国内ハイテク中小企業における
イノベーション創出と外部情報源の活用
鈴 木 勝 博
キーワード:イノベーション、中小企業、ネットワーク、知の探索第 1 章 背景と研究の目的
近年、われわれのビジネスを取り巻く環境に関する不確実性は、従前に比べ、各段に増 加しているように思われる。この数年を例にとれば、新たな保護主義の台頭、米中両大国 間の経済摩擦の激化、新型コロナウィルス感染症の世界的な拡大など、20 年前には想像 できなかったような事象が相次いで発生している。一方、1990 年代以降に大いに発展し た情報技術は、単なる「事業の効率化」のみに活用されるだけでなく、新たな付加価値の 創造を伴うデジタルトランスフォーメーションを様々な分野で引き起こしつつある。経営 環境の予測が難しくなる一方で、新たなビジネスチャンスも増加しており、いわゆる 「シュンペーター型の競争」(Barney, 1986)が重要になってきている時代だといえよう。 さて、個々の企業においては、このような状況下で事業を継続するにあたり、絶え間な いイノベーション創出への取り組みは必須である。しかしながら、わが国の企業の大半を 占める中小企業においては、平均的に大企業よりもイノベーションの創出能力が劣ってい ることが指摘されている(科学技術・学術政策研究所 , 2016)。その理由の一端としては、 中規模もしくは小規模な企業ゆえ、保有する経営資源に限界があることが挙げられよう。 換言すれば、イノベーティブな中小企業は不足するリソース・ナレッジ・技術等を外界か らうまく補い、この限界を突破しているであろうと推察される。 さて、自動車・家電をはじめとする国内製造業は、基盤技術を有する多くの中小企業群 によってサポートされており、その総体は「サポーティング・インダストリー」とも呼称 される。近年、製造業においてはグローバルなサプライ・チェーンが構築されることも多 いが、国内のサポーティング・インダストリーに属する中小企業群は、単なるコスト競争 のみを行っているわけではなく、独自の付加価値を有するイノベーティブな企業群である (経済産業省中小企業庁 , 2019)。本稿では、このようなサポーティング・インダストリー に属するハイテク中小企業群に焦点を当て、そのイノベーション創出時における外部との ネットワークの活用の様相にメスを入れる。 先述のように、中小企業においては、ネットワークを通じた幅広い「知の探索」と「そ の活用」がイノベーション創出のために有効であろうと推察される。本稿では、中小企業を取り巻く様々なアクター(顧客、サプライヤ、従業員、大学、公設試、銀行、等)との 多重的な関係性を同時に捉えるため、個々の中業企業が、これらのアクターの重要性をど のように考えているのかに着目し、イノベーション創出への効果を測ることを試みる。 なお、ハイテク中小企業の研究においては、しばしば、大学等との産学連携にもとづく R&D 活動に焦点が置かれるが、R&D 活動はイノベーション創出時におけるあくまでもひ とつのプロセスに過ぎない。サポーティング・インダストリーに属するハイテク中小企業 群は、産業内におけるポジションから考えても、「テクノロジー・プッシュ型」というよ りはむしろ「マーケット・プル型」でイノベーションを起こしていることが予想され、さ まざまなアクターとの多重的なネットワークをうまく活用していることが予測される。
第 2 章 先行研究と本研究の特徴
イノベーションという言葉をうみだしたシュンペーターは、既存の知の新たな結合(新 結合)としてこれを定義した(シュンペーター , 塩野谷 , 1977)。そのため、イノベーショ ンを創出する際には、まず「知の探索」が必要となる(March, 1991)。ソーシャル・ネッ トワーク理論によれば、ネットワーク上の「ストラクチャー・ホール」を埋めるようなポ ジションに位置するアクターは、イノベーション創出の観点では優位性をもつ。実際、当 該アクターは、他のアクターに対する情報優位性とコントロール優位性を有することにな り、これが新たなアイデアの創造やイノベーションに寄与する傾向が様々な研究によって 指摘されている(Zaheer and Bell, 2005; Fleming, Mingo and Chen, 2007)。また、ブリッジに もとづく、いわゆる「弱いつながり」(weak tie)を豊富に内包するネットワークでは、知 の伝搬効率が高いことが知られている。そのため、このような効率性の高いネットワーク を独自に構築することが、企業におけるイノベーション創出時にプラスに寄与することも 実 証 的 に 確 認 さ れ て き て い る(Rowley, Behrens and Krackhardt, 2000; Baer, Oldham and Boasso, 2015)。 