歌舞伎鳴物における伝承と変遷 : 近現代における能楽手法の手配リ・演出
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(2) 目次 序 論 .............................................................................................................. 4. 第 1 部 「 近 現 代 に お け る 能 楽 手 法 」 再 考 .................................................. 16. 1-1. 導 入 史 と し て の 近 現 代 ...................................................................... 17 1-1-1. 明 治 維 新 が 能 楽 界 ・ 歌 舞 伎 界 に も た ら し た 変 化 ........................... 17 1-1-1-1. 能 楽 界 ...................................................................................... 17 1-1-1-2. 歌 舞 伎 界 .................................................................................. 21 1-1-2. 明 治 以 後 の 歌 舞 伎 界 に お け る 能 楽 導 入 ........................................ 23. 1-2. 文 献 に 見 る 様 式 変 遷 と 解 釈 の 多 様 性 .................................................. 27 1-2-1. 橋 渡 し 役 と な っ た 囃 子 方 ― 能 と 歌 舞 伎 の 両 属 関 係 に よ る 手 法 の 流 入 ― ...................................................................................................... 28 1-2-1-1. 能 か ら 歌 舞 伎 へ : 藤 舎 芦 船 と 中 村 寿 鶴 ....................................... 28 1-2-1-2. 歌 舞 伎 か ら 能 へ : 南 条 秀 治 と 観 梅 問 題 ....................................... 31 1-2-2. 「 能 楽 手 法 」 観 の 差 異 ― 歌 舞 伎 雑 誌 に お け る 手 法 の 解 釈 ― ....... 34 1-2-2-1. 六 合 新 三 郎 に よ る 演 奏 批 判 :「 現 代 の 長 唄 囃 子 に 関 す る 不 満 」 ... 34 1-2-2-2. 山 崎 楽 堂 に よ る 「 謬 り 」 の 主 張 :「 鼓 笛 囃 子 の 基 本 研 究 」 .......... 37 1-2-2-3. 初 世 望 月 太 意 之 助 に よ る 3 つ の 連 載 :「 長 唄 囃 子 の 心 得 」・「 長 唄 囃 子 大 意 」・「 長 唄 囃 子 早 わ か り 」 .............................................................. 39 1-2-2-4. 解 説 者 に よ る 論 調 の 相 違 :「 長 唄 解 説 及 演 奏 心 得 」 .................... 41 1-2-3. 風 潮 の 推 移 と 「 正 統 性 」 の 解 釈 の ず れ ........................................ 44. 1-2-4. 小 括 ........................................................................................... 47 1-3. 音 と し て の 「 現 行 伝 承 」 の 形 成 を め ぐ っ て ........................................ 48 1-3-1. 言 説 に 見 出 さ れ る 4 つ の 転 換 点 .................................................. 48 1-3-2. 音 楽 分 析 に お い て 注 目 さ れ る 点 .................................................. 51. 第 2 部 劇 音 楽 と し て の 陰 囃 子 ―1930~ 2010 年 代 の 『 仮 名 手 本 忠 臣 蔵 』 に お け る 鳴 物 ..................................................................................................... 53. 2-1. 陰 囃 子 の 音 楽 演 出 ............................................................................. 54 2-1-1. 劇 音 楽 と し て の 特 徴 : 科 白 劇 の 音 響 効 果 と い う 機 能 .................... 54 2-1-2. 現 行 伝 承 の 研 究 状 況 : 付 帳 が 示 す 演 出 構 成 .................................. 55 2-1-3. 陰 囃 子 の 種 類 と 用 法 ................................................................... 56 2-2. 『 仮 名 手 本 忠 臣 蔵 』の 音 楽 分 析:1930~ 2010 年 代 の 公 演 に お け る 演 出 の 実 際 ......................................................................................................... 58. 1.
(3) 2-2-1. 分 析 の 概 要 ................................................................................. 58 2-2-1-1. 分 析 対 象 『 仮 名 手 本 忠 臣 蔵 』 に つ い て ....................................... 58 2-2-1-2. 映 像 ・ 音 響 資 料 に 基 づ く 分 析 の 手 法 .......................................... 59 2-2-2. 大 序 「 鶴 ヶ 岡 八 幡 宮 社 頭 」 の 陰 囃 子 の 分 析 .................................. 63 2-2-2-1. 大 序 「 鶴 ヶ 岡 八 幡 宮 社 頭 」 の 音 楽 構 成 ....................................... 63 2-2-2-2. 【 天 王 立 下 リ 羽 】 の 比 較 ........................................................... 68 2-2-2-3. 【 置 鼓 】 の 比 較 ........................................................................ 74 2-2-2-4. 【 下 リ 羽 】・【 早 下 リ 羽 ( 打 上 ゲ )】 の 比 較 ................................. 76 2-2-3. 三 段 目 「 足 利 館 松 の 間 刃 傷 」 の 陰 囃 子 の 分 析 .............................. 84 2-2-3-1. 三 段 目 「 足 利 館 松 の 間 刃 傷 」 の 音 楽 構 成 ................................... 84 2-2-3-2. 【 序 ノ 舞 】 の 比 較 ..................................................................... 87 2-2-3-3. 【 早 舞 】 の 比 較 ........................................................................ 93 2-2-4. 五 段 目 「 山 崎 街 道 二 つ 玉 」 の 陰 囃 子 の 分 析 .................................. 99 2-2-4-1. 五 段 目 「 山 崎 街 道 二 つ 玉 」 の 音 楽 構 成 ....................................... 99 2-2-4-2. 【 早 笛 】 の 比 較 ...................................................................... 102 2-2-5. 小 括 ......................................................................................... 106. 2-3. 近 現 代 に お け る 傾 向 の 変 遷 : 演 奏 者 の 見 解 を ふ ま え て ..................... 107 2-3-1. 伝 承 者 へ の 聞 き 取 り ................................................................. 107 2-3-1-1. 調 査 の 概 要 ............................................................................. 107 2-3-1-2. 聞 き 取 り の 結 果 ① 質 問 に 対 し て ........................................... 108 2-3-1-3. 聞 き 取 り の 結 果 ② そ の 他 ........................................................ 111 2-3-2. 陰 囃 子 に お け る 能 楽 手 法 の 特 徴 と 変 遷 ...................................... 112 2-3-2-1. 近 現 代 に お け る 陰 囃 子 の 多 様 性 ................................................ 113 2-3-2-2. 戦 前 / 戦 後 を 経 た 変 遷 の 要 因 と 演 奏 者 の 懸 念 ........................... 113. 第 3 部 舞 踊 音 楽 と し て の 出 囃 子 ―長 唄 曲 に お け る 三 味 線 と 鳴 物 ............. 116. 3-1. 出 囃 子 の 音 楽 演 出 ........................................................................... 118 3-1-1. 舞 踊 音 楽 と し て の 特 徴 : 舞 踊 の 「 地 」 を 成 す 長 唄 曲 の 存 在 ........ 118 3-1-2. 近 現 代 に お け る 能 楽 囃 子 と の 結 び つ き : 能 の 手 配 リ の 影 響 ........ 119 3-1-3. 出 囃 子 の 種 類 と 用 法 ................................................................. 120 3-2. 音 源 か ら 推 測 さ れ る 近 現 代 の 変 遷 : 1900~ 1950 年 代 の 【 狂 ヒ 】 よ り ............................................................................................................. 122 3-2-1. 分 析 の 概 要 ............................................................................... 122 3-2-1-1. 【 狂 ヒ 】 に つ い て ................................................................... 122 3-2-1-2. 分 析 対 象 に つ い て ................................................................... 124 3-2-2. 録 音 11 種 に お け る 【 狂 ヒ 】 の 分 析 ........................................... 126 3-2-2-1. ガ イ ス バ ー グ 録 音 の 分 析 結 果 .................................................. 127 3-2-2-2. 戦 前 期 の S P 録 音 の 分 析 結 果 .................................................. 129. 2.
(4) 3-2-2-3. 戦 中 ・ 戦 後 の S P 録 音 の 分 析 結 果 ........................................... 131 3-2-3.音 源 分 析 に 基 づ く 近 現 代 の 変 遷 の 考 察 ........................................ 133. 3-3. 現 行 伝 承 の 長 唄 の 楽 曲 分 析 : 三 味 線 の 旋 律 に 対 す る 作 調 の 比 較 考 察 . 135 3-3-1. 分 析 の 概 要 ............................................................................... 136 3-3-1-1. 分 析 対 象 曲 に つ い て ............................................................... 136 3-2-1-2. 鳴 物 附 ・ 長 唄 譜 ・ 音 響 資 料 に 基 づ く 分 析 の 手 法 ....................... 138 3-3-2. 長 唄 複 数 曲 に お け る 鳴 物 手 法 .................................................... 140 3-3-2-1. 【 序 ノ 舞 】 の 分 析 結 果 ............................................................ 140 3-3-2-2. 【 下 リ 端 】 の 分 析 結 果 ............................................................ 144 3-3-2-3. 【 出 端 】 の 分 析 結 果 ............................................................... 147 3-3-2-4. 【 羯 鼓 】 の 分 析 結 果 ............................................................... 152 3-3-2-5. 【 早 笛 】 の 分 析 結 果 ............................................................... 156 3-3-2-6. 【( 神 舞 ) 二 段 目 ・ 三 段 目 】 の 分 析 結 果 ................................... 159 3-3-2-7. 【 舞 働 】 の 分 析 結 果 ............................................................... 163 3-3-2-8. 小 括 ....................................................................................... 166 3-3-3. 長 唄 1 曲 に お け る 鳴 物 手 法 : 《 賤 機 帯 》 を 例 に ......................... 168 3-3-3-1. 分 析 対 象 曲 に つ い て ............................................................... 169 3-3-3-2. 《 賤 機 帯 》 に お け る 鳴 物 の 展 開 : 三 味 線 拍 の 分 割 に 着 目 し て ... 170 3-3-3-3. 小 括 ....................................................................................... 174 3-4. 手 配 リ ・ 演 出 の 特 徴 の 考 察 : 用 途 の 類 型 化 を め ぐ っ て ..................... 175. 3-4-1. 出 囃 子 に お け る 能 楽 手 法 の 特 徴 ................................................ 175 3-4-2. 長 唄 曲 と の 「 弱 い 結 び つ き 」 か ら 推 測 さ れ る 鳴 物 の 定 着 時 期 の 違 い .......................................................................................................... 176. 結 論 .......................................................................................................... 179. 謝 辞 .......................................................................................................... 185 参 考 文 献 ................................................................................................... 186 図 表 索 引 ................................................................................................... 193. 3.
