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密教文化 Vol. 2007 No. 219 003中谷 征充「「奉謝恩賜百屯綿兼七言詩詩一首并序」と「御製詩」 P41-71,142」

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綿

は じ め に ( 1 ) ﹁ 奉 謝 恩 賜 百 屯 綿 兼 七 言 詩 詩 一 首 井 序 ﹂ は 嵯 峨 帝 よ り 詩 を 副 え て 綿 百 屯 を 下 賜 さ れ た こ と に 封 す る 陳 謝 の 表 と 詩 で あ る。 ﹃ 定 本 弘 法 大 師 全 集 ﹄ の 題 辞 は ﹁ 奉 レ謝 二 恩 賜 百 屯 綿 兼 七 言 詩 一詩 一 首 井 序 ﹂ と な つ て い る が、 こ れ は 後 に 付 加 さ れ た も の だ と 思 わ れ る。 前 文 は 序 で は な く、 ﹁ 表 ﹂ で あ り、 主 文 を な し て い て、 詩 は そ の ﹁ 表 ﹂ に 副 え ら れ た も の で あ る。 ﹁ 獄 柑 子 表 ﹂ と 同 じ く、 上 表 文 の 形 式 に 合 致 し た 文 章 で あ る。 ( 2 ) 嵯 峨 帝 の 詩 は ﹃ 凌 雲 集 ﹄ 第 二 十 四 に 所 載 さ れ て い る。 こ れ に よ り、 我 々 は 嵯 峨 帝 と 空 海 の 交 際 の 一 端 を 如 実 に 知 る こ と が 出 来 る。 古 代 で は 天 皇 が 臣 下 等 に 財 貨 を 下 賜 す る 場 合、 金 銭 よ り も、 絶 (絹 布) ・ 綿 ・ 綜 ( 綿 糸) ・ 布 ( 綿 布) ・ 章 ( な め し 皮) ・ 稲 等 の 物 品 を 贈 る 場 合 が 殆 ん ど で あ る。 綿 を 下 賜 し た 最 初 の 正 史 の 記 載 は ﹃ 日 本 書 紀 ﹄ 巻 十 五 ・ 清 寧 天 皇 三 年 ( 四 八 ( 3 ) 二) 十 一 月 十 八 日 の 条 に 残 さ れ て い る。 そ の 後、 臣 下 や 外 国 使 臣 に 対 し 下 賜 さ れ た 事 例 が 続 く。 僧 尼 に 対 し て は、 ﹃ 日 ﹁奉 謝 恩 賜 百 屯 綿 兼 七 言 詩 詩 一 首 井 序 ﹂ と ﹁御 製 詩 ﹂

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密 教 文 化 本 書 紀 ﹂ 天 武 天 皇 八 年 (六 七 九) 三 月 壬 寅 の 条 に ﹁ 貧 乏 の 僧 尼 に 綿 布 を 施 す ﹂ と 記 載 さ れ た の が 最 初 で あ る。 ﹃ 類 聚 国 史 ﹄ 巻 百 八 十 六 ﹁ 施 物 僧 ﹂ の 記 述 に よ れ ば、 嵯 峨 帝 が 僧 侶 に 対 し て 財 貨 を 下 賜 し た の は 二 十 回 を 数 え る。 ( 4 ) そ の 内、 玄 賓 に 対 し て 九 回 為 さ れ て い る。 綿 百 屯 の 下 賜 も 弘 仁 二 年 ( 八 二) 十 一 月 ・ 七 年 ( 八 一 六) 十 月 ・ 八 年 (八 一 七) 十 月 の 三 回 為 さ れ て い る。 存 問 の 書 も 添 え ら れ て お り、 嵯 峨 帝 の 玄 賓 に 対 す る 尊 崇 が 並 々 で 無 い こ と が 判 る。 し か し、 他 の 天 皇 等 の 事 例 は 寺 院 常 住 僧 と か 高 齢 の 僧 尼 な ど に 下 賜 さ れ た 事 例 が 殆 ん ど で、 個 人 の 僧 に 対 し て 為 さ れ る の は 例 ( 5 ) 外 的 で あ る。 嵯 峨 帝 も 二 年 ( 八 一 一) 十 一 月 に 聴 福 法 師 に 対 し、 綿 百 屯 ・ 布 三 十 端。 五 年 (八 一 四) 六 月 に 最 澄 に 対 し、 稲 四 百 束。 及 び 空 海 に 対 し、 十 二 年 七 月 ( 八 二 二) に 新 鏡 二 萬 を 下 賜 し た 以 外 は 一 般 僧 侶 に 対 す る 施 物 で あ っ た。 空 海 に 対 し て 綿 百 屯 を 贈 つ た こ と は、 ﹃ 類 聚 国 史 ﹄ な ど の 正 史 類 に 記 載 さ れ て い な い が、 前 述 の 史 料 が 残 さ れ て い る の で、 事 実 で あ る と 考 え ら れ る。 嵯 峨 帝 か ら、 個 人 と し て、 財 貨 を 下 賜 さ れ た の は、 玄 賓 ・ 空 海 と 聴 福 法 師 ・ 最 澄 の 四 名 の み で あ る。 記 事 を 見 る 限 り、 別 格 の 玄 賓 を 除 く と 空 海 が 優 遇 さ れ て い る 事 が 明 ら か で あ る。 奉 和 詩 は 天 皇 及 び そ れ に 準 ず る 皇 太 子 ・ 太 上 天 皇 等 の 詩 に 対 し、 原 則 と し て、 同 じ 韻 を 押 韻 に 用 い て 作 る が、 同 じ ( 6 ) 文 字 に す る 必 要 は な い。 こ の 空 海 の 奉 和 詩 は、 御 製 詩 の 押 韻 と 全 く 同 じ 文 字 を 同 じ 順 序 に し て 作 ら れ て い る。 殆 ん ど ( 7 ) 類 を 見 な い 奉 和 詩 と 言 え る。 本 小 論 で は、 ﹁ 表 ﹂ と ﹁ 詩 ﹂ の 各 々 の 原 文 の 構 成 ・ 平 灰 と 書 下 し 文 及 び 解 繹 を 行 う。 ﹁ 詩 ﹂ に つ い て は、 先 ず、 嵯 峨 帝 御 製 の 詩 を 検 討 し、 御 製 詩 に ぴ つ た り と 対 応 し て い る 空 海 の 詩 の 検 討 を 行 う。 対 句 に は 傍 線 を 付 し、 空 海 の 原 文 は ゴ チ ッ ク に し た。

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一 奉 謝 表 一 -(一) 原 文-対 句 の 構 成 と 平 灰 及 び 書 下 し 文 こ の 表 は 百 三 十 字 か ら 出 来 て い る。 対 句 が 二 聯 と 少 な く、 駐 麗 文 と は 云 い 難 い が、 白 文 で 通 読 す れ ば、 リ ズ ム 感 が あ り、 一 気 呵 成 に 作 文 さ れ た 趣 が 出 て お り、 空 海 の 嵯 峨 帝 に 封 す る 感 謝 の 気 持 が 充 分 に 伝 わ る 文 章 で あ る。 名 文 の 一 つ で あ る と 思 う。 原 文 を 次 に 挙 げ、 対 句 部 分 の 平 灰 を 表 示 す る。 対 句 は 二 四 不 同 の 原 則 は 守 ら れ て い る が、 対 句 作 法 は 守 ら れ て い な い。 沙 門 空 海 言。 今 月 一 日 内 舎 人 布 勢 海 至、 奉 宣 聖 旨。 恩 捨 空 海 一 百 屯 綿、 兼 賜 七 言 詩 一 篇。 謹、 奉 封 鴻 澤、 心 神 侃 焉、 喜 謝 無 地。 纏 披 天 書、 字 勢 龍 盤。 再 三 調 詩、 金 聲 玉 振。 彼 魏 武 唐 文、 宣 得 比 肩 乎。 微 僧 何 幸、 沐 此 霧 需。 當 願 銘 之 肌 骨、 懸 之 日 月。 書 夜 精 勤、 奉 酬 殊 私。 不 任 手 足 之 至。 も ワ つ 沙 門 空 海 言 す。 う と ね り ふ せ あ ま 今 月 一 日 内 舎 人 布 勢 の 海 至 り て、 聖 旨 を 奉 宣 す。 空 海 に 一 百 屯 の 綿 を 恩 捨 し、 兼 ね て 七 言 詩 一 篇 を 賜 う と。 っ つ し こ う え ん ふ む と こ ろ 謹 み て、 鴻 澤 に 奉 封 し、 心 神 侃 焉 と し て、 喜 謝 地 無 し。 わ ず か ひ ら 纏 に 天 書 を 披 け ば、 字 勢 龍 盤 の ご と く。 再 三 詩 を 颯 す れ ば、 金 聲 玉 振 の ご と し。 か あ に 彼 の 魏 武 も 唐 文 も、 豊 比 肩 す る こ と を 得 ん や。 び そ う ほ う は い も く 微 僧 何 の 幸 い あ っ て か、 此 の 霧 需 に 沐 さ ん。 ま さ か か 當 に 願 は く は、 之 を 肌 骨 に 銘 し、 之 を 日 月 に 懸 げ て、 し ゅ し た 書 夜 に 精 勤 し、 殊 私 に 奉 酬 せ ん。 手 足 の 至 り に 任 え ず。 ﹁奉 謝 恩 賜 百 屯 綿 兼 七 言 詩 詩 一 首 井 序 ﹂ と ﹁御 製 詩 ﹂

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密 教 文 化 敢 墨 布 鼓、 濫、 奉 和 春 雷 之 響。 敢 え て 布 鼓 を 墾 げ て、 濫 り が わ し く、 春 雷 の 響 に 奉 和 す。 け が 輕 績 聖 覧、 伏 深 流 汗。 輕 々 し く 聖 覧 を 顯 し、 伏 し て 深 く 流 汗 す。 つ つ し も う 沙 門 空 海、 誠 憧 誠 恐 謹 言。 沙 門 空 海、 誠 惇 誠 恐 謹 み て 言 す。 一 -口 解 繹 ﹁ 沙 門 空 海 言 ﹂ は ﹁ 表 ﹂ の 文 頭 の 常 套 句 で あ る。 今 月 一 日 に 高 雄 山 寺 に 来 訪 し た 使 者 の 布 勢 の 海 か ら 聖 旨 ( み こ と の り) を 口 答 で 請 け た ま わ つ た 事 を 述 べ る。 ﹁ 恩 捨 空 海 一 百 屯 綿、 兼 賜 七 言 詩 一 篇 ( 空 海 に 一 百 屯 の 綿 を 恩 捨 し、 兼 ね て 七 言 詩 一 篇 を 賜 う) ﹂ は 聖 旨 の 内 容 で あ る。 ﹁ 今 月 一 日 ﹂ が 何 月 で あ る か に つ い て、 現 在 ま で 伝 存 さ れ て き た 種 々 の ﹁ 弘 法 大 師 傳 ﹂ と ﹃ 性 塞 集 ﹄ の 注 繹 書 は 殆 ん ど 言 及 し て い な い。 こ の 点 に つ い て 初 め て 言 及 し て、 三 月 三 日 と し た の は、 得 仁 撰 ﹃ 弘 法 大 師 年 譜 ﹄ ( 以 後 ﹃ 年 譜 ﹄ ( 8 ) と 称 す る) で あ る。 そ の 根 拠 に ﹃ 本 朝 通 鑑 ﹄ を 挙 げ て い る。 ﹃ 本 朝 通 鑑 ﹄ に は、 正 編 巻 第 二 十 の 弘 仁 五 年 三 月 の 条 に ﹁ 勅 使 二 内 舎 人 布 勢 海 一 賜 二 綿 一 百 屯 兼 七 言 詩 干 僧 空 海 一。 空 海 詩 韻 不 レ 改。 奉 二 謝 恩 賜 一。 ﹂ と 記 述 さ れ て い る。 し か し、 こ の 記 事 の 典 拠 が 記 載 さ れ て い な い の で、 真 偽 不 明 で あ る。 私 見 で は、 ﹁ 花 柳 ﹂ と ﹁ 春 寒 ﹂ ﹁ 風 雪 ﹂ の 語 句 か ら 想 定 し て、 三 月 三 日 と す る よ り は、 二 月 一 日 の 可 能 性 の 方 が 高 い と 考 え る。 旧 暦 二 月 一 日 は 現 在 の 三 月 初 旬 で あ る の で、 高 雄 山 で は 風 雪 が あ っ て も 不 思 議 で は な く、 作 者 の 嵯 峨 帝 も 空 海 も 抵 抗 な く ﹁ 蝕 寒 ﹂ を 表 現 で き た と 考 え る。 ( 9 ) ﹁ 内 舎 人 ﹂ は 中 務 省 に 属 す る 官 で 天 皇 の 近 辺 を 警 護 す る と 土 ハ に 天 皇 の 雑 役 を す る。 ﹃ 便 蒙 ﹄ は ﹃ 職 原 抄 ﹄ を 引 い て (10 ) 説 明 し て い る。 ﹁ 奉 宣 ﹂ は ﹁ 聖 旨 ﹂ を 口 答 で 読 み 上 げ る 事。 布 勢 海 が 百 屯 の 綿 と 嵯 峨 帝 直 筆 の 御 製 詩 を 空 海 の も と に