一方、中小企業経営の文脈では、その保有リソースの少なさゆえ、外部の企業や組織と のネットワーキングや連携を通じ、これらを補う動きはごく自然である。「ナレッジ」・ 「アイデア」・「気づき」・「技術」等を外部から補填し、当該企業の能力の向上やイノベー ション創出を試みる動きである。例えば、大規模な製造企業のサプライヤ・ネットワーク に属する下請け型の中小企業が、特定企業との取引を通じて「関係的な技能」を蓄積し、 ジェネリックな設計能力や生産能力を向上させていくプロセスは良く知られている(浅 沼 , 1990; 浅沼 , 1997)。また、大学や大企業との技術面での連携にもとづく研究開発活動 の促進(岡室 , 2004; 岡室 , 2009; 元橋 , 2005)や、地域における中小企業同士のアライア ンスにもとづく価値創造と競争力の強化 (池田 , 2019)等、さまざまな事例が存在してい る。個々の中小企業の日々の活動に視点をうつせば、さまざまなアクターとの関係性が同 時並行的に存在し、顧客らとのネットワーク、サプライヤ企業群とのネットワーク、大学とのネットワーク等々、多重的なネットワークを駆使しながらイノベーションが創出され ることになる1。 そこで本稿では、個々のハイテク中小企業が、どのようなアクターとのネットワークを 重視しながらイノベーションを創出しているのかにフォーカスし、分析を行う方針とす る。プロダクト・イノベーション、プロセス・イノベーション等、イノベーションの種類 によっても、その力点は異なるかもしれない。 なお、先述の先行研究においては、異なる複数のアクターからの情報収集の効果を区 別・分析した事例は(筆者の知る限り)存在しない。実際、ソーシャル・ネットワーク理 論においては、つながりあうアクターの種別は特に区別されず、同一層のネットワーク・ ノードとして扱われている2。また、サプライヤ・ネットワークや技術連携に着目した研 究においては、特定の種類のアクター(「ケイレツ内の企業群」、「大学・研究機関群」、 等)にフォーカスしており、異なる種類のアクターを同時に扱ってはいるわけではない。 さて、当然ではあるが、新たな製品やサービスを開発する際、それぞれの企業における 社内リソースの重要性は、改めて指摘するまでもない。ただし、競合他社に先駆けた(新 規性を伴うような)「プロダクト・イノベーション」の創出時を考えると、リソースの限 られた個々の中小企業において、どの程度社内に蓄積された「ナレッジ」・「ノウハウ」・ 「技術」等が重視されているのかは必ずしも自明ではないであろう。そのため、本稿では、 社内リソースからの情報収集も含めて、並行的に扱う方針とする。次節では、本研究で用 いたデータを俯瞰し、分析結果について概観する。
第 3 章 データと分析の結果
1 データの概要 本研究では、やや古いデータではあるが、2012 年末に筆者が実施した「戦略的基盤技 術高度化支援事業(サポイン事業:経済産業省)」への採択企業に対する調査データ(有 効回答数 416 社)を利用した。サポイン事業は国から中小企業への「研究開発委託制度」 であり、その技術的な先端性や金額規模の大きさに特徴がある。最大で 9,750 万円(3 年 間)の開発費に対する補助(企業では、三分の二補助)が行われ、国内を代表する優秀な 研究開発型の中小企業が採択されている (経済産業省関東経済局 , 2020)。 なお、この調査では、個々の企業におけるイノベーションの創出状況がアンケートに よって調べられている。調査票は、OECD が策定したオスロマニュアル第 3 版(OECD, 2005)に準拠しており、「プロダクト・イノベーション」や「プロセス・イノベーション」 の創出状況、ならびに、その他の「マーケティング・販売」等に関するイノベーションの 創出状況が調べられている。その結果として、サポイン企業群のイノベーション創出能力 は、国際的にも高い水準にあることが判明している(鈴木 , 2014)。また、後述のように、 本調査票の基本集計、各種イノベーションの創出状況、ならびに、それらの相互の関係性に関してはすでに報告済みだが(鈴木 , 2016)、本稿の付録にもデータの概要を記す(付 録参照)。本データにもとづく社内外のさまざまな「情報源」の重要性に関する分析は本 稿が初めてとなる。 さて、オスロマニュアルでは、ものづくり企業にとって最も重要だと考えられるプロダ クト・イノベーションを二種に分類し、(i)「市場をリードするプロダクト・イノベーショ ン(競合他社に先駆けた画期的な新製品の市場への投入)」、(ii)「競合他社の模倣にもと づく、キャッチアップ型のプロダクト・イノベーション(自社にとってのプロダクト・イ ノベーション)」の 2 種が調べられている。