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資本主義精神論の研究(三)・完

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(1)

資 本 主 義 精 神 論 の 研 究 ( 三 )

・ 完

重 藤 威 夫

ト‑ニーとロバートソンはウエーバーの批判において略々同様な見解を示しているので︑こゝに両者を一緒に取上

便

(R el ig io n  an d  th e  Ri se of  C ap it al is m)

(A sp ec ts  o f  th e  Ri se  o f  Ec on om ic In di vi du al is m, Ca mb ri dg e  Un iv er si ty  P re ss )

‑'またロバートソンはト‑ニーの所論の一部を踏襲した点も認められるので︑卜‑ニーによる批判を先に述べる︒

0 ‑‑ト‑ニーは先づ第一に資本主義精神の解釈において︑ゾムバルトやブレンタ‑ノと同様な立場に立ってい

る︒﹁資本主義の精神というものは'歴史とともに古いものであって︑ときおり言われているように︑清教主義の所

産ではなかった︒だがこの精神は︑後期清教主義のある局面のなかにへ その力をふるい立たせ︑以前からあった旺盛

lなその気性をばつよめ固める1種の強壮剤を見出したのであっ^‑﹂と論じ︑また﹁一五世紀のヴェネツィアやフィレ

資本主義精神論の研究

(2)

︒ 山

ンツエには︑あるいは南ドイツやブランドル地方には︑資本主義精神は十分展開をとげていた︒﹂となす点においてゾ

ムバルトやブレンタlノと全く同一の見解を示すといってよい︒

ll自身︑資本主義精神の定義を示していないが︑前二者同様︑それは﹁無限なる営利追求欲﹂或は﹁あくな

き貨幣獲得欲﹂と解すると考える外はない︒彼の﹁資本主義精神は歴史と共に古いこという言葉がそれを裏書する︒

この点はウエllの解釈とは異る︒ウエlバーにとっては資本主義精神と近代資本主義精神とは別個の概念であっ

て︑か︑る営利欲・貨幣欲を内容とする精神はウエllも認めているように歴史と共に古い︒近代資本主義精神は

か﹀る欲望をカルヴィン主義に基く倫理によって合理化し︑倫理化したものであるとする︒ウエlパーがいう資本主

義精神は近代資本主義精神の意味である︒この点についてはブレンタ!ノやゾムバルトの項で詳しく論じたからこ︑

ω 

::

:

lパーが経済史的発展の過程を充分に顧みないで︑思想史的面からだけで問題を取上げた

﹁経済及び社会組織における変動と切りはなして経済思想及び社会思想をとりあつかって欠陥を鋭く指摘している︒

llは全く他の領域において十分説明される

qu

 

ような発展をば︑これを倫理的なおよび知的な影響力にかかわらせて説明しているように思える孔﹂となし︑次のよう いる議論においては︑おそらく止むをえなかったのであろうが︑

一五世紀のヴエネツィア︑フイレンツエあるいは南ドイツ︑ブランドル地方には資本主義精神は十分展開をとげて

いた︒その理由は︑これらの地域がその当時最大の商業・金融の中心であったというだけのことである︒ところがそ

れらの地方は全部︑すくなくとも形の上からいうならば︑カトリックの土地柄であった︒オランダおよび英国の二ハ

︑七世紀における資本主義の発展は︑これらの国がプロテスタントの強固であったという事実に基いているのではな

(3)

く︑むしろ大規模な経済的な動き︑就中︑地理上の大発見やそれから生じた結果にもと︒ついていたむそれから思想的

発展と物質的な発展とは相並行して進むものであり︑後者が前者に反作用を及ぼすことも勿論ありうる︒一方の発展

が基礎になって他万の発展を規定するというような考え方は一面的にすぎない︒従って︑﹁資本主義的企業が︑宗教

的た変化によって資本主義精神が生れてくるまでは︑現われなかったかのように語るとすれば︑それはすこしわざと

らしい言いぐさというものであるよとし︑また宗次的な変化がまったく経済史的な条件の変動の結果だとすることも

一面的であることを免れないと述べている︒

lト!ニーがあげているような一五世紀のヴエネツィア・フイレンツエ・南ドイツ或はフラン

ドル地万や立︿他東洋の諸国等に発達した産業革命以前の資本主義的発達は︑説︑或は利潤獲得の機会を戦争・政治︑或は行政に求むる資本主義叫であって︑それらは合理的自由労働組織を有す

