原 著
小児バンコマイシン投与設計支援時に用いられる血中濃度予測系の 正確度精度向上に関する検討
板 垣 史 郎
1)工 藤 正 純
1)新 岡 丈 典
1)内 山 道 子
2)金 澤 佐知子
1)細 井 一 広
1)照 井 一 史
1)小 島 佳 也
3)
保 嶋 実
3,4)早 狩 誠
1,5)抄録 小児バンコマイシン(VCM)投与設計支援時に散見される,血中濃度予測値と実測値のずれの原因を特定し,予 測系の正確度精度向上を図った.VCM 投与時にTDMが実施された16歳以下の患者のうち,クレアチニンクリアランス
(CLcr)値が推定可能であった25名を解析対象とした.初回 VCM 血中濃度ならびに VCM クリアランスを成人母集団パ ラメータ(A-PPK)および小児母集団パラメータ(P-PPK)を用いて予測し,実測値との差(残差)を基に予測系の正確度精 度を評価した.また,初回 VCM 血中濃度について残差と患者背景因子との相関性を評価した.初回 VCM 血中濃度,
VCM クリアランス共に A-PPK 使用系の正確度精度が良好であった.A-PPK 使用系の初回 VCM 血中濃度は年齢,体重,
体表面積と有意に相関しており,年齢に関するカットオフ値は 6 歳と推定された.小児において CLcrが推定できる場合 は, 6 歳以上を目安に CLcrが組み込まれている A-PPK を用いることが推奨される.
弘前医学 64:58―64,2013 キーワード:小児;バンコマイシン;VCM-TDM;母集団パラメータ;クレアチニンクリアランス.
ORIGINAL ARTICLE
STUDY ON IMPROVEMENT OF THE ACCURACY AND PRECISION OF PREDICTED PLASMA CONCENTRATION OF VANCOMYCIN IN THE
ADMINISTRATION PLANNING SUPPORT FOR CHILDREN
Shirou Itagaki
1),Masakiyo Kudo
1),Takenori Niioka1),Michiko Uchiyama
2), Sachiko Kanazawa
1),Kazuhiro Hosoi
1),Kazufumi Terui
1),Keiya Kojima
3),
Minoru Yasujima
3,4)and Makoto Hayakari
1,5)Abstract In the support to vancomycin (VCM) therapeutic drug monitoring (TDM) and dosage regimen for children, predicted serum concentration of VCM is frequently different from measured serum concentration of VCM.
The aim of this study was to elucidate the gap between predicted value and measured value of serum concentration of VCM, and to improve the predictability of serum concentration of VCM. Initial serum concentration and clearance of VCM were estimated using adult population pharmacokinetic parameters of VCM (A-PPK parameters) and children population pharmacokinetic parameters of VCM (P-PPK parameters). Analysis of predictability using age differences demonstrated that mean prediction error (ME), mean absolute prediction error (MAE) and root mean squared error (RMSE) of initial serum concentration and clearance of VCM estimated by A-PPK were significantly smaller than those by P-PPK. This finding indicated that predictability of initial serum concentration and clearance of VCM using A-PPK was higher than that using P-PPK. Moreover, the optimal cutoff value of age was determined to be 6 years.
Hirosaki Med.J. 64:58―64,2013
Key words: children; vancomycin; VCM-TDM; population pharmacokinetic parameter; predictability.1)
弘前大学医学部附属病院薬剤部
2)
一般財団法人愛成会弘前愛成会病院薬剤部
3)
弘前大学医学部附属病院検査部
4)
弘前大学大学院医学研究科臨床検査医学講座
5)
弘前大学大学院医学研究科薬剤学講座
別刷請求先:早狩 誠 平成24年12月 5 日受付 平成24年12月28日受理
1)
Department of Pharmacy, Hirosaki University School of Medicine & Hospital
2)
Department of Pharmacy , Hirosaki Aiseikai Hospital
3)
Department of Clinical Laboratory, Hirosaki University School of Medicine & Hospital
4)
Department of Laboratory Medicine, Hirosaki University Graduate School of Medicine
5)
Department of Pharmaceutical Sciences, Hirosaki University Graduate School of Medicine
Correspondence: M. Hayakari
Received for publication, December 5, 2012
Accepted for publication, December 28, 2012
緒 言
近年の我が国では,院内感染型メチシリン耐性 黄色ブドウ球菌(以下,HA-MRSA)による感染症 は珍しいものではなくなり,さらに,HA-MRSA 感染のリスクがない健常若年者においても,市 中感染型メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(以下,
CA-MRSA)への感染例が報告されるなど,抗 MRSA 薬の使用が求められる状況は拡大の一途
にある
1, 2).その一方で,バンコマイシン耐性腸
球菌等,抗 MASA 薬に対する耐性菌の発現が報 告されるようになってきている
3, 4).世界保健機 関(以下,WHO)による,先進国での無意味な抗 菌薬の使用が薬剤耐性菌の増加の一因である,と の警告が表しているように
5),抗菌薬の使用に当 たっては耐性菌発現の回避に最大限の注意が必要 である点は論じるまでもなく,的確な鑑別に従っ た適正使用が何よりも肝要である.
