいする理解については︑とくに︑内田一郎︑ドイツにおける起訴法定主義︑早稲田法学四〇巻二号︵昭和四〇年︶二一頁. 国●ω9巨黛犀ぼぎ蚕①三畦N弩ooけ冨8﹃oN㊦のの自含琶空↓亀一レ綿Nあ・89. −四五頁参照︒ ︵二二︶. 四 宣告猶予と刑罰論との関係は︑執行猶予との関係をみるときにまた触れることになるので︑ここでは︑起訴. 便宜主義ないし起訴猶予との関係で︑準備草案の予定する宣告猶予の要件について若干のことを付言するにとどめ よう︒. ヤ. ぺ. ペ. ヤ. ヤ. 起訴便宜主義の趣旨にてらし︑公訴を提起する必要がなかったと判断されるばあいに裁判所の採るべき措置とし. て宣告猶予がみとめられることになるとすれば︑現実的な理論の問題としては︑そこから論理必然的に生ずる帰結. 一六三. は︑少なくとも起訴猶予の要件と宣告猶予の要件とは合同関係になければならないということであろう︒起訴猶予 宣告猶予の目的..

(30) 論. 説︵須々木︶. 一六四. が︑行為主義的に制約されながらも︑すべての罪種について観念的に可能であるとすれば︑そこで留保された行為. 者主義的考慮を尽すべき宣告猶予も︑同様でなければならなかったはずであるし︑起訴猶予が前科者についても観. 念的には可能であるとすれば︑宣告猶予についてもそのようでなければならなかったはずである︒このような論理. 的筋道があるにもかかわらず︑宣告猶予のための要件がきわめて制限的に構成された理由は明らかでない︒準備草 ︵一︶ 案理由書は︑﹁漸進的にこの制度を採用しようという趣旨である﹂とするが︑漸進的に採用するためにまずもってこ. のような形式を採った理由︑それがわれわれの訊ねるところである︒一旦︑このような制度が行なわれることにな. ったとき︑この宣告猶予は中途半ぱな意味をもたされたものであるなどと説いて満足するものはあるまい︒. この制度が実現されたとき︑かかる制限的な宣告猶予のもつ意味は︑次のようになると考えられる︒. 第一は︑起訴便宜主義ないし起訴猶予にたいし逆規制を計るということ︒つまり︑実質的には起訴便宜主義の働 ヤ. ペ. く場面を行為主義的にみて軽微な事件に限定し︑さらに︑原則として前科者に起訴便宜主義的考慮を許さぬことに. よって︑行為者主義的見地を抑制すること︒この点は︑起訴便宜主義は起訴法定主義を深化したものとみたり︑検 ︵二︶ 察官は一般予防の目的の考慮にこそ親しむはずである︑そこで特別予防のことを強調しうるだけの制度的裏づけが ない︑という学説的認識に傾くものがある︒. 第二は︑司法機関における政策的考慮を極力抑制し︑司法機能の弱体化を未然に防止しようとしていること︒行. 為主義的に軽微な事件についてであれば︑刑法学上︑構成要件該当性阻却の理論︑可罰的違法の理論も行なわれ︑ ︵三︶ とくに前者との関係で刑訴法三三九条一項二号の活用のことが論ぜられている現状にてらし︑ここで理論的に大き.

(31) な抵抗をうける心配のない学説的状況ができつつある︒. 第三に︑宣告猶予と執行猶予との質的相違を重視しないといヶこと︒同じ裁判所による猶予制度であるから︑起 ヤ. ヤ. 訴猶予にたいする関係でバランスをとるよりも︑執行猶予にたいする関係で調和をはかるほうが目映りがよい︒お. そらく︑宣告猶予は︑執行猶予以上に寛大な措置であるという印象を避けがたいものと懸念した結果がこれであろ うo. 以上三点︑これがわれわれの邪推にすぎぬとすれば︑そして︑そのような意図のないことを納得させるような制. 度目的の説明が可能であるとすれば︑さいわいである︒刑法の改正は︑全刑事法の改正を覚悟ずるものであろう︒. とすれば︑検察官における刑事政策活動︑なかんずく早期処遇︑積極的処遇を阻害する方向に立法化を進めること. は︑決して好ましいことではない︒もし︑そこで︑検察官の負担過重︑検察官の活動のゆきすぎのおそれを顧慮す. るならば︑裁判所にたいしてその積極的な刑事政策的機能の発揮を許容すべきものであろう︒宣告猶予と執行猶予. との同質性にたいする誤解は︑もしそのような誤解があるとすれば︑これは︑重大な問題である︒刑法典に仮釈放. 平野竜一︑犯罪者処遇法の諸問題︵上掲︶六四頁︒. 一六五. の規定がある以上︑同じ刑法典に宣告猶予の規定があっても不思議はないが︑宣告猶予は刑訴法の問題であるとい う見解のあることは︑軽視すべきものではない︒. ︵二︶. 青柳文雄︑社会的相当性についての実務的考察︑法学研究三五巻一二号︵昭和三七年︶二二頁参照︒. ︵一︶ 準備草案理由書︵上掲︶一六六頁︒. ︵三︶. 宣告猶予の目的.

