IV期肺癌症例の予後―化学療法施行群と非施行群との比較―
山梨医科大学第2内科 成宮賢行 宇野健史 大木善之助 池田フミ 西川圭一 石原裕 小沢克良 田村康二 はじめに N期非小細胞肺癌に対する化学療法の有用性については数年前までは否定的な意見が 多かったが、最近になりまたその有用性がいわれている1)∼3)。今回われわれは当科のN 期非小細胞肺癌症例をretrospectiveに解析し、化学療法が予後の改善、 QOLの向上に役 立っているかを検討してみた。 対象と方法 当院が開院した1983年10月から1995年12月までの間に当院を初診したIV期非小 細胞肺癌患者141例のうち、1997年5月の時点で追跡可能であった108例を対象とし た。病理診断は経気管支的あるいは経皮的生検または細胞診により、一部胸水細胞診や 喀疾細胞診あるいは転移巣の生検により、病理診断日を確定診断日とした。臨床病期は 肺癌取扱い規約(改訂第4版)によった。化学療法を施行するかしないかの選択は患者 の年齢、PS、腎機能、骨髄機能を考慮して臨床的に判断し、本人あるいは家族の同意を得た。化学療法のプロトコールは1990年ぐらいまではCDDP+VDS、1989年∼
1991年はCDDP+IFX、1992年以降はCDDP+VP−16を中心に行った。予後の評価に は生存日数(確定診断日から死亡日までの日数)を用い、QOLの評価には入院日数(確 定診断後の原疾患およびその合併症にて入院していた日数)と在宅率(生存日数中入院 していなかった日数の割合)を用いた。データは平均±標準偏差で示した。 結果 1983年10月から1995年12月までの間に当院を初診した原発性肺癌症例は481例 (男性347例、女性134例)であり、そのうち臨床病期N期と診断された症例は全体の 37%、179例(男性126例、女性53例)であった(図1)。IV期症例の平均年齢は 66.7±10.7歳(女性66.9±10.4、男性66.3±1 1 ,4)であり、男女比は2.4:1であっ た(表1)。N期症例の転帰は1997年5月24日現在生存中2例、死亡139例、追跡不 能38例であった(表2)。図1 全肺癌症例の病期分類
不明3% 1期 N期 37% n=48 5% ll期 4% lll期 310/o表1 N期肺癌症例性別
.__」症例数
平均年齢(才) 女性 53 66.9±10.4 P26 66.3+11.4 全体 179 66.7±10.7平成9年9月1日
lV期肺 症例転帰
_」吐」 症例数
生存中 2 死亡例 139 追跡不能例 38表3 rV期肺癌症1の発見動
検診 自覚症状 他疾患経過中 女性 10 P737
P01 68 総数 27138
14表5 N期肺癌症例の生存日数
非小細胞癌 小細胞癌表4
lV期肺癌症例組 型
女性 男性 総数 化学療法あり302±322
@n=65
288±237
@n=26
腺癌 G平上皮癌 @大細胞癌 x胞上皮癌 B扁平上皮癌 @小細胞癌 @ 、日 43 49 S 37 Q 2 O 3 P 0 R 33 O 2 92 S1 S31362 化学療法なし210±327
@n=43
97±115
@n==5 全体264±327
@n=108
257±232
@n=31
mean±S.D.表6 1V期非小細胞癌化学療法の有無の推移
化学療法あり 化学療法なし 総数1983∼1987
P988∼1991
P992∼1995
25 7 R1 11 Q4 4332
S2
U7 全体 80 61 141 lV期症例の発見動機は検診発見例27例(15.1%)、自覚症状発見例138例(77.1 %)、他疾患経過中発見例14例(7.8%)であった(表3)。組織型は腺癌92例 (51.4%)、扁平上皮癌41例(22.9%)、小細胞癌36例(20.1%)、その他8例 (4.5%)、不明2例(1.1%)であった(表4)。平均生存日数は非小細胞癌264± 327日、小細胞癌257±232日であった(表5)。 以後はIV期肺癌のうち化学療法の有用性が問題となる非小細胞癌141例(女性50例、 男性91例)に限り検討してみた。当科におけるIV期非小細胞癌に対する化学療法の現 状をみるために、過去12年を4年毎の3期に分け症例の総数と化学療法の有無の推移を 検討してみた。N期非小細胞癌の症例数は増加傾向にある。また化学療法の有無をみる と1991年までは化学療法を施行する例が多かったが、1992年以降は化学療法を行わ ない例が増えている(表6)。 次にKaplan−Meier法による生存曲線を用いて、化学療法施行群80例と非施行群61例 を比較してみた。Wilcoxon法にて有意差検定を行うと両群間に有意差を認め(P< 0.005)、化学療法施行群の方が生存日数が長いという結果になった(図2)。図2 N期非小細胞肺癌の生存曲線