抗 MRSA 薬の中でも,塩酸バンコマイシン(以 下,VCM)は添付文書中にピーク値,トラフ値の 推奨濃度域が明記されており,さらには血中濃 度解析ソフトを用いた,血中濃度測定結果に基 づく投与設計支援(therapeutic drug monitoring;
TDM)が可能であることから,最も安心して使用 できる抗 MRSA 薬であるとの認識が医療現場で 浸透している.しかしながら,弘前大学医学部附 属病院(以下,当院)ではこれまでに,16歳以下 の小児患者における VCM 投与設計支援時に,解 析ソフト(VCM-TDM,E_edition Ver.2.03,塩野 義製薬)により算出された血中濃度予測値と実測 値の間に大きな差が生じ,用法用量の是正を余儀 なくされるといった例をしばしば経験してきた.
この事実は,現行の予測法には未だ改善すべき点 が残されていること,換言すれば,予測能の向上 に活用しうる何らかの因子が存在している事を示 している.
そこで本研究では,本院で用いている解析ソフ トに設定されている,日本人における小児母集団 パラメータ(以下,P-PPK)
6)および成人母集団パ ラメータ(以下,A-PPK)
7)に着目し,小児患者へ の VCM 初回投与時の血中濃度について,実測値 と予測値の差(残差)を評価指標として,P-PPK を用いた際の血中濃度予測能と A-PPK を用いた
際の血中濃度予測能のいずれが高い正確度精度を 示すか検証した.続いて,残差と患者背景因子の 関連性について解析し,予測値のずれの原因と なっている因子の特定を試みた.
本研究は,診療に係る既存資料を用いる観察研 究であることから,「疫学研究に関する倫理指針」
を遵守して実施した.
対象と研究方法 1.対象
診療記録の解析対象は,VCM 投与時に TDM が実施された16歳以下の小児患者61名のうち,
血清クレアチニン(以下,S-CRE)値が測定された 25名とした.クレアチニンクリアランス(以下,
CLcr)値の推定は Cockcroft-Gault 式により行っ た.血中 VCM 濃度の測定には,AxSYM アナラ イザー(アボットジャパン株式会社)を用いた.解 析対象患者の背景を表 1 に示した.
2.VCM-TDM による VCM 血中濃度推移予測 VCM 投与後,定常状態である 3 日目〜 5 日目 に初回 VCM 血中濃度測定を実施し,測定値を基 に,VCM-TDM の自動設定 2 :成人母集団パラ メータ(A-PPK)および自動設定 3 :小児母集団 パラメータ(P-PPK)を用いて血中濃度推移を予測 した.各設定で用いている TDM 解析モデルを表
2 に示した.
3.初回 VCM 血中濃度予測能の評価
VCM 血 中 濃 度 初 回 測 定 点 に つ い て,VCM- TDM による解析を実施し,実測値から予測値を 差し引いた値,即ち残差を求めた.残差の平均 である“prediction error (以下,ME)”,残差の 絶対値の平均である“mean absolute prediction
表 1 患者背景
患者数 (男/女) 15/10
年齢 (歳) 10.0 (1.00-16.0)
体重 (kg) 26.7 (8.00-55.7)
体表面積 (m2) 0.98 (0.37-1.66)
CLcr実測値 (mL/min) 112 (74.0-170)
S-CRE (mg/dL) 0.36 (0.20-0.60)
error (以下,MAE)”,および全データポイント の残差の 2 乗平均平方根誤差“root mean squared prediction error ( 以 下,RMSE)”を 算 出 し た.
