民営化企業の経営戦略と組織変革 : JR東日本を事例として
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(2) 42. (482). 横浜国際社会科学研究 第 16 巻第 4・5 号(2012 年 1 月). の一つとして,環境決定的な立場に立つものと. turbulent)を 想定 し て い る.ま た,組織・経. 環境へ主体的に働きかけていこうとするものが. 営者の能力にも注目した概念であり,その主な. ある.前者はポーターのポジショニング論に代. 構成要素としては,学習・イノベーションを志. 表され,後者はバーニーの資源ベース理論が有. 向する組織プロセス,事業の基本的な立案方法,. 名である.両者とも基本的には静態的な経営環. 時間を通じての企業の投資判断に影響を及ぼす. 境を前提としている.当論稿では企業が主体的. 意思決定の枠組み・ヒューリスティクスなどが. に経営環境に働きかけ,その存続を継続してい. 挙げられている6).またポジショニング理論に. くという立場から後者の考え方を採用する.ま. 代表される環境決定的な戦略思考とは異なり,. た,経営環境は刻一刻と変化し,その程度はま. 資源ベース論と同じく組織が自ら環境変化に適. すます大きくなるという認識から,環境変化を. 応していくとする主体論的な視点で企業の存在. 前提としているダイナミック・ケイパビリティ. を捉えている7).当初はそもそもそうした能力. の考え方を採用する.ダイナミック・ケイパビ. が存在するのかといった議論もあり,極めて概. リ ティと い う 用語 は Teece 他(1997)に よっ. 念的であったこの定義について,その後様々な. て提示された概念であり,当初の定義は 「内部・. 研究者によってこの概念の精緻化が図られてき. 外部のコンピタンスを統合・構築・再配置を実. た.その後ダイナミック・ケイパビリティ自体. 3). 行し,急速な環境変化に対処する企業の能力 」. の定義と役割についても統合的に把握しようと. であった.企業を環境に適応させるためには現. する研究が出ている8)(図 1).また,他の既存. 状からの変化が必要であるが,何が変化を起こ. の理論との統合や組み合わせによって概念を明. すのかという変数のみに焦点を当てるのではな. らかにしようとするものもある.例えば経営管. く,いかに変化していくのかという変化プロセ. 理のケイパビリティと組織学習に基礎をおくも. スを射程としている.このフレームワークは,. の9)や,企業変革の段階を 3 つに分類し,リー. 資源 ベース 論 か ら の 発展 ま た は ケ イ パ ビ リ. ダーシップ,組織学習,ダイナミック・ケイパ. 4). ティ 論に包含される企業能力の一つとして. ビリティ,パフォーマンスの 4 つの変数からダ. 認識される.企業を取り巻く環境や技術が急. イナミック・ケイパビリティの生成と発展を総. 5). 速に変化する状況(regimes of rapid change). 合的に把握しようとするもの10)もある(図 2).. において,いかに長期的な競争優位性を持続さ. 当論稿においては最も概括的な「組織が意図的. せていくことが出来るのかという視点で捉え. に資源ベースを創造,拡大,修正する能力11)」. ていることが特徴である.異なるのは,資源. という定義を採用する.. ベース理論が,企業が保有している各種資源を. し か し,ダ イ ナ ミック・ケ イ パ ビ リ ティの. 分析の対象とし,既存の競争優位性の持続に焦. 概念 に つ い て,現時点 で は 完全 に 定 まった 定. 点をあてていたのに対し,ダイナミック・ケイ. 義がないのが実情である.またフレームワー. パビリティは急速な環境変化のなかでいかにし. クとしては理解できても,これを構成する具. て新たな独自のケイパビリティを構成・蓄積し. 体的な要件については何も触れられていない. て競争優位性を持続させていくかという点につ. という指摘もある12).この点を補うべく,その. いて焦点を当てている点である.ポジショニン. 後 Teece 自身も企業戦略に適用するためのフ. グ理論や資源ベース理論が企業を取り巻く環境. レームワークを作成し,その要件として気づく. について比較的安定したものとし,所与の条件. (sensing),つ か む(seizing),脅威/変化 を 管. として静態的に企業能力を捉えていたのに対し. 理 す る( managing threats/transforming)と. て,連続的に変化する環境,時には急激に変化. い う 三点 を 提示 し て い る13).ダ イ ナ ミック・. しうるダイナミックな状況(dynamic または. ケイパビリティについては近年の研究のなか.
(3) 民営化企業の経営戦略と組織変革(入江). (483). 43. ��������������. ������������� ������ ������ ������ ����. ���������� ������� ����������� ������� ����䠈��䠈����䠈���� ���������䠈��. ������. � �. ����. ������. � �. ����. Helfat, C. E. 他(2007)図 1─1 及び図 1─2 より著者作成. 図 1 ダイナミック・ケイパビリティの概念. . 䝸䞊䝎䝅䝑䝥. ⤌⧊Ꮫ⩦. ➨䠍ẁ㝵. ➨䠎ẁ㝵. 㐣ཤ䛾୰᩿. 㛤Ⓨ䛩䜛䛣䛸䛸㓄⨨䛩䜛䛣䛸. 䝖䝑䝥䝬䝛䝆䝯䞁䝖䝏䞊䝮 ␗㉁ⓗ ᴗᐙⓗ እ㒊⪅ ᮲௳㻞㼍. ♫⩏ⓗ ไᗘⓗๅ䜚㎸䜏. ᴗົⓗ 䝸䞊䝎䞊䝅䝑䝥䝇䝍䜲䝹. 䚷䚷䚷䚷᮲௳㻠. ኚ䛘䜛ᚲせᛶ䜈䛾 Ẽ䛵䛝. 䚷䚷䚷䚷᮲௳㻝. 䝎䜲䝘䝭䝑䜽䜿䜲䝟䝡䝸䝔䜱. ≧ἣ㐺ྜⓗ 䝸䞊䝎䞊䝅䝑䝥䝇䝍䜲䝹 䠄ኚ㠉䛾䠋ᴗົⓗ䠅. ኚ㠉䛾 䝸䞊䝎䞊䝅䝑䝥䝇䝍䜲䝹. 㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌㻌᮲௳㻞㼎. ➨䠏ẁ㝵 ᥈⣴䛩䜛䛣䛸䛸䜲䝜䝧䞊䝅䝵䞁. ⤌⧊Ꮫ⩦ 䠄㛤Ⓨ䛩䜛䛣䛸䠅. 䚷䚷䚷䚷᮲௳㻡. 䝎䜲䝘䝭䝑䜽䜿䜲䝟䝡䝸䝔䜱 䠄㛤Ⓨ䠅. 䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷᮲௳㻣 䚷䚷䚷䚷᮲௳㻢. 䝟䝣䜷䞊䝬䞁䝇. ▷ᮇⓗ⏕䛝ṧ䜚. Sara E. A. Dixon, Klaus E. Meyer, Marc Day(2010),p. 421 より著者作成. 図 2 経済状況の変化における組織変革の段階と条件. 䚷䚷䚷䚷᮲௳㻤. 䚷᮲௳㻝㻝. ⤌⧊Ꮫ⩦ 䠄᥈⣴䛩䜛䛣䛸䠅. 䚷䚷䚷䚷᮲௳㻥. 䝎䜲䝘䝭䝑䜽䜿䜲䝟䝡䝸䝔䜱 䠄᥈ᰝ䛸䜲䝜䝧䞊䝅䝵䞁䠅. 䚷㻌䚷䚷᮲௳㻝㻜. ᣢ⥆ⓗ➇தඃᛶ.
