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西鶴本浮世草子における待遇表現の考察 : 行為指示から見た表現効果を通して

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(1)論文題目. 西鶴本浮世草子における待遇表現の考察.    行為指示から見た表現効果を通して一’. 1 本稿の目的について. 専 攻. 教科・領域教育. コース. 言 語(国語). 学籍番号. M O3126J. 氏 名. 岸本 一成. H 西鶴本における行為指示表現と表現効果. ①西鶴本研究の新しい可能性の発見. A『好色一代男』.  西鶴本研究では、文体等の表現研究で新たな. 一色道のr粋」とr遠慮jに基づく待遇意識一. 視点の発見が待たれている。r西鶴の表現」を.  『好色一代男』は、主人公の世之介が色道を. 確定することが必要だからである。本稿では代. 極めていく一代記的ストーリーである。前半は. 表作の行為指示表現に焦点化し、待遇意識・場. 色道修行の世之介と下層の遊女の関係が、後半. 面に応じた使い分けを分析することで、表現形. では粋人に成長する世之介と都市の太夫の関係. 式と表現効果を考察する。. が発話に描かれる。具体的には、前半は話し手. ②近世前期における待遇表現の考察. 受益の場合で、下位者から上位者への尊敬語の.  従来の近世語研究においては口語資料の分析. 命令形使用による表現形式や、上位者から下位. に重点が置かれ、近松の浄瑠璃などが研究の素. 者に対する省略型の表現形式が特徴的である。. 材とされてきた。西鶴の文章は雅俗折衷文体で、. 前者は客の判断に任せる商人の待遇意識が反映. 当時の口語資料として分類や扱いが困難である。. している。また、後者の省略による表現形式は. そのため研究対象にされなかった側面がある。. 上位者の機微をわきまえた「粋」が表れている。. しかし、若年から俳譜師であった西鶴にとって、. 後半は、話し手受益の場合で、上位者から下位. 言葉の洗練こそが重要な仕事であった。その西. 者への謙譲語の命令形使用による表現形式と、. 鶴の浮世草子における表現意識は、待遇表現研. 話し手受益の上位者から下位者への通常語によ. 究の立場からは興味を惹く。本稿では、積極的. る表現形式が特徴的であり、客の尊大な意識が. に雅語的な表現も分析の対象として扱う。. 見える。また、省略による表現形式も使用され. ③階級・階層を描く表現形式の分析. ており、相手の拒否を恐れる意識が娩曲的な省.  近世は貨幣経済が進展し、階級内の階層分化. 略表現を使用させる。心理的に下手に出て、聞. が進んだ。様々な階層の人々が社交的言語生活. き手の判断を待つ待遇意識(遠慮)の表現形式. を始めた時代である。西鶴本は、各階級・階層. である。. の社会を描写しており、各々の社会に属する人. B『武家義理物語』. 問の待遇意識が反映している。その待遇意識を. 一武家の体面と品位に基づく待遇意識一. 表す行為指示表現の様々な表現形式の分析を通.  『武家義理物語』は、町人による一般的な武. して、表現効果を考察する。. 士像の認識が描かれている。近世は武士が兵士 としてでなく、家柄や名目の為に生きる時代. 一1一.

(2) であった。『武家義理物語』では、発話におけ. 皿 まとめと今後の課題. る「武士らしさ」を意識した表現形式が多い。. ①今回分析した西鶴本は、尊敬語や謙譲語の. 雅語の使用による表現形式が特徴的である。具. 命令形使用に第一の特徴が見られた。これらは. 体的には、聞き手受益の場合で、対等関係の尊. 雅語による表現形式も多い。第二の特徴は省略. 敬語の命令形使用による表現形式が挙げられる。. による表現形式である。第一作の『好色一代男』. 互いの体面を重視する待遇意識(品位)が表現. を西鶴による表現とすれば、省略型の用例数が. されている。また、話し手受益の場合で、上位. 多いことから注目すべきである。「西鶴風の表. 者から下位者への謙譲語の命令形使用による表. 現」の一端として、今後の研究で確認すべきで. 現形式が特徴的で、自らを上位者とする武家の. ある。. 待遇意識が見られる。逆に、終助詞による表現. ② 分析結果から見ると、雅語による行為指示. 形式には用例が少ない。武家言葉が雅語を尊重. 表現は多い。それらは階級・階層の比較的高い. していた反映と考えられ、作者は口語性の強い. 集団に属する人物の発話描写に使用されてい. 終助詞による表現形式を避けたとも考えられる。. る。また、用言の活用形と終助詞の組み合わせ. 省略による表現形式では、話し手受益の場合で、. による表現形式、同じ終助詞でも組み合わせの. 対等関係での使用が特徴的である。仲問相互の. 多様性を活かした表現形式がある。近世から近. 体面を尊重し、直接的な表現を避け、相手の判. 代における言語の分析的傾向は、西鶴の文章に. 断を待つ待遇意識(品位)の表現形式として有. おいても見られる。それらは町人の微妙な待遇. 効である。. 意識の表現に効果を発揮している。更に、・他の. C『世間胸算用違. 作品でも研究する必要がある。. 一町人の才覚と「人の心」に基づく待遇意識一. ③作者は、描く人物の階級や階層によって、.  『世問胸算用』は、貨幣経済に生きる町人の. 表現形式の微妙な使い分けをしている。例えば、. 人問関係を描く。近世は、階層分化により、人. 武士の発話では威厳を示すrべし」による表現. 間関係の社会的な枠と心理的な枠の間で上下関. 形式、遊里の発話ではr粋」を尊重した省略に. 係に複雑な様相を見せ、時には逆転することが. よる表現形式、町人の発話では商人の下手に出. ある。話し手受益の場合で、上位者から下位者. る話し手受益で尊敬語の命令形による表現形式. への尊敬語の命令形使用による表現形式が特徴. 等である。それぞれの階級階層に属する人々を. 的である。上位者が下位者に処世術(才覚)の. デフォルメする方法として、行為指示表現にお. 説教をする場面の表現形式として使用されてい. ける表現形式を有効に活用しているのである。. る。また、『胸算用』では、助動詞による表現. 更に、他の作品との相違を研究する必要がある。. 形式の用例は比較的少ないが、終助詞による表.  今回の研究は、西鶴文学の研究と近世語の研. 現形式の用例は多い。例えば終助詞「か」は、. 究が関連する領域での考察であった。この研究. 用言の活用形との組み合わせによる表現形式や. を手始めとして、更に西鶴本の読みを深化させ、. 打消しの助動詞との組み合わせによる表現形式. 待遇表現研究を深化させることが今後の課題と. など多様性がある。町人の複雑な待遇意識を描. なる。. 写する表現形式として、雅語的な助動詞による. 表現形式よりも口語的な終助詞による表現形式. 主任指導教員  田 中 雅 和. を選択している。. 指導教員  一2一. 田中雅和.

(3) 平成一六年度. 兵庫教育大学大学院学位論文. 西鶴本浮世草子における待遇表現の考察.     −行為指示から見た表現効果を通してー. 教科・領域教育専攻. 言語系コース︵国語︶.   MO三一二六J.    岸本 一成.

(4) 序 章. はじめに.  第一節  西鶴本研究のこれまで. 1 文学的研究における評価. H 語学的研究における成果とその特徴 皿 未解決砂問題とその解決への方略 第二節  本稿の目的について. 第一章近世語研究と待遇表現.   第二項 階級分化と言語使用の意識.   第一項近世の言語における時代的特徴. 一一頁. 一〇頁. 九頁.  第一節近世語の特色.   第三項 近世の文章と西鶴の文章. 一二頁. 、第二節 待遇表現研究.   第一項従来の待遇表現研究の成果と課題  ■第二項 行為指示表現の分類と機能 第二章 西鶴本における待遇表現  第一節 ﹃好色一代男﹄の行為指示表現.   第一項 ﹃好色一代男﹄の文学的評価. 一九頁. 一六頁. 二二頁.   第四項 現代語との関連について. 七三二一 頁頁頁頁.

