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密教文化 Vol. 1956 No. 36-37 006目黒 隆幸「真言宗布教史 PA1-A103」

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Academic year: 2021

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第 一 節 大 教 院 設 立 迄 の 布 教 明 治 以 前 の 我 宗 布 教 と 云 へ ば、 高 野 の 聖 方 や 仁 和 寺 の 六 十 六 部 等 が 大 要 之 に 類 似 し た 事 を な し、 諸 国 を 廻 檀 し て ゐ た 位 で、 真 言 宗 の 本 山 と し て は 何 等 の 制 度 も な く、 亦 何 等 の 設 備 も 持 た な か つ た。 唯 単 な る 師 資 相 伝 と 言 ふ 付 法 の 範 囲 に と ど ま り、 た ま た ま 安 心 問 題 に 関 す る 著 書 の あ つ た に せ よ そ れ は 一 般 民 衆 に 対 す る に は あ ま り に も 難 し く、 又 朝 廷 幕 府 大 名 の 庇 護 を 受 け て、 経 済 的 に も 制 度 設 備 を 整 へ 一 般 民 衆 に 対 し て、 所 謂 布 教 を せ ね ば な ら ぬ ま 云 ふ 必 要 に も 迫 ら れ な か つ た。 然 し 斯 様 な 中 に も 偶 々 山 本 寂 明 師 の 如 き、 釈 尊 出 世 の 本 懐 は 一 切 衆 生 を し て 転 迷 開 悟 せ し む る に あ り、 我 蒼 し 教 化 に 勉 め ず ん ば 何 ぞ 末 徒 の 列 に 在 ら ん や、 と て 若 年 よ り 民 衆 布 教 に 志 し、 所 謂 弁 舌 説 法 を 専 ら 事 と し て 諸 国 を 巡 化 し た 人 も あ つ た。 然 し 乍 ら 当 時 に 於 て は こ の 様 な 人 は 宗 内 一 般 か ら 所 謂 談 義 僧 と 軽 蔑 さ れ、 誰 一 人 と し て 之 に 従 ふ 人 は な か つ た の で あ る。 然 し 維 新 の 大 業 は 共 の 精 神 的 動 機 は 言 ふ ま で も な く 復 古 思 想 に あ つ た が、 そ れ に 加 へ 欧 米 思 想、 或 は 新 思 想 輸 入、 そ の 果 て は 排 佛 殿 釈 の 運 動 と な り、 佛 教 全 体 と し て 本 朝 空 前 の 法 難、 大 打 撃 を 蒙 り、 就 中 真 言 宗 の 如 き は 全 佛 教 中 で も 特 に 大 な る 損 害 を 蒙 つ た も の の 一 つ で あ つ た。 明 治 元 年 ( 西 紀 一 八 六 八) に 新 政 府 樹 立 し、 神 佛 判 然 の 令 ( 三 月 廿 八 日) が 下 り、 八 省 の 上 に 神 祖 官 を 置 き、 神 祖 事 務 局 を 設 置 し た。 亦 三 月 十 二 日 に は 神 佛 混 清 が 禁 止 さ れ ・ 十 七 日 神 佛 分 離 の 達 令 ・ 神 僧 の 復 飾 が 命 ぜ ら れ ・ 凱 ∼ 鍛 短 月 に は 神 葬 祭 奨 励 を 意 味 す る 太 政 官 達 が 発 せ ら れ、 又 十 月 九 日 に は 宣 教 師 神 祇 官 へ 被 接 候 事 な る 太 政 官 布 告 が 発 布 さ れ、 神 道 弘 通 の 為 に 彼 の 宣 教 師 を し て 諸 国 を 巡 回 せ し む る 事 と し た。 斯 様 に 政 府 の 対 佛 教 政 策 は 急 を 告 げ -佛 教 徒 も 之 を 黙 視 す る に 忍 び ず、 此 処 に 佛 教 各 宗 が 一 致 団 結 し て 外 は 国 家 に 当 り、 内 は 佛 教 そ れ 自 体 の 発 展 護 持 を 計 る べ き 機 関 の 必 要 を 感 じ、 高 野 山 の 高 岡 増 隆 師 を 盟

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密 薮 丈 化 ( 一 八 六 九) 主 と す る 佛 教 各 宗 同 盟 会 を 組 織、 明 治 二 年 十 月 廿 六 日 東 京 廻 向 院 に て そ の 大 会 を 開 催 し た。 こ れ と 共 に 各 宗 の 龍 象 錫 を 東 西 に 飛 ば し、 或 は 請 ひ 或 は 説 き て 上 層 為 政 者 の 理 解 を 求 め た の で あ る。 ( 一八 六 九) 同 二 年 十 一 月 高 岡 増 隆 師 は 各 宗 有 志 と 共 に、 之 等 政 府 の 諸 々 の 対 佛 政 策 に 対 し、 又 当 時 私 か に 蔓 延 し つ つ あ つ た 洋 教、 之 等 に 備 へ ん が 為 の 佛 教 徒 唯 一 の 自 衛 策 と し て の、 勧 誠 師 な る も の を 諸 国 に 巡 廻 せ し む べ き 旨 の 難 白 を、 集 議 院 に 建 白 し た が 遂 に ( 一 八 七 〇) 却 下 さ れ る 事 と な つ た の で あ る。 同 三 年 宣 布 大 教 の 詔 あ り 祭 政 一 致 の 旨 を 諭 し、 宣 教 師 を 設 け て 之 を 布 宣 せ し め た。 三 月 教 導 職 取 調 局 な る も の が 設 け ら れ る と 同 時 に、 前 に 却 下 さ れ た 勧 誠 師 巡 回 の 件 も 亦 漸 く に し て 許 さ れ た の で あ る。 さ れ ば そ の 勧 誠 師 な る も の が 如 何 な る 任 務 を 帯 び、 如 何 な る 事 を 末 派 大 衆 に 教 諭 し た か、 そ れ は 左 記 の 教 諭 条 々 に よ つ て 明 ら か に ざ れ る。 (一) 別 紙 寺 務 役 所 の 厳 誠 に 基 き 教 諭 之 条 々 ( 註 一 密 教 研 究 特 輯 号 六 十 号. ﹁ 明 治 初 期 に 於 け る 高 野 山 の 山 制 寺 法 ﹂ よ り 転 載 す。) 一 天 下 泰 平 宝 柞 悠 久 の 懇 祈 は 縞 素 の 任 職 な れ ば 申 迄 も 無 く、 別 而 当 今 の 機 会 に 附 て は 邪 教 遠 退 正 法 紹 隆 の 為 め、 其 結 衆 順 番 に 会 所 を 定 め 仁 王 経 の 法 勤 候 可 有 候 一 耶 蘇 の 邪 教 追 々 侵 入 の 趣 き、 国 家 之 巨 害 釈 門 の 大 憲 な り、 各 護 国 利 民 の 力 を 励 ま し、 邪 教 に 不 泥 様 檀 越 講 中 は 勿 論、 広 く 衆 庶 を 教 道 せ ら れ た く 候 一 途 中 往 来 必 法 衣 着 用 可 有 之 候、 但 し 衣 財 は 麻 木 綿 の 類、 廉 弊 の 分 は 不 苦、 華 美 を 好 む は 驕 奢 の 至 り な り、 須 ら く 節 倹 た る へ く 候 一 狼 り に 檀 施 を 貧 る こ と 桑 門 の 本 意 に 非 す、 宜 し く 我 か 徳 業 の 可 否 を 顧 み て 斜 酌 せ ら れ た く 候 一 婦 女 或 は 尼 僧、 寺 門 の 境 内 に 居 住 潭 し む る は 天 下 の 大 禁、 佛 家 の 厳 制 な る に よ り、 在 番 中 よ り、 再 三 触 達 に 被 及 候 得 共、 兎 角 因 循 に し て 今 に 其 儘 な る も の 往 々 有 之 趣 に 候、 弥 承 引 な き に 於 て は 不 得 止 御 布 令 之 御 趣 意 に 随 ひ 取 計 に 可 及 条、 速 に 境 外 に 可 被 出 候 一 法 命 相 続 之 為 め 弟 子 取 立 は 勿 論 院 宇 興 隆 可 被 心 懸 候

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一 其 最 寄 に て 本 寺 分 三 ヶ 寺 或 は 五 ヶ 寺 組 合 互 に 獄 力 越 度 な き 様 心 を 附 合、 若 し 其 組 合 之 内 不 意 得 の 者 是 れ 有 は 懇 切 に 入 鞭 を 遂 け、 尚 不 用 に 於 て は 其 旨 在 番 之 被 申 出 度 候、 若 し 隠 し 置 き 他 よ り 顕 る と に 於 て は 本 人 同 意 之 責 不 可 遁 候 一 無 謂 復 飾 す へ か ら さ る の 御 趣 意 に 戻 り、 密 か に 還 俗 め 心 挾 む 者 も 有 之 歎、 朝 命 に 背 く の 罪 科 不 容 易、 且 は 佛 祖 の 鴻 恩 を 忘 れ 終 に 万 人 指 頭 の 笑 ひ を 招 く に 至 る、 人 面 獣 心 の 行 為 な り、 実 に 暫 ち 怖 る へ く 候 一 諸 寺 院 従 前 附 来 り の 田 畑 山 林 多 く は 信 施 な り 永 く 不 失 様 せ ら れ た く 候 己 上 は 僧 侶 当 用 之 急 務 な れ ば 因 循 無 く 実 行 せ ん 事 を 勧 誠 す る 処 に 候 本 山 勧 誠 師 慈 眼 院 (包) ( 一 八 七 ○) 明 治 三 年 庚 午 閏 十 月 ( 原 文 の ま ま) 此 れ は 関 東 一 円 の 分 で あ る が、 斯 く し て 諸 国 を 勧 誠 し た も の で あ る。 而 し て 此 に よ つ て 当 時 の 我 宗 の 一 般 寺 院 住 職 の 有 様 を 窺 ひ 知 る 事 が 出 来 る の で あ る。 唯 単 に 一 宗 を 否 一 派 を、 否 一 寺 院 す ら を も 政 府 の 政 策、 そ し て 一 般 民 衆 よ り 護 持 す る に 汲 々 と し て ゐ た の で あ る。 第 二 条 の ﹁ 檀 越 講 中 は 勿 論 広 く 衆 庶 を 教 道 せ ら れ た く 候 ﹂ と 教 諭 せ し 如 く、 一 般 衆 庶 に 対 す る 教 道 に 漸 く 本 山 も 醒 め 来 つ た と 錐 も、 そ れ と て も 政 府 の 偏 重 的 神 道 弘 通 政 策 に 対 す る 防 禦 策 に す ぎ ぬ も の で、 た と へ 斯 く 教 諭 し た と て そ こ に 実 際 に 実 績 が 挙 つ た か 否 か は、 全 く 問 題 に な ら ぬ 有 様 で あ つ た。 加 ふ る に 政 府 の 佛 教 弘 布 に 対 す る 厳 重 な 取 締 り、 末 派 寺 院 住 職 の 政 策 に 対 す る 不 安 と 動 揺 は、 到 底 制 度 設 備 を 以 て 広 く 布 教 云 々 と 云 ふ 事 は 望 み も 出 来 ぬ 有 様 で あ つ た。 然 亡 乍 ち 斯 様 に 政 府 の 政 策、 民 衆 の 思 想 の 急 を 告 ぐ る 一 方、 一 宗 の 大 計 に 日 夜 尽 捧 し、 憂 宗 護 法 の 念 に 燃 へ 立 つ 諸 師 の 運 動 ( 一 八 七 二) は 涙 ぐ ま し く、 そ の 功 は 遂 に 奏 せ ら れ、 一 条 の 活 路 を 明 治 五 年 三 月 十 四 日、 神 祇 省 を 廃 し て 教 部 省 の 設 立 に 至 つ て 初 め て 見 出 し た の で あ る。 第 二 節 大 教 院 時 代 第 一 項 神 仏 合 同 大 教 院 時 代

