I
は じ め に
マイケル・ポランニー1)(Michael Polanyi, 1891―1976)は 20 世紀のシカゴ学派を代表する自由 主義者の一人であり,同時期にシカゴ大学に所属したフリードリヒ・ハイエク(Friedrich August von Hayek, 1899―1992)との関係を指摘されるなど,多大な影響力を持った人物である.彼はハ イエクとは大きく異なる自生的秩序論者であり,また,フランク・ナイト(Frank Hyneman Knight, 1885―1972)から強い批判を受ける2)など,独自の自由主義思想を展開した人物でもある. そして,ポランニーは自由論だけにとどまらず,広範な領域について業績を残した人物でもあっ た.当初,彼は物理化学者として研究を行って多くの名声を得ていたが,その後転向し,知識論, 宗教論,経済論,自由論等の研究を重ねた.そして,彼に関する研究もまた広範な領域に広がっ ている. 彼の思想に関する研究の多くは『個人的知識』(1958)などで展開された知識論に関連する. 特に,日本においてポランニーの名がもっとも知られているのは暗黙知に関する研究である.暗 黙知とは『暗黙知の次元』(1966)においてポランニーによって提唱された概念であり,自身が 知らなくても体が覚えている知識である.この暗黙知を野中(Nonaka and Takeuchi 1995)は経 営学に取り入れ,暗黙知を共有する企業風土・文化が伝統的な日本の企業経営の強みであると指 摘した. そして,海外におけるポランニー研究には宗教論に関わる研究もあり,ポランニー哲学からキ リスト教や信仰を分析する研究も多い.トランス(1969)は,ポランニーの知識論に対しキリス ト教神学との関係性に触れる.また,トランスは 1978 年に開かれたキリスト教とポランニーに 関するカンファレンスを元に論文集『科学とキリスト教徒の生活における信仰』(Torrance 1980) を編集,出版している. 『経済学史研究』62 巻 1 号,2020 年.Ⓒ 経済学史学会.―道徳的諸信念・自生的秩序・専門家主義―
今 池 康 人
1) マイケル・ポランニーは,『大転換』などでよく知られるカール・ポランニーの弟である.だが,両者 はその思想の違いから疎遠であったという. 2) Knight(1949)を参照.ナイトとポランニーの違いについて Emmett(1999)は,両者の差が社会への貢 献の仕方の違いによるものだと述べる.そして,ポランニーの経済論や自由論についての研究も存在する.経済学に関してポランニー は,『完全雇用と自由貿易』(1945)を出版し,議論を展開している.これに対し,ギルバート(1946) は,本書がケインズ経済学の一般的な解説にすぎないと指摘する.確かにポランニーの経済学は ケインズと同様の理論が多い.しかし彼の理論は,社会的波及効果を認めつつもそれが政府活動 の正当化につながるとし,消極的な介入に留めるよう警鐘を鳴らすなど,ケインズと異なる独自 性も持っている. ポランニーの名は他の経済学者の研究において登場することも多く,特にハイエク研究におい て数多く見られる.ポランニーは『自由の論理』(1951)において独自の自由論を展開し,自生 的秩序概念に触れるなど,ハイエクとの関係が注目される.Gray(1984)は,ハイエクがポラン ニーからの影響を強く受けている点を主張した.それに対し,ミロウスキー(1998)は,ハイエ クの自生的秩序がポランニーからの借り物であると述べつつも,ポランニーによるロマン主義批 判に着目し,両者が最終的に異なる答えに達したことを指摘している.また,渡辺(2006)は, ポランニーが「自由の本質をその公的性格に見る」(渡辺 2006, 522)と指摘し,ポランニーが自 由を積極的な意味で捉えている点でハイエクと異なると述べた. このように,ポランニーの経済論および自由論に関する研究は数多く行われているが,そのほ とんどが,他の経済学者との比較によるものであり,ポランニーの自由論を中心には取り上げて いない.しかし,近年ではポランニー自身の研究にも注目が集まり,彼自身の自由論についても 様々な研究がなされている.本稿においては,それらの研究を踏まえ,ポランニーの自由論の特 徴を明らかにすることを目的とする. まず近年の主要な先行研究を見ていきたい.国内では,ポランニーの自由論全体に関する研究 として佐藤(2010)が挙げられる.佐藤(2010)は,ポランニーの自由論,経済学,知識論,宗 教論などポランニー哲学の全体像を明らかにした.自由論に関する研究に注目すると,ポランニー が自由を「公的自由」と「私的自由」の 2 つに分け,公的自由を重視したことや,彼の自生的秩 序論に言及するなど,その全体を網羅したものと言える.しかし,公的自由については,「ポラ ンニーの公的自由についての情報量が少なく,『バーリンの消極的自由と積極的自由を共に実現 しうる,特別の状態』と控えめに表現した方が無難に思えた」(佐藤 2010, 48)と述べるに留まる. また,道徳や宗教に関する問題など,ポランニーの様々な議論に触れながらも自由論との関係を 指摘することができていないなど,その研究にはまだ不十分な点が多い. 海外では,2016 年にはポランニーに関する研究論文集である『自由,権威そして経済学』 (Allen 2016)が出版され,ここには自由論についての複数の論文が収録されている.マリンズ (2016)は,佐藤と同様に公的自由と社会における秩序の重要性を指摘した.また,ナジ(2016) は,ポランニーの社会思想においてこれまであまり注目されていなかった初期の研究に注目す る.ナジ(2016)は,ポランニーが 1940 年代の半ばの時点で,既に社会主義への警戒を持ち, 自由主義を破壊からどのように守るのかを問題意識としてもっていたことを明らかにした.そし て,マリンズ(2016)もナジと同様,ポランニーの初期著作に関する研究を行っている.彼は論
文「社会における思想の成長」に注目し,ポランニーが自由を公的自由と私的自由に分け公的自 由を重視したことと,社会における動態的秩序の役割に触れたことを指摘した.ナジとマリンズ によって示されたポランニーの初期の思想は,その後の著作においても強調される論点であり, ポランニーの思想にある程度の一貫性があることを明らかにしたとも言えよう. このように,ポランニーの自由論に関する研究は進みつつあるが,公的自由の重要性が度々指 摘されているにもかかわらず,その姿が未だ不明瞭であることは大きな問題点であろう.そのた め,本稿ではこれらの先行研究を継承しつつ,ポランニーの自由論の姿を体系的に明らかにする ことを試みる.先行研究で述べられているように,ポランニーは自由を守ることを目的とし,自 由な社会においては秩序の存在が重要であると考えた.しかし,ポランニーの自由論は本来それ だけにとどまらず,道徳的諸信念や専門家の役割といった様々な要素を含んだものである.本研 究によって,これまで触れられることの少なかったそれらの要素がポランニーの自由論において 重要な意味を持つことを提示したい.これらの要素を踏まえ,ポランニーの自由論の姿を再構築 することは彼の思想研究において非常に重要だと考えるからである.
II
自 由
先行研究にもあったように,ポランニーは自由を公的自由と私的自由に区別するが,それらに 関連する論文執筆と前後して学問の自由についての議論を行っている.この学問の自由について のポランニーの議論を検討することは,ポランニーの自由論の全体像を示すうえで不可欠だとい うのが,本論文の主張の 1 つである.ポランニーの自生的秩序論では知的秩序,特に科学におけ る秩序が重要視されており,この学問の自由論で展開されている相互調節や道徳的な信念といっ た議論が,後の公的自由論にも当てはまっていると考えるからである.そのため,本節において は,まず学問の自由についての検討を行い,それを前提として,その後に公的自由と私的自由に ついて議論したい.1.
