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雇用就農者のキャリア形成に関する研究課題と接近方法 —2009年以降の農業法人等における人材育成論を概観して—

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. はじめに ~本論の課題とその背景~ 本論は、金沢・小田・増渕編(2009)以降の農業法人等に おける人材育成論の研究史を俯瞰して、雇用就農者のキャリ ア形成に関する研究を整理・分析し、今後の課題とその接近 方法を論ずるものである。雇用就農者とは、農業法人等に常 雇いとして雇用され、農業に従事する者のことである。雇用 就農の場合、当初から給与が得られ、加えて、就農先法人の 土地や労働力も活用でき、農機の手配や技術の習得などの負 担も回避できるため、非農家出身の若者にとっては比較的容 易に農業参入できる経路の一つとして注目されている。 さて、近年、農業法人等に就職し、初めて農業に従事する こととなった新規雇用就農者が増えている。自らの意思で農 業を職業として選び、入職した者たちである。2015 年には年 間一万人を超えたが、これは 2007 年に「新規就農者調査」が 始まって以来のことで、その後もこの傾向は衰えを見せない。 新規就農者の受け皿として大きな期待が寄せられる農業法 人だが、一方で、人材育成に課題があると指摘する専門家は 少なくない1。経営規模の拡大に伴って退職した正社員のい る法人の割合が高くなっていることなども指摘されていて、 離職による新人指導の負担増や人員配置への支障など経営へ の悪影響が懸念されるという2 こうした背景の下、農林水産省は、「農業法人等における 雇用就農者のキャリアアップ【推進の手引き】」を公表し3 2017 年、これをツールに農業経営体 10 件に対してキャリア アップ計画の導入支援を実施した4。雇用就農者の学習環境 を整備し、キャリア形成を支援することこそが肝要で、それ が農業法人の成長の重要素だという認識である。 このことは、昨今の農業政策の課題が、法人化の促進や新 規就農者の増加という「量的」な観点から、育成や定着にお ける「質的」な観点へと焦点が拡大し、とりわけ、雇用就農 者一人一人のキャリア展望に沿ったその形成支援がいかに重 要であるかということが認識されてきた証左である。とはい え、同分野の研究を概観して見ても、雇用就農者の側に立っ てそのキャリア形成を論じた考察を目にする機会は意外と少 ない。 そこで本論では、金沢・小田・増渕編(2009)を起点とし てそれ以降これまでの間に、同研究分野において、雇用就農 者のキャリア形成がいかに論じられてきたのかを概観する。 同編(2009)を起点とするのは、キャリア教育が導入され、 わが国でキャリアという語が人口に膾炙され始めた頃の書で、 「キャリア概念を用いて農業経営者を体系的に論じたのはお そらく本書がはじめて」と評された論考集だからである5 大河内(2014)が指摘するように、職業選択の自由が浸透 する中で、雇用就農者が数多ある職業の中で農業を選択する ということは「職業選択のうえで主体的な人生観の確立を意 味する」(大河内 2014:235)。一方で、昨今、ワーク・ラ イフ・バランスが叫ばれ、ダイバーシティが増大する職場環 境にあって、企業には従業員の多様なキャリア形成に着目し た人材育成施策の構築が求められている。こうしたことを踏 まえると、今後、農業法人等の研究においても、雇用就農者 個々人のキャリア形成は重要な研究テーマとなってくるに違 いない。本論はそうした研究の序論であり、展望論文である。 なお、本論でいうキャリアとは、生涯を通じての「さまざ まな立場や役割(職業を含む)の連鎖」のことで、「連鎖を 通して個人に形成される」ものである(日本産業教育学会編 2013:182)。その他、キャリアに関する用語は、寺田(2014) に拠っている。キャリア発達とは、「心理発達の側面に注目 した概念でキャリアの個人の営み」のことであり、キャリア 形成とは、「生涯にわたるキャリア発達の視点にもとづき、 個人レベルのキャリアに関する活動、組織・行政による計画 的なキャリア支援に関する活動、家庭・地域、学校・企業等 における職業的・生活的キャリア創出に関する非公式的作用 の総体的・連続的過程」のことである(寺田 2014:23-28)。 2. 対象文献と研究方法 1980 年代の後半以降、わが国の就農政策は、農家後継者対 策から青年農業者対策となり、さらには地域の担い手農業者 の確保対策に拡大していった(村松 1996:277-284)。これ (資料)

雇用就農者のキャリア形成に関する研究課題と接近方法

-2009 年以降の農業法人等における人材育成論を概観して-

長島 達也(東洋大学大学院)

