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宇治の大君

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Academic year: 2021

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(1)の. 治. 宇 篠. 大. 君. 百 合 子. 原. I 源氏物 語 中 の数 多 の 女性 達 は「 愛」 とい う不安 定 な情緒 を中心 に,歓 び. ,. 悩 み ,憎 み,諦 観 し,又 は安定 した境地 を求 めた けれ ど も,例 外 を除 いて は 皆 一 度 は俗 に住 み ,俗 に生 き続 け る事 を望 んで いた 。 当時 の女性 にとっての 俗一一 生活全体一一 は当然愛 の世界 ,結 婚生活 で あ る。彼女等 には他 の生 活 はなか った のだか ら。例外 の一人 ,宇 治 の大君 を取 りあげ てみたい。 波 瀾 は あ った にせ よ とにか くき らびやか な第 二 部. 1)ま での世界 か ら一 転 し. ,. おそ ら くは読者 で あ る姫達 とは無縁 の状況 を作者 は出 して きた。現世 的享楽 や利益 に遠 い,没 落 した皇族 の世界 が,第 二 部 において は意 味深 い もの とし て描 かれ てい る。一転 した とは言 って も媒介 な しで はなか った。舞台転換 は 薫 とい う世 に も稀 な心 を持 った貴公子 によ りな された ので あ る。権力 と愛情 とい う二 つ の人生 の柱 を追求 す る人達 の 中 で , どち らに も背 き (積 極 的 には いか に厭 お う 求 めず )な にや ら世 をすね者 変 り者 として 自らも認 め,此 世 を か とばか り考 え る薫。 これ までの物語 には考 え られ ない こん な男主人公 が興 味 を もち, 愛 を求 め, とて も世 を離れ るな ど 出来 そ うにない と 思 った相手 へ 一一 それ は都 の御大 層 な姫君 で はな く,最 高 位 の 階梯 か ら脱落 し,世 間か ら問題 に され ぬ老親 王 として 宇治 に閑居 し,仏 道修行 に明 け暮れ る方 の愛娘 で あ った。 も し も世 に時 め く姫君 な ら,薫 の心 に とま って も,こ れ程重 な り あ う部分 (精 神的雰囲 気 )を 認 め,執 心す る事 はなか った と思 われ る。薫 が. 1). 第一部,桐 壺∼若菜 ,第 二部,藤 裏葉∼雲隠,第 二部,匂 宮∼夢浮橋,の 分 け方 による。.

(2) θ5. 篠 原 百 合 子. 大君 を知 ったの は彼 の類 ない道心ゆ えで あ った。新 しい人物薫 に配 され る新 しい女性 ,宇 治 の大君 の存在 す る世界 とその意義を考 え てみたい。それ は薫 の求婚 を拒否す るとい う一 事 に集約 されてい る。作者 は大君 によ りこれ まで の王 朝物語 の女 主人 公 とは違 った もの を描 き,昔 物語 の殻 を破 る一 つ の試 み を したので あろ う。 だがそれが破 られ た と言 い切れ ない点 に時代 的制約 と作 者 の現 実凝視 の厳 しい眼を感 じる。生 半可 な現 実逃避を否定 し,の がれ られ ぬ この世 の業 に諦 めてい るか のよ うで あ る。. Ⅲ. 宇治十帖 は薫 とい う道心 あ る者 が,如 何 に煩悩 によ りそれ を妨 げ られ るか を描 いてい る,と 言 われ る。 1)源 氏物語 第 二 部 は,こ の道心 を持 つ新 しい人 物 ,薫 によ り開かれ る。 光源氏 は 自分 の可能 性 を全 て満 た し子 孫繁栄 の基 を 確立 し,種 々の愛 の形 を見尽 して道心 を持 った。宇治 の八 宮 は政治的失脚等 で世 を諦 らめ,北 の方 の死 で敗残 の 身 の 味 けな さを痛感 し,俗 聖 へ の生 活 に 入 ってい った ので あ る。 しか し薫 は彼等 とは異 な り,幼 時か ら道 心を持 って いた と作者 は規定 してい る。 それ は出生 へ の疑惑 ,亡 父柏木追慕 ,母 宮 の 後 世 を助 けんた めだ けが原 因 とは考 え られ ないので あ る。 それ以 前 に薫 が他 の 人 と異 な って持 って生れた ものなので あ る。薫 の道心 (観 念 的)の 象 徴 で あ る香 (感 覚的)は 前世 の果 報 で あ り,常 人 と違 う重大 な証拠 で あ った。 …… 香のか うば しさぞ この世のにほひな らずあや しきまでうちふるまひ給へ るあたり遠 く 隔たる程の追風 もまことに百歩 の外も薫 りぬべ き心地 しける. (「. 匂宮」142頁 2)).… …. と讃 え られた の も法 華経 に言 う八十 種好 中 の42「 毛孔 よ り香気 を 出 だす」43 「 口よ り無 上 の香 を出だす」か らと考 え られ る。又「 東屋」 (262頁 )で 侍女 が薫 を評 した 言葉 か らもわか るよ うに法華経 薬 王菩薩 本事 品 にお け る「 若有. 1) 2). 岡崎義恵氏「源氏物語 の道心 」 日本古典全書による。以下同 じ。.

