日本における廃棄物由来メタンの限界排出削減費用
̶制度等の現状を踏まえた全国レベルでの削減費用の検証̶
山田 大地
1, †・成田 大樹
2 摘 要 メタンは重要な温室効果ガスの一つであり,気候変動政策として排出削減が求めら れている。本研究では日本における主要なメタン排出源の一つである廃棄物処理分野 (一般・産業廃棄物,し尿・有機性汚泥,家畜糞尿を本研究では対象とする)に注目し, 当該分野での日本の全国規模でのメタン排出削減可能量と限界削減費用(MAC)曲線を 独自に推計した。日本の廃棄物処理分野の現状を反映するため,2015年の実際の廃棄物 処理データや日本のインベントリ情報を用い,また日本の廃棄物処理施設規模が諸外国 と比較して小さく,スケールメリットの働きにくい状況である点を考慮している。また 既存の炭素税の議論を鑑み,社会的に許容可能な程度の費用で実行可能な排出削減量を 議論する。分析結果としては,排出削減策によりMACは大きく異なるが,年間約63‒92 千t(CO2換算で約160‒230万t)程度のメタンが,社会的に許容可能な炭素価格以下の MACで排出削減可能となった。また既存の施設整備補助金等を考慮すると,年間85千t (CO2換算で約200万t)程度の排出削減が,排出削減主体にとって負のMAC(既存技術よ りも安価,あるいは電力・熱回収等廃棄物処理に伴う収益の発生による)で導入可能なこ ともわかった。加えて,一般廃棄物処理の広域化が現状よりも進展した場合,許容可能な 炭素価格以下でのメタン排出削減可能量がさらに増加することもわかった。これらの排出 削減は,政策目標の176千tのメタン排出削減の実現において重要になりうるものである。 キーワード: メタン排出削減,気候変動政策,廃棄物政策,限界費用曲線 1. 緒 言 メタンは廃棄物処理や稲作など人為起源により部 分的に発生し,その高い地球温暖化ポテンシャルや 対流圏オゾンの前駆体としての性質により排出削減 が求められている物質である。実際,気候変動政策 として,2030年度までに日本として2013年度比で 12.3%のメタンの排出削減を図るという政府目標が 掲げられており1),これは二酸化炭素(CO 2)換算 で4.4百万t,メタンとしては176千tに相当する。 本研究では,廃棄物(一般廃棄物,産業廃棄物, し尿・有機性汚泥および家畜糞尿を考慮し,これら をまとめて本研究では廃棄物と呼ぶ注1)からのメ タン排出に焦点を置き,当該セクターからのメタン 排出の削減費用について独自の検証を行う。近年で はこれらのメタン排出は,日本のメタン人為的総排 出の約20%を占め,2015年時点では242千t(CO2 換算で6.0百万t)となっており,稲作に伴う排出 に次ぐ規模になっている2)。その一方で廃棄物から のメタン排出に関しては,メタン排出の少ない廃棄 物処理方法の導入などが可能であり,水田からの排 出や湖沼・ガス田からの自然排出を抑制すること と比較して排出削減の余地は大きい。実際に近年 日本では,廃棄物の直接埋立の減少,あるいは3R (Reduce, Reuse, Recycle)の促進等による廃棄物量 自体の削減により,廃棄物由来のメタン排出は減少 2020年9月23日受付,2021年1月22日受理doi: 10.11353/sesj.34.152
1北海道大学大学院経済学研究院,〒060‒0809 北海道札幌市北区北9条西7丁目 2東京大学大学院総合文化研究科,〒153‒8902 東京都目黒区駒場3‒8‒1
†Corresponding author: [email protected]
153 日本における廃棄物由来メタンの限界排出削減費用 傾向にある2, 3)。しかしながら,廃棄物処理手段の 選択にあたっては,衛生面の考慮や廃棄物の資源利 用,あるいは埋立地容量不足への対処といった気候 変動対策以外の多様な政策目標が存在し,必ずしも メタン排出削減という観点から手段選択がなされる わけではない。また上記政府目標においても,さら なる3Rの促進による廃棄物量自体の削減や水田か らの排出削減が掲げられる一方,廃棄物処理方法と しては嫌気性埋立から準好気性埋立への転換以外に はとくに考慮されていない。費用に関しては,個 別の技術ごとの費用対効果の研究は日本でも蓄積 され,またガイドラインの作成もなされてきている が4‒6),メタン排出削減よりは上記他の目標が主眼 に置かれており,廃棄物由来メタン排出削減費用に ついての網羅的推計はなされていない。そのため, 廃棄物処理方法の選択を通して政府目標以上のメタ ン削減が低いコストで実施されうるものなのか,あ るいは逆に政府排出目標の達成が社会に過大な費用 を課すことになるのかといった検証は行われてき ていない。他方,国際的なシミュレーションモデ ルであるInternational Institute for Applied Systems Analysis(IIASA)のGAINSモデル7, 8)や米国環境 保護庁(US EPA)9)では,日本を含めた世界各国に 関するメタン排出削減費用の計算モジュールが組み 込まれているが,各国ごとの現状を詳細に考慮する 性質のものではなく,日本の自治体制度,産業活 動,あるいは廃棄物処理方法選択の現状が十分に反 映されていない。