(4) 44. 横浜国際社会科学研究 第 16 巻第 4・5 号(2012 年 1 月). (484). で,企業 が 資源 の 探索(exploration)と 開発. で,組織の変化は戦略や環境の変化・脅威,ま. (exploration)を 実行 す る 能力 を 同時並行的. た,機会に対応し,これらを反映した結果とす. 14). に持つことが必要. であるとされており,こ. るものである.資源ベース理論もこれに含まれ. れを 推進 す る の が経営者層や上位職リーダー. る.三つめはランダム変化理論と呼ばれるもの. の役割であるとされている.また組織慣性力. で,組織は主に内生的なプロセスに対して構造. (organizational inertia)の 存在 と 経路依存性. を変化させるが,そうした変化は組織リーダー. (path dependencies)を断ち切って組織を変化. と環境変化の緩やかな関係によるものとしてい. させていくプロセスを作り出すのもその役割で. るのが特徴である.エコロジー理論でいう淘汰. ある.さらにダイナミック・ケイパビリティ. と合理的適応理論でいう適応は全く別のもので. は「パターン化・慣行化した活動によって構成. あるとの主張17)もある.この点について,淘. 15). されている 」のであり,アド・ホックな変化. 汰は組織の特徴のコアな一部分に焦点をあてる. を意味するものとは区別されている.その意味. 場合に有効であり,規模の小さな組織について,. でオペレーショナル・ケイパビリティとダイナ. また長期的視点でみるとき有効である.一方で,. ミック・ケイパビリティの区別についても各研. 組織の特徴のコア周辺を強調する合理的適応理. 究で論じられている.つまり一度きりの変化を. 論は,より規模が大きく強力な組織によく適合. 起こすのではなく,パターン化し,継続して組. し,短期的に起こる変化を強調しているという. 織のケイパビリティを変化させ続けることがダ. 指摘もある18).どの程度の期間を長期的とみる. イナミック・ケイパビリティの本質であり,い. か短期的とみるかについて定まった定義はない. かにそのプロセスを作り出すかの解明が問われ. が,事例企業については大規模企業であること. ている.この点について,当論稿では事例企業. 及び比較的短期間での組織変革を扱うことから. の各段階で必要とされるケイパビリティと,そ. 後者の見方を採用し,合理的に環境変化に適応. の時々で鍵となる制度変更を整理し,ダイナ. していく合理的適応理論の立場を採用する.. ミック・ケイパビリティがどのように当該企業. 次に,組織論における分類からみた場合,そ. の組織で展開されてきたのかについて論じる.. れらは研究の対象レベルと要因の考え方によっ て大きく二つに分けられる.一つは職場やビ. 2―2 組織変革. ジネスユニットといった組織内のロワーレベ. 環境が大きく変化し,またはその変化が予測. ルに焦点を当て,個人及び集団の組織におけ. されるとき,それまでの戦略が見直され,こ. る行動や人的資源管理を取り上げているミク. れ に 伴って 組織変革 が 必要 と な る.組織変革. ロ組織論19)である.これは 1960 年代,アメリ. については,これまでに多数の研究が蓄積され. カにおいて組織と(人間)行動が結びついた. ている.組織の変革自体をみるとき,大きく三. organizational behavior と い う 名称 の 新 し い. つの理論の流れがある.一つは個体群エコロ. 研究領域が確立したこと20)がその端緒である.. ジー理論であり,組織単体ではなく組織群とし. 日本ではこれを組織行動論として取り入れ,人. て対象を把握し,組織群の変化は環境決定的で. 的資源アプローチをはじめとするモチベーショ. あり内生的に変化を起こしうるものではない. ン管理論などと相まって,ミクロ組織論の分野. としていることが特徴である.組織の変革は,. の研究が進んでいる.もうひとつはマクロ組織. 変 異( variation)・ 淘 汰( selection)・ 保 持. 論として企業全体を対象とし,環境との関係か. (retention)の三段階. 16). を経て新しい組織が出. ら環境対企業といった構造的要因を取り上げ,. 現し,他の組織が旧組織にとって替わるとして. 組織の存続,成果を分析対象としている.ただ,. いる.二つめは合理的適応理論といわれるもの. ミクロ組織論もマクロ組織論も企業組織全体に.
(5) 民営化企業の経営戦略と組織変革(入江). (485). 45. ついての変革を問題の対象にしているものの,. これも同様である.このような意思決定を経て. 結果的には,いずれも変革実行の限定的な手段. 決定した戦略を実現していくために組織の変革. を提示してきただけにすぎないという批判があ. が行われていくのである.その意味で経路依存. る21).さらに,ミクロ組織論については,実践. 的な組織慣性力の影響は多かれ少なかれ受けう. 志向があまりにも強いという性格から,理論構. るが,基本的に組織変革は戦略によってコント. 築においては利用できる都合のよい部分だけ取. ロールされていくものと考えられる.組織を改. り込む傾向があるため,理論的整合性を欠く結. 編・変革する場合は,往々にしてそれまでの組. 22). 果を招いているとされ ,マクロ組織論につい. 織内のパワーバランスを変化させることにな. ても組織の存続,成果,結果の原因について触. る.戦略にしたがって組織を改編し,その結果. れるだけで,組織変革の議論としては不十分と. 必要な資源をコントロールしていくためには,. の批判がある.特にミクロ組織論の人的資源管. 戦略を意思決定しただけでは不十分であり,こ. 23). 理の分野はその実務的要素が強い. ことから,. れを実際に遂行していくためのパワーが必要で. 企業の人事部門で用いる具体的な手法24)につ. あ る.こ こ で い う パ ワーの 実行主体 は トップ. いては理論というより,実務的にコンサルティ. リーダーの属人的パワーであり,トップマネジ. ング・ファーム等の得意とする面が強く,学術. メントチームの意思決定の結果発生するパワー. 的な議論があまり蓄積されてこなかった. また,. である.次節ではこのパワーに関して述べる.. 組織変革を起こす主体としては,これまで経営 者やトップマネジメントチームによるトップダ 25). 26). 2―3 パワー. ウン ,ミドルクラスからのボトムアップ ,. 意思決定された戦略を実際に遂行していくた. それらのリーダーシップ 27)などの研究が蓄積. めには一定のパワーが必要である.パワーが存. されている.. 在しないと,戦略が効果的に遂行されないか,. 組織変革を意思決定の観点からみると,シェ. もしくは全く実行されない結果となりうる.組. ンクは,合理的選択,組織,政治の三つのパー. 織は内外のメンバーの利害の対立と調整の場で. スペクティブを提示している.特に戦略を政治. あり,様々な利害をもった集団のパワーネット. 的課題と捉えると,組織的決定や行動は組織内. ワークとして考えられるからである33).パワー. の政治過程,交渉過程,パワーゲームの結果と. の定義についてはその対象の背景と具体的な把. 28). 捉えられる .これは事前合理的な計画がその. 握について種々のものがある.また,ある組織. まま選択され,実行されるとは限らないことを. の内部でのパワーの所在なのか,他の組織との. 示している.特に組織のメンバーが多様な利害. 組織間のパワーの所在の問題かによってもその. を有する場合,極めて内部政治に依存すること. 内容が異なってくる.. になる29).この場合の利害関係者は,戦略決定. しかし,組織の政治学では,パワーというコ. の成果に「利害」を持つ,戦略実行に影響を与. ンセプトが中心的位置を占めているものの34),. えるパワーを持つ個人あるいは集団である30).. 戦略遂行におけるパワーの問題は極めて実務に. シェンクは,以上の 3 つのパースペクティブは. 近いところもあり,これまで戦略論の場におい. 各々が代替的な関係にあるのではなく,すべて. ては,あまり取り上げてこられなかった分野で. の決定はある程度,認知的・組織的・政治的過. もある.組織論においてパワーが中核概念とし. 程によって影響されているとしており31),これ. て認められたのは,1980 年代に入ってからで. は企業が戦略を策定・遂行する現実とも整合性. あり35),他の理論に較べてその取扱いは比較的. がある.また,この事実を認識することの失敗. 新しいものである.定義についても論者によっ. 32). が決定の失敗の原因であると指摘しており ,. て異なっており,パワーという概念ほど社会科.
