密 教 文 化
金
剛
峯
寺
の
修
正
会
山
岨
真
慮
一、 修 正 会 と 悔 過 修 正 会 は、 毎 年 正 月 に 各 宗 寺 院 で 修 さ れ る 法 会 で あ り、 年 頭 の 祖 霊 祭 と 予 祝 的 要 素 を 備 え た 民 俗 行 事 の 仏 教 的 表 現 (1) で あ る と 言 わ れ て い る。 そ の 行 法 の 中 心 は 悔 過 で あ り、 僧 侶 が 民 衆 の 代 表 と し て、 一 切 の 罪 過 を 俄 悔 し、 罪 障 消 滅 し て、 国 家 安 泰、 五 穀 豊 穣、 風 雨 順 時、 兆 民 快 楽 等 を 祈 る も の で あ る。 そ し て 祭 祀 す る 本 尊 に よ り、 吉 祥 悔 過、 薬 師 悔 ミ オ コ ナ イ 過 な ど と 呼 ば れ る。 例 え ば、 法 隆 寺 金 堂 修 正 会 は、 吉 祥 天 を 本 尊 と す る 悔 過 で あ る の で、 吉 祥 悔 過 御 行 と も 呼 ば れ て い る。 (2) 正 史 に お け る 悔 過 の 初 見 は、 ﹃ 日 本 書 紀 ﹄ 皇 極 天 皇 元 年 ( 六 四 二 ) 七 月 で、 蘇 我 蝦 夷 が、 ヲ ス ル ク ノ ノ ノ ビ テ ラ ム ヲ 可 下 於 二 寺 々 一転 剃 読 大 乗 経 典 上。 悔 過 如 二 仏 所 7 説、 敬 而 祈 レ 雨。 と し て、 旱 越 の 対 策 に 寺 々 で 大 乗 経 典 を 転 読 し、 百 済 大 寺 に 仏 菩 薩、 四 天 王 像 を ま つ り、 仏 説 の 如 く 悔 過 す る こ と を 提 案 し た も の で あ る。六 国 史 に み ら れ る 悔 過 を、 表 一 に 示 し た。 天 平 十 一 年 ( 七 三 九 ) 七 月 に は、 風 雨 順 時、 年 穀 成 熟 の 為 に 七 日 七 夜 に わ (3) た り、 天 下 の 諸 寺 に ﹁ 五 穀 成 熟 経 ﹂ を 転 読 さ せ、 悔 過 し て い る。 同 じ く 天 平 十 六 年 ( 七 四 四 ) 十 二 月 に は、 七 日 間 の 薬 (4) 師 悔 過 が 修 さ れ て い る。 こ れ ら の 記 述 は、 七 日 間 の 悔 過 と い う 形 式 が 成 立 し て い た こ と を 示 す も の で あ る。 表 一、 六 国 史 に み ら れ る 悔 過 金 剛 峯 寺 の 修 正 会
密 教 文 化 (5) 天 平 勝 宝 元 年 ( 七 四 九 ) 一 月 に は、 メ テ リ ( 日 ) ム ノ ヲ メ ノ セ ヲ 始 レ 従 三 兀 日 一。 七々之内。 令 三 天 下 諸 寺 悔 過。 転 コ 読 金 光 明 経 一。 と あ り、 こ れ が 正 月 に お け る 転 読 悔 過 法 要 の 初 見 で あ る。 (6) ﹁ 続 日 本紀﹂神護 景 雲 元 年 ( 七 六 七 ) 正 月 己 未 (八 日 ) の 条 に は、 ノ ノ テ ニ ヘ ヲ テ ノ 勅。 畿 内 七 道 諸 国。 -七 日 間。 各 於 二 国 分 金 光 明 寺 一。 行 二 吉 祥 天 悔 過 之 法 一。 因 二 此 功 ニ ヒ ニ シ ニ メ ノ ク ハ ン ト ニ 徳 一。 天 下 太 平。 風 雨 順 レ 時。 五 穀 成 熟。 兆 民 快 楽。 十 方 有 情。 同 露 二 此 福 一。 と あ る。 こ れ は、 正 月 八 日 か ら 七 日 間、 諸 国 分 寺 で 吉 祥 悔 過 を 修 す 制 度 が 整 備 さ れ た こ と を 示 す も の で あ る。 す な わ ち、 修 法 の 場 所、 期 日、 期 間、 吉 祥 悔 過 と い う 法 要 の 種 類 が 制 定 さ れ た こ と に な り、 こ の 時 点 で、 修 正 会 の 起 源 と 考 え ら れ る 正 月 悔 過 の 形 態 が 確 立 さ れ た と 判 断 で き る。 更 に、 悔 過 の 目 的 が 法 要 の 功 徳 に よ り、 天 下 太 平、 風 雨 順 時、 五 穀 成 熟 と な り、 庶 民 が 幸 福 な 生 活 を 営 め る 様 に 祈 願 す る も の で あ る と、 こ の 勅 は 明 言 し て い る。 こ こ で 述 べ ら れ て