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持 ち 来 り、 聖 旨 を 読 み 上 げ て、 恩 賜 の 品 を 手 渡 し た の で あ る。 綿 百 屯 は 現 在 の 約 十 五 キ ロ グ ラ ム で あ る。 ﹁ 屯 ﹂ は 律 令 時 代 に 用 い ら れ た 綿 の 取 引 輩 位 で 重 さ を 表 す。 一 屯 は 四 十 匁、 百 屯 は 四 貫。 物 々 交 換 で 貨 幣 の 役 割 を 果 た し て い た。 し か し、 本 来 の 綿 と し て 用 い る 事 も 出 来 る。 前 述 の 綿 百 屯 お も い を 玄 賓 と 聴 福 に 送 つ た 四 例 の 場 合、 何 れ も 十 月 ・ 十 一 月 の 冬 に 下 賜 さ れ て い る。 聴 福 法 師 へ の 勅 書 に ﹁ 時 寒 し、 想 善 ち ん え い く 珍 衛 を 加 え よ ﹂ と 寒 さ 厳 し い 折 り、 自 重 自 愛 を 促 す 言 葉 が あ り、 そ の 一 部 を 綿 入 り の 寝 具 か 防 寒 衣 に 用 い ら れ た 可 能 性 が 高 い。 空 海 は 下 賜 さ れ た 綿 を ど の よ う に 用 い た の で あ ろ う か、 想 像 す る 他 は 無 い。 そ れ に 対 し、 空 海 が ﹁ 謹、 奉 封 鴻 澤 ﹂ 以 下 の 文 で 感 謝 の 意 を 述 べ る。 ﹁ 鴻 澤 ﹂ は 大 い な る 恵 み、 大 き な 恩 恵 の 意 味 わ き で あ る。 ﹃ 便 蒙 ﹄ は ﹁ 鴻 ﹂ と ﹁ 洪 ﹂ は 同 義 と し て、 ﹃ 後 漢 書 ﹄ ﹁ 本 紀 巻 十 上 皇 后 紀 第 十 上 ・ 和 烹 郵 皇 后 ﹂ よ り 引 い て い (11 ) る。 特 段 の 典 故 は な い が、 古 来 天 子 ・ 君 王 の 臣 下 に 与 え る 恩 恵 の 意 味 で 用 い ら れ、 多 数 の 用 例 が あ る。 こ う え ん ﹁ 心 神 ﹂ は こ こ ろ、 精 神 の 事。 用 例 が 多 い。 ﹁ 神 心 ﹂ も 同 じ。 ﹁ 祝 焉 ﹂ は ﹁ 侃 ﹂ は 然 自 失 の 状 態。 ﹁ 焉 ﹂ は 語 尾 に (12 ) と ざ (13 ) 用 い て 状 態 の 持 続 を 示 す 助 詞。 用 例 が 少 な い が、 ﹃ 藝 文 類 聚 ﹄ 第 四 十 八 巻 に ﹁ 梁 ・ 沈 約 拝 尚 書 令 到 都 坐 表 に 曰 く 登 階 き ざ は し う っ と り 望 席、 侃 焉 失 歩 ( 階 を 登 り 席 に 望 め ば、 幌 焉 し て 歩 み を 失 す る) ﹂ と あ る。 ﹃ 便 蒙 ﹄ は ﹁ 侃 ﹂ は ﹁ 幌 惚 ﹂ と し て、 揚 子 (14 ) 日 ﹁ 神 心 惚 幌 た り ﹂ を 引 い て い る。 ﹁ 喜 謝 ﹂ は 喜 び 感 謝 す る。 感 謝 の 念 を 強 調 し た 言 葉 で 特 段 の 典 故 は 無 い。 ﹁ 無 地 ﹂ は 多 数 の 用 例 が あ り、 大 別 し て 三 種 の 意 味 が あ る。 一 は ﹃ 荘 子 ﹄ ﹁ 外 篇 ・ 秋 水 第 十 七 ﹂ の ﹁ 是 猶 師 天 而 無 地、 師 陰 而 無 陽 ( 是 れ 猶 天 を 師 と し て 地 を 無 と し、 陰 を 師 と し て 陽 を 無 と す る が ご と し) ﹂ を 典 故 と し て、 ﹁ 物 事 を 一 方 的 に 見 て、 他 を 返 り 見 な い 態 度 ﹂ を 意 味 す る。 二 は 単 に ﹁ 土 地 が 無 い ﹂ 意 味 に 用 い て い る。 こ れ ら 二 つ の 意 味 の 用 ﹁ 奉 謝 恩 賜 百 屯 綿 兼 七 言 詩 詩 一 首 井 序 ﹂ と ﹁ 御 製 詩 ﹂

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密 教 文 化 例 が 圧 倒 的 に 多 い。 し か し、 本 表 で は ﹁ 無 地 ﹂ は 第 三 の 意 味 の ﹁ こ の 上 な い、 足 の 踏 む 所 も 無 い ﹂ ほ ど の 喜 び を 表 し て い る。 ﹃ 便 蒙 ﹄ の 指 摘 の 如 く、 ﹃ 不 空 表 制 集 ﹄ か ら の 引 用 と 考 え る の が 妥 当 で あ る。 二 つ の 用 例 が あ る が、 運 傲 は そ の 中 の 一 つ ﹁ 謝 た ま も の お そ は な は だ ふ む と こ ろ (15 ) 恩 賜 乳 牛 表 ﹂ の 一 文 ﹁ 賜 賓 自 天、 煉 踊 無 地 ( 賜 費 天 よ り す、 棟 れ 踊 し く 地 な し) ﹂ を 引 い て い る。 ﹁ 無 地 ﹂ を こ の よ う な 意 味 で 用 い る 例 は ﹃ 不 空 表 制 集 ﹂ 以 外 に あ ま り 例 が な い。 対 句 ﹁ 綾 披 天 書、 字 勢 龍 盤 ﹂ ﹁ 再 三 誠 詩、 金 聲 玉 振 ﹂ は 嵯 峨 帝 か ら の 直 筆 の 御 製 詩 に つ い て、 そ の 書 の 雄 大 さ 素 晴 ら し さ と、 そ の 詩 の 見 事 な 出 来 映 え を 讃 え て い る。 ﹁ 天 書 ﹂ は 天 皇 の 直 筆 の 書 の こ と。 ﹁ 字 勢 ﹂ は 筆 勢。 ﹁ 龍 盤 ﹂ は ﹁ 龍 蠕 ﹂ と 同 じ で、 龍 が う ず く ま っ て い る 状 態 を い う。 ﹃ 文 選 ﹄ ﹃ 文 心 離 龍 ﹂ 等 に か な り の 用 例 が あ る が、 筆 勢 の 形 容 ほ う し ょ と と し て 用 い ら れ る 用 例 は 少 な い。 ﹃ 巫 呈 日 ﹄ 列 傳 ・ 第 五 十 ﹁ 王 義 之 傳 ﹂ に 草 書 の 縦 横 な 筆 勢 を ﹁ 鳳 嘉 龍 蠕 (鳳 が 勇 び 龍 が う ず く (16) (17) (18) 幡 ま る) ﹂ と 表 現 し て い る こ と を 典 拠 と し て い る の で あ ろ う。 ﹃ 便 蒙 ﹄ は ﹃ 書 史 會 要 ﹄ を 引 い て い る が、 時 代 が 後 代 で あ り、 空 海 が 参 照 し た 可 能 性 が な い の で、 ど う で あ ろ う か。 ﹁ 金 聲 玉 振 ﹂ の 典 故 は ﹃ 便 蒙 ﹄ の 指 摘 の 如 く ﹃ 孟 子 ﹄ ﹁ 萬 章 章 句 下 ﹂ に 孟 子 が ﹁ 集 大 成 ﹂ を 述 べ た 一 文 ﹁ 金 聲 而 玉 こ れ し ん (19 ) 振 之 也 (金 聲 し て 玉 之 を 振 す る な り) ﹂ に あ る。 古 代、 八 音 の 音 樂 を 合 奏 す る 時、 金 屡 の 樂 器 の 鐘 等 か ら 演 奏 を 始 め、 け い 最 後 に 玉 の 樂 器 の 馨 等 を 打 っ て 演 奏 を 終 え る。 孟 子 は こ の よ う な 八 音 の 音 樂 を ﹁ 集 大 成 ﹂ と 云 い、 首 尾 三 貫 し て 条 理 (20 ) を 全 う す る こ と が 出 き た の は 孔 子 を お い て い な い と 述 べ て、 孔 子 の 人 格 を 讃 え て い る。 嵯 峨 帝 の 詩 を、 聲 に 出 し て 読 め ば、 そ の 聲 調 が 八 音 の 音 樂 の よ う に 素 晴 ら し く、 詩 の 内 容 は、 首 尾 一 貫 集 大 成 さ れ た 完 壁 な 出 来 映 え で あ る こ と を 典 故 に 託 し て 讃 え て い る。 即 ち ﹁ 金 聲 玉 振 ﹂ で 聲 調 と 内 容 の 兼 備 し た 完 壁 な 詩 で あ る

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こ と を 表 現 し て い る 。 ﹁ 魏 武 唐 文 ﹂ は ﹃ 便 蒙 ﹄ の 指 摘 の 通 り 、 魏 の 太 祖 ・ 武 帝 ・ 曹 操 と 唐 の 太 宗 ・文 帝 ・ 李 世 民 の 事 で あ る 。 両 者 は 夫 々 の 王 朝 の 基 礎 を 築 い た 英 傑 と し て 知 ら れ 、 曹 操 は 詩 文 の 才 に 優 れ 、 世 民 は 王 義 之 の 書 を 愛 玩 し 自 身 も 書 を 良 く し た と 伝 え ら れ て い る 。 ﹃ 便 蒙 ﹄ は ﹃ 魏 志 ﹄ と ﹃ 唐 書 ﹄ を か な り 詳 し く 引 き 、 記 述 し て い る 。 そ れ ら 史 上 名 高 い 英 傑 に 封 し て も ﹁ 山豆 得 比 肩 乎 ( 豊 に 比 肩 す る こ と を 得 ん や ) ﹂ と 嵯 峨 帝 の 才 能 を 讃 え て い る 。 ﹁ 比 肩 ﹂ の 用 例 は ﹁ 正 史 ﹂ ﹃ 藝 文 類 聚 ﹄ ﹃ 文 選 ﹄ ﹃ 文 心 離 龍 ﹄ な ど に 多 数 の 用 例 を 見 い だ せ る 。 意 味 は ﹁一肩 を 並 べ る こ と ﹂ で あ る が 、 引 い て は ﹁ 封 等 の 地 位 を 保 つ ﹂ 意 味 に 用 い ら れ て い る 。 ﹁ 微 僧 何 幸 、 沐 此 霧 鼎 ( 微 僧 何 の 幸 あ つ て か 、 此 の 霧 需 に 沐 さ ん ) ﹂ の 語 句 の 言 い 回 し は ﹃ 不 空 表 制 集 ﹄ に ﹁ 微 僧 何 か さ ぬ れ こ 幸 、 天 揮 累 需 (微 僧 何 の 幸 あ つ て か 、 天 澤 に 累 ね て 霜 ん ) ﹂ と ﹁ 微 僧 何 幸 、 観 斯 聖 跡 (微 僧 何 の 幸 あ つ て か 、 斯 の 聖 跡 み (21) を 観 ん ) ﹂ の 用 例 を 参 照 し た と 考 え ら れ る 。 ﹁ 何 幸 ﹂ に 特 段 の 典 故 は 無 い 。 ﹁ 正 史 ﹂ ﹃ 藝 文 類 聚 ﹄ な ど に か な り の 用 例 が 見 出 せ る 。 こ こ で は ﹁ 微 僧 ﹂ は 空 海 自 身 の 事 を 指 し て い る 。 ﹁ 沐 此 霧 需 (此 の 霧 需 に 沐 さ ん ) ﹂ の ﹁ 霧 鼎 ﹂ は ﹁ 湧 浦 ﹂ と 同 じ で 、 雨 が 盛 ん に 降 る こ と で 、 転 じ て 天 子 の 恩 澤 が 豊 か な こ と を 意 味 し て い る 。 ﹃ 便 蒙 ﹂ は ﹃ 文 選 ﹄ 巻 七 ・ 揚 子 雲 ﹁ 甘 泉 賦 ﹂ の 一 句 ﹁ 雲 飛 揚 分 雨 湧 浦 ( 雲 飛 揚 し て 雨 湧 浦 た り ) の 李 善 の 注 ﹁ 言 恩 澤 之 多 、 若 雲 行 雨 施 ( 恩 澤 の 多 き こ と 、 雲 行 き 雨 施 す が 如 き を 言 う な り ) ﹂ を 引 い て い る 。 特 段 の 典 故 は な い が 、 ﹁ 霧 需 ﹂ ﹁ 湧 需 ﹂ ﹁ 湧 浦 ﹂ は 同 音 同 義 の 語 句 で 、 多 数 の 用 例 が あ る 。 ﹃ 文 選 ﹄ に も 六 例 が 見 出 せ る 。 空 海 が ﹃ 便 蒙 ﹄ 指 摘 の ﹁ 甘 泉 賦 ﹂ を 参 照 に し た と は 限 定 で き な い が 、 ﹃ 文 選 ﹄ を 参 照 し た 可 能 性 が 高 い と 考 え ら れ る 。 に く ﹁ 銘 之 肌 骨 ﹂ と ﹁ 懸 之 日 月 ﹂ は 対 句 で あ る 。 ﹁ 肌 骨 ﹂ は 肌 と 骨 で 、 特 段 の 典 故 は 無 い 。 ﹃ 便 蒙 ﹄ は 曹 植 ﹁ 上 責 躬 鷹 詔 ﹁奉 謝 恩 賜 百 屯 綿 兼 七 言 詩 詩 一 首 井 序 ﹂ と ﹁御 製 詩 ﹂