(6) 46. 横浜国際社会科学研究 第 16 巻第 4・5 号(2012 年 1 月). (486). 学において論争的概念はないところである36).. というだけである41).」としており,パワーを. パワーの定義のほとんどが,望む目的または結. 絶対的なものではなく,関係性のなかでの相対. 果を達成する際の抵抗に打ち勝つための社会的. 的なものとして捉えている.当論稿では,経営. アクター(social actor)の能力を示唆する要素. 環境に対して主体的に戦略を遂行し,目標を達. 37). を含んでいるのであり ,山倉(2007)は「パ. 成していく立場をとるため,山倉(2007)の「パ. ワーとは他の抵抗を排してまでも自らの意志を. ワーとは他の抵抗を排してまでも自らの意志を. 貫き通す能力であり,自らの欲しないことを. 貫き通す能力であり,自らの欲しないことを他. 他から課せられない能力. 38). 」と定義している.. から課せられない能力」という定義を採用する.. 大月 (2005) は組織変革に関するパワーポリティ. 次に,組織変革を目的とするパワーの行使に. クスについて, 「コンフリクト状態のもとで一. ついて述べる.組織変革を実行しようとする際. 方が自己利益のために他方の犠牲を強いる意図. にパワーの行使が必要になるのは,組織変革に. 39). 的影響活動のプロセス 」としており,組織の. よってそれまでの組織内のバランスが崩れ,新. トップレベルで起こる概念であるとしている.. たに経営資源の獲得する行為主体が出現する一. パワーとポリティクスは別の概念であるが,大. 方,それまで確保していた組織内でのパワーが. 月(2005)は,組織変革のプロセスにおいて生. 低下する主体が出現するからである.特に組織. 起するポリティクス現象に焦点を当て,組織主. 変革の鍵はパワーの変革であり,パワー構造の. 体によるポリティカルな行為と変革の実現の関. 変化である.このとき利害対立が発生する.こ. 係について明らかにする場合, 「ポリティクス. の状況を山倉(2007)は,①メンバー間の相互. は当然パワー行使を含んだものとして捉えざる. 依存が高い場合,②メンバー間の目標の違い,. を得ない」とし,組織変革にパワー行使の側面. ③各メンバーのものの考え方や感じ方といった. が関わるという意味で,単なる組織ポリティク. 文化 の 違 い,④資源 の 希少性 の 4 点42)に つ い. スではなく,組織のパワーポリティクスという. て述べている.企業組織の現実においては,①. 概念を用いるとしている.組織ポリティクスに. から④の状況が個々独立に出現するというより. ついては,以下のように整理される40).実際に. は,異なる目標を持った主体や異なるものの考. これらを実行するためには当然パワーが伴うと. え方を持った主体が希少な資源の獲得を目指す. いうことである.. ことでコンフリクトが発生するといったよう. ・是認されない影響手段の使用(Mayes and. に,複合的に要因が絡まっている.このコンフ. Allen, 1977) ・影 響 力 の 上 位 へ の 行 使( Porter, et al., 1981) ・自己利益のための影響戦術(Ferris, Russ, and Fandt, 1989). リクトを解決するため,適宜パワーが行使され るというのが現実である.このようにコンフリ クト解決のためにパワーが具体化する状況はポ リティクスと呼ばれている.組織変革の場合は, 経営資源のコントロールが大きく変わるため,. ・合理的決定を逸脱する決定(Pfeffer, 1981). これら全ての状況が同時に出現し,コンフリク. ・組織における個人ないし集団が持つ組織の. トのレベルも強くなることが容易に想像でき. 戦略,政策,実践を支持したり反対する活. る.そのため,より強いパワーが必要とされる.. 動(Bacharach and Lawler, 1998). パワーの行使の結果,経営資源等を獲得した主. また,フェファー(1981)は「一般的に,あ. 体は当然それを維持・安定化しようとする.事. る人間が『パワーがある』 『パワーがない』と. 例企業の場合は,長期にわたって大規模かつ鉄. いうのではなく,特定の社会的関係性における. 道事業専業という組織であり,経営資源配分の. 他 の 社会的 ア ク ター(social actor)に 関 し て. 変化を伴う組織改革には相当な利害対立が存在.
(7) 民営化企業の経営戦略と組織変革(入江). (487). 47. 表 1 戦略の推移 名 称. 期間(年度). 重要なコンセプト. 備 考. FUTURE21. 1990 ~ 2000. 「総合生活サービス企業」. 非鉄道事業の展開. ニューフロンティア 21. 2001 ~ 2004. 「選択と集中」「自律と連携」 単体中心からグループ全体の発展 「ステーションルネッサンス」. ニューフロンティア 2008. 2005 ~ 2008. 「顧客満足の向上」 「Suica を第三の事業の柱」. 完全民営化達成後のグループ経営指針. グループ経営ビジョン 2020. 2009 ~ 2020. 「7 つのギアチェンジ」 「継続する挑戦」. 新たな長期ビジョンの策定. 著者作成. したことは想像に難くない. 3.事例企業:東日本旅客鉄道株式会社. 3―1 戦略の推移 3―1―1 「FUTURE21」 民営化後初めての中期ビジョンであり,鉄道. 当該事例企業 の 前身 は 日本国有鉄道(以下,. の再生と非鉄道事業の展開を大きく打ち出し. 国鉄)である.1987 年 4 月 1 日に発足した JR. ている.この時期はまだ鉄道事業の安定化と. 東日本 で は,改革後 3 年目 の 1990 年 10 月 に. 要員を初めとする効率化に注力していた期間で. 初めての中長期ビジョンである「FUTURE21」. ある.具体的な戦略というよりむしろ社員へ将. を 発表 し た.そ の 後,三 つ の 中期経営計画 が. 来のビジョンを示し,非鉄道事業への展開をイ. 続いて策定されている(表 1) .総じていうと,. メージづけているものといえる.主要なコンセ. 鉄道事業専業事業体から非鉄道事業の展開へと. プトは「総合生活サービス企業」である.当面. 大きく舵を取り続けてきた歴史ともいえる.同. 鉄道が中核事業であることには変わりはない. 社の発展段階についてみると,三段階に分けて. が,鉄道を中心として顧客の生活に関して総合. 考えることができる.第一段階は国鉄改革以降. 的なサービスを提供していく企業を目指してい. の 鉄道事業 を ブ ラッシュアップ す る 時期 で あ. るというメッセージを打ち出している.これは. り,財務基盤を確立して株式上場による完全民. 国鉄時代の官僚的な文化を変革するとともに,. 営化を達成している.第二段階は非鉄道事業を. サービス事業として鉄道事業をとらえ直し,社. 展開していく段階であり,大きく戦略を転換す. 員自身にサービス事業の企業で働いているとい. るステーションルネッサンスを展開した段階で. う意識を持たせることを狙いとしている.. ある.そして第三段階は Suica を中心として鉄. 3―1―2 「ニューフロンティア 21」. 道と非鉄道事業が相乗効果を発揮し,組織内外. 「FUTURE21」の 制定後 10 年 が 経過 し,経. に事業横断的な戦略を展開していく段階であ. 営環境も当時とは大きく異なってきた.連結決. る.この過程において,ダイナミック・ケイパ. 算中心 の 時代43)を 迎 え,ま た 完全民営化 を 目. ビリティの形成が確認できる.. 前とした 2000 年 11 月に中期経営計画が策定さ. 以下では JR 東日本について各ビジョン及び. れた.大塚社長(当時)は社員に向けて,二つ. 中期経営計画をもとに,それぞれの経営計画の. の点を強調している.一つは徹底した顧客志向. 内容について述べるとともに,戦略実行に関す. であり,もう一つはグループ全体の発展につい. る組織変革,パワー構造,社内ルール等変更に. て で あ る.大塚 は,「『選択 と 集中』の 観点 か. よる戦略補完等の要素について記述する.. ら,競争優位性の高い分野に経営資源を集中投 入していくことを定めました.また,『自律と 連携』と い う 方向性 を 明示 し,グ ループ 各社.
