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石干見研究の可能性 : 回顧と展望

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Academic year: 2021

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(1)

石干見研究の可能性 : 回顧と展望

著者

田和 正孝

雑誌名

関西学院史学

38

ページ

29-62

発行年

2011-03-20

URL

http://hdl.handle.net/10236/00025737

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石 干 見 ︵ イ シ ヒ ビ ︶ は 、 潮 位 差 が 顕 著 な 海 岸 部 に 岩 塊 や 転 石 を 馬 蹄 形 や 方 形 に 積 ん で 構 築 し た 大 型 の 定 置 漁 具 で あ る 。 石 積 み は 、 満 潮 時 に は 海 面 下 に 没 し 、 干 潮 時 に は 一 部 ま た は 全 部 が 干 あ が る よ う に 築 か れ て い る 。 上 げ 潮 流 と と も に 接 岸 す る 魚 群 の な か に は こ の 石 積 み 内 に 入 っ て く る も の が い る 。 下 げ 潮 流 時 に な る と こ れ ら の 魚 群 は 潮 の 動 き に 合 わ せ て 沖 へ と 出 る が 、 な か に は 出 遅 れ て 石 積 み 内 に 封 じ こ め ら れ て し ま う も の が あ る 。 こ れ ら が 人 の 手 に よ っ て 漁 獲 さ れ る こ と に な る 。 石 干 見 は 、 東 ア ジ ア 、 東 南 ア ジ ア 、 南 太 平 洋 の 干 潟 地 帯 や サ ン ゴ 礁 島 の 周 辺 、 フ ラ ン ス 、 ス ペ イ ン の 大 西 洋 岸 な ど 、 世 界 中 に 分 布 す る 。 日 本 で は 、 か つ て 九 州 の 周 防 灘 沿 岸 や 有 明 海 周 辺 、 島 原 半 島 、 五 島 列 島 、 沖 縄 諸 島 、 宮 古 列 島 、 八 重 山 諸 島 な ど に 数 多 く 存 在 し た 。 と こ ろ で 石 干 見 の 復 元 と 活 用 が 、 近 年 、 九 州 各 地 で 始 ま っ て い る 。 地 域 の 人 々 の 生 活 や 生 業 に 関 わ る 身 近 な 風 景 を 文 化 財 と し て 評 価 す る 文 化 的 景 観 の 考 え 方 が 定 着 し つ つ あ る な か 、 石 干 見 を め ぐ る 動 き も 、 こ の よ う な 動 き と 関 係 が 二 九

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深 い と 考 え ら れ る 。 た と え ば 、 大 分 県 宇 佐 市 の 長 洲 海 岸 に は か つ て 大 小 七 基 の 石 干 見 ︵ イ シ ヒ ビ ︶ が 存 在 し た 。 イ シ ヒ ビ 漁 は 一 九 五 五 年 頃 ま で お こ な わ れ た と い う 。 そ の 後 、 海 岸 は ノ リ 養 殖 漁 場 へ と 転 換 し 、 イ シ ヒ ビ は 利 用 さ れ な い ま ま 荒 れ る に ま か さ れ 、 石 積 み の 跡 が わ ず か に 残 る に す ぎ な か っ た 。 そ こ へ 二 〇 〇 六 年 一 〇 月 、 宇 佐 市 豊 の 海 観 光 協 議 会 の も と に イ シ ヒ ビ の 修 築 と 管 理 を お こ な う 目 的 で 設 け ら れ た ﹁ ひ び 部 会 ﹂ が 中 心 と な り 、 財 団 法 人 地 域 活 性 化 セ ン タ ー の 補 助 を 得 て イ シ ヒ ビ の 復 元 が 始 ま っ た 。 こ れ を 地 元 の 長 洲 中 学 校 で の 環 境 教 育 や 魚 と り を 楽 し む 体 験 型 観 光 に 活 用 し よ う と し て い る の で あ る 。 一 連 の 活 動 を 推 進 し た の は 、 ﹁ 長 洲 の 町 の こ れ か ら ﹂ を 創 造 す る 目 的 で 結 成 さ れ た 長 洲 ア ー バ ン デ ザ イ ン 会 議 で あ っ た 。 地 域 の 住 民 を 主 体 と す る こ の 団 体 と と も に 、 宇 佐 市 役 所 経 済 部 商 工 観 光 課 ツ ー リ ズ ム 推 進 係 が 外 部 と の 調 整 役 を 担 っ て い る 。 長 崎 県 島 原 市 で は 、 長 浜 地 先 に 一 九 六 五 年 当 時 ま で 残 っ て い た 石 干 見 ︵ ス ク イ ︶ を 復 元 す る た め に ﹁ み ん な で ス ク イ を 造 ろ う 会 ﹂ と い う 市 民 団 体 が 結 成 さ れ 、 二 〇 〇 六 年 に は 実 際 に 復 元 が な っ た 。 現 在 も 会 の メ ン バ ー に よ っ て 補 修 と 清 掃 お よ び 魚 と り 活 動 が 定 期 的 に お こ な わ れ て い る 。 こ の よ う に 、 石 干 見 が 地 域 貢 献 や ツ ー リ ズ ム の た め の 装 置 と し て 、 今 、 脚 光 を 浴 び は じ め て い る と い え よ う 。 海 洋 人 類 学 や 人 文 地 理 学 、 民 俗 学 に お い て 、 一 九 七 〇 年 代 で い っ た ん 終 息 し て い た 石 干 見 に 関 す る 研 究 が 、 あ た か も 前 述 し た 動 き と 連 動 す る か の ご と く 一 九 九 〇 年 代 か ら 再 び 繰 り 広 げ ら れ る よ う に な っ た 。 こ の よ う な 石 干 見 を め ぐ る 地 域 の 動 き や 学 界 の 動 向 を み る と き 、 い っ た い 、 石 干 見 に 関 す る 研 究 は こ れ ま で ど の よ う に 進 め ら れ て き た の か 、 な ぜ 今 、 石 干 見 が 注 目 さ れ る の か 、 今 後 い か な る 石 干 見 研 究 が 可 能 か な ど を 検 討 す る こ と が 必 要 と 考 え る 。 そ こ で 筆 者 は 、 石 干 見 が 分 布 し た ︵ す る ︶ 地 域 の 精 緻 な 情 報 を 収 集 す る 必 要 性 を 指 摘 す る と と も に 、 石 干 見 の 構 築 の 技 術 、 魚 と り の 技 術 と 漁 業 者 の 環 境 知 と の 関 係 お よ び 石 干 見 の 所 有 と 利 用 の 状 況 、 漁 獲 物 の 分 配 方 法 を 理 解 す る 必 要 性 、 さ ら に は 石 干 見 を 保 存 、 復 元 し た り 、 そ れ ら を 活 用 し た り す る 近 年 の 動 き に つ い て も 議 論 を 始 め て い る ︵ 田 和 二 〇 〇 石 干 見 研 究 の 可 能 性 │ 回 顧 と 展 望 三 〇

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八 、Tawa 2010 ︶ 。 ま た 、 二 〇 一 〇 年 三 月 に は 、 国 際 常 民 文 化 研 究 機 構 第 一 回 国 際 シ ン ポ ジ ウ ム ﹁ 海 民 ・ 海 域 史 か ら み た 人 類 文 化 ﹂ に お い て 、 ﹁ 伝 統 漁 法 石 干 見 の 保 存 と 利 用 ﹂ と 題 す る 報 告 を お こ な っ た ︵ 田 和 二 〇 一 〇 b ︶ 。 小 論 は 、 以 上 の こ と を ふ ま え た う え で 、 こ れ ま で 十 分 に は 検 討 す る に 至 っ て い な い 石 干 見 研 究 の 系 譜 に つ い て あ ら た め て 回 顧 し 、 つ ぎ に ア ジ ア ・ 太 平 洋 地 域 を 視 野 に 入 れ な が ら 一 九 九 〇 年 代 以 降 の 研 究 の 方 向 性 に つ い て 検 討 を 加 え 、 石 干 見 研 究 の 新 た な 可 能 性 を 具 体 的 な 事 例 を 提 示 し つ つ 考 察 す る も の で あ る 。

︵ 1 ︶ 西 村 朝 日 太 郎 の 貢 献 日 本 に お け る 石 干 見 漁 法 の 研 究 に つ い て は 、 第 二 次 世 界 大 戦 前 の 喜 舎 場 永 珣 ︵ 一 九 三 四 ︶ に よ る 沖 縄 八 重 山 の 伝 統 漁 法 に 関 す る 研 究 に お い て 取 り 上 げ ら れ た も の を 先 駆 け と し 、 島 袋 源 七 ︵ 一 九 七 一 ︶ に よ る 古 代 琉 球 漁 業 の 研 究 に お ︵ ! ︶ け る 漁 垣 ︵ 漁 の 字 を あ て て ナ ガ キ と 読 ん で い る ︶ へ の 注 目 、 吉 田 敬 市 ︵ 一 九 四 八 ︶ に よ る 有 明 海 漁 業 に 関 す る 地 理 学 的 研 究 に お け る 石 干 見 へ の 言 及 が 初 期 の も の で あ る 。 し か し 、 本 格 的 な 研 究 の 確 立 は 、 海 洋 民 族 学 者 の 西 村 朝 日 太 郎 が 調 査 に 着 手 し は じ め た 一 九 五 〇 年 代 以 降 に な っ て か ら で あ る 。 早 稲 田 大 学 に い た 西 村 は 、 一 九 五 〇 年 代 か ら 七 〇 年 代 に か け て 、 大 学 院 生 や 学 部 生 を と も な っ て 、 九 州 各 地 、 奄 美 ︵ " ︶ 諸 島 、 沖 縄 諸 島 に お い て 石 干 見 の 調 査 ・ 研 究 を 活 発 に お こ な っ た 。 西 村 自 身 は 、 一 九 五 七 年 に 小 川 博 と と も に 有 明 海 ︵ # ︶ の 干 潟 漁 撈 文 化 の 調 査 を 開 始 し 、 そ こ で 初 め て 、 潟 板 と 石 干 見 の 重 要 性 に 着 目 し た 。 一 九 五 八 年 に も 小 川 と と も に 有 明 海 か ら 熊 本 県 宇 土 半 島 へ 石 干 見 調 査 に 赴 い て い る 。 そ の 後 、 ﹁ 五 九 年 に は 沖 縄 、 主 と し て 先 島 の 漁 法 を 調 査 し た 石 干 見 研 究 の 可 能 性 │ 回 顧 と 展 望 三 一