る真面目なブルジョア的経営資本主義︑換言すれば近代資本主義とは異るものと解する︒ ﹁冒険家的類型の資本主義・商業資本主

また所論の一面性は彼自身も認めていることで︑一方の発展・変動が他万のそれを規定するというような考え方は

学問的に証明できない問題であるとしている︒たY彼は問題を単純化する便宜から右のように問題をとり上げたので

ある︒また彼は新教主義が近代資本主義を﹁生み出した﹂などと言っているのではなく︑カルヴイニズムの倫理が近

代資本主義の成立にとって重要な推進力となった乙とを強調するにすぎない︒(この点については︑木論文第二章参

(

‑ ・ : ト

liもブレンタiノと同様にウエ!バーが中世からの異教的解放を無視或は軽視した点を指摘してい

る ︒

﹁その異教的解放の一つはルネッサンスの政治思想である︒マキアヴエルリは︑伝統的な倫理的な制約を融解さ

せたという点では︑少くとも︑カルヴインにおとらず有力な存在であった︒また︑実業家や経済学者たちの︑貨幣︑

資本主義精神論の研究

(4)

価格︑および外同九川げなどに閃する思弁もまた︑それにかぞえられる︒これら二つは相まって︑ウエlパーが理解し

ている芯味での資本主義精神︑つまり金銭上の利測にひたすら傾注しようという気持を培ったものである︒﹂

この点についてはウエllは資本主義精神の形成に異教的・古代的思想の影響を認めていないのではなく︑それ

に深く触れなかったのは︑彼が当面しているのは︑新教倫理と資本主義精神の問題であったからである︒トレルチも

この点についてはウエlパーを弁護している︒(第二節ゾムバルトを中心としての項末尾参照)

:

lニーによれば︑ウエllはカルヴイン主義の包括的研究が足りなかった︒その初期と後期の変化に

気附かず︑後期のカルヴィン主義だけを研究したにすぎなかった︒そこからウエlバ!の所論の非歴史性が生じたと

している︒この点はロパlトソンが更に詳論しているので︑

lトソンの項で更に取上げたい︒ト

l=1

は大要次

のように述べている︒

llはカルヴィン主義を単純化しすぎている︒まず第一に彼は一七世紀の英国の清教徒たちに︑

や彼の直接の弟子たちが懐いていたのと同じ社会倫理の考え方があったものとしているらしい︒第二にかれは一七世

紀の英国の清教徒がみながみなまで︑社会的義務と社会的便宜主義

( ω

r

OM

内問︼σ)ほぽ同じ

見解をいだいていたかのように語っている︒この二つの考え方には誤解を生むおそれがある︒第一に(英国の清教徒

たちを合めて)一六世紐のカルヴィン主義者たちは︑厳格な規律を信じた人々であった口︑だから後期の清教運動につ

いていうのなら不当ではなかった個人主義が︑彼等にあったなどといえば︑彼等は枇ぬいたことであろう︒本当に重要

な問題は︑前の立場から後の立場への変化が何に原因していたのか︑と問うことにあるのだが︑乙の問題はウエl

ーによって無視されているようである︒第二に一七世紀の清教主義といっても︑その中にはさまざまな要素があった

のであって︑そのそれぞれは社会政策についてもひどく違った見解をいrいていた︒清教徒の貴族とレヴエラl

ズ ︑

(5)

地主とディガlズ︑商人と職人︑兵士と司令官とを一緒にして︑たった一つの社会理論のワクの中へはめ乙bような

共通の公式などというものはなかった︒:::﹁資本主義の精神﹂といい﹁プロテスタン‑一γイズムの倫理﹂といっても

FD  

どちらもウエlパーによって考えられていたよりも︑はるかに複雑なものだったのである︒

次にロパlトソンのウエll批判を要約して紹介する口

:

l卜ソンは先づブレンタlノと同様に言語学的にウエllの説が成立し難いことを主張している口

llは新教国であるドイツ・オランダ・イギリスの各国で︑神よりの召命により︑生涯にわたる職業を意味す

るそれぞれの国の言葉即ち︑O

ZF

tω

ω=

山 口 問

は相当する言葉がカトリック教国でのラテン語の中には見ら

れないことを指摘した︒ウエllはルターによる宗教改革によってはじめて︑

という言葉と観念とが

導入されたと主張した︒

しかし︑この考え方はブレンタlノによって強く否定された︒ブレンタlノによれば公認ラテン語訳聖書(︿巳

m E O )