たとえば廃棄物処理施設建設・運 用においてはスケールメリットが存在するが,日本 では一般廃棄物は市町村を中心に処理しているため 諸外国と比較して施設規模が小さく,廃棄物処理費 用が割高になりうる。国際的シミュレーションモデ ルは全世界的な指針として有用である一方で,こう した各国の現状が必ずしも反映されているわけでは なく,日本における具体的なメタン排出削減策を考 慮するにあたっては,日本の現状を反映した推計が 求められる。 本研究では,排出削減ポテンシャルの定式化に関 してはGAINSモデルのものを応用しつつ,日本の 廃棄物排出,メタン排出係数および各排出削減策の 費用に関しては日本の廃棄物関連データやインベン トリを用いて新たに評価し,日本の現状を踏まえた 上での,全国規模での廃棄物由来メタン排出の削減 可能性と,各排出削減策により追加的に一単位排 出を削減する際にかかる限界削減費用(Marginal Abatement Costs, MAC)を独自に推定する。分析 においては2015年のデータを使用し,廃棄物処理 の現状を踏まえている。結果については,限界削減 費用曲線(MAC曲線)として示し,CO2排出削減 など他の気候変動緩和政策との比較も踏まえつつ, メタン排出削減の経済的望ましさや,現状のメタン 排出削減政府目標からのさらなる追加的な排出削減 の可能性を議論する。また近年過疎化や廃棄物処理 施設利用の非効率性への対応として廃棄物処理の広 域化・集約化の必要性が政策面・行政面で指摘され ている点を鑑み,廃棄物処理体制の広域化・集約化 がMACにもたらす影響についても議論する。 2. 方 法 2.1 メタン排出と費用の定式化 本研究では廃棄物由来メタンについて,排出削減 策としてメタン排出の少ない廃棄物処理方法を導入 する場合を考慮し,メタンの排出削減可能性および 削減にかかるMACを推計する。3Rの促進等,廃 棄物量を減らすような策については,本研究では分 析対象とはしない。 メタン排出削減量とその費用については,GAINS モデル7, 8)の手法を参照しつつ,以下のように定式 化する。まず,廃棄物分類i,地域rにおける廃棄物 量をWasteirとする。これを処理方法jを用いて処理
する際に発生するメタン発生量Emitijrsは,Wasteirの
うち処理方法jを用いる割合をσijrs,排出係数をEFij とすると,以下のように表すことができる。 σ ijrs ir ijrs ij Emit =Waste × ×EF (1) メタン排出削減策として,排出係数の高い処理方 法kから低い処理方法jへの代替を考慮する。s=0は 現状での,s=1は低メタン排出処理方法導入後の, 各廃棄物処理方法の利用割合を表すものとすると, メタン排出削減策はσijr0をσijr1=σijr0+Δσijrに増加さ
せ,同時にσikr0をσikr1=σikr0−Δσijrに低下させるもの
として定義できる。この場合の排出削減量Reducijkr は,現状での排出量と低排出処理方法導入後の排出 量の差として,次のように表すことができる。 0 0 1 1 Δσ − − − ( )
ijkr ijr ikr ijr ikr
ir ijr ik ij Reduc Emit Emit Emit Emit
Waste EF EF = + = × × (2) 廃棄物iに処理方法jを用いる際の,廃棄物1単位 当たりの正味の処理費用をCijrとする。これは単年 当たり設備投資費用INVijr,運営およびメンテナン ス(O&M)費用OMijr,また廃棄物処理残渣を処 理するのにかかる費用から,処理の際に発生する副 産物の収益を引いたものであり,以下のように定式 化できる:
∗
− ∗ − ∗ −
RES ijr ijr ijr ijr jr
HEAT EL
ijr ijr ijr
C INV OM RESIDUE P HEAT P ELEC P REC
= + +
(3)
こ の う ちRESIDUEijrは 廃 棄 物 処 理 残 渣 量,PjrRES
は 残 渣 処 理 の 単 位 費 用,HEATijrは 排 熱 回 収 量, ELECijrは電力回収量,PHEATとPELは熱・電力それ
ぞれの価格,RECijrはリサイクル収益である。廃棄 物回収に係る費用は計上しない。これは回収に要す る費用はどのような処理手段を用いるにしても等し く発生するものであるためである。 廃棄物iについて処理方法jを用いて行った処理 に関する,地域rでの費用の総額はTCijrs=Wasteir× σijrs×Cijrと書ける。したがって,処理方法kからj に利用割合をΔσijr代替させる場合の費用の変化は, 以下のようになる。
ΔTCijkr=Wasteir×Δσijr×(Cijr−Cikr) (4)