(8) 48. (488). 横浜国際社会科学研究 第 16 巻第 4・5 号(2012 年 1 月). 表 2 「ニューフロンティア 2008」策定の背景 ①国鉄改革,JR 東日本発足(1987 年)からやがて 20 年が経過 ・これまでは,健全経営に向け,自主自立経営の確立と安定した経営基盤作りが最重点目標 ② 2001 年度からの中期経営計画「ニューフロンティア 21」 ・ 「信頼される生活サービス創造グループ」をめざしてさまざまな施策を実施 ・2002 年に JR 東日本の完全民営化が達成,2005 年度までの数値目標も概ね達成の見通し ③今後の展望 ・少子高齢化の進展や交通市場における競争激化など,経営環境はこれまで以上に厳しく ・お客さま,地域のみなさまから寄せられる要望もますます高度化,多様化 ⇒「信頼される生活サービス創造グループ」であり続けるためには,より品質の高いサービス を提供することで,お客さまに JR 東日本グループを選択していただく必要 ④新潟県中越地震(2004 年 10 月発生) ・新幹線は開業以来はじめて営業運転中の脱線を経験.在来線や水力発電所も甚大な被害 ⇒被害の拡大抑止に効果のあったこれまでの地震対策を前倒しで実施するとともに,地震によ る被害発生のメカニズムの解明の過程で得られた知見を今後の対策に極力取り入れるなど, 重大な被害の発生をできるだけ回避するための取組みを強化 プレスリリースより著者作成. が自らの使命,責任を十分に認識したうえで,. 下の 4 点(表 2)が挙げられている44).. グループの総合力を発揮していくことをめざ. 経営の基本的方向については以下「3 つの改. しています. 」としている.経営理念としては. 革」を掲げた.第一に意識改革として「お客さ. 「FUTURE21」の方向性を維持しつつ,グルー. まの視点に立脚したサービスの実践」が明記さ. プ経営を前面に出し,5 年から 10 年後の到達. れ た.前 の「ニューフ ロ ン ティア 21」で は 株. すべき将来像の発展形として「信頼される生活. 主価値の向上が強調されていたのに対し,お客. サービス創造グループ」を目指すこととした.. さま視点での実践・挑戦への「意識改革」に重. また,鉄道事業と生活サービス事業を両輪とし. 点をおく内容となっている.第二に事業改革と. つつ,両事業の相乗効果やブランドイメージ,. して「強くたくましい企業グループづくり」を. ノウハウを活用できる分野への「選択と集中」. 掲げており,成長戦略の提示と競争力の強化に. がうたわれた.さらに「自律と連携」といった. よって各事業分野で確固たる地位を確保するこ. 方向性のもと, 事業の清算や統廃合を実施した.. ととしている.同時に,従来からの「鉄道事業. 経営資源の投入方針を示したことで,これまで. を軸として」というグループ理念の表現を「駅. の拡大路線からの方針転換が図られている.ま. と鉄道を中心として」に変更し,駅そのものを. た,新たにステーションルネッサンスというコ. 鉄道輸送 サービ ス と 同等 の グ ループ の 重要 な. ンセプトが提示され,組織が進むべき重要な方. 事業拠点として位置づけている.さらに第 3 の. 針が示されたことも大きな特徴の一つである.. 事業の柱として Suica を加えることを明記し,. 3―1―3 「ニューフロンティア 2008」. Suica を新しい基幹事業として推進していくこ. 2002 年に完全民営化が達成され,2005 年. とが宣言された.第三に「経営改革」として「社. 度までの目標数値についても概ね達成できる見. 会的責任の遂行と持続的成長の実現」をうたっ. 通しとなったことから, 計画より 1 年前倒しで,. ている.. 2005 年度から 2008 年度までの中期経営計画と. 3―1―4 「グループ経営ビジョン 2020」. して「ニューフロンティア 2008 ─新たな創造. 2008 年 3 月 31 日,長期の経営構想である「グ. と発展」が策定された(2005 年 1 月発表) .こ. ループ経営ビジョン 2020 ─挑む─」が発表さ. の計画を策定するにあたっての背景として,以. れ,10 年後のイメージを示すという長期的な.
(9) 民営化企業の経営戦略と組織変革(入江). (489). 49. 経営構想 で あ る.JR 東日本発後 21 年 が 経過. 継資産が民営企業として「そのまま使える」と. し,3 度の株式売却を経て完全民営化が達成さ. いう要素は少なく,列車は止まらなかったにせ. れ,これまで概ね順調な経営を続けている.し. よ経営的にはあまり連続性が認められない.さ. かしその結果,組織内に成功体験への慢心が発. らに,民営化時に鉄道で必要な要員数を大幅に. 生し, 硬直的な組織になる懸念もあるため, 「現. 超える人員を引き受けたことから,現在のエキ. 状にとどまることなく,新たな目標に向かって. ナカへとつながる駅構内事業や駅ビル等につい. 挑戦し続ける気持ちを持つべき45)」だとして「必. ても社員による直営や出向者によるところが多. 要な経営のギアチェンジを行い,自らを改革し. かった.社内で「直営店舗」と呼ばれていた駅. ていこうと決意46)」したとしている.また, キー. 構内事業 は,ほ ぼ 社員 に よ る 直営事業 で あっ. ワードとして「挑む」を経営の根幹におくとと. た.これは雇用確保を主たる目的としたことが. もに,経営の数値目標について 3 年間の目標と. 要因であるが,鉄道事業の再建と効率化が最優. 47). 10 年後のイメージが示されている .. 先であった当時,非鉄道事業の展開は必要不可 欠なものであった.また,さらに雇用の場を拡. 3―2 発展の第一段階:鉄道事業の再生と関連 事業の模索. 大するため,会社のバックアップによって社員 の発案による様々な業種・業態への進出が試み. 発展の第一段階は,国鉄改革直後からニュー. られていったのもこの時期の特徴である.例え. フロンティア 21 が発表されるまでの約 10 年間. ば,しめじ栽培事業,スッポンや岩魚の養殖事. を指す.この時期に特筆すべきことは,非鉄道. 業など今では考えられないような事業にも数多. 事業分野において,意図せざる新規事業への探. く進出した.さらに JR 以降の採用者による新. 索機能を発揮し,重要なノウハウを蓄積するこ. 規店舗の開発等も進められたが,元々社員がこ. とができたということである.分割・民営化後. れらの事業の専門家ではなかったため,結果的. は,まず鉄道の再建と財務状況の改善が喫緊の. にそのほとんどが事業開始以降数年のうちに幕. 課題であった.特に黒字を継続して安定した経. を閉じている.しかし,この時期の様々な関連. 営の基礎を作ることが何より重要であったため. 事業への進出は,駅という特殊な環境下での事. である.しかし日本全国での長期的な人口減少. 業展開について重要なノウハウを蓄積した.こ. が予測されるなか,将来にわたって鉄道事業の. こでのノウハウは,①鉄道事業と関連性がなく. みで経営を推進していくことには,いずれ事業. 散発的な事業は失敗すること,②駅という場所. 規模の縮小を余儀なくされる危険があった.ま. が会社にとって未開発かつ重要な資源であるこ. た 分割・民営化後,進出 で き る 事業 に つ い て. と,③鉄道事業と相乗効果(乗降者数の増加へ. は,事業範囲の制約がほとんどなくなったた. の寄与等)があるものが最も成功すること,④. め,将来の経営の柱として育成すべき関連事. 市中で成功している事業が必ずしも駅では成功. 業. 48). の展開も急務の課題であった.JR の場合,. しないことなどである.特に JR 採用の社員49). 歴史的に他の大手民鉄と異なり,鉄道敷設によ. は,その後ほとんどが後に続くエキナカ開発に. る沿線の土地価格向上等の外部効果を吸収する. 関する中核的な社員となっていく.元々は人的. ことができなかったため,経営資産としての駅. スラックの存在とその活用による関連事業の展. の開発や国鉄から継承した駅ビルなどの効率化. 開ではあったが,意図せずして将来へと続く事. を図らざるをえない状況であった.また,必要. 業ノウハウの蓄積と新規事業の探索機能を発揮. な資金も当然企業自身が銀行や市場から調達し. したのである.. なければならなくなった.その意味で鉄道事業 自体を除き,形態的にも質的にも国鉄からの承.
