毎月5日・15日・25日発行(ただし1月5日、5月5日、8月15日は休刊) ISSN 1881-4417
ロシアNIS経済速報
社団法人 ロシアNIS貿易会 2011年(平成23年)8月25日号 No.1537 目 次ロシア・北 朝 鮮 関 係 の20年
... 齋藤 大輔 1 トピックス ... 10 道銀、ロシア向け貿易保険付保/10 道銀、ガスプロム銀と連携/11 TMバイカルが木材乾燥機を増設/11 シャープがウクライナに販社/11 サードウェーブ、ウクライナ製放射線測定器販売/11 エトセトラ ... 11 「第3回日本カザフスタン経済官民合同協議会」のご案内/11 『調査月報』2011年9-10月号のご案内/12ロシア・北 朝 鮮 関 係 の20年
ロシアNIS経済研究所 主任 齋藤 大輔はじめに
北朝鮮の金正日総書記が20日、9年ぶりとなるロシア訪問を開始した。24日には東シベ リアのブリャート共和国ウランウデで金総書記とメドヴェージェフ大統領の首脳会談が行 われる予定という。首脳会談の結果については報道に任せるとして、ここでは、両国関係 の20年を振り返ってみよう。1.政治:途絶えた首脳交流
国際的に孤立し、経済が破綻している北朝鮮と、ロシアはおよそ17kmにわたって国境を 接している。ロシアの沿海地方が日本海に注ぐ豆満江を挟んで接する。 ロシア、北朝鮮、中国の3ヵ国国境が交差する付近にある鉄道橋が、両国間の唯一の連 絡路となっている。列車は1日1本程度しかなく、人とモノの往来は活発ではない。静ま りかえったその光景をみていると、停滞する両国関係の現在を物語っているようだ。ROTOBO
Connecting Marketsロ朝国境 モスクワ・平壌を結ぶ列車 (沿海地方ハサン、2004年3月撮影) (ハバロフスク駅、2011年8月撮影) ロシアは、核開発で孤立を深める北朝鮮の暴走を食い止めるために、経済が苦しくなる と、食糧やエネルギーの支援を続けてきた。最近も、穀物5万tの支援を決め、北朝鮮の 通信社によると、最初の支援物資を積んだ船が北朝鮮東部の港に到着したという。2008年 には6ヵ国協議の合意にもとづき、核無力化の見返りとして重油を支援した。地域レベル でも、国境を接する沿海地方が1997年に食糧支援で極東地域のイニシアティブをとったほ か、2004年4月に龍川で起きた列車爆発事故を受けて人道支援物資を供与した。 ロシアは中国と同様、金正日体制が崩壊して朝鮮半島が混乱に陥るようなことになれば、 米軍が駐留する韓国と接することに強い危機感をもつ。そのため、北朝鮮の経済的立ち直 りに期待し、北朝鮮が経済的に困るようなことがあれば、その都度、支援の手を差しのべ てきた。北朝鮮が混乱すれば、わずか17kmといえども、難民がなだれ込んでくるとも限ら ない。そうなれば、沿海地方や他のロシア極東地域に社会不安を引き起こす懸念がある。 ソ連と北朝鮮の友好関係は、ソ連時代に政治軍事同盟として堅い結びつきを誇った。ソ 連は北朝鮮を「東洋における社会主義陣営の前線基地」として、北朝鮮の成立と経済発展 を全面的に支援した。なかでも、1960~1970年にかけて、ソ連は数多くの科学技術を提供 し、専門家を派遣し、朝鮮戦争後の北朝鮮の産業基盤の再生に大きな役割を果たした。し かし、その後、北朝鮮はソ連のペレストロイカ、中東欧の社会主義同盟国の民主化に否定 的な立場をとり、両国間に溝ができた。その溝が決定的に深まったのは、ソ連が韓国との 国交を正常化したことである。ソ韓関係は1990年にダイナミックな発展を遂げた。4月に 国交樹立で合意、6月には米国のサンフランシスコでゴルバチョフ・盧泰愚両大統領の電 撃的首脳会談があり、9月には正式に国交が樹立された。同年12月には盧大統領が訪ソし、 さらに1991年4月にはゴルバチョフ大統領が訪韓した。一方、北朝鮮に対しては1990年に 友好価格から国際価格にもとづく国際通貨(ハードカレンシー)による決済変更を求め、 貿易が激減した。このような動きに対し、北朝鮮は反発を強め、両国関係は冷却化した。 ソ連外交を引き継いだロシアは、ソ連と北朝鮮の基本文書である「友好・協力・相互援