一般的なイノベーションのイメージは (i) に該当し、(ii) は定義を広げすぎているようにも思われるが、あらゆる組織のイノベー ション創出活動を網羅的に把握することを目的とするオスロマニュアルでは、双方を捉え る方針となっている。概念的には、イノベーション創出能力がまだ不十分な企業は、(ii) のタイプの「自社にとってのイノベーション」の創出を通じてケイパビリティを蓄積し、 (i) のタイプの(本義の)イノベーションを創出できるようになっていくことが予想され る。 なお、本調査への回答企業の多くは、国内のサポーティング・インダストリーをけん引 するような研究開発能力の高い中小企業である。それゆえ、イノベーションの創出率は世 界的にみても極めて高い。実際、調査時期の直近 4 年間において、「市場をリードするプ ロダクト・イノベーション」を創出した企業は全体の 44% に達している(鈴木 , 2016)。 また、回帰分析によれば、(i)のタイプのプロダクト・イノベーション(本義のプロダク ト・イノベーション)の創出に対して、「製造・生産方法に関するプロセス・イノベー ション」や「新たな価格付けに関するイノベーション」が有意に寄与し、加えて、特許出 願の有無(自社での「単独出願」の有無、ならびに、他社との「共同出願」の有無)が有 意かつプラスに貢献することが示されている(鈴木 , 2016)。特に、「単独出願」の寄与は 大きく、オープンイノベーションの基盤として、社内における研究開発能力の蓄積と、こ れに伴う知の「吸収能力」(absorptive capacity)の重要性が示唆される結果となっている。 2 イノベーションのための情報源とその重要度:一次集計 さて、本調査では、プロダクト・イノベーションやプロセス・イノベーションに必要な 「技術」・「知識」・「気づき」等を得るうえで、さまざまな情報源の重要度に関する独自の 設問が設けられている(表 3︲1)。第 2 章の後段で俯瞰したハイテク中小企業を取り巻く 様々な外部のアクターとともに、社内リソースや展示会などが加えられている。以降、本 稿ではこのデータをもとに、イノベーション創出に係る各種情報源の重要度やその効果に ついて分析を行う。
表 3−1:プロダクト・イノベーション、プロセス・イノベーションに必要な 「技術」、「知識」、「ノウハウ」に関する情報源の重要度: 情 報 源 重 要 度 ( 平 均 値 ) 〃 ( 標 準 偏 差 ) サ ン プ ル 数 1 . 社 内 リ ソ ー ス 3.0 0.9 405 2 . 材 料 、 部 品 、 装 置 な ど の サ プ ラ イ ヤ ー 2.9 0.9 396 3 . 顧 客 、 エ ン ド ユ ー ザ 3.6 0.7 411 4 . 競 合 他 社 2.7 1.0 393 5 . 金 融 機 関 、 診 断 士 、 税 理 士 、 コ ン サ ル 、 等 1.9 1.1 361 6 . 大 学 、 公 設 試 、 そ の 他 公 的 研 究 機 関 3.0 0.9 405 7 . 学 会 、 協 会 2.3 1.0 390 8 . 展 示 会 、 見 本 市 2.7 0.9 407 9 . そ の 他 1.5 1.4 42 (筆 者 作 成 ) この設問では、イノベーション創出時の情報源としての重要度を、回答者が四段階(「1. まったく活用していない」、「2. あまり重要ではない」、「3. やや重要」、「4. 重要」)で評価 している。前述のように、経営資源が潤沢ではない中小企業にとっては、知の探索プロセ スにおいてさまざまな情報源を活用する必要性が高いことが推察され、その多重度や活発 さがイノベーション創出に有意に寄与する可能性が考えられる。 表 3︲1 には、回答数値の単純平均が示されている。全項目中、もっとも重要度が高い のは「顧客、エンドユーザー」であり、3.6 という高い値が得られている。デザイン思考 などにもとづく「ヒューマン・セントリック・イノベーション」の創出時、最も重視され るのは「顧客・エンドユーザ」である。わが国の製造業を支えるハイテク中小企業群にお いても、それぞれが保有する高度な技術を核としながらも、テクノロジー・プッシュ型と いうよりは、むしろ、マーケット・プル型でイノベーションが創出されているであろうこ とが改めて示唆されている。 また、上記についで平均値が高いのは「社内リソース」(平均値 3.0)、「大学、公設試験 場、産業センタ―等の研究機関」(平均値 3.0)である。前述のとおり、イノベーティブな 新製品や新サービスのアイデアが出てきた場合、これを市場に投入できるように具現化す るためには、社内リソースの力がやはり重要となろう。あるいは、新製品やサービスの構 想を練る段階でも、社内のアイデアマン、あるいは、ゲートキーパー的なキーパーソンの 活躍が必要となるかもしれない。一方、継続的な技術力の向上を目指す場合、先端技術を 有する大学等とのネットワーキングは欠かせないことが示唆されている。 なお、「サプライヤー」(平均値 2.9)、「競合他社」(平均値 2.7)、「展示会・見本市」(平 均値 2.7)に関しては、重要度に関し、どちらかといえばネガティブな評価をする企業の