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︵ ! ︶ が 、 一 九 六 八 年 に は 石 干 見 を 沖 縄 本 土 、 先 島 に つ い て 求 心 的 に 調 査 ﹂ ︵ 西 村 一 九 七 九 ︶ し た 。 小 川 も 、 一 九 五 八 年 と 一 九 六 〇 年 に 熊 本 県 三 角 町 戸 馳 島 の ス ッ キ イ 、 一 九 六 〇 年 、 一 九 六 二 年 に 有 明 海 の ス ク イ 、 一 九 六 二 年 に 豊 前 海 の イ シ ヒ ビ を そ れ ぞ れ 調 査 し て い る 。 一 九 六 八 年 に は 水 野 紀 一 が 西 村 と と も に 奄 美 諸 島 に お い て ︵ 水 野 一 九 八 〇 ︶ 、 木 山 英 明 と 安 倍 与 志 雄 が 五 島 列 島 に お い て そ れ ぞ れ 現 地 調 査 を 実 施 し た 。 な お 、 高 桑 守 史 は 、 同 年 、 韓 国 南 部 の 石 干 見 を ︵ " ︶ 調 査 し て い る 。 西 村 ら に よ る 一 連 の 石 干 見 研 究 の 過 程 で 、 一 九 七 二 年 に は 早 稲 田 大 学 海 洋 民 族 学 セ ン タ ー に 集 う 大 学 院 生 が 沖 縄 に 派 遣 さ れ 、 石 干 見 の 集 約 的 ・ 組 織 的 な 調 査 研 究 が お こ な わ れ た 。 高 桑 と 矢 野 敬 生 の 二 人 が 宮 古 列 島 ︵ 宮 古 島 と 伊 良 部 島 ︶ 、 中 村 敬 と 山 崎 正 矩 が 八 重 山 諸 島 小 浜 島 に て 調 査 し た 。 高 桑 と 矢 野 は 宮 古 調 査 終 了 後 、 小 浜 島 調 査 班 に 合 流 し て い る ︵ 矢 野 ・ 中 村 ・ 山 崎 二 〇 〇 二 ︶ 西 村 ら が 中 心 に す え た 研 究 課 題 は 、 南 太 平 洋 に 広 く 分 布 す る 干 瀬 と い う エ コ シ ス テ ム が 有 す る 漁 撈 文 化 の 解 明 で あ っ た 。 砂 浜 や 泥 地 、 礫 浜 、 岩 礁 性 海 岸 な ど 干 潟 の 漁 場 利 用 に つ い て も 議 論 さ れ 、 石 干 見 は こ の よ う な 漁 撈 文 化 に お け る メ ル ク マ ー ル 、 西 村 自 身 の 言 葉 を 借 り れ ば 、 ﹁ 礁 文 化 の 主 導 的 徴 表 ﹂ ︵ 西 村 一 九 七 七 ︶ と し て 注 目 さ れ 、 そ の 構 造 や 利 用 方 法 、 所 有 形 態 な ど が 分 析 の 対 象 と な っ た の で あ る 。 特 に 、 高 桑 ・ 矢 野 の 現 地 調 査 デ ー タ を も と に ま と め ら れ た 宮 古 列 島 に お け る 石 干 見 の 研 究 ︵ 西 村 一 九 七 九 ︶ は 、 ﹁ お も ろ さ う し ﹂ に 記 述 さ れ た 石 干 見 に 関 す る 島 袋 ︵ 一 九 七 一 ︶ の 所 説 を 再 検 討 し た 文 献 学 的 研 究 に 続 き 、 石 干 見 の 名 称 と 分 布 、 形 態 と 構 造 、 機 能 ︵ 漁 期 、 漁 法 、 漁 獲 対 象 と そ の 分 配 方 法 ︶ 、 法 的 関 係 性 な ど に つ い て 詳 述 し て い る 。 石 干 見 の 構 造 に つ い て は 石 積 み の 長 さ と 高 さ 、 幅 、 部 位 ご と の 大 き さ な ど に も 計 測 が お よ ん で い る 。 筆 者 は こ の 研 究 を 石 干 見 に 関 す る 具 体 的 な 調 査 方 法 論 が 初 め て 提 示 さ れ た も の と 考 え て い る 。 石 干 見 研 究 の 可 能 性 │ 回 顧 と 展 望 三 二

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以 上 の よ う に 西 村 と 一 〇 名 近 い 西 村 の ﹁ 門 下 生 ﹂ が 、 約 一 五 年 間 に わ た っ て 石 干 見 の 調 査 を 続 け た 。 調 査 の 組 織 化 と 資 料 の 蓄 積 量 か ら い え ば 、 こ の 時 期 に 石 干 見 研 究 は ピ ー ク を 迎 え た と い え る で あ ろ う 。 さ ら に 西 村 の 研 究 姿 勢 と し て 高 く 評 価 し な け れ ば な ら な い こ と は 、 自 身 が 一 九 六 一 年 の 太 平 洋 学 術 会 議 を 皮 切 り に 国 際 人 類 学 民 族 学 会 議 な ど 複 数 の 国 際 会 議 で の 口 頭 発 表 や 英 文 に よ る 論 文 発 表 を 通 じ て 、 石 干 見 の 伝 統 的 漁 具 と し て の 位 置 づ け や 所 有 関 係 を 世 界 に 向 け て 発 信 し た こ と で あ る ︵Nishimura 1964, 1968, 1975 ︶ 。 西 村 の ﹁ 門 下 生 ﹂ に よ る 石 干 見 調 査 は 、 そ の 後 も 継 続 さ れ た 。 水 野 は 、 一 九 七 九 年 に 奄 美 諸 島 全 域 の 調 査 を 終 え 、 一 九 八 二 年 に は 長 崎 県 五 島 列 島 の 小 値 賀 島 、 一 九 八 五 年 に は 奄 美 大 島 瀬 戸 内 町 お よ び 五 島 列 島 福 江 島 の 石 干 見 を そ れ ぞ れ 調 査 し て い る ︵ 水 野 二 〇 〇 七 ︶ 。 西 村 ら の 調 査 に よ っ て 学 界 に 発 表 さ れ た 成 果 は か な り の 数 に の ぼ っ た が 、 依 然 と し て ﹁ 日 の 目 を み る こ と な く 眠 っ て い た 南 西 諸 島 や 九 州 に お け る ﹁ 石 干 見 ﹂ 漁 撈 に 関 す る 研 究 成 果 ﹂ ︵ 水 野 二 〇 〇 二 ︶ も 残 さ れ て い る の で あ る 。 西 村 は 、 石 干 見 を 、 人 間 が 沿 岸 部 に 居 住 し は じ め た 初 期 に 潮 だ ま り に 取 り 残 さ れ る 生 物 を 見 て 考 案 し た 、 き わ め て 古 い 構 築 物 で あ る と 考 え 、 こ の 漁 法 を ﹁ 生 け る 漁 具 の 化 石 ﹂ あ る い は ﹁ 生 き て い る 漁 具 の 化 石 ﹂ ︵the living fossils of oldest fishing g ear ︶ と 呼 ん だ 。 構 築 技 術 か ら 考 え る と 、 西 村 の 命 名 は 示 唆 的 で あ る 。 石 干 見 に 対 す る こ の 別 称 は 、 そ れ 以 降 、 学 界 に お い て 広 く 認 知 さ れ た 。 と は い え 、 石 干 見 の 石 積 み は 、 風 波 に よ っ て 破 損 し て は 積 み な お し が 繰 り 返 さ れ た し 、 崩 れ た の ち 再 び 築 か れ ず そ の ま ま 放 棄 さ れ る 場 合 も あ っ た 。 こ の よ う な 石 積 み の 構 築 年 代 を 特 定 す る こ と は き わ め て 難 し い 。 し か も 、 海 岸 に 残 さ れ る 石 材 群 か ら 考 古 学 的 究 明 が で き る わ け で は な い 。 以 上 の こ と か ら す れ ば 、 西 村 の い う ﹁ 石 干 見 の 太 古 性 ﹂ を 証 明 す る こ と は 実 際 に は 困 難 で あ る こ と を 付 言 し て お き た い 。 と こ ろ で 、 同 じ こ ろ 地 理 学 者 の 藪 内 芳 彦 ︵ 一 九 七 八 ︶ は 、 イ ギ リ ス の 海 洋 人 類 学 者 ホ ー ネ ル の 漁 撈 文 化 人 類 学 的 研 石 干 見 研 究 の 可 能 性 │ 回 顧 と 展 望 三 三

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究 ︵Hornell 1950 ︶ を 受 け て 、 石 干 見 の 世 界 的 な 分 布 圏 を 描 い て い る 。 た だ し 、 藪 内 は 分 布 域 を 特 定 す る た め に 用 い た 文 献 資 料 を 明 示 し て い な い 。 お そ ら く 二 〇 世 紀 前 ・ 中 期 に か け て 発 表 さ れ た ア ジ ア ・ 太 平 洋 各 地 の 民 族 誌 の 記 述 な ど を 丹 念 に 集 め 、 一 部 に つ い て は 研 究 者 か ら の 情 報 を 得 て 、 分 布 域 を 確 定 し た も の と 考 え ら れ る ︵ 田 和 一 九 九 八 、 二 〇 〇 七 a ︶ 。 し か し 、 こ の こ と 以 上 に 重 要 な の は 、 藪 内 自 身 が 、 分 布 圏 は 大 ざ っ ぱ な 外 枠 を 示 し た も の に す ぎ な い こ と 、 さ ら に 、 過 去 に お い て も 現 在 に お い て も 世 界 の す べ て の 国 ぐ に の ど の 部 分 で 用 い ら れ て い た か 、 あ る い は 用 い ら れ て い る か を 知 ら な け れ ば 、 正 し く 線 引 き で き な い こ と ︵ 石 毛 ほ か 一 九 七 七 ︶ 、 す な わ ち 分 布 論 的 検 討 の 限 界 性 を 十 分 に 認 識 し て い た こ と で あ る 。 一 九 八 〇 年 以 前 に 発 表 さ れ た 石 干 見 研 究 は 、 西 村 を 中 心 に お こ な わ れ 、 有 明 海 沿 岸 、 奄 美 諸 島 、 沖 縄 の 宮 古 島 ・ 伊 良 部 島 な ど の 石 干 見 に つ い て 詳 し い 情 報 が 提 示 さ れ た 。 こ れ ら 以 外 に 奄 美 大 島 北 部 の 笠 利 湾 周 辺 お よ び 南 部 の 瀬 戸 内 町 に お け る 石 干 見 の 状 況 が 小 野 ︵ 一 九 七 三 ︶ に よ っ て 報 告 さ れ て い る 。 小 野 は 、 旧 暦 五 月 節 句 の 石 干 見 漁 ︵ 地 元 で は カ キ オ コ シ ︶ の 様 子 を 見 て 、 こ の 古 い 有 形 民 俗 資 料 を 文 化 財 と し て 保 存 す る こ と の 重 要 性 を 指 摘 し て い る 。 ︵ 2 ︶ 石 干 見 研 究 の 停 滞 石 干 見 に 関 す る 研 究 は 、 一 九 八 〇 年 代 以 降 、 停 滞 気 味 と な る 。 筆 者 は 、 そ の 最 大 の 理 由 と し て 、 一 九 六 〇 年 代 か ら 七 〇 年 代 に か け て 石 干 見 が 日 本 の 沿 岸 域 か ら 急 激 に 減 少 し 、 こ れ に 応 じ て 学 界 で の 注 目 度 が 低 下 し た こ と を あ げ た い 。 西 村 ら に よ る 研 究 が す で に ひ と つ の 到 達 点 に い た っ た こ と も 、 石 干 見 研 究 へ の 関 心 度 の 低 下 と 関 係 し て い た と 考 え て い る ︵ 田 和 二 〇 〇 二 ︶ 。 石 干 見 の 数 が 減 少 し た 理 由 と し て は 、 漁 場 の 放 棄 と 漁 場 の 消 滅 の 二 つ が 考 え ら れ る 。 漁 場 放 棄 の 原 因 は 、 石 干 見 が 石 干 見 研 究 の 可 能 性 │ 回 顧 と 展 望 三 四

