日 本 に お け る 新 華 僑 華 人 社 会 の 現 在
段躍中日本の新華僑華人社会には︑この数年来︑新しい動きが見ら
れる︒この小文では﹁新華僑華人の現在﹂をキーワードに︑以
下の三点からその新しい動きを整理してみる︒
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在日中国人の数法 務 省 が 発 表 し た 統 計 ( 二 〇 〇 八 年 一 二 月 ) に よ れ ば ︑ 外 国
人 登 録 を し た 在 日 中 国 人 は 六 五 万 人 台 に 達 し ︑ 在 日 韓 国 ・ 朝 鮮
人 を 超 え て ︑ 二 二 〇 万 人 の 在 日 外 国 人 社 会 の ト ッ プ に 躍 り 出
た ︒ そ れ 以 降 も ︑ 在 日 中 国 人 の 数 は 年 々 増 加 の 傾 向 が 見 ら れ ︑
今 後 数 年 間 で 一 〇 〇 万 人 華 僑 華 人 時 代 に 入 る と 言 わ れ て い る ︒
中 国 国 籍 を も つ 在 日 中 国 人 の ほ か ︑ 日 本 国 籍 を 取 得 し た 元 中 国
人 も 一 一 万 人 を 超 え ︑ 両 方 合 わ せ る と 華 僑 華 人 の 数 は 八 〇 万 人
台 に 入 る 計 算 に な る ︒
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新華僑華人の社会的活動新 華 僑 華 人 社 会 の 実 力 が ま す ま す 強 ま っ て い る ︒ 八 〇 年 代 初
期 に 来 日 し た 留 学 生 た ち は ︑ 二 十 数 年 の 日 本 滞 在 を 通 し て ︑ 一
人ひとりが多くの実績を築いたほか︑社会への貢献を実現している︒華僑華人企業と団体も多く出現し︑それぞれが優れた成
果を見せている︒主に次の四つの特徴が挙げられる︒
まずその一は︑教育・研究分野において︑各大学と研究機関
に多くの学者と研究者が進出していることである︒改革開放以
後来日した中国人の多くは︑日本で博士学位を取得している︒
日中交流研究所による不完全な統計ではあるが︑この二十数年
間に日本の各大学で六千人余りの中国人が博士学位を取得して
いる︒そして︑日本語で書かれた学位論文をはじめ︑多くの日
本語の著書も刊行され︑その数はすでに一〇〇〇点を超えてい
る︒博士学位を取得した中国人の多くは︑日本の各大学で教え
ているほか︑政府や民間の研究機関にも勤めている︒日本には
七〇〇以上の国立公立と私立の大学があるが︑全ての大学と
言っていいほど中国人教師を雇っている︒法務省入国管理局の
発表した統計では︑﹁教授﹂ビザを持っている在日中国人は二
六〇〇人以上であり︑永住ビザを持つ在日中国人と日本国籍を
取得した元中国人の中にも大学教員や研究者が少なくないこと
日本にお ける新華僑華 人社会の現在 z[3
から︑大学教員と各種研究機関の研究者はおよそ五〇〇〇人い
るのではないかとも推測される︒
博士号を取得した在日中国人たちは︑様々な団体を作ってい
る︒最も早くに設立された﹁在日中国科学技術者聯盟﹂は一七
年の歴史があり︑五〇〇人以上の会員を有し︑会員の大半が博
士号取得者である︒一九九六年七月に設立した﹁全日本中国人
博士協会﹂もその有力団体の一つである︒﹁日本華人教授会
議﹂は︑大学教授を中心に二〇〇三年に設立され︑着実に活動
を展開している︒
その二は︑新華僑華人は起業活動を盛んに行っていることで
ある︒いままでの日本華僑華人社会ではかつてなかったことも
彼らによって実現されている︒自ら設立した会社を日本の株式
市場に上場させたことである︒在日中国人向けの食料品店やレ
ンタルビデオ店の経営から始まった新華僑華人経営者によるビ
ジネスは︑今では多角的に発展している︒飲食店︑旅行社︑美
容室︑自動車学校などサービス業のほかにも︑投資・コンサル
ティング・国際貿易・中国語教育・気功整体など広範囲にわた
るビジネスを展開している︒なかでも︑IT産業︑特にコン
ピューターソフトの開発制作は日本社会から注目されている︒
例えば︑株式を店頭公開している新華僑華人ベンチャー企業で
ある︑ソフトブレーン株式会社(二〇〇〇年一二月上場)︑
イーピーエス株式会社(X1001年七月上場)︑株式会社サ