助条約」の軍事条項の見直しを表明。一方、その間に韓国とは1992年11月にエリツィン大 統領が訪韓し、基本条約を締結した。ロシアが韓国を緊密なパートナーとみて急速な接近 を図ったことで、北朝鮮との関係冷却化は決定的となった。 ロ朝間の溝が深まる中で、1994年7月に金日成が死去した。その翌年、ロシアは友好・ 協力・相互援助条約の破棄を正式に通告した。 ソ連(ロシア)と北朝鮮の関係は、西側という共通の敵がいたことで団結していた面が 強く、ロシアと北朝鮮の指導者との間の個人的なパイプは細い。新生ロシア誕生以降、金 日成、後を継いだ金正日の訪ロ、エリツィン大統領の訪朝は先送りされてきた。その間に 韓国との間では、首脳同士が相互訪問し、国防レベルでの協力も進むなど、外交関係を格 上げすることに成功した。北朝鮮とは政府レベルの交流は続いていたが、エリツィン時代 に首脳交流までには関係改善は進まなかった。 2000年に2月に両国は新基本条約「友好善隣協力条約」を締結すると、同年7月にプー チン大統領が北朝鮮を訪問、2001年7、8月、2002年8月の2度にわたり金正日総書記が ロシアを訪問し、関係改善を演出した。北朝鮮首脳の訪ロは1986年10月以来15年ぶり、ロ シア(ソ連)首脳の訪朝はロシア(ソ連)の指導者として歴史上初めてのことであった。 しかし、ロシアが北朝鮮の核開発に反対する姿勢を明確にし、圧力をかけ続けたこと、北 朝鮮が日本海沖合でミサイル発射実験を繰り返したことなどで、関係が再び冷え込み、2002 年以降、首脳交流は行われてこなかった。 首脳レベル以外では活発な時期があった。2002年の金総書記の訪ロ後、2003年から2006 年にかけて朱相成人民保安大臣(当時)や金容三鉄道大臣(当時)など多くの公式訪問団 が極東地域を訪問した。一方、ロシア側もプリコフスキー極東連邦管区大統領全権代表や ダリキン沿海地方知事が訪朝するなど関係を深めた。なかでも、プリコフスキー代表は金 総書記の訪ロを通じて、個人的関係を構築し、度々訪朝するなど、首脳レベルのパイプが 細る中で、貴重なパイプ役を務めた。2005年末に環境・技術・原子力監督庁長官に転出し たプリコフスキー氏には、金総書記との個人的関係の深さから、両国関係発展に積極的に 関与することが期待されたが、その後の両国関係をみると、彼が関与した形跡はなかった。
2.経済:激減した貿易
ロシアの外国貿易統計によると、北朝鮮との貿易高は1989年に24億ドル、1990年に26億 ドルだったが、ソ連が解体した翌1991年には前年比86%減と大幅に減少した。北朝鮮の貿 易高に占めるソ連の割合は一時期、60%以上だったとされるが、1991年には十数パーセン ト足らずまで落ち込んだ。北朝鮮は重油や穀物など経済を支える重要物資の調達先と自国 製品の輸出先を失ってしまった。東欧の旧社会主義諸国との経済関係も急速に縮小し、北 朝鮮は経済的苦境に陥った。表1 ロシアと北朝鮮・韓国の貿易動向
(単位 100万ドル) 北朝鮮 韓国 総額 ロシア の輸出 ロシア の輸入 バランス 総額 ロシア の輸出 ロシア の輸入 バランス 1984 873.3 425.4 447.9 ▲22.5 1985 1,270.6 785.5 485.1 300.4 1986 1,720.7 1,078.6 642.0 436.6 1987 1,947.6 1,264.9 682.7 582.2 1988 2,634.3 1,747.0 887.3 859.7 1989 2,382.6 1,491.9 890.7 601.2 1990 2,563.7 1,516.3 1,047.4 468.9 1991 347.1 176.1 171.0 5.1 1992 292.3 227.1 65.2 161.9 956.9 203.8 753.1 ▲549.3 1993 223 169 54 115 