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Vol.68 , No.1(2019)056彭毛 才旦「チベット仏教における『入中論』6.34の解釈」

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Academic year: 2021

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(1)

印度學佛敎學硏究第68巻第1号 令和元年12月 (212) ― 337 ―

チベット仏教における『入中論』

6.34

の解釈

彭 毛 才 旦

0

.問題の所在

チャンドラキールティ(Candrakīrti: ca. 600–650)はMA (Madhyamakāvatāra)6.34に おいて,事物の存在が自相に基づくとするならば空性が事物を破壊する原因とな り,世俗諦は論理による考察に耐えることになると述べ,その見解を否定してい る.ここでチャンドラキールティが批判対象としているのは如何なる学派である かという問題について,チベットには少なくとも二つの解釈がある.ゲルク派の 祖ツォンカパ(Tsong kha pa: 1357–1419)は言語的慣習(tha snyad)において自相によ る成立(rang gi mtshan nyid kyis grub pa)を認める自立論証派がここでの批判対象で

あると主張する.これに対し,サキャ派のシャーキャ・チョクデン(Shākya mchog ldan: 1428–1507)はMA及びその自 を根拠にツォンカパの主張を否定し,チャン ドラキールティが批判対象とするのは唯識派であると主張する.シャーキャ・ チョクデンのツォンカパ批判から浮かび上がる彼の見解は,自立論証派と帰 論 証派の間に思想的相違を認めないという点で特徴的であり,チャンドラキール ティの中観思想を理解する上で重要な視点を与えるものとなる.本論文では

シャーキャ・チョクデンのDbu ma rnam ngesに論じられる自相の問題に着目し,

ゲルク派の解釈と比較しながら,シャーキャ・チョクデンによるMA 6.34の解釈 を明らかにする. 1

.ゲルク派による

MA 6.34

の解釈

チャンドラキールティはMA 6.34で,「もし〔事物が〕自相に基づいて存在す るならば,それ(自相)を損減することによって事物が消滅することになるので, 空性が事物を破壊する原因となるはずであるが,それは合理的ではい」と述べ る.ツォンカパのLegs bshad snying po (104a1–3)によれば,チャンドラキールティ は自相を認める自立論証派を批判しており,自身は世俗においてすら自相を認め

(2)

(213)

― 336 ―

チベット仏教における『入中論』6.34の解釈(彭 毛)

ないことを主張しているという.ケードゥプジェ(Mkhas grub rje: 1385–1438)は ツォンカパに従ってこの詩節における批判対象が自立論証派であることを主張 し,批判対象を唯識派とするロントゥン(Rong ston: 1367–1449)の見解を批判して いる(Nges don rnam nges 73a6–b3; Stong thun chen mo 91b1–2).ケードゥプジェによれば, そもそも実在論者は「一切法無自性」の真理を認めず,それを証得する聖者の智 慧も認めないので,実在論者が批判相手であれば『入中論』の言明が論証として

成立しないことになる.さらに,彼の理解によれば,[1]事物が自相によって成

立すること,[2]事物が実在としては成立しないこと(bden par ma grub pa)を共に

認める学派は自立論証派以外になく,したがってMA 6.34における批判対象は唯 識派ではあり得ない. 2

.サキャ派による

MA 6.34

の解釈

シャーキャ・チョクデンはツォンカパ批判書として知られる大著Dbu ma rnam ngesの中で,上述のツォンカパの解釈はチャンドラキールティの意図と一致しな いと指摘し,彼自身の見解を次のように述べている. 【問】ならば,〔『入中論自 』では〕如何なる見解が説かれるのか.【答】ナーガールジュ ナ足下の意図を唯識として解釈する大 釈家(大馬車)達は〔次のように〕言う. 中観派が自説として認める諦は二つある.世俗諦と勝義諦である.第一(世俗諦)は依 他起性なるものである.第二(勝義諦)は円成実性である.〔他方,そのいずれでもな い〕遍計所執性は世俗においても実在するものではない.なぜならば自相によって存在 しないからである.それゆえ,軌範師(ナーガールジュナ)のその四辺生の否定もま た,遍計所執性に関連するのであって,依他起性に関連するのではない.なぜならば, 依他起性なる事物が自身とは異なる実体である原因から生ずることは,知覚と推理のプ ラマーナによって確立されるからである.したがって,世俗諦は中観派自身の論理に よって考察した上で措定されるものである. このように論じる彼らを聖言と論理によって批判するために〔チャンドラキールティは〕 『もし自相〔に基づくならば〕云々』の三詩節を説いている.(Dbu ma rnam nges 49a2–6

ナーガールジュナの思想を唯識として解釈するのはダルマパーラ(Dharmapāla:

530–561)やラトナーカラシャーンティ(Ratnākaraśānti: 10–11th c.)などである.彼ら は,依他起性なる事物が自身と異なる実体である原因から起こると主張し,その 点 で「他 か ら の 生 起」 を 認 め る. 彼 ら に よ れ ば, ナ ー ガ ー ル ジ ュ ナ が

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(214) ― 335 ― チベット仏教における『入中論』6.34の解釈(彭 毛) れとしても存在しない遍計所執性に関連する批判であって,依他起性の否定を意 図したものではない.このように依他起性の世俗における実在性を説く唯識派こ そがMA 6.34の批判対象であるとシャーキャ・チョクデンは考える.さらに,続 く箇所でシャーキャ・チョクデンはヴァスバンドゥ(Vasubandhu: ca. 320–400/400– 480)作VyY(Vyākhyāyukti)第4章の一節(109b7–110a5)に見られる中観派の世俗観 に対する批判を紹介し,「業と異熟は世俗と実体のいずれとしても存在し,自相 に基づいて成立する」というのが彼の主張であることを示している.こうした見 解もMA 6.34の批判対象となっているとシャーキャ・チョクデンは理解する (Dbu ma rnam nges 49b5).