方が多いことになる。ただし、いずれの平均値も 3 より大幅に低いわけではなく、特に 「サプライヤー」に関しては、イノベーション実現のための情報源として重視する企業も 多いものと推察される。実際、サポーティング・インダストリーでは高度かつニッチな専 門技術が重要であり、イノベーションの実現のためには、サプライヤーが供給する特定の 「部品」や「装置」が鍵となるケースも多いのではないかと推察されるからである。 3 重み付きネットワーク多重度の導入 前小節では、ハイテク中小企業群がさまざまな情報源を重視していることが分かった。 本小節では、個々の企業において、どのぐらい多種の情報源へのアクセスを重視している のか、簡単な指標を定義し検証する。 表 3︲1 に示したように、本調査では個々の情報源の重要度を 4 段階で測定しているが、 そのうち、「重要性」についてポジティブな評価に該当するのは、「3. やや重要」、「4. 重 要」の二種である。よって、個々の企業について、このようなポジティブに評価している 「情報源の数」を集計し、当該企業が保有するネットワークの「多重度」(もしくは、重層 性)について数値化する方針とした。 ただし、「3. やや重要」、「4. 重要」に関する違いもあわせて数値化するため、「重み」を つける方針とした。すなわち、「4. 重要」と評価された情報源については、これをそのま ま1と換算するが、一方、「3. やや重要」と評価された情報源については、1 ではなく 2/3 という数値を割り当て、集計する方針とした。これは、4 段階評価の整数値(1 ~4)を 正規化し、0から1の間の数値(0, 1/3, 2/3, 1)に換算し、なおかつ、 2/3 もしくは 1 に該 当するものを集計することに相当する。簡単かつ乱暴ではあるが、このような方針によっ て重みをつけ、表 3︲2 に示した。8つの情報源(「9. その他」以外の情報源)に関する集 計を行った結果は、下記のとおりである。平均値は 4.983となっており、大多数の企業が (一つや二つにとどまらない)複数の情報源を並行的に重視していることがわかる。 表 3−2:重み付きのネットワーク多重度に関する集計結果: 重 み 付 き の ネ ッ ト ワ ー ク 多 重 度 平 均 標 準 偏 差 最 小 値 最 大 値 企 業 数 4. 98 1. 39 0 8 416 (筆 者 作 成 ) なお、実際にプロダクト・イノベーションを起こしている企業群とそうでない企業群に ついて、「重み付きのネットワーク多重度」を比較すると表 3︲3 のような結果となった。
表 3−3:プロダクト・イノベーション(市場に先駆けた画期的な新製品の市場へ の投入)の創出の有無と、重み付きのネットワーク多重度の違い: 市 場 に 先 駆 け た プ ロ ダ ク ト ・ イ ノ ベ ー シ ョ ン 重 み 付 き ネ ッ ト ワ ー ク 多 重 度 企 業 数 平 均 値 標 準 偏 差 9 5% 信 頼 区 間 創 出 5. 15 1.3 8 4.9 4 5.3 5 182 非 創 出 4. 85 1.3 9 4.6 7 5.0 3 234 ( 筆 者 作 成 ) なお、本表では、「市場に先駆けたプロダクト・イノベーション」について、これを創 出した企業(過去 4 年間において、「競合他社が未発売の画期的な新製品」を市場に投入 した企業)とそうでない企業に関し、「重み付きネットワーク多重度」を比較している。 5% 水準で、前者の「多重度」は後者のそれよりも有意に高いことが分かった。 ただし、両者の違いはたかだか 0.3 程度であるため、個々の企業が活用している具体的 な情報源の(種類の)数については、それほど大きな違いは無いことになる。しかしなが ら、イノベーション創出の観点からは、多様な情報源を活用することの重要性を側面的に 示唆する結果にはなっているといえよう。 4 個々の企業におけるイノベーション創出と各種情報源の重要度 以上、イノベーションの創出時に活用されるであろう各種情報源の「平均的な」重要 度、ならびに、個々の企業におけるその「多重的な活用」の様相について、前小節までで 簡単に整理を行った。本小節では、より具体的に、これらの情報源が個々の企業のイノ ベーション創出へどのように寄与しているのかについて検討する。 表 3︲4 は、「市場に先駆けたプロダクト・イノベーション」の有無を被説明変数とする プロビット回帰の結果である。説明変数としては、各種の「情報源の重要度」(0 から 1 までの 4 段階に正規化)、「重み付きのネットワーク多重度」に加え、イノベーション創出 に寄与することが期待される「従業員数」、「研究開発費率(総売上に対する研究開発費の 比率)」、「単独出願の有無」、「共同出願の有無」、「技術ダミー」を加えている。 