(5) 序論. 0-1. 研 究 の 目 的 本研究は、近現代の歌舞伎鳴物において音楽構成が大きく変遷したとされる能楽 手法(能楽囃子に由来する演奏手法)について、従来別個に扱われてきた出囃子・ 陰囃子双方にわたる分析を行うことで、多様性に富んだその伝承実態を明らかにす るものである。なお、広義では歌舞伎における三味線以外の楽器全般とその演奏を 指す「鳴物」のうち、本論文はとくに能楽囃子に由来し四拍子(しびょうし)と称 される大鼓・小鼓・太鼓・笛を検討対象とする。また時代区分には諸説があるが、 こ こ で は 江 戸 時 代 ま で の「 近 世 」に 対 し 、明 治 維 新( 1868 年 )か ら 現 在 に い た る ま でを「近現代」として扱う。. 0-2. 問 題 の 所 在 : 聴 覚 面 の 研 究 の 遅 れ と 「 芸 の 質 の 相 違 」 大 鼓 ・ 小 鼓 ・ 太 鼓 ・ 笛 の 鳴 物 は 、 踊 り 歌 と と も に 慶 長 8(1603)年 の 「 か ぶ き お ど り」を伴奏した、歌舞伎音楽の嚆矢とされる。のちに三味線、さらには寺院楽器な ど多種多様な打ちものも歌舞伎音楽に用いられはじめると、先行する能楽囃子と同 じこの楽器編成は、それらとの併奏による歌舞伎独自の演出効果も発揮するように な る 。素 朴 な 踊 り に は じ ま り 演 劇 的 な 側 面 を 強 め て い っ た 400 年 に わ た る 歌 舞 伎 の 歴史とともに、歌舞伎鳴物は変容を重ねてきた。そしてどの時代の歌舞伎において も必要不可欠な要素として、演出に深く関係してきた。今日の舞台でも、出囃子と して唄・三味線とともに舞踊を伴奏したり、陰囃子として黒御簾から場面の雰囲気 をあらわしたりと、歌舞伎鳴物はさまざまな役割を担っている。 現在も盛んに興行される歌舞伎の音楽について以上のような文言を目にすると、 それではいま演奏されているものは一体いつどのように「変容」したもので、具体 的にはどのような音から成り、その背後にはどのような仕組みがあるのか、といっ たさまざまな問いが浮かんでくる。しかしながら、このような説明にほぼ必ずと言 っていいほど続くのは、 「 音 楽 実 態 の 変 遷 に つ い て は 不 明 」と い う 旨 の 但 し 書 き で あ. 4.
(6) る。 横道萬里雄氏も指摘するように、実際の奏演内容をあつかう歌舞伎研究のうち、 「眼で見て分かる材料を用いる研究」に比べて「聴覚面の研究」は非常に遅れてい る 1) 。 そ の 主 た る 原 因 の ひ と つ が 、「 絶 対 的 な 欠 如 」 や 「 障 壁 」 2) と ま で 形 容 さ れ る 資料的制約であることは言うまでもない。しかしながら、検討する手立てを全て封 じられているわけでもない。それにも関わらず聴覚面/音楽面の実態がじゅうぶん に 検 討 さ れ ず 、 と も す れ ば 「 400 年 の 伝 統 」 と い う 言 葉 が ひ と り 歩 き し が ち な 状 況 に、筆者は長く疑問を抱いてきた。演奏手法の変遷があったことをほのめかす史的 記述に対して、その実態は具体的にはどのようなものだったのかと引っ掛かりを覚 えることも多くあった。 そ の ひ と つ が 、能 楽 囃 子 に 由 来 す る 技 法( 以 下 、「 能 楽 手 法 」 3) と 称 す る )に つ い ての次のような記述である。. ( ※ 筆 者 注 : 昭 和 27 年 2 月 新 橋 演 舞 場 『 船 弁 慶 』 に お け る 初 世 凉 月 の 太 鼓 と金春流太鼓を稽古した「熟達した職分」による太鼓を比較して)…両者の 太 鼓 は 皮 の 張 り 方 が 違 う の か と 考 え ら れ る ほ ど 、 異 質 の も の で あ っ た 。( 中 略)江戸時代を通じて独自の手法と性格を作り上げた歌舞伎囃子が、明治の 松羽目物などの盛行に伴い再び能楽に近づいている。ことに戦後は「町方の 芸人」に稽古をしてはいけないという能楽界の陋習が破れたところから、多 くの歌舞伎囃子方が公然と能楽囃子の稽古をしている。その結果が、もちろ ん 個 人 の 芸 力 の 差 に も よ る の で あ ろ う が 、「 船 弁 慶 」 の 幕 外 の 太 鼓 と 出 囃 子 の 太 鼓 と の 違 い の よ う な 、い わ ば 芸 の 質 の 相 違 を 生 ん で い る よ う に 思 え る 4) 。. これは小林責氏が囃子方の談話をもとにまとめた「明治以後における歌舞伎囃子へ の能楽囃子の導入について」の導入部である。その表題のとおり、明治以後、つま り本論文の扱う近現代は、歌舞伎鳴物において音楽構成(手配リ)のレベルでの能 楽囃子導入が進んだ時期とされる。江戸時代にも、能楽囃子方や武家の子息の芝居 横 道 萬 里 雄 「 楽 劇 の 囃 子 ― 能 か ら 歌 舞 伎 へ ― 」、『 楽 劇 学 』 第 3 号 、 1996 年 、 1 頁 。 景 山 正 隆 『 歌 舞 伎 音 楽 の 研 究 : 国 文 学 の 視 点 』、 東 京 : 新 典 社 、 1992 年 、 247 頁 。 3) 望 月 太 意 之 助『 歌 舞 伎 下 座 音 楽 』 ( 演 劇 出 版 社 、1975)や 十 一 世 田 中 伝 左 衛 門 編『 鳴 物 教 則 本( 一 )』 (国 立 劇 場 、 1970) に 基 づ く 呼 称 。 町 田 博 三 『 長 唄 稽 古 手 引 草 : 唄 の う た ひ 方 ・ 三 絃 の 弾 き 方 ・ 鳴 物 の 打 ち 方 』( 邦 楽 研 究 会 、 1923) や 浅 川 玉 兎 『 楽 理 と 実 技 長 唄 の 基 礎 研 究 』( 日 本 音 楽 社 ・ 邦 楽 社 、 1955) は 「本行式手法」とする。 4) 小 林 責 「 明 治 以 後 に お け る 歌 舞 伎 囃 子 へ の 能 楽 囃 子 の 導 入 に つ い て 」 、 『 東 洋 音 楽 研 究 』 第 21 号 、1967 年 、 26 頁 。 以 下 、 引 用 文 に お け る 下 線 は す べ て 執 筆 者 が 加 え た も の で あ る 。 1) 2). 5.
(7) 出勤、双方のパトロンであった豪商や大名を介した交流などの逸話があり、能と歌 舞 伎 と が 全 く 隔 絶 し て い た と い う わ け で は な い 5) 。 し か し 、 能 楽 界 に 危 機 的 状 況 を もたらした明治維新は、身分差という前提が崩れた能との距離感にさまざま影響を 及ぼしたという意味で、歌舞伎鳴物側にも大きな転機となった。維新直後には、能 から歌舞伎への転業者らによる直接的な演奏手法流入の機会があり、大正末期から は引用文中にもあるような「歌舞伎関係者に教えてはならない」という能楽界の意 に外れ、転業を余儀なくされていた元能楽囃子方らの仲立ちによって歌舞伎鳴物方 が能楽囃子の稽古に取り組みはじめる。こうした近現代の動きを経て、歌舞伎鳴物 における能楽手法は能楽囃子の手配リをより詳細に反映し、 「 芸 の 質 の 相 違 」の 一 因 と目されるような変化をともなって今日の演奏実態に至ったのである。 ただし、このような言及が研究者・演奏者双方から複数あるにもかかわらず、能 楽手法の手配リがどの時期にどのような音の変化を遂げてきたのか、それらを経た 歌舞伎としての音楽的特徴はどのような点に見出せるのか、詳細は明らかにされて いない。指摘を行った世代の研究者・演奏者は、様式変遷の前後をかろうじて見聞 きできたということもあってか、やや感覚的な回顧にとどまりがちである。筆者の ような世代の研究者からすれば、これでは近現代において「再び能楽に近づいてい る」という事象がどのように「芸の質の相違」を生むに至ったのか、実態を想像し がたい。また演奏者の側でも世代交代が進みつつある以上、この先も年月を経るご とに、 「 い ま 演 奏 さ れ て い る も の 」の 歴 史 的 位 置 づ け は ま す ま す 宙 に 浮 い て い っ て し まう恐れがある。 景 山 正 隆 氏 は 、資 料 的 制 約 の 大 き い 歌 舞 伎 の 音 楽 実 態 を 解 明 す る た め に は 、 「史的 研究」と「現行伝承の把握」を行い、両者に接点を見出していくことが必要だと指 摘 す る 6) 。 景 山 氏 を は じ め 、 従 来 の 歌 舞 伎 音 楽 研 究 で は 、 主 に 前 者 の ア プ ロ ー チ が 成果を収めてきた。その一方で後者、音楽面の「現行伝承」は、横道氏が述べると こ ろ の「 眼 で 見 て 分 か る 材 料 」、つ ま り 付 帳 な ど に 記 録 さ れ る 手 法 名( 曲 名 )を 超 え 小 林 責 氏 は 江 戸 時 代 に 関 し て 、 別 稿 で 幾 つ か の 逸 話 を 挙 げ 、「 江 戸 時 代 は 、 能 楽 と 歌 舞 伎 ( 長 唄 ) と が 接近しうる意外に風通しのよい通路があったような気がする」と述べている。小林責「能楽と長唄の歴史 的 お よ び 音 楽 的 関 係 」、『 日 本 古 典 音 楽 大 系 第 4 巻 長 唄 』、 講 談 社 、 1981 年 、 60 頁 。 6) 景 山 正 隆 『 歌 舞 伎 音 楽 の 研 究 : 国 文 学 の 視 点 』、 15 頁 。 5). 6.