697 391 306 85 1994 95.2 51.4 43.8 7.7 799.4 370.3 429.1 ▲58.8 1995 85.4 70.1 15.3 54.8 1,249.3 747.2 502.1 245.1 1996 64.8 35.8 29.0 6.9 1,984.2 1,184.8 799.5 385.3 1997 90.7 73.5 17.2 56.4 1,672.5 835.4 837.1 ▲1.7 1998 65.0 56.5 8.5 48.0 1,530.9 521.3 1,009.7 ▲488.4 1999 55.7 48.5 7.2 41.3 1,142.9 826.2 316.7 509.5 2000 46.1 38.4 7.7 30.7 1,330.9 972.1 358.8 613.3 2001 78.4 61.8 16.7 45.1 1,593.3 804.4 788.9 15.5 2002 79.6 68.7 11.0 57.7 2,201.2 1,271.2 930.0 341.2 2003 113.7 110.7 3.0 107.8 2,654.3 1,323.6 1,330.6 ▲7.0 2004 209.6 204.9 4.8 200.1 3,989.6 1,963.3 2,026.3 ▲63.0 2005 233.2 226.3 6.9 219.5 6,364.4 2359.2 4,005.3 ▲1,646.1 2006 210.5 190.4 20.1 170.4 9,515.6 2,735.0 6,780.6 ▲4,045.6 2007 159.8 126.1 33.7 92.4 15,005.5 6,167.6 8,837.9 ▲2,670.3 2008 110.8 96.8 13.9 82.9 18,383.4 7,789.5 10,593.9 ▲2,804.4 2009 49.6 41.8 7.8 34.0 10,530.5 5,664.2 4,866.3 797.9 2010 98.7 82.3 16.4 65.9 17,707.8 10,435.0 7,272.8 3,162.2 (注)1991年以前のソ連と韓国の貿易データはなし。1995年~2009年のデータはおもに『外国貿易統計』 の翌年版の数字を採用。 (出所)1985年~1990年は当会調査月報(1992年2月号)、1991年は輸出入計606.3(100万ルーブル)、輸 出307.6(同)、輸入298.7(同)を同年の商業レートの平均値1ドル=1.7466ルーブルで換算、1992 年は当会調査月報(1993年12月号)、1993年は当会調査月報(1994年7月号)、1994~2010年はロ シア連邦税関局『ロシア連邦の外国貿易通関統計』(各年版)。表2 ロシアの対北朝鮮輸出商品構成
(上段が数量、下段が金額(単位は1,000ドル) 2008 2009 2010 % % % 11.01 小麦粉(t) 2,928 2,508.3 2.6 11,010 5,084.7 12.2 1,421 415.4 0.5 27.01 石炭及び練炭(〃) 192,388 15,198.7 15.7 37,720 4,750.0 11.4 87,457 10,982.4 13.3 27.10 石油製品(〃) 42,000 26,415.7 27.3 4,000 2,887.7 6.9 28,000 16,454.6 20.0 ガソリン(〃) 461 644.8 0.7 2,420 1,373.9 3.3 - - ディーゼル燃料(〃) 18,748 14,323.9 14.8 916 544.0 1.3 27,125 15,131.9 18.4 重油(〃) 22,429 10,682.1 11.0 -- - 31.02 窒素肥料(〃) 1,321 420.7 0.4 7,384 1,694.9 4.1 2,266 568.9 0.7 44.03 木材(m3) 45,118 4,453.7 