ME は予測系の偏りを,MAE はその予測系の 正確度を,RMSE はその予測系の精度を意味す る.ME に つ い て は95% 信 頼 区 間(confidence interval; C.I.)を算出し,この区間が 0 を含まな ければ,危険率 5 %で偏りが有意に異なると判 断した.一方,常に正の値をとる MAE ならびに RMSE は,値が 0 に近いほど予測正確度精度が 高いと判断される.
4.VCM クリアランス予測能の評価
2 回目の VCM 血中濃度測定が実施された患 者 9 名 に つ い て, 2 回 の VCM 実 測 値 を 基 に,
A-PPK および P-PPK を用いて VCM クリアラン ス(以下,CL
vcm)を算出した.当該患者について は,あわせて,初回VCM測定の結果のみを用い て CL
vcmを推定した. 2 回の VCM 実測値を基に 算出した値と初回 VCM 測定の結果のみから推定 した値の差を残差とした.得られた残差につい て,前項と同様の統計処理を行った.
5.初回 VCM 血中濃度予測能に関する単変量解 析
単変量解析には,IBM SPSS21 Statistics Base
(日本アイ・ビー・エム株式会社)を用いた.初回 VCM 血中濃度測定点の残差について,年齢,体 重,体表面積,CL
cr,S-CRE との相関をスピア
マン順位相関法により検討した.0.05未満の p 値
(両側)の場合に統計学的に有意とした.
6.初回 VCM 血中濃度予測能に関する患者背景 因子のカットオフ値
初回 VCM 血中濃度測定点の残差と患者背景 因子の関係を検討するため,単変量解析にて 有 意 で あ っ た 因 子 に つ い て receiver-operating characteristic(以下,ROC)曲線を描き,感度と1- 特異度を基にカットオフ値を設定した.各因子の 検定に用いた階級幅は,年齢;1〜16歳を階級幅 2 歳で検定,体重;8.0〜52.0 kg を階級幅 7 kg で検定,体表面積;0.37〜1.66 m
2を階級幅0.2 m
2で検定,とした.
結 果 1.初回 VCM 血中濃度予測能
初回 VCM 血中濃度の予測能に関する評価の結 果を表 3 に示す.ME より,A-PPK を用いるこ とで得られる予測値は実測値よりも小さい傾向 にあることが示された.一方,P-PPK を用いる ことで得られる予測値は実測値よりも大きい傾 向にあった.MAE ならびに RMSE は P-PPK 使 用系よりも A-PPK 使用系の方が小さく,小児に おける初回 VCM 血中濃度予測能の正確度精度は A-PPK 使用系の方が高いことが示された.
2.VCM クリアランス予測能
表 2 TDM 解析モデル
《VCM 自動設定 2:A-PPK》
Two-Compartment Infusion Model
母集団平均パラメータ 個体間変動(C.V.)
CL (L/hr) = 0.0478×CLcr (mL/min) 38.5%
K12 (/hr) = 0.525 50.0%
K21 (/hr) = 0.213 28.6%
Vss (L) = 60.7 25.4%
個体内変動 23.7%
《VCM自動設定3:P-PPK》
One-Compartment Infusion Model
母集団平均パラメータ 個体間変動(C.V.)
CL (L/hr) = (0.119+0.0619(Age-1))×WT (kg) (Age<=1) 39.6%
(0.119+0.00508(1-Age))×WT (kg) (Age>1)
Vd (L) = 0.522×WT (kg) 18.8%
個体内変動 34.6%
CL
vcmの予測能に関する評価の結果を表 4 に示 す.ME より,P-PPK 使用系により予測される CL
vcmは実測値よりも大きい傾向にあることが示 された.一方,A-PPK 使用系により予測される CL
vcmの偏りは CL
vcm実測値の偏りとの間に差が ないことが示された.MAE ならびに RMSE は P-PPK 使用系よりも A-PPK 使用系の方が小さ く,予測能の正確度精度は A-PPK 使用系の方が 高いことが示された.