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密 教 文 化 み ず か ら み こ と の り た て ま つ に く 詩 表 ( 躬 を 責 め 詔 に 鷹 ず る 詩 を 上 る の 表) ﹂ (﹃ 文 選 ﹄ 巻 二 十) の 三 句 ﹁ 刻 肌 刻 骨 ( 肌 を 刻 み 骨 を 刻 む) ﹂ を 引 い て、 こ う め い け つ 李 善 の 注 の ﹁ 孝 纒 鉤 命 決 に 日 く 肌 を 削 り 骨 に 刻 む ﹂ と 五 臣 ・ 呂 向 の 注 の ﹁ 肌 を 刻 み 骨 を 刻 む と は 深 く 自 ら 誠 む 也 ﹂ を 引 用 し て 注 繹 し て い る。 み す か ら み こ と の り た て ま つ 曹 植 ﹁ 上 責 躬 鷹 詔 詩 表 ( 躬 を 責 め 詔 に 鷹 ず る 詩 を 上 る の 表) ﹂ の 用 例 は 呂 向 の 注 繹 の よ う に 深 く 自 省 し て 苦 し み の 甚 だ し い こ と を 意 味 し て い る。 し か し、 空 海 は 自 省 し た の で は な く、 恩 澤 を 心 に 深 く 記 し て 忘 れ な い 意 味 に 用 い て い る の で あ る。 用 例 を 挙 げ る と し ゃ ち ょ う (22 ) す れ ば、 同 じ ﹃ 文 選 ﹄ 巻 四 十 の 謝 眺 ﹁ 拝 中 軍 記 室 辮 階 王 淺 ( 中 軍 記 室 に 拝 せ ら れ 階 王 に 僻 す る 騰) ﹂ の ﹁ 早 誓 肌 骨 ( 早 く 肌 骨 に 誓 う) ﹂ の 用 例 を 挙 げ る の が 適 切 だ と 考 え る。 こ の 一 文 は 謝 眺 が 階 王 の 恩 恵 に 深 く 感 謝 し て い る 文 脈 の 中 で 用 い ら れ て い る。 ﹁ 懸 之 日 月 ﹂ は 日 月 の 天 空 に 懸 か っ て い る が 如 く、 永 遠 に と ど め 置 く 意 味 で あ る。 特 段 の 典 故 は な い が、 か な り の 用 例 が 見 出 せ る。 ﹃ 便 蒙 ﹄ は ﹁ 大 唐 神 都 青 龍 寺 故 三 朝 國 師 灌 頂 阿 閣 梨 恵 果 和 尚 之 碑 ﹂ ( ﹃ 性 霰 集 ﹄ 巻 二) { 以 下 ﹁ 恵 果 和 尚 碑 ﹂ と 称 す。 } の 用 例 と 同 様 と し て 注 繹 に 代 え て い る。 ﹁ 恵 果 和 尚 碑 ﹂ で は、 ﹁ 懸 之 日 月 之 不 朽 ( 之 を 日 月 の 不 朽 に 懸 じ ん ぼ う お き ょ う り ょ う く) ﹂ の 一 文 が 有 り、 運 激 は 任 肪 ﹁ 齊 寛 陵 文 宣 王 行 状 ﹂ ( ﹃ 文 選 ﹄ 巻 六 十) の 一 文 ﹁ 並 勒 成 一 家、 懸 諸 日 月 ( 並 び に 勒 こ れ ち ょ う せ ん し て 一 家 を 成 し、 諸 を 日 月 に 懸 く) ﹂ を 引 き、 そ の 五 臣 ・ 張 銑 の 注 ﹁ 言 此 書 傳 之 後 世、 如 日 月 懸 於 天、 永 不 朽 也 ( 言 う こ こ ろ は、 此 の 書 之 を 後 世 に 傳 う る こ と、 日 月 の 天 に 懸 か る が 如 し、 永 く 朽 ち ざ る な り。) ﹂ を 引 用 し て 注 繹 し て い る。 運 傲 の 指 摘 の 通 り、 空 海 は こ の 任 肪 の 一 文 を 参 照 し た 可 能 性 が 高 い と 思 わ れ る。 こ の 対 句 は 嵯 峨 帝 の 恩 澤 を 表 す 直 筆 の 御 製 詩 の ﹁ 文 言 を 心 に 刻 み つ け 決 し て 忘 れ ま ゼ ん、 震 筆 は 永 久 に 保 存 し て 後

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世 に 伝 え ま す ﹂ と の 意 味 と な る。 し ゅ し ﹁ 豊 夜 精 勤、 奉 酬 殊 私 ( 書 夜 に 精 勤 し、 殊 私 に 奉 酬 せ ん) ﹂ は ﹁ 昼 夜 に 勤 め 励 ん で、 恩 寵 に 酬 い 奉 る ﹂ 事 で あ る。 即 ち、 嵯 峨 帝 の 恩 顧 に 酬 い る た あ に、 昼 夜 四 六 時 中、 佛 道 に 励 み 国 家 安 寧 ・ 衆 生 済 度 の 為 に 働 く 事 で あ る。 ﹁ 精 勤 ﹂ は 勤 め 励 む 事 で、 特 段 の 典 故 は な い が、 漢 籍 ・ 佛 典 共 に 多 数 の 用 例 が あ る。 ﹃ 不 空 表 制 集 ﹄ に も 用 例 が あ (24 ) り、 こ の 文 章 と 類 似 の 状 況 を 表 現 し て い る。 空 海 は 常 に ﹃ 不 空 表 制 集 ﹄ を 手 元 に 置 い て 参 照 し て い た と 考 え ら れ る の で、 こ の 用 例 を 援 用 し た の か も し れ な い。 ﹁ 殊 私 ﹂ は ﹁ 殊 寵 ﹂ と 同 じ で 特 別 の 恩 寵 の こ と で あ る。 典 故 は な い が、 か な り の 用 例 が 見 出 せ る。 同 義 の ﹁ 殊 寵 ﹂ ﹁ 殊 恩 ﹂ な ど に 比 し 使 用 例 が 少 な く、 や や 特 殊 な 用 法 に な る。 ﹃ 不 空 表 制 集 ﹄ に 用 例 が 二 例 あ る。 そ の 一 例 の 恵 果 の い た る こ い ね が べ ん や く た え ﹁ 恩 賜 錦 線 謝 表 ﹂ (巻 第 五) の 一 文 ﹁ 翼 答 殊 私 之 造。 無 任 柞 躍 之 至 (殊 私 の 造 に 答 え ん と 翼 う。 柞 躍 の 至 に 任 ず。) ﹂ を (25 ) ち ょ う ざ 参 照 し た 可 能 性 が 高 い と 思 わ れ る。 ﹁ 柞 躍 ﹂ は 手 を 打 ち 踊 る 事。 ﹃ 便 蒙 ﹄ で は、 梁 ・ 簡 文 帝 ﹁ 謝 勅 賓 坐 褥 席 啓 (貂 坐 じ ょ く せ き た ま み こ と の り ち ょ う こ と さ ら 褥 席 を 費 う 勅 に 謝 す の 啓) ﹂ ( ﹃ 藝 文 類 聚 ﹄ 巻 九 十 五 ・ 獣 部 下 ) の 一 文 ﹁ 特 降 殊 私、 恩 華 曲 被 ( 特 に 殊 私 を 降 ら せ つ ぶ さ て、 恩 華 曲 に 被 る。) ﹂ を 引 い て い る。 し か し、 先 に 検 討 し た 如 く ﹃ 不 空 表 制 集 ﹄ を 参 照 し て い る と 考 え ら れ、 ﹃ 藝 文 類 聚 ﹄ か ら 依 用 し た 可 能 性 は 低 い と 思 う。 ﹁ 不 任 手 足 之 至 ﹂ は 奏 上 文 の 文 末 に 記 述 さ れ る 恭 謙 を 表 す 常 套 句 で あ る。 ﹁ 不 任 ﹂ は た え ず と 訓 み、 ﹁ 無 任 ﹂ ﹁ 不 勝 ﹂ な ど と 同 じ。 文 尾 に は ﹁ 之 至 ﹂ を 用 い る。 ﹃ 不 空 表 制 集 ﹄ に は 多 数 の 用 例 が あ り、 殆 ん ど 全 て の 奏 上 文 に 用 い ら れ て (26 ) い る。 ﹁ 手 足 ﹂ は 通 常 は 単 に 手 と 足 の 事 を 意 味 し て い る が、 こ の 場 合 は 空 海 の 時 々 用 い る 語 句 の 省 略 法 だ と 考 え ら れ る。 ﹁奉 謝 恩 賜 百 屯 綿 兼 七 言 詩 詩 一 首 井 序 ﹂ と ﹁御 製 詩 ﹂

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密 教 文 化 た え 即 ち ﹃ 不 空 表 制 集 ﹄ 巻 第 三 の ﹁ 恩 命 祈 雨 賀 雨 表 ﹂ の ﹁ 足 踏 手 舞、 無 任 排 躍 (足 踏 み 手 舞 い、 柞 躍 に 任 ず) ﹂ を 参 照 し て 省 略 し た も の と 思 わ れ る。 欣 喜 雀 躍 す る 様 の 表 現 で、 排 躍 と 同 じ 意 味 に 用 い て い る。 ﹁ 足 踏 手 舞 ﹂ の 典 故 は ﹃ 毛 詩 ﹂ ﹁ 周 南 ・ 關 誰 ﹂ 毛 傳 ・ 大 序 の ﹁ 不 知 手 之 舞 之 足 之 踏 之 也 ( 手 の 之 を 舞 ひ 足 の 之 を 踏 む を 知 ら ざ る な り) ﹂ に あ る。 ﹁ 布 鼓 ﹂ は 布 を 張 っ た 鼓 で あ る。 叩 い て も あ ま り 音 が で な い。 典 故 は ﹃ 便 蒙 ﹄ 指 摘 の 通 り ﹃ 漢 書 ﹄ ﹁ 王 尊 傳 ﹂ 巻 七 十 六 の ﹁ 布 鼓 母 過 雷 門 (布 鼓 雷 門 を 過 ぐ る な か れ) ﹂ に あ る。 ﹁ 春 雷 ﹂ は 春 の 雷 で あ る。 人 を 驚 か せ る 大 き な 音 を だ す。 典 故 は な い。 こ こ で は、 自 ら の 詩 を 卑 下 し て ﹁ 布 鼓 ﹂ に 喩 え、 嵯 峨 帝 の 詩 を 讃 え て ﹁ 春 雷 ﹂ に 喩 え て、 敢 え て 奉 和 詩 を 奏 上 す る 事 を 述 べ る。 け が ﹁ 輕 蹟 聖 覧 ( 輕へ し く 聖 覧 を 顯 し た て ま つ り) ﹂ と ﹁ 伏 深 流 汗 (伏 し て 深 く 流 汗 す) ﹂ は、 奏 上 文 に 用 い る 常 套 的 な 表 現 で あ る。 ﹁ 沙 門 空 海、 誠 憧 誠 恐 謹 言 ﹂ は ﹁ 鰍 柑 子 表 ﹂ で も 用 い て い る が、 ﹁ 表 ﹂ の 文 尾 に 用 い る 慣 用 句 で あ る。 ﹁ 輕 顯 ﹂ 以 下 の 文 章 は い ず れ も ﹃ 不 空 表 制 集 ﹄ に 多 く の 用 例 が あ る。 (27) 二 御 舅 誕 と 葦 和 誕 二-(一) 原 文 -押 韻 と 平 灰 と 書 き 下 し 文 両 詩 と も 七 言 八 句 の 古 体 詩 で 押 韻 は 全 く 同 じ 字 で あ る。 ﹁ 寛 ﹂ ﹁ 喰 ﹂ ﹁ 難 ﹂ は 上 平 聲 第 二 十 五 ﹁ 寒 ﹂ 韻。 ﹁ 寛 ﹂ は 上 平 聲 第 二 十 六 ﹁ 桓 ﹂ 韻。 ﹁ 寒 ﹂ と ﹁ 桓 ﹂ は 同 用 韻 で 問 題 な い。 (28 ) (29 ) 平 灰 は 御 製 詩 に 二 四 不 同 ・ 二 六 対 の 不 調 が 二 箇 所 と 下 三 連 の キ ズ が 一 箇 所 あ る。 奉 和 詩 は 二 四 不 同 ・ 二 六 対 の 不 調