概要:1980 年代後半以降、わが国の就農政策は農家後継者対策から青年農業者対策となり、さらには地域農業の担い 手確保対策へと拡大していった。その間、担い手論も家業継承論的なものから農外人材も含めた経営継承論的な ものへと変遷していく。やがて改正農地法の施行(2009 年)で経営の法人化が加速すると家業 .. として ... の農業 ... は 就職 .. としての .... 農業 .. へと変貌する。今や、担い手の育成は農業法人における人材育成論の重要課題である。本論で は、雇用就農者のキャリア形成に焦点をあてながら同分野の研究史を俯瞰して、その課題と接近方法を検討する。 キーワード:農業法人/雇用就農者/人材育成/キャリア形成/質的研究 1. はじめに ~本論の課題とその背景~ 本論は、金沢・小田・増渕編(2009)以降の農業法人等に おける人材育成論の研究史を俯瞰して、雇用就農者のキャリ ア形成に関する研究を整理・分析し、今後の課題とその接近 方法を論ずるものである。雇用就農者とは、農業法人等に常 雇いとして雇用され、農業に従事する者のことである。雇用 就農の場合、当初から給与が得られ、加えて、就農先法人の 土地や労働力も活用でき、農機の手配や技術の習得などの負 担も回避できるため、非農家出身の若者にとっては比較的容 易に農業参入できる経路の一つとして注目されている。 さて、近年、農業法人等に就職し、初めて農業に従事する こととなった新規雇用就農者が増えている。自らの意思で農 業を職業として選び、入職した者たちである。2015 年には年 間一万人を超えたが、これは 2007 年に「新規就農者調査」が 始まって以来のことで、その後もこの傾向は衰えを見せない。 新規就農者の受け皿として大きな期待が寄せられる農業法 人だが、一方で、人材育成に課題があると指摘する専門家は 少なくない1。経営規模の拡大に伴って退職した正社員のい る法人の割合が高くなっていることなども指摘されていて、 離職による新人指導の負担増や人員配置への支障など経営へ の悪影響が懸念されるという2 こうした背景の下、農林水産省は、「農業法人等における 雇用就農者のキャリアアップ【推進の手引き】」を公表し3 2017 年、これをツールに農業経営体 10 件に対してキャリア アップ計画の導入支援を実施した4。雇用就農者の学習環境 を整備し、キャリア形成を支援することこそが肝要で、それ が農業法人の成長の重要素だという認識である。 このことは、昨今の農業政策の課題が、法人化の促進や新 規就農者の増加という「量的」な観点から、育成や定着にお ける「質的」な観点へと焦点が拡大し、とりわけ、雇用就農 者一人一人のキャリア展望に沿ったその形成支援がいかに重 要であるかということが認識されてきた証左である。とはい え、同分野の研究を概観して見ても、雇用就農者の側に立っ てそのキャリア形成を論じた考察を目にする機会は意外と少 ない。 そこで本論では、金沢・小田・増渕編(2009)を起点とし てそれ以降これまでの間に、同研究分野において、雇用就農 者のキャリア形成がいかに論じられてきたのかを概観する。 同編(2009)を起点とするのは、キャリア教育が導入され、 わが国でキャリアという語が人口に膾炙され始めた頃の書で、 「キャリア概念を用いて農業経営者を体系的に論じたのはお そらく本書がはじめて」と評された論考集だからである5 大河内(2014)が指摘するように、職業選択の自由が浸透 する中で、雇用就農者が数多ある職業の中で農業を選択する ということは「職業選択のうえで主体的な人生観の確立を意 味する」(大河内 2014:235)。一方で、昨今、ワーク・ラ イフ・バランスが叫ばれ、ダイバーシティが増大する職場環 境にあって、企業には従業員の多様なキャリア形成に着目し た人材育成施策の構築が求められている。こうしたことを踏 まえると、今後、農業法人等の研究においても、雇用就農者 個々人のキャリア形成は重要な研究テーマとなってくるに違 いない。本論はそうした研究の序論であり、展望論文である。 なお、本論でいうキャリアとは、生涯を通じての「さまざ まな立場や役割(職業を含む)の連鎖」のことで、「連鎖を 通して個人に形成される」ものである(日本産業教育学会編 2013:182)。その他、キャリアに関する用語は、寺田(2014) に拠っている。キャリア発達とは、「心理発達の側面に注目 した概念でキャリアの個人の営み」のことであり、キャリア 形成とは、「生涯にわたるキャリア発達の視点にもとづき、 個人レベルのキャリアに関する活動、組織・行政による計画 的なキャリア支援に関する活動、家庭・地域、学校・企業等 における職業的・生活的キャリア創出に関する非公式的作用 の総体的・連続的過程」のことである(寺田 2014:23-28)。 2. 対象文献と研究方法 1980 年代の後半以降、わが国の就農政策は、農家後継者対 策から青年農業者対策となり、さらには地域の担い手農業者 の確保対策に拡大していった(村松 1996:277-284)。これ (資料)

雇用就農者のキャリア形成に関する研究課題と接近方法

-2009 年以降の農業法人等における人材育成論を概観して-

長島 達也(東洋大学大学院)

概要:1980 年代後半以降、わが国の就農政策は農家後継者対策から青年農業者対策となり、さらには地域農業の担い 手確保対策へと拡大していった。その間、担い手論も家業継承論的なものから農外人材も含めた経営継承論的な ものへと変遷していく。やがて改正農地法の施行(2009 年)で経営の法人化が加速すると家業 .. として ... の農業 ... は 就職 .. としての .... 農業 .. へと変貌する。今や、担い手の育成は農業法人における人材育成論の重要課題である。本論で は、雇用就農者のキャリア形成に焦点をあてながら同分野の研究史を俯瞰して、その課題と接近方法を検討する。 キーワード:農業法人/雇用就農者/人材育成/キャリア形成/質的研究

