生駒山麓の遊園・観光開発計画の蹉跌 - 日下温泉土地を中心として -
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(2) 第7巻. は. じ. 第1号. め. に. まず 生 駒 山麓 一 帯 の 土 地 会 社 の 籏 出の 背 景 につ いて 考 察 した い。 大 阪 電 気 軌 道(以 下 大 軌 と略)自 身 は生 駒 鋼 索 鉄 道 との 合 併 理 由 と して 「生 駒 町 ハ 有 名 ナ 宝 山寺 ト大 軌 トノ関 係 二 依 ッテ 急 速 ノ 発 展 ヲナ シ,已 二 町 制 ヲ敷 キ将 来 ノ異 状 ナ ル 発 展 ハ 歴 然 タル モ ノ ア リ。 従 ッテ 同 町 二 於 ケ ル ニ,三. ノ土 地 会 社 ノ経 営 モ,夫. ノ繁 栄 ヲ シ テ更 二 股 盛 ナ ラ シ ム ル ト共 二,大. レ夫 レ見 ル 可 キ モ ノ アル ヲ以 テ,同 町. 阪 市 民 ヲ シテ 満 足 ス 可 キ 行 楽 ノ地 タ ラ シ メ. ン」(1)と 述 べ て い る。 「土 地 会 社 総 覧 』(2)は 東 大 阪土 地 の項 で,「 最 近 大 阪 市 の 大 膨 脹 と共 に 最 も著 しき発 達 を 遂 げ,土 地 会 社 の 籏 出を 見 た る は蓋 し… 大 阪 電 気 軌 道 の 沿 線 な りとす … 前 林 大 阪 府 知 事 が 理 想 とせ る大 大 阪 の 遊 園 地 た るべ き生 駒 山 に至 る大 軌 沿 線 に於 け る最 近 の 発 達 真 に骸 くべ き もの あ り」(総 覧p93)と. して 「大 軌 土 地 等 枚 挙 に逞 あ らず 」 と12社. の 土 地 会 社 名 を 列 記 して い る。 「日本 地 理 風 俗 大 系 』 の 中 で藤 本 好 は 「生 駒 山脈 の 西 麓 瓢 箪 山,枚 岡,額. 田,石 切,鷲 尾,日 下 等 が 山麓 住 宅 地 で あ る。 この 方 面 は東 方 に生 駒 山が. 屹 立 し… 大 阪 平 野 は西 方 に展 開 して 広 潤,眺 望 雄 大,殊. に夜 景 に至 って は大 阪 市 の 近 郊 こ. れ に勝 る と こ ろ はな い… 何 れ も比 較 的 宏 壮 な 住 宅 で 紳 商 の 居 住 者 が 多 く,こ の 方 面 にお け る住 宅 中最 も立 派 な もの 」(3)と 高 評 価 して い る。 本 稿 で は少 女 歌 劇 を 催 す な ど観 光 企 業 の 色 彩 の 濃 厚 な 土 地 会 社 で あ る 日下 温 泉 土 地 の 分 析 を 中心 に,こ の 分 野 の 学 術 研 究 ④ の 先 駆 的 な 開 拓 者 で あ る武 知 京 三 氏 の 数 多 くの 優 れ た 先 行 研 究 群(5)に依 拠 しつ つ,私 鉄 等 が 配 布 した 当 時 の 観 光 案 内 等 を も利 用 して 近 傍 の 生 駒 土 地,石 切 土 地 建 物,瓢. 山土 地 建 物3社. との 比 較 を も行 う こ と と した い。 な お 日下 温 泉 土. 地,生 駒 土 地 両 社 の 初 期 に役 員 と して 顔 を 出 し,陰 の プ ロモ ー ター と 目 され る松 島 肇 につ いて は拙 著(6)を参 照 され た い 。. 1.日. 下 温 泉 土 地(大. 日下 温 泉 土 地 は大 正9年1月30日. 正9年1月. 設 立). 福 本 藤 太 郎,竹 村 常 五 郎,佐 野 逸 三(3名. に取 締 役 就 任 。 福 本 は常 務,竹 村 と佐 野 は理 事 を兼 務),乾 吉 次 郎(T8.12.13内. と も創 立 時 報 ③)ら. 数 名 が 当 初 の 発 起 人 とな り,大 阪 府 中河 内 郡 孔 舎 衙 村 大 字 日下 字 天 羅 山の 大 阪 電 気 軌 道 日 下 停 留 場 の 北 方 約1丁 の 約3.5万 坪(最 終84,990坪)の. 山林 傾 斜 面 を坪 当 り4円63銭,総. 393,142円 で買 収 し(要 覧),「 土 地 建 物 ノ売 買 賃 貸 借,温 泉 浴 場 ノ経 営」(T9.3.6藤 -78(78)一. 額 本).
(3) 生駒 山麓の遊園 ・観光開発計画の蹉朕(小 川D を 目的 と して 資 本 金150万 円,@50円,3万. 株 で 孔 舎 衙 村 大 字 日下 に設 立 され,出 張 所 を 大. 阪 市 南 区 高 津 三 番 丁14に 置 き,役 員 は[表 一1]の. 通 りで あ った。(株T10,p736). 経 営 地 の 北 端 に は 「大 生 駒 枚 方 電 鉄 予 定 線 」 が 通 過 す る こ と にな って い る ほか,大 池 に 面 した 経 営 地 の 西 端 の 「浴 場 建 設 地 」 に予 定 した 「土 地 住 宅 温 泉 浴 場 ノ経 営 ヲ為 サ ン ヨ リ, 所 有 地 ヨ リ湧 出 スル ラ ヂ ウ ー ム 冷 泉 ヲ販 売 セ ン」(要 鑑)と す る発 起 人 の 乾 吉 次 郎 らは 経 営 地 に隣 接 す る大 池,旧 滝,新 滝,不 動 堂,行 者 滝,稲 荷 山遊 園 地(7)など 「盛 ん に同 経 営 地 の 風 光 明媚 を誇 」(T8.12.13内. 報 ③)り,「. 冷 泉 を以 て 温 泉 浴 場 を建 設 す る 暁 は 浴 客 蝟. 集 し地 価 忽 ち五 十 円 内外 を 唱 え へ ん は 火 を 賭 る よ り明 らか な りと 吹聴 」(T8.12.13内 ③),「 温 泉 浴 場 の経 営 を 以 て 地 価 の昂 騰 を 計」(T8.12.13内. 報 ③)ろ. 報. う と した。 「地 域 内. よ りは炭 酸 水 及 冷 泉 の 噴 出す る あ り,更 に ラヂ ュー ム泉 を 発 見 し,研 究 の 結 果 同 種 温 泉 に 比 し優 良 な る こ とを 確 か め た れ ば,適 当 の 場 所 に温 泉 場 及 付 属 料 理 屋 兼 旅 館 を 建 築 し,温 泉 経 営 を 開 始 す る と共 に,剰 余 地 に は住 宅 を 建 築 し貸 家 業 を 兼 営 す べ く… 遅 くも本 〈9> 年 八 月 頃 まで に は,温 泉 及 付 属 建 物 は竣 工 す べ き筈 」(T9.10.17内. 報 ③)と 意 気 込 ん で い. た。 土 地 会 社 が 自社 「経 営 地 内 に… 売 店 料 理 店 」 等 を 併 設 して 「創 立 当 初 よ り相 当 の 収 入 を 見 得 べ し」(総 覧,p99)と. す る賃 貸 志 向 の ビ ジネ ス ・モ デ ル はか な り一 般 化 しつ つ あ った. が,宝 塚 の亜 流 と もい うべ き温 泉 浴 場 建 設 は土 地 会 社 の 中で も少 数 派 に属 した(8)。帝 国 興 信 所 は 「元 来 同 所 は 山林 と称 す る よ り荒 蕪 な る 山野 と云 ふ の 適 切 な る地 点 に して … 方 今 如 何 に土 地 熱 旺 盛 な りと は云 へ,同 所 の坪 五 円 は最 高 価 な るべ し」(T8.12.13内. 表一1日. 社 長 常 務 取締役. 松島 肇 福本藤太郎 田村 範文 梅村鉄之助 竹村常五郎 佐野 逸三 堂本繁十郎 藪内藤之助 山本 辰雄. 報 ③)と 疑. 下温泉土地役員一覧. 昌栄 貯 蓄 銀 行 ほか100社 に関 係 した 「虚 業 家 」 の 典 型(注(6)参 照) 大 阪 市 北 区 東 野 田町,発 起 人,丸 京 陸 送 倉 庫 監 査 役 東 京 市 四 谷 区 坂 町,元 東 京 絹 綿 紡 績 勤 務,田 村 商 事 代 表 取 締 役,帝 国 毛 織 紡 績 取 締 役,日 洋 土 地 興 業 監 査 役,大 日本 木 炭 発 起 人 東 区 糸 屋 町2,図 書 大 阪 府 中河 内 郡 長 吉 村,発 起 人 中 河 内 郡 布 施 村,発 起 人 南 河 内 郡 加 賀 田村,関 西 製 油 監 査 役 東 区 谷 町4,洋 服商 西 区 三 条 通2,. 監査役 南部 汐巻 宮崎 野崎. 忠平 倉治 國作 舜三. 西 区 靭 中2,塩 干 魚 問 屋 西 区 靭 中3,塩 干 魚 問 屋 西 区 市 岡 町, 本 郷 区 駒 込 東 片 町,日 本 紡 機 工 業 専 務,樺 太 拓 殖, 日本 化 工 各 取 締 役, 三 共 製 紙 監 査 役,自 動 車 興 業 発 起 人. (資料)『 銀 行 会 社 要 録 」 東 京 興 信 所,大 正9年,巻 末 追 加,p2,巻 末 職 員 録,「 日本 紳 士 録 」 交 詞 社, 『商 工 資 産 信 用 録 」 商 業 興 信 所,『 帝 国 信 用 録 」 帝 国 興 信 所,『 帝 国 興 信 所 内 報 」 等 に よ り作 成 一79(79)一.