(8) たレベルでは、出囃子・陰囃子ともじゅうぶんに検討されていない。そのために、 史的研究の成果との接点も見出しにくいのが現状と言えるのではないだろうか。殊 に 近 現 代 に お け る 変 化 は 、資 料 上 の 記 載 か ら は 捉 え が た い 演 奏 そ の も の の 音 楽 構 成 、 すなわち聴覚面のレベルで進んできたはずである。 本論文はこのような状況をふまえ、曲名のみならず音楽構成に目を向けた検討か ら、歌舞伎鳴物の伝承と史的変遷に迫ることを試みるものである。とくに比較的近 年まで具体的な手配リの変化があったことを窺わせる能楽手法について、出囃子・ 陰囃子双方にわたる分析を行い、 「 現 行 伝 承 」と 称 さ れ る 今 日 の 実 態 は 歌 舞 伎 の 音 楽 演出に応じていかに組み上げられているのか、またその特徴は近現代においてどの ように形成されてきたのかを考察する。これにより、歌舞伎の鳴物が今日持つ音楽 性を体系的に問い直し、全体像の解明につなげることを目指す。. 0-3. 研 究 対 象 ここで、歌舞伎に用いられるさまざまな音楽のうちに、鳴物の能楽手法が占める 位置を確認しておく。 歌舞伎音楽は、 ・演目そのものよりも興行全体に関わる儀礼的な機能(儀礼音楽) ・セリフ中心の演劇的な演目において、情景・人物像・心理や動作などを 演出する機能(劇音楽) ・舞踊を見せることを旨とする演目において、舞踊の伴奏をつとめる機能 (舞踊音楽) という三つの役割を担っている。とくに一つの演目(場面)全体を占めるかたちで 広く活用されている音楽は、歌舞伎囃子と歌舞伎浄瑠璃の大きく二つに分けられ、 次 の よ う に 分 類 さ れ る ( 図 1)。. 7.
(9) [図 1] 主 要 な 歌 舞 伎 音 楽 の 分 類 7). 歌舞伎囃子. 種目. 機能. 陰囃子(黒御簾音楽/下座音楽). 儀礼音楽. 出囃子(長唄). 歌舞伎音楽. 竹本(義太夫節). 劇音楽. 常 磐 津 節・清 元 節( 豊 後 系 浄 瑠 璃 ). 舞踊音楽. 歌舞伎浄瑠璃. 歌舞伎浄瑠璃がそれぞれの種目を専門とする太夫・三味線方に担われるのに対し、 歌 舞 伎 囃 子 は 、唄・三 味 線・鳴 物 の 三 部 門 か ら 成 る 。本 論 文 が 検 討 対 象 と す る 大 鼓 ・ 小鼓・太鼓・笛(能管および篠笛)は、舞台上で長唄曲を演奏する「出囃子」の鳴 物 の 編 成 で あ る と 同 時 に 、舞 台 下 手 の 黒 御 簾 か ら 演 奏 さ れ る「 陰 囃 子 」に お い て も 、 大太鼓など多種多様な楽器とともに用いられる。 歌舞伎鳴物はその時々によって一音一音自由に作曲されるのではなく、打ちもの の リ ズ ム・笛 の 旋 律 と も に 定 型 的 な パ タ ー ン( 手 、手 組 )を 前 提 と し て 構 成 さ れ る 。 定型パターンには様々な由来・長さのものがあり、原則的には同種のものが配列さ れ て( 手 配 リ;手 組 の 配 列 )、演 奏 手 法 と し て 曲 名 を 持 っ た ま と ま り を 成 す 。さ ら に 歌舞伎において科白劇の場面全体や、舞踊曲全体を演出するためには、複数の鳴物 曲が組み合わせられる。つまり歌舞伎鳴物には、日本の他の芸能と同じく単位を積 み 重 ね て い く 階 層 的 構 造 を 見 い だ す こ と が で き る 8) 。 な か で も 能 楽 手 法 の 手 は 、 8 拍 を 1 周 期 と す る 能 楽 囃 子 の 八 拍 子( や つ び ょ う し )の 枠 組 み に 基 づ い て 構 成 さ れ ているので、歌舞伎手法にくらべて各々の手のまとまりが明確である。 以 上 に 述 べ た 枠 組 み を ( 図 2) に ま と め る 。 た だ し 歌 舞 伎 鳴 物 は 、 囃 す 対 象 と な る場面・曲のそのときどきの都合によって柔軟にくみかえられるので、実態は必ず しも図のような整然とした成り立ちにはなっていない。. 7) 8). 横 道 萬 里 雄 氏 の 分 類 を 基 に し た 、 配 川 [2016:46]の 図 3 に よ る 。 書 字 方 向 は 筆 者 が 横 組 み に 変 え て い る 。 こ の よ う な 階 層 構 造( 小 段 構 造 )を 能 に つ い て 体 系 的 に 示 し た の が 、横 道 萬 里 雄 氏 で あ る 。 「 積 層 性 」は 種 目 を 越 え て 日 本 の 芸 能 に 備 わ る 共 通 の 特 徴 と さ れ 、横 道 モ デ ル は さ ま ざ ま な 種 目 の 様 式 研 究 に お い て 、 基本的な尺度として幅広く応用されている。. 8.
(10) [図 2] 歌 舞 伎 鳴 物 に 見 出 さ れ る 階 層 的 構 造. 囃 す 対 象 : 演 目 ( 場 面 )・ 舞 踊 曲. (歌舞伎鳴物による音楽演出). ↗. ↑. ↖. 鳴物曲 A. 鳴物曲 B. 鳴物曲 C. (手配リ). (手配リ). (手配リ). ↗. ↑. ↖. 手組 a1 ↗↑ ↖. 手組 a2 ↗↑ ↖. 音 音 音…. 音 音 音 …. ↗ …. ↑. ↖. 手組 b1 ↗↑ ↖. 手組 b2 ↗↑ ↖. 音 音 音…. 音 音 音…. ↗ …. ↑. 手組 c1 ↗↑ ↖. 手組 c2 ↗↑ ↖. 音 音 音…. 音 音 音…. …. ↖ …. 能楽手法は、出囃子・陰囃子の双方で使われている。先に言及した「芸の質の相 違」に関わることは従来、舞踊音楽としての出囃子を例に語られており、陰囃子へ の言及はとりたてて見られない。現行上演ではかなり能楽囃子に近い演奏内容もふ く む 出 囃 子 の 能 楽 手 法 に 対 し 、陰 囃 子 の 場 合 は 楽 器 編 成・内 容 な ど を 変 え て よ り「 歌 舞 伎 化 」 す る 傾 向 に あ る と 説 明 さ れ て き た こ と も 、 こ れ に は 一 因 し て い よ う 9) 。 し かしながら、基本的には同じ演奏者集団に担われている以上、出囃子において進ん だ変化に陰囃子がまったく影響されなかったとは考えがたい。なかでも、劇音楽と しての陰囃子における能楽手法の使い方は、時代物の演目と結びついて定型化して い る も の も 多 く 、舞 踊 音 楽 と し て の 陰 囃 子 に く ら べ れ ば 資 料 状 況 に も 恵 ま れ て い る 。 これらをふまえ、出囃子・陰囃子双方にわたる聴覚面の検討の出発点として、本論 文 で は ま ず「 舞 踊 音 楽 と し て の 出 囃 子 」と「 劇 音 楽 と し て の 陰 囃 子 」 と い う 2 つ の 領域を対象に分析を行うこととする。. 9). 十 一 世 田 中 伝 左 衛 門 「 能 の 囃 子 と 歌 舞 伎 の 囃 子 」( ビ ク タ ー レ コ ー ド 『 能 楽 囃 子 大 系 ・ 解 説 』 1973 年 ) に お け る 「 手 法 的 に も 歌 舞 伎 化 し て い る こ と が 多 い 」 と い っ た 記 述 な ど が 挙 げ ら れ る 。 景 山 [1992:83]は 同 様 の 主 旨 の こ と を 、「 歌 舞 伎 の 演 技 ・ 演 出 に 適 合 す る よ う に ア レ ン ジ さ れ て い る 」 と 述 べ て い る 。. 9.
(11) 0-4. 先 行 研 究 の 到 達 点 と 課 題 (1)音楽実態の解明にむけて 階層的構造の性質をもつ歌舞伎鳴物(ないし日本の芸能諸種目)については、ひ とくちに「音楽実態の解明」といっても、さまざまなレベルの検討が想定される。 次 掲 の ( 図 3) は 、 個 々 の 音 響 か ら 歌 舞 伎 作 品 に 用 い ら れ る ま で の 研 究 領 域 を 、 ① ~④としてまとめたものである。このようにレベル分けした枠組みから研究状況を ご く 大 ま か に 整 理 し 10) 、 本 論 文 の 担 う 位 置 を 確 認 し て お き た い 。. [図 3] 歌 舞 伎 鳴 物 に 見 出 さ れ る 階 層 的 構 造 と 「 音 楽 実 態 」 の 研 究 領 域. 囃 す 対 象 : 演 目 ( 場 面 )・ 舞 踊 曲. (歌舞伎鳴物による音楽演出) ↑. ↗ 鳴物曲 A. 鳴物曲 B. (手配リ) ↗ ↑ ↖ 手組 a1 ↗↑ ↖. 手組 a2 ↗↑ ↖. 音 音 音…. 音 音 音…. 鳴物曲 C. (手配リ) ↗ ↑ ↖ …. 手組 b1 ↗↑ ↖. 手組 b2 ↗↑ ↖. 音 音 音…. 音 音 音…. ④用いられるのはどの鳴物曲か. ↖ …. (手配リ) ↗ ↑ ↖ …. 手組 c1 ↗↑ ↖. 手組 c2 ↗↑ ↖. 音 音 音…. 音 音 音…. ③鳴物曲はどのような手配リか. ②どのような音の配列の手組か …. ①個々の音はどのような関係か. 出囃子の場合は、おもに個別の長唄曲を検討する試みのなかで、鳴物の「現行伝 承」に目が向けられてきた。舞踊曲全体の展開を把握するもの(④)としては、蒲 生郷昭氏が唄・三味線・鳴物の音楽様式や構造原理にもとづいて曲を区分し、各パ ー ト の 演 奏 内 容 を 一 覧 の か た ち で 示 し て い る 11 ) 。 ま た 新 海 [2001; 2006] 12 ) や 石 井 10). こ の よ う な 研 究 領 域 の 整 理 は 藤 田 [2010]に よ る と こ ろ が 大 き い 。藤 田 隆 則 氏 は 、階 層 的 構 造 の レ ベ ル を 図 示 し た う え で 、 対 応 す る 研 究 領 域 を 次 の よ う に ま と め て い る ( 藤 田 [2010:13-14]、 な お 図 は 結 章 二 節 [2010:221]に て 改 訂 さ れ た も の )。. 一瞬の音響 ― 音の流れ ― 音の流れ ― 音の流れ プロセスの側面(肉)=ノリ 主役 一音 ― 一句(ひとくさり) ― 小段(曲節) ― 段 構造の側面(骨組み)=地拍子 脇役 第一レベル 第ニレベル 第三レベル 第四レベル. 11). 研究領域 1、まぎれもなくインパクトをもつ一瞬の音響の存在を原点として忘れないようにすること。 研究領域 2、一瞬一瞬の音響が組織されて一句を構成する様子を見ること。 研究領域 3、一句一句がまとまって流れをつくり、小段を構成していく様子を観察し、構成原理を見出すこと。 研究領域 4、小段が段を構成する原理を見ること(「横道の小段理論」がこれにあたる)。 蒲 生 郷 昭 『 日 本 古 典 音 楽 探 究 』、 東 京 : 出 版 芸 術 社 、 2000 年 。. 10.