ここからメタン排出削減量あたりの費用に変換す る。MACは,処理方法をkからjに代替し,メタン 排出を追加的に一単位削減する際に発生する費用と して定義でき,以下のように排出削減量一単位当た りの費用の増分として表せる:注2 Δ ijkr ijkr ijkr TC MAC Reduc = (5) MAC曲線は,MACの低い順に排出削減策を実 行する前提の下,任意の排出削減量から追加的に 1単位排出削減をする際の費用であり,累積削減量 を横軸,それに対応する排出削減策のMACを縦軸 に図示したものである。 費用の推計にあたっては,私的MACと社会的 MACを区別する。私的MACは,廃棄物処理主体 が直面する正味費用であり,処理施設建設補助や回 収電力の固定価格買い取りなどの公的助成を差し引 く。社会的MACは,こうした助成も税などの社会 的負担によって賄われていることを鑑み,公的助成 を差し引かない(あるいは私的費用に助成額と同額 の社会的負担を上乗せする)費用である。本研究で は廃棄物処理方法導入の社会全体での経済的な望ま しさを議論する上で,社会的MACに主眼をおきつ つ,個々の廃棄物処理主体にとっての導入への誘因 を議論する上では私的MACを使用した推計も考慮 する。 表1は本研究で対象とする廃棄物分類,処理技術 や排出係数,費用計上項目や設定の一覧である。以 下の節においてそれらの詳細を述べる。 2.2 本研究で考慮する廃棄物,処理方法,排出削 減策 本研究では,廃棄物分類としては一般・産業廃 棄物をそれぞれ食品,紙,繊維および木材の4種 に,家畜糞尿を肉牛,乳牛,豚,採卵鶏およびブロ イラーの5種に分け,し尿・有機性汚泥を加えた計 14種を分析対象とする。廃棄物処理方法としては, 一般廃棄物,産業廃棄物,し尿・有機性汚泥につ いては焼却,メタン発酵,堆肥・飼料化,リサイク ル(紙類のみ),および埋立を,家畜糞尿について はメタン発酵,堆積発酵,強制発酵を考慮する。地 域としては,本研究では日本全国を9つの地域(北 海道,東北,関東,甲信越,中部,近畿,中国,四 表1 対象とする廃棄物分類,処理技術,排出係数設定,費用計上項目と主たるパラメータ設定根拠 廃棄物量推計 食品,紙,繊維,木材,し尿・有機性汚泥 2015年実績値10‒12) 家畜糞尿(肉牛,乳牛,豚,採卵鶏,ブロイラー) 2015年飼養頭数13),平均糞尿量2),糞尿処理実績値10) 処理技術 排出係数設定 費用計上項目 食品,紙,繊維,木材及びし尿・有機性汚泥 焼却注 a 全連続燃焼式2) 投資,O&M,残渣処理,電力・熱収益11, 16) メタン発酵 4, 14) 投資,O&M,電力・熱収益4, 11, 14, 16, 17) 堆肥・飼料化 コンポスト化2) 投資,O&M11, 16, 17) 紙のリサイクル 15) 投資,O&M,残渣処理,リサイクル収益15) 埋立 準好気性埋立2) 投資,O&M11, 16) 家畜糞尿 堆積発酵注 b 糞尿混合2),注 c 投資,O&M13, 16) 強制発酵注 b 糞尿混合2),注 c 投資,O&M13, 16) メタン発酵注 b 糞尿混合2, 14) 投資,O&M,電力・熱収益4, 13, 14, 16) 注 a: 都市圏規模に応じさらに大規模都市圏,中小規模都市圏,農村地域に分割。注 b: 農家規模に応じて大規模と小規模に分 割。注 c: 豚のみ糞尿分離を仮定し,分離処理糞からの排出と,尿の浄化・貯留からの排出を考慮。
155 日本における廃棄物由来メタンの限界排出削減費用 国,九州沖縄)に分けて集計する。 焼却は現在の主流である全連続燃焼式焼却炉で, 熱・電力を回収するものを前提とする。現状では全 施設で熱・電力の回収を行っているわけではない ものの,政府方針において熱・電力回収の拡大が 明記されており18),今後は回収を行う施設が主流と なると想定している。また廃棄物処理の規模に関す るスケールメリットを考慮するため,大規模都市圏 (100万人以上),中小規模都市圏(10万人以上100 万人未満),および農村地域の3つに分ける。堆肥 化と飼料化は別の技術であり,また飼料化の処理プ ロセスは堆肥化と比較して短いため,メタン排出も 少なくなると考えられる技術ではあるものの19),排 出係数や費用などのデータが限定的であるため,こ こでは堆肥化と同一の処理方法として扱う。埋立に は自家処理量を含め,準好機性埋立を想定する。メ タン排出の多い嫌気性埋立は現状で割合が低くなっ てきていることから,ここでは考慮しない。また埋 立地からの排出ガスを回収する技術は確立されてい るが,日本での実施例は一ヶ所(東京都中央防波堤 外側埋立処分場)のみであることから,これもここ では考慮しない。家畜糞尿の3つの処理方法につい ては,焼却と同様規模によるスケールメリットを考 慮するため,大規模農家と小規模農家に区別する。 排出削減策としては,一般廃棄物,産業廃棄物, し尿・有機性汚泥については堆肥・飼料化をメタン 発酵に,埋立分は焼却(紙類のみリサイクル)に, 家畜糞尿については堆積発酵を半量ずつ強制発酵と メタン発酵に代替することを想定する。 