(10) 50. 横浜国際社会科学研究 第 16 巻第 4・5 号(2012 年 1 月). (490). JR 東日本グループ経営. 生活サービス事業は鉄道・Suica 事業とともに経営の柱 鉄道事業. Suica 事業. 生活サービス事業. 「ステーションルネッサンスの進化」. 「駅を中心としたまちづくり」・ 「路線価値向上」. ecute・Dilaの積極的な展開/既存店舗ゾーンの. 点(駅)の開発から面(路線・エリア)の開発. 大胆なリニューアル/広告媒体価値最大化. 東京ステーションシティの完成/中央ラインモール. 選択と集中の徹底による資産価値の最大化 「ターミナル駅の大規模開発の推進」. 「グループ事業の競争力強化/ブランド確立」. 新宿駅新南口開発計画/千葉駅開発計画/横浜駅西口・. 「NEWDAYS」の展開強化/ 「ルミネ」「アトレ」「グランデュオ」. 東口開発計画/品川車両基地跡地開発検討. 著者作成. のブランド戦略/「ホテルメッツ」「ジェクサー」競争力強化. 図 3 生活サービス事業の展開. 表 3 サンフラワープランとコスモスプランの比較. コンセプト 目 的 対 象 駅 特 徴. サンフラワープラン コスモスプラン 駅舎内開発 駅周辺開発 駅の再生(「駅」という最大の経営資源の可能性を 100% 引き出す) 顧客満足度の向上とグループ全体の価値の最大化 ・乗降人数 20 万人/日以上の駅 ・乗降人数概ね 3 万人/日以上の駅等 ・県庁所在地等の主要ターミナル駅 ・駅業務施設の見直し ・駅業務施設の全面的見直し ・低効率用地を高度利用 ・短期間で開発 ・人工地盤等の建設. 著者作成. 3―3 発展の第二段階:関連事業から「エキナ カ」へ. として何があるかを考えた場合,鉄道輸送そ のものを除けば最大の経営資源は「駅」空間. 発展 の 第二段階 は ス テーション ル ネッサ ン. である.理由として,一日当たり約 1,668 万人. ス以降であり,このコンセプトはグループの. の輸送人員51)があり,これらの利用客は基本. 総合力発揮を目指すものである.それまで鉄. 的に駅を使うことになる.そのため,多くの. 道主体に考えられてきた駅を,あらためて会. 人が集まる駅を中心に投資を行い,その可能. 社の最大の経営資源であると捉え直し,お客. 性を 100% 引き出していこうとしたのである.. 様の利便性向上と高収益化をめざすことを目. 事業推進方針としてはサンフラワープラン52). 50). 的としている .重要なのは,第一にお客さま. とコスモスプラン53)の二つ(表 3)がある.. 視点で駅の利便性を捉え直し,またどちらかと. サンフラワープランは,1997 年度からお客. いうと付帯的事業であった駅構内事業を主要事. 様の利便性の向上と生活サービス事業の強化. 業として全面的に刷新・展開して,グループ価. を目的として全社的に取り組んでいる施策であ. 値向上の視点で推進していこうとしている点で. る.投資対象を概ね乗降人員 3 万人以上の駅と. ある(図 3) .. し,駅業務施設の見直しと小規模な投資による. 鉄道会社 と し て,将来利益 を 生 み 出 す 源泉. スピードを重視した開発方針としている.また,.
(11) 民営化企業の経営戦略と組織変革(入江). 䚷ே䛻䜔䛥䛧䛔㥐䛵䛟䜚. 䕿䛂⏝䛧䜔䛩䛔䛃䛂ᛌ㐺䛺䛃䛂Ύ₩䛺䛃㥐 䚷䞉䝞䝸䜰䝣䝸䞊 䚷䞉䜟䛛䜚䜔䛩䛔ෆ⾲♧䛾ᩚഛ 䚷䞉⏝䛧䜔䛩䛔䛚ᐈ䛥䜎ᑟ⥺䛾☜ಖ. 䚷ാ䛝䜔䛩䛔⫋ሙ䛵䛟䜚. 䕿⪁ᮙ䛧䛯タ䛾᭦᪂ 䕿ຠ⋡ⓗ䛺ᴗົ㐠Ⴀ. 䚷㕲㐨䞉⏕ά䝃䞊䝡䝇 䚷䛸䛾⼥ྜ. 䕿᪂䛧䛔䝃䞊䝡䝇䛾ᥦ౪䛸౽ᛶ䛾ྥୖ 䚷䞉䛘䛝䛽䛳䛸 䚷䞉䝬䝹䝏ሗ䝃䞊䝡䝇䛾ᥦ౪ 䚷䞉䠥䠟䜹䞊䝗䜢ά⏝䛧䛯䝃䞊䝡䝇ᒎ㛤. 䚷䝷䜲䝣䝇䝍䜲䝹䛾ᥦ. 䕿䝅䝵䝑䝢䞁䜾䞉䝺䝇䝖䝷䞁䝰䞊䝹䛾ᒎ㛤 䕿௦䛻༶ᛂ䛧䛯䠩䠠ᒎ㛤 䕿⏕άᨭᶵ⬟䛾ᐇ. 䚷᪂つᴗ䛾ᒎ㛤. 䕿ሗⓎಙ 䕿䝸䝃䜲䜽䝹ᴗ䛾ᒎ㛤. 㕲㐨ᴗ. 㻌. . ⏕ά䝃䞊䝡䝇 ᴗ. (491). 51. 䕿䠥䠰ᴗ䛾ᒎ㛤 䕿᪂䛧䛔ᗈ࿌ᒎ㛤. 「生活サービス事業におけるステーションルネッサンスの取り組み」p. 8 より著者作成. 図 4 コスモスプランの考え方. 駅周辺の低効率用地を有効利用し,駅ビルやホ. タートした.各駅における最適な事業配置をゼ. テルを開発する施策も推進している.例えば,. ロベースで見直し,既存設備の徹底的な見直し. 駅構内の流動量が多く商業利用価値の高い場所. 等によって新たな事業スペースを創出していく. にあった駅長室などを移設して店舗を設置した. としている.乗降人員 20 万人/日以上の駅及び. り,空きスペースに地元密着型の駅ビルを建設. 県庁所在地等の主要ターミナル駅を対象とし,. したりしている.特に駅構内の商業利用スペー. 既存の駅業務施設の見直しのみならず,人工地. スの生み出しには,鉄道事業サイドの協力が不. 盤の建設等によって新たな事業スペースを生み. 可欠であり,その意味でも鉄道と生活サービス. 出すことにより,大規模な開発を目指している.. 事業が一体となった戦略である.鉄道事業が組. そのため鉄道事業及び生活サービス事業が一体. 織の本流であった歴史から,駅の中心的な場所. となった大規模な投資・開発となる.この点で. を店舗等に明け渡すことに現場をはじめ心理的. サンフラワープランとは異なり,鉄道事業と非. な抵抗も強くあった.しかし現場での継続的な. 鉄道事業を対等に位置付けて事業を展開してい. 技能の蓄積が安全を担保するという鉄道事業の. こうとするものである.鉄道事業と生活サービ. 特性を尊重し,成果主義ではなく終身雇用を守. ス事業双方について大きく 5 つの方針(図 4). ること及び鉄道を軸として事業を展開していく. を打ち出しているが,なかでも三番目の「鉄道・. ということを社長が社内に明言するとともに,. 生活サービスとの融合」が重要である.これ以. 長期的な人口減少に対する危機感と競争の激化. 降,将来に向かった生活サービス事業の重要性. から生活サービス事業の展開が経営上必須であ. の認識が社員へ浸透し,鉄道事業と生活サービ. るとの認識が浸透していくにつれ,そうした抵. ス事業の組織横断的な取組みが展開していくこ. 抗意識も徐々に変化していった.当初は強い抵. とになる.. 抗意識があったものの,結果,乗降人員 3 万人. 3―3―1 パ ワー構造の変化と組織変革①:本社. 以上の駅のうち商業展開を行っている駅は 9 割. 機能強化とパワーシフト. 54). を超えるまでになった .. ステーションルネッサンス以降,大きく変更. 次 に コ ス モ ス プ ラ ン は,2000 年 12 月 に ス. された戦略方針や組織内ルールは大きく 3 点あ.