% 100 80 60 40 20 0 0 2 4 6 ■一サ学療法あり ’‥ サ学療法なし P<0.005 8 年表7 PSの予後と在宅率に対する影響
e ‘ n 生存日数(日) 入院日数(日) 在宅率(%) PS良(Oj,2) oS悪(3,4)52
P2;蕊:コ…
157±87
P11±63
35.3±25.8 P9.2±19.4 幽 ξ PS良(0,1,2) oS悪(3,4) 18Q5
i::ll:釦一
87±62
T7±40
::::圭:1:1]… ★★ FP<0.01, ★t★:P<0.005※PS不明1例
mean±S.D. 化学療法を施行するしないの選択は患者の状態から臨床的に判断したものであるため、 両群間の有意差は化学療法以外の予後規定因子の影響が大きかった可能性がある。そこ で一般的に予後を規定すると思われる年齢・T因子・N因子・PS・性別の5つの因子 を取り上げ、これらを便宜的に各々2つのグループに分け、IV期非小細胞肺癌のうち生 存日数の追跡可能であった症例108例(女性41例、男性67例)について検討してみた。 このうち化学療法を施行した例は65例(女性24例、男性41例)、施行しなかった例は 43例(女性17例、男性26例)であり、各々の群毎に比較してみた。有意差検定は Mann・・Whitney法を用い、 P<0.05を有意差ありとした。まずPSをPSO.1.2のPS の良い例と、PS3.4のPSの悪い例に分け検討した。化学療法施行群・非施行群とも にPSの悪い例に比べPSの良い例で有意に生存日数が長かった。また在宅率は化学療 法非施行群においてPSの良い例が有意に高かった(表7)。 N因子はNO・Nl例とN2・N3例に分け検討した。化学療法施行群ではNO・Nl例,平成9年9月1日
表8 N因子の予後と在宅率に対する影響
ξ ‘ n 生存日数(日) 入院日数(日) 在宅率(%)NO・Nl
m2・N3
10
T4
:ll芸::]…
蕊:]一
44.5±27.3 Q9.3±24.6 ξNO・Nl
m2・N3
928214±113
P59±155
72±36
U8±56
:二:ll二:::]・ ★:p<0.05,★★:P<0.01,★★★:P<0.005 ※N不明7例 mean±S.D.表9 T因子の予後と在宅率に対する影響
※T不明2例 mean±S.D.表10 年齢の予後と在宅率に対する影響
ξ ‘ n 生存日数(日) 入院日数(日) 在宅率(%) 65才以下 U6才以上36
Q9
324±388
Q75±217
150±91
P42±75
32.1±27.2 R1.0±22.7 ξ 65才以下 U6才以上14
Q9
302±535
P65±146
78±67
U5±44
37.4±35.0 R9.0±30.4 mean±S.D. で有意に生存日数が長かったが、入院日数も有意に長かった。化学療法非施行群ではN O・Nl例で有意に在宅率が高かった(表8)。 T因子の検討では化学療法施行群・非施行群ともにTl・T2例とT3・T4例との間 に生存日数、入院日数、在宅率の有意差を認めなかった(表9)。表11 性別の予後と在宅率に対する影響
e ‘ n 生存日数(日) 入院日数(日) 在宅率(%) 女性j性
24
S1411±479
Q39±151
160±103
P38±69
38.6±27.0 Q7.4±23.3 ξ 女性j性
17Q6
213±175
Q07±400
::ll:]・ 38.4±32.8 R8.7±3tO t:P<0.05 mean±S.D,表12 化学療法の生存日数・在宅率に対する効果一PS別
PS O12
n 生存日数(日) 入院日数(日) 在宅率(%) 化学療法あり サ学療法なし52