2.3 廃棄物量,処理方法利用割合,排出係数の設定 廃棄物量の計上に関して,家畜糞尿以外について は,廃棄物統計での日本全国での各廃棄物の排出 量10)に,都道府県・地域別排出量割合11, 12)を乗算 することにより,各地域での廃棄物量Wasteirを求 める。なお廃棄物回収量のうち,直接リユースされ る分および濃縮・脱水・乾燥により失われる水分に ついては計上しない。家畜糞尿については,畜産統 計13)の都道府県別家畜頭数および家畜一頭当たり の平均的な糞尿量2)を用いて,地域別の排出量を 導出するが,廃棄物統計10)での全家畜糞尿の排出 量に合わせ補正する(その他の家畜の糞尿を計上に 含めるとともに,幼獣と成獣での糞尿量の差などに よる計上の誤差を補正している)。 処理方法利用割合は,廃棄物については廃棄物統 計10)より,家畜糞尿については日本国温室効果ガス インベントリ2)より推計している。ただし焼却につ いてはこれらに加えて,一般廃棄物焼却場の所在地 情報,および都市雇用圏データ20)に基づき,各地域 の大規模都市圏,中小都市圏,農村地域での焼却割 合を得る。メタン発酵については,現状での実施が 限定的であり,廃棄物統計で独立して計上されてい ないため,現状(s=0)での利用割合はゼロとする。 排出係数は,基本的に日本国温室効果ガスインベ ントリ2)の推計値をそのまま用いている。ただし 一般・産業廃棄物およびし尿・有機性汚泥のメタン 発酵については,当該インベントリではメタン排出 が非常に小さく排出係数が提示されていないため, ここでは嫌気性埋立の際のメタン排出係数に,流 出量割合として1%を乗じたものを使用する14)。ま た家畜糞尿のメタン発酵についてはメタンの発生 量ベースの排出係数が提示されているため,ここで もそれに1%を乗じたものを排出係数として使用す る。この流出割合は厳格なメタン発酵プラント管理 が行われる状況でのものと考えられ,管理状況に よっては流出割合はこれより大きくなりうる。紙類 のリサイクルについては,古パルプ製造過程にお いて1割程度発生する残渣を焼却処理するものとし て15),紙類の焼却の排出係数に0.1をかけたものを リサイクルの排出係数として使用する。 2.4 費用 費用の推計にあたり,各設備においては投資費 用,O&Mまた電力や熱の回収効率にスケールメ リットが存在する点に留意する必要がある。一般に 日本では市町村単位での廃棄物処理が中心であるた め,施設規模が欧米と比較して小さく,その分費用 が割高となっていると思われる。 紙のリサイクル以外について,投資費用および O&M費用は各地域の処理施設の処理能力や処理 量11, 17)の 加 重 平 均 を,Konstantinia Tsilemouと Demetrios Panagiotakopoulos16)による廃棄物処理 費用関数に当てはめて推計した。これは欧州の処理 施設に基づく費用関数であるが,スケールメリット の度合いが明示されており,また日本の施設と同等 の規模のものも考慮されている。日本の実際のデー タを当てはめることで,日本の施設規模の現状を踏 まえた費用の推計となっている。ただし一般・産業 廃棄物およびし尿・有機性汚泥の堆肥・飼料化につ いては,施設数が限られることから,全国一律の値 として推計しており,またメタン発酵施設は堆肥・ 飼料化と同一の規模としている。家畜糞尿について は農家単位での糞尿発生量を処理能力・処理量とし て使用している。 なお投資費用については,設備の総額を単年当た り費用に分割してINVijrとして計上する。後述の紙 のリサイクルを含めた全処理方法について,利子率 (割引率)は年率4%21),各設備の耐用年数は20年
として単年化する注3。ただし結果の頑健性の確認 として,年率10%および1%のケースについても考 察する。 熱や電力の回収量は,焼却およびメタン発酵につ いて考慮する。焼却では,規模による効率の差や地 域による排熱利用への需要の差などを踏まえ,実際 に回収を行っている施設のデータから回収量を推計 している。メタン発酵については,環境省のガイ ドライン4)より,メタン濃度60%,発電効率30% の仮定をおき,また排出係数の計算においてメタン 流出割合を1%としたことと合わせ,メタン回収率 は99%として電力回収量を推計した。排熱利用に ついては焼却と同じ電力・排熱利用の比が成り立つ ものと仮定して推計している。電力価格PELは,固 定価格買い取り制度の下での価格を用いるが,下に 記載するように社会的費用と私的費用では異なる価 格を使用する。熱価格PHEATについては,日本国内 では排熱取引の市場化が進んでいないためデータが 存在しないが,自家消費のように市場に出ない利用 であったとしても他の燃料費の削減という形で収益 が発生している点を鑑みる必要がある。ここでは, GAINSモデル7, 8)や排熱取引が進んでいる欧州で の実態22, 23)に従い,PHEATは電力価格の半額相当 とみなすという仮定を置く。 加えて,焼却については発生する残渣を埋め立て る際の費用を考慮し,残渣処理単位費用PjrRESとし て埋立の単位費用を用いた。