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北京の旧城区における「有機更新」に関する研究 [ PDF

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Academic year: 2021

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(1)北京の旧城区における「有機更新」に関する研究 --菊児胡同を対象として. 郭. 然. 1. はじめに. には貴族所有の四合院も国所有になった。住宅不足を. 1-1.研究の背景・目的. 補うために四合院が家のない人々に貸し出された。こ. 北京市は元の時代から続く歴史名城であり、北京の. れにより四合院の中は血縁関係を持たない複数の世帯. 注1. 旧城区 には歴史ある建築が数多く残されている。四. が同居する状態となった。1976 年に唐山大地震が起こ. 合院(シゴウイン)は中国の伝統的家屋建築であり,. ると、家を失った人々を安置するために、旧城区の四. 中国文化の代表の一つと言われ、深い歴史を持ってい. 合院の中で仮設小屋を作っていた。四合院は次第に雑. る。しかし、文化大革命の発生に伴い、多くの四合院. 院化注3していった(Fig.1)。. が取り壊された。1990年以降、経済の発展による不動. 雑院化した四. 産開発が急速に進み、北京の旧城区で広範囲にわたる. 合院住宅につい. 大規模な整備プロジェクトが行われた。その結果、北. て、老朽化は激. 京市の文化遺産は消失の危機に直面している。一方で、. しく、インフラ. 北京市政府はその問題に対する国レベルの保全制度と. の更新も遅れ、. して国家歴史文化名城制度を発足された。. 住環境の早急な. 1970年代、欧米におけるディベロッパ主導の大規模. 改善が望まれて. な整備計画は次第に小規模な漸進式の更新計画に取っ て代わられた. いる。. 1). 。近年北京の旧城区にも次第に小規模. Figure 1「雑院化」の四合院平面の変化. な整備に転向してきた。建築家達は伝統建築と現代都. 1949年以降、北京の旧城区には1700万m2余りの建物. 市の共存の方法を探索している。本研究では、北京の. があり、その中、住宅は1100万m2を占め、ほとんどは. 旧城区における「有機更新」の事例として菊児胡同(ジ. 一階建てである; 1974年~1986年の12年間の統計によ. ゥエフートン)プロジェクトを挙げ、整備のプロセス. ると:旧城区の新築住宅は700万平米であり1)、このよ. を分析し、伝統的な四合院の要素を新しく計画する集. うな大規模の建設は、旧城区の環境に対し破壊をもたら. 合住宅に継承する方法について考察することを目的と. した。1990年4月、北京市政府は第八回政府常務会議で、. する。. 全市範囲内で大規模な「危旧房注4」整備の実施が決定さ. 1-2.研究の方法. れた。1991年まで、全市は120個の「危旧房」整備区を. 北京の旧城区における四合院整備の過程と現状につ. 確定した。1992年、不動産産業が興起し、大型の商業性. いて文献を参考し、及び菊児胡同プロジェクトの必要. 不動産開発プロジェクトは「危旧房」整備の規模の迅速. な図面や資料を収集した。. 拡大をもたらしたのである。. 新四合院の設計理念と持続可能なデザイン手法を分 析し、「有機更新論」と「住宅合作社. 3.菊児胡同プロジェクト. 注2. 」の価値につ. 1986年 、菊児. いて考察する。. 胡同(Fig.2)は北. 2011 年 7 月と 9 月に現地調査を行い、菊児胡同と周. 京の「危旧房」整. りの写真撮影を行った上で、居住者や関係者へのヒア. 備区に指定され、. リングを行った。竣工してから 21 年後の菊児胡同の現. 翌年、41号院は試. 状と住民の居住状況について調査と分析を行う。. みとして選定さ. 2.北京の旧城区における四合院整備の背景 れた。清華大学の Figure 2 菊児胡同地域. 1949年以降、多年の戦争を経て、人々の生活が苦し. 呉良鏞教授は設計担当者として、四合院住宅の大規模. く、国の財政も厳しく、社会性質の変化により、過去. 24-1.