(5)    終.   ﹃好色一代男﹄における行為指示表現の概観.    本項項項項項項項項項項項  今後の課題.  西鶴本浮世草子における待遇意識と表現効果.  三作晶の行為指示表現の比較. 本稿のまとめと今後の課題.   ﹃世間胸算用﹄における行為指示表現の特色と表現効果.   各表現形式の分析.   ﹃世間胸算用﹄における行為指示表現の概観.   ﹃世間胸算用﹄の文学的評価.  ﹃世間胸算用﹄の待遇表現.   ﹃武家義理物語﹄における行為指示表現の特色と表現効果.   各表現形式の分析.   ﹃武家義理物語﹄における行為指示表現の概観.   ﹃武家義理物語﹄の文学的評価.  ﹃武家義理物語﹄の待遇表現.   ﹃好色一代男﹄における行為指示表現の特色と表現効果.   各表現形式の分析. 第第第      第    第 三二一章 第第第第三第第第第二第第第 節節節  四三二一節四三二一節四三二. 七七七  七五五五 五四四三 三二二 九六三  一九八七 五一〇九 六一〇 頁頁頁  頁頁頁頁 頁頁頁頁 頁頁頁.

(6) 資料編.   ②﹃武家義理物語﹄における行為指示表現の用例一覧表.   ①﹃好色一代男﹄における行為指示表現の用例一覧表. 三七頁. 二三頁.  一頁.  − 各作品における行為指示表現の用例一覧表.   ③﹃世間胸算用﹄における行為指示表現の用例一覧表.   ③﹃世間胸算用﹄における行為指示表現の用例詳細分類表.   ②﹃武家義理物語﹄における行為指示表現の用例詳細分類表.   ①﹃好色一代男﹄における行為指示表現の用例詳細分類表. 五八頁. 五六頁. 五四頁. 五二頁.  H 各作品における行為指示表現の用例詳細分類表.  皿 三作品の総合的用例数分類表および用例分類表.  ⑥敬語に関する研究論文一覧表.  ⑤近世語に関する研究論文一覧表.  ④西鶴の言語表現に関する研究論文一覧表.  ③待遇表現︵敬語︶研究書一覧表.  ②近世語研究書一覧表.  ①西鶴研究書一覧表. 八七頁. 八一頁. 七六頁. 七三頁. 六九頁. 六六頁. 六一頁. ◎参考資料︵関係各分野の研究書・研究論文一覧表︶.  ⑦待遇表現に関する研究論文一覧表.

(7) 西鶴本浮世草子における待遇表現の考察.    ー行為指示から見た表現効果を通してー.

(8) 凡例.  ﹃好色一代男﹄と﹃世間胸算用﹄の引用文は、﹁目本古典文学大系﹂︵岩波書店︶の本文を使用した。  ﹃武家義理物語﹄の引用文は、﹁対訳西鶴全集﹂︵明治書院︶の本文を使用した。.  本研究は、古典作品の会話文における待遇表現を研究対象としている。よつて、文脈から判断して会話文に. あたる部分は、便宜的であるが本文に﹁ ﹂を施して使用した。その際に、﹁日本古典集成﹂︵新潮社︶、﹁日 本古典全書﹄︵朝日新聞社︶などの本文を参考にした。.  各作品の用例の分析において、引用文の末尾にある︵ ︶内の数字は当該作品の用例の整理番号を示す。ま. た、資料編の﹁各作品における行為指示表現の用例一覧表﹂の整理番号に対応している。.  各作品の用例の分析において、引用文の注記に使用した記号の示す意味は次の通りである。.  ﹁A←B﹂の場合、Aは社会的人問関係における上位者を示し、Bは下位者を示す。そして、会話の話し手 がAであり、聞き手がBであることを示す。.  ﹁A→B﹂の場合、Aは社会的人間関係における上位者を示し、Bは下位者を示す。そして、会話の話し手 がBであり、聞き手がAであることを示す。.  ﹁A から B﹂の場合、AとBは社会的人問関係において対等であることを示す。そして、会話の話し手 はAであり、聞き手がBであることを示す。.

(9)     序立早  は梓しめに   第一節西鶴本研究のこれまで 1 文学的研究における評価.  暉峻康隆・野間光辰氏は、﹁研究史通観﹂の﹁三 近代における西鶴研究﹂︵注①︶において、初期の西鶴研 究を次のように記している。.   ⋮⋮近世俗文学は、長く学問研究の対象として認められなかった。⋮⋮公的には明治三十八・九年、藤岡作.   太郎が東京大学で︿近代文学史﹀を講じたのが、近世文学が大学で講義せられた最初であった⋮⋮明治の新.   時代に存在を確認されるようになったのは、⋮⋮新しい文学の創造を模索しつつあった明治の作家によって   である。・.  西鶴の文学は明治中期まで文学研究の対象として認められなかった。明治三八・九年に東京大学で講義を開始. した藤岡作太郎氏は、西鶴の作風について﹁⋮⋮されば彼れの到著する所は勢ひ極端なる写実なり、現在社会の. 写実なる。⋮⋮﹂と記している︵注②︶。当時の文学界は自然主義が台頭していた。藤岡氏は西鶴本浮世草子が. 近世の社会をリアルに描写したとし、それを評価したのである。近世文学を通時的・共時的にとらえた中での評. 価ではない。小説家の受容においても、写実的な手法を真似る傾向が強く、﹁構想や文体は模倣しても西鶴文学. の本質とは遙かに隔たったもの﹂であった。明治維新以来、西欧の文学観が紹介され巻時代にあって、小説家た. ちは西洋の文学思潮に乗り、戯作文学から逃れる方法として西鶴の表現を活かそうとしたのである。この時期に. は、紅葉・露伴により西鶴調の作晶が創作され、西鶴本翻刻の事業を刺激した。ところが時代が下って昭和期に. 入り、戦時色が強くなると、﹃西鶴全集﹄は風紀上の問題から出版法などによつて出版の制限を受けることとな. った。一方、昭和初期から終戦にかけては、藤村作・山口剛・水谷不倒・片岡良一等によって、作家論・作品論. 一1隅.

(10) ・書誌学の各分野から本格的な論考がなされ、研究の方法が確立しつつあった。西鶴文学は欧米的な文学の価値. 観から脱皮し、国文学における正当な位置づけがなされた時期である。西鶴文学の評価は時代によって変化して. も、その文章表現の魅力は常に小説家を魅了し続けた︵注③︶。江戸前期という封建社会の中で執筆された作品 群であるが、時代を超えて現代にも大きな影響力を持っている。.  谷脇理史氏は﹁今、西鶴に何を求めるか﹂において、西鶴の創作意図を示すものとして、作品の駿文に着目し. た。そして、﹁人のこころ﹂﹁転合書﹂というキーワードを取り上げ、西鶴の執筆意図を次のようにまとめてい る︵注④︶。.   ⋮⋮﹁転合書﹂でありながら︵あるいはそれゆえに︶世人には﹁勘みがた﹂い﹁人のこころ﹂を描き上げ、.   同時に読者の喚笑を求めること、そのような西鶴の意図が明確に見定められている⋮⋮.  氏は﹁転合書﹂の中にこそ﹁人のこころ﹂を把握し続け、読者の興をひく魅力があったと論じている。西鶴の. 作品を読む方向性としては、﹁人のこころ﹂の認識のありように着目すぺきであると言えよう。そして、その認. 識は人間関係の中でこそ表現されるはずで、作者が如何なる待遇表現を通して登場人物の心の機微を描いている かということが問題となる。. 皿 鱈学的研究における成果とその特徴.  杉本つとむ氏は﹃井原西鶴集三﹄︵注⑤︶の解説の中で、西鶴の文章の特徴を次の三点にまとめている。﹁言. 葉と思想﹂では諺の多用が問題とし、慣用語句によって庶民の知恵や生活経験を表現したと述べる。﹁充足のス. タイル﹂では文章の俳譜性を指摘し、絢欄豪華な古典の世界を文体に取り入れていると述べる。また、﹁語彙の. スタイル﹂では、漢語の使用に着目し、中国文学の影響を指摘している。浮世草子はあくまで庶民の文芸である。. 従って、表現は読者を意識して選ばれているのであり、諺の多用はその反映であろう。ただ、﹁転合書﹂として. 噂2・.

