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欽定英訳聖書ルカ伝の英語

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(1)

欽定英訳聖書ルカ伝の英語

武 居 正 太 郎

 本稿に於てはW・A・Wright(ed.),丁加且%伽7 264γ〃s翻。∫飾θE%gZ6曲B弼61611

〈Camb「idge:The Unive「sity P「ess,1909)Vo1・V・を底本とし, Eberhard Nestle(ed.)

ハ肋%判読θ吻耀漁祝Gγαθoθ(Stuttgart:Privileg. W極rtt. Biヒelanstalt,1952), W.

S七rei七berg(ed.)DゴθGo ∫∫o勿鋤θZ(Heidelberg:Carl Winter,1950), Sixtus V&

Clemen七VIII(ed.) ハ物π㎜7マθs如例θ撹%甥∫θsπC加∫sあ7%Z8厩θ(London:Samuel Bagster

&Sons), Martin Luther(tr.), P詑β伽Z o4〃碗68伽gθπθ漉8召So加ゴ∫彦4θs∠4Z彦θη㈱♂

魏πθηT6s彦α〃3θ撹s(Berlin,1919), 丁加飽zo E%81ゼ曲β薇Zθ,碗〃Tθ3如鱗6撹 (Oxford&

Cambridge University Presses)等を参照しながらA. V.の英語について考究するが,マタ イ伝の英語については市河博士の「聖書の英語」があるので,本稿では範囲を一応ルカ伝に限 定し,同様なことについての論述の重復を出来るだけさけることにする。

 論述の形式には色汝あるが,R. E. zachrissonやJ. M. Graingerがしたような,文:法的な 項目を立て〜論ずる方式にしたがわず,市河博士のように,章節を追いながら特に問題とすべ

き点を取り上げて行くことにする。

      本      論

 1.And the Angel answering, said vnto him, I am Gabriel tha七s渉伽4 in the presence of God.(1.19)

 此のところ白痴では3γ{ちε鎚 職βρ命kδガαρεσ7ηκあS勧6脇0ソ70ぴθε08 となっている。

即ち(定冠詞+分詞)をrαβρ功λと同格のものとして与えている。ゴート語訳は此の点全く 原油と同じであってik im Gabriel sa standands in andwai琵ja gudisとなっている。

 A.V.の関係代名詞tha七の先行詞はGabrielであるから,動詞はs七andsであって然るべ きであるが,主節の主語たる1の引力でstandとなったのであろう。 Vulga七eはEgo sum Gabrie1, quiαs渉。 an七e Deumと訳しているから,これも引力をうけている。:Lu七her訳は.

Ich bin Gabrie1. der vor Go七t∫勧窃であるから正常な呼応をしている訳である。

 2.Thus ha七h the Lord dealt with me in the dayes whereill he looked on me, tO 七ake away my reproch among me11.(1.25)

 Thus,七hen等の副詞が丈頭に立つとInversionが起ることが多い。

 Thenが:交:頭に在る例:Then said Marie vnto the Ange1, How this be・seeing I know no七amanPd.34)/TheD七〇〇ke hee him vp ill his armes.(2.28)/Then said Iesus vn七(>

them.(6.9)

(2)

欽定英訳聖書ルカ伝の英語

15

  前の二つに於ける語序は原文のechoではないが最後の例については原文も同じ語序をもつ

『ている。

  Inversionのない例:Then Iesus wen七with七hem.(7.6)

  原文にもInversionがない。

  3. And the Ange1αηsω〃珈g, said vr1七〇him.(1.19)/And七he Ange1απszo6γ24 and said vn七〇her,(1.35)

  イタリックスの部分,原毛では何れも分詞が用いられている。

  4. And behold, thy cousin Elizabeth, s加hath a,1so conceiued a sonne in her old

age. (1. 36)

 代名詞sheが冗語的に用いられているが,原:交も同様になってをり,Vulgateもipsaと云 う語を入れている。:LutherにはそのようなPleonasmはない: Und siehe, Elisabeth,

・deine GefreUndte, iSt aUCh SChWanger mit einem SOhn in ihrem Alter.