4.6 23,633 1,952.3 4.7 19,331 2,023.3 2.5 44.06 木製の鉄道用又は軌道用 のまくら木(〃) -3,493 826.5 2.0 4,020 1,321.1 1.6 47.03 化学木材パルプ(t) 36,735 19,025.3 19.6 16,554 5,852.6 14.1 2,556 1,674.0 2.0 48.11 紙、板紙、セルロース(〃) 30 270.1 0.3 120 1,221.0 2.9 184 1,814.4 2.2 72.07 鉄又は非合金鋼の半製品 (〃) 5,112 2,556.0 2.6 -- - 72.08 鉄又は非合金鋼のフラッ トロール製品(〃) 1,941 2,023.8 2.1 -627 808.9 1.0 73.02 レール、ガードレール(〃) -1,293 1,456.0 3.5 854 1,537.7 1.9 84.08 ディーゼルエンジン(台) 120 1,950.0 2.0 72 1,011.9 2.4 12 124.0 0.2 84.11 ターボジェット、ターボプロ ペラその他のガスタービン(t) 4 3,102.3 3.2 -0 515.0 0.6 87.03 乗用自動車(台) 593 5,149.2 5.3 534 4,404.1 10.6 4 70.0 0.1 87.04 貨物自動車(〃) 5 202.9 0.2 15 1,073.3 2.6 6 357.2 0.4 87.08 自動車部品 -1,322.3 1.4 -224.6 0.5 - 603.1 0.7 合計 96,882 100 41,592 100 82,271 100 (注)2008~2010年の3年間で単年の輸出金額が100万ドルを超えた商品のみ掲載。シェアは金額。 (出所)ロシア連邦税関局『ロシア連邦の外国貿易通関統計』(各年版)。表3 ロシアの対北朝鮮輸入商品構成
(上段が数量、下段が金額(単位は1,000ドル) 2008 2009 2010 % % % 25.05 天然の砂(t) -21,007 374.4 4.8 289,270 4,650.2 28.3 40.11 ゴム製の空気タイヤ(本) 4,718 292.0 2.1 9,258 523.9 6.7 2,712 140.2 0.9 70.05 フロート板ガラス及び磨 き版ガラス(m2) 448,626 893.6 6.4 -- - 85.12 電気式の照明用又は信号 用の機器(t) -12 958.3 12.3 2 108.4 0.7 85.17 有線電話用又は有線電信 用の電気機器(台) 301,886 1,021.7 7.3 -117,321 1,999.5 12.2 85.29 レーダー、テレビ受像機 器等の部分品 -270.2 1.9 -310.9 4.0 - 512.4 3.1 85.40 熱電子管など -659.3 4.7 -- - 89.01 貨物船(隻) 1 440.1 3.2 1 900.0 11.6 1 1,285.5 7.8 合計 13,946 100 7,777 100 16,408 100 (注)2008~2010年の3年間で単年の輸入金額が50万ドルを超えた商品のみ掲載。シェアは金額。 (出所)ロシア連邦税関局『ロシア連邦の外国貿易通関統計』(各年版)。 ロシア連邦関税局が2011年に発表した「ロシアの外国貿易統計」によると、2010年の貿 易高は9,870万ドルと、1990年の25分の1、2010年のロ韓貿易の約200分の1であることがわ かった。ロシアの北朝鮮への輸出は8,230万ドルと貿易全体の約83%を占めるのに対し、輸 入はわずか1,640万ドルしかない。 両国の貿易高はソ連解体後の1993年から2002年まで1億ドル以下の水準にとどまってい たが、2003年に1億ドルを突破し、2004年には2億ドルまで膨らんだ。貿易収支はソ朝貿 易の時代からロシア(ソ連)の黒字が続いている。 