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に伴い、農業経営の担い手論は、淡路(1996)など家業継承 論的なものから、迫田(2004)など非農家出身者も視野に入 れた経営継承論的なものへと変遷していくことになる。 その後、2000 年代も後半となり、雇用主たる農業法人と雇 用者たる就農者を対象とした論考集が上梓される。改正農地 法の施行(2009 年)により一般企業による農業参入の規制等 が緩和され、農業経営の法人化が加速され始めた頃のことで、 農業経営を「雇用」の観点から整理した金沢・青柳・秋山編 (2008)と農業経営者を「キャリア」の観点で考察した金沢・ 小田・増渕編(2009)がそれである。これらは当時、家業と しての農業が企業としてのそれへと変貌していく過程で浮上 した課題に焦点を当てたもので、以降、農業法人における人 材育成に関する論考が多く目に触れるようになる。 本論が対象とする文献は、そうした金沢・小田・増渕編 (2009)以降の論考である。同編(2009)に編まれた雇用就 農者に関する 1 本、学術情報データベース(CiNii および J-stage)を用いて「農業法人」「農業生産法人」「雇用型経 営」「雇用型法人」の語彙と共に「人材」「育成」「キャリ ア」の語彙で検索・抽出した 19 本(うち、1 本は編著)、及 びそれらに示された引用考文献等のうち同分野の研究に関わ る 18 本の併せて 38 本の学術論文がそれである。 文献分類の際には、OECD インディケータの枠組み「教育制 度内の要素(関係者)による区分(以下、要素区分)」(OECD 編 2017:15-17)を援用した。同枠組みは教育現況の比較・ 評価の際に用いられているもので、労働の場での成人教育研 究ともいえる同分野の研究を分類する際の視座として適切と 考えたためである。なお、分類の際には、同区分を「農業法 人等の人材育成のしくみ内における要素(関係者)による区 分」へと読み替え、また、要素(個人学習者、教育・学習環 境、教育サービス提供者、教育制度全体)をそれぞれ「雇用 就農者」、「人材育成の環境・方法・条件」、「農業法人等」、 「人材育成のしくみ全体」と読み替えている。 分析の部では、研究の対象、方法、論点等から、各研究対 象が該当する要素区分を特定、分類し、各々の研究が雇用就 農者のキャリアをいかに論じてきたのかを読み込んで、知見 を整理、分析する。そして、考察の部では、分析結果をふま えながら、今後の課題と接近方法について論じることとする。 3. 分析 ~対象とする先行研究の分類と分析~ 金沢・小田・増渕編(2009)は、農業における人材開発を キャリアという概念・枠組みから捉え直し、個別農業経営者 のキャリアが農業を取り巻く環境において、どのように開 発・形成され、個々の農業経営や地域農業の発展にどのよう に関連していくのかを理論的・実践的に明らかにすることを 試みた論考集である。4部構成からなる同書は、農業者のキ ャリア形成に関する論考に3部が割かれ、1部が農業関係機 関による農業者へのキャリア支援に関する論考となっている。 農業者のキャリア形成に関する論考では、キャリアサイク ルの観点から、青年が初めて選択する職業としての農業(フ ァーストキャリアとしての農業)、中高年が様々な経緯から 転身参入する農業(キャリア・シフトとしての農業)、定年 等を機に老後に参入する農業(ファイナル・キャリアとして の農業)の3つに区分され、各々について農業者のキャリア 形成とその具体的な支援策が論じられている。 同編には農業者のキャリア形成を論じた論文は 16 本掲載 されているが、考察対象である就農者を新規就農時の形態(新 規自営農業就農者、新規参入者、新規雇用就農者)によって 分類してみると、新規参入者に関するものが9本と一番多く、 自営農業者に関するものが6本で、雇用就農者に関するもの は澤田(2009)の1本のみであった。 この澤田(2009)を含め本論が対象とする全 38 本の論文(う ち、1 本は編著)を、先述の枠組みによって要素区分を特定、 分類すると、表 1 の通りとなる。本節では、以下、この枠組 みの順に沿って論考を読み込み、分析を行う。 表 1 農業法人等における人材育成論の要素区分による分類 研究対象とする要素区分 論文数 (1) 雇用就農者 6 (2) 人材育成の環境・方法・条件 13 (3) 農業法人等 5 (4) 人材育成のしくみ全体 14 (1) 雇用就農者を対象とする研究 この区分の研究は、人材育成を通しての雇用就農者のキャ リア発達等の学習成果を考察したものや、その間の学習への 取組姿勢、行動、個人的な背景を論じたものである。これに 該当する論考は6本である。 木南・木南(2012)は、雇用就農者へのアンケートデータ の共分散構造分析によって、就業意識に直接影響する要因は、 職務満足度、組織へのコミットメントの順に大きく、また、 職務満足度を高める効果が大きい要因は、組織及び(農業に 対する)キャリアコミットメントであって、給与金額や賞与 による直接的な効果はほとんど認められなかったとしている。 中野・八木・藤井(2013)は、6 農業法人・60 名の従業員 へのアンケート調査を基に、従業員がキャリア志向を有する 場合にはその志向のない従業員と比較して職務満足度の平均 点が高いこと、また、複数法人の比較から法人間格差の縮小 にはキャリア志向がない従業員の職務満足の向上が必要であ ることを明らかにしている。 渡部・小玉・中村・佐藤(2015 で)は、3 雇用型農業法人 への聴き取り調査によって後継候補者の成長プロセスを解明 する中で、雇用型農業法人では、経営規模の拡大によって経 営者が雇用労働力に対する OJT を独力で対応しきれなくなっ た結果、後継候補者が農業経験の有無に関わらず継承初期段 階でその対処をせざるを得ず、人材育成が適切に進まない危 険性を孕んでいることが指摘されている。 この他、集落営農法人における雇用就農者の受入・育成の 実態と課題を就業者側の視点から評価・分析し、後継候補者 の育成には経営体自らの成長と経営管理能力・リーダーシッ プ行動力の向上が求められることを指摘した久保・小林・能