学 問 の 自 由
ポランニーは学問の自由3)について考察し,自由に 3 つの機能があることを指摘する.まず, 自由には 2 つの機能が存在するとポランニーは指摘する.1 つは「外的な制約から自由であること」 (Polanyi [1947] 1951, 32 / 訳 41)すなわち,自由の個人的側面であり,2 つ目は,「個人的な諸目 的から解放されるために非個人的な責務に従うこと」(Polanyi [1947] 1951, 32―33 / 訳 42)すな わち,自由の社会的側面である.これら 2 つの自由は場合によっては対極のものとなる可能性を 3) ポランニーは学問の自由を議論する際,「学問の自由はもちろん決して孤立した現象ではない.それは ただ自由な社会にのみ存在できるものなのである―なぜなら,その基礎になる諸原理は,社会全体の 最も本質的な自由が基礎付けられている原理と同じものだからだ」(Polanyi [1947] 1951, 45 / 訳 57)と 述べ,これらの自由が学問の分野に留まらないことを指摘する.秘めている.そのため,これら 2 つの自由を結び付ける自由の第 3 の機能である「相互調節 (co-ordination)」が必要となる.自分自身の判断に応じて活動する個人は自然発生的に協同の課 題に向けて相互調節される.また,この種の相互調節は正義や真理,愛などのキリスト教に基づ く超越的4)な基盤に根ざしている.ポランニーは,「自由は,身を捧げた個人が,その献身の基 盤を考慮に入れて要求するものである.彼は国家に対して,それより高い主人の家臣として語り 掛け,その主人への賛仰を要求する.…社会の相互調和と自由の一般的な基礎は,人々が,真理・ 正義・愛・寛容の実在性への信念を支持し,そうした実在への献身を受容する,その程度に比例 して安定したものと見做され得る」(Polanyi [1947] 1951, 47 / 訳 59)と指摘する.これら社会の 相互調節機能や超越的な基盤は,当局の介入によって破壊される可能性をもつ.ポランニーは, 自由が科学の発展に必要と考え,様々な領域での自由の中でも特に学問に関する自由について別 個に議論を行った. 学問の自由における,自由の 3 つの機能に関してはその他の著作では直接論じられていない. しかし,自由における相互調節や超越的基盤の概念は,公的自由や秩序についての議論にも通じ るものであり,非常に重要であろう.
2.
公的自由と私的自由
では次に,ポランニーによる自由の二分法について検討したい.ポランニーは,自由を私的(個 人的)自由と公的自由の 2 つに分け,両者の範囲は一致しないと考える.これら 2 つの自由は具 体的にどのようなものなのか.ポランニーは次のように表している. 奴隷制や農奴制の条件下では,私的自由と公的自由は一緒にゼロまで引き下げられていた. (Polanyi 1951 b, 158 / 訳 199) スターリン体制の下では私的自由の範囲はビクトリア朝のイギリスよりもずっと広く保た れているが,公的自由は比較にならないほど小さいのだ. (Polanyi 1951 b, 158 / 訳 200) ポランニーは私的自由について,「個人が自分の自由意思で,罰や批難を浴びる危険なしにで きること」(Polanyi 1951 b, 158 / 訳 199)であると述べる.私的自由とは,「社会的には無効」 (Polanyi 1951 b, 158 / 訳 200)な自由であり,奴隷制や農奴制の下では保たれず,スターリン体制 下であっても保たれる範囲のものである.それは非常に狭い範囲に限定され,家庭内においてな にかを思考する,飲食を行う,といった程度に限られるだろう.それに対して,公的自由とは,「そ れを通じて個人主義が社会的機能を果たす」(Polanyi 1951 b, 158 / 訳 200)自由である.そして, 4) 「超越的(transcendent)」という語がなにを意味するのかポランニーの具体的な説明はないが,彼は「超 越的な責務を認知し,そうした責務が実在的なものであるという信念の上に築かれた社会を保持しよう と決意している人々は,今では,次のことを発見している―つまり,自分たちが,ラディカルな不信 の上に築かれたニヒリストの体制よりは,聖書とキリスト教の啓示の信者の方にずっと近いのだという ことだ」(Polanyi 1951 a, 108 / 訳 137)とも述べており,キリスト教に基づくものと考えていいだろう.ポランニーは 2 つの自由は共に保護に値すると述べつつも,公的自由が自由な社会を特徴付ける ものと考え,公的自由をより重要なものとした. それでは,ポランニーの公的自由とはどのようなものなのかを,より深く検討したい.ポラン ニーはこの種の自由を公的自由と名付ける際に,次のように説明する. 社会の動態的秩序の維持と成長には私的自由の主張をはるかに超える自由が必要である. 動態的秩序の構築に参加する個人は,すべて独立し行動する…彼は自分の信念に基づいて 行動する自由を与えられなければならない.この自由は多くの点で私的自由に反している. 1人にされることや好きに行動することは欲望の充足を意味しない.…その私たちに関す る自由は,決して個人の利益のためでなく,…共同体の利益のために存在する.それは責 任ある目的を持つ自由であり…特権は義務と結びついている.それゆえ,それは私的自由 と反対に,公的自由と呼ばれるのがもっともだろう. (Polanyi 1941, 438) ポランニーの説明からわかる公的自由の特徴とは,それが社会の利益のために存在し,自由を 持つ個人が責任を負う義務を持つというものである.そして,そのような個人は社会における秩 序の維持にも貢献する.ポランニーの社会観では,社会における個々人は道徳的な信念を持ち, 独立した目的で行動するが,彼は秩序のもとで相互調節され,よりよき結果を生み出す. では,公的自由の議論における社会とは,どのようなものを指すのであろうか.ポランニーは 自由な社会について,「自由な社会とは開かれた社会のことではなく,ただある際立った種類の 諸信念に身をささげた社会のことなのだ」(Polanyi 1951 c, vi / 訳 ii)と指摘する.ポランニーが 考える自由な社会とは,ただ開かれた社会というだけでは不十分である.そこには,学問の自由 でも指摘された超越的で道徳的な信念が必要となる.それらの諸信念について,ポランニーは次 のように述べる. 国民の偉大さは,武力とともに寛大さにも依存する.諸国民が最も重要な利益を得たのは 死活の利益を犠牲にして,他の国民との関係で道徳的抑制を自分に課した時であった.… 科学の自由,崇拝の自由,思考の自由一般は,それによって社会がその成員に対して,そ れ自体として目的である諸目標に奉仕する機会を開いてやるための公的制度である.これ らの自由を確立することによって,社会は自らをコミュニティーとして構成する―それ は,心の事柄の有効性と力を信じ,またそれらの事柄に対する自分の責務に対する信念を 持つ人々の共同体なのだ.論理的には,これらの信念の受容は自由に先行する. (Polanyi 1951 b, 193 / 訳 239) ポランニーの考える自由な社会の成員は,道徳的な信念を持った人々でなければならない5). 5) ポランニーはミルトンやロックによって定式化された英米式リベラリズムを肯定した.また佐藤(2010) は,ポランニーがリベラリズムの内部矛盾を回避するための思想的支柱を,バークの伝統主義,もしく は保守主義の中に見出していると指摘する.