中のコリント前書第七章二一ーー二四節に全く同じ意味の言葉

52

︒ ロ z

が使用されて居り︑新教徒が使う

ω ‑ ‑ r M m

はそこから由来したものであると︒しかもルターが問題となっている言葉(回2

)

(

)

とは立証されていない︒ とその観念を導入したというこ

て ハ

1

( 同ω

=

gの } ] 目 ︒

EZ

2

2E

E

・ ‑ の 何

ω

N O N E

r g

EN

)

1

1D

﹁公認ラテン語訳聖書の翻訳が職業

( g

口問)という近代的な観念を表現していないことは事実である︒しかし︑E

他方において︑職業についての初期の新教徒の観念は︑近代の新教徒のそれとは異っていることも事実であるo

(6)

ーよa

/ ¥  

ている︒初期の新教徒の職業観念は︑それがルタl派たるとカルヴィン派たるとの別なく何れも中世的な色彩が強く

自己の分に安んじて︑それより飛躍しないことを意味している︒これに反し︑後期の新教徒では︑職業観念は中世的

な考え方は否定されて︑若るしく近代的な意味をもつようになり︑自己の職業から積極的に飛躍し︑発展すべきこと

を奨励するようになった︒従って︑初期の新教徒の問では職業の用法では︑中世の用法と異らなかった︒

llは資本主義精神をルタl主義に見出しえないで︑カルヴィン主義や浸礼派のほか二︑三の教派の中にお

いてのみ見出したDしかるに︑ジュネーブのカルヴィン主義の教会主フランスのカトリック教会では

に︑両者共に同じラテン語︒52という語が使われている︒しかもその意味は根本的には

の代り

国 内川 門 戸 国

と異ならない︒

と﹀ではカルヴィン派とカトリックとの語法の相違が見られない︒従って︑

lパーがルターによって初めて︑カ

トリックとは異った職業即召命という思想がもたらされたとなすことは誤であるとする︒

:

:

llはルターが召命という新しい観念を導入し︑またそれと共に世俗内における禁欲主義をもたら

それは必ずしも革新的な思想ではない︒ウエlパーがいうようにか﹀る禁欲主義が修道院に限らしたと主張するが︑

れていたというのは誤であって︑中世においても修道院の外でも禁欲主義は重んぜられた︒

田五フランチェスコの感化の下に十三世紀に成立した第三兄弟回会EE

E R

ω )

は世俗界における禁欲主義が要求された︒またそこでは︑ウエliが資本主義精神の例として示したベンジャミン はこの著るしい例である︒乙﹀で

‑フランクリンの処世信条と同じ徳目が要求された口時間の尊重︑計算の正確︑浪費の禁止等︒更にそこでは世俗的

な義務が︑教会に出席する義務より主んぜられることがあった︒これらは清教徒の場合よりも商業精神の育成に役立

ったであろう︒ブランチェスコ派の説教は浸礼派の著るしい先駆をなすものであった︒にもか﹀わらず︑ウエl

は浸礼派の教えからのみ資本主義精神の発達を説いて︑ブランチェスコ派を顧みないのは所論の妥当性を欠くもので

(7)

lトソンは職業の意味・内容が初期の清教徒(一六世紀)と後期の清教徒(一八世紀)とでは変化し

たことを説与えその変化は外面的な社会経済史的な条件の変化にもとずくものとする︒乙の点はトlニ!の主張を踏

却したもので︑それを多くの史料によって論証しようと誌みた︒

初則の治以従の教理は︑神的な自然的な配分の正義の存在に関する中世的な信仰の新しい表現にすぎなかった︒そ

のいい仰は名人は仰の配慮によって︑それぞれ異った幾つかの職業と社会的階級に召出され

(

)