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密 教 文 化 教 部 省 は 各 宗 寺 院 並 に 神 社 に 於 け る 宣 教 の 事 を 監 督 す る 為 に 設 け ら れ た 役 所 で あ つ て、 祭 杞 に 関 す る 事 項 は 総 て 式 部 寮 内 に 移 し、 本 省 と し て は 教 義、 教 派、 教 則 の 事 を 知 り、 社 寺 の 廃 立、 桐 官 僧 侶 の 等 級、 及 び 社 寺 の 格 式 等 を 司 つ た の で あ る。 而 し ( 一 八 七 二) て 神 道 と 云 は ず、 佛 教 と 云 は ず、 旧 来 の 国 民 の 教 化 に 従 事 せ る も の を し て、 悉 く 大 教 の 宣 布 に 当 ら し め た。 明 治 五 年 四 月、 釈 良 基 師 や 智 山 妙 徳 院 秀 浄、 無 量 寿 院 慈 恭、 光 正 院 教 如、 豊 山 小 池 坊 隆 盛 な ど の 師 共 に 出 京 し て 其 の 事 務 に 携 り、 三 条 教 則 を 設 定 し 国 民 の 帰 向 す る 所 を 定 め、 之 の 宣 布 に 当 る 者 は 教 導 職 と 称 し、 大 教 正 よ り 権 訓 導 に 至 る 十 四 級 を 定 め た。 斯 様 に 明 治 維 新 以 来、 神 佛 分 離、 排 佛 殿 釈 を 以 て 施 政 の 方 針 と せ る 当 局 為 政 者 は、 漸 ぐ 神 佛 の 相 資 を 推 奨 す る が 如 き 態 度 に 出 で 来 た の で、 佛 教 各 宗 に 於 て も 五 月、 書 を 政 府 に 呈 し て、 神 佛 合 併 の 教 院 を 創 め 生 徒 を 教 育 し、 三 条 の 教 旨 に よ り 泰 西 文 物 の 要 領 に 通 ぜ し め、 完 全 な る 教 導 職 を 養 成 せ ん こ と を 請 願 す る に 至 つ た。 こ の 挙 と 同 じ く 政 府 に て も 六 月 + 四 日 教 部 省 達 を 以 て、 各 宗 に 教 導 職 管 長 一 名 を 置 き、 宗 規 僧 風 布 教 伝 導 等 末 派 寺 院 の 事 に 至 る 迄 の 取 締 を せ し む る に 至 つ た。 そ し て 七 月 廿 八 日 に は 神 佛 合 同 大 教 院 教 則 の 成 案 を 得、 八 月 政 府 の 学 制 頒 布 と 相 伴 つ て 大 教 院 も 認 可 さ れ、 遂 に 十 一 月 に 東 京 紀 尾 井 町 に 大 教 院 ( 一 八 七 三) を 創 立 し、 続 い て 六 年 正 月 之 を 芝 の 増 上 寺 に 移 し た の で あ る。 こ れ と 共 に 各 府 県 の 枢 要 の 地 に 中 教 院 を 置 き、 大 小 神 社 各 宗 寺 院 に 小 教 院 を 設 置 す る こ と に な つ た の で あ る。 ( 一) 而 し て 増 上 寺 の 堂 奥 に は 本 尊 を 撤 去 し て、 造 化 の 三 神 と 皇 祖 を 杞 り、 各 宗 門 跡 に 至 る ま で 神 官 と 共 に 其 の 前 に 拍 手 し て 供 物 を 捧 げ、 三 条 教 則 の 意 義 を 講 明 し た の で あ る。 ( 註 一 造 化 の 三 神 天 御 中 主 神 高 神 産 霊 神 神 皇 産 霊 神) ○ 教 則 と 兼 題 ( 一 八 七 二) 明 治 五 年 四 月 廿 八 日 教 部 省 達 に て 発 布 さ れ た 三 箇 条 の 教 則 と は 第 一 条 敬 神 愛 国 の 旨 を 体 す べ き こ と 第 二 条 天 理 人 道 を 明 に す べ き こ と 第 三 条 皇 上 を 奉 戴 し 朝 旨 を 遵 守 せ し む べ き こ と

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右 の 三 ヶ 条 兼 ね て 之 を 奉 戴 し、 説 教 等 の 節 は 尚 能 く 注 意 致 し、 御 趣 意 に 不 悼 様 厚 相 心 得 可 申 候 事 と あ る。 そ の 翌 焦 歌 匙 匹 教 部 省 達 示 を 以 て、 十 一 条 兼 題 な る も の を 教 導 職 管 長 に 分 ち、 之 を 全 国 教 導 職 に 布 達 せ し め、 大 講 義 以 下 権 小 講 義 以 上 を し て 毎 月 一 回 講 録 を 作 り 教 部 省 に 提 出 せ し め、 以 て 布 教 の 料 に 供 せ ん と し た、 そ の 十 一 兼 題 と は 神 徳 皇 恩、 天 皇 造 化、 顕 幽 分 界、 人 魂 不 死、 神 祭、 大 被、 鎮 魂、 君 臣、 父 子 の 夫 婦、 愛 国 の 十 一 で あ る。 こ れ に 次 い で 同 じ く 十 七 条 兼 題 な る も の が 発 布 せ ら れ た、 そ れ は 皇 国 国 体、 導 不 可 変、 制 可 随 時、 皇 政 一 新、. 人 異 禽 獣、 不 可 不 学、 不 可 不 教、 国 法 民 法、 律 法 沿 革、 租 税 賦 役、 富 国 強 兵、 産 物 製 物、 文 明 開 化、 政 体 各 種、 役 心 役 形、 権 利 義 務、 万 国 交 際、 の 十 七 で あ る。 当 時 之 等 を 註 釈 せ る も の に は、 真 宗 本 願 寺 派 理 丘 塞 興 師 の ﹁ 二 十 八 題 弁 略 ﹂ 二 巻、 又 我 宗 高 岡 増 隆 師 の ﹁ 三 章 教 憲 和 解 ﹂ 等 が あ る。 ( 一 八 七 三) 以 上 の 如 く 三 条 教 則、 十 一 条 十 七 条 各 兼 題 が 発 布 せ ら れ る と 共 に、 六 年 一 月 十 日 に は 従 来 の 法 談 説 法 の 名 を 廃 し て 説 教 と な し、 恣 に 之 を 行 ふ を 禁 ず る 旨 の 教 部 省 達 を 受 け、 教 部 省 に 説 教 派 出 人 講 究 掛 を 置 き、 説 教 派 出 人 に 対 し 之 等 を 講 究 せ し め、 み だ り に 説 教 を な す こ と を 取 締 ら し め た。 亦 大 教 院 講 究 試 験 専 務 掛 を 置 き、 政 教 一 致 の 教 旨 を 宣 布 の 為 教 導 職 を し て、 之 等 を 講 究 布 演 せ し め 教 導 職 の 試 験 を 行 ひ、 三 条 教 則 を 遵 奉 せ し め、 一 般 民 衆 に 対 し て は、 之 等 の 範 囲 に 於 て 布 教 伝 道 せ し め ん と し た の で、 恣 に 宗 意 を 宣 布 す る 事 は 未 だ 政 府 の 監 視 の 下 に 置 か れ、 之 等 の 内 容 を 見 て も 明 か な 如 く、 神 道 弘 通 を 以 て 祭 政 一 致 を 目 指 す 政 府 の 施 政 方 針 は、 未 だ に 事 実 上 佛 教 圧 迫 的 政 策 の 域 を 脱 し な か つ た の で あ る。 第 二 項 真 言 宗 大 教 院 ( 一 八 七 二一) 明 治 六 年 二 月、 従 来 我 国 の 禁 教 と な つ て ゐ た キ リ ス ト 教 が そ の 禁 を 解 か れ、 当 時 の 佛 教 に と つ て は 一 大 強 敵 で あ つ た。 之 と 共 に ﹂ 面 我 宗 に 於 て も、 六 年 三 月 廿 九 日 東 寺、 金 剛 峯 寺 が 古 義 真 言 宗 総 本 山、 智 積 院、 長 谷 寺 が 新 義 真 言 宗 総 本 山 と 定 め ら れ、 や と そ の 地 位 が 認 め ら れ る に 至 つ た。 而 し て 同 年 本 願 寺 派 の 島 地 黙 雷 師 欧 米 の 旅 よ り 帰 朝 す る や、 神 佛 合 同 大 教 院 制 度 の 根 本 的 矛 盾 を 指 摘 し、 こ れ の 根 本 的 改 正 を 提 唱 し、 キ リ ス ト 教 解 禁 の 反 動、 不 安 と こ の 組 織 に 不 満 を 懐 い て ゐ え 各 宗 の 有 志 を 糾 合 し、 再 参 こ れ の 改 正 を 政 府 に 請 願 要

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密 教 文 化 ( 一 八 七 四) 求 し た。 然 し 政 府 は 之 の 改 正 要 求 を 容 れ ざ る 代 り に、 七 年 に 入 つ て 教 導 職 に あ ら ざ れ ば 寺 院 住 職 た る 事 能 は ず と 規 定 し、 そ の 反 面 遂 に 佛 教 各 宗 の 教 導 職 を し て、 三 条 教 則 に 違 背 せ ざ る 限 り に 於 て 各 自 の 宗 意 を 説 く 事 を 許 し、 亦 各 宗 各 派 別 立 管 長 を 置 く べ き 旨 を 申 出 た の で あ る。 こ れ に 対 し 我 宗 で は、 こ の 世 状 の 急 転 激 変 に 際 し 自 宗 の 分 離 合 同 に 日 を 過 す 余 裕 を 示 す に 至 ら ず、 只 管 新 古 一 体 と な つ て 宗 勢 の 挽 回 に 努 力 し た の で あ る。 ( 一 八 七 五) 而 し て 此 間 に も 神 佛 合 同 大 教 院 制 度 敬 正 の 運 動 は 続 け ら れ、 政 府 も 明 治 八 年 四 月 に 到 つ て 遂 に そ の 請 願 を 容 れ、 今 迄 の 神 佛 合 併 の 布 教 を 差 止 め、 大 教 院 の 解 散 分 離 も 認 め た の で あ る。 従 つ て 神 佛 二 道 は 当 然 分 離 し、 各 宗 は 夫 々 に 大 教 院 を 設 け、 真 言 ( 一 八 七 五) 宗 は 新 古 合 同 の 大 教 院 を 東 京 芝 の 真 福 寺 内 に 創 設 し、 真 言 宗 大 教 院 と 称 し た。 八 年 十 月 管 長 に 良 基 大 教 正 を 推 し、 各 地 に 中 教 院 が 設 立 さ れ、 檀 信 徒 の 取 扱 ひ 並 び に 教 導 職 の 取 締 り、 徒 弟 の 教 育 等、 布 教 に 関 す る 事 務 も 此 処 で 行 は れ る 事 に な つ た の で あ る。 是 が 即、 ち 後 の 法 務 所 及 び 法 務 支 所 の 先 駆 と な る の で、 こ の 頃 よ り 佛 教 各 宗 は 次 第 に 其 勢 力 を 盛 り 返 し て 行 つ た の で あ る。 第 三 項 説 教 布 教 の 発 生 と 揺 藍 時 代 以 上 の 如 き 状 態 に 置 か れ た 我 宗 は、 必 然 的 に、 否 い や が 上 に も 自 宗 発 展 の 為、 又 外 教 に 対 抗 す る 為 に も、 旧 来 の 晒 習 を 破 り、 荷 も 寺 院 住 職 に し て 僧 侶 と 名 の り、 教 導 職 に あ る も の は、 所 謂 弁 舌 布 教 た る 説 教 を せ ね ば な ら な く な つ た の で あ る。 然 七 乍 ら 以 前 よ り 付 伝、 論 議、 法 談 と 云 ふ 如 き 学 問 的、 儀 式 的 の も の の み を 尊 重 し、 或 は 葬 儀 に そ の 日 々 を 送 り、 所 謂 弁 舌 を 以 て 一 般 民 衆 の 壇 上 に 立 つ て 宗 意 を 宗 布 す る 如 き 者 を 談 義 僧 と 卑 し ん で 来 た 我 宗 僧 侶 に あ つ て は、 説 教 を な す 者 は 皆 無 の 有 様 で、 楮 如 何 に せ ん と て 唯 狼 狽 す る の み に て、 特 に 高 野 山 上 の 如 き は 行 詰 り と、 憔 慮 の 巷 で あ つ た。 当 時 高 野 山 に 在 つ て 之 の 状 態 を 目 前 に 見、 そ の 少 壮 の 心 を 悩 ま し た、 服 部 銀 海 隅 釈 如 海 の 二 師 は、 な ん と か こ れ を 打 破 せ ん も の と 苦 心 惨 澹 し、 こ の 道 に 長 た る 山 本 寂 明 師 の あ る を 聞 き、 師 を 山 上 に 招 か ん も の と 山 上 寺 院 及 び 教 議 所 の 援 助 を 願 ひ、 遂 ( 一 八 七 五) に 八 年 十 月 師 を 高 野 山 教 議 所 に 招 く 事 と な つ た。 さ れ ば 寂 明 師 三 十 余 日 間 昼 夜 二 回 に 亘 つ て 金 剛 峯 寺 に て 三 条 教 則 等 に 就 き 開 演 し、 そ の 範 を 諸 衆 に 示 し た の で あ る。 そ れ に 続 い て 和 歌 山 鈴 丸 町 万 精 院 の 中 教 院 に、 鼎 龍 暁、 獅 岳 快 猛、 長 宥 匡、 良 偉 祐 寂、 そ し て 寂 明、、 鍍 海、 如 海 の 諸 師 大 挙 出 動 し、 夫 々 そ の 初 陣 を 飾 つ た の で あ つ た。 そ し て 以 後 も 寂 明、 鍍 海 の 二 師 所 々 説 教