(12) 52. (492). 横浜国際社会科学研究 第 16 巻第 4・5 号(2012 年 1 月). る.まず全社戦略として示された「選択と集中」. ため,OB 社員から現役社員へのパワーシフト. 「自律と連携」という 2 つの方針である.前者. が起こったという側面も大きい.結果的に,本. は総花的に展開されてきた各事業を再整理した. 社機能,特に事業創造本部の機能強化が鮮明と. うえで,経営資源を投下する事業にメリハリを. なった.次節では続く二点について述べる.. つけていこうとするものである.これにより,. 3―3―2 パ ワー構造の変化と組織変革②:ルー. グループ各社は戦略的に事業を拡大していくも. ル変更とパワーシフト. の, 地域に根差して雇用確保にも寄与するもの,. 全社戦略としての「選択と集中」「自律と連. 共通部門などを集約して行うシェアードサービ. 携」に続き,組織内ルールの変更が大きく二つ. スを提供するものなどその役割を明確にしたう. ある.一つは投資戦略と投資権限の変更である.. えで集約・整理されていった.後者はそうして. まず投資戦略について,国鉄改革以降,投資. 再スタートを切ったグループ各社が,グループ. 予算の権限は一括して総合企画本部投資計画部. 全体としての企業価値を高めていこうとするも. に委ねられていた.これは,国鉄時は一つの部. のである.こうした戦略策定の背景には,目前. 門が損益予算と投資予算の両方の権限を持ち,. に迫っていた完全民営化の達成と連結会計制度. 新線建設などの大規模投資についても権限が集. の導入という大きな社会的イベントが影響して. 中していたため,政治的な圧力に対して抵抗力. いた.具体的には,国鉄時代から継承されてい. が弱く,結果的に無理な投資を重ねて経営が破. たいわゆる駅ビルの扱いがある.歴史的に,一. 綻した経験による.JR 東日本発足にあたって. 駅一駅ビル会社となっており,統一的な展開コ. は,投資予算を扱う投資計画部と損益予算と資. ンセプトが存在しなかった.そのため極めて地. 金調達を扱う財務部とに組織的に分離した.あ. 域性が強く,グループとしてのブランド展開や. わせて,過大な投資を抑制するため,投資は減. これに伴うセールス,仕入れ等グループとして. 価償却の範囲内という社内ルールとした.これ. のスケールメリットを活かすことが出来ない状. により基本的には設備更新投資のコストダウン. 態であった.市中に展開している既存の百貨店. が出来ない限り新規投資は抑制された.このた. やショッピングセンターと比較すると,大きく. め,いくら事業創造本部で新規事業に対する投. 遅れをとっていたのである.これを選択と集中. 資案を作成しても,投資計画部の承諾がなけれ. のもと, 本社内に駅ビル事業推進本部を設置し,. ば新規開発は進められなかった.これでは鉄道. 核となる会社を中心として商圏特性に合致した. 側の反対があると思うように事業を推進出来な. 業態開発やスケールメリットを活かしたテナン. い.そのため,事業創造本部が一定の投資権限. トリーシングの実施による収益力向上を目指す. を持って独自に工事を発注できる仕組が必要で. 戦略を遂行している.これらは本社機能の集約. あり,これを実現したのがステーションルネッ. 化をもたらすものであり,特に非鉄道事業グ. サンス開始以降である.最終的に大規模投資案. ループ会社の多くを束ねる事業創造本部の権限. 件は常務会,取締役会といった公式な場で意思. を強化するものであった.ルミネ等のフラッグ. 決定されるが,事業を推進するための大きな実. シップ会社への集約は,それまでの独立した会. 務的権限を非鉄道事業サイドが持つことになっ. 社が一支店となるわけであるから,会社数の減. た.また,コンストラクションマネジメントを. 少とともに社長の数も減少することになる.こ. 新たに導入し,設計や工事についても非鉄道サ. のため,事業創造本部長をはじめ,人事担当役. イドが独自に外注できる仕組みとなった.これ. 員の権限はより強化され,中央集権化がより進. により,それまで鉄道の建設土木系統が一手に. むこととなった.国鉄時代から駅ビルの社長は. 握っていた投資と発注権限及び能力を事業創造. 鉄道本体からのいわゆる天下りが主体であった. 本部が独自に持つことになり,投資計画という.
(13) 民営化企業の経営戦略と組織変革(入江). (493). 53. 表 4 投資額と減価償却費の推移 䠄൨䠅. 4000. 3500. ㍺㏦タഛ䛾⥔ᣢ᭦᪂. ⤒Ⴀ䛾య㉁ᨵၿ. ㍺㏦ຊᩚഛ. ㌴୧. 䛭䛾. ῶ౯ൾ༷㈝. 1000 1038. 3000 2748 2723. 2720 2565. 2500. 2608 2476. 2435. 2373. 2387. 601. 2000. 528. 566. 588. 587. 555. 537. 585. 637. 375 285. 164. 576. 507. 525. 933 680. 432. 409. 428. 460. 400. 715. 473. 704. 802. 385 254. 325. 327. 245. 653. 721. 664 366. 485. 519. 673. 690. 660. 686. 758. 269 64. 59. 68. 83. 95. 108. 117. 110. 109. 110. 114. 117. 1987. 1988. 1989. 1990. 1991. 1992. 1993. 1994. 1995. 1996. 1997. 1998. 0. 782. 375. 495. 634. 631. 113 1999. 776. 960. 596. 424. 410 827. 514. 443. 373 270. 355. 246. 615. 326. 86. 500. 629 577. 341. 880 816. 613 456. 481. 2751. 2430. 577. 635. 402. 181. 633. 613. 1012 2636 2571. 2428 679. 635 622. 350. 1000. 2464. 2406. 2088. 192. 2525. 2355 2203. 1500. 2564. 2910. 757. 748. 2692 2680. 870. 716. 110. 106. 113. 122. 2000. 2001. 2002. 2003. 782. 699. 128. 128. 2004. 2005. 790. 761. 811. 925. 820. 129. 129. 135. 144. 140. 2006. 2007. 2008. 2009. 2010 䠄ᖺᗘ䠅. ͤ2010ᖺᗘ䛿ぢ㎸䜏. 㻌 著者作成 㻌. 重要な経営意思決定の一部を鉄道事業から分離. 3―3―2―1 採用に関する施策の実施:「フラン チャイズ制度」の導入. することに成功したのである.さらに減価償却 の範囲内に抑制していた投資額を,成長投資と. 生活サービス事業を希望するポテンシャル採. して積み上げる方針へ転換し,これ以降減価償. 用(総合職採用)社員については,「生活サー. 却費を上回る投資が続けられていくことになる. ビス事業フランチャイズ制度」を 1997 年度よ. (表 4) .これらの経営方針転換によりコンセプ. り導入した.採用に関しても,1988 年度以降. ト的にも実態的にも鉄道事業のカウンターパー. 経験者の分野別採用を実施し,2006 年度まで. トとして非鉄道事業サイドが大きな権限を有す. に SC,ホ テ ル,オ フィス,物流,IT,与信管. ることとなった.. 理など幅広い分野から経験者採用の社員が入. 次に, 人事に関する社内ルールの変更がある.. 社.ま た,2003 年度採用 よ り,生活 サービ ス. 先に述べたように投資権限の分離という大きな. 事業分野に軸足を置き,専門知識を身につけて. 戦略転換を行ったが,非鉄道事業部門の権限と. いく人材を確保,育成するため,鉄道事業部門. パワーを確立するためには社員に関する制度変. とは別の生活サービス事業部門としての採用区. 更も不可欠である.生活サービス事業について. 分を設けてポテンシャル採用(総合職)を開始. は,業種・業態が多岐にわたることから,一般. した.. 企業と競争していくためには専門要員の育成も. 3―3―2―2 人事運用に関する施策の実施. 喫緊の課題である.それまで鉄道事業で基幹要. ①ブラザー制度の導入(1998 年 4 月より). 員を一括採用してきたが,これには競争力のあ. 本社,グ ループ 会社 の 先輩社員 が 若手社員. る社員の育成上限界もあり,これらを考慮した. (入社 3 年目まで)に対し,勤務先での業務や,. 人事制度の変革が必要であった.人事に関する. 問題点及び改善策等の相談に乗り,指導・育成. 制度及び運用の変更は以下のとおりである.. にあたるもので,生活サービス事業フランチャ.