 5.and they oσZ1θ4 him Zacharias, after the name of his father.(1.59)

 イタリツクスの部分はThe New English Bible(以下NEBと略す)ではwere going to

・皿ameと訳されている。原論の翫6λoリリはConative Imperfectであるから, A. V.の訳は 正確とは云えない。

 6.And when the dayes of〃〃purifica七ion according七〇七he law of Moses, were accomplished,七hey brought him七〇Hierusalem,七〇present him to七he:Lord.(2.22)

 イタリツクスの部分はNEBではtheirと訳されている。原文のα嫡ンは男・女・中性い 一ずれの生格複数でもあり,Vulgateのejusは男・女・中性いずれの生格単数でもある。 A・V・

が何故herと訳したかは分らないが,これも誤訳の一つである。

 7.And 1∂3θ助αη4配s伽。飾〃marueiled a七七hose things which were spoken. of him・

(2.33)

 NEBはイタリツクスの部分をThc child s fa七her and motherと訳している。 A・V・のま

、ではhisはJoseph sの意味にとれる。原:文はゐπ粥うρα伽i}κα≧毒μ加ηρである●

 8.Now his parents went≠01五67πsσZ6勉ωθηyθ〃6,(2.4D

 イタリックスの部分の語序はNEBも同じである。:Luther訳のUnd seine Eltern gingen alle Jahre gen Jerusalemは原文の語序にしたがっている。 R・v・でもevery year七〇Jer−

usalemと原:文に忠実である。

 場所の副詞,時の副詞の順序にならべるのがModEの普通の行き方であるから, A・V・の 1語序にかえったNEBの訳は英語のGeniusにかなっていると云えよう。

 9.But七hey, supposing him加〃α%∂θη6 in七he company, wen七adaies ioumey.

〈2.44)

 NEBはbut thinking that heルσs with the party they journeyed on for a whole day       ふ一としている。問題の個所は原:文ではε3}α であるから,R. V.がto beと訳しているのは正

(3)

しい。A・V.の完了不定詞は大過去的な意味即ち過去の一定時(此処ではwent)に先行する 過去の表現を意図したのであろう。

 10.Heαηs θγ2飾, and sσ伽vnto七hem,飽七hat hath two coats,1et him impar七to him tha七hath none, and加七ha七hath、meat, let him doe likewise.(3.1{)

 最初のClauseの時制についてみると原文では浸πoκμθε》ζδき款εγ訓α3 6〜ξ即ち(分詞…

未完了過去)のようになっている。次にHe以下は破格構丈である。宮部菊男氏は(英:交法シ リーズVI, P.113)Mark 4.9の例をあげて,関係代名詞thatは節の中の主格たる機能の故 に,目的格たるべきものへ引力を及ぼして主格たらしめたと云う風に説いている。勿論そう云 うことも考えられるが,上例も宮部氏の例も共に原丈のechoとしての構文であると云えない こともない。i類例:17.31;22.36.

 11.but飾θo海αプァθhe will burne wi七h fire伽卿疏。加のZθ.(3.17)

 目的語を文頭においていること,形容詞が後置されていること原丈の通りである。Lutherは und die Spreu wird er mit ewigem Feuer verbrennenと訳している。目的語を文頭に出し た点は原口と同じだが,あとはドンrツ語のGeniusに従った統辞法によっている。市河博士は 形容詞の後置に関して原文に言及していないが(op. cit・p・68),聖書からの例はみな原文の語 序の通りである。

 但し,Mat七・25・46のeuerlasting punishmen七は原丈とは反対の語序になっている。此の 場合には,形容詞を後置することにではなく,逆に前置することに,英文としての単調を破る

ための工夫のあとが偲ばれるのである。

 12.If thou乃6七he Sonne of God, command this stolle七hat itう召made bread.(4.3)

 前のbeも後のbeもSubjunctive Presentであるが, R・V・は原丈に従って前の方をart

と訳している。

 13.But I七ell you o∫αか%飾, many widowes were in Israel in七he d銭yes of Elias.