ロシアからはディーゼル燃料や石炭などのエネルギー資源、木材などの天然資源、小麦 が主役、逆に北朝鮮からは天然の砂や通信機器などの機械類が主体になっている。 ロシアは、核放棄の見返り措置として、度々、北朝鮮に重油を支援してきたが、統計か らも重油やディーゼル燃料などのエネルギー資源が最大の輸出品となっていることが分か る。両国間にはパイプラインや鉄道積み換え施設などはない。ナホトカやウラジオストク まで鉄道で運び、そこからタンカーで輸出しているものとみられる。 また、2009年と2010年に「鉄道用又は軌道用のまくら木」(貿易番号44.06)と「レール、 ガードレール」(同73.02)が輸出されているが、これは後述の経済協力の鉄道改修プロジェ クト向けである。ハバロフスク駅で列車を待つ北朝鮮労働者(2011年7月撮影) 両国の国境を挟んで接しているロシア極東と北朝鮮との貿易をみると、北朝鮮が国際的 な孤立を深めるなかで低迷し、貿易高は2009年820万ドル、2010年1,350万ドルになっている。 ただ、両国の関係を考える上で、ロシア極東との結びつきは重要である。貿易高はわずか にすぎないが、沿海地方やハバロフスク地方をはじめ極東地域には数多くの北朝鮮労働者 が建設現場や伐採現場で働いている。ナホトカには総領事館があるほか、ウラジオストク には、北朝鮮政府直営の「平壌食堂」が2軒もある。なお、ロシアの外国貿易統計をみる と、2008年から2010年に毎年1隻ずつ貨物船が北朝鮮から輸入されているが、おそらくは 沿海地方との造船協力によるものであろう。
3.関係支える北朝鮮労働者
両国関係を支えているのが北朝鮮労働者のロシアでの出稼ぎだ。北朝鮮が労働者を提供 して、ロシアの森を切り、木材を両国で分け合う共同事業が1960年代後半から40年以上に わたって続いているほか、経済発展に伴い、ロシア極東を中心に建設現場や農場への派遣 が増えている。北朝鮮からの出稼ぎ労働者は、公式統計によれば、2007年に3万2,600人、 2008年に3万4,900人になっている。北朝鮮からの労働者は国同士の取り決めにもとづき、 厳重に管理されているため、不法滞在者は存在しない。ロシアでも「きつい、汚い、危険」 の3K労働をしたがる若者は少ない。労働力を売って外貨を獲得したい北朝鮮側と、労働力 不足に悩むロシアは利害が一致する。彼らは建設作業や農作業を嫌な顔をせずによく働く。 しかも国同士の取り決めできているため、賃上げを求めたり、労働条件の改善を要求した りすることもない。低廉で質の高い労働力の需要は高く、労働枠の空きを待つロシア企業 も少なくない。 このうち、ロシア極東では2万人以上が働いているとされる。人口流出が止まらないロ シア極東では、海外からの出稼ぎ労働者がいなければ、経済が立ち行かなくなっており、 北朝鮮労働者は貴重な労働力となっている。ロシアは海外からの出稼ぎ労働者の受け入れ を基本的に制限しているため、無制限に流入が進むわけではないが、経済成長維持のためには、北朝鮮労働者に頼らなければならない状況にある。一方、深刻な外貨不足に悩む北 朝鮮も派遣労働者の数を増やすことを希望している。双方の利害が一致する。 北朝鮮が労働者を提供して、ロシアの森を切り、木材を両国で分け合う共同事業は1967 年から続いている。伐採現場はハバロフスク地方とアムール州の森林地帯である。労働者 らは列車で国境を通過し、ハバロフスクで乗り換え、現場の奥地に向かう。ハバロフスク にある北朝鮮林業省代表部が労働者を管理している。ロシア政府の統計では、両州で働い ている北朝鮮人は8,000人弱であるが、その大半が伐採作業に従事しているとみられる。 ソ連解体後の1993年に伐採労働者の人権問題がクローズアップされた。両国間には、伐 採労働者が脱走したり、罪を犯したりした場合、双方の治安機関が協力し合う協定があっ た。ロシア領内にもかかわらず、脱走した伐採労働者を北朝鮮の治安機関が捕まえて処罰 していることにメディアの注目が集まると、民主国家に踏み出したばかりのロシアは協定 の無効を決めた。 共同事業は協定を見直した上で、現在も続いている。制裁で経済が困窮状態にある北朝 鮮にとって、ロシアへの労働力輸出は貴重な外貨獲得源となっている。