(14) 54. (494). 横浜国際社会科学研究 第 16 巻第 4・5 号(2012 年 1 月). イズ社員の人材育成=自律的で専門性を持った. ビス事業の現場での研修を行うとともに,生活. 社員の育成に一定の役割を果たしている.. サービス事業部門のポテンシャル採用社員につ. ②人材公募の実施. いては,グループ会社で研修を受ける「生活. 株式会社 オ レ ン ジ ページ や 株式会社 ソ ニー. サービス事業グループ会社実習」を 2005 年度. ミュージックなど異業種との人事交流において. から実施.. は社内で人材公募を活用し,意欲ある若手社員. ②生活サービス事業独自の研修の実施. を選抜,派遣している.. 基礎研修 を 修了 し た 入社 5 年以上 の 社員 を. ③グループ会社の役員への登用. 対象に,自律的な成長及び専門性を高めること. 2000 年度に 30 歳代の若手社員を,グループ. を目的として 2001 年度から「メニュー選択型. 会社の子会社に代表権をもった役員として登用. 研修」を実施.また,若手社員育成のため,セ. したのを皮切りに,対象会社を徐々に拡大し,. グメント別勉強会の実施や,管理職社員を対象. 経営者マインドを持った人材の育成を積極的に. とした社外講師による「創造塾」の開催,専門. 図っている.2006 年度末時点では,11 社で 15. 性を持った社員育成のための「用地ベーシック. 名が役員に就任している.. 研修」「不動産鑑定士養成研修」「阪急百貨店研. ④人事交流. 修」など,その都度スペシャリストを育成する. 民営化以降,生活サービス事業分野における. ために必要な研修を実施.. ノウハウ獲得のため,積極的に業界他社との人. ③海外研修の実施. 事交流を図っている.また,JR 東日本とグルー. 広範かつグローバルな視野をもって徹底した. プ会社,あるいはグループ会社間においても人. 顧客志向の視点に立ち,多様で質の高いサービ. 事交流を積極的に行うことにより,JR 東日本. スを提供していくため,生活サービス事業フラ. グループとしての一体感を醸成するとともに,. ンチャイズ社員育成の一環として目的と行程を. グループ経営計画などの各施策の浸透,ノウハ. 自主的に設定する自己研鑽のための海外研修を. ウや知識,経験を共有化し,グループ会社の中. 実施.. 核となる人材の育成を図っている55).. 3―3―2―4 人事・賃金制度に関する施策の実施. ⑤セグメント別の人材育成. ①目標管理制度の導入. 競争市場で勝ち残るための専門的能力の育成. 2003 年 4 月 よ り 本社勤務 の 管理職社員等 に. を目的として,生活サービス事業フランチャイ. 目標管理制度 が 導入 さ れ た の と 同時 に,生活. ズ社員を対象に 2004 年度から「セグメント別. サービス事業部門では,鉄道事業部門とは異な. の運用」を導入しショッピングセンター事業,. る独自の評価制度を導入.従来の「能力」評価及. オフィス事業,グランデュオ&ステーションリ. び「態度」評価に相当する部分は,単に保有し. テイリング事業,構内開発・営業,不動産事業,. ている能力を評価するのではなく成果に結びつ. ホテル事業,広告事業の 7 セグメント別に人事. ける過程で,顕在化し,実際に行動として発揮. 運用の基本計画を策定し,10 年間は同一セグ. された能力を具体的に評価対象とすることをポ. メント内で運用(主としてグループ会社,支社). イントとした「プロセス・行動」評価に改めた.. することを原則とし,各事業分野におけるプロ. ②年俸制の実施. フェッショナルな人材を育成している.. グループ会社へ当社から役員として出向して. 3―3―2―3 教育研修に関する施策の実施. い る 社員 と 出向先会社経営陣 と の 一体感 を 高. ①新入社員研修への生活サービス事業体験の導入. め,グループ会社の業績を向上させること,若. 新入社員研修の一環として鉄道事業部門の社. 手管理職社員の人材育成を図ることを目的とし. 員と一緒に「NEWDAYS」を主とした生活サー. て,グループ会社出向役員(生活サービス部門).
(15) 民営化企業の経営戦略と組織変革(入江). (495). 55. 著者作成 ⴭ⪅సᡂ. 図 5 オペレーショナル・ケイパビリティの発展と鉄道事業から 非鉄道事業へのパワーシフト . について,2005 年 7 月からプロパーの役付取. 擢人事も行われた.. 締役と同様の業績連動の年俸制を導入.. 次に,投資方針に関する転換が行われ,生活. 3―3―3 組織変革とダイナミック・ケイパビリ. サービス事業を推進する事業創造本部が独自に. ティ①:第一段階から第二段階へ. 施策の推進と投資意思決定を行えるようになっ. 以上に述べたように,第一段階では国鉄改革. た.そして人事制度を大きく改革することによ. 以降,鉄道事業の再建が経営の主たる目的であ. り,採用から運用・教育に関する内容について. り,この時期はダイナミック・ケイパビリティ. も,鉄道事業とは一線を画す斬新な人的資源管. でいう専門的適合度を追求した時期であった.. 理を実現した.こうして組織構造の変革ととも. ただ し 鉄道事業 の専門的適合度を追求しつつ. に,投資と人といった重要な経営資源の掌握を. も,過剰要員受入れによる人的スラックの活用. 実現する制度変更によって,パワー構造の変化. によって新規事業の探索が同時に働いていた.. が明確となり,鉄道事業から生活サービス事業. これは意図せざるものであったものの,結果的. へのパワーシフトが明らかとなった.. に後のエキナカへと続く重要なベース機能を果. このように,ステーションルネッサンスとい. たしている.第二段階は,鉄道の効率化を進め. う明確なコンセプトとともに,これを推進す. つつも, 財務基盤が安定化し, ニューフロンティ. る 組織構造 の 変革,そ し て 重要 な 制度変更 に. ア 21 の準備が始まる 1990 年代後半に入って以. よる担保と相まって,鉄道絶対優位主義であっ. 降である.組織の点からみると,ハード面では. た国鉄からの流れを遮断し,変革することが可. 当初関連事業本部と開発事業本部の二つの本部. 能になったのである.特に上記の三つのルール. を 1997 年に事業創造本部として一元化し,中. 変更は各戦略を推進し,実現していくうえで極. 央集権化をより強化した.あわせて本部長に副. めて重要な役割を果たしている.生活サービス. 社長をあてることにより,鉄道に対するパワー. 事業においても専門的適合度を追求する体制が. 構造の均衡が図られた.ソフト面では,前項で. 整い,鉄道事業・生活サービス事業双方で,そ. 述べたように,社内制度が大きく三つ変更され. れぞれダイナミック・ケイパビリティでいう. ている.一つは,駅ビルを中心としたグループ. と こ ろ の 専門的適合度追求 と オ ペ レーショナ. 会社の再編であり,これによって本社機能の強. ル・ケイパビリティの蓄積が開始されたのであ. 化と担当役員以下の実質的な権限強化が実現し. る.これを図示したのが図 5 であり,Sara E. A.. た.あわせて JR 採用者の本社担当部長への抜. Dixon 他のモデルにあてはめると,組織変革の.
(16) 56. (496). 横浜国際社会科学研究 第 16 巻第 4・5 号(2012 年 1 月). 第二段階に相当する.. カードによる非接触式改札サービスが開始され た.こ れ に よ り 自動券売機 で 磁気券57)を 購入. 3―4 発展 の 第三段階:Suica 導入 と 組織変革 のルーティン化. し,自動改札機を通過して駅構内に入るという 従来 の 改札方式 が 一変 し た.列車 を 利用 す る. 発展 の 第三段階 は,ニューフ ロ ン ティア 21. 人々にとっては,列車に乗る前に乗車券を購入. からニューフロンティア 2008 以降にかけてで. するという行為が省略され,駅構内の入出場が. あり,この時期は生活サービス事業に対する成. 極めてスムーズになった.また,省力化や自動. 長投資が本格化するとともに,Suica の展開が. 券売機及び改札機器類メンテナンス費用の削減. 急速に拡大していった時期である.Suica によ. など様々な経営的効果が表れることになった.. るサービスは,当初の非接触型改札による鉄道. また利用者にとっても事前の乗車券購入の手間. 事業でのサービス変革,その後の電子マネー搭. を省略することができることに加え,降車駅が. 載による少額決済サービスに続き,これらを統. 途中で異なった場合でもいちいち精算手続きを. 合したモバイル Suica の導入へと続いている.. する手間が省け,改札機を通るだけで自動的に. ま た,Suica に 搭載 さ れ た 電子 チップ を 活用. データ処理が行われるようになった.これによ. し,セキュリティサービスやポイント制度,情. り改札内の混雑緩和にもつながり,結果,駅に. 報サービスの展開など,その拡張性を活かして. おける人の流動が大変スムーズになった.当. 様々な分野へ展開している.これらのサービス. 初,Suica 導入決定時のコンセプトは①サービ. 提供に伴い,これまで接点のなかった事業カテ. スアップ,②セキュリティアップ,③システム. 56). ゴリーの企業との提携やビジネスがスタート. チェンジ,④駅務機器のコストダウン,⑤鉄道. した.この時期に重要なことは,これまで鉄道. 以外へのビジネスチャンスの 5 点である58).導. 事業と生活サービス事業がパワー均衡しながら. 入当初の Suica には電子マネー機能は付加され. それぞれに専門的適合度を上昇させていった. ておらず,チャージした金額から運賃を差し引. が,両者を有機的に結合する具体的な手段とし. いていく「イオカード」の機能をもった「Suica. て Suica が前面に出てきたことである.Suica. イオカード」と,定期券・イオカードの両方の. は当初,鉄道設備である改札機能の更新手段と. 機能を持った「Suica 定期券」のみであった.. して導入された.その後機能付加された電子マ. 3―4―2 Suica の組織への導入戦略. ネーを中心として生活サービス事業への展開が. 改札機能の更新という鉄道事業施策として導. なされ,モバイル Suica や電子チップメモリー. 入された Suica は,導入当初から現在のような. を活用したポイントサービスの展開など,現在. 様々な機能付加によるビジネス展開を予定路線. では鉄道事業と生活サービス事業の結合のみな. としていたわけではない.システム投資には多. らず,企業間での新たな提携関係など組織間関. 額の費用がかかることに加え,保守的な鉄道部. 係の拡大にも有効に機能している. 後述するが,. 門 に とって 鉄道事業以外 の 施策 を 見越 し た 投. この段階になってはじめてダイナミック・ケイ. 資には反対意見も多かったためである.そこで. パビリティの進化的適合度の追求機能が発揮さ. Suica 導入の推進チームは,当初はあくまでメ. れるようになったといえる.以下ではその導入. ンテナンスコスト削減と効率化で費用対効果を. 経緯と組織への導入戦略等について述べる.. 算出し,意思決定を促すことにした.Suica 推. 3―4―1 Suica 導入の経緯. 進チームは Suica の展開について三つの戦略ス. Suica 導入から主要なサービス等の開始,及. テップを描いていた(図 6)が,何より導入す. び発行枚数 の 推移は表 5 の通りである.2001. ることが先決であるため,社内ポリティクスに. 年 11 月 18 日,電子 チップ を 内蔵 し た Suica. 負けないように慎重にその戦略を進めていっ.