とである︒その結果として︑資本主義的企業を展開することは神の配慮を蔑視するものであるとされた︒常に﹁多き

一六世紀と一七世紀の初めにおける清教徒の牧師は何れも︑を求めず︑汝の職業に満足せよ︒﹂ということであった︒

職業に助勉・忠宍であるべきことを説いたが︑食欲と野心とを戒めた︒人がその職業をあえて見捨てて︑転業するな

らば︑それは世俗的な野心によって神の召命たる職業を捨てるものであって︑﹁神罰を受けるであろうことして強く

排斥した︒そとでは中世的な保守主義が依然として支配している︒

一六世紀から一七世紀初め頃の清教徒で右のような保守的思想をもった人々の例をトilは示している︒そ乙で

は徴利についての思想もまた示されている︒

ニュースタッブ︹一五四四ー一六二四清教徒神学者︺は﹁神様の尊いお使いであるカルヴァン氏﹂の教えに訴えて

常習的な高利貸は寸人聞社会から追放﹂しなければならないということを立証した︒スミス︹一五五O?1九一神学

者︺も同じ問題をながながと論じた︒清教主義を奉じたために教授の地位を失ったバロ︹一五三四l九九ケンブリッ

ジ大学でへやフライ語と神学を講じた︒︺は︑﹁金を貸したり︑金を徴利に投じたりして︑いつも貧しい人々をわなに

かけ︑圧迫している金持や︑身分の高い人々の一部にみられる常習﹂を非難した︒エリザベス期︹一五五八1

O

資本主義精神論の研究

(8)

J¥. 

三︺の清教主義の指導者のうちで最も有名なカlトライトは︑徴利を﹁神と神の教会とに対するいやしむべき罪﹂で

あると書︑き︑高利をとる界を犯したものが会衆を納得させるだけの悔改めを行うまでは︑聖礼典に参加させてはなら

ぬと︑断言した︒これらすべての人が理組としてかかげたのは︑適度の財に満足して富の誘惑をさけよ︑という使徒

の戒めのなかに表現された思想であった︒スタッブス︹一五八三l九一年頃に活躍清教徒の評論家)は書いている︒

﹁すべてのキリスト教徒は神に誓って︑家計を気づかい︑妻子をやしなわなければならないが︑度をすとして︑まこ

との似皮のラチをこえ︑限界をふみはずすことのない程度にしておかなければならぬ︒:::主はわれわれを貧欲とか

過皮の気づかいから遠︑ざけたもうたのであるから︑われわれは今日︑明日のことを思い煩うべきではない︒というの

RU 一日の苦労はその一日だけで十分であるからだ﹂と︒

l

(主のみことば︹マタイ六の三四︺にもある辺り)

秩序を重んずる生活︑現世のうちにおける禁欲主義という思想はあったが︑神のおいた地位に一生止れと説くか﹀

る教が資本主義精神の温床となったというのは決して妥当でない︒

llが清教徒の特性として説くところの内容と同一の思想傾向が清一七世紀の後半から一八世紀になると︑

教徒の陣営内におこって来た︒

lパーはこの理論の後半の時代のみを研究したにすぎない︒一七世紀の後半と

一八世紀に︑彼は清教主義の文献の中で︑宗教上の修練として︑即ち職業の実行として︑世俗内における慎重な生活

を送ることを勧告している多数の例を見出した︒彼は︑この理論の慎重な性格をいつでも本質的な要素であると考え

た︒彼の非歴史的な取扱いによって︑彼は職業観念の変化に気づかなかった︒即ち︑それが欲の深い大望を押える解

毒剤から︑商人に対して快適な理論への変化に気がつかなかったり彼はその理論はすべての時代を通じて同一である

i

この思想の変化は何に基くものであろうか?ロバl卜ソンによれば︑それは外面的な社会経済史的条件の変化によ

(9)