彼は,世論が道徳の力,慈悲,正義の欲求,社会悪の厭悪などに影響を受けることを指摘し,こ れまでの歴史においてもこれらの力が影響を与えてきたと考える.このように,ポランニーの公 的自由には学問の自由と同じく超越的で道徳的な信念が前提としてある.ポランニーは自由に対 して様々な視点から議論を重ねているが,その根底は変わっていない.
3.
公的自由と学問の自由
これまで,学問の自由の機能と公的・私的自由について検討を行った.両者はともに社会的な 役割を持つ点や超越的な信念を前提とする点は同じだが,その区分の仕方は異なる.学問の自由 における,自由の個人的側面と社会的側面の 2 分法は,一見すると,それぞれ私的自由と公的自 由に対応したものに見える.しかし,私的自由が全体主義の下でも実現可能と指摘されるのに対 し,外的な制約から自由であるという学問の個人的な自由は,全体主義下で実現可能とは考えら れないものであろう.ポランニーは「学問の自由は,自分で研究問題を選び,いかなる外部のコ ントロールからも自由に研究を実行し,自分の意見に基づいて自分の題目を教育する権利に存す る」(Polanyi 1947, 33 / 訳 43)と述べるなど,その性質は私的自由から逸脱している. また,学問の自由において 2 つの自由を繋ぐ存在として相互調節機能が挙げられている点も重 要である.私的自由と公的自由の 2 分法においては,両者を結ぶものではなく,公的自由の特徴 として自生的秩序の存在が挙げられる.これらを加味すると,学問の自由の区分に私的自由・公 的自由が対応するのではなく,公的自由のなかに学問の自由が含まれると考えるべきであろう. 本節での検討により,ポランニーの自由論の特徴は公的自由にあること,そして,彼は自由論 において,社会の構成員に道徳的諸信念と相互調節を求めるということが分かった.次節以降で は,これらの道徳的諸信念と相互調節機能に焦点を当て,さらなる議論を重ねたい.III
道 徳 的 諸 信 念
ポランニーは学問の自由や公的自由の議論において,正義や慈悲,愛などの道徳的諸信念の必 要性を常に指摘する.本節では,それら諸信念をポランニーがどのように規定していたかを検討 する.そのためにまず,ポランニーの道徳論においてもっとも特徴的であろう,「道徳的反転」 の議論に注目して検討するところから始めたい.1.
道徳的反転とイギリス的伝統
道徳的反転に関する議論は,論文「首尾不一致の危険」において初めて行われた.まず,ポラ ンニーはアングロ―アメリカン自由主義を評価し,以下のように説明する. アングロ―アメリカン自由主義を初めて定式化したのはミルトンとロックであった.思考 の自由を擁護するかれらの議論は二重になっていた.その一つの部分では…権威からの自由が,真理の発見のために要求されている.…これに密接に関連して,自由擁護の議論の もう半分であるが,それは哲学的懐疑に基礎を置いている.…新たに提示された寛容の精 神は,顕著に,神への奉仕の色々な宗派の間の和解を狙ったものであった. (Polanyi 1951 a, 94―95 / 訳 120―21) このように,アングロ―アメリカン自由主義においては,反権威主義と哲学的懐疑という,自 由な思考に対する 2 重の教義が存在する.ポランニーはこれらの寛容の精神を評価すると同時に, それが内的な矛盾を持つと指摘する.自由が持つ寛容の精神は,宗派間の和解を狙ったものだが, この精神を厳格に適応すると,無神論者などのこれまでの自由や伝統に敵対する存在を受け入れ ることにもなってしまう.では,このような矛盾に対し英米地域ではどのように対応したのか. ポランニーは思弁の抑制によって英米地域がこれまでの自由や伝統を無神論や反道徳主義から防 衛したと考える. …恥知らずなプロパガンダと暴力とテロが支配する社会においては寛容のために余地はな い.ここでは哲学的懐疑を基礎においた自由主義の首尾不一致が明らかになっている…こ れを避ける一つの方法は,倫理諸原理が実際に科学的に証示可能であるかのようなふりを することである. (Polanyi 1951 a, 97 / 訳 124―25) 英米においては寛容の範囲は同じ思想や宗教の中に限られ,無神論などには適応されなかった. このように,寛容を謳いながらも,それを厳密には適用しないというある種の不真面目さにより 自由主義は守られてきた.また,それとは反対に,大陸では厳密に自由主義を遂行したことが, 自由の凋落を引き起こした.そして,次のようにポランニーは指摘する. 不首尾な自由の定式化から出発した論理的過程が自由に矛盾する結論に導いたことを示す だけでは十分ではない.私は更に,この矛盾が実際に実行されたこと,これらの結論は単 に考えられ,真だと信じられたばかりか,それに依拠して行動しようとする人々に巡り合っ たということも示さなければならない…もしもヨーロッパにおける自由の凋落に関する私 の説明が読者を満足させるべきだとすれば,そのためには,哲学的な誤謬を実際に破壊的 な人間行動に転換した人々がいたことを示すことが出来なければならない…彼らをニヒリ スト(虚無主義者)として記述することが出来よう. (Polanyi 1951 a, 103 / 訳 131) そうした人々においては,道徳的信念を抱く伝統的な形式はこなごなに打ち砕かれてし まっていて,その道徳的情熱は,厳密に機械的な人間観・社会観が余地を残している唯一 の水路に注ぎ込まれる.これを道徳的反転の過程と称してもよかろう. (Polanyi 1951 a, 106 / 訳 135) 英米と異なり,大陸では,自由が,哲学的な誤謬を持つにもかかわらず信じ続けられた.そし て,そのような哲学を額面通り受け取り,実行しようとした結果,現実社会においても道徳的諸
問題に直面することになってしまった.こうした現実への失望により,大陸系自由主義はニヒリ ズムへと転じてしまった.ポランニーはこの転向を道徳的反転と名付けた.そして,この道徳的 反転が社会主義やナチズムの発展に繋がったのである6).そして,ポランニーは大陸系自由主義 やファシズム批判から遡り,懐疑主義そのものに対する批判を行う.彼は自由主義が哲学的懐疑 を含む点を指摘するが,その懐疑主義こそが道徳的反転の源泉であると考える.まず,ポランニー は懐疑の方法や批判的思考が厳格に行われたことはこれまで一度もなく,むしろ実現不可能であ ると指摘し,ヒュームをある程度評価し,同時にカントを批判する.まず彼はヒュームに対し, 以下のように評価する. 彼は自分の懐疑論…の結論を,それに正直に従うことができないと考える点で一掃してし まうほうを公然と選んでいるのだ.だが,たといそうでも彼は,彼がそうすることにより 自分の個人的信念を表現しているのだということを認知しそこなっており,また,そうし た信念の宣言は,つまるところ会議を沈黙させ厳格な客観性を放棄することになるのだが, そうする権利を主張し,またそうする義務を受容することもしていないのだ. (Polanyi 1958, 269 / 訳 253) ポランニーは,ヒュームが自身の懐疑論の結論に対し自ら不同意の姿勢をとることを評価する が,懐疑論とは主観を取り除くものであるにもかかわらず,ヒュームは自身の懐疑論に同意しな いことにより,自らの個人的信念を表現していることを指摘する.それに対し,カントは一切の 妥協をすることなく懐疑の問題に取り組み普遍的な善を求めたと考え,このようなカントの姿勢 をポランニーは否定した.これらの議論から,ポランニーの考える自由や道徳が英米的な自由主 義に根ざしており,大陸の自由主義や懐疑主義を否定していることが解る. では,このような英米の態度はどのような思想的背景によって行われているのか.ポランニー は以下の様に指摘する. イギリスとアメリカの人はニヒリズムの理解に困難を覚える.というのは,ニヒリストが 告白する教義のほとんどがしばらく彼らの間で流布していたことがあったが,だからと いってその信奉者がニヒリストになることはなかったからだ.偉大で堅実なベンサムはツ ルゲーネフ描くニヒリストの原型―学生バザーロフ―が展開するどの見解にも不同意 を示すことはなかっただろう.しかし,ベンサムその他懐疑主義的なイギリス人はそうし た哲学を単に自らの行動の誤った説明として用いたに過ぎないだろうに対して―彼らの 行動は実際上では伝統的な信念によって決定されていた―,ニヒリスト・バザーロフと 6) ポランニーはナチズムとニヒリズムの関係について,「ナチを生来の獣性と見做すのは誤りだ.…ナチ が人道主義的理想を軽蔑するのは,1 世紀にわたる哲学的教育が背後にあるからだ.ナチが公的道徳を 信じない仕方は,…そんなことを聞いたことがないからではなくて,そうしたものは存在できないと断 定できる有効な根拠をもっていると思うからなのだ」と述べる(Polanyi 1951 a, 106 / 訳 134).