(12) [2010] 13) な ど に お け る 能 と の 音 源 比 較 は 、 由 来 と し て の 能 楽 囃 子 の 存 在 を 意 識 し つ つ、個々の音(①)に着目した分析と言える。なかでも宮丸直子氏の修士論文は、 長唄曲ではなく打ちものの手法を主体とし、手配リのレベル(③)を比較検討して い る 点 で 特 筆 さ れ る 14) 。 同 論 文 で は 能 楽 手 法 ( 能 地 ) が 長 唄 曲 の 寸 法 ・ 雰 囲 気 に よ って手組構成や楽器編成を変えうることが具体的に指摘されており、本研究が出囃 子のバリエーションを捉えるにあたって得るところが大きい。ただし能楽手法をあ つかう各論では、由来となった能楽囃子事に言及はされているものの、同じく手配 リ の レ ベ ル で 能 と 比 べ た り 、手 配 リ を 左 右 し て い る 長 唄 の 旋 律 パ ー ト( 唄・三 味 線 ) と 対 照 し た り す る 例 は 限 ら れ て い る 。い っ ぽ う 、 「 現 行 伝 承 」以 前 に つ い て 検 証 し た 例 は 、 文 政 期 頃 成 立 と 推 定 さ れ て い る 『 東 博 本 鳴 物 手 付 』 を 検 討 し た 横 道 [1978]に 限 ら れ る 15) 。 陰 囃 子 に つ い て は 、鳴 物 の 名 称 と 演 奏 の 開 始・終 了 位 置 を 示 す「 付 帳 」を 用 い て 、 ④の曲名レベルでの検討がまず進められてきた。これにより作品(または作品ジャ ンル)ごとの鳴物の傾向や異同、歴史的変遷などが明らかにされてきたが、同じ曲 名のうちに見いだされる③以下の音楽構成の差異には、なかなか光が当たりにくか った。例えば、歌舞伎の舞台状況と陰囃子の進行を対照させて付帳を研究用に再構 成 す る 試 み で は 、約 半 世 紀 の 幅 を も っ た 公 演 資 料 が「 現 行 A」 「 現 行 B」と い っ た 名 称 を 付 さ れ 、 現 行 伝 承 と し て 扱 わ れ て い る ( 具 体 的 に は 、 10 演 目 の 実 演 41 例 の う ち 約 半 数 の 20 例 が 1950 年 代 ~ 1980 年 代 の 公 演 、21 例 が 1990 年 代 ~ 2000 年 代 の 公 演 で あ る ) 16) 。 囃 子 の 曲 名 ・ 対 応 す る 件 ( ク ダ リ ) と い う 付 帳 の 記 載 と し て は 、 たしかにいずれも「現代の標準的な形に近いと考えられる上演」と捉えて差し支え. 新 海 立 子 (1)「 囃 子 方 の 打 音 間 伸 縮 操 作 に 見 ら れ る 歌 舞 伎 と 能 の 劇 的 表 現 の 違 い 」、『 音 楽 学 』 第 47 巻 3 号 、 2001 年 、 223~ 226 頁 。 (2)「 研 究 と 報 告 歌 舞 伎 囃 子 の 能 管 に よ る ア シ ラ イ の 音 楽 的 特 徴 ― 共 通 す る 題 材 の 能 に お け る 演 奏 実 態 と 比 較 し て 」、『 音 楽 学 』 第 51 巻 2 号 、 2006 年 、 140~ 143 頁 。 13) 石 井 千 鶴 「 囃 子 の 視 点 に よ る 《 京 鹿 子 娘 道 成 寺 》 の 楽 曲 研 究 」 東 京 藝 術 大 学 邦 楽 科 博 士 論 文 (博 音 第 183 号 )、 2010 年 。 14) 宮 丸 直 子 「 長 唄 鳴 物 の 手 法 」 、 東 京 藝 術 大 学 大 学 院 音 楽 研 究 科 修 士 論 文 、 1983 年 。 15) 横 道 萬 里 雄 「 長 唄 鳴 物 の 古 型 」 、 『 芸 能 の 科 学 』第 9 号 、1978 年 、85~ 151 頁(『 能 劇 の 研 究 』に 再 録 )。 16) 横 道 萬 里 雄・石 橋 健 一 郎「 資 料 紹 介 陰 囃 子 付 帳 再 構 成 私 案 」 (『 楽 劇 学 』第 6 号 、18~ 51 頁 、1999 年 ) ほ か 。記 載 案 の 概 説 を 含 め て 11 の 論 考 で 、 『寿曽我対面』 『矢の根』 『暫』 『助六』 『鳴神』 『時今桔梗旗揚』 『 東 海 道 四 谷 怪 談 』『 三 人 吉 三 巴 白 波 』『 梅 雨 小 袖 昔 八 丈 』『 仮 名 手 本 忠 臣 蔵 』 の 十 演 目 を 扱 う 。 12). 11.
(13) な い が 17) 、 0-2 で 述 べ た 通 り 、 近 現 代 に は そ こ に 表 れ な い 聴 覚 面 の 変 化 が 積 み 重 ね られてきたことが予想される。. ( 2 )「 近 現 代 」 を 音 楽 的 に 検 証 す る 試 み と し て このような研究状況に対し本論文は、③手配リや①音の関係のレベルで出囃子・ 陰囃子の能楽手法を検討することで、近現代の音楽演出の解明に寄与する。 ③について、 「 現 行 伝 承 」に 用 い ら れ る 手 組 や 大 ま か な 手 配 リ は 、出 囃 子・陰 囃 子 と も 能 楽 囃 子 の 諸 流 派 の 実 態 を お お む ね 反 映 し て い る 18) 。 た だ し 一 定 関 係 が 形 成 さ れたのは大正末期以降のことであり、今日も演奏者によって能楽手法に対する考え 方 に は さ ま ざ ま な 立 場 が あ る 。 150 年 と い う 長 い ス パ ン の 歴 史 的 背 景 や 、 能 楽 手 法 観の多様性についても再考の余地がある。 ①については、大鼓・小鼓・太鼓・笛の相互関係のみならず、囃す対象である旋 律や劇進行との関係も注視する必要があるだろう。鳴物単体として特徴を検討する 場合、能に由来する手と歌舞伎で考案された手は性質が異なるものとして区別され るが、別にできあがった囃す対象に「後から当てはめられる」という点では、能楽 手 法 の 実 態 も 歌 舞 伎 の 約 束 事 に 大 き く 左 右 さ れ て い る 。出 囃 子 の 唄・三 味 線 の 旋 律 、 陰囃子の役者の動き・科白と鳴物との対応を明らかにすることは、舞踊音楽/劇音 楽という機能がもたらす音楽的制約や自由度を受けた相違点を明らかにし、音楽性 をより立体的に把握することに繋がる。この意味で、別個の研究対象とみなされて きた出囃子/陰囃子の双方に範囲を広げることが考察に資すると考える。 出 囃 子 に つ い て は 、『 東 博 本 』 の よ う な 資 料 で も 出 て こ な い 限 り 「 書 か れ た も の 」 からの歴史的考察はむずかしく、また長唄曲のレパートリーの多彩さも一因して、 歴史的な比較検討を行えるほど特定の演目の音源・映像資料は蓄積されていない。 必然的に、 「 現 行 伝 承 」の 把 握 を 重 点 的 に 行 い 、歴 史 的 な 考 察 を 進 め る 手 掛 か り を 探 していくことになる。. 17) 18). 横 道 ・ 石 橋 前 掲 論 文 、 19 頁 。 歌 舞 伎 鳴 物 の 望 月 流 は 小 鼓 幸 流 ・ 大 鼓 葛 野 流 ・ 太 鼓 観 世 流 、田 中 流 は 小 鼓 大 倉 流 ・ 大 鼓 葛 野 流 ・ 太 鼓 金 春流に結びついている。. 12.