い る こ と は、 正 に 現 在 行 な わ れ て い る 修 正 会 の 目 的 と 同 一 で あ る。 (8) こ の 勅 で 制 定 さ れ た 正 月 悔 過 は、 宝 亀 二 年 ( 七 七 一 ) 正 月 に 一 時 中 断 さ れ た。 し か し 宝 亀 三 年 十 一 月 に、 ノ ク セ リ ル ハ ン ト ノ ヲ ム ヲ シ ク ノ ニ 詔 日。 頃 者 風 雨 不 調。 頻 年 飢 荒。 欲 レ 救 二 此 禍 一。 唯 慧 二 冥 助 一。 宜 下 於 二 天 下 諸 国 々 分 寺 一。 ベ シ ヒ ヲ テ ス チ 毎 年 正 月 一 七 日 之 問。 行 二 吉 祥 悔 過 一。 以 為 串 恒 例 上。 と し て、 吉 祥 悔 過 を 正 月 に 恒 例 と す る 様 に 定 め て い る。 こ こ に お い て 正 月 吉 祥 悔 過 が、 国 家 行 事 と し て 正 式 に 制 度 化 さ れ、 恒 例 化 さ れ た こ と に な る。 二、 金 剛 峯 寺 の 修 正 会 の 歴 史 金 剛 峯 寺 の 修 正 会 を 年 中 行 事 の 記 録 か ら 辿 る と、 延 久 四 年 ( 一 〇 七 二 ) の ﹃ 高 野 雑 日 記 ﹄ 所 載 の ﹁ 金 剛 峯 寺 寺 家 季 中 毎 月 所 役 不 可 闘 怠 事 ﹂ に は、 正 月 修 正 三 箇 日 井 白 月 黒 月 布 薩 (9) と あ る。 こ れ が 最 も 古 い も の で あ る と さ れ て い る。 た だ し、 こ こ で は 修 正 の 内 容 は 記 載 さ れ て い な い。 次 に 古 い も の と し て は、 文 久 六 年 ( 一 二 六 九 )、 正 応 四 年 ( 一 二 九 一 ) の ﹁ 年 中 行 事 帳 ﹂ で あ る。 特 に 正 応 の ﹁ 年 中 行 事 帳 ﹂ は、 内 容 が (10) 詳 細 に 記 載 さ れ て お り、 行 事 も 整 備 さ れ て い る 為、 金 剛 峯 寺 の 年 中 行 事 の 典 故 と し て 最 も 尊 重 さ れ て い た も の で あ る。 (11) こ の 正 応 の ﹃ 年 中 行 事 帳 ﹄ に は、 金 堂 の 修 正 会 に つ い て、 正 月 の 項 に ノ ヲ 金 堂 修 正 七 夜 酉 半 皆 参 薬 師 悔 過 ( 中 略 ) 例 時 頭、 衆 分 璃 次 役、 於 二 本 座 一勤 レ 之、 礼 俄、 尊 勝 陀 金 剛 峯 寺 の 修 正 会
密 教 文 化 羅 尼 三 ・ 遍
讃
四 智 、 不 動 、 心 略 、 ハ 二 幟 悔 随 喜 等 、 ( 中 略 ) 金 堂 修 正 、 本 者 三 箇 日 無 二 荘 厳 一、 而 寛 治 五 ノ た 年 成 二 七 箇 目 一致 二 堂 荘 厳 一 、 と あ る 。 こ れ は 、 金 堂 修 正 会 の 内 容 の 記 述 と 共 に 、 本 会 は 、 も と は 無 荘 厳 で 三 箇 日 修 さ れ て い た も の が 、 寛 治 五 年 ( 一 〇 九 一 ) 検 校 明 算 の 時 に 、 七 箇 日 と な り 、 更 に 荘 厳 さ れ た 法 会 に 変 化 し た こ と を 記 述 し て い る 。 ( 12) ﹁ 高 野 山 検 按 帳 ﹄ に は 、 検 按 阿 閣 梨 明 算 の 項 に 、 寛 治 五 年 修 正 、 本 三 箇 日 無 荘 厳 事 、 然 今 年 始 七 ケ 日 、 一 升 二 枚 餅 二 百 枚 、 油 毎 レ 夜 一 升 、 番 頭 七 人 所 役 也 と あ る 。 正 応 の ﹃ 年 中 行 事 帳 ﹄ と 同 じ 内 容 が 、 こ こ に は 述 べ ら れ 、 ま た 、 荘 厳 の 供 物 と し て 餅 が 用 い ら れ た と 記 述 さ れ て い る 。 正 月 は 、 も と は 祖 霊 祭 で あ り 、 祖 霊 を 招 い て 前 年 の 収 穫 を 感 謝 す る と 共 に 、 新 年 の 豊 作 を 予 祝 す る も の で も あ る 。 (13) そ し て 、 祖 霊 祭 に は 、 霊 魂 の シ ン ボ ル で あ る 餅 に 重 点 を 置 い た 荘 厳 を し 、 予 祝 祭 に は 、 花 に 重 点 を 置 い た 荘 厳 を し た 。 修 正 会 は ど ち ら か と 言 え ば 、 祖 霊 祭 が 中 心 で あ り 、 修 二 会 は 予 祝 祭 が 中 心 で あ る 。 そ れ 故 、 修 正 会 の 荘 厳 は 、 供 物 と し て の 餅 が 重 要 で あ り 、 修 二 会 に は 花 (造 花 ) が 必 須 で あ っ た 。 (14) 修 正 会 の 餅 に つ い て は 、 ﹃ 高 野 山 検 按 帳 ﹄ の 捻 按 阿 闇 梨 良 輝 の 項 に も 、 ( 一 一 一 九 年 ) レ サ ダ メ ヌ 金 堂 修 正 、 元 永 二 年 正 月 一 目 、 始 餅 千 枚 、 即 孕 十 石 被 二 相 折 一了 、と あ り、 千 枚 も の 餅 が 使 用 さ れ て い る。 (15) 鎌 倉 時 代 の 高 野 山 文 書 の ﹁ 修 正 餅 支 配 注 進 状 ﹂ に は ( 一 三 ○ 陣 ) 庚. 注 進 延 慶 三 年 劇 御 修 正 餅 支 配 事 合 武 千 枚 内 未 進 官 符 九 十 九 枚 未 進 名 手 廿 六 枚 検 校 御 房 十 枚 前 官 五 枚 有 職 分 入 十 入 人 各 二 枚 大 合 二 百 四 十 二 枚 入 寺 三 昧 七 十 入 人 各 二 枚 合 百 五 十 六 枚 衆 分 二 百 計 六 人 各 一 枚 合 二 百 光 六 枚 預 承 仕 夏 衆 三 百 四 十 -人 各 一 枚 聖 百 人 各 大 導 師 二 人 各 十 五 枚 合 計 枚 兜 願 五 枚 唄 五 枚 散 花 五 枚 礼 俄 頭 五 枚 云 々 と あ っ て、 二 千 枚 も の 餅 を 全 山 の 僧 に 配 っ て い る。 ( 16) そ の 他、 高 野 山 以 外 の 例 を み る と、 善 通 寺 で は、 天 喜 四 年 ( 一 〇 五 六 ) の ﹁ 讃 岐 国 善 通 寺 田 畠 地 子 支 配 状 案 ﹂, に、 修 正 月 料 四 石 五 斗 三 箇 日 夜 料 一 石 大 餅 百 枚 料 燈 油 一 升 五 合 と あ り、 大 餅 百 枚 料 と し て 一 石 が 計 上 さ れ て い る。 (17) 六 勝 寺 の 一 つ で あ る 成 勝 寺 で は、 元 暦 二 年 (=八五) の ﹃ 成 勝 寺 年 中 相 折 帳 ﹄ に、 諸 堂 政 所 等 用 途 と し て、 合 計 千 金 剛 峯 寺 の 修 正 会
密 教 文 化 五 百 枚 近 く の 餅 が 修 正 会 に 用 意 さ れ て い る。 (18) 醍 醐 寺 で は、 平 安 末 期 に 成 立 し た ﹁ 醍 醐 雑 事 記 ﹂ に、 准 砥 堂 修 正 事 餅 三 百 枚 同 じ く 中 門 修 正 頭 雑 事 餅 三 百 三 十 枚 御 明 油 三 升 燈 心 少 々 云 々 と あ る。 こ れ ら の こ と か ら、 修 正 会 が 餅 を 中 心 に 修 さ れ る も の で あ っ た の が 理 解 で き る。 正 応 の ﹁ 年 中 行 事 帳 ﹂、 ﹁ 高 野 山 検 按 帳 ﹂ に み ら れ る、 壇 供 と し て 餅 を 用 い た と の 記 述 か ら、 こ の 時 の 修 正 会 が、 修 正 会 本 来 の 意 味 を 理 解 し た 上 で、 法 要 と し て の 体 裁 を 整 備 し た 形 で 修 さ れ た も の で あ っ た こ と が 窺 え る。 鎌 倉 時 代 の 金 堂 以 外 の 修 正 会 に つ い て も、 正 応 の ﹁ 年 中 行 事 帳 ﹂ は 記 述 し て い る。 そ れ に よ る と、 正 月 三 日 に 大 塔 修 正 (大 日 悔 過 ) 五 日 に 西 塔 修 正 (儀 式 は 大 塔 に 同 じ ) と な っ て い る。 江 戸 時 代 も 鎌 倉 時 代 と 同 様 で、 金 堂 修 正 会 は、 正 月 朔 日 よ り 七 日 間 修 さ れ た。 正 月 三 日 に 大 塔、 五 日 は 西 塔 の 修 正 (19) 会 が 修 さ れ た。 現 在 は、 正 月 朔 日 よ り 三 日 間 が 金 堂 修 正 会 で、 五 日 に 大 塔 修 正 会 と な っ て い る。
三、
修
正
会
の
行
法
と
俄
法
金 剛 峯 寺、 法 隆 寺、 薬 師 寺 そ れ ぞ れ の 修 正 会 の 法 則 を 比 較 し て み る こ と に す る。 法 則 に つ い て は、 中 川 善 教 博 士 に よ る 金 剛 峯 寺 の ﹁ 金 堂 修 正 会 法 則 ﹂ の 初 夜 と、 法 隆 寺 の﹁ 西 円 堂 修 二 会 法 則﹂ の 初 夜 と の 比 較 検 討 が、 既 に な さ れ て (20) い る。 そ の 結 果、 両 者 は 全 く 同 根 の も の で あ る と 判 明 し た。 中 川 博 士 の 検 討 結 果 を 表 二 に 整 理 す る と 共 に、 金 剛 峯 寺 の ﹁ 金 堂 修 正 会 法 則 ﹂ の 後 夜 と、 薬 師 寺 の ﹁ 修 二 月 一 日 初 夜 作 法 ﹂ を 比 較 し た も の を 表 三 に 示 し た。 大 塔 初 夜 は、 金 堂 初 夜 と ほ ぼ 同 じ で あ る が、 大 塔 で は 大 日 悔 過 を 修 す 故、 本 尊 段 が、 薬 師 如 来 か ら 大 日 如 来 に 替 る。 大 塔 後 夜 は 密 立 で あ っ て、 (1) 前 方 便、 (2) 云 何 唄、 (3) 散 華、 (4) 表 白、 (5) 仏 名、 (6) 教 化、 (7) 唱 礼、 (8) 前 讃、 (9) 普 供 養、 (10) 三 十 二 相、 (11) 一 字 呪、 働 後 供 養、 (13) 後 鈴、 働 後 讃、 (14) 普 供 養 三 力、 (16) 牛 玉 加 持 作 法、 と な っ て い る。 牛 玉 加 持 作 法 は、 結 願 の 時 に 修 さ れ る。 こ れ は、 金 剛 峯 寺 金 堂、 薬 師 寺、 法 隆 寺 等 と 同 じ で あ る。 表 二、 表 三 は 共 に、 そ れ ぞ れ の 寺 院 で の 行 法 の 流 れ が、 ほ ぼ 同 一 で あ る こ と を 示 し て い る。 更 に、 各 寺 院 の 法 則 の 文 句 も 類 似 し た も の で あ る こ と か ら、 金 剛 峯 寺 の 修 正 会 の 法 則 は、 奈 良 の 諸 大 寺 の 法 則 と 同 根 で あ る と 言 え る。 た だ し、 奈 良 の 諸 大 寺 に お い て は、 六 時 の 行 法 で あ る の に 対 し、 高 野 山 で は、 初 夜 と 後 夜 の 二 時 の 行 法 で 修 さ れ て い る。 (21) 金 剛 峯 寺 金 堂 修 正 会 と 法 隆 寺 西 円 堂 修 二 会 の 初 夜 の 次 第 を、 臓 法 の 儀 則 と し て 整 備 さ れ た ﹁ 金 光 明 繊 法 補 助 儀 ﹂、 ( 22) ﹁ 法 華 三 昧 臓儀﹂と 比 較 し て み る。 金 剛 峯 寺 の 修 正 会密