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が 五 箇 所 と 下 三 連 の キ ズ が 二 箇 所 あ る。 平 灰 の 面 で 言 え ば 御 製 詩 の 方 が 整 つ て い る。 次 に 原 文 に 番 号 を 付 け、 二 ・ 四 ・ 六 字 目 と 句 尾 及 び 下 三 連 の 恐 れ の あ る 字 に 平 灰 を 付 し て 表 示 す る。 御 製 詩 ﹁贈 綿 寄 空 法 師 ﹂ 1 閑 僧 久 住 雲 中 嶺 2 遙 想 深 山 春 尚 寒 3 松 栢 料 知 甚 静 黙 4 姻 霞 不 解 幾 年 喰 5 暉 關 近 日 消 息 断 6 京 邑 如 今 花 柳 寛 7 菩 薩 莫 嫌 此 輕 贈 8 爲 救 施 者 世 間 難 奉 和 詩 詩 韻 不 改 -方 抱 苦 行 雲 山 裏 2 風 雪 無 情 春 夜 寒 3 五 綴 持 錫 観 妙 法 ﹁ 綿 を 贈 り て 空 法 師 に 寄 す ﹂ 閑 僧 久 し く 住 む 雲 中 の 嶺 遙 か に 深 山 を 想 う 春 尚 寒 か ら ん は か 松 栢 は 料 り 知 る 甚 だ 静 黙 な る を さ ん 姻 霞 は 解 さ ず 幾 年 喰 す る か を 暉 關 近 日 消 息 断 つ い ま ゆ た か 京 邑 は 如 今 花 柳 寛 な り な か 菩 薩 よ 此 の 輕 贈 を 嫌 う こ と 莫 れ 爲 に 救 え 施 者 世 間 の 難 を 詩 韻 改 め ず ほ う ほ う う ち 方 抱 は 苦 行 す 雲 山 の 裏 し ゅ ん や 風 雪 は 無 情 な り 春 夜 寒 し て い か ん 五 綴 持 錫 し て 妙 法 を 観 ず ﹁ 奉 謝 恩 賜 百 屯 綿 兼 七 言 詩 詩 一 首 井 序 ﹂ と ﹁御 製 詩 ﹂

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密 教 文 化 そ さ ん く ら 4 六 年 薙 衣 畷 疏 喰 六 年 薙 衣 し て 疏 喰 を 畷 う つ く 5 日 與 月 與 丹 誠 蓋 日 や 月 や 丹 誠 し て 書 す な り ふ く ぼ ん ひ ろ や か 6 覆 甕 今 見 尭 日 寛 覆 甕 今 見 る 発 日 の 寛 な る を 7 諸 佛 威 護 一 子 愛 諸 佛 威 護 す 一 子 愛 ち ゅ う ち ょ う も ち じ ん か ん 8 何 須 個 恨 人 間 難 何 ぞ 個 帳 す る こ と を 須 い ん 人 間 の 難 を 二-(二) 解 繹 空 海 と 嵯 峨 帝 の 二 つ の 詩 は、 空 海 が 嵯 峨 帝 の 詩 に 合 わ せ て、 押 韻 を 全 く 同 じ に し て、 一 句 一 句 の 内 容 も 対 応 さ せ て い る の で、 爾 詩 の 各 聯 毎 に 並 べ て 解 繹 を 行 い た い。 御 製 詩 第 一 聯 ﹁ 閑 僧 久 住 雲 中 嶺、 遙 想 深 山 春 尚 寒 (閑 僧 久 し く 住 む 雲 中 の 嶺、 遙 か に 深 山 を 想 う 春 尚 寒 か ら ん) ﹂ は、 高 雄 山 寺 に 居 住 し て 久 し い 空 海 に 対 し、 春 で も ま だ 寒 い で あ ろ う 山 中 で、 ど の よ う に し て 過 ご し て い る の で あ ろ う か と 想 い を 馳 せ る。 ほ う ほ う う ち こ の 帝 の 想 い に 対 し、 空 海 は 同 じ 第 一 聯 で ﹁ 方 抱 苦 行 雲 山 裏、 風 雪 無 情 春 夜 寒 (方 抱 は 苦 行 す 雲 山 の 裏、 風 雪 は 無 し ゅ ん や 情 な り 春 夜 寒 し) ﹂ と 述 べ、 帝 の ご 想 像 通 り、 風 雪 が 舞 う 厳 し い 寒 さ の 山 中 で 修 暉 等 に 励 ん で い ま す と 答 え る。 ﹁ 閑 僧 ﹂ は 特 段 の 典 故 は な く、 用 例 が 見 当 た ら な い。 嵯 峨 帝 の 造 語 か も し れ な い。 意 味 は 閑 寂 な 生 活 を す る 僧 侶 で (30 ) 当 然 空 海 の 事 を 指 し て い る。 こ の 語 句 に 対 応 し て 空 海 は ﹁ 方 抱 ﹂ を 用 い て い る。 ﹁ 方 炮 ﹂ は 佛 語 で 袈 裟 の 事 で あ る。 方 形 の 布 を 縫 い 合 わ せ る の で、 方 服 と も 言 う。 転 じ て 僧 侶 を 意 味 す る 語 と な つ た。 典 拠 は 古 く、 初 期 佛 教 僧 團 で は 出

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さ ん ね 家 者 は 大 衣 ・ 上 衣 ・ 中 衣 の 三 種 の 袈 裟 と 一 個 の 鉢 の み が 私 有 物 と し て 許 さ れ て い た。 こ れ を 三 衣 一 鉢 と 言 う。 次 の 第 三 句 の ﹁ 五 綴 ﹂ は 一 個 の 鉢 の 事 で あ る。 ﹁ 雲 中 嶺 ﹂ は 高 雄 山 寺 を 指 す が、 こ の 語 句 に 対 応 し て ﹁ 雲 山 裏 ﹂ を 用 い て い る。 ﹁ 雲 中 ﹂ は 多 数 の 用 例 が あ り、 詩 (31 ) 語 と し て も 多 く 用 い ら れ て い る。 意 味 は 文 字 通 り 雲 の 中 の こ と で、 高 雄 山 寺 が 雲 に 覆 わ れ た 嶺 に 在 る こ と を 表 し て い (32 ) る。 こ の 場 合 の 典 故 と 言 え な い が、 ﹃ 楚 辞 ﹄ の 屈 原 ﹁ 九 歌 ・ 雲 中 君 ﹂ の 用 例 が 想 起 さ れ る。 嵯 峨 帝・ 空 海 共 に こ の 著 名 な 用 例 を 存 知 し て い た と 思 わ れ る。 ﹁ 雲 山 裏 ﹂ も ﹁ 雲 中 嶺 ﹂ と 同 じ 意 味 で、 雲 に 覆 わ れ た 山 中 に 在 る 高 雄 山 寺 を 表 し て い る。 ﹁ 雲 山 ﹂ も 用 例 が 多 く あ (33 ) り、 詩 語 と し て も 多 数 の 用 例 が あ る。 雲 に 覆 わ れ た 山 の 事 で あ る。 ﹁ 遙 想 ﹂ は 用 例 の 少 な い 語 句 で あ る。 同 義 の ﹁ 遙 思 ﹂ が 用 い ら れ て い る 場 合 が 多 い。 遠 方 に い る 人 の 消 息 を 思 い や そ ん し ゃ く (34 ) (35 ) る 事。 ﹃ 文 選 ﹄ 巻 十 一 孫 緯 ﹁ 遊 天 台 山 賦 ﹂ に 用 例 が あ る。 同 じ 嵯 峨 帝 の 詩 の ﹁ 贈 賓 和 尚 ﹂ に も 用 い ら れ て い る。 (37 ) こ う え ん (38 ) ﹁ 風 雪 ﹂ は 風 と 雪 或 い は 吹 雪 の こ と で あ る。 詩 語 と し て も 多 数 の 用 例 が あ る。 ﹃ 文 選 ﹄ 巻 三 十 一 江 渣 ﹁ 雑 艦 詩 三 と ど は ば 十 首 ・ 謝 法 曹 恵 連 ・ 贈 別 ﹂ の 第 八 句 に ﹁ 彊 樟 阻 風 雪 ( 樟 を 弼 め て 風 雪 に 阻 ま る) ﹂ と 用 い ら れ て い る。 こ こ ろ ﹁ 無 情 ﹂ は 佛 語 で は ・﹁ 有 情 ﹂ に 封 す る 言 葉 で、 情 を 持 た な い 物、 山 川 草 木 の こ と で、 風 雪 も 無 情 で あ る。 ま た、 典 故 と し て、 ﹃ 禮 記 ﹄ 巻 第 四 十 二 ﹁ 大 學 ﹂ の ﹁ 子 曰 く ⋮ 無 情 者 不 得 蓋 其 辮 ( 情 無 き 者 は 其 の 僻 を 蓋 く す を 得 ず) ﹂ が 想 起 (38 ) さ れ る。 こ こ で は 風 雪 の 心 無 い 冷 た さ を い う。 詩 語 に 用 い ら れ る 事 の 殆 ん ど な い 言 葉 で、 こ の よ う な 用 い 方 は 珍 し い。 ﹁ 春 尚 寒 ( 春 と い え ど も ま だ 寒 い だ ろ う ね) ﹂ と 問 い か け ら れ て ﹁ 春 夜 寒 (春 の 夜 は ま だ ま だ 寒 い で す) ﹂ と 答 え て い る。 ﹁ 春 寒 ﹂ は ﹁ 秋 暑 ﹂ と 対 に な っ て、 中 国 で は 一 つ の 風 物 と し て 認 識 さ れ て い た ら し い。 詩 語 と し て も 多 数 の 用 例 ﹁奉 謝 恩 賜 百 屯 綿 兼 七 言 詩 詩 一 首 井 序 ﹂ と ﹁御 製 詩 ﹂

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密 教 文 化 (39 ) が あ り、 そ れ を 踏 ま え て、 両 者 が 用 い て い る。 は か さ ん 御 製 詩 第 二 聯 ﹁ 松 栢 料 知 甚 静 黙、 咽 霞 不 解 幾 年 喰 (松 栢 は 料 り 知 る 甚 だ 静 黙 な る を、 姻 霞 は 解 さ ず 幾 年 喰 す る か を) ﹂ は 対 句。 空 海 が 高 雄 山 寺 で 修 暉 し て い る こ と を 嵯 峨 帝 も よ く 承 知 し て い て、 そ の 状 況 を ﹁ 周 囲 に 繁 茂 す る 松 や 栢 は 暉 定 の 有 様 を 良 く 存 知 し て い る が、 廻 り に 立 ち こ あ る 霧 や 霞 は 質 素 な 修 暉 生 活 を 幾 年 間 ほ ど し て い る の か 知 ら な い よ う だ 随 分 長 期 間 に 渡 つ て い る よ う だ。 ﹂ と 述 べ る。 空 海 の 修 暉 の 生 活 を 評 価 し て い る 嵯 峨 帝 の 想 い が 出 て い る 対 句 で あ る。 て い か ん そ さ ん す す そ れ に 封 し 空 海 も 第 二 聯 で ﹁ 五 綴 持 錫 観 妙 法、 六 年 薙 衣 畷 疏 農 ( 五 綴 持 錫 し て 妙 法 を 観 ず、 六 年 薙 衣 し て 疏 喰 を 畷 る) ﹂ と 対 句 で 応 じ、 ﹁ こ の 高 雄 山 寺 に 来 て、 出 家 者 と し て の 分 を 守 り、 玄 妙 な る 佛 の 道 に 想 い を 凝 ら し て、 粗 衣 粗 食 の 生 活 を し て 六 年 に な り ま す。 ﹂ と 答 え る。 ﹁ 松 栢 ﹂ は 山 岳 に 繁 茂 す る 代 表 的 な 針 葉 樹 で あ る。 森 林 ・ 山 林 を 表 す 風 物 と し て、 多 数 の 用 例 が あ り、 詩 語 に も よ (40 ) く 用 い ら れ て い る。 栢 は 日 本 で い う カ シ ワ で な く、 檜 科 に 属 す る 針 葉 樹 で あ る。 ﹁ 料 知 ﹂ は は か り 知 る こ と で、 よ く 知 っ て い る、 よ く 承 知 し て い る 事 で あ る。 用 例 が 殆 ん ど な く、 語 句 と し て も 珍 し ん し ん し い。 僅 か に 雰 参 の 七 言 古 詩 ﹁ 走 馬 川 行 奉 送 出 師 西 征 (走 馬 川 行 し て 出 師 西 征 す る を 奉 送 す) ﹂ に ﹁ 料 知 短 兵 不 敢 接 (41 ) ( 短 兵 を 料 知 し て 敢 え て 接 せ ず) ﹂ と 用 い ら れ て い る。 ﹁ 静 黙 ﹂ は 静 に 黙 つ て い る 事 で、 隠 棲 と ほ ぼ 同 義 で 用 い ら れ て い る。 こ こ で は 静 か に 暉 定 し て い る 様 を い う。 詩 語 (42 ) と し て は 同 義 の ﹁ 寂 黙 ﹂ に 比 し 頻 度 の 少 な い 語 句 で あ る。 ﹃ 文 選 ﹂ 巻 三 十 一 で は 江 滝 ﹁ 雑 膿 詩 三 十 ・ 謝 光 録 荘 ・ 郊 遊 ﹂ め ん や み の 第 九 句 に ﹁ 静 黙 鏡 縣 野 ( 静 黙 し て 縣 野 を 鏡 る) ﹂ の 用 例 が あ る。