(14) 陰囃子については、横道氏が「能楽囃子〔下リ端〕が、歌舞伎鳴物の能楽手法に お い て 名 を 同 じ く す る【 下 リ 端( 下 リ 羽 )】で は な く【 天 王 立 】の 幕 明 と し て 用 い ら れ て い る 」、「 拍 節 感 の な い 能 楽 囃 子 〔 早 鼓 〕 と は 異 な り 、 歌 舞 伎 鳴 物 の 【 早 鼓 】 は 一 定 に 刻 ま れ る 」 と い っ た 、 数 々 の 特 徴 を 見 い だ し て い る 19) 。 こ れ ら の 言 及 か ら 、 能楽囃子諸流との手配リの結びつきをより密接なものとした近現代も、歌舞伎鳴物 は能楽手法を単なる能楽囃子の引用とせず、歌舞伎ならではの独自性をもって用い ていることが明らかになっている。ただし、全く異なる演奏を耳にした経験にふれ て横道氏が提起した「これは新しく生じた伝統なのか」という問いに応え得るよう な時間的・量的に範囲を広げた比較検討は、未だなされていない。こちらに関して は、上演頻度の高い演目を手掛かりとすれば、出囃子よりも歴史的な変遷は追いや すいものと思われる。. 0-5. 研 究 手 法 本論文は、以下 3 種の資料の収集・閲覧・分析に基づく。. (Ⅰ)近現代の歌舞伎鳴物にかかわる文献資料 鳴 物 方 の 著 作 、 唄 ・ 三 味 線 方 の 回 顧 録 、 当 時 刊 行 さ れ た 『 三 味 線 楽 』、『 歌 舞 伎 研 究 』、 『 長 唄 協 會 々 報 』、 『 演 芸 画 報 』、月 刊 雑 誌『 長 唄 』を は じ め と す る 雑 誌 や 人 物 名 鑑 の 記 述 な ど を 収 集 し た 。個 々 の 記 述 か ら 近 現 代 の 状 況・風 潮 を 把 握 す る と と も に 、 それらを総合して音楽分析の手掛かりを得た。. (Ⅱ)映像・音源資料 主 に 陰 囃 子 の 検 討 に 際 し て 、国 立 劇 場 試 聴 室 、国 立 文 化 財 機 構 東 京 文 化 財 研 究 所 、 国立国会図書館デジタルライブラリー、東京藝術大学音楽研究センター等、諸機関 の資料を視聴した。. 19). 横道萬里雄. 「 楽 劇 の 囃 子 ― 能 か ら 歌 舞 伎 へ ― 」(『 楽 劇 学 』 第 3 号 、 1996 年 、 1~ 20 頁 ) ほ か 。. 13.
(15) (Ⅲ)附・長唄譜本 出囃子に関して、演奏者の協力を得て附(囃子の覚え書き)を閲覧し、小十郎譜 など長唄の譜本との比較対照を行った。. 0-6. 各 部 の 概 要 本 論 は 3 部 構 成 を と る 。研 究 過 程 で 発 表 し た も の の 改 稿 を 含 む た め 、初 出 に つ い ても併せて示す。初出が言及されていない部分は新稿である。 第 1 部 「「 近 現 代 に お け る 能 楽 手 法 」 再 考 」 は 、 音 楽 分 析 の 基 礎 と な る 、 い わ ば “ 歴 史 篇 ” で あ る 。 う ち 1-1 と 1-2 は 修 士 論 文 第 2 章 「 能 楽 手 法 と 囃 子 方 」 以 来 の 言 説 分 析 の 成 果 で あ り 、「「 歌 舞 伎 囃 子 の 能 楽 手 法 」 再 考 ― 文 献 に み る 大 正 期 ・ 昭 和 初 期 の 実 態 ― 」(『 楽 劇 学 』第 23 号 、2016 年 3 月 )を も と に し て い る 。先 行 研 究 が 「 導 入 史 」と し て 明 ら か に し て き た 歴 史 的 経 緯・人 物 関 係 を 確 認 し た う え で 、芸 談 ・ 雑誌記事に見出される反発を新たな側面として提示し、近現代の歌舞伎鳴物をとり まく状況が決して一方向的な導入/受容の“流れ”ではなかったことを示す。さら に 音 楽 実 態 の 変 化 を 窺 わ せ る 記 述 を 総 合 す る こ と で 、約 150 年 間 の 推 移 に お い て 注 目される転換点を指摘する。 「 現 行 伝 承 」が い か に 形 成 さ れ た の か を 捉 え 直 し 、新 た に見出された戦前/戦後の変化を鍵とした音楽分析の部へと繋げる。 第 2 部 で は 、曲 名 以 下 の レ ベ ル で ほ ぼ 全 く 多 様 性 を 検 証 さ れ て こ な か っ た「 劇 音 楽 と し て の 陰 囃 子 」 に つ い て 、 1930~ 2010 年 代 の 『 仮 名 手 本 忠 臣 蔵 』 の 映 像 ・ 音 響 資 料 を と り あ げ て 分 析 す る 。大 序・三 段 目「 刃 傷 」・五 段 目「 二 つ 玉 」の 場 面 全 体 の 劇 進 行 を 示 し た う え 、【 天 王 立 下 リ 羽 】 13 例 、【 置 鼓 】 12 例 、【 下 リ 羽 】 2 つ の 件 リ 26 例 、【 序 ノ 舞 】4 つ の 件 リ 48 例 、【 早 舞 】3 つ の 件 リ 37 例 、【 早 笛 】13 例 の 計 149 例 の サ ン プ ル を 比 較 検 討 し て い る 。う ち 2-2-2-2 の【 天 王 立 下 リ 羽 】の 分 析 は 、 「『 仮 名 手 本 忠 臣 蔵 』に お け る 陰 囃 子 の 演 出 ― 大 序・ 【 天 王 立 下 リ 羽 】を 例 に ― 」 (『 音 楽 文 化 学 論 集 』 第 7 号 、 2017 年 3 月 ) へ 発 表 し た も の を 書 き 改 め て い る 。 複 数 の 公演において鳴物がどのような手配リで芝居を演出しているのか、多様性・流動性. 14.
(16) を示す。そこに見出された特徴については、陰囃子の実演に携わる演奏者に聞き取 り調査を行ったうえで、音楽演出の傾向の変遷を考察していく。 「舞踊音楽としての出囃子」については、曲ごとの改作状況が記録されず音源・ 映像資料にも欠ける以上、変遷過程を網羅的には特定しがたい。したがって出囃子 を 扱 う 第 3 部 で は 、 第 1 部 に 示 唆 さ れ た 変 遷 ・ 定 着 過 程 の 一 端 を 1900~ 1950 年 代 の【 狂 ヒ 】11 例 の 音 源 分 析 か ら 検 証 し た の ち 、ど の 時 点 の 作 調・改 作 に お い て も 前 提となる三味線の旋律との対応関係に焦点を当て、多岐にわたる現行長唄曲の手配 リ の 比 較 考 察 を 進 め る 。【 序 ノ 舞 】 10 例 、【 下 リ 端 】 7 例 、【 出 端 】 9 例 、【 羯 鼓 】 5 例 、【 早 笛 】 7 例 、【( 神 舞 ) 二 段 目 ・ 三 段 目 】 10 例 、【 舞 働 】 3 例 か ら 「 複 数 の 長 唄 曲において各手法がどのような共通点・相違点をもつか」を検討したうえで、さら に「長唄 1 曲における鳴物の展開」を《賤機帯》を例に示すという手順を踏む。最 後にパターン化の度合いなどから試論的に長唄曲・鳴物ごとの定着時期の違いを推 測 す る こ と を 試 み る 。 3-2 の 音 源 分 析 の 初 出 は 、 修 士 論 文 第 5 章 「 音 響 実 態 の 変 化 ― 【 狂 ヒ 】 の 録 音 分 析 か ら 」 で あ る 。 ま た 3-3 に お け る 鳴 物 手 配 リ と 三 味 線 旋 律 の 比 較 対 照 に つ い て は 、 修 士 論 文 第 4 章 2 節 や 、「 歌 舞 伎 囃 子 の 手 法 に お け る 「 階 梯 的 伸 縮 」」(『 第 十 一 回 中 日 音 楽 比 較 国 際 学 会 研 究 会 論 文 集 』、 2015 年 11 月 ) な ど か ら試み、分析の枠組みを改めてきたものである。. 15.
(17) 第1部. 「近現代における能楽手法」再考. 現在、歌舞伎鳴物の能楽手法は基本的に能楽囃子に即した形で演奏されるが、そ れは近現代に手配リの様式変遷を経た結果である。幕藩体制という枠組みを失った 明 治 以 後 の 能 楽 界 に は 、能 楽 囃 子 方 の 芝 居 へ の 転 向 、素 人 弟 子 へ の 能 楽 囃 子 の 伝 授 、 手附の刊行といった種々の動きが生じた。これらによって、いわば「典拠」である 能楽囃子そのものの手配リを歌舞伎鳴物方でも習得しやすくなり、歌舞伎側では能 楽囃子導入の風潮が強まって今日に至ったとされる。 歌舞伎鳴物の近現代はこれまで、その全体的な動向というよりも、このような能 楽囃子との結びつきに焦点を当てる形で検討されてきた。序論でも述べたように、 近 現 代 の 歴 史 的 経 緯 に つ い て の 先 行 研 究 に は 、小 林 責 氏 20) や 横 道 萬 里 雄 氏 21) に よ る ものがある。とくに前者は、演奏者の談話に基づいて具体的な人物関係を示し、演 奏者個人の試みからやがて流派全体へ至る能楽囃子導入の経緯として、近現代の状 況 を 明 ら か に し て い る 。た だ し 、 「 い か に 能 楽 囃 子 が 歌 舞 伎 鳴 物 へ 導 入 さ れ た か 」と いう点に検討の主眼が置かれているので、とりあげられるのは能楽囃子導入に積極 的・好意的だった人物に限られる。 本論文の主目的にあたる手配リレベルの様式変遷の実態を探るには、導入の試み に関わる記述のみでは充分とは言いがたい。近現代を経て歌舞伎鳴物が能楽囃子と の繋がりを濃くしたことはまぎれもない事実であるが、 「 芸 の 質 の 相 違 」に 至 る よ う な変遷には、好悪様々な反応があってしかるべきではないだろうか。能楽囃子の手 配リを反映した演奏内容がほぼ定着した今日でさえ、歌舞伎鳴物における能楽手法 や能楽囃子に対するスタンスは、演奏者ごとに様々である。 以 上 の 点 を ふ ま え 、第 1 部 で は「 歌 舞 伎 鳴 物 が ど の よ う に 能 楽 囃 子 を 受 け と っ た か」という歌舞伎側の視点にたち、能楽囃子導入に否定的な立場の言説をふくめて 芸談・雑誌記事を検討する。能楽手法が「歌舞伎鳴物として」どうあるべきと捉え 小 林 責 「 明 治 以 後 に お け る 歌 舞 伎 囃 子 へ の 能 楽 囃 子 の 導 入 に つ い て 」、 『 東 洋 音 楽 研 究 』第 21 号 、1967 年 、 25~ 38 頁 。 21) 横 道 萬 里 雄 ① 「 長 唄 鳴 物 の 古 型 」、『 芸 能 の 科 学 』 第 9 号 、 1978 年 、 85~ 151 頁 (『 能 劇 の 研 究 』 に 再 録 )。 ② 「 楽 劇 の 囃 子 ― 能 か ら 歌 舞 伎 へ ― 」、『 楽 劇 学 』 第 3 号 、 1996 年 、 1~ 20 頁 。 20). 16.