るものであって︑

llは﹁資本主義が清教倫理に及ぼす影響という逆の立場からの研究を怠った︒﹂として非難

l卜ソンによれば︑清教主義が商人階級の要求と一致するようになったのは︑長期にわたる経済史的諸条件の

変則や児以によるものである︒両者の一致が見られるようになったのは︑ようやく一八世紀になってからである︒し

かむその切でも保守的な経済倫理の残浮は少からず見られる︒ウエlバーが清教主義の経済倫理の典型を示す例とし

て引川しているパクスターに新旧両思想が混在していることは︑清教主義の教理の歴史的発展の過渡期を示すもので

あるのウエlパーはその中から自説に都合のよい部分だけを引用しているにすぎない︒同時にか﹀る現象は︑社会経

前史的条件の川次的な変動を反映するものであるとロパlトソンは考える︒また古い保守的な見解は﹁新版︑完︑喝さ義

(一八山紀中に山版)の中にも散見される︒ロバlトソンによれば︑資本主義精神が生じたのは︑古い伝統的な

内容をもっ初期の消攻主義即論が修正されまた消滅してから後のことであって︑この消滅が生じたのは一六六O

王政復古当時である︒それ以後︑資本主義精神が次第に発達した︒

同:::英国に右のような新しい変動が起り︑新しい経済倫理観が発生してきた頃の大陸の事情の方に眼を転︑する

と︑カトリック教徒であるゼスイット派やヤンセン派の間でも同様の変化が起りつ﹀あった︒乙の両派には後期の清

L

教徒にみられるような商業の発展に有利な理論が見出される︒フランスのジエスイット派は自利と神への奉仕との間

に何等矛盾するものがないとさえ主張した︒職業理論に基いて︑清教徒によって推奨された秩序ある生活は︑カトリ

ック教徒によっても推奨された︒後者によってもまた秩序ある生活は宗教上の勤行であるとして強調された︒生活規

律の正しい遂行は恩寵の表徴として認められた︒

一八世紀の清教徒の教会での現世的な進歩的な教えは清教徒だけに特有なものでなく︑カトリック教

資本主義精神論の研究

(10)

会も同様にそれに与っている︒このことはウエ!パ!の理論とは逆に︑その当時勃興しつ︑あった資本主義の担行者

である中産階級からの影響によって︑新教倫理が変化したと考えなければならぬ乙とを示している︒

以上がロパlトソンの所論の要約であるが︑次に彼の所説を主として原文に即して紹介する︒

lパーによれば︑プロテスタンテイズムの影響は︑単にカトリック教会によって禁ぜられた諸行事を認めると

いう消極的なものではなく︑宗教を資本主義的な目的に転向せしめるという積極的なものであった︒彼によれば︑こ

の点について最も重要な役割を果したものは︑職業即ち﹁召命﹂

( の m ‑ ‑ ‑

ロ肉)に関する教説である︒その召命観念は

ルターによってもたらされたものであって︑それは型職界だけでなく︑俗人の間にも禁欲主義の理想を義務づけた︒

その禁欲主義は修道院のそれとは異り︑自己の欲望に耽溺することを全く止め︑自己の職業への不断の勤勉さによっ

て︑日常生活のなかで実行されるものである︒かくて職業は宗教的な訓練にまで高められた︒更に彼はカルヴィニス

トにおいては︑彼等がその職業において成功することは︑神からの恩寵が与えられたことの明白な徴であると考えた

‑イギリスの各国で︑生涯にわたる職業を意味するそれぞれの国の言葉即ち︑ 召命観念の主要性を立証するために︑ウエllは言語学的な論証を誤みた︒彼は新教国であるドイツ・オランダ

ω

︼ 戸 山 口 問

に相当する言葉がカ

トリック教国でのラテン語の中には見られない乙とを指摘した︒彼はルターによる宗教改革によってはじめて︑ζ

国民えという言葉と観念とが導入されたと主張した︒ウエllは次のように述べている︒ルタl

は﹁伝道の書﹂(

(

)

︹旧約聖書中の一︺を翻訳するときに︑二ケ所において回日えという語を使った︒七十人訳ギリシ

‑ o ω

ω片山内山口

ω )

ヤ語旧約聖書

(ω

ou

gω

)

O D O ω

と書いてあり︑公認ラテン語訳聖書(︿巳哲芯)

では︑それぞれ︒匂5

5の語が使われている︒

(11)

()11の﹁宗教社会学﹂第一巻︑六五頁では︑﹁伝道の書﹂ではなく︑イエス・シ一プグ(旧約聖書外典中の一室田)とな

乙の考え万はブレンタlノによって強く否定された︒彼は公認ラテン語訳聖書(ヴアルガi

)

2w

という語だ

J 4 2 w

g ‑

‑ z m (

BB Uω 目 ︒ ロ ω )

が使われている口

a a E

UROBS

含 一 件 ︒

BB門 口 ZR

︿2

2 ω

ω

0

. . 

(そしてあなたの命令のみわざのうちに)彼はまた次のように主張した︒

g ‑ H

(

lタ)中のコリント前書第七章二一!二四節に全く同じ意味の言葉

( g g z

)

使

れて回り︑新設従が使う

g ‑ ‑ z m

はそこから由来したものであると︒﹁各人その召されし

( g g z

︒ ロ

O)時の状に止

るべし︒なんじ奴却にて召され(︿︒

g g ω )

たるか?これを思い煩うな︑(もし釈さるることを得ばゆるされよ︒)

:::兄弟よ︑おのおの召されし

( g g Z ω )

時の状に止りて神と僧に居るべし︒﹂(コリント

I

7

l

)