なお、本研究のデータセットでは金属加工やその関連サービス(プレス加工、金型、鍛 造、鋳造、めっき、位置決め、組み立て、等)に従事する企業が多いが、中には、これと はやや異質な ICT 技術を有する企業(組み込みソフト等)や化学系(高機能化学合成、 発酵等)の技術を有する企業も含まれている。そのため、関連する技術ダミーを導入した。 さて、このような「個々の企業」のイノベーション創出にフォーカスした回帰分析で は、「研究開発費」や「特許」の効果が有意となることが多いが、表 3︲4 でもそのような 傾向があらわれている。本データセットでは、「単独出願の有無」と「共同出願の有無」 の係数はともに正であり、イノベーション創出に対してプラスに寄与している。一方、 「研究開発費率」の係数はマイナスであり、逆相関となっているが、その絶対値は「単独
出願の有無」の十分の一程度に過ぎず、イノベーション創出に対する影響は限定的であ る。一般に、大企業とは異なり、中小企業における研究開発活動はインフォーマルに行わ れることが多い。精確な研究開発費用を測定できていない企業も多いことが予想される が、本調査の「研究開発費率」はアンケートの回答にもとづいているため、もともと一定 のノイズが含まれており、上記のような結果となっている可能性が推察される。一方、 「研究開発活動の成果」と目される「特許」については、かような不確定性は存在せず、 イノベーション創出に対する顕著な寄与があらわれているものと考えられる。 さて、本稿の主題である「イノベーション創出のための情報源」に関しては、有意にそ の寄与が認められたのは「社内リソース」のみであった。回帰係数は正であり、また、他 の有意な回帰係数と比較するとその絶対値は大きい。実際、「単独出願の有無」と「共同 出願の有無」、それぞれの回帰係数を足し合わせた程度の値となっており、イノベーショ ン創出時に大きく寄与するであろうことが示唆されている。 一方、表 3︲1 でその重要度が最も評価された「顧客・エンドユーザ」に関しては、本 回帰分析では有意となっていない。イノベーション創出の有無にかかわらず、いずれの企 表 3−4:「市場に先駆けたプロダクト・イノベーション創出の有無」に 対する各種説明変数の寄与 【プロビット回 帰 】 被 説 明 変 数 : 「市 場 に先 駆 けた画 期 的 なプロダクト・イノベーションの有 無 」 説 明 変 数 係 数 Std. Err. z P>z 従 業 員 数 (対 数 ) -0.056 0.054 -1.04 0.30 研 究 開 発 費 率 -0.068 ** 0.031 -2.21 0.03 単 独 出 願 の 有 無 0.697 *** 0.150 4.64 0.00 共 同 出 願 の 有 無 0.343 ** 0.150 2.29 0.02 技 術 ダミ ー(ICT, ソフトウェア) 0.036 0.197 0.18 0.85 技 術 ダミ ー(化 学 系 ) -0.048 0.208 -0.23 0.82 重 み 付 きネ ットワー ク多 重 度 0.079 0.246 0.32 0.75 情 報 源1 (社 内 リソース)の重 要 度 1.100 ** 0.477 2.3 0.02 情 報 源2 (サプライヤ) の重 要 度 -0.423 0.423 -1 0.32 情 報 源3 (顧 客 ・エンドユーザ) の重 要 度 -0.227 0.495 -0.46 0.65 情 報 源4 (競 合 他 社 ) の重 要 度 -0.076 0.428 -0.18 0.86 情 報 源5 (金 融 機 関 、コンサル) の重 要 度 -0.569 0.426 -1.34 0.18 情 報 源6 (大 学 、研 究 機 関 ) の重 要 度 -0.129 0.456 -0.28 0.78 情 報 源7 (学 会 、協 会 ) の重 要 度 0.126 0.473 0.27 0.79 情 報 源8 (展 示 会 、見 本 市 ) の重 要 度 0.149 0.466 0.32 0.75 定 数 項 -0.615 0.687 -0.9 0.37 有 意 水 準: *** 1%, ** 5%, * 10% 対 数 尤 度: -232.05 疑 似 決 定 係 数(Pseudo R2): 0.1237 観 測 数: 386 ( 筆 者 作 成 )