(4) 第7巻. 第1号. 問 視 した 。 また 併 設 す る娯 楽 機 関 の 兼 営 につ いて も 「仮 りに 自然 的 に冷 泉 湧 出す る と して も之 を 浴 場 とす る に於 て は市 内 の 温 泉 と選 ぶ 処 な く,未 だ 以 て 電 車 賃 を 払 ひて 日下 迄 入 浴 に赴 く閑 人 は無 か るべ く,更 に一 歩 譲 って 相 当 霊 験 あ る温 泉 とす る も宝 塚 乃 至 大 浜 等 の 一・ 部 人 士 に依 り認 識 され 居 る に も不 拘 らず 経 営 上 苦 慮 を 要 す る実 状 に想 到 せ ば同 社 の 計 画 が 全 然 真 摯 を 欠 け りと称 せ らる る も弁 解 の 辞 な か るべ し」(T8.12.13内 しか し9年3月. 「創 立 後 間 もな く財 界 の急 変 に逢 着 」(T10.3.29内. 報 ③)と 批 判 した 。 報 ③),「 財 界 に恐 慌. 起 りて よ り土 地 会 社 の 如 き最 も多 大 の 打 撃 を 蒙 り殆 ん ど顧 る もの な き有 様 とな り,当 土 地 会 社 に於 て も遂 に所 期 の 計 画 を 遂 行 す る能 はず,其 侭 に放 任 」(T9.10.17内 ど一 年 間 は何 等 の 業 績 を 齎 らす 能 はず,徒. 報 ③),「 殆 ん. らに時 日を 空 過 す るの み 」(T10.3.29内. 報 ③). で あ った 。 払 込 資 本 金37.5万 円 に対 して 土 地 勘 定 は39.3万 円 もあ り,「当 初 払 込 額 全 部 を 挙 げて 土 地 の買 収 費 に投 入 した る為 め,爾 後 の運 転 資 金 に窮 し」(T10.3.29内 金 が9年6月. 報 ③),借. 入. 末 にす で に4.9万 円発 生 して お り,「 当所 有 土 地 を担 保 見 返 り と為 し,凡 そ 十. 万 円見 当 にて 温 泉 場 及 付 属 料 理 屋 兼 旅 館 の 建 築 に着 手 」(T9.10.17内. 報 ③)し. よ う と 「目. 下 建 築 業 者 間 に対 し,右 建 築 を土 地 見 返 りに て 引受 け呉 る る者 な きや と交 渉」(T9.10.17 内 報 ③)し た 。 しか し建 築 業 者 側 で は同 社 の 経 営 難 を 察 知 して 「万 一 自己 に於 て 経 営 す る 羽 目 に陥 りた る場 合 を 顧 慮 し気 乗 りせ ざ る様 子 」(T9.10.17内. 報 ③)で あ った 。 こ う した. 建 築 業 者 に よ る立 替 工 事 方 式 は当 時 資 金 難 の 「各 土 地 会 社 に於 て 此 種 の 計 画 を 立 つ る もの 多 く,阪 東 土 地(9)見返 りに依 り地 上 建 物 を得 ん と して奔 走 中」(T9.10.17内. 報 ③)と 報 じ. られ た 。 大 正9年6月. 時 点 で 株 主 数172名,払. 円(@4.62円/坪),温 (株T10,p736)創. 込37.5万 円(@12.5円),84,990坪. の 土 地 勘 定39.3万. 泉 勘 定 は わ ず か0.1万 円,借 入 金4.9万 円,当 期 損 失0.4万 円 で あ った。 立 早 々 に借 入 金 が4.9万 円 を生 じ るな ど 「此 間 重 役 に不 勘 意 見 の 拝 を 生. じ,絶 へ ず 内訂 あ りた め為 め」(T10.3.29内. 報 ③),社. 長 の 松 島肇 が まず 最 初 に 姿 を 消 し. て 役 員 は取 締 役 田村 範 文,梅 村 鉄 之 助,竹 村 常 五 郎,佐 野 逸 三,堂 本 繁 十 郎,福 本 藤 太 郎, 藪 内 藤 之 助,山 本 辰 雄,監 査 約 南 部 忠 平,幕 な っ た。(帝T9,p127)続. 田寅 之 助,汐 巻 倉 治,宮 崎 國 作,野 崎 舜 三 と. い て 松 島 の 仲 間 の 田村,南. 部,幕. 田 ら も退 任 した た め,残 留. 役 員 は常 務 福 本 藤 太 郎,取 締 役 理 事 竹 村 常 五 郎,佐 野 逸 三,梅 村 鉄 之 助,藪 内 藤 之 助,山 本 辰 雄,堂 本 繁 十 郎,監 査 役 野 崎 舜 三,汐 巻 倉 治,宮 崎 國 作 で あ った 。(株T10,p736) しか し早 々 に姿 を 消 した 松 島 肇,田 村 範 文 らを 指 す と思 わ れ る 「期 初 以 来 前 任 重 役 の 不 能 を 糾 弾 す べ く,一 部 株 主 憤 起 し,相 当 波 乱 を 惹 起 した る ほか,社 の 内 容 を 調 査 す る為 め 約 半 歳 間 を 空 過 した 」(T10.8.4内. 報 ③)と. され る。 松 島 肇 らが 発 起 した 他 の 諸 会 社 で も. 一80(80)一.
(5) 生駒 山麓の遊園 ・観光開発計画の蹉朕(小 川D 同 様 な株 主 に よ る不 正 追 及 問 題 が頻 発 して い る(1① 。 大 正9年12月. 内訂 の収 拾 策 と して 臨 時. 総 会 で 「つ い に喧 嘩 両 成 敗 の 意 味 を 以 て 株 主 側 よ りの 要 求 にて 重 役 全 部 の 更 迭 を 行 ふ 事 と な り… 湯 川 義 夫,水 垣 愛 造,石 井 信 諸 氏 取 締 役 に又,北 野 泰,安 田良 作 監 査 役 に就 任,(野 崎 舜 三 旧監 査 役 居 据 り)」(T10.3.29内 夫(北 区上 福 島北1)は. 報 ③),社 内 を 刷 新 しよ う と した 。 新 役 員 の 湯 川 義. 明治37年 開業 の料 理,日 下 温 泉 土 地 の 会 社 役 員(帝T14,p251),. 日下 温 泉 土 地 代 表 取 締 役 の み(要T11役. 下,p147),水. 村)は 大 正10年 開 業 の 護 護 製 造(帝T14,p256)で 大 正10年4月. 垣 愛 造(西 区 川 口36/兵 庫 県 西 灘 あ った。. 次 の よ うな 広 告 を 載 せ た 。 「土 地 分 売 賃 貸,家 建 売 賃 貸,所 有 土 地 八 万 四 千. 四 百 八 十 坪 余,旅 館,茶 店,料 理 店,別 荘,住 宅(好 適 地)開 業 の 日既 に近 し。 早 く申込 め ば優 勝 の 地 を 占む る利 あ り。 尚 ほ新 規 の 計 画 に は特 に御 相 談 に応 ず(中 略)近. く開 業 す. る 日下 温 泉 ○位地. 生 駒 山西 麓,風 光 絶 佳 の地,大 軌 線 生 駒 トンネ ル 西 口,大 阪奈 良 の 中 間 に あ り,. 各 二 十 分 余 にて 達 し交 通 便 利 な り。 付 近 に は瓢 箪 山,枚 岡 官 幣 大 社,石 切 神 社 等 あ り。 生 駒 聖 天 も亦 近 し。 ○ ラヂ ウ ム泉(平 山 博 士,分 析 証 明)経. 営 地 内 よ り湧 出す る ラヂ ウ ムの 含 有 量 は近 畿 第. 一 に して 他 に比 な し。 公 衆 大 浴 場,新 式 家 族 温 泉,軽 便 な る平 易 食 堂,清 新 な る特 設 旅 館,高 0遊 園 地. 尚な る料 理 店,趣 味 あ る各 種 余 興 経 営 地 全 部 は風 光 明 媚 到 る処 行 楽 に適 し,広 潤 な る納 涼 場 は,各 種 の 運 動 会. 用 に宜 し。 藍 碧 を 湛 え た る天 女 が 池 は,舟 遊 に釣 魚 に,怪 岩 奇 石 に富 め る大 龍 寺 山 は 眺 望 亦 絶 佳(中 略) ○ 乃 木 寺(中. 略)我 社 は既 に其 の建 設 用 地 を売 約 せ り. ○ 大 阪 軌 道 との 提 携 10.4.3大. 大 軌 よ り多 大 の 便 宜 を う け,夏 期 は 提 携 して 納 涼 余 興 を な す」(T. 毎 ⑤ 広 告). 広 告 の 中 に あ る提 携 先 の 大 軌 経 営 の 納 涼 遊 園 地 が 同 社 経 営 地 の 玄 関 口 に位 置 す る と い う 地 理 的 な 隣 接 関 係 を 幸 い に,同 社 側 か ら 「大 軌 との 間 に交 渉 を 開 始 し,今 後 諸 種 の 便 宜 を 受 くる と共 に,夏 期 は両 者 提 携 して納 涼 余 興 を経 営 す る事 」(T10.3.29内. 報 ③)を 協 議 し. た 結 果 で あ った 。 同 様 に同 社 経 営 地 に 「隣 接 せ る大 龍 寺 山 に 新 に 遊 園地 を 設 くる計 画」(T 10.3.29内 報 ③)も あ っ た。 ま た 同社 「経 営 地 に 隣 接 し建 立 せ らる べ き乃 木 寺 に対 し,諸 般 の 工 事 完 成 の 上 は三 千 坪 以 内 の 土 地 を 寄 付 す る事 」(T10.8.4内. 報 ③)を 総 会 で 決 議 す. るな ど,周 辺 の 遊 園 地 ・観 光 資 源 整 備 に も協 賛 した 。 大 正9年9月. 以 降,「 土 地 を担 保 とせ る某 氏 よ りの 借 入 金 十 万 円」(T10.4.28内 -81(81)一. 報 ③).