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い わ ゆ る レ シ ー ブ 型 の 漁 法 ︵ 待 ち の 漁 ︶ で あ る が ゆ え に 漁 獲 効 率 が 悪 く 、 資 源 の 枯 渇 も あ い ま っ て 漁 獲 量 が 減 少 し た こ と で あ る 。 漁 具 自 体 の 規 模 が 大 き く 、 維 持 管 理 に は 多 く の 労 働 量 を 投 下 す る 必 要 が あ っ た こ と や 、 石 積 み の 崩 れ が 生 じ る と 漁 獲 能 力 が 著 し く 低 下 す る た め 日 常 的 に 管 理 す る 必 要 が あ っ た こ と も 、 所 有 者 に と っ て 大 き な 負 担 と な っ た 。 所 有 者 の 高 齢 化 が 進 む な か 、 漁 業 権 自 体 が 放 棄 さ れ た と こ ろ も あ っ た 。 漁 場 の 消 滅 は 、 沿 岸 部 の 埋 め 立 て 、 ノ リ 養 殖 漁 場 へ の 転 換 な ど に よ っ て 引 き 起 こ さ れ た 。 な お 、 石 干 見 の 石 材 は 道 路 工 事 や 建 築 用 材 と し て も 使 わ れ た 。 沖 縄 で は 積 み 石 の 多 く が サ ン ゴ 石 灰 岩 で あ っ た こ と か ら 漆 喰 製 造 の た め の 原 料 と し て 持 ち 去 ら れ ︵ 多 辺 田 一 九 八 六 ︶ 、 海 岸 か ら 姿 を 消 し て い っ た 。 一 九 八 〇 年 代 の 石 干 見 研 究 の 成 果 を み る と 、 コ モ ン ズ を 意 識 し た 研 究 が 唯 一 の 成 果 と い え よ う 。 多 辺 田 ︵ 一 九 八 六 ︶ は 、 自 身 が 新 石 垣 空 港 建 設 の 反 対 運 動 に 関 わ っ た こ と か ら 、 空 港 候 補 地 の 白 保 に お い て 石 干 見 と 出 会 っ た 。 当 時 、 共 有 財 産 論 ︵ コ モ ン ズ 論 ︶ が 学 界 に お い て 注 目 さ れ て い た 。 多 辺 田 は サ ン ゴ 礁 湖 ︵ イ ノ ー ︶ の 利 用 実 態 を 調 査 し 、 農 民 に よ る 地 先 の 海 の 利 用 慣 行 と コ モ ン ズ 論 と の 関 係 性 を 考 え た の で あ る 。 そ の 結 果 、 ﹁ 海 の 畑 ﹂ た る イ ノ ー で の 農 民 的 漁 法 と し て 一 九 七 〇 年 頃 ま で 続 い て い た 石 干 見 漁 の 重 要 性 、 そ し て 地 区 住 民 の 生 存 権 と か か わ る イ ノ ー の 入 会 権 が 漁 業 権 の 一 部 放 棄 に よ っ て 侵 害 さ れ た こ と の 問 題 性 を 指 摘 し た 。 新 石 垣 空 港 建 設 計 画 の 先 例 を な す も の と し て 、 新 奄 美 空 港 の 建 設 に 伴 う 自 然 環 境 、 生 活 環 境 へ の 影 響 の 問 題 が あ っ た 。 奄 美 で も 地 先 海 面 に は 石 干 見 ︵ カ キ ︶ が 数 多 く 存 在 し た こ と は 前 述 の 小 野 の 報 告 で も 明 ら か で あ る 。 佐 々 木 ・ 小 川 ︵ 一 九 九 〇 ︶ は 、 奄 美 の 地 先 に 入 会 権 の よ う な 利 用 慣 行 が 存 在 し て い る の か 、 新 奄 美 空 港 建 設 に お け る 補 償 が い か に な さ れ た の か を 、 カ キ の 利 用 慣 行 を ひ と つ の 拠 り 所 と し て 考 察 し て い る 。 多 辺 田 ︵ 一 九 九 五 ︶ は 、 海 と 陸 と い う 両 義 性 を 有 す る イ ノ ー や 海 浜 ︵ 干 潟 ・ な ぎ さ ︶ 空 間 に 関 心 を も ち 、 そ の 後 も 石 干 見 研 究 の 可 能 性 │ 回 顧 と 展 望 三 五

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﹁ 農 民 の 漁 法 ﹂ と し て 存 在 し 続 け た 各 地 の 石 干 見 を 調 査 し た 。 調 査 域 は 、 西 表 島 、 宮 古 島 、 周 防 灘 沿 岸 、 宇 土 半 島 沿 ︵ ! ︶ 岸 、 島 原 半 島 沿 岸 に お よ ん だ 。 石 干 見 の 利 用 ・ 管 理 形 態 は 、 陸 の 空 間 で あ る 農 地 の 所 有 関 係 ︵ 地 主 ・ 小 作 制 の 展 開 ︶ や 農 作 業 の 共 同 性 ︵ 結 や 模 合 の 強 弱 ︶ を 反 映 し て い た こ と を 見 出 し 、 こ れ ら を 地 域 住 民 の 共 同 の も と で コ モ ン ズ と し て の 永 続 性 を 持 っ て 生 か す べ き で あ る と 主 張 し て い る 。 農 山 漁 村 地 域 の 全 体 に 目 を 向 け て い け ば 、 入 会 林 野 や 山 林 原 野 、 ﹁ お か ず ﹂ の 自 給 の 場 で あ る 河 川 、 入 会 地 と し て の 海 な ど の 重 要 さ に 気 づ か さ れ る の で あ る 。

日 本 に お け る 石 干 見 研 究 か ら 視 点 を 東 ア ジ ア 地 域 へ と 広 げ 、 研 究 の 動 向 に つ い て み て み よ う 。 東 ア ジ ア に お け る 石 干 見 の 研 究 は 、 一 九 九 〇 年 代 を 境 と し て 台 湾 に お い て 活 発 化 し た 。 台 湾 で は 石 干 見 を 石 滬 ︵ チ ュ ー ホ ー: chioh-ho あ る い は シ ー ウ ー: shih-hu ︶ と 呼 ぶ 。 石 滬 は 本 島 北 西 海 岸 と 澎 湖 列 島 沿 岸 各 地 に 多 数 分 布 し て い た こ と が 早 く か ら 知 ら れ て い た 。 石 滬 に 関 す る 記 述 は 、 日 本 統 治 時 代 に 日 本 人 の 水 産 技 術 者 や 水 産 関 係 者 が 残 し た 澎 湖 列 島 の 漁 業 調 査 報 告 書 ︵ 古 閑 一 九 一 七 a ∼ 一 九 一 七 j 、 一 九 一 八 a ∼ 一 九 一 八 e 、 澎 湖 廰 水 産 課 一 九 三 二 ︶ や 第 二 次 世 界 大 戦 後 に お い て は 台 湾 の 漁 業 研 究 者 に よ る 報 告 ︵ 張 一 九 七 四 ︶ の 中 に 散 見 さ れ る 。 西 村 朝 日 太 郎 も 澎 湖 列 島 が 石 干 見 研 究 に と っ て 、 海 洋 学 的 、 生 態 学 的 見 地 か ら み て ﹁ も っ と も 興 味 あ る 地 域 ﹂ と し て と ら え て い た 。 一 九 七 九 年 末 に は 同 列 島 を 訪 れ 、 パ イ ロ ッ ト リ サ ー チ を お こ な っ て い る ︵ 西 村 一 九 八 〇 ︶ 。 地 理 学 者 の 陳 憲 明 と 筆 者 は 一 九 八 九 年 に 台 湾 本 島 苗 栗 県 後 龍 鎮 外 埔 里 の 沿 岸 漁 業 を 調 査 し た 際 、 複 数 の 石 滬 を 確 認 し た 。 基 礎 的 な 調 査 と し て 石 滬 の 名 称 を 聞 き 取 り 、 位 置 関 係 を 明 ら か に し た 。 ま た 石 滬 が 農 民 漁 民 的 な 居 住 者 が ﹁ お か ず と り ﹂ と し て 利 用 す る 要 素 が 石 干 見 研 究 の 可 能 性 │ 回 顧 と 展 望 三 六

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強 か っ た こ と 、 し か し 、 ほ と ん ど は す で に 放 棄 さ れ 、 石 積 み の 崩 壊 が 進 み 、 漁 具 と し て の 要 素 も す で に 失 わ れ つ つ あ っ た こ と な ど も 明 ら か と な っ た ︵ 田 和 一 九 九 〇 ︶ 。 一 九 九 〇 年 代 に な る と 、 澎 湖 列 島 の 漁 業 研 究 に お い て 石 滬 に 注 目 が お よ び 、 多 く の 成 果 が 陳 と 顔 秀 玲 に よ っ て 発 表 さ れ た 。 陳 ︵ 一 九 九 二 ︶ は 、 鳥 嶼 に お け る 漁 業 の 変 遷 を 考 察 し た 論 文 の な か で 、 台 湾 総 督 府 档 案 の 石 滬 漁 業 権 許 可 に 関 す る 申 請 書 類 ︵ 国 史 館 台 湾 文 献 館 ︵ 旧 台 湾 文 献 委 員 会 ︶ 所 蔵 ︶ を 用 い て 、 一 九 一 〇 年 代 の 石 滬 の 所 有 状 況 に つ い て 分 析 し て い る 。 火 光 を 利 用 し た キ ビ ナ ゴ 漁 業 ︵ 焚 寄 網 ・ 四 艘 張 網 ・ 船 曳 網 ︶ が 導 入 さ れ る 一 九 四 〇 年 代 以 前 、 石 滬 は 長 年 に わ た っ て 島 民 の 生 活 を 支 え た 漁 業 の ひ と つ で あ っ た 。 顔 ︵ 一 九 九 二 ︶ は 、 列 島 北 部 の 赤 " と 吉 貝 の 二 漁 村 を と り あ げ 、 人 間 │ 環 境 関 係 に 注 目 し な が ら 漁 業 活 動 の 空 間 組 織 を 分 析 し た 。 漁 業 の 変 遷 史 を 扱 う 中 で 台 湾 総 督 府 档 案 に 依 拠 し て 一 九 一 〇 年 代 の 石 滬 漁 業 を 概 説 し 、 吉 貝 で は 石 滬 の 名 称 の 由 来 、 共 同 所 有 の 実 態 、 利 用 形 態 な ど を 詳 細 に 聞 ︵ ! ︶ き 取 っ て い る 。 筆 者 は 陳 と と も に 一 九 九 五 年 、 石 滬 調 査 の た め に 澎 湖 列 島 を 訪 れ 、 澎 湖 本 島 馬 公 市 の 五 徳 、 蒔 裡 、 西 嶼 の 赤 馬 、 白 沙 嶼 の 赤 " 、 後 寮 、 吉 貝 嶼 な ど で 石 滬 の 利 用 実 態 に つ い て 聞 き 取 り 調 査 を お こ な っ た 。 こ の 時 の デ ー タ を も と に 、 陳 ︵ 一 九 九 五 ︶ は 、 五 徳 の 石 滬 に つ い て 集 団 に よ る 利 用 順 を 明 ら か に し 、 漁 獲 物 と 村 廟 維 持 と の 関 係 を 分 析 し た 。 ま た 、 宗 族 に よ っ て 構 築 さ れ た 赤 馬 の 石 滬 の 輪 番 利 用 に つ い て も 分 析 し て い る ︵ 陳 一 九 九 六 a ︶ 。 陳 は 、 こ う し た 研 究 を ふ ま え て 、 澎 湖 列 島 に お け る 石 滬 漁 業 を 総 括 し た 。 石 滬 を 澎 湖 列 島 に 住 む 人 々 が 潮 間 帯 に 創 造 し た 人 文 景 観 と と ら え 、 そ れ が 文 化 教 育 の 題 材 と し て 、 ま た 観 光 資 源 と し て 価 値 が 高 い と 述 べ て い る 。 あ わ せ て 、 石 滬 が 台 湾 の 漁 撈 文 化 を 考 え る 上 に お い て 重 要 な 遺 産 で あ る と 認 識 さ れ は じ め て い る こ と 、 澎 湖 縣 立 文 化 中 心 ︵ セ ン タ ー ︶ が 澎 湖 列 島 の 石 滬 の 悉 皆 調 査 を お こ な っ た こ と が そ の 証 左 で あ る こ と も 指 摘 し て い る ︵ 陳 一 九 九 六 b ︶ 。 田 和 ︵ 一 九 九 七 ︶ も 、 石 滬 の 集 中 度 と し て は 列 島 中 最 高 で あ る 吉 貝 嶼 で 陳 と と も に 収 集 し た デ ー タ に 基 づ い て 、 潮 の 満 ち 干 き や 月 石 干 見 研 究 の 可 能 性 │ 回 顧 と 展 望 三 七