教
文
化
﹃ 金 光 明 俄 法 補 助 儀 ﹄ は、 ﹃ 金 光 明 経 ﹄ に よ る 俄 悔 作 法 の 儀 則 の 中 で 最 も 整 備 さ れ た も の と 言 わ れ て お り、 宋 の 蓮 式 の 撰 で あ る。 そ の 内 容 は、 行 前 に お け る 準 備 を 五 門 に 分 け て 説 明 し、 次 に 道 場 で の 実 修 法 を、 香 華 供 養 法、 称 三 宝 法、 明 唱 諦 金 光 明 典 方 法 等 の 十 科 に 分 類 し て 説 明 し て い る。 表三、金剛峯 寺金堂修正会後夜と薬師寺修二会初夜次第 金 剛 峯 寺 の 修 正 会
密 教 文 化 (24) ﹁ 法 華 三 昧 繊儀﹂は、階 の 智 顕 の 撰 で あ り、 俄 法 の 内 容 形 式 が、 一 応 形 成 さ れ た も の で あ る。 こ こ で は、 正 修 方 法 を、 三 業 供 養 法、 礼 仏 方 法、 坐 禅 実 相 正 観 方 法 等 の 十 科 に 分 類 し て 説 明 し て い る。 こ れ ら 二 種 の 儀 則 と、 金 剛 峯 寺 金 堂 修 正 会、 法 隆 寺 西 円 堂 修 二 会 の 法 則 ( 初 夜 ) を 対 照 し、 該 当 す る 箇 所 を 表 二 に 臓 法 科 目 と し て 示 し た。 表 二 は、 二 つ の 悔 過 次 第 が 共 に、﹁ 金 光 明 俄 法 補 助 儀 ﹂、 ﹁ 法 華 三 昧 臓 儀 ﹂ に ほ ぼ 沿 っ て 組 立 て ら れ、 臓 法 の 必 須 条 件 で あ る 礼 仏 と 俄 悔 を 含 む こ と を 示 し て い る。 そ し て、 唄、 本 尊 大 呪 と い っ た も の が 付 加 さ れ、 新 た な 形 式 の 次 第 に な っ て い る の が わ か る。 と こ ろ で、 表 三 の 二 種 類 の 次 第 は 神 分 と い っ た 様 な、 日 本 的 な 祈 願 法 を 含 ん だ 形 式 で 組 立 て ら れ て お り、 先 の 俄 法 の 儀 則 に 沿 っ て い な い。 つ ま り、 金 剛 峯 寺 金 堂 修 正 会 で は、 初 夜 で 悔 過 を 修 し、 後 夜 で 祈 願 を 修 し て い る の で あ る。 修 正 会 に お け る 行 法 は、 中 国 で 行 な わ れ た 俄 法 を 基 本 と し、 日 本 的 な も の を 付 加 し た 形 で 成 立 し て い る と 考 え ら れ る。 法 隆 寺 や 薬 師 寺 と い っ た 奈 良 の 諸 大 寺 で の、 悔 過 と 祈 願 を 軸 と し た 顕 立 の 修 正 会 を、 金 剛 峯 寺 も 導 入 し た。 と こ ろ が、 金 剛 峯 寺 で は、 大 塔 後 夜 で み ら れ る 密 立 の 修 法 が 付 加 さ れ て い る。 即 ち、 金 剛 峯 寺 に お け る 修 正 会 は、 顕 立 の 悔 過 と 祈 願、 そ し て、 密 立 の 修 法 の 三 種 類 の 法 則 で 修 さ れ て い る の で あ る。 金 剛 峯 寺 の ﹁ 金 堂 修 正 会 法 則 ﹂ と、 奈 良 の 諸 寺 の 修 正 会、 修 二 会 の 次 第 を 初 夜 に つ い て 対 照 し た も の を 表 四 に 示 し た。 金 剛 峯 寺 の 修 正 会 は、 次 第 に お い て、 奈 良 の 諸 寺 と ほ ぼ 共 通 し て い る と 言 え る。 修 正 会、 修 二 会 は、 い ず れ も そ の 年 の 安 穏 を 悔 過 に よ り 祈 る と い う 目 的 が 共 通 す る た め、 そ の 差 は 明 確 で は な い。 そ の 意 味 で は、 悔 過 法 要 で あ り さ え す れ ば、 修 正 会、 修 二 会 の い ず れ も 成 立 す る こ と に な る。
表四、初夜次第対照表 金 剛 峯 寺 の 修 正 会
密 教 文 化
四、
牛
玉
作
法