P7340±348
Q32±165
1ヱ:]…
::::1::::]一34
化学療法あり サ学療法なし13
Q5
149±84
P89±409
:㌔]一
19.5±18.6 Q6.3±29.1 ★★ FP<0.01,★tt:P<0.005 mean±S.D,※PS不明1例
表13 化学療法の生存日数・在宅率に対する効果一N因子別
NO・N1
n 生存日数(日) 入院日数(日) 在宅率(%) 化学療法あり サ学療法なし 10 X1;㌔]一
∵㌶コ…
44.5±27.3 U1.7±12.92・ 3
化学療法あり サ学療法なし54
Q8
蔑1:証
1灘コー
29.3±24.6 R2.3±30.9 *★ FP<0.Ol,★★★lP<0.005,★★★★:P<0.001 mean±S.D.※N不明7例
年齢を65歳以下と66歳以上の2つの層に分け検討したところ、化学療法施行群・非 施行群とも両年齢層間に生存日数、入院日数、在宅率の有意差を認めなかった(表10)。 性別の検討でも両群ともに男女間で生存日数の有意差を認めなかった(表11)。平成9年9月1日
予後規定因子の重回帰分
年齢 T因子N因子
1 .66 −42.43 −79.39 一103.58 99.31 0.4774 0.10570.0032
0.0404 0.0771 次に今までの検討で生存日数に影響すると考えられたPS・N因子の2つの因子に絞 り、化学療法の有無により生存日数に差がでるか検討してみた。PSの良い群・悪い群 ともに化学療法の有無で生存日数に有意差を認めなかったが、PSの良い群では化学療 法施行例の有意な入院日数の延長と在宅率の低下を認めた。またPSの悪い群では化学 療法施行例の有意な入院日数の延長を認めた(表12)。 N因子の検討ではNO.1群、 N2.3群ともに化学療法施行例の有意な生存日数と入院 日数の延長を認めた(表13)。 最後に年齢、T因子、 N因子、 PS、性別、化学療法の有無の因子を用いて生存日数 を重回帰分析してみたところ、有意なものはN因子とPSであり、化学療法の有無は有 意なものではなかった(表14)。 考察 N期非小細胞肺癌に対する化学療法群とbest supportive care群とを比較したtrialにお いて、2群間に生存期間の有意差を認めなかったとする報告が1990年前後に相次いだ 1}2)。このため当科ではこの頃を境にそれ以前は積極的に化学療法を行っていたN期非 小細胞肺癌に対し、tg92年以降は積極的には化学療法を行わなくなった。しかし最近 best supportive care群とCDDP併用化学療法群との無作為比較試験についての metaan a lysisによる検討でわずかながら化学療法に延命効果があるとする報告が散見さ れるようになった3}。そこで当科でも化学療法の有無が実際に予後に影響を与えている かをretrospectiveに検討してみた。 Kaplan−Meieri去による生存曲線は化学療法施行群で有意に良かった。しかし当科では 化学療法施行群と非施行群を無作為に分けたわけではないので当然治療法の選択にbias が生じている。実際両群の症例を比較してみると化学療法施行群にはPSO.1.2例や65 歳以下の症例が多く、非施行群にはPS3.4例や66歳以上の症例が多い。このため化学 療法施行群の方が予後が良かったのは他の予後規定因子の影響が大きかった可能性があ る。そこで一般に予後に影響すると言われているPS・N因子・T因子・年齢・性別の 各因子が、当科の症例においても予後に影響を与えているかを検討した。 PSについての検討では化学療法施行群・非施行群ともにPSの良い例で有意に生存 日数が長く、PSは化学療法の有無にかかわらず予後に影響を与えていると考えられた。 N因子についての検討では化学療法施行群でNO・Nl例は有意に生存日数と入院日数が長く、非施行群でNO・Nl例は有意に在宅率が良かった。 N因子も予後に影響を与 えている可能性が示唆された。他のT因子、年齢、性別は2グループ間で生存日数の有 意差はなく、これらの因子は予後に与える影響は少ないものと思われる。ここで予後に 影響を与えている可能性のあるPSとN因子の2つの群について化学療法の有無による 差をみた。