業も重視する項目であるがゆえ、逆に、本分析ではその効果があらわれていない可能性が 推察される。より広く、「イノベーション創出が必ずしも得意ではない企業」まで含めた 調査を行えば、有意になる可能性が高いのではないかと考えられる。 なお、他のイノベーションについても、同様な回帰モデルにて分析を行ったサマリーを 表 3︲5 に示す。「模倣にもとづく自社にとってのプロダクト・イノベーション」について も、やはり、「社内リソース」が有意に寄与しているが、加えて(10% 水準ではあるもの の)「サプライヤ」の寄与が有意となっている。また、製造・生産に関するプロセス・イ ノベーションに関しては、「サプライヤ」と「学会・協会」の寄与が有意となった4。
第 4 章 サマリーとディスカッション
企業におけるイノベーション創出への取り組みにおいて、「知の探索」と「その深化」 が重要であることは様々な研究によって実証されてきている(March, 1991)。自社内のリ ソースに限りがあるハイテク中小企業においては、外部の情報源を通じた活発な「知の探 索」や、外部からの技術やノウハウの獲得にも立脚した「知の深化」が行われているであ ろうと推察されるが、本稿ではその様相を定量的にとらえるための一つの試みとして、 表 3−5:各種イノベーションに関するプロビット回帰: 各種情報源の寄与 情 報 源 市 場 に 先 駆 け た プ ロ ダ ク ト ・ イ ノ ベ ー シ ョ ン 模 倣 に も と づ く プ ロ ダ ク ト ・ イ ノ ベ ー シ ョ ン 製 造 ・ 生 産 に 関 す る プ ロ セ ス ・ イ ノ ベ ー シ ョ ン 情 報 源 1 (社 内 リ ソース) の重 要 度 +++ ++ 情 報 源 2 ( サプライヤ ) の 重 要 度 + +++ 情 報 源 3 (顧 客 ・エンド ユ ーザ) の 重 要 度 情 報 源 4 (競 合 他 社 ) の 重 要 度 情 報 源 5 (金 融 機 関 、コン サル等 ) の重 要 度 情 報 源 6 (大 学 、 研 究 機 関 等 ) の重 要 度 情 報 源 7 (学 会 、 協 会 ) の 重 要 度 ++ 情 報 源 8 (展 示 会 、見 本 市 ) の 重 要 度 疑 似 決 定 係 数 (Pseudo R2) 0.124 0.076 0.096 +++: 1%水 準 でプラスに寄 与 ; ++: 5%水 準 でプラスに寄 与 ; +: 10%水 準 でプラスに寄 与 (筆 者 作 成 )個々の情報源の重要度に着目し、分析を実施した。 表 3︲1 では、国内を代表するハイテク中小企業群において、内外の情報源がどの程度 重視されているのかを俯瞰できるが、総じて、複数の情報源を積極的に活用していること がわかる。特に、課題解決型イノベーションには必須の「顧客・エンドユーザ」を極めて 多くの企業が重視していることが確認でき、加えて、製品・サービスの具現化を支える 「自社内のリソース」・「サプライヤ」、ならびに、自社技術の高度化に寄与するであろう 「大学、外部研究機関」が並行的に重視されていることも明らかとなった。一般に、多く の中小企業では、外部の知の「吸収能力」に限界があり、産学連携に踏み込むことは容易 ではないことが推察されるが、逆に、国内を代表するハイテク中小企業群においては、む しろ産学連携を重視する意識が高いことが分かった。 また、個々の企業がどの程度の情報源を同時に重視しているのかについては、特徴量と して「重み付きのネットワーク多重度」を提案した。そして、この特徴量に関し、プロダ クト・イノベーションを実際に創出した企業群の「平均値」は、そうでない企業群のそれ よりも有意に高いことを示した(表 3︲3)。ただし、平均値の差の絶対値は大きくはない。 また、個々の企業の活動に着目した回帰分析では、イノベーション創出に対して有意な寄 与をしていない(表 3︲4)。そのため、本特徴量に関し、まだ改良の余地は残されている ものと考えられる。一案としては、個々の情報源との「接触頻度」等、活用に関する「強 度」を取り入れることで、より実態に即した特徴量が抽出できるのではないかと考えられ る。 最後に、プロビット回帰分析によって、個々の情報源の重要度の、イノベーション創出 への寄与に関する検討を行った(表 3︲4)。多くの企業が重視する「顧客・エンドユーザ」 については有意な寄与が得られなかったが、「社内リソース」が有意かつ正の、大きな寄 与をしていることがわかった。ただし、今回用いたデータでは、単に「情報源としての 『重要度』」に関する回答結果のみが記録されている。そのため、これが知の「探索プロセ ス」における重要度なのか、あるいは、これに続く「知の創造」(Nonaka, 1994)や「知 の深化」(March, 1991) のプロセスに関する重要度なのかは定かではない。今回の分析対 象は、顧客を重視し、活発に外部ネットワークとの情報交換を行う優れたハイテク中小企 業群ではあるが、やはり、イノベーション創出能力のベースとなっているのは、自社内に 蓄積された「ナレッジ」・「ノウハウ」・「技術」等であろうことが、改めて示唆される結果 となった。 なお、表 3︲5 に示したように、他の種類のイノベーションに対しては、有意に寄与す る情報源が異なることもまた明らかとなった。実際、「製造・生産に関するプロセス・イ ノベーションの創出」に対しては、「社内リソース」は有意では無く、「サプライヤー」や 「学会・協会」の寄与が有意となっている。本調査の回答企業の従業員数は平均 86 名であ り、50 名以下の小規模な企業がそのマジョリティを占めている。これらの企業において は、物品の「大量生産」やサービスの「大規模供給」を行うのではなく、むしろ、高度な