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﹁ 咽 霞 ﹂ は も や と か す み の 事。 か す み た な び く 自 然 の 情 景 を 表 す の に 多 く 用 い ら れ、 多 数 の 用 例 が あ り、 詩 語 と し (43 ) て も 多 数 の 用 例 が あ る。 ﹁ 不 解 ﹂ は 膨 大 な 用 例 が あ り、 意 味 も 大 別 し て 三 種 に 分 か れ る。 一 は ﹃ 毛 詩 ﹄ ﹁ 大 雅 ・ 生 民 ・ 假 樂 ﹂ の ﹁ 不 解 干 位、 お こ た い こ と こ ろ お こ た 民 之 仮 堅 ( 位 に 解 ら ず、 民 の 堅 う 故 な り) ﹂ を 典 故 と す る。 ﹁ 慨 ら な い ﹂ の 意 味 で、 ﹃ 禮 記 ﹂ ﹃ 春 秋 左 氏 傳 ﹄ な ど 経 書 や そ の 注 な ど に 用 例 が 多 く あ る。 二 は ﹁ ほ ど か な い、 緩 め な い ﹂ な ど の 意 味 に 用 い ら れ る。 詩 語 と し て も 多 数 の 用 例 が (44 ) 見 出 せ る。 三 は ﹁ 理 解 で き な い、 分 か ら な い、 知 ら な い ﹂ 等 の 意 味 で 用 い ら れ て い る。 詩 語 と し て の 用 例 は 多 く は な (45 ) い が 幾 つ か の 用 例 が あ る。 ち な み に ﹃ 文 選 ﹄ に は 七 例 が あ る。 そ の 中 で ﹁ 分 か ら な い、 知 ら な い ﹂ の 意 味 で 用 い ら れ て い る の は 一 例 の み で あ (46 ) (47 ) る。 他 の 六 例 は 全 て ﹁ ほ ど か な い、 緩 あ な い ﹂ の 意 味 で の 用 例 で あ る。 比 較 的 珍 し い 用 法 の ﹁ 不 解 ﹂ を 用 い た の は、 平 灰 を 考 慮 し た 為 か も 知 れ な い。 通 常 用 い る ﹁ 不 知 ﹂ を 用 い る と、 ﹁ 知 ﹂ は 上 平 聲 第 五 ﹁ 支 ﹂ 韻 で あ る の で、 第 二 字 の ﹁ 霞 ﹂ と 重 な り、 二 四 不 同 の 規 則 を 犯 す こ と に な る。 ﹁ 解 ﹂ は 上 聲 か い 第 十 二 ﹁ 蟹 ﹂ 韻 で 二 四 不 同 の 規 則 に 合 致 す る。 ﹁ 喰 ﹂ は ﹁ 餐 ﹂ と 同 じ。 食 事 す る 事 で あ る。 ﹁ 五 綴 ﹂ は 佛 語 で 五 片 を 繋 ぎ 合 わ せ た 鉢 の 事 で あ る。 鉢 は 出 家 者 が 托 鉢 に 用 い る 食 器 で、 前 述 の ﹁ 方 抱 ﹂ で 説 明 し た 通 り、 初 期 僧 團 で 三 枚 の 袈 裟 と 土 ハ に 私 有 物 と し て 認 め ら れ て い た。 ﹃ 便 蒙 ﹂ は そ の 由 来 を ﹃ 繹 氏 要 覧 ﹄ を 引 い て 詳 (48 ) ら こ ら (49 ) し く 述 べ て い る。 そ れ に よ る と、 繹 尊 成 道 後 の 三 十 八 年 に、 羅 喉 羅 が 繹 尊 の 鉢 を 洗 つ て い た と き 落 と し て 五 片 に 割 れ て し ま っ た。 そ れ を 繹 尊 が 綴 り 合 せ て 元 に 戻 し た。 そ の 割 れ た こ と に 因 み、 自 分 が 滅 し て 五 百 年 後 に 部 派 が 五 部 に ﹁奉 謝 恩 賜 百 屯 綿 兼 七 言 詩 詩 一 首 井 序 ﹂ と ﹁御 製 詩 ﹂

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密 教 文 化 分 裂 す る こ と を 予 言 し た と い う、 伝 説 上 の 佛 鉢 で あ る。 こ こ で は 出 家 者 を 表 し て い る。 ﹁ 持 錫 ﹂ は 佛 語。 錫 杖 を 持 ち 行 脚 修 行 す る 事。 こ こ で は、 ﹁ 五 綴 ﹂ と 並 び 同 じ く 出 家 者 を 表 す。 即 ち ﹁ 五 綴 持 錫 ﹂ は 出 家 者 と し て 生 活 し て い る 空 海 自 身 を 表 し て い る。 ﹁ 観 ﹂ は 佛 語。 暉 定 し て 観 想 す る こ と。 真 言 宗 で は 空 海 の も た ら し た 種 々 の 観 想 法 が あ り、 ﹁ 阿 字 観 ﹂ ﹁ 五 相 成 身 観 ﹂ 等 が 現 在 ま で 相 承 さ れ て い る。 こ こ で は 空 海 が ど の 様 な 観 想 を 行 つ て い た か 判 ら な い が、 と も か く 暉 定 し て い る 状 態 を 述 べ て い る。 ﹁ 妙 法 ﹂ は 佛 語 で 玄 妙 な る 佛 の 真 理 の 意 味 で あ る。 多 数 の 佛 典 に 多 用 さ れ て い る 馴 染 み の 言 葉 で あ る。 ﹁ 六 年 ﹂ は ﹃ 便 蒙 ﹄ の 指 摘 の 如 く、 高 雄 山 寺 に 居 住 し て い る 期 間 を い う。 空 海 が 上 京 を 許 さ れ た 大 同 四 年 の 七 月 頃 か ら、 勘 定 し て こ の 奉 和 詩 を 書 い た 時 ま で の 期 間 で あ る。 こ の 間、 約 一 年 は 嵯 峨 帝 の 命 で 乙 訓 寺 に 在 住 し て い た が、 本 拠 は 高 雄 山 寺 に 置 い て い た と 思 わ れ る。 そ こ か ら、 こ の ﹁ 奉 謝 恩 賜 百 屯 綿 兼 七 言 詩 詩 一 首 井 序 ﹂ の 制 作 時 期 は 弘 仁 五 年 と 判 明 す る。 季 節 は 御 製 詩 と 奉 和 詩 の 語 句 に よ っ て 春 と 判 る。 ﹁ 薙 衣 ﹂ は ﹁ 懸 羅 ﹂ と 同 じ 植 物 で 衣 の よ う に 垂 れ 下 が っ て い る ﹁ サ ガ リ ゴ ケ ﹂ の 事 で あ る。 し か し、 こ こ で は そ れ へ い ら い で は 意 味 が 通 ら な い。 植 物 で は な く、 衣 服 と 考 え る と ﹁ 薙 衣 ﹂ を 含 む 語 句 で ﹁ 醇 羅 衣 ﹂ が あ る。 ﹁ 醇 薙 衣 ﹂ は ﹁ 醇 ﹂ が カ オ リ カ ズ ラ で ﹁ 薙 ﹂ が ッ タ カ ズ ラ の 事 で、 そ れ ら の 植 物 の 表 皮 を 編 ん で 作 っ た 衣 服 の 事 で あ る。 粗 末 な 衣 服 の 代 表 と し て、 転 じ て 隠 者 の 衣 服 の 事 を 意 味 す る よ う に な つ た。 即 ち ﹁ 薙 衣 ﹂ は ﹁ 醇 薙 衣 ﹂ と す る の が、 こ の 場 合 相 応 し ( 50) い と 考 え ら れ る。 ﹁ 醇 薙 衣 ﹂ は 詩 語 と し て も 用 い ら れ て い る が、 省 略 形 の ﹁ 薙 衣 ﹂ の 用 例 は 見 当 た ら ず、 空 海 の し ば

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(51 ) し ば 用 い る 略 語 の 一 例 と 思 わ れ る。 ﹁ 羅 皮 函 詞 ﹂ (﹃ 性 露 集 ﹄ 巻 一) に 同 じ 用 例 が あ る。 せ つ ﹁ 畷 ﹂ は 食 べ る、 食 ら う の 意 味。 ﹃ 便 蒙 ﹄ は ﹃ 説 文 解 字 ﹄ と ﹃ 禮 記 ﹄ を 引 き、 意 味 を 注 繹 し て い る が、 こ の 一 字 で 特 段 の 典 故 が あ る わ け で は な い。 ﹁ 疏 農 ﹂ は ﹁ 疏 餐 ﹂ と 同 じ、 菜 食 の 事。 ﹁ 疏 ﹂ は 青 物 ・ 野 菜 の 事 で あ る。 転 じ て 粗 末 な 食 事 を 意 味 す る よ う に な っ た。 空 海 は 戒 律 を 守 り、 菜 食 を 行 っ て い た と 考 え ら れ る の で、 こ の 場 合 は ど ち ら と も 取 れ る。 ﹁ 疏 餐 ﹂ の 用 例 は 僅 か (52 ) (53 ) に ﹃ 績 高 僧 傳 ﹄ ﹃ 弘 明 集 ﹄ に 三 例 あ る の み で あ る。 詩 語 と し て は ﹃ 全 唐 詩 ﹄ に 一 例 の み 見 出 せ る。 し か し 同 義 の ﹁ 疏 食 ﹂ は 漢 籍 ・ 佛 典 土 ハ に 多 数 の 用 例 が あ る。 空 海 は 御 製 詩 の 語 句 に 合 わ せ る た め、 ﹁ 餐 ﹂ を ﹁ 喰 ﹂ に し て、 小 数 例 の ﹁ 疏 喰 ﹂ を 用 い た と 思 わ れ る。 自 ら は、 こ の 後、 ﹁ 爲 藤 真 川 學 浄 豊 啓 ( 藤 真 川 の 爲 に 浄 豊 を 學 す る が (54 ) め み が 啓) ﹂ ( ﹃ 性 験 集 ﹄ 巻 四) に 用 い て い る。 ﹃ 便 蒙 ﹄ は ﹁ 沙 門 勝 道 歴 山 水 螢 玄 珠 碑 ( 沙 門 勝 道 山 水 を 歴 ぐ り 玄 珠 を 螢 く の 碑) ﹂ く つり の 一 文 ﹁ 喫 菜 喫 水 樂 在 中 (菜 を 喫 い 水 を 喫 っ て 樂 み 中 に 在 り) ﹂ の 自 注 を 参 照 せ よ と し て い る。 そ の 注 で、 ﹁ 疏 食 ﹂ を ﹃ 論 語 ﹄ と 孔 安 國 の 注 を 引 い て、 ﹁ 疏 食 ﹂ ば 菜 食 な り と し て い る。 ﹁ 疏 農 ﹂ の 典 故 や 用 例 が 殆 ん ど 見 当 た ら な い の で、 運 敬 は ﹁ 疏 喰 ﹂ は ﹁ 疏 食 ﹂ と 同 義 と し て、 解 繹 し て い る。 い ま ゆ た か 御 製 詩 第 三 聯 ﹁ 暉 關 近 日 消 息 断、 京 邑 如 今 花 柳 寛 (暉 關 近 日 消 息 断 つ、 京 邑 如 今 花 柳 寛 な り。) ﹂ は 対 句。 ﹁ 高 雄 山 寺 か ら の 便 り が 最 近 途 絶 え て い る よ う だ が、 京 の 街 は 今 現 在 花 や 柳 が 咲 き 誇 っ て い る よ ﹂ と 空 海 の 消 息 を 問 い、 都 の 春 の 盛 り の 有 様 を 述 べ る。 つ く ふ く ぼ ん ひ ろ や か そ れ に 封 し 空 海 は 第 三 聯 ﹁ 日 與 月 與 丹 誠 墨、 覆 甕 今 見 禿 日 寛 ( 日 や 月 や 丹 誠 し て 書 す な り、 覆 甕 今 見 る 尭 日 の 寛 な る を) ﹂ で は ﹁ 日 月 の 時 の 流 れ に の っ て、 心 を 込 め て、 修 暉 に 励 ん で お り ま す。 日 頃 は 恩 澤 の 光 を 受 け る 事 が で き な ﹁奉 謝 恩 賜 百 屯 綿 兼 七 言 詩 詩 一 首 井 序 ﹂ と ﹁御 製 詩 ﹂