一方堆肥・飼料化,家 畜糞尿の堆積発酵と強制発酵,およびメタン発酵で は,残渣は堆肥や液肥など売却可能なものを含む が,残渣処理費用や売却益は計上しない。異なる種 類の堆肥化へ,あるいはメタン発酵へ移行するもの とする本研究の排出削減策では,残渣は排出削減策 実行前後でどちらにせよ発生するものである。ここ では堆肥と液肥の売却益あるいは売却できない残渣 の処理費用はどの技術でも同等と仮定し,その上で はΔTCijkrの計上において残渣処理費用も売却益も 打ち消しあうため,計上には加えていない。 紙のリサイクルについては,他の廃棄物処理と異 なり,市町村や農家単位での処理ではないことか ら,他国との規模の違いをとくに考慮しない。投資 費用およびO&M費用としては,AEA Technology15) の費用推計を用い,古紙原料の9割が古パルプと して売却(RECijr ),1割が残渣として廃棄(RESI-DUEijr)されるものとする。古紙パルプ価格は2015 年の日本のパルプ価格を24),廃棄価格P jrRESは紙の 焼却の単位費用を用いる。 社会的MACを計算する際には,これらの費用パ ラメータを直接用い,また回収した電力の価格とし ては,2015年の日本の固定価格買い取り制度の下, 最も買取価格の低い建設資材廃棄物由来電力の買取 価格である1 kWhあたり13円を用いる。一方私的 MACを考慮する際には,循環型社会形成推進交付 金制度の下,エネルギー回収型施設については設備 費用の半額が,その他の設備については1/3が助成 される点を考慮し,投資費用を補正するとともに, 電力買取価格としてはそれぞれの廃棄物ごとの固定 買取価格を適用する。 3. 結 果 本研究の推計での,現状での廃棄物からのメタ ン排出量は219千t(CO2換算で5.5百万t)であっ た。この値は,日本国温室効果ガスインベントリ2) での値である242千tともほぼ同水準である。ここ からメタン排出の少ない廃棄物処理方法へ移行する 場合,メタン排出量は150千t(3.7 CO2換算百万t) 減少して69千t(1.7 CO2換算百万t)となる。 図1 メタンの限界削減費用(MAC)曲線
157 日本における廃棄物由来メタンの限界排出削減費用 図1はメタン排出削減をする際のMAC曲線を, 表2はメタン排出削減策ごとに全国で集計した排出 削減総量およびMACの加重平均を示している。累 積メタン排出削減量(横軸)の各点におけるMAC (縦軸)の水準は,それぞれの累積削減量からさ らに追加でメタンを年間1 t削減する場合の最小費 用を表している。社会的MAC曲線は上述の通り 公的助成分を差し引かないものである。約35千t (0.9CO2換算百万t)までは,負のMACでメタン排 出の削減が可能である。これは主に家畜糞尿処理の 堆積発酵から強制発酵への移行,大規模都市圏での 一般廃棄物の焼却の一部および紙のリサイクルが該 当する(表2でも負もしくは低い平均社会的MAC となっている)。強制発酵は堆積発酵と比較して発 酵期間が短く済むことから,既存の堆積発酵よりも 費用を抑えつつメタン排出を削減することが可能で ある。その他の策については,費用の増加より収益 の増加が上回るため,負のMACとなっている。ま た約65千t(1.6 CO2換算百万t)までは,メタン排 出削減1 tあたり200千円以下で,約100千t(2.5 CO2換算百万t)まではメタン排出削減1 tあたり 400千円以下で削減可能である。これらはCO2換算 1 tあたりで8千円(約70米ドル)以下および16千 円(約145米ドル)以下に相当する。この範囲は主 に中小規模都市圏での焼却が該当する。農場でのメ タン発酵は非常に高額であり,メタン排出削減1 t当 たりで百万円を超す(そのため図1には表示してい ない)。これはメタン発酵設備を農場単位で導入す ることが,規模に対して非効率であることによる。 一方で個々の廃棄物処理主体にとっての私的 MAC曲線は,社会的MAC曲線より大きく下にシ フトする。85千t(2.1 CO2換算百万t)程度までは 負の費用で削減が可能であり,焼却(とくに中小規 模都市圏)やし尿・有機性汚泥のメタン発酵といっ た処理方法が,助成により処理主体にとっては追加 的費用なしに導入可能となっている。しかしなが ら,農村地域での焼却などは助成を考慮しても正の 費用がかかり,また農家でのメタン発酵の費用は高 額なままとなっている。 4. 考 察 本研究では,日本の廃棄物処理の実態を考慮した 上での,廃棄物分野からのメタン排出削減可能量と MACを推計した。現状でのメタン排出量は約219 千t(5.5 CO2換算百万t),費用を無視した場合の排 出削減可能量は約150千t(3.7 CO2換算百万t)と 推計された。ただし排出削減にかかるMACには, 負の社会的費用となるものから高額なものまで幅が ある。 排出処理方法の導入においては,どの程度の社会 的費用を許容するか勘案する必要がある。近年温室 効果ガスの単位排出量あたりの気候変動被害費用に 関する研究が全世界的に進んできており,許容し うる排出削減の社会的費用額(炭素価格)の指針に ついてもいくつかの評価値が提唱されている。その う ち,Carbon Pricing Leadership Coalition25)に よ