修 正 会、 修 二 会 に は、 牛 玉 杖 を 持 っ て の 行 道 や、 結 願 日 の 牛 玉 作 法 が あ る。 こ れ の 意 味 を 理 解 す る た め に、 金 剛 峯 (25) 寺 で 現 在 修 さ れ て い る 作 法 を、 次 第 と ﹁ 修 正 会 意 得 ﹂ か ら み て み る。 金 堂 初 夜 で は、 大 餓 悔 の 後、 初 夜 偶 ( 牛 玉 申 ) を 導 師 が 微 音 で 唱 え る。 そ の 後、 職 衆 は、 ﹁ 般 若 心 経 ﹂ を 唱 え な が ら 行 道 を 三 匝 す る が、 一 日 と 二 日 は、 三 匝 の 時、 乾 角 に お い て 福 杖 を 承 仕 よ り 受 け 取 り、 こ れ を つ き な が ら 行 道 し、 艮 角 に 置 い て 本 座 に 着 く。 三 日 と 大 塔 で は、 福 杖 を 持 っ た ま ま 一 匝 し て 本 座 に 着 き、 法 会 が 終 る と 自 坊 に 持 ち 帰 る。 結 願 の 日、 後 夜 の 作 法 が 終 っ て 後 に 牛 玉 作 法 が あ る。 (1) 三 礼、 (2) 如 来 唄、 (3) 表 白、 (4) 捧 楊 枝 発 願、 (5) 牛 玉 加 持 真 言、 (6) 仏 名、 (7) 教 化、 と 修 さ れ る。 教 化 の 文 で 導 師 が ﹁ 南 無 如 意 ﹂ と 唱 え る と、 職 衆 は 座 し た ま ま 福 杖 で、 は じ め 二 回 は 高 く、 後 の 一 回 は 低 く 床 を 打 つ。 こ の 作 法 は、 乱 声 と 呼 ば れ る も の で、 法 隆 寺 金 堂 修 正 会 の、 僧 侶 が 加 持 杖 で 柱 や 壁 を 叩 く 作 法 や、 四 天 王 寺 の、 僧 侶 が 加 持 杖 を 打 ち 合 う 作 法 と 同 形 態 の も の で あ る。 五 来 重 氏 は、 邪 霊、 邪 魔 を 入 ら し め な い た め の 結 界 を 行 う の が 乱 声 で あ り、 音 を た て る こ と や、 声 を あ げ る こ と で、 邪 霊、 邪 魔 を 退 散 さ せ る の を 目 的 (26) と し た も の で あ ろ う と 説 明 し て い る。 乱 声 に 続 き、 導 師 が 本 座 に 着 座 す る と、 承 仕 は、 牛 玉 宝 印 を 捧 げ て、 後 夜 導 師、 散 華 師、 呪 願 師、 初 夜 導 師、 次 に 左 方、 右 方 の 順 に 回 る。 そ の 時、 一 同 謹 ん で 礼 拝 す る。 た だ し、 大 塔 で は、 初 め に 法 印、 前 官 と 回 り、 以 下 金 堂 の 如 く 持 ち 回 る。現 在 は、 以 上 の 様 な 作 法 で 牛 玉 加 持 が 修 さ れ て い る。 し か し ﹁ 大 塔 修 正 会 法 則 ﹂ の ﹁ 後 夜 導 師 作 法 ﹂ に は、 ﹁ 南 無 如 意 ﹂ を 三 遍 唱 え 終 る と、 導 師 は 宝 印 を 承 仕 に 渡 す と あ る。 そ し て 承 仕 は、 本 尊 に 向 い、 本 尊 の 額 に 印 を 捺 す 動 作 を し 次 に 導 師、 寺 務、 両 御 児 各 々 に 印 し、 次 に 修 正 中 等 の 額 前 を 早 々 に 持 ち 回 り、 こ れ を 頂 戴 せ し め て 後 に、 導 師 は こ れ (27) を 取 っ て、 壇 上 に 安 置 す る と 記 載 さ れ て い る。 次 第 と 実 際 の 作 法 は 違 っ て い る 訳 で あ る。 牛 玉 宝 印 を 額 に 印 す 作 法 は、 東 大 寺 二 月 堂 修 二 会、 薬 師 寺 修 二 会、 長 谷 寺 修 正 会 等 で 現 在 で も 行 な わ れ て い る。 東 大 寺 の 修 正 会 で は、 法 会 の 後 で 職 衆 の み な ら ず 参 列 者 に も 牛 玉 宝 印 を 額 に 印 し て い た ら し く、 教 化 の 文 に は、 歳 ノ 首 ノ 御 法 ヲ ハ、 ツ ト メ 給 ヘ ル 験 ニ ハ、 牛 玉 宝 印 ヲ 額 二 賜 ハ リ テ、 チ ト セ ノ 栄 ト ヲ モ フ ヘ キ モ ノ ナ リ ケ レ 云 々 (28) と あ り、 牛 玉 宝 印 を 額 に 受 け る 重 要 性 が 述 べ ら れ て い る。 額 に 宝 印 を 印 す こ と に 重 要 な 意 味 を 持 つ の が 牛 玉 作 法 で あ る が、 現 在 の 高 野 山 の 修 正 会 で は、 簡 略 化 さ れ て い る。 金 剛 峯 寺 の ﹃ 金 堂 修 正 会 法 則 ﹄ に 記 載 さ れ た 牛 玉 作 法 の ﹁ 教 化 ﹂ の 文 に は、 牛 玉 宝 印 ヲ ハ 薬 師 如 来 ノ 瑠 璃 ノ 壺 ト コ ソ 申 ス ヘ カ リ ケ ル 余 ラ バ 種 々 ノ 薬 ヲ 施 シ テ 諸 徳 ノ 願 ヒ ヲ 満 テ 賜 フ ヘ キ モ ノ ナ リ ケ リ ( 中 略 ) 七 珍 万 宝 ヲ 降 ラ シ テ 衆 生 ノ 望 ミ ヲ 成 ス ヘ キ モ ノ ナ リ と あ る。 奈 良 の 諸 大 寺 で の 修 正 会、 修 二 会 の ﹁ 教 化 ﹂ の 文 と 同 じ く、 律 語 体 で 書 か れ て お り、 本 尊 薬 師 如 来 の 薬 壷 を 牛 玉 宝 印 と み な し、 諸 願 を 達 成 で き る 様 に 祈 る も の で あ る と 述 べ て い る。 つ ま り 牛 玉 宝 印 に よ っ て、 修 正 会 の 目 的 が 達 成 さ れ る と す る も の で あ り、 牛 玉 作 法 の 重 要 性 が 理 解 で き る。 金 剛 峯 寺 の 修 正 会