(6) 第7巻 を 財 源 と して 大 正10年2月. 第1号. ごろ 「設 立 当 時 の 趣 旨 に従 ひ温 泉 浴 場 其 他 の 建 築 に着 手 」(T. 10.3.29内 報 ③),大 正10年8月. 上 旬 に工 費7.2万 円 で温 泉 浴 場 本 館 を よ うや く開 業,大 軌 と. の 間 に提 携 成 りた る納 涼 台 の 開 放,並 に 余 興 部 を 開 始 し,一 般 浴 客 及 び遊 覧 客 の 吸収 を計 」 (T10.8.4内. 報③)っ. た結 果,本 館 「階 上 和 洋 食 堂 の 兼 営 と共 に当 時 は業 績 梢 見 るべ き も. の あ り しが,其 後 冬 休 に入 る に随 ひ,浴 客 漸 減 した る結 果 … 改 あ て 旅 館 料 理 業 を 経 営 す べ く施 工 中な り しが,最 近 殆 ん ど完 成 」(T11.4.5内. 報 ③)し. た。 しか し大 浴 場 本 館,和 洋. 食 堂,料 理 旅 館 永 楽 館 な ど相 次 ぐ投 資 の た あ,払 込 金48万 円全 額 を 固 定 せ しあ た 上,創 立 早 々 に 「運 転 資 金 に窮 し漸 く個 人 借 款 を得 て会 社 の維 持 に努 め た」(T10.3.29内. 報 ③)結. 果 と して 当初10万 円 で あ った 「某 有 力 者 よ りの借 入 金 は昨 今 二 十 万 円 の 巨額 に達 し」(T 11.4.5内. 報 ③)た 。 この た め 帝 国興 信 所 は 「浴 場 本 館 の建 設 後 未 だ 予 定 の業 績 を 見 る能. はず,加 ふ る に施 工 方 面 の み 徒 らに急 に して,之 れ に伴 ふ 資 金 の 調 達 兎 角 意 の 如 くな らざ る結 果 … 同 社 の 前 途 は到 底 悲 観 の 外 莫 か るべ し」(T11.4.5内. 報 ③)と 同 社 の 経 営 難 を 警. 告 した 。 大 正11年 時 点 で 払 込48万 円,役 員 は 代 表 取 締 役 湯 川 義 夫,取 締 役 水 垣 愛 造,高 橋 源 七[西 区,硝 子 器 具 貿 易],上 造],亀 井 菊 太 郎[北 (西 区),安. 野 実[北. 区,薪 炭 石 炭 コ ー ク ス],西 村 末 次 郎[北. 区,硝 子 製 造],浦. 田良 作(西 区),福 原 金 吉[南. 吉(中 河 内 郡 布 施 村)で 大 正10年1月1日 ELECTRICRAILWAYCO.」. 井 橘 次 郎[南. 区,莫 大 小 製. 区,硝 子 電 気 器 具],監. 区,日 本 食 品取 締 役],若. 査役 北野泰. 井 藤 吉,支 配 人 花 田長. あ った 。(要T11,p82). の 天 理 線 合 併 後 に 発 行 され た 大 阪 電 気 軌 道 の 沿 線 案 内 「OSAKA に は鷲 尾 駅 の 「日下 納 涼 場 」 と と もに 「日下 温 泉 」 と して. 煙 を 上 げ る温 泉 場 の 絵 が 描 か れ て お り,納 涼 大 会 等 で の 大 軌 との 提 携 関 係 の 継 続 を 示 して い る。 大 正10年4月. 現 在 で 資 本 金150万 円,払 込37.5万 円,3万. 天 羅 山,常 務 湯 川 義 夫,土 地84,990坪,393,142円,坪. 株,本 店 は孔 舎 衙 村 大 字 日下 字. 当 り4.63円,配 当 …,「 土 地 住 宅 温 泉. 浴 場 等 ノ経 営 ヲ為 サ ン ヨ リ所 有 地 ヨ リ湧 出 ス ル ラヂ ウ ム冷 泉 ヲ販 売 セ ン トスル モ ノ」(要 覧)で. あ った 。. 大 正10年8月. の 大 阪 市 社 会 部 調 査 課 の 調 査 で は 「最 近 年 配 当 無 。 経 営 の 概 要. 五,○ ○ ○ 坪 を 有 す 。 内 四 〇 〇 坪 は造 成 済,そ る もの な れ ど も畢 寛 遊 園 地 の み 」(市 調 査,p6)と. 日下 に八. こ に温 泉 を 経 営 し兼 て 住 宅 地 とな さん とす 評 さ れ た。 当時 の案 内書 で は 同社 の 「日. 下 遊 園 」 につ いて 日下 「停 留 所 辺 が そ れ だ 。 毎 年 夏 にな る と,こ こで 盆 踊 等 の 余 興 が 催 さ れ て 涼 客 を 迎 へ る。 地 域 高 燥,見 晴 ら しが よ い」qDと夏 季 の盛 況 を伝 え て い る。 -82(82)一.
(7) 生駒 山麓の遊園 ・観光開発計画の蹉朕(小 川D 大 正11年6月24日. の 大 阪 朝 日は 「土 地 会 社. 時 に設 立 され た 」生 駒 土 地(後 述)は. 府 産 業 部 調 査 」 と題 して,「 土 地 熱 最 高 潮. 「萎 微 振 は ざ る」(T11.6.24大. 日下 温 泉 土 地 な どの 各 社 は 「将 来 有 望 視 され て い る」(T11.6.24大. 朝)状 態 と報 じた が, 朝)と 報 じた。. 商 業 史 博 物 館 の 調 査 に よれ ば,「永 楽 館 と い う料 理 旅 館,少 女 歌 劇 団 の舞 台 もあ り,子 供 向 け に は ミニ 動 物 園 もあ った 。 池 に は貸 ボー トを 漕 ぐ人 もあ り… … 池 の 南 側 に あ った 乗 馬 ク ラ ブ は,乗 馬 と は い って も手 綱 を 持 った 農 夫 の 引 く馬 に5∼6分. ほ ど乗 り,さ ほ ど広 く. な い階 段 状 の 畑 の 中を くる くる と回 るだ け。 そ れ で も娯 楽 の 少 な か った 当 時 と して は珍 し く もあ り,大 阪 市 中 か ら大 軌 の 電 車 に 乗 っ て大 勢 の 行 楽 客 が 日下 遊 園 地 へ と集 ま って き た 」⑰ とさ れ る。 そ の 後,日 下 温 泉 土 地 株 主 で あ る小 阪 村 の 清 水 清 は松 島 社 長 ほか13名 を 文 書 偽 造 行 使 等 で 告 訴 した 。(T14.4.26徳. 毎)裁 判 に持 ち込 まれ た結 果,大 正14年 にな って 日下 温 泉 土 地. は大 阪 地 裁 で 「幽 霊 会 社 と認 め られ設 立 無 効 の判 決 」(T14.4.26徳. 毎)が. 出 され た 。 当 該. 事 件 の 「予 審 決 定 書 」 に よれ ば 「大 正 九 年 一 月 資 本 金 百 五 十 万 円(四 分 の 一 払 込 み)の. 日. 下 温 泉 土 地 株 式 会 社 の 創 立 計 画 に当 って,株 主 を 募 った が,僅 か に六 千 株 七 万 円 しか 払 込 が な いの で,親 戚 渡 辺 秀 外 二 十 四 名 の 他 人 名 義 を 冒用 し,株 式 申込 書 三 千 九 百 五 十 枚 を 偽 造 し… 創 立 総 会 に提 出,検 査 役 直 江 駒 蔵 等 の検 査 に供 し」(T14.4.26徳 9年2月. 毎)た ほ か,大 正. か ら3月 に 「右 株 券 を 正 式 に 払 込 ん で 有 望 な株 だ と欺 き …古 橋 滝 蔵 に売 却 」(T. 14.4.26徳 毎)し た と さ れ る。 大 正14年12月25日 発 行 の 『大 軌 電 車 沿 線 案 内』 に は 鷲 尾 駅 の 付 近 に煙 を 上 げ る温 泉 場 と桜 に囲 まれ た 遊 園 の 絵 が 描 か れ て い る もの の,旧 版 に あ った 「日下 納 涼 場 」 「日下 温 泉 」 の 表 示 は一 切 な い。 この 『大 軌 電 車 沿 線 案 内 』 は昭 和2年6月 25日 「一 部 訂 正 出版 」 され て い るの で,大 軌 側 の 直 営 施 設 拡 充 に伴 う提 携 の 消 極 化 を 反 映 して,大 軌 当 局 に よ り原 画 に添 え られ て いた 「日下 温 泉 」 等 の 表 示 が 削 除 され た 可 能 性 が 高 い と思 わ れ る。 さ ら に 昭和3年2月7日. の 長 谷 鉄 道 合 併 後 に 刊 行 さ れ た 『沿 線 御 案 内. 大 軌 電 車 』 に は 鷲 尾 駅 の付 近 に は 「貝 塚 」 しか 表 示 され ず,「 日下 温 泉 」 等 を思 わ せ る表 示 は一 切 見 当 た らな いた め,同 社 事 業 の 衰 微 な い し収 束 ⑱を うか が わ せ る。. 2.生. 生 駒 土 地 は 大 正8年9月 報),井 敬 介,藤. 土. 地. 生 駒 で の 「別 壁 若 く は 住 宅 経 営 を 目 的 と し て 」(T8.8.26内. 上 千 吉qの,上 田 治 郎,池 本 清 兵 衛,福. 駒. 田 与 樹,江. 森 緑 郎 ⑮,松. 島 肇(T10.6.29内. 井 甚 三 郎 等 発 起 に 係 る 生 駒 土 地 会 社(資 一83(83)一. 報 ③),「 宮 崎. 本 金 百 万 円)は. く大 正8年.