4.頭痛める脱北者問題
労働者が過酷な労働に耐えかねて脱走し、ウラジオストクにある韓国総領事館やその他 の国の在外公館に政治亡命を申請する事件が年に数件程度起きている。生活が苦しい北朝 鮮から逃げてくる脱北者の亡命事件は、ロシアではあまり多く発生していない。国境管理 が中国と比べると厳しい上、顔の形や肌の色が違うロシアに逃げ込むとすぐに見つかって しまう恐れがあるためだ。むしろ、合法的に働きに来ている労働者の「亡命」が問題とな っている。 ロシアは脱北者を難民と認めず、脱北者を発見した場合、不法入国者と位置づけ、北朝 鮮に送還している。ただ、労働者が「亡命」を求めれば、本国に送還するようなことはせ ず、一定期間の取り調べの上、解放しているとの情報もある。強制送還はロシアのイメー ジを損ない、国際社会からの批判を受ける。ロシアも中国と同様に北朝鮮人の亡命への対 応に苦慮している。 最近では、2010年3月に北朝鮮労働者2人が第3国への亡命を求めてウラジオストクの 韓国総領事館に駆け込む事件があった。同じ3月には、米国総領事館に駆け込もうとして いた別の北朝鮮労働者がロシアの治安機関に拘束される事件も起きた。韓国総領事館には、 常時数名の亡命希望者がいるとされる。 ロシアで、朝鮮系ロシア人(朝鮮族)の人口は約15万人(2002年の国勢調査)。ロシアの 少数民族の中ではさほど多くはない。このうち、およそ42%の6万2,000人(同)がロシア 極東に住んでいる。旧ソ連全体では40万~50万人いるとされる。多いのは中央アジアのウズベキスタンやカザフスタン、ロシア極東だが、モスクワやサンクトペテルブルグにも少 数だが住んでいる。日本の植民地化を嫌って沿海地方に逃れてきた朝鮮人が、1930年代の スターリンによる大量粛清で、中央アジアへ強制移住させられた。彼らがロシア極東に帰 還できたのはソ連解体後だった。朝鮮系ロシア人が北朝鮮逃亡者の隠れミノになっている 可能性はある。ウラジオストクやハバロフスクには大量の中国人や東南アジア人が働きに 来ており、街中をアジア人が歩いていても違和感はない。最初は警戒していたロシア人も アジア系の人々との共存に慣れてきた。同じアジア系の顔をした人々の群れに入り込めば 目立たないのは確かだ。
5.経済協力プロジェクト
両国の経済協力として、北朝鮮の鉄道を改修するプロジェクトがある。沿海地方のハサ ンと、北朝鮮北部の港湾都市・羅津の間に敷かれた長さ52kmの老朽化した鉄道を改修し、 さらに羅津港にコンテナターミナルを新設して、羅津港とシベリア鉄道を活用した物流を 実現させようというもので、2008年10月に着工した。10年前に金正日総書記とプーチン大 統領(当時)との間で合意された。当初は2009年秋の完了を目指していたが、北朝鮮政府 の許可が下りず、着工直後に工事はストップした。2010年5月に事業会社とロシアの建設 会社との間で契約が結ばれ、ようやく動き出した。ロシア鉄道極東支社が2011年2月に発 表した報告によると、豆満江や雲山、ソンボンなど6駅のレール(およそ11.5km)を新し くし、ポイント23ヵ所を設置するとともに、路盤2万9,100m2を更新し、クレンプヒョン・ 雲山間でまくら木を交換した。今後は、雲山(490m)、ウンラ(3,850m)、マンプホ(201m) のトンネル3ヵ所の改修などを行い、2012年の完了を目指すという。 北朝鮮は、羅先を経済活性化に向けた拠点と位置づけており、中国、ロシアなどの企業 に税制面などの優遇措置をアピールしながら誘致活動を強化している。羅津港の一部埠頭 の使用権を中国とロシアにそれぞれ認めたとの報道もある。羅先は、中国やロシアに近い 北朝鮮北部の日本海沿いにある港湾都市である。1991年に自由貿易地帯に指定されたが、 核開発や政治情勢等の不安定要因により、開発は思い通りに進んでいない。