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授受動詞「もらう」の補助動詞的用法の認知言語学的考察 ―話者「私」の受益の〈事態把握〉における認知過程―

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Academic year: 2021

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(1)授受動詞「もらう」の補助動詞的用法の認知言語学的考察 ―話者「私」の受益の〈事態把握〉における認知過程― 要. 約 関根和枝. はじめに、授受動詞「もらう」の補助動詞形「てもらう」について概説する。授受動詞 「もらう」の補助動詞形「てもらう」は、恩恵的な行為を受けることを表すとされている。 しかし、恩恵行為を受けることは同じ授受補助動詞の「てくれる」でも表現できる。 「てく れる」は行為の主体を主語とし、恩恵が「私」に向かうダイクシスとして研究されている。 1. 一方「てもらう」は行為の受け手を主語とし、働きかけも恩恵を受けることも表し多義. 的であると指摘され、また「働きかけて受ける」ことを表すとも指摘されている。この「て もらう」のような表現形式は英語や中国語を始め、世界の言語の中にもほとんど無いと言 われている(山田 2004) 。 次に、これまでの研究と本研究での目的、研究立場を説明する。 「てもらう」には働きか けという行為者に対する使役的な意味があることから、授受や待遇を観点とする研究だけ でなく、文法的なヴォイスの観点で働きかけの有無強弱が研究対象となってきた。しかし、 働きかけがあるか否かは、発話の話者「私」が「てもらう」と言う時には、自らのことで あるので明らかである。 話者が「てもらう」と発話するなら、日本語話者は「私」を主語として自らの授受の事 態を表現する。 「てもらう」と発話された主語が非明示の時、典型的にはその授受の事態は 非明示の主語「私」が恩恵行為を受ける事態を表現している。本研究では話者「私」が恩 恵行為を受けることを話者「私」の「受益」とする。このように話者「私」の発話という 観点で「てもらう」を分析するなら、1つの「私の受益」という事態の中で「てもらう」 が使役の意味も受身の意味も持つことを説明できると考えられる。 また、日本語母語話者は「彼が私のためにその行為をした。私は嬉しい。 」というように は言わず、 「私はその行為をしてもらった。」とひとつにまとめて授受補助動詞「てもらう」 で表現する。なぜ他者がしたことを受け手を主語として1つの文にまとめて表現するのだ ろうか。この答えも 1 つの「私の受益」ということで説明できると思われる。 しかし、 「てもらう」に焦点を当て、話者「私」の「受益」の〈事態把握〉を分析した研 究はまだ見られない。 本研究は日本語に特徴的であると言える授受動詞「もらう」の補助動詞形に現れる日本 語話者の受益の〈事態把握〉のあり方を、話者の産出用例をもとに探る。具体的には次の 2点を探ることを目的とする。 第1点目は、発話の話者がどのように授受の事態を捉えるために、1つの表現形式「ても 1. 澤田(2006) 、山本(2006)他。 1.