ン・ジャパン(二〇〇三年三月上場︑現・株式会社SJI)な
ど︑これらの企業には以下のような共通した特徴がある︒すべ ての企業がハイテク産業であること︑代表者はすべて六〇年代
初期に生まれ︑八〇年代初期に来日した元留学生(国費)で︑
しかも日本で博士課程を修了していること︑その上︑会社名は
すべてカタカナ(英語名)であることが挙げられる︒ソフトブ
レーン株式会社創業者の宋文洲氏は︑経営の第一線からは退い
たが︑現在︑講演と執筆活動を中心に活躍している︒イーピー
エス株式会社社長の厳浩氏は︑会社経営と同時に︑﹁日本中華
総商会﹂の会長も務めている︒X1010年五月に﹁日本中華総
商会﹂設立十周年記念パーティーが東京で盛大に行われたが︑
同会は最も注目される華僑華人経済団体になったに違いない︒
新華僑華人企業が架け橋の役割を果たし︑中国企業による日本
企業の買収も二〇〇九年に初めて実現した︒中国の大手民営企
業である蘇寧電器が日本ラオックスの筆頭株主になり︑取締役
二名を送り込んでいる︒この史上初の出来事の仕掛け人は︑中
文産業株式会社社長を務め︑日本中華総商会副会長でもある羅
恰文氏である︒
その三は︑多くの出版活動を行っていることである︒週刊・
隔週刊・月刊・季刊といった多種多様な新聞や雑誌など約四〇
紙(誌)が発行されている︒生活情報に留まらず︑日中関係・
国際関係・政治・経済・社会・文化・生活といった内容が含ま
れている総合的なものである︒また︑新聞雑誌以外にも︑新華
僑華人によるテレビ放送事業もスタートし︑すでに三社で五
チャンネルの中国語テレビチャンネルを正式に開局している︒
現在池袋の中国物産店やレストランなどには無料で入手できる
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中 国 語 新 聞 や 雑 誌 も た く さ ん あ る ︒ 例 え ば ︑ ﹁ 中 文 導 報 ﹂ ﹁東 方
時 報 ﹂ ﹁聯 合 週 報 ﹂ ﹁華 風 新 聞 ﹂ ﹁華 人 週 報 ﹂ ﹁ 陽 光 導 報 ﹂ ﹁半 月
文 摘 ﹂ ﹁ 日 中 新 聞 ﹂ ﹁ 中 華 時 報 ﹂ ﹁ 日 本 新 華 僑 報 ﹂ ﹁中 日 新 報 ﹂
﹁ 新 華 時 報 ﹂ ﹁ 華 人 女 性 月 刊 ﹂ ﹁新 民 晩 報 日 本 版 ﹂ ﹁ 日 中 商 報 ﹂
﹁ 大 富 報 ﹂ な ど で あ る ︒ ま た 出 版 社 と し て 運 営 さ れ て い る 日 本
僑 報 社 は ︑ 二 〇 一 〇 年 五 月 現 在 ︑ 二 〇 〇 点 も の 日 中 関 係 と 華 僑
華 人 に 関 す る 書 籍 を 刊 行 し て い る ︒
そ の 四 は ︑ 新 華 僑 華 人 団 体 の 最 新 動 向 と し て ︑ 任 意 団 体 か ら
N P O 法 人 (特 定 非 営 利 活 動 法 人 ) へ の 転 換 が あ る ︒ 前 述 し た
最 も 歴 史 の 長 い ﹁在 日 中 国 科 学 技 術 者 聯 盟 ﹂ は ︑ 二 〇 一 〇 年 四
月 に N P O 法 人 ﹁ 日 中 ハ イ テ ク 促 進 機 構 ﹂ を 設 立 し た ︒ ﹁ 日 本
華 人 教 授 会 議 ﹂ は ︑ N P O 法 人 ﹁中 日 学 術 交 流 セ ン タ ー ﹂ を 設
立 し た ︒ ﹁ 日 本 雲 南 聯 誼 協 会 ﹂ は 二 〇 〇 〇 年 に 設 立 し ︑ 翌 年 N
P O 法 人 に 登 録 し た ︒ 黒 龍 江 省 出 身 の 新 華 僑 華 人 に よ る ﹁ 日 本
黒 龍 江 省 経 済 文 化 交 流 促 進 協 会 ﹂ は 二 〇 〇 九 年 に 発 足 し た N P
O 法 人 で あ る ︒ 湖 南 省 出 身 者 に よ る N P O 法 人 ﹁ 日 中 交 流 支 援
機 構 ﹂ は 二 〇 一 〇 年 三 月 に 内 閣 府 か ら 認 証 さ れ た ︒ こ の よ う に
多 く の N P O 法 人 が 誕 生 し た こ と は ︑ 新 華 僑 華 人 社 会 の よ り 一
層 の 成 熟 と 日 中 交 流 へ の よ り 多 く の 貢 献 が 期 待 さ れ て い る こ と
の 現 れ で あ ろ う ︒