その仲間はそうした哲学を額面通りに受け取り,それに照らして生活をしようと試みるの だ. (Polanyi 1951 a, 104 / 訳 132) ポランニーによると,英米のこのような態度の原因は伝統的な道徳的諸信念によって決定され たのである.この種の議論は後の著作である『暗黙知の次元』においても行われる.そこでも, ポランニーは,社会の伝統によって道徳的反転が起こるのを防ぐことができると示唆している. まず,ポランニーは科学的懐疑主義と道徳的完全主義の結合体(近代実存主義や社会主義)が危 険な内的矛盾をはらんでいると考える.そして,ポランニーはこのような主義は道徳を疑問視し, 「道徳的な理想にたいするいかなる信頼も不毛で不正直であると非難する運動を協力して推進す る.その完全主義は社会の全面的な返還を要求する」(Polanyi 1966, 57 / 訳 89―90)と述べる.こ れらの議論は,「道徳的反転」という呼び名こそ出ていないが,懐疑主義が内的矛盾をはらみ既 存の道徳を破壊するといった点で同様の問題意識を持つものであり,同じものと考えてよいだろ う.そして,道徳の自己破壊的な力を和らげる方策として,伝統的枠組みの重要性を挙げる. 近代人の批判的苛烈さはなによりもまず,世俗的領域での無制限な道徳的欲求と調停され なければならない.…私はフランス革命の激流に抵抗しようなどとは少しも思わない.私 はその威力を認める.しかし,人間が新しい自己決定を行うとき,それが自己破壊を招か ずに済むのは,それを支えている権威的な伝統の枠組みの中で自らの限界を認識する場合 だけである,と私は信じている.…今日,トーマス・ペインの思想は,伝統の持続を意識 的に再認することによってのみ,自己破壊から免れることができる.無限の漸進的進歩と いうペインの理想は,ペインの敵対者であるエドムンド・バークにより説かれたような種 類の伝統主義によってのみ,革命の破壊からまぬがれることができる. (Polanyi 1966, 62―63 / 訳 94―95) このように,ポランニーは伝統の重要性を指摘した.社会の中に古くから続く権威的な伝統が 存在するからこそ,道徳の自己破壊に待ったをかけることができる.そのような権威ある伝統の 維持された社会で生きる人々は,道徳的諸信念を持ち,社会への忠誠を誓う.そしてポランニー は,「自由は確立された政治的権威と道徳の一致によって設定されているような限界の中でのみ, 社会で動作することができ,その両方が既存の社会的枠組みを定義し維持する」(Polanyi 1955, 201)とも指摘する.ポランニーにとっての自由とは,伝統的な権威と道徳があってこそ維持で きるものなのである. これら道徳的反転の議論からわかるように,彼の考える道徳はイギリス的伝統に根ざしている. こういったポランニーの考えは,あまりにも短絡的で,楽観的であると言えよう.また,ポラン ニーの道徳的反転の議論は,大陸の自由主義をすべて同一視している点や,英米の伝統を評価し ながらもその伝統が培われてきた過程に全く目を向けないなど,荒削りな点が多い.大陸におい ては,伝統はその役割を果たさなかったのか,大陸での反ナチズム・反マルクス主義的思想につ
いてはどのように考えているのか,など多くの疑問が残る.残念なことに,ポランニーはこれら の疑問に明確に答えているとは言い難い.さらに,道徳的反転自体の過程についても,それが正 しいのかさらなる検討が必要であろう.これらの点から,道徳的反転の議論は妥当性があるとは 言えないかもしれない.しかし,ポランニーの自由論を明らかにする上で,道徳的諸信念に関す る議論は非常に重要であり,ポランニーが思い描く道徳の姿を明らかにする上で,道徳的反転の 議論は参考となるであろう.
2.
道徳的反転への抵抗
これまでの議論からわかるように,ポランニーはイギリス的な伝統を求め,そのような伝統に 根ざした自由主義社会において,自由主義は反転することなく存続したと考える.しかし,それ だけでなく,道徳的反転を起こした大陸から伝統を守るために闘ったことも重要な点として挙げ ている. 理性の時代が道を拓いた道徳的志向の圧倒的な進歩―イギリス革命,アメリカ革命,フ ランス革命,大英帝国における最初の奴隷解放,工場法改正,国際連盟の設立,ヒトラー に対するイギリスの抵抗,(第二次大戦中のアメリカによる)武器貸与法による物資の提供, 国連救済復興機関(UNRRA),マーシャル・プランによる援助,ヨーロッパの未知の受益 者のために個々のアメリカ市民が何百万という食糧小包を送ったこと―これら総ての決 定的な活動において,世論は道徳の力,慈悲,正義の欲求,社会悪の厭悪によって揺り動 かされたのであって,この場合,これらの行為は現代の支配的な哲学においては真の正当 化は全然見出されないという事実を無視したのであった. (Polanyi 1951 a, 98 / 訳 125―26) 実際の社会においても,世論やその指導者はたとえ理論的に正当化できなくても数々の道徳的 な行為を行い,社会を発展させていった.そして,ポランニーの考える道徳的な進歩には,軍隊 による抵抗や武器の貸与までも含まれている.国家の一員として,伝統や自由の破壊者と戦うこ ともまた,道徳に基づく行いである.このようなポランニーの道徳的反転の議論に対し,Geng (2016, 88)は,「ポランニーは,暴力を避けることのできる社会は存在しないことを強調した. そして,いくつかの社会において,暴力は安定と正義の遵守のために必要である」と指摘する7). 道徳的反転の議論からわかるように,ポランニーの思想にはキリスト教への信仰が前提として存 在する.しかし,彼の議論は決して愛や寛容だけを求めるのではなく,より現実的に暴力や強制 力の必要性を考慮した. また,国防に関してポランニーは,『個人的知識』においても触れている.ポランニーは社会 の 4 側面として,確信(信条・信念)の共有,朋輩関係の共有,協同,権威あるいは強制の行使 7) Geng(2016)は社会における暴力の必要性を述べると同時に,社会主義国家においては,暴力を行使す ることが国家を終焉へと導くことを指摘する.があることを指摘する.そして,これら 4 つの要因の例として次の諸制度を挙げる. これら 4 つの作用因のそれぞれを順次,圧倒的に体現している一定の諸制度が見られるの である.すなわち,(1)大学,教会,劇場,画廊は,確信(私がここで使用しているよう な広義における)の共有に役立つ.これらは文化の制度である.(2)社会的交際,集団的 儀式,共通の防衛は圧倒的に懇親的な制度であり,集団的忠誠(group loyalty)を育み要 求する.(3)共同の物的利益のための協同は,経済システムとしての社会の支配的様相で ある.(4)権威の強制は公権力(公的パワー)を供給し,それは社会の文化的,懇親的, 経済的制度を防衛し制御する. (Polanyi 1958, 212―13 / 訳 198―99) ポランニーは社会とそこに住む人々に,文化や伝統,経済の協同だけでなく,社会の防衛と忠 誠を求め,また,公権力による強制の必要性をも指摘する.ポランニーの考える自由な社会とは, 道徳的諸信念に身を任せた社会である.そこに生きる人々には,真理を追究し,正義・愛・寛容 を持つことが求められる.しかし,これらの精神は万人に開かれたものではない.ポランニーは イギリスの伝統的な自由主義を評価し,その破壊者に対しては,寛容ではなく,防衛の道を取る 姿勢を見せた.ポランニーの求める信念のある人々とは,ただ寛容なだけではなく,自由主義社 会や国家に身を捧げ,社会の発展のために身を尽くし,また,自由主義の敵と戦う姿が求められる. 本節では道徳的反転の議論を参考に,ポランニーの公的自由に必要な概念である社会に住まう 人々がもつ諸信念について検討した.ポランニーの考える自由な社会においては,存在する個々 人は道徳的諸信念を持って自ら社会のために尽くさなければならない.そして,その道徳とは, イギリス的な伝統に根ざしている.また,社会においては古くから続く伝統を守り,国家や自由 の敵が現れた際には武器を持って戦うことも必要とされる.このような道徳感がポランニーの自 由論の根底にある.