密 教 文 化
五、
牛
玉
と
牛
黄
牛 玉 が 牛 黄 で あ る か 否 か は 後 述 す る と し て、 ま ず 牛 黄 に つ い て 検 討 す る。 (29) ﹁ 金 光 明 最 勝 王経﹂﹁大弁財 天 女 品 第 十 五 ﹂ に は、 諸 々 の 障 難 を 除 滅 す る 洗 浴 の 法 に 用 い ら れ る 香 薬 の 一 つ と し て、 (30) 牛 黄 が 記 さ れ て い る。 こ の 牛 黄 は、 牛 の 肝 胆 の 間 に あ り、 薬 効 を 有 す る 高 貴 薬 の こ と で あ る。 (31) 牛 黄 を 額 に 印 す 作 法 を 仏 教 経 典 で み る と、 ﹁ 大 使 呪 法 経 ﹂ ( 菩 提 流 志 訳 ) に、 リ テ ジ ニ リ テ ヲ ズ レ パ ニ チ ス 取 二 牛 黄 一呪 二 一 百 入 遍 一。 然 後 取 二 牛 黄 一購 二 額 上 一。 即 皆 愛 敬。 と あ り、 牛 黄 を 額 に 点 ず れ ば 愛 敬 さ れ る と 説 い て い る。 (32) ﹁ 底 哩 三 昧 耶 不 動 尊 威 怒 王 使 者 念 諦法﹂(不 空 訳 ) に は、 ス ル コ ズ ル パ ニ ム ヲ メ ゼ ヲ ス ル 取 二 牛 黄 一加 持 七 遍。 瀦 二 己 額 上 一。 能 令 三 衆 人 所 見 皆 生 二 敬 重 一。 毘 那 夜 迦 不 レ 能 二 損 害 一熾 盛 ス 成 就。 と あ る。 (23) ﹁ 不 空 羅 索 陀 羅 尼 儀 軌 経 ﹂ ( 阿 目 怯 訳 ) に、 ニ テ モ タ ノ ニ 如 レ 是 真 言 三 昧 耶 而 復 加 ⇒ 持 於 牛 黄 一 ヒ テ ビ ヲ 用 二 母 陀 羅 尼 真 言 及 奮 怒 王 真 密 言 一 ヒ テ ヲ ノ ズ ニ ゼ ヨ ヲ 亦 用 二 秘 密 心 真 -言 一 加 持 尉 レ 額 行 二 作 -法 一ム ノ ヲ ノ 即 令 ニ ー 切 悪 鬼 神 毘 那 夜 迦 之 等 類 ク ノ セ 皆 悉 畏 伏 而 怖 走 一。 と あ る。 以 上 の 様 に、 牛 黄 を 額 に 点 ず る 作 法 で 毘 那 夜 迦 や 悪 鬼 神 を 退 散 さ せ る こ と が で き る と 説 い て い る。 こ の 他 に、 牛 黄 を 額 に 塗 る か 点 ず る こ と で 功 徳 を 得 ら れ る と 説 く 経 典 を 列 挙 す る。 (34) ﹁ 聖 迦 梶 念 怒 金 剛 童 子 菩 薩 成 就 儀 軌経﹂(不空訳) (35) ﹁ 阿 刷 多 羅 陀 羅 尼 阿 噌 力経﹂(不空訳) (36) ﹁ 十 -面 観 自 在 菩 薩 心 密 言 念 諦 儀 軌経﹂(不空訳) (37) ﹁ 一 字 奇 特 仏 頂経﹂(不空訳) (38) ﹁ 陀 羅 尼 集経﹂(阿地盟 多 訳 ) (39) ﹁ 大 威 力 烏 福 麸 摩 明 王経﹂(阿質 達 霰 訳 ) (40) ﹁ 不 空 羅 索 神 変 真言経﹂(菩提流 志 訳 ) (41) ﹁ 千 手 千 眼 観 世 音 菩 薩 治 病 合 薬経﹂(伽梵達 摩 訳 ) (42) ﹁ 大 方 広 菩 薩 蔵 文 殊 師 利 根 本 儀 軌経﹂(天息 災 訳 ) (43) ﹁ 大 摩 里 支 菩 薩経﹂(天 息 災 訳 ) な ど が あ る。 (44) と こ ろ で、 牛 黄 を 額 に 点 ず る 作 法 に つ い て、 ﹁ 根 本 説 -切 有 部 毘 茶 耶 雑 事 ﹂ ( 義 浄 訳 ) に は、 次 の 様 に あ る。 ハ ノ ニ シ ヲ ニ セ ル ニ ノ ノ ズ ル ニ ニ ニ ク 六 衆 芯 劉 於 日 初 分。 執 コ 持 衣 鉢 一 入 レ 城 乞 食。 見 下 諸 婆 羅 門 以 二 牛 黄 一 貼 レ 額。 所 有 乞 求 多 金 剛 峯 寺 の 修 正 会
密 教 文 化 ヲ ヲ ノ ヲ リ テ ニ ヒ テ ク ハ ナ リ シ ク ス ニ ニ ヲ ジ ニ 獲 中 美 -味 上。 見 二 是 事 一 已 共 相 謂 日。 是 好 方 便 我 等 宜 レ 作。 遂 於 他 目 以 二 牛 黄 幅購 レ 額 入 レ 城 乞 ベ シ セ ル ニ ハ テ ノ ズ ル ヲ ニ テ ガ ニ リ テ セ ル ヲ ヘ ル 食。 不 信 之 人 見 二 其 匙 ツ 額。 軽 笑 而 言。 ( 中 略 ) 我 見 下 仁 等 面 有 二 牛 黄 一。 以 自 荘 飾 上。 謂 ニ ニ ノ ズ ト ニ ハ ノ ヲ シ リ テ ヲ ジ ニ ラ セ ン ハ リ ノ 婆 羅 門 非 二 芯 鋼 一 也。 ( 中 略 ) 仏 作 二 是 念 一。 若 有 二 芯 鋼 一牛 黄 貼 レ 額 以 自 荘 厳。 有 二 斯 過 失 一。 ハ ニ ヲ ズ ニ シ ラ バ ス コ ン ヲ ハ ス ズ ル ヲ ニ 由 レ 是 芯 鋼 不 レ 応 二 牛 黄 購 7 額。 