(2) らう」で働きかけも「受ける」ことも表せるのか。 第2点目は、日本語話者はなぜ他者の行為とそれを受けることを「てもらう」によって1 つの文で表現するのだろうか。 話者「私」の受益〈事態把握〉を探るために、本研究は認知言語学の観点から行う。池 上(2004,2006,2007,2011)は、日本語話者の〈事態把握〉の傾向が自己・中心的であり、 英語などの客観的把握の言語と比べて主観的であると指摘している。また、日本語話者は 事態の中に自らを自己投入し、事態を体験的に把握する。たとえ体験できない時空を超え た事態にも未来への〈自己投入〉 、他者への〈自己投入〉というようにその場に自己を移入 し、そこから事態を把握するということである。 話者「私」が「てもらう」と発話する時、日本語話者はどのような受益の〈事態把握〉 をしているのか。それを探るためには日本語話者の自然な「てもらう」産出が必要であろ う。そのため、具体的な分析資料として、本研究では話者「私」の発話する「てもらう」 産出文を対象にする。発話と書き言葉による産出文は自然会話コーパスからと、新聞記事 の書き手やインタビューの発話として書かれた文章から、 「てもらう」を用いた文(以下「て もらう」文とする)を抽出したものとする。 本研究の「てもらう」文の分析手順は次のようなものである。 まず、本研究が考える話者の「てもらう」文に現れる受益の仕方についての理論を示す。 次に話者や書き手(以下、総じて「話者」とする)が産出した「てもらう」文を用例とし てこの理論との照合を行い、本研究が考える「てもらう」と発話する話者の受益の〈事態 把握〉のあり方を確認する。さらに、実際の産出文から本研究の考え方を裏付ける用例の 特徴を指摘して、日本語話者「私」の「てもらう」にある受益の〈事態把握〉のあり方を 考察していく。最後に、本研究の目的に対する回答を示す。 本研究では「てもらう」が表すのは他者からの恩恵や利益ではなく、話者「私」の「受 益」を「話者『私』が『てもらう』結果、私の状態が行為者の行為や事態の影響を受ける 以前よりも、プラスに変化した結果の状態だと話者『私』が認識すること」とする。話者 「私」のプラスの変化結果状態は、行為者の行為や事態が実際に生起することでもたらさ れる。 「私」はその影響を「受けた」結果である。したがって、 「てもらう」文は話者「私」 が受益結果状態において発話される。 したがって、話者「私」の「てもらう」受益には、行為者や事態の生起前と生起後とい う、受益までの時間的局面を持つ。そしてそれが時間的に順序として行為者の行為や事態 を挟んで受益結果へ推移すると話者「私」に認識されていると考える。 話者「私」の受益の仕方は 3 通りあり、3 つの「てもらう」文のタイプに表現される。1 つは「働きかけてもらう」文、2 つ目は「思いがけずてもらう」文、3 つ目は「間接てもら う」文である。 「働きかけてもらう」文は、上司が「君にこの書類を明日までに作ってもら う」と言うような「てもらう」文である。話者は受影結果状態になることを、認知的な〈自 己投入〉によって想定し、その状態の実現のため働きかける。すると行為者が行為をして 2.

(3) それによって受益結果状態になるというものである。「思いがけずてもらう」文では、話者 の想定や働きかけは無く「不良にからまれていたところを、思いがけず通りかかった花子 に助けてもらった」というような文である。この発話時には、話者は既に受益をした結果 状態である。受益は花子の行為のお蔭であり感謝も感じられる。「間接てもらう」文とは、 話者が意図的に行為者や事態への働きかけができない、例えば「早く暖かくなってもらい たい」という自然現象等、その影響を受益と捉える文である。この文には実際の話者「私」 に向けた行為や作用は無い。話者は間接的心理的に、その実現結果による受益を想定して 期待したり、その事態を受益原因だと捉えてそのおかげで受益受益状態になったというこ とを「てもらう」で表現する。 以上の 3 つの捉え方を表す 3 つのタイプ「てもらう」文を、話者「私」の自然産出文か ら確認した。自然会話コーパスから 117 例、新聞から 124 例、計 241 例の「てもらう」文 を用例として、結果的には「てもらう」文は新たなタイプの「間接てもらう」文を加え、 4つのタイプに分類された。中では「働きかけてもらう」文が 192 例(79.7%)と最も多く、 このタイプが「てもらう」文の典型であることがわかる。新たな他者への〈自己投入〉に よる「間接てもらう」文が次いで 22 例(9.1%) 、 「思いがけずてもらう」文が 18 例(7.5%) 、 非関与の行為、事態からの「間接てもらう」文が 9 例(3.7%)であった。この「間接ても らう」文はさらに、受益前の発話と受益後の発話に分けられる。これらは本研究での「て もらう」文で考えた話者「私」の受益の仕方が確認できたことを意味している。 さらに、本研究での考え方である「話者『私』が行為者の行為や事態の生起を境に<受 益未実現時>と<受益既実現時>を分けて、しかし連鎖して受益結果へのプロセスとして 認識している」ということが、用例によって確証された。それは、「てもらう」に伴われる 文末表現の種類と、複文従属節に「てもらう」が現れる時の接続表現の種類の特徴である。 話者「私」が<受益未実現時>に「てもらう」と発話していることを表す「てもらいた い」の出現頻度が「てもらう」文全体の 31.6%を占め、また「してもらった」12.8%、 「し てもらっちゃった等」9.8%(計 22.6%)という<受益既実現時>を表す文末表現の割合と なっている。また、条件節「してもらえば」「て節」「してもらって、~したい」という< 受益未実現時>の複文「てもらう」文、「て節」「してもらって~した」という<受益既実 現時>の複文「てもらう」文は、<受益未実現時>と<受益既実現時>の認識があり、さ らにそれらが<受益未実現時>から<受益既実現時>へと受益結果達成に向けて連鎖した プロセスとなっていることを表している。その切り替えは、行為者の行為や事態を介して 行われている。 このことから、本研究では次のことを考察した。1 つは、話者「私」の受益が受益結果想 定という仮想的受益体験から始まり、実際の行為や事態の生起を経て話者「私」が受益結 果状態になって帰結するという、再帰的な受益のプロセスが<受益未実現時>の話者「私」 の「てもらう」受益認知にあることである。これを〈想定プロセス〉と名付けた。2 つ目は、 話者「私」の受益というプラスの結果状態は、行為や事態という話者「私」にとっての受 3.