IV
自 生 的 秩 序
1.
マイケル・ポランニーの自生的秩序
ポランニーは,学問の自由について,自由の相互調節機能を紹介した.この機能は,公的自由 にも当てはまるものなのだろうか.本節では,公的自由と密接に関係する秩序論を検討すること で,彼が示した自由と相互調節機能の関係性を明らかにする. ポランニーは社会において,秩序の重要性を指摘する.彼は秩序を自生的秩序(社会の自発的 な秩序)8)とコーポレーション的秩序(意図的な秩序)の 2 つに区別する.そして,ポランニー 8) spontaneous order という語は一般的に自生的秩序と訳されるが,『自由の論理』においては「自発的秩序」 と訳される.本稿では引用部分のみ「自発的秩序」,その他は「自生的秩序」という表現を使用するが, 両者はともに同じ意味である. (次頁につづく)は自由と秩序の関係について,「公的自由の論理は独立の個人の活動を,一定の課題の実現のた めに自発的に相互調節すること」(Polanyi 1951 b, 198 / 訳 244)と述べる.ポランニーにとって自 生的秩序(市場など)は公的自由を体系的に実現する社会秩序である.その特徴は,多中心性に ある.自生的秩序のシステムにおいては,所属する個人一人一人が相互調節を行い,より高度で 複雑な結果が導かれる.ポランニーはこの自生的秩序を「多中心的(非階層的)」と表現し,コー ポレーション秩序(階層的)では代替できないと指摘した.次の図はポランニーが 2 つの秩序の イメージとして挙げた図である9). 図 1 自生的秩序(多中心的) 図 2 コーポレーション的秩序(階層的) このように,ポランニーは自身の自由論において自生的秩序の重要性を指摘する.前節で議論 したように,ポランニーは秩序の維持と発展のためには公的自由が必要であると考えた.しかし, 公的自由を持った個人が所属する社会が発展するのもまた,自生的秩序が社会に存在し,個々人 間の相互調節がなされるからである.これらの点から,ポランニー思想における公的自由と自生 的秩序の存在は互いに不可分のものであると言えるだろう. では,次に自生的秩序における相互調節機能について検討したい.ポランニーの秩序論の特徴 こうした自生的秩序に関する議論については,ハイエクの論説がよりよく知られている.ハイエクも ポランニーと同様に,人間に設計された秩序ではなく,自生的秩序による法の支配を求めた.両者の自 生的秩序の関係について,Mirowski(1998)は,ハイエクの自生的秩序論がポランニーからの借り物で あると指摘する.では,ポランニーは自生的秩序の概念をどのような着想から得たのであろうか.ポラ ンニーは相互調節される秩序に対し,「自然の中には類似のタイプの秩序を示現するそうしたシステム が広汎に見出される.それらはケーラーが『動態的秩序』と呼んだものである.私も以前の著作で彼の 呼称に従ったことがあるが,しかしそれらを自発的秩序と呼んだ方が簡単だろうと思う」と述べ,ゲシュ タルト心理学の代表的論者である,ヴォルフガング・ケーラーからの影響を認めている.自生的秩序概 念とゲシュタルト心理学の関係は非常に興味深い問題であるが,本稿の目的はポランニーの自由論の全 体像を明らかにすることであるため,それらは今後の課題としたい. 9) ポランニーは自生的秩序とコーポレーション的秩序の例として 2 つの図を挙げたが,あくまで,2 つの 秩序を理解しやすくするためのイメージであり,実際に秩序がこのような形であるわけではない.本稿 においても理解の助けとして図を記載する.
の 1 つは,その相互調節機能を具体的に説明している点である.ポランニーは様々な領域におい て自生的秩序が存在すると考えた.そして,すべての領域において,自生的秩序のシステム上で は,各個人が自身のイニシアチブの行使により相互調節される.しかし,その相互調節の方法は どの領域の秩序かによって異なる.ポランニーは自生的秩序の中でも,特に市場と知的領域(法 律,科学など)における秩序についてそれぞれ論じている.
2.
経済領域における自生的秩序
ポランニーは社会における自生的秩序のわかりやすい例として,市場の存在を挙げる.市場に おいては,「競争(competition)」により相互調節がなされるとポランニーは指摘する.市場にお ける秩序とは「競争する個人の集体に基づく経済生活のシステム」(Polanyi 1951 b, 160 / 訳 202) であり,生産者,消費者に係らず競争によって秩序は調節される.また,この調節は「供給を需 要に応じさせる目下の交換関係を広める価格体系によって媒介されている」(Polanyi 1969, 52 / 訳 67)とポランニーは述べた. ポランニーは市場を,「社会における自発的システムの最も巨大な事例」(Polanyi 1951 b, 160 / 訳 202)と表現している.しかし同時に彼は,「私はここでその主要特徴を概観しようと思 うが,それはただ,この特定の自発的システムを性格の異なる他の自発的システムと比較するた めに必要とされる限りである」(Polanyi 1951 b, 160 / 訳 202)と述べており,彼の市場への評価は 低いことがわかる. こういったポランニーの市場に対する評価は,彼の経済論を見ても明らかである.ポランニー は主に『完全雇用と自由貿易』において経済政策について議論を行う.ポランニーの経済論は主 に雇用問題と政府介入に関するものである.彼は市場における貨幣循環に注目し,そこで貯蓄と 投資のバランスが崩れると失業が発生すると考えた.そして,完全雇用を達成するためにはこの バランスを整えることが必要だと指摘し,次のように提案する. 私の提案は,国家が公債による支出によってその差を埋めるべきということだ.言い換え れば,完全な循環において,一般的な新たな商業投資と貯蓄のフローの違いに匹敵する規 模の財政赤字が維持されるべきである. (Polanyi 1945, 29) ポランニーは,市場の力を信じておらず,失業に関しては政府の赤字財政支出による解決を求 めた.また,ポランニーは慢性的失業について,「資本主義システムの付随的な欠陥のためであり, それは単に,公的金融の行為に関する,とうに打破された偏見を捨てるだけで除去できる」 (Polanyi [1946] 1951, 150 / 訳 190)とも述べ,政府介入を積極的に支持すると同時に,市場に対 する批判を行った.しかし,彼は積極的な政府介入を認めるが,無制限の介入を認めてはいない. 彼は政府介入について,「十分な循環を生み出すために実行されるプロセスは,言及されるに足 るどのような実質的犠牲を含む必要がないし,また,含んではならない.それは中立的な形,す なわち,どのような実質的に重要な経済的・社会的行為も随伴する必要のないやり方で実行されるべき」(Polanyi 1945, 29)と考え,無制限の介入は否定し,中立的な形での政策を求めた.こ のように,ポランニーは市場秩序の存在を認めつつも,市場が万能だとは決して考えない.市場 秩序だけに任せるのではなく,政府の役割が求められる.