(17) 民営化企業の経営戦略と組織変革(入江). (497). 57. 表 5 Suica の展開と発行枚数の推移 年. 項目. Suica 発行枚数. 2001. Suica の本サービス開始(東京近郊区間 424 駅)(11 月 18 日). 100 万枚(12 月 6 日). 2002. 東京モノレール㈱との相互利用開始 東京臨海高速鉄道(りんかい線)との相互利用開始. 500 万枚(10 月 22 日). 2003 「ビュー・スイカ」カードサービス開始 Suica 定期券による新幹線利用サービス開始 仙台エリアでの Suica サービス開始 2004. 2006. JR 東日本本社ビルに Suica による入退館システム導入 ㈱ IC カード相互利用センター設立 Suica によるショッピングサービス(電子マネー)開始 JR 西日本「ICOCA」との相互利用開始 「グリーン車 Suica システム」導入. 1,000 万枚(10 月 26 日). 新潟エリアでの Suica サービス開始 モバイル Suica サービス開始 オートチャージサービス開始. 1,500 万枚(1 月 26 日). 2007 「PASMO」との相互利用開始 「Suica ポイント」サービス開始. 2,000 万枚(4 月 9 日). 2008 「モバイル Suica 特急券」サービス開始 首都圏・新潟エリアでの Suica エリア拡大 「ICOCA」との電子マネー相互利用開始 「ICOCA」と JR 東海「TOICA] との 3 者相互利用開始 モバイル Suica と EX-IC サービスとの連携開始. 2,500 万枚(5 月 18 日). 2009. JR 北海道「Kitaca」との相互利用開始 JR 東日本エリアの拡大(115 駅)」 Suica インターネットサービス開始. 3,000 万枚(10 月 15 日). 2010. JR 九州「SUGOCA」,西日本鉄道「nimoca」,福岡市交通局「はやかけん」との相互利用 「 Suica」・「 PASMO」 の 合 開始 計発売枚数 5,000 万枚 JR 西日本「ICOCA」・JR 東海「TOICA」との電子マネー 3 者相互利用開始 (10 月 7 日). プレスリリースより著者作成. 㖟⾜ 䜽䝺䝆䝑䝖♫ 㕲㐨♫. 㕲㐨䠥䠟䜹䞊䝗䛜୰ᚰ ᐃᮇๆ䠇SF*䛾ᶵ⬟ ᣑ *StoredFareTicketSystem. 䜾䝹䞊䝥ᴗ 㕲㐨ᴗ. 䝡䝳䞊䠥䠟䜹䞊䝗䛻 㕲㐨ᶵ⬟䜢ຍ ї䜾䝹䞊䝥ෆ䜈ᒎ㛤. 㕲㐨䠥䠟䜹䞊䝗. 」ྜ 䝡䝳䞊䠥䠟䜹䞊䝗. 㕲㐨ᶵ⬟䜢Ṋჾ䛻 㒊እ䜈ᒎ㛤. 椎橋(2008)p. 112 より著者作成. 図 6 Suica の段階的拡大戦略.
(18) 58. (498). 横浜国際社会科学研究 第 16 巻第 4・5 号(2012 年 1 月). たのである.結果は大成功し,導入から 1 年弱. 機能付加はポイント制度やセキュリティシステ. で 500 万枚という急速な普及をみせた.鉄道イ. ムを通じての新しい組織間関係も生み出し,ビ. ンフラとして Suica が定着すると,当初描いて. ジネスチャンスも飛躍的に高まった.これによ. いた戦略の第二ステップである電子マネー機能. り鉄道事業と生活サービス事業を結合する戦略. の付加,こ れ に 伴う市中商業施設への展開な. の構築が可能となった.ここに,これまでの専. どが急速に進んでいった.また Suica を軸とし. 門的適合度の追求から本来の意味でのダイナ. た IT ビジネスを迅速に推進するため 2005 年. ミック・ケイパビリティの蓄積が開始されたの. 7 月に IT 事業本部が新設された.これにより. である.冒頭述べたように,ダイナミック・ケ. 組織的にも鉄道事業を担う鉄道事業本部,生活. イパビリティの内容は,新規事業の探索と開発. サービス事業を推進する事業創造本部と対等の. をコア事業の専門的適合度を高めつつ同時並行. 事業本部が実現した.Suica のような新技術や. 的に行うことであり,アド・ホックなものでは. 組織構造の変革は,経営資源配分の変化ももた. なくその仕組みをルーティン化することであ. らすため,パワー構造の変化に対する警戒も強. る.. かったが,山之内(当時副会長)は以下のよう. Suica は鉄道事業と生活サービス事業の相乗. に述べている. 「 『何よりやはり,社長自らが. 効果を引き出す役割を担うこととなり,組織的. リーダーシップをとっていただいたのが大き. にも IT・Suica 事業本部に強化された.本部長. い』というのがみんなの意見だった.トップが. には副社長が就任し,名実ともに事業推進体制. リーダーシップを発揮することが,こうしたプ. が整うとともに,常に市場の変化に適応し,新. ロジェクトを成功させるための鍵だったと言っ. 規開拓を行うための探索と開拓機能がルーティ. て間違いないだろう59). 」このようにトップが. ン化されることになった.具体的には鉄道事業. コンフリクトを抑制するために大きな役割を果. と非鉄道事業の専門的適合度の追求とは別に,. たしていた.この意味で,現在の Suica の成功. グループ全体としての経営戦略の視点を持ち,. は単に新技術開発による成功ではない.そもそ. 限られた経営資源の配分をメタな視点で決定出. も電子マネーや他事業への展開も含めた導入プ. 来るようになったのである.また鉄道事業,非. ランを提示していた場合,Suica の導入そのも. 鉄道事業とも,Suica なしでは事業の遂行が不. のが消えていた可能性が高いからである.そこ. 可能になっており,単独での経営資源獲得行動. にはトップの決断もさることながら,鉄道事業. はもはや効率的ではなくなっているのである.. をはじめとするパワーポリティクスをうまく活. こうして,Suica が鉄道と非鉄道のパワー均衡. 用した段階的導入の戦略の効果が大きい.. をコントロールする機能を果たすことになっ. 3―4―3 組織変革とダイナミック・ケイパビリ. た.さらに Suica は鉄道と駅といういわば点と. ティ②:第三段階へ. 線の制約を超えて市中への展開という面として. ステーションルネッサンス以降,鉄道・生活. の事業進出を可能とし,モバイル Suica の導入. サービス事業それぞれが専門的適合度を高めて. によってネット上での展開も実現している.鉄. いくなかで,Suica の導入が図られた.Suica. 道事業施策としてみても,各 JR 他社をはじめ. は当初鉄道事業施策として導入されたものの,. 全国の私鉄・バス事業者と相互利用が可能にな. 推進チームが想定していた通り,次のステップ. るなど,大きなビジネスチャンスを生みだした.. であるグループ企業,グループ外企業へと拡大. このように,Suica の導入とその浸透は,大き. していった.鉄道のインフラとして Suica が急. く拡大した組織間関係によるビジネスチャンス. 速に拡大し,その認知度が高まったところで電. を具体化するために常に探索・開発機能を必要. 子マネーの機能付加が実施された.Suica への. としているのであり,JR 東日本においては組.
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