(4) 益原因の影響結果であるとして、話者「私」は認知として結果から受益原因を<受益既実 現時>に顧みるプロセスを持っているということである。これを〈顧みプロセス〉と名付 けた。 〈顧みプロセス〉は時間順では〈想定プロセス〉と逆向きに受益原因を辿って話者「私」 の受益結果と関与づけている。このことは、 「てもらう」受益の中に、因果関係が含意され ており、 〈顧みプロセス〉は話者「私」の受益の因果プロセスであるということである。 〈想 定プロセス〉では、これから受益するための受益原因として行為者の行為や事態の生起に 期待したり働きかけたりして、その生起を原因として受益結果の話者「私」になる。これ もやはり、時間的なプロセスとしてだけでなく、受益の因果プロセスであると言える。 抽出用例から分類される4つのタイプの「てもらう」文は大きくこの<受益未実現時> から<受益既実現時>までの〈想定プロセス〉を持っているか、<受益既実現時>から〈顧 みプロセス〉によって原因を顧みているか、という二つのプロセスのどちらかを辿ってい ると考察した。3 つ目は、 「間接てもらう」文について、このタイプはあくまでも話者「私」 への直接的な受益原因からの作用は無い。しかし、話者「私」が非関与の行為や事態を受 益原因としてそこからの受益を「てもらう」と表現できるのは、話者「私」が〈想定プロ セス〉や〈顧みプロセス〉によって非関与の行為や事態を自らと関与づけるからである。 これらのプロセスの枠組みに沿う事で、非関与の事でも受益原因とみなすことができると 考えられる。 さらに、4 つ目として話者「私」は〈想定プロセス〉でも〈顧みプロセス〉でも、受益結 果状態の話者「私」を起点と着点にして「てもらう」という受益を捉えているということ である。 〈想定プロセス〉は、話者「私」が想定した受益結果状態に始まり受益結果状態の 実現に終わるプロセスである。〈顧みプロセス〉の典型は、実際に行為や事態が話者「私」 に及ぶ「思いがけずてもらう」文と「働きかけてもらう」文であり、 「思いがけずてもらう」 文では、受影原因である花子の行為は、受益前の不良に絡まれている私という、マイナス 状態の「私」に遡る。また、 「働きかけてもらう」文でも、受益結果状態を想定するだけの 「私」という受益をまだしていない「私」に遡る。いずれも「私」から始まり、 「私」に終 わるプロセスのひとまとまりと言える。このように、「てもらう」と表現する話者「私」に は、話者「私」の受益結果は二つのプロセスによって受益原因を介しつつ、ひとまとまり に「私の受益」と認識されている。これを、本研究では話者「私」の受益の「認知過程」 とする。 以上を考察として、研究目的に対する回答を結論としてまとめた。 研究目的の第1点目は、 「発話の話者がどのように授受の事態を捉えるために、1つの表 現形式『てもらう』で働きかけも受けることも表せるのか」ということである。 話者「私」は自らの受益を、受益結果に至る時間的因果的プロセスを含意して捉えてい る。<受益未実現時>には話者「私」は〈想定プロセス〉によって受益結果を仮想体験し てみて、その実現を期待して行為者に働きかける。 「てもらう」文の使役的意味は、この部 分である。一方、<受益既実現時>には話者「私」は変化結果状態になってから、〈顧みプ 4.