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美(2016)、独立就農を果した青年農業者のライフヒストリ ーを題材に、就農後の多様な職業経験の意味と職業的アイデ ンティティ形成への影響を考察することを通して、彼らが農 業者として一人前になっていくキャリア発達の過程の明示化 を試みた長島(2018)・長島(2019)がある。 木南・木南(2012)、中野・八木・藤井(2013)、久保・ 小林・能美(2016)では、職務の満足・不満足などの観点か ら、キャリア形成においては経営者の力量やその間との関係 性、個々人のキャリア志向の有無がその形成に影響を与えて いる可能性が指摘されている。その他の論考では、雇用就農 者のキャリア形成の過程に接近し、その特徴や問題点が指摘 されている。前者は、雇用就農者のキャリア形成のある特定 時点での意識や行動を考察対象としたもので、後者は、キャ リア形成の過程そのものに焦点をあて行動変化や意識変容を 考察対象としたものである。ただ、いずれも雇用就農期とい う一定期間のキャリア形成を論じたものであって、キャリア を生涯に渡って捉えたものではない。金岡(2013)は、キャ リア形成を考察する際には年齢や職階によって意識の変化が 生ずる可能性があることも考慮して、労働者を全人的に考え てライフサイクルへ接近する必要性を指摘しているが、その 観点からするとこれらに示された知見は至って限定的である。 (2) 人材育成の環境・方法・条件を対象とする研究 この区分の研究には、主に農業法人等の人材育成における 知識・技能の訓練や継承の方策を論じた研究(以下、「知識・ 技能継承方策に関する研究」)3本と主に雇用就農者を取り 巻く人材育成の環境や制約条件などを論じた研究(以下、「育 成環境・条件に関する研究」)10 本の計 13 本がある。 前者に該当するもののうち、藤井・梅本・光岡(2010)は、 水田作において作業者により技能水準に大きな違いが生じる ことの多い代掻き作業を対象に、熟練者と非熟練者の作業ナ レッジの差異や従業員の教育指導の状況を解析し、継承方策 の解明を目的とした論考である。2法人4名を対象に、ナレ ッジを定型的知識(一般知識・経営固有知識)、感覚運動系 技能(感覚系技能・運動系技能)、知識管理系技能に区分し、 ナレッジの特性に応じて組織の採るべき訓練の方策を検討し た上で、今後の課題として、法人にはこうした能力養成の方 式に加え、従業員の定着率やモチベーションの向上等もふま えての総合的な人材育成の方策の確立に取り組んでいくこと が求められるとしている。 南石・藤井編(2015)は、雇用型法人経営の大規模な稲作 法人を対象事例に、農業技術・技術伝承の内容と伝承方策に ついて事例分析を行うことを目的とした論考集である。苗、 代かき等の各業務を対象として熟練者の知識・技能の内容と 特徴を分析した結果、こうした知識・技能は口頭やマニュア ルと共にOJTを通じて伝承されることになるが、その際に は非熟練者にわかりやすく提示するための取り組みが重要で、 言語で伝えることが難しいノウハウなどは、例えば、映像や 画像によって可視化・形式知化するなどの工夫が必要だとい い、同論ではその実践方策を紹介している。 この他、農業法人における現場リーダーの作業遂行上のマ ネジメント能力の養成ポイントを検討した田口(2018)では、 農業では経験学習に依存する部分が多いため、重視すべきは 早期の権限移譲にあるとしている。 後者に該当するもののうち、金岡(2013)、金岡(2014) は、法人経営の人材育成に資するため、雇用就農者の職務満 足の向上を念頭に労務管理と組織改善のポイントを明らかに することを目的とした論考である。農業法人 10 社、従業員 90 名へのアンケート調査の結果、雇用就農者の多くは農業へ の関心の高さから就業しており、能力発揮ができていると感 じることで満足度が高まることから、法人は彼らの価値観に 合致するキャリア成長の機会を提供する必要があること、ま た、上司や同僚からの承認を得ることで彼らの職務の満足度 が向上することから、褒めて育てるなど意識的に承認欲求を 満たすためのしくみ作りが必要であるとしている。加えて、 意思決定や業務改善に参画できる機会を与えること、組織運 営に関与していることを体感させることも職務満足向上に寄 与することが期待できるとしている。なお、年齢と職階別に より職務満足に差異があることから、人材育成には、雇用就 農者のキャリアパスを含め、ライフサイクルを考慮に入れる 必要があるとも指摘している。 岩瀬・納口・氏家・澤田(2018)は、一般企業による農業 参入法人は既存の農業法人と比較して先進的な人材育成を行 っている可能性があるという仮説に基づいて、参入法人への アンケート及び事例調査によって、仮説検証を行うことを目 的とした論考である。対象企業の範囲内での結論ではあるが、 企業参入法人が人材育成及び定着の方策において相対的に高 い実施状況にあり、参入元企業の制度を適用したり、ノウハ ウを活用したりすることで組織構築している特徴があること が確認されている。具体的には、人材育成方策では「長期的 なキャリアパスの提示」「経営者との定期的な面談」等の個 人のキャリアに関する項目において、また、人材定着方策で は「能力給の導入」「作業環境の改善」「退職金制度の導入」 等の働く条件に関する項目において、企業参入法人の方が高 い実施状況にあったとした上で、既存の農業法人でも、今後、 一般企業と同様に個々の従業員の能力開発や将来的なキャリ アパス展望に対する形成支援が必要だと指摘している。 この他、農業法人には不断の経営成長と収益向上により、 永続企業体として従業員が長期的に就業できる給与を支払え る基盤を確立する必要があるとした金岡(2010)、集落営農 法人での後継者確保のための人材育成及び技術習得の実態を 整理した久保(2013)、新規就農率と農業定着率の観点から 農業生産法人の研修方策の効果の解明を試みた石井・浦出・ 上甫木(2013)、農業法人における独立就農支援制度を分析 し、協働的学習環境の中での内省支援体制が研修生の動機づ けを高めることを解明した佐々木(2013)、集落営農法人の 後継者の確保・育成には、労働条件の整備や能力・技術習得 の評価を通じての自信創出のためのしくみ作りが必要とした 久保(2014)、職場での支援関係に配慮しつつ助け合いの組 織風土を醸成することが能力形成に一定の効果があることを