(8) 第7巻 8月 〉 十 八 日発 起 人 回 を 開 き,一 回 払 込 徴 収 の 上,創 日資 本 金100万 年9月. 込25万. 期 で192名,大. 松 島 肇,西. 般 公 募 せ ざ る に 決 し,九. 立 総 会 を 開 く筈 」(T8.8増. 円,払. 社 長 福 井 甚 三,常. 第1号. 田4-25)と. 円 で 大 阪 市 東 区 北 浜1丁. 正10年3月. 月 五 日一 株 十 二 円 五 十 銭 の 第 一・ 報 じ られ た 。 大 正8年9月27. 目35に 設 立 さ れ た 。 株 主 数 は 大 正9. 期 で190名(株T10,p733),本. 務 池 田 与 樹,取. 締 役 井 上 千 吉,上. 店 は 大 阪 市 東 区 北 浜1-35,. 田 治 郎,小 野 寺 道 夫 ⑯,監 査 役 江 森 緑 郎,. 田 藤 吉 で あ っ た 。(要T9,p15). 生 駒 山 宝 山 寺 の 門 前 町 の 賑 い は 「本 堂 二 至 ル 参 詣 道 路 ハ 石 畳 ヲ 敷 キ 石 階 ヲ 設 ケ 登 山 ノ 便 ナ ラ シ ム 。 両 側 二 櫛 比 セ ル 旅 館 料 理 店 売 店 ノ客 引 女 ノ 客 呼 ブ 声 ヲ 送 リ迎 エ テ 山 門 二 入 ル 」⑰ と 表 現 さ れ て い る 。 同 社 の 予 定 経 営 地 は 奈 良 県 生 駒 郡 生 駒 町 の 大 軌 生 駒 駅 か ら約 二 丁,宝 山 寺 へ の 賑 や か な 参 詣 道 に 面 して,「 大 軌 電 車 線 路 に 副 ひ,老 樹 畿 蒼 と し て 昼 尚 ほ 暗 く,難 川 の 流 清 く土 地 高 燥 に し て … 風 光 頗 る 絶 佳 」(T8.8.26内 期,第2期. は 所 有 地 の 一 部 を 賃 貸 し,少. 出 した に と ど ま り,大 金5.7万 円,工. 正10年3月. 事 費0.8万 円,借. 額 の 収 入 を 得 た だ け で,毎. 期 で は 払 込 金25万 円,地. 入 金5万. 報)の15,755坪. 円,当. で あ っ た 。 第1. 期2∼3千. 所20.9万. 円,建. 円の 損 失 を. 物2.0万 円,仮. 期 収 入 は 僅 か に0.1万 円 で,当. 払. 期 損 失0.2万 円. の 開 店 休 業 状 態 で あ っ た 。(株T10,p733) 大 正9年11月27日. 生 駒 土 地,生. 気 軌 道 敷 設 出願 につ いて. 駒 聖 天 土 地,生. 駒 住 宅 土 地 は,各. 「起 業 二 関 ス ル 賛 成 書 」 「希 望 書 提 出 」q8)した 。 大 正10年 時 点 で 大. 阪 市 の 調 査 で は 「最 近 年 配 当 無 。 所 有 土 地 六 〇,000坪 中 央 土 地 と 同 じ く 「静 止 観 望 中 」(市 調 査,p6)と 大 正10年4月. 当 り13.11円,欠. ダ 準 備 中 ノ 由 」(要 覧)に 大 正10年 春. 損3,287円,「. 」(市 調 査,p6)で. 近傍 の生駒. 評 され た 。. 現 在 で 本 店 は 大 阪 市 東 区 北 浜1丁. 209,788円,坪. 町 村 と と もに東 大 阪 電. 目35,社. 長 福 井 甚 三,土. 地16,000坪,. 土 地 建 物 ノ 経 営 売 買 及 賃 貸 ヲ 営 ム モ ノ ニ テ,未. と どま って い た。. 「愈 々 積 極 的 営 業 方 針 を 以 て 住 宅,劇. 場 等 の 計 画 を 遂 行 す る 事 に 決 し,嚢. 買 収 した る 同 市 新 町 演 舞 場 を 経 営 地 の 中 央 に 移 築 す る と 共 に,新 を 新 築 す る 事 と な り」(T10.6.29内. 報 ③),大. 正10年6月6日3円. に. た に十 数 戸 の 料 亭 向 家 屋 払 込 を 行 な い,払. 込資. 本 金 は31万 円 と な っ た 。(株T10,p733) 「演 舞 場 の 買 入 其 他 の 付 属 設 備 費 に 約 八 万 円 を 投 じ た る 結 果 」(T10.6.29内 は6月. 報 ③),劇. に 完 成,「 生 駒 座 」 と命 名 し盛 大 な 披 露 宴 を 開 催,「 近 く専 属 俳 優 を 聰 し,開. 筈 」(T10.6.29内. 報 ③)で,「. 場. 場す る. 久 し く沈 衰 裡 に 推 移 し た る 同 社 も 叙 上 劇 場 の 開 演 を 機 と し. 相 当 面 目 を 改 む べ き か 」(T10.6.29内. 報 ③)と. 佐 々紅 華 が. ご ろ奈 良 県 の 生 駒 山 中 に… 和 製 オ ペ ラを 上 演 す るた. 「生 駒 劇 場 」 を. 「大 正10年. 一84(84)一. 期 待 され た 。 演 出家 の 清 島 利 典 氏 に よれ ば.
(9) 生 駒 山麓 の 遊 園 ・観 光 開 発 計 画 の 蹉 朕(小 川D め に 建 て た 」 と さ れ,地. 元 の 古 老 の 話 か ら 「建 物 は 大 阪 の 劇 場 を 移 築 し た も の で,歌. 舞伎. 小 屋 の よ う に 花 道 や 桟 敷 席 が あ っ た 」⑲ と推 測 し て い る 。 清 島 氏 は 所 蔵 す る 「生 駒 劇 場 」の 写 真 も掲 載 して い る 。 ま た 料 亭 も 「昨 今 地 均 し工 事 中 に て 是 非 当 期 中 に は 一 部 の 竣 成 を 見 る べ き 予 定 」(T10.6.29内 大 正11年6月24日. 報 ③)と. した。. の 大 阪 朝 日 は 「土 地 会 社. 府 産 業 部 調 査 」 と 題 し て,「 土 地 熱 最 高 潮. 時 に 設 立 さ れ た 」 生 駒 土 地 は 「萎 微 振 は ざ る 」(T11.6.24大. 朝)状. 地(@15.5円. ッ橋 建 物 ⑫1)と合 併 して 都 土 地. 払 込2万. 株)は. を 設 立 した 。 生 駒 土 地10株. 大 正12年9月10日. 摂 津 土 地 ⑳,四. に 対 して 都 土 地50円 払 込 済3株. を 現 経 営 者 に 依 りて 整 理 さ れ て 居 る 」(T15.4.5D)と の 土 地,劇. 場1,貸. 円 を あ げ て い た 。(株T14,p493)同. 家2棟8戸. 駒土. が 交 付 さ れ た 。(株T14,p374). 『ダ イ ヤ モ ン ド』 は 「合 併 前 の 三 社 は 何 れ も借 金 の た め 行 詰 り,殆. に は 生 駒 町 に16,046坪. 態 と報 じ た が,生. ん ど死 地 に 臨 ん だ もの. 評 した 。 都 土 地 は 大 正14年9月 を 所 有 し,会. 末. 社 全 体 の 建 物 収 入1.8万. 社 社 長 の 篠 野 乙 次 郎 ⑳ に つ い て 『ダ イ ヤ モ ン ド』 は. 「前 経 営 者 と は 打 っ て 変 っ た 真 面 目 な 人 で,就 外 部 負 債 を 償 却 」(T15.4.5D)し. 任 以 来 負 債 の整 理 に専 念 し…約 四十 万 円 の. た と 評 価 した 。. 3.石. 切 土 地建 物. 同 社 に先 立 ち,「 異 に 同名 を 冠 せ る石 切 土 地 株 式 会 社 の計 画 あ りた る も調 査 杜 撰 の 為 あ 会 社 成 立 に至 らず 」(武 知,p194)と (武知,p194)と. い う先 例 が 存 在 した が,こ れ とは 「何 等 の 関係 な し」. す る 同様 の 計 画 と して 大 正8年10月. ご ろ 「大 軌 沿 道 石 切 神 社 付 近 の 土 地. 十 数 万 坪 を 基 礎 と し,田 中万 逸 氏 を 始 め,地 方 の 大 地 主 中心 とな り,当 地 〈大 阪 〉 資 本 家 を 発 起 人 と して,石 切 土 地 会 社 な る もの 新 設 計 画 あ り,目 下 進 行 中な りと」(増 田4-30) 報 じ られ た。 大 正8年11月28日 石 切353(後. に 石 切1237/2に. に置 いた 。(株T10,p731)所. 資 本 金100万 円,払 込25万 円 で 大 阪 府 中 河 内 郡 大 戸 村 大 字 移 転)に 設 立 さ れ た。 出 張所 を 大 阪 市 西 区幸 町通1丁. 目37. 有 地 は石 切 停 留 場 付 近 の 大 別 して ① 石 切 神 社 奥 の 院 の 南 隣. の 石 切 滝 付 近,② 石 切 神 社 奥 の 院 の 北 隣 で 大 軌 線 路 の 東 側 一 帯,③ 宝 山寺 と興 法 寺 との 間 の 三 カ所 に分 れ た 山林 畑 合 計177,711坪 を15.6万 円(坪 当 り88銭)で 購 入 した。(株T10, p731)株. 式 の募 集 に主 体 的役 割 を果 た した松 井 憲 三 商 店(大 阪 市 東 区北 浜 一 丁 目)の 店 主. の 松 井 憲 三 は監 査 役 に就 任 した 松 井 伊 助[著 名 な 大 株 仲 買 人,帝 国 キネ マ 演 芸 社 長(要T 11,p94)ほ. か]の 次 男 ㈱ で あ った 。 推 奨 の文 書 で は 「伍 て 当部 は 当店 の 監 督 松 井 伊 助 氏. が 本 会 社 の 監 査 役 た る故 に依 頼 し,特 に大 株 主 に請 ひて 分 譲 を 得 た る約 一 万 株 中五 千 株 を 一85(85)一.