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を 勧 め て 行 つ た。 斯 様 に 漸 く 此 の 頃 に 至 つ て そ の 体 裁 を 学 び、 説 教 布 教 の 覚 醒 と な つ た の で あ る。 こ の 山 上 の 寂 明 師 の 布 演 は そ の 噛 矢 と な り、 や が て は 真 言 布 教 の 揺 藍 期 を 醸 し 出 し て 行 く の で、 全 く こ の 揺 藍 を 作 つ た の は 山 本 寂 明 師 で あ つ た。 ○ 安 心 砂 の 製 作 寂 明、 鍍 海 二 師 が 東 京 に て 説 教 遍 歴 中、 聴 聞 の 一 老 婦 人 よ り、 話 は 上 手 だ が 安 心 が な い と 言 は れ た 事 に 感 銘 す る 所 あ つ て、 二 師 真 言 宗 安 心 の 帰 趨 を 教 示 す る 一 書 を 作 ら ん も の と、 当 時 の 管 長 釈 良 基 師 に 真 宗 の 当 時 用 ひ て ゐ た 御 教 書 様 の も の を 賜 ふ べ ( 一 八 七 六) ( 一 八 七 七) く 依 頼 し た。 良 基 師 は 之 を 明 治 九 年 自 分 の 名 を 以 て 発 表 し、 次 い で 十 年 一 月 真 言 宗 大 教 院 開 版 を 以 て ﹁ 密 宗 安 心 砂 ﹂ と 銘 打 つ て 出 版 せ ら れ た。 こ の 良 基 師 の 安 心 砂 は 馬 我 宗 明 治 以 来 初 め て の 安 心 書 で あ つ て、 当 時 や と そ の 緒 に 着 い た 我 宗 布 教 思 潮 の 上 に 寄 与 す る 所 が 多 大 で あ つ た。 然 し こ の 書 も 猶 専 ら 正 機 の 者 を 対 象 と さ れ た も の で、 一 般 檀 信 徒 在 家 の 者 に は 適 当 で な く、 後 更 に 佐 々 木 義 範 師 が 之 を 釈 し て ﹁ 開 達 記 ﹂ 一 巻 を 著 わ す に 至 つ て ゐ る。 而 し て 当 時 大 教 院 で は 教 区 を 四 大 教 区 に 分 ち、 夫 々 そ の 教 区 に 巡 回 布 教 師 を 任 命 し、 山 本 寂 明、 槽 玉 諦、 服 部 鐙 海、 泉 智 等 等 の 諸 師 そ の 任 に 当 つ て ゐ た。 ○ 高 野 山 の 布 教 会 議 ( 一 八 七 八) 斯 の 如 く 宗 内 漸 く 布 教 の 問 題 が 云 々 さ れ る 事 と な り、 十 一 年 十 一 月 に は 高 野 山 に 於 て、 会 議 と 言 ふ よ り む し ろ 懇 談 会 位 の も の で あ つ た に せ よ、 布 教 に 関 す る 会 議 が 開 催 さ れ た。 議 員 は 佐 伯 慈 明 ( 議 長) 楠 玉 諦、 藤 井 龍 旭、 鼎 龍 暁、 密 門 宥 範、 佐 伯 法 雲、 柴 田 智 秀、 泉 智 等、 服 部 鍍 海、 鼎 霊 寂 等 の 諸 師 で 議 題 は、 一、 説 教 の 体 裁 を 一 に す る こ と 一、 在 家 の 勤 行 式 を 一 定 せ し む る こ と 一、 在 家 の 安 心 立 行 を 決 定 す る こ と

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密 教 文 化 の 三 つ で あ つ て、 之 を 種 々 協 議 し た。 そ の 結 果 は 次 の 様 な も の で あ る。 ︹ イ ︺ 大 師 和 讃 の 事、 が 第 一 議 題 に 上 り、 慈 明 師、 智 等 師、 法 雲 師 各 々 自 作 の も の 並 に そ の 他 二 三 の も の を 提 案 し、 討 究 の 結 果 慈 明 師 作 を 採 用 す る 事 に な り、 そ の 節 は 法 雲 師 説 の 常 楽 会 法 則 の 和 讃 の 節 を 用 ふ る こ と に し、 終 の 宝 号 三 遍 の 節 は 和 讃 の 四 句 の 中、 後 の 三 句 の 節 を つ け る 事 に 決 定 し た。 ︹ ロ ︺ 浄 土 問 題、 旭 雅 和 尚 の 提 案 に な る、 都 率 浄 土 の 問 題 が 次 に 討 議 さ れ、 諸 種 討 究 の 結 果 遂 に 都 率 と も 限 ら ず、 西 方 と も 限 ら ず、 浄 土 は 十 方 に あ り と し、 従 つ て 大 師 和 讃 の ﹁ 往 生 極 楽 ﹂ を ﹁ 往 生 浄 土 ﹂ と 改 め た。 ︹ ハ ︺ 光 明 真 言 和 讃 並 に 真 言 宗 安 心 和 讃。 柴 田 智 秀 師 が 従 来 興 正 菩 薩 の 作 と し て、 世 に 流 布 せ る 明 石 の 密 蔵 院 の 板 本 た る こ の 二 和 讃 を 提 案 し、 大 師 和 讃 と 同 様 一 般 に 流 布 せ し む る 事 に し た が、 こ れ が あ ま り に 長 き に 失 す る 故 そ の 短 縮 方 を 議 長 に 一 任 し た。 ︹ 二 ︺ 宗 意 安 心 章 の 編 纂 決 定、 前 の 良 基 師 の ﹁ 密 宗 安 心 砂 ﹂ が あ ま り に 一 般 民 衆 に 難 き に 失 す る を 以 て、 も つ と 平 易 な る、 宗 意 安 心 の 御 文 書 の 如 き を 作 る 事 に 決 し、 慈 明 師 が 既 に 懐 円 上 人 著 の ﹁ 真 言 安 心 小 鏡 ﹂ 四 巻 に よ り、 七 八 章 に 編 纂 し ﹁ 浄 土 道 し る べ ﹂ と 題 し て あ る の を 二 十 一 章 位 に 増 加 し て さ 布 教 の 模 範 標 準 と す る 事 に 決 し た。 然 し 慈 明 師 が 高 野 山 よ り の 帰 途 讃 岐 の 道 隆 寺 に て 端 無 く も 他 界 し た 故 に 遂 に 果 た さ れ な か つ た。 ︹ ホ ︺ 野 峰 松 韻、 慈 明 師 が 自 作 の 大 師 和 讃 を 説 教 風 に 略 解 釈 し た も の で、 こ の 年 の 十 一 月 に 東 京 順 正 堂 よ り 出 版 さ れ た。 斯 様 に し て 会 議 は 終 つ た が、 光 明 真 言 和 讃 並 に 真 言 安 心 和 讃 は 議 長 の 死 に よ り、 そ の 後 を 銀 海、 智 秀 の 二 師 が 受 継 ぎ、 添 削 ( 一 八 七 九) 修 正 し て、 佛 ( 大 日) 法 ( 光 明 真 言) 僧 ( 弘 法 大 師) の 三 宝 に 擬 し、 三 和 讃 と し て 在 家 の 勤 行 式 に 定 め ら れ、 十 二 年 以 降 盛 に 世 に 流 通 す る こ と に な つ た。 ( 一 八 七 五) ( 一 八 七 七) こ の 間 に 教 部 省 は 八 年 十 二 月 に 其 の 職 制 の 一 部 を 改 め、 次 い で 十 年 一 月 に 之 が 廃 さ れ、 俄 か に 内 務 省 内 に 社 寺 局 が 設 置 さ れ、 未 だ に 寺 院 の 地 位 が 日 を 追 ふ て 軽 視 さ れ る 有 様 で あ つ た。 加 べ て 我 宗 で は、 新 古 両 者 の 間 に 種 々 の 融 合 し 難 き 事 情 を 生 じ、 遂 ( 一 八 七 八) に 十一 鋼 五 月 廿 日 に は、 布 教 上 の 都 合 を 以 て 仁 和 寺、 大 覚 寺、 神 護 寺、 法 相 宗 法 隆 寺、 同 薬 師 寺、 律 宗 西 大 寺、 同 唐 招 提 寺 が 相 集 り 西 部 真 言 宗 を 樹 立 し た る に 始 り、 高 野 山 と 東 寺 の 単 称 真 言 宗、 智 豊 両 山 の 真 言 宗 新 義 派 の 三 派 鼎 立 の 形 勢 を 示 す に 至 つ