(3) θ6. 宇 治. の 大. 君. 人 間是薬 王菩 薩本事 品,能 随喜 讃善者 ,是 人現世 ,口 中常 出青蓮 華香 ,身 毛 ると三宝 子L中 常 出牛頭栴 檀之香」 がは っき り引用 され てい る。更 に例 を あげ の こわれ た るを土 絵下 ,修 二 月 の項 に「 昔 吐婆尺仏 の 浬槃 の 時長者 あ りて塔 に を ぬ り栴檀香 を上 にまきち らし願 をお こし去 りぬ。是 によ り九十 一 劫悪 道 お ちず天 に生れ人 に生れ つつ 身香 しく日香 な り。今迦 砒羅城 の長者 の子 と生 れかた ちよき事 な らびな し。身 の 中 よ りせ むたむ の香 を いた し回の 中 よ り優 Dこ の様 な前世 の果 報 についての説話 的知識を 鉢花 の香 を いた す」 とあ る。 々か ら大切 作者 は勿論心得 た上で ,薫 に特別 な ものを与 えた と思 われ る。人 0¨ に され ,何 不足 な く昇 進 も早す ぎる程 で ,こ の上 な く思 い上 っていた 薫 が …げに然るべ くていとこの世の人とは造 り出でざりける仮に宿れ るかとも見ゆ ること 0人 ので あ る。 添ひ給へ り (「 匂宮」141頁 )・・… 間 を救済す る仏 の化身 か と見 えた の 讃 め言葉 で はあ るが,何 か余程 の事 がない限 り盛 ん な者 には現世否定 契機. はな く,後 世 に余 り気 を使わ なか った当時 ,周 囲 が 若 い 薫 にそん な雰囲気 を 感 じたのは,す で に この世 な らぬ人 として の道心 が附与 され ていたか らで あ て ろ う。 そのた め 自己の道心 には少 しも不安 な く,母 宮 の 頼 りな い尼 姿 を見 せ めて後世 を安 らか に して あげた い と思 うので あ る。宇治 の姫達 を垣間 みて ……なほ思ひ離れ難 き世なりけりと心弱 く思ひ知らる (「 匂宮」235頁 )・ ……のは現世 に も美 し く心 ひかれ るものが あ り仲 々世 は捨 て られな い, と思 うだけで決 し て道心 に不 安 の念 を抱 いての感慨 で はな い。 矛盾 して い る様 だが充分道 心を 守 りなが ら,尚 か つ気 が ひかれ るので あ る。. 今昔物 語 を見 てみ よ う。波. には 羅 奈国 の大 臣 の子 は天人 が道心 を持 って生れ 出家を とげた し,2)仙 道王 3)仏 は難陀 に天 后 の月光夫 人 が天上 よ り下 って 出家 を志 ざさせた ので あ る。 女 を見せて彼 の妻 を獅猥 のよ うだ と言わ しめ,0女 が罪 を得 て苦 しむ様子 を. D 知 らせて沙 門 に悟 りを得 させ よ うとした りす る。 1)今 昔物語 に類話 多数。 2) 日本古典文学大系 による。以下 同 じ。 Ⅱ-163頁 3) I-100頁 4) I-90頁 5) I-104頁. 又「 宿木」 (199頁 ).

(4) 篠 原 │こ. 百 合 子. θ7. は……昔別を悲 しびて屍をつつみてあまたの年頸にかけて侍 りける人も仏の御方便. にてなむかの屍の嚢を棄ててつひに聖の道にも入 り侍 りにける…… とあ る。 この様 に出家 ,道 心 は余程 の 契機 がない限 り前世 か らの宿縁 として持 っていた もの か ,さ もなければ 自身 で悟 った り無 常を感 じたか らで はな く,誰 か に助 け ら れ ての上 の こ とで あ る。「 実 に善悪 の果報皆先世 の宿也 」 との考 えは一 般 に 浸透 していた と考 えてよ いで あろ う。宇治十帖中 か ら取 りあげ ると「 手 習」 い (162頁 )で 僧都 が浮舟 の美貌 を…… げにいときやうざくなりける人の御ようめ かな功徳 の報いにこそかかる容貌にも生ひ出で給ひけめ…… と評す る言葉か らも こ の考 えが窺 え る。源氏物語 中 には『宿世』 とい う言葉 ,考 えが至 る所 に見 ら れ る。人 は皆 ,宿 世 に操 られ抵抗 な ど思 い も寄 らな いので あ る。全 ては宿世 によ って 決定 され る。. 自己を 罪深 き者 とみた紫式部 は この宿世 か らの解. 脱 を求 め,「 現世 は末代 濁世 ,自 己は極悪人 ,弥 陀 の本願 にす が る為 には絶対 他 力 の専修念仏 を」 との源信 の教 え に傾 倒 した らしい。弥陀 が極 悪 人 を正機 とす る事 は「 極重悪人無他方 便 ,唯 称念仏 ,得 生極楽」 (往 生要集下 )か ら もわ か る。源信 は往生要集で 理観 を捨 て,事 観 (仏 の功 徳 や相好 を観 ず る) を教 え,事 観 の不可能 な もの に一心 称念 の念仏を勧 めてい る。. D即 ち阿弥 陀. 仏 や浄上 の様 を観察憶念す る観念念 仏 が主 で ,口 唱念仏 は副で あ った。念仏 往生 の 為 の十 門 (厭 離機 土 ,欣 求 浄土 ,極 楽証拠 ,正 修念仏 ,助 念方法 ,別 時念仏 ,念 仏利益 ,念 仏証拠 ,往 生諸業 ,問 答料簡 )の 第 四,正 修念仏 にお いてそれ は説 明 され る。上機 の者 には仏 の相好 を観ず る別相観 ,中 機 には仏 身全体 を観ず る総 相観 ,下 機 には仏 の 白竃相 を観ず る雑略観 ,極 重悪 の劣機 には帰命想 ,引 摂想又 は往生想 によ る称念 を勧 めてい るので あ る。紫 式部 が 救 い を求 めて これ に傾 倒 した らしい と言 ったが, しか し これ らの教 えに全面 的 に満足 した とは思 えな い。宿世 とい う考 えは彼女 に抵抗 を感 じさせ た。 だ が破れ ない厚 い壁 で あ った ので はなか ろ うか。 そ して簡単 に破壊 出来 るほ ど 生易 しい もので ない事 も知 っていたので あろ う。薫 の絶対 的で はないが忘れ きれ ない道心 がたえず行動 を制約す るの もその為で あ った。薫 は制約 され る. 1). 往生要集。 日本仏教思想史 (大 野達之助氏著 )参 考。.