(10) 第7巻 限 り江 湖 の 希 望 に応 需 す べ く承 諾 を 得,弦. 第1号 に本 株 式 を 提 供 した る所 以 也 … 荷 も自 ら引 受 く. る 自信 な き株 式 を 他 に提 供 す るが 如 き は主 義 と して 採 らざ る所 な り」(武 知,p194)と して,大 正9年10月. 称. 末現 在 松 井 憲 三⑳ 名 義 で石 切 土 地 建 物 の②1,900株 主 とな って いた 。 松. 井 憲 三 商 店 調 査 部 は 「当 社 の 重 役 は当 代 知 名 の 資 産 家 に して 斯 界 の 経 験 に富 み … 」(武 知, p194)と. 評 す る が,[表 一2]の. 通 り,中 西 社 長 の 本 業 で あ る綿 花 三 品 関 係 者 の 兼 務 先 の 万. 寿 生 命,南 大 阪 土 地,筆 頭 取 締 役 の 小 島 逸 平 が 代 表 取 締 役 の 協 同 土 地 ⑳,帝 国 綿 花 等 の 役 員 が 多 く含 ま れ る。 内 紛 が 続 い た 万 寿 生 命 で 「紀 州 派 」⑳ と称 さ れ た彼 ら は一 致 して他 派 に 対 抗 した 。 松 井 憲 三 商 店 の 調 査 部 作 成 の 投 資 勧 奨 文 書 で は 「本 社 亦 温 泉 其 他 の 企 画 あ るを 以 て … 阪 奈 間 の 大 公 園 地 と して 繁 栄 長 へ に保 持 す べ きな り… 近 畿 最 優 の 土 地 株 」(武知,p194所. 収). な ど と いか に も思 わ せ ぶ りに観 光 企 業 と して の あ る種 の 期 待 感 を 抱 か せ て いた 。 大 正9年11月. 期 に は 「株 式 消 却 差 益」18.8万 円 と 「土 地 評 価 損」18.3万 円 を計 上 す る と. い う異 例 の 決 算 を 行 って 当 期 利 益1.6万 円 を捻 出,よ. うや く年4%の. く短 期 間 に 限 定 さ れ た。 大 正10年4月. 配 当 を実 施(株T10,. p731)し. た が,ご. 円,2万. 株,本 店 は 中河 内郡 大 戸 村 石 切,社 長 中 西 平 兵 衛,土 地177,711坪,156,949円,. 坪 当 り88銭,配 当4%,「. 現 在 で 資 本 金100万 円,払 込25万. 土 地 住 宅 ノ経 営 売 買 及 賃 貸 を 営 ムモ ノナ レ ドモ 未 ダ準 備 時 代 二 属. ス」(要 覧)と 評 され た。 大 正10年8月. の 大 阪市 の 調 査 で は 「最 近 年 配 当無 。 経 営 の 概 要. 石 切 に一 七,七 〇 〇 坪 を 有 す 。 主 と して 土 工 の 上 住 宅 地 と して 売 却 の 予 定 な る も財 界 不 況 の 為 静 止 の 状 態 」(市 調 査,p5)と. 表一2石 代表取締役社長 中 西 平 兵 衛2,900. 評 され た。 大 正12年10月 期 に は 「土 工 の上 住 宅 地 と. 切土地建物の役員一覧. 製 綿 鉱 業 殖 林,大 阪 綿 業,天 平 綿 業 各 社 長,有 馬 土 地 信 託,帝 国 綿 花 各 取 締 役,万 寿 生 命,市 岡 土 地,北 浜 寺 土 地,豊 国 製 肥 各 監 査 役. 取締役 小島. 逸 平1,500. 豊島. 久 七1,500. 岩 田 周 次 郎1,500 福[H台. 三500. 監査役 島 津 和 平 治1,500 松 井 伊 助350 田 中 万 逸400. 協 同 土 地 代 表 取 締 役,小 島 商 店,帝 国 綿 花,日 本 力 タ ン糸 糸,石 切 土 地 建 物各取締役 綿 糸 商 ・豊 島 商 店 代 表 取 締 役,山 一・ 商 店,協 同 土 地,堺 大 浜 土 地,石 切 土地建物各取締役 岩 友 商 店 常 務,協 同 土 地 取 締 役 朝 鮮 綿 花,南 大 阪 土 地,万 寿 生 命 各 取 締 役. 島 津 商 店,大 阪 三 品 信 託 各 代 表 取 締 役,協 同 土 地 取 締 役,岩 友 商 店 大 株 仲 介 人 組 合,株 栄 会 の 代 表 格,北 浜 信 託 専 務 石 切 の 大 地 主,憲 政 会 代 議 士,早 稲 田鉱 山取 締 役. (資料)『 株 式 年 鑑 」 大正10年,p731,「 衆 議 院 要 覧 」 大 正13年,『 商 工 資 産 信 用 録 」,『銀 行 会 社 要 録 』, 『帝 国 銀 行 会 社 要 録 」 等 に よ り作 成 一86(86)一.
(11) 生駒 山麓の遊園 ・観光開発計画の蹉朕(小 川D して 売 却 の予 定 」 で あ った 「建 物 」 勘 定 を2.4万 円 計 上 し,「 土 地 売 却 益 」6千 が,無 配 当 で あ っ た。 翌 大 正13年10月 期 に は20棟,30戸450坪. 円をあげた. の 「建 物 」 勘 定 を2万. 円純. 増 させ て4.4万 円を 計 上,「 土 地 売 却 益 」5千. 円,雑 収 入 も大 正12年10月 期 の1千 円 か ら大. 正12年10月 期 に は2千 円 に増 加 し,年5%配. 当 を 実 施 した 。(株T14,p389)大. 点 の 所 有 地 は178,508坪,原 価 は坪 当 り1円15銭. 正14年 時. で あ った が,大 阪 周 辺 の 土 地 建 物 会 社31社. 中で 坪 当 り原 価 は最 も低 い水 準 で あ った 。 同 じ大 軌 沿 線 の 大 軌 土 地 の 坪 当 り4円67銭,城 北 土 地 の 坪 当 り3円50銭 p280)昭. 和2年. と比 較 して も同 社 の 購 入 価 格 の 低 廉 ぶ りが 際 立 って い る。(武 知,. 時点 の諸 積 立 金 は3,500円 あ り,昭 和4年. ま で5%程. 度 の配 当 を継 続 した。. (武知,p219,198) 石 切 土 地 建 物 の 経 営 す る30戸450坪 の 「建 物 」 は経 営 地 の 上 記 ③ の物 件 に該 当 す るか ど うか 未 詳 な が ら,「 日本 地 理 風 俗 大 系 』 の 中 で 生 野 中学 藤 本 好 教 諭 は 「大 軌 石 切 停 留 場 付 近 に は別 荘 ま た は住 宅 が建 ち 並 び,電 車 で 大 阪 へ通 勤 す る人 が 多 い」⑫ 。と石 切 の住 宅 地 の 昭 和 初 期 の 写 真 を 掲 げ る。 付 近 の 「石 切 山荘 」 は 中河 内 郡 大 戸 村 の 生 駒 山腹 に開 設 され た 「理 想 的住 宅 経 営 地 」 で あ った が,「 石 切 停 留 場 ヨ リ狭 隆 不 整 備 ナ ル 私 道 只 一 アル ノ ミニ テ 不 便 此 上 ナ ク,従 ツ テ其 発 展 状 況 モ 遅 々」(東 大 阪,p351)と 所 有 地 は大 軌 石 切 停 留 場 付 近 山林 及 畑 地178,508坪(坪. され た 。 大 阪 市 の調 査 で は. 当 り1.15円)㈱,昭 和5年9月25日. の. 臨 時 総 会 で資 本 金 を25万 円 に大 幅 減 資 す る こ とを 決 議,昭 和10年 時 点 で は 資 本 金25万 円 (払 込62,500円)の. 会 社 と して 中河 内 郡 大 戸 村 に 存 続 し,社 長 は 依 然 と して 中西 平 兵 衛 で. あ った 。(諸S10上,p466) 破 綻 した もの も少 な くな か った 生 駒 周 辺 の 土 地 会 社 の 中で は6年 間 で は あ った が 一 応 配 当 した 時 期 もあ り,長 く存 続 す るな ど珍 しい存 在 と いえ よ う。 そ の 理 由 は判 然 と は しな い が,土 地 の 取 得 原 価 が 低 く,お そ ら くや 先 行 取 得 した プ ロモ ー ター に よ る用 地 の 高 値 売 り 付 け⑳ とい う搾 取 が 相 対 的 にす くな か った こ との ほか,繊 維 業 を 本 業 とす る 中西 平 兵 衛 が 意 欲 的 に土 地 会 社 の 社 長 職 を 続 け,中 西 と も緊 密 な 関 係 に あ る資 産 力 あ る少 数 の 同 業 者 や 協 同 土 地 が 大 株 主 ・役 員 と して 彼 を 支 え た と い う同 社 固 有 の 株 主 構 造 もそ の 一 因 を な した もの と思 わ れ る。. 4.瓢. 瓢 山 土 地 建 物 は 大 正8年5月25日 で 東 区 順 慶 町3丁. 目51に,「. 山土 地建 物. 資 本 金400万. 住 宅 地 を 建 設 し,同 -87(87)一. 円,払. 込100万. 円,8万. 時 に 家 屋 を 建 築 し て,之. 株(@12.5円. 払 込). を 賃 貸 経 営 」(T.