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密 教 文 化 ゆ た か い よ う な 身 分 の 拙 僧 で す ら、 嵯 峨 帝 の 徳 政 の 光 が 寛 で 潤 澤 で あ る が た め に、 今 こ の 現 在、 そ の 恩 澤 に 逢 着 す る こ と が 出 来 ま し た。 ﹂ と 応 え る。 ﹁ 暉 關 ﹂ は 文 字 通 り で は 修 暉 す る 場 所 を 区 切 る 境 界 の 事 で あ る。 こ こ で は 高 雄 山 寺 の 事 を 指 し て い る。 用 例 が 殆 ん ど 見 当 た ら ず、 空 海 が 山 に 籠 っ て 暉 行 を し て い る 事 を 意 識 し た 発 想 と 思 わ れ る。 ﹁ 近 日 ﹂ は 近 頃 と 同 じ、 十 日 間 未 満 の 日 時 を 指 し て い る。 数 多 く 用 い ら れ て い る 語 句 で あ る が、 ﹃ 文 選 ﹄ に も 二 例 あ る。 ﹃ 禮 記 ﹄ ﹁ 曲 禮 上 ﹂ の 説 明 に よ れ ば、 ﹁ 遠 日 ﹂ は 一 旬 ( 十 日 間) 以 上 の 日 時 と し、 ﹁ 近 日 ﹂ を 一 旬 未 満 の 日 時 と し て (55 ) い る。 現 在 で も ご く 普 通 に 用 い ら れ る 語 句 で あ る。 ﹁ 消 息 ﹂ は た よ り ・ 音 信 ・ 様 子 ・ 安 否 な ど の 意 味 に 用 い ら れ て い る。 現 在 で も よ く 用 い ら れ る 普 通 名 詞 で あ る。 こ こ で は、 空 海 か ら の 書 信 が 途 絶 え た の か、 或 い は 空 海 の 安 否 ・ 生 活 の 状 態 が 分 か ら な く な つ た の か、 ど ち ら と も 取 れ (56 ) る。 典 故 を 挙 げ る と す れ ば、 ﹃ 周 易 ﹄ に 有 る。 ﹁ 消 ﹂ は 陽 の 氣 の 減 少 す る 事、 ﹁ 息 ﹂ は 陽 の 氣 の 増 加 す る こ と で あ る。 そ こ か ら、 時 の 移 り 変 わ り の 意 味 に な り、 転 じ て 現 在 の 意 味 と な つ た。 (57 ) ﹁ 京 邑 ﹂ は み や こ、 首 府 の 事 で あ る。 こ こ で は 平 安 京 を 指 す。 用 例 が 多 数 あ り、 詩 語 と し て も 用 い ら れ て い る。 特 段 の 典 故 は 無 く 普 通 の 語 句 で あ る。 ﹁ 如 今 ﹂ は、 た だ 今 ・ 現 在 ・ こ の 世 を 表 す 言 葉。 こ れ も 普 通 の 語 句 で、 用 例 に 事 欠 か な い。 詩 語 に も 用 い ら れ る。 (58 ) ﹁ 花 柳 ﹂ は 花 と 柳 で、 詩 賦 以 外 に 用 例 が 殆 ん ど な く、 春 を 表 す 詩 の 季 語 と し て 多 く 用 い ら れ る 語 句 で あ る。 ﹁ 梅 花 じ よ 柳 紫 ﹂ 或 は ﹁ 桃 花 柳 紫 ﹂ の 省 略 語 句 と 考 え ら れ、 梅 或 い は 桃 が 咲 き 誇 り、 柳 の 白 い わ た が 乱 れ 飛 ぶ 春 の 風 景 を イ メ ー ジ し て い る。

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ち ょ う か れ い し ﹁ 日 與 月 與 ﹂ は 日 月 ・ 時 の 流 れ の 事。 ﹃ 便 蒙 ﹄ の 指 摘 の 如 く、 ﹃ 文 選 ﹄ 所 載 の 張 華 ﹁ 働 志 詩 ﹂ 第 二 詩 の 第 三 句 ・ 四 句 じ ん ぜ ん お の ﹁ 日 與 月 與、 荏 菖 代 謝 ( 日 や 月 や 荏 苗 と し て 代 謝 す) ﹂ の 用 例 を 参 照 し た と 思 わ れ る。 ﹁ 與 ﹂ は 語 勢 を 助 け る 語 気 詞 で ﹁ 日 や 月 や ﹂ と 訓 み た い。 音 韻 は ﹁ 上 聲 ﹂ と な る。 御 製 詩 の ﹁ 消 息 ﹂ に 対 応 し た 言 葉 で あ る。 ﹁ 丹 誠 ﹂ は ま こ こ ろ。 赤 誠 ・ 赤 心 と 同 じ。 特 段 の 曲 ハ故 は な い が、 詩 語 と し て も 用 い ら れ る。 現 在 も 使 わ れ て い る 言 葉 で あ る。 ﹁ 覆 盆 ﹂ は 文 脈 か ら す れ ば、 山 籠 し て い る 空 海 自 身 の こ と を 表 し て い る。 し か し、 典 故 な ど を 調 べ て も 合 致 す る も の が 見 当 た ら ず、 古 来、 注 繹 書 の 解 繹 も 様 々 で あ る。 こ れ に つ い て は、 後 で 一 節 を 設 け 詳 し く 検 討 し て い る が、 誌 面 の 関 係 か ら 省 略 し た の で、 結 論 だ け 述 べ る こ と に し た い。 先 学 達 の 大 半 の 解 繹 は、 そ の 典 故 ・ 典 拠 の 違 い を 別 に す れ ば、 空 海 自 身 の 卑 下 の 語 句 ・ 謙 構 の 意 味 に し て い る。 し か し、 空 海 が ﹁ 覆 盆 ︹ の 語 句 を 用 い た の は、 自 ら の 卑 小 さ や 愚 擬 で 無 知 な 人 間 で あ る こ と を 強 調 す る の で は な く、 ﹁ 勇 日 ﹂ に 対 応 し た 語 句 と し て 用 い て い る。 聖 帝 の 徳 政 の 光 を 佛 の 慈 悲 の 光 に な ぞ ら え て、 日 頃 は 聖 帝 の 恩 澤 を 受 け る 事 が で き な い よ う な 拙 僧 で す ら、 今 こ の 現 在、 嵯 峨 帝 の 徳 政 ゆ た か の 光 が 寛 で 潤 澤 で あ る が た あ に、 そ の 恩 澤 に 逢 着 す る こ と が 出 来 て 感 激 し て い ま す。 と 解 繹 し た い。 恩 澤 の 中 に は 下 賜 さ れ た 綿 や 詩 が 含 ま れ て い る。 ﹁ 今 見 ﹂ は 現 前 し て い る こ と。 ﹁ 如 今 ﹂ と 対 応 し て い る。 普 通 の 語 句 で、 詩 語 と し て も 用 い ら れ て い る。 謝 餓 雲 ﹁ 從 游 京 口 北 固 鷹 詔 (從 い て 京 口 の 北 固 に 游 び 詔 に 鷹 ず) ﹂ [﹃ 文 選 ﹄ 巻 二 十 二 ・ 遊 覧 詩 ] の 五 句 ・ 六 句 の 対 句 に ﹁ 昔 聞 扮 く つ わ 水 游、 今 見 塵 外 錬 ( 昔 聞 く 扮 水 の 游 び、 今 見 る 塵 外 の 錬) ﹂ の 用 例 が あ る。 ﹁ 尭 日 ﹂ は 聖 王 尭 の 行 つ た よ う な 徳 政 が 日 光 の よ う に 民 を 照 ら す こ と で あ る。 散 文 で は 僅 か に ﹃ 奮 五 代 史 ﹄ ﹁ 列 傳 ・ ﹁奉 謝 恩 賜 百 屯 綿 兼 七 言 詩 詩 一 首 井 序 ﹂ と ﹁御 製 詩 ﹂

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密 教 文 化 あ た な ご 僧 偽 傳 三 ﹂ に ﹁ 照 之 以 尭 日、 和 之 以 舜 風 (尭 日 を も つ て 之 を 照 た め、 舜 風 を も つ て 之 を 和 ま す) ﹂ の 用 例 を 見 出 せ る が、 し こ う ど う こ う じ ゅ あ ん ふ そ れ よ り も 詩 語 と し て 用 い ら れ て い る。 ﹃ 全 唐 詩 ﹄ に 十 七 例 の 用 例 が あ る。 例 え ば 陳 子 昂 ﹁ 同 昊 上 人 傷 壽 安 傅 少 府 ﹂ ち ゅ う せ き ち ょ う せ き ふ と ふ と の 第 五 句 に ﹁ 疇 昔 逢 尭 日 (疇 昔 尭 日 に 逢 う) ﹂ や 張 錫 ﹁ 奉 和 九 月 九 日 登 慈 恩 寺 浮 圖 鷹 制 ( 九 月 九 日 慈 恩 寺 に 登 り 浮 圖 に き く さ い ゆ こ う め ぐ 奉 和 す る の 鷹 制 ﹂ の 第 五 句 ・ 六 句 に ﹁ 菊 繰 揚 尭 日、 萸 香 緯 舜 風 ( 菊 繰 尭 日 に 揚 が り、 萸 香 舜 風 に 緯 る) ﹂ 等 の 用 例 が あ (60 ) る。 空 海 が こ の 語 句 を 何 処 か ら 学 ん だ か 不 明 で あ る が、 早 く に 入 唐 時 の ﹁ 爲 大 使 與 福 州 観 察 使 書 ﹂ (﹃ 性 璽 集 ﹄ 巻 第 五) に 用 い て い る。 そ の 後 も ﹁ 書 劉 希 夷 集 獄 納 表 ﹂ (﹃ 性 塞 集 ﹄ 巻 第 四) と ﹁ 中 壽 感 興 詩 井 序 ﹂ (﹃ 性 璽 集 ﹄ 巻 第 三) に も 用 い (61 ) て お り、 比 較 的 使 い 慣 れ た 語 彙 で あ つ た と 考 え ら れ る。 し ん や く こ う び ょ う よ ろ こ び き わ ま り ﹃ 便 蒙 ﹄ は ﹁ 中 壽 感 興 詩 井 序 ﹂ の 注 繹 に ﹁ 勇 日 ﹂ を 沈 約 ﹁ 郊 窟 歌 ﹂ 日 く と し て、 ﹁ 舜 日 発 年 歓 極 無 し ﹂ の 一 句 (62 ) を 引 き、 発 日 は 猶 尭 世 を 云 う が ご と し と 注 繹 し て い る が、 こ れ は 明 ら か に 誤 認 し た 注 繹 で あ る。 運 敬 は こ の 一 文 を 恐 ら く ﹃ 藝 文 類 聚 ﹄ か ら 孫 引 き し た と 思 わ れ る。 な ぜ な ら 同 書 第 四 三 巻 ﹁ 樂 部 三 ・ 歌 ﹂ の 項 目 に ﹁ 梁 沈 約 郊 廣 歌 ・ 黄 帝 は く ち ょ か 辮 日 ﹂ と し て、 ﹁ 郊 廣 歌 ﹂ の 各 章 を 所 載 し、 そ の 後 に ﹁ 又 春 白 綜 歌 日 ﹂ の 以 降 の 第 八 句 に こ の 一 文 が 所 載 さ れ て い る。 (63 ) こ の ﹁ 白 綜 歌 ﹂ は ﹁ 郊 席 歌 ﹂ と 全 く 別 の 作 品 で あ る。 一 応 沈 約 の 作 品 で は あ る が、 春 夏 秋 冬 夜 の 五 章 の 白 絆 歌 の 後 の 四 句 は 全 て 同 文 で リ フ レ イ ン し て 歌 わ れ る 四 句 の 中 の 最 後 の 一 句 と な つ て い る。 こ の 白 絆 歌 の 全 文 は ﹃ 樂 府 詩 集 ﹄ 巻 第 五 十 六 に ﹁ 舞 曲 歌 僻 五 ・ 雑 舞 四 ﹂ の ﹁ 四 時 白 綜 歌 ﹂ と し て 所 載 さ れ て い る。 沈 約 は、 そ の 前 文 で こ の リ フ レ イ ン す (64 ) よ ろ こ び き わ ま り る 四 句 は 梁 ・ 武 帝 の 作 と 述 べ て い る。 即 ち、 ﹁ 舜 日 尭 年 歓 無 極 (舜 日 尭 年 歓 極 無 し) ﹂ の 一 句 は 武 帝 の 制 作 し た 四 句 の 最 後 の 句 に 当 た る。