(11) の﹃好色一代男﹄は注意が必要で、俳諮師であった西鶴の第一作であり、文章の俳譜性や古典作晶の引用は従来. から指摘されてきた。乾裕幸氏は俳譜研究の立場から、西鶴の文体を次のように述べている︵注⑥︶。.   ⋮・西鶴の文体は、だいたい連句の付け句単位のことばの群団が、遠近と序列を無視し、物付け的あるいは   尻取り的配列されるといった傾向を持つことが知られている。⋮⋮.  諺の多用や漢語の使用についても俳譜的趣向や言葉の配列の視点から把握が必要である。藤江峰夫氏は両者の. 視点をふまえ、﹁西鶴の文体﹂において、語法上の特色を次の六点にまとめた︵注⑦︶。a短句構成による長文、. b曲流文、c尻取り文、d助動詞﹁き、けり、ぬ﹂の連体形の多用、e終助詞﹁ぞかし﹂の多用、f省略法であ. る。その上で、aからcを﹁連句の技法が散文に表れた俳譜的な表現﹂とし、dからfを﹁文学言語の口語化の. 一環としての口語的表現として理解され、西鶴の﹃はなし﹄の姿勢にもとづくもの﹂としている。注目したいの. はfである。陳述を省略する外形が問題ではなく、会話においては表現を省略することで微妙な意識を聞き手に 判断させるという話し手の待遇意識が問題だと考える。.  人間関係を描写する待遇表現としての敬語研究は、神堀貞子氏、杉本つとむ氏、森修氏らによってなされて. いる︵注⑧︶。中でも神堀氏の論は尊敬語・謙譲語・丁寧語の使用について表現効果からの論考がなされており、. 興味深い。ただ、敬語以外の待遇表現の研究は、具体的な形になっていないと言えよう。近世前期は口語的要素. が見られる時代であり、西鶴本においても、微妙な人間関係や心理を表現する待遇表現研究の発展が期待される。. 皿 来解決の問題とその解決への方略.  近代以降、西鶴の作品として読まれてきた作品の多くについて、西鶴の助作者や工房の存在が問題となってき. た。、議論の決着は今なお判然としてはいない。実は明治時代にも、その論議は既に存在していた。水谷不倒氏 は、﹁井原西鶴﹂において次のように記している︵注⑨︶。. 一3・.

(12)    其六 西鶴本といふこと.    西鶴の戯作中今に伝はりて、名作と称せらるるものは、多く無名にて、序文もあるは稀なり。こは前にも   いへるが如く、流石の西鶴も好色本に公然名を署するを恥しなるべし。.  西鶴本がもともと無署名であること、またブランドとしての西鶴の人気がそれを許容したことを述べている。. 西鶴没後の作品についても、確実な保証のないまま西鶴何々と書名に冠することとなった経緯を述べて、﹁要す. るに晩年の作、殊に遺物と称するものには真物ならざるも多かるべし。﹂と結論している。この間題の流れが、. 昭和三十年前後に論争となって再燃した。目本史研究者の森銑三氏は、著書で次のように記している︵注⑩︶。.   ⋮⋮西鶴本浮世草子二十部の内、西鶴の真正作品と認むべきものは﹃一代男﹄の一作があるのに過ぎない。.   余の二十部中、﹃近代艶隠者﹄の一作は、西鶴の門人だったと認めらるる西鷺の作である。あとの十八部は.   主として団水の作るところであった。或は他人の作に団水の加筆したものであった。その内の幾篇かには、.   西鷺も関与している。﹃一代男﹄を除いた十九部には、西鶴は多かれ少なかれ関与している。しかしその関.   与の濃度には相違がある。この十九部を以て、私は西鶴の関与作品と呼ぶことにする。⋮⋮.  この論に対して文学研究の側から激しい反論が出た。特に雑誌﹃文学﹄における論争が注目される︵注⑪︶。. 結局、論争は物別れで終わったが、反省に基づく考察が発表されることとなった︵注⑫︶。結果として、内部徴. 証としての西鶴の語彙・語法に関する研究が進展することとなった。助作者論議は、その後の研究で、西鶴研究. 者が背負うべき課題となった。近くは、宗政五十緒氏が、﹁西鶴と西鶴本﹂において、森氏への私見を三点にま. とめている︵注⑬︶。また、中村幸彦氏は﹁西鶴助作者論議﹂︵注⑭︶において、西鶴本における助作者論争が. 及ぼした影響へ言及し、研究の新しい出発を期待して、つぎのような問題提起をした。連句という文学の必然性. から助作を肯定しようということが一点目。西鶴本を研究対象として認めようということが二点目。当面の課題. として、西鶴の文体の研究を深めようということが三点目である。その上で、西鶴の暗号︵西鶴執筆の証のよう. 囎4・.

(13) なもの︶の存在を発見したいと述ぺておられる。そのためには、﹁西鶴風の表現﹂を様々な角度から分析し、特. 徴を確定することが急がれる。明治以来存在した問題であるが、広くとらえて﹁西鶴本﹂を研究の対象にしてい. こうとする研究者の動向は感じられる。一・方で、文体論の研究の必要性は一層高まっている。筆者は待遇表現と. しての行為指示表現を本稿で分析するが、文体論の研究に関わる価値を持つものだと考えている。そして、中村 氏の期待する﹁暗号﹂発見につながる研究であると信じている。.   注  ① 暉峻康隆・野間光辰﹁研究史通観﹂︵﹃西鶴 国語国文学研究史大成11﹄三省堂、昭和三九年︶三三頁.  ②   同書、二二四頁  ③   野坂昭如氏や藤本義一氏が例として挙げられる。.   ﹃別冊国文学 西鶴必携﹄︵学燈社、平成五年︶六頁  ④  ⑤   ﹃目本古典文学全集40 井原西鶴集三﹄︵小学館、昭和四七年︶四二から五一頁.  ⑥   乾裕幸﹃俳譜師西鶴﹄︵前田国文選書、昭和五四年︶二九二頁.  ⑦   江本・谷脇編﹃西鶴事典﹄おうふう社、平成八年︶三六頁.  ⑧   神堀貞子﹁表現効果より見たる﹃好色一代男﹄の敬語表現﹂︵﹃近世文芸﹄四、一九五七年︶、杉本つとむ﹃西鶴語彙.   管見﹄︵ひたく書房、昭和五七年︶、森修﹃西鶴・芭蕉・近松ー近世文学の表現と語法1﹄︵和泉書院、平成四年︶参照。.  ⑨ 水谷不倒﹁井原西鶴﹂︵初出は﹃早稲田文学﹄明治二七年一一月、︿﹃西鶴 国語国文学研究史大成H﹄三省堂、昭和   三九年、一八六頁﹀に所収︶.  ⑩森銑三﹃西鶴と西鶴本﹄︵元々社、昭和三〇年三月︶一三頁.  ⑪﹃文学﹄ に お け る 論 争   ・板坂元﹁西鶴本の問題 森銑三氏の説をめぐって﹂︵同誌、昭和三〇年九月号︶六六頁. 欄5噸.

(14)  ・森銑三﹁西鶴本私見 板坂元氏の﹁西鶴本﹂の問題を読みて﹂︵同誌、昭和三〇年一〇月号︶八○頁.  ・板坂元﹁森銑三氏に答える  ﹁西鶴本私見﹂への私見﹂︵同誌、昭和三〇年二月号︶八○頁  ・松田修・宗政五十緒﹁読後所見  ﹁西鶴本私見﹂について﹂︵同誌、同年月号︶八三頁.  ・森銑三﹁板坂氏並びに松田・宗政両氏に﹂︵同誌、昭和三〇年一二月号︶一〇一頁. ⑫ 前田金五郎﹃西鶴語彙新考﹄︵勉誠社、平成五年∀勘田勇雄﹃西鶴本の基礎的研究﹄︵明治書院、平成二年︶・杉本  つとむ﹃西鶴語彙管見﹄︵ひたく書房、昭和五七年︶などがあげられる。. ⑬宗政五十緒﹁西鶴と西鶴本﹂︵﹃国文学西鶴創造の秘儀﹄、昭和五四年六月、九四頁︶。論は三点にまとめられる。.   第一点は、西鶴以外の者の原稿を西鶴が改稿した作晶を西鶴作と認めようということ。問題点として文体や表現、発.   展する問題としての物語のスタイルと説話のスタイル、用字における版下との関係、などの研究の必要性を指摘。.   第二点は、明治以来の西鶴作品の認定の状況の問題点を指摘し、その上で、次の分類提案をしている。.   1、西鶴作品⋮⋮⋮外部徴証、作品それ自体が、西鶴生前の資料。かつ、形式・内容がこの類の他の作品と矛盾しな            いもの。.   2、伝西鶴作品⋮⋮西鶴没後の﹃書籍目録﹄に西鶴作とあるもので、形式・内容から①の作品と類似乃至は類似する            面を持つもの。.   3、西鶴風の作晶⋮外部徴証はないが、西鶴作と従来考えられてきているもの。   4、推定西鶴作品⋮近代の考証結果により西鶴作品と推定されているもの。.    *﹃書籍目録﹄とは、元禄一二年刊行の﹃新版 増補書籍目録﹄をさしている。.   第三点は、北条団水の問題。年齢と性格的な問題を指摘し、二〇代の述作としての不自然さを指摘。. ⑭﹃新日本古典文学大系第77巻﹄︵平成二年四月︶の付録参照。氏の意見はつぎの三点にまとめられる。.   第一点は、西鶴本の助作者論争における研究への影響。工房説以来の研究熱の後退を指摘。. 剛6・.