(4.25)

 イタリツクスの部分は己が義ληθ諏ζの訳であるが,9・270f a七ruthの原語は副詞aλ、ηθ6津 である。同様な意味の個所e.9.4・24ではverelyと云う副詞が使われているが,これの原語 はaμ加である。      、

 14,but the fisherm翫n were gone out of them, and〃〃6 zoαsみ伽8・their Ilets.(5.2)

 此の進行形は原文の未完了過去を訳しだものである。しかしA・V・の進行形は原動の《;毒

+現在分詞)に対応することもある。e・g・for they z〃〃θall醐づ伽8 for him.(8.40)/And he醐s oαs伽gou七adeui1.(11.14)の進行形はそうであるが,ギリシャ語の此の表現形式

は未完了過去の迂言的な表現である。

 現代ならば進行形を用いるべき処が単なる現在形になっている例として乾亮一氏(英文法シ リーズXV, P.8f七)があげている例一Behold,七hree men sθ幽thee・(Acts 10・19)につ いてみると,原丈は;δoらだりδρεζδδoζη76海7 ぐσεであって,これを英語に直訳すればbehold

(4)

欽定英訳聖書ルカ伝の英語 17

七wo men seeking七heeとなる。 VulgateはEcce viri tres quaeruntとしている。

 ついでながら,人数は原文では二人になっているが,Vulgate, Lutherは三人としている。

ゴー㍗語訳は此の処欠本である。NEBはSome men are here looking for youと訳してい る。此処で原丈と云うのはNestle本について云うのであるが,三人としているギリシャ語の Tex七もあるから, A・V・の訳を誤りとすることは出来ない。

 15.And w:hen七hey肱4飾づs 40π6, they inclosed a great multitude of fishes.(5.6)

 此の形式の過去完了は現代一般的に行われている(had+過去分詞+目的語)の祖であるが,

此処は原語では(目的語+第一アオリスト分詞)となっている。市河博士は this を副詞と した古い用法であろうかと云っているが(op・cit・p・98),原文の語序にならったため変った姿 になったと考えてはどうであろうか。英語では主語が完了形の動詞をしたがえている時,事情 によって倒置が行われ,主語が完了形の二つの要素の間にはさまれるが,そう云う語序が目的 語の場合に適用されたとみてはどうであろうか。

 16.For舵zoα∫αs彦。蛎曲θ4, andαZ that were with him, at the drallght of the fishes which they had taken.(5.9)

 此の文は(S1×V×S2)の形式であるが, VはS1と呼応している。同様な形式の他の例:

Haue yee not read so much as七his what Dauid did, when雇〃1sθげzoα∫σπぬ%ηgγ84.

and飾6y which were with him.(6.3)      1

 原文では,前者の語序は(S×V×01×02)であり,01はhim,02はa11の意味になっ ている。後者の語序は(V×S1×S2)であり, Vは単数でS1と呼応している。

 17.And he said vn七〇them, Tha七七he sonne of man is Lord also of七he Sabbath.

(6.5)

 此のThatは不用意なものと云うべきであろう。 R・V・はこれを除去している。 原丈は直接 話法になっていて,英語のthatに相当する語を持っていない。

 18. bu七to zo乃。〃z little is forgiven,異事6 sα〃z610ve七h little.(7.47)

 whomは複合関係代名詞としてany person whomの意味に用いられている。市河博士は此 のようなwhomをAntecedentなしに使った関係代名詞と考えているようである。(op. cit・

P.47)

 the sameは此処ではhe(或はshe, it, they)の意味で使われている。市河博士によれば,

これは法律用語としては普通とのことであるが(op. cit・p・19),これはそう云う関連に於てゴ なくても盛んに使われている。(拙稿William Caxtonの英語, PP.26−27;Early Modern English研究(1), p.16;同(II), p・14参照)此の例文の前半部に顧て,はっきりした主格 の代名詞が主語として与えられたら,後半部に於てthe sameを援用する必要はなかっナこかも 知れない。主語を代名詞をもって繰返すことはA・V・のみならず,古い作品にはよく見受けら れる現象ではあるが。類例:9,24.(本稿4.及び上掲拙稿参照)

 上例の原文:をみると,the sameに相当する語はふくまれていないし, Vulgateでもそうで

(5)

ある。しかしFor hee that is least among you a11,焼6 sα挽θshalbe great.(9・48)の原文 には七he sameに相当するα齢oCがあるし, Vulgateにはhicがある。

  19.Asower went out to sowe his s664:and as he sowed,30甥2 fe1】by the wayes side, and髭was troden downe, and the foules Qf七he aire deuoured f∫. And so初6 fell vpon a rock, and assoone asづ彦was sprung vp,づ彦withered away, because 彦1acked

moisture. And 30勉6 feU among thornes. and the thornes sprang vp with髭and choked

, (8. 5−7)

  これを次の例と比較してみる:

  And when he sowed, some seedes fell by the wayes side, and the foules came, and

・deuoured痂θ彿vp. So勉3 fell vpon stony places, where飾θツhad no七much earth:and fQothwith飾θツ sprung vp, because飾θツ.had no deepeness of earth, A1ユd when七he

:Sullne was vp,漉の}were scorched:and because飾の2 had not root, they withered.away.