若 有 レ 作 者 得 二 越 法 罪 一。 仏 遮 二 牛 黄 黙 7 額。 こ の 作 法 は、 バ ラ モ ン の 所 作 で あ っ て、 仏 は こ れ を 禁 じ、 こ れ を 作 す こ と は 越 法 罪 に 相 当 す る と 説 く も の で あ る。 も と も と バ ラ モ ン 教 の 所 作 で あ っ た 牛 黄 作 法 が、 密 教 に 導 入 さ れ た こ と を こ こ か ら 理 解 で き る。 以 上 の こ と か ら、 牛 玉 作 法 は、 呪 術 的 性 格 の 濃 い、 密 教 の 牛 黄 作 法 に 由 来 す る と 判 断 で き る。 た だ し、 日 本 で 修 さ れ る 牛 玉 作 法 は、 密 教 の 修 法 を そ の ま ま 受 容 し た も の で は な く、 日 本 的 に 変 容 し た 形 で の 受 容 と 言 え る。 つ ま り、 牛 黄 作 法 の 牛 黄 は、 額 に 塗 る こ と で 毘 奈 耶 迦 や 悪 鬼 神 を 退 け る こ と が で き る 呪 力 の あ る 薬 を 意 味 す る も の で あ り、 日 本 で の 牛 玉 は 別 の 意 味 を 持 つ と 考 え ら れ る。
六、
牛
玉
作
法
と
牛
玉
宝
印
(45) ウ ブ ス ナ (46) シ ル シ 牛 玉 に つ い て は、 牛 の 毛 玉 で あ る と す る 説、 生 土 の 二 字 が 一 つ に な っ て ﹁ 圭 ﹂ と な り 牛 王 と な っ た と す る 説、 璽 と (47) い う 字 の 略 字 の 奎 が 牛 玉 に な っ た と す る 説 な ど 様 々 に 言 わ れ て い る が 確 実 性 に 乏 し い。 と こ ろ で、 牛 玉 札 は 諸 社 寺 か ら 発 行 さ れ る 札 の こ と で、 そ こ に は 神 仏 が 籠 め ら れ て お り、 除 災 招 福 の 呪 力 が あ る と 信 じ ら れ、 現 在 で も 各 地 で 多 く 発 行 さ れ て い る。 な か で も、 熊 野 権 現 の 出 す も の が 数 的 に も 多 く、 そ の 信 仰 は 起 請 文の 料 紙 と し て 用 い ら れ た こ と で 有 名 で あ る。 (48) 牛 玉 作 法 は、 牛 玉 宝 印 を 額 に 印 す 作 法 で あ る が、 そ こ に は、 宝 印 を 印 す こ と で そ の 本 体、 即 ち、 仏 菩 薩 そ の も の を 額 に 移 す と い う 重 要 な 意 味 が あ る と 考 え ら れ る。 そ れ 故、 仏 菩 薩 を 紙 に 移 し た 璽 と し て の 機 能 を 有 す 牛 玉 札 な る も の が 登 場 し た の で あ ろ う。 こ の こ と を 考 慮 す る と、 額 に 仏 菩 薩 を 勧 請 す る 牛 玉 作 法 で の 牛 玉 と い う 語 の も つ 意 味 が 理 解 で き る。 つ ま り、 額 に 仏 菩 薩 を い た だ く 為 の 印 璽、 印 鑑 と し て の 機 能 を 有 す る も の が 牛 玉 な の で あ る。 牛 玉 作 法 は、 ( 印 ) 璽 作 法 の こ と で あ り、 牛 黄 と い う 呪 力 の あ る 薬 を 額 に い た だ く 牛 黄 作 法 に 由 来 す る が、 仏 菩 薩 を 額 に い た だ く 作 法 と し て 日 本 的 に 変 容 し た も の で あ ろ う。 仏 菩 薩 を 額 に い た だ く 尊 い 道 具 と し て の 印 で あ る か ら 宝 印 と 呼 ん だ の で あ り、 牛 玉 を ゴ オ ウ と 読 む の は、 牛 黄 か ら 由 来 す る と 考 え ら れ る。 牛 玉 宝 印 は、 奎 作 法 の 時 に 用 い ら れ る 宝 印 の こ と を 言 う の で あ ろ う。 註 ( 1 ) 五 来 重 ﹁ 続 仏 教 と 民 俗 ﹂ 二 八 八 頁 ( 角 川 書 店、 昭 和 五 四 年 ) ( 2 ) ﹁ 日 本 古 曲 ハ 文 学 大 系 ﹂ 第 六 八 巻、 二 四 一 頁 ( 岩 波 書 店、 一 九 六 五 年 ) ( 3 ) ﹁続 日 本 紀 ﹂ ( ﹁ 国 史 大 系 ﹂ 第 二 巻、 一 五 五 頁 ( 吉 川 弘 文 館、 昭 和 六 三 年 )) ( 4 ) 前 掲 ( 3 ) 一 八 ○ 頁 ( 5 ) 前 掲 ( 3 ) 一 九 六 頁 ( 6 ) 前 掲 ( 3 ) 三 三 九 頁 ( 7 ) 前 掲 ( 3 ) 三 八 八 頁 ( 8 ) 前 掲 ( 3 ) 四 〇 七 頁 ( 9 ) 水 原 発 栄 ﹁ 金 剛 峯 寺 年 中 行 事 ﹂ ( ﹁ 水 原 発 栄 全 集 ﹂ 第 七 巻、 一 五 頁、 同 朋 舎、 一 九 八 二 年 ) ( 10 ) 和 多 秀 乗 ﹁ 西 南 院 本 正 応 四 年 金 剛 峯 寺 年 中 行 事 帳 ﹂ (﹁ 高 大 論 叢 ﹂ 第 一 四 巻、 五 九 頁、 一 九 七 九 年 二 月 ) (11) 払削 掲 ( 10 ) ( 12 ) ﹁ 大 日 本 古 文 書 家 わ け 第 一 高 野 山 文 書 ﹂ 第 七 巻、 一 六 六 一 号。 高 野 山 文 書 で は、 ﹁ 捻 校 ﹂ と な っ て い る が、 一 般 的 に は ﹁ 検 校 ﹂ が 用 い ら れ て い る。 金 剛 峯 寺 の 修 正 会