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( 一 八 七 九) た。 然 し 乍 ら こ の 形 勢 も 長 く 続 か ず、十 二 年 四 月 三 十 日 内 務 省 達 に ょ り、 部 派 の 分 離 を 廃 し、 真 言 宗 別 置 管 長 制 も 亦 廃 さ れ、 一 宗 一 管 長 制 に 復 帰 す べ く 余 儀 な く さ れ た の で あ る。 従 つ て 六 帽 十 五 日 に 真 言 宗 各 派 管 長 及 び 重 役 は 京 都 智 積 院 に 集 合 す る 事 ( 一 八 七) と な り、 次 い で 十 二 年 十 一 月 十 日 よ り、 一 宗 一 管 長 の 制 令 を 議 す る 為 に 本 末 合 同 の 大 成 会 議 が 東 京 湯 島 霊 雲 寺 に て 開 催 さ れ る 事 に な つ た の で あ る。 ○ 大 成 会 議 こ の 会 議 の 議 案 の 大 綱 は 七 ヶ 条 よ り な り、 そ の 第 一 条 に 布 教 問 題 が 提 案 さ れ て ゐ る。 今 そ れ を 左 に 転 載 す る と 第 一・ 条 宗 意 安 心 を 一 定 し 伽 せ て 布 教 の 体 裁 を 一 に す る 件 議 案 蓋 し 智 目 行 足 人 清 涼 池 は 龍 樹 の 垂 訓、 安 心 立 行 は 顕 密 の 通 規 な り。 故 に 大 日 経 の 初 入 真 言 門 住 心 品 に 先 づ 真 言 行 者 の 安 心 を 説 給 ふ、 其 要 如 実 知 自 心 の 句 を 出 で ず。 此 自 心 菩 提 の 本 末 の 因 縁 を 開 て 三 句 五 転 と す、 此 三 句 五 転 の 中 に 一 切 万 行 を 摂 す。 然 る に 是 等 の 法 門 何 を 以 て 宗 と な も ば 三 平 等 を 以 て 宗 と す。 謂 ぐ 自 心 と 衆 生 と の 三 業 と 本 尊 諸 尊 の 三 密 と 一 相 一 味 の 曼 茶 羅 に し て、 平 等 々 々 倶 に ・第 一 実 際 妙 極 の 境 に 住 す る 故 に 自 心 本 来 即 佛 の 理 決 定 せ り。 今 此 宗 に 入 も の は 先 づ 阿 闇 梨 に 随 て、 此 教 理 を 聴 聞 信 受 し 安 心 決 定 し 了 て 三 摩 耶 戒 の 真 言 等 を 授 伝 し、 昼 夜 四 時 日 課 を 行 し 往 生 浄 土 の 勝 行 を 修 す る 人 を 正 に 初 て 真 言 門 の 行 者 と す。 間 所 示 の 如 き は 高 尚 に し て 劣 機 の 堪 る 所 に あ ら ず、 日 爾 ら す、 若 人 此 旨 を 聞 て 一 度 信 受 す れ ば 即 一 念 の 即 身 往 生 愈 々 相 続 す れ は 念 々 の 往 生 な り、 何 の 難 き か 之 あ ら ん レ 余 教 超 過 の 深 旨 妥 に あ り、 本 宗 の 教 職 た る も の 深 く 此 旨 を 体 し て 自 行 化 他 す へ し。 第 一 節 所 謂 の 浄 土 は 機 の 性 欲 に 従 て 安 養 都 率 等 の 不 同 あ る も、 彼 此 渉 入 し 井 皆 同 毘 盧 遮 那 十 界 輪 円 の 身 土 に し て 唯 佛 唯 心 な り、 阿 闇 梨 此 安 心 を 以 て 広 く 示 教 利 喜 す へ し。 但 宗 意 安 心 章 は 追 て 編 製 頒 布 す へ し 第 二 節 三 密 為 宗 を 忘 れ ず 劣 機 の 為 に は 単 に 真 言 の 功 徳 を 説 く 等 も 固 よ り 妨 げ な し と す。 但 此 中 自 ら 三 力 を 具 す れ ば 偏 に 他 力

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密 教 文 化 を 主 張 す る 宗 と 濫 す る 事 な き を 要 す、 且 つ 対 弁 門 と 安 心 用 ど 混 同 す べ か ら ず 第 三 節 法 務 所 内 に 布 教 課 を 置 き 布 教 上 の 庶 務 を 担 任 せ し め、 体 裁 画 一 振 起 隆 盛 を 謀 ら し む へ き 事。 但 自 今 説 教 習 練 場 を 惣 蟹 内 に 設 る も の と す。 ( 原 文 の ま ま) 以 上 の 如 く で あ つ た が 議 場 遂 に 委 員 を 設 け 慎 重 審 議 す る 事 に な り、 議 員 の 公 選 を 経 て、 釈 雲 照、 佐 伯 旭 雅、 上 田 照 遍、 高 岡 増 隆、 小 野 方 賢 宝 の 諸 師 選 出 さ れ、 昨 年 の 布 教 会 議 に 決 定 さ れ た 在 家 勤 行 式 を 校 訂 し て、 三 帰 三 寛 十 善 戒 を 聴 衆 に 授 け、 布 教 に 先 立 つ て 祈 願 文 を 読 み 上 げ る 事 と し て、 殆 ど 現 今 と 同 様 の 在 家 勤 行 法 則 を 作 り、 布 教 の 体 裁 を 定 め、、 亦 密 宗 安 心 書 に 関 し て は 五 師 の 撰 述 せ る も の を 持 ち 寄 つ て 次 期 を 約 し て 更 に 会 議 を 催 す こ と と し た。.

第 一 節 新 古 合 同 布 教 そ の 一 第 一 項 時 代 概 観 維 新 大 業 以 来 動 揺、 混 乱、 分 裂 を 重 ね 少 し も 休 む 暇 の 無 か つ た 我 宗 も 釈 雲 照、 大 碕 行 智 等 当 時 真 言 宗 の 暗 雲 を 憂 ふ る 士 の 努 ( 一 八 七 丸) 力 が 功 を 奏 し て、 遂 に 明 治 十 二 年 の 大 成 会 議 の 開 催 と な り、 高 祖 大 師 の 御 遺 告 に 随 ひ、 宗 制 を 更 改 し、 東 寺 を 以 て 一 宗 の 総 本 山 と な し、 同 寺 住 職 を 長 者 と 復 称 し、 三 条 西 乗 禅 師 一 宗 の 与 望 を 担 ひ て 真 言 宗 管 長 に 当 選 し、 総 本 山 に 法 務 を 置 き 教 学、 教 務 挙 げ て こ と に て 司 り、 淵 源 一 水 の 法 沢 に 浴 し 新 古 一 味 の 宗 風 を 成 立 せ し め た。 爾 来 十 余 年 間 い さ へ か の 分 離 等 の 事 件 が あ り た ( 一 八 九 六) る も、 と も か く 一 宗 一 管 長 の 制 度 が 保 た れ た の で あ る。 然 し 明 治 廿 九 年 に 至 る や 腹 蔵 せ る 新 古 両 者 の 矛 盾 が 遂 に 爆 発 し、 同 年 ( 一 八 九 九) 十 二 月 に 醍 醐 寺 ほ 分 離 独 立 を 唱 へ、 こ れ に 始 つ て 一 大 紛 争 を 巻 起 し、 三 十 二 年 十 月 の 宗 会 は 真 言 宗 新 古 各 山 分 立 別 置 管 長 の 件 ( 一 九 ○ ○) を 決 議 し、 三 十 三 年 八 月 九 日 付 を も つ て 真 言 宗 各 派 独 立 別 置 管 長 の 認 可 を 受 け、 新 古 合 同 時 代 の 幕 を 閉 ぢ る に 至 る の で あ る。 第 二 項 法 務 所 の 成 立 と そ の 布 教 箭 度

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( 一 八 七 五) 明 治 八 年 に 新 古 合 同 の 大 教 院 を 東 京 に、 各 地 に 中 教 院 が 設 立 さ れ て 以 来、 こ と に て 檀 信 徒 の 取 扱 ひ、 教 導 職 の 取 締、 徒 弟 の ( 一 八 七 九 ︶ 教 育 が 行 は れ て 来 た が、 大 成 会 議 の 結 果 明 治 十 三 年 一 月 に 至 り、 真 言 宗 大 教 院 を 法 務 所、 中 教 院 を 法 務 支 所 と 改 称 し、 長 者 の ( 一 八 八 ○) 許 に 統 一 監 理 さ れ る 事 に な り、 続 い て 十 三 年 五 月 三 十 日 に 改 正 制 規 章 程 が 発 布 さ れ る に 至 り 我 宗 制 度 も ほ ゴ 確 立 さ れ た の で あ る。 以 下 そ の 布 教 制 度 を 引 出 し て 見 る に 先 づ 法 務 所 規 約 中 に、 第 三 条、 本 所 に 布 教 庶 務 会 計 の 諸 課 を 置 き、 之 が 課 長 一 名 を 挙 げ て 事 務 を 弁 理 す べ き 事。 第 四 条 本 所 に 属 し て 一 の 総 畳 を 設 置 し、 宗 費 生 を 教 育 し て 学 業 進 歩 の 策 を 立 つ べ き 事。 但 し 大 中 学 林 及 説 教 習 練 所 は 本 蟹 に 隷 属 す る も の と す る。 第 九 条 本 所 に 於 て は 毎 月 二 十 一 田、 二 十 六 日 を 点 定 し 説 教 法 用 を 執 行 す べ き 事。 第 十 四 条 一 宗 布 教 上 に 関 す る 費 用 は 総 て 各 寺 院 よ り 拠 出 せ し む べ き 事。 等 と あ り、 法 務 所 内 に 布 教 課 が 置 か れ、 本 宗 布 教 に 関 す る 総 て の 事 務 が こ と に 弁 理 さ れ る 事 に な り、, 学 業 に 関 し て は 別 に 学 制 の 項 に ﹁ 本 宗 僧 徒 を 教 育 す る に 法 務 所 に 総 畳 各 本 山 に 大 学 林 各 地 方 に 中 学 林 を 置 く べ し ﹂ と て 前 の 大 中 教 院 は そ の 総 て を 法 務 所 に 包 括 さ れ、 整 備 充 実 さ れ る に 至 つ た の で あ る。 喜 ぶ べ き 事 は 説 教 習 練 所 の 設 置 が 云 々 さ れ て ゐ る こ と で あ る が、 当 時 我 ( 一 八 九 五) 宗 と し て は 未 だ 其 の 実 施 に ま で 及 ば ず、 後 二 十 八 年 に 至 り 実 施 の 運 び と な る。 今 更 に 布 教 課 分 掌 事 務 章 程 を 見 る に、 第 一 節 教 法 の 隆 夷 事 務 の 弘 張 を 監 査 し、 布 教 の 規 約 章 程 を 定 め、 正 準 及 五 等 の 教 師 を 置 き 規 約 等 を 頒 布 す る の 諸 件 に 従 事 す べ し。 第 二 節 大 い に 学 業 を 振 起 し 生 徒 を 警 策 す る の 見 込 を 立 て 又 は 学 蟹 の 規 定 試 験 の 章 程 等 を 実 践 し、 学 林 の 廃 置 に 関 す る 諸 件 を 弁 理 す べ し。 第 三 節 講 社 及 説 教 場 の 廃 置 に 関 す る 諸 件 を 弁 務 し、 伝 法 灌 頂 其 他 の 大 会 に 関 し 又 は 教 師 の 派 遣 に 関 す る 願 伺 届 等 を 受 理 す る の 諸 件 に 従 事 す べ し。 第 四 節 学 頭 及 監 督 よ り 具 状 す る 宗 徒 の 懲 誠 に 関 係 し、 教 導 職 の 任 免 具 状 に 関 し て 該 得 失 可 否 を 調 査 す る 等 の 諸 件 に 従 事 す べ