PSについてはPSの良い群・悪い群とも生存日数は化学療法の有無で有意 差はなく、入院日数は化学療法施行例で有意に長かった。またPSの良い群で化学療法 施行例の在宅率が有意に低かった。このことより化学療法は生存日数に与える影響は少 ないが、化学療法を施行しないことにより入院日数を短縮でき、PSの良い例では在宅 率を上昇させQOLの向上につながると思われた。 N因子についてはNO・N1群、 N2・ N3群ともに化学療法施行例の生存日数が有意に長いという結果になったが化学療法施 行例にPSの良い例が多数含まれている可能性があり、 N因子の検討にはPSの影響を 除いた検討が必要と思われた。 今回検討した因子を用いての生存日数の重回帰分析でも今までの検討と同様に生存日 数への寄与度の大きな因子としてPSとN因子が上がり、化学療法の有無は有意ではな かった。 今回対象とした症例は1983年からS995年と長い期間にわたり、この間化学療法の プロトコールもCDDP+VDS、 CDDP+IFX、 CDDP+VP−t6と変わってきたが、これ ら3つのプロトコールの奏効率に大きな差は報告されておらず、これら症例をまとめて 考えてよいと思われる。また今回の化学療法施行群には、全く奏効しなかったため、あ るいは著しい副作用のため1回で化学療法を中止した例も、複数回施行し得た例も含ま れている。このために化学療法の効果が明確にならなかった可能性がある。つまり生存 日数に対する化学療法の効果は症例毎の奏効率や施行回数も考慮して評価する必要があ ると考えられる。最近(S−CS F製剤や5−HT3受容体拮抗剤の使用により副作用にかなり対 応できるようになっており、今後化学療法の施行回数の増加が予想される。それに伴っ て化学療法の効果が明確になってくる可能性がある。また化学療法が痔痛や呼吸困難な どの自覚症状の改善に有効であった症例もあり、今後自覚症状を含めたQOLに対する効 果の客観的評価方法の開発も含めて検討が必要であると考えられる。さらに今回は検討 しなかったが予後への寄与度の大きな因子として中野らは放射線療法の有無も、薄田ら はM因子やtumor doubl i ng ti meも挙げており今後はこれらの因子についてもさらに検 討していく必要があると考えられる4)5)。 まとめ N期非小細胞肺癌症例に対して化学療法が生存日数の延長やQOLの改善に寄与してい るか否かをretrospectiveに検討した。 N期非小細胞肺癌の予後は化学療法の有無には影 響されず、診断時のPSに影響され、 N因子にも影響する可能性が示唆され、また化学 療法を行わないことによりQOLの向上が得られる可能性が示唆された。 文献 1)Ganz P. A., et al:Supportive care versus supportive care and
平成9年9月1日 combination chemotherapy in metastatic non−sma” ,cell Iung cancer. Cancer 61 :1271−1278,1989. 2)Kaasa S., et al :Symptomatic treatment versus combination chemotherapy for patients with extensive non−small cell Iung cancer. Cancer 67:2443−2447,1991. 3)Non−small Cell Lung Cancer Collaborative Group:Chemotherapy in non−small cell lung cancer−ameta−analysis using updated deta on individual patients from 52 randomized clinical trials−.BMJ 311 :899−909,1995. 4)中野喜久雄,他:非切除非小細胞肺癌の予後および長期生存例に関する検討. 肺癌34:307−312,1994. 5)薄田勝男,他:Coxの比例ハザードモデルを用いた原発性肺癌例の予後因子解析 一特にtumor doubling timeの評価に関して一肺癌34:1011−1016,1994,