(12) 第7巻 11.1.21D)す. 第1号. る 目的 で設 立 さ れ た。 そ の後 本 店 を現 地 の 中河 内郡 枚 岡南 村 大 字 河 内402に. 移 転 した 。(株T10,p730) 所 有 地 は 「瓢 箪 山恋 の 辻 占… 信 者 の 多 い土 地 柄 で あ る。 大 阪 か ら約 三 里 大 軌 電 車 で 十 八 分,日. 々の 詣 客 踵 を 亜 ぐ処 」(増 田5-3)の. 字 河 内 豊 浦 の 稲 荷 付 近75,041坪(坪. 大 軌 瓢 箪 山駅 の 北 側 一 帯,中 河 内 郡 枚 岡 村 大. 当 り10.28円)で あ った。(T10.1.21D)同. 社の新聞広. 告 に よれ ば 「経 営 地 は… 生 駒 山脈 の 麓 傾 斜 の 一 帯 に して … 遥 か に大 阪 全 市 を 望 み,其 眺 望 亦 佳 良 な る は推 して 知 る べ く新 鮮 な る空 気 清 浄 な る流 水 は全 く以 て 住 宅 別 荘 地 に恰 好 の 地 」(T8.4.7大. 朝)と 謳 っ て い た が,経 営 地 の西 半 分 の大 半 は養 魚 池 が 占 め て い た。. 1坪10円 替,「 目下 所 有 土 地 十 九 丁 七 畝 は小 作 とな って い る。 宛 米 は反 一 石 四斗 の 予 定 で あ るか ら,先 づ 一 年 の 収 穫 二 百 四 五 十 石 と見 込 まれ て い る… 植 林 の 上,第 一 に料 理 店 風 の 家 を 建 て る… 其 れ か ら漸 を 以 て 住 宅 に及 ぼ す 見 込 」(増 田5-3)と. され た 。 この あ た り. の 表 現 か ら見 て 料 亭 ・旅 館 等 へ の 賃 貸 と い った 観 光 的 要 素 を も幾 分 は包 含 して いた と考 え られ る。8万 株 の う ち7万 株 は[表 一3]の. 通 り14名 の 発 起 人 お よ び,そ の 他 の賛 成 人 で. 引 受 けた 。 株 主 数454名,本. 店 大 阪府 枚 岡南 村 河 内402,大. 軌 瓢 箪 山駅 北 側 枚 岡 村 河 内 豊 浦 に75,041. 坪 所 有,坪 当 り10.30円,社 長 石 井 定 七,常 務 村 田虎 之 助(発 起 人),取 締 役 今 西 林 三 郎 ⑱ ①,金. 表一3瓢. 石井 定七 於勢真十郎 八代麻三郎 金沢. 利助. 中島. 一治. 岸本伝太郎 木村 篤三 浜 口駒次郎 紫安新九郎 村田虎之助. 於勢 升 田中胡四郎 大和藤兵衛 田中. 元七. 山土地建物の発起人の兼務状況. 材 木 商,市 岡 沿 岸 土 地 建 物 社 長,城 東 土 地 取 締 役 ほか 多 数 於 勢 升 の 関 係 者 か(未 詳) 綿 糸 商 ・八 代 商 店 主,能 勢 電 気 軌 道,大 神 中 央 土 地 各 取 締 役,大 阪 証 券 交 換 所 監 査役 質 商,城 東 土 地,市 岡 沿 岸 土 地 建 物,摂 津 土 地,千 日土 地 建 物 各 取 締 役,舞 子 住 宅 土 地,六 甲 土 地,生 瀬 別 荘 土 地 各 相 談 役 鉄 工 業 ・機 械 商,大 軌 土 地,大 阪 港 土 地,市 岡 沿 岸 土 地 建 物,市 岡 土 地,大 阪 電 気 工 業,大 阪 株 券 各 取 締 役 岸 本 汽 船 監 査 役,三 十 二 銀 行 取 締 役 千 日土 地 建 物 監 査 役,浪 速 鉱 業1,500株 主 浜 口汽 船 代 表 取 締 役,南 海 醸 造,佐 越 生 糸 各 取 締 役 代 議 士,城 東 土 地 取 締 役 政 友 会 代 議 士,市 岡 沿 岸 土 地 専 務,村 田商 事,千 日土 地 建 物,日 の 丸 電 線 護 誤 工 業,大 倉 鉱 業 精 錬,大 阪 株 券,内 外 商 事,大 正 農 工 具 各 取 締 役,瓢 山 土 地 建 物, 隆文館各監査役 貸 家,尾 崎 製 帽 所 社 長,城 東 土 地,城 北 土 地,日 の 丸 電 線 護 摸 工 業 各 取 締 役 田中 元 七 の 弟,大 正 工 業 取 締 役,大 阪 千 日前 土 地 建 物,城 崎 温 泉 土 地 建 物,東 浪 速 土 地,金 光 温 泉,大 阪 野 江 土 地 建 物 各 監 査 役 大 阪 千 日前 土 地 建 物 専 務,大 阪 銀 行,三 十 二 銀 行,城 崎 温 泉 土 地 建 物,帝 国 キ ネ マ演芸各取締役 生 駒 聖 天 土 地 社 長,六 甲 土 地 常 務,城 東 土 地,天 王 寺 土 地 各 取 締 役,東 洋 羊 毛 代 表 取 締 役,有 馬 住 宅 土 地 監 査 役,信 貴 土 地 建 物 相 談 役. (資料)『 銀 行 会 社 要 録 』, 『商 工 資 産 信 用 録 」,『帝 国 銀 行 会 社 要 録 」 等 に よ り作 成 一88(88)一.
(13) 生駒 山麓の遊園 ・観光開発計画の蹉朕(小 川D 沢 利 助(発 起 人),中. 島一一 治(発 起 人),木 村 音 右 衛 門 ㊤1),監査 役 木 村 篤 三(発 起 人),松. 祥 太 郎[枚 岡 南 村,瓢. 山土 地 建 物 監 査 役 の み(要T11役. 本. 中,p233)](株T10,p730). 創 立 事 務 所 が 作 成 した 株 式 募 集 広 告 で は 「大 阪 市 東 部 は疾 風 迅 雷 的 に拡 張 発 展 す べ き こ と は火 を 賭 る よ り も明 らか に して … 如 斯 時 機 に於 て は地 価 数 倍 に奔 騰 す る こ と は吾 人 の 提 言 を待 つ を要 せ ず,本 経 営 地 の前 途 有 望 な る誰 か誇 言 な りと謂 ふ を得 ん や 」(武 知,p191 所 収)と 盛 ん に投 機 を 煽 った もの の,「 中途 経 済 界 の 変 動 に遭 遇 した た め,当 初 の 計 画 を 中止 」(T11.1.21D)し,「. 之 を 経 営 賃 貸 す るか,若. 於 て 其 方 針 が 未 定 」(T11.1.21D)で. くは此 侭 売 却 す る か,未 だ 当 局 者 に. あ った。. 当 初 は 「展 望 絶 佳 に して 大 阪 に近 く最 も交 通 の便 利 な る此 一 角」 「薮 に清 新 な る 田 園 都 市 を 造 らん 」(武 知,p191∼2所. 収)と の 目論 見 の下 に瓢 箪 山駅 に近 い部 分 か ら開発 し 「今. 春 来 東 部 高 地 に一 部 土 工 を 施 し家 賃 五 六 十 円見 当 の 住 宅 を 建 築 」(T10.9.14内 始,「 約 二 千 坪 の 住 宅 地 を建 設 」(T11.1.21D)し. た もの の,大 正9年9月. 報 ③)を 開 末 第二 回 決 算. で は17,800円 の欠 損 を翌 期 に繰 り越 した 。 払 込 金 の大 半 を注 ぎ込 ん だ 「地 所 建 物 」 勘 定 は 77.4万 円 で あ り,土 地 の購 入 金 額 か ら追 加 投 資 もな く,「他 は 全 部 農 家 の耕 作 に任 して 居 る」(T11.1.21D)た. め,雑 収 入 と して1.8万 円 の小 作 料(な. い し養 魚 池 か らの)収 入 だ. けを 計 上 した に と ど ま った 。(株T10,p730) 大 正10年8月 〇,○00坪. の 大 阪 市 の 調 査 で は 「枚 岡 南 村 字 河 内 及 豊 浦 に七 九,○ ○ ○ 坪 を 有 す 。 二 は地 上 済,住 宅 を経 営 せ ん とす る もの な れ ど も 目下 観 望 中」(市 調 査,p6). と評 され た 。 現 実 に は 「創 業 以 来 少 数 の 家 屋 を 建 設 した るの み にて,何 等 施 工 せ ず,只 所 有 土 地 の 小 作 料 収 入 に甘 ん じ居 た る結 果 」(T10.9.14内. 報 ③),12.5円 払 込 の 株 価 もわ ず か. に3.8円 か ら4円 と低 迷 して い た。 「ダ イ ヤ モ ン ド』 誌 は簿 価 が周 辺 農 地 に 比 して 「非 常 に 安 い」(T11.1.21D)と. の判 断 か ら,正 味 財 産(純 資産)を 推 計 し 「一 坪 五 円 と して も所. 有 地 の 価 格 は三 十 八 円 とな り… 未 だ 三 円計 り買 ひの 余 地 が あ る」(T11.1.21D)も. の と買. 推 奨 した 。 大 正10年4月. 現 在 で 資 本 金400万 円,払 込100万 円,8万. 字 河 内,社 長 石 井 定 七,土 地75,041万 坪,772,715円,坪. 株,本 店 は 中河 内 郡 枚 岡 南 村 大 当 り10円28銭,欠. 地 建 物 ノ経 営 売 買 賃 貸 ヲ営 ム モ ノニ テ,未 だ 準 備 中 ノ 由」(要 覧)で. 損17,790円,「 土. あ っ た。 瓢 山土 地 建. 物 の 幹 部 の 意 向 と して 「手 許 遊 金 十 六 七 万 円を 不 取 敢 施 工 費 に充 当 し,亜 で 遊 覧 地 若 くは 娯 楽 機 関 の 何 れ か を 設 け以 て 業 態 の 一 新 を 期 す る計 画 」(T10.9.14内. 報 ③)が 伝 え られ た. が,帝 国 興 信 所 は 「例 の 石 井 定 七 氏 実 権 下 に在 る同 社 の 事 な れ ば… 必 ず し も其 前 途 を トし 難 く」(T10.9.14内. 報 ③)と 悲 観 的 に観 察 した。 -89(89)一.
