痴呆と光駆動
脳動脈硬化性痴呆の一例
高橋剛夫,鬼沢民雄*,厨川和哉**
片 岡 和 義**,新 岡 寛 子**
はじめに
視覚刺激装置SLS−5100(日本光電)4}を用いた
脳波検査の際,5Hzの点滅水玉図形と赤色点滅刺
激によって誘発される後頭部の光駆動photic
drivingは加齢とともに振幅を増し,その傾向は
男性より女性が顕著である13)。
われわれは最近,脳動脈硬化性痴呆と診断され
た男性の一例で上述した視覚刺激による脳波賦活
を行い,高振幅光駆動が誘発され,全視野だけで
なく半視野,中央・辺縁部視野刺激を試み,さら
にそれぞれの反応についてpower spectrum分析
をし,興味ある結果を得たので報告する。
症
例
1.臨床および一般検査所見
症例は76歳の男性。記銘力低下を主訴に来院し
た。家族歴や既住歴で特記することはない。以前
は公務員で管理職の地位にあり,温厚,仕事熱心
の人であった。54歳で定年退職し,その後,電気
通信会社で設計の仕事に従事していたが,3年前
にはそれをも辞め,以来,悠悠自適の生活を送っ
ていた。家庭的にも恵まれ,近年は妻との2人暮
らしであった。
約1年前から物忘れが目立ち,最近になって次
第に増強し,数分前に言われたことを忘却するよ
うになった。囲碁は初段であるが,「近頃は打つ手
も忘れ,負けてぼかりいる」とくどくことが多い。
しかし,その他の問題行動などはない。
一般状態は良好であり,血圧は134∼60
mmHg。左側の軽度難聴はあるが,神経学的検査
仙台市立病院神経精神科
*東北大学医学部神経精神科
**仙台市立病院中央臨床検査室脳波室
でとくに異常はない。
長谷川式簡易知的精神機能評価スケールの得点
が23.5でSubnormal。記銘力検査の有関係対語
試験の正答数は第1回が6,第2回が8,第3回が
9であり,無関係対語試験の正答数は第1回が0,
第2回が2,第3回が1であった。このように,記
銘力の低下が認められる。
眼底検査ではKeith−Wagener分類の1群で
あった。尿,血液一般,肝機能検査はすべて正常
範囲。脳波検査で基礎波は9.5∼10Hz,律動的で
あり,過呼吸,光刺激,睡眠によっても異常波は
認められなかった。
Fig.1は頭部のCT scanであるが,脳溝の拡大
がび慢性にみられ,前頭葉にやや強く,軽度異常
と判定した。
本症例の主訴は記銘・記憶障害であり,臨床的
にはまだら痴呆が主症状である。血圧,眼底など
の身体所見は脳動脈硬化症の診断基準に合致する
ものではないが,かといって老年痴呆は考え難く,
われわれは臨床上,本症例を脳動脈硬化性痴呆と
診断した2)。2.点滅水玉図形と赤色点滅刺激によって誘発
された光駆動
一般脳波検査にひき続いて,視覚刺激装置を用
いた5Hzの点滅水玉図形と赤色点滅の視野別刺
激を行った。2種類の全視野刺激に加えて,それぞ
れの中央・辺縁部視野,左右上下の半視野刺激,計
14の刺激を無作爲に与えて脳波を記録した。その
さい,刺激光の輝度は10cd/m2,各刺激の持続は
7秒間とした。賦活脳波はデーター・レコーダー
UFR−61430(ソニー)を用いて記録した。
Fig.2は点滅水玉図形の中央,辺縁部,全視野刺
激による脳波変化である。後二者によって左右後
頭部に明瞭な光駆動が誘発されており,刺激2秒
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FP2−A2 一布一唱Wtn∼一“・hM”∨vn/ F3 へ一z一袖一(}ご『ド.「tp・ゾ F4∼一∼∼へ{
C3 ^一へ【{−tSt・VvLW・▽蝋榊一͡甲のノ≠“.F C4−ww∨∨㌧
P3∨.一}♂wソノ〉ヤ」van・瑚い・一〔ヘへ∼w氏∼勇μふ P4 −▼♪w㌧LrkW““.v“!nNn/NVL O1 ∼一、一一.・e.−v’=1∨・’.−ew.いく∨へ{w市wVw O2 {パw輌、vv“一.♪v−AA.−wr♪.」X−,S”tL“..tiL{h F7 −」、tVt−v”一“J−一一一一一一v−J−LCb.#∼−s−一一一一一V−VVI−一♂yi,∼ F8 Periphery 琳͡榔一‘州州x】枇琳納幽. ・Wh,一‘一、{当{s}㌔袖M hrL.v−’・u−vvvv.“vivhn““’へM中w㌦、−AM^い mavへNMthiVM■“一,−v・t・・−w{ ’・∼tvx_”JVrVL・wxVwvv−vAL∧〔ハL−k.L.’.V−.‘.へ⊥nasV {が吟㊨一ハ・㌦w“∨’一×〔∨ w”!一・’x/vvwh = ik 一,A−一”““一・〈v.」n ”t」u\“一.1「”vl”Mpt「“ 一・一へpmpt”ethw−“vVwvpm−v ㌔嘩∨{八一㍉∨」一ノ㍗’…「〔∼∼㌦已ごジ}\>w∼ ∼一一∼hV−b’,、㌔輌ゾ♂ゾ…’飾 ペー’.一一v.Jbe”.一へv−一一v−−wv−“il.”」pm.v−一.“・VL)Mrwx ・r午悩{・一牌}}、w㎡〆 凶㎡…−JPt−tW−一一・ny・1−一}V4W,:一”Vt−rpm・;」)wu−“ T3 Vhve−−WtVLww−Te.4−」一} 丁4ww