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齢 、 季 節 風 と 関 係 す る 石 滬 の 利 用 形 態 を 生 態 学 的 視 点 か ら 検 討 し た 。 陳 が 言 及 し た 澎 湖 縣 立 文 化 中 心 に よ る 調 査 報 告 は 、 一 九 九 九 年 に 出 版 さ れ て い る ︵ 洪 一 九 九 九 ︶ 。 こ れ は 、 澎 湖 列 島 に あ る 石 滬 の 悉 皆 調 査 と い え る も の で あ り 、 崩 れ た 石 積 み も 含 め た 合 計 五 五 八 基 の 石 滬 を 里 村 別 に 整 理 し 、 敷 設 位 置 を 地 図 上 に 示 し た う え で 、 名 称 、 名 称 の 分 類 、 石 滬 の 大 き さ 、 漁 獲 物 を 溜 め て お く 魚 井 の 有 無 、 石 積 み が 陸 域 と 接 し て い る か 否 か 、 捕 魚 部 ︵ 滬 房 ︶ の 向 き 、 石 滬 内 に 設 け ら れ た 枝 状 の 石 積 み ︵ 滬 牙 ︶ の 有 無 、 所 有 関 係 ︵ 持 分 数 、 所 有 者 の 関 係 性 ︶ 、 石 積 み の 現 況 な ど を 明 ら か に し て い る 。 す で に 放 棄 さ れ て い る 石 滬 に つ い て は 崩 壊 の 原 因 に つ い て も 調 査 し て い る 。 本 書 は き わ め て 質 の 高 い 石 滬 の デ ー タ ベ ー ス で あ る 。 そ の 後 、 田 和 ︵ 二 〇 〇 三 ︶ は 、 日 本 統 治 時 代 に 公 表 さ れ た 漁 業 調 査 報 告 や 台 湾 総 督 府 档 案 の 石 滬 漁 業 権 許 可 申 請 書 類 、 第 二 次 世 界 大 戦 後 の 漁 業 記 録 な ど を 整 理 す る こ と に よ っ て 、 石 滬 漁 業 が 澎 湖 列 島 の 漁 業 の 中 で い か な る 位 置 を し め た か 、 そ の 実 態 は ど う で あ っ た か を 考 察 し た 。 約 一 〇 〇 年 間 に わ た る 石 滬 に 関 す る 漁 業 史 的 記 述 の 試 み で あ る 。 く わ え て 一 九 九 〇 年 代 に な っ て 活 発 化 し た 石 滬 研 究 の 背 景 に は ど の よ う な こ と が あ っ た の か 、 ま た 、 一 九 八 〇 年 代 以 降 、 澎 湖 列 島 が 海 洋 レ ジ ャ ー の 基 地 と し て 注 目 さ れ る な か で 石 滬 が ど の よ う に 取 り 扱 わ れ は じ め た の か に つ い て も 検 討 し た 。 台 湾 総 督 府 档 案 の 石 滬 漁 業 権 許 可 に 関 す る 申 請 書 類 の 分 析 は い ま だ 十 分 で は な い 。 田 和 ︵ 二 〇 〇 六 b ︶ は 、 こ れ ま で の 研 究 に よ っ て 得 ら れ た 知 見 を ま じ え な が ら 、 大 正 初 期 の 澎 湖 列 島 白 沙 嶼 周 辺 に お け る 石 滬 の 利 用 と 所 有 に つ い て 漁 業 権 申 請 書 類 を 用 い て 分 析 し た 。 こ の 研 究 を 通 じ て 、 一 九 一 〇 年 代 の 漁 場 利 用 に 関 す る 分 析 と 一 九 九 〇 年 代 に お こ な っ た 漁 場 利 用 の 生 態 学 的 分 析 ︵ 田 和 一 九 九 七 ︶ と の 間 に 往 還 性 が 成 立 す る か 否 か に つ い て も 考 え て い る 。 田 和 ︵ 二 〇 一 〇 a ︶ で も 台 湾 本 島 淡 水 河 口 域 に お け る 一 九 一 〇 年 代 の 石 滬 漁 業 の 実 態 や 所 有 状 況 に つ い て 、 当 時 の 漁 業 権 石 干 見 研 究 の 可 能 性 │ 回 顧 と 展 望 三 八

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申 請 に 関 す る 記 録 に 依 拠 し な が ら 、 分 析 を 試 み て い る 。 石 滬 の 所 有 形 態 に み ら れ る 地 域 差 が 徐 々 に 明 ら か に さ れ つ つ あ る 。 韓 国 で も 石 干 見 に 注 目 が お よ ん で い る 。 李 ・ 許 ︵ 一 九 九 九 ︶ は 、 石 干 見 が 伝 統 的 な 漁 具 と し て 韓 国 の 漁 業 文 化 の 重 要 な 研 究 対 象 で あ る に も か か わ ら ず 、 学 術 的 研 究 が い ま だ お こ な わ れ て い な い 状 況 を 鑑 み て 、 石 干 見 の 現 状 に つ い て 調 査 し た 。 李 ・ 許 の 主 眼 は 、 基 礎 的 な 資 料 収 集 で あ っ た が 、 そ れ だ け に と ど ま ら ず 、 石 干 見 の 漁 業 文 化 を 保 存 し 活 用 す る た め に 、 そ の 観 光 資 源 化 を 考 え 、 構 造 物 自 体 に 対 し て よ り 詳 細 な 資 料 を 蓄 積 す る こ と に 今 後 の 研 究 課 題 を 設 定 し て い る 。 筆 者 は 、 李 ・ 許 の 研 究 を 補 う 目 的 で 、 一 九 〇 〇 年 代 初 期 の 漁 業 資 料 に 依 拠 し な が ら 、 当 時 の 韓 国 に お け る 石 干 見 漁 業 の 状 況 に つ い て 整 理 を 試 み た 。 石 干 見 の 現 況 に つ い て も 若 干 補 足 し た ︵ 田 和 二 〇 〇 七 d ︶ 。 韓 国 に は 石 干 見 は 現 在 一 五 基 程 度 が 残 る に す ぎ な い 。 慶 尚 南 道 南 海 島 や 忠 清 南 道 泰 安 半 島 に 残 る 石 干 見 は 観 光 用 に 利 用 さ れ て い る 。 吳 ︵ 二 〇 一 〇 ︶ に よ れ ば 忠 清 南 道 舒 川 郡 に 分 布 し た 石 干 見 ︵ ト ク サ ル ︶ は 、 韓 国 の 他 地 域 と 同 様 に 一 九 七 〇 年 代 以 降 ほ と ん ど 失 わ れ て し ま っ た 。 し か し 、 ご く 限 ら れ た 地 域 で 利 用 が 続 い て い た と い う 。 最 近 で は こ れ ら が 地 方 文 化 財 に 指 定 さ れ て い る 。 他 方 、 環 境 保 護 や 体 験 プ ロ グ ラ ム の 一 環 と し て 復 元 さ れ る 事 例 も あ る 。 韓 国 で も 現 存 し て い る 石 干 見 の デ ー タ ベ ー ス づ く り を 急 が ね ば な ら な い し 、 石 干 見 漁 業 の 変 容 の 過 程 を さ ら に 追 究 す る 必 要 が あ ろ う 。 本 章 を 終 え る に あ た っ て 、 日 本 に お け る 一 九 八 〇 年 代 後 半 以 降 か ら 現 在 ま で の 石 干 見 研 究 の 状 況 に つ い て 検 討 し て お き た い 。 一 九 八 〇 年 代 後 半 か ら 一 九 九 〇 年 代 に か け て 、 石 干 見 に 関 す る 民 俗 学 的 報 告 が い く つ か な さ れ た 。 鹿 児 島 県 出 水 、 阿 久 根 の 石 干 見 ︵ 小 野 一 九 八 八 ︶ や 宇 土 半 島 周 辺 の 石 干 見 ︵ 富 樫 一 九 九 一 、 一 九 九 二 ︶ に 関 す る 報 告 が そ れ ら で あ る 。 ま た 、 矢 野 ・ 中 村 ・ 山 崎 ︵ 二 〇 〇 二 ︶ 、 矢 野 ・ 中 村 ︵ 二 〇 〇 七 ︶ に よ る 沖 縄 小 浜 島 の 石 干 見 お よ び 水 野 ︵ 二 〇 〇 石 干 見 研 究 の 可 能 性 │ 回 顧 と 展 望 三 九

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二 、 二 〇 〇 七 ︶ に よ る 奄 美 諸 島 ・ 五 島 列 島 の 石 干 見 に 関 す る 海 洋 人 類 学 的 研 究 が 発 表 さ れ て い る 。 矢 野 ら は 、 前 章 で み た よ う に 一 九 六 〇 年 代 か ら 七 〇 年 代 に か け て 西 村 と と も に 石 干 見 研 究 を 進 め た 研 究 者 た ち で あ り 、 論 文 で 用 い ら れ た デ ー タ の ほ と ん ど が 当 時 の 調 査 で 収 集 さ れ た も の で あ る 。 矢 野 ・ 中 村 ・ 山 崎 ︵ 二 〇 〇 二 ︶ が 試 み た 石 干 見 の 大 き さ の 計 測 方 法 や 聞 き 取 り に よ る 情 報 収 集 量 な ど か ら は 、 当 時 の 研 究 の 水 準 の 高 さ と 精 緻 さ を 改 め て 知 ら さ れ る 。 今 後 の 研 究 で も 用 い ら れ る べ き 重 要 な 調 査 方 法 の 提 示 と し て 読 み 取 る 必 要 が あ る 。 世 界 の 石 干 見 分 布 域 を 再 検 討 す る 作 業 も お こ な わ れ た 。 あ わ せ て 各 地 の 石 干 見 の 技 術 ︵ た と え ば 潮 差 と 石 の 材 質 と の 関 係 や 潮 差 と 石 干 見 の 形 態 と の 関 係 ︶ も 議 論 の 対 象 と な っ た 。 ま た 、 田 和 ︵ 二 〇 〇 七 c ︶ で は 、 昭 和 初 期 に お け る 有 明 海 の 石 干 見 ︵ ス ク イ ︶ の 利 用 形 態 に 関 し て 、 当 時 の 漁 業 権 資 料 を 用 い た 分 析 が な さ れ た 。 方 法 論 的 に は 、 澎 湖 列 島 に お け る 一 九 一 〇 年 代 の 石 滬 漁 業 を 漁 業 権 許 可 に 関 す る 申 請 書 類 を 用 い て 考 察 し た 研 究 ︵ 田 和 二 〇 〇 六 b 、 二 〇 一 〇 a ︶ と 通 底 し て い る 。 こ れ ら に 加 え て 、 石 干 見 が 文 化 財 と し て 保 護 対 象 と な っ て い る 状 況 に つ い て も 若 干 の 議 論 が 始 ま っ て い る ︵ 田 和 二 〇 〇 六 a 、 二 〇 〇 七 b 、 二 〇 〇 七 c 、 二 〇 〇 八 ︶ 。 石 垣 島 白 保 で は 石 干 見 ︵ イ ン カ チ ィ ︶ が 復 元 さ れ た 。 上 村 ︵ 二 〇 〇 七 ︶ は 、 こ の 事 業 を 進 め よ う と す る 主 体 と 関 係 諸 機 関 と の 間 で ど の よ う な 調 整 が 行 わ れ た か 、 復 元 の プ ロ セ ス に お い て ど の よ う な 制 度 的 ・ 技 術 的 な 課 題 が 見 出 さ れ た か を 検 討 し た 。 さ ら に 石 干 見 と い う 文 化 資 源 を 活 用 す る に は ど の よ う な 課 題 が あ る か 議 論 し て い る 。 上 村 に よ っ て 石 干 見 研 究 に お け る 新 た な 可 能 性 が 示 さ れ た と い え る 。 以 上 み て き た よ う に 近 年 の 石 干 見 研 究 の 特 徴 と し て 、 ① 石 干 見 の 漁 業 史 的 考 察 、 ② 石 干 見 の 分 布 と 現 況 に つ い て あ ら た め て 問 う 研 究 、 ③ 石 干 見 の 利 用 形 態 を 生 態 学 的 視 点 か ら 考 察 し よ う と す る 共 時 的 研 究 、 さ ら に は 、 ④ 文 化 資 源 ・ 文 化 財 と し て の 石 干 見 を め ぐ る 議 論 、 の 四 点 を あ げ る こ と が で き よ う 。 と く に 、 最 近 の 石 干 見 研 究 に は 、 伝 統 的 な 漁 石 干 見 研 究 の 可 能 性 │ 回 顧 と 展 望 四 〇