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な か 御 製 詩 第 四 聯 ﹁ 菩 薩 莫 嫌 此 輕 贈、 爲 救 施 者 世 間 難 ( 菩 薩 よ 此 の 輕 贈 を 嫌 う こ と 莫 れ、 爲 に 救 え 施 者 世 間 の 難 を) ﹂ は 空 海 に 綿 を 贈 る こ と を 述 べ、 謙 遜 し て ﹁ 僅 か で あ る が 嫌 が ら ず に 受 取 っ て、 布 施 を 施 し た 私 や 俗 世 間 の 人 々 の 災 い を 救 っ て く れ た ま え ﹂ と 結 ぶ。 ち ゅ う ち ょ う も ち じ ん か ん 空 海 は ﹁ 諸 佛 威 護 一 子 愛、 何 須 慨 帳 人 間 難 ( 諸 佛 威 護 す 一 子 愛、 何 ぞ 凋 恨 す る こ と を 須 ゐ ん 人 間 の 難 を) ﹂ と 受 け て ﹁ 現 在、 諸 佛 の 加 護 を 受 け ら れ た 帝 や 衆 生 達 が 安 寧 に 暮 ら し て い る と き に、 私 ご と き が 世 間 の 災 い を い た み な げ く こ と が あ り ま し ょ う か ﹂ と 現 在 の 嵯 峨 帝 の 治 世 が 素 晴 ら し い の に、 今 更、 災 い を 救 う よ う な こ と は 何 も あ り ま せ ん と 謙 遜 し て 答 え て 結 び と し て い る。 ﹁ 菩 薩 ﹂ は 佛 語。 サ ン ス ク リ ッ ト 語 のbhdhisattva の 音 訳。 悟 り を 求 め て 修 行 す る 人。 後 に 佛 に 成 る 直 前 の 階 位 を 意 味 し、 自 ら 佛 道 を 求 め 他 人 を 救 済 し 悟 ら せ る 者 ・ 観 世 音 菩 薩 ・ 地 藏 菩 薩 等 々 と な っ た。 そ れ が 転 じ て、 修 行 を 熱 心 に 行 い、 俗 世 を 離 れ た 高 潔 ・ 清 貧 の 僧 侶 を 尊 敬 し て 指 す 事 に な る。 こ こ で は 空 海 を 尊 重 し て 菩 薩 と 表 現 し て い る。 ﹁ 輕 贈 ﹂ は 謙 遜 し て わ ず か な 贈 物 を い う。 用 例 が 見 当 た ら ず、 輕 少 ・ 輕 微 な ど の 意 味 を 込 め て、 嵯 峨 帝 が 用 い た と 思 わ れ る。 (65 ) ﹁ 爲 救 ﹂ は 命 令 形。 小 島 憲 之 氏 の 読 み に 従 う。 ﹁ 施 者 ﹂ は 恩 恵 を 与 え る 人。 こ こ で は 布 施 を す る 人。 佛 語 の ﹁ 施 主 ﹂ と 同 義 に 用 い ら れ て い る。 ﹁ 恩 恵 を 与 え る 人 ﹂ (66 ) を 意 味 す る 用 例 は 多 く あ る。 ﹁ 施 主 ﹂ の 意 味 で 用 い ら れ た 例 は、 詩 語 と し て は、 ﹃ 全 唐 詩 ﹄ に 劉 萬 錫 ﹁ 送 如 智 法 師 由 辰 州 兼 寄 許 評 事 ( 辰 州 由 り 如 智 法 師 を 送 り、 兼 ね て 許 評 事 に 寄 す) ﹂ の 第 三 句 ・ 四 句 に ﹁ 都 人 禮 白 足、 施 者 散 金 銭 ( 都 人 (67 ) は 白 足 に 禮 し、 施 者 は 金 銭 を 散 ず) ﹂ と あ る の が 唯 一 の も の で あ る。 白 足 は 僧 侶 の 事。 ﹁奉 謝 恩 賜 百 屯 綿 兼 七 言 詩 詩 一 首 井 序 ﹂ と ﹁御 製 詩 ﹂

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密 教 文 化 ﹁ 世 間 難 ﹂ は こ の 世 界 の 災 い、 苦 し み。 ﹁ 世 間 ﹂ 現 在 で も 普 通 に 用 い ら れ る 語 句 で 現 存 す る 現 象 世 界 を 表 す。 ﹁ 難 ﹂ は こ こ で は、 災 い、 苦 し み、 困 難 の 意 味 に 用 い て い る。 ﹁ 諸 佛 ﹂ は 御 製 詩 の ﹁ 菩 薩 ﹂ に 対 応 し て 用 い て い る。 ﹁ 菩 薩 ﹂ よ り も 高 い 究 極 の 悟 り を 得 た 者、 即 ち 世 間 の 救 済 者 を 表 し て い る。 (68 ) ﹁ 威 護 ﹂ は 威 力 を も つ て 厳 か に 守 る 事 で あ る が、 用 例 が 少 な く、 詩 語 に も 使 わ れ て い な い。 佛 典 に は 佛 の 威 光 を 表 す 語 句 と し て、 威 徳 ・ 威 能 ・ 威 佛 な ど の ﹁ 威 ﹂ 字 を 用 い た 熟 語 が 数 多 く 用 い ら れ て い る。 空 海 は 佛 の 威 光 で 衆 生 を 保 護 す る 意 味 で 用 い た の で あ ろ う。 ど ち ら か と い え ば 特 異 な 用 法 で 佛 語 的 で あ る。 ﹁ 一 子 愛 ﹂ は 佛 語。 父 母 が 一 人 児 を 熱 愛 す る 如 く、 佛 が 衆 生 を 懸 命 に 慈 愛 す る 喩 え と し て、 多 数 の 佛 典 に 記 述 が あ (69 ) る。 ﹃ 便 蒙 ﹂ は ﹃ 大 般 浬 藥 纒 ﹄ を 引 き 注 繹 し て い る。 そ の 由 来 は 釈 尊 の ひ と り 子 の 羅 喉 羅 に 対 す る 愛 を 普 遍 化 し た こ (70 ) と か ら 始 ま っ た 讐 喩 で あ る。 も ち ﹁ 何 須 ﹂ は 反 語。 ﹁ 何 ぞ ○ ○ を 須 ゐ ん ﹂ で、 ど う し て ○ ○ す る 必 要 が あ ろ う か の 意 味 で あ る。 こ こ で は い た み な げ く 必 要 が な い と の 意 味 に な る。 ﹁ 個 帳 ﹂ は い た み な げ く 事。 典 故 は ﹃ 便 蒙 ﹄ の 指 摘 の 如 く、 ﹃ 楚 辞 ﹄ 宋 玉 ﹁ 九 辮 ﹂ に あ る。 二 箇 所 用 い ら れ て い る。 ひ そ か そ の 一 は ﹁ 九 辮 ・ 第 一 段 ﹂ の ﹁ 個 帳 今、 而 私 自 憐 ( 凋 恨 た り、 私 に 自 ら 憐 れ む) ﹂ で あ り、 そ の 二 は ﹁ 同 ・ 第 七 段 ﹂ た く た く し か の ﹁ 春 秋 連 連 而 旦 局 今、 然 個 帳 而 自 悲 (春 秋 は 連 連 と し て 日 々 に 高 く、 然 く 個 恨 し て 自 ら 悲 し む) ﹂ で あ る。 こ れ ら の 用 例 を 典 故 と し て、 古 来 よ り 悲 憤 ・ 悲 哀 を 表 す 言 葉 と し て、 多 数 用 い ら れ て い る。 詩 語 と し て も 驚 く ほ ど 使 用 頻 度 が (71 ) 高 い 語 句 の 一 つ で あ る。

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﹁ 人 間 難 ﹂ は 現 存 す る 人 間 世 界 の 苦 し み を 表 す。 御 製 詩 の ﹁ 世 間 難 ﹂ と 対 応 し た 同 義 の 言 葉 で あ る。 こ れ で 個 々 の 語 句 の 解 釈 を 終 え る が、 御 製 詩 は 嵯 峨 帝 の 空 海 に 対 す る 細 や か な 配 慮 が 素 直 に 表 現 さ れ て い て、 権 力 お も い 者 の 臭 い が 微 塵 も な く、 自 然 体 の 詩 と な っ て い る。 第 三 句 ・ 四 句 で 空 海 の 修 暉 に 賭 け る 熱 い 念 に 対 す る 理 解 が ﹁ 松 栢 ﹂ ﹁ 咽 霞 ﹂ に 仮 託 し て、 そ の 深 い 所 ま で ﹁ 料 知 ﹂ さ れ て い た こ と が 窺 わ れ る。 空 海 を 知 っ て 五 年 あ ま り 経 っ て、 充 分 に ひ と と な り そ の 爲 人 を 認 知 さ れ た 事 が 推 測 で き る。 御 製 詩 に 対 し、 奉 和 詩 は 押 韻 に 全 く 同 じ 文 字 を 選 び、 且 つ 語 句 と 構 文 を 出 来 る だ け 対 応 さ せ て 制 作 さ れ て い る の は 先 に 見 て き た 通 り で あ る。 そ の よ う な 詩 を 作 る た め に は、 豊 富 な 語 彙 と 該 博 な 知 識 が 必 要 で、 且 つ 詩 作 す る 能 力 が 伴 わ ね ば な ら な い。 こ の 詩 一 つ を 取 つ て み て も 空 海 が 並 々 な ら な い 作 詩 者 で あ る こ と を 証 明 す る こ と に な る。 た だ、 そ の 為 か 詩 意 は や や 生 硬 で、 修 禅 に 懸 命 な 事 の み 強 調 さ れ て、 肩 に 力 が 入 っ て い る 感 が 否 め な い。 以 上、 嵯 峨 帝 の 詩 と そ の 詩 に 奉 和 し た 空 海 の 詩 を 検 討 し た が、 両 者 の 詩 を 並 べ、 各 々 の 聯 ご と に 比 較 す る 事 に よ っ て、 よ り 鮮 明 に 趣 意 を 理 解 す る こ と が 出 来 た と 考 え る。 お わ り に こ れ で、 嵯 峨 帝 よ り 贈 ら れ た 綿 と 七 言 詩 に 封 す る 空 海 の 陳 謝 の 表 と 奉 和 詩 の 考 究 を 終 え る。 こ の 作 品 は、 先 に 考 究 し た ﹁ 鰍 柑 子 表 ﹂ が 作 ら れ て か ら、 一 年 半 ほ ど 後 に 作 ら れ た。 こ の 間、 空 海 は 高 雄 山 寺 に 戻 り、 同 寺 を 真 言 道 場 と し て、 弘 仁 三 年 十 一 月 十 五 日 に 初 め て 金 剛 界 結 縁 灌 頂 を 行 い、 引 続 き 十 二 月 十 四 日 に 胎 藏 結 縁 灌 頂 を 行 っ た。 そ の 後、 ﹁奉 謝 恩 賜 百 屯 綿 兼 七 言 詩 詩 一 首 井 序 ﹂ と ﹁御 製 詩 ﹂

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密 教 文 化 同 寺 を 真 言 密 教 の 本 拠 と す る べ く、 弟 子 の 養 成 ・ 三 綱 の 任 命 等 着 々 と 整 備 す る。 一 方、 弘 仁 四 年 の 秋 に ﹁ 中 壽 感 興 詩 井 序 ﹂ を 作 成 し、 嵯 峨 帝 以 下 知 友 達 に 贈 っ た。 そ の 事 は、 嵯 峨 文 壇 に も 参 加 し て、 詩 友 即 ち 嵯 峨 朝 廷 の 有 力 者 達 と の 交 際 を 深 め つ つ あ つ た 事 を 推 測 さ せ る。 嵯 峨 帝 へ の 文 物 の 献 上 は 中 断 し て い る が、 關 係 は 更 に 密 に な っ た 事 が、 こ の 作 品 で 窺 わ れ る。 一 句 一 句 の 語 句 を 対 応 さ せ る 事 で 両 者 が 眼 前 で 会 話 し て い る よ う な 雰 囲 気 を 醸 し 出 し て い る の で あ る。 自 作 の 詩 に、 見 事 に 対 応 し た こ の 詩 を 受 取 っ た 嵯 峨 帝 は、 空 海 の 漢 詩 の 實 力 を 改 め て 評 価 し た に 違 い な く、 充 分 な 満 足 を 得 た こ と だ ろ う と 思 わ れ る。 ︻ 追 記 ︼ こ の 論 文 は ﹁ 詩 を 通 じ て の 空 海 と 嵯 峨 天 皇 ﹂ の 第 三 章 に 相 当 す る 小 論 で あ る。 一 部 を 抜 粋 し て、 平 成 十 九 年 度 の 密 教 研 究 会 学 術 大 会 で ー 嵯 峨 帝 御 製 詩 ﹁ 贈 綿 寄 空 法 師 ﹂ と 空 海 奉 和 詩 に つ い て ー の 演 題 で 発 表 し た。 こ れ ら の 論 文 作 成 に つ い て、 本 学 の 南 昌 宏 准 教 授 に 有 益 な 示 唆 と 御 教 示 を 戴 き ま し た こ と を 申 し の べ、 こ こ に 感 謝 申 し 上 げ ま す。 最 後 に な り ま し た が、 何 時 も の 事 な が ら、 主 任 教 授 の 武 内 孝 善 先 生 に は 懇 切 な ご 指 導 と こ 鞭 健 を 戴 い て お り ま す 事 に 深 甚 の 感 謝 の 意 を 表 し た い と 思 い ま す。