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見いだした飯場・山端(2018)、若年層女性従業員のための 動機付け方策の特徴として、長期キャリアパスの提示、同世 代女性従業員を配置した相談体制づくり、希望作目・品目で の作業への従事などがあると指摘した澤野・澤田 a(2018) などがある。 人材育成の環境・方法・条件を対象とする研究で示されて いる主な知見は、雇用就農者に対する、①知識・技能の伝承・ 継承のための方策、②成長を促すための社内コミュニケーシ ョン手法に関する方策、そして、③長期的で安定的な職場づ くりに関する方策についてなどである。その中でも「育成環 境・条件に関する研究」の多くでは、雇用就農者の職場環境 づくりの一方策として、長期的なキャリアパス設定の必要性 が強調されている。これは、雇用就農者の育成において、長 期雇用を前提としたキャリア形成支援のための学習環境づく りが欠かせないことへの示唆である。 (3) 農業法人等を対象とする研究 この区分の研究は、人材育成に取り組む特定の農業法人等 を事例に、法人組織の実態や法人を取り巻く地域の特性、あ るいは人材育成の成果などが考察の対象である。これに該当 する論考は5本ある。 澤田(2009)は、新規就農者のキャリア形成に及ぼす農業 法人の役割を検討するために、ある農業生産法人を事例に、 農業法人等での研修による経営者育成の可能性と課題につい て考察した論考である。独立を見据えた農業経営者育成のた めには、独立用農地準備の支援をすること、独立後の農業収 入の確保を容易とする環境創出支援をすることなど、行政の 支援に加え、法人独自の方策を追加することで有効なキャリ アパスとして機能する可能性があることを指摘しつつ、独立 を前提とした研修制度は人材流出を前提としていて法人内部 の人材育成につながらず、その場合の教育コストをどのよう に考えるかが課題であるとの指摘もしている。 野口(2013)は、ある農業法人の経営者と元従業員を対象 に、法人と新規就農者との間の農業観の葛藤に着目し、法人 の視点に立って、その乖離について分析を行ったものである。 法人における産業としての農業に基づく農業観と、メディア によって喧伝される癒しや自然への回帰、伝統文化、楽しみ 等といった言説に基づく離職者の農業観との間には少なから ず隔たりがあるため、両者の間ではそうした農業観の妥協点 を見つける作業が必要となる。この場合、農業法人にあって は、新規就農者の持つ農業のイメージを担保した上で、どの ように彼らを農業に適合する人材へと成長させることができ るかを検討することこそ重要な課題だとしている。 石丸・柳村(2017)は、ある大規模野菜作経営の農業生産 法人を事例として、農村地域の労働市場が縮小傾向にある中 での同社の従業員確保、育成対策の実態を解明することで、 今後の農業法人における従業員確保と育成の課題について考 察し、示唆を得ることを目的としている。その結果、同社で は、事業の多角化に伴い、多様な職能の人材確保の重要性が 高まっていて、より積極的な採用活動を進める必要があるこ と、また、長期的な視点で人材育成制度を設計し、個々人が ライフプランを描けるような制度整備や人事管理を検討する 必要があるとしている。 その他、法人へ就職する形態での就農研修は、農業への参 入不安を払拭しながら、農業技術のみならず経営スキルの習 得機会となっていて、独立を目指す新規就農者増の促進が期 待できるとした新海(2010)や、先進的技術を取り入れた農 業法人の経営管理や人材育成のための方策を紹介した上で、 IT 技術を使ってこうした情報を蓄積し、広く活用できるため のしくみづくりが望まれるとした藤井(2011)などがある。 いずれも先進的農業法人を対象とした個別の事例研究で、 知見のすべてに汎用性があるとはいえないものの、示唆に富 んだ実践事例が多い。これら知見をふまえ、総じていえば、 農業法人においては、先端的な情報システムを駆使して、効 率的で合理的な人材育成を目指しながらも、雇用就農者の就 農前の農業観にも配慮して新規就農時から一人一人の長期的 なキャリア展望を見据えつつ、適時の労使での対話を怠りな く、計画的なキャリア形成の支援が求められている、という ことであろう。ただし、繰り返しになるが、これらの知見は 特定の法人への調査によって導出された特殊な事例である。 今後も引き続き多様な事例に当たり、また、その際には、よ り雇用就農者側の視点に立った検証が必要である。 (4) 人材育成のしくみ全体を対象とする研究 この区分の研究は、農業法人等の人材育成のしくみについ て、複数の法人等を対象に大規模なアンケート調査や聴き取 り調査によって、社会的環境の変化や公共政策なども視野に 入れつつ、その全体像の把握を試みたものである。該当する 論文は 14 本である。 木南・木南・古澤(2011)は、221 農業法人からのアンケ ート調査回答をデータとして、従業員及び人的資源管理の実 態を明らかにすると共に、従業員離職率に着目した計量分析 によって人的資源管理のメカニズムと課題を明らかにするこ と目的としている。分析の結果、農業法人の人的資源管理に おいて、行政に依存した従業員獲得や単純作業のトレーニン グは有効に機能しているものの、経営者養成や多様な作業に 従事できる人材の育成には改善の余地があること、また、離 職率の観点からは、従業員の待遇改善がその低下に効果があ るとしつつも、経営の持続的発展という意味でいえば、従業 員の能力向上の問題が影響していることなどから、人的資源 管理施策の強化が必要だとしている。 迫田(2011)は、水田作企業経営7法人に対する聴き取り 調査によって、同経営に見られる特徴的な経営展開と人的資 源管理の現状と課題を明らかにすることを目的とした論考で ある。近年の同経営の事業展開では、個々の従業員と組織と のマッチングを見ながら長期的な定着や育成を重視した対策 が見られることや、従業員に自律的労働による能力発揮を期 待し、経営に関する情報収集や意思決定などの面でも経営者 への支援を期待する傾向が高まっているとした上で、人的資 源管理においては、多様化が進む事業展開に応じて、自社の