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密 教 文 化 し。 第 五 節. 長 者 並 定 額 僧 及 監 督 学 頭 正 準 教 師 等 の 選 挙 及 劉 免 に 関 す る 諸 件 に 従 事 す べ し。 第 六 節 職 員 録 を 調 整 し 及 本 職 任 免 の 清 書 並 本 職 以 上 の 住 職 転 免 等 の 届 を 本 省 に 上 申 す る の 事 務 を 弁 理 す べ し。 と あ り、 全 く 教 務 教 学 の 面 は 此 処 に て 取 叛 は れ た。 そ し て 説 教 師 を 全 国 に 巡 回 せ し め 一 般 民 家 に 対 し て 宗 意 を 宣 布 せ し む る 事 と な り、 正 準 教 師 及 藍 督 派 出 章 程 を 定 め、 又 各 地 方 派 出 者 心 得 を も 定 め、 全 て 派 出 者 に 説 教 布 教 を な す べ き 事 と し、 事 教 の 講 授 及 授 戒 布 薩 及 声 明、 そ し て 機 を 見 て は 信 徒 民 衆 に 説 教 を な さ し め た。 又 教 会 結 社 説 教 場 の 設 置 の 斡 旋 に 当 ら し め、 地 方 末 派 寺 院 の 事 情 等 の 報 告 を 取 り、 適 宜 に 巡 回 布 教 せ し め た の で あ る。 ま た 一 般 僧 侶 に も ﹁ 恒 に 十 善 を 説 き 出 家 在 家 を 教 導 す べ き ∂こ と ﹂ と 規 定 し、 懲 戒 条 例 中 に も ﹁ 教 導 を 勉 め ず 寺 門 を 荒 蕪 し 徒 弟 を 教 育 せ ざ る も の ﹂ を ﹁ 寺 職 を 辞 せ し め 俄 悔 行 中 禁 足 無 言 た る べ し ﹂ と し て ゐ る。 斯 様 に 我 宗 咬 制 面 に 於 て 布 教 の 制 度 は 一 応 そ の 形 を 整 へ 来 つ た の で あ る。 第 三 項 布 教 会 議 と 安 心 書 の 出 版 ( 一 八 八 ○) ○ 十 三 年 の 布 教 会 議 ㌧ ( 一 八 八 ○) 大 成 会 議 に て 議 了 と な ら な か つ た 布 教 上 の 諸 問 題 に 就 て、 十 三 年 六 月 一 日 よ り 東 京 湯 島 の 根 生 院 の 薬 師 堂 に て 布 教 会 議 が 開 催 せ ら れ た。 釈 雲 照 師 が 管 長 代 理 に て 出 席 し、 議 員 は 土 宜 法 龍、 権 田 雷 斧、 吉 堀 慈 恭、 朝 比 奈 智 泉、 小 野 方 賢 宝、 泉 智 等 一 柴 田 智 秀、 佐 伯 法 雲、 服 部 銀 海 等 十 一 名 の 当 時 布 教 界 の 鐸 々 た る 諸 師 で あ つ て、 そ の 重 な る 議 題 は ︹ イ ︺ お 授 け を 一 定 す る こ と ( 殆 ど 現 代 と 同 じ く な つ た) ︹ ロ ︺ 祈 願 文 を 一 定 す る こ と、 今 ま で 区 々 別 々 で あ つ た も の が 左 記 の 如 く 一 定 さ れ た。 ﹁ 今 上 皇 帝 宝 柞 遠 長 国 体 輩 固 万 民 豊 楽 ( 以 上 北 村 師 の 提 案) 佛 日 増 輝、 ( 転 法 輪 常 以 上 権 田 雷 斧 師 の 提 案) 殊 参 詣 諸 人 現 世 安. 穏 後 生 浄 土 乃 至 法 界 平 等 利 益 ( 以 上 泉 智 等 師 の 提 案) ﹂ ︹ ハ ︺ 在 家 勤 行 法 則 の 制 定、 繊 悔 文、 三 帰 三 寛、 十 善 戒、 安 心 和 讃、 光 明 真 言 和 讃 と す。 ( 大 師 和 讃 は 新 義 の 興 教 大 師 和 讃 と の

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折 れ 合 ひ の 為 省 く ︹ 二 ︺ 大 師 和 讃 の こ と、 ﹁ 上 中 下 根 の 別 あ り て ﹂ 及 び ﹁ 浄 穂 を 択 ば ず 其 儘 に ﹂ の 句 を 雲 照 師 が 不 可 な り と 発 議 し、 銀 海 師 の 提 案 に よ り ﹁ 真 言 宗 旨 の. 安 心 は、 上 根 下 根 の 隔 な く、 凡 聖 不 二 と 定 ま れ ど ﹂ の 三 句 と し た。 節 は 前 に 決 定 し た 通 り の も の を 用 ふ る 事 と し た。 ︹ ホ ︺ 持 ち 物 の 一 定、 説 教 中 の 持 物 に 就 て 中 啓 説 と 払 子 説 の 二 説 あ り、 払 子 説 と 決 定 し た。 ( 一 八 八 一) ○ 十 四 年 の 布 教 会 議 京 都 宝 菩 提 院 に 於 て 吉 堀 慈 恭 師 を 議 長 と し 約 二 十 名 の 議 員 に よ つ て 開 催、 そ の 議 題 は、 本 尊 を 一 定 す る こ と。 八 祖 説、 弥 勒 説、 大 日 説 等 種 々 あ り、 銀 海 師 の 中 を 台 蔵 大 日 と し、 左 を 光 明 真 言 字 輪、 右 を 弘 法 大 師 と し て、 三 和 讃 と 本 尊 と を 一 致 せ し め ん と し た 説 あ り、 然 し 新 義 方 よ り 右 弘 法 左 興 教 の 説 あ り、 両 者 相 譲 ら ず、 加 ふ る に 一 議 員 の 失 言 あ り、 遂 に 議 決 の 運 び に 至 ら ず、 そ の 他 何 等 の 結 果 も 得 ら れ な か つ た。 そ の 中 巡 教 費 と し て 法 務 所 よ り 二 千 円 也 を 支 給 さ る と も、 衣 袈 裟 の 取 締、 菩 薩 戒 の 巡 回 等 に 大 部 分 を 消 費 し、 巡 回 布 教 は 予 定 の 通 り 行 は れ な か つ た。 ○ 安 心 書 の ご と 斯 様 に 布 教 会 議 が 相 次 い で 行 は れ、 泉 内 一 般 に 布 教 熱 が 高 ま。、 其 の 体 裁 も ほ ぼ 一 定 し て 来 る に 従 つ て、 宗 意 安 心 に 就 て も 先 の 良 基 師 の ﹁ 密 宗 安 心 紗 ﹂ 一 巻 の 出 版 に 次 い で 宗 内 碩 学 の 諸 師 相 次 い で 安 心 書 或 は 布 教 に 関 す る 著 作 を 著 し 始 め た。 即 ち 明 瀧 梵 籠 よ り + 3 鱗 に9 か け て の 著 書 を 一 見 す る の み に て も + 指 を 以 て 数 へ 切 れ ぬ ば か り で あ る。 ( 一 八 八 三) そ れ 以 後 大 成 会 議 の 決 議 に よ る ﹁ 密 宗 安 心 義 章 ﹂ 二 巻 が 明 治 十 六 年 八 月 に 釈 雲 照 師 の 名 に よ つ て 出 版 せ ら れ た。 な れ は 前 述 の 如 く、 選 出 さ れ た 五 教 正 か ら 各 々 安 心 に 関 す る 意 見 書 を 提 出 せ し め、 雲 照 師 こ れ を 一 括 分 類 し て、 殆 ど 自 分 の 意 見 通 り に 之 を 編 述 し た も の で あ る。 次 い で 佐 伯 慈 明 師 の ﹁ 浄 土 道 し る べ ﹂ を 土 台 に、 安 心 書 を 編 纂 す る 事 に 前 の 会 議 で 決 定 し て ゐ た が、 師 の 死 に よ つ て 一 時 挫 折 の 形 に な つ て い た が、 服 部 鍍 海、 泉 智 等、 権 田 雷 斧 の 三 師 が 編 纂 委 員 と な り ﹁ 安 心 消 息 ﹂ と 題 し て 広 く 斯 道 の 人 よ り 教 案 を 募 集 し、 八 十 章 余 を 得 之 を 基 礎 と し、 主 に 鍍 海 師 が そ の 任 に 当 り 二 十 ﹁ 童 に つ づ め、 当 時 ゐ 碩 学 諸 師 の

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密 教 文 化 添 削 校 訂 修 正 を 経 て ﹁ 密 宗 安 心 教 示 章 ﹂ と 題 し、 別 処 栄 厳 師 の 名 に よ り、 法 務 所 蔵 版 と し て 弘 法 大 師 千 五 十 年 御 遠 忌 の 明 治 十 ( 一 八 八 四) 七 年 三 月 二 十 一 日 を 期 し て 公 表 さ れ た。 こ れ に 関 し 別 記 し た い の は 鐙 海 師 の 非 常 な る 苦 心 と 努 力 で あ る。 爾 来 此 の 教 示 章 に 就 て 試 験 を す る 事 に な り、 又 説 教 の 始 に、 こ の 内 の 一 章 を 読 み 上 げ る 等、 こ の 書 の 出 版 は 当 時 の 布 教 に そ の 中 心 を 与 へ る 事 と な つ た。 今 こ れ に 就 て 当 時 の 法 務 所 よ り の 達 示 を 記 し て 参 照 と す る。 密 宗 安 心 の 件 密 宗 安 心 教 示 章 は 大 僧 正 別 処 栄 厳 師 め 著 述 に し て、 宗 の 賞 賛 せ し 所、 即 ち 章 を 分 つ 二 十 一 に し て 修 を 設 く る 五 度 な り、 其 の 撰 た る 上 下 の 機 を 摂 し 順 逆 の 徒 を 諭 し 懇 篤 の 教 化 実 に 尽 き た り ど 云 ふ べ し、 依 て は 自 今 以 後 何 れ の 寺 院 及 教 会 に 於 て も 此 教 示 章 を 亀 鑑 と し 以 て 布 教 の 効 を 奏 す べ し、 已 に 宗 制 七 十 四 条 に 於 て 説 教 の な す べ き を 寺 法 と し、 第 十 章 の 懲 戒 に 於 て は 寺 法 宗 規 に 違 背 す る も の は 住 職 の 灘 免 を 沙 汰 し、 又 教 理 に 違 し て 説 教 を な す も の は 繊 悔 清 作 の 例 を 示 す。 夫 れ 布 教 の ゆ る が せ に す べ か ら ず し て 宗 意 を 布 術 し て 布 教 を 最 と す る は 今 更 余 が 言 を 侯 た ず し て 明 了 な り、 而 し て 若 し 布 教 其 要 を 失 す る と き は 教 徒 を 誤 ら し む を 如 何 せ ん、 さ れ ば 本 宗 僧 侶 の 布 教 上 に 必 須 は 勿 論 信 徒 末 々 の 輩 も 此 の 教 示 章 の 旨 を 体 し、 本 宗 の 安 心 誤 解 無 之 様 平 生 屹 度 信 受 致 置 く べ し 此 段 及 布 達 候 事。 ( 一 八 八 六) 明 治 十 九 年 六 月 十 日 又 此 間 に 布 教 上 注 意 す べ き 左 記 の 如 き 面 白 い 達 が 出 て ゐ る。 説 教 と 講 談 と の 区 別 ( 一 八 八 三) 明 治 十 六 年 七 月 十 三 日 番 外 達 説 教 と 講 談 と は 因 よ り 性 質 を 異 に し 混 同 す べ か ら ざ る は 勿 論 の 事 に 候。 然 る に 近 頃 法 会 或 は 戒 場 に 於 て 演 説 講 話 を な す 者 有 之 哉 の 趣 相 聞 き 以 て の 外 の 事 に 候。 自 今 決 し て 相 成 ら ず 候、 猶 説 教 の 義 も 兼 て 頒 布 に 及 候 布 教 会 議 条 款 に 則 り、 更 に 非 威 儀 等 之 れ 無 き 様 致 す 可 く 此 段 相 達 候 事。 但 し 法 会 と 席 を 別 に す る は 此 限 り に 非 ず。