(15) 第二点は、工房説に対する様々な面からの考察。連句という文学の必然性から助作を肯定。門人達と西鶴の互助関係 の作業を容認。. 第三点は、西鶴本を研究対象として認め、研究を前進させること提案。西鶴の文体の研究を課題とする。﹁西鶴の暗 号﹂︵それが誰の作だと、仲間ではわかるような何か︶の発見への期待。.   第二節 本稿の目的について ア、西鶴本浮世草子研究の新しい可能性の発見.  明治時代以降の西鶴に関する研究状況や、戦後における助作者論争の顛末は研究史の中で述べた。作品の助作. 者論争とは別に、作品における人問認識の深さは、文学的価値として色あせていない。中村幸彦氏の言うように、. 西鶴が関わった作品︵西鶴本︶という位置づけで、それぞれの作品の研究を進めるべきだと筆者も考えている。. 文体やその他の表現研究で、新たな視点の発見が待たれていることは既に記した。表現研究は、助作者論争に結. 着を付けるためにも必要なことである。本稿では代表作の行為指示表現に焦点化するが、場面に応じた使い分け. ・﹁人のこころ﹂を描く待遇意識を分析することで、表現形式と表現効果を考察する。その考察に立って、﹁西 鶴風の表現﹂の特徴の一端でもとらえたい。. イ、近世前期における待遇表現の考察.  従来の近世語研究においては、近代語との関連性を見るために口語資料の分析に重点が置かれてきた。具体的. には、会話文における口語的要素を検討することが中心であった。近世前期では、近松門左衛門の浄瑠璃や狂言. の台本などが研究対象となり、後期にあっては式亭三馬の﹁浮世風呂﹂など滑稽本が研究対象として使用されて. 鴫7・.

(16) きた。西鶴の文章は雅俗折衷文体といわれるもので、会話文においても雅語的な表現と俗語的な表現が混在して. いる。当時の口語資料としては、分類や扱いの難しさから研究対象としてこなかった。しかし、元々、西鶴は俳. 譜師であった。俳譜師は創作において言葉の洗練こそが肝心である。西鶴本を雅語的要素が多いという理由から. 排除すぺきでない。むしろ、俳譜師西鶴の散文における表現意識は、待遇表現研究の立場から充分に興味を惹く. 対象である。本稿では、雅語的な表現も分析の対象として積極的に扱い、表現効果を考察する。. ウ、異なる階級・階層を描く表現形式の分析.  近世語の大きな特徴は、士農工商の身分制度に基づく階級分化と言語使用︵社会方言とも言うべきもの︶にあ. る。また、貨幣経済の進展により、それぞれの階級において階層の分化がおこり、言語使用もそれぞれに特徴を. 帯びた相を示すことにある。様々な階層の人々が社交的言語生活を始めた時代である。西鶴本は、武家の社会を. 題材とした作晶、町人の社会を題材とした作品、さらには、遊里という特殊社会を題材とした作品など、各階級. ・階層の社会を作品化した希有のものである。様々な階級・階層の人々を題材とし、その生活を描写するには、. 目常からの観察が必要であったと思われる。そして、作者はその観察に基づき、それぞれの場面や人物に応じて. そのイメージを誇張する表現を工夫したはずである。そこには、各階級・階層に属する人間の言語使用における. 待遇意識が反映している筈である。登場人物の人間関係における上下・親疎・年齢・性別などの把握に基づき、. 会話における表現形式を選択したことが想像できる。本稿では、行為指示表現に焦点を絞って、当時の各階級・ 階層の待遇意識を反映する表現形式の表現効果を考察する。. ・8幽.

(17)       第一章 近世語研究と待遇表現   第一節近世語の特色  第顧項 近世の言旙における時代的特徴.  従来の近世語研究では、前期を上方語、後期を江戸語中心に分析対象としてきた。宝暦期を境に、政治の中心. が京都から江戸に移行したからであり、文化の中心もそれに従い、移行したからである。同一地域の言語を通時. 的に研究対象とできなかった原因には、近世前期の江戸語資料が乏しいことや近世後期の上方語資料が乏しいこ. とがある。本稿でも、便宜的に従来の研究区分に従い、宝暦期を境として、前期を上方語、後期を江戸語中心に 捉えて論述する。.  松村明氏は、﹁近世語の性格 ー近世語研究の問題点に関してー ﹂の中で、次のように記している︵注①︶。.   ⋮⋮この時代の国語の性格を具体的につかむためには、口語と文語の二つの言語体系のかかわり方、上方語.   と江戸語との対立の具体的なすがた、階級による言語の差異のあり方などをもっと多面的に見ていくことが   必要であることは言うまでもない。⋮  この中で、注目したいことは次の三点である。.  ①口語と文語の混在とその関係  ②上方語と江戸語との関係.  ③階級や階層による言語の差異の在り方.  国語史的にみると院政期から始まった口語化の流れが次第に浸透していき、江戸後期には現代の口語の要素が. 整っていく。その過渡期としての言語使用の状況をとらえる視点が指摘されている。近世語における口語化の流. れの一例としては、活用の種類の減少傾向があげられる。坂梨隆三氏は、近世の﹁活用について﹂の変化の要点. ・g噛.

(18) を五項目にまとめている︵注②︶。その中の一つである﹁二段活用の一段化﹂については、近松の世話物を題材. として、動詞の使用状況や特徴を整理している︵注③︶。この整理における原因の考察は、興味あることを示唆. してくれる。それは、活用の変化において、親しさなどの感情が影響を及ぽしていること、言語知識を含めた教. 養の程度が影響を及ぽしていることである。つまり、情意的な側面・教養的な側面が言語の変化に関わりを持つ. ということを示唆している。このことは、活用の種類の減少傾向のみに限らず、様々な言語表現の変化にも何ら. かの影響を及ぼしているのではないかという疑問を抱かせる。本稿が扱う待遇表現においても注意したい視点で. ある。小松寿雄氏は﹁江戸語の捉え方﹂の中で、﹁語法上の特色﹂として、活用語の命令形の変種﹁なさい﹂の. 発生をはじめ、断定の助動詞﹁だ﹂や打ち消しの助動詞﹁ない﹂の特徴などをまとめている︵注④︶。これらの. 特色には、近世前期上方語で既に見られるものがある。また、助動詞については、待遇表現に関係するものとし. て﹁ます・ございます・です﹂などの発生が挙げられている。これらは近世前期上方語の待遇表現と関連するも. ので、近世前期の上方語においてはどのような使用状況であったかということに注目させられる。江戸語の特色. は時代的な変化であるか、地域的な変化であるか、または、言語主体の質的な変化であるかが重要な問題となる。.  第二項 階級分化と言驕使用の意識.  江戸という大都市は、形成の過程で、地方から多くの人々が流入した。武士︵上級・下級︶や町人︵富裕者・. 貧困者・さまざまな職種︶など、階級・階層の異なる人々が短期間に集まり、大都市を形成した。階級・階層の. 異なる人々の言語使用は江戸語の形成に大きく影響したものと考えられる。また、貨幣経済の進展は、様々な人. 間関係を発生させた。各階級・階層の人間関係の中から、待遇意識に基づく表現形式の選択があったことを予感. させる。小松寿雄氏は、﹃江戸時代の国語︵江戸語︶﹄において、江戸語の形成の段階を三次︵第一次形成⋮⋮. 武家言葉、第二次形成⋮⋮江戸共通語、第三次形成⋮⋮下層の言葉︶に分けて、説明している。第一次形成では、. 一10旧.