(14) 第7巻 大 正11年12月1日 800万 円),日. 第1号. 帝 国 信 託 は 瓢 山 土 地 建 物(資. 本 土 地 信 託(資. 本 金1,550万. 本 金400万. 円)の3社. 関 西 土 地 に 改 称 した 。(株T14,p370)大. 市 岡 沿 岸 土 地(資. を 対 等 合 併 ㈱ し,大. 正14年11月. の う ち 旧 瓢 山 土 地 建 物 の 瓢 山 物 件 は41,513坪. 円)と. 当 り20円)と. て い たGの。 関 西 土 地 は 昭 和12年6月. ダイヤモ ン. 見 込 ん だ 。 昭 和4年. 藤 本 好 の 調 査 で は 瓢 箪 山 の 住 宅 地 の 坪 当 り販 売 単 価 は30円 で あ り,高 に 比 して 優 位 に あ っ た ㈱。 昭 和7年. 社名を. 現 在 関 西 土 地 の18カ 所 合 計405,462坪. と な っ て い る。(T15.4.5D)『. ド』 の 試 算 で は 瓢 山 の 時 価 を 五 段 階 中 の 四 等 地(坪. 8∼30円. 正12年10月. 本金. 頃の. 師 浜24∼30円,助. 松. に は 関 西 土 地 は 瓢 箪 山 額 田 に5.5万 坪 を 所 有 し. 関 西 不 動 産 と 改 称,さ. ら に 昭 和15年 不 動 建 築 と改 称 し,. 土 木 建 築 業 を 本 業 と した 。. むすびにかえて. 筆 者 は虚 構 的 な 観 光 開 発 計 画 を 六 甲 山麓 で も2例 ほ ど調 査 中㈲ で あ るが,六. 甲 山麓 に比. して 生 駒 山麓 は この 種 の 土 地 会 社 の 集 中傾 向 が 顕 著 で,し か もよ り投 機 的 な 色 彩 が 濃 厚 で あ った よ う に感 じ られ る。 大 毎 記 者 は 中河 内 郡 の 土 地 会 社8社 を 列 記 し 「已 に相 当 経 営 に 着 手 して 居 る もの もあ るが 全 然 標 柱 一 本 限 りの もの も亦 勘 くな い… … 土 地 熱 に浮 か され て 一 般 農 民 や 機 業 家 間 に土 地 の売 買 と株 が大 分 盛 ん で あ った」(T10. .1.30大 毎)と 観 察 し,. また 『東 洋 経 済 新 報 』 は 「土 地 会 社 の 発 達 は殆 ん ど関 西 地 方 の 特 有 と謂 って よ い」 原 因 と して 「東 京 方 面 に比 し…連 続 して広 大 な る土 地 を買 収 し得 る便 宜 が あ った」(T10.8.20T) と して お り,関 西 地 方 の 中 で も 「山 に沿 ふ 阜 地 を 沿 線 に有 」(T10.8.20T)す. る大 軌 沿. 線G⑤な ど に土 地 会 社 が多 く存 在 した理 由 を主 に土 地 買 収 上 の便 宜 か ら と分 析 す る。 さ らに この 時 期 に生 駒 山麓 一 帯 を 含 む 地 域 に鉄 道 新 線 計 画 が 集 中 して いた こ とが,前 述 の よ うな 土 地 会 社 の 籏 出 に拍 車 を か けた と考 え られ る。 この 時 期 の 奈 良 県 下 の 新 線 計 画 につ いて は前 掲 の 西 藤 二 郎 氏 の 研 究(注 記(1))に 詳 しい が,た. とえ ば石 切 土 地 建 物 株 の 推 奨 文 書 で も 「最 近 〈大 阪 〉 市 の 黒 門 町 よ り奈 良 に二 線,. 中本 町 と鶴 橋 町 よ り各 一 線 の 電 鉄 布 設 の 出願 あれ ば,其 何 れ か 許 可 せ らる る も皆 以 て 本 社 所 有 地 に交 叉 し若 くは付 近 の交 通 に便 して土 地 発 達 の 要 素 た るを 疑 はず 」(武 知,p193所 収)と 強 い期 待 感 を 表 明 して い た 。 ま た 「土 地 会 社 総 覧 』 は枚 岡土 地 の 項 で,「 生 駒 循 環 鉄 道 の 敷 設 あ り,又 生 駒 山嶺 に達 す べ き鋼 索 鉄 道 の 計 画 あ りて 生 駒 山頂 と 山麓 との 交 通 路 縦 横 に交 叉 す るの 時 機 に 至 らん 」(総 覧,p77)と. し,生 駒 聖 天 土 地 の 項 で も,「 信 貴 生 駒. ママ. 電 気 鉄 道 の 敷 設 認 可 あ る あ り,生 駒 よ り信 貴 に通 ず る 自動 車 道 路 の 着 々開 通 準 備 を 急 ぎつ 一90(90)一.
(15) 生 駒 山麓 の 遊 園 ・観 光 開 発 計 画 の 蹉 朕(小 川D. つ あ り,当 該 電 車 及 道 路 は 目的 地 の 中腹 を通 過 す る」(総 覧,p104)と. 言 及 す るな ど,生. 駒 山麓 で は土 地 会 社 と新 線 計 画 の 二 人 三 脚 的 関 係 が 随 所 に認 め られ る。 今 後 は 同一 プ ロ モ ー ター の 発 起 に基 づ く観 光 開 発 計 画 と鉄 道 敷 設 計 画 との 一 体 的 な 相 互 依 存 関 係 の 不 透 明 な 実 態 を さ らに解 明 して い く必 要 を 感 じて い る。 な お 観 光 経 営 史 研 究 上,観 光 案 内 ・不 動 産 分 譲 等 の パ ンフ レ ッ ト類 は重 要 な 第 一 次 史 料 の はず で あ るが,従 来 大 学 や 公 共 図 書 館 で は価 値 を 認 識 せ ず,資 料 保 存 状 態 は極 め て 不 完 全 で あ る こ とを 痛 感 した 次 第 で あ る。. 注. (1)⑱ 西 藤 二 郎 「明 治 ・大 正 期 の 奈 良 県 を 中心 とす る鉄 道 敷 設 運 動 一 未 成 線 を 中心 と して 一 」 『京 都 学 園論 集 』13巻2号 ,p76,110所 収。 (2)本 稿 で は 『土 地 会 社 総 覧 』 を 単 に総 覧 と略 記 す る よ う に,新 聞 ・雑 誌,会 社 録,頻 出 史 料 は次 の 略 号 で本 文 中 に示 した。 営 …『営 業 報 告 書 』,#… 発 行 回 数/[新 聞 ・雑 誌] 東 日… 東 京 日 日新 聞,中 外 … 中外 商 業 新 報,大 毎 … 大 阪 毎 日新 聞,大 朝 …大 阪朝 日新 聞, 中国 … 中国 新 聞,徳 毎 … 徳 島 毎 日新 聞,法 律 … 法 律 新 聞,保 銀 … 保 険 銀 行 時 報,内 報 … 帝 国 興 信 所 内 報,T… 東 洋 経 済 新 報,D… ダイ ヤモ ン ド,藤 本 … 藤 本 ビル ブ ロー カー 銀 行 週 報,増 田 …増 田 ビル ブ ロー カ ー銀 行 旬 報,/[会 社 録]諸 … 『日本 全 国諸 会 社 役 員 録 』 商 業 興 信 所,要 … 『銀 行 会 社 要 録 』 東 京 興 信 所,帝 …『帝 国 銀 行 会 社 要 録 』 帝 国 興 信 所, 株 … 『株 式 年 鑑 』 野 村 商 店 ・大 阪 屋 商 店,帝 信 … 『帝 国 信 用 録 』 帝 国 興 信 所,商 信 …『商 工 資 産 信 用 録 』 商 業 興 信 所,紳 … 『日本 紳 士 録 』 交 詞 社,人 …『人 事 興 信 録 』 大 正7年, /[頻 出資 料]総 覧 …『土 地 会 社 総 覧 』 大 正9年,要 覧 … 松 村 薫 明 『土 地 会 社 要 覧 』 大 五 商 店,大 正10年,武 知 … 武 知 京 三 『近 代 中小 企 業 の 基 礎 的 研 究 』,昭 和59年12月,市 調 査 … 大 阪 市 社 会 部 調 査 課 「在 本 市 内 及 郊 外 土 地 建 物 会 社 調 査 」 『労 働 調 査 報 告 』 第17号, 大 正11年,東 大 阪 … 宇 田正 ほか 執 筆r東 大 阪 市 史 近 代II』 平 成9年 。 (3)⑳ 『日本 地 理 風 俗 大 系 』 第8巻,近 畿 地 方 上,新 光 社,昭 和6年,p185,180。 (4)橘 川 武 郎 ・粕 谷 誠 編 『日本 不 動 産 業 史 一 産 業 形 成 か らポ ス トバ ブル 期 まで 』 名 古 屋 大 学 出版 会,平 成19年9月,巻 末 参 考 文 献 参 照(筆 者 に よ る 『経 営 史 学 』 掲 載 予 定 の 書 評 を も併 せ 参 照 され た い)。 (5)武 知 京 三 『近 代 中小 企 業 構1造の基 礎 的研 究 』 昭和52年,p207以 下,同 「日本 資 本 主 義 発 展 期 の土 地 会 社 菱 屋 土 地 建 物 株 式 会 社 の創 設 計 画 を 中心 と して 」 『近 畿 大 学 青 踏 女 子 短 期 大 学 紀 要 』4号,昭 和49年10月,「 東 大 阪土 地 建 物 株 式 会 社 の経 営 史 的考 察 」 『近 畿 大 学 論 集 』7巻2号,昭 和50年3月,「 大 正 期 の土 地 会 社 経 営 に つ いて 一 芦 屋 土 地 株 式 会 社 を 中心 に」 『歴 史 研 究 』17号,昭 和50年12月,「 大 正 期 阪 神 地 方 の 土 地 ・信 託 会 社 一 『日本 全 国諸 会 社 役 員 録 』 を素 材 と して一 」 『近 畿 大 学 論 集 』8巻1号 ,昭 和50年12月 ほか 多 数 。 (6)松 島 は当 初 は当 該 企 業 で の 役 職,肩 書 きの 有 無 にか か わ らず,実 質 的 に企 業 プ ロモ ー ター と して 企 業 設 立,創 業 過 程,と りわ け土 地,鉱 区 等 の 資 産 取 得 に深 く関 わ り,多 額 の 創 業 者 利 潤 を 獲 得 す る こ とを 狙 って いた 。 最 終 段 階 で"清 算 人 利 潤"を も獲 得 ・享 受 して,当 該 企 業 の 全 期 間 にわ た って 無 機 能 資 本 家 を 収 奪 した 。(拙 著 『「虚 業 家 」 に よ る 泡 沫 会 社 乱 造 ・自己 破 綻 と株 主 リス クー 大 正 期"会 社 魔"松 島 肇 の 事 例 を 中心 に一 』 滋 賀 大 学 経 済 学 部 研 究 叢 書 第42号,平 成18年 参 照)。 (7)稲 荷 山遊 園 地 は石 切 駅 の 北,善 根 寺 村 の 稲 荷 山 に あ り,「徳 庵 に本 部 を 置 け る 山矢 織 機 工 場 の 経 営 に係 り,遊 園 地 と して 公 衆 に開 放 せ り,工 場 会 社 学 校 等 の 運 動 場 と して 最 適. 一91(91)一.