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(註) (1) こ の ﹁ 表 ﹂ の 用 途 は ﹃ 文 燈 明 辮 ﹄ の ﹁表 ﹂ の 十 一 種 の 分 類 の 中 ﹁ 陳 謝 ﹂ に あ た る。 ﹁ 陳 謝 ﹂ は 天 子 よ り 賜 っ た 官 職 や 文 物 に 感 謝 す る ﹁ 表 ﹂ で あ る。 ( 2) ﹃ 凌 雲 集 ﹄ 一 巻。 弘 仁 五 年 ( 八 一 四) 成 立。 我 国 最 初 の 勅 撰 漢 詩 集。 位 階 順 に 九 十 一 首 が 収 載 さ れ て い る。 ( 3) ﹃ 日 本 書 紀 ﹄ 巻 十 五 ・ 清 寧 天 皇 三 年 十 一 月 辛 亥 朔 戊 辰 の 条 に ﹁ 宴 臣 連 於 大 庭 賜 綿 吊。 皆 任 其 自 取 蓋 力 而 出。 ﹂ と あ る。 ( 4) 玄 賓 ( ? -八 一 八) 姓 は 弓 削 氏。 河 内 国 の 人。 唯 識 を 興 福 寺 の 宣 教 に 学 び、 世 俗 を 嫌 い、 行 業 に 励 ん だ。 一 族 の 道 鏡 が 称 徳 天 皇 に 媚 び る の を 憎 み、 伯 書 国 の 山 中 に 入 っ た。 桓 武 天 皇 の 病 を 癒 し、 山 中 に 戻 り、 平 城 天 皇 の 大 僧 都 へ の 招 聰 を 辞 退 し て 隠 遁 生 活 を 続 け た。 こ れ ら の 事 歴 を 見 て、 嵯 峨 帝 の 尊 崇 を 受 け る こ と に な っ た と 考 え ら れ る。 ( 5) 聴 福: ﹃ 日 本 後 紀 ﹄ の こ の 条 に の み、 記 載 さ れ て い て、 氏 姓 ・ 生 没 年 ・ 事 歴 等 全 て 不 詳。 記 事 か ら 類 推 す る と 平 安 京 郊 外 の 山 中 に 隠 棲 し て い た 行 者 か も し れ な い。 ( 6) ﹁ 奉 和 詩 ﹂ の 作 例 の 多 い ﹃ 経 國 集 ﹄ で 見 れ ば、 奉 和 雑 言 詩 を 除 い て、 三 十 三 首 が 所 載 さ れ て い る。 こ の 内、 御 製 詩 と 同 韻 の も の が、 三 首。 主 題 に 合 致 し て い る が、 同 韻 で 無 い も の、 十 七 首。 御 製 詩 の 掲 載 が な く、 不 明 の も の、 十 三 首 で あ っ た。 こ れ を 見 る 限 り、 我 国 で は 余 り 厳 密 に 韻 を 合 わ せ る 事 を し な か っ た と 思 わ れ る。 ( 7) 空 海 の こ の 詩 と 同 じ く、 同 文 字 ・ 同 順 の 奉 和 詩 が、 先 の ﹃ 経 國 集 ﹄ 巻 第 十 一 に 一 首 所 載 さ れ て い る。 和 気 廣 世 の 五 言 八 句 ﹁ 奉 和 落 梅 花 ﹂ で あ る。 ( 8) ﹃ 本 朝 通 鑑 ﹄ 江 戸 幕 府 編 集 の 漢 文 編 年 髄 の 日 本 通 史。 全 三 百 十 巻。 前 編 三 巻 ・ 正 編 四 十 巻 ・ 績 編 二 百 三 十 巻 ・ 提 要 三 十 巻 ・ 付 録 五 巻 ・ 凡 例 井 引 用 書 目 録 二 巻 で 構 成 さ れ て い る。 寛 文 十 年 ( 一 六 七 〇) 成 立。 (9) 内 舎 人 ⋮ 令 制 に よ る 官 名 で 中 務 省 に 属 し、 武 装 し て 禁 中 の 宿 泊 警 護 ・ 行 幸 の 護 衛 ・ 天 皇 の 雑 役 等 を 行 う。 五 位 以 上 の 者 の 子 弟 か ら 選 任 さ れ た。 後 世 の 大 名 等 の 近 習 に 当 た る。 ( 10) ﹃ 職 原 抄 ﹄ ⋮ 北 畠 親 房 撰 ・ 二 巻。 中 世 公 家 の 官 職 に つ い て 述 べ た 書。 暦 鷹 三 年 ( = 二 四 〇) 成 立。 ( 11) ﹃ 便 蒙 ﹄ に ﹃ 後 漢 書 ﹄ 日 ﹁ 洪 澤 豊 浦 漫 術 八 方 ﹂ と あ る。 ( 12) 沈 約 ( 四 四 三 -五 一 三) 梁 ・ 武 康 ( 江 蘇 省) の 人。 字 は 休 文。 博 学 多 識、 詩 文 に 通 ず。 著 作 に ﹃ 曹 書 ﹄ 百 十 巻、 ﹃宋 書 ﹄ 百 巻 な ど が あ る。 (13) ﹁ 都 坐 ﹂ は 魏 の 時 設 け ら れ、 六 朝 の 脅 ・ 宋 ・ 梁 な ど に 踏 襲 さ れ た 朝 堂 で あ る。 唐 代 の 政 事 堂 に あ た る。 議 政 官 が 案 件 を 議 論 し た 場 所 ・ 建 物 の こ と。 ﹃ 資 治 通 鑑 ﹄ ﹁宋 紀 ﹂ に よ る。 (14) ﹁ 揚 子 ﹂ ⋮ 漢 ・ 楊 雄 撰 ﹃ 法 言 ﹄ ﹁ 問 神 ﹂ に ﹁神 心 惚 侃、 経 緯 萬 方 ﹂ と あ る。 ﹁ 揚 子 ﹂ は 通 常 諸 子 の 一 人 ・ 爲 我 説 の ﹁楊 ﹁奉 謝 恩 賜 百 屯 綿 兼 七 言 詩 詩 一 首 井 序 ﹂ と ﹁御 製 詩 ﹂

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密 教 文 化 朱 ﹂ の 事 を 指 し、 ﹃ 列 子 ﹂ の ﹁ 揚 子 篇 ﹂ を 思 い 浮 か べ る。 ( 炬) ﹁ 無 地 ﹂ ⋮ ﹃ 不 空 表 制 集 ﹂ の 他 の 三 例 は ﹁ 謝 下 恩 四 命 爲 =先 師 設 二 遠 忌 齋 一井 賜 レ 茶 上 表 ﹂ の ﹁ 伏 戴 二 損 悲 啓 一庭 無 レ 地 ﹂ で あ る。 ( 16) ﹁龍 盤 ﹂ ⋮ ﹃ 奮 書 ﹄ 列 傳 第 五 十 ﹁ 王 義 之 傳 ﹂ に ﹁ 観 二 其 黙 曳 之 工、 裁 成 之 妙 一。 煙 罪 露 結、 皇 若 レ 断 而 還 レ連。 鳳 嘉 龍 幡、 勢 如 レ斜 而 反 レ直。 ﹂ と 書 の 素 晴 ら し さ が 述 べ ら れ て い る。 ﹁嵩 曳 ﹂ は 筆 跡 の こ と。 ﹁ 裁 成 ﹂ は 形 を 整 え る こ と。 ( 17) ﹃ 書 史 會 要 ﹂: 明 ・ 陶 宗 儀 撰。 九 巻。 書 の 歴 史 を 三 皇 ・ 五 帝 か ら 始 め て 年 代 順 に 書 家 を 記 述 し て い る。 陶 宗 儀 ( ? -= 二 六 八) 明 ・ 黄 嚴 の 人。 字 は 九 成。 號 は 南 村。 ﹃ 較 耕 札 ﹂ ﹃ 説 郭 ﹄ ﹃國 風 尊 纒 ﹂ ﹃ 南 村 詩 集 ﹄ 等 多 数 の 著 が あ る。 (18) 引 用 文 は ﹁論 者 以 二 皇 象 書 一、 比 二 龍 蟻 蟄 啓、 伸 盤 腹 行 一。 し ゃ く 蓋 言 二 其 蟷 屈 騰 陣 一。 有 二 縦 横 自 然 之 妙 一。 ﹂ で あ る。 皇 象 ( 生 没 年 不 詳) 三 國 呉 ・ 江 都 の 人。 字 は 休 明。 ( 19) 八 音 ⋮ 金 ( 鐘) ・ 縣 ( 絃) ・ 竹 ( 管) ・ 鉋 ( 笙) ・ 土 ( 填-土 笛) ・ 革 (鼓) ・ 木 (枳 激-し ゅ く ぎ ょ) ・ 石 (馨) の 八 種 の 樂 器。 (20) ﹁ 金 聲 玉 振 ﹂ ⋮ ﹃ 孟 子 ﹂ ﹁萬 章 章 句 下 ﹂ に ﹁孔 子 之 謂 二 集 大 成 一。 集 大 成 也 者、 金 聲 而 玉 振 レ 之 也。 金 聲 也 者、 始 二 條 理 一也。 玉 振 レ之 也 者、 終 二 條 理 一也。 始 二 條 理 一者、 智 之 事 也。 終 二 條 理 一者、 聖 之 事 也。 ﹂ と あ る。 ( 21) ﹁微 僧 何 幸、 天 澤 累 箔 ﹂ は ﹃ 不 空 表 制 集 ﹂ 巻 第 六 の 不 空 の 弟 子 恵 曉 の ﹁往 五 墓 山 修 功 徳 辮 謝 聖 恩 表 ﹂ に あ る。 ま た ﹁微 僧 何 幸、 観 斯 聖 跡 ﹂ は 同 じ く 恵 曉 の ﹁ 恩 r 命 令 丙 與 二 恵 朗 一同 修 乙 功 徳 甲 謝 表 ﹂ に 記 述 さ れ て い る。 ( 22) 謝 眺 ( 四 六 四-四 九 九) 六 朝 齊 ・ 陽 夏 (河 南 省) の 人。 字 は 玄 暉。 ( お) 任 肪 ( 四 六 〇-五 〇 八) 六 朝 梁 ・ 樂 安 博 昌 (山 東 省) の 人。 字 は 彦 昇。 ( 24) ﹃ 不 空 表 制 集 ﹄ の 用 例 は 二 例 あ る。(1) ﹁ 謝 恩 賜 乳 牛 表 ﹂ の ﹁ 恩 過 雨 露、 錐 復 精 勤 四 時、 豊 酬 萬 一 (恩 は 雨 露 に 過 ぎ、 復 た 四 時 に 精 勤 す る と 難 も、 豊 萬 一 に 酬 い ん や。) ﹂(2) ﹁ 三 朝 所 翻 纒 請 入 目 録 流 行 表 ﹂ の ﹁ 錐 復 四 時 精 勤、 未 酬 萬 三 ( 復 た 四 時 に 精 勤 す る と 錐 も、 未 だ 萬 一 に 酬 い ず) ﹂ (飾) 他 の 一 例 は 同 じ く ( 巻 第 五) 所 載 の 恵 朗 等 の ﹁ 賀 春 雪 表 ﹂ た て ま つ に ﹁ 上 答 殊 私 ( 殊 私 に 答 え 上 る) ﹂ の 用 例 が あ る。 ( お) 二 三 の 例 を 挙 げ る。(1) ﹁賀 三 収 二 復 西 京 一表 ﹂ ( 巻 第 一) に ふ そ う た え ﹁ 昆 藻 の 至 に 勝 ず (不 勝 晃 藻 之 至) ﹂(2) ﹁賀 =収 二 復 東 京 一表 ﹂ た え (巻 第 一) に ﹁ 柞 躍 の 至 に 任 ず ( 不 任 柞 躍 之 至) ﹂(3) ﹁ 賀 レ た え 冊 二 皇 后 張 氏 一表 ﹂ (巻 第 一) に ﹁ 慶 悦 屏 螢 の 至 に 任 ず (無 任 慶 悦 屏 螢 之 至) な ど が あ る。 ( 肝) 御 製 詩 ﹁ 贈 綿 寄 空 法 師 ﹂ は ﹃ 弘 法 大 師 全 集 ﹄ (長 谷 宝 秀 編 纂 ・ 明 治 四 三 年 十 二 月 初 版) の 巻 第 十 五 付 録 ﹁ 蘭 契 遺 音 集 ﹂ か ら 採 っ た。 ( 28) 二 ・ 四 不 同 は 一 句 の 二 字 目 と 四 字 目 の 平 灰 を 変 え る 事。 二 ・ 六 対 は 一 句 の 二 字 日 ]と 六 字 目 の 平 灰 を 同 じ に す る こ と。

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