(19) 上方の武家言葉に江戸の武家言葉が影響をしたと述べる。その武家言葉は﹁武家公用語の形成と非武家層に対す. る品格保持という二面を持っており、このため室町口頭語を文章語によって洗練させる必要があった﹂と述べて. いる。このことは、近世前期上方語における武家言葉の位置づけを示唆してくれる。第二次形成では、上方語と. 東国語との混和が問題であると述べている。定住者の増加に伴い、﹁江戸の人間であるという意識、あるいはそ. の層々たる積み重ねが、江戸に共通語を生む一つの背景となった﹂としている。このことは、江戸語が上方語の. 言語使用の枠を離れて、独自の書語使用の枠を形成し始めた様子を物語る。第三次形成は、﹁主として下層町人. が特徴的な諸形式を形作っていた過程であるが、同時にそれらが非下層にも浸透していく過程である﹂と述べ、. 下層の言葉が他の階層に波及していく様子を指摘している。また、特殊な集団の言語使用にも触れ、侠者・通人. が、﹁⋮⋮表向きの社会に公認された規範的な言葉をわざと破ることに反社会的な価値を認めたにちがいない。. ⋮−男俸達が奴言葉を必要としたと同じ理由で、侠者も仲間内の言葉が必要であった。⋮⋮﹂と述べている。こ. のことは、内と外の意識に基づく言語使用の実態があったことを物語る。相手を内として待遇するか、外として. 待遇するかという待遇意識に基づく言語表現の実態である。更には、町人の中にも様々な階層が存在し、互いの. 心理的距離︵親疎・上下・尊卑など︶を測りながら、言語表現によって相手を待遇する態度が存在したものと考. えられる。これは江戸に限らず、上方においても同様の状況が想像できる。近世前期の西鶴本浮世草子において、. 各階級・階層の待遇意識と表現形式の関係を分析することは、様々な人間の微妙な心理をとらえることにつなが り、興味を惹くところである。.  第三項 近世の文章と西鶴の文章.  近世は、様々な文化が欄熟した時代である。大衆文学をはじめ様々な文章が記録されている。吉田澄夫氏は﹁近. 代文章史の諸問題﹂において様々な近世の文章を整理している︵注⑤︶。その中で、雅俗折衷文︵和漢混濡文体. 葡11一.

(20) に口語︵俗語︶の要素がいっそう多く加わった文体︶については近世の散文文学︵西鶴以下の浮世草子・近松以. 下の浄瑠璃・芭蕉以下の俳文︶との関係が深く、注意を必要とする。本稿で扱う西鶴本の文章も雅俗折衷文体に. 属する。氏は、西鶴の文章について、①文語的要素と口語的要素の割合の問題、②文法的正格と破格の問題、③. 修辞︵短句による文章のリズム、地名・事物の列挙、大胆な省略法および倒置法︶の問題、④故事出典、俗諺引. 用などの問題、という四点を挙げている。右記のような問題点から、当期の言語使用の研究対象にされていない. 側面もある。しかし、元々、西鶴は俳譜師である。言薬の使用には敏感であった筈で、言葉の洗練には余念が無. かったものと思われる。その観点からも、西鶴本の待遇表現における表現形式とその表現効果の分析は意味があ る。.  第四項 現代諾との関遮について.  近世語の大きな特徴として、重要なことがもう一点ある。それは、﹁分析的傾向﹂の発生ということである。. 田中章夫氏は﹁近代語成立過程にみられるいわゆる分析的傾向について﹂で次のように述べている︵注⑥︶。.    古代語の言い方と、現代語の言い方とをくらべてみると、古代語は助動詞の使い分けによって、複雑な、.   さまざまの推量表現を言いわけている。これに対して現代語では、この複雑な表現内容が、いくつかの単純.   なブロックにわけられてしまい、それら単純な表現単位のコンビネーションによって表されている。⋮⋮こ.   ういった現象は、なにも、推量表現にかぎらず、古代目本語から、近代目本語への発達過程において、一般   的にみられるものではないかと思われる。⋮⋮.  こうした変化の背景には、人間関係の複雑化や言語使用の下層化があると考えられる。本稿が扱う近世前期上. 方語は近代語への変化の過渡期にあるが、待遇意識を表す様々な表現形式の分析において重要な視点である。. ・12・.

(21) 注①  ﹃国語と国文学﹄︵昭和三四年一〇月号︶に掲載されている。.  ②坂梨隆三﹃江戸時代の国語︵上方語︶﹄︵東京堂出版、昭和六二年、一〇五頁∼︶では、近世語の文法的変化につい.   て説明している。近世における活用の種類の変化については、①二段活用の一段活用化②ナ行変格活用の四段活用化。.   ︵近世前期においては、まだナ変としての用法が優勢。︶③﹁蹴る﹂の四段活用化︵近世前期上方においてはなお下一.   段︶④サ変の上二段活用に類した活用の存在、終止形、連体形の上一段活用化。︵例 応じる、講じる、通じる︶など   を特徴として挙げている。.  ③ 坂梨隆三﹃江戸時代の国語︵上方語︶﹄︵東京堂出版、昭和六二年︶参照。中でも次の点が注目される。.    1 会話文には、地の文よりも一段活用が表れやすい。.    2 一段化に関するその他の要因を考えると左のような位相による違いが見られる。     a 庶民は武士にくらべて二段活用よりも一段活用を用いやすい。.     b 目下の者、親しい者に対するとき、または、うちとけたときには、二段活用を用いやすく、目上の者に対する       とき、または、あらたまったときには、 一段活用よりも二段活用を用いやすい。.     c 喜怒哀楽の情の激しいときには、二段活用よりも一段活用が表れやすい。.     d 身分、教養の低い者は、身分、教養の高い者に比べて、二段活用よりも一段活用を用いやすい。.  ④小松寿雄﹃江戸時代の国語︵江戸語︶その形成と階層﹄︵東京堂出版、昭和六〇年、三頁∼︶.  ⑤近代語学会編﹃近代語研究第二集﹄︵武蔵野書院、昭和四二年、一頁∼︶  ⑥近代語学会編﹃近代語研究第一集﹄︵武蔵野書院、昭和四〇年、二二頁∼︶. 第二節 待遇表現研究. 一13剛.

(22)  第一項 従来の待遇表現研究の成果と課題.  本稿が問題とする表現は、﹁敬語表現﹂ではなく﹁待遇表現﹂である。待遇表現は敬語表現を含む広い概念で. ある。また、一括して﹁敬語表現﹂ととらえてきた中に敬意の程度差を認め、区別する概念である。一般に敬語. 表現とは、話し手が聞き手あるいは話題の人物を上位に遇して用いる言語表現で、待遇表現のうち、上向き関係. に基づく表現形式である。これに対し、待遇表現とは、言語表現を行うにあたって、表現主体が自分自身・表現. の相手・話題の人物のそれぞれの間に、社会的または心理的な上下・優劣・強弱または親疎など、どのような関. 係があるかを判断し、それを表現形式の上に反映させることである。つまり、さまざまな人間関係を反映する言. 語表現だと言える。待遇表現では、表現主体が、人間関係についてどのような把握︵待遇意識︶を持つかが重要. ︵前提︶になる。いわば、他者への配慮や顧慮がその根底にあると言える。また、待遇表現は待遇意識のありよ. うによって様々な表現を採ることになる。その対象となる表現は、例えば敬語表現をはじめとして、卑罵表現・. 尊大表現・親愛表現、そして対等表現などの種類に渡る。ただし、敬語表現以外は、まだ体系化されているとは 言えず、今後の研究に期待されている。本研究が、その一助となることを期している。 ◎待遇表現研究史.  待遇表現については、明治時代後期に岡田正美氏が﹁待遇法﹂で﹁敬語法﹂﹁謙語法﹂﹁平語法﹂﹁傲語法﹂﹁卑. 語法﹂に分類したのが最初である︵注①︶。また、氏は﹁同相﹂という言葉で、同一文の中では同一の相の語を. 使用するように述べた︵注②︶。ついで、松下大三郎氏が﹃日本俗語文典﹄の中で、体言と用言の中に﹁尊遇﹂. ﹁卑遇﹂﹁不定遇﹂の三種類の待遇を分類した︵注③︶。待遇表現という名称が一般化するのは、辻村敏樹氏の. ﹁待遇語法﹂︵注④︶、小松寿雄氏の﹁待遇表現の分類﹂︵注⑤︶、山崎久之氏の﹃国語待遇表現体系の研究﹄︵注. ⑥︶からである。山崎氏は近世語について人称を5段階に分類し、それぞれの段階に応じた用言や付属語の分類. を行った。その発展的研究として小島俊夫氏の研究︵注⑦︶があり、氏は人称を6段階に分けて、詳細な待遇語. 一14・.