ブレンタlノの批判が価値を有することは疑ない︒ルターが問題になっている言葉とその観念とを導入したという

ことは立証されていない︒公認ラテン語訳聖書の都訳が職業即召命

いことは事実である︒しかし︑他方において︑職業についての初期の新教徒の観念は︑近代の新教徒のそれとは異っ

( の ω =

片岡

M m )

という近代的な観念を表現していな

ている乙とも事実である︒

llの言語学的な議論において注目すべき特徴は次の点である︒ルタlの召命観念についての論争は別問題

として︑ウエllは彼の学説を進める上に︑ルタl的な新教主義は役に立たなかったのである︒彼は資本主義の精

神をルタl主義に見出し得ないで︑カルヴィン主義や浸礼派の他二︑三の教派の中においてのみ見出したのである︒

しかし︑ジュネlヴのカルヴィン主義とフランスのカトリックでは︑同じラテン語を使っている︒従って︑カトリッ

クとカルヴィン派との語法については相違が見られないのである︒

資本主義精神論の研究

(12)

一口語学的な論争に対して終止符をうつためには︑﹁伝道の書﹂中の一草句についてのカルヴィン派の翻訳を次に引

用するだけで充分であろう︒

0 5 0

ω

M向 ︒ 円 ︒ 日

ω0 0

︒ 同 ︿

a

0 0

ω S H

0

zo

0

50 20

o u

ω

222

ωの ﹃ ω

ロ 伸 一 片

o

Z目 白

ω

O

mw

OD

ZD

Zt

oR

(汝の地仰に止り︑そこにおいて励むべし︒汝の職業をなすために目を覚しおれ︒悪魔の業におどろくことなく

主に依りにのみ︑汝の仕事を怠ることなかれ︒)

乙冶では図︒円三の代りにえ止のゆという語が伐われて居り︑それは度々見出される︒フランス語の︒

Bg

J¥ 

イタリー語の︒民片山︒︒これらすべての語は︑世俗的であり同時に宗教的な意味をもつものであ

フランス語のえ

28は仕事(O

B83と崇拝の二つの意味(当2岳山古)がある︒そしてこれらの

語は︑新教徒の

g ‑ ‑ z m

や回日正とは︑根本的には呉らない意味で︑カトリック教会では度々使われている︒

ルターが召命という新しい観念を導入し︑またそれと共に世俗内における禁欲主義をもたらしたというウエil

の主張は︑言語学的な基礎に立つものであるが︑それは成立し難い︒それは必ずしも革新的な思想ではないように思

われる︒労働(司25の教理は︑パウロの﹁人もし働くことを欲せずば︑食うべからず﹂(テサロニケ後書3の叩)

という言葉と共にキリスト教の慣習と規則においては最も古いのである︒中世のカトリック教会は︑おそるべき

﹀ の の 片

ωの罪は︑労働と熱心とによって克服されねばならないことを認めた︒このことはアウグスチヌス品 目

派及びベネデイクト派の宗規に具体的に示され︑すべての修道院の戒律の基本となった︒従って︑神によって命ぜら

(

)

れた世俗的な勤労がその本質をなす禁欲主義は︑中世のカトリック教会では知られていた︒そしてルタlはアウグス

チヌス派の修道土であった︒

(13)

しかし︑中世ではか﹀る禁欲主義は修道院に限られていたと論ぜられている︒それは世俗人の生活には関係がなか

(

ω )

が︑宗教を修道院から一般人の日常生活にまでもちこむために︑世俗界に入りこ

んでいたことを無視している︒それは第三兄弟回会

EE 2ι 2ω )

がつくられた諸動機を無視しているD第三兄弟団

R

E

q

ともいわれる︒聖ブランチェスコ(HH

1l

Hω

∞ ) ω

の感化の下に︑十三世紀に成立した︒乙れは世

を捨て︑修道院に入るのではなく︑市民として世俗的社会に止り︑結婚生活と財産とを保ち日常の職業に従事する

が︑しかもその範囲内で修道士的な禁欲と取皮との理想を追求しようとする一般市民の団体である︒彼等は腰帯をつ

けたフロックコl卜を着ていたので︑外相附は苦行者のように見えた︒ブランチェスコの説教が民衆の生活に如何に深

い感化を与えたかを示す証左であると共に︑修道院生活の概念に本質的な改変を加えた結果として認められる最も重

QU 要な事実であるc

第三凡刻印の川口になることは︑完全に宗教的であることに価しないという理由でそれを無視する乙とは充分な理

由にならない︒カルヴィン派は府夫の職業

( g E

)