3.
知的領域における自生的秩序
ポランニーの議論においては,知的領域における秩序は競争とは異なった調節方法が取られる が,知的領域における秩序がより重要視される.まず,法律,特に慣習法においては,「協議 (consultation)」によって相互調節が行われる.ポランニーは,判事が法廷で訴訟を処理する場面 を例に挙げ,次のように説明する. 判決について思い巡らしながら判事は意識的に 10 ばかりの判例を参考にし,無意識的に それより多くを参照している.…彼の心は,訴訟の色々の側面を分析しつつ,それら前任 者たちの心と絶えず接触している.そして,純粋に法的な参照を超えて,彼は同時代の世 論の全体,全体としての社会的媒体を意識している. (Polanyi 1951 b, 162 / 訳 204) 判事は訴訟を処理する際,意識的・無意識的に多くの判例を参考にすることにより,前任者た ちの心や世論に影響される.そして,判決が読み上げられることで,これまでの法律に解釈が付 与される.その結果,システムは強化され,世論や将来の判事たちに晒され,彼等が決定を下す 際の案内となる.また,ポランニーは,「慣習法の操作は,歴代の判事たちの間の一連の調整を 構成するが,この調整は,それと平行して起こる判事と一般公衆との相互作用によって導かれ る」10)(Polanyi 1951 b, 162 / 訳 205)と述べる.つまり,市場システムと異なり,司法システムで は長い時代を通して永続的に相互調節が行われる.このように,ポランニーは市場秩序と法秩序 が異なる調節機能を有することを指摘している. では次に,科学11)における秩序について検討する.ポランニーは知的領域の中でも,特に科 学における秩序を重要視している.科学領域においては,これまでと同様に,競争,協議による 調節が行われるのに加え,「説得(persuasion)」による調節が行われると指摘する. 科学的主張が確証されたものとして科学に受け入れられる前に公開討論の篩に掛けられ る.これは相互調整の過程だが,しかし協議的でも競争的でもない.…各参加者は,前に 出された議論に照らして自分の議論を調整し,かくて一件に関する異なったあるいは相互 に排他的な側面が総て交互に顕示され,公衆は遂には一つ(ないし幾つか)を受容し,他 を拒絶するよう説得されるようになる.この結果が得られる論争に参加する人々は,自発 10) 『自由の論理』において自生的秩序の相互作用を解説する際,ポランニーは「調節(ordinate)」と「調 整(adjustment)」という用語を同時に使用する.両者は同じ意味と考えられるので,本稿では混乱を防 ぐために,引用部を除き「調節」で統一する. 11) ここでの科学とは,科学者による学問や研究,教育を指す.的秩序のシステムの中で協同しているのだと言ってよいだろう. (Polanyi 1951 b, 164―65 / 訳 207) 科学領域での相互調節の流れを順に解説すると,まず,科学は過去に確立された膨大な知識を 前提とし主張を公表する(協議).そして,科学の作業においては発見の追求や物的資源の確保 において競争的な力が働く(競争).そして,科学的主張が行われる際,公開討論が行われる. 各参加者は議論し合い相互に高め合う(説得).この説得による相互調節は,個人が相互に排他 的な利益を得ようとする点で競争と似ているが,その目的は勝利ではなく真実を提示することで ある.そのため,ポランニーは科学者間の論争を競争とは別のものと捉え,説得と名付けた.こ のように,科学領域においては,協議,競争,説得の 3 つの調節過程が存在し,そこに存在する 全ての人々がお互いに影響し合い,自生的秩序によってよりよい理論が形作られる. また,ポランニーは『知と存在』において,科学における秩序の議論をさらに発展させる.ポ ランニーは相互調節について,「その原理の本質は,学者たちがお互いに監視し続けるという事 実にある」(Polanyi 1969, 84―85 / 訳 107)と指摘する.お互いに監視し合うことで,批判し合い, 勇気づけられ,科学的見解が形成される.このような相互調節は,当然,密接した領域間でしか 起こり得ないが,「科学者たちの制限された領域は,科学の全範囲にわたる,重複している隣接 領域からなる連鎖を形成する」(Polanyi 1969, 85 / 訳 107)と述べ,連鎖していくことで,迂遠な 領域同士でも間接的な合意が形成されるとポランニーは考えた.このようにして組織された科学 的共同体において,科学者は共通の信念によって伝えられた伝統を信奉し,責任を引き受ける. 最後に,知的領域における,法と科学以外の分野について検討したい.ポランニーはその他の 分野にも多少触れ,次のように述べる. 文学と色々な芸術―絵画的および音声的―,工芸―医学,農業,工業,種々の技術 サービスを含む―,宗教的・社会的・政治的思考の総体,―これらはみな,そしてそ の他の人間文化の領域も,上で科学と法について述べたのと同じような自発的秩序の方法 によって育成される.これらの領域の各々は,総ての人が接近可能な共有の遺産を現すが, これに対して各世代の創造的個人は革新を提案することによって応答し,この革新がもし 受容されればそれは共有の遺産に同化され,来るべき諸世代のための案内として受け継が れるのだ. (Polanyi 1951 b, 165 / 訳 208) ポランニーにおける自生的秩序は,社会や政治を含む様々な領域にも存在しており,各分野で 相互調節の機能を発揮している.また,特定の創造的個人における革新などに触れるなど,一種 のエリート主義的な思想も見られる.創造的個人による革新も,受け入れられることで社会に同 化し,自生的秩序による相互調節を経て世代へ影響を与える. これまで,ポランニーにおける自生的秩序論を検討したが,その特徴として,知的領域を重視 したことと,能動的に他者へ影響を与えることが挙げられる.ポランニーが市場秩序に信を置か
ないことは,その議論からも明らかである.また,彼の知的秩序の議論では,そこに存在する個々 人が他者へ能動的に影響を与えることが前提となっており,互いに切磋琢磨し合いより良いもの を作っていく,といったものである.また,そのような相互調節の過程で,創造的個人によって の革新が示唆される.ポランニーは知的秩序の議論において革新が起こりうると述べている.明 示こそしていないが,ポランニーにとって,革新やそれを起こす創造的個人もまた,知的秩序に よる相互調節によって生み出されるのであろう.
4.