(23) の分類を行った。昭和三〇年代後半には、命令表現の表現性についての論︵注⑧︶が出始め、昭和四〇年代には. 敬語の活用形と表現性に着目して、その待遇意識を分析した論︵注⑨︶が出始める。西田直敏氏は﹃平家物語﹄. を題材に、﹁候合という補助動詞を中心として尊敬語・謙譲語・普通語などの共用における待遇意識の差異を. 分析した。その後、疑問表現・依頼表現・勧誘表現・禁止表現といった分野においても、待遇表現との関連で多. くの論が出ている。現在では、言語学の影響を受けて、配慮表現の観点から省略における表現性の論︵﹃語用論﹄. など。注⑩︶に待遇表現の研究は広がっている。本稿は、このような研究の流れに沿うものである。. ◎待遇表現研究の課題.  辻村敏樹氏は﹁敬語と非敬語﹂︵注⑪︶において、表現の形式と待遇意識について、次のように述べている。.   ⋮⋮命令・禁止・願望等の表現は、同様に明らかに対人関係を構成するものであり、当然待遇的観点からの考察.   を必要とするが、その語性については次に述べるような問題がある。今かりに、﹁走る﹂ということばを例にとっ.   て考えてみよう。 ⋮⋮﹁走る﹂は敬語的にゼロと言ってよいであろう。⋮⋮ところが、命令形の﹁走れ﹂は敬語.   的にゼロと言えるかというとむしろマイナスと言わざるを得ない。⋮⋮﹁走れ﹂という表現は普通は下向関係︵せ.   いぜいで対等関係︶にしか用いられないからである。⋮⋮以上は従来敬語として扱われてきたもののうちに、 敬.   語として扱えないもののあること、また逆に敬語として扱われなかったものに対者敬語として処理すべきものの.   あること、更に敬語か非敬語かという形では単純に処理できないもののあることを指摘したわけである。.  氏は、敬語と分類される語にも使用の形によっては待遇度の低いものがあるとし、それを待遇表現全体の中で 位置づける必要を述べている。.  筆者は動詞の活用形だけでなく、他の表現形式︵助動詞、終助詞、文末の省略など︶にも、非敬語という扱い. では処理できないものがあると考えている。その点で、﹁分析的傾向﹂を示す近世書記言語の会話における表現. 形式と待遇意識の分析は、待遇表現研究において価値のある分野である。本研究が明らかにしたい領域である。. 一15噺.

(24)  第二項 行為指示表現の分類と機能.  本稿では、行為指示表現を問題にするが、その意義を次のように考えている。行為指示表現には、人間関係に. おける待遇意識︵話し手と聞き手及び話題の人物の関係における上下・親疎などの判断に基づく︶が如実に反映. されると考える。具体的な言語表現としては、直接的な行為指示としての﹁命令﹂表現︵打ち消しの場合は﹁禁. 止﹂表現︶が考えられる。しかし、﹁命令﹂は他者との間に支配・被支配の関係を発生する。そのため、心理的. な摩擦を軽減するために、間接的もしくは消極的な行為指示としての﹁依頼﹂・﹁勧誘﹂表現などが使用される。. それらは聞き手に﹁行為を指示する﹂表現である点では同じであるが、その表現性は微妙に異なる。それらの表. に分類し整理する。︶. ・﹁聞き手﹂を﹁上位者﹂・﹁対等﹂・﹁下位者﹂. ︵本稿では、社会的人間関係により、﹁話し手﹂. 現を選択するのは、表現者の待遇意識である。例えば、行為指示における人間関係と表現を理論的な典型の形式 で単純化して考えるならば、次のように整理することが出来よう。. 行為指示における理論的典型の形式.  ①﹁上位者←下位者﹂の場合、命令・禁止表現  ②両者が﹁ 対等 ﹂の場合、勧誘表現.  ③﹁下位者←上位者﹂の場合、依頼表現.  ところが、実生活の談話の行為指示表現では、発話による受益者と行為遂行の決定権者によって、その表現性. に微妙な差異が生じる。これについては、姫野伴子氏が﹁行為指示型発話行為の機能と形式﹂で、整理している。. 氏は受益と決定権者という観点から新たに分類を試み、独自の表にまとめている︵注⑫︶。注目したいことは、. 指示にも受益者によって命令的指示と恩恵的指示があることである。我々が一般に﹁命令﹂というのは命令的指. 示である。行為指示者が﹁︵私の為に︶⋮⋮しなさい﹂という待遇意識で発話する場合と、﹁︵貴方の為に︶⋮⋮. しなさい﹂という待遇意識で発話する場合では、表現内容に微妙な差異を生むということである。また、行為指. 示により想像できる聞き手の負担の程度に応じて、話し手の微妙な待遇意識が把握できると言えよう。. 脚16・.

(25)  本稿は書記言語としての古典作品を扱うので、談話における分析の視点とは区別する必要がある。談話では、. 話し手と聞き手の意識や場などの背景・状況によって、展開は流動的である。そのため、行為指示においては聞. き手の決定権が重要となる。これに対して、古典作品は、常に作者の設定した固定的な場意識によつて構成され. た、展開に必然性をもつ表現である。そこで、本稿では行為指示の受益については扱うが、聞き手の決定権には 触れずに分析する。.  また、本稿では、待遇表現としての行為指示表現を扱うが、直接的な表現としての命令表現と、間接的な表現. の存在については既に述べた。﹃国語学大辞典﹄︵東京堂出版︶は、問接的な表現の例として数種類の表現を挙. げている︵注⑬﹀。西鶴本の行為指示表現として抜き出した用例を整理すると、その中から二種類に絞り込むこ.  本分類では、便宜上、別立てとする。. *禁止表現は﹁否定の命令表現﹂と考えられるが、. とが可能であった。西鶴本の行為指示表現を直接的・間接的な表現で分類すると次のようになる。 ⋮依頼表現・勧誘表現. 助動詞による型⋮:::::・⋮⋮・⋮−::⋮⋮⋮:・⋮⋮:::: ﹁助動詞型﹂. 活用語の命令形による型:⋮:::::⋮−・⋮⋮⋮⋮::   ﹁命令形型﹂. 間接形式. 問接形式. 直接形式. 一17・. 直接的な行為指示表現− ⋮:命令表現・禁止表現 間接的な行為指示表現−. 終助詞を中心とする文末語による型⋮⋮⋮⋮−⋮・⋮⋮ ﹁文末語型﹂. 間接形式. また、それらの表現を支える表現形式として、次の四形式に分類する。. 具体的な行為指示の内容を明示しない省略による型⋮   ﹁省略型﹂. 注① 岡田正美﹁待遇法﹂︵﹃言語学雑誌﹄、明治三三年六月︶. 分析するための便宜的なものと考えている。.  この分類方法は、用例の文法的共通性と分類の単純化を考慮した結果によるものであり、 本稿で扱う西鶴本を. 、  、  、  、.

(26) ② 同﹃目本文法文章法大要﹄︵吉川半七、明治三四年、︿﹃目本語文法研究書大成1﹄勉誠社、平成一三年﹀所収︶. ③松下大三郎﹃目本俗語文典﹄︵誠之社、明治三四年、︿﹃目本語文法研究書大成3﹄勉誠社、昭和五五年﹀所収︶ ④辻村敏樹﹁待遇語法﹂︵﹃続目本文法講座1﹄、昭和三三年︶ ⑤ 小松寿雄﹁待遇表現の分類﹂︵﹃言語と文芸﹄、昭和三八年五月︶. ⑥山崎久之﹃国語待遇表現体系の研究﹄︵武蔵野書院、昭和三八年︶. ⑦小島俊夫﹃目本敬語史研究後期中世以降﹄︵笠間書院、平成一〇年︶による研究.  氏は、山崎氏の第四段階を二分し、尊大語・親愛語の段階を付加し、六段階に待遇語の体系を整理した。. ⑧田中章夫﹁近代語における引用の部分の命令表現について﹂︵﹃香川大学学芸学部研究報告︵第一部︶﹄、昭和三四年  八月︶. ⑨ 西田直敏﹁中世国語の命令表現 ﹃平家物語﹄を中心に﹂︵﹃国語と国文学﹄第四七巻一〇号、昭和四五年︶. ⑩ジェフリー・N・リーチ﹃語用論﹄︵池上嘉彦・河上誓作訳、紀伊国屋書店、昭和六二年︶など参照。 ⑪辻村敏樹﹁敬語と非敬語﹂︵﹃国語と国文学﹄五三巻一〇号、昭和五一年一〇月、六頁∼︶. 命令的指示恩恵的指示. 話し手. 依頼勧め. 聞き手. 決定権者. ⑫姫野伴子﹁行為指示型発話行為の機能と形式﹂︵﹃埼玉大学紀要﹄埼玉大学教養学部編、平成九年、一六九頁∼︶. 競合型︵受益者 話し手︶懇親型︵受益者 聞き手︶. ⑬﹃国語学大辞典﹄︵東京堂出版、一九八四年六月︶では、他の表現の利用として、 願望表現・勧誘表現・疑問表現・  反語表現・当然表現・敬語表現・受給表現・使役表現などが挙げられている。. ・18馴.