(2) 更新による弊害に対して,「有機更新論」を提唱し、. 実行性により、「開発単元」を分割実施する。. 「新四合院」システムを提案した。. c.新しい住宅はすべて「新四合院」の形式で設計して. 3-1.プロジェクトの概要. いる。元の「胡同―四合院」体系をそのまま保留す. 菊児胡同は北京二環路の内、南鑼鼓巷の最北の胡同. ると同時に、マンションと四合院のメリットを合わ. であり、全長438mで、面積は8.28haである。. せた。. 菊児胡同プロジェクトは全部の工事は三期に分けら. d.「新四合院」の高さは基本的に2-3階あり、一部は. れ(Fig.3)、第三期工事は開発業者が資金の不足ため、. 屋根裏部屋と地下室も設計されていて、伝統の建築. 旅館棟だけが完成され、他の建物は未実施である。. 様式、色彩、材料を保ちつつ、創造性もある。 e.「新四合院」は経済的合理性の追求を目指し、居住. 区の発展に関する一連の探索を試みた。例えば、住 宅制度改革、「住宅合作社」等。 3-3. 「新四合院」システム 四合院は、「院子注 5」を中心とした建物群を一つず つのユニットとし,それを前後左右に自由に増やすこ とができる特徴を持っている。敷地の間口に余裕があ れば,縦方向の建築群を二列以上並べることができる。 さらに、奥行きに余裕がある場合は奥に向かって中庭 を重層的にいくつも連ねることが可能である。その限 られた空間は,複数の街区に区画される。 1978 年から、北京旧城の伝統的風貌と空間構成の継. Figure 3 菊児胡同プロジェクト配置図 a.第一期工事(甲院). 承するために、呉良鏞と専門家達は伝統四合院の特徴. 1989年10月から着工し、翌年の8月に竣工した。敷地. を生かせる中庭を持つ住居システムを研究し、各種の. 2. の面積は2090m である。7つの質が悪い四合院を取り. 敷地条件にも適当な新四合院システムを提案した。. 壊し、新しい住宅を46軒建てた。床面積は2760㎡であ. 「大通り、街区、胡同」の道路体系、「胡同--四合. る。. 院」体系と伝統的四合院の特徴によって、1987 年、呉. b.第二期工事(乙、丙、丁、戊、己院). 良鏞は新四合院システムの基本単位(Fig.4)を提案し. 1991年から着工し、1994年に竣工した。敷地面積は. た。それは、一定の数量の住民が一つの「院子」をめ. 1.027ha、床面積は1.7万㎡である。5つの合院、新築住. ぐって居住し、できるだけ高い容積率を得ると同時に. 宅を207軒建てた。. 住環境を改善. 3-2.菊児胡同における「有機更新論」の応用. する。この基. 呉良鏞は町が生命を持つ有機体としてみられ、次の. 本単位は多く. ように述べている。 「大規模な取り壊しと建設を止め、. の組み合わせ. 町の「新陳代謝」を通じて、順番を踏んで有機的な更. の可能性があ. 新をする。町の文化を守り、「死亡細胞」を取り除き、. り、それぞれ. 「新しい細胞」を更生させ、町の「ミクロ循環」を回. の大きさで組. 復し、古い建物の適切な再利用を図らなければならな. み合わせた新. 2). い。」 彼は既存住宅建築に対する現状による分別対. 四合院は取り. 処を主張する。. 壊しに伴う不. a.菊児胡同地域内の既存建物の質によって3種類に分. 整形になった. 類される:70年代以降建てられた家屋、質が高いた. 敷地に適用で. め、保留する;保存状況のいい四合院を補修し、再. きる。. 利用する;壊れ果てる「危旧房」を取り壊して建て. 3-4.「住宅合作社」の仕組み. 直す。. Figure 4 新四合院システムの基本単位. 菊児胡同住宅合作社は危旧房整備型住宅合作社であ. b.取り壊す予定の四合院の中で、塀の境界により「開. る。具体的に、住民から1平米の居住面積にあたる350. 発単元」を決める。一番破れた41号合院から経済の. 元の出金と、住民が所属している企業から1平米の居住. 24-2.