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T5 −iM−〆力.ゾr“”rvlM’”L−^’一一〉’∵駆 T6−」一へ
Photic stim ㌔w∨」一」’帥へkua’wMhN∼入w吟〉一(【tW’SM−x∼一}
Center+Periphery 脚榔、…tupmM・“1“XtltW.幽{w・Ψ{一,》’−zavA・ww・P
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を計測して左右の値を平均すると60μVである。
これは高齢者の対照値である44μVよりも高値
である。Fig.3は点滅水玉図形の左右上下の半視
野刺激による脳波変化である。もっとも明瞭な後
頭部の光駆動は下半視野刺激によって誘発1°)さ
れ,最大振幅は50μVである。
5Hzの点滅刺激で誘発される光駆動は5Hz
の基本同調駆動fundamental drivingだけでな
く,10,15,20Hzなどの高次同調駆動harmonic
drivingと混在して出現することが多く12),それら
を視察的に詳しく識別することは困難である。そ
こでわれわれはATAC450(日本光電)を用い,賦
活脳波をさらにパワー・スペクトラムpower
spectrum分析した。いずれも刺激2秒後から5
秒間の後頭部脳波について行った。Fig.4は点滅
水玉図形刺激に対する反応の分析結果を示したも
ので,上から中央,辺縁部,全視野,左,右,上
下半視野刺激に対する左右後頭部の所見である。
縦軸はパワーの累乗根を仮の振幅として示したも
のであるが,光駆動は5Hzの基本同調駆動のみ
が目立った反応として認められる。その左右の平
均値は中央8.5,辺縁部21,全20.5,左12.5,右10.5,
上11,下17.5μVで,刺激効果は辺縁部〉全〉下
半視野刺激の順であった。
Fig.5は赤色点滅の視野別刺激に対する脳波変
化を同様にしてパワー・スペクトラム分析し,そ
の結果を示したものである。点滅水玉図形刺激の
場合と異なり,基本同調駆動に加えて10,15,20
Hzの高次同調駆動が出現しており,それぞれの
刺激に対する平均値は以下の通りである。①5
Hz光駆動:中央11,辺縁20,全24.5,左7.5,右7,
上8,下12μV。②10Hz光駆動:中央14.5,辺
縁18,全10,左8,右4,上5,下19.5μV。③15
Hz光駆動:中央5,辺縁4,全9,左3.5,右6,上5,
下6.5μV。④20Hz光駆動:中央4,辺縁10.5,
全16,左5.5,右5.5,上4,下11μV。これをさらに
要約すると,赤色点滅刺激による5,10,15,20
Hzの最大振幅光駆動はそれぞれ全視野,辺縁部
視野,全視野,全視野刺激によって誘発されると
Hemifield 51sec Flickering Dot Pattern Stimulation Left Right Upper Lower FP 1−A1〈ww“w.dy“ “・軸・“}㎡微{← Yへ村一桐{ぷ叫癖 ・”wr{酬.脳一
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FP2−A2
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{一∼㌔ヘー一、vn・Lf“. 一_NV・∼へw∨一・v…“…’“wr外)w “・・s“−rw−〔・XVrw’”・一ヘへ Vlt““..∼LX∼一㌦∼西いw)岬、02
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tW“∀“w㎡ ・一句一 一 w∼・−L−一一VN∼ヘーヘーn・−T3
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0pvww ”・…一一tW−rv−N“N−…−n.“Wh−一一N rv・vv−・K−za_N・−if 〆50pVL____
Photlc stm lsec76yOrnale
Fig.3. EEG challges in response to 5/sec Hickering dot pattern stimulation to the left, right, upper and lower hemifield. Photic driving evoked by the stimulation to the lower hemi丘eld was greater than those evoked by the others.