(27)       第二章 西鶴本における待遇表現   第一節 ﹃好色皿代男﹄の行為指示表現  第鳳項  ﹃好色一代男﹄の文学的評価.  暉峻康隆氏は、﹃好色一代男﹄成立の背景について、﹁古典への招待﹂の中で、次のように記している︵注①︶。.   ⋮⋮三都の郭︵島原・新町・吉原︶は半世紀余りで、王朝の﹁雅び﹂に相当する﹁粋﹂という遊びの美学と.   エチケットを醸成したので、王朝の﹁好色﹂︵色好み︶が蘇る格好の場となった。その美学とエチケットを.   体系化したのは、京都の分限者の家に生まれ、十代かち三十代にかけての遊興と諸国遊里の実地調査をまと.   めた﹃色道大鑑﹄︵十八巻・延宝六年・一六七八・序︶の著者、藤本箕山であった。⋮⋮箕山と親しかった.   西鶴が文芸化したのが、処女作﹃好色一代男﹄と続編の﹃諸艶大鑑﹄︵好色二代男︶であったことは、﹃色   道大鑑﹄を翻刻・解説した野間光辰君も指摘しているから、贅言を要しない。.  氏は、三都の郭の隆盛による遊女評判記の影響を指摘しつつ、郭における﹁王朝の﹃雅び﹄に相当する﹃粋﹄ という遊びの美学︵注②︶﹂の醸成が作品成立の背景にあったと述べている。.  また、西島孜哉氏は、﹁西鶴文学総覧﹂の中で、作品の構想について次のように記している︵注③︶。.   西鶴四一歳の歳に﹁転合書﹂︵西吟賊︶として著したもので、生野銀山の大富豪夢介と京都島原の太夫の間.   に生まれた世之介の一代記。前半四巻は諸国遍歴による好色修業、後半四巻は評判記的な遊女列伝となって.   いる。西鶴は転合といいながら﹃源氏物語﹄に対抗意識を燃やし、﹃源氏﹄の五十四帖に模して、世之介七.   歳から六十歳までの五十四年間の好色の諸相を描いている。⋮⋮多くの古典を卑俗化して取り込み、全体的   な構想を持って、意欲的に創作しているといえる。.  氏は、前半と後半の作風の違いを述べ、前半を好色における修行、後半を遊女列伝︵注④︶と分類している。. 一19剛.

(28)  二氏の論の中で筆者が着目したいことは、﹁粋﹄の美学や作品の構想が表現面へ及ぼした影響である。いわば、. ﹁粋﹂の美学における言語表現のあり方はどうか。作品の前・後半における世之介や登場人物の言語表現の変化. はあるのか。文学研究における作品の評価と言語表現における表現効果の関わりを分析する。.  第二項 ﹃好色囎代男﹄における行為指示表現の概観.  ﹃好色一代男﹄の会話文における行為指示表現では、発話の方向性から、上位者から下位者への発話・対等の. 関係での発話・下位者から上位者への発話が、それぞれ、全体の六三%・六%・三一%となっている。︵全用例 の分類は資料編1の五二頁以降を参照。︶.  近世に成立した浮世草子は、現実主義的であり、娯楽的な町人文学とされる。その噛矢とされる﹃好色一代男﹄. は、町人の生活を描いたという点において、町人物の﹃世間胸算用﹄などと同じであるが、遊里という特殊な世. 界を舞台としている点において特徴的である。このことは、待遇における社会的人間関係の枠が客を上位者とす. る上下関係に成りやすいことを意味する。従って、一般的には発話において、遊郭に来た客︵上位者︶から遊女. ︵に代表される下位者︶に対して行為指示が多くなることは予想できる。一方、金銭で成立する擬似的恋愛であ. っても、そこには微妙な心理が存在する。人間関係において、社会的な上下関係を越えた心理的な上下関係とい. うものも重要な要素となる。そういった﹁色好み﹂の世界の人問臭さが最も端的に現れるのは言語表現であろう。. 人間模様を描写する手法としては、具体的な表現を通して事柄や心理を描写していく方法がある。また、敢えて. それを避け会話における表現を様々に駆使することによって、人物の意識における機微を読者に体感させる方法. もあろう。以下においては、それぞれの行為指示表現の表現形式を通して、話し手の待遇意識を分析し、その表 現効果を考察したい。. 一20・.

(29)  第三項 各表現形式の分析 A、命令形型. − 尊敬語の命令形を使用する場合.  命令形による直接的な行為指示に尊敬語を用いて表現するという用語選択は、下位者が上位者に向けて行為を. 指示する場合には、自然な待遇意識として理解しやすい。しかし、待遇上、上位者から下位者への行為指示に尊. 敬語を用いることは、社会的待遇関係からは必ずしもその必然性・必要性が高くはない。そこで、上位者が下位. 者に対して尊敬語を使用して行為指示する場合の待遇意識・表現意図について、受益の視点を採り入れながら、 以下具体例の分析を通して考察を加える。.  ア、上位者から下位者への発話︵受益者が話し手の場合︶.   ⋮⋮今はたまり兼て断りなしに腹の上にのり懸れば、下より胸をおさえて、﹁是は聯称なさる︾﹂といふ。.   ﹁堪忍ならぬ。ゆるし給合どいふ。﹁又時節も有べし。先今晩は﹂といふ。世之介せんかたなく、⋮⋮︵巻   六の五﹁ながめは初すがた﹂ 世之介←初音太夫︶︵82︶.  この用例は、四〇歳の世之介が、希望通りに相手をしてくれない初音太夫にじれて、行為に及ぼうとする発話. である。世之介と初音は初めての出合いだと思われるが、遊郭のしきたり︵注⑤︶を破って世之介は関係を迫る。. 世之介としては上位者として﹁ゆるせ﹂と言いたいところを、尊敬語﹁給へ﹂を共用する。大尽としての威厳を. 保ちながら、率直な表現を避けたものである。ここには、世之介が大尽としての下品さ︵不粋︶を隠し、体面を. 維持しようとする意図が感じられる。財力はあっても、大尽としては未熟な世之介を描くには有効な表現形式で. ある。この表現形式における待遇意識の要点は、下位者︵聞き手︶を上位に位置づける一方で、自らの体面・威. 厳を守りながら行為の遂行を指示するということである。このような分類の例には、他に用例27・28がある。.  イ、上位者から下位者への発話︵受益者が聞き手の場合︶. ・21・.

(30)    ⋮ふところより櫛道具えもいはれぬきよらなるをとり出し、つきくのものにわたして、﹁そNけたる御.   おくれを舞﹂と申侍りき。時しも此うれしさいか計あるべし。⋮⋮︵巻一の四﹁袖の時雨はかか   るが幸﹂ 年上の男←世之介︶︵13︶.  この用例は、一〇歳の世之介が年上の若衆に対し、衆道の関係を結ぼうとする発話である。若衆は年上だが、. 世之介の髪の乱れを﹁あらためよ﹂とは言わず、尊敬語﹁給念を付加して表現する。ここには、待遇的下位者. である世之介に対し、聞き手の立場に立つ好意的な配慮がある。結果的には、若衆︵上位者︶の品位が感じられ. る表現となっている。衆道は精神性の高さが必要であると言われるが、若衆にその品位を与えることにこの表現. 形式が役立っている。この表現形式における待遇意識の要点は、下位者を上位に位置づけ、聞き手の立場に配慮. しながら行為遂行を指示するということである。この様な分類の例には、用例6・79がある。 ︻考察︼.  アの三例に共通することは、上位者が自らへり下り、聞き手を上位に位置づけ、行為遂行を指示する点であ呑。. その待遇意識は、行為指示によって聞き手に不快を与えない配慮であり、下手に出て行為を遂行させようとする. 点にある。しかし、行為指示における受益は話し手にあるため、待遇的に上位に位置づけられた感覚はあるが、. 行為の遂行自体は聞き手にとって負担となることが特徴的である。結果的には、話し手の﹁改まり︵威厳︶﹂を. 示した表現形式となっている。イの三例に共通することは、人間関係の枠における待遇的上位者が、下位者を上. 位に位置づけ、行為遂行の指示をしていることである。この点はアの場合と同じである。ただし、発話の受益は. 聞き手にあり、聞き手の立場に配慮した行為指示表現になる。そのため、聞き手にとっては行為指示が不快を伴. わないものとなる。結果的には、話し手が聞き手を許容する品位を示す表現となる。イの三例は色道における粋. ︵直接的な表現を避け、他者への好意的な配慮を示し、聞き手の判断を待つ心理︶を表現することに効果的な形. 式だと考えられる。遊里における恋愛︵衆道においても︶には金銭だけでなく、人物的な成熟が重要であった。. 聞22・.