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業 文 化 の 見 直 し や 、 沿 岸 域 ・ 河 口 域 の 環 境 保 全 や 環 境 教 育 が 注 目 さ れ る な か で 、 さ ら な る 研 究 の 可 能 性 と 課 題 が 見 出 せ る よ う に 考 え る 。 次 章 で は 、 具 体 的 な 事 例 を 交 え な が ら 、 ① 石 干 見 研 究 の 史 的 展 開 、 ② 石 干 見 の 名 称 を め ぐ る 問 題 、 ③ 石 干 見 デ ー タ ベ ー ス づ く り 、 ④ 石 干 見 漁 業 活 動 の 調 査 、 ⑤ 石 干 見 の 保 存 ・ 再 生 ・ 活 用 を め ぐ る 議 論 、 の 五 点 に わ け て 今 後 の 研 究 課 題 に つ い て 検 討 し た い 。

│ │ 研 究 の 可 能 性 と 今 後 の 課 題 │ │ ︵ 1 ︶ 石 干 見 研 究 の 史 的 展 開 と 系 譜 論 東 ア ジ ア に お け る 近 代 期 の 石 干 見 漁 業 の 姿 が 、 前 章 で も ふ れ た よ う に 、 次 第 に 明 ら か に な っ て き た 。 明 治 末 期 か ら 昭 和 初 期 に か け て の 史 ・ 資 料 類 を 探 し 出 し 、 分 析 し て ゆ く こ と に よ っ て 、 地 域 に お け る 石 干 見 漁 の 位 置 づ け が 可 能 に な る と と も に 、 東 ア ジ ア に お け る 石 干 見 漁 撈 と そ の 文 化 が 解 明 さ れ つ つ あ る 。 台 湾 で は 台 湾 総 督 府 文 書 の 中 に 、 一 九 一 五 年 ︵ 大 正 四 年 ︶ の 台 北 庁 芝 蘭 お よ び 新 竹 庁 苗 栗 の 石 滬 漁 業 権 免 許 申 請 書 類 が 残 さ れ て い る こ と が わ か っ た 。 筆 者 は こ れ を 用 い て 、 前 述 し た よ う に 一 九 一 〇 年 代 の 台 湾 本 島 北 西 海 岸 部 に お け る 石 干 見 ︵ 石 滬 ︶ の 利 用 形 態 に つ い て 考 察 し た ︵ 田 和 二 〇 一 〇 a ︶ 。 謝 ︵ 二 〇 〇 一 ︶ は 、 苗 栗 県 後 龍 鎮 外 埔 の あ る 家 に 伝 わ る 清 代 お よ び 日 本 統 治 時 代 初 期 の 石 滬 売 買 契 約 書 を 見 出 し 、 そ の 記 述 内 容 か ら 代 々 に わ た る 所 有 状 況 や 、 澎 湖 列 島 か ら 渡 っ て き た と さ れ る こ の 家 の 先 祖 と 平 埔 族 と の 関 係 な ど に つ い て 分 析 し て い る 。 台 湾 本 島 の 石 滬 漁 業 が よ り 鮮 明 と な る だ け で な く 、 本 地 域 と 澎 湖 列 島 の 石 滬 の 比 較 な ど も 可 能 と な る だ ろ う 。 こ れ ら に あ わ せ て 、 中 国 の 石 干 見 に つ い て 調 査 す る こ と が 必 要 と な る 。 澎 湖 列 島 の 石 干 見 は 、 謝 ︵ 二 〇 〇 一 ︶ に よ れ ば 、 台 湾 海 峡 を 隔 て た 福 建 省 泉 州 石 干 見 研 究 の 可 能 性 │ 回 顧 と 展 望 四 一

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府 同 安 県 ︵ 現 在 の ア モ イ 周 辺 の 行 政 域 ︶ 金 門 沿 岸 の 漁 業 者 が 澎 湖 列 島 へ 移 住 す る 際 に も た ら し た 技 術 で あ る 可 能 性 も あ る 。 た だ し 、 金 門 沿 岸 に 石 干 見 は 現 存 せ ず 、 ま た 光 緒 版 の ﹃ 金 門 志 ﹄ に も そ の 記 録 は な い と い う 。 中 国 各 地 の 漁 具 ・ 漁 法 を 網 羅 し た ﹃ 中 国 海 洋 漁 具 図 集 ﹄ ︵ 一 九 八 七 ︶ に も 福 建 省 に お い て ﹁ 吊 乾 ﹂ と い う 浅 海 に 敷 設 さ れ る 建 干 網 に つ い て の 説 明 は あ る が 、 石 干 見 に 関 す る 記 載 は な い 。 筆 者 は 二 〇 〇 八 年 九 月 に 福 建 省 の ア モ イ 海 岸 部 、 九 龍 江 河 口 部 お よ び 晋 江 河 口 部 に お い て 石 干 見 の 存 在 に つ い て 聞 き 取 り 調 査 を 実 施 し た が 、 石 干 見 は い ず れ の 地 域 に も 存 在 せ ず 、 高 齢 者 へ の 聞 き 取 り か ら も 、 か つ て そ れ が 存 在 し た と す る 情 報 を 得 る こ と が で き な か っ た 。 中 国 に お け る 石 干 見 の 歴 史 的 記 録 を 見 出 し た り 、 地 方 誌 の な か か ら 漁 業 の 記 述 を 収 集 し た り す る こ と も 今 後 続 け な け れ ば な ら な い 重 要 な 研 究 課 題 の ひ と つ で あ る 。 韓 国 の 石 干 見 に 関 し て は 、 日 本 の 漁 業 が 活 発 に 進 出 し た 明 治 末 期 の 漁 業 現 況 調 査 報 告 と い う 体 裁 を と る ﹃ 韓 國 水 産 誌 ﹄ 全 四 輯 ︵ 一 九 〇 八 ∼ 一 九 一 〇 ︶ の 記 述 か ら 当 時 の 石 干 見 漁 業 が 抽 出 さ れ た ︵ 田 和 二 〇 〇 七 d ︶ 。 そ の 結 果 、 石 干 見 は 対 馬 海 峡 に 面 す る 全 羅 南 道 の 多 島 海 、 済 州 島 沿 岸 、 黄 海 沿 岸 の 潮 位 差 約 二 ・ 〇 ∼ 五 ・ 〇 m の 範 囲 に あ る 海 岸 に 立 地 し て い た こ と が 明 ら か と な っ た 。 こ の 潮 位 差 に 加 え て 低 平 な 海 岸 線 で か つ 石 材 が 確 保 で き る 場 所 に 石 干 見 は 構 築 さ れ た の で あ る 。 火 山 岩 質 か ら な る 済 州 島 や 忠 清 南 道 は 石 の 調 達 に は 事 欠 か な か っ た と 考 え ら れ る 。 ま た 、 済 州 島 の 石 干 見 に つ い て は 、 海 岸 の 一 部 を 石 積 み に よ っ て 完 全 に 仕 切 る 形 態 の も の と 、 石 積 み に よ っ て 一 種 の 小 湾 を 造 る が 、 湾 口 の 一 部 を 開 け て お き 、 そ こ に 網 を 建 て 切 っ て 魚 群 を 漁 獲 す る 、 石 積 み と 網 の 複 合 的 な も の の 二 種 類 が あ っ た こ と も 確 認 さ れ た 。 後 者 は 岩 石 海 岸 の 発 達 し た 済 州 島 に お い て 独 自 の 発 展 を と げ た 形 態 で あ っ た と 考 え ら れ る 。 日 本 に お い て は 、 島 原 半 島 沿 岸 の 石 干 見 ︵ ス ク イ ︶ の 状 況 が 昭 和 初 期 の 定 置 漁 場 に 関 す る 文 書 資 料 を 通 じ て 分 析 さ れ た ︵ 田 和 二 〇 〇 七 c ︶ 。 島 原 半 島 は 石 干 見 漁 業 に つ い て の 研 究 が も っ と も 進 め ら れ て き た 地 域 と は い え 、 ス ク イ が 石 干 見 研 究 の 可 能 性 │ 回 顧 と 展 望 四 二