(3) 面積にあたる250元の出金と、残りの部分が区政府の補. らあらわれる。庭の空間は、人が出入りできる同時に、. 2). 助により、全部事業費を集めた 。. 人に観賞される空間でもある。多くの庭は側面の開放. 住宅合作社は地域コミュニティと政府の役割をはた. を通じて、庭の空間が他の空間とお互いに繋ぎ、交流. している。政府管理部門の旧城区整備の実施をサポー. を行うことができる。その繋ぎは道路、門、窓、廊下. トし、住民、開発業者と設計者を繋ぎ、交渉を行い、. などにより実現される。半屋外の階段、廊下と屋上の. 矛盾を解決し、改造プロジェクトの実施を促進する。. テラスは外部空間と室内との中間領域である。. 住宅合作社は、政府、企業と個人が共同負担で住宅. 4-1-3. 「新四合院」の道路体系. 投資を行う原則を使い、住民の住宅消費観の変化を促. 南鑼鼓巷は北京で一番古い町. 進し、住宅制度改革を促進したのである。. であり、南から北に一本の大通り. 国と会社の補助によって、合作社に参加する組合員. が貫通していて、東から西に続く. も一部のお金を出さなければならないため、改造に参. 8本の通りが平行に並び、典型的. 加する積極性が向上した。. な「魚骨式」の道路体系である。. 4.菊儿胡同の現状の考察. 新四合院は中国南方住宅の「避弄. 4-1. 菊児胡同の「新四合院」の空間. 注6. 」と「魚骨式」の胡同体系の特 Figure 7「魚骨式」の道. 4-1-1.閉鎖的な空間. 徴を継承し、通路を骨組みとして 路体系. 伝統的四合院は、中庭、正房、東西の廂房と倒座房. 構成された(Fig.7)。. によって構成される建築群である(Fig.5)。周りは住居. 4-2.住民の意見. 用の部屋で、真ん中は中庭であり、完全閉鎖的な居住. 菊儿胡同に現住民を対象とした調査に基づいて、主. 空間が構成される。「新四合院」は四面囲いの形式を. に以下の問題点が反映された。. 使っており、合院が外に対し、相対的に閉鎖的な状態. a.不満. になる(Fig.6)。 . 居住面積不足 調査によると、人々が住居環境に対する要求が大き. く向上したため、多くの住民が住居面積に対し、不満 を持っている。例えばリビングの面積が小さすぎて、 家具などはまったく置けられないのである。また、住 民は厨房とトイレの面積に対し、普遍的に不満を持っ ており、面積が小さすぎて、とても不便だと思ってい る。しかし、このような小面積のモデルは、単身ある. Figure 5 伝統的四合院. いはカップルに好まれている。. Figure 6「新四合院」の平面図. . 採光不足 四合院は四面囲いの形式を採用しているため、必然. 4-1-2. 開放的な空間. 的に東西向きの部屋が存在する。一階に住む住民から. 「新四合院」の開放性は庭の側面を開放することか. 屋外の障害物が多く、自然光が少ないという不満の声 が上がっている。 . 駐車スペース不足 住民たちの交通ツールは自転車から自動車へ変わり、. これは20年前では考えられないことである。そのため、 設計の時は、駐車場の問題を考慮していなかった。現 在、多く の車は 道路の 両側あ るいは Photo 1 開放的な空間. Photo 2 無断駐車. 24-3.