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此 の 達 を 見 る に 布 教 会 議 条 款 云 々 と あ る が、 真 言 宗 々 制 為 に よ る と 散 逸 し て 見 当 ら ず 云 竃 あ な そ の 他 探 索 す る も 術 な く、 小 生 の 不 努 力 の 致 す 所 で あ る が 見 当 ら な い。 残 念 に 思 ふ が 兎 角 唯 単 な る 会 議 で な く、 当 時 の 一 般 布 教 に 就 て の 条 例 様 の も の も 多 分 に 含 ま れ て ゐ た で あ ら う 事 が 偲 ば れ る の で あ る。 ( 註(一) 六 大 新 報 社 発 行) ○ 御 遠 忌 の 布 教 ( 一 八 八 四) 明 治 十 七 年 旧 三 月 廿 一 日 は 弘 法 大 師 一 千 五 十 年 忌 に 当 り、 宗 内 こ れ を 契 機 に 一 層 布 教 熱 が 昇 り 来 つ た の で あ る。 今 高 野 山 に 於 け る そ れ の 一 片 を 眺 め る に、 四 月 十 日 よ り 廿 一 日 迄 の 十 二 日 間 盛 大 な る 法 要 が 営 ま れ た。 そ れ に 伴 つ て 各 地 に 於 け る 祖 山 参 拝 の 勧 誘、 高 祖 大 師 の 偉 徳 宣 揚 も さ る 事 な が ら、 広 義 に 於 け る 布 教 の 一 端 を 受 持 つ 宣 伝 へ の 覚 醒 は 特 に 目 覚 し ガい も の が あ つ た。 即 ち 現 今 の ポ ス タ ー に 類 似 す る も の で、 高 野 紙 一 枚 を 縦 に 使 ひ 機 槻 刷 に て 赤 の 色 刷 ま で 使 ひ、 こ れ が 多 数 各 地 方 に 御 忌 法 会 広 告 と し て 送 ら れ た の で あ る。 又 建 札 等 を 競 ひ 合 ひ 大 都 市 に 於 て は 目 貫 の 場 所 へ 建 て た と 記 さ れ て ゐ る の で あ る。 こ の 様 に 宣 伝 勧 誘 万 々 怠 り な く、 又 法 会 期 間 中 に は、 荘 厳 な る 堂 塔 伽 藍 と 祖 山 と そ の 名 も 相 応 し か 八 葉 蓮 花 の 御 山 を バ ッ ク に 厳 粛 な る 法 要 が 営 ま れ た。 其 れ と 相 伴 つ て 金 堂 の 東 西 両 側 に 百 八 十 畳 の 掛 出 し を 造 つ て 説 教 授 戒 等 な し、 此 の 席 に 昇 る 人 員 八 百 余 名 と 云 ふ 十 六 日 当 日 の 荘 観 は さ る 事 な が ら、 又 そ の 他 大 会 堂 を 説 教 場 と し て、 服 部 銀 海、 権 田 雷 斧、 神 谷 大 周 等 の 巨 攣 が 集 ひ 来 つ て、 加 ふ る に 泉 智 等 外 八 名 を 以 て せ る 布 教 陣 の 整 備 は 当 時 の 布 教 界 最 大 の 盛 事 で あ つ て、 そ の 盛 な る 事 思 ひ 半 に 過 ぎ る も の が あ る。

第 一 項 布 教 制 度 と そ の 実 際 ( 一 八 八 四) 明 治 十 七 年 八 月 十 一 日 大 政 官 第 九 号 達 を 以 て ﹁ 自 今 神 佛 教 導 職 を 廃 し、 寺 院 住 職 を 任 免 し 及 教 師 等 級 を 進 退 す る こ と は 総 て 各 管 長 に 委 托 し、 夏 に 左 の 条 件 を 定 む ﹂ と て 宗 派 の 分 合 争 論 を 戒 め、 佛 道 各 宗 に 管 長 一 名、 但 し 事 宜 に よ り 各 派 に 管 長 を 置 く

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密 教 文 化 も 妨 げ ず と し、 又 管 長 は 宗 制 寺 法 等 々 を 定 め 内 務 卿 の 認 可 を 受 く べ し、 等 と の 五 ヶ 条 件 が 発 布 せ ら るゝ に 至 つ て、 我 宗 に も 宗 ( 一 八 八 五) 制 の 刷 新 を 喚 ぶ も の 漸 く 多 く 十 八 年 四 月 に 至 つ て 吉 堀 慈 恭 師 を 宗 制 取 調 起 草 委 員 に 任 じ、 十 一 月 に は 真 言 宗 々 制 会 議 を 開 催 す る 運 び と な つ た。 然 し 斯 様 な 達 に 刺 戟 さ れ て か 新 古 分 離 の 機 運 漸 く 動 き 始 め、 程 な く 各 山 夫 々 真 言 宗 と 単 称 し、 新 義 派 も 真 言 宗 新 義 派 と 公 称 ( 一 八 八 六) す る に 至 つ た。 然 し 未 だ 別 置 管 長 の 事 実 な く、 十 九 年 二 月 十 五 日 に 至 り、 二 月 十 日 に 認 可 さ れ し 真 言 宗 々 制 を 発 布 し、 同 様 同 日 を 以 て 真 言 宗 管 長 の 称 号 を 以 て 長 者 の 称 号 に 換 用 し、 一 宗 の 依 止 師、 宗 祖 の 代 理 と な し、 教 王 護 国 寺 を 以 て 依 然 管 長 所 住 寺 と し、 法 務 所 を こゝ に 置 い た の で あ る。 ( 一 八 八 六) 〇 十 九 年 発 布 の 宗 制 ( 一 八 八 六) 借 十 九 年 発 布 の 宗 制 を 略 望 す る に、 第 一 章 立 教 大 意 よ り 第 十 一 章 一 宗 盟 約 に 至 る ま で の 十 一 章 に 分 た れ、 長 者 憲 章 に て 長 者 の 大 権 を 定 め、 前 述 の 達 に よ り 教 導 職 を 廃 し 教 師 と 称 し、 法 臓 学 歴 に よ つ て 十 四 の 階 級 に 分 ち、 長 者 が 之 を 任 免 す る 事 に な つ て ゐ る。 次 に 布 教 関 係 の 条 款 を 拾 つ て 見 る に、 先 述 の 安 心 書 に 対 す る 法 務 所 達 に 見 ら れ た 如 く に、 第 八 章 寺 法 条 規 中 の 第 七 十 四 条 に は ﹁ 寺 院 一 般 毎 月 二 回 又 は 三 阿 必 ず 布 教 を 開 設 し 宗 意 安 心 の 説 化 を 作 す べ し。 ﹂ 又 第 十 章 懲 戒 条 例 中 一 宗 接 斥 第 二 項 に ﹁ 寺 門 を 荒 蕪 し て 徒 弟 を 教 育 せ ず 屡 説 諭 を 加 ふ る も 更 に 布 教 興 学 の 義 務 を 尽 さ ざ る も の。 ﹂ 又 繊 悔 清 行 第 一 項 に ﹁ 説 教 及 演 説 等 の 節、 自 讃 毅 他 の 甚 し き も の、 及 本 宗 の 教 理 に 違 せ し 説 教 又 は 演 説 等 を な す も の。 ﹂ 十 二 項 に ﹁ 殿 堂 坊 舎 を 貸 与 し て 俗 事 を 扱 ふ 所 と し て ( 一 八 八 ○) 又 は 歌 舞 演 劇 を な し 若 く は 政 談 演 説 等 を な さ し む る も の。 ﹂ 等 あ り、 法 務 所 に は 十 三 年 の 改 正 制 規 章 程 と 同 様 布 教、 庶 務、 会 ( 一) 計 の 三 課 を 置 き、 布 教 課 で は (註 (一) 第 二 章 布 教 課 章 程) 第 一 条 本 課 は 本 宗 教 会 講 社 の 事 務 を 専 行 し 各 分 講 小 社 及 説 教 所 の 廃 置 に 関 す る 諸 件 を 弁 理 す。 第 二 条 本 課 は 布 教 上 の 諸 務 を 担 任 し 布 教 の 弛 張 を 監 査 し て 其 規 約 章 程 を 定 め 成 規 の 決 議 を 経 て 施 行 す。

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第 三 条 本 課 は 布 教 に 関 す る 諸 記 録 を 保 存 及 巡 回 布 教 の 事 務 に 関 す る 諸 件 を 弁 理 す。 第 四 条 本 課 は 布 教 及 教 師 の 任 免 具 状 に 関 し て 該 得 失 可 否 を 調 査 す る 等 の 諸 件 に 干 与 す る を 得。 (一 八 八 一) ( 一 八 八 六) 斯 様 な 事 務 を 取 扱 つ た の で あ る。 然 し 此 間 各 派 分 離 の 傾 向 は、 明 治 十 四 年 以 来 東 寺 内 に 開 設 さ れ た 総 醤 が 十 九 年 に 至 り 廃 止 ( 一 八 八 七) さ れ、 高 野 山 に 古 義 派 の 大 学 林 を、 翌 二 十 年 に は 新 義 派 大 学 林 が 東 京 音 羽 護 国 寺 内 に 開 設 さ れ る 等 免 れ 難 い も の が あ つ た。 然 ( 一 八 九 六) し 爾 来 と も か く 一 宗 一 管 長 の 制 度 が 二 十 九 年 ま で 保 持 さ れ て 行 く の で あ る。 ( 一 八 八 七) ○ 明 治 二 十 年 の 布 教 条 例 と 実 際 ( 一 八 八 ○) ( 一 八 八 ○) ( 一 八 八 一) 我 宗 の 布 教 制 度 は 前 述 の 如 く 大 成 会 議 に て 云 為 さ れ、 十 三 年 の 改 正 制 規 章 程 と 十 三、 十 四 両 年 の 布 教 会 議 に 依 て、 粗 成 乍 ら ( 一 八 八 六) も 略 そ の 形 を 整 へ 来 つ た の で あ る が、 実 行 上 そ の 好 結 果 を 得 る に は 至 ら な か つ た。 然 し 十 九 年 の 宗 制 の 改 正 に 伴 ひ、 当 然 そ の ( 一 八 八 七) 制 度 も 変 更 す べ く、 又 当 時 漸 く 弛 退 の 姿 を 顕 し、 遂 に 明 治 二 十 年 九 月 十 五 日 当 時 の 松 平 実 因 長 者 の 名 に よ り 甲 第 一 号 を 以 て 本 宗 布 教 条 例 の 頒 布 に 至 つ た の で あ る、 そ の 条 例 は 大 略。 本 所 に 布 教 師 四 名 を 置 き、 全 国 を 四 大 教 区 に 分 ち 巡 次 輪 環 布 教 せ し め、 各 地 方 法 務 支 所 に は 布 教 係 を 置 き、 布 教 に 関 す る 百 般 の 事 務 を 軟 掌 せ し め、 又 布 教 師 の 等 級 を 一 等 布 教 師 よ り 五 等 布 教 師 の 五 に 分 ち、 安 心 教 示 章 に よ り 地 方 に て 一 般 僧 侶 に 布 教 の 試 験 を 行 ひ、 而 し て 之 が 布 教 費 と し て 全 国 一 万 の 本 宗 寺 院 よ り 毎 年 参 拾 銭 宛 の 賦 課 金 を 出 さ し む。 の 如 き も の で そ の 四 大 教 区 と は、 ︹ 一 区 ︺ 東 京 神 奈 川 静 岡 山 梨 長 岡 新 潟 群 馬 埼 玉 ︹ 二 区 ︺ 千 葉 茨 城 栃 木 福 島 宮 城 山 形 岩 手 秋 田 青 森 北 海 道 ︹ 三 区 ︺ 京 都 大 阪 兵 庫 岐 阜 三 重 滋 賀 愛 知 石 川 福 井 富 山 ︹ 四 区 ︺ 和 歌 山 徳 島 高 知 愛 媛 岡 山 広 島 山 口 鳥 取 島 根 九 州 沖 縄 で あ つ た。 然 し 乍 ら 是 は 畢 寛 三 ケ 年 を 一 期 と し て 設 立 し た も の で あ つ て、 決 し て 我 宗 将 来 之 に 依 て、 永 遠 を 期 し 鎮 に 布 教 の 基 礎 を 立 つ る 法 則 で は な か つ た。