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多 く 存 在 し た 頃 の 漁 業 の 実 態 は こ れ ま で 必 ず し も 十 分 に 明 ら か に さ れ て は こ な か っ た 。 そ こ で 、 長 崎 県 庶 務 課 が 一 九 二 九 年 ︵ 昭 和 四 ︶ に 調 査 し た ﹁ 昭 和 四 年 調 査 第 三 種 定 置 漁 場 " 簗 其 他 ︵ 第 十 一 共 一 七 冊 ︶ ﹂ ︵ 長 崎 県 立 図 書 館 蔵 ︶ の 内 容 を 考 察 す る こ と に よ っ て 昭 和 初 期 の ス ク イ 漁 業 の 実 態 が 明 ら か と な っ た 。 今 後 も 近 代 期 の 漁 業 権 資 料 を 発 掘 し 、 地 域 漁 業 に 関 す る 報 告 書 を 渉 猟 し な が ら 、 当 時 の 石 干 見 漁 業 の 状 況 に つ い て 理 解 す る 必 要 が あ る 。 大 分 県 宇 佐 市 長 洲 で は 、 か つ て 石 干 見 を 所 有 し て い た 旧 家 か ら 明 治 ・ 大 正 ・ 昭 和 期 の 漁 業 免 許 状 や 石 干 見 漁 場 図 が 発 見 さ れ て い る ︵ 高 橋 二 〇 〇 六 ︶ 。 国 文 学 資 料 館 が 所 蔵 す る ﹃ 熊 本 県 水 産 誌 巻 之 六 ﹄ に は 石 干 ︵ ! ︶ 見 と 思 わ れ る 漁 具 を 用 い た 漁 撈 活 動 図 が 残 さ れ て い る 。 こ の よ う な 史 料 や 漁 業 絵 図 、 漁 撈 活 動 の 生 業 図 を 組 み 合 わ せ て 分 析 す る こ と ︵ 橋 村 二 〇 〇 九 ︶ も 当 時 の 石 干 見 の 状 況 を 知 る う え で 欠 か せ な い 研 究 方 法 で あ る 。 た だ し 、 八 〇 ∼ 一 〇 〇 年 前 の 状 況 と 現 在 の 状 況 と を 結 ぶ た め の 資 料 収 集 が 十 分 で な い 点 を い か に し て 補 え ば よ い の か 、 す な わ ち 歴 史 的 な 研 究 方 法 の 議 論 、 さ ら に は 歴 史 資 料 と 現 代 の 石 干 見 か ら 得 ら れ る 情 報 と の 関 係 性 を 探 る こ と も 同 時 に 視 野 に 入 れ て お か な け れ ば な ら な い 。 ︵ 2 ︶ 石 干 見 の 名 称 を め ぐ っ て ﹁ 石 干 見 ﹂ と い う 名 称 の 由 来 も 考 察 の 対 象 に な る 。 吉 田 ︵ 一 九 四 八 ︶ は 、 ﹁ 石 干 見 の 語 源 に つ い て は 明 ら か で は な い が 恐 ら く 石 干 見 の 中 に 残 っ た 魚 を 抄 い 獲 る の 義 で あ り 、 石 干 見 の 漢 字 を 充 て た の は 石 垣 の 中 の 魚 を 干 潮 毎 に 行 っ て 見 て 獲 る 事 か ら 因 ん だ 名 称 で あ ろ う ﹂ と 述 べ て い る 。 石 干 見 と い う 文 字 が 最 初 に 用 い ら れ た 文 献 と し て は 、 管 見 に よ れ ば 、 岸 上 鎌 吉 の ﹃ 水 産 原 論 ﹄ ︵ 一 九 〇 五 ︶ で あ る 。 岸 上 は 、 漁 撈 の 解 説 に お い て 筌 、 簗 に 続 け て ﹁ か へ ぼ り ﹂ ︵ か い ぼ り ︶ に つ い て 説 明 し て い る 。 こ れ は 水 面 の 一 部 を 土 石 な ど を 用 い て 区 画 し 、 区 画 内 を 排 水 し て 残 っ た 魚 を と る も の 石 干 見 研 究 の 可 能 性 │ 回 顧 と 展 望 四 三

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で 、 ﹁ 未 開 時 代 ﹂ に お こ な わ れ 、 漁 具 を 別 途 必 要 と し な か っ た と い う 。 続 け て ﹁ 此 方 法 ニ 似 テ 殊 ニ 水 ヲ 除 ク ニ 干 潮 ヲ 利 用 ス ル モ ノ ハ 所 謂 建 干 及 ヒ 九 州 ニ 行 ハ ル ゝ 羽 瀬 、 石 ひ ゞ ノ 類 ナ リ ﹂ と 述 べ て い る 。 ま た 、 原 始 陥 穽 類 の 箇 所 に お い て ﹁ 立 干 、 石 干 見 、 羽 瀬 、 八 重 " 、 い か 曲 立 網 等 擧 ナ 此 類 ニ 属 ス ﹂ と し て 、 説 明 に ﹁ 石 干 見 ﹂ と い う 漢 字 表 記 を 用 い て い る の で あ る 。 小 川 ︵ 一 九 八 四 ︶ は 、 ヒ ビ を ﹁ 干 見 ﹂ と 漢 字 で あ て て 、 石 干 見 と い う 用 語 が 豊 前 海 地 方 か ら 始 ま っ た と 思 わ れ る 、 と 指 摘 す る 。 筆 者 は 、 石 干 見 は ﹁ 石 で で き た " ︵ ヒ ビ ︶ ﹂ で あ ろ う と 現 在 の と こ ろ 推 論 し て い る 。 ロ ー カ ル な 呼 称 と し て イ シ ヒ ビ が 用 い ら れ る 地 域 は 、 小 川 が 指 摘 す る よ う に 福 岡 、 大 分 両 県 の 豊 前 海 沿 岸 地 方 で あ る 。 ま た 、 " は 古 語 で は ﹁ ヒ ミ ﹂ と も 発 音 し た と い う 。 す る と 石 干 見 を イ シ ヒ ビ と と も に イ シ ヒ ミ と 呼 ぶ こ と も 可 能 と な る 。 石 干 見 の 表 記 は 、 明 治 期 の 農 商 務 省 に よ る 行 政 文 書 お よ び こ れ に 関 係 し て 作 成 さ れ た 漁 業 権 資 料 の 中 で 用 い ら れ て い る 。 明 治 漁 業 法 ︵ 法 律 第 五 八 号 漁 業 法 ︶ は 、 一 九 一 〇 年 ︵ 明 治 四 三 ︶ 四 月 に 公 布 さ れ た 。 こ れ に 合 わ せ て 同 年 一 一 月 に 農 商 務 省 令 第 二 五 号 漁 業 法 施 行 規 則 が 発 令 さ れ た 。 全 六 五 条 か ら な る こ の 規 則 の 第 一 二 ∼ 一 四 条 は 、 漁 業 種 類 に 関 す る 条 文 で あ る 。 第 一 二 条 は 定 置 漁 業 の 種 類 に つ い て 規 定 し て お り 、 そ れ ら は 、 台 網 類 、 落 網 類 、 枡 網 類 、 建 網 類 、 出 網 類 、 張 網 類 、 ! 簗 類 の 七 種 で あ っ た 。 こ の う ち の ! 簗 類 に つ い て は 、 ﹁ 一 定 ノ 水 面 ニ 支 柱 ヲ 以 テ 簀 若 ハ 網 ヲ 建 設 シ 又 ハ 竹 、 木 、 石 堤 等 ヲ 建 設 シ テ 陥 穽 ノ 装 置 若 ハ 魚 堰 ヲ 設 ク ル モ ノ ﹂ と 説 明 し て い る 。 翌 一 九 一 一 年 ︵ 明 治 四 四 ︶ 三 月 に は 農 商 務 省 告 示 第 一 四 八 号 と し て 、 上 述 し た 漁 業 法 施 行 規 則 の 第 一 二 ∼ 一 四 条 に 該 当 す る 漁 業 に は ど の よ う な も の が あ る か 提 示 さ れ た 。 定 置 漁 業 の う ち ! 簗 類 に は 三 九 種 が 掲 げ ら れ て い る 。 こ れ ら 三 九 種 類 の ひ と つ と し て 石 干 見 が あ る 。 国 家 の 法 令 等 に 石 干 見 と い う 用 語 が 登 場 し た の は 、 お そ ら く こ れ が 最 初 で あ ろ う 。 石 干 見 は ﹁ イ シ ヒ ビ ﹂ と 読 ん だ の か 、 あ る い は ﹁ イ シ ヒ ミ ﹂ と 読 ん だ の か 、 読 み 仮 名 は 付 さ れ て い な い 。 石 干 見 研 究 の 可 能 性 │ 回 顧 と 展 望 四 四

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告 示 第 一 四 八 号 で の 表 記 は 、 ﹁ 石 干 見 一 名 す く ひ ︵ 沖 縄 縣 下 ノ か き ヲ 含 ム ︶ ﹂ と な っ て お り 、 石 干 見 に 似 た 漁 具 と し て 、 ﹁ す く ひ ﹂ と ﹁ か き ﹂ が 農 商 務 省 に お い て す で に 認 識 さ れ て い た こ と が わ か る 。 し か も 、 表 記 か ら は 、 石 干 見 が 漁 具 と し て の 総 称 で あ り 、 ﹁ す く ひ ﹂ 、 ﹁ か き ﹂ が 、 そ れ ぞ れ 地 域 ご と の 呼 称 の よ う に あ つ か わ れ て い る 。 そ れ で は 、 各 呼 称 の 分 布 域 は ど の あ た り で あ ろ う か 。 こ れ に つ い て 筆 者 は 、 各 地 の ロ ー カ ル な 名 称 を 分 析 し た 結 果 、 イ シ ヒ ビ 系 の 名 称 は 前 述 し た よ う に 豊 前 海 を 中 心 と し た 福 岡 県 、 大 分 県 沿 岸 域 、 ス ク イ 系 は 有 明 海 を 中 心 と し た 西 九 州 沿 岸 域 、 カ キ 系 は 沖 縄 諸 島 、 南 西 諸 島 を 中 心 と し た 地 域 と し た 。 次 に は な ぜ 、 ど の よ う な 条 件 の も と で ﹁ 石 干 見 ﹂ と い う 文 字 が 充 て ら れ た の か 、 新 た な 疑 問 が 生 じ る の で あ る 。 一 九 一 一 年 ︵ 明 治 四 四 ︶ 三 月 に は 農 商 務 省 告 示 第 一 七 九 号 が 出 さ れ た 。 こ れ は 前 述 し た 農 商 務 省 令 第 二 五 号 漁 業 法 施 行 規 則 に も と づ い て 行 政 官 庁 へ 提 出 す べ き 免 許 漁 業 に 関 す る 願 書 、 申 請 書 、 お よ び 届 出 書 の 書 式 を 定 め た も の で あ る 。 定 置 漁 業 免 許 願 書 は 、 区 画 漁 業 、 特 別 漁 業 の 願 書 と 同 様 に 、 ﹁ 漁 場 ノ 位 置 及 区 域 ﹂ ︵ 別 紙 漁 場 図 ノ 通 な ど と 記 載 ︶ 、 ﹁ 漁 業 ノ 種 類 及 名 称 ﹂ ﹁ 漁 獲 物 ノ 種 類 ﹂ ﹁ 漁 業 時 期 ﹂ ﹁ 漁 業 権 存 続 期 間 ﹂ を 記 載 し 、 願 書 提 出 者 の 住 所 氏 名 を 記 入 し て 地 方 長 官 あ る い は 農 商 務 大 臣 宛 に 提 出 す る 形 式 と し た 。 明 治 期 の 石 干 見 漁 業 権 願 書 が 各 地 に 残 さ れ て お り 、 一 部 は 市 史 資 料 類 に も 採 録 さ れ て い る が 、 こ れ ら は こ の 書 式 に よ っ て 作 成 さ れ 、 ﹁ 漁 業 ノ 種 類 ﹂ は い ず れ も ﹁ 石 干 見 ﹂ と し て 記 載 さ れ て い る こ と も 指 摘 し て お く ︵ 高 橋 二 〇 〇 六 、 長 崎 県 教 育 委 員 会 文 化 課 編 一 九 七 二 、 有 家 町 郷 土 誌 編 纂 委 員 会 編 一 九 八 一 、 藤 田 一 九 九 四 な ど ︶ 。 以 上 の よ う な 情 報 を も と に 、 石 干 見 を 仮 に 行 政 用 語 ︵ 行 政 に よ る 漢 字 表 記 ︶ と す る な ら ば 、 い つ 頃 こ れ が 定 着 し た の か に つ い て も あ わ せ て 追 究 し な け れ ば な ら な い 。 石 干 見 研 究 の 可 能 性 │ 回 顧 と 展 望 四 五