(4) 中庭にとまっているため、住民の公共スペースが占用. 環境を改善するためである。だんだんにその名声が大. されたのである。. きくなり、菊児胡同の値段が上がり、多くの富商、外. b.満足:. 国人が入居してきた。また、旧城区は便利な生活条件. 住民たちは、三階建ての新四合院は伝統的な四合院. が備えているため、地価も上昇しつつ、元の住民は部. の外部サイズと基本的に協調していると考え、新四合. 屋を賃貸し、あるいは部屋を売ることになった。菊儿. 院には伝統四合院の雰囲気が残っていると考えている。. 胡同新四合院は、2005年の売る値段は8000元/m2、2DK. 子供と年寄は庭で雑談、体の鍛えなどを行う。. の家賃は3000元/月であった。現在の売る値段は4万元. 4-3. 計画と現実の区別. /m2、2DKの家賃は1万元/月となっている。このような. 菊儿胡同が建てた後に、設計者は住民に対するアン. 危改地域事業は開発会社に巨大な利益をもたらし、危. ケート結果によると、54%の住民はテラス、バルコニ. 改の初心にある程度に反したのである。. ー、庭を貯蔵スペースとして利用されていて、ただ18%. 5.まとめ. 2). の住民は休憩、娯楽の場所として利用されていた 。. 近年、中国では人口密度は絶えずに増長し、住宅区. この現象は現在の実際現状にも続いて見られている。. は激しく増えたため、大規模の住宅団地の建設計画が. 多くの住民は住居面積を増やすために、テラスを部. 町の活気と活動、住民の交流空間を無視したことによ. 屋に改造して、元々開放的ベランダーを閉鎖した。ま. りもたらした問題を人々は次第に意識し始めた。菊児. た、安全性の考慮しアルミ窓を装着し、防犯用の防盗. 胡同は伝統的な四合院と比べ、すでに「高密度」の住. ドアと防盗窓も加えた。廊下はほとんど改造され、新. 宅であるが、しかし現在のマンションと比べては、濃. しい強化プラスチックの壁が建てられた。現有住居面. 厚な生活雰囲気と充分の公共スペースをもっている。. 積に満足しない、庭内に勝手に小屋を作り、他の住民. 調査と研究の過程において、たくさんの違う意見も. に模倣され、共用スペースがますます狭くなってきて. あった。菊児胡同の改造も旧城区に対する破壊である. いる。新四合院も大雑院になる恐れがあると思われる。. と多くの専門家が指摘した。伝統住宅区に対する保護 は、物質面の伝承に従うか、それども住居文化面の伝 承に従うか、このような争論はずっと存在していた。 菊児胡同新四合院は開放的な住宅モデルを作り出し、 院落式、近所付き合いの空間をうまく創造したのであ る。伝統的空間からの原型を取り出し、北京の都市特 徴を継承したのである。. Photo 3 竣工したところの写真. 改造前. 改造後. ■注釈. 現状の写真. 1.元の都市建設に基づいて、元、明、清800 年以上の都市構造歴 史を持ち、徐々に形成した平面は「凸」型の地域となる。内城と 外城と分けられる。面積は62.5km2である。/2.20世紀80年代末に、 中国住宅制度改革により、「国家補助と民間集金」の方針に基づ き、都市の中低所得者層の住居問題を解決する協同組合である。 /3.「大雑院」とは2つの意味がある:1つは数世帯の群居である。 人口の構成が複雑で、なおかつ一般的には社会の中、下流階層が 住んでいる。もう1つは、空間、住環境の破壊である。建物の質 が低く、中庭では建物の増築と改造が普遍的に存在する。その大 雑院の形成過程は「雑院化」と呼ぶ。/4. 老朽化のために倒壊の 恐れがあるなど住むのに危険な家屋。/5.中庭:冠婚葬祭の場, 日常生活の場としての快適な環境である。/6.避けて通る路地: 中心軸の通路は主人,立派な人だけのものであって,家族は使う ことができなかった。そこで,使用人のみならず,他人と顔を合 わすことがはばかられていた女性のためのものとして,住宅の側 面に沿って,奥へ通じる通路が別に計画された。 ■参考文献 1.方可、『当代北京旧城更新』中国建築工業出版社、2000年. 表 1 住民自らの改造行為. 2.呉良鏞、『北京旧城与菊児胡同』中国建築工業出版社、1994年. 4-4.「危旧房」改造プロジェクトの商品化と高級化. ■図版出典 Fig.1,7参考文献2をもとに筆者作成, Fig.2,3,6:筆者作成,Fig.4 参考文献2 /Photo1,2:2011 年調査時撮影, Photo3清華大学のHP/ 表1. 筆者作成. 菊児胡同プロジェクト設計の本意は当時の住民の住. 24-4.

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参照

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