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日本社会からの注目華 僑 華 人 へ の 日 本 社 会 全 体 か ら の 注 目 度 が ま す ま す 高 ま っ て
い る ︒ こ れ は 各 分 野 に お け る 華 僑 華 人 の 活 躍 が 日 本 社 会 全 体 へ の 発 信 に つ な が り ︑ 在 日 中 国 人 と い う エ ス ニ ッ ク 集 団 は も は や
閉 じ た 社 会 で は な く な っ て き た か ら だ と 考 え ら れ る ︒ そ の こ と
は 近 年 出 版 さ れ た 書 籍 や 朝 日 新 聞 を は じ め 大 手 媒 体 の 華 僑 華 人
に 関 す る 報 道 か ら も 伺 え る ︒
日 本 経 済 新 聞 社 記 者 の 吉 田 忠 則 氏 が 執 筆 し た ﹃ 見 え ざ る 隣 人
‑ 中 国 人 と 日 本 社 会 ﹄ (日 本 経 済 新 聞 出 版 社 ) は ︑ 二 〇 〇 九
年の刊行後︑日中両国で大きな反響があった︒木下俊彦早稲田
大学名誉教授は︑日経新聞書評欄でその本を紹介したほか︑早
大中国塾で吉田氏による講演会も企画した︒出版元の内容紹介
には﹁今や在日最多数民族となった中国人︒彼らは何を思って
日本にきたのか?身近な存在にもかかわらず日本人のほとん
どが理解できていない現代日本の中国人の実像を日経新聞編集
委員が生き生きと描くノンフィクション︒筆者は︑日本経済新
聞社きっての中国通︒そのネットワークは池袋の中華料理店経
営者から︑作家︑エコノミスト︑中国共産党要人まで幅広い︒
改革開放路線以降に日本にやってきた新華僑の実像を明らか
に﹂する︑と書かれている︒
また︑同じく二〇〇九年に︑新華僑のパワーの源泉に迫る一
冊である﹃日本で活躍する在日新華僑﹄が東方通信社から刊行
され︑大きな反響を呼んだ︒この本には︑経営者︑芸術家︑マ
スコミ関係者など︑各界の第一線で活躍する五〇人が登場する
が︑中国人記者が在日新華僑にインタビューし︑その活躍ぶり
を日本に紹介するものとして本邦初と出版元は紹介している︒
朝日新聞の長期連載﹁在日華人﹂は︑二〇〇九年から二〇一
日本におけ る新華僑華 人社 会の現在
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○ 年 ま で 一 年 以 上 続 い た ︒ 取 り 上 げ た 新 華 僑 華 人 は 多 数 で ︑ 掲
載 さ れ た 記 事 は 中 国 語 に 訳 さ れ ︑ 在 日 中 国 人 の 新 聞 ﹁ 中 文 導
報 ﹂ に 転 載 さ れ て い る ︒ こ の 初 め て の 試 み は 大 成 功 し ︑ 日 中 両
国 の 読 者 か ら 好 評 を 得 た ︒ こ の 連 載 を 通 し て ︑ 変 貌 し つ つ あ る
新 華 僑 華 人 社 会 の 立 体 像 が 明 ら か に な っ た と 言 え る ︒ そ し て ︑
外 国 人 と し て 初 め て 芥 川 賞 を 受 賞 し た 在 日 中 国 人 作 家 の 楊 逸 氏
シ ズトオは'11O1O年三月から朝日新聞夕刊に︑小説﹁獅子頭﹂を連
載しているが︑これは新華僑華人社会において初めてのことで
ある︒現在︑楊逸氏は小説の執筆だけでなく︑講演会︑テレビ出
演など︑最も注目されている在日新華僑の一人になっている︒
﹃コリアン世界の旅﹄で知られるジャーナリスト︑拓殖大学
教授の野村進氏は︑講談社の依頼により︑二〇〇九年から日本
の新華僑華人を取材しており︑﹁在日チャイニーズ社会の旅﹂(仮題)を刊行する予定である︒
メディアからの注目だけではなく︑日本政府︑自治体なども
在日新華僑華人をますます重視するようになった︒二〇〇九年
には︑参議院総務委員会で参考人になった新華僑華人もいれ
ば︑上海万博日本館の愛称の選定に︑在日新華僑華人の代表二
名の参加もあった︒そして︑外務大臣表彰受賞者のリストに︑
初めて在日新華僑華人の氏名が掲載された︒
このように︑日本の新華僑華人は︑日本社会からかつてな
かったほど注目を集めている︒メディアの力を生かして︑より
成熟したコミュニティの形成も期待できるのではないかと考え
られる︒
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