難分解性多糖類分解酵素を生産する好塩性古細菌の
探索とそれらが生産する好塩性酵素の精製及び諸性
質解析
著者
榎本 茂朗
学位授与大学
東洋大学
取得学位
博士
学位の分野
理工学
報告番号
32663甲486号
学位授与年月日
2021-03-25
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00012783/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja1
学位論文請求要旨
46D0171001 榎本 茂朗難分解性多糖類分解酵素を生産する好塩性古細菌の探索と
それらが生産する好塩性酵素の精製及び諸性質解析
極限環境に生育する微生物は、低温や高温、酸性、アルカリ性、高 NaCl 濃度 などに適応した生物であり、それらが生産している酵素も同様の機能を備えて いる。そのため、新規の極限環境微生物ならびに極限酵素を取得し解析するこ とは、新規の遺伝子資源や微生物資源として、研究分野のみならず工業分野に おいても重要である。 生物は分類学上、細菌、古細菌、真核生物に分類され、好塩性古細菌は古細菌 ドメインに属し、これらの中でも最大数のグループである。これらは高塩濃度 環境から分離され、これらが生産する酵素の精製や諸性質解析に関する報告例 は少ないものの、高塩濃度条件下に対して耐性があるだけでなく、熱安定性に 優れている(Minegishi et. al., 2015)ほか、有機溶媒に対して安定であるもの (Fukushima et. al., 2005)も報告されており、研究対象として有望である。ヒトの消化酵素で分解できない難分解性の多糖類は、栄養素として利用でき ないことから非栄養素とみなされてきたが、近年の研究により、その生理作用 からヒトにとって有益なものであることが認知されつつあり、それ自体だけで はなく、その分解物に関しても研究が盛んになっている。多糖類を分解して生 産されるオリゴ糖は様々な分野で活用されているものの、由来は同じでも糖の 結合数によりその性質は大きく異なる。これらは化学合成的に生産することは 難しく、そのほとんどが酵素処理により生産される。 よって、産業的利用価値が高いと考えられる好塩性酵素を発見し、これらによ る多糖類分解により、あらたな産業分野開拓の足がかりになることが期待され ている。
2 第 1 章 「序論」 本章では極限環境微生物、特に好塩性微生物ととそれらが生産する極限酵素 の概要、難分解性多糖類の定義および用途について記述した。 第 2 章 「マンナンを分解する好塩性古細菌の探索」 マンナンは D-マンノース重合体の総称で、α-マンナンと β-マンナンに大別さ れる。β-マンナンは、セルロース、ガラクトース、キシロース、アラビノース などと共に、再生可能資源として自然界に大量に存在しているが、そのほとん どは未利用である。マンナンの利用分野は、ほぼ食品と化粧品に限定されてい るが、マンナンにマンナン分解酵素を作用させて得られるマンノオリゴ糖には、 腸内フローラ改善作用が報告されており、栄養学的見地からも生活習慣病の改 善に有効である。 マンナン分解酵素は、非食糧バイオマスの糖化・発酵に欠かせない酵素に位 置付けられており、例えば、草木由来バイオ燃料生産への応用が試行錯誤され ている。 国内産の市販塩 205 種類を分離源とし、NaCl 3.24 M 程度を含む 16 種類の寒 天培地でマンナンの 1 種であるローカストビンガムを分解する微生物のスクリ ーニングを行った。その結果、27 株の候補株の取得に成功し、MD121-1 株、 MD121-3 株、MD121-C 株、MD121-R 株、MD121-W 株および MD130-1 株の 6 株において高い活性が見られた。これらの粗酵素の性質解析を行った結果、い ずれも NaCl 濃度 1.5 M 以上、65-70°C、弱酸性域で最大活性を示した。このう ち、MD130-1 株由来の粗酵素は飽和塩濃度付近でも 50%以上の活性を示し、他 方 0.5 M 付近でも 50%以上の活性を維持する性質を示した。また、16S rRNA 遺 伝子塩基配列による相同性解析の結果、6 株すべてが Haloarcula 属であった。 分離株の中でもMD130-1 株は新規性が高く、新種の可能性が示唆された。 第 3 章 「キチンを分解する好塩性古細菌の探索」 キチンは菌界や植物界、動物界にわたり広く存在している多糖類である。そ の構造は N-アセチル-D-グルコサミンが重合した基本骨格を持ち、その結合様 式により α-1,4 様式の α-キチン、β-1,4 様式の β-キチン、そしてこれらの混合様