(18) られているかに注目すると、文献には背景にある能楽側の事情や、歌舞伎鳴物方の 解釈の多様性、能楽囃子導入への反発など、また違った側面が見出される。言説分 析の成果としてこれらを提示することで、 「 よ り 能 に 近 づ い た 」と 一 括 り に 捉 え ら れ がちな近現代の歌舞伎鳴物をとりまく状況を再考したい。さらに、聴覚面/音楽面 の考察をさまざまな資料的制約のなかで深めるにあたって、 「 現 行 伝 承 」と 称 さ れ る 今日の演奏実態がいかに形成されたのか、言説から具体的な転換点を見出だすこと も試みる。 な お 1-1 と 1-2 の 内 容 は 、 修 士 論 文 第 2 章 「 能 楽 手 法 と 囃 子 方 」 が 初 出 で あ り 、 そ こ へ 若 干 の 修 正 を 加 え て 研 究 ノ ー ト と し て ま と め た「「 歌 舞 伎 囃 子 の 能 楽 手 法 」再 考 ― 文 献 に み る 大 正 期 ・ 昭 和 初 期 の 実 態 ― 」(『 楽 劇 学 』第 23 号 、2016 年 3 月 )を も と に し て い る 22) 。. 1-1. 導 入 史 と し て の 近 現 代 まず、主には能楽囃子との結びつきという文脈で語られてきた近現代の歴史的背 景について簡潔にまとめることで、問題意識を明確にしておきたい。. 1-1-1. 明 治 維 新 が 能 楽 界 ・ 歌 舞 伎 界 に も た ら し た 変 化 本 論 文 に お け る 「 近 現 代 」 の 起 点 に あ た る の は 、 慶 応 3(1867)年 の 大 政 奉 還 に 続 く 1868 年 の 明 治 維 新 で あ る 。 そ の 深 刻 さ に や や 差 は あ れ ど 、 能 楽 界 ・ 歌 舞 伎 界 に おける囃子の演奏環境に、維新は種々の変化をもたらした。. 1-1-1-1. 能 楽 界. 能楽界に与えられたのは、 “ 影 響 ”で は な く“ 打 撃 ”と 形 容 さ れ る 、応 仁 の 乱 以 来 の危機である。能役者たちは、五座については維新と同時に、諸藩に所属する者も 明 治 4(1871)年 の 廃 藩 置 県 ま で に は 俸 禄 を 断 た れ 屋 敷 を 召 し 上 げ ら れ る こ と と な っ 22). 鎌 田 紗 弓 ①「 長 唄 囃 子 に お け る 能 楽 手 法 の 研 究 ― 明 治 以 後 の 演 奏 者 、レ パ ー ト リ ー 、音 響 実 態 ― 」、 東 京 芸 術 大 学 大 学 院 音 楽 研 究 科 修 士 論 文 、 2014 年 度 提 出 。 ② 「「 歌 舞 伎 囃 子 の 能 楽 手 法 」 再 考 ― 文 献 に み る 大 正 期 ・ 昭 和 初 期 の 実 態 ― 」、『 楽 劇 学 』 第 23 号 、 2016 年 3 月 、 22~ 29 頁 。. 17.
(19) た 。そ の「 食 べ る の も ま ま な ら な い 困 窮 」は 、『 能 楽 盛 衰 記 』に 掲 げ ら れ た 10 名 の 経 験 談 に 詳 し い 23) 。 能役者や囃子方の多くが廃業・転業を余儀なくされたこの苦境は、能楽界に新た な 流 れ を つ く り 、 伝 承 を 整 え る 契 機 と も な る 。 そ の ひ と つ が 、 奥 山 [2007]に 能 が 廃 絶 を 免 れ た 一 因 と 挙 げ ら れ る 、 地 方 出 身 者 の 活 躍 で あ る 24) 。 維 新 直 後 の 東 京 に お け る 演 能 の 場 は 、 旧 金 剛 太 夫 唯 一 の 飯 倉 舞 台 、 梅 若 実 の 私 設 能 25) 、 ま た 梅 若 が 明 治 5 年から「勧進能」と称して興行した日数能といった程度に限られていた。明治 14(1881)年 に な っ て よ う や く 、 岩 倉 具 視 ら の 支 援 を う け て 芝 能 楽 堂 が 建 設 さ れ 、 能 楽界は新たな拠点を得ることになる。そこでは、残留や復帰を果たした旧五座の出 身 者 と と も に 、 維 新 の 後 に 地 方 か ら 上 京 し た 地 方 出 身 者 が 芸 を 競 っ た 26) 。 そ の 範 囲 は、桜間伴馬や金春広成といった立方のみならず、囃子方にもおよぶ。のちに能楽 界初の重要無形文化財保持者(人間国宝)となった葛野流大鼓方・川崎九淵や、金 春流太鼓方・柿本豊次も地方出身である。中央と地方のあいだの交流自体は江戸期 から見られたものの、幕藩体制という枠がなくなったことで上京する例が格段に増 えたことは、実力者の台頭に大きく影響を与えている。なお前掲『能楽盛衰記』の 著 者・池 内 信 嘉( 安 政 5(1858)~ 昭 和 9(1934))27) も 、能 楽 界 の 状 況 を 憂 え て 松 山 か ら上京している。 維 新 を 受 け た 一 連 の 混 乱 が 収 ま る に つ れ 、能 じ た い は 政 府 の 保 護 策 や 皇 室 の 奨 励 、 華族・新興財閥といった新たな後援を得て、徐々に復活の道をたどっていく。しか し斯界全体の中でも、囃子方はとりわけ長く苦しい状況に置かれていた。池内が 1902 年 の 上 京 に 先 立 っ て 出 し た 手 紙 に 対 し 、観 世 元 規 は 、家 元 18 人 の う ち 兼 業 な 池 内 信 嘉 『 能 楽 盛 衰 記 下 巻 東 京 の 能 』、東 京:創 元 社 、1992 年( 能 楽 会・1926 年 刊 の 復 刻・増 補 )。 本文は項目「明治維新の打撃」に始まる。 24) 奥 山 け い 子 「 近 代 に お け る 能 の 囃 子 方 」 、『 東 京 成 徳 大 学 人 文 学 部 研 究 紀 要 』 第 14 号 、 2007 年 、 121 ~ 128 頁 。 地 方 出 身 者 の 川 崎 九 淵 ( 大 鼓 方 )・ 柿 本 豊 次 ( 太 鼓 方 ) を 取 り 上 げ 、 明 治 以 来 の 能 の 危 機 と 継 承の実相を考察する。 25) 明 治 元 (1868)年 11 月 に 自 宅 舞 台 で 囃 子 も 装 束 も な く 催 し た と い う 。な お 元 年 当 時 の 名 は 六 郎 で あ り 、8 年に実と改名した。 26) こ の 間 に 明 治 9 年 の 岩 倉 具 視 邸 に お け る 天 覧 演 能 、 11 年 に 英 照 皇 太 后 の 青 山 御 所 へ の 能 舞 台 建 設 と 装 束 料 下 賜 を 経 て い る 。明 治 11 年 か ら「 能 楽 復 興 が 軌 道 に 乗 り 始 め た 」(表 章 、天 野 文 雄 『 能 楽 の 歴 史 』、 東 京 : 岩 波 書 店 、 1987 年 、 159~ 160 頁 )と さ れ る 。 27) 上 京 後 の 池 内 は 、 そ の 他 に も 能 楽 館 設 立 、 雑 誌 『 能 楽 』 の 発 刊 、 能 楽 会 理 事 へ の 就 任 な ど 、 能 楽 界 の 発 展に貢献した。 23). 18.
(20) し に 生 計 が 成 立 っ て い る の は 素 人 弟 子 の 多 い 小 鼓 三 須 家 の み と 返 信 し て お り 28) 、 そ の生計は家元ですら専業の成り立たない状況にあった。後継者不足問題をうけて池 内 が 設 立 し た 囃 子 方 養 成 制 度 に は 、明 治 36(1903)年 に 第 1 期 生 の 吉 見 嘉 樹 が 、1908 年 に は 第 2 期 生 の 亀 井 俊 雄 が 入 学 す る 。彼 ら の 養 成 に 尽 力 し た 川 崎 九 淵 か ら 、吉 見 、 亀井へと、大鼓葛野流の宗家預かりは継承されていく。 生計をたてるために芝居(歌舞伎)へ転向したり、収入源となる素人弟子への稽 古により注力したりする能楽囃子方も少なくなく、結果的に、専門的な演能をやや 離れた場においても、能楽囃子の演奏技法を知り得る機会が増えることとなる。 そうした状況のなか、明治の末ごろから一般の愛好者にむけた手付刊行が盛んに なったことも特筆すべき点である。書き流し体ではなく手組や手配リを記した刊本 の流布は、流儀における技法を整備・統一し、伝承を確かなものにする助けとなっ た。このようにして見ると、能楽界もまた近現代を通して演奏手法や型を定めてい ったのであり、歌舞伎鳴物における能楽手法はそのすぐ後ろを追いかけるような形 で手配リを整えていったとも言える。参考として、次頁に明治末期から昭和戦中期 に か け て の 刊 本 一 覧 を 掲 げ る 。な お 、 ( 表 1)以 後 の 時 期 か ら 現 在 に い た る ま で 、そ のときどきの宗家らの校閲を受けた手付の改訂は重ねられている。. 28). 池 内 前 掲 書 、 211 頁 。. 19.