自生的秩序論におけるポランニーとハイエクの差異
これまで,ポランニーの自生的秩序論を概説してきたが,自生的秩序論は一般的にハイエクの 重要な概念として知られている.また,前述したようにポランニーとハイエクの自由論の比較を 扱った先行研究も数多い.しかし,彼ら共通の重要な概念である自生的秩序に関する論説は数少 ない.そのため,本節では最後にハイエクとポランニーの自生的秩序論の比較を行い,ポランニー の特色をより明らかにしたい. まず,ハイエクの自生的秩序論について簡単に概説する.ハイエクは秩序を自生的秩序(コス モス)と作られた秩序(タクシス)に分ける.そして,「自生的秩序はつねに複雑とはかぎらな いが,人間的配置と違って,どのような程度の複雑さにでも到達できる」(Hayek 1976, 38 / 訳 54)と述べ自生的秩序の優位を説く.また,ハイエクの自生的秩序論の特徴として,法の支配の 概念を取り入れている点がある.ハイエクは法をノモス(自由の法)とテシス(組織の法)に区 別し,「自由の法と…組織のルールとの違いは,前者が人間の作ったのではない自生的秩序の諸 条件から導かれるのにたいして,後者は特殊化された目的に資する組織の意図的な構築に役立つ」 (Hayek 1976, 123 / 訳 162)と述べる.また,ノモスの形成について,ハイエクは裁判官の役割に 触れる.多くの場合,自由の一般的ルールであるノモスは明言化されず慣習として存在している. そのノモスを発見するのが裁判官の役割である.ハイエクの議論において裁判官の役割は非常に 大きく,彼らが発見した法の支配概念の下に,自生的秩序論は展開される.法の支配と自由につ いて萬田(2008, 86)は,「ハイエクの説く自由とは,他人の恣意的強制に服さずに自らの設定す る目的を追求することであり,そうした状態は,普遍的,抽象的,拒絶的ルールにより,換言す れば法の支配により確保される」と述べ,ハイエクの自由論にとって法の支配概念が重要な要素 であることを指摘する. そして,ハイエクは自生的秩序の中でも「いまや市場という秩序がもつ特別な属性と,それに 負っている利益の性質とを,より十分に検討する必要がある」(Hayek 1976, 107 / 訳 149)と述べ, 市場秩序に関する議論を特に深めている.市場秩序においては,所属する個々人は利益を追求し, 共通の目的を持たずとも相互に調節し合う.では,なぜこのようなことが可能なのか.ハイエク は,「大きな社会は,特定の他の人びとを助けるという目的によってではなく,抽象的ルールに よる目的の探究の限定によって導かれた個々人の努力を通じて可能になってきた」(Hayek 1976, 150 / 訳 205)と指摘する.自由な社会においても法の支配は存在し,それにより個々人の動きは制御される. ハイエクとポランニーの自生的秩序を比較すると多くの類似点があることがわかる.彼らの共 通点について渡辺(2006, 241)は,「ハイエクの説く『ノモス』,あるいは『コスモス』/『テシ ス』の区別が,ポラーニの自然発生的秩序 / 組織的秩序の区別に対応することも,改めて言うま でもない」12)と指摘する.渡辺の指摘するように,彼らの秩序の区分は同一のものとみてよい だろう. しかし,このように対応する両者の秩序論であるが,同時に明確な差異もまた存在する.まず 第 1 に,両者の法に対する見解の違いがある.両者とも慣習法を重視する点や,その形成過程に 裁判官や判事の役割を強調するなど,類似点も多い.しかし,ハイエクが自生的秩序において法 の支配の必要性を述べたのに対し,ポランニーは法の支配の役割にほとんど触れない.次に第 2 の相違点として,ハイエクが市場秩序を強調したのに対し,ポランニーは市場を軽視した点が挙 げられる.前述したように,ポランニーは経済秩序を自生的秩序の一例にすぎず,知的秩序より 低いものと捉えた. これら両者の相違点は,自生的秩序を制御する概念の違いに帰結すると考えられる.ポランニー は「自発的秩序の経済システムと知的システムを対比しつつ分析して,前者を作動させる個人の 活動は純粋に競争的であるのに対して,第二の活動はまず何よりも協議的である,つまり,確立 された専門的な意見を参照して調整されるものだ…経済的活動を専門的な標準によって導くこと は不可能だ―それは,そうした標準をこの分野に関して導く源泉となる思考の体系が存在しな いからだ.現代産業が生産するものと期待される途方もなく多様な財―何百万という系統の商 品―の分配を合理的に決定するような適切性の標準を求めるのは愚かだ」(Polanyi 1951 b, 166 / 訳 208―09)と述べる.ハイエクが自生的秩序において法の支配による制御を前提としたの に対し,ポランニーは専門家の意見や協議により自生的秩序が作動すると考えた.そのため,法 の役割の議論には踏み込まず,また,専門家の力が及ばない市場では自生的秩序が正常に機能し ないと考えた.こうした専門家と自生的秩序の関係についてについて,Allen(1998, 156)は,「市 場は競争と参加者の瞬間的で重要な要求のために個々の努力を調整するが,コモン・ローと科学 はまた,互いの専門家による協議および専門職に関する知識によって,そして活動の中の説得に よって機能する」と指摘する.しかし,アレンの指摘はポランニーの秩序論を経済秩序と知的秩 序(法・科学)の 2 つに区分したものであるが,知的秩序内でも分野により相互調節の方法は異 なっており,法と科学を同一視した議論は誤りであろう.また,自生的秩序における専門家の役 割に触れながらも,その専門家の定義に全く触れていない点も大きな問題である. ハイエクが法の支配の下での自由を念頭に置いたのに対し,ポランニーは法の支配よりも専門 家の意見を求めた.自生的秩序を専門家の標準に委ねる姿勢は,ハイエクと異なるポランニー独 12) Polanyi は邦訳の際,ポランニーとするのが一般的だが渡辺はポラーニと表記している.本稿では引用 部のみ引用元の表記に従い,それ以外はポランニーで統一する.
自の思想と見ていいだろう.しかし,同時に,少数の専門家の意見に支配された秩序は自生的で 多中心的なものではなく,階層的な秩序になるのではないか,また,こうした専門家とはどういっ た人々のことを指すのか,という疑問が発生する.次節では,ポランニー思想における専門家の 役割を検討し,ポランニーにおいては自生的秩序と専門家の存在が矛盾なく両立していることを 明らかにする.
V
専 門 家 主 義
1.