3 式からなる γ-キチンがある。キチンの分解物は、医療分野や化粧品分野利用さ れている。 α-キチンを分解する酵素には、キチン鎖の内部の結合をランダムに切断する エンド型キチナーゼと、末端から順に切断して N-アセチルグルコサミンを遊離 させるエキソ型キチナーゼが知られている。わが国のキチン消費量は約 600 t/ 年であり、これらを効率よく分解するために、優れたキチン分解酵素の発見が 期待されている。 第 2 章の国産市販塩 205 種類に加えて、輸入市販塩 440 種類を使用してスク リーニングを行った結果、寒天培地上でコロイダルキチン分解活性を示す微生 物を 7 株取得した。このうち、フランス産の天日塩から分離した MC-74 株の培 養上清中に高いキチン分解活性が検出されたため、粗酵素の性質を調べた。そ の結果、MC-74 株の粗酵素は、NaCl 濃度 2.5M で最大活性を示し、飽和塩濃度 付近でも 70%以上の活性を示したが、1.0 M では 20%以下に低下した。また温 度 50°C、pH 5.5-7.0 付近で最大活性を示した。好塩性古細菌から報告された Halobacterium salinarum NRC-1 株由来のキチン分解酵素とは異なる性質を示し ていた。また、16S rRNA 遺伝子塩基配列による相同性解析の結果、MC-74 株 は、近縁種の Salinarchaeum laminariae JCM 17267T (AB771437)と 99.3%の相同 性を示し、最も近縁である Salinarchaeum laminariae JCM 17267Tにキチン分解 酵素生産能の報告が無いことから、MC-74 株は、生物系統的に新規性が高いと 推測された。 第 4 章 「難分解性多糖類を分解する好塩性古細菌の分類学的解析」 微生物は高等生物に比べて、形態的な特徴が乏しいため、分類同定には、本 質的な指標を用いなければならない。好塩性古細菌では新種記載のために 1997 年 に Oren らによって国際細菌命名規約 30b に従って, その最小基準として “ Proposed Minimal Standards for Description of New Taxa in the Order Halobacteriales”が提唱され、これに基づいて分類同定されている。
第 2 章において石川県「奥能登海の塩」から分離されたマンナン分解活性を 有する MD130-1 株は、16S rRNA 遺伝子塩基配列に基づく系統解析の結果、
4 ったので、これらとの性質比較を行った。 各種同定試験の結果、MD130-1 株と Har. japonica JCM 7785 Tは亜硝酸還元能並 びにインドール生産能、複合炭素源として neopeptone の資化性、単一炭素源と して L-arabinose、D-cellobiose、D-glucose、D-lactose、D-raffinose、sodium citrate、 L-alanine、sodium L-aspartate、D-xylose の資化性、ローカストビーンガムの分解 能でそれぞれ違いがみられた。 MD130-1 株と Har. hispanica JCM 8911 Tは、硫化水素生産能やインドール生 産能、複合炭素源のmalt extract と neopepton の資化性、単一炭素源の L-arabinose、 D-galactose、D-lactose、sodium citrate、alanine、arginine chloride、sodium L-malate、sodium succinate、sodium fumarate の資化性、抗生物質感受性試験では、 piperacillin tazobactam、オキシダーゼ試験、分解能試験では澱粉、ゼラチン、 Tween 80、 ロ ー カ ス ト ビ ー ン ガ ム で そ れ ぞ れ 違 い が み ら れ た 。 ま た 、 分 離 株 MD130-1 株は膜脂質中に Haloarcula 属に特有の TGD-2 を有していることが明 らかとなった。以上のことから、分離株 MD130-1 株は、Haloarcula 属の新種で あると判断した。名前はマンナンを分解するという意味から”mannanilytica” と命名して、新種 Haloarcula mannanilytica として提唱し、2020 年に正式に学名 として認められた。 第 3 章においてフランスの天日塩「イル ド レ ベルルドセル」から分離され たキチン分解活性を有するMC-74 株は 16S rRNA 遺伝子塩基配列に基づく系統 解析の結果、好塩性古細菌である Salinarchaeum laminariae JCM 17267 Tと近縁 であった。