(32) ︵一︶. 説︵須々木︶. 一六六. 準備草案の理由書は︑執行猶予があるにもかかわらず宣告猶予を設けなければならない理由を︑次のように. 三. 自由刑については︑その再評価こそが関係者の関心事となっている︒. 施設外処遇一般の問題であり︑刑罰の謙抑主義の問題であり︑具体的正義の問題である︒ことに︑今日では︑短期. て︑刑罰一般にかかわる事柄としてこれを論ずる必要のあることは︑すでに自明のことと言ってよい︒その要点は︑. 以下の懲役・禁鋼︑五千円以下の罰金について執行猶予をみとめる以上︑短期自由刑の弊害回避の問題意識をこえ. り指摘されたことではあるが︑現在では︑そのようなことに視点を限って説をなすものは︑むしろ稀である︒三年. され︑その制度的拡張が意図されつつ現在にいたっている︒執行猶予と短期自由刑の弊害との関係は︑その当初よ. ︵二︶. 刑の執行猶予の制度は︑明治三八年に採用されて以来︑ほとんど学者のあいだに異論をみることなく肯定・是認. 影響をさけることができる﹂と︒. を犯した場合に更に執行猶予ができるかという点で︑宣告猶予の場合と相違がある︒宣告猶予の場合には︑右のような法律的社会的. ない︒執行猶予は有罪判決の宣告であるから︑前科者として犯罪人名簿に登載され︑種々の資格制限を受けることとなる︒又再び罪. 認定をして宣告するのであるから︑﹃犯罪に処せられたもの﹄として︑これに伴う法律的社会的効果を受サることをさけることができ. ﹁執行猶予の制度は︑これによって短期自由刑の執行による弊害をさけることができるけれども︑執行猶予をするには︑なお有罪の. 述べている︒. 一. 論.

(33) 準備草案の理由書は︑起訴猶予にたいする関係をとりあげたときと同様に︑宣告猶予を︑執行猶予の不備を補正. し︑犯人の更生保護を積極的に推進する措置を可能ならしめる制度として想定する︒準備草案の理由書がとくに指 ︵三︶ 摘するところは︑犯罪人名簿のこと︑﹁犯罪に処せられたこと﹂にともなう付随効果のことである︒このような犯罪 者の更生にたいする障碍を排除するために宣告猶予は必要であるとする︒. しかし︑この点は︑執行猶予自体の問題であって︑宣告猶予の採否と直接関係する密度は稀薄である︒しかも︑. 犯罪人名簿の点については︑とくにその非公開を徹底することによって︑犯罪者の更生の障碍を設けぬようにする. 途はすでに開かれていると言っても良く︑この制度の改善に問題をゆだねれば十分である︒検討を要すべき点は︑. 刑の言渡にともなう付随効果たる資格制限のことにかぎられる︒たしかに︑形式的公正の担保を必要とする法制度. および企業の存在を否定するというのは︑現実的な発言でない︒行為者主義的な実質的思考に偏した帰結を貫き︑. ヤ. ペ. ヤ. 刑の言渡にともなう付随効果たる資格制限を廃止すべしとすることには疑問がある︒また︑特定の法制度および企. 業の形式的公正を担保すべき当該制度において︑問題を実質的審査にゆだねようとすることには賛同しがたいもの. がある︒しかし︑ともかく︑執行猶予がみとめられたばあいについては︑準備草案八○条は︑資格制限の排除を可. 能ならしめることによって︑救済措置を講じている︒比較的軽い実刑を科されたばあいとの均衡を失するのではな. いかという疑問もないわけではないが︑その点は︑資格制限の制度自体の改善をまつほかはない︒ただ︑この資格. 一六七. 制限との関係で宣告猶予のことを強調するときは︑宣告猶予が一種の脱法行為を意図するものであるかのごとき印 象を与える結果になる点は︑記憶すべきところであろう︒ 宣告猶予の目的.

(34) 論. 説︵須々木︶. 検討を要する点は︑刑の言渡の要否をめぐる問題と︑個別処遇の間題である︒ ︵一︶ 準備草案理由書︵上掲︶一六五頁︒. 一六八. 詳細については︑須々木︑執行猶予の目的︑早稲田法学四一巻一号︵昭和四〇年︶五九頁ー一〇八頁参照︒なお︑現行法の. 両者につき︑とくに︑団藤重光︑刑法綱要総論︵昭和三二年︶四二八頁ー四三一頁︑四三七頁−四三九頁︑註釈刑法︵1︶. 問題点については︑とくに︑註釈刑法︵1︶︵昭和三九年︶︵藤木︶一八一頁ー二二六頁がすぐれている︒. ︵二︶. ︵三︶. 刑の言渡の要否にかんする問題の検討は︑さまざまの視点において可能であり︑またさまざまの方向からす. ︵上掲︶︵所︶二四八頁ー二五二頁参照︒なお︑正木亮︑刑法と刑事政策︵昭和三八年︶一八四頁ー一九七頁︒. 二. る検討を試みる必要もあろうが︑刑事政策学の視点からするそれに限定するのが本稿の出発点であったから︑ここ でも︑その限界は守ることにしよう︒. ︵一︶. ︵一︶刑罰論との関係︑ ︵二︶一般予防の目的との関係︑ ︵三︶. ︵四︶刑事政策にたいする司法的抑制との関係である︒. そこで︑われわれが見なければならないのは︑. 特別予防の目的との関係︑. ︵一︶ 第一に︑刑の言渡は︑刑罰論との関係で︑どのような意味をもつであろうか︒. わが国の刑法体系は︑行為刑法である︒行為刑法ということで何を理解すべきかは一つの問題であるが︑応報刑. 論にたってこれをみれば︑刑事実体法上の法律要件の中核的部分を行為の類型的記述であるとし︑これに該当する. 行為における違法︑行為にたいする責任︑行為にたいする刑罰を論ずることになるはずである︒このばあい︑法定. 刑は︑行為にたいする個別的・観念的な否定的評価︵可罰的評価︶の表示であり︑宣告刑は︑当該行為にたいする個.

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