(5) θ8. 宇 治. の 大 君. 自分 を省みて,結 局 は叶わぬ道心故 なのだ と全 て を押 しつ け る。 ここに一 種 の ` 楽ミ が あ る。道心 は薫 にと って 華やかな社会で一 層際 だ って注 目され る 飾 り物 の一 つ に もな った。 匂宮 に… …例のおどろおどろしき聖詞見はてて しがな (「. 橋姫」239頁 )・・…・等 と言 われ て も何 か 楽 し く快 い気持 にな りこそすれ , 重. 荷 で はなか った様 に思 われ る。 内心 他 の人 と異 な って い る事 で得意 にな った で あろ うのは, 誘 い を断わ って…… 例の ことに触れてすさまじげに世をもてなす とにくくおぼす. (「. 総角」53頁 )・ ……と匂宮か ら 憎 らし く思 われた こ とか らも容. 易 に考 え られ る。名 も地位 も背景 も理 想 的条件 のために,大 変な心 お ご りを して い る薫 がその道心 の遂行 に も現世的欲求 の追求 に も,中 途半端 な行動や 態度 しか取れ なか った。両者 は相反す る ものなので あ る。作者 は大君 との精 神 的関係がそ の 後宗教 的 にまで高 め られて い った,な どと安 易 な解決 は しな か った。そん なに甘 くはな いぞ と手 ひど くつ き離す ために現 われた のが 浮舟 で あ った。彼女 は己が意志で 出家 し,薫 は不満 なが らも大君 の形代 と しての 愛 の対象 で あ った女を は っき りと失 って しま った。寂漠 た る思 いのみが残 り. ,. 薫 の道心 な どど こに も誰 のために も役 に立 ちは しなか った。道心 と人 間的煩 悩 との相剋 は未解 決 の 問題 と して残 された。 罪 の子薫 に この苦 1出 を与 え る意 図が あ った に して も,作 者 に も読者 に も永遠 に余 りに難 しい問題 で あ ったか ら。. 社交界 の花形 貴公子薫 は「 はか な き契」 を あち こちに結 んで も大 して心 ひ か れ る女性 もな い とい う様子 で ,不 思議 な道心 を弄んで い る。多 くの女達 を ひ きつ け憧憬 させ る人気者 が,と りす ま した道心 を の りこえ得 よ うと した女 性 ,宇 治 の大君 は,や は りこれ まで の女君 とは異 な っていた。新 しい人物 に 対 応 出来 る,新 しい物語 を展 開す る女主人公 は,普 通 の姫君 なみの生 いた ち で あ ってはな らな い。作者 は この 出発点 において も又 ,宗 教 的要素 を物語 の 支 え と した。 まず 当然 の順序 と して大君の父八宮 に触れねばな るまい。最 初 に……世に数まへ られ給はぬ古宮. (「. 橋姫」208頁 )・ ……と して 宇治 とい う辺地 に. 美 しい二人 の姫君 を抱 え,俗 聖 の生 活を送 ってい ると紹介が あ る。読者 はす.

(6) θ 9. 篠 原 百合子 ぐ当時 の薫 の精神 の指 向性か ら,世 を背 き「 心 ばか りは蓮 の上」. Dと い う八. 宮 との交 わ りを思 い, そ こか ら 姫君 との ラブ・ ロマンス の 可能性 を 想像す る。誠 にその通 り,こ こに宇治十帖を展開す る根本 の 恋物語 が生 じるので あ る。 しか しそれ まで には 三 年 の月 日が 過 ぎねばな らな か った。 薫 は宇治 へ 男君 と してで はな く,八 宮 の道心 の様 にひかれて法友 として行 った ので あ る ・ ・00世 の中をかりそめのことと思ひ取 りいとは ・ か ら。 阿 闊 梨 を 介 して 八宮 は・ しき心のつ きそむる事 もわが身に憂ある時なべての世 もうらめ しう思ひ知る初ありて なむ道心も起 るわざなめるを年若 く世の中思ふにかなひ何事も飽かぬことはあらじと 覚ゆる身の程に然はた後の世をさへたどり知り給ふらむがあり難さ. (「. 橋姫」219頁 ). …… と薫 の珍 らしい心 に驚 き,讃 め,交 際 が始 ま るので あ る。 二 人 の姫達 に 拘 わ ってい るの さえ意 に染 まず ,残 念 な運命 と感 じる八宮 は心 は聖 の 日々で. ,. 仏典 に も通 じ音楽 をよ くし,姫 達 にはや さ し く立 派 な父で あ った。 しか し現 実生活 とな ると全 くうとい方 な ので あ る。立派 な後見 もな く学 問 も深 くは習 わず ,処 世 の方法 な どま して御存 じなか った。先祖伝来 の宝 物 ,遺 産 もな く して しま い,宇 治 の別荘 を住居 に世 を憂 じと思 い つつ過 して い らしたので あ る。 このよ うな父 に育 て られた娘 は当然精神的 に,都 で 華 やか に もてか しづ かれて い る姫君達 とは違 った もの を持 ってい ると考 え られ る。 そ して妹 よ り は姉 の方 が早 く,よ り強 く影響 を受 け たで あろ う事 は想 像 に難 くな い。彼女 達 の性格 の叙 述場面 は少 な く,生 活態度 によ り各 自の特質 が示 され るので あ るが,幼 少 の時 か ら姉 の心 ばえはろ うたけ て深 く重 々 し く,妹 はおお どかで 可憐 で愛 らしい,と 異 な っていた。成人 して もや は り姉 は今少 し重 りかで 由 緒 あ る様子 なの は持 って生れた性格 だけで はな い と思 われ る。父 へ の 同情 と 妹 へ の母代 りの愛情を持 たせ られ た女 性 のや がて の役 目は,一 家 の女 主人 と して 内外 に心を配 る こ とで あ る。 自然妹 よ りも処世 の術 のな さを知 り内攻的 に憶病 にな って行 く。 自分 の運 命 を予感 した八宮 は山寺 に参籠す る事 を決心 し注意 を残 して い った のだが,そ れ は後 々姫 君達 の 自虐 の種 とな った。 …… さばかりの事 にさまたげられて長き世の 間にさへ惑はむが益なさを,か つ見奉 る程だ. 1). 橋姫216頁.