(5) ロセス〉によって自らの受益を顧みる。そして受益は行為者や事態の影響を受けた結果で あると捉える。受身的意味はこの部分である。いずれの「てもらう」文も、話者「私」の 結果的受益状態から捉えた話者「私」の受益プロセスのそれぞれの局面である。そのため、 話者「私」の「てもらう」と表現する受益の中でそれぞれの部分の意味を持つということ になる。 第2点目は、 「日本語話者はなぜ他者の行為とそれを受けることを『てもらう』によって 1つの文で表現するのだろうか」ということである。 その回答は、話者「私」の受益は、受益原因と受益結果とが二種類のプロセスによって関 与づけられてひとまとまりとして把握されているからである。「働きかけてもらう」文も、 「書類を作ってもらいたい」という<受益未実現時>の〈想定プロセス〉でも、 「書類を作 ってもらった(て助かった) 」という<受益既実現時>の〈顧みプロセス〉でも表現できる。 この二つのプロセスの辿り方は逆であるが、全体としてひとまとまりに話者「私」の受益 として捉えられている。話者「私」の「てもらう」という受益は、結果だけではなく、ま た働きかけだけでもない。受益を原因行為者や事態をプロセスの中に必須の要素として介 したひとまとまりに認識して捉えているため、 「私」の 1 つの受益事態把握であり、1 つの 表現形式「てもらう」で表現できるのである。 話者「私」の受益の〈事態把握〉における「認知過程」では、日本語話者「私」の〈自 己・中心的〉な〈事態把握〉によって、発話の話者の自分の受益事態と捉える。 〈想定プロ セス〉は日本語話者の認知操作の〈自己投入〉によって可能になる。また、他者への〈自 己投入〉という間接的な「てもらう」文もある。さらに、 「会社に育ててもらった」という ような、間接的な影響結果から受益できるのも、話者「私」が受益を体験的に捉えて、そ の原因を積極的に自己と関与づけるからである。受益結果からの〈顧みプロセス〉は、今 は見えない受益原因を思考回路として辿る。このような結果からその原因を辿る思考回路 は、他にも日本語に特徴的な「のだ」文にも「ている」の結果残存用法にも見られるとい うことである。2 本研究の授受動詞「もらう」の補助動詞的用法の考察において、 「てもら う」は日本語母語話者の受益のこのような「認知過程」を含意していることから、日本語 母語話者の「受益〈事態把握〉 」の表出に必要な表現形式であるということが言えることが 明らかとなった。 資料 【コーパス】 現代日本語研究会(1999) 『女性のことば・職場編』ひつじ書房 現代日本語研究会(2002) 『男性のことば・職場編』ひつじ書房 【新聞】 2011 年 3 月 12 日から 2011 年 4 月 20 日までの朝日新聞朝刊と夕刊、号外から本論筆者が 2. 角田(2004) 、生越(2009) 。 5.

(6) 「てもらう」を運用した文を抽出。 参考文献 池上嘉彦(2004)「言語における〈主観性〉と〈主観性〉の言語的指標(1)」『認知言語学 論考』No.3 ひつじ書房 pp.1-49 池上嘉彦(2006)『英語の感覚・日本語の感覚<ことばの意味>のしくみ』日本放送出版 協会 NHK ブックス[1066] 池上嘉彦(2007)『日本語と日本語論』筑摩学芸文庫 筑摩書房 池上嘉彦(2011)「日本語の主観性・主体性」『ひつじ意味論講座 第 5 巻 主観性と主体 性』 ひつじ書房 pp.49-67 生越直樹(2009)「コラム. テンス・アスペクト」池上義彦・守屋三千代編『自然な日本. 語を教えるために―認知言語学をふまえて』ひつじ書房 pp.111-112 澤田. 淳(2006)「ヴォイスの観点から見た日本語の授受構文」上田功・野田尚史編『言 外と言内の交流分野』大学書林 pp.253-263. 角田三枝(2004)『日本語の節・文の連接とモダリティ』くろしお出版 山田敏弘(2004)『日本語のベネファクティブ-「てやる」「てくれる」「てもらう」の 文法』明治書院 山本裕子(2006)『方向性を持つ補助動詞の意味と機能』名古屋大学大学院博士論文. 6.

(7)

参照

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