社会における専門家の役割
これまで検討してきたように,ポランニーの自由論には道徳的諸信念を持った人々と,自生的 秩序による相互調節機能が不可欠である.しかし,彼の自由論にはもう 1 つ必要な要素が存在す る.知的秩序の議論やハイエクとの比較で明らかになったように,ポランニーの自由主義論には 少数の専門家の役割を重視するエリート主義的な姿が見られる.本節では,彼の自由論の第 3 の 要素とも言える,専門家の存在について検討する. ポランニーにおける専門家の姿は,主に公的自由に対する批判の議論において登場する.ポラ ンニーは,全体主義の観点から公的自由に対して向けられるであろう3つの批判を挙げた.第1に, 公共の福祉を個々人の個人的決定と動機に明け渡してしまうという批判である.科学者,判事, 学者,宗教家,ビジネスマンたちは,自分の行動が公共の福祉全体にどのような影響を与えるの かを知らないし,仮にそうした知識があったとしても,それによって自分の専門的な義務の遂行 から目を逸らすことは許されない.次に,社会を特権的寡頭制に委ねる,という批判である.専 門家たちは公共の福祉に大きな力をふるい,特に,「著作する専門職の色々の分野―詩人,ジャー ナリスト,哲学者,小説家,説教師,歴史家,経済学者―の育成する精神活動は多分,公的な 事柄を形成し,社会の運命を指し示す上で最も決定的なものである」(Polanyi 1951 b, 195 / 訳 241)と述べ,自生的秩序のシステムが寡頭体制に見えることを指摘する.最後に,公的自由に 社会を任せると,社会がだれも望まない方向に漂っていくのを許してしまうという批判を挙げる. 公的自由に基づく自生的秩序とは相互調節のシステムであり,その下では社会は未知の方向に動 いていく. これらの批判に対してのポランニーの返答は半ば批判を認める内容になっている.しかし,ポ ランニーの自由論の特色を明らかにするうえで,これらの議論には意義がある.3 つ目の批判に 対しポランニーは,実際われわれは漂っており,未来は未知であると考える.未来を意識的に決 定することこそ我々の理解を超えるものであり,そのような歴史の計画化は認められない.また, ポランニーは「独立の相互調整によってのみ達成できる課題は,独立の地位を支持する制度的な 枠組みを要求する…そうした特権のシステムは受容されるべきである―特にそれが機会の平等 と結びついているときにはそうだ」(Polanyi 1951 b, 199 / 訳 245)と述べ,特権の必要性を認めて いる.知的秩序の議論においてポランニーは科学の重要性を述べたが,それだけでなく,表現の自由などを認め,それにより社会に大きな影響を与えることも許容する.自由な社会を求めなが らも特権的な専門家集団の存在を認めるこれらの議論は,ポランニーの自由論の大きな特色であ ろう.
2.
専門家とエリートの相違点
ポランニーの考える自由な社会は自生的秩序に基づくものであるにもかかわらず,特権的な専 門家の集団が受容される.しかし,ポランニーは社会の統治においては階層的な秩序ではなく多 中心的な秩序を重視した.特権的な集団を認めつつ多中心的な相互調節を求める姿は矛盾したも のとして見えるが,ポランニーの自由論においてそれらは同居している.このような姿を可能と する専門家の役割とはどのようなものであろうか.ポランニーと同じく社会の特権階級を認めた ケインズ(John Maynard Keynes, 1883―1946)との比較を通じてその姿を明らかにしたい. ケインズは一般的にエリート主義に基づく人物だと見なされる.ケインズはケンブリッジでの 学生時代の交友関係やザ・ソサイエティ,ブルームズベリー・グループでの知的エリートとの交 流の中でそういったものを形成していった.しかしケインズは反世俗的なエリートたちと交流す ると同時に世俗的な仕事(行政)も行っていた.また,若き日の世俗的権威に反発し既存の道徳 を否定する立場から,権威を否定しつつも社会をコントロールする立場へとその姿勢を変えて いった.「若き日の信条」においてケインズは連続的進歩を信じる伝統的な社会思想を見せつつも, 信頼に足る合理的で卑しくない人々による世界改善論者の資質を人類の大多数は持ち合わせてい ないと考えた.そして,このようなケインズのエリート主義を,R. F. ハロッドは「ハーヴェイ・ ロードの前提」と名付けた.このようなケインズのエリート主義に関する議論は数多く存在する が,それに反してケインズ自身による議論は数少ない.H. G. ウェルズの小説『ウィリアム・ク リソルドの世界』の書評においてケインズは次のように述べる. 人類の創造的な英知は…科学者と偉大な現代起業家のなかに見出されるのだ.このような タイプの精神,性格,気質の人をその仕事につかせることができないならば,その仕事は けっして成功しないだろう―なぜならば,それは実際におけるとてつもない複雑さと知 的困難を伴った課題だからである…われわれは,大企業の創設が現在の楽しみであると いったタイプの人に,もっと大きな楽しみを与えてくれる,はるかに本格的な出来事が待 ちかまえていることを説得しなければならない.以上がクリソルドの「公然たる陰謀」で ある…世界の改造には創造神たるブラフマー神の手際が必要である.しかし現実のところ, ブラフマー神は政治とか政府ではなく,科学と事業に奉仕している…我々は手遅れになる 前に,ブラフマー神が仕事に着手できるような環境を至急作り出す必要があることを知っ ている.したがってある点までは,いかなる政治的陣営においてもきわめて活動的で建設 的な気質を持った人々なら,この公然の陰謀に加担する用意ができている. (Keynes 1927, 319 / 訳 384―85)このように,ケインズはクリソルドについての解説を行いつつ,その思想に同意している.そ して,優秀な人材が政治でなく科学や企業に目を向けている点を指摘し,このような人たちに社 会への参加と活動を求めるのである.ケインズの経済政策に話を移すと,それは政府が積極的に 経済政策を行うべきとするものであり,大きな政府を招くものである.しかし,この思想は単に 政府官僚が民間に比べて優れたエリートである,といったものではない.ハーヴェイ・ロードの 前提とは,大英帝国の秩序と安定やそれを支える暗黙の了解であり,それらを兼ね備えた知的貴 族への期待である.こうした思想は自生的秩序論とは対立した,階層的な秩序を前提としたもの であろう. では,こういったエリート論と専門家にはどのような違いがあるのか.ポランニーはケインズ と異なり,一般大衆にも自生的秩序を形成する個人としての情熱と働きを求める.ポランニーは, 「我々の第一の狙いは,真理と正義を尊敬する善い社会を形成し,同胞市民の間の愛を育成する ことである…善い社会を構成する究極の諸信念を抱くことによって,今日の社会を善くかつ自由 なものにすべきなのだ」(Polanyi 1951 b, 198 / 訳 244)と述べる.ケインズが大衆ではなく特定の 知的エリートに道徳や信念を求めたのに対し,ポランニーは社会の同胞市民全てに道徳的諸信念 を求めている13).そして,ポランニーの考える自由な社会では,「卓越性を追求していく際,民 衆の意志はどのような役割も提供されず,そのかわり,そこでは公的利害はただ断片的にしか知 らされず,断片的な問題を目ざす個別的な相違の帰結として達成されるに任されるような社会, という条件が受容される」(Polanyi 1969, 71 / 訳 90)のである.ポランニーにとって専門家だけ でなく,民衆(people)もまた自生的秩序を構成する重要な要素であり,専門家と同様,自身の 責務を果たすことが求められる.では,専門家とその他の民衆の差はどこにあるのか.ポランニー は社会を恣意的に方向付けることを否定し,専門家の存在について以下のように述べる. 人間が歴史の流れを制御することを阻止する論理はまた,自由社会がその下で諸目標を達 成する寡頭制システムを除去する可能性を制限する.独立の相互調節によってのみ達成で きる課題は,独立の地位を支持する制度的な枠組みを要求する. (Polanyi 1951 b, 199 / 訳 245) ポランニーの考える自由な社会において専門家の役割は,他者が達成できない課題を解決する ことである.それは科学者による発見や著述家による精神活動,ビジネスマンによる経済活動な ど様々な分野や職種にわたる.彼らに求められることは己の職務を全うすることだけである.ポ ランニーは専門家が相互に調節し合い,社会の様々な課題を解決することを考え,その結果,専 門家集団の特権的なシステムができることを受容したが,彼らが社会を導くことは否定した.独 立した専門家たちは決して国家や大衆からの影響を受けず,独立した存在であり,自身の職務に 忠実に励まなければならない.ケインズはイギリスの伝統に基づく少数の知的エリートが社会を 13) 国民すべてに信念を求める姿勢は公的自由の議論においても行われる.詳しくは本稿 II.2 参照.