同区内(スコットランドにたてられた教会で︑英

国国教会やスコットランド段門教会と区別される)の団員であっても︑牧師の職業と同じ名誉をもっとは考えない︒

カトリック教会は俗人でも修道士よりも一回高い完全な段階に達しうることを認めている︒ブランチェスコ悔改教団

EO

M O E Z

ω )

は十三世紀に教団たるにふさわしいものとなったが︑或る点では宗教的ギルド

( 司 円

ω

m w

によく似ていた︒しかしそれはギルド以上のものであった︒それは修道院ではなく︑世俗界における禁欲主義を要求

した︒またそれは或種のブルジョア道徳を育成した︒それらはウエlパーが強調したところのベンジャミン・フラン

クリンの処世信条と同じ道徳である︒時は金であるから浪費してはならないこと︒計算を詳細に且つ正確になすこと

などである︒ブランチェスコ第三兄弟団の団員には浪費は禁ぜられていた︒また清教徒と同様に饗宴や仮装舞踏会や

資本主義精神論の研究

(14)

其他のダンスで時聞を浪費することも禁ぜられていた︒悔改教団の兄弟姉妹(回円

2 z g

ω

︒ 同

FE

Z

g )

達は︑世俗的な行事に出席しなければならなかった︒例えば︑彼等は聖マルチンの四旬節と︑大田旬節

(

Z H

( の

E w m

Fo

E)

には︑人や物の迷惑になるようなことが起らなければ︑

旬 ︒

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に行かねばならなかった︒﹁人や物の迷惑になるようなことが超らなければ﹂という意

味は世間的な義務の意味である︒世間的な義務に支障がなければ教会の行事に出席せよとの意味である︒従って︑彼

等の世間的な義務は︑或る点において︑教会に出席する義務に優越していた︒そのことはおそらく清教徒の場合より

も商業精神に対してより多くの譲歩をなしたことを示すものであろう︒にもか﹀わらず︑何人もブランチェスコ的な

清教主義が︑資本主義精神育成の温床であるとは指摘しないのである︒

llも自ら認めているように︑托鉢僧

殊にフランチェスコ派の人々の説教は︑世俗人に対して禁欲的な規律を課するという企てにおいて︑浸礼派の教説の

著るしい先駆をなすものであった︒浸礼派は世俗的な禁欲主義を通じて︑資本主義の発達に対して極めて強く働いた

ことをウエilは説いている︒しかし︑このことは第一にすべての禁欲主義は聖書の命法に基いているから同様な

結果になることによるものであり︑第二に肉欲を犠牲にするすべての組織は同一結果を生む一般的傾向をもつことに

よるものであることを彼は述べている︒このことはおそらく真実であろう︒しかし次の事柄は依然として残る︒もし

浸礼派と托鉢僧の教説が相似たものであるならば︑資本主義精神は薪教の諸教派の産物であることを論証する手段と

して︑浸礼派の教説を使うことは民主になされねばならない︒

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についての清教徒的教理を基礎とするすべての議論の大なる障害は︑その清教徒的教理が必ずし

も常に一貫した内容をもっていないということである︒ウエlバーが十八世紀にあらわれたその教理の解釈について

正しかったとしても︑乙の解釈を十六世紀にまで遡らせるζとは正しくない︒何となれば︑その教理はそれらのこっ

(15)

の時代にはそれぞれ全く異った姿を示しているからである︒

清教徒の教理は初めの間は神的なまた自然的な配分の正義の存在に関する旧来の信仰の新しい表現にすぎなかった︒

その信仰は各人は神の配慮によって︑それぞれ異った幾つかの職業と社会的階級に召出され

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乙とである︒その結果として︑資本主義的企業を展開する乙とは神の配慮を蔑視するものであるとされた︒

乙の点については︑カトリック教会と清教徒との教理の聞に本質的な相違はないように思われる︒配分の正義に関

する聖トマスの教説は次のようである︒

﹁さて:::異った職業に人々を配分することは先づ第一にかかるやり万において︑人々の状態を配分するところ

の神の配慮によるものである︒:・・:また第二には自然的諸原因によるものである︒それらの結果として︑

具った人々の問に兵った職業に対する呉った才能が生ずることになる︒﹂ それぞれ

のにもかかわらず︑ アクイナスは服栄巡れの決定について自然的諸原因を強調する乙とによって︑清教派とは全く異った観念を示した

アクイナスの右に引用した見解は︑十六・十七世紀における職業

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の教理と多くの点に

おいて同一の理念を合んでいるように思われる︒清教徒が彼等の教理から得た実践的な教訓は︑野心のおそるべき罪

を避けるように教育されて来たカトリック教徒への教訓と大体において同一であった︒

初期の職業

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ロ肉)の教理については︑ロパの詩ほどそれを簡潔に表明しているものはない︒E l卜・クロウリl