コア技術を核とする「少量多品種型」のものづくりやサービス提供を行っていることが推 察される。換言すれば、大量生産のために必要とされる生産技術に関しては、ビジネスの コアとはなっていないことが推察される。それゆえ、生産・製造技術の高度化に係るプロ セス・イノベーションに際しては、外部から情報を入手する必要があるのではないかと考 えられる。その際、装置等を供給する「サプライヤー」や、ナレッジの取得源としての 「学会・協会」が重視されることは、ある程度自然な帰結であろう。 先述のとおり、今回用いたデータは、あくまでも、アンケート回答者(多くは社長か役 職者)の個人的な認知にもとづく各種情報源の「重要度」である。今後のさらなる分析の 改良のためには、各種情報源に含まれるノードの数(例:情報源として用いている大学の 数)やその「利用の活発さ」も勘案していく必要があろう。また、それぞれの情報源から 得られた「知」が、イノベーション創出のどのフェイズで活用されているのかが明らかに なれば、より深く有効な分析ができる可能性が考えられる。
第 5 章 結語
今回の回帰分析では、「社内リソース」の重要度が再認識される結果となったが、イノ ベーション創出に関する社内活動も、現代の視点で再度深耕に値するテーマだと考えられ る。 実際、10 名程度以下の極めて小規模なハイテク中小企業の現場では、CEO を含め、ご く少数のキーマンがイノベーション創出を支えているようなケースも少なくはないと考え られる。一方、企業規模の増大に伴い、「組織としてのイノベーション創出活動」が必要 となってくるがゆえ、これにあわせた組織文化の構築も、また重要になってくることが推 察される。 「文化」は歴史がある研究テーマではあるが、中小企業におけるイノベーション創出の 文脈では、これがあまり戦略的に活用されていないことを指摘する研究も存在している (Terziovski, 2010)。また、「文化」に関するフレームワークは、どちらかといえば大企業 向けにチューニングされていることもあり、中小企業向けの類型化が改めて必要となるか もしれない。筆者は、現在、科研費を用いた継続調査を企画中であり、本稿の研究の限界 を超える取り組みに、今後も邁進していきたい所存である。 注 1 イノベーションの創出プロセスを考えると、まずは「顧客」の課題を理解し、どのようなモノ やサービスを提供したらよいのかを検討する必要がある。そのため、当然ではあるが、顧客と のネットワークの重要性は極めて高いことが予想される。特に、「リード・ユーザ」を巻き込む ことの重要性と有効性は、様々な文献において指摘されている(von Hippel, 1988; Herstatt & von Hippel, 1992)。また、新たな製品やサービスを開発する際、これを具現化するためのナレッジ・ ノウハウ・技術等を外部のアクター(民間企業・大学・公設試・学会等)から調達する必要も出てくるであろう。デジタル化とモジュール化が進展した現在、このような方法論を戦略的に 活用し、自社の活動をスマイルカーブ上の「高付加価値プロセス」に限定するような中小企業 もあらわれてきている(中小企業基盤整備機構 , 2014)。 2 逆に、同一層のネットワークに、顧客・取引先・大学・公設試などの様々なアクターが存在す るがゆえ、つながり方の「トポロジー」に着目した結果、「ストラクチャー・ホール」や「弱い つながり」といった優れたコンセプトが生まれている。 3 なお、重みをつけない集計(「4. 重要」と「3. やや重要」を、ともに 1 と換算し、集計)では、 この平均値は 6.2 となった。 4 これら 2 つのイノベーションについては、疑似決定係数が 0.1 を切っているため、モデルとし ての説明力はやや限定的ではある。 参考文献 浅沼萬里(1990), 『日本におけるメーカーとサプライヤーとの関係―「関係特殊的技能」 の概念の抽 出と定式化』, 京都大学經濟論叢 145(1︲2): 1︲45. 浅沼萬里(1997),『日本の企業組織 革新的適応のメカニズム』, 東洋経済新報社 . 池田潔(2019), 『経営戦略論から見た中小企業ネットワークの成果と課題』, 大阪商業大学論集第 15 巻 : 179︲197.