N
O
一切 一ロ 団 [ 〉 = = ] 山 ロ ⊃ ← 】 」 工 = 匡01−Al
Center
02−A2
Center十Periphery_
一 〇Upper
05050540450
一1
m
Lower
一o
㎝w
「〕 5 10 15 20 25 30 35 40 45 5/sec Flickering Dot Pattern Stimulation 一 切 】O
0 0FREaUENCY 【HZl
Fig.4. Power spectral analysis of both occipital photic driving elicited by 5/sec fiickering dot pattern stimulation to the center, periphery, center plus periphery, left, right, upper and lower hemifield. Vertical scale shows the root of power, indicating amplitude(pt V)for convenience. Marked fundamental photic driving could be elicited by the stimulation to the periphery, center plus periphery and]ower hemifield.1
5 10 15 20 25 30 35 40 45 Sいう結果であった。
考
察
5Hz前後の点滅刺激で誘発される光駆動を調
べると,ストロボを用いた閃光点滅刺激よりはむ
しろ低輝度(約20cd/m2)の点滅水玉図形や赤色
点滅刺激が効果的で,より高振幅の光駆動が誘発
される3∼6)。本症例の脳波検査でも,閉・開瞼下で
与えれた5Hzの閃光点滅刺激では認むべき光駆
動が無いのに対し,点滅水玉図形と赤色点滅刺激
N
O
一研 一〇 ㎝ [ 〉 Σ = ] 山ロコ↑一﹂工Σ⊂01−Al
Center
4045
Center十Periphery
一0
Left Hemifield
一
0
0 5 10 15 20 25 30 35 40455
一0
Right
0
10 15 0 5 0 5 40 45 一0
Upper
㎝ 10 15 0 5 0 5 40 45N
O
】 ㎝ ’0
Lower
0 0 002−A2
5/sec Red Flicker
Stimulation
N
O
一m
一 〇 切 10 15 0 5 0 5 40 45 0 0 10 15 0FREQUENCY [HZ]
Fig.5. Power spectral analysis of both occipital photic driving elicted by 5/sec red flicker stimulation to the center, periphery, center plus periphery, left, right, upper and lower hemifield. Vertical sca]e at center plus periphery is compressed by 1/2 as compared to the others. Marked harmonic photic driving could be elicited by the stimulation to the center plus periphery, periphery, lower hemifield and center.によって高振幅の光駆動が誘発されたことを特筆
したい。点滅水玉図形と赤色点滅の全視野刺激によっ
て,本症例で誘発された5Hz光駆動の最大振幅
は,視察的判定ではそれぞれ60,60μVであった
が,これは老年男性の“対照値13・14}”であるそれぞ
れ44,22.8μVよりも高値である。
ところで,点滅水玉図形と赤色点滅刺激で誘発
される5Hz光駆動の振幅は,成人例では加齢と
ともに振幅を増し,その傾向はとくに女性で著し
い13)。本症例の光駆動は対照値より明らかに高値
であり,その所見をいわゆる加齢のみで説明する
ことは困難である。頭部CT scanの所見に加え
て,われわれは本症例の高振幅光駆動を,脳動脈
硬化性痴呆の一つの特徴的所見と見なすことがで
きるように考えている。
光駆動の視察的分析には限界があり,賦活脳波
のパワー・スペクトル分析を本症例で行い,その
結果をここに報告した。視覚刺激の際,全視野だ
けでなく,中央,辺縁部視野,左右上下の半視野
刺激を含む視野別視覚刺激regional visual
stimulationを施行した。点滅水玉図形と赤色点滅