次に,同じサキャ派のコラムパ(Go rams pa: 1429–1480)は次のように主張する. 仏教内部で空性の見解を持たない学派は存在しない.毘婆沙師と経量部によれば 空性とは人無我のことであり,唯識派によれば空性とは依他起が遍計所執を欠く ことである.中観派の見地から「実在論者」とみなされる唯識派が空性を認めな いということにはならない.当然ながら唯識派は,空性を証得する聖者の智慧も 認める.よって,同派をMA 6.34での批判対象とみなすことに不合理性はない

Nges don rnam nges 73a6–b1).コラムパはこのようにケードゥプジェの見解を批判 し,自分の考えを確立しようとする.さらにコラムパによれば,チャンドラキー ルティは「依他起は自相によって成立する」および「聖者の三昧に依他起は顕現 しない」という二つの承認事項の矛盾を指摘していることから,この二点を主張 する学派が批判対象となる.また,その批判対象となる学派は,勝義において

「他からの生起」を承認する者である.以上より,コラムパはMA 6.34における

批判対象が唯識派であることを証明している(Nges don rab gsal 116a4–6). 3

.ゲルク派によるサキャ派への再批判

ゲルク派でこの問題に関して最初に再批判を行なった人物はジャムヤン・ガロ (Jam dbyangs dga blo: 1429–1503)であろう.彼は自身の 釈においてMA 6.34におけ る批判対象は,世俗において「他からの生起」と「自相による成立」の両方を認 める学派,すなわち自立論証派に他ならないとする(Dbu ma la jug pa i gzhung grel 53.17–19).その後,セラ・ジェツンパ(Se ra rje btsun pa: 1469–1546)はシャーキャ・

チョクデンとコラムパをそれぞれ批判し,MA 6.34における批判対象は自立論証

派であることを主張している(Lta ba ngan pa i mun sel 464.5–16).セラ・シェツンパ は,MA 6.34において批判対象となっているのは,世俗において「他からの生

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(215) ― 334 ― チベット仏教における『入中論』6.34の解釈(彭 毛) 起」を認め,勝義においてそれを否定する者であることから,自立論証派である と主張する. ゲルク派とサキャ派の解釈の違いは,批判される「自相による成立」をいずれ の学派の説とみなすかという教義的な理由から生じたものである.自立論証派と 帰 論証派の間に思想的相違を認め,「自相による成立」という実在論的観念を 前者に見出すゲルク派によれば,批判対象は自立論証派に他ならないが,その相 違を認めないサキャ派によれば,批判対象は唯識派である.この論争の中心にあ るのは,中観二派の存在論の相違を認めることが可能かという問題である. 〈略号および一次資料〉

MA Madhyamakāvatāra (Candrakīrti): Li Xuezhu, ed. 2015. Madhyamakāvaārakārikā Chapter 6. Journal of Indian Philosophy 43: 1–30.

VyY Vyākhyāyukti (Vasubandhu): D. Sems tsam, śi. Tohoku No. 4061.

Dbu ma la 'jug pa'i gzhung 'grel ( Jam dbyangs dga ba i blo gros). 'Jam dbyangs dga' ba'i blo gros kyi

gsung 'bum. vol. 1. Lhasa: Ser gtsug nang bstan dpe rnying tshol bsdu phyogs bsgrigs khang, 2009.

Dbu ma rnam nges (Gser mdog paṇ chen shākya mchog ldan).The Complete Works gsuṅ 'bum of Gser mdog paṇ chen shākya mchog ldan. vol. 14. Reprint, Delhi: Jayyed Press, 1988

Legs bshad snying po (Tsong kha pa).Drang ba dang nges pa'i don rnam par 'byed pa'i bstan bcos legs bshad snying po. Zhol par ma, pha. Tohoku No. 5396.

Nges don rab gsal (Go rams pa).The Collected Works of Kun mkhyen go bo rab 'byams pa bsod nams seng ge. vol. 5. Dehradun: Sakya College, 1979.

Nges don rnam nges (Rong ston shes bya kun rig) Rong ston chen po'i bka' 'bum. vol. 6. Skye dgu mdo: Gangs ljongs rig rgyan gung rab par khang, 2004.

Stong thun chen mo (Mkhas grub rje).Zab mo stong pa nyid kyi de kho na nyid rab tu gsal ba'i bstan bcos skal bzang mig 'byed. Zhol par ma, ka. Tohoku No. 5459.

〈キーワード〉 チベット仏教,『入中論』6.34

参照

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