(16) 第7巻. 第1号. の 地 」(『大 阪 よ り奈 良 まで 沿 道 名 所 案 内 』 大 軌,p56)。 (8)『 虚 構 ビ ジ ネ ス ・モ デ ル ー 観 光 ・鉱 業 ・金 融 の 大 正 バ ブ ル 史 一 』 日本 経 済 評 論 社,平 成21年3月,p12。 (9)阪 東 土 地 は大 正9年4月 設 立,資 本 金1,000万 円,社 長 土 居 剛 吉 郎,京 阪 森 小 路 の 土 地 10万 坪,坪 当 り単 価23.63円 。 森 岡銀 行 へ の 預 金32万 円が 焦 付 き大 正10年1月 日本 土 地 ⑩. 信 託 に合 併 され た 。 た とえ ば九 州 炭 磯 の 場 合,劇 昂 した 株 主 が 「正 当 の 炭 脈 価 値 を 有 す る もの か 否 か … 不 正 行 為 が あ るか 無 いか,又 昌栄 銀 行 か ら借 入 れ た金 が如 何 に使 用 さ れ た か」(T9.7.2. 福 日)を 調 査 す べ く5人 の 調 査 委 員 に選 任 し 「松 島 氏 経 営 の 昌栄 貯 金 銀 行 よ り会 社 が 五 十 万 円の 借 入 金 を な し,多 額 の 利 子 を 引 去 られ,尚 三 十 八 万 八 千 円の 借 入 とな り居 れ る も,会 社 は一 文 も現 金 を 受 取 居 らず,右 炭 砿 代 金 の 内 と して 松 島 氏 へ 支 払 た る如 く装 へ る」(T9.7.27東 日)事 実 が判 明 した。 (ID高 橋 春 住 画 『近 畿 遊 覧 一 日が け と泊 りが け』 大 正11年 版,近 畿 遊 覧 社,p320。 ⑫ 『続 々 お お さか 漫 歩17』 「3日 下 遊 園 地 」(大 阪 商 業 大 学 商 業 史 博 物 館 電 子 情 報)に は 天 女 ケ 池(新 池)に 貸 ボー トが 浮 か ぶ 日下 遊 園 地 の 往 時 の 風 景 が 写 真28と して 掲 げ られ て い る。 同 遊 園 地 を 偲 ぶ 貴 重 な 情 報 と映 像 で あ ろ う。 ⑬. 筆 者 が 見 出 し得 た 日下 温 泉 に関 す る記 事 の 最 後 の もの は昭 和5年7月1日 発 行 の 『運 輸 公 論 旅 行 と名 物 』 温 泉 特 集 号 の 次 下 の 内容 で あ る。 「大 軌 電 車 沿 線 鷲 尾 停 留 所 の 付 近 に在 る。 近 年 新 築 の 温 泉 で 頗 る風 景 が 佳 い。 一 日の 清 遊 地 と して お 薦 め す る」(p31)。 但 し同 誌 は1年 前 の 特 集 記 事 を 修 正 せ ず に掲 載 した 前 歴 が あ り,当 該 時 点 の 情 報 と は限 らな い。 ⑭ 井 上 千 吉(大 阪 市 東 区 清 水 谷 西)は 貿 易 商,城 南 土 地,東 大 阪 土 地 各 社 長,日 本 家 禽 土 地 専 務,愛 国貯 金 銀 行,生 駒 電 気 鉄 道,新 大 阪 土地,芦 屋 土 地,日 下 住 宅,生 駒 土 地, 伊 丹 住 宅 土 地,有 馬 鉱泉 土 地,垂 水 土 地 各 取 締 役,四 ッ橋 建 物 監 査 役(要T11役 上,p 6),信 貴 電 気 軌 道,東 大 阪 電 気軌 道,信 貴 電 気 鉄 道 各 発 起 人 。 「病 気 で 金 に困 って 」(『銀 行 犯 罪 史 』p218)愛 国貯 金 銀 行 に泣 き付 き 昭和4年9月 死亡。 江 森 緑 郎(大 阪 市 西 区)は 福 島県 生 れ,関 西 競 馬 倶 楽 部 理 事,巴 商 事 社 長,生 駒 土 地, 浪 速 ビル ブ ロー カー 銀 行 各 監 査 役,大 和 索 道,広 島 電 灯 各 取 締 役,田 原 本 鉄 道,北 大 阪 電 鉄,信 貴 電 気 軌 道,秋 田石 油 鉱 業 各 発 起 人 。 ⑯ 小 野 寺 道 夫(兵 庫 県 武 庫 郡 大 社 村)は 日本 水 電,大 華 電気 各 常務,城 南 土 地,東 亜 フ ェ ル ト,生 駒 土 地,日 本 無 軌 条 電 車,日 本 綿 紡 各 取 締 役,台 湾 苧 麻 農 産 監 査 役,瀬 戸 鉛 山 ⑮. ⑰. 温泉代表社員。 『信 貴 生 駒 電 車 沿 線 名 所 案 内』 信 貴 生 駒 電 気 鉄 道,開 業 記 念,p13。 な お 同 じ奈 良 県 内 の 長 谷 寺 門 前 町 につ いて は拙 稿 「牡 丹 の 植 栽 ・夜 間 点 灯 に よ る"観 光 ま ちづ く り"一 門. 前 町 ・初 瀬 の観 光 マ ネ ジ メ ン トと観 光 カ リス マ ・森 永 規 六 の尽 カ ー 」 『跡 見 学 園 女 子 大 学 マ ネ ジ メ ン ト学 部 紀 要 』 第8号,平 成21年9月(予)参 照。 ⑲ 平 成19年6月15日 日経 文 化 欄 。 ⑳ 摂 津 土 地 は 明 治45年4月 設 立,大 正6年5月10,000株 を6.0円 の均 一 プ レ ミア ム で 公 募,大 正9年7月60,000株 を 取 締 役 が 引 受,17,400株 を現 物 出資 。 ⑳ 四 ッ橋 建 物 は大 正7年8月 東 区 北 浜 に設 立,資 本 金30万 円,社 長 堀 田元 次 郎,取 締 役 藤 本 清 兵 衛 ほか 。 ⑳ 篠 野 乙 次 郎(兵 庫 県 武 庫 郡 本 庄 村)は 生 駒 電 気 鉄 道,都 土 地 各 社 長,サ ク ラ商 店 代 表 取 締 役,京 阪,日 本 電 気 堪 榔 各 取 締 役,京 阪 土 地,北 大 阪 電 気 鉄 道 監 査 役 。 ㈱ 『一 九 二 四年 に於 け る大 日本 人 物 史 』 大 正13年,まp16。 ②の 松 井 憲 三 は大 正8年 松 井 商 店 を 継 承,大 株 短 期 取 引 員,北 浜 信 託2,000株 主,日 本 信 託 銀 行2,260株 主 。 ㈱ 協 同 土 地 は小 島 逸 平 が 代 表 取 締 役,大 正9年10月 末 現 在 で 石 切 土 地 建 物 ⑦1,320株 主, 大 正13年 で は①6,120株 主,昭 和5年 の減 資 を機 に石 切 土 地 建 物 の経 営 か ら離 脱 。 一92(92)一.
(17) 生 駒 山麓 の 遊 園 ・観 光 開 発 計 画 の 蹉 朕(小 川D. ⑳. 「紀 州 派 」(『本 邦 生 命 保 険 業 史 』,p195)と は 「世 々紀 州 日前 国懸 両 神 社 の神 職 」(人 き,p26)の 男 爵 紀 俊 秀 を 社 長 に推 戴 した 万 寿 生 命 の 重 役 株 主 グル ー プで 大 正11年 ご ろ ま で 「東 京 派,大 阪 派 … と相 互 に反 目」(T11.2.20保 銀)し た。. ㈱ ㈲. 大 阪 市 社 会 部 調 査 課 『大 阪 市 住 宅 年 報 』 第4号,昭 和 元 年,p135。 例 え ば 甲陽 土 地 の 創 立 者 は 「社 長 の 地 位 を 利 用 し,僅 か に一 坪 五 六 円で 手 に入 れ た 土 地 を 会 社 へ 二,三 十 円 で 売 付 けて は 私 腹 を 肥 や し」(S2.6.29中 国)た 廉 で 司 直 の 追 及 を 受 けた 。 ⑳ 今 西 林 三 郎 は阪 神 専 務,大 阪港 土 地 社 長,市 岡沿 岸 土 地 建 物,舞 子 土 地 各 取 締 役 。 「今 西 林 三 郎 氏 は今 春 勃 発 した 石 井 定 七 事 件 に就 て は問 題 の 関 西 綿 業 会 社 の 重 役 と して 世 人 の 非 難 を 受 け」(T11.12.3大 毎),石 井 定 七 に 巨額 の 与 信 を 与 え た 内 外 信 託 商 事 取 締 役 も 兼 務 し,「元 来 が会 社 屋 を本 業 と し,石 井 だ高 倉 だ と引 か か り通 しで は面 目は な い」(T 11.12.2大 毎)有 様 で,今 西 自身 も 「自分 は 晩年 に な って か ら石 井 や高 倉 な どの 小 僧 っ 子 に担 が れ て 非 常 な 迷 惑 を 蒙 った 」(T11.12.2大 毎)と 憤 慨 して い る。 eD木 村 音 右 衛 門 は木 村 組 社 長,市 岡 沿 岸 土 地 建 物 監 査 役 。 「石 井 定 七 関係 の材 木 商 」(T 11.428中 外)Q 勧. 竹 原 主 導 の か な り強 引 な 合 併 推 進 の 結 果 と して,資 本 金 が 大 幅 に水 膨 れ した こ との 後 遺 症 に加 え,株 価 の 大 暴 落 と極 度 の 資 金 調 達 難 の な か で,関 西 土 地 の 信 用 は失 墜 して ポ ロ会 社 と見 倣 され た 。. ㈱ 『日本 地 理 風 俗 大 系 』 第8巻,昭 和6年,新 光 社,p178∼189。 ⑱の 大 阪 市 調 査 『大 阪 近 郊 土 地 会 社 経 営 地 分 布 』 昭 和7年3月 現 在,玉 置 豊 次 郎 『大 阪 建 設 夜 話 』 昭 和55年,p206所 収。 ㈲ 拙 稿 「近 代 商 人 系 資 本 家 と不 動 産 ・観 光 開 発 一 御 影 土 地 を 中心 と して 一 」 『彦 根 論 叢 』 第375号,平 成20年11月,同 「六 甲 山麓 の観 光 企 業 創 設 と機 関 銀 行 の虚 構1一阪神 土 地 建 物 ・船 場 銀 行 を 中心 に 」 『彦 根 論 叢 』 第378号,平 成21年6月 。 ㈹ 大 阪 電 気 軌 道 自体 に よ る開 発 につ いて は 中島 大 輔 「私 鉄 に よ る戦 前 期 開 発 地 域 の 変 容 一 奈 良 市 菖 蒲 池 南 園 住 宅 地 の 事 例 一 」 『立 命 館 地 理 学 』13号 ,平 成13年 参 照 。.
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取締役(非常勤) 武谷 典昭 当社常務執行役 監査役 大河原 正太郎 当社監査特命役員 監査役 西山 和幸
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