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事業システムの中に募集・採用・育成・評価・昇進・退職な どのプロセスに独自の方策を具体的に組み込む必要があるな ど、事業のしくみと企業規模に応じた組織体制の整備の必要 性を指摘している。 南石(2014)は、農業法人における事業展開と人材育成の 間には関連性があるとの仮説に基づいて、その最新動向及び 関連性について明らかにすることを目的とした論考である。 農業法人 509 社の経営者からのアンケート調査回答を分析し た結果、法人経営の多くで規模拡大や事業多角化が進んでい て、売上高の増加によって経常利益が黒字化する経営体が多 いこと、また、多様な人材の採用、育成及びマーケティング 力の確保が課題となっていることが明らかにされている。と りわけ、従業員数の増加に伴って、経験に基づく口頭伝承に よる技術や作業ノウハウの継承、伝承が困難となっていて、 農作業のマニュアル化などの方策が必須だとしている。 澤田・澤野・納口(2018)は、769 農業法人からのアンケ ート調査回答を分析して、農業法人における人材育成施策の 特徴を把握した上で、諸施策が正社員の離職行動に与える要 因を明らかにすることを目的とした論考である。その結果、 長期雇用を前提とした人材育成施策が重要であること、長期 雇用のインセンティブを付与するためにも給与水準の向上が 必要なこと、人材育成効果が高いと認識されているものの実 施割合の低い施策も多々あって、改善の余地が残されている ことが指摘されている。また、離職率の要因分析からは、地 域の賃金以上の給与体系にすること以上に、毎日の作業に関 するミーティング実施などの影響も確認されていて、ここか らも人材育成施策の重要性が確認されたとしている。なお、 雇用就農者の中には将来的に独立希望の者も多く、経営幹部 層育成の観点からは、彼らの動機付けのためのキャリアパス をいかに設定するかが残された課題だとしている。 その他には、農業へのモチベーションを持った社員を農業部 門に配属するなどした農外参入企業の人事政策を紹介した中 西(2009)や、従業員のモチベーション向上のためには経営 参画を促し、権限委譲して裁量権を与えるなどした組織整備 が必要だとする金岡(2011)、先進的農業法人では雇用就農 者のステップアップ可能な組織的作業管理体制が整備されて いることや、技術、作業工程の可視化等による共有化のしく みがあることなどの特徴を指摘した小針(2012)、事業多角 化や業務高度化に伴い、必要となる特定技術や技能を担う担 当者の確保や外部研修の活用等含め様々な業務支援の重要性 が増すとした土田(2014)、酪農経営においても他の農業法 人経営同様に経営発展と共に人材の確保、育成が重要視され てきているとした竹内(2014)、離職行動の観点から採用段 階での求職者への業務理解を促す取り組みや育成段階での評 価方法など人事考課の改善を指摘した藤井・角田・中村・上 田(2016)、新規就農者研修は核となる収益事業の確保と共 に事業内にシステマチックに組み込んでいくことがJA出資 法人の課題と指摘した高津(2016)、経営規模や雇用状況の 変化に伴って雇用管理や人材育成の取組も変化していく様子 を経済学の知見を基にして説明を与えた武藤(2017)、GA Pを活用して管理意識を高める、また、仮想の自営農場を任 せることで経営意識を持たせるなどした人材育成方策の実践 を紹介した山崎・大須賀(2018)、一定の出資をさせ、従業 員を幹部として登用することで経営感覚を持たせながら人材 育成をする事例から課題と可能性を検討した澤野・澤田 b (2018)などがある。 人材育成のしくみ全体を対象とする研究には、経営環境の変 化に伴って農業法人等が直面する人材の確保、育成に関わる 課題とその具体的方策について論じたものが多い。ここで共 通する認識は、経営環境の変化により事業多角化、業務高度 化が進行した状況では、多様な人材の確保・育成のしくみと 知識・技能を伝承・継承するツールを早急に社内に構築する 必要があるということである。殊に人材育成のしくみに関し ては、いくつかの論考で、責任と権限を付与して実践に当た らせる OJT の重要性や経営者や、同僚との緊密な対話機会を 設けることに加え、ここでも長期的な展望を見据えたキャリ アパスやその支援プロセス設定の重要性が提言されている。 4. 考察 ~今後の研究課題と接近方法~ 分析結果から、2009 年以降の農業法人等における人材育成 論の多くで、人材育成施策においては雇用就農者のキャリア 形成が重要な経営課題として認識されている様子を確認する ことができた。その一方で、要素区分ごとに研究の論点及び 知見を見てみると、いまだ農業法人等の経営者側の視点から 学習環境やキャリア形成支援の方策などの解明を目的とした ものが中心であって、雇用就農者側に立って、そのキャリア 形成を考察したものは「雇用就農者を対象とする研究」にい くつか確認できるだけである。また、そうした論考であって も考察の焦点は雇用就農期という一定期間に限ったもので、 キャリア形成を生涯に渡って考察したものではなかった。 寺田(2014)の定義に従えば、雇用就農者のキャリア形成 に関する研究では、組織、個人双方からの接近が必要であり、 また、就農後のキャリア発達だけでなく、就農前の就学期を も含んでの長期の視点で考察する必要があるだろう。ここに 今後の研究課題がある。 それでは、こうした状況にあって、雇用就農者個人に焦点 をあて彼らのキャリア形成に接近するためには、いかなる方 法が有効だろうか。雇用就農者に限らず、農業者の育成ある いは成長に関する先行研究を広く見渡せば、農業者のキャリ ア形成を長期スパンで捉え、その意識の変容や行動の変化を 論じたものにはこれまでにも一定の蓄積があった。 ここでは安藤(1999)と塩見(2000)、西村(2012)・西 村(2014)を参照して、その方法について検討する。 安藤(1999)は、農業の担い手の確保、養成に関する問題 意識から、ライフヒストリー法により、彼らがいかに就農意 思を固め、就農後にどんな方針で経営にあたってきたかとい う「農民の成人化の過程」を分析・整理し、特に就農行動に 表れた特性を抽出して、農業者の「“育つ”教育」の論理を 明らかにすることを試みた論考である。 ライフヒストリー法とは、谷(2008)によれば、生活構造