.And so吻θfell arnong thorns:and the thornes sprung vp,&choked them。

〈Matt。13.4−7)

  前者ではsomeはitで,後者ではthey, themで受けられている。此等は原丈の遂字訳で はないが,前者が単数,後者が複数を用いていることの原因は原丈にあると云っても支障なか ろう。someを単数代名詞itで受けることについては統辞上少しも無理はない。 O・E・の昔か

らacertainの意味を持ついるからである。

  NEBはどちらに於てもsome seedと云う語を用い,これをitでうけている。

  20.And彦肋 which fell among thornes,α7θthey, which when they have heard, goe forth.(8.14)

  単数主語thatに対して複数動詞areが呼応している。此の節では原文との構文上の差異は 著しいが,単数で書き出しておきながら途中から複数に転じたと云う点では同じである。

  2L for whosoeuer hath, to him shall bee giuen,(8.18)

  市河博士の指摘(op・cit. p・45)をまだずとも,これが主語を欠く文であることは分るであ ろう。原話も主語を欠いている。ゴドト訳,Vulgate,:Luther訳はみな原文に忠実であるが,

NEBは拘r the man who has wi11 be givell moreと訳している。

  22.Then he rose, and rebuked the漉η4, and the raging of the water.(8.24)1 What maner of man is thisP For he commandeth euen the漉%4s and water, and they obey him.(8.25)

 此等の節のwindの「数」は原丈の通りであるが,前者は一時一所に限定した表現であり,

後者はそのような限定のない,一般的表現であると考えられる。

 23.And when he went forth七〇land,七here met him o% α/地60漉6σo〃 認π6彿απ which had deuils long time.(8.27)

 out of七he citieはacertaine manにか〜る形容詞句である。形容詞句を先に出したのは

(6)

欽定英訳聖書ルカ伝の英語 19

manに対してwhich以下の形容詞節を接続させるための工夫であろう。原丈は関係節でなく.

分詞を用いている。ゴート語訳は関係節を用いているが,男性関係代名詞saeiが女性名詞baurg に続いていても,前者が後者を受けると解される心配はない。処がA.v.の関係代名詞which は「性」の区別をなし得ないから,語序次第でmanをもci七ieをも受けることが出来る。従 ってwhichがmanを受けると解されるためにはwhichの直前にmanを置くように工夫し なければならない。今日の英語のようにwhoを使えば問題はないが, A。 V.に於ては一般に whoの使用は七hat, whichに比べるときわめて少なく,而も制限的に用いられることは稀で あった(グレ∀ジャー:欽定英訳聖書の構丈,P.5D.類例:18.2

 23.Then they went out to see what was done, and came七〇Iesus, and found the man, out of whom the deuils were departed, sittingα二才θ.プθθオθof Iesus, clothed, and

in his right minde.(8.35)/and hee fell downeα Zθs彿s∫6召 θ.(8.4D

 前者に於てはOf−genitiveが,後者に於てはInflexional Genitiveが用いられているが,こ れはそれぞれ原文の表現形式に対応するものであり,英語表現上の必然によるものではない。

 24.and he asked them, saying,擢肋勉say七he people七ha七Iam P They answering,

said, Zo〃%飾6.Bαρ彦づsム(9.18−19)/He said vnto七hem, Bu七 〃。伽say yee tha七Iam P Peter answering, said, The C加 s彦of God.(9.20)

 目的格whomが用いられていることは動詞sayの影響であるとも考えられるが,弓丈の対 格代名詞イ脚冨めechoであると考えられないこともない。しかしwhom以下の部分は原文で

はそれぞれ愉αμεol砒λo λ γoひσw{彰α ;/δμ罐麗7るαμελ6γετε轟αδ;であうて.