(7) 宇. 治. の. 大. 君. に思 ひ棄つ る世を去 りなむ 後 の事知 るべ きことにはあらね ど, わが身ひとつにあらず 過 ぎ給ひに し御面伏に軽 々しき心 どもつかひ給方、 な。 おぼろげのよすがな らで人の言 に うちなびきこの山里をあ くがれ給 ふな。 ただか う人に違ひたる契 り異なる身 と思 し な して, ここに世をつ くしてむ と思ひとり給へ. (「. 椎本」260頁 )・ … ¨他 人 の 非 難 を. 受 け て親 の 恥 にな らぬ よ う,ひ っそ り引 き こ も り運 命 を諦 めて 世 を過 せ と言 うので あ る。 世 渡 り上手 に 家名 を 守 り生 活 す る と い う事 は ,男 で あ る八 宮 さ え 難 しか った。 ま して姫 君 には思 い も及 ば な い 。侍 女達 へ の 訓 戒 もや は り家 門 の 名 誉 保 持 の 事 で あ った。 薫 と大 君 の 出会 い の 前 に道 心 と も関 係 深 い 薫 の 女性 観 を一 寸 見 て お こ う。 … … 中将 は 世 の中を深 くあぢきなきものに 思 ひすま し たる心なればなかなか心 とどめて行 き離れ難 き思 ひや残 らむなど思 ふにわづ らは しき 思 ひあらむあたりにかかづ らはむはつ つ ま しくな ど思 ひ棄て給 ふ。 さ しあた りて心に しむべ き事 のな き程 さか しだつ にやありけむ。 人 の許 しなか らむ 事 などはま して思 ひ 寄るべ くもあらず. (「. 匂宮」144頁 )・ … ¨女 に 執 心 して面 倒 な 事 にな った ら出家 の. 気 持 に もゆ るみ が 出 よ うと考 え る。 冷 泉 院 の 女一 宮 に対 して も憧 れ は抱 い て も院 の 隔 て の 厳 重 さは薫 の心 に まず理 性 を よ び起 した。 理 性 を先 立 て て は感 情 の もので あ る恋 愛 が 本 当 に 実 る とは思 え な い 。 この 薫 を見 込 ん で八 宮 は大 君 との間 を … … おのづ か ら かばか りな らしそめつ る 残 りは世籠 れるどちにゆ づ り聞 えてむ. (「. 椎本」258頁 )・ … …と し ゃれ た 紹 介 法 で 積 極 的 に 許 した ので あ る。 こ. れ ほ どは っき り した父 宮 の 許 し もあ り,誠 実 とみ られ る薫 の 度 々の 求 婚 を. ,. 何 故 大 君 は斥 け た の で あ ろ うか 。 ……・ この人の御けはひあ りさまのうとま しくは ヽ あるま じく故宮 もさや うなるソ と ばへ あらばと折 々のたまひおぼすめ りしかど (「 総角」 28頁 )・ … ¨と い うノ 己ヽ で。. 大 君 の思 惟 と行 動 によ りそ の 存 在 意 義 を 知 る為 に項 目に 区切 って み た い 。 イ. 遺 言 の 力 ,家 門 の 名 誉 維 持 。. 口. 精 神 的未 発 達 と 自己卑 下 。. ハ. 自己犠 牲 へ の 満 足 。 ナ ル シ ンズ ム と も言 うべ き もの 。. 二. 薫 の性 格 。.

(8) 篠 原. ホ. 人間不信 と 自己否定 。. へ. 大君 の思 惟 の矛 盾。. 百 合 子. 41. こ れ らは当然 独立 してい る もので はな く,大 君 とい う若 い女性 の 中 に複雑 に 同 居 してお り,重 複 した部分 が 出 るのはやむを得 ない と思 う。 イ. 八 宮 の生前 とい うよ り,昔 政権 か ら脱落 して以来 ,万 事 かなわぬ事 が. 多 く,年 経 るにつ れ邸 内は寂 し くばか りな ってい った。 …… たづ きなき心地す るにえ忍びあへずつ ぎつ ぎに従ひてまかで散 りつつ 若君の御乳母もさる騒ぎにはかば か しき人を しも選 りあへ給はざりければ程 につけたる心浅さにて幼き程を見棄て奉 り にければただ宮ぞはぐくみ給ふ。. (「. 橋姫」210頁 )… … ほ どの窮乏ぶ りで あ った。. 本 来 な ら腹 心 の はず の乳母 さえ逃 げ出 した とい う心 もとな い有様 で ある。 こ こに薫 が 出入 りす るよ うにな ってか らは……をか しきやうにもまめやかなるさま に も心よせ仕 うまつ り給ふ. (「. 橋姫」222頁 )・ … ¨と述 べ られて い るよ うに, 僧達. へ 八 宮 に代 わ って の布施 ,宿 直や侍女達 へ の心配 り,そ して八 宮没後 も姉妹 の装 東 や 結婚 に関す る内 々の細 か い事 まで まめやか に世話 を したので,宇 治 方 で は ど うや ら恥 もかか ずす ん だので あ った。 つ ま らぬ人 に つい て 宇治を離 れ な いよ うにとの姫君達 へ の遺言 ,侍 女達 へ の零落 して も家 門 の名誉 を守 り. ,. 経済 的理 由で姫 達 が身 を落 さぬよ う気 を つ け て ほ しい,と の八 宮 の 頼み は. ,. 狭 い世界 しか知 らず無 知 な姫達 の進 路 に大 きな影響 を与 えた。 当時女性 の運 命 は普通家名 によ って 決 り,又 与 え られた地 位を守 ることは家名 を守 る こ と で もあ った ので あ る。父宮 が薫 を許 していた のを知 りなが ら大君 が首 を横 に 振 った のは,第 一 に遺 言 で あ る家 門 の名誉 を守 る為 で あ った。即 ち薫 を うと ま し くは思 わ ぬ が頼 りにな る後見 のない身 の上 で は,は れが ま しい薫 に対 し 至L底 充分 な世話 も出来 ず縁 の長続 きす る事 も思 い及 ばない。 そん な恥 しいめ は見 た くな い,と い って薫 とき っぱ り無 関係 とな る事 は一 層頼 りな さを増す こ とで あ る。後見 によ りどのよ うにで もな る世 なのだか らと考 え,悪 くい え ば 薫 の純情 を ち ゃっか り利用 しよ うと したので あ る。 自分 は父 の遺 言を守 り 独身 でいて今 を盛 りの妹 の後見 と して尽 し,薫 の経済力 によ り浮か び上 ろ う とい うので あ る。八 宮が戒 めた こ とで はあ ったが,責 任 あ る立 場 に残 された.