﹁先づ第一に汝の職業

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そして汝の運命を変えることを求めるな︒

何となれば︑悪しき野望を通じて

多くの人々の運命は別なものになってくるこ

資本主義精神論の研究

(16)

この詩が資本主義精神の勃興に対して新しい教理を導入したと考えるほど真理から遠いものはない︒或は︑また職

( g ‑ ‑ E m )

が大なる宮を諮問似する誘いとなったと考えることも同様である︒ウエlパ!は職業の理論を盛に振廻し

ているが︑初期の消教徒の職業観念が︑実際にそうであったことを論証するために多くの証拠を集めることが肝要で

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O年頃の人)は誠実な限度な清教派の改革者であった︒彼の﹁十字架のパウロについて

﹁職業﹂の外装の下での︑旧来の配分の正義の

トマス・レヴアl

原理を明らかに表示した︒彼は次のように述べている︒

それはすべての基督者に属するものであるが︑その奉仕を諸君がなした後に︑神の秘密の

分与者について語ろう︒その神秘の中で我々は各人の天職

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それぞれ考える乙とができるの

﹁パウロは福音書の説教によって︑神の硲密を分ち与えた︒その秘密はこの世における才能ある者︑賢人及び学

者からは川市に隠されていた︒それぞれの職業における人々は︑それぞれの方法によって神の宝を分与しなければな

らない︒権威による長官として︑界の処罰と徳の維持とを処理しなければならぬ︒

富者は慈善を以て︑分以者や困窮者に救済や慰安を分与せねばならない︒商人は売買によって︑手工業者はその仕

事によって︑国家のために必需品を充分に以宮に供給しなければならぬ︒地主は農地を貸出すことによって︑八ム平

な地代と家賃で農民に必要な土地と家とを供給しなければならない︒農民は土地を耕し︑家畜を養い︑地主に適正

な地代を支払い︑彼等自身と其他の人々とのために穀物や其他の食料品を供給しなければならない︒かくて各人は

その義務を忠実に勤勉に行うことによって︑神から他の人々に供給するように委託された品物や恩恵を他の人々に

(17)

(9)

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これが一版活﹂の九ハの解釈であるcそれはいくらか資本主義精神の匂がする︒定められた身分についての中世的精

神にすいさない口宍際︑説教者は﹁職業﹂を絶えず説教の題目としたが︑彼等は共産主義的な同情心を否認することは

必史であると考えた︒

初期の消教徒が﹁職業﹂の観念を使うときは︑欲深さと野心とを非難するのが殆んど通例であった︒レヴアl

良地と土地取上げを伴うところの土地渇望に反対して次のように祈った︒

﹁悪魔の欲望は︑神の御業と楽しみを妨げる︒我々が︑イエス・キリストに忠誠と信頼とをおいて︑我々の職業

( g

g ミ︒ロ)に努め励むことは仰の業でありまた神の芯思である︒

それ故思以は食欲な心をもってあらゆるものを巧し︑人々をしてその扶持(所得)に依頼させ︑彼等の職業に決

して山足させないようにする︒しかも神から商人や紳士や法律家となるように召出されて居り︑神の意に従う心構

えをもちながら︑思隠はこの神的な職業の他に︑悪魔的に農地や高官の職や職旅付僧職を探し求め︑買入れようと

する︒かくて農夫が土地を耕したり︑牧師が神の言葉を説教しようとしたりすることを妨げる︒﹂

こ︑﹀に我々は﹁職業﹂を普通のな味で使われていることを見出す︒それは富によって与えられる力の濫用と考えら

れる乙とに対して強く反対している︒

十六世紀の清教徒の牧師がなした忠告は︑常に﹁汝の職業に満足せよ︒﹂ということであった︒彼等はこの忠告に

背く乙とが︑その時代の農業上のすべての困難な問題の根源であると信じた︒何となれば︑人がその仕事に満足しな

ロンドンの商人達を見よ︒彼等の正直な職業において︑商品を取引することによって神は莫

資本主義精神論の研究

参照

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