英語がamと訳しているものは不定詞読α であるから, A・V・の訳を原文のechoであると 簡単に片づけるわけには行くまい。答の部分の・rタリックスの語に相当するものは,原:交でば 何れも対格である。

 ギリシャ語では,「誰かを…と云う」は二重の対格で,即ち「誰かを」も「…と」も共に対 格で表現されるのであるから,上掲の二丈は,ギリシャ語としては文法的に問題はないのであ

る。

 25.And iヒcame to passe, aboutαπeigh七dayes after these sayings.(9.28)

 不定冠詞a:nはE.A. Abbottが云っているように(A Shakespearian Grammar P・62)・

eight dayesを一一まとまりと見て付けたものであろうが,これに相当する語は原:交にはなく,

R,V.はこれを除去している。

 26.And llりe, a spirit taketh him, and hee suddenly crieth out, and it teareth him 飾αまhe fometh 3gaine.(9。39)

 soが七ha七の前で省かれることは珍らしくなく,これは, E. A・Abbot七が云っているよう に(op. cit. p.193), Shakespeareに於ても非常にしばしば認められる現象である。

 27.And if the sonne of peace be there, your peace shall rest vpon 彦.(10.6)

 問題の語は原:文では男性人称代名詞が用いられてをり,RV.ではhimと改められている。

(7)

 28・ And勿〃診召3伽¢θ1乞。%s8γ6解σ勿6, eating and drinking such things as they giue・

〈10.7)

 副詞句が被修飾語たる動詞の命令形に先行すると云う語序は英語的ではないから,イタリツ クスの部分の語序は原文のechoであると云うことが出来よう。

 29. But into whatsoeuer citie yee enter, and they receiue you not, goッoz〃zoαづθs out lnto the streetes of the same.(10.10)

 問題の部分はR.V.では消えている。原丈にはこれに相当する語句はない。

 your waiesは古いAdverbial Genitiveであって,ドイツ語のGehe 46伽θs W28卵と同じ 趣きのものであるが,waiesは複数形であると感じられ,従って複数形がAdverbial Accusa−

tiveとして用いられていると云う解釈も成立するのである。

 30.And he said vnto him, Thou hast answered right:砺s 40, and thou shalt liue.

〈10.28)/And〃診ゼs肋。ω.σ2.39)

 目的語が命令形の動詞に先行しているのであるが,これは全く原文通りである。

 前者ではVulgateもゴPト語訳も共に原文の語序に従っているが, Lu七her訳では(V×O)

・となっている。後者についてはVulaga七eも同じ語序になっているが,ゴート語訳は此の部分 が欠本であるので知ることが出来ない。Lutherは目的語を先に出してはいるが,原文とは表現 の仕方が異っている:Das sollt ihr aber wissen・

 31.But whenαs彦γoπ8召γthen he shall come vpon him.(H,22)

 形容詞の名詞化については「Early Modern English研究(D」に於て,丁度この節を例に

,とって述べておいたが,原文に於ても比較級の形容詞が主語になっている。類例:and behold,

π8 7θα渉θγthen Solomoll is here.(1L3D

 ShakespeareにもWhiles they beholdα9γθα 〃than thelnselves.(Caes. L 2.209)/

They s七rikeα%θ伽〃than myself.(Ant.&Cl.2.5.83)のような例がある。

 oEDはgreaterを名詩的に用いた:最も早い例として1388年のwyclif訳聖書のIsa・32.5 をあげているがこれには定冠詞がついている。不定冠詞がついた例は1845年のものしか掲げて

いない。

 32,Hee spake also this parable, A certaine man had a fig−treeμα鋭θ4 in his Vine−

yard.(13.6)

 此の丈のplan七edはfig−treeを修飾する形容詞の役をしているのであって,本稿15.で論じ 元形式の中の過去分詞ではない。原文では現在分詞受動が使ってあり,これがfig−treeに相当 する語をうしろの方から修飾している。

 33. Icanno七digge,彦。加g I am ashamed.(16.3)

 不定詞を前に出したのは原文にならったのであろうか。NEBはIam not strong enough

to dig, and too proud to begと訳している。

 34・. They did eate, they drank,飾6y〃2σγ短24  勿εs,飾6yωθγ6 g勿のz伽〃zαγ α82, vntill

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欽定英訳聖書ルカ伝の英語

21

嘘he day that Noe entred into the arke.(17.27)