れば,パリ協定の達成のためには2020年にはCO2 1 tあ た り40‒80米 ド ル(4.4‒8.8千 円,1ド ル110 円で換算,以下同様),メタン1 tあたりに換算する と1,000‒2,000米ドル(110‒220千円)ほどが社会 的に許容可能な炭素価格となっている。一方,US EPA26)では2020年には平均的なシナリオのもと ではメタン1 tあたり540‒1,600米ドル(59‒176千 円),不確実性を考慮した高インパクトシナリオで 表2 排出削減策別の推計結果 排出削減策 排出削減量[千 t] 加重平均 MAC[千円/t] 社会的 私的 一般・産業廃棄物 埋立⇒焼却(大規模都市圏) 11.5 96 −109 埋立⇒焼却(中小規模都市圏) 10.3 197 20 埋立⇒焼却(農村地域) 6.0 376 204 堆肥・飼料化⇒メタン発酵 0.6 −9,824 −69,883 紙の埋立⇒リサイクル 9.2 −862 −864 し尿・有機性汚泥 埋立⇒焼却(大規模) 31.6 187 −106 埋立⇒焼却(中規模) 22.3 380 106 埋立⇒焼却(小規模) 12.7 708 402 堆肥・飼料化⇒メタン発酵 5.6 386 −16,455 家畜糞尿 堆積発酵⇒強制発酵(大規模) 6.5 −1,067 −1,285 堆積発酵⇒強制発酵(小規模) 13.3 −5,007 −4,973 堆積発酵⇒メタン発酵(大規模) 6.9 12,706 7,073 堆積発酵⇒メタン発酵(小規模) 13.4 20,735 16,103
は3,200米ドル(352千円)を社会的に許容可能な 炭素価格としている。 これらと照らし合わせると,メタン1 t 200千円 程度のMACを許容する場合にはメタンの排出削 減は約63千t,250千円程度を許容する場合には約 82千t,300千円程度を許容する場合には約89千t, 350千円程度を許容する場合には約92千t(それぞ れCO2換算で1.5, 2.1, 2.2, 2.3百万t)となる。 一方で廃棄物処理主体にとっては,こうした排出 削減策の導入にあたっては私的MACの水準が基準 になるものと考えられる。日本の地球温暖化対策税 を含め,多くの国においては排出削減の誘因形成と して炭素税・補助金の導入が進められているが,上 述の社会的に許容されるMACと比較してごく低水 準にとどまっており,またメタン排出は対象になっ ていないことが多い27)。しかしながら日本の廃棄 物処理については,温暖化対策以外の観点からさま ざまな助成がすでになされており,図1からも明ら かなように私的MAC曲線は社会的MAC曲線と比 較して顕著に低くなっている。85千t程度のメタン 排出削減は負のMACで実行可能であり,実質的に はメタン削減1 tあたり250千円ほどの補助金に相 当する公的支援がなされている状態にある。 こうした私的MACが負となる領域が大きいこと は,現行の助成の下でも廃棄物処理主体にとってメ タン排出削減に関する十分な経済的誘因があること を示す。一方で,現実問題としてメタン削減を実現 する処理方法の選択がなされていないということ は,技術導入に関して採算性とは別の阻害要因があ る可能性を示唆する。とくに中小規模都市や農村地 域,あるいは農家による自家での設備投資では,長 期的な経済性だけではなく,短期的な設備への初期 投資費用に関する資金確保が足かせとなりうる。た とえば,設備の導入に多額の初期投資費用を要する 場合,導入後に電力や排熱の回収によって長期的な 収益の向上が見込まれる(そのために私的MACが 負)場合であっても,短期的に大きな財務的負担が 発生しうる。また地方債の発行や融資といった金融 面の制約により,投資費用の捻出が難しい場合も起 こりうる。そのため,中小規模都市や農村地域,あ るいは農家による自家での設備投資の促進には,資 金調達に関する支援の枠組みも必要となりうる。 一方で,本研究では2015年時点での経済・政策 環境を所与として分析してきたが,MACの値は前 提条件の変化により変わりうる。ここでは,モデル の感度分析として,1)利子率が変化する場合およ び2)廃棄物処理に関して全国的に広域化・集約化 が進展する場合を検証する。 図2では,利子率が10%, 4%(本研究のデフォル ト)および1%の場合についての社会的・私的MAC 曲線を示す。いずれの場合も利子率が高いほどMAC 曲線は上方シフトしており,これは基本的にどの排出 削減策であっても投資費用は既存設備より高額であ ることによる。しかしながら私的MAC曲線について は,設備投資費用への助成があることから,利子率 の違いの影響はわずかである。したがって現状の助 成の下では,利子率の変動が低メタン排出策移行へ のインセンティブに与える影響は小さいと思われる。 一方で廃棄物処理の広域化・集約化により処理施 設規模を拡大することは,とくに人口密度の低い地 域においては,設備費用,O&M費用,また発電の スケールメリットを活かすことにつながる。またメ タン発酵設備なども,農業地帯で導入される際に は,農家単位での設置ではなく集約化した公共メタ 図2 異なる利子率の下での限界削減費用(MAC)曲線