(21) [表 1] 明 治 末 期 ~ 昭 和 戦 中 期 に か け て 刊 行 さ れ た 能 楽 手 付 本 一 覧 29) 年 明 治 40(1907) 明治 明治 明治 明治 大正 大正. 41(1908) 43(1910) 43(1910) 44(1911) 2(1913) 3(1914). 書名. 流派. (1) 『謡 曲 小 鼓 の栞 』. 小 鼓 ・大 倉. (2) (3) (4) (5) (6) (7). 小 鼓 ・大 倉 太 鼓 ・観 世 小 鼓 ・幸 小 鼓 ・幸 小 鼓 ・幸 小 鼓 ・幸. 『大 倉 流 小 鼓 手 附 』 『観 世 流 太 鼓 手 附 諸 流 異 同 弁 』 『幸 流 小 鼓 くせの打 方 』 『小 鼓 囃 子 手 附 』 『小 鼓 手 附 大 成 』 『小 鼓 一 調 手 附 集 』. 大 正 3(1914). (8) 『幸 流 小 鼓 手 附 本 』. 小 鼓 ・幸. 大 正 4(1915). (9) 『葛 野 流 大 つづみ』. 大 鼓 ・葛 野. 大 正 4(1915). (10) 『幸 流 小 鼓 手 附 』. 大正 大正 大正 大正 大正 大正 大正 大正. 7(1918) 7(1918) 8(1919) 8(1919) 12(1923) 14(1925) 14(1925) 15(1926). 昭 和 2(1927)~ 昭和 昭和 昭和 昭和 昭和 昭和. 2(1927) 5(1930) 7(1932) 7(1932) 8(1933) 9(1934). (11) (12) (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) (20) (21) (22) (23) (24) (25). 小 鼓 ・幸. 『幸 流 手 附 本 (幸 清 次 郎 流 )』 『地 拍 子 参 考 大 倉 流 小 鼓 階 梯 』 『地 拍 子 参 考 高 安 流 大 鼓 階 梯 』 『四 拍 子 手 附 大 成 』全 4 帙 『金 春 流 太 鼓 手 附 序 之 巻 』 『地 拍 子 参 考 葛 野 流 大 鼓 階 梯 』 『葛 野 流 大 鼓 手 附 』 『大 倉 流 小 鼓 一 調 手 附 』 『金 春 流 太 鼓 手 附 』天 之 巻 (地 之 巻 :同 5 年 、人 之 巻 :同 6 年 ) 『春 日 流 頭 附 全 』 『篴 格 』 『観 世 流 小 鼓 手 附 』第 1 巻 『森 田 流 笛 正 歌 』 『幸 清 流 手 附 本 』 『地 拍 子 参 考 観 世 流 太 鼓 階 梯 全 』. 小 鼓 ・幸 清 小 鼓 ・大 倉 大 鼓 ・高 安 諸 流 総 譜 30 ) 太 鼓 ・金 春 大 鼓 ・葛 野 大 鼓 ・葛 野 小 鼓 ・大 倉 太 鼓 ・金 春 笛 ・春 日 笛 ・森 田 小 鼓 ・観 世 笛 ・森 田 小 鼓 ・幸 清 太 鼓 ・観 世. 昭 和 11(1936). (26)『一 噌 流 唱 歌 集 』上 ・下 2 巻. 笛 ・一 噌. 昭 和 15(1940). (27) 『一 噌 流 笛 頭 附 集 』 ・『一 噌 流 笛 指 附 集 』. 笛 ・一 噌. 著作者 [著 ]千 賀 春 光 [閲 ]大 蔵 六 蔵 [編 ]服 部 武 一 [編 ]荒 木 賀 光 [著 ]観 世 元 規 [著 ]神 蔵 万 蔵 [編 ]松 鼓 道 人 [編 ]岩 崎 菊 翁 [編 ]岩 崎 菊 翁 [著 ]三 須 平 司 [校 閲 ]幸 悟 朗 [著 ]川 崎 利 吉 [著 ]三 須 平 司 [校 閲 ]幸 悟 朗 [著 ]13 世 幸 義 太 郎 [著 ]田 崎 延 次 郎 [著 ]田 崎 延 次 郎 [著 ]田 崎 延 次 郎 [著 ]金 春 林 太 郎 [著 ]田 崎 延 次 郎 [著 ]川 崎 利 吉 [編 ]荒 木 賀 光 [著 ]金 春 林 太 郎 [緒 言 ]春 日 市 右 衛 門 [著 ]森 田 光 風 [著 ]宮 増 豊 好 [著 ]森 田 光 風 [著 ・発 行 ]幸 清 会 [著 ]田 崎 延 次 郎 [監 修 ]一 噌 又 六 郎 [校 閲 ] 一 噌 鍈 二 [編 ]江 島 伊 兵 衛 [編 著 ]森 川 荘 吉 [校 閲 ]一 噌 鍈 二. 以 上 は 五 座 の 内 部 に お け る 動 き だ が 、 や や 位 置 を 異 に す る 試 み と し て 、 辻 能 31) の 流 れ を 汲 ん だ 一 般 大 衆 へ の 興 行 に も ふ れ て お き た い 。 こ れ に は 嘉 永 ( 1848〜 1854) の こ ろ 大 坂 で 始 ま り 安 政 年 間( 1854〜 1860)か ら 江 戸 で 活 動 し た 照 葉( て り は )狂 言 、明 治 期 に は 今 様 能 狂 言 と 称 し て 明 治 27(1894)年 2 月 に は 歌 舞 伎 座 で 慈 善 興 行 を 催した泉祐三郎一座、そして吾妻能狂言などが含まれる。詳細は明らかになってい. 岸 辺 成 雄 博 士 古 稀 記 念 出 版 委 員 会 編 『 日 本 古 典 音 楽 文 献 解 題 』、 東 京 : 講 談 社 、 1987 年 よ り 執 筆 者 作 成。増補版・改版は省いている。 30) 一 噌 ・ 大 倉 ・ 高 安 ・ 観 世 、 森 田 ・ 幸 ・ 葛 野 ・ 金 春 と い う 二 通 り の 組 み 合 わ せ で 、 笛 ・ 小 鼓 ・ 大 鼓 ・ 太 鼓 諸流の手付を総譜の形にまとめたものである。 31) 幕 府 の 式 楽 と し て 採 用 さ れ た こ と で 、町 入 能 や 勧 進 能 と い っ た 特 別 な 機 会 を 除 き 、江 戸 期 の 民 衆 は 五 座 の能楽と縁遠くなっていた。一方、五座の系列に属さない素人出身の能役者は、町内の空地・社寺の境 内を主たる場とした辻能を演じていた。江戸後期の辻能の代表的存在とされる仙助能(堀井仙助座)は 代々堀井仙助を名乗る大夫に統率されて全国的に活動し、五座が活動禁止を働きかけるほどであったと い う ( 表 章 、 天 野 文 雄 『 能 楽 の 歴 史 』、 154~ 155 頁 )。 29). 20.
(22) ないが、いずれも大衆化の手段として他ジャンルとの交流を図り、能狂言に三味線 を加えた折衷様式を採ったことは注目される。特に吾妻能狂言は、演奏に関わった とされる鳴物方が歌舞伎に転じており、近現代において第一の歌舞伎鳴物との直接 的 交 流 の 場 と な っ た( こ の 関 係 者 に つ い て は 、1-2 で 改 め て と り あ げ る )。ま た 鳴 物 に 限 ら ず 、《 船 弁 慶 》《 安 達 ヶ 原 》 の よ う な 三 味 線 作 曲 を は じ め 、 歌 舞 伎 ・ 長 唄 界 に 松羽目物が流行するひとつの契機をもたらした。しかしその後の能楽界は、前述の 岩倉具視をはじめとする新たな後援者を得て、伝統や格式を重視する方向へと復興 の舵を切る。過渡期に生じたこれらの大衆化の試みは長続きせず、しだいに滅びて いったという。. 1-1-1-2. 歌 舞 伎 界. 一 方 の 歌 舞 伎 界 は 、 影 響 の 深 刻 さ と い う 意 味 で は 能 に は 遠 く 及 ば な い が 32) 、 維 新 を受けて演奏環境に種々の変化があった。 まず、江戸三座の限定がなくなって劇場が増え、演奏機会が増加したことが挙げ られる。1 人が 1 座に専属する座組の制度が崩れ、鳴物方の需要が著しく高まると と も に 、 有 力 な 演 奏 者 が 複 数 の 劇 場 を 掛 け 持 ち す る こ と が で き る よ う に な っ た 33) 。 これにより、維新前には実現しえなかった演奏者の同座、さらには人物の引き抜き ま で が 可 能 と な る 。と く に 人 の 移 動 が 顕 著 な の は 、明 治 44(1911)年 3 月 の 帝 国 劇 場 開場で、それまで歌舞伎座に出勤していた有力者が大量に帝国劇場へ引き抜かれ、 歌 舞 伎 座 の 若 手 に と っ て は 活 躍 の 契 機 と も な っ た 34) 。 な お 帝 国 劇 場 で は 、 1-2 で と りあげる中村寿鶴と、のちに息子に能楽囃子を稽古させた三世望月朴清・十世伝左 衛門の同座が確認できる。. 鳥 羽 ・ 伏 見 の 戦 い 、江 戸 城 明 渡 し 、彰 義 隊 の 戦 と 続 く 明 治 元 年 も 、各 座 は 短 期 間 の 休 演 を 除 い て 江 戸 時 代同様の歌舞伎を上演している。 33) 『 長 唄 稽 古 手 引 草 』 に は 「 当 時 ( ※ 筆 者 注 ・ 江 戸 期 ) の 技 芸 家 は 唄 で も 三 味 線 で も 鳴 物 で も 何 れ か の 座 の所属となつてゐた。 ( 中 略 )従 つ て 芝 居 自 身 が 一 つ の 学 校 で あ り 組 合 の や う な 性 質 を 有 し て ゐ た 。技 芸 家は此の組合に加入して技芸を磨くことによつて世間にも亦仲間にも公認(みと)められ、一家をなす こ と が 出 来 た の で あ る 。」 と 記 さ れ る 。( 451~ 452 頁 ) 34) 植 田 隆 之 助「 長 唄 の 歴 史 」 、 (『 現 代・邦 楽 名 鑑 長 唄 編 』、1966 年 )、141~ 142 頁 の「 帝 劇 開 場 の 余 波 」 に詳しい。 32). 21.