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変動分析に適していて、①時間的パースペクティブを内蔵し ており、対象を過程として把握することが可能で、②全体関 連的な対象把握を志向していて、また、③主観的現実に深く 入り込み、内面からの意味把握が可能であるという 3 つの特 性がある(谷:11-13)。安藤(1999)が述べるように、「個々 の農民の事情はもちろん、彼らの農業という職業に対する意 識形成や行動変革の過程を具に見ていくことが可能」(安藤 1999:48)であるため、長期的視点で統合的に人の成長を把 握するに適した方法であるといえよう。 塩見(2000)は、全国農村青少年教育研究調査委員会のア ンケート調査(1991 年)及び著者独自の調査データ(1993 年)を基に、ライフコース的手法によって、青年農業者が農 業に定着し、経営者へと成長するための条件と醸成される能 力を明らかにし、その「形成」を促すための対策の提言を試 みた論考である。 ライフコース法とは一般に、「社会変動と個人の生活史の 関係を具体的に検討するために、個人の年齢と歴史的時間の 2 軸を交差させて、そこで生起する事象を集約して、出生年 の異なる集団(出生コーホート)間で比較するという手法」 (岩井 2006:14)で、山崎(2012)によれば、「個人を中心 にすえていること」「人間の発達に注目していること」「個 人をコーホートでまとめて観察していること」「歴史的事件 のインパクトを重視していること」に特徴があり、ライフヒ ストリー法が個人の多様性に着目した研究法であるのに対し、 ライフコース法は社会におけるコーホート性に着目した計量 的研究手法である(山崎 2012:30-34)。 西村(2012)は、「コウノトリ育む農法」を実践してきた 農業者を成人学習者と捉え、ライフストーリー法によって、 その主体形成の過程を可視化し、分析、解釈を試みた論考で ある。6 名の実践者のライフストーリー・テキストの分析か ら、主体形成するには一定の学習期間が必要であり、また、 学習や実践を重ねるにしたがって他者教育から自己教育へと 変化していくと共に、彼らが「語り」を通して自らの変化の 過程を意識化していく様子を明らかにしている。 ライフストーリー法とは、個人が歩んできた自分の人生(ラ イフ)についての物語(ストーリー)であって、語り手が主 に自分の人生で意味があると思っていることについて選択的 に語るものである(山田 2005:10)。そうしたライフスト ーリーとは、語り手の体験や出来事が、<いま-ここ>で語 り手と聴き手双方によって構築されるもので、歴史的事実や 社会的真実を必ずしも前提にしない(桜井 2002)。つまり、 「語り」から「その場に表出した、人が変わる転機となった “人生の出来事”に目印をつけ、その分析と解釈によって人 の内面にある学びの源流に迫る試みであり、客観性より物語 の生成を重視する」(西村 2014:54)この方法は、人の意識 の変容に迫るに適したものである。 これらの論考は、農業者の「ライフ」に着目した質的研究 方法を採用することによって、農業者個々人のキャリア形成 に深く接近している。いずれの方法も社会学や教育学、看護 学等において個人の価値観に迫り、人の成長過程や意識の変 容に接近する際に採用される方法で、雇用就農者個々人のレ ベルのキャリア形成に接近するに適した方法といえよう。な お、これら方法により雇用就農者の「ライフ」を分析、解釈 する際には、本論で概観した知見が有用となろう。 5. おわりに ~もう一つの残された課題~ 西・土田・南石(2014)では、わが国の農業者育成のしく みを、就業前の若年者を主たる対象とする「初期職業教育」 と就業後に主に学び直しの場を提供する取り組みである「継 続職業教育」に分類している(西・土田・南石 2014:249)。 それによれば本論で概観した論考は概ね後者に該当する。 必然、研究の焦点は就農以降のキャリアに注がれることとな り、同分野の論考には「初期職業教育」までを見渡した論考 は見当たらない。このことは昨今の大学農学部や農業高校の 卒業生の農林業就職率の低さを見れば頷けなくもない6 一方、農業大学校の卒業生の即就農率が高まりを見せ7 また、若年層の雇用就農者が増加傾向にあるということもあ って、近年、「初期職業教育」に関する研究においては就農 後にも目を配った論考も目に触れるようになってきている。 殊に、田崎(2013)・田崎(2015)では、農業インターン シップ体験が農業を職業として考える機会を創出し、農業を 職業とする決断を促す場として影響を与えているとしている。 その他、農業高校を中心に生涯学習社会における農業教育の あり方を論じた佐々木(2008)や学童期の農業体験が就農に 及ぼす影響を論じた肥田野・平泉(2012)など、長期的なキ ャリア展望も視野に入れた論考もあるにはある。とはいえ、 小学生の農業体験学習の教育効果の実証的解明を試みた山田 (2016)では、こうした子供の頃の体験が成人後にどのよう な影響を与えたかは今後の課題であるとの指摘もある。 こうしたことからも想像がつくように、わが国の農業者の 育成に関する研究においては、キャリア発達段階ごとに考察 が進められてきていて、これまでのところ学校教育の段階か ら就農後までのキャリアを通貫した視座での論考は、管見の 限り、安藤(1999)や塩見(2000)など以外、見当たらない。 これは雇用就農者に関しても同様である。 佐々木(2008)は、専門高校における職業教育の課題とし てこれまで「生徒のキャリア発達という視点に立った指導は 不十分だった」(佐々木 2008:95)と述べ、また、「継続職 業教育」分野の論考である西・土田・南石(2014)では、農 業者育成においては「学び手の発達段階やキャリア段階に応 じた教育は必要不可欠」と述べた上で、「育成主体相互の情 報交換、連携が必要である」(西・土田・南石 2014:262) との指摘もなされている。わが国の農業者教育は、これまで そのしくみ8同様に、ともすると、教育機会ごとの枠組みで 論じられてきたように見える。 各学問分野の先行研究の知見を有機的に活用し、農業者の キャリア形成を論じるためには、そうした枠組みは一旦取り 払い、就農前の学校教育における職業教育やキャリア教育の 段階から、就農後の農業法人等での人材育成へと通貫した視 座で構造的に接近する必要がある。