(31) 作者はそういう事情に通じており、遊里に生きる人々や衆道に生きる人々の心情を描くための表現形式として利. 用している。これに対してアの三例は、色道における不粋を表現する場合に有効な表現形式である。聞き手を許 容する余裕のなさが表面上の鄭重さと対照的になる。.  ところで、尊敬語の命令形使用による用例数は、聞き手受益の場合で下位者から上位者への発話に多い。下位. 者︵店主・従業員・女など︶から上位者︵客・男など︶に対する勧めの待遇意識がよく表れている表現形式であ る。. H 謙譲語の命令形を使用する場合.  命令形による直接的な行為指示に謙譲語を用いて表現するという用語選択は、下位者が上位者に向けて行為を. 指示する場合には、極めて不遜な待遇意識として理解される。それは、結果として下位者が聞き手︵上位者︶を. 低め、意識の上で自分を上位に置くことになるからである。また待遇上、上位者から下位者への行為指示に謙譲. 語を用いることは、身分的に明確な上下関係が成立する場面では理解できるが、社会的待遇関係からは特徴的で、. 必ずしもその必然性・必要性が高くはない筈である。そこで、上位者が下位者に対して謙譲語の命令形を使用し. て行為指示する場合の待遇意識・表現意図等について、受益の視点も取り入れ、具体例にあたりながら考察を加 える。.   −⋮ことすぎて跡はやつして胤れ酒、いつにかはりてのなぐさみ、酔のまぎれに世之介金銭銀銭紙入より打.   明て両の手にすくひながら﹁太夫藻、やらう﹂といふ。此中では戴かれぬ所ぞかし。⋮⋮︵巻七の一﹁其   姿は初むかし﹂ 世之介←高橋太夫︶︵86︶.  この用例は、酒に酔った世之介が宴席でお金をばらまき、遊女たちに拾わせようとする発話である。太夫への. 好意的配慮にかけることは勿論、遊郭という世界のしきたりを理解しない不粋な行為である。﹁戴け﹂という言. ・23・.

(32) 葉は、話し手受益で、相手への配慮はない。自らを待遇的上位者に位置づけ、遊女たちを従業員として下位者に. 位置づける意識が出ている。大尽としては不粋な世之介の待遇意識が見られる。この話の結末は、世之介のわが. ままを聞き届けた太夫の度量の広さが賞讃される。この表現における待遇意識の要点は、下位者に対し自らを上. 位に位置づけ、聞き手への配慮を示さず行為指示をするという点である。このような分類例には、用例55・雛・ 0・1・2がある。.         のの   の.   ⋮⋮所ならいとて禿もなく女郎の手づから燗鍋の取まはし、見付ぬうちは笑しく、﹁床にいれ﹂など玉申て、.                                         き. にあたりながら考察を加える。. 通常語を使用して行為指示する場合の待遇意識・表現意図等について、受益の視点も参考にしつつ、以下具体例. を用いることは失礼な表現となり、社会的待遇関係からは違和感を受ける。そのような下位者が上位者に対して. 指示する場合は自然な待遇意識として理解しやすい。しかし、待遇上、下位者から上位者への行為指示に通常語.  命令形による直接的な行為指示に通常語を用いて表現するという用語選択は、上位者が下位者に向けて行為を. 皿 通常語の命令形を使用する場合. 他者への配慮を考えない行為指示が、不粋に通ずることを表現するために意図した表現形式だと言える。. く、あくまで受益は話し手にある。そこには、強制的に行為を進めようとする話し手の待遇意識が感じられる。. イメージを示す表現として効果的である。行為指示によって聞き手の気持ちが害されることへの好意的配慮はな. 優劣という観点において、自らが上位にあるという待遇意識を示す。特に、用例55・84・86は、発話者の不粋な.  八例すべてに共通することだが、謙譲語の命令形を使用する行為指示表現は、社会的な階層や心理的な上下・. ︻考察︼.     1    1    1. 97.   あしらひ男先立て小座敷にゆけば、⋮⋮︵巻二の四﹁誓紙のうるし判﹂ 世之介→揚屋の下男︶︵29︶. 一24一. 89.

(33)  この用例は、世之介が訪れた奈良の遊里で、下男が床の準備が出来たことを告げる発話である。本来、上位者. として待遇すべき客に対して、下男は通常語の命令形で行為指示をする。﹁あしらひ男﹂は、仕事上の礼儀的な. 配慮を欠いた発話をしている。これは、この話にある﹁鄙﹂のイメージに連動する表現効果を考えての表現形式. だと考えられる。この前後の文脈には遊郭としての格式のなさ・不粋な状況が描かれている。表現形式における. 待遇意識の要点は、話し手受益で、上位者を高める位置づけ︵配慮︶をせず、行為の遂行を指示することである。. 結果としては、行為指示によって聞き手に不快を与えることになる。この様な分類の例には、用例32がある。 ︻考察︼.  通常語の命令形使用による注意すべき用例は二例。しかし、一例は内言で、厳密には一例︵用例29︶しかない。. 用例からのまとめとはならないが、通常語の命令形によって上位者に行為指示する場合には、配慮を欠いた無礼. な表現となる。それは、上位者︵聞き手︶に対する何らの配慮︵敬い︶がないからであり、無意識の発話であっ. ても、結果的には待遇意識が働かない無教養を暴露する描写となる。作者は人間関係の配慮に怠慢な人物として. 描き出すことを意図し、表現形式として利用したと考えられる。作者には、経験による遊里の﹁鄙﹂と﹁都﹂の. イメージがあったことを示唆する。作品前半における世之介の色道修行の過程を描くには適した表現形式である。.  ところで、通常語の命令形使用による用例数は、話し手受益の場合で、上位者から下位者への発話が圧倒的に. ︵注⑥︶。. 多い。これらには、客に代表される上位者から下位者に対する遠慮のない待遇意識が表現されている。遊里や色 事の人問関係における上下関係が率直に反映した表現形式である。 B、助動詞型.  ◇﹁べし﹂を使用する用例は二例.  助動詞﹁べし﹂の性質について、田中雅和氏は次のように記している. 一25噂.

表 現 形 式 待 遇 の 方 向 上 → 下 対等 下 → 上 受益    1 し手1聞き手    陰 し手1聞き手    1 し手:聞き手 C型 終助詞rや」 命令陶 曹 薗 − 一 一 臼 一 一 り r 92 .....一上.....}り一一    i .甲一__1一____    : ____1−_一幽..一一 禁止一  昌  −  一  −  一  一  一  一  一  一    3 _..一一」一___一『    : 一..._.L一_一一『P    : __1一_−一.一騙 文末語型 依頼
表 現 形 式 待 遇 の 方 向 上 → 下 対等 下 → 上 一 一 一 一 騨 一 一 ■ 受益 話し手1聞き手 話し手:闘き手 話し手:聞き手 A型 ①尊敬語の命令形 命令 27,28,8 16,13,79 :127 11,105,1:33,37,3 命令形型 (助動詞「られよ」ませい」を含む) 2    1    19,12シ23,16,72,78,    1 2,122,19,46,51,5,76,i5免6乳7 (直接形式) 13軌46︐1:: 且2濁93:1,81,94,   一8臼589 ほ

参照

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カバー惹句

奥付の記載が西暦の場合にも、一貫性を考えて、 []付きで元号を付した。また、奥付等の数