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付録: 調査、ならびに、回答企業群の概要
本稿で用いたデータセットについて、調査の概要、ならびに、回答企業群の概要を下記 に記す。 1.調査の概要: 本アンケート調査は、オスロマニュアルをベースにしたイノベーション調査であり、 2012 年 11 月末から 12 月初旬にかけて行われた。調査対象は , 2008 年以降、「戦略的基盤 技術高度化支援事業」(経済産業省)に採択された全企業である。調査票の配布件数は 786 件、有効回答数は 416 件であった。 2.回答企業群の概要 : 本調査の回答企業の基本的なプロフィール(従業員数、売上)は下表の通りである。平 均従業員数は 86 人、平均売上高は 24 億 7,600 万円となっており、メディアンではそれぞ れ 17 人 , 7 億 5,000 万円である。 表 付−1. 回答企業(416 社)の従業員数と売上高 平 均 メディアン 標 準 偏 差 従 業 員 数 (人 ) 86 47 118 売 上 高 (百 万 円 ) 2,476 750 5,267 ( 出 所 : 筆 者 作 成 ) 140 83 50 36 20 19 4 12 9 11 3 4 24 0 50 100 150 1~ 25 人 26 ~ 50 人 51 ~ 75 人 76 ~ 10 0人 10 1~ 12 5人 12 6~ 15 0人 15 1~ 17 5人 17 6~ 20 0人 20 1~ 22 5人 22 6~ 25 0人 25 1~ 27 5人 27 6~ 30 0人 30 1人以上 企業数 図 付−2:従業員数 の分布(出所: 筆者作成) なお、参考までに従業員数の分布を図 付︲2 に示す。「従業員数 25 人以下」の企業が 140 社であり、全体の約三分の一を占めている。 なお、これらの企業群の保有技術は下記の通りである。32 31 1 25 26 8 8 12 4 3 33 17 12 35 11 17 13 9 4 20 10 13 62 8% 8% 0% 6% 6% 2% 2% 3% 1% 1% 8% 4% 3% 9% 3%4% 3%2% 1% 5% 2% 3% 15% 0 10 20 30 40 50 60 組 込 金型 冷凍 空 調 電 子 部 品 成 形 粉 末 冶 金 溶 射 蒸 着 鍛 造 動力 伝 達 部 材 締 結 鋳 造 金属 加 工 位 置 決 切 削 加 工 繊 維 加 工 高 機 能 化 学 合 成 熱 処 理 溶 接 塗装 発酵 真空 他 (企業数) 図付−3:保有技術(最も主要な技術)の分布(出所:筆者作成) 本図の技術群は、平成 24 年版の『中小企業の特定ものづくり基盤技術の高度化に関す る指針』にあらわれる 22 の技術5である。相対的に比率が高いのは (i) 「切削加工」(35 社)、「鋳造」(33 社)、「金型」(31 社)といった国内に旧来から蓄積 されてきた製造基盤技術、 (ii) 「組込みソフトウェア」(32 社)、「電子部品・デバイス」(25 社)といった、ICT・電 子機器関連の基盤技術 の二種である。本稿での回帰分析では、(ii)、ならびに、化学系の技術(「高機能化学 合成」、「発酵」)に関するダミーを導入したが有意とはなっていない。なお、各種イノ ベーション(プロダクト、プロセス、販売・マーケティング)間の関連性については、参 考文献(鈴木 , 2016)を参照されたい。 5 https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/sapoin/2014/0210Kiban_Shishin.htm 〔2021/1/5 確認〕