3.初回 VCM 血中濃度予測能の正確度精度に影 響を及ぼす患者背景因子
初回 VCM 血中濃度予測にあたり,A-PPK 使 用系における残差と患者背景因子との相関につい
て評価した.結果を表 5 に示す.年齢,体重な らびに体表面積と残差との間に有意な相関関係が 確認された.なお,表には示していないが,これ らの患者背景因子は P-PPK 使用系における残差 との間にも有意な相関性を有していた.
続いて,A-PPK 使用系における初回 VCM 血 中濃度予測値に影響を及ぼす各患者背景因子につ いて,最適なカットオフ値を検討した.図 1 に ROC 曲線を示す.年齢のカットオフ値は6歳か ら 8 歳,体重のカットオフ値は15 kg から22 kg,
体表面積のカットオフ値は0.8 m
2から1.0 m
2と推 定された.
表 3 初回 VCM 血中濃度の予測正確度精度
(μMEg/mL)
95% C.I.
(μMAEg/mL) RMSE
(μg/mL)
(A-PPK) (P-PPK) (A-PPK) (P-PPK) (A-PPK) (P-PPK)
2.49 -2.90 2.70 4.78 4.27 6.22
1.03〜 3.95 -5.22〜 -0.58
(n=25)
(μMEg/mL)
95% C.I.
(μMAEg/mL) RMSE
(μg/mL)
(A-PPK) (P-PPK) (A-PPK) (P-PPK) (A-PPK) (P-PPK)
0.19 -1.71 0.95 1.71 1.20 2.00
-0.77 〜 1.15 -2.55 〜 -0.87
(n=9)
表 4 VCM クリアランスの予測正確度精度
(歳)年齢 性別 体重
(kg) VCM実測値
(μg/mL)
A-PPK P-PPK
CLVCM
(L/hr) 残差 CLVCM
(L/hr) 残差
4 F 11.5 2.7 5.8 1.2 1.6 -0.3
11 F 28.0 7.6 4.5 2.2 2.8 -0.4
13 M 32.2 2.2 5.5 -0.5 3.0 -1.0
13 F 46.0 4.8 6.4 -0.2 4.2 -2.6
13 F 32.3 4.5 4.0 -1.5 2.7 -2.7
13 M 49.4 7.5 6.3 1.5 4.5 -2.2
15 M 45.3 6.4 5.8 0.1 4.1 -3.0
16 F 41.3 4.9 5.8 0.1 3.3 -2.6
16 M 51.8 3.0 5.2 -1.2 5.0 -0.7
考 察
VCM は投与対象が重篤かつ急性期の患者であ ることから,投与初期から迅速に投与設計を行い 速やかに奏効させることが重要である.しかしな がら,VCM は治療域の狭い抗菌薬であり,年齢,
投与期間及び血中濃度依存的に腎障害が発現する ことが報告されている
8).さらには,不十分な投 与量により MRSA の低感受性化を惹起すること も知られている
9).このように,VCM の適正使
用において TDM のもつ意味は極めて大きい.
とりわけ,小児では,薬物の代謝排泄能や感受 性が成人とは異なる場合も多いため,TDM によ り薬物療法の安全性を保つことの臨床的意義は大 きい
10).しかしながら,筆者らは小児 VCM 療法 において,血中濃度予測値と実測値との間に大き な差が生じる例を少なからず経験してきた.今 回,筆者らは,腎排泄型薬剤という VCM の特性 にもかかわらず現行の小児バンコマイシン血中濃 度予測式には腎機能の要素たる CL
Crや S-CRE が
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0
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య㔜 య⾲㠃✚
図 1 A-PPK 使用系における初回 VCM 血中濃度予測値に影響を及ぼす各患者背景因子の ROC 曲 線.
各因子の検定に用いた階級幅:年齢; 1 ~16歳を階級幅 2 歳で検定,体重;8.0~52.0 kg を階級幅 7 kg で検定,体表面積;
0.37~1.66 m2を階級幅0. 2 m2で検定.
表 5 初回 VCM 血中濃度に関する残差と患者背景因子との相関 A-PPK
r p
年齢 (歳) -0.6766 0.0005
体重 (kg) -0.5685 0.0027
体表面積 (m2) -0.5621 0.0029 CLcr実測値 (mL/min) 0.0500 0.4032 S-CRE (mg/dL) -0.2774 0.0871
(n=25)