密 教 文 化 ( 13 ) 五 来 重 ﹁ 宗 教 歳 時 記 ﹂ 一 七 頁、 二 五 三 頁 ( 角 川 書 店、 昭 和 五 七 年 ) ( 14 ) 前 掲 ( 12 ) 第 七 巻、 一 六 六 一 号 ( 15 ) 前 掲 ( 12 ) 第 四 巻、 一 ○ ○ 号 (1 6 ) ﹁ 平 安 遺 文 ﹂ 古 文 書 編、 第 三 巻、 八 二 四 号 (17 ) 前 掲 ( 16 ) 第 一 〇 巻、 五 〇 九 八 号 ( 18 ) ﹁ 醍 醐 雑 事 記 ﹂ 九 頁 ( 醍 醐 寺、 昭 和 六 年 ) ( 19 ) 前 掲 ( 9 ) 二 〇 頁 ( 20 ) 中 川 善 教 ﹁ 高 野 山 修 正 会 考 ﹂ ( ﹁ 密 教 文 化 ﹂ 八 六、 = 七 頁、 高 野 山 大 学 密 教 研 究 会、 昭 和 三 八 年 ) ( 21 ) ﹁ 大 正 新 修 大 蔵 経 ﹂ 第 四 六 巻、 九 五 七 頁 ( 以 下 ﹁ 大 正 蔵 ﹂ 弱、 九 五 七 頁 と 記 す ) ( 22 ) ﹁ 大 正 蔵 ﹂ 蜀、 九 四 九 頁 ( 23 ) ﹁ 金 光 明 臓 法 ﹂ ( ﹁ 国 清 百 録 ﹂ ﹁ 大 正 蔵 ﹂ 菊、 七 九 六 頁 上 ) に 記 載 さ れ る 徴 法 は、 あ ま り に も 簡 単 す ぎ る。 た だ し、 に の 中 で 行 法 に つ い て、 七 日 七 夜、 午 前 中 は 臓 法、 鯨 時 は 唯 専 ら ﹁ 金 光 明 経 ﹂ を 諦 ず と あ る。 ( 24 ) 塩 入 良 道 ﹁ 中 国 仏 教 に 於 け る 礼 俄 と 仏 名 経 典 ﹂ ( ﹁ 仏 教 思 想 史 論 集 ﹂ 五 八 七 頁、 大 蔵 出 版、 一 九 六 四 年 ) ( 25 ) 中 川 善 教 ﹁ 修 正 会 意 得 ﹂ ( 高 野 山 住 職 会 ) ( 26 ) 五 来 重 ﹁ 修 正 会 ・ 修 二 会 と 民 俗 ﹂ ( ﹁ 講 座 日 本 の 民 俗 宗 教 ﹂ 第 二 巻、 九 五 頁、 弘 文 堂、 昭 和 五 十 五 年 ) (27 ) 江 戸 時 代 の ﹁ 正 月 修 正 二 璃 手 鏡 ﹂ に も 同 様 の 記 述 が あ る。 ( 28 ) ﹁ 東 大 寺 ﹂ 二 三 五 頁 ( 東 大 寺 教 学 部 編、 学 生 社、 昭 和 四 十 八 年 ) ( 29 ) ﹁ 大 正 蔵 ﹂ 16、 四 三 五 頁 上 ( 30 ) ﹁ 大 正 蔵 ﹂ 14、 三 一 五 頁 中 ( 31 ) ﹁ 大 正 蔵 ﹂21、 二 九 八 頁 下 ( 32 ) ﹁ 大 正 蔵 ﹂ 20、 一 一 頁 下 ( 33 ) ﹁ 大 正 蔵 ﹂20、 四 四 -頁 上 ( 34 ) ﹁ 大 正 樋 ﹂21、 一 二 四 頁 上 ( 35 ) ﹁ 大 正 蔵 ﹂ 20、 二 七 頁 中 (36 ) ﹁ 大 正 蔵 ﹂ 20、 一 四 一 頁 下 (37 ) ﹁ 大 正 蔵 ﹂19、 二 九 三 頁 中 ( 38 ) ﹁ 大 正 蔵 ﹂ 18、 八 七 六 頁 中 ( 39 ) ﹁ 大 正 蔵 ﹂21、 一 五 二 頁 中 ( 40 ) ﹁ 大 正 蔵 ﹂ 20、 二 八 四 頁 中、 二 九 三 頁 下 ( 41 ) ﹁ 大 正 蔵 ﹂ 20、 一 〇 四 頁 下 ( 42 ) ﹁ 大 正 蔵 ﹂ 20、 八 九 八 頁 上 ( 43 ) ﹁ 大 正 蔵 ﹂ 21、 二 七 一 頁 上 ( 44 ) ﹁ 大 正 蔵 ﹂ 24、 二 〇 七 頁 下 ( 45 ) 南 方 熊 楠 ﹁ 牛 王 の 名 義 と 烏 の 俗 信 ﹂ ( ﹁ 南 方 熊 楠 全 集 ﹂ 第 二 巻、 -六 七 頁、 平 凡 社、 一 九 七 一 年 ) (46 ) 芳 井 敬 郎 ﹁ 熊 野 牛 王 に つ い て ﹂ ( ﹁ 熊 野 権 現 ﹂ 一 五 五 頁、 筑 摩 書 房、 一 九 八 八 年 )
(47 ) 戸 川 安 章 ﹁ 羽 黒 山 伏 と 民 聞 信 仰 ﹂ 一 五 一 頁 ( ふ み 屋 書 店、 昭 和 二 十 七 年 ) ( 48 ) 牛 玉 札 に つ い て は、 相 田 二 郎 氏 の ﹁ 起 請 文 の 料 紙 牛 玉 宝 印 に つ い て ﹂ ( ﹁ 史 学 雑 誌 ﹂ 五 一 編、 四 号 ) で、 詳 細 な 検 討 が 既 に な さ れ て い る。 し か し な が ら、 相 田 氏 に 限 ら ず、 他 の 研 究 者 の 中 に も、 牛 玉 札 と 牛 玉 宝 印 の 混 同 が み ら れ る。 < キ ー ワ ー ド > 修 正 会、 牛 玉 臓 法、 悔 過。 金 剛 峯 寺 の 修 正 会