の両刺激による賦活脳波のパワー・スペクトル分
析では,辺縁部刺激に対する高振幅反応だけでな
く,赤色点滅の中央部刺激によっても高振幅反応
が得られ,両刺激の左右半視野刺激では顕著な左
右差はない9)。このような所見を光過敏てんかん
photosensitive epilepsyの賦活脳波の解釈11・15)を
適用して考えると,本症例では17,18,19領野の
後頭葉皮質が,とくに点滅水玉図形や赤色点滅刺
激に対して,過敏に反応する状態にあるものと推
測される。
本症例の視覚刺激による脳波検査は,何ら服薬
していない状態で行われた。ここに報告した視覚
刺激による脳波賦活とそのデータの分析法は,脳
動脈硬化性痴呆の診断だけでなく,その治療に用
いられる脳循環改善薬や脳代謝賦活薬などの効果
を把握する一つの方法として,今後有用と思われ
る。なお,本症例の高振幅光駆動は後頭部に限局し
ていたが,症例によっては前頭部に高振幅光駆動
が出現する。このような所見をわれわれは脳動脈
硬化性痴呆,アルッハイマー病,痴呆を伴った猪
瀬型脳肝疾患などで観察しており7,8),各種疾患で
の領野別光駆動の分析は今後に残された研究課題
である。
ま と め
脳動脈硬化性痴呆と診断される76歳(男)の症
例で5Hz点滅水玉図形と赤色点滅刺激を行い,
高振幅の光駆動が誘発された。これは脳動脈硬化
性痴呆の特徴的所見と見なすことができるように
思われた。さらに,本症例で施行した光駆動誘発
のための視野別視覚刺激法と,そのデータ分析法
について紹介し,考察を加えた。
文
献
1) 片岡義和,厨川和哉,吉村ユウ他:若年者を対象
にした水玉図形と赤色のフィルターを用いた5
Hz点滅束1」激による光駆動波の研究.仙台市立病
院医誌.3,39−43,1982.2) 大熊輝雄:現代臨床精神医学.p215,金原出版,
東京・大阪・京都,1980.
3) Takahashi, T. and Tsukahara, T. l Influence of red light and pattern on photic driving. Tohoku J. exp. Med.127,45−52,1979. 4) Takahashi, T., Tsukahara, Y. and Kaneda, S.:EEG activation by use of stroboscope and
visual stimulator SLS−5100. Tohoku J. exp’ Med.130,403−409,1980.5) 高橋剛夫,塚原保夫,松岡洋夫他:点滅図形刺激
で誘発される高振幅光駆動波 てんかん患者を
中心に,臨床脳波,22,303−309,1980. 6) Takahashi, T., Tsukahara, Y. and Kaneda, S.: Influence of pattern and red color on the photoconvulsive response and the photic driv− ing. Tohoku J. exp. Med.133,129−137,1981. 7) 高橋剛夫,松岡洋夫,佐々木政一一他:脳波賦活法一2.眼性刺激による脳波賦活.臨床脳波,24,
359−367, 1982.8) 高橋剛夫,松岡洋夫:前頭部の高振幅光駆動波と
痴呆,第30回日本神経学会東北地方会,1982.
9) Takahashi, T, and Tomioka, H.:Photic driv− ing evoked by hemifield flickering dot pattern stimulation in a patient with brain tumor. Electroenceph. clin. Neurophysiol.61,381−384, 1985. 10) Takahashi, T., Tsukahara, Y. and Kataoka, K.lPower spectral analysis of photic driving evoked by hemifield flickering dot pattern stimulation, Electroenceph. clin. Neuro・ physiol.61, S 142,1985.11) 高橋剛夫,厨川和哉,片岡和義他:光過敏てんか
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激に対する脳波反応を中心に.仙台市立病院医
言志. 7,3−8,1986.12) Takahashi, T.:Activation methods, In
Niedermeyer E, Lopes da Silva F (eds):13)