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密 教 丈 化 ( 一 八 八 九) ( 一 八 九 〇) 而 し て 二 十 二 年 こ の 条 例 の 不 足 を 補 ふ 為 に 追 加 条 規 を 制 定 す る も 之 を す ぐ 取 消 し、 二 十 三 年 よ り 更 に 三 ヶ 年 こ れ を 継 続 す る こ と に な つ た。 借 て 当 時 の 布 教 師 の 活 動 は 如 何 な る も の で あ つ た か、 そ の 一 端 を 探 つ て 見 る に ( 一 八 九 〇) 泉 智 等 師 巡 回 布 教 日 記 抜 抄 ( 明 治 二 十 三 年) 十 二 月 二 日、 京 都 府 第 三 号 支 所 大 通 寺 に て 安 心 試 験。 三 日、 綴 喜 郡 三 井 村 西 福 寺 に て 安 心 試 験 及 説 教。 四 日、 相 楽 郡 木 津 村 大 智 寺 に て 安 心 試 験。 五 日、 奈 良 十 輪 院 に て 尋 心 会 に て 佛 教 演 説。 六 日、 郡 山 キ リ ス ト 天 理 教 徒 の 中 に て 説 教。 七 日、 生 駒 室 山 寺。 と あ り、 之 の 試 験 は 各 法 務 支 所 役 員 立 会 の 下 で 行 ひ、 そ の 成 績 に よ つ て、 各 々 賞 を 長 者 名 に て 与 へ て ゐ る。 当 時 又 喜 ぶ べ き 事 に は、 内 務 省 よ り 次 の 如 き 達 が 出 さ れ て ゐ る、 即 ち、 訓 第 八 九 四 神 佛 各 管 長 ( 一 八 九 ○) 神 佛 説 教 所 の 外 人 家 屋 等 に 於 て 一 時 説 教 執 行 の 向 は 其 都 度 所 轄 警 察 署 へ 届 出 し む べ き 旨 明 治 一、一 十三 年 訓 第 六 二 五 号 訓 令 候 処 自 今 該 届 出 を 要 せ ず 右 訓 令 す ( 一 八 九 ○) 明 治 二 十 三 年 十 二 月 二 十 七 日 ( 一 八 九 ○) 内 務 大 臣 伯 爵 西 郷 従 道 斯 様 に 呪 猷 ﹂ 托 三 年 に 至 つ で 始 め で 説 教 も、 全 く の 自 由 を 獲 得 し 得 た の で あ つ た ・ 又 内 的 に は 上 述 の 如 く、 そ の 充 実 発 展 を 計 ( 一 八 九 ○ ︶ る と 共 に、 外 的 に は 二 十 三 年 六 月 十 二 日 の 各 宗 管 長 会 議 に 於 て ︹ イ ︺ 社 会 の 調 和 を 謀 る 事。 ︹ ロ ︺ 教 育 の 普 及 を 謀 る 事。 ︹ ハ ︺ 貧 民 救 助 に 関 す る 方 法 の 事。 ︹ 二 ︺ 精 密 な る 各 宗 綱 要 を 編 成 し 之 を 欧 文 化 す る 事。 ︹ ホ ︺ 殖 産 興 業 衛 生 等 を 奨 励 す る 事。 等 が 討 議 さ れ、 佛 教 一 般 漸 く 社 会 事 業 方 面 に そ の 布 教 勢 力 が 向 け 始 ( 一 八 九 ○) め ら れ る の で あ る。 亦 当 時 我 宗 唯 一 の 機 関 紙 と し て、 又 布 教 資 料 を も 含 む ﹁伝 燈 ﹂ な る 雑 誌 が 二 十 三 年 一 月 四 日 よ り、 和 田 大 円 師 等 の 発 起 に よ り 発 刊 さ れ た。

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第 二 項 南 北 布 教 地 域 の 拡 大 ( 一 八 八 七) 明 治 二 十 年 の 布 教 条 例 の 頒 布 よ り、 年 々 御 修 法 の 後、 即 ち 一 月 十 五 日 よ り 布 教 師 の 会 議 が 法 務 所 に 於 て 開 催 さ れ て 来 た が、 蒜 畔 ゼ の 会 議 に 至 り、 予 て よ り 懸 案 の 北 海 道 布 教 の 件 が 議 題 の 一 と し て 挙 げ ら れ る に 至 つ た。 而 し て 同 年 二 月 二 十 日、 法 務 所 達 甲 第 一 号 を 以 て 四 条 よ り な る 布 教 条 例 更 正 及 追 加 条 規 が 頒 布 せ ら れ た。 こ れ に 依 る と 北 海 道 布 教 拡 張 補 充 費 の 条、 安 心 試 験 廃 止 の 条 等 々、 追 加 と し て ﹁ 内 地 布 教 費 の 剰 余 を 以 て 北 海 道 の 布 教 針 路 を 開 拓、 且 つ 若 干 の 教 師 を 常 任 せ し め 漸 次 新 寺 創 立 を 計 画 せ し む べ し。 ﹂ と あ り、 次 い で 同 年 六 月 十 一 日 付 を 以 て 遂 に 北 海 道 特 別 布 教 条 例 な る も の が 布 達 さ れ る に 至 つ た、 今 そ れ を 左 に 記 す れ ば 別 紙 北 海 道 特 別 布 教 条 例 を 制 定 し 布 達 す ( 一 八 九 一) 明 治 二 十 四 年 六 月 十 一 日 真 言 宗 長 者 大 僧 正 原 心 猛 緒 言 襲 き に 布 教 条 例 を 頒 ち 四 教 区 一 整 の 条 規 に よ り 布 教 師 を 派 し 着 々 歩 を 進 む、 今 や 北 海 道 開 教 の 事 業 に 着 手 し、 吾 が 宗 信 徒 を し て 法 味 を 甘 受 せ し む る の 時 機 已 に 熟 せ り、 依 つ て 本 年 甲 第 一 号 布 達 追 加 条 規 の 精 神 に 基 き 北 海 道 特 別 布 教 条 例 を 制 定 し 葱 に 頒 布 す、 各 自 其 れ 奉 行 す べ し。 北 海 道 特 別 布 教 条 例 第 一 条 北 海 道 を 左 の 分 国 に よ り 四 小 区 に 分 ち 各 区 に 常 在 布 教 師 を 派 遣 し 任 期 を 満 三 ヶ 年 と す 第 一 小 区 日 高 十 勝 石 狩 第 二 小 区 胆 振 後 志 渡 島 第 三 小 区 北 見 天 塩 第 四 小 区 釧 路 根 室 千 島

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密 教 文 化 第 二 条 布 教 師 は 各 項 に 該 当 す る も の を 撰 抜 し 長 者 之 を 任 免 す。 辱 悪、 年 令 満 二 十 五 年 己 上 に し て 護 法 篤 志 身 体 強 壮 な る も の 一、 宗 乗 及 び 普 通 学 に 該 当 す る も の 一、 布 教 熱 心 な る も の 一、 任 期 中 不 退 留 錫 の 誓 約 を 作 す も の 一、 権 中 僧 都 以 上 の も の 第 三 条 任 期 は 疾 病 若 し く は 万 止 む を 得 ざ る 事 故 と 認 む る 外 決 し て 辞 職 す る 事 を 許 さ ず 但 し 止 む な き 事 情 に よ り 帰 省 せ ん と 欲 す る 者 は 往 復 を 除 き 三 十 日 間 の 範 囲 内 に 於 て 休 暇 を 願 出 す る も の は 認 可 す る 事 あ る べ し。 第 四 条 仮 令 任 期 中 と 蹉 宣 教 の 実 功 な く 又 布 教 師 の 体 面 を 汚 辱 す る の 行 為 あ り と 認 む る 時 は 解 任 す る こ と あ る べ し、 但 し 功 績 実 あ る 者 は 二 期 勤 続 す る 事 あ る べ し 第 五 条 布 教 師 は 指 定 の 教 区 内 に 於 て 教 会 又 は 講 社 を 組 織 し 漸 次 全 道 開 教 の 方 法 を 計 画 す べ と。 第 六 条 受 持 教 区 中 に 適 宜 の 地 を ト し 教 会 所 を 建 設 し 各 地 に 出 張 所 を 設 く べ し。 但 し 該 費 用 は 凡 て 信 施 を 以 て 之 に 充 つ べ し。 第 七 条 布 教 師 は 予 て 月 誌 を 調 製 し 布 教 上 の 出 来 事 又 は 施 教 上 必 要 の 民 情 を 視 査 し 二 ヶ 月 毎 に 開 伸 す べ し。 但 し 各 教 区 布 教 師 共 に 連 絡 を 通 じ 方 針 を 一 定 せ ん が 為 日 誌 を 互 に 交 換 す る も の と す。 第 八 条 同 道 既 設 の 本 宗 寺 院 及 び 教 会 所 等 に 在 留 の 僧 侶 は 派 出 布 教 師 と 協 力 し 互 に 提 携 扶 助 す べ し。 第 九 条 同 道 在 錫 の 布 教 師 は 教 義 上 意 見 あ る 時 は 建 議 し 具 伸 す る こ と を 得。 第 十 条 布 教 師 任 期 中 或 は 満 期 後 と 蹉 新 寺 創 立 又 は 内 地 寺 院 を 移 転 し 之 が 住 職 た ら ん 事 を 出 願 す る と き は 任 命 の 沙 汰 あ る べ し 第 十 一 条 派 出 布 教 師 は 予 じ め 別 項 に 示 し た る 如 く 誓 約 せ し む べ し。 但 し 俸 給 路 費 は 別 に 之 を 定 む。

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第 十 二 条 本 条 例 に 抵 触 せ ざ る 限 り は 普 通 の 布 教 条 例 及 び 派 出 章 程 に 因 る べ し。 第 十 三 条 本 所 は 毎 年 一 回 更 に 布 教 師 を 派 遣 し 布 教 の 成 績 を 観 察 せ し む。 以 上 斯 様 に 同 国 民 が 住 み、 我 国 領 た る 北 海 道 が そ の 組 織 的 に は 布 教 区 域 の 一 と し て 編 入 さ れ て も ゐ、 既 に 泉 智 等 師 等 の 啓 発 も あ つ た に せ よ、 或 は 今 迄 我 宗 布 教 上 全 く 忘 れ ら れ た 形 に な つ て ゐ た も の が、 こ の 時 に 至 つ て 大 い に 目 覚 め、 そ の 制 度 も 右 記 の 如 く 完 備 さ れ る に 至 つ た。 而 し て そ の 実 行 面 に 於 て は、 こ の 地 の 布 教 が 云 為 さ れ る に 至 つ て 早 く も 二 十 四 年 一 月 二 十 一 日 に は、 法 務 所 よ り 三 神 秀 賢 師、 轡 田 法 厳 師 外 一 名 の 師 が 該 地 に 派 出 さ れ、 本 宗 布 教 に 従 事 し、 六 月 頃 に は 既 に 新 寺 の 建 立 も 作 す 見 込 に て、 己 に 信 者 も 三 百 余 名 云 々 と 告 げ ら れ て ゐ る。 亦 本 条 例 の 頒 布 せ ら れ る や 直 ち に、 六 月 十 八 日 付 を 以 て 第 一 小 教 区 に 宝 壷 政 賢 師、 第 二 小 教 区 ( 一 八 九 二) に 中 山 桂 学 師 が 常 在 布 教 師 と し て 派 出 さ れ、 又 二 十 五 年 三 月 十 日 付 を 以 て 第 二 小 教 区 に 久 志 卓 動 師 が 巡 回 布 教 請 待 と し て 任 命 ( 一 八 九 二) さ れ る 等 で あ つ た。 そ し て 二 十 五 年 宗 会 は 不 幸 に 解 散 と な る も 北 海 道 開 教 条 例 案 と 北 海 道 開 教 特 別 課 出 案 の 二 つ が 提 案 さ れ、 ( 一 八 九 三) そ の 一 つ 開 教 費 ど し て、 一 金 八 百 八 拾 阿 也 ( 明 治 二 十 六 年 度 よ り 五 ケ 年 間 継 続 費、 一 ヶ 年 課 出 高 に し て 八 千 八 百 ヶ 寺 一 ヶ 寺 に 拾 銭 宛 の 割) が 提 出 さ れ て ゐ る 様 に、 北 海 道 開 教 熱 の 昇 ま つ た 当 時 の 面 影 が 偲 ば れ る の で あ る。 こ の 様 に 当 時 我 国 の 北 門 北 海 道 に 我 宗 布 教 の 第 一 歩 は 雄 々 し く も 踏 み 出 さ れ る に 至 つ た。、 而 し て 一 方 我 国 南 端 薩 州 沖 縄 の 布 教 も 之 に 呼 応 し て 花 々 し く 作 さ れ て ゐ る。 即 ち 薩 州 は 明 治 維 新 以 来 廃 佛 殿 釈 論 の 本 家 で あ ( 一 八 八 ○) つ た が、 十 三 年 の 春、 泉 智 等 師 の 手 に 依 て 鹿 児 島 市 に 最 大 乗 院 が 建 立 さ れ、 以 来 巡 回 布 教 等 に よ り 大 い に 摂 化 さ れ、 当 時 随 心 院 佐 伯 旭 雅 大 和 尚 の 啓 道 に よ り、 大 い に 我 宗 教 旨 の 宣 布 が な さ れ て ゐ る。 借 て 沖 縄 布 教 を 見 る に、 当 時 当 県 内 に は 本 宗 寺 院 十 四 ケ 寺 あ り、 古 く 北 海 道 と 同 様 四 大 教 区 中 の 第 四 教 区 の 最 末 と は 云 へ、 組 織 上 で は 一 応 布 教 区 域 内 に 入 れ ら れ て ゐ た が、 未 だ 何 等 そ こ に 新 し て 布 教 の 目 覚 も な く、 巡 回 布 教 も 到 達 せ ず、 我 宗 布 教 界 ( 一 八 九 一) か ら は 忘 れ ら れ が ち で あ つ た。 然 し 二 十 四 年、 北 海 道 開 発 と 共 に 該 地 布 教 も 漸 く そ の 必 要 が 感 ぜ ら れ、 加 ふ る に 丸 岡 沖 縄 県 知 事 よ り 布 教 師 派 遣 の 勧 告 あ り、 こ 二 に 同 年 五 等 布 教 師 百 龍 瑛 師 を 同 地 に 送 り、 那 覇 護 国 寺 に 在 て 僧 俗 二 衆 を 化 道 し、 大 い に 布