159 日本における廃棄物由来メタンの限界排出削減費用 ン発酵プラントを建設することで,スケールメリッ トを活かすことになる。こうした取り組みはすでに いくつかの自治体では行われているが,さらなる廃 棄物処理の広域化・集約化の必要性は,過疎化への 対応,あるいは廃棄物処理の効率性の観点から,政 策的・行政的にも指摘されている18)。ここでは具 体的には,中小都市圏および農村地域における焼却 規模を大都市レベルに,および小規模農家の家畜糞 尿のメタン発酵を大規模農家と同等規模で行うよう な広域化・集約化が行われる(それにより焼却とメ タン発酵のCijrが大都市・大規模農家でのものに変 わる)ものと仮定し,そのうえでのMACを推計す る。広域化そのものにも費用は発生するものではあ るが,過疎化など他の問題により広域化が推進され ている点を鑑み,ここでは広域化そのものに関わる 費用をメタン排出削減の費用としては計上しない。 図3は広域化前後でのMAC曲線である。左は社 会的MACを,右側は廃棄物処理主体が直面する 私 的MACを 表 す。 広 域 化 に よりMACは 低 下 し, 約103千t(2.6 CO2換算百万t)まではメタン1 tあ たり200千円,約130千t(3.3 CO2換算百万t)まで は350千円の社会的MACで削減可能となる。また 130千t程度までは,現行の助成の下でも私的MACは 負となり,広域化・集約化により設備導入への誘因は 増すと考えられる。加えて広域化・集約化促進は,初 期費用捻出の財政面での制約の解消にも役立ちうる。 費用を勘案した上での,社会的に許容可能な範囲 の費用の下での排出削減可能量は,日本政府のメタ ン排出削減目標である176千t(4.4 CO2換算百万t)1) の大部分に相当する。広域化を前提としない場合 でも政府目標の36‒52%程度,広域化後であれば 58‒74%程度に相当する量のメタンが,許容可能な 費用の下で,廃棄物処理方法の選択により削減可能 である。とくに廃棄物処理の広域化・集約化の促進 が進められつつある現状を鑑みると,廃棄物処理方 法選択からのメタン排出削減の余地は大きい。本研 究では政府目標にて掲げられている,稲作からの排 出削減や3Rを通した廃棄物量自体の削減などにつ いては考慮していないため,この結果は政府目標か らのさらなる追加的排出削減が,あるいは逆に他の 目標の達成が困難な場合であっても目標の大部分の 削減が可能であることを示唆する。 なお,本研究ではメタン排出削減に伴うCO2の 排出増加については考慮していない(廃棄物自体の 焼却やメタン発酵後の回収メタンの焼却など)。し かしながら,メタンは単位量あたりでCO2の約25 倍の温暖化効果を持つこと,どちらの物質も一価の 炭化物であることを考えると,焼却によるCO2の 排出増加の温暖化効果はメタン排出削減による温暖 化減少効果と比較するとごく小さい。さらに,焼却 時に回収するエネルギーが化石燃料による既存の火 力発電等を代替することを考慮すると,正味での CO2排出はさらに限定的であると考えられる。 謝 辞 本研究は環境省の環境研究総合推進費(2-1803) からの助成を得た。また第24回大気化学討論会の 参加者からの有益なコメントに感謝する。 注 注1 し尿・有機性汚泥については排水処理後残渣の 処理を対象とする。排水全般としては,下水道お よび排水処理プロセスからもメタンは排出される が,他の廃棄物と共通の枠組みでの分析は困難で 図3 広域化による限界削減費用(MAC)曲線の変化 注:左:社会的MAC, 右:私的MAC
あるため,本研究では分析対象に含めない。家畜 糞尿は農業分野に含まれることも多いものの,産 業廃棄物としても扱われるものであることから, 本研究の分析対象とする。 注2 厳格には,式(5)は限界削減費用(MAC)より も単位削減費用の定義である。ただし廃棄物処理 生産関数の一次同次性の下では,単位削減費用は MACと一致する。個々の処理施設にはスケールメ リットが存在し,そのため個々の施設レベルでの生 産関数は一次同次性を満たさないものであるが(ス ケールメリットそのものは2.4節で議論するように UCijrの設定において考慮する),個々の施設規模を 所与とし,現状と同等規模の施設の新設・削減に よりマクロレベルで処理量を増減させる場合には, 一次同次性が成立する。本稿では後者のケースを 想定した上で,MACの用語を使用している。 注3 設備投資総額をINVTOT,設備耐用年数をT, 利 子 率・ 割 引 率 をrと す る と,INV=INVTOT× r (1+r)T[(1+r)/ T−1]の式により現在価値・単年 化される。 文 献 1) 地球温暖化対策推進本部(2015)日本の約束草 案,平成27年7月17日地球温暖化対策推進本部 決 定,https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/ press4_002311.html, (参照2020-11-10). 2) 日本国温室効果ガスインベントリオフィス(2019) 日本国温室効果ガスインベントリ報告書2019年, http://www-gio.nies.go.jp/aboutghg/nir/2019/NIR-JPN-2019-v3.0_J_GIOweb.pdf, (参照2020-11-10). 3) Ito A., Y. Tohjima, T. Saito, T. Umezawa, T. Hajima, R.