(9) 42. 宇 治. の 大 飛. 大 君 と しては精一 杯考 えた末 の最上策 で あ った。父 な きあ と彼女は「 たの も しノ、」「 さか し人」で あ る事を要求 されたので あ る。女主 人の 為 ばか りでな く自分達の生 活 のため薫 との結婚 を勧 め る侍女達の中 に あ って,妹 夫 妻 の生 活を見 ては,結 婚 には権力経済力を持 った力強 い後見 が必要 で あ るのを痛感 させ られた。 自分 と薫 の事 な ど 絶対駄 目だ と 諦 め ざるを 得 なか った ので あ る。 だが 中君 のχしには薫 の 力を借 りねばな らな い。経済力 とい う主導権を握 られては 精神的 に大 変 な ハ ンデ ィキ ャップで あ った。 薫 が もう少 し 「 なの め」で あ った ら (両 者 の差 が縮 ま る)と 思 う大君 の心 には も し逢 うな ら対等 で との考 えが あ った ので ある。 それが家門 の名誉保持 なので ある。 そ して作 者 は大君 に同情的 で あ り,必 ず し も権 門 の 貴公 子薫 を全面 的 に支持 しな くな って い るのは,第 二 部 まで の主人 公光源氏 と異 な る点 で ある。父宮の遺言 に 背 き妹 を人並 に扱 お うと したあや まちはたえず 心を責 めた。 これ以上罪を重 ねた くな い と思 う大君 にと って ,阿 閣梨 の 夢 の話 1)は 大 きな傷手で あ った。 これ ほ ど一人で心 を砕 き家名 を守 ろ うと した甲斐 もな く,父 宮は 自分達 のた め 中有 に迷 って い らした ので ある。 口 大君 の思惟 は当然 環境 によ り大 き く制限 された。 宇治 とい う片 田舎 で 都 との交 渉 もほ とん どな く,た い した経 済力 もな く世 間智 に うとい俗聖 的生 活 を送 る父 にど うにか育 て られた ので ある。普通 の姫君 な らば男性 に対 して ` と ある程 度の ノ 構 え もあろ う。 …… いひ知らずか しづ く物の姫君もす こし世 の常の 人げ近 く親兄などいひつつ人のたたずまひを も見なれ給へ るは物のはづか しさもおそ ろ しさも斜にやならむ。家にあがめきこゆる人こそなけれかかる 山深き御あたりなれ ば人に遠 くもの深 くてならひ給へ る心地に思ひかけぬ有様のつつましくはづか しく何 事 も世の人に似ずあや しう田舎びたらむか しと (「 総角」55頁 )・ ……巧者 で 才 ある中 君 で さえ田舎 びてい ることを恥 し く不安 に感 じて い るので ある。 ま して大君 は男性 に対 して 人並以上の羞恥心 , 恐怖 , 警戒 心を 持 って いた と考 え られ る。大君 の思考を偏狭 に して い った 自己卑下 の気持 の一 部 は逆 に気 位 の高 さ. 1). 総角93頁.

(10) 篠 原 百合 子. 4θ. を示す と もとれ る。 例 えば下人で あろ うと都 の者 には琴 の音 を聞かせ ぬ1)と か ,匂 宮 へ の返事 は父 か ら勧 め られ て も拒 否 し中君 に書 かせ る2)な どには. ,. はかな い 自尊 心 が見 え るので ある。大君 は薫 の意を知 っていなが ら…… 違へ じの心にて こそはかうまであや しき世のため しなるありさまにてへだてなくもてな し 侍れ。それをおぼ しわかざりけるこそは浅き事 もま じりたる心地すれ. (「. 総角」17頁 ). …… 最初 か ら世 間並 の こ とな ど考 えて はいない,あ くまで友人 と して対処す るのだ とい う。 当時 の男女関係を考え てみて も例 のないほ ど珍 らしい事 で あ る。 だが重荷 を背 負 い あえかな神経 を切 り刻 む,頼 もし人 の必要 な大君 のよ うな女性 が ど うして初 めか ら木石 にな どなれ よ うか。殻 に閉 じ こ もる苦 しさ に耐 え られず,真 情を吐露 したのは…… この人の御様のなのめにうち紛れたるほ ヽ 由 どならばかく見馴│れ ぬる年頃の しるしにうちゆ るぶ ノ もありぬべ きを (「 総角」29頁 ) ……のただ一 度 だ けで あ った。激 情か ら理 性 へ す ぐに戻 った と ころに彼女 の 悲劇 が あ った。 この理 性 は男性 を避 け たい とい う感情 に裏打 ちされ ていた。 そ して身体 や 容色 の衰 えを 自覚 してはいよいよ 自己卑下 の気持を強 くしてい く。 この大君 の閉 された思 考範囲 も薫 によ りだん だん広 げ られ てい った のだ が 自ら限度 が あ った。大君 と同様 若 くして死 ん だ 夕顔 はその死 は悲際J的 で あ ったが,積 極 的 な愛 の歓 びの 中 に死 ん だ幸せ な女 ,と も考 え られ る。 と ころ が種 々の条件 によ り,大 君 の指 向す る世界 は現実 の愛以外 の場所 に求 め られ , しか も何 も叶わ ぬ うちにベ ル が鳴 り,幕 が下 りたので ある。 ハ. 大君 は 自分 の恥 しい様子 を知 られ軽 く見 られ る事 を大変 つ らが り,3). 4)と 嘆 き恐れ ていた。 その くせ 薫 か ら 薫 との結婚 その もの を 「 あ るま じき事」. 友人 でい ま し ょうとな つ か しげ に語 られ ると,お そ ろ しさもな ごんで しま う とい う単純 さなので ある。物 をへ だてて話す な ら安心 して心 のへ だてな く話 せ るとの言葉 には,は っき り男性拒否 の意志 が 出てい る。 自己をい とお しみ , 品位を保 ちたい とい う本能 と理性 のため薫 とは不即不離 の 関係 でい こ うとす. 1). 橋女 臣225頁. 2)椎 本254頁 3) 総角24頁 ,25頁 ,49頁 4)総 角26頁.