 イタリツクスの部分は翻訳として一応問題はないが,γαμあと云う動詞は能動では「退る」,

ヰ動では「稼す」の意味であるから,3γαμ ζb塀0の翻訳としてのthey were giuen in mari一 一ageに於けるtheyは当然に「女」をさすことになるが,此の点では英語は稚明確性を欠いて

いる。類例:20.35      ,

 ゴー・ト語の動詞1iuganの能動は「男」について,受動は「女」について用いられるから,

ユiugaidedun jah liugaidos wesunは原丈に即応した翻訳であると云える。 NEBは問題の個 所を一まとめにして単にmarriedと訳している。

 35.for o∫s%oんis毛he kingdom of God.(18.16)

 問題の個所は原文では複数生格7醜τ胱ρ670ッであり,ゴート語訳もそのようになっている。

Vulga七eでも複数生絡だが,定冠詞がない点がちがっている。:Lutherはsolcherと訳してい 一る。A. V・でもsuchの複数遊離i生繭と云う屈折形があればそれを使用したかった処であろ

う。NEBはfor the kingdom of God belongs to such as七hρseと訳している。

 36.And they tolde him七hat Iesus of Nazareth passeth by.(18.37)

 時制の照応については原文の通りである。ギリシャ語に於ては直接話法を間接話法に移す際 に,時制を如何にするかについての原則はあるが,絶対的なものではない。

 Vulgate,ゴート語訳も悟道にならって厩熱の動詞を叙実法現在にしているが, Lutherは接 続法過去にしている。

 37.And he sought to see Iesus who he was.(19.3)

 此の例では時制の照応が型通り行われているが,原文では従節の動詞は叙実法現在形であ 一る。Vulgate,ゴート語訳,:Luther訳はみな接続法過去形にしている。

 ついでながら,verba sentiendiの後に許される二種の目的語については拙:稿「Early Modern English研究(皿)」p・25参照。

 38.But七hose rnine enemies which would not that I should reign ouer七hem, bring

」hither, and slay訪脇before mee.(19.27)

 bringの目的語が前に出してあり,それがslayの目的語として冗語的なthemで受けられて

『いると云う構文は原文にならったものであろう。VuIga七eでは此のようなPleonasmになって いない。

 39.and hee hoped o肋%θsθθηsome miracle done by him.(23.8)

 原文では未完了過去に現在不定詞が連なっている。R・V・は少し訳し方がちがうけれど,現 在不定詞を用1、・,NEBも現在不定詞を用いている。

 A・V・がことさらに完了不定詞を用いた理由は別になく,古い時代やエリザベス朝の作家達 はhope, intend等の動詞の後に完了不定詞を用いる習慣があったらしい(Abbott:op・cit・

:P.259)。

 40.AIld behold, there was a man named Ioseph, a counseller, and he wasσ8り04

(9)

伽α%, αη4 α づz多s渉.(23. 50)

 原丈では(名詞×形容詞×接続詞×.形容詞)の語序になっている。英語でも此の語序は珍ら しくない。A・v・よりも少し年代の古い例をあげるならば, Thomas DeloneyのJack of Newberie(1596年)にはhe was a man reasonable and wiseの如きがある。(拙稿「Early Modern English研究(1)」p・22)

 まだ一方,A. V.がとっている語序も英語では珍らしくない。(拙稿「Early Modern English 研究(II)」p・16;「William Caxtonの英語」p・28参照)

 何故にA.V.は原文の語序に従うことをさけたのであろうか。私は此処に,此の節の形容詞 役の語および形容詞の後置に由来する単調を打破するための丈体的技巧をみるのである。

 A.V.にはいくらかの誤訳もあり,ギリシャ語から訳したとは云いながら,時にはラテγ語 訳を参考にしたと思われる処もある。

 出来る限り原文に忠実になろうと努めるために英語のGeniusの許す限界ぎりぎりの統辞を することがあるが,一方ではそのGeniusに従って英語らしさを保とうとする。例えばAnd七he Angel departed from her(1.38)はAnapestic Trimeterであるが,原文を遂字訳すれば and departed from her the angelとなり,(S×V)語序を普通とする英語の一般的傾向と 調和しないばかりか,リズムの上からみても落ちつきが悪くなるであろう。

 ことさらに語序を変えることによる単調化の防止,迂言的表現によるリズムの調整等に醗訳 者たちの苦心のあとが偲ばれる。

参照

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