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註 1藤井吉隆・梅本雅・光岡円(2010)の p.49、小針 (2012) の p.44 の指摘にその課題認識が伺える。 2 藤井吉隆・角田毅・中村勝則・上田賢悦(2016)の p.223 にその指摘がある。 3 農林水産省「雇用就農者のキャリアアップの推進について 2.キャリアアップ推進ツール」を参照。 http://www.maff.go.jp/j/kobetu_ninaite/n_seido/170411. html (2019 年 11 月 30 日) 4 農林水産省「雇用就農者のキャリアアップの推進について 3.キャリアアップ計画の導入事例(平成 29 年度農業経営法人 化等全国推進委託事業)」を参照。 http://www.maff.go.jp/j/kobetu_ninaite/n_seido/170411. html (2019 年 11 月 30 日) 5 『農業と経済』(第 76 巻・第 6 号)の p.95 の西村武司(2010) の論評を参照。 6 上野(2014)によれば、2013 年の農業高校の農林業就職率 は 2.5%、大学農学部卒のそれは 3.0%だったという。 7 上野(2014)によれば、農業大学校の即就農率は 39.4%で、 この率は近年高まる傾向で、雇用就農が増加しているという。 8 上野(2014)によれば、日本の農業者教育のしくみは、様々 な種類の農業関係教育機関が存在するものの、全体として見 たときに体系だった教育システムが構築されているとは言い 難いと指摘し、また、西・土田・南石(2014)でも同様の指 摘がなされている。 引用文献 安藤義道(1999)『現代農民のライフ・ヒストリーと就農行 動―「納得論理」型農民教育の創造』御茶の水書房. 淡路和則(1996)『経営者能力と担い手の育成』農林統計協 会. 藤井吉隆(2011)「水田作における企業農業経営の現状と課 題-従業員の能力養成に向けた取り組み-」日本農業経営学 会編『次世代土地利用型農業と企業経営-家族経営の発展と 企業参入-』養賢堂. 藤井吉隆・梅本雅・光岡円(2010)「雇用型法人経営におけ る熟練者と非熟練者の作業ナレッジの比較分析」『農業経営 研究』, 48, 49-54. 藤井吉隆・角田毅・中村勝則・上田賢悦(2016)「農業法人 における雇用人材の離職に関する考察-大規模稲作経営の 事例分析-」『農林業問題研究』, 52, 223-228. 肥田野修・平泉光一(2012)「農業後継者の確保に関する研 究-学童期の農業体験が就農に及ぼす影響-」『農業普及研 究』,17,70-79 飯場聡子・山端直人(2018)「土地利用型法人の従業員にお ける能力形成-職場学習を促す他者からの支援に着目して -」『関東東海北陸農業経営研究』,108,17-24. 石井洋輝・浦出俊和・上甫木昭春(2013)「農業生産法人に おける農業研修制度の実態に関する研究」『農林業問題研究』, 49, 70-75. 石丸百恵実・柳村俊介(2017)「農業法人における従業員確 保と人材育成:農業生産法人 A 社を事例として」『北海道大 学農經論叢』, 71, 11-20. 岩井八郎(2006)「ライフコース研究の 20 年と計量社会学の 課題」『理論と方法』, 21, 13-32. 岩瀬名央・納口るり子・氏家清和・澤田守(2018)「企業参 入法人の人材育成・定着方策の特徴-一般農業法人と企業参 入法人の差異に注目して-」『農業経営研究』,56,39-44. 金沢夏樹・青柳斉・秋山邦裕編 (2008)『雇用と農業経営』 農林統計協会. 金沢夏樹・小田滋晃・増渕隆一編(2009)『農業におけるキ ャリア・アプローチ-その展開と論理-』農林統計協会. 金岡正樹(2010)「農業法人従業員に対する職務満足分析の 適用」『農林業問題研究』, 46, 69-74. 金岡正樹(2011)「畑作における企業農業経営の現状と課題 -契約生産と人的資源管理への取り組み-」日本農業経営学 会編『次世代土地利用型農業と企業経営-家族経営の発展と 企業参入-』養賢堂. 金岡正樹(2013)「職務満足度分析からみた労務管理のポイ ントと留意点」『北海道農業研究センター農業経営研究』, 109, 26-42. 金岡正樹(2014)「職務満足度から見た人事管理・人材育成 の現状と課題-大規模畑作・大規模水田作経営を対象に-」 南石晃明・飯國芳明・土田志郎編『農業革新と人材育成シス テム』農林統計出版. 木南章・木南莉莉(2012)「雇用就農者の就業意識の形成プ ロセスに関する分析」『農業経営研究』, 50, 58-63. 木南章・木南莉莉・古澤慎一(2011)「農業法人における人 的資源管理の課題-従業員離職率に関する分析-」『農業経 営研究』, 49, 13-21. 小針美和(2012)「農業法人における人材育成の取組み-雇 用就農者の育成を中心に-」『農林金融』, 65, 32-45. 久保雄生(2013)「集落営農法人の組織形態と後継者の育成 に向けた課題」『農村計画学会誌』,32,317-322 久保雄生(2014)「集落営農法人における後継者の受入れ・ 育成に向けた取組と課題」『農林業問題研究』, 50,1-10. 久保雄生・小林一・能美誠(2016)「集落営農法人における 後継候補者の育成ステージに応じた課題と対処方策」『農業 経営研究』,54,1-14 村松功巳(1996)「農業後継者・青年農業者対策-家族経営 の継承と新しい農業者の育成-」田畑保・村松功巳・両角和 夫編(1996)『明日の農業をになうのは誰か』日本経済評論 社. 武藤幸雄(2017)「農業経営組織における雇用管理・人材育 成の動向に関する考察」『農林業問題研究』,53,99-107 長島達也(2018)「青年農業者のキャリア発達に関する研究 -非農家出身・新規学卒雇用就農青年の職業的アイデンティ ティの変遷に着目して-」『産業教育学研究』,48, 21-28 長島達也(2019)「農業法人における雇用就農青年のキャリ

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