MC-74 株と Saa. laminariae JCM 17267 Tは単一炭素源では、D-cellobiose、glycerol、 ribitol、D-sorbitol、sucrose、sodium acetate の資化性、抗生物質感受性試験では piperacillin tazobactam、penicillin G、polymyxin B による感受性、カタラーゼ試 験、オキシダーゼ試験、スキムミルク分解能にそれぞれ違いがみられた。以上 の こ と か ら 、 分 離 株 MC-74 株は、Salinarchaeum 属に属する菌株であること
Salinarchaeum 属の既知菌株との差異が認められることから、Salinarchaeum 属
に 属 す る 新 種 で あ る と 判 断 し た 。 名 前 は キ チ ン を 分 解 す る と い う 意 味 か ら”chitinilyticum”と命名して、新種 Salinarchaeum chitinilyticum として提唱し、 2017 年に正式に学名として認められた。
5 第 5 章 「MD130-1 株が生産するマンナン分解酵素の精製とその諸性質解析」 化学合成従属栄養生物は、糖やアミノ酸などの有機化合物を菌体外から菌体 内に輸送して生育する。酵素を菌体外に放出して、多糖類等の細胞膜を透過で きない巨大分子を、細胞膜を通じて輸送できるサイズに加工する。巨大分子か ら低分子を効率的に生成するための生存戦略は微生物ごとに多様である。 第 2 章で得られたマンナン分解酵素生産菌 MD130-1 からマンナン分解酵素 を生産し、2 種類のカラム操作(疎水性カラムならびにハイドロキシアパタイ トカラム)により精製酵素 Man130 を得て、酵素学的諸性質を解析した。Man130 は、ガラクトマンナンとグルコマンナンに対して分解活性を示し、CMC を基質 とした場合には β-1,4 グルカナーゼ活性を示さなかった。したがって本酵素は マンノース間のβ-1,4 結合を特異的に認識するマンナン分解酵素と判断された。 精製酵素の SDS-PAGE から推定される Man130 の分子量は約 55 kDa と見積も られた。 NaCl 濃度 1.5 M で最大活性を示し、1.0-3.0 M の広い領域で 80%以上の活性 を示した。飽和塩濃度付近においても 50%以上の活性を示し、他方で NaCl を ほとんど含まない溶液中でも約40%の活性を維持することができた。温度 70℃ 付近で最大活性を示し、60℃の条件では、最初の 30 分間までに残存活性が 80% まで低下するものの、以後 60 分まで活性の低下がほとんど見られなかった。さ らに Ca2+イオンの添加により耐熱性は向上した。50%濃度のエタノール及びア セトンに 60 分間暴露しても活性はほとんど低下せず、さらに 10%有機溶媒は 活性にほぼ影響を与えず、有機溶媒耐性に優れていた。弱酸性領域で良く働き、 pH 4.5-6.5 の幅広い範囲で 80%以上の活性を示した。また、活性の発現に二価 金属イオンを要求せず、Fe3+、Co2+、Ni2+、Mn2+、Zn2+イオンによる活性阻害を 受けなかった。 本研究で発見したマンナン加水分解酵素は、塩濃度によらず少なくとも 40% 以上の活性を発現できる点で、一般的な好塩性酵素とは異なる。好塩性古細菌 由来の好塩性酵素は、酵素活性の維持に 1.5 M 以上の NaCl を要求するため、大 腸菌その他のタンパク質高発現系を利用することができない。タンパク質のフ ォールディングに NaCl を要求しない Man130 は、大腸菌によって組換えタンパ ク質を大量生産できる可能性がある。
6 第 6 章 「総括」 難分解性多糖類分解酵素を生産する好塩性古細菌の探索とそれらが生産する 好塩性酵素の精製及び諸性質解析研究における意義を総括した。 まとめ 本研究では、好塩性酵素としてほとんど報告例がない、甲殻類の主成分であ るキチンおよびこんにゃくなどに含まれるマンナンを分解する酵素に着目して 研究を行った。市販塩を微生物の分離源として利用し、産業的に有用である難 分解性多糖類分解酵素生産菌の取得及び、それらの酵素を精製し、その諸性質 解明に成功した。 本研究の結果から以下のことを示すことが出来た。 1. 市販塩より難分解性多糖類の 1 種であるマンナンを分解する好塩性古細菌 を多数分離した。 2. 市販塩より難分解性多糖類の 1 種であるキチンを分解する好塩性古細菌を 多数分離した。 3. 石 川 県 産 天 日 塩 か ら 分 離 し た マ ン ナ ン 分 解 活 性 を 有 す る 好 塩 性 古 細 菌 MD130-1 株を新種 Haloarcula mannanilytica として提唱し、正式に学名とし て認められた。 4. フランス産天日塩から分離したキチン分解活性を有する好塩性古細菌 MC-74 株を新種 Salinarchaeum chitinilyticum として提唱し、正式に学名として認 められた。 5. MD130-1 株が生産する好塩性マンナン分解酵素を精製し、その諸性質を解 析した。