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Marginal Abatement Costs of Methane Emission From
Waste Treatment in Japan
̶A National-level Estimation Accounting
for the Current Administrative and Institutional Conditions̶
Daichi Yamada
1and Daiju Narita
2(1 Faculty of Economics and Business, Hokkaido University,
Kita 9 Nishi 7, Kita-ku, Sapporo, Hokkaido 060‒0809, Japan
2 Graduate School of Arts and Sciences, the University of Tokyo,
3‒8‒1 Komaba, Meguro-ku, Tokyo 153‒8902, Japan)
Abstract
Methane is one of the major global warming gases and waste treatment is a major source of methane emission in Japan. In this study, we examined the potentials and costs to abate methane emission from waste treatment in Japan. We focused on the treatment of mu-nicipal solid wastes, industrial wastes, human wastes, organic sewage sludge, and livestock wastes. We employed detailed data collected in 2015 to account for administrative, institu-tional, and technological conditions of waste treatment in Japan, particularly small scales of facilities that potentially undermine the scale economy of waste treatment. The results showed that 63‒92 thousand tons of methane (160‒230 million tons of CO2 equivalent)
could be abated annually with the marginal abatement costs (MAC) less than the levels con-sidered socially acceptable in global carbon price discussions. Also, after subtracting the cur-rent subsidies for waste treatment, the private MAC for waste treatment authorities became negative up to approximately 85 thousand tons of methane (200 million tons of CO2
equiv-alent). Agglomeration of waste treatment further increased the abatement potential under socially acceptable MAC. The abatement measures considered in this paper could contribute to the governmental goal that aims to abate methane emission by 176 thousand tons.
Key Words: Methane emission abatement, climate change policy, waste treatment policy,