(11) 4 ζ. 宇 治 の 大 君. る。迫 られ て も見放 されて も困 る女が, 自分 の意 志を通す には この手段 しか なか った。 自分 は昔 か ら恋愛 の方面 は思 い離れ た心で い るか ら妹を, との勧 め も薫 の心 を動 かせ ず,身 勝手 な 自己満足 の方法 に終 る。潔 ぺ きな大君 がた とえ方便で も「 身 は逢わず と も心 は妹 と同 じ」 な どと 口に したのは,無 意識 なが らコ ケ ッ トリー の働 き故 と思 われ る。 だが薫 の侵入 に対 しすばや くか く れ たのは妹 を残 して と計算 した上で はな く,反 射 的本能 的 に危 険か ら逃れた ので ある。弁 に言わせ ればあ さま しい程気 強 い結婚忌 避 で あ った。 中君 と薫 を何 とかあわせ よ うと一人で 力ん で い るの も妹 の為 よ り自己保存 的, 自己 中 心 的 に感 じられ る。 その くせ 自分 の気持 も抑圧 してい るので ある。 …… ゃう や うことわり知 り給 ひにたれど人の 御上にて も物をいみじく思ひしづみ給ひていとど かかる方を憂きものに思 ひはててなほひたぶるにいかでかくうちとけじあはれと思ふ 人の御心 も必ずつ らしと思ひぬべ きわざにこそあめれ。 われも人 も見おとさず心違は で止みに しがなと思ふ心づかひ深 くし給へ り. (「. 総角」67頁 )00…・妹夫妻 の事 ,父 の. こ と,と 相 つ ぐ衝撃 に倒れ た大君 は回復 を願 うど ころか,つ いで に何 とか死 ん で しまお うと考 え る。 …… この君のか く添ひ居て残なくなりぬるを 今 はもて離 れむ方な し。 さりとてかうおろかならず見ゆめる心ばへの見劣 りして我 も人 も見えむ が心安からず憂かるべ きこと (「 総角」95頁 )・ … ¨自分 も相手 も下 げ た くな い。 も し生 き残 った ら病気 にか こつ け尼 になろ う,そ れで こそ互 に真 心を見 つ くす 事 が 出来 るのだ と自らに言 い きかせ るので ある。か け がえのない人 だか ら平 安 な状態 でいたい。 この犠牲 的な心 を抱 き じめて の満足 は,一 種 の ナル シン ズ ムヘ の傾 きを示 して い る。 二. 決 して女 に心 を乱す まい「 か なは ぬ心 つ きそめなばお ほ きに思 ひに違. べ き事」 1)と す ま して言 って,匂 宮に憎 らし く思 われた薫 なのに大君 に心 勇、 を傾 け て しま った。 だが匂宮 のよ うに情熱 に まかせ て とい うのではな く,あ くまで も女性 の 同意を得 て, とフ ェアプ レイ を心 が け た為 に実 らぬ恋 に終 っ て しま った。何不足 な い条件 を備 えて い る 自信 か らは このよ うな結果 は予想 で きなか った。恋愛 において思 考 が伴 な って いた らど こかで必ず故障 が起 る 橋女 臣238頁.

(12) 篠 原 百 合 子. 45. で あろ う。 ま して道 心 な どその最 た る原因 とな るはず の もので あ る。八 宮 の 許 しもあ り競 争相手 もな く,す で に「 領 じた る心地」1)で 無 理 に結婚 を急 ぐ で もない落 ちつ き払 った態度 で 接 した こ とは,大 君 に必要以上 の気 お くれを 感 じさせ た と思 われ る。兄 夕霧 に さえ気 のお け る弟2)と して遠慮 させ る もの を薫 は持 っていたので ある。薫 自身煮 えき らな さを知 りな が らま っす ぐ進 め な い。「 心 に くき程 な る火影 にみ ぐしの こぼれかか りた るをか きや りつつ見 給 へ ば」3)と まで迫 っていて,「 おのづ か ら心ゆ るび し給 ふ折 もあ りな む」 と思 い返 す。大 層 フ ェ ミニ ス トのよ うだが,む しろ憎 か らず思 いなが ら種 々 の 条件 で 悩ん で い る,複 雑 な女心 を知 らぬ偽善者 であ る。「 御 心ゆ る し給 は ず ばい つ もい つ もか くてす ぐさむ」4)と 無 理 にのん び り構 えたの も,結 婚 の 成 就 を信 じていた為で あろ う。大君 にす る りと逃 げ られ た 時 も誠 を見せ るた め頭 を働 かせ ,光 源氏や匂宮 な らど うな ったかわか らぬ 中君 との一夜を事 な くす ませ た心 強 さで あ った。 こん な厳 格 さ も好 意 も種 々の厚志 も,大 君 には 重 荷 とな ったで あろ う事 は容 易 に察 せ られ るが,そ れ以上 に六 の君 を ……人 の上に見な したるをくちを しとも思ひたらず何やかやともろ心にあつかひ給へ るを大 臣 は人知れずなまねたしと (「 宿木」165頁 )・ ……に示 され るよ うな 薫 の もつ 冷 た さ (理 性 に基 づ く)を 感 じとっていた と思 われ ,そ れ は何 と も しよ うのな い 事 で あ った。 あれ ほ ど執拗 に大君 を求 め,失 って嘆 いた薫 が,あ とを追 って 投 身 したい と言 う弁 の歌 に対 して……それ もいと 罪深かなることに こそかの岸 に 到 ることなどかさしもあるまじきことにてさへ 深き底に沈み過さむもあいな し。すべ てなべてむな しく思ひとるべ き世 になむ. (「. 早蕨」123頁 )・ ……と諦観 の 言葉 を は く. が, これ は道心 に向 ってで はな く,現 実か ら離れ られ ない態度 を示 してい る と思 われ る。 薫 は結 局常識世界 ,俗 世 の住 人で あ った。 ホ. 自分 は この まま埋れ よ うとい う大君 の心 に一 層強烈 な影 響 を与 えた の. は,匂 宮 の行 為 に対 す る不信 で あ った。一度 は薫 の謀計 にかか った と恨 め し. 1)椎 本259頁 2) 早蕨 128頁 3) 総角 24頁 4) 総角 34頁.

(13) 宇. ζδ. 治 の 大. 君. か ったのに,気 を と り直 し中君夫 妻 の世話 にかか りき っていたので ある。 … ・疎にはあらぬにやと思ひながらおぼつかなき 日数のつ もるをいと心づ くしに見 じと … 思ひしものを身にまさりて心 ぐるしくもあるかなと姫宮はおぼ し歎かるれどいとどこ の君の思ひしづみ給はむによりつれな くもてな して 自らだになほかかること思ひ加へ じといよいよ深 くおぼす. (「. 総角」65頁 )・・… 0と 世 の 中を思 い捨 て る気 持 に ます ま. す拍車 がか け られ た。 宇治 の紅葉狩 に際 し匂宮 が訪れ なか った事 は大君 に と って ひ どい傷手 で あ り,男 とい うものは虚言をよ く言 って思 って もい な い人 を思 って い るよ うに言葉を尽す ,と の侍 女達 のお喋 りも下 々の者 だけで な く ,. 匂宮 のよ うな立 派 な身分 の方 に もあては まると思 い 知 った ので ある。薫 に慰 め られ て も不信 は消 えず,む しろ深 い真 心 を見せ る薫 とて あて にはな らぬ. ,. と疑 いを 増 してい った。「 我 も世 になが らへ ばか うや うな る事見 つべ き に こ そ はあめれ」 1)と 考 え, 自分 だけは世 の憂 き目に あわず,罪 の浅 い うち何 と か死 の うと思 い続 け るよ うにな る。 家門 の名誉 とい う重 圧 の下 で,頼 り所 の ない若 い女が人笑 え にな らぬよ うに と心 を砕 け ば,死 を願 う気持 に まで行 き つ くので あろ うか。大君 が妹 と 自分 を同一視 し嘆 きす ぎるよ うに も思 え るが. ,. 時代性 と 自己愛 の広 が りと見 てよいので はあるまいか。 同 じ環境 で年 も二 才 しか違 わ ぬのに二 人 の性 格や進路 ,物 の考 え方 の対 照的 な事 か ら,大 君 がい か に翼 を広 げて 妹を守 って いたかがわか るので ある。そ して一人で は もう力 尽 きた。 中君 のおお どか さや信 じる努力をみて い ると,作 者 はい つ も このよ な人 を守 ってい るよ うに思 われ る。 中君 の姿勢 には積極 的 に事態 に順応 す る 処世術 が天 性備 わ って い る。大君 は 自然 の成行 き に背 きす ぎた。 だが 男性不 信 , 現実厭 離 の心 に 何 とか光 を探 し, 友情 の世界 に活路 を 見 出 したので あ る。 これ は相手 も自分 も見下 げ た くな い とい う結婚 否定 の思 想 か ら当然行 き つ く境地 だが,当 日 寺の姫君 の考 え として は特 異 な もので あろ う。大君 は運命 的 に結婚 しな い,出 来 ない女性 として倉1り 出 され た。他 の女 のよ うに男君 を ひた す ら信 じ,生 きよ うとはせ ず , 自分 で 考 え行 動 した。又 せ ねばな らぬ立 場 で あ った。『意志』 は否応 な く働 らか され たので ある。大君 の世界 が狭 か 総角 77頁.