北朝鮮は2009 年12月に金正日総書記が現地を視察して以降、同市を「特別市」に格上げするなど、経済 活性化の拠点にしようとしている。 羅津港の活用をめぐっては、中国も積極的に動いている。2009年11月、中国政府は延辺 朝鮮族自治州と吉林市、長春市を含む地域を「開発開放先導区」として、重点開発するこ とを決めた。ロシアと北朝鮮と国境を接するこの地域を「国境開発のモデルケース」に指 定して、地元の吉林省に対し、国境開発にこれまで以上に積極的に取り組むよう指示を出 している。 中国の東北地方はロシアと北朝鮮にふさがれる形で日本海に面していない。最大の課題は、海への出口をどう確保するかだ。国境の街・吉林省琿春市から50kmしか離れてない羅 津港を通じ、日本海に出る物流ルートの構築に強い意欲を示してきた。中国も十数年前か ら港利用の話を持ちかけているが、北朝鮮のわがままに振り回されてきた。ロシアのプロ ジェクトと同様、合意が順調に進むかは疑問だ。
6.おわりに
ロシアと北朝鮮はここ数年、政治・経済関係とも潜在力を生かしきれていない状態にあ る。両国関係を強化することが課題となるが、両国とも関係改善の必要性を認識しながら も、優先課題との意識をもってこなかった。ロシアは北朝鮮の核開発を問題視し、北朝鮮 は中国との関係強化に比重を置いてきた。互いに無関心だった。それが貿易統計に如実に あらわれた。両国政府間委員会も活動停止状態にある。 停滞する両国関係の中で、変わらないのが、北朝鮮の労働力輸出だ。北朝鮮にとって、 貴重な外貨獲得源となっており、労働力不足に直面するロシアにとっても、経済成長維持 のためには、なくてはならない存在となっている。両国の利害が一致する。労働力輸出は、 両国関係に左右されることなく、今後も続いていくものとみられる。 鉄道と並ぶ、もう1つの経済協力、パイプライン計画は、建設中のウラジオストクへの ガスパイプラインを北朝鮮経由で韓国まで延ばす構想だが、南北関係の悪化や北朝鮮の国 際的な孤立から計画は進展してこなかった。だが、ここにきて、ロシアが計画実現に積極 的な姿勢を見せている。金総書記の訪ロは当初、6月末に予定されながら、直前になって 延期されたが、背景の1つには計画の覚書をめぐり、合意できなかったことがあったので はないかとの見方がある。今回の首脳会談で具体的な進展が期待されるが、プロジェクト が動き出すには時間がかかるであろう。 中国と同様にロシアも北朝鮮でのビジネスに関心を持っており、ロシアと中国は競合関 係にある。今後は、ロシア企業が参入したり、中国企業とビジネスでぶつかったりする場 面もでてくるだろう。少なくとも「羅先開発」をめぐっては駆け引きが続いている。中国 側も具体的なプロジェクトの実現にまでは至っていない。ロシアと中国をてんびんにかけ ることで、より有利な条件を引き出そうとする北朝鮮の戦略が透けて見える。トピックス
◇道銀、ロシア向け貿易保険付保
株式会社北海道銀行は8月11日、取引企業のロシア向け輸出に対し、貿易保険を取り次 いだと発表した。独立行政法人日本貿易保険と2011年4月に業務提携して以来、初めての 事例。保険を取り次いだのは輸出商社の北海道貿易開発株式会社で、同社がウラジオストクやサハリン向けに食品品目を輸出する取引が対象になる。福島第一原子力発電所事故に よる放射能汚染の風評被害で荷受けを拒否された場合などに金銭保証する。契約金額は約 300万円。
◇道銀、ガスプロム銀と連携
株式会社北海道銀行は8月17日、ロシア最大の非国有銀行で、ロシア3大銀行のひとつ であるガスプロム銀行との間で、ルーブルのコルレス口座開設および送金業務にかかる契 約を締結した。同行がロシアで同様の契約を締結するのはVTB銀行に続いて2行目、ガス プロム銀行にコルレス口座を開設するのは邦銀で初めてとなる。◇TMバイカルが木材乾燥機を増設