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︵ 3 ︶ 石 干 見 の デ ー タ ベ ー ス 各 地 の 石 干 見 漁 業 の 状 況 を 明 ら か に す る 作 業 は 基 礎 研 究 の ひ と つ で あ る 。 た と え ば 、 台 湾 の 澎 湖 列 島 で は 地 元 在 住 者 の 協 力 に よ っ て 石 滬 の 悉 皆 調 査 が お こ な わ れ 、 そ の 報 告 書 が 刊 行 さ れ た ︵ 洪 一 九 九 九 ︶ 。 本 報 告 書 に は 、 調 査 計 画 、 石 滬 に 関 す る 概 説 ︵ 石 滬 の 命 名 、 漁 獲 対 象 魚 種 、 補 助 漁 具 、 石 滬 漁 撈 に ま つ わ る 習 俗 な ど ︶ に 続 い て 、 調 査 結 果 が 里 村 ご と に 示 さ れ て い る こ と は す で に 述 べ た と お り で あ る 。 こ の よ う な デ ー タ ベ ー ス 作 り は 、 地 域 に お け る 石 干 見 ︵ ! ︶ の 分 布 状 況 を 考 え 、 呼 称 や 漁 具 と し て の 構 造 、 利 用 形 態 、 所 有 形 態 な ど を 比 較 検 討 す る た め に 不 可 欠 で あ る 。 以 下 で は 沖 縄 を 事 例 と し て 石 干 見 の デ ー タ ベ ー ス づ く り に つ い て 考 え て み よ う 。 沖 縄 列 島 、 八 重 山 諸 島 の 海 岸 部 に は か つ て 多 数 の 石 干 見 が 設 け ら れ て い た 。 こ れ ら は 、 地 元 で は 魚 垣 ︵ ウ オ ガ キ ・ ナ ガ キ ︶ や 海 垣 ︵ イ ン カ チ ィ ︶ 、 あ る い は カ キ や カ チ 、 さ ら に は そ れ ら が 転 訛 し た 名 称 で 呼 ば れ て い た 。 し か し こ れ ら の 正 確 な 数 や 分 布 状 況 は 十 分 に は 明 ら か に さ れ て い な い 。 沖 縄 全 体 を 俯 瞰 す る よ う な 研 究 が ほ と ん ど お こ な わ れ て い な い か ら で あ る 。 そ の な か で 武 田 ︵ 一 九 九 四 ︶ が 沖 縄 に お け る カ チ ︵ 魚 垣 ︶ の 分 布 図 を 描 い て い る の は 唯 一 の 成 果 と い え る 。 分 布 図 を 描 く に あ た っ て 使 用 し た デ ー タ の 出 所 は 明 記 さ れ て い な い が 、 武 田 に よ る と 、 市 町 村 史 ︵ 誌 ︶ 類 ︵ " ︶ を 渉 猟 し て 作 成 し た も の で あ る と い う 。 石 干 見 は 、 沖 縄 本 島 で は 南 部 太 平 洋 側 の 金 武 湾 沿 岸 部 ︵ 屋 慶 名 、 照 間 、 宮 城 島 、 平 安 座 島 ︶ 、 中 城 湾 沿 岸 部 ︵ 泡 瀬 、 南 風 原 、 知 念 ︶ お よ び 東 シ ナ 海 側 で は 名 護 と 宜 野 湾 に 分 布 し た 。 離 島 部 で は 、 沖 縄 本 島 に 近 い 伊 平 屋 島 、 伊 是 名 島 、 渡 名 喜 島 、 久 米 島 と 宮 古 列 島 宮 古 島 、 伊 良 部 島 、 八 重 山 諸 島 石 垣 島 、 竹 富 島 、 小 浜 島 、 黒 島 、 新 城 島 、 西 表 島 、 さ ら に は 与 那 国 島 に 分 布 し て い た 。 し か し 、 第 二 次 世 界 大 戦 後 、 米 軍 の 上 陸 用 舟 艇 ︵ L S T ︶ に よ る 演 習 、 護 岸 工 事 な ど に よ っ て 石 干 見 の 損 壊 が 進 ん だ 。 一 部 の 海 岸 が ア メ リ カ 軍 に 接 収 さ れ た た め 、 そ こ へ の 立 ち 入 り が 一 時 期 、 制 限 さ れ た こ と も 損 壊 を 早 め た で あ ろ 石 干 見 研 究 の 可 能 性 │ 回 顧 と 展 望 四 六

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う 。 木 綿 網 や ナ イ ロ ン 網 を 用 い た 漁 法 が 普 及 し た こ と も 石 干 見 の 利 用 を 疎 遠 に し て し ま っ た 。 石 干 見 に 関 す る 情 報 が 残 り に く い 理 由 と し て は 、 こ れ が 日 々 の ﹁ お か ず と り ﹂ の た め の 装 置 、 あ る い は ﹁ あ そ び の 空 間 ﹂ と し て 利 用 さ れ 、 ほ と ん ど 記 録 さ れ る 対 象 で な か っ た こ と 、 定 置 漁 具 と し て の 漁 業 権 申 請 の 手 続 き が な さ れ な か っ た こ と が 考 え ら れ る 。 な お 、 武 田 は 、 一 九 九 〇 年 代 前 半 に お い て 、 利 用 さ れ て い る カ チ ︵ 魚 垣 ︶ が 八 重 山 の 小 浜 島 、 西 表 島 、 宮 古 の 伊 ︵ ! ︶ 良 部 島 だ け に 限 ら れ て い た こ と を 記 し て い る 。 武 田 が 描 い た 石 干 見 の 分 布 図 は き わ め て 精 緻 で あ る が 、 筆 者 の そ の 後 の 文 献 調 査 に よ る と 、 石 干 見 は 沖 縄 本 島 で は 北 谷 町 や 金 武 町 沿 岸 部 、 八 重 山 で は 石 垣 島 宮 良 、 波 照 間 島 に も 存 在 し た こ と が 確 認 さ れ た 。 沖 縄 の 石 干 見 に 関 連 す る 研 究 書 や 報 告 書 を 渉 猟 し 、 各 地 の 市 町 村 史 ︵ 誌 ︶ 類 に 所 収 さ れ て い る 記 述 を ま と め る と と も に 、 聞 き 取 り 調 査 な ど を す す め る 作 業 が ま だ 残 さ れ て い る の で あ る 。 そ の う え で 石 干 見 の 分 布 域 と そ の 地 域 に お け る 礁 池 ︵ イ ノ ー ︶ の 面 積 と の 関 係 や 漁 具 構 造 お よ び 構 築 技 術 の 違 い 、 所 有 関 係 、 利 用 形 態 、 損 壊 の 時 期 お よ び そ の 理 由 な ど を 整 理 し デ ー タ ベ ー ス 化 す る 必 要 が あ る 。 ︵ 4 ︶ 石 干 見 漁 業 活 動 の 調 査 石 干 見 の 漁 業 活 動 は 干 潮 時 刻 に 応 じ て な さ れ る 。 限 ら れ た 時 間 帯 に 漁 獲 を す れ ば よ い わ け で 、 こ の 点 か ら い え ば 石 干 見 漁 は 農 業 者 に よ る 日 周 期 的 な 意 味 合 い で の 農 間 漁 業 ︵ 辻 井 一 九 七 七 、 安 室 二 〇 〇 八 ︶ と し て 、 ま た 石 干 見 は 日 々 の ﹁ お か ず と り ﹂ の た め の 装 置 と し て 機 能 し て き た 面 も 多 い 。 こ の よ う な 利 用 形 態 で あ っ た こ と か ら 、 利 用 者 が 漁 獲 量 に 関 す る 記 録 を 残 す 必 要 性 は ほ と ん ど な か っ た と い え る 。 し か し 漁 獲 記 録 は 、 石 干 見 の 役 割 、 た と え ば 生 計 維 持 に 占 め る 位 置 や 漁 獲 物 の 分 配 な ど を 理 解 す る に は 不 可 欠 で あ る 。 し た が っ て 、 現 在 も 石 干 見 漁 業 が お こ な わ れ る 地 石 干 見 研 究 の 可 能 性 │ 回 顧 と 展 望 四 七

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域 で 漁 獲 に 関 す る 調 査 を 試 み る 必 要 が あ る 。 以 下 で は 、 ミ ク ロ ネ シ ア 連 邦 ヤ ッ プ 島 の 石 干 見 漁 を 事 例 に そ の こ と に つ い て 考 え て み よ う 。 ヤ ッ プ 島 は 、 沿 岸 に 広 い 礁 原 や マ ン グ ロ ー ブ 林 を 有 し て い る 。 石 干 見 ︵ ア ッ チ: aech ︶ が 古 く か ら 重 要 な 漁 法 の ひ と つ で あ っ た 。 ① 矢 形 ︵arrow shaped ︶ 、 ② V 字 形 ︵V-shaped ︶ 、 ③ ジ グ ザ グ 形 ︵zig-zag ︶ の ア ッ チ が あ り 、 さ ら に 構 築 場 所 の 状 況 に 応 じ て こ れ ら の 基 本 形 に 様 々 な バ リ エ ー シ ョ ン が あ っ た ︵Müller 1917, Hunter-Anderson 1981 ; 早 川 二 〇 〇 四 ︶ 。Falanruw & F alanruw ︵2003 ︶ は 、 島 の 周 囲 に か つ て 七 五 二 基 の 石 干 見 が 存 在 し た こ と を 確 認 し て い る 。 代 替 漁 法 と し て の 化 繊 漁 網 の 利 用 が 普 及 ・ 拡 大 し た た め 、 今 日 で は ほ と ん ど 使 わ れ な く な り 、 大 部 分 は 崩 壊 し た 。 し か し な が ら 数 基 は 現 在 も 使 わ れ て い る 。 こ れ ら は 通 常 、 家 族 ご と に 所 有 さ れ 、 漁 獲 物 は 村 人 に 分 配 す る し き た り が あ る 。 島 の 北 東 部 に 位 置 す る ト ー ル ー ︵Toruw ︶ 村 は 二 〇 〇 七 年 三 月 現 在 、 一 一 家 族 、 約 六 〇 人 が 居 住 す る 。 食 料 の 獲 得 ︵ ! ︶ 形 態 は 基 本 的 に は 自 給 型 で あ る 。 主 食 は タ ロ イ モ で 集 落 の 周 辺 に は そ の 栽 培 地 が 広 が る 。 ヤ ム イ モ 、 パ ン の 実 、 コ コ ナ ツ 、 バ ナ ナ 、 パ パ イ ヤ な ど も 栽 培 さ れ て い る 。 副 食 と な る 魚 類 は 、 ア ッ チ や 潜 水 漁 に よ っ て 獲 得 さ れ て い る 。 ア ッ チ は 現 在 三 基 あ り 、 い ず れ も 魚 を 導 く た め の 長 い シ ャ フ ト 部 分 の 石 積 み ︵yangir ︶ と 捕 魚 部 ︵lib お よ びfilagoch ︶ を 有 す る 矢 形 で あ る 。 か つ て 礁 原 の 沖 合 側 に は ジ グ ザ グ 形 の ア ッ チ が い く つ も 並 ん で い た が 、 こ れ ら は 人 口 減 少 と と も に 次 第 に 使 用 さ れ な く な り 、 す べ て 崩 壊 し た 。 主 た る 漁 獲 対 象 は 、 イ ワ シ 、 シ マ ア ジ ︵ngol ︶ 、 フ エ ダ イ ︵wul ︶ 、 ア イ ゴ ︵duruy ︶ 、 ヒ メ ジ ︵monguch ︶ な ど で あ る 。 五 月 か ら 七 月 に か け て は よ く 潮 が 引 き 、 昼 漁 が お こ な わ れ る 。 一 二 月 か ら 四 月 に か け て は 貿 易 風 の 強 い 時 期 で 、 こ の 頃 は 夜 間 に 潮 が よ く 引 く の で 夜 漁 が お こ な わ れ る 。 三 基 の う ち の 一 基 を 兄 弟 と と も に 所 有 す る フ ラ ン シ ス ・ ラ マ 石 干 見 研 究 の 可 能 性 │ 回 顧 と 展 望 四 八