(14) 篠 原 百合 子. 47. った とはいえ,男 性不信 の原 因 が匂宮 と薫 だけで は弱 く感 じられ る。物語 の 表 面 には描かれ てはいないが, フ ァー ザー 0コ ンプ ンックスの裏返 しとで も い った ものが あ った ので はあるまいか。最 も信頼す べ き父宮 が北方死後 の一 時 の慰 み に,後 の浮舟 を生 ませ た こ とは大君 の幼時 で はあ って も,彼 女 の心 に一刷毛 の薄 い影 を投 げた と考 え られ る。 その影 が二 人 の貴公子 によ り濃 く 重苦 し く, 大君 を圧 倒す るほどに 塗 りこめ られ て い った と 思 われ るので あ る。 へ 1。. 2。. 大君 のゆれ 動 く思惟 を二 つ に大別 して考 えてみよ う。 甘美 な恋愛 の世界 ,平 安 朝的情緒 の勧誘 へ の傾 き。 理 性 ,意 志世界 の厳 しい現 実対処。. 結 局作者 は 2の 意志 を勝たせ たが,そ れ は読者 (平 安 朝 の代表 的姫君方 )の 希 望 を完全 に裏切 った もので あ った。大君 は平安 朝的情緒 に しば しば引かれ なが らも……・一ところ おはせましかばともか くもさるべ き人 にあつかはれ奉 りて宿 世といふなる方につけて身を心ともせぬ世なればみな例の事 にて こそは人わらへなる とがをも隠すなれ. (「. 総角」33頁 )・ ……不安 な 境涯 の もた らす ものを考 え, 涙を. のんで 振 りき った ので ある。 自分 の 幸福 を犠牲 にす る代償 に妹 の人並 な待遇 を求 めた。妹思 い と共 に 同一 視 によ り,自 分 の果 せ ぬ望 みを今 を盛 りに美 し い 中君 にか け たので ある。薫 とは平行 線を保 つ こ とを心 が け愛 想 のない態度 を とっておきなが ら,一 方冷淡 にな られ た ら困 ると心配す る。2。 の意 志世界 へ 1.の 情緒 がチ ラチ ラと顔 を 出す ので ある。 あき らめたよ うで も甘美 な愛 へ の傾斜 がのぞ いてい ると言 え る。 つ い には薫 を あ りが たい方 と思 い知 り,互 の思 慕 を美 し く残す ために看護 の薫 に うとま し く見 られ た くな く,思 い隈 な く物を言 うの もひか え るよ うにな るので ある。 いよいよ重 態 とい う時 に男君 で はな く親友 に ……・日頃おとづれ給はざりつればおぼつかな くて過ぎ侍 りぬべ きに やとくちを しくこそ侍 りつれ. (「. 総角」91頁 )・ … …と息 の下 に本 当に頼 りに してい. た心情を述 べ る。 1。 と2。 の感情 の 中 にたゆたいなが ら,薫 に良 い思 い 出を残 そ うと うちとけ,思 い を さます よ うな状態 で はな くな つ か しげ に美 し く終 る ので あ る。先 に 2が 凱歌を あげた と述 べ たが完全 な意志 の世界 で はな く,作.

(15) 48. 宇. 治 の 大. 君. 者 は大君 に女性 としての限界 を保 たせ てい ると思 われ る。紙数 の都合 で 省略 した部分が多 いが,大 体 以上 の六 つ の点 が大君 の思 惟 や行 動 の原因 と考 え ら れ る。 そ して各 々が一 見 矛盾 してい るよ うにみえて もそれ はや がて一 本 の線 に 統一 され,大 君 とい う一人 の 若 い女性像 を浮 きぼ りに してい くので ある。. Ⅲ. 薫 の精神 にふ さわ しい女 性 としての才 智 ,態 度 を もって生 み 出された大君 は「 新 しい」 男性薫 の愛 の対象 として「 新 しい」地 位 と意 の世界 を持 たせ ら れ た事 に意 味 が あ った。 それゆえ愛 は悲劇 的葛藤 を生 じ,や がて気持 を昇 華 させ るよ り高 い愛 の次元を求 めて成 長 してい った。薫 の道心 と煩悩 ,大 君 の 愛 と宿命 との相剋 の 中 に美 を認 めた 作者 は死 に まで美 を与 えて い る。 薫 の思 い 出話 につ けて も匂宮 が・……世にため しあり難かりける中のむつびを 「いでさり ともいとさのみはあらざりけむ」との こりありげに問ひな し給応、 (「 早蕨」115頁 )0… … の も常 人 として 当然 で もあ ったで あろ う。清 らかで厳 し く霊 的な と も言え る 愛 の 関係 で 終 ったが 為 に,永 く薫 の 忘れ られ ない事 とな ったので ある。作者 の あ こがれの境地 で はあるまいか。世 の憂 さを知 り出家を志 した薫 は母 や 中 君 の事 が気 にな り仲 々本 意を とげ られな い。 そ して大君 が生 前 ,身 を分 け て も心 は同 じ,と 勧 めた 中君 を つ きせ ぬ慰 め に と考 えだす。 これ は予想 された 事 で はあるが 作者 が次 の展開を は っき り知 らせ る事 とな る。女 二 の 官 との縁 談 を承 知 しなが ら「 くちを しき品な りと もか の御 あ りさま にす こし も覚 えた らむ人 は心 もとま りな むか し」 1)と の思 いで 浮舟 へ と移 るのを納得 させ るの で あ る。一足 とびに浮舟を 出す こ とは許 され な い。 中君 はつ な ぎ役で あ り浮 舟 によ って薫 が 味わ う救 い 難 い苦悩 は運命 的 な もので,大 君 はその為 に絶対 必 要 な過程 で あ った と も言 え る。 こ うみて くると第二部 の 女性 ,大 君 ,中 君 浮舟 はいづ れ も薫 の物思 い を深 め,人 間 の求 め る ものを 妨 げ無 視 し屈服 させ. 1). 宿木 140頁. ,.