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密 教 文 化 教 に 努 め た。 而 し て 同 地 で は 県 知 事 の 庇 護 も 相 伴 つ て、 県 下 人 民 の 帰 向 は 日 に 加 は り、 同 師 も, 益 々 布 教 に 専 念 し、 多 数 の 信 者 を 得 て 普 天 講 な る 結 社 を 結 ぶ ま で に 至 り 又 護 国 寺 も 県 庁 よ り 弐 頁 円 余 の 補 助 を 得 て 営 繕 す る と 云 ふ 有 様 で あ つ て、 北 門 開 発 に 対 す る 南 門 の 布 教 も 花 々 し い も の が あ つ た。 ( 一 八 九 一) ( 一 八 九 二) こ の 間 布 教 上 の 事 件 と し て、 二 十 四 年 一 月 廿 一 日 発 刊 の 伝 燈 よ り、 服 部 鍍 海 師 の 密 宗 安 心 教 示 章 講 義 録 の 連 載。 二 十 五 年 六 月 二 十 日 我 宗 布 教 の 最 長 老 者 に し て、 我 宗 布 教 を 覚 醒 せ し め、 表 面 的 に そ の 権 威 を 振 は ざ る も、 常 に 率 先 窮 行、 そ の 生 涯 を 説 ( 一 八 九 二) 教 布 教 を 以 て 一 貫 せ る 山 本 寂 明 師 の 遷 化。 二 十 五 年 十 月 十 九 日 よ り の 宗 会、 こ れ は 前 述 の 如 く 不 幸 に も 解 散 と な る も、 そ の 提 出 議 案 中 に 教 会 及 巡 教 条 例 案 そ れ に 前 述 の 二 案 が あ り、 そ れ を 見 乃 に、 教 会 は 真 言 宗 教 会 と 称 し、 当 時 既 に あ つ た、 高 野 山 大 師 講、 根 来 密 厳 教 会 等 と の 間 に あ つ て、 一 大 教 会 の 設 立 を 狙 ひ、 こ れ に 巡 回 布 教 師 を 派 遣 し、 そ の 十 条 に ﹁ 本 宗 寺 院 は 巡 廻 布 教 の 会 所 を 拒 む こ と を 得 ず ﹂ と ま で 謳 つ, て ゐ る 点 大 い に 興 味 を 引 か れ る。 第 三 項 自 地 布 教 へ の 目 覚 前 述 の 如 く、 我 宗 布 教 も 諸 宗 派 競 争 布 教 の 当 時 に 於 て、 そ の 飛 躍 に 目 覚 し い も の が あ る が、 畢 寛 三 年 間 を 一 期 と し て 設 立 し ( 一 八 九 ○) ( 一 八 九 三) た も の で、 今 や そ の 一 期 も 遠 く 二 十 三 年 六 月 に 過 ぎ 去 り、 復 た 之 れ が 継 続 の 悪 期 三 ヶ 年 も 二 十 六 年 六 月 に 至 つ て 満 期 し よ う と す る 時 に 当 つ て、 彼 の 真 宗 六 頁 余 年 来 の 馴 養 し 来 つ た 布 教 の、 最 後 的 結 果 と も 云 ふ べ き 自 地 布 教 に、 宗 内 一 般 漸 く 目 覚 め 来 つ ( 一 八 八 ○) ( 一 八 八 六) た の で あ る。 而 し て 之 れ も 既 に 早 く 明 治 十 三 年、 又 十 九 年 と 両 度 の 宗 規 等 に も 明 記 さ れ、 全 僧 侶 の 布 教 が 謳 は れ て 来 た が、 理 論 と 実 際 の 一 致 な ら ず、 い た づ ら に 企 画 す る の み で、 そ の 実 行 は 遅 々 と し て 進 ま な か つ た の で あ る。 ( 一 八 九 三) 然 し 遂 に 二 十 六 年 七 月 一 日 付 甲 第 一 号 を 以 て、 そ れ を 大 い に 加 味 し、 布 教 条 例 の 改 正 が 頒 布 せ ら る と に 至 つ た の で あ る。 今 之 れ を 見 る に、 甲 壱 号 宗 内 一 般 ( 一 八 八 七) 明 治 二 十 年 に 制 定 せ し 布 教 条 例 等 別 記 の 通 之 を 改 正 し 本 年 後 季 よ り 実 行 す、 右 布 達 候 事 ( 一 八 九 三) 明 治 廿 六 年 七 月 一 日

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真 言 宗 長 者 大 僧 正 楠 布 教 条 例 ( 一 八 八 ○) ( 一 八 八 一) 本 宗 布 教 の 制 度 は 明 治 十 三 四 両 年 の 布 教 会 議 に 依 り て 粗 成 立 す る も 実 行 上 其 好 果 を 得 る に 至 ら さ る 半 途 に し て 宗 制 の 変 更 に ( 一 八 八 七) ( 一 八 八 九) ( 一 八 九 ○) 際 し 弛 退 の 姿 を 顕 し 二 十 年 本 条 例 を 定 め 三 箇 年 を 一 期 と し て 之 を 実 行 し 二 十 二 年 に 追 加 条 規 を 制 定 す る も 之 を 取 消 し 二 十 三 年 よ り 更 に 三 箇 年 を 継 続 し 是 に 至 り て 各 地 方 の 自 ら 進 ん て 布 教 に 従 事 せ ん と す る を 認 め 左 に 本 条 例 を 改 正 す 各 自 夫 れ 之 を 体 せ よ 第 一 章 総 則 第 一 条 布 教 は 本 所 特 派 地 方 特 請 地 方 定 例 の 三 種 と す、 本 所 に 於 て 特 に 派 出 の 必 要 を 認 む る 方 面 に 布 教 師 を 巡 回 せ し む 之 を 本 所 特 派 布 教 と 称 す、 地 方 一 支 所 下 若 く は 数 寺 聯 合 し て 布 教 師 の 巡 回 を 請 ふ 之 を 地 方 特 請 布 教 と 称 す、 地 方 限 り 例 規 を 定 み 布 教、 の 普 及 を 期 す 之 を 地 方 定 例 布 教 と 称 す 第 二 条 布 教 師 等 級 及 称 号 を 置 く 左 の 如 し 但 し 布 教 師 試 補 は 学 頭 管 理 井 其 地 方 若 く は 隣 地 方 所 在 五 等 以 上 の 布 教 師 立 会 試 験 を 経 て 之 を 具 状 し 五 等 以 上 は 布 教 の 功 労 及 ひ 長 者 の 目 鑑 に 依 り て 補 任 す、 一 等 布 教 師、 二 等 布 教 師、 三 等 布 教 師、 四 等 布 教 師、 五 等 布 教 師、 布 教 師 試 補 第 三 条 布 教 費 は 全 国 寺 数 を 九 千 ケ 寺 と 見 倣 し 毎 年 一 ケ 年 金 拾 銭 つ エ を 課 し 納 期 は 毎 年 両 度 と し 宗 費 と 同 時 に 上 納 せ し む 尤 も 以 大 補 小 は 地 方 の 適 宜 と す、 収 支 決 算 は 例 年 宗 費 出 納 報 告 の 追 加 と し て 之 を 告 示 す. 第 四 条 布 教 師 特 派 特 請 手 続 井 費 用 支 給 方 法 は 別 に 之 を 定 む 第 五 条 地 方 定 例 布 教 怯 を 設 く る に 必 要 の 項 目 を 左 に 示 す 一、 地 方 巡 教 方 法 一、 地 方 布 教 費 課 出 方 法 一、 各 寺 月 次 説 教 方 法 一、 布 教 係 井 地 方 所 在 布 教 師 服 務 童 程

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密 教 文 化 第 二 章 布 教 師 第 六 条 布 教 師 は 平 素 躬 行 を 四 衆 の 標 準 と し 被 服 に 至 る ま で 略 製 或 は 非 法 の も の を 着 す へ か ら す 第 七 条 布 教 師 は 祖 師 先 徳 の 提 撫 に 依 り 成 佛 の 説 往 生 談 余 家 の 所 談 と 混 同 す べ か ら す 第 八 条 布 教 師 は 教 益 を 普 く 三 世 に 及 ほ し 広 く 上 智 下 根 に 被 ら し め て 遺 余 な き を 期 す へ し 第 九 条 布 教 師 は 本 所 の 指 揮 に 依 り 地 方 僧 侶 を 適 宜 の 地 に 徴 集 し 学 頭 管 理 の 立 会 を 要 し 三 和 讃 及 安 心 教 示 章 等 の 一 段 落 を 以 て 試 験 を 行 ふ こ と を 得 第 十 条 布 教 師 は 地 方 の 布 教 振 否 等 詳 細 に 筆 記 し て 本 所 に 具 申 す る も の と す 第 十 一 条 布 教 師 は 命 を 稟 け て 巡 回 す る と 否 と に 拘 ら す 特 に 本 章 の 旨 葛 体 し 布 教 の 隆 盛 を 期 す へ し 第 三 章 布 教 係 第 十 二 条 各 地 方 に 布 教 係 を 置 き 法 務 支 所 に 隷 属 し て 布 教 に 関 す る 事 務 を 掌 ち し む 第 十 三 条 布 教 係 は 学 頭 正 副 管 理 互 撰 を 以 て 一 両 名 を 定 め 本 所 に 届 出 つ る を 例 と す 若 し 別 人 を 要 す る 向 は 管 理 撰 挙 例 に 準 し 撰 挙 せ し め て 之 を 命 す 第 十 四 条 布 教 係 は 其 部 内 の 綱 維 と 練 議 の 上 第 五 条 に 示 す 定 例 布 教 の 方 法 を 設 け 部 内 代 議 員 の 会 議 に 付 し 長 者 の 認 可 を 得 て 之 を 実 行 す る の 責 め に 任 す ・ 第 十 五 条 布 教 係 は 其 部 内 全 躰 若 く は 数 寺 聯 合 或 は 一 寺 院 を し て 教 会 講 社 の 方 法 を 設 け 認 可 を 得 て 之 を 実 施 せ し む へ き 責 め に 任 す 斯 様 に 制 度 上、 自 地 布 教 態 勢 を 調 べ る と 共 に、 各 地 法 務 支 所 等 に 於 て も こ れ が 万 全 を 期 す べ く 努 力 し た が、 一 朝 一 夕 に 好 結 果 は 期 す る 事 は 出 来 な か つ た。 又 そ の 人 物 に 乏 し い の は 如 何 と も し 難 ぐ、 徒 ら に そ の 制 度 の 完 備 に の み は し る 有 様 で、 後 甲 第 弐 号 、 宗 内 一 般 布 教 条 例 第 二 条 已 下 に 規 定 せ る 地 方 布 教 実 施 致 す 可 き は 勿 論 な る に、 猶 未 だ 等 閑 に 附 す る 地 方 紗 か ら ざ る 趣 き 以 て の 外 に 候

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