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ン 氏 に よ れ ば 、 毎 日 、 干 潮 時 に ア ッ チ を 見 回 り 、 捕 魚 部 に 入 っ た 魚 を と る と い う 。 魚 を 回 収 し な い ま ま 放 っ て お く と 、 こ れ ら が 高 水 温 に よ っ て 死 亡 し た の ち 腐 敗 が 進 む こ と か ら 他 の 魚 が 寄 り つ か ず 、 漁 獲 量 が 結 果 的 に 低 下 す る と の こ と で あ っ た 。 漁 獲 量 が 多 い 時 に は 村 内 の 他 家 へ 分 け 与 え る 。 魚 は 塩 干 し 、 燻 製 な ど に 加 工 し て 保 存 す る こ と も で き る が 、 ほ と ん ど は 鮮 魚 の ま ま 利 用 し て い る 。 市 場 に 出 す こ と は な い 。 以 上 の よ う な 状 況 を み る 時 、 ア ッ チ の 利 用 に 関 す る 活 動 リ ズ ム ︵ 日 周 期 性 、 月 周 期 性 、 季 節 性 ︶ や 生 計 維 持 活 動 ︵ 時 間 利 用 や 食 物 利 用 ︶ の 中 に ア ッ チ 漁 が 占 め る 比 率 、 漁 獲 物 の 配 分 方 法 な ど を 明 ら か に で き る 可 能 性 が あ る 。 ま た 、 潮 汐 ・ 潮 流 現 象 、 魚 類 の 行 動 、 資 源 の 季 節 性 な ど 、 ア ッ チ の 利 用 に 関 す る 様 々 な ﹁ ロ ー カ ル な 知 識 ﹂ が 蓄 積 さ れ て い る で あ ろ う 。 こ の よ う な 沿 岸 域 の 一 連 の 漁 撈 文 化 も 理 解 で き る の で あ る 。 ︵ 5 ︶ 石 干 見 の 保 存 ・ 再 生 ・ 活 用 を め ぐ る 議 論 石 干 見 の 文 化 財 指 定 が 一 九 七 〇 年 代 か ら 八 〇 年 代 に か け て 、 九 州 の 複 数 の 地 域 で み ら れ た ︵ 表 1 ︶ 。 漁 船 漁 業 の 定 着 、 海 岸 の 埋 め 立 て 、 建 設 用 材 と し て の 石 の 獲 得 な ど を 理 由 に 、 伝 統 漁 法 で あ る 石 干 見 が 海 岸 部 か ら ほ と ん ど 消 滅 し か け て い た 状 況 を 鑑 み 、 各 市 町 村 の 教 育 委 員 会 な ど が 中 心 に な っ て そ の 保 存 に 努 め た 結 果 で あ る 。 近 年 で は こ の よ う な 文 化 財 と し て の 保 存 だ け で な く 、 石 干 見 を 再 生 、 活 用 し よ う と す る 動 き が み ら れ る よ う に な っ た 。 か つ て 存 在 し た 干 潟 海 岸 の 自 然 や 生 産 力 を 再 考 す る 環 境 教 育 の シ ン ボ ル と し て そ の 文 化 的 価 値 が 見 出 さ れ て い る 。 ま た 、 タ モ 網 や 手 づ か み に よ る ﹁ 魚 と り ﹂ と い う 行 為 の 面 白 さ 、 さ ら に は そ れ が も つ ﹁ あ そ び の 空 間 ﹂ を 見 直 し 、 ひ い て は 観 光 資 源 と し て 利 用 し よ う と す る こ と な ど も 再 生 と 活 用 の 背 景 に あ る と 考 え ら れ る 。 こ の よ う な 動 き に 付 随 し て 、 石 干 見 に 関 す る い く つ も の 新 し い 研 究 課 題 が 浮 か び あ が る 。 石 干 見 研 究 の 可 能 性 │ 回 顧 と 展 望 四 九

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長 崎 県 諫 早 市 高 来 町 に あ る ス ク イ は 、 有 明 海 に 残 る 数 少 な い 石 干 見 で あ る 。 一 九 八 七 年 に は 北 高 来 郡 高 来 町 の 文 化 財 に 指 定 さ れ た 。 こ れ は も と は 個 人 所 有 で あ り 、 そ の 所 有 者 の 家 族 が 現 在 で も 魚 と り を 続 け て い る 。 二 〇 〇 六 年 に は 沖 縄 県 宮 古 島 市 伊 良 部 島 に 残 る 石 干 見 ︵ カ ツ ︶ と と も に 、 水 産 庁 が 選 定 す る ﹁ 未 来 に 残 し た い 漁 業 漁 村 の 歴 史 文 化 財 産 百 選 ﹂ に 選 ば れ た 。 ス ク イ 所 有 者 の も と に は 、 二 〇 年 ほ ど 前 か ら 全 国 各 地 の 研 究 者 が 視 察 に 訪 れ る よ う に な り 、 か つ て 石 干 見 漁 法 が 見 ら れ た 地 域 か ら は ﹁ 地 元 の 石 干 見 を 復 元 し た い ﹂ と し て 見 学 に 来 る 人 び と も い る と い う ︵ 竹 島 二 〇 〇 六 ︶ 。 二 〇 〇 三 年 六 月 に は 、 農 林 水 産 業 に 関 連 す る 文 化 的 景 観 の 保 存 ・ 整 備 ・ 活 用 に 関 す る 検 討 委 員 会 に よ っ て ﹃ 農 林 水 産 業 に 関 連 す る 文 化 的 景 観 の 保 護 に 関 す る 調 査 研 究 報 告 書 ﹄ が 提 出 さ れ た 。 そ の な か の ﹁ 漁 場 景 観 ・ 漁 港 景 観 ・ 海 浜 景 観 ﹂ の 重 要 地 域 と し て 、 鹿 児 島 県 大 島 郡 竜 郷 町 の 石 干 見 ︵ 垣 ︶ 漁 、 沖 縄 表 1 石干見の文化財指定・選定 指定年 1987 2003 2006 1986 2003 1972 2003 1979 2006 指定団体 高来町教育委員会 文化庁 水産庁 吾妻町 文化庁 竹富町教育委員会 文化庁 伊良部町 水産庁 指定・選定内容 高来町指定記念物 農林水産業に関連する文化 的景観 未来に残したい漁業漁村の 歴史文化財産百選 吾妻町有形民俗文化財 農林水産業に関連する文化 的景観(重要地域) 竹富町史跡 農林水産業に関連する文化 的景観(重要地域) 伊良部町有形文化財 未来に残したい漁業漁村の 歴史文化財産百選 所在地 長崎県北高来郡高 来町(当時) 長崎県諫早市 長崎県南高来郡吾 妻町(当時) 鹿児島県大島郡竜 郷町 沖縄県八重山郡竹 富町 沖縄県宮古郡伊良 部町(当時) 沖縄県宮古島市 名称 有明海の スクイ 守山の スクイ 竜郷町の 垣漁 小浜島の 海垣 佐和田浜 のカツ 石 干 見 研 究 の 可 能 性 │ 回 顧 と 展 望 五 〇

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県 八 重 山 郡 竹 富 町 小 浜 島 の 石 干 見 ︵ 海 垣 ︶ 、 重 要 地 域 以 外 の 二 次 調 査 対 象 地 域 と し て 長 崎 県 諌 早 市 の ス ク イ 漁 場 が 指 定 さ れ て い る 。 石 干 見 に 対 す る ロ ー カ ル な 認 知 は 、 文 化 財 に 対 す る 新 た な 意 味 づ け に よ っ て ナ シ ョ ナ ル な 認 知 へ と 変 化 し は じ め て い る の で あ る 。 大 分 県 宇 佐 市 の 長 洲 海 岸 で は 、 か つ て 存 在 し た 石 干 見 を 地 元 中 学 校 で の 環 境 教 育 や 体 験 型 観 光 に 活 用 す る 目 的 で 、 復 元 が 始 ま っ て い る こ と も す で に 指 摘 し た と お り で あ る 。 長 洲 漁 港 の わ き に は ﹁ 観 光 ひ び ﹂ が 復 元 さ れ 、 体 験 漁 業 観 光 に 利 用 さ れ て い る 。 石 干 見 を め ぐ る 近 年 の 保 存 ・ 再 生 ・ 活 用 の 動 き に 関 し て は 、 漁 業 、 観 光 ︵ ツ ー リ ズ ム ︶ 、 文 化 遺 産 の 三 つ の 要 素 が 様 々 に 関 与 し て い る こ と が 明 ら か で あ る 。 沖 縄 県 石 垣 市 白 保 で は 二 〇 〇 六 年 に 、 石 干 見 ︵ 海 垣 、 イ ン カ チ ィ ︶ が 復 元 さ れ た 。 以 下 で は 上 村 ︵ 二 〇 〇 七 ︶ の 報 告 に 基 づ き な が ら 、 石 干 見 の 復 元 ・ 再 生 の 問 題 に つ い て さ ら に く わ し く 考 え て み よ う 。 白 保 で は 二 〇 〇 五 年 九 月 に 白 保 魚 湧 く 海 保 全 協 議 会 が 発 足 し た 。 こ れ は サ ン ゴ 礁 を 保 全 す る と と も に 、 持 続 的 に 利 用 し 、 地 域 振 興 に つ な げ る こ と を 目 指 し て 、 地 元 の 有 志 に よ っ て 設 立 さ れ た も の で あ る 。 同 協 議 会 は 、 発 足 と 同 時 に ﹁ 海 と と も に あ る 持 続 的 な シ ン ボ ル づ く り と し て 、 自 然 と と も に 生 き て 来 た 文 化 遺 産 で あ る ﹁ 海 垣 ﹂ を 復 元 し 、 体 験 型 ・ 文 化 施 設 と し て 活 用 す る ﹂ こ と を 決 定 し た 。 地 元 で は か つ て イ ン カ チ ィ か ら 多 く の 食 料 を 得 て い た 。 地 域 に 住 ま う 人 々 が そ れ を 記 憶 し 、 生 活 に か か わ っ て い た イ ン カ チ ィ を 白 保 の 文 化 と し て 次 世 代 に 残 し た い と い う 強 い 気 持 ち の 表 れ で あ る 。 沿 岸 部 に イ ン カ チ ィ を 構 築 す る に 際 し て は 、 ま ず 沖 縄 県 漁 業 調 整 規 則 に そ っ て 関 係 諸 機 関 と 調 整 し な け れ ば な ら な か っ た 。 と く に 漁 業 権 を 設 定 し て い る 八 重 山 漁 業 協 同 組 合 と の 協 議 が 復 元 の 可 否 を 左 右 す る も っ と も 重 要 な 事 項 と 考 え ら れ た 。 し か し 、 復 元 が 観 光 漁 業 の 導 入 を 目 的 と し た も の で は な く 、 ま た 漁 場 の 岩 礁 破 砕 等 の 許 可 も 不 要 で あ っ た こ と か ら 、 結 果 的 に は 国 有 財 産 使 用 の 許 可 に 基 づ い て 復 元 す る こ と に 落 ち 着 い た 。 礁 池 ︵ イ ノ ー ︶ 内 の 生 態 系 や 漁 業 石 干 見 研 究 の 可 能 性 │ 回 顧 と 展 望 五 一

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