(16) 篠 原 百合 子. 49. る強大 な力の存 在 を知 らせ てい るよ うで あ る。大君 の境 地 には少 くと も普通 の姫君 よ りは宗教 的要 素が含 まれて いた と考 えてよ いで あろ う。 だがその理 解 の程度 とい うのはか な り低 い と思 われ る。…… 罪深かなる底にはよも沈み給 はじいづこにもいづこに もおはすらむ方に迎へ給 ひてよ。 かういみじくもの思ふ身ど もを うち棄て給ひて夢にだに見え給はぬよ. (「. ・の嘆 きは尤 もだが現 総角」85頁 )・ …・. 世 を厭 離 し,勤 行 の功徳 を つ み ,成 仏 したはず の人 な らば この世 の事 を気 に か け て 夢 に現 われ るよ うな こ とはないはず で あ る。極 楽浄土 に行 かれた と信 じて い る父宮 に,夢 にで も出て きて ほ しい と希 う心 はわか るに して も,仏 教 と大君 の 関係 の浅 さ, ひいて は読者 と仏 教 の隔 りを 示す もので は あ るまい か。 御修法 の声 も…… 法華経を不断によませ給ふ声 たふ ときかぎり十二人 していと 尊 し (「 総角」91頁 )・ ……と感 じを描 いただ けで 経 の何 が 尊 いのか は 書 いて な い。 ¨¨¨陀羅尼 よむ老い枯れにたれどいと功づ きて頼 もしうきこゆ (「 総角」93頁 )00。 … も同様 で あ る。読 者 が女性 ,又 物語 とい う制約か ら当然 か も しれ な いが。 当時 の姫君達 の仏教 的教養 の 限界 は……半なる偶教へ けむ鬼もがな ことつけて身 も投げむ (「 総角」103頁 )・・…・が理 解 で きる程度 の仏教説話 ぐらいで あ った と思 われ る。恋愛 と呼 べ るな ら,こ れ は源氏物語 中最 も宗教 的 においのす る恋愛 なのは,薫 の 口に 出す道心 と八宮 の無言 の精神 に影響 を受 け た大君 の心ゆ え で あ る。大君 の方 は一応 その死 を もって解 決 され た といえ るが,薫 には何 の 打 開策 も与 え られ なか った。 それ は常 に聖 だ ってい るのだ と 自分 で 言 いふ ら して も,現 実生活 において充 た されてい る者 の,な い ものね だ りのよ うで あ る。 例 えば女 二 の宮 との縁談 で も……今更 に聖やうの ものの 世 にかへ り出でむ心 地すべ きことと思ふ もかつはあや しや ぞあまりおほけなかりける. (「. (中. 略)后 腹 におはせば しもと覚ゆる心のうち. 宿木」137頁 )・ ……作者 が 批判す るよ うに, 時 め き. 世俗的権力を持 つ人達 との つ なが りが きれて い な い,又 断 ちきろ うとも考 え て い な いの が は っき りわか るので あ る。 弁 の尼 か ら出生 の秘 密を聞 いた 時 の, 薫 の現世 の栄 華や名利 につい ての顧 慮 は小 穴氏 の論文 に詳 しい。 1)薫 の道心. 1)小. 穴規矩子氏・ 浮舟物語 の構想 (国 語国文31年 5月 (国 語国文33年 4月 ). )源 氏物語第二部 の創造.

(17) 宇. 5θ. 治. の. 大. 君. が 口先 だ け で 非 現 実 的 なの は ,作 者 が観 念 的 に 作 りあ げ た 性 格 に基 くも の で あ ろ う。先 天 的道 心 と共 に現 世 的権 力 と美 と い う理 想 的条 件 を与 え られ た 精 神 が ,現 実 に も未 来 世 に も ひか れ るの は 観 念 的 に 創 られ た 必 然 的 な弱 味 で あ る。 新 し く治1造 され た 薫 が 落 ち つ か ず さま よ うの は,暗 い 出生 ゆ え 当然 の 宿 命 だ な ど因果 関 係 によ る説 明 は つ け た くな い 。 宿 世 と い う もの を脱 しか か っ て い る とみ た い 。 第 二 部 は 薫 が苦 悩 を去 るた め の 街 往 の 過 程 で あ り,そ れ は 作者 自身 の もので もあ った。 家 集 の…… 身を思 はずな るとなげ くことのや うや う なのめにひたぶ るのさまな るを思 ひける「かずな らぬ心に 身をばまかせね ど身に した ヽ だにいかな る 身 にかかな遮ゝらん 思ひ しれ ども思ひ しられず」 がふは心な りけり」 巨己 … … は よ くそ の よ うな境 地 を表 わ して い る と思 う。 彼 岸 へ の 厳 し さを 中途 半 端 な態度 で ごまか した くなか った の で あ る。 不 徹 底 な態度 で は 脱 せ な い この 世 ゆ え ,決 定 的解 決 が与 え られ なか った の だ と思 わ れ る。 薫 にそ う しむ け た の は大 君 の存 在 で あ った。 (付 記). 本稿 は昨年一月に提出 した卒業論文 の一部をまとめ直 したものである。本稿執筆 に あた り玉上琢爾先生に,数 々の御指導,御 配慮を頂 きま した。厚 くお礼中 しあ げます。.

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参照

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(自分で感じられ得る[もの])という用例は注目に値する(脚注 24 ).接頭辞の sam は「正しい」と

基準の電力は,原則として次のいずれかを基準として決定するも

・私は小さい頃は人見知りの激しい子どもでした。しかし、当時の担任の先生が遊びを