『北日本新聞』(2011.8.10)は、株式会社田島木材(本社:富山市)が三井物産との合弁 会社で、イルクーツク州にあるTMバイカルの木材乾燥機を8基増設し、30基体制になった と報じた。全体に占める乾燥材の生産割合を現状の6割から8割に引き上げるという。TM バイカルの木材生産能力は月1万㎥。北洋材ビジネスをめぐっては、ロシア政府が自国製 材業育成のため2007年から原木の輸出関税を段階的に引き上げた影響で、加工した製品・ 半製品が主流となった。◇シャープがウクライナに販社
『日本経済新聞』(2011.8.9)によると、シャープ株式会社がこのほどウクライナに液晶 テレビ、冷蔵庫、複合機などの販売子会社を設立した。同社はすでにCIS中東欧諸国で営業 拠点を展開しているが、法人格をもつ販社はロシアに続き2カ国目。現地法人は社員6人 でスタートし、順次拡大するという。◇サードウェーブ、ウクライナ製放射線測定器販売
『日経産業新聞』(2011.8.5)は、パソコン販売店「ドスパラ」を運営する株式会社サー ドウェーブ(本社:千代田区)がウクライナの測定機器大手エーケーピー社などとの間で、 日本国内における放射線測定器販売に関する契約を結んだと報じた。エ ト セ ト ラ
◇「第3回日本カザフスタン経済官民合同協議会」のご案内
10月6日、カザフスタンのアスタナにおいて、「第3回日本カザフスタン経済官民合同協 議会」が開催されます(事務局:ロシアNIS貿易会)。日本カザフスタン投資環境整備ネッ トワークのサイトに詳しいご案内を掲載いたしましたので、ご参照のうえ、奮ってご参加 ください。 →http://www.jp-kz.org/conference/3rd.html◇『調査月報』2011年9-10月号のご案内
当会『ロシアNIS調査月報』2011年9-10月合併号が発行されましたので、 ご案内申し上げます。「ロシアの貿易と極東の対外関係」と題し、貿易統計 の紹介を中心とした特集をお送りしております。主な掲載記事は下記のと おりです。 詳しくは→http://www.rotobo.or.jp/publication/monthly/m201109.html特集◆ロシアの貿易と極東の対外関係
調査レポート2010年のロシアの貿易統計
ロシアNIS経済研究所 次長 服部 倫卓 調査レポートAPEC準備と極東の未来
ロシアNIS経済研究所 主任 齋藤 大輔 調査レポートロシアの製鉄原料部門の現状
―貿易動向を中心に―
ロシアNIS経済研究所 部長 坂口 泉 データバンク2010年のロシア極東の貿易
データバンク2010年のロシア極東の外国投資受入状況
ミニレポート ロシアの石油ガスの輸出関税をめぐる動き(坂口 泉) ビジネス最前線ロシアでの油田随伴ガス回収事業と排出権取引
三菱商事㈱ 稲田 和男さん 竹下 章一さん 研究所長日誌 19世紀後半欧米に派遣された日本使節団が見たものは(遠藤 寿一) INSIDE RUSSIA ロステフノロギーをめぐる攻防(服部 倫卓) ロシア首長ファイル ハンティ・マンシ自治管区コマロヴァ知事(中馬 瑞貴) エネルギー産業の話題 ヤマロ・ネネツでの随伴ガス利用状況(坂口 泉) 自動車産業時評 新旧工業アセンブリー措置と各自動車メーカー(坂口 泉) ロジスティクス・ナビ ロシアの高速旅客鉄道(辻 久子) ロシアビジネスQ&A ◎ロシア産わらびが日本に来るまで(矢部 克) 発行所社団法人 ロシアNIS貿易会
http://www.rotobo.or.jp 〒104-0033 東京都中央区新川1-2-12 金山ビル Tel(03)3551-6215 編集担当部署 ロシアNIS経済研究所 Tel(03)3551-6218 Fax(03)3555-1052* * * * * 年間購読料 eメール配信 18,000円 ハードコピーの郵送 23,000円 購読のお問い合わせ・お申し込みは ロシアNIS経済研究所 Tel(03)3551-6218 [email protected](本アドレスは購読のお問い合わせ・お申し込み専用です) * * * * * Copyright©ロシアNIS貿易会 2011 掲載記事の無断転載を禁じます