(23) 題材・詞章など長唄曲の表現内容にさまざま影響を及ぼしたのが、新政府の欧化 政 策 の 一 環 と し て は じ ま っ た 芸 術 統 制 で あ る 。 明 治 5(1872)年 3 月 に 新 設 さ れ た 教 部 省 は 、同 年 5 月 に「 音 楽 歌 舞 の 類 」を 管 轄 す る こ と が 決 ま る と 、さ っ そ く 三 座 の 太夫元・狂言作者・各種目の演奏者を呼び出しており、そこには「馬喰町四丁目馬 場脇 杵屋勝三郎、八丁堀植木店 杵屋六左ヱ門、猿若町三丁目 望月太左ヱ門」 も 含 ま れ た 35) 。 同 年 8 月 の 教 部 省 の 通 達 に は 、. 一、演劇之類、専ラ勧善懲悪ヲ主トスベシ。淫風醜態ノ甚シキニ流レ風俗ヲ 敗リ候様ニテハ不相済候間、弊習ヲ洗除シ、漸々風化ノ一助ニ相成候様可心 懸 事 。 36). と 、 明 確 に 風 紀 改 良 ・ 品 位 向 上 が 謳 わ れ て い る 。 明 治 8(1875)年 に は 、 古 典 曲 の 卑 俗な詞章を改定した『露の転文』を三世杵屋勘五郎・八世杵屋六三郎がそれぞれ刊 行し、後に当初の詞章へ戻ったものもあるが、なかには現在でも唄われるものもあ る 。な お 詞 章 の 改 訂 は 、明 治 12(1879)年 設 置 の 音 楽 取 調 掛 で も 試 み ら れ た が 、明 治 21( 1888)年 に『 箏 曲 集 』が 出 さ れ た 箏 曲 部 門 と は 異 な り 、長 唄 部 門 の 成 果 は 残 さ れていない。 このような風潮のなか、種々の能作品は歌舞伎・長唄にとって、吉原や遊女にか わる恰好の題材であった。前に述べたような能楽界の事情から、歌舞伎の演奏者が 公然と能楽側の助言を受けやすくなっており、数々の作品が生み出される。盛んに 謡曲の長唄化を行った三世杵屋勘五郎・二世杵屋勝三郎の作品は、謡曲に忠実な歌 詞を用いているほか、しばしば能楽囃子を強く意識した小段を含む。同じ能取物の なかでも、題材を借りつつ内容を歌舞伎独自のものとした初期の《娘道成寺》など とは、意識的に離れたとりいれ方となっている。ただし、このような作曲傾向・高 尚 趣 味 は 維 新 後 に 現 れ た の で は な く 、文 化・文 政 期( 1804~ 30)ご ろ か ら 長 唄 界 を 支えた大名・旗本・富豪などの後援者の存在にはじまる。大名の邸宅で盛んに長唄 「 教 部 省 に 呼 び 出 さ れ た 当 時 一 流 の 芸 人 」・「 教 部 省 が 芸 人 利 用 」( 東 京 日 日 新 聞 5 月 25 日 付 記 事 )、 新 聞 集 成 明 治 編 年 史 編 纂 会 編 『 新 聞 集 成 明 治 編 年 史 』 第 1 巻 、 林 泉 社 、 1940 年 、 460 頁 。 36) 「 歌 舞 音 曲 類 に 干 渉 」 ( 東 京 日 日 新 聞 8 月 25 日 付 記 事 )、新 聞 集 成 明 治 編 年 史 編 纂 会 編『 新 聞 集 成 明 治 編 年 史 』 第 1 巻 、 林 泉 社 、 1940 年 、 482 頁 。 35). 22.
(24) の 会 が 催 さ れ て い た こ と は 、十 一 世 六 左 衛 門 が 天 保 2 年 か ら 慶 応 3 年( 1831~ 1867) にかけての実態を記録する『御屋舗番組控』に詳しい。能楽と長唄の双方を愛好し 支援していた南部侯利済のような人物の邸宅では、能楽関係者と歌舞伎関係者が同 席するような交流の機会もあったようである。 長 唄 作 曲 に お い て 、能 取 物 は「 明 治 初 年 に 流 行 の 頂 点 に 達 す る 」と 言 わ れ る が 37) 、 そ れ で は 鳴 物 作 調 と し て は ど う だ っ た の か 。『 芝 居 囃 子 日 記 』 の 「 下 座 之 事 」 38) に は、能楽囃子の素養もある武家が「おはやし」として出入りしていた時期は幕末に は 遠 く な り 、歌 舞 伎 鳴 物 は 内 部 で の 伝 承 の 時 代 に 入 っ て い た と い う 旨 の 記 述 が あ る 。 これをふまえると身分差から公的に交流しにくかったことは確かだが、このころも 内々には歌舞伎鳴物方による能の稽古が行われていたことを、横道氏による『東博 本 鳴 物 手 付 』 39) の 検 討 は 示 唆 し て い る 。 た だ し 、「 内 々 」 と い う 但 し 書 き な し に は 能楽囃子そのものの稽古は叶わなかった幕末のあいだには、歌舞伎鳴物方が詳しく 手を聞きだしたり、稽古の成果を表だって演奏に反映させたりというような逸話は 残っていない。能楽手法に関する鳴物方の試みは、幕末から局所的にはその機会を 準備され、維新をひとつのきっかけとしてより広く公に取り組まれていったとみる ことができる。. 1-1-2. 明 治 以 後 の 歌 舞 伎 界 に お け る 能 楽 導 入 以上に述べた変化を受けて、近現代の歌舞伎界にはしだいに能楽囃子の手配リが 流入し、鳴物の能楽手法において能に近い演奏実践を重んじる風潮を高めていく。 こ の こ と が 歌 舞 伎 鳴 物 変 容 の 一 要 素 と な っ た こ と は 、 小 林 [1967]の 指 摘 す る 通 り で ある。本項では、そこにとりあげられた. 吉 川 英 史 「 長 唄 の 歴 史 的 背 景 」、『 日 本 古 典 音 楽 大 系 第 4 巻 長 唄 』、 講 談 社 、 1981 年 、 11 頁 。 「 一 、昔 は 皆 御 大 名 様 方 の お か ゝ へ 囃 子 に て 、芝 居 ニ 何 ぞ 六 ツ ケ 敷 所 作 等 御 座 候 得 は 一 統 た の ま れ 参 り 申候、目斗り頭巾、巻羽織・襠・大小にて楽屋入致し候、囃子まち頭取座の脇ニ刀かけ御座候、右刀懸 ケハ宝暦の頃迄ハ有之候、尤芝居ニ而至而丁寧ニ取扱いたし候ニ付、おはやしおはやしと今の世迄も申 伝 へ 候 、 夫 に て 下 座 と 申 字 も 外 座 と 認 申 候 、 附 の 上 書 に も 外 座 と 認 申 候 訳 は 前 文 之 訳 ニ 御 座 候 。」( 藝 能 史 研 究 會 編 『 日 本 庶 民 文 化 史 料 集 成 第 6 巻 歌 舞 伎 』、 東 京 : 三 一 書 房 、 1973 年 、 540 頁 ) 39) 横 道 萬 里 雄 氏 に よ る 名 称 。 1820( 文 政 3) 以 後 、 文 政 年 間 成 立 と 推 定 さ れ る 同 装 丁 の 四 冊 本 。 上 冊 ・ 中 冊は長唄の大小鼓、下冊は長唄の太鼓、別冊は能の囃子の手付で、全冊が同筆である。前掲の横道 [1978;1996]に 詳 し い 。 37) 38). 23.
(25) 1) 明 治 期 : 元 能 楽 囃 子 方 ( 転 向 者 ) に よ る 個 人 的 活 用 ( 前 史 1 ) 2) 大 正 期 : 六 合 新 三 郎 の 記 事 ・ 研 究 の 必 要 性 の 主 張 ( 前 史 2 ) 3) 昭 和 期 : 望 月 本 派 の 後 継 者 た ち に よ る 「 組 織 的 移 植 」 の 試 み 4) 昭 和 期 : 田 中 流 の 後 継 者 の 能 楽 囃 子 稽 古 という四段階の「導入」の概略をまとめ、問題提起につなげていく。. 1) 明 治 期 : 元 能 楽 囃 子 方 ( 転 向 者 ) に よ る 個 人 的 活 用 ( 前 史 1 ) 先 行 研 究 で ま ず 先 駆 的 な 存 在 と し て 挙 げ ら れ る の が 、と も に 吾 妻 能 狂 言 へ 出 演 し 、 能から転じて長唄界で重きをなしたとされる初世藤舎芦船・初世中村寿鶴である。 両 者 に つ い て 小 林 氏 は 、 吾 妻 能 狂 言 へ の 出 演 40) や 能 掛 り の 新 曲 作 調 、 歌 舞 伎 で 九 代 目団十郎に重んじられたことなどを挙げて元能楽囃子方という通説を裏付け、 「なん らかの形で歌舞伎囃子へ能楽手法を持ち込んだであろうことは想像にかたくない」 と し て い る 41) 。. 2) 大 正 期 : 六 合 新 三 郎 の 記 事 ・ 研 究 の 必 要 性 の 主 張 ( 前 史 2 ) 続いて、比較的早い時期から能楽囃子研究の必要性を主張した六合新三郎がとり あげられている。彼が芦船や寿鶴と同座した記録は見られず、その囃子研究は金春 流太鼓方・増見仙太郎との親交や、生来の研究気質に端を発するものと思われる。 新三郎が『長唄稽古手引草』へ寄せたような「辛辣な直言」なども一因して、しだ いに歌舞伎界全体として研究の機運が高まったとされる。しかし新三郎は、流儀の 責任者として一勢力をなすには至らなかったため、芦船・寿鶴とともに「前史」に 位置付けられている。. 3) 昭 和 期 : 望 月 本 派 の 後 継 者 た ち に よ る 「 組 織 的 移 植 」 の 試 み. 小 林 責 氏 は 、番 組 に お い て 囃 子 が「 藤 舎 芦 船 連 中 」と 略 記 さ れ る 例 や 、囃 子 方 名 を 数 名 列 記 し た 後 に ○ 印 を 挟 ん で 中 村 寿 鶴 、更 に ○ 印 が あ っ て 藤 舎 芦 船 と 記 す 例 に 触 れ 、 「 芦 船 が 囃 子 方 の 責 任 者 、寿 鶴 が そ れ に つ ぐ も の と し て 重 き を 為 し て い た こ と が 想 像 さ れ る 」と 述 べ て い る(「 明 治 以 後 に お け る 歌 舞 伎 囃 子 へ の 能 楽 囃 子 の 導 入 に つ い て 」、 27 頁 )。 41) 小 林 責 「 明 治 以 後 に お け る 歌 舞 伎 囃 子 へ の 能 楽 囃 子 